火花点火式内燃機関
【課題】内燃機関の機械圧縮比を変更可能とする可変圧縮比機構を備える内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図ることを可能とすること。
【解決手段】本発明の火花点火式内燃機関は、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される、ことを特徴とする。
【解決手段】本発明の火花点火式内燃機関は、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される、ことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火花点火式内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の燃費性能や出力性能を向上させることを目的として、内燃機関の機械圧縮比を変更可能にする可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを備える火花点火式内燃機関の提案がなされている。例えば、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関中負荷運転時および機関高負荷運転時には実圧縮比を一定に保持した状態で機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比を増大すると共に吸気弁の閉弁時期を遅くするようにされ、また、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には最大の膨張比が得られるように機械圧縮比が最大にされるように構成される火花点火式内燃機関が知られている。
【0003】
機械圧縮比の変更を可能とする可変圧縮比機構は、例えば、カム機構などを利用して、内燃機関の燃焼室を構成する機関要素であるシリンダブロックをクランクケースに対して相対的に移動させることで、燃焼室の容積を変更して内燃機関の機械圧縮比を変更するように構成され、機械圧縮比を低圧縮比化する場合には燃焼室容積を増加させるように制御され、一方で、機械圧縮比を高圧縮比化する場合には燃焼室容積を減少させるように制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−226572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記のような可変圧縮比機構においては、機械圧縮比が高圧縮比化されると、燃焼室の容積に対する燃焼室の表面積の比(以下、S/V比と称する。)が大きくなり、S/V比が小さいときに比べて燃焼室内で発生した熱が放熱され易くなるという現象が生じ、これにより、冷却損失が増加して熱効率向上の効果が低下するという場合がある。
【0006】
従って、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には高い膨張比が得られるように機械圧縮比が高圧縮比化されるように構成される内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合であって機械圧縮比の高圧縮比化が実行される場合においては、膨張比増大による熱効率向上効果よりも、機械圧縮比の高圧縮比化による冷却損失の増加の方の影響が大きく、熱効率の悪化をもたらしてしまうという事態を生じてさせてしまう場合がありうる。
【0007】
この点に関して特許文献1においては、燃焼室の容積を変化させることによって機械圧縮比が変更される可変圧縮比内燃機関において、高圧縮比時は、機関を冷却する冷却能力を低圧縮比時よりも低減させる構成、すなわち、S/V比が大きくなり、燃焼室内で発生した熱が放熱され易くなるにつれて、冷却手段による機関の冷却が抑制され、その結果、燃焼室からの放熱量が抑制されるという構成が開示されている。
【0008】
しかしながら、特許文献1に開示されている可変圧縮比内燃機関は、機関の冷却を抑制すべく冷却水の圧送量を減らすように構成されるものであり、このような構成においては、機械圧縮比の制御に加えて機械圧縮比の大きさに応じて冷却水の圧送量を制御する構成を必要とするものであり、また、冷却水の圧送量を減らしてから冷却損失が低減されるまでには相当の時間遅れが生じる場合があることが考えられる。
【0009】
本発明は上記のような課題に鑑み、内燃機関の機械圧縮比を変更可能にする可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを備える火花点火式内燃機関であって、機械圧縮比の大きさに応じて冷却水の圧送量を制御するというような構成を必要とすることなく、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図りうる、火花点火式内燃機関を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明によれば、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される、火花点火式内燃機関が提供される。
【0011】
すなわち、請求項1に記載の発明では、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、一方で、低負荷領域内においても機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような極低負荷領域においては、機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される。このような構成を有する本発明によれば、機関負荷が極低負荷領域にある場合においては、機械圧縮比を低圧縮比化することで、S/V比を小さくして冷却損失を改善し、燃費の向上を図ることを可能とする。尚、「機関低負荷」、「機関中高負荷」との記載に関しては、内燃機関が取りうる領域を3つの領域に分け、それを低い側から順に「低負荷領域」、「中負荷領域」、「高負荷領域」としたときの「低負荷領域」が「機関低負荷」に相当し、「中負荷領域」及び「高負荷領域」を合わせたものが「機関中高負荷」に相当する。また、「極低負荷領域」との記載については、上記でも述べたように、低負荷領域のうちでも、機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような領域に相当し、例えば、機関の平均有効圧力(Pme)が0.2MPaよりも小さく且つ機関回転数が1200rpmよりも小さいというような領域に相当する。
【0012】
請求項2に記載の発明によれば、機関低負荷運転時には最大膨張比が得られるように機械圧縮比が最大機械圧縮比とされ、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機械圧縮比が最大機械圧縮比から低圧縮比化される、請求項1に記載の火花点火式内燃機関が提供される。
【0013】
請求項3に記載の発明によれば、前記吸気弁の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期まで吸気下死点から離れる方向に移動せしめられる、請求項2に記載の火花点火式内燃機関が提供される。
【発明の効果】
【0014】
各請求項に記載の発明によれば、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化される火花点火式内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図ることを可能にする、という共通の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】内燃機関の全体図である。
【図2】可変圧縮比機構の分解斜視図である。
【図3】図解的に表した内燃機関の側面断面図である。
【図4】可変バルブタイミング機構を示す図である。
【図5】吸気弁および排気弁のリフト量を示す図である。
【図6】機械圧縮比、実圧縮比および膨張比を説明するための図である。
【図7】理論熱効率と膨張比との関係を示す図である。
【図8】通常のサイクルおよび超高膨張比サイクルを説明するための図である。
【図9】従来における機械圧縮比の制御に使用するマップの一実施形態を示す図である。
【図10】図9に示すマップによる機械圧縮比制御がなされる場合における冷却損失の受けやすさの傾向の一例を示す図である。
【図11】図9に示すマップによる機械圧縮比制御がなされる場合における燃費向上の傾向の一例を示す図である。
【図12】本発明による機械圧縮比の制御に使用するマップの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1は本発明による可変圧縮比機構を備える火花点火式内燃機関の側面断面図を示す。図1を参照すると、1はクランクケース、2はシリンダブロック、3はシリンダヘッド、4はピストン、5は燃焼室、6は燃焼室5の頂面中央部に配置された点火栓、7は吸気弁、8は吸気ポート、9は排気弁、10は排気ポートを夫々示す。吸気ポート8は吸気枝管11を介してサージタンク12に連結され、各吸気枝管11には夫々対応する吸気ポート8内に向けて燃料を噴射するための燃料噴射弁13が配置される。なお、燃料噴射弁13は各吸気枝管11に取付ける代りに各燃焼室5内に配置してもよい。
【0017】
サージタンク12は吸気ダクト14を介してエアクリーナ15に連結され、吸気ダクト14内にはアクチュエータ16によって駆動されるスロットル弁17と例えば熱線を用いた吸入空気量検出器18とが配置される。一方、排気ポート10は排気マニホルド19を介して例えば三元触媒を内蔵した触媒装置20に連結され、排気マニホルド19内には空燃比センサ21が配置される。
【0018】
一方、図1に示される実施例ではクランクケース1とシリンダブロック2との連結部にクランクケース1とシリンダブロック2のシリンダ軸線方向の相対位置を変化させることによりピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更可能な可変圧縮比機構Aが設けられており、更に実際の圧縮作用の開始時期を変更可能な実圧縮作用開始時期変更機構Bが設けられている。なお、図1に示される実施例ではこの実圧縮作用開始時期変更機構Bは吸気弁7の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構からなる。
【0019】
図1に示されるようにクランクケース1とシリンダブロック2にはクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置関係を検出するための相対位置センサ22が取付けられており、この相対位置センサ22からはクランクケース1とシリンダブロック2との間隔の変化を示す出力信号が出力される。また、可変バルブタイミング機構Bには吸気弁7の閉弁時期を示す出力信号を発生するバルブタイミングセンサ23が取付けられており、スロットル弁駆動用のアクチュエータ16にはスロットル弁開度を示す出力信号を発生するスロットル開度センサ24が取付けられている。
【0020】
電子制御ユニット30はデジタルコンピュータからなり、双方向性バス31によって互いに接続されたROM(リードオンリメモリ)32、RAM(ランダムアクセスメモリ)33、CPU(マイクロプロセッサ)34、入力ポート35および出力ポート36を具備する。吸入空気量検出器18、空燃比センサ21、相対位置センサ22、バルブタイミングセンサ23およびスロットル開度センサ24の出力信号は夫々対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。また、アクセルペダル40にはアクセルペダル40の踏込み量Lに比例した出力電圧を発生する負荷センサ41が接続され、負荷センサ41の出力電圧は対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。更に入力ポート35にはクランクシャフトが例えば30°回転する毎に出力パルスを発生するクランク角センサ42が接続される。一方、出力ポート36は対応する駆動回路38を介して点火栓6、燃料噴射弁13、スロットル弁駆動用アクチュエータ16、可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bに接続される。
【0021】
図2は図1に示す可変圧縮比機構Aの分解斜視図を示しており、図3は図解的に表した内燃機関の側面断面図を示している。図2を参照すると、シリンダブロック2の両側壁の下方には互いに間隔を隔てた複数個の突出部50が形成されており、各突出部50内には夫々断面円形のカム挿入孔51が形成されている。一方、クランクケース1の上壁面上には互いに間隔を隔てて夫々対応する突出部50の間に嵌合せしめられる複数個の突出部52が形成されており、これらの各突出部52内にも夫々断面円形のカム挿入孔53が形成されている。
【0022】
図2に示されるように一対のカムシャフト54,55が設けられており、各カムシャフト54,55上には一つおきに各カム挿入孔53内に回転可能に挿入される円形カム58が固定されている。これらの円形カム58は各カムシャフト54,55の回転軸線と共軸をなす。一方、各円形カム58の両側には図3に示すように各カムシャフト54,55の回転軸線に対して偏心配置された偏心軸57が延びており、この偏心軸57上に別の円形カム56が偏心して回転可能に取付けられている。図2に示されるようにこれら円形カム56は各円形カム58の両側に配置されており、これら円形カム56は対応する各カム挿入孔51内に回転可能に挿入されている。また、図2に示されるようにカムシャフト55にはカムシャフト55の回転角度を表す出力信号を発生するカム回転角度センサ25が取付けられている。
【0023】
図3(A)に示すような状態から各カムシャフト54,55上に固定された円形カム58を図3(A)において矢印で示される如く互いに反対方向に回転させると偏心軸57が互いに離れる方向に移動するために円形カム56がカム挿入孔51内において円形カム58とは反対方向に回転し、図3(B)に示されるように偏心軸57の位置が高い位置から中間高さ位置となる。次いで更に円形カム58を矢印で示される方向に回転させると図3(C)に示されるように偏心軸57は最も低い位置となる。
【0024】
なお、図3(A)、図3(B)、図3(C)には夫々の状態における円形カム58の中心aと偏心軸57の中心bと円形カム56の中心cとの位置関係が示されている。
【0025】
図3(A)から図3(C)とを比較するとわかるようにクランクケース1とシリンダブロック2の相対位置は円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離によって定まり、円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離が大きくなるほどシリンダブロック2はクランクケース1から離れる。即ち、可変圧縮比機構Aは回転するカムを用いたクランク機構によりクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置を変化させていることになる。シリンダブロック2がクランクケース1から離れるとピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積は増大し、従って各カムシャフト54,55を回転させることによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更することができる。
【0026】
図2に示されるように各カムシャフト54,55を夫々反対方向に回転させるために駆動モータ59の回転軸には夫々螺旋方向が逆向きの一対のウォーム61,62が取付けられており、これらウォーム61,62と噛合するウォームホイール63,64が夫々各カムシャフト54,55の端部に固定されている。この実施例では駆動モータ59を駆動することによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を広い範囲に亘って変更することができる。
【0027】
一方、図4は図1において吸気弁7を駆動するためのカムシャフト70の端部に取付けられた可変バルブタイミング機構Bを示している。図4を参照すると、この可変バルブタイミング機構Bは機関のクランク軸によりタイミングベルトを介して矢印方向に回転せしめられるタイミングプーリ71と、タイミングプーリ71と一緒に回転する円筒状ハウジング72と、吸気弁駆動用カムシャフト70と一緒に回転しかつ円筒状ハウジング72に対して相対回転可能な回転軸73と、円筒状ハウジング72の内周面から回転軸73の外周面まで延びる複数個の仕切壁74と、各仕切壁74の間で回転軸73の外周面から円筒状ハウジング72の内周面まで延びるベーン75とを具備しており、各ベーン75の両側には夫々進角用油圧室76と遅角用油圧室77とが形成されている。
【0028】
各油圧室76,77への作動油の供給制御は作動油供給制御弁78によって行われる。この作動油供給制御弁78は各油圧室76,77に夫々連結された油圧ポート79,80と、油圧ポンプ81から吐出された作動油の供給ポート82と、一対のドレインポート83,84と、各ポート79,80,82,83,84間の連通遮断制御を行うスプール弁85とを具備している。
【0029】
吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を進角すべきときは図4においてスプール弁85が右方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート79を介して進角用油圧室76に供給されると共に遅角用油圧室77内の作動油がドレインポート84から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印方向に相対回転せしめられる。
【0030】
これに対し、吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を遅角すべきときは図4においてスプール弁85が左方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート80を介して遅角用油圧室77に供給されると共に進角用油圧室76内の作動油がドレインポート83から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印と反対方向に相対回転せしめられる。
【0031】
回転軸73が円筒状ハウジング72に対して相対回転せしめられているときにスプール弁85が図4に示される中立位置に戻されると回転軸73の相対回転動作は停止せしめられ、回転軸73はそのときの相対回転位置に保持される。従って可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を所望の量だけ進角させることができ、遅角させることができることになる。
【0032】
図5において実線は可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も進角されているときを示しており、破線は吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も遅角されているときを示している。従って吸気弁7の開弁期間は図5において実線で示す範囲と破線で示す範囲との間で任意に設定することができ、従って吸気弁7の閉弁時期も図5において矢印Cで示す範囲内の任意のクランク角に設定することができる。
【0033】
図1および図4に示される可変バルブタイミング機構Bは一例を示すものであって、例えば吸気弁の開弁時期を一定に維持したまま吸気弁の閉弁時期のみを変えることのできる可変バルブタイミング機構等、種々の形式の可変バルブタイミング機構を用いることができる。
【0034】
次に図6を参照しつつ本願において使用されている用語の意味について説明する。なお、図6の(A),(B),(C)には説明のために燃焼室容積が50mlでピストンの行程容積が500mlであるエンジンが示されており、これら図6の(A),(B),(C)において燃焼室容積とはピストンが圧縮上死点に位置するときの燃焼室の容積を表している。
【0035】
図6(A)は機械圧縮比について説明している。機械圧縮比は圧縮行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積のみから機械的に定まる値であってこの機械圧縮比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(A)に示される例ではこの機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
【0036】
図6(B)は実圧縮比について説明している。この実圧縮比は実際に圧縮作用が開始されたときからピストンが上死点に達するまでの実際のピストン行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの実圧縮比は(燃焼室容積+実際の行程容積)/燃焼室容積で表される。即ち、図6(B)に示されるように圧縮行程においてピストンが上昇を開始しても吸気弁が開弁している間は圧縮作用は行われず、吸気弁が閉弁したときから実際の圧縮作用が開始される。従って実圧縮比は実際の行程容積を用いて上記の如く表される。図6(B)に示される例では実圧縮比は(50ml+450ml)/50ml=10となる。
【0037】
図6(C)は膨張比について説明している。膨張比は膨張行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの膨張比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(C)に示される例ではこの膨張比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
【0038】
次に図7および図8を参照しつつ本発明において用いられている超膨張比サイクルについて説明する。なお、図7は理論熱効率と膨張比との関係を示しており、図8は本発明において負荷に応じ使い分けられている通常のサイクルと超高膨張比サイクルとの比較を示している。
【0039】
図8(A)は吸気弁が下死点近傍で閉弁し、ほぼ吸気下死点付近からピストンによる圧縮作用が開始される場合の通常のサイクルを示している。この図8(A)に示す例でも図6の(A),(B),(C)に示す例と同様に燃焼室容積が50mlとされ、ピストンの行程容積が500mlとされている。図8(A)からわかるように通常のサイクルでは機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11であり、実圧縮比もほぼ11であり、膨張比も(50ml+500ml)/50ml=11となる。即ち、通常の内燃機関では機械圧縮比と実圧縮比と膨張比とがほぼ等しくなる。
【0040】
図7における実線は実圧縮比と膨張比とがほぼ等しい場合の、即ち通常のサイクルにおける理論熱効率の変化を示している。この場合には膨張比が大きくなるほど、即ち実圧縮比が高くなるほど理論熱効率が高くなることがわかる。従って通常のサイクルにおいて理論熱効率を高めるには実圧縮比を高くすればよいことになる。しかしながら機関高負荷運転時におけるノッキングの発生の制約により実圧縮比は最大でも12程度までしか高くすることができず、斯くして通常のサイクルにおいては理論熱効率を十分に高くすることはできない。
【0041】
一方、このような状況下で機械圧縮比と実圧縮比とを厳密に区分しつつ理論熱効率を高めることが検討され、その結果理論熱効率は膨張比が支配し、理論熱効率に対して実圧縮比はほとんど影響を与えないことが見い出されたのである。即ち、実圧縮比を高くすると爆発力は高まるが圧縮するために大きなエネルギーが必要となり、斯くして実圧縮比を高めても理論熱効率はほとんど高くならない。
【0042】
これに対し、膨張比を大きくすると膨張行程時にピストンに対し押下げ力が作用する期間が長くなり、斯くしてピストンがクランクシャフトに回転力を与えている期間が長くなる。従って膨張比は大きくすれば大きくするほど理論熱効率が高くなる。図7の破線ε=10は実圧縮比を10に固定した状態で膨張比を高くしていった場合の理論熱効率を示している。このように実圧縮比εを低い値に維持した状態で膨張比を高くしたときの理論熱効率の上昇量と、図7の実線で示す如く実圧縮比も膨張比と共に増大せしめられる場合の理論熱効率の上昇量とは大きな差がないことがわかる。
【0043】
このように実圧縮比が低い値に維持されているとノッキングが発生することがなく、従って実圧縮比を低い値に維持した状態で膨張比を高くするとノッキングの発生を阻止しつつ理論熱効率を大巾に高めることができる。図8(B)は可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bを用いて、実圧縮比を低い値に維持しつつ膨張比を高めるようにした場合の一例を示している。
【0044】
図8(B)を参照すると、この例では可変圧縮比機構Aにより燃焼室容積が50mlから20mlまで減少せしめられる。一方、可変バルブタイミング機構Bによって実際のピストン行程容積が500mlから200mlになるまで吸気弁の閉弁時期が遅らされる。その結果、この例では実圧縮比は(20ml+200ml)/20ml=11となり、膨張比は(20ml+500ml)/20ml=26となる。図8(A)に示される通常のサイクルでは前述したように実圧縮比がほぼ11で膨張比が11であり、この場合に比べると図8(B)に示される場合には膨張比のみが26まで高められていることがわかる。これが超高膨張比サイクルと称される所以である。
【0045】
一般的に言って内燃機関では機関負荷が低いほど熱効率が悪くなり、従って機関運転時における熱効率を向上させるためには、即ち燃費を向上させるには機関負荷が低いときの熱効率を向上させることが必要となる。一方、図8(B)に示される超高膨張比サイクルでは圧縮行程時の実際のピストン行程容積が小さくされるために燃焼室5内に吸入しうる吸入空気量は少なくなり、従ってこの超高膨張比サイクルは機関負荷が比較的低いときにしか採用できないことになる。従って本発明では機関負荷が比較的低いときには図8(B)に示す超高膨張比サイクルとし、機関高負荷運転時には図8(A)に示す通常のサイクルとするようにしている。
【0046】
次に、本発明の火花点火式内燃機関における運転制御全般の一実施形態について概略的に説明する。前述したように機関高負荷運転時には図8(A)に示される通常のサイクルが実行される。従って、機械圧縮比は低くされるために膨張比は低く、吸気弁7の閉弁時期は図5において実線で示される如く早められている。また、このときには吸入空気量は多く、このときスロットル弁17の開度は全開に保持されているのでポンピング損失は零となっている。
【0047】
一方、機関負荷が低くなるとそれに伴って吸入空気量を減少すべく吸気弁7の閉弁時期が遅くされる。またこのときには実圧縮比がほぼ一定に保持されるように機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比が増大され、従って機関負荷が低くなるにつれて膨張比も増大される。なお、このときにもスロットル弁17は全開状態に保持されており、従って燃焼室5内に供給される吸入空気量はスロットル弁17によらずに吸気弁7の閉弁時期を変えることによって制御されている。
【0048】
このように機関高負荷運転状態から機関負荷が低くなるときには実圧縮比がほぼ一定のもとで吸入空気量が減少するにつれて機械圧縮比が増大せしめられる。即ち、吸入空気量の減少に比例してピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積が減少せしめられる。従ってピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積は吸入空気量に比例して変化していることになる。
【0049】
機関負荷が更に低くなると機械圧縮比は更に増大せしめられ、機関負荷がやや低負荷寄りの中負荷L1まで低下すると機械圧縮比は燃焼室5の構造上限界となる限界機械圧縮比(上限機械圧縮比)に達する。機械圧縮比が限界機械圧縮比に達すると、機械圧縮比が限界機械圧縮比に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域では機械圧縮比が限界機械圧縮比に保持される。従って低負荷側の機関中負荷運転時および機関低負荷運転時には即ち、機関低負荷運転側では機械圧縮比は最大となり、膨張比も最大となる。別の言い方をすると、機関低負荷運転側では最大の膨張比が得られるように機械圧縮比が最大にされる。
【0050】
一方、機関負荷がL1まで低下すると吸気弁7の閉弁時期が燃焼室5内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期となる。吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達すると吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域では吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に保持される。
【0051】
吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に保持されるともはや吸気弁7の閉弁時期の変化によっては吸入空気量を制御することができない。このとき、即ち吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域ではスロットル弁17によって燃焼室5内に供給される吸入空気量が制御され、機関負荷が低くなるほどスロットル弁17の開度は小さくされる。
【0052】
一方、機関負荷が低くなるにつれて吸気弁7の閉弁時期を早めることによってもスロットル弁17によらずに吸入空気量を制御することができる。従って、本発明による実施例では吸気弁7の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて、燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期L1まで吸気下死点BDCから離れる方向に移動せしめられることになる。
【0053】
前述したように図8(B)に示す超高膨張比サイクルでは膨張比が26とされる。この膨張比は高いほど好ましいが図7からわかるように実用上使用可能な下限実圧縮比ε=5に対しても20以上であればかなり高い理論熱効率を得ることができる。従って本実施例では膨張比が20以上となるように可変圧縮比機構Aが形成されている。
【0054】
ところで、カム機構などを利用して、内燃機関の燃焼室を構成する機関要素であるシリンダブロックをクランクケースに対して相対的に移動させることで、燃焼室の容積を変更して機械圧縮比を変更するように構成される可変圧縮比機構においては、機械圧縮比が高圧縮比化されると、燃焼室の容積に対する燃焼室の表面積の比(以下、S/V比と称する。)が大きくなり、S/V比が小さいときに比べて燃焼室内で発生した熱が放熱され易くなるという現象が生じ、これにより、冷却損失が増加して熱効率向上の効果が低下するという場合がある。
【0055】
従って、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には高い膨張比が得られるように機械圧縮比が高圧縮比化されるように構成される内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合であって機械圧縮比の高圧縮比化が実行される場合においては、膨張比増大による熱効率向上効果よりも、機械圧縮比の高圧縮比化による冷却損失の増加の方の影響が大きく、熱効率の悪化をもたらしてしまうという事態を生じてさせてしまう場合がありうる。
【0056】
図9は、従来における機械圧縮比の制御に使用するマップの一実施形態を示す図である。図9に示されているごとく従来における機械圧縮比の制御は概して、機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比が増大されるように制御される。そして、図9に示すマップによる機械圧縮比の制御がなされる場合における冷却損失の受けやすさの傾向の一例を図10に示す。また、図9に示すマップによる機械圧縮比の制御がなされる場合における燃費向上度合の傾向の一例を図11に示す。
【0057】
図10を参照すると、低負荷領域のうちでも、機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような領域Aすなわち極低負荷領域においては、冷却損失が大きいことが理解されうる。そして、このことが原因で、極低負荷領域Aにおいては、機械圧縮比を高圧縮化して膨張比を高くすることによる熱効率の改善効果よりも、冷却損失による悪影響の度合いが大きく、図11に示されるごとく、極低負荷領域以外の低負荷領域においては燃費向上度合が大きいにもかかわらず、極低負荷領域Aにおいては、燃費の向上度合いが小さいことが理解されうる。すなわち、極低負荷領域Aにおける燃費の向上という観点においては、機械圧縮比を高圧縮化して膨張比を高くすることによる熱効率の改善よりも、冷却損失の改善による効果の方が重要となる。
【0058】
このことに基づいて、本発明においては、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比を高圧縮比化し、一方で、低負荷領域内であっても機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような極低負荷領域Aにおいては、機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化されるように構成される。尚、本発明における極低負荷領域Aとは、上記でも述べたように、低負荷領域のうちでも、機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような領域に相当する。本実施形態における極低負荷領域は、例えば、機関の平均有効圧力(Pme)が0.2MPaよりも小さく且つ機関回転数が1200rpmよりも小さなというような領域に相当する。しかしながら、極低負荷領域を特定するための機関負荷及び機関回転数に対する閾値は、これに限られることはなく、機関仕様などに応じて適当に決定されてよい。
【0059】
このような構成を有する本発明によれば、機関負荷が極低負荷領域にある場合においては、機械圧縮比を低圧縮比化することで、S/V比を小さくして冷却損失を改善することができ、燃費の向上を図ることを可能とする。このような本発明による機械圧縮比の制御に使用するマップの一例を図12に示す。本発明においては、機関負荷が、図12中の領域Aとして示される極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される。
【0060】
ちなみに、冷却損失を改善する手段として、機械圧縮比の大きさに応じて機関冷却水の圧送量を減らすことで冷却損失を改善する方策も考えられるが、本発明によれば、機械圧縮比の大きさに応じて冷却水の圧送量を制御するというような構成を必要とすることなく、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図ることを可能としうる。
【0061】
尚、スワール制御弁(SCV)を有して構成されるような火花点火式内燃機関に対して本発明を適用する場合、機関負荷が極低負荷領域内にあるときに、機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比を低圧縮比化するとともに、スワール制御弁により極低負荷領域における燃焼速度を適切に制御することで、極低負荷領域における冷却損失の改善が図られてもよい。例えば、シリンダ内に形成されるスワール流が強くなると流速が大きくなるため、シリンダの内周面やピストンの頂面等のスワール流と接触する壁面からの放熱量が増加して、冷却損失が増加するというような状況が生じるうる場合があることを考慮して、機関負荷が極低負荷領域内にあるときには、スワール制御弁によるスワール流の発生を中止するような制御、あるいは、スワール流の流速を低下させるような制御が行われるように構成されてもよい。
【符号の説明】
【0062】
1 クランクケース
2 シリンダブロック
3 シリンダヘッド
4 ピストン
5 燃焼室
7 吸気弁
70 吸気弁駆動用カムシャフト
A 可変圧縮比機構
B 可変バルブタイミング機構
【技術分野】
【0001】
本発明は、火花点火式内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の燃費性能や出力性能を向上させることを目的として、内燃機関の機械圧縮比を変更可能にする可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを備える火花点火式内燃機関の提案がなされている。例えば、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関中負荷運転時および機関高負荷運転時には実圧縮比を一定に保持した状態で機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比を増大すると共に吸気弁の閉弁時期を遅くするようにされ、また、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には最大の膨張比が得られるように機械圧縮比が最大にされるように構成される火花点火式内燃機関が知られている。
【0003】
機械圧縮比の変更を可能とする可変圧縮比機構は、例えば、カム機構などを利用して、内燃機関の燃焼室を構成する機関要素であるシリンダブロックをクランクケースに対して相対的に移動させることで、燃焼室の容積を変更して内燃機関の機械圧縮比を変更するように構成され、機械圧縮比を低圧縮比化する場合には燃焼室容積を増加させるように制御され、一方で、機械圧縮比を高圧縮比化する場合には燃焼室容積を減少させるように制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−226572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記のような可変圧縮比機構においては、機械圧縮比が高圧縮比化されると、燃焼室の容積に対する燃焼室の表面積の比(以下、S/V比と称する。)が大きくなり、S/V比が小さいときに比べて燃焼室内で発生した熱が放熱され易くなるという現象が生じ、これにより、冷却損失が増加して熱効率向上の効果が低下するという場合がある。
【0006】
従って、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には高い膨張比が得られるように機械圧縮比が高圧縮比化されるように構成される内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合であって機械圧縮比の高圧縮比化が実行される場合においては、膨張比増大による熱効率向上効果よりも、機械圧縮比の高圧縮比化による冷却損失の増加の方の影響が大きく、熱効率の悪化をもたらしてしまうという事態を生じてさせてしまう場合がありうる。
【0007】
この点に関して特許文献1においては、燃焼室の容積を変化させることによって機械圧縮比が変更される可変圧縮比内燃機関において、高圧縮比時は、機関を冷却する冷却能力を低圧縮比時よりも低減させる構成、すなわち、S/V比が大きくなり、燃焼室内で発生した熱が放熱され易くなるにつれて、冷却手段による機関の冷却が抑制され、その結果、燃焼室からの放熱量が抑制されるという構成が開示されている。
【0008】
しかしながら、特許文献1に開示されている可変圧縮比内燃機関は、機関の冷却を抑制すべく冷却水の圧送量を減らすように構成されるものであり、このような構成においては、機械圧縮比の制御に加えて機械圧縮比の大きさに応じて冷却水の圧送量を制御する構成を必要とするものであり、また、冷却水の圧送量を減らしてから冷却損失が低減されるまでには相当の時間遅れが生じる場合があることが考えられる。
【0009】
本発明は上記のような課題に鑑み、内燃機関の機械圧縮比を変更可能にする可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを備える火花点火式内燃機関であって、機械圧縮比の大きさに応じて冷却水の圧送量を制御するというような構成を必要とすることなく、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図りうる、火花点火式内燃機関を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明によれば、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される、火花点火式内燃機関が提供される。
【0011】
すなわち、請求項1に記載の発明では、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、一方で、低負荷領域内においても機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような極低負荷領域においては、機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される。このような構成を有する本発明によれば、機関負荷が極低負荷領域にある場合においては、機械圧縮比を低圧縮比化することで、S/V比を小さくして冷却損失を改善し、燃費の向上を図ることを可能とする。尚、「機関低負荷」、「機関中高負荷」との記載に関しては、内燃機関が取りうる領域を3つの領域に分け、それを低い側から順に「低負荷領域」、「中負荷領域」、「高負荷領域」としたときの「低負荷領域」が「機関低負荷」に相当し、「中負荷領域」及び「高負荷領域」を合わせたものが「機関中高負荷」に相当する。また、「極低負荷領域」との記載については、上記でも述べたように、低負荷領域のうちでも、機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような領域に相当し、例えば、機関の平均有効圧力(Pme)が0.2MPaよりも小さく且つ機関回転数が1200rpmよりも小さいというような領域に相当する。
【0012】
請求項2に記載の発明によれば、機関低負荷運転時には最大膨張比が得られるように機械圧縮比が最大機械圧縮比とされ、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機械圧縮比が最大機械圧縮比から低圧縮比化される、請求項1に記載の火花点火式内燃機関が提供される。
【0013】
請求項3に記載の発明によれば、前記吸気弁の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期まで吸気下死点から離れる方向に移動せしめられる、請求項2に記載の火花点火式内燃機関が提供される。
【発明の効果】
【0014】
各請求項に記載の発明によれば、機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化される火花点火式内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図ることを可能にする、という共通の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】内燃機関の全体図である。
【図2】可変圧縮比機構の分解斜視図である。
【図3】図解的に表した内燃機関の側面断面図である。
【図4】可変バルブタイミング機構を示す図である。
【図5】吸気弁および排気弁のリフト量を示す図である。
【図6】機械圧縮比、実圧縮比および膨張比を説明するための図である。
【図7】理論熱効率と膨張比との関係を示す図である。
【図8】通常のサイクルおよび超高膨張比サイクルを説明するための図である。
【図9】従来における機械圧縮比の制御に使用するマップの一実施形態を示す図である。
【図10】図9に示すマップによる機械圧縮比制御がなされる場合における冷却損失の受けやすさの傾向の一例を示す図である。
【図11】図9に示すマップによる機械圧縮比制御がなされる場合における燃費向上の傾向の一例を示す図である。
【図12】本発明による機械圧縮比の制御に使用するマップの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1は本発明による可変圧縮比機構を備える火花点火式内燃機関の側面断面図を示す。図1を参照すると、1はクランクケース、2はシリンダブロック、3はシリンダヘッド、4はピストン、5は燃焼室、6は燃焼室5の頂面中央部に配置された点火栓、7は吸気弁、8は吸気ポート、9は排気弁、10は排気ポートを夫々示す。吸気ポート8は吸気枝管11を介してサージタンク12に連結され、各吸気枝管11には夫々対応する吸気ポート8内に向けて燃料を噴射するための燃料噴射弁13が配置される。なお、燃料噴射弁13は各吸気枝管11に取付ける代りに各燃焼室5内に配置してもよい。
【0017】
サージタンク12は吸気ダクト14を介してエアクリーナ15に連結され、吸気ダクト14内にはアクチュエータ16によって駆動されるスロットル弁17と例えば熱線を用いた吸入空気量検出器18とが配置される。一方、排気ポート10は排気マニホルド19を介して例えば三元触媒を内蔵した触媒装置20に連結され、排気マニホルド19内には空燃比センサ21が配置される。
【0018】
一方、図1に示される実施例ではクランクケース1とシリンダブロック2との連結部にクランクケース1とシリンダブロック2のシリンダ軸線方向の相対位置を変化させることによりピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更可能な可変圧縮比機構Aが設けられており、更に実際の圧縮作用の開始時期を変更可能な実圧縮作用開始時期変更機構Bが設けられている。なお、図1に示される実施例ではこの実圧縮作用開始時期変更機構Bは吸気弁7の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構からなる。
【0019】
図1に示されるようにクランクケース1とシリンダブロック2にはクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置関係を検出するための相対位置センサ22が取付けられており、この相対位置センサ22からはクランクケース1とシリンダブロック2との間隔の変化を示す出力信号が出力される。また、可変バルブタイミング機構Bには吸気弁7の閉弁時期を示す出力信号を発生するバルブタイミングセンサ23が取付けられており、スロットル弁駆動用のアクチュエータ16にはスロットル弁開度を示す出力信号を発生するスロットル開度センサ24が取付けられている。
【0020】
電子制御ユニット30はデジタルコンピュータからなり、双方向性バス31によって互いに接続されたROM(リードオンリメモリ)32、RAM(ランダムアクセスメモリ)33、CPU(マイクロプロセッサ)34、入力ポート35および出力ポート36を具備する。吸入空気量検出器18、空燃比センサ21、相対位置センサ22、バルブタイミングセンサ23およびスロットル開度センサ24の出力信号は夫々対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。また、アクセルペダル40にはアクセルペダル40の踏込み量Lに比例した出力電圧を発生する負荷センサ41が接続され、負荷センサ41の出力電圧は対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。更に入力ポート35にはクランクシャフトが例えば30°回転する毎に出力パルスを発生するクランク角センサ42が接続される。一方、出力ポート36は対応する駆動回路38を介して点火栓6、燃料噴射弁13、スロットル弁駆動用アクチュエータ16、可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bに接続される。
【0021】
図2は図1に示す可変圧縮比機構Aの分解斜視図を示しており、図3は図解的に表した内燃機関の側面断面図を示している。図2を参照すると、シリンダブロック2の両側壁の下方には互いに間隔を隔てた複数個の突出部50が形成されており、各突出部50内には夫々断面円形のカム挿入孔51が形成されている。一方、クランクケース1の上壁面上には互いに間隔を隔てて夫々対応する突出部50の間に嵌合せしめられる複数個の突出部52が形成されており、これらの各突出部52内にも夫々断面円形のカム挿入孔53が形成されている。
【0022】
図2に示されるように一対のカムシャフト54,55が設けられており、各カムシャフト54,55上には一つおきに各カム挿入孔53内に回転可能に挿入される円形カム58が固定されている。これらの円形カム58は各カムシャフト54,55の回転軸線と共軸をなす。一方、各円形カム58の両側には図3に示すように各カムシャフト54,55の回転軸線に対して偏心配置された偏心軸57が延びており、この偏心軸57上に別の円形カム56が偏心して回転可能に取付けられている。図2に示されるようにこれら円形カム56は各円形カム58の両側に配置されており、これら円形カム56は対応する各カム挿入孔51内に回転可能に挿入されている。また、図2に示されるようにカムシャフト55にはカムシャフト55の回転角度を表す出力信号を発生するカム回転角度センサ25が取付けられている。
【0023】
図3(A)に示すような状態から各カムシャフト54,55上に固定された円形カム58を図3(A)において矢印で示される如く互いに反対方向に回転させると偏心軸57が互いに離れる方向に移動するために円形カム56がカム挿入孔51内において円形カム58とは反対方向に回転し、図3(B)に示されるように偏心軸57の位置が高い位置から中間高さ位置となる。次いで更に円形カム58を矢印で示される方向に回転させると図3(C)に示されるように偏心軸57は最も低い位置となる。
【0024】
なお、図3(A)、図3(B)、図3(C)には夫々の状態における円形カム58の中心aと偏心軸57の中心bと円形カム56の中心cとの位置関係が示されている。
【0025】
図3(A)から図3(C)とを比較するとわかるようにクランクケース1とシリンダブロック2の相対位置は円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離によって定まり、円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離が大きくなるほどシリンダブロック2はクランクケース1から離れる。即ち、可変圧縮比機構Aは回転するカムを用いたクランク機構によりクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置を変化させていることになる。シリンダブロック2がクランクケース1から離れるとピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積は増大し、従って各カムシャフト54,55を回転させることによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更することができる。
【0026】
図2に示されるように各カムシャフト54,55を夫々反対方向に回転させるために駆動モータ59の回転軸には夫々螺旋方向が逆向きの一対のウォーム61,62が取付けられており、これらウォーム61,62と噛合するウォームホイール63,64が夫々各カムシャフト54,55の端部に固定されている。この実施例では駆動モータ59を駆動することによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を広い範囲に亘って変更することができる。
【0027】
一方、図4は図1において吸気弁7を駆動するためのカムシャフト70の端部に取付けられた可変バルブタイミング機構Bを示している。図4を参照すると、この可変バルブタイミング機構Bは機関のクランク軸によりタイミングベルトを介して矢印方向に回転せしめられるタイミングプーリ71と、タイミングプーリ71と一緒に回転する円筒状ハウジング72と、吸気弁駆動用カムシャフト70と一緒に回転しかつ円筒状ハウジング72に対して相対回転可能な回転軸73と、円筒状ハウジング72の内周面から回転軸73の外周面まで延びる複数個の仕切壁74と、各仕切壁74の間で回転軸73の外周面から円筒状ハウジング72の内周面まで延びるベーン75とを具備しており、各ベーン75の両側には夫々進角用油圧室76と遅角用油圧室77とが形成されている。
【0028】
各油圧室76,77への作動油の供給制御は作動油供給制御弁78によって行われる。この作動油供給制御弁78は各油圧室76,77に夫々連結された油圧ポート79,80と、油圧ポンプ81から吐出された作動油の供給ポート82と、一対のドレインポート83,84と、各ポート79,80,82,83,84間の連通遮断制御を行うスプール弁85とを具備している。
【0029】
吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を進角すべきときは図4においてスプール弁85が右方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート79を介して進角用油圧室76に供給されると共に遅角用油圧室77内の作動油がドレインポート84から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印方向に相対回転せしめられる。
【0030】
これに対し、吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を遅角すべきときは図4においてスプール弁85が左方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート80を介して遅角用油圧室77に供給されると共に進角用油圧室76内の作動油がドレインポート83から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印と反対方向に相対回転せしめられる。
【0031】
回転軸73が円筒状ハウジング72に対して相対回転せしめられているときにスプール弁85が図4に示される中立位置に戻されると回転軸73の相対回転動作は停止せしめられ、回転軸73はそのときの相対回転位置に保持される。従って可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を所望の量だけ進角させることができ、遅角させることができることになる。
【0032】
図5において実線は可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も進角されているときを示しており、破線は吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も遅角されているときを示している。従って吸気弁7の開弁期間は図5において実線で示す範囲と破線で示す範囲との間で任意に設定することができ、従って吸気弁7の閉弁時期も図5において矢印Cで示す範囲内の任意のクランク角に設定することができる。
【0033】
図1および図4に示される可変バルブタイミング機構Bは一例を示すものであって、例えば吸気弁の開弁時期を一定に維持したまま吸気弁の閉弁時期のみを変えることのできる可変バルブタイミング機構等、種々の形式の可変バルブタイミング機構を用いることができる。
【0034】
次に図6を参照しつつ本願において使用されている用語の意味について説明する。なお、図6の(A),(B),(C)には説明のために燃焼室容積が50mlでピストンの行程容積が500mlであるエンジンが示されており、これら図6の(A),(B),(C)において燃焼室容積とはピストンが圧縮上死点に位置するときの燃焼室の容積を表している。
【0035】
図6(A)は機械圧縮比について説明している。機械圧縮比は圧縮行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積のみから機械的に定まる値であってこの機械圧縮比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(A)に示される例ではこの機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
【0036】
図6(B)は実圧縮比について説明している。この実圧縮比は実際に圧縮作用が開始されたときからピストンが上死点に達するまでの実際のピストン行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの実圧縮比は(燃焼室容積+実際の行程容積)/燃焼室容積で表される。即ち、図6(B)に示されるように圧縮行程においてピストンが上昇を開始しても吸気弁が開弁している間は圧縮作用は行われず、吸気弁が閉弁したときから実際の圧縮作用が開始される。従って実圧縮比は実際の行程容積を用いて上記の如く表される。図6(B)に示される例では実圧縮比は(50ml+450ml)/50ml=10となる。
【0037】
図6(C)は膨張比について説明している。膨張比は膨張行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの膨張比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(C)に示される例ではこの膨張比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
【0038】
次に図7および図8を参照しつつ本発明において用いられている超膨張比サイクルについて説明する。なお、図7は理論熱効率と膨張比との関係を示しており、図8は本発明において負荷に応じ使い分けられている通常のサイクルと超高膨張比サイクルとの比較を示している。
【0039】
図8(A)は吸気弁が下死点近傍で閉弁し、ほぼ吸気下死点付近からピストンによる圧縮作用が開始される場合の通常のサイクルを示している。この図8(A)に示す例でも図6の(A),(B),(C)に示す例と同様に燃焼室容積が50mlとされ、ピストンの行程容積が500mlとされている。図8(A)からわかるように通常のサイクルでは機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11であり、実圧縮比もほぼ11であり、膨張比も(50ml+500ml)/50ml=11となる。即ち、通常の内燃機関では機械圧縮比と実圧縮比と膨張比とがほぼ等しくなる。
【0040】
図7における実線は実圧縮比と膨張比とがほぼ等しい場合の、即ち通常のサイクルにおける理論熱効率の変化を示している。この場合には膨張比が大きくなるほど、即ち実圧縮比が高くなるほど理論熱効率が高くなることがわかる。従って通常のサイクルにおいて理論熱効率を高めるには実圧縮比を高くすればよいことになる。しかしながら機関高負荷運転時におけるノッキングの発生の制約により実圧縮比は最大でも12程度までしか高くすることができず、斯くして通常のサイクルにおいては理論熱効率を十分に高くすることはできない。
【0041】
一方、このような状況下で機械圧縮比と実圧縮比とを厳密に区分しつつ理論熱効率を高めることが検討され、その結果理論熱効率は膨張比が支配し、理論熱効率に対して実圧縮比はほとんど影響を与えないことが見い出されたのである。即ち、実圧縮比を高くすると爆発力は高まるが圧縮するために大きなエネルギーが必要となり、斯くして実圧縮比を高めても理論熱効率はほとんど高くならない。
【0042】
これに対し、膨張比を大きくすると膨張行程時にピストンに対し押下げ力が作用する期間が長くなり、斯くしてピストンがクランクシャフトに回転力を与えている期間が長くなる。従って膨張比は大きくすれば大きくするほど理論熱効率が高くなる。図7の破線ε=10は実圧縮比を10に固定した状態で膨張比を高くしていった場合の理論熱効率を示している。このように実圧縮比εを低い値に維持した状態で膨張比を高くしたときの理論熱効率の上昇量と、図7の実線で示す如く実圧縮比も膨張比と共に増大せしめられる場合の理論熱効率の上昇量とは大きな差がないことがわかる。
【0043】
このように実圧縮比が低い値に維持されているとノッキングが発生することがなく、従って実圧縮比を低い値に維持した状態で膨張比を高くするとノッキングの発生を阻止しつつ理論熱効率を大巾に高めることができる。図8(B)は可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bを用いて、実圧縮比を低い値に維持しつつ膨張比を高めるようにした場合の一例を示している。
【0044】
図8(B)を参照すると、この例では可変圧縮比機構Aにより燃焼室容積が50mlから20mlまで減少せしめられる。一方、可変バルブタイミング機構Bによって実際のピストン行程容積が500mlから200mlになるまで吸気弁の閉弁時期が遅らされる。その結果、この例では実圧縮比は(20ml+200ml)/20ml=11となり、膨張比は(20ml+500ml)/20ml=26となる。図8(A)に示される通常のサイクルでは前述したように実圧縮比がほぼ11で膨張比が11であり、この場合に比べると図8(B)に示される場合には膨張比のみが26まで高められていることがわかる。これが超高膨張比サイクルと称される所以である。
【0045】
一般的に言って内燃機関では機関負荷が低いほど熱効率が悪くなり、従って機関運転時における熱効率を向上させるためには、即ち燃費を向上させるには機関負荷が低いときの熱効率を向上させることが必要となる。一方、図8(B)に示される超高膨張比サイクルでは圧縮行程時の実際のピストン行程容積が小さくされるために燃焼室5内に吸入しうる吸入空気量は少なくなり、従ってこの超高膨張比サイクルは機関負荷が比較的低いときにしか採用できないことになる。従って本発明では機関負荷が比較的低いときには図8(B)に示す超高膨張比サイクルとし、機関高負荷運転時には図8(A)に示す通常のサイクルとするようにしている。
【0046】
次に、本発明の火花点火式内燃機関における運転制御全般の一実施形態について概略的に説明する。前述したように機関高負荷運転時には図8(A)に示される通常のサイクルが実行される。従って、機械圧縮比は低くされるために膨張比は低く、吸気弁7の閉弁時期は図5において実線で示される如く早められている。また、このときには吸入空気量は多く、このときスロットル弁17の開度は全開に保持されているのでポンピング損失は零となっている。
【0047】
一方、機関負荷が低くなるとそれに伴って吸入空気量を減少すべく吸気弁7の閉弁時期が遅くされる。またこのときには実圧縮比がほぼ一定に保持されるように機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比が増大され、従って機関負荷が低くなるにつれて膨張比も増大される。なお、このときにもスロットル弁17は全開状態に保持されており、従って燃焼室5内に供給される吸入空気量はスロットル弁17によらずに吸気弁7の閉弁時期を変えることによって制御されている。
【0048】
このように機関高負荷運転状態から機関負荷が低くなるときには実圧縮比がほぼ一定のもとで吸入空気量が減少するにつれて機械圧縮比が増大せしめられる。即ち、吸入空気量の減少に比例してピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積が減少せしめられる。従ってピストン4が圧縮上死点に達したときの燃焼室5の容積は吸入空気量に比例して変化していることになる。
【0049】
機関負荷が更に低くなると機械圧縮比は更に増大せしめられ、機関負荷がやや低負荷寄りの中負荷L1まで低下すると機械圧縮比は燃焼室5の構造上限界となる限界機械圧縮比(上限機械圧縮比)に達する。機械圧縮比が限界機械圧縮比に達すると、機械圧縮比が限界機械圧縮比に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域では機械圧縮比が限界機械圧縮比に保持される。従って低負荷側の機関中負荷運転時および機関低負荷運転時には即ち、機関低負荷運転側では機械圧縮比は最大となり、膨張比も最大となる。別の言い方をすると、機関低負荷運転側では最大の膨張比が得られるように機械圧縮比が最大にされる。
【0050】
一方、機関負荷がL1まで低下すると吸気弁7の閉弁時期が燃焼室5内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期となる。吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達すると吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域では吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に保持される。
【0051】
吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に保持されるともはや吸気弁7の閉弁時期の変化によっては吸入空気量を制御することができない。このとき、即ち吸気弁7の閉弁時期が限界閉弁時期に達したときの機関負荷L1よりも負荷の低い領域ではスロットル弁17によって燃焼室5内に供給される吸入空気量が制御され、機関負荷が低くなるほどスロットル弁17の開度は小さくされる。
【0052】
一方、機関負荷が低くなるにつれて吸気弁7の閉弁時期を早めることによってもスロットル弁17によらずに吸入空気量を制御することができる。従って、本発明による実施例では吸気弁7の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて、燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期L1まで吸気下死点BDCから離れる方向に移動せしめられることになる。
【0053】
前述したように図8(B)に示す超高膨張比サイクルでは膨張比が26とされる。この膨張比は高いほど好ましいが図7からわかるように実用上使用可能な下限実圧縮比ε=5に対しても20以上であればかなり高い理論熱効率を得ることができる。従って本実施例では膨張比が20以上となるように可変圧縮比機構Aが形成されている。
【0054】
ところで、カム機構などを利用して、内燃機関の燃焼室を構成する機関要素であるシリンダブロックをクランクケースに対して相対的に移動させることで、燃焼室の容積を変更して機械圧縮比を変更するように構成される可変圧縮比機構においては、機械圧縮比が高圧縮比化されると、燃焼室の容積に対する燃焼室の表面積の比(以下、S/V比と称する。)が大きくなり、S/V比が小さいときに比べて燃焼室内で発生した熱が放熱され易くなるという現象が生じ、これにより、冷却損失が増加して熱効率向上の効果が低下するという場合がある。
【0055】
従って、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には高い膨張比が得られるように機械圧縮比が高圧縮比化されるように構成される内燃機関において、機関負荷が極低負荷領域にある場合であって機械圧縮比の高圧縮比化が実行される場合においては、膨張比増大による熱効率向上効果よりも、機械圧縮比の高圧縮比化による冷却損失の増加の方の影響が大きく、熱効率の悪化をもたらしてしまうという事態を生じてさせてしまう場合がありうる。
【0056】
図9は、従来における機械圧縮比の制御に使用するマップの一実施形態を示す図である。図9に示されているごとく従来における機械圧縮比の制御は概して、機関負荷が低くなるにつれて機械圧縮比が増大されるように制御される。そして、図9に示すマップによる機械圧縮比の制御がなされる場合における冷却損失の受けやすさの傾向の一例を図10に示す。また、図9に示すマップによる機械圧縮比の制御がなされる場合における燃費向上度合の傾向の一例を図11に示す。
【0057】
図10を参照すると、低負荷領域のうちでも、機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような領域Aすなわち極低負荷領域においては、冷却損失が大きいことが理解されうる。そして、このことが原因で、極低負荷領域Aにおいては、機械圧縮比を高圧縮化して膨張比を高くすることによる熱効率の改善効果よりも、冷却損失による悪影響の度合いが大きく、図11に示されるごとく、極低負荷領域以外の低負荷領域においては燃費向上度合が大きいにもかかわらず、極低負荷領域Aにおいては、燃費の向上度合いが小さいことが理解されうる。すなわち、極低負荷領域Aにおける燃費の向上という観点においては、機械圧縮比を高圧縮化して膨張比を高くすることによる熱効率の改善よりも、冷却損失の改善による効果の方が重要となる。
【0058】
このことに基づいて、本発明においては、熱効率の向上を図るべく機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比を高圧縮比化し、一方で、低負荷領域内であっても機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような極低負荷領域Aにおいては、機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化されるように構成される。尚、本発明における極低負荷領域Aとは、上記でも述べたように、低負荷領域のうちでも、機関負荷と機関回転数との両方が所定のレベルに達していないような領域に相当する。本実施形態における極低負荷領域は、例えば、機関の平均有効圧力(Pme)が0.2MPaよりも小さく且つ機関回転数が1200rpmよりも小さなというような領域に相当する。しかしながら、極低負荷領域を特定するための機関負荷及び機関回転数に対する閾値は、これに限られることはなく、機関仕様などに応じて適当に決定されてよい。
【0059】
このような構成を有する本発明によれば、機関負荷が極低負荷領域にある場合においては、機械圧縮比を低圧縮比化することで、S/V比を小さくして冷却損失を改善することができ、燃費の向上を図ることを可能とする。このような本発明による機械圧縮比の制御に使用するマップの一例を図12に示す。本発明においては、機関負荷が、図12中の領域Aとして示される極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される。
【0060】
ちなみに、冷却損失を改善する手段として、機械圧縮比の大きさに応じて機関冷却水の圧送量を減らすことで冷却損失を改善する方策も考えられるが、本発明によれば、機械圧縮比の大きさに応じて冷却水の圧送量を制御するというような構成を必要とすることなく、機関負荷が極低負荷領域にある場合においても、より簡易な構成で且つ確実に燃費の向上を図ることを可能としうる。
【0061】
尚、スワール制御弁(SCV)を有して構成されるような火花点火式内燃機関に対して本発明を適用する場合、機関負荷が極低負荷領域内にあるときに、機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比を低圧縮比化するとともに、スワール制御弁により極低負荷領域における燃焼速度を適切に制御することで、極低負荷領域における冷却損失の改善が図られてもよい。例えば、シリンダ内に形成されるスワール流が強くなると流速が大きくなるため、シリンダの内周面やピストンの頂面等のスワール流と接触する壁面からの放熱量が増加して、冷却損失が増加するというような状況が生じるうる場合があることを考慮して、機関負荷が極低負荷領域内にあるときには、スワール制御弁によるスワール流の発生を中止するような制御、あるいは、スワール流の流速を低下させるような制御が行われるように構成されてもよい。
【符号の説明】
【0062】
1 クランクケース
2 シリンダブロック
3 シリンダヘッド
4 ピストン
5 燃焼室
7 吸気弁
70 吸気弁駆動用カムシャフト
A 可変圧縮比機構
B 可変バルブタイミング機構
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される、火花点火式内燃機関。
【請求項2】
機関低負荷運転時には最大膨張比が得られるように機械圧縮比が最大機械圧縮比とされ、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機械圧縮比が最大機械圧縮比から低圧縮比化される、請求項1に記載の火花点火式内燃機関。
【請求項3】
前記吸気弁の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期まで吸気下死点から離れる方向に移動せしめられる、請求項2に記載の火花点火式内燃機関。
【請求項1】
機械圧縮比を変更可能な可変圧縮比機構と、吸気弁の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構とを具備し、機関低負荷運転時には機関中高負荷運転時に比べて機械圧縮比が高圧縮比化され、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機関低負荷運転時に比べて機械圧縮比が低圧縮比化される、火花点火式内燃機関。
【請求項2】
機関低負荷運転時には最大膨張比が得られるように機械圧縮比が最大機械圧縮比とされ、機関低負荷運転時であっても機関負荷が極低負荷領域内にあるときには機械圧縮比が最大機械圧縮比から低圧縮比化される、請求項1に記載の火花点火式内燃機関。
【請求項3】
前記吸気弁の閉弁時期は、機関負荷が低くなるにつれて燃焼室内に供給される吸入空気量を制御しうる限界閉弁時期まで吸気下死点から離れる方向に移動せしめられる、請求項2に記載の火花点火式内燃機関。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−233439(P2012−233439A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−102734(P2011−102734)
【出願日】平成23年5月2日(2011.5.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月2日(2011.5.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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