説明

無段変速機の変速制御装置

【課題】キックダウン加速時等の再加速時において、平坦路、登坂路のいずれにおいても良好な加速を実現し、必要以上にエンジン回転数が上昇して燃費が低下することを防止できる無段変速機の変速制御装置を提供する。
【解決手段】本発明による無段変速機の変速制御装置は、特にキックダウン加速時等の再加速時におけるアップシフト変速に際し、アップシフト変速特性としてアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を設定したマップを、同じアクセル開度に対しても変速線に基づくアップシフト量が異なるようになるものを複数有し、車両の運転状況(例えば平坦路走行中か登坂路走行中か)に応じてこれら複数のマップから一つを選択し、選択したマップからアップシフト量を求めることとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無段変速機の変速制御装置、特にキックダウン加速時等の再加速時におけるアップシフト変速制御に関するものである。
【背景技術】
【0002】
かかる変速制御装置の従来技術として、例えば特許文献1に記載されている、本願出願人により提案されたものがある。
【0003】
この装置は、無段変速機の変速比を決定するに際し、通常時の変速と、キックダウン加速時等の再加速時の変速とで切り換えを行うものであり、再加速時においては以下の手順で変速比を決定する。
【0004】
まず、アクセルペダルのキックダウン操作等による踏み込みが行われたか否かを判定し、踏み込みがなされたと判定した時の車速V0を記憶しておく。次いで、図12に示すように現在のアクセル開度と先に記憶しておいた車速V0をパラメータとして、ダウンシフトすべき変速比を規定するマップ、すなわちアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を設定したマップを用いて初期のダウンシフト量DW_ratio(0)を決定する。
【0005】
その後、図13に示すように現在のアクセル開度と車速V0および現在の車速Vnをパラメータとして、ダウンシフト後の車速の変化(現在の車速VnとV0との差分)に応じて、アップシフト量を規定するマップを用いてアップシフト量UP_ratio(0)-UP_ratio(n)を決定する。そして、初期のダウンシフト量とアップシフト量から下記の式を用いて目標変速比Dratioを決定する。
Dratio=DW_ratio(0)-UP_ratio(0)+UP_ratio(n)
【0006】
この従来の装置によれば、従来の変速制御装置と比較して、変速比を決定するに際し、初期のダウンシフトとその後のアップシフトを明確に規定することができ、駆動力の感じられるタイミングやエンジン回転数と加速の伸びの感覚のバランスを取れるように設定が可能であり、それによって運転者にとって違和感の無い加速が得られるという利点があった。
【0007】
しかしながら、車両が登坂路を走行している場合、走行抵抗が増加することによって図14に示すように加速の伸びが平坦路に比べて低下するという問題や、目標変速比の決定プロセスを平坦路に合わせて設定した場合には登坂路を走行する場合には適切な加速が得られず、一方、登坂路に合わせて設定した場合には平坦路の走行時に適切な加速が得られない、という問題があった。
【0008】
また、登坂路走行中に運転者が走行抵抗に応じて駆動力を相対的に増加させるべくアクセルペダルをさらに踏み込んだ(踏み増しした)場合、駆動力が増加して平坦路と同等の加速の伸びが得られる一方、図15に示すように加速初期の慣性力(初期G)の発生が遅れたり、加速要求と比較してエンジン回転数の上昇が大きくなり、エンジン騒音が増加する、という問題もあった。
【0009】
さらに、平坦路用の変速線と登坂路用の変速線を有する有段式自動変速機の場合、登坂路走行時の駆動力確保を目的として低速段の変速比(ローギヤ)の使用範囲を広げるために登坂路用の変速線のアップシフト変速を行う車速(アップシフト線)をより高速側に設定すると、次変速段のダウンシフト線と干渉する可能性があり、変速指令の整合性を取るために図16に示すようにダウンシフト車速(ダウンシフト線)もより高速側に設定する必要が生じる。
【0010】
そのため、図16に示すように変速比を登坂路走行前に予めローギヤ側に設定しておく必要が生じ、それによってエンジン回転数を常時高めにしておかなければならず、燃費の低下や騒音の増加を招き、一方、図17に示すように変速比を登坂路走行前に予めローギヤ側に設定しない場合には、登坂路走行中にダウンシフトが頻繁に発生し、またダウンシフトによるレスポンスの低下が生じる、という問題もあった。
【特許文献1】特開2004-183854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上述した従来技術の問題点に鑑み、平坦路、登坂路のいずれにおいても良好な加速を実現し、必要以上にエンジン回転数が上昇して燃費が低下することを防止できる無段変速機の変速制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的のため、第1発明による無段変速機の変速制御装置は、
車速とアクセル開度を含む車両の運転状態を検出する運転状態検出手段と、
前記車両の運転状態に応じた変速比を決定する変速比決定手段と、
前記決定された変速比に基づいて無段変速機の変速比を制御する制御手段とを具える無段変速機の変速制御装置であって、
前記車両の運転状態から車両が定常走行状態と再加速状態のいずれかの状態にあるかを判定する走行モード判定手段と、
前記車両の運転状態に基づいてアップシフト変速特性を決定する加速用変速特性決定手段と、
前記アップシフト変速特性に基づいてアップシフト量を演算するアップシフト量演算手段とを具え、
前記加速用変速特性決定手段は、前記アップシフト変速特性としてアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を、該変速線に基づく前記アップシフト量が同じアクセル開度に対して異なるように設定した複数のマップを有し、
前記アップシフト量演算手段は、車両の運転状態に応じて前記複数のマップから選択した一つのマップを用いて前記マップの変速線から前記アップシフト量を演算することを特徴とするものである。
【0013】
第2発明による無段変速機の変速制御装置は、前記第1発明において、
前記アップシフト量演算手段は、路面勾配に応じて前記マップを選択するものとし、
路面勾配が大きいほどアップシフト量が小さいマップを選択することを特徴とするものである。
【0014】
第3発明による無段変速機の変速制御装置は、前記第1発明において、
前記マップとして、アクセル開度毎の変速比の差が大きい第一のマップと、アクセル開度毎の変速比の差が前記第一のマップよりも小さい第二のマップとを具え、
前記アップシフト量演算手段は、路面勾配に応じて前記第一のマップの変速線と前記第二のマップの変速線との間で補間演算を行うことにより前記アップシフト量を求めることを特徴とするものである。
【0015】
第4発明による無段変速機の変速制御装置は、前記第3発明において、
前記補間演算を行う際の補間率を路面勾配に応じて設定したテーブルをさらに具え、当該テーブル上の補間率の値を用いて前記アップシフト量を求めることを特徴とするものである。
【0016】
さらに第5発明による無段変速機の変速制御装置は、前記第4発明において、
路面勾配が所定値以下のときには平坦路における補間率の値を用いて前記アップシフト量を求めることを特徴とするものである。
【0017】
そして第6発明による無段変速機の変速制御装置は、前記第1〜第5発明のいずれかにおいて、
前記複数のマップを運転者の操作に応じて切り換え可能としたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
第1発明においては、特にキックダウン加速時等の再加速時におけるアップシフト変速に際し、前記アップシフト変速特性としてアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を設定したマップを、同じアクセル開度に対しても変速線に基づくアップシフト量が異なるようになるものを複数有し、車両の運転状況(例えば平坦路走行中か登坂路走行中か)に応じてこれら複数のマップから一つを選択し、選択したマップからアップシフト量を求めることとする。
【0019】
それによって、車両の運転状態によるアップシフト度合いの要求の違い、すなわち必要とされるアップシフト量が異なることに対応可能となり、上述した従来技術の問題点である、目標変速比の決定プロセスを平坦路に合わせて設定した場合には登坂路を走行する場合には適切な加速が得られず、一方、登坂路に合わせて設定した場合には平坦路の走行時に適切な加速が得られない、という問題を解消することができる。
【0020】
第2発明においては、第1発明において、路面勾配に応じて前記複数のマップから一つを選択するものとし、特に路面勾配が大きいほどアップシフト量が小さいマップを選択することとする。
【0021】
それによって、キックダウン加速時等の再加速時における初期のダウンシフト時のエンジン回転数を従来と同等のものとしつつ、アップシフト量を小さくすることから、初期Gの発生が遅れることがなくなり、またエンジン騒音の増加を抑制しつつも速度上昇に合わせて増加させることができ、しかも登坂路走行時における加速の伸びの感覚を平坦路に近づけることができることから、運転者にとって違和感の無い加速感が得られて、前述した従来技術の問題点を解消すると共に、燃費の向上をも図ることが可能となる。
【0022】
第3発明においては、アップシフト変速特性としてアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を設定した複数のマップとして、アクセル開度毎の変速比の差が相対的に異なる二つのマップ、すなわち変速比の差が大きい第一のマップと、第一のマップよりも変速比の差が小さい第二のマップの二枚を設定し、アップシフト量を求めるに際しては、路面勾配に応じてこれら二枚のマップで設定された変速線から補間演算を行うこととする。
【0023】
それによって、変速線を設定したマップの数を最小限にすることができると共に、路面勾配に応じた最適な変速比設定(アップシフト量の設定)が可能となる。
【0024】
第4発明においては、第3発明において路面勾配に応じたアップシフト量を求めるための補間演算を行うに際し、路面勾配に応じて演算のための補間率を設定したテーブルを具え、このテーブルに設定された補間率を用いてアップシフト量を求めるものとする。
【0025】
それによって、補間計算をより効率的かつ迅速に行うことができ、前述した第3発明の効果をより高めることが可能となる。
【0026】
第5発明においては、第4発明において路面勾配に応じたアップシフト量を求めるための補間演算を行うに際し、路面勾配が所定値以下のときには平坦路における補間率の値を用いて前記アップシフト量を求めることとする。
【0027】
路面勾配を求める方法としては、加速度センサを用いる方法、GPSを用いる方法、エンジントルクとギヤ比から算出した駆動力と車速センサでの検出値から求めた加速抵抗や走行抵抗からとを用いて勾配抵抗を求める方法等、種々のものが考えられるが、いずれの方法でも誤差を完全に0にすることは困難である。例えば、平坦路走行中に何らかの誤差要因により勾配抵抗が算出された場合、通常の平坦路走行時以上の駆動力が発生してしまう可能性がある。
【0028】
しかしながら、第5発明のように路面勾配が所定値以下のときには平坦路における補間率の値を用いて前記アップシフト量を求めることにより、平坦路走行中に勾配抵抗の値が算出されてしまい、通常の平坦路走行時以上の駆動力が発生してしまうことが防止できるようになる。
【0029】
さらに第6発明においては、路面勾配に応じたアップシフト量を算出するためのマップを運転者の操作に応じて切り換え可能とする。
【0030】
具体的には、既存の運転モード切換操作、すなわちシフトレバー操作によるDレンジ、Lレンジ等への変速レンジ切り換えと連動させたり、平坦路走行モードと登坂路走行モードとを切換可能なスイッチを新たに設けること等により、運転者が操作できるようにする。それによって、運転者の意図に合わせた加速感を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態について説明する。
【0032】
図1は、本発明に係る制御装置を具える無段変速機搭載車両の駆動系および制御系の構成を示すシステム図であり、駆動系をエンジン1とVベルト式無段変速機2とで構成する。
【0033】
エンジン1はガソリンエンジン等の内燃機関であり、運転者によるアクセルペダル3の踏み込み量(アクセル開度)APOに応じてエンジンコントローラ4から出力されるエンジン制御信号によってエンジン1の出力が電子制御される。
【0034】
Vベルト式無段変速機2は周知の周知の一般的なものとし、トルクコンバータ5を介してエンジン1の出力軸に駆動結合された入力側のプライマリプーリ6と、これに整列配置した出力側のセカンダリプーリ7と、これら両プーリ間に掛け渡したVベルト8とを具える。そして、セカンダリプーリ7にディファレンシャルギヤ装置を含むファイナルドライブギヤ組9を介して左右駆動車輪10(図1では一方のみを示す)を駆動結合し、エンジン1からの動力をVベルト式無段変速機2およびファイナルドライブギヤ組9を経て左右駆動輪10に伝達することで車両を走行させ得るものとする。
【0035】
Vベルト式無段変速機2の変速動作は、プライマリプーリ6およびセカンダリプーリ7のそれぞれのV溝を形成するフランジのうち、一方の可動フランジを他方の固定フランジに対して相対的に接近させてV溝幅を狭めたり、逆に離間させてV溝幅を拡げることにより、両プーリ6,7に対するVベルト8の巻き掛け円弧径を変更させて行うようにし、両プーリ6,7の可動フランジのストローク位置を、変速制御油圧回路11からのプライマリプーリ圧Ppriおよびセカンダリプーリ圧Psecにより決定する。
【0036】
変速制御油圧回路11は、エンジン駆動されるオイルポンプ12からの作動油を媒体として、変速機コントローラ13からの目標変速油圧Poに一致した変速油圧を作り出し、これをそのまま上記のセカンダリプーリ圧Psecとしてセカンダリプーリ7に供給する。変速制御油圧回路11は更に、図示しない変速制御弁を変速機コントローラ13からの変速比指令に応動させることにより、目標値Poにされた変速油圧を元圧として当該変速比指令に対応したプライマリプーリ圧Ppriを作り出し、これをプライマリプーリ6に供給する。Vベルト式無段変速機2は、これらセカンダリプーリ圧Psecおよびプライマリプーリ圧PpriによるVベルト8の挟圧力の差により変速を生じ、上記の変速比指令を達成することができる。
【0037】
なお変速機コントローラ13からの目標変速油圧Poに関する信号はオイルポンプ12にも供給され、オイルポンプ12からプーリ8,9に供給される流量が目標変速油圧Poに対応した必要最小限のものとなるような流量制御を行ってポンプ負荷を低減するのにも使われる。
【0038】
また変速機コントローラ13には、エンジンコントローラ4、車速センサ14、プライマリプーリ回転数センサ15、セカンダリプーリ回転数センサ16およびアクセル開度センサ17からそれぞれエンジン回転数、エンジントルク、車速、プライマリプーリ回転数、セカンダリプーリ回転数およびアクセル開度に関する信号が入力され、変速比コントローラ4は、これらの信号の値から目標変速比を算出し、得られた目標変速比に基づいて目標変速油圧Poを求めるものとする。
【0039】
一方、エンジンコントローラ4にも、車速センサ14およびアクセル開度センサ17からそれぞれ車速およびアクセル開度に関する信号が入力される。
【0040】
図2は本発明に係る制御装置の制御ブロックを示すものである。加速判定部21は、アクセル開度センサ17からのアクセル開度信号および車速センサ14からの車速信号を入力して、これらの信号を基に路面勾配を算出し、通常時の変速制御を行う通常走行モードとするか、キックダウン加速時等の再加速時の変速制御を行う再加速モードとするかを判定する。この加速判定部21での判定結果により、走行モード選択部22は通常走行モードによる変速制御を行うか、再加速時の変速制御を行うかの選択を行う。なお、ここではアクセル開度センサ17および車速センサ14が車両の運転状態を検出する運転状態検出手段として機能し、加速判定部21および走行モード選択部22が走行モード判定手段として機能するものである。
【0041】
目標変速比決定部23は、前述した走行モード選択部22での選択結果(路面勾配)に応じて目標変速比を決定する。通常走行モードの時には、変速比を規定するマップ、すなわちアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を設定したマップとして通常(従来のものと同様)のマップを用いて目標変速比を決定し、この目標変速比に基づいて制御手段である変速制御油圧回路11が変速油圧を作り出してプライマリプーリ6およびセカンダリプーリ7にそれぞれ供給する。
【0042】
一方、再加速モードの時には、まず再加速開始車速算出部24が、路面勾配、プライマリプーリ回転数、セカンダリプーリ回転数および車速を入力し、これらの値から再加速のための変速制御を開始する車速OutREV0を算出する。
【0043】
そしてアクセル開度とアクセルペダル踏み込み時の車速V0を基に、ダウンシフト量規定マップ25を参照してダウンシフト変速を行う際のダウンシフト量を求める一方、アクセル開度、アクセルペダル踏み込み時の車速V0および現在の車速Vnを基に、アップシフト量規定マップ26を参照してアップシフト量を求める。なお、本発明においては、後述するように路面勾配に応じて複数のアップシフト量規定マップを予め具えるものとする。
【0044】
さらに、ダウンシフト量規定マップ25で求めたダウンシフト量、アップシフト量規定マップ26で求めたアップシフト量および再加速のための変速制御を開始する車速OutREV0から目標変速比算出部27で目標変速比を求める。その後、得られたこの目標変速比に基づいて制御手段である変速制御油圧回路11が変速油圧を作り出してプライマリプーリ6およびセカンダリプーリ7にそれぞれ供給する。
【0045】
なお、ここでは目標変速比算出部27の再加速開始車速演算部24およびダウンシフト量規定マップ25が加速用変速特性決定手段として機能し、アップシフト量規定マップ26および目標変速比算出部27がアップシフト量演算手段として機能する。
【0046】
図3は、あるアクセル開度に対して車速と変速比を対応付けた変速線の一例を模式的に示すものである。図では、一本の変速線において、横軸に示すアクセルペダル踏み込み車速V0から現在の車速Vnまで車速を増加させる(加速する)際の変速比の変化(アップシフト量)が縦軸に示されている。前述したマップ(例えばアップシフト量規定マップ26)とは、異なるアクセル開度に対してそれぞれ車速と変速比を対応付けた複数の変速線を一枚のマップとして示したものである。
【0047】
ここで、図3では同じアクセル開度に対して三本の異なる変速線(1)〜(3)が示されており、各変速線(1)〜(3)に対して異なるアップシフト量(1)〜(3)が規定されている。本発明では、同じアクセル開度であっても複数の異なる変速線を設定すると共に、かかる変速線それぞれを設定した複数のマップを設け、路面勾配に応じて適切なマップを選択し、選択したマップから適切な変速比、すなわちアップシフト量を決定することとしている。
【0048】
図4は、本発明において設ける複数のマップを模式的に示すものである。図示の例では三枚のマップを用意し、路面勾配の大小に応じて各マップの中から適切なものを選択することとしている。つまり、前述した図2の制御ブロックにおいて、加速判定部21で求めた路面勾配の値に応じて、アップシフト量規定マップ26としてこれら三枚のマップから一枚を選択し、アクセル開度と車速から、このマップで設定されている変速線を用いてアップシフト量(変速比)を決定するものである。
【0049】
図5は、図4に示すように路面勾配に応じて三枚のマップから一枚を選択して変速比を決定する場合の手順を示すフローチャートを示すものである。以下、その手順を説明する。
【0050】
まずステップS101でアクセルペダルの踏み込み判定を行う。具体的には、アクセル開度センサ17(図1参照)の値から判定を行う。ここでアクセルペダルが踏み込まれていると判定した場合には次のステップS102へ進み、一方、踏み込まれていないと判定した場合には再度踏み込み判定を行う。
【0051】
続くステップS102では踏み込み車速V0を記憶し、次のステップS103ではアクセルペダル踏み込みによる加速のためのダウンシフト量を計算する。さらにステップS104ではアクセル開度および車速から路面勾配を計算する。
【0052】
その後ステップS105〜S107では、先のステップS104で求めた路面勾配の値に基づき、アップシフト量を規定する三枚のマップの内から一つを選択する。そしてステップS108では選択したマップに基づいて変速比(アップシフト量)を算出し、処理を終了する。
【0053】
図6は、上述した変速制御を用いた、登坂路でのアクセルペダル踏み込みによる再加速におけるアクセル開度、変速比、エンジン回転数および駆動力の時間変化を示すタイムチャートである。なお、図では比較のために平坦路走行の場合(破線で示す)と従来技術による場合(細線で示す)を併せて示している。
【0054】
図6(a)に示すように瞬時t1でアクセルペダルを踏み込み、その後平坦路走行時および本発明では瞬時t2でアクセルペダルの踏み込み量を一定としているが、従来技術での登坂路走行時では瞬時t2よりも時間が経過した瞬時t3でアクセルペダルの踏み込み量が一定となっている。
【0055】
図6(b)〜(d)に示すように、アクセルペダルの踏み込みに伴って変速比、エンジン回転数および駆動力も上昇するが、アクセルペダルの踏み込み量が一定となる瞬時t3まで、本発明におけるこれらの値が上昇する度合いが平坦路走行とほぼ等しくなっていることが理解される。このことは、まず、図6(d)に示すように初期Gの発生タイミングが平坦路と同様であること、また図6(b),(c)に示すように、登坂路走行時でも従来技術と比較して低い回転数(低い変速比)からでも加速感を維持することができることが理解される。これに対して従来技術の場合には、所望の加速を得るためには本発明よりも長い時間アクセルペダルを踏み込む必要があり、また、より高いエンジン回転数および駆動力が必要であることが分かる。
【0056】
さらに、図6(c)に示すエンジン回転数の変化、特に瞬時t2以降に着目すると、従来技術の場合は、本発明および平坦路の場合と比べてアクセルペダル踏み込み量(アクセル開度)が大きく、また踏み込み量が一定となるまでの時間が長いこともあり、エンジン回転数の上昇の度合いが大きくなっている。これは、燃費の低下およびエンジン騒音の増加をもたらす要因となる。これに対して本発明においては、エンジン回転数の上昇とそれに伴う騒音の増加を抑制しつつ、所望の駆動力が得られるまで徐々に増加させることができることから、燃費やエンジン騒音の問題を改善し得ることが理解される。
【0057】
図7は本発明におけるマップ設定の他の例を示すものである。前述した例(図4参照)では三枚のマップを用意し、路面勾配に応じてこれらの中から選択するものとしていたが、ここではマップは路面勾配の大小に対応する二枚のみとし、両者の間で変速比を求める場合には、これら二枚のマップに示される変速線の間で補間計算を行うこととする。
【0058】
図8は本例における処理手順を示すフローチャートである。ここでは、ステップS201〜S204までの処理は図5に示したものと同様の処理を行うが、ステップS205において、図7に示した各マップで設定されている変速線からステップS204で求めた路面勾配に応じて補間計算を行い、その結果に基づいてステップS206で変速比を求めることとしている。
【0059】
なお、補間計算によって変速比を求める方法としては、例えば、路面勾配がある値よりも緩やかな場合に用いる第一のマップと、路面勾配が他のある値よりも急な場合に用いる第二のマップとを用意し、これら二枚のマップから同じアクセル開度であってアクセルペダル踏み込み車速V0から現在の車速Vnに対応する変速線をそれぞれ抽出し、路面勾配の値に応じて前記二本の変速線の間で比例配分を行うことが考えられる。
【0060】
図9は補間計算により変速比を求める他の例についての処理手順を示すフローチャートである。ここでもステップS301〜S304までの処理は図5に示したものと同様の処理を行うが、ステップS305において、路面勾配に応じた変速比(アップシフト量)を求めるための補間計算を行うに際し、路面勾配をパラメータとした補間値を求め、次のステップS306において、求めた補間値から補間計算を行うものとしている。
【0061】
図10は、ステップS305において用いる、路面勾配をパラメータとした補間値の一例を示すものである。ここでは、路面勾配が所定値以下の場合には補間値を0として、予め用意されているマップに設定されている変速線に基づいて変速比を求め、所定値以上の場合には、路面勾配に比例して補間値が大きくなるように設定がなされている。これは、平坦路や、非常に緩やかで、かつ短距離のために加速を行う必要が無い登坂路の走行中に、何らかの理由(例えば加速度センサや車速センサの検出誤差)で路面勾配が算出された場合に必要以上の駆動力が発生してしまうことを防ぐためである。
【0062】
図11は本発明のさらに別の形態を示すものである。これまで説明してきた例では、アクセル開度や車速から路面勾配を求め、その値に応じてマップを選択して変速比を算出していたが、ここではマップの選択を運転者自身が操作することにより可能としている。
【0063】
例えば図11の(a)は切換スイッチを設けることにより運転者が操作できるようにしたものであり、(1)は平坦路走行モードと登坂路走行モードを切り換えるようにしたものであり、(2)は平坦路走行モード、緩勾配登坂路走行モード、急勾配登坂路走行モードの三モードを切り換えるようにしたものである。いずれの場合も、切り換えスイッチの操作により、これに応じたアップシフト量規定マップが選択されるようになっている。
【0064】
一方図11の(b)は新たに切り換えスイッチを設けずに、セレクトレバー操作により運転者が操作できるようにしたものである。(1)はレンジ切り換えにより、例えば自動変速モードにおいてDレンジで走行中に、運転者が加速を意図してLレンジに切り換えた場合や、手動変速モードで走行中に運転者がシフトダウン方向(-方向)にセレクトレバーを操作した場合に、再加速を行うものと判断して適切なアップシフト量規定マップを選択するものである。
【0065】
あるいは、(2)に示すように、セレクトレバーにOD(オーバードライブ)での走行をキャンセルするODキャンセルスイッチを設けている場合には、このODキャンセルスイッチを操作してOD走行をキャンセルしたに、再加速を行うものと判断して適切なアップシフト量規定マップを選択することとしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0066】
以上説明したように、本発明による無段変速機の変速制御装置によれば、車両の運転状態(例えば路面勾配)によるアップシフト度合いの要求の違い、すなわち必要とされるアップシフト量が異なることに対応可能となり、従来技術の問題点である、目標変速比の決定プロセスを平坦路に合わせて設定した場合には登坂路を走行する場合には適切な加速が得られず、一方、登坂路に合わせて設定した場合には平坦路の走行時に適切な加速が得られない、という問題を解消することができる。
【0067】
また、キックダウン加速時等の再加速時における初期のダウンシフト時のエンジン回転数を従来と同等のものとしつつ、アップシフト量を小さくすることから、初期Gの発生が遅れることがなくなり、またエンジン騒音の増加を抑制しつつも速度上昇に合わせて増加させることができ、しかも登坂路走行時における加速の伸びの感覚を平坦路に近づけることができることから、運転者にとって違和感の無い加速感が得られて、従来技術の問題点を解消すると共に、燃費の向上をも図ることが可能となる。
【0068】
なお、上述した実施形態は無段変速機としてベルト式無段変速機を用いて説明したが、本発明はトロイダル型無段変速機にも適用可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明に係る変速制御装置を具える無段変速機搭載車両の構成を示すシステム図である。
【図2】本発明に係る変速制御装置の制御ブロック図である。
【図3】等しいアクセル開度に対して車速と変速比を対応付けた変速線の一例を模式的に示す図である。
【図4】本発明に係る変速制御装置において、再加速時に用いる複数のマップの一例を模式的に示す図である。
【図5】本発明における制御手順の第一の例を示すフローチャートである。
【図6】図5に示す変速制御を用いた、登坂路でのアクセルペダル踏み込みによる再加速におけるアクセル開度、変速比、エンジン回転数および駆動力の時間変化を示すタイムチャートである。
【図7】本発明に係る変速制御装置において、再加速時に用いる複数のマップの他の例を模式的に示す図である。
【図8】本発明における制御手順の第二の例を示すフローチャートである。
【図9】本発明における制御手順の第三の例を示すフローチャートである。
【図10】図9に示す変速制御において用いる、路面勾配をパラメータとした補間値の一例を示すグラフである。
【図11】本発明に係る変速制御を運転者が操作可能とするための例を示す図である。
【図12】従来技術による再加速時におけるダウンシフト量を決定する手順を変速マップ上で示した図である。
【図13】従来技術による再加速時におけるアップシフト量を決定する手順を変速マップ上で示した図である。
【図14】従来技術により再加速時にアップシフトを行った場合の駆動力の時間変化を示すタイムチャートである。
【図15】従来技術を用いた、登坂路でのアクセルペダル踏み込みによる再加速におけるアクセル開度、変速比、エンジン回転数および駆動力の時間変化を示すタイムチャートである。
【図16】有段式自動変速機における従来技術の問題点を変速線上で示す図である。
【図17】有段式自動変速機における従来技術の問題点をアクセル開度、変速比、エンジン回転数および駆動力の時間変化をのタイムチャート上で示す図である。
【符号の説明】
【0070】
1 エンジン
2 Vベルト式無段変速機
3 アクセルペダル
4 エンジンコントローラ
5 トルクコンバータ
6 プライマリプーリ
7 セカンダリプーリ
8 Vベルト
9 ファイナルドライブギヤ組
10 左右駆動輪
11 変速制御油圧回路
12 オイルポンプ
13 変速機コントローラ
14 車速センサ
15 プライマリプーリ回転数センサ
16 セカンダリプーリ回転数センサ
17 アクセル開度センサ
21 加速判定部
22 走行モード選択部
23 目標変速比決定部
24 再加速開始車速算出部
25 ダウンシフト量規定マップ
26 アップシフト量規定マップ
27 目標変速比算出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車速とアクセル開度を含む車両の運転状態を検出する運転状態検出手段と、
前記車両の運転状態に応じた変速比を決定する変速比決定手段と、
前記決定された変速比に基づいて無段変速機の変速比を制御する制御手段とを具える無段変速機の変速制御装置であって、
前記車両の運転状態から車両が定常走行状態と再加速状態のいずれかの状態にあるかを判定する走行モード判定手段と、
前記車両の運転状態に基づいてアップシフト変速特性を決定する加速用変速特性決定手段と、
前記アップシフト変速特性に基づいてアップシフト量を演算するアップシフト量演算手段とを具え、
前記加速用変速特性決定手段は、前記アップシフト変速特性としてアクセル開度毎に車速と変速比または目標入力軸回転速度を対応付けた変速線を、該変速線に基づく前記アップシフト量が同じアクセル開度に対して異なるように設定した複数のマップを有し、
前記アップシフト量演算手段は、車両の運転状態に応じて前記複数のマップから選択した一つのマップを用いて前記マップの変速線から前記アップシフト量を演算することを特徴とする無段変速機の変速制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の装置において、
前記アップシフト量演算手段は、路面勾配に応じて前記マップを選択するものとし、
路面勾配が大きいほどアップシフト量が小さいマップを選択することを特徴とする無段変速機の変速制御装置。
【請求項3】
請求項1記載の装置において、
前記マップとして、アクセル開度毎の変速比の差が大きい第一のマップと、アクセル開度毎の変速比の差が前記第一のマップよりも小さい第二のマップとを具え、
前記アップシフト量演算手段は、路面勾配に応じて前記第一のマップの変速線と前記第二のマップの変速線との間で補間演算を行うことにより前記アップシフト量を求めることを特徴とする無段変速機の変速制御装置。
【請求項4】
請求項3記載の装置において、
前記補間演算を行う際の補間率を路面勾配に応じて設定したテーブルをさらに具え、当該テーブル上の補間率の値を用いて前記アップシフト量を求めることを特徴とする無段変速機の変速制御装置。
【請求項5】
請求項4記載の装置において、
路面勾配が所定値以下のときには平坦路における補間率の値を用いて前記アップシフト量を求めることを特徴とする無段変速機の変速制御装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の装置において、
前記複数のマップを運転者の操作に応じて切り換え可能としたことを特徴とする無段変速機の変速制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2007−40332(P2007−40332A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−222509(P2005−222509)
【出願日】平成17年8月1日(2005.8.1)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】