説明

熱処理用鋼板およびその製造方法

【課題】鋼板へのスケール密着性に優れ,かつ靭性を向上させた熱間プレス鋼材を製造するのに好適な熱間プレス用鋼板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 質量%で,C:0.05〜0.5%,Si:0.02%以上0.5%未満,Mn:0.5〜5.0%,P:0.5%以下,S:0.03%以下,Al:0.002%以上0.5%未満,N:0.01%以下及びCr:0.02〜2.0%以下を含有し,残部がFe及び不純物からなる化学組成を有するとともに,下記式(1)および(2)を満足する濃度分布を有することを特徴とする熱処理用鋼板。
(Si+Al+Cr)s/(Si+Al+Cr)b≧1.2 (1)
Mnmax/Mnmin≦1.6 (2)
ここで,(Si+Al+Cr)sは鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部におけるSi,Al及びCrの合計質量濃度を,(Si+Al+Cr)bは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置におけるSi,Al及びCrの合計質量濃度を,Mnmaxは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最大値を,Mnminは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最小値を,それぞれ示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理用鋼板およびその製造方法に関する。特に、本発明は、熱処理時におけるスケールの生成が抑制されるとともに熱処理後の靭性に優れた熱処理用鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化のため、鋼材の高強度化を図り、使用重量を減ずることが推進されている。
自動車に広く使用される薄鋼板は、鋼板の高強度化にともなってプレス成形性が低下することから、上記鋼材の高強度化にともなって、複雑な形状の製品を製造することが困難になってきている。
【0003】
具体的には、鋼板の高強度化にともなって延性が低下することから、加工度が高い部位で破断が生じたり、鋼板の高強度化にともなってスプリングバックや壁反りが大きくなることから、寸法精度が劣化したりする問題が生じている。
【0004】
したがって、高強度、特に780MPa級以上の引張強さを有する鋼板を用いて、プレス成形により鋼板部材を製造することは容易でない。
ここで、プレス成形ではなくロール成形によれば高強度の鋼板についてもある程度加工が可能になる。しかし、長手方向に一様な断面を有する部品にしか適用できないという制約があり、部材形状の自由度が著しく制限される。
【0005】
そこで、高強度鋼板のような難プレス成形材料をプレス成形する技術として、例えば特許文献1に開示されるように、成形に供する材料を加熱してから成形する熱間成形(熱間プレス)技術が採用されている。
【0006】
そして、特許文献2には、自動車や各種の産業機械に用いられる強度1000MPa以上の熱間プレス成形部材の成形材料として好適な、質量%で、C:0.10〜0.50%、Si:0.02〜2.0%、Mn:0.3〜3.5%、Cr:0.03〜1.0%、B:0.0003〜0.0050%、P:0.10%以下、S:0.05%以下、Al:2.0%以下、N:0.01%以下、残部Feおよび不純物からなる鋼組成を有し、面積率で30%以上のフェライトと、その残部としてパーライトおよびセメンタイトの1種または2種とを有し、フェライトの平均結晶粒径が2〜25μmであり、さらに、板厚が1.6〜6.0mmである熱間プレス用熱延鋼板が開示されている。
また、特許文献3には、SiやAlを鋼板中に多量に含有させることにより、オーステナイト域への加熱時にスケール生成を抑制できる、あるいはスケールが生成しても熱間プレス加工時に容易にスケールを剥離できるとされる熱間プレス加工用鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−102980号公報
【特許文献2】特開2006―265583号公報
【特許文献3】特開2008−261032号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来技術に開示される熱間プレス技術は、熱間プレス用鋼板をオーステナイト域まで加熱し、加熱された熱間プレス用鋼板に熱間プレスを施すものである。
したがって、熱間プレスに供される熱間プレス用鋼板の表面には、熱間プレス用鋼板をオーステナイト域まで加熱することによりスケールが生成する。このスケールが厚いと、スケールの鋼板への密着性が低下し、熱間プレス時に容易に剥離してしまい、鋼板表面に押し込まれてスケール押し込み疵を生じさせたり、鋼板表面におけるかじりを誘発してかじり疵を生じさせたりする。また、剥離したスケールがプレス金型に堆積して、金型汚染を引き起こす場合がある。さらにまた、スケール剥離を起こさない場合であっても、熱間プレス後に施すショットブラスト等のスケール除去作業に要するコストの増加を招いたりする。
【0009】
特許文献1や特許文献2に開示される従来技術においては、上述した熱間プレス時のスケール生成に関する検討が十分に行われていない。このため、上記問題に関して改善の余地がある。
【0010】
一方、特許文献3によれば、熱間プレス用鋼板にSiやAlを多量に含有させることにより、オーステナイト域への加熱時におけるスケール生成を抑制できるとされている。
しかしながら、特許文献3に開示された熱間プレス用鋼板は単にSiやAlを多量に含有させたものであるため、熱間プレスに供する際のオーステナイト域への加熱温度が著しく高温となる。このため、熱間プレスの生産性の低下を招いたり、加熱が不十分となって熱間プレス後において目的とする強度が得られなかったりする。さらに、SiやAlを多量に含有させたものであるため、SiやAlの酸化物が鋼中に多量に形成されてしまい、熱間プレスにより得られる鋼材(以下、「熱間プレス鋼材」ともいう。)は靭性に劣る。
【0011】
ところで、熱間プレス用鋼板は、熱間プレスにおける焼入れ性の確保およびオーステナイト域とするために必要な加熱温度を低下させるために、多量のMnを含有させることがよく行われる。そこで、多量のMnを含有させることにより、特許文献3に開示された熱間プレス用鋼板の加熱温度を低温化することが一応考えられる。
【0012】
しかしながら、Mnを多量に含有させると、溶鋼の凝固過程において著しいMnの偏析が生じてしまい、熱間プレス用鋼板の板厚方向においてMn濃度のばらつきを生じさせる。このMn濃度のばらつきは熱間プレス後の鋼材の強度に影響するため、Mn濃度のばらつきにより熱間プレス鋼材の強度も微視的にばらつくようになる。この微視的な強度ばらつきは熱間プレス鋼材の靭性を劣化させる原因になる。
【0013】
このように、従来技術においては、熱間プレスにおけるスケール生成について十分な検討がなされていないため改善の余地があった。また、スケール生成を抑制するとされる技術も提案されているが、熱間プレスの生産性の低下を招いたり、熱間プレスにより得られる鋼材が靭性に劣るものであったりして、実用化が困難なものであった。
【0014】
本発明は、上記従来技術に鑑みてなされたものであり、熱間プレスに供する際の加熱工程において熱間プレス用鋼板の表面に形成されるスケールの生成が抑制されるとともに、熱間プレスによって靭性に優れる熱間プレス鋼材を得ることを可能にする、熱間プレス用鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0015】
なお、上記においては、従来技術の技術課題を具体的に示すために、熱処理の一態様である熱間プレスに関して説明してきたが、スケール生成や靭性に関する問題はオーステナイト域のような高温域への加熱工程を要する熱処理用途全般において一般的に生じる問題である。例えば、高周波焼入れ用途において厚いスケールが生成すると、スケール除去作業に要するコストの増加を招く。また、高周波焼入れ処理後の鋼板部材にも靭性は要求される。
【0016】
したがって、本発明は、熱処理時におけるスケールの生成が抑制されるとともに熱処理後の靭性に優れた熱処理用鋼板およびその製造方法を提供することを目的とするものでもある。
【0017】
本発明は、特に、自動車や各種の産業機械に用いられる強度980MPa以上の熱間プレス鋼材を製造しうる熱間プレス用鋼板であって、熱間プレス時のスケール生成が抑制されて鋼板へのスケール密着性に優れ、かつ熱間プレス後の鋼材の強度ばらつきが低減されたことにより靭性を向上させた熱間プレス鋼材を製造するのに好適な熱間プレス用鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、上記課題を解決する為に鋭意検討を行った。その結果、以下の新たな知見を得た。
(ア)SiおよびAlは、Feよりも酸化しやすい元素であり、鋼板表面にFeSiO、FeAlを形成し、その上方に生成するFeO、FeやFeの生成を抑制する作用を有する。したがって、熱処理の高温加熱時におけるスケール生成を抑制するには、SiおよびAlの含有量を高めることが有効である。
【0019】
(イ)しかしながら、SiおよびAlの含有量を高めると、上述したように熱処理における加熱温度の高温化や鋼材の靭性劣化を招いてしまう。したがって、熱処理用鋼材のSiおよびAlの含有量を単に増加させて、スケール生成を抑制するのに効果を発揮する程度のSiおよびAlを含有させることはできない。
【0020】
(ウ)そこで、本発明者はスケール生成抑制に寄与するのが、鋼板の表層部におけるSiおよびAlの含有量であることに着目した。そして、鋼板表層部におけるSiおよびAlの含有量を鋼板内部に比して高くすることにより、熱処理における加熱温度の高温化や鋼材の靭性劣化を抑制しつつ、熱処理時の高温加熱におけるスケールの生成を抑制することができることを新たに知見した。
【0021】
(エ)さらに、Crを含有させることにより、上記FeSiO、FeAlに加えて鋼板表面にFeCrが形成され、FeO、FeやFeの生成をさらに抑制する作用を有することを見出し、鋼板表層部のSi、AlおよびCrの含有量を鋼板内部に比して高くすることでより効果的にスケールの生成を抑制することができることを新たに知見した。
【0022】
(オ)そして、このような濃度分布を実現するには、熱間圧延工程および焼鈍工程における諸条件を好適化することにより、鋼板表層部へのSi、AlおよびCrの濃化を促進することが有効であることを新たに知見した。
【0023】
(カ)また、Mnを多量に含有させることに起因する靭性劣化を抑制するには、板厚方向に生じるMn濃度のばらつきを抑制することが有効であり、それには連続鋳造工程における諸条件を好適化することにより、Mnの偏析を抑制することが有効であることを新たに知見した。
【0024】
本発明は上記新知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.05%以上0.5%以下、Si:0.02%以上0.5%未満、Mn:0.5%以上5.0%以下、P:0.5%以下、S:0.03%以下、Al:0.002%以上0.5%未満、N:0.01%以下およびCr:0.02%以上2.0%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するとともに、下記式(i)および(ii)を満足する濃度分布を有することを特徴とする熱処理用鋼板。
【0025】
(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2 (i)
Mnmax/Mnmin≦1.6 (ii)
ここで、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度を、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から板厚の1/4深さ位置におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度を、Mnmaxは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最大値を、Mnminは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最小値を、それぞれ示す。
【0026】
(2)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、Bi:0.0001質量%以上0.2質量%以下を含有するとともに、下記式(iii)を満足する濃度分布を有することを特徴とする上記(1)記載の熱処理用鋼板。
【0027】
Mnmax/Mnmin≦1.3 (iii)
(3)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Cu:2.0%以下、Ni:2.0%以下、Mo:2.0%以下、B:0.01%以下、Ti:0.2%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下およびW:0.2%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の熱処理用鋼板。
【0028】
(4)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Nd:0.1%以下およびSb:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)から(3)のいずれか1項に記載の熱処理用鋼板。
【0029】
(5)下記工程(H1)〜(H4)を有することを特徴とする熱処理用鋼板の製造方法:
(H1)上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとする連続鋳造工程;
(H2)前記スラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、前記加熱炉から抽出した前記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に前記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却する熱間圧延工程;
(H3)前記熱延鋼板に酸洗処理を施して酸洗鋼板とする酸洗工程;および
(H4)前記酸洗鋼板に550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施す焼鈍工程。
【0030】
(6)下記工程(C1)〜(C5)を有することを特徴とする熱処理用鋼板の製造方法:
(C1)上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとする連続鋳造工程;
(C2)前記スラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、前記加熱炉から抽出した前記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に前記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却する熱間圧延工程;
(C3)前記熱延鋼板に酸洗処理を施して酸洗鋼板とする酸洗工程;
(C4)前記酸洗鋼板に冷間圧延を施して冷延鋼板とする冷間圧延工程;および
(C5)前記冷延鋼板に550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施す焼鈍工程。
【0031】
ここで、(Si+Al+Cr)および(Si+Al+Cr)は高周波グロー放電発光表面分析装置(GDS)により求めるものであり、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部について深さ方向に分析した際の信号強度の平均から求めるものであり、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から板厚の1/4深さ位置について分析した際の信号強度から求めるものであるが、それぞれの信号強度の比から(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)を直接求めてもよい。また、MnmaxおよびMnminは電子線マイクロアナライザー(EPMA)により求めるものであり、鋼板断面を板厚方向に線分析した際の信号強度の最大値からMnmaxを、最小値からMnminをそれぞれ求めるものであるが、信号強度の比からMnmax/Mnminを直接求めてもよい。
【0032】
また、「中心偏析低減処理」とは、溶鋼が最終凝固する位置において、Fe以外の成分の濃化を減少させる処理を意味する。溶鋼が最終凝固する位置とは、溶鋼が徐々に冷やされて凝固する際に、液相状態から液相及び固相混合状態を経て、最終的に固相へと変化する時の最終凝固位置を意味する。具体的な中心偏析低減処理として、溶鋼が最終凝固する位置の近傍の未凝固部において、電磁攪拌および/または圧下を施すことが例示される。
【発明の効果】
【0033】
本発明に係る熱処理用鋼板は、熱処理時におけるスケールの生成が抑制されるとともに熱処理後の靭性に優れるので、熱間プレスや高周波熱処理などの熱処理用途に好適である。特に、熱間プレスに用いると熱間プレス鋼材においてスケール密着性ならびに靭性に優れているので、熱間プレス用鋼板として最適である。そして、自動車や各種の産業機械に用いられる構造部材の素材、特に自動車のメンバーや足廻り部品に代表される構造部材の素材として特に最適である。また安価に製造できるので産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0034】
1.化学組成
本発明に係る鋼の化学組成について説明する。なお、本明細書において、鋼の化学組成を規定する「%」は質量%を意味する。
【0035】
(1)C:0.05%以上0.5%以下
熱処理の一態様である熱間成形は、成形に供する鋼材を加熱することで軟質化させ、成形性を向上させることを目的とするものであるが、熱間成形の一態様である熱間プレスにおいては、プレス金型等で急冷して鋼材を焼き入れすることでより高強度の鋼材を得ることができる。また、熱処理の一態様である高周波焼入れは、高周波加熱を行った鋼材を急冷して焼き入れすることでより高強度の鋼材を得るものである。
【0036】
ここで、焼入れ後の鋼材の強度は主にC含有量によって決定される。このため、目的とする強度に応じてC含有量を設定することになるが、C含有量が0.05%未満では焼入れ後の鋼材について高い強度を得ることが困難である。したがって、C含有量は0.05%以上とする。より高強度の鋼材を得ることを目的とする場合には、C含有量を0.15%以上にすることが好ましく、0.18%以上とすることがさらに好ましい。一方、C含有量が過剰であると、熱処理後の鋼材の靭性劣化が著しくなる場合がある。したがって、C含有量は0.5%以下とする。好ましくは0.35%以下である。
【0037】
(2)Si:0.02%以上0.5%未満
Siは、焼入れ性を高める作用を有し、さらに、焼入れ後の鋼材の強度を安定して確保するのに非常に有効な元素である。また、熱処理の高温加熱時におけるスケール生成を抑制する作用を有する。Si含有量が0.02%未満では、上記作用による効果を十分に得られない場合がある。したがって、Si含有量は0.02%以上とする。好ましくは0.1%以上である。一方、Si含有量が0.5%以上では、鋼中に生成する酸化物が多量となり靭性の劣化が著しくなる。また、焼入れ処理に際してオーステナイト変態させるのに必要な加熱温度が著しく高温となる。このため、熱処理に要するコストの上昇を招いたり、加熱不足により焼入れが不十分となったりする場合がある。したがって、Si含有量は0.5%未満とする。好ましくは0.35%以下である。
【0038】
(3)Mn:0.5%以上5.0%以下
Mnは、焼入れ性を高める作用を有し、さらに、焼入れ後の鋼材の強度を安定して確保するのに非常に有効な元素である。Mn含有量が0.5%未満では、上記作用による効果を十分に得られない場合がある。したがって、Mn含有量は0.5%以上とする。好ましくは0.8%以上である。一方、Mn含有量が5.0%超では、焼入れ部の靭性劣化を招く場合がある。したがって、Mn含有量は5.0%以下とする。好ましくは3.0%以下である。
【0039】
(4)P:0.5%以下
Pは、一般に不純物として含有される元素であるが、焼入れ性を高める作用を有し、さらに、焼入れ後の鋼材の強度を安定して確保するのに有効な元素であるので、積極的に含有させてもよい。しかしながら、P含有量が0.5%を超えると靭性の劣化が著しくなる。したがって、P含有量は0.5%以下とする。好ましくは0.1%以下、さらに好ましくは0.03%以下である。一方、P含有量の下限は特に限定する必要はないが、P含有量の過剰な低減は著しいコスト上昇を招くため、P含有量は0.002%以上とすることが好ましい。また、上述した有利な作用効果をより確実に得るには、P含有量を0.005%以上とすることが好ましい。
【0040】
(5)S:0.03%以下
Sは、不純物として含有される元素であり、靭性を劣化させる作用を有する。S含有量が0.03%を超えると靭性の劣化が著しくなる。したがって、S含有量は0.03%以下とする。好ましくは0.01%以下である。S含有量の下限は特に限定する必要はないが、S含有量の過剰な低減は著しいコスト上昇を招く。このため、S含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは0.0004%以上である。
【0041】
(6)Al:0.002%以上0.5%未満
Alは、熱処理の高温加熱時におけるスケール生成を抑制する作用を有する。Al含有量が0.002%未満では、上記作用による効果を十分に得られない場合がある。したがって、Al含有量は0.002%以上とする。好ましくは0.01%以上である。一方、Al含有量が0.5%以上では、鋼中に生成する酸化物が多量となり靭性の劣化が著しくなる。また、熱処理に際してオーステナイト域への加熱温度が著しく高温となる。したがって、Al含有量は0.5%未満とする。好ましくは0.3%以下である。
【0042】
(7)N:0.01%以下
Nは、不純物として含有される元素であり、靭性を劣化させる作用を有する。N含有量が0.01%を超えると靭性の劣化が著しくなる。したがって、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.007%以下である。N含有量の下限は特に限定する必要はないが、N含有量の過剰な低減は著しいコスト上昇を招く。このため、N含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは0.0008%以上である。
【0043】
(8)Cr:0.02%以上2.0%以下
Crは、熱処理の高温加熱時におけるスケール生成を抑制する作用を有する。Cr含有量が0.02%未満では、上記作用による効果を十分に得られない場合がある。したがって、Cr含有量は0.02%以上とする。好ましくは0.1%以上である。一方、Cr含有量が2.0%超では、上記作用による効果は上記作用による効果は飽和してしまい、いたずらにコストの増加を招く。したがって、Cr含有量は2.0%以下する。好ましくは1.0%以下である。
【0044】
(9)Bi:0.2%以下
Biは、溶鋼の凝固過程において凝固核となり、デンドライトの2次アーム間隔を小さくすることにより、デンドライト2次アーム間隔内に偏析するMn等の偏析を抑制する作用を有する元素である。したがって含有させてもよい。特に熱間プレス用鋼板のように多量のMnを含有させることがよく行われる鋼板については、Mnの偏析に起因する靭性の劣化を抑制するのに効果がある。したがって、斯かる鋼種には含有させることが好ましい。しかしながら、0.2%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和してしまい、いたずらにコストの増加を招く。したがって、Bi含有量は0.2%以下とする。好ましくは0.1%以下である。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Bi含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは0.0005%以上である。
【0045】
(10)Cu:2.0%以下、Ni:2.0%以下、Mo:2.0%以下、B:0.01%以下、Ti:0.2%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下およびW:0.2%以下からなる群から選択される1種または2種以上
Cu、Ni、Mo、B、Ti、Nb、VおよびWは、焼入れ性を高める作用を有し、さらに、焼入れ後の鋼材の強度を安定して確保するのに有効な元素であるので、1種または2種以上を含有させてもよい。しかしながら、Cu、NiおよびMoについてはそれぞれ2.0%を超えて含有させても、Bについては0.01%を超えて含有させても、Ti、Nb、VおよびWについてはそれぞれ0.2%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和してしまい、いたずらにコストの増加を招く。したがって、Cu、NiおよびMoの含有量はそれぞれ2.0%以下、B含有量は0.01%以下、Ti、Nb、VおよびWの含有量はそれぞれ0.2%以下とする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Cu:0.01%以上、Ni:0.01%以上、Mo:0.01%以上、B:0.0003%以上、Ti:0.005%以上、Nb:0.005%以上、V:0.005%以上およびW:0.005%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0046】
(11)Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Nd:0.1%以下およびSb:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種以上
Ca、Mg、REM(希土類金属)、Zr、NdおよびSbは、鋼中の介在物の形態を微細化する作用を有し、介在物に起因する熱間プレス等の加工時の割れを防止するのに有効な元素であるので、1種または2種以上を含有させてもよい。しかしながら、それぞれ0.1%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和してしまい、いたずらにコストの増加を招く。したがって、それぞれの元素の含有量は0.1%以下とする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Ca:0.0002%以上、Mg:0.0002%以上、REM:0.0002%以上、Zr:0.0002%以上、Nd:0.0002%以上およびSb:0.0002%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0047】
2.濃度分布
本発明に係る熱処理用鋼板は、下記式(1)および(2)を満足する濃度分布を有する。
【0048】
(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2 (1)
Mnmax/Mnmin≦1.6 (2)
ここで、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度を、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から板厚の1/4深さ位置におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度を、Mnmaxは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最大値を、Mnminは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最小値を、それぞれ示す。
【0049】
(1)(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2
SiおよびAlは、Feよりも酸化しやすい元素であり、鋼板表面にFeSiO、FeAlを形成し、その上方に生成するFeO、FeやFeの生成を抑制する作用を有する。さらにCrは、上記FeSiO、FeAlに加えて鋼板表面にFeCrを形成することにより、FeO、FeやFeの生成をさらに抑制する作用を有する。ここで、上記作用は、鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部におけるSi、AlおよびCrによってもたらされる。
【0050】
一方、SiおよびAlが過剰であると、上述したように熱処理における加熱温度の高温化や鋼材の靭性劣化を招く。このため、熱処理用鋼板にSiおよびAlの含有量の上限は上述したように制限される。
【0051】
したがって、熱処理における加熱温度の高温化や鋼材の靭性劣化を抑制しつつ、熱処理時の高温加熱におけるスケールの生成を抑制するには、スケール生成を抑制する作用を有する元素について、スケール生成抑制に影響を及ぼす鋼板の表層部における濃度を高め、スケール生成抑制に影響を及ぼさない鋼板の表層部以外の領域における濃度を低くすることが必要である。
【0052】
具体的には、鋼板表面から深さ200nmまでの表層部におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度[(Si+Al+Cr)]と鋼板表面から板厚の1/4深さ位置におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度[(Si+Al+Cr)]との比[(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)]を1.2以上とすることが必要である。1.5以上とすることがさらに好ましい。ここで、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における濃度に対する比を採用したのは、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における濃度が鋼板の表層部以外の領域における濃度の代表値であるからである。
【0053】
(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.2未満では、スケール生成抑制作用を十分に得ることができない場合がある。(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)の上限は特に規定する必要はないが、鋼板の表層部にSi、AlおよびCrを著しく濃化させるには、高温長時間の焼鈍が必要となり生産性を阻害するようになる。したがって、工業的生産性の観点からは(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)は10以下とすることが好ましい。さらに好ましくは5.0以下である。
【0054】
(2)Mnmax/Mnmin≦1.6
Mnを多量に含有させた鋼板は、通常、溶鋼の凝固過程において著しいMnの偏析が生じて板厚方向にMn濃度のばらつきを生じる。そして、Mn濃度が相対的に低い領域はMn濃度が相対的に高い領域に比して焼入れ性に劣る。このため、板厚方向におけるMn濃度ばらつきの大きな鋼板に焼入れ処理を施すと、Mn濃度が相対的に低い領域はMn濃度が相対的に高い領域に比して強度が低くなり、板厚方向に微視的な強度ばらつきを生じる場合がある。このような微視的な強度ばらつきが生じると靭性の劣化を招く。
【0055】
したがって、鋼材の靭性劣化を抑制するには、板厚方向のMn濃度のばらつきを抑制することが重要である。本発明においては、鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最大値(Mnmax)と鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最小値(Mnmin)との比を(Mnmax/Mnmin)を1.6以下とする。1.3以下とすれば、鋼材の強度ばらつきが低減して、鋼材の靭性が著しく向上するので好ましい。一方、Mnmax/Mnminが1.6を超えると、鋼材の靭性劣化が著しくなる。
【0056】
3.鋼板の鋼組織
本発明は熱処理用鋼板であり、熱処理に際して高温加熱することにより、熱処理前の鋼板が有していた鋼組織の特徴は消滅する。したがって、熱処理に供する前の鋼組織の特徴は特に規定されない。但し、鋼板の平坦調整やブランキング等の加工性の観点からは、フェライトを面積率で30%以上含有することが好ましい。ここでいうフェライトは、ポリゴナルフェライト、ベイニティックフェライト、アシュキラーフェライトなどである。硬質第2相としては、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト、オーステナイト、セメンタイト、球状化セメンタイトなど、所望の相や組織とすればよい。
【0057】
4.製造方法
上記濃度分布を実現するには、下記工程(H1)〜(H4)または下記工程(C1)〜(C5)を有する製造方法とすることが好ましい。
【0058】
(H1)上記の化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとする連続鋳造工程;
(H2)前記スラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、前記加熱炉から抽出した前記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に前記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却する熱間圧延工程;
(H3)前記熱延鋼板に酸洗処理を施して酸洗鋼板とする酸洗工程;および
(H4)前記酸洗鋼板に550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施す焼鈍工程。
【0059】
(C1)上記の化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとする連続鋳造工程;
(C2)前記スラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、前記加熱炉から抽出した前記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に前記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却する熱間圧延工程;
(C3)前記熱延鋼板に酸洗処理を施して酸洗鋼板とする酸洗工程;
(C4)前記酸洗鋼板に冷間圧延を施して冷延鋼板とする冷間圧延工程;および
(C5)前記冷延鋼板に550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施す焼鈍工程。
【0060】
(1)連続鋳造工程
本発明に係る連続鋳造工程は、上記化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとするものである。
【0061】
溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上という強冷却にすることで、デンドライトの2次アーム間隔を小さくすることができ、それによりデンドライド2次アーム間隔内に偏析するMnの偏析が抑制される。
【0062】
さらに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施すことで、板厚中心部におけるMnの偏析が低減される。
これらの相乗作用により、Mnmax/Mnmin≦1.6の濃度分布を実現することができる。
【0063】
溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度が0.2℃/秒未満であったり、中心偏析処理を施さなかったりすると、Mnの偏析の抑制が不十分となり、Mnmax/Mnmin≦1.6の濃度分布を実現することができない場合がある。
【0064】
Mnmax/Mnmin≦1.3の濃度分布を実現するには、さらに化学組成においてBiを含有させたものとする。
上述したように、Biは、溶鋼の凝固過程において凝固核となり、デンドライトの2次アーム間隔を小さくすることにより、デンドライト2次アーム間隔内に偏析するMn等の偏析を抑制する作用を有する。したがって、上記連続鋳造工程によるMnの偏析の抑制とBiによるMnの偏析の抑制との相乗効果により、Mnmax/Mnmin≦1.3の濃度分布が実現される。
【0065】
(2)熱間圧延工程
熱間圧延工程は、上記連続鋳造工程により得られたスラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、上記加熱炉から抽出した上記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に上記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却するものである。
上記熱間圧延工程と後述する焼鈍工程とを組み合わせることにより、鋼板表層部へのSi、AlおよびCrの濃化が促進され、(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2の濃度分布を実現することができる。
【0066】
熱間圧延に供するスラブを加熱炉で保持する際の温度が1200℃未満であったり、時間が30分間未満であったりすると、Si、AlおよびCrのスラブ表面への濃化が不十分となり、(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2の濃度分布を実現することが困難となる。
【0067】
また、スラブを加熱炉から抽出してから巻取りまでの時間が1分間未満であったり、巻取温度が550℃未満であったり、巻取り後の冷却速度が150℃/時を超えたりすると、Si、AlおよびCrの熱延鋼板表面への濃化が不十分となり、(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2の濃度分布を実現することが困難となる。
【0068】
ここで、熱間圧延に供するスラブを加熱炉で保持する際の温度の上限は、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、上記温度が高くなるとスケールに起因する鋼板表面疵が発生するようになる。したがって、1350℃以下とすることが好ましい。
【0069】
熱間圧延に供するスラブを加熱炉で保持する際の時間の上限も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、上記時間が長くなるとスケールに起因する鋼板表面疵が発生するようになる。したがって、5時間以下とすることが好ましい。
【0070】
スラブを加熱炉から抽出してから巻取りまでの時間も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、上記時間が長くなると被圧延材の温度低下が著しくなって圧延が困難となる場合がある。したがって、上記時間は20分以下とすることが好ましい。
【0071】
熱間圧延完了温度も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、熱間圧延完了温度が低くなると、圧延が困難となる場合がある。したがって、熱間圧延の操業性の観点からは熱間圧延完了温度は750℃以上とすることが好ましい。
【0072】
熱間圧延後の冷却速度も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、上記冷却速度が高くなると熱延鋼板が硬質となり、後に冷間圧延を施す場合には、冷間圧延が困難となる場合がある。したがって、上記冷却速度は2000℃/秒以下とすることが好ましい。さらに好ましくは、200℃/秒以下である。
【0073】
巻取温度の上限も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、巻取温度が高くなるとスケールに起因する鋼板表面疵が発生するようになる。したがって、巻取温度は800℃以下とすることが好ましい。
【0074】
(3)酸洗工程
上記熱間圧延工程により得られた熱延鋼板には酸洗を施すが、酸洗は常法で構わない。
(4)冷間圧延工程
上記酸洗工程により得られた酸洗鋼板には、必要に応じて冷間圧延を施すが、冷間圧延は常法で構わない。
【0075】
(5)焼鈍工程
上記酸洗工程により得られた酸洗鋼板または上記冷間圧延工程により得られた冷延鋼板に施す焼鈍工程は、550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施すものである。
【0076】
上記熱間圧延工程と上記焼鈍工程とを組み合わせることにより、鋼板表層部へのSi、AlおよびCrの濃化が促進され、(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2の濃度分布を実現することができる。
【0077】
焼鈍温度の上限は、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、焼鈍温度が高くなると製造コストの増加を招く。したがって900℃以下とすることが好ましい。
【0078】
焼鈍時間の上限も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。しかし、焼鈍時間が長くなると製造コストの増加を招く。したがって100時間以下とすることが好ましい。
【0079】
焼鈍後の冷却速度も、上記濃度分布の観点からは特に規定する必要はない。フェライト面積率を30%以上にするには、200℃/秒以下の冷却速度で室温まで冷却することが好ましい。
【実施例】
【0080】
表1に示す化学成分を有する鋼を試験転炉で溶製し、連続鋳造試験機にて連続鋳造を実施し、1000mm幅250mm厚のスラブとした。ここで、スラブの冷却速度の制御は2次冷却スプレー帯の水量を変更することにより行った。また、中心偏析低減処理は、凝固末期部においてロールにて軽圧下を実施し、最終凝固部の濃化溶鋼を排出することにより行った。
【0081】
【表1】

【0082】
得られたスラブについて、熱間圧延試験機によって表2に示す条件の熱間圧延を施し、3.0mm厚の熱延鋼板とした。
【0083】
【表2】

【0084】
得られた熱延鋼板について、実験室にて酸洗を施し、酸洗鋼板とした。
得られた酸洗鋼板の一部を冷間圧延試験機にて冷間圧延を施し、1.5mm厚の冷延鋼板とした。
【0085】
酸洗鋼板および冷延鋼板について、焼鈍試験機にて焼鈍を行って熱処理用鋼板を得た。
各製造条件は表2に示したとおりである。
このようにして得られた熱処理用鋼板から、幅150mm×長さ200mmの試験材を2枚採取し、加熱炉で900℃の温度に4分間保持した後、直ちに冷却装置付きの金型にて焼入れを施す熱間プレスを行って熱処理鋼材を得た。
【0086】
得られたスラブ、熱処理用鋼板、熱処理鋼材について以下の各種評価を行った。
(1)溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度の測定
溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の冷却速度は、得られたスラブの断面をピクリン酸にてエッチングし、5mmピッチでデンドライト2次アーム間隔を測定し、下記式から求めた。上記平均冷却速度は、スラブ表面からスラブ厚方向のスラブ中心部までを5mmピッチで測定した冷却速度を算術平均することにより求めた。
λ=710(A)−0.39
ここで、λ:デンドライト2次アーム間隔(μm)、A:冷却速度(℃/分)である。
【0087】
(2)熱処理用鋼板の機械特性の評価
得られた熱処理用鋼板について、圧延直角方向からJIS5号引張試験を採取し、JIS Z2241に準じて引張試験を実施し、降伏点(YP)、引張強さ(TS)、伸び(El)を測定した。
【0088】
(3)熱処理用鋼板の(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)の測定
得られた熱処理用鋼板について、高周波グロー放電発光表面分析装置(GDS)により、(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)を求めた。すなわち、鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部について深さ方向に分析した際の信号強度の平均を、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置について分析した際の信号強度により除すことにより、(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)を求めた。この測定を各鋼板について3箇所行って平均した。
【0089】
(4)熱処理用鋼板のMnmax/Mnminの測定
得られた熱処理用鋼板について、電子線マイクロアナライザー(EPMA)により、Mnmax/Mnminを求めた。すなわち、鋼板断面を板厚方向に線分析した際の信号強度の最大値を最小値で除すことによりMnmax/Mnminを求めた。この測定を各鋼板について3箇所切断した断面について行って平均した。
【0090】
(5)熱処理鋼材のスケール密着性の評価
得られた熱処理鋼材の表面にテープを貼り、テープを剥離して、剥離したスケールの面積を測定した。
【0091】
(6)熱処理鋼材の硬度ばらつきの評価
得られた熱処理鋼材をマイクロカッターで切断し、その断面硬度をビッカース硬度計で測定した。測定荷重は98N(10kgf)で行った。また、切断箇所は3箇所とし、各切断面について鋼板表面から150μmピッチで9点測定した。平均硬度は9点の平均値を算術計算で求めた。硬度ばらつきは、測定値の最大値と最小値の差により評価した。
【0092】
(7)熱処理鋼材の靭性の評価
得られた熱処理鋼材から、シャルピー試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を実施した。
【0093】
冷間圧延を施さないものについては3枚を重ね合わせ、冷間圧延を施したものについては6枚を重ね合わせ、それぞれビス止めをし、全厚9mmの試験片とした。試験片形状は、JISZ2202に記載されているVノッチシャルピー試験片とした。試験方法は、JISZ2242に記載されている方法に準じ、−50℃温度における吸収エネルギーを調査した。
【0094】
各特性評価結果を表3に示す。
【0095】
【表3】

【0096】
まず、本発明例の結果について説明する。
本発明例である供試材No.1〜24は、熱処理におけるスケール生成が抑制されており、熱処理鋼材のスケール剥離面積がいずれも0cmであり、スケール密着性に優れていた。また、Mnmax/Mnminも1.6以下であり、熱処理鋼材の硬度ばらつきも16Hv以下と小さく良好であった。そのため、衝撃吸収エネルギーも35J/cm以上であり、靭性に優れていた。
【0097】
その中で、Biを含有させた供試材No.13〜24は、Mnmax/Mnminが1.3以下になり、熱処理鋼材の硬度ばらつきも9Hv以下と特に小さく良好であった。そのため、衝撃吸収エネルギーも50J/cm以上であり、非常に靭性に優れていた。
【0098】
続いて、比較例について説明する。
供試材No.25は、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度が0.1℃/秒であり、本発明外であった。そのためMnmax/Mnminが2.0と高く、熱処理鋼材の硬度ばらつきも32Hvと高くなり、衝撃吸収エネルギーが19J/cmとなって、靭性に劣っていた。
【0099】
供試材No.26は、中心偏析低減処理を実施しなかったため、本発明外であった。そのためMnmax/Mnminが2.0と悪化した。そのためMnmax/Mnminが2.0と高く、熱処理鋼材の硬度ばらつきも35Hvと高くなり、衝撃吸収エネルギーが18J/cmとなって、靭性に劣っていた。
【0100】
供試材No.27は、スラブ加熱温度が1180℃であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.1となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が40cmとスケール密着性に劣っていた。
【0101】
供試材No.28は、スラブ加熱時間が20分間であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.0となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が50cmとスケール密着性に劣っていた。
【0102】
供試材No.29は、加熱炉抽出から巻取りまでの時間が0.4分間であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.0となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が30cmとスケール密着性に劣っていた。
【0103】
供試材No.30は、巻取温度540℃であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.0となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が20cmとスケール密着性に劣っていた。
【0104】
供試材No.31は、巻取り後の冷却速度160℃/時であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.1となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が40cmとスケール密着性に劣っていた。
【0105】
供試材No.32は、焼鈍温度が540℃であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.0となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が40cmとスケール密着性に劣っていた。
【0106】
供試材No.33は、焼鈍時間が0.8時間であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.0となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が50cmとスケール密着性に劣っていた。
【0107】
供試材No.34は、Bi含有鋼であるが、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度が0.1℃/秒であり、本発明外であった。そのためMnmax/Mnminが2.0と高く、熱処理鋼材の硬度ばらつきも30Hvと高くなり、衝撃吸収エネルギーが18J/cmとなって、靭性に劣っていた。
【0108】
供試材No.35は、Bi含有鋼であるが、スラブ加熱温度が1180℃であり、本発明外であった。そのため(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)が1.0となり、熱処理におけるスケール生成の抑制が不十分となり、スケール剥離面積が30cmとスケール密着性に劣っていた。
【0109】
供試材No.36は、Si含有量が0.7%であり、本発明外であった。そのため鋼中のSi系酸化物が増加し、衝撃吸収エネルギーが19J/cmとなって、靭性に劣っていた。
【0110】
供試材No.37は、Bi含有鋼であるが、Al含有量が0.6%であり、本発明外であった。そのため鋼中のAl系酸化物が増加し、衝撃吸収エネルギーが18J/cmとなって、靭性に劣っていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05%以上0.5%以下、Si:0.02%以上0.5%未満、Mn:0.5%以上5.0%以下、P:0.5%以下、S:0.03%以下、Al:0.002%以上0.5%未満、N:0.01%以下およびCr:0.02%以上2.0%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するとともに、下記式(1)および(2)を満足する濃度分布を有することを特徴とする熱処理用鋼板。
(Si+Al+Cr)/(Si+Al+Cr)≧1.2 (1)
Mnmax/Mnmin≦1.6 (2)
ここで、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から200nm深さ位置までの表層部におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度を、(Si+Al+Cr)は鋼板表面から板厚の1/4深さ位置におけるSi、AlおよびCrの合計質量濃度を、Mnmaxは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最大値を、Mnminは鋼板断面の板厚方向におけるMn濃度の最小値を、それぞれ示す。
【請求項2】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、Bi:0.0001質量%以上0.2質量%以下を含有するとともに、下記式(3)を満足する濃度分布を有することを特徴とする請求項1記載の熱処理用鋼板。
Mnmax/Mnmin≦1.3 (3)
【請求項3】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Cu:2.0%以下、Ni:2.0%以下、Mo:2.0%以下、B:0.01%以下、Ti:0.2%以下、Nb:0.2%以下、V:0.2%以下およびW:0.2%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の熱処理用鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Nd:0.1%以下およびSb:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の熱処理用鋼板。
【請求項5】
下記工程(H1)〜(H4)を有することを特徴とする熱処理用鋼板の製造方法:
(H1)請求項1から4のいずれか1項に記載の化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとする連続鋳造工程;
(H2)前記スラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、前記加熱炉から抽出した前記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に前記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却する熱間圧延工程;
(H3)前記熱延鋼板に酸洗処理を施して酸洗鋼板とする酸洗工程;および
(H4)前記酸洗鋼板に550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施す焼鈍工程。
【請求項6】
下記工程(C1)〜(C5)を有することを特徴とする熱処理用鋼板の製造方法:
(C1)請求項1から4のいずれか1項に記載の化学組成を有する溶鋼を、溶鋼の液相線温度から固相線温度までの温度範囲における鋳込み方向に垂直な断面の平均冷却速度を0.2℃/秒以上として冷却するとともに、溶鋼が完全凝固する前に中心偏析低減処理を施してスラブとする連続鋳造工程;
(C2)前記スラブを加熱炉に装入して1200℃以上の温度域に30分間以上保持し、前記加熱炉から抽出した前記スラブに熱間圧延を施し熱延鋼板とし、前記抽出から1分間以上経過した後に前記熱延鋼板を550℃以上の温度域で巻取り、150℃/時以下の冷却速度で300℃以下まで冷却する熱間圧延工程;
(C3)前記熱延鋼板に酸洗処理を施して酸洗鋼板とする酸洗工程;
(C4)前記酸洗鋼板に冷間圧延を施して冷延鋼板とする冷間圧延工程;および
(C5)前記冷延鋼板に550℃以上の温度域で1.0時間以上保持する焼鈍処理を施す焼鈍工程。

【公開番号】特開2011−99149(P2011−99149A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−255116(P2009−255116)
【出願日】平成21年11月6日(2009.11.6)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】