説明

熱電材料の製造方法、熱電材料および熱電変換モジュール

【課題】高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現した熱電材料を得ること。
【解決手段】Bi,Sbからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、Te,Seからなる群から選択される少なくとも1種の元素との合金を、加圧軸と押出軸とが異なる金型により、前記合金の融点より100℃低い温度〜前記合金の融点より20℃低い温度の温度範囲、かつ、1mm/分〜12mm/分の押出速度で加圧軸と押出軸とが一軸上にない押出処理を少なくとも1回行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱電材料に関する。
【背景技術】
【0002】
熱電材料を利用した熱電変換モジュールは、種々の用途に利用されることが期待されており、その性能指数Z=α/(ρ×κ)やパワーファクタPf=α/ρを向上させるための技術や、熱電材料の製造過程で素子割れを発生させないための条件が提案されている(例えば、特許文献1)。なお、ここで、αはゼーベック係数、ρは電気抵抗率、κは熱伝導率である。
【特許文献1】特開2004−143560号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来の技術においては、高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現した熱電材料を得ることができなかった。
すなわち、一般に、粉末化などによって材料内の結晶粒を微細化すると機械的強度が上がる(ホールペッチ則)が、結晶粒の微細化によって結晶軸の向きが乱雑になると電気抵抗率ρが増大することが知られている。そこで、従来の技術では、粉末材料に押出加工を施すことにより、結晶の配向性の向上と微細化とを実現することとしていた。また、12mm/分より遅い押出速度では性能指数が小さくなり、300mm/分より速い押出速度では熱電材料が割れやすいため、12mm/分〜300mm/分の押出速度で加工することとしていた。さらに、結晶粒の粗大化を防止するため、押出温度を525℃以下にすることとしていた。
【0004】
ところが、上述の結晶粒の微細化と結晶軸の配向の乱雑化とは同時に起こるため、押出加工による配向の制御と押出条件の制御とを組み合わせても、さらに高い性能指数および高い機械強度または機械特性を同時に実現する熱電材料を提供することが困難であった。特に、熱電材料を利用した熱電変換モジュールの用途は極めて多岐にわたっており、熱電変換モジュールの大きさとしても1mm角〜40mm角まで種々の大きさが想定し得る。従って、小さな熱電変換モジュールに利用する熱電素子を熱電材料から切り出すことを想定すると、機械強度または機械特性の向上は、熱電材料の特性として極めて重要である。さらに、押出条件の詳細な制御によって熱電材料の特性を向上させた場合、所望の特性の材料が得られたときにその特性の材料を確実に取り出すことが極めて重要である。
本発明は、前記課題に鑑みてなされたもので、高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現した熱電材料を確実に作成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的の少なくとも一つを解決するため、BiTe系熱電材料において合金を出発材料とし、加圧軸と押出軸とが一軸上にない金型による押出加工を行う際に、加工温度を前記合金の融点より100℃低い温度〜前記合金の融点より20℃低い温度の温度範囲とし、押出速度を1mm/分〜12mm/分として熱電材料を製造する。すなわち、BiTe系熱電材料において、性能指数に大きな影響を与える結晶軸の配向と、機械強度または機械特性に大きな影響を与える結晶粒の微細化とはトレードオフの関係にあり、双方を独立して好ましい値になるように設定することは困難である。従って、このような結晶軸の配向と結晶粒の微細化との双方を考慮して高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現する技術思想では、その性能向上に限界があった。
【0006】
そこで、本発明においては、上述のように、加工温度を合金の融点より100℃低い温度〜合金の融点より20℃低い温度の温度範囲に設定した。この温度範囲は、合金の結晶粒が粗大化することを防ぐためには採用し得ない温度であり、押出処理における加工温度としてはかなり高温である。すなわち、本発明においては、この温度範囲を採用することで、従来の技術と比較して大きな結晶粒によって熱電材料が構成されることを許容し、結晶軸の方向を容易に揃えられる状態にしている。
【0007】
従って、加圧軸と押出軸とが異なる金型にて加圧軸と押出軸とが一軸上にない押出処理を行うことで、結晶軸を揃えることができる。すなわち、特定の結晶軸の大半が特定の方向に対して一定の角度以内に向いているように制御することができる。また、結晶粒が一方に長い扁平結晶粒となり、かつその長手方向が特定の方向に向くように制御することができる。
【0008】
さらに、本発明においては、押出速度を1mm/分〜12mm/分としている。この押出速度は、加圧軸と押出軸とが異なる金型によるBiTe系熱電材料の押出加工において、結晶を一様に成長させないように設定された速度である。すなわち、この加工速度によれば、歪みが残留した結晶粒を生成することができる。従って、一つの結晶粒内に不均一な微細構造(亜結晶)が現れ、機械強度または機械特性の観点からすればこの亜結晶が微細な結晶粒と同様に機能し、高い機械強度または機械特性の熱電材料を提供することができる。なお、本発明においては、結晶の配向を揃えることによって熱電材料の特性を向上しているため、その評価は性能指数で行っても良いし、パワーファクタで行ってもよい。
【0009】
また、加工温度は、結晶粒の過度の粗大化を抑えるものの、ある程度の粗大化は許容し、加圧軸と押出軸とが一軸上にない金型による押出加工によって結晶軸を揃えるとともに結晶粒内に亜結晶が導入できるような温度であればよい。従って、例えば、融点が575℃の合金においては、475℃〜555℃の範囲内で任意の温度(475,520,555℃など)を設定可能である。また、融点が595℃の合金においては、495℃〜575℃の範囲内で任意の温度(495,535,575℃など)を設定可能である。
【0010】
さらに、押出速度は、合金の融点より100℃低い温度〜合金の融点より20℃低い温度の温度範囲において結晶粒内に亜結晶が導入されるように加工を実施可能な速度であればよく、押出速度が遅い場合には、加工自体は実施可能であるが、結晶粒に前記亜結晶が導入されにくく、結晶粒が成長しやすい。そこで、本発明においては、押出速度を1mm/分以上とした。また、押出速度が速い場合には、前記温度範囲において金型の破損等により加工不能になったり、加工後の材料が割れやすくなったりすることが判明している。そこで、本発明においては、押出速度を12mm/分以下とした。従って、押出速度は、この範囲内で任意に設定することができ、例えば、1,1.2,1.5,2,3,5,7,10,12mm/分などと設定することができるし、前記押出速度の範囲内の任意の2つの値を最小値、最大値とした範囲を設定しても良い。
【0011】
ここで、熱電材料はBiTe系熱電材料であればよい。すなわち、Bi,Sbからなる群から選択される少なくとも1種の元素を(Bi,Sb)、Te,Seからなる群から選択される少なくとも1種の元素を(Te,Se)と表記したとき、(Bi,Sb)(Te,Se)の組成の材料は、菱面体結晶構造(空間群R3−m(−は通常、3の上方に表記される))の熱電材料になることが知られている。この結晶において、c面に平行な方向の電気抵抗率はa面に平行な方向の電気抵抗率より小さい。従って、c面の配向を制御することによって熱電材料の性能指数を向上し得る。なお、本明細書においてc軸,a軸等の結晶軸やc面等の結晶面は、空間群R3−mの結晶を六方晶表記したときの結晶軸や結晶面である。なお、熱電材料はBiTe系熱電材料となればよく、この意味では、前記空間群R3−mの結晶構造をとる限りにおいて、その組成が(Bi,Sb)(Te,Se)と異なっていても良い。
【0012】
また、高性能の熱電材料を得るために、出発材料となる合金は、微細な結晶粒を含む粉末にするとともにその結晶粒径を1μm以上、50μm以下とすることが好ましい。このような粉末は、溶融合金のロール型液体急冷やガスアトマイズによって取得しても良いし、回転ディスクの回転を利用して溶融合金を飛散させて粉末化しても良いし、秤量後に溶融して得られた合金を粉砕して取得しても良い。
【0013】
なお、一定方向に配向した結晶軸を持つ薄膜が容易に作成可能であるという意味では、ロール型液体急冷によって得られた薄膜(微細な粒径の結晶を含む合金であり、結晶構造としては粉末と同視することができる)を利用することが好ましい。すなわち、この薄膜においては、膜厚方向に対してc面が平行に向いている傾向があるので、この薄膜を前記金型内で積層させながらセットすると、低い加工圧力にて押出処理を行うことができる。
【0014】
本明細書において、熱電材料の原子構造について結晶軸を定義したとき、特定の結晶軸同士(例えば、異なる向きを向いているa軸同士)の傾きが15°以内であれば同一結晶粒であり、傾きが15°を超える構造は異なる結晶粒であるとしている。当該結晶軸の傾きは、例えば、TSL社製のEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)装置にて熱電材料の任意の断面を測定し、測定結果を解析ソフトウェアによって解析することで取得することが可能である。また、本明細書において結晶粒の大きさ(結晶粒径)は、ある断面における結晶粒の面積と同じ面積の円の半径にて定義する。当該結晶粒の面積も上述のEBSD装置にて測定可能である。
【0015】
さらに、本明細書においては、同一の結晶粒の中である境界を挟んで結晶軸の向きが変動しており、その境界の両側でc面同士の角度差が5°以内、a軸同士の角度差が5°以上となっている場合に、両側の結晶を亜結晶と呼ぶ。すなわち、このような亜結晶においてはc面をほぼ共有しているので当該c面に略平行なa軸方向の電気抵抗率は小さく、性能指数を容易に高めることができる。一方、隣接する亜結晶においてはa軸が傾いているので、上述のホールペッチ則に反して機械強度または機械特性が向上する。
【0016】
さらに、前記金型においては、合金が押出加工される際にその方向が変化することで、押出過程にある材料にせん断力が与えられればよい。従って、押出軸の向きが加圧軸と異なっていればよいが、好ましくは、30°〜150°の範囲で両者が交わるように設定する。
【0017】
なお、以上の押出処理は少なくとも1回行えばよく、熱電材料が所望の特性になるまで必要に応じて押出処理を繰り返すことができる。さらに、本発明においては、比較的高温の温度範囲で加工を行うため、せん断力を与えて押出を行っていない状態で熱電材料を金型中に放置すると結晶粒が粗大化してしまうおそれがある。また、出発材料の合金は、結晶粒が粗大化するなどの構造変化が起こらない温度範囲で金型にセットする必要がある。
【0018】
そこで、押出処理の後、熱電材料が金型の内部に存在する状態で金型を冷却することが好ましい。すなわち、金型による押出処理を行う前に、出発材料の合金にて配向組織または集合組織の変化を生じさせないために、連続的な熱電材料の製造過程において、金型内に熱電材料が存在する状態で当該金型を冷却し、押出処理後の熱電材料や出発材料の配向組織または集合組織に変化を生じさせない温度範囲とする。
【0019】
すなわち、連続的な熱電材料の製造工程において、金型を冷却した後に出発材料を当該金型にセットし、上述の温度範囲および加工速度にて押出処理を実施し、再度冷却する工程を繰り返す。この構成によれば、金型による押出処理の前に出発材料において結晶粒が粗大化することを防止することができる。また、押出処理後に、金型の押出軸側に残っている熱電材料にて結晶粒が粗大化することを防止することができる。この結果、所望の特性の熱電材料を確実に製造することが可能になる。
【0020】
また、金型を冷却する際には、金型内に残っている熱電材料にて配向組織または集合組織の変化が生じる以前に、当該配向組織または集合組織が変化し得ない温度に冷却されればよく、例えば、押出処理の後、金型が380℃以上に保持されている時間が40分以下になるように冷却する構成等を採用可能である。この構成によれば、熱電材料の製造工程において、結晶粒が粗大化することを防止し、所望の特性の熱電材料を確実に製造することが可能になる。
【0021】
なお、本発明における熱電材料においては、結晶粒のアスペクト比の平均が0.6以下であることが好ましい。すなわち、BiTe系熱電材料においてはc面に平行なTe−Te結合部分で劈開が起こりやすく、上述のように加圧軸と押出軸とが一軸上にない金型で押出加工を行うことで、c面に平行なa軸方向に長い結晶粒を生成することができる。従って、結晶粒の長さを示すアスペクト比が小さいほどc面が揃った結晶粒となり、本発明においてはアスペクト比の平均が0.6以下となっている熱電材料を製造することができる。むろん、このようなアスペクト比の結晶粒には前記亜結晶が含まれ得る。
【0022】
なお、アスペクト比は、熱電材料における特定の方向の断面を前記EBSD装置にて測定し、測定結果を解析ソフトウェアによって解析することによって定義することが可能である。なお、本明細書では、同一の結晶粒の粒界において最も離れた2点の距離を長軸とし、この長軸を共有し、かつ、この結晶粒と同面積の楕円を考え、この楕円の短軸/長軸をアスペクト比としている。従って、ある断面における結晶粒の全てについてアスペクト比を算出しその平均値が0.6以下であればよい。
【0023】
さらに、前記亜結晶は、前結晶粒の5%以上の結晶粒に含まれることが好ましい。すなわち、亜結晶の存在比率が5%以上であることにより、熱電材料の機械強度または機械特性を向上することができる。
【0024】
さらに、前記結晶粒の平均結晶粒径は、10μm以上、15μm以下であることが好ましい。すなわち、本発明においては、結晶粒の粗大化をある程度許容しているが、無制限に許容するとホールペッチ則に従って、機械強度または機械特性が低下するおそれがある。しかし、結晶粒の平均結晶粒径が10μm以上、15μm以下であれば、高い機械強度または機械特性を確保することができる。
【0025】
さらに、前記c面は特定の方向に揃っていることが好ましく、熱電材料を特定の方向に平行な方向で切断した断面の80%の面積を占める結晶において、前記特定の方向とc面との角度が27°未満であることが好ましい。すなわち、結晶粒においてc面が揃っているほど性能指数が高くなるので、特定の方向とc面との角度が小さな結晶粒の存在率が高い方が好ましく、本発明の製造工程によれば、80%の面積を占める結晶において、前記特定の方向とc面との角度を27°未満にすることができ、性能指数の高い熱電材料を製造することができる。なお、c面と特定方向との角度も前記EBSD装置にて測定および解析ソフトウェアによる解析にて定義することが可能であり、本明細書では、ある断面の80%を占める結晶において特定の方向とc面との角度がx°以内であるとき、当該xを配向度と呼ぶ。
【0026】
さらに、上述のようにして製造した熱電材料においては、特定の方向に関する性能指数が高いので、当該特定の方向(結晶粒の長手方向が揃っている特定の方向)を通電方向とするように熱電材料を切断して熱電素子を製造する。そして、得られた熱電素子を組み合わせて熱電変換モジュールとすれば、高性能の熱電変換モジュールを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
ここでは、下記の順序に従って本発明の実施の形態について説明する。
(1)熱電材料の製造方法:
(2)押出条件と熱電材料の特性:
(3)実施例および比較例:
(3−1)N型熱電材料:
(3−2)P型熱電材料:
(4)他の実施形態:
【0028】
(1)熱電材料の製造方法:
図1は、熱電材料の製造方法の一実施形態を示すフローチャートである。本実施形態においては、まず、BiTe系熱電材料の原料となる元素を秤量して溶融し、インゴットを作成する(ステップS100)。すなわち、Bi,Sbからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、Te,Seからなる群から選択される少なくとも1種の元素とのインゴットを秤量し、(Bi,Sb)(Te,Se)の組成とする。
【0029】
秤量後には、各種手段によってこれらの元素を一旦溶融して冷却することにより、所望組成の合金のインゴットを作成する。次に、当該合金のインゴットをロール型液体急冷法によって急冷し、薄膜状の粉末を作成する(ステップS110)。すなわち、合金のインゴットを溶融させ、回転するロールに吹き付けることによって薄膜状の粉末とする。むろん、液体急冷の手法としては単ロール法でもよいし、双ロール法でもよい。また、秤量した各元素を溶融した後、冷却してインゴットにする工程を省略し、溶融状態の合金を液体急冷してもよい。なお、ここでは、金型による押出処理の連続的な実施を行うため、複数回の押出処理を実施するために充分な量の粉末を準備しておくことが好ましい。
【0030】
合金の粉末材料が準備されると、図示しないチャンバー内で当該粉末を金型にセットする(ステップS120)。図2は、押出処理を実施するための金型の一例を示す模式図である。この実施形態において、金型10は直方体であり、面11に矩形の穴11aが形成され、面11に隣接する面12に矩形の穴12aが形成されている。穴11aは、面11における開口部から当該面11に対して垂直な方向に形成されており、金型10の内部の所定位置まで延びている。また、穴12aは、面12における開口部から当該面12に対して垂直な方向に形成されており、金型10の内部にて穴11aとつながっている。
【0031】
本実施形態において、穴11aが延びる方向と穴12aが延びる方向とは直交しており、穴11aが押出処理における加圧軸、穴12aが押出処理における押出軸となっている。すなわち、本実施形態においては、穴11aから金型10内に合金粉末をセットし、穴11aからプランジャにて材料を押すことによって押出処理を実施するようになっている。なお、本実施形態において熱電材料20は、押出処理後に金型10内に残っており、金型10は、この熱電材料を取り出すための図示しない構造(例えば、金型10を組み立て可能に構成するなど)を備えている。
【0032】
本実施形態において、押出に利用される薄膜状の粉末が双ロール法および単ロール法等のロール急冷法で作成された場合、膜厚方向に平行な方向にc面が揃った薄膜を作成することができる。そこで、この薄膜を金型10内にセットする際に、薄膜の厚さ方向に整列するように積層することで押出処理における加工圧力を低減することができる。これは、薄膜の厚さ方向にc面が整列しており、変形抵抗が低減されるためである。
【0033】
粉末を金型10にセットすると、前記チャンバー内を真空引きし、真空引きが完了した後にチャンバー内にアルゴンガスを導入する(ステップS130)。すなわち、金型10の雰囲気をアルゴンガスに置換する。この後、図示しないヒータによって金型10を加熱し(ステップS140)、金型10を予め決められた設定温度に設定する。本実施形態において、この設定温度は粉末材料の融点より100℃低い温度〜融点より20℃低い温度の範囲で設定される。
【0034】
金型10が設定温度に達したら、図示しないプランジャを穴11aにセットして粉末材料に対してせん断力を与えながら予め決められた押出速度で押出処理を行う(ステップS150)。本実施形態において、この押出速度は1mm/分〜12mm/分の範囲で設定される。本実施形態においては、プランジャによる押出処理の終了位置を穴11aと穴12aとが交わる点(図2に示すE)に設定しており、プランジャが当該終了位置に達したらプランジャによる押出処理を終了する。
【0035】
この時点において、押出処理対象の材料には、前記設定温度によって前記押出速度に対応したせん断力が作用している。この結果、高い性能指数かつ高い機械強度または機械特性を持つ熱電材料が得られる。すなわち、以上の押出処理によれば、結晶粒における平均的なアスペクト比を0.6以下、特定の方向に対する配向度を27°以下にすることができ、高い性能指数を実現可能である。また、結晶粒の平均的な大きさが10μm〜15μmであり、全体の5%以上の結晶粒においてはその中に2つ以上の亜結晶を含む。従って、高い機械強度を実現することが可能である。
【0036】
なお、本明細書においては、説明のため、図2に示すような座標系を熱電材料20に対して設定する。すなわち、熱電材料20において、金型10の穴12aが延びる方向にX軸、穴11aが延びる方向にZ軸、両軸に垂直な方向にY軸を設定する。この定義によれば、押出処理によって熱電材料20内の結晶にてc面がX−Y平面に平行に配向する傾向があり、上述の配向度に関する特定の方向はX軸方向となる。
【0037】
以上のように、押出処理後の熱電材料は高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現しているが、この熱電材料を上述の設定温度にて保持すると、結晶粒の粗大化やそれに伴う配向度の低下によって特性が低下するおそれがある。そこで、本実施形態においては、押出処理後に得られた良特性の熱電材料を取得できるようにするため、図示しない冷却機構によって金型10を冷却する(ステップS160)。
【0038】
なお、上述のヒータにおいては金型10を加熱し、上述の冷却機構においては金型10を冷却することができればよく、種々の構成を採用可能である。例えば、金型10やその周りに熱源を配置し、所望のタイミングで熱源にエネルギーを供給して金型10を加熱する構成等を採用可能である。また、金型10やその周りに金型を冷却するための冷却媒体を流す構成等を採用可能である。
【0039】
以上のような冷却により、熱電材料20を取り出し可能な温度まで金型10が冷却されると、金型10から当該熱電材料20を取り出す(ステップS170)。製造された熱電材料に対しては熱電素子の切り出しを行う材料加工工程が実施される。また、熱電材料を連続的に製造する際には、さらに、ステップS120以降の処理を繰り返す。
【0040】
図3は、以上のような連続的な製造プロセスにおける温度とプランジャ押込量とのプロファイルを示す図である。なお、図3Aは金型の温度の時間変化を示すグラフであり、横軸を時間、縦軸を金型の温度としている。また、図3Bは加圧軸にプランジャを押し込む際の押込量を示すグラフであり、横軸を時間、縦軸を押込量としている。粉末を金型10にセットし、真空引きと雰囲気のアルゴンガス置換が完了すると、図3Aの時刻t0で金型10の加熱を開始する。
【0041】
本実施形態においては、設定温度Tsに向けて加熱を行い、時刻t2で金型10が設定温度Tsに達したら、予め設定された押出速度でプランジャによる押出処理を行う。この押出処理によって金型10内の材料における押し込み量は徐々に大きくなり、時刻t3にてプランジャが前記図2に示す押出処理の終了位置Eに達すると、押出処理を終了して金型10の冷却を開始する。この結果、金型10の温度は急激に低下し、極めて短時間にチャンバ内の金型10から熱電材料を取り出し可能な温度Ttに達する。
【0042】
そこで、時刻t5にて温度Ttに達したら押出処理後の熱電材料20を取り出し、さらに、粉末の金型10に対するセットや真空引き、アルゴンガス置換等を再度実施し、時刻t6にて再度加熱を実施する。なお、本実施形態において、金型10は特定の温度Tf以上になっている時間t4−t1が特定の時間間隔以下になるように設定してある。すなわち、図3Aにて一点鎖線で示すように、金型を冷却しない場合には温度Tt以上に保持される時間が極めて長くなってしまい、押出処理が終了しているにもかかわらず熱電材料の結晶粒の粗大化をまねく可能性がある。
【0043】
そこで、本実施形態においては、金型10を冷却可能な冷却機構によって熱電材料の特性が温度によって過度に変化しないように構成してある。なお、特定の温度Tfを380℃、時間t4−t1を40分としたときに、押出処理によって制御した熱電材料の特性を低下させないことが判明している。以上のように、金型の加熱と冷却とを行えば確実に良特性の熱電材料を取得することが可能であり、この処理を繰り返すことにより、短時間に熱電材料を量産することが可能である。
【0044】
(2)押出条件と熱電材料の特性:
次に、押出処理の押出条件と熱電材料の特性との関係を説明する。図4は、上述の設定温度Tsとして選択可能な温度範囲と押出処理における押出速度として選択可能な範囲とを示すグラフであり、横軸が加工温度、縦軸が押出速度である。本発明においては、出発材料となる合金の融点をTmとしたとき、Tm−100℃〜Tm−20℃の範囲で加工温度を選択可能である。また、プランジャによる押出速度を1mm/分〜12mm/分の範囲で選択可能である。従って、図4にハッチで示した領域R0の範囲で押出条件を設定可能である。
【0045】
一般に、高温に保持する時間が長くなるほど、組織内の原子が動きやすくなって結晶粒が成長しやすい。また、多結晶組織においては、結晶粒が小さい方ほど機械強度または機械特性が高い。従って、従来、粉末材料を出発材料とする際には、低温度での加工が好ましいとされてきた。しかし、本発明においては比較的温度を高温寄りに設定して、ある程度の結晶粒の粗大化は許容する。さらに、この温度範囲であっても、一様に結晶が成長しないように押出速度を設定する。
【0046】
従って、本発明によれば、比較的大きな結晶粒が得られるが、比較的高温で押出処理がなされることによってc面の配向度は極めて高くなる。一方、結晶粒に与えられた応力によって結晶粒内に亜結晶が導入される。この結果、高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現した熱電材料を製造することができる。図4に示す領域R0はこのような熱電材料を製造することが可能な押出条件を示している。
【0047】
なお、加工温度がTm−100℃よりも低く、押出速度が12mm/分よりも遅い領域R1においては、変形抵抗が高く、配向度の悪い熱電材料となってしまう。また、加工温度がTm−100℃〜Tm−20℃であるが、押出速度が1mm/分よりも遅い領域R2においては結晶粒が成長し、機械強度または機械特性の低い熱電材料となってしまう。
【0048】
さらに、加工温度がTm−20℃より高い領域R3においては、結晶粒の移動自由度は高すぎて過度に結晶粒が成長し、機械強度または機械特性の低い熱電材料となってしまう。さらに、加工温度がTm−100℃よりも低く、押出速度が12mm/分よりも速い領域R4においては金型10の破損や押し詰まりが発生し、加工温度がTm−100℃〜Tm−20℃であるが、押出速度が12mm/分よりも速い領域R5においては熱電材料が割れてしまい、押出処理が不可能であった。
【0049】
(3)実施例および比較例:
(3−1)N型熱電材料:
次に、上述の押出条件で製造した熱電材料(実施例)と他の押出条件で製造した熱電材料(比較例)とを説明する。下記の表1は、Bi1.9Sb0.1Te2.7Se0.3の組成を有する合金(融点は575℃)の粉末について表中の各条件で押出処理を行った場合に得られる熱電材料の特性を示している。
【表1】

【0050】
なお、以上の表において、既定温度保持時間は、金型10が予め決められた特定の温度Tf(本実施形態では380℃)以上である時間を示している。また、配向度Pは、熱電材料20を前記図2に示すX−Z平面に平行な方向で切断した断面を前記TSL社製のEBSD装置で計測し、解析ソフトウェア(名称:OIM,バージョン3.5)にて解析することによって得られる値である。図5は、当該配向度Pを説明するためのグラフであり、測定点における角度がθ以下である結晶の度数を積算し、全断面積に対する割合(%)を示している。なお、横軸は特定方向とc軸との角度θ、縦軸は積算度数(%)である。
【0051】
EBSD装置においては、熱電材料20における特定の断面に現れている結晶の方位情報を取得することができる。そこで、本実施形態においては、熱電材料の断面における250×250μmの領域を0.5μm刻みで測定し、250000個の方位情報を取得した。この方位情報は各点における結晶軸の向きを示しており、この向きに基づいてc面の向きを特定することができる。すなわち、図5のグラフの左上に示すように、特定方向(例えば、断面上で図2に示すX軸と平行な方向)に対するc軸の向きθ(図2に示すX−Z面内におけるX軸に対する角度)を特定すれば、当該特定方向に対するc面の向き(90°−θ)を特定することができる。
【0052】
熱電材料20の結晶の配向性を巨視的に評価するためには、各点におけるc面の向きを断面全体について定義することができればよい。図5に示す配向度Pは、このような巨視的な評価を行うための指標であり、グラフに示す実線は前記特定方向とc軸との角度θを0°から90°まで積算した値を示している。
【0053】
例えば、ある角度θ1における積算度数がH1である場合、全断面積において特定方向とc軸との角度がθ1以下になっている結晶が全体のH1%であることを示しており、これは、特定方向とc面との角度が90°−θ1となっている結晶が100−H1%存在することと等価である。そこで、本実施形態においては、積算度数が20%となる角度θ2を取得し、90°−θ2を配向度Pと定義した。すなわち、配向度Pは、全断面積の80%を占める結晶において、特定方向とc面との角度が90°−θ2未満となっていることを示している。
【0054】
さらに、上述の表1における平均粒径、アスペクト比、亜結晶存在比も前記EBSD装置によって計測することができる。すなわち、本実施形態においては、結晶軸が15°以上異なる組織を異なる結晶と定義しており、その粒径は、ある断面内で一つの結晶とされる組織の面積と同面積の円の半径と定義している。従って、上述のEBSD装置にて結晶軸を計測し、隣り合う測定点の結晶軸が15°以上異なっているか否かによって同一の結晶軸であるか否かを定義することができ、その面積に基づいて結晶粒を定義することができる。
【0055】
さらに、アスペクト比は一つの結晶粒の長さに対応した値であり、本実施形態においては、結晶粒と同じ面積の楕円の短軸/長軸をアスペクト比としている。すなわち、上述のEBSD装置による測定によって結晶粒の粒界を特定し、粒界の中で最も離れた2点を抽出してこれらの距離を長軸とする。そして、この長軸を有する楕円であって前記粒界に囲まれた結晶粒の面積と同面積の楕円を定義する。この楕円は前記結晶粒の長さに対応した形状になっているため、本実施形態においては、この楕円の短軸/長軸をアスペクト比としている。
【0056】
さらに、本実施形態においては、同一の結晶粒の中である境界を挟んで結晶軸の向きが変動しており、その境界の両側でc面同士の角度差が5°以内、a軸同士の角度差が5°以上となっている場合に両側の結晶を亜結晶と定義し、結晶粒の全個数に対する亜結晶を含む結晶粒の個数の割合を亜結晶存在比としている。なお、本実施形態におけるBiTe系熱電材料は空間群R3−mであるため、結晶内でa軸の向きとすべき方向に任意性がある。そこで、前記a軸の角度としては前記境界の両側にて定義可能な結晶軸の角度の最小値をとればよい。
【0057】
さらに、前記表1におけるパワーファクタは、熱電材料20の性能のうち、主に電気的特性に起因する性能を示す値であり、特定方向について測定した値である。従って、配向等によって熱電材料20の性能が高められているか否かを評価することができる。むろん、性能指数によって熱電材料20の評価を行っても良い。さらに、最大せん断応力は、押出処理後の熱電材料20に対して図2に示すZ方向にせん断力を作用させて破壊したときの荷重をFとし、Y−Z断面におけるZ方向の長さをh、Y方向の長さをbとしたときに以下の式τにて算出することができる。従って、この値τによって熱電材料20の機械強度または機械特性を評価することができる。
τ=3/2・F/bh
【0058】
以上の表1の実施例1〜実施例6に示すように、Tm−100℃〜Tm−20℃の温度範囲(Tmは合金の融点)かつ1mm/分〜12mm/分の押出速度範囲で押出処理を行い、既定温度以上に保持する時間が40分以下であったときには、大きなパワーファクタと高い機械強度または機械特性とを有する熱電材料20を製造することができる。すなわち、配向度が27°未満、平均粒径が10μm〜15μm、平均のアスペクト比が0.6以下、亜結晶存在比が5%以上であり、パワーファクタが4.1×10-3W/mK2以上、最大せん断応力が49MPa以上の熱電材料20を製造することができる。
【0059】
なお、表1に示すように配向度が27°未満であると、c面が特定方向に揃っていることになるため、大きなパワーファクタの熱電材料20を得ることができる。アスペクト比も同様であり、c面で劈開するBiTe系熱電材料においては、結晶粒の長手方向が前記特定方向に向くことになる。当該アスペクト比は、値が小さいほどc面に平行な方向に結晶粒が長いことを意味しており、平均のアスペクト比が0.6以下であることによって大きなパワーファクタの熱電材料20を得ることができる。
【0060】
図6は、結晶組織を説明するための模式図であり、熱電材料20をX−Z平面に平行な面で切断した場合の断面Scにおける結晶粒を模式的に示している。図6Aは、本発明における加工温度および押出速度の範囲内で押出処理を行ったときの結晶組織、図6Bは本発明における加工温度の範囲より低い温度で押出処理を行ったときの結晶組織、図6Cは本発明における加工温度の範囲より高い温度で押出処理を行ったときの結晶組織の断面を示しており、結晶粒の粒界を実線、亜結晶粒の粒界を破線によって示している。
【0061】
これらの図6A〜図6Cに示すように、本発明における加工温度および押出速度であれば結晶粒は扁平になり、アスペクト比が0.6以下という小さな値にすることができる。一方、図に示すように、本発明における加工温度より低い温度であれば、結晶粒の成長が促進されないので、出発材料である粉末内の結晶粒の特性を残したままとなってアスペクト比は小さくならない。さらに、本発明における加工温度より高い温度であれば、結晶粒の成長が促進され、アスペクト比を小さく維持する効果よりも、結晶粒の粗大化によって配向性がなくなる効果が現れてしまう。従って、本発明における加工温度および押出速度であれば、アスペクト比を小さく抑えて大きなパワーファクタの熱電材料20を製造することができる。
【0062】
さらに、実施例1〜実施例6に示すように、平均粒径が10μm〜15μmであると、過度に結晶粒が粗大化することなく配向度を高めることが可能であり、この結晶粒の少なくとも5%に亜結晶が導入されていることにより、大きなパワーファクタと高い機械強度または機械特性とを同時に実現することが可能である。すなわち、図6A〜図6Cに示すように、本発明における加工温度より低い温度であれば結晶粒の成長が促進されず、押出処理後の熱電材料20において結晶粒の粒径は本発明にて製造した材料の粒径(図6A)より小さい。また、本発明における加工温度より高い温度であれば結晶粒の成長が促進され、押出処理後の熱電材料20において結晶粒の粒径は本発明にて製造した材料の粒径より大きくなる。
【0063】
従って、結晶粒に亜結晶が含まれない場合、機械強度または機械特性は6B>6A>6Cとなる。ところが、図6Aに示す結晶粒においては、その中に亜結晶Csが複数個含まれる。このため、結晶粒自体は図6Bより大きくても、一方向への亀裂の入りやすさなど機械強度または機械特性に影響を与える要素については亜結晶の存在が寄与し、結晶粒が小さい場合と同様の機械強度または機械特性を確保することができる。
【0064】
一方、上述の温度範囲および押出速度範囲と異なる押出条件や、上述の既定温度保持時間より長い保持時間で熱電材料20を製造したときには、大きなパワーファクタと高い機械強度または機械特性とを同時に実現することができない。例えば、比較例1(加工温度460℃,押出速度15mm/分)においては、金型10の破損等が生じて加工ができなかった。従って、加工温度460℃において、押出速度15mm/分は過度に速いといえる。同様に、比較例2(加工温度520℃,押出速度15mm/分)においては、押出完了後の熱電材料20が割れてしまい、製造を完了することができなかった。従って、加工温度520℃に高めても、押出速度15mm/分は熱電材料20の加工に適した速度ではない。
【0065】
さらに、比較例3(加工温度565℃,押出速度5mm/分)においては、平均粒径が16μmと粗大化し、アスペクト比も0.8と大きな値になっている。従って、加工温度565℃は過度に高温であり、表1に示すように、この押出条件においてはパワーファクタとせん断応力とがともに小さな熱電材料20になってしまう。
【0066】
さらに、比較例4(加工温度460℃,押出速度5mm/分)においては、平均粒径が8.3μmと小さな値となるが亜結晶存在比は3.51と小さい。また、平均粒径が小さいことに起因してアスペクト比が0.65と大きな値になる。従って、加工温度460℃は過度に低温であり、表1に示すように、この押出条件においてはパワーファクタとせん断応力とがともに小さな熱電材料20になってしまう。さらに、比較例5(加工温度380℃,押出速度0.8mm/分)においては、平均粒径を4.7μmという極めて小さな値にすることができ、最大せん断応力を大きくすることができるものの、配向度が36,アスペクト比が0.72と過度に大きくなり、パワーファクタが小さな値になってしまう。
【0067】
さらに、比較例6(加工温度520℃,押出速度0.9mm/分)においては、亜結晶存在比が7.2%と大きな値となるが、平均粒径も16μmと大きな値になる。このために、最大せん断応力は45MPaと小さな値となる。さらに、比較例7(加工温度555℃,押出速度1.2mm/分、既定温度保持時間45分)は、良特性の熱電材料を製造可能な加工温度および押出速度であっても、金型内に保持する時間が長い場合に特性が劣化することを示している。すなわち、この加工温度および押出速度は上述の実施例3,実施例4と同じ条件であるが、既定温度保持時間が45分と長いことによって結晶粒径が18μmと粗大化し、これに伴ってアスペクト比が0.73、配向度が30°、亜結晶存在比が4.9%となっている。従って、実施例3,実施例4と比較して特性が劣化している。
【0068】
(3−2)P型熱電材料:
さらに、下記の表2は、Bi0.4Sb1.6Te3の組成を有する合金(融点は595℃)の粉末について表中の各条件で押出処理を行った場合に得られる熱電材料の特性を示している。
【表2】

以上の表2の実施例7〜実施例11に示すように、Tm−100℃〜Tm−20℃の温度範囲(Tmは合金の融点)かつ1mm/分〜12mm/分の押出速度範囲で押出処理を行い、既定温度以上に保持する時間が40分以下であったときには、大きなパワーファクタと高い機械強度または機械特性とを有する熱電材料20を製造することができる。すなわち、配向度が27°未満、平均粒径が10μm〜15μm、平均のアスペクト比が0.6以下、亜結晶存在比が5%以上であり、パワーファクタが4.2×10-3W/mK2以上、最大せん断応力が49MPa以上の熱電材料20を製造することができる。
【0069】
一方、上述の温度範囲および押出速度範囲と異なる押出条件や、上述の既定温度保持時間より長い保持時間で熱電材料20を製造したときには、大きなパワーファクタと高い機械強度または機械特性とを同時に実現することができない。例えば、比較例8(加工温度485℃,押出速度15mm/分)においては金型10の破損、比較例9(加工温度550℃,押出速度15mm/分)においては熱電材料20の割れが発生し、製造を完了することができなかった。この組成においても押出速度15mm/分は熱電材料20の加工に適した速度ではないことが分かる。
【0070】
さらに、比較例10(加工温度585℃,押出速度5mm/分)においては、平均粒径の粗大化とアスペクト比の増大によってせん断応力が小さな熱電材料20になる。さらに、比較例11(加工温度485℃,押出速度5mm/分)においては、平均粒径が小さく、配向度が悪いため、パワーファクタの小さい熱電材料20になる。
【0071】
さらに、比較例12(加工温度380℃,押出速度0.5mm/分)においては、平均粒径を極めて小さな値にすることができ、最大せん断応力を大きくすることができるものの、配向度およびアスペクト比が過度に大きくなり、パワーファクタが小さな値になる。
【0072】
さらに、比較例13(加工温度550℃,押出速度0.5mm/分)においては、亜結晶存在比が8.5%と大きな値となるが、平均粒径も16μmと大きな値になる。このために、最大せん断応力は42MPaと小さな値となる。さらに、比較例14(加工温度575℃,押出速度12mm/分、既定温度保持時間60分)、比較例15(加工温度575℃,押出速度12mm/分、既定温度保持時間120分)は、良特性の熱電材料を製造可能な加工温度および押出速度であっても、金型内に保持する時間が長い場合には特性が劣化することを示している。すなわち、既定温度保持時間が60分,120分と長いことによって結晶粒径が粗大化し、アスペクト比、配向度が増大して亜結晶存在比が低下する。
【0073】
(4)他の実施形態:
本発明においては、合金の融点より100℃低い温度〜合金の融点より20℃低い温度の温度範囲、かつ、1mm/分〜12mm/分の押出速度で加圧軸と押出軸とが一軸上にない金型によって押出加工を行うことによって高い性能指数と高い機械強度または機械特性とを同時に実現した熱電材料を製造することができればよく、上述の実施形態以外にも種々の構成を採用可能である。例えば、前記金型10は一例であり、加圧軸と押出軸とが異なっている限りにおいて、両軸の角度は限定されず、両者が直交している前記実施形態に限定されない。また、加圧軸と押出軸とにおいて穴の径が異なっていても良い。すなわち、加圧軸に沿った穴より押出軸に沿った穴の方が小さくなるように構成してもよい。さらに、金型10を既定温度に保持するときには、熱電材料20の配向組織または集合組織を変化させないようにその温度と保持時間とを調整可能である。
【0074】
さらに、押出対象となる合金の粉末は、ロール型液体急冷によって作成した薄膜に限定されず、ガスアトマイズや回転ディスクを用いて合金を粉末化した材料を利用しても良いし、合金のインゴットを粉砕して利用しても良い。むろん、材料を水素等で還元しても良い。但し、本発明においては、上述の押出条件によって押出後の材料の粒径を制御しているため、出発材料の粒径を既定の粒径に揃えることが好ましく、より具体的には1μm〜50μmであることが好ましい。
【0075】
下記の表3は、出発材料の粉末に含まれる結晶粒の平均値と押出処理後の亜結晶存在比、アスペクト比、最大せん断応力との関係を示しており、この表における合金の組成はBi1.9Sb0.1Te2.5Se0.5(融点は593℃)、加工温度は530℃、押出速度は3mm/分である。
【表3】

以上の表3において、実施例12〜15および比較例16,17は合金のインゴットを粉砕した場合の例、実施例16,17および比較例18,19は単ロール液体急冷によって出発材料を製造した場合の例、実施例18および比較例20,21は双ロール液体急冷によって出発材料を製造した場合の例、比較例22,23はガスアトマイズによって出発材料を製造した場合の例である。
【0076】
この表に示すように、いずれの例においても結晶粒径が1μm〜50μmである場合に亜結晶存在比が5%以上、アスペクト比が0.6以下、最大せん断応力が49MPa以上になっている。従って、結晶粒径が1μm〜50μmであれば、本発明における加工温度および押出速度によって上述の特性の熱電材料を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】熱電材料の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】金型の一例を示す模式図である。
【図3】製造プロセスにおける温度とプランジャ押込量とのプロファイルを示す図である。
【図4】加工温度および押出速度の範囲を示す図である。
【図5】配向度Pを説明するためのグラフである。
【図6】結晶組織を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0078】
10…金型
11a…穴
12a…穴
20…熱電材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bi,Sbからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、Te,Seからなる群から選択される少なくとも1種の元素との合金を、加圧軸と押出軸とが異なる金型により、前記合金の融点より100℃低い温度〜前記合金の融点より20℃低い温度の温度範囲、かつ、1mm/分〜12mm/分の押出速度で加圧軸と押出軸とが一軸上にない押出処理を少なくとも1回行う、
熱電材料の製造方法。
【請求項2】
前記金型は前記押出処理の後、熱電材料が当該金型の内部に存在する状態で冷却される、
請求項1に記載の熱電材料の製造方法。
【請求項3】
前記金型は、押出処理後に380℃以上である時間が40分以下になるように冷却される、
請求項1または請求項2のいずれかに記載の熱電材料の製造方法。
【請求項4】
押出処理の対象となる前記合金は、平均結晶粒径が1μm〜50μmの合金粉末である、
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の熱電材料の製造方法。
【請求項5】
前記合金粉末は、溶融させた前記合金を急冷することによって作成される、
請求項4に記載の熱電材料の製造方法。
【請求項6】
Bi,Sbからなる群から選択される少なくとも1種の元素と、Te,Seからなる群から選択される少なくとも1種の元素とを含む熱電材料であって、
結晶軸の角度差が15°以内である結晶粒のアスペクト比の平均が0.6以下であり、前記結晶粒にc面同士の角度差が5°以内、かつ、a軸同士の角度差が5°以上である亜結晶を含む、
熱電材料。
【請求項7】
前記結晶粒の5%以上に前記亜結晶が含まれる、
請求項6に記載の熱電材料。
【請求項8】
前記結晶粒の平均結晶粒径は、10μm以上、15μm以下である、
請求項6または請求項7のいずれかに記載の熱電材料。
【請求項9】
特定の方向に平行な断面の80%の面積を占める結晶において、前記特定の方向とc面との角度が27°未満である、
請求項6〜請求項8のいずれかに記載の熱電材料。
【請求項10】
前記請求項6〜請求項9のいずれかに記載の熱電材料から切り出された熱電素子であって、前記結晶粒の長手方向が揃っている方向を通電方向とした熱電素子を備える、
熱電変換モジュール。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−108795(P2008−108795A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−287919(P2006−287919)
【出願日】平成18年10月23日(2006.10.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年8月15日、http://biz3.bioweb.ne.jp/jim/journal/e/47/08/1941.htmlにおける発表
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】