説明

燃料電池セパレータの製造方法

【課題】高い強度、靱性に加えて、優れた導電性と耐食性を有する燃料電池セパレータの製造方法を提供する。
【解決手段】金属基材(チタン基材)1の表面の少なくとも一部に黒鉛粉2を塗布する黒鉛粉塗布工程と、黒鉛粉2を塗布した金属基材1に冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を含み、前記冷間圧延工程において、トータル圧下率を、35%以上とし、かつ、累計圧下率が35%未満の加工段階において、中間焼鈍を実施しないことを特徴とする。また、前記冷間圧延工程において、黒鉛粉2と、圧延ロールとの間に、シート材3を設置することを特徴とする。さらに、前記冷間圧延工程の後に、300〜800℃の温度で熱処理を施す熱処理工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池に用いられる燃料電池セパレータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素等の燃料と酸素等の酸化剤を供給し続けることで継続的に電力を取り出すことができる燃料電池は、乾電池等の一次電池や鉛蓄電池等の二次電池とは異なり、発電効率が高く、システム規模の大小にあまり影響されず、また、騒音や振動も少ないため、多様な用途・規模をカバーするエネルギー源として期待されている。燃料電池は、具体的には、固体高分子型燃料電池(PEFC)、アルカリ電解質型燃料電池(AFC)、リン酸型燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC)、固体酸化物型燃料電池(SOFC)、バイオ燃料電池等として開発されている。中でも、燃料電池自動車や、家庭用燃料電池(家庭用コジェネレーションシステム)、携帯電話やパソコン等の携帯機器向けとして、固体高分子型燃料電池の開発が進められている。
【0003】
固体高分子型燃料電池(以下、燃料電池という)は、固体高分子電解質膜を、アノード電極とカソード電極とで挟んだものを単セルとし、ガス(水素、酸素等)の流路となる溝が形成されたセパレータと呼ばれる(バイポーラプレートとも呼ばれる)電極を介して、前記単セルを複数個重ね合わせたスタックとして構成される。燃料電池は、スタックあたりのセル数を増やすことで、出力を高くすることができる。
【0004】
燃料電池用のセパレータは、発生した電流を燃料電池の外部へ取り出すための部品でもあるので、その材料には、接触抵抗(電極とセパレータ表面との間で、界面現象のために電圧降下が生じることをいう)が低く、それがセパレータとしての使用中に長期間維持されるという特性が要求される。さらに、燃料電池の内部は酸性雰囲気であるため、セパレータには高耐食性も要求される。
【0005】
これらの要求を満足するために、黒鉛粉末の成形体を削り出して成るセパレータや、黒鉛と樹脂の混合物成形体から成るセパレータが種々提案されている。これらは優れた耐食性を有するものの、強度や靱性に劣ることから、振動や衝撃が加えられた際に破損する虞がある。そのため、金属材料をベースにしたセパレータが指向され、種々提案されている。
【0006】
耐食性と導電性を兼ね備えた金属材料としては、Au、Ptが挙げられる。従来から、薄型化が可能で、優れた加工性および高強度を有するアルミニウム合金、ステンレス鋼、ニッケル合金、チタン合金等の金属材料を基材とし、これにAuやPt等の貴金属を被覆して耐食性および導電性を付与したセパレータが検討されている。しかしながら、これらの貴金属材料は非常に高価であるため、コスト高となる。
【0007】
このような問題に対して、貴金属材料を使用しない金属セパレータが提案されている。
例えば、気相成膜により、炭素膜を基材表面に形成したセパレータ(特許文献1参照)や、黒鉛粒子を分散させた樹脂を塗装したステンレス製セパレータ(特許文献2参照)や、チタン、ステンレスの表面および内部に、炭素から成る粒体が分散されたセパレータ(特許文献3参照)や、帯状有機高分子シートに炭素を塗布したセパレータ(特許文献4参照)が提案されている。
【0008】
また、ショットピーニング、ショットブラスト等の方法により、炭化物、窒化物、硼化物等から成る導電性粒子を基材表面に埋め込んだセパレータ(特許文献5〜7参照)や、黒鉛粒子を分散させためっき層やスパッタ蒸着層を、基材表面に形成したセパレータ(特許文献8〜10参照)が提案されている。さらに、カーボン粒子を分散させた塗膜を被覆した後、加熱処理により塗料を分解・消失させたセパレータ(特許文献11参照)や、ステンレス基材の表面に黒鉛を圧着させたセパレータ(特許文献12参照)が提案されている。
【0009】
なお、炭素は様々な構造を取り、その構造に応じて導電性や耐食性が大きく異なる。燃料電池セパレータに求められる導電性と耐食性の観点では、黒鉛(グラファイト)構造の炭素を用いることが最も好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4147925号公報
【特許文献2】特公平5-57031号公報
【特許文献3】特開2006−269256号公報
【特許文献4】特開2000−21419号公報
【特許文献5】特開2006−140095号公報
【特許文献6】特開2007−5112号公報
【特許文献7】特開2001−357862号公報
【特許文献8】特許第3908359号公報
【特許文献9】特許第3908358号公報
【特許文献10】特開平10−308226号公報
【特許文献11】特許第3904696号公報
【特許文献12】特許第3904690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来の燃料電池セパレータにおいては、以下に示すような問題がある。
特許文献1に記載のセパレータは、炭素膜が非晶質構造であるため、グラファイトよりも導電性と耐食性に劣る虞がある。また、真空プロセスであるため、生産性に劣る。特許文献2に記載のセパレータは、表面に露出する黒鉛の面積率が低くなり、接触抵抗が高く、また、使用中に樹脂が劣化し黒鉛粒子が脱落する、もしくは塗膜が基板から剥離する虞がある。
【0012】
特許文献3、4に記載のセパレータは、金属材料の内部に分散させる炭素の分量が増えるほど強度が低下するため、炭素を多く分散させることができず、そのため、接触抵抗が高くなり易い。また、接触抵抗を下げるために、多量に炭素を分散させた場合、強度が低下して薄肉化することが困難となる。
特許文献5〜7に記載のセパレータは、使用されている導電性粒子の耐食性が、使用環境によっては不十分である。黒鉛は、基材とする金属材料と比べると変形抵抗が低いため、これらの文献に開示された方法では、導電性粒子に黒鉛を適用して、金属表面に埋め込むことは困難である。
【0013】
特許文献8〜10に記載のセパレータは、表面に露出する黒鉛の面積率が低くなり、相対的に接触抵抗が高くなり易い。また、使用中にめっき金属が腐食し、黒鉛粒子が脱落する虞や、めっき金属の腐食生成物もしくは不動態被膜が黒鉛粒子の表面に覆い被さり、接触抵抗を劣化させる虞がある。
特許文献11に記載のセパレータは、カーボンがポーラス状であるため、カーボン粒子と基板の密着性が不十分であり、使用中にカーボン粒子が剥離する虞がある。特許文献12に記載のセパレータは、黒鉛部と基材表面との密着性が悪く、拡散層を形成する熱処理時に黒鉛粒子が脱落し易いため、連続した黒鉛層を形成することが困難である。
【0014】
本発明はこのような背景のもとになされたものであり、高い強度、靱性に加えて、優れた導電性と耐食性を有する燃料電池セパレータの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決するための手段として、本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、金属基材の表面の少なくとも一部に黒鉛粉を塗布する黒鉛粉塗布工程と、前記黒鉛粉を塗布した金属基材に冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を含み、前記冷間圧延工程において、トータル圧下率を、35%以上とし、かつ、累計圧下率が35%未満の加工段階において、中間焼鈍を実施しないことを特徴とする。
【0016】
このような製造方法によれば、導電性、耐食性に優れる黒鉛粉が塗布された金属基材に、所定条件で冷間圧延を施すことで、黒鉛粉が金属基材表面に層状に形成されて(すなわち、黒鉛層となる)、黒鉛粉が金属基材に密着する。これにより、導電性、耐食性が向上する。
なお、本発明でいう「トータル圧下率」とは、冷間圧延工程でのトータルでの圧下率、すなわち、最終的な圧下率(総圧下率)であり、「累計圧下率」とは、最終的な圧下率になる前の圧下率、すなわち、トータル圧下率に到達する前の加工途中における圧下率である。
【0017】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記冷間圧延工程において、前記黒鉛粉と、圧延ロールとの間に、シート材を設置することを特徴とする。
【0018】
このような製造方法によれば、シート材により、黒鉛粉の飛散を防止でき、また、基材の裏面にも黒鉛粉を塗布できるため、基材の両面に黒鉛層を形成することが可能となる。
【0019】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記シート材が、前記金属基材と同材料の金属材料、または、前記金属基材の変形抵抗以上の変形抵抗を有する金属材料からなることを特徴とする。
【0020】
このような製造方法によれば、これら金属材料のシート材(金属製シート材)を用いることで、圧延によるシート材の破損等が防止され、途中でシート材を取り替えることなく圧延を実施できる。また、繰り返しシート材を使用することができ、シート材を複数の圧延に使用することができる。また、変形抵抗(変形抵抗値)が金属基材の変形抵抗以上の金属材料をシート材に用いることで、シート材の変形量が金属基材の変形量以下となり、シート材に黒鉛粉が圧着しにくくなると共に、シート材の寿命がより長くなる。
【0021】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記金属材料からなるシート材(金属製シート材)の表面に、前記金属基材の表面に形成されている酸化皮膜よりも厚い酸化皮膜が形成されていることを特徴とする。
このような製造方法によれば、金属製シート材への黒鉛粉の付着が防止される。
【0022】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記シート材が、樹脂材料からなることを特徴とする。
このような製造方法によれば、金属製シート材よりも安価な樹脂材料からなるシート材(樹脂製シート材)を使用することで、経済性が向上する。
【0023】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記樹脂材料が、ポリ塩化ビニリデンおよびテフロン(登録商標)から選ばれる少なくとも1種からなることを特徴とする。
このような製造方法によれば、前記樹脂製シート材として、ポリ塩化ビニリデンおよびテフロンから選ばれる少なくとも1種の樹脂製シートを用いることで、黒鉛が圧着し易くなる。
【0024】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記冷間圧延工程の後に、300〜800℃の温度で熱処理を施す熱処理工程を含むことを特徴とする。
【0025】
このような製造方法によれば、冷間圧延で分断されているチタンの酸化物中の酸素が金属基材中に拡散・分解し、金属基材の金属部と黒鉛層の接触部が増加すると考えられる。また、チタンと黒鉛とで相互拡散が起こる。これらにより、黒鉛層の密着性が向上すると考えられる。
【0026】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記熱処理工程が、酸素分圧が0.133Pa以下の雰囲気下において300〜800℃の温度で熱処理を施す工程であることを特徴とする。
【0027】
このような製造方法によれば、酸素分圧が0.133Pa以下の雰囲気下であることにより、熱処理による酸化が起こりにくいため、300〜800℃での熱処理が可能であり、伝導性が良好となる。
【0028】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記熱処理工程が、酸素分圧が0.133Paを超える雰囲気下において300〜700℃の温度で熱処理を施す工程であることを特徴とする。
【0029】
このような製造方法によれば、酸素分圧が0.133Paを超える雰囲気下であっても、300〜700℃で熱処理することで、熱処理時に黒鉛層を拡散した酸素によって基材の酸化が起こらず、接触抵抗が増加しない。
【0030】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、前記金属基材が、チタン材料またはステンレス鋼であることを特徴とする。
【0031】
このような製造方法によれば、材料の費用が削減されると共に、燃料電池環境での耐食性が向上する。また、金属基材としてチタン基材を用いることで、燃料電池セパレータの強度や靱性が向上すると共に、燃料電池環境下で黒鉛に被覆されてない箇所(チタン基材が露出している箇所)からの基材の溶出が防止される。なお、チタン基材を用いた方が、基材が露出していた場合に、より高い耐食性を発揮できるため、チタン基材を用いる方が好ましい。
【発明の効果】
【0032】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法によれば、強度、靱性に優れ、また優れた耐食性を有し、使用環境(腐食環境)において低い接触抵抗を長期間に渡って維持できる燃料電池セパレータを製造することができる。また、カーボンセパレータで懸念される燃料ガスのリークの虞もない。
さらに、貴金属を使用せず、また、黒鉛層が表層のみに形成されているため、カーボンセパレータに比べて黒鉛の使用量を大幅に低減させることができ、製造コストを低減させることができる。
そして、簡便で生産性が良く、また、大型セパレータの製造も容易に達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例における試験体の作製方法を説明する説明図である。
【図2】実施例における密着性の評価、接触抵抗の測定方法、および、耐食性の評価を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に、本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法について詳細に説明する。
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、黒鉛粉塗布工程と、冷間圧延工程と、を含むものである。また、冷間圧延工程の後に、熱処理工程を含んでもよい。
以下、各工程について説明する。
【0035】
<黒鉛粉塗布工程>
黒鉛粉塗布工程は、金属基材の表面の少なくとも一部に黒鉛粉を塗布する工程である。
ここで、「表面の少なくとも一部」とは、金属基材に黒鉛粉を塗布した後、冷間圧延工程において、黒鉛粉を金属基材上に層状に形成することができるような、黒鉛を塗布する部位を意味し、表面全体に塗布してもよい。また、表面の片面、両面のどちらでもよい(少なくとも一方の表面に塗布する)。
【0036】
[金属基材]
黒鉛粉塗布工程では、まず、従来公知の方法、例えば、原料金属を溶解、鋳造して鋳塊とし、熱間圧延した後、冷間圧延を施して作製された金属基材を準備する。金属基材の材料としては、冷間圧延が実施できるものであれば特に限定されるものでは無いが、材料の費用や燃料電池環境での耐食性の観点からチタン材料やステンレス鋼が好ましい。
チタン基材は、特定の組成のチタン板に限定されるものではないが、チタン素材(母材)の冷間圧延のし易さ(中間焼鈍なしでトータル圧下率35%以上の冷間圧延を実施できる)や、その後のプレス成形性確保の観点から、O:1500ppm以下(より好ましくは1000ppm以下)、Fe:1500ppm以下(より好ましくは1000ppm以下)、C:800ppm以下、N:300ppm以下、H:130ppm以下であり、残部がTiおよび不可避的不純物からなるものが好ましい。例えば、JIS 1種の冷間圧延板を使用することができる。なお、チタン基材を用いることにより、燃料電池セパレータの強度や靱性が向上する共に、基材自体が高い耐食性を有しているため、燃料電池環境下で黒鉛に被覆されてない箇所(チタン基材が露出している箇所)からの基材の溶出を防ぐことができる。さらに、軽量であるため、特に自動車用途として使用し易い。また、チタン基材の板厚は、0.1〜1.0mmが好ましい。
ステンレス鋼板は、特定の組成のステンレス鋼板に限定されるのもではないが、ステンレス素材の耐食性や冷間圧延のし易さ、ならびにプレス成形性の観点から、SUS304やSUS316が好ましい。
【0037】
[黒鉛粉]
黒鉛粉(黒鉛粒子)は、導電性、耐食性に優れるため、金属基材の表面に黒鉛粉を塗布することで、燃料電池セパレータの導電性、耐食性が向上する。黒鉛粉は、特に限定されるものではないが、純度が高いほど優れた特性を有することから、また、塗布をし易くする観点から、例えば、純度が3N以上、好ましくは4N以上で平均粒度径が5〜100μmのものを使用するのが好ましい。なお、黒鉛粉は、他の物質とは混合させず、黒鉛のみからなる。また、黒鉛粉の分量は、冷間圧延後に、金属基材の少なくとも一部の表面(好ましくは、大部分)を覆うことができる量であればよく、基材の大きさ等を考慮して、適宜調整すればよい。
【0038】
黒鉛粉を塗布する方法は、特に限定されるものではなく、冷間圧延により密着できるように、金属基材の表面に塗布できるものであればよい。なお、金属基材に黒鉛粉を被覆した後、スキンパス圧延等を施すことで、黒鉛粉を金属基材上により均一に塗布することができる。また、黒鉛粉を別途シート状に予備成形した黒鉛シートを金属基材表面に配置し、後記する冷間圧延により密着させることもできる。このようにすれば、黒鉛塗布量を多くする場合でも、塗布量を制御し易い。
【0039】
<冷間圧延工程>
冷間圧延工程は、前記黒鉛粉を塗布した金属基材に冷間圧延を施す工程である。
冷間圧延により、黒鉛粉を金属基材表面に圧着する。なお、黒鉛は、冷間圧延により、金属基材表面に、層状で圧着される。また、冷間圧延後の黒鉛は、金属基材の少なくとも一部の表面を覆っていればよい。
金属基材の表面に黒鉛粉を塗布した後、冷間圧延の進行に伴い、金属基材表面に存在している酸化皮膜が延ばされ、かつ分断されることで活性な金属(金属基材の金属部)が露出する。表面に黒鉛粉が無い場合、直ちにその表面に酸化皮膜を形成する。本発明の場合、表面に黒鉛粉(黒鉛層(この時点では粒子状でなく層状に成形されている))が金属基材の少なくとも一部の表面を覆っている。黒鉛層に覆われていない箇所は酸化皮膜が再形成するが、黒鉛層で覆われている基材表面部は活性な金属が外気と直接触れることが防止され(つまり酸化皮膜の再形成が防止され)、黒鉛層と金属基材の金属部が直接接触して圧着する。
【0040】
冷間圧延工程において、黒鉛粉(黒鉛層)と金属基材の密着性を得るためには、トータル圧下率が35%以上となることが必要である。トータル圧下率が35%以上となると、圧下の進行に伴い黒鉛層と金属の直接接触部(金属基材の金属部)の面積率が急速に増加するため、急速に圧着が進行する。トータル圧下率は、好ましくは、40%以上、より好ましくは、50%以上である。
なお、圧下率は、冷間圧延前後の金属基材の板厚変化から算出した値であり、「圧下率=(t0―t1)/t0×100」(t0:初期板厚、t1:圧延後の板厚)により算出する。
【0041】
本発明の製造方法では、黒鉛粉を塗布した後から累計圧下率が35%未満の加工段階での中間焼鈍を実施しない。累計圧下率が35%未満の加工段階では、金属基材と黒鉛層の密着が不十分であり、この段階で中間焼鈍を行うと、熱応力で黒鉛層が容易に剥離してしまう。また、中間焼鈍後、仮に剥離していない場合でも、累計圧下率が35%未満での、黒鉛が十分に圧着されていない段階で中間焼鈍を行うと、焼鈍前の加工で露出した活性な金属部の表面に再び酸化皮膜が形成されるため、その後の圧延工程時に良好な圧着を達成することができない。ただし、累計圧下率が35%以上となる冷間圧延を実施した後には、金属基材と黒鉛層とが十分に密着しているため、中間焼鈍を実施しても良い(中間焼鈍を実施すると素材が軟化するため、より高い圧下率まで圧延することができる)。
【0042】
なお、減圧下で中間焼鈍処理することで酸化皮膜を薄くでき、高い密着性が得られるとも思われるが、冷間圧延により黒鉛粉が十分密着する前に加熱処理を行うと、前記したように、金属基材と黒鉛粉間の熱応力で、黒鉛粉が剥離し易くなる。また、減圧下での加熱処理は生産的ではない。
【0043】
また、本発明の冷間圧延前にも加熱処理を行わない方が好ましい。冷間圧延前に加熱すると、金属基材の表面の酸化皮膜が厚くなり、この酸化皮膜により金属基材の金属部が露出し難くなることで、黒鉛粉が金属基材の金属部全体に密着し難くなる。なお、圧着させることは可能であるが、圧着に必要な累計圧下率が、事前の加熱を実施しない場合に比べて相対的に高くなり、より高い累計圧下率が必要になると考えられる。なお、減圧下で加熱処理することで酸化皮膜を薄くすることが可能であるが、減圧下での加熱処理は、生産的ではなく、また高温時に炉からコイルを取り出すことが難しいため、圧延時の変形抵抗を下げる効果はほとんど期待出来ない。
【0044】
なお、トータル圧下率の上限は特に定めるものではなく、素材自身の変形能に依存する。すなわち、高圧下率となって、圧延時に反り、うねりが生じれば良好な密着性が阻害される虞があると共に、圧延後に基材形状を平坦に矯正にする必要が生じ生産性が悪化する。ただし、累計圧下率が35%以上の段階で中間焼鈍を行うことで、黒鉛層の密着性が阻害されずに素材の変形能を回復することができ、容易に、さらに高い圧下率の圧延を施すことができる(ただしこの場合、圧延は板厚を薄くすることが目的で圧着が目的ではない)。
また、本発明の冷間圧延工程に供する圧延コイルは焼鈍仕上げされていることが好ましいが、その仕上げ状態は問わず、例えば「焼鈍+酸洗仕上げ」、「真空熱処理仕上げ」、「光輝焼鈍仕上げ」等のいずれの仕上げ状態であっても構わない。
【0045】
冷間圧延工程においては、前記黒鉛粉と、圧延ロールとの間に、シート材を設置することが好ましい(図1参照)。すなわち、シート材で挟んだ状態で冷間圧延を行う。
シート材を設置することで、黒鉛粉の飛散を防止することができる。また、シート材を設置しないと、黒鉛粉を塗布することができる面は金属基材の上面(片面)のみであるが(裏面は重力で黒鉛粉が落ちる)、シート材を設置することで金属基材の裏面にも黒鉛粉を塗布することができ、基材の両面に黒鉛層を形成することが可能となる。金属基材の裏面に黒鉛を圧着する場合、黒鉛粉を下面(裏面)に配置するシート材上面に塗布することで、冷間圧延時に金属基材の裏面に塗布することができる。なお、シート材は、冷間圧延により、金属基材と同一方向に搬送される。
その他、黒鉛付着面が金属基材の片面である場合は、圧延ロールの潤滑剤に黒鉛以外のもの(油等)を用いると、摩擦係数の違いから金属基材に反りを生じ、また、潤滑剤に黒鉛を用いると、生産性が低下するが、シート材を設置することで、これらのような問題を解決することができる。また、黒鉛が脱落しない程度まで圧下した後は、シート材を取り除いて良い。黒鉛の脱落が生じない最低の累計圧下率は、黒鉛塗布量によって変わるが、およそ5%である。
【0046】
前記シート材は、前記金属基材と同材料の金属材料(金属製シート材)、または、前記金属基材の変形抵抗以上の変形抵抗を有する金属材料(金属製シート材)からなることが好ましい。
シート材として金属製のシート材を使用することで、圧延によるシート材の破損等を防止することができ、圧延の途中でシート材を取り替える(古いシート材を取り除いて、新しいシート材を再挿入する)必要がない。また、シート材として使用できる寿命が長くなり、繰り返しシート材を使用することができ、シート材を複数の圧延に使用することができる。また、金属基材の変形抵抗以上の変形抵抗を有する金属をシート材に使用することで、シート材の変形が抑制され、黒鉛粉とシート材との圧着が防げると共に、より寿命が長くなる。なお、金属製シート材を使用しても、金属基材とシート材の間に黒鉛(固体潤滑剤、もしくは離型剤の役割もする)が存在するため、金属製シート材と金属基材が圧着することは無い。仮に、部分的に圧着する箇所が生じても、その面積は僅かであり、圧延後、容易に剥がすことができる。その際、黒鉛の剥離は伴わない。
【0047】
また、黒鉛粉の表面に設置するシート材において、シート材を構成する金属材料の変形抵抗が、金属基材の変形抵抗より小さい場合、シート材の変形量が金属基材の変形量より多くなり、シート材に黒鉛粉が圧着し易くなる。よって、シート材の変形抵抗は、金属基材の変形抵抗以上であることが好ましい。例えば、金属基材がJIS 1種のチタン板であれば、シート材は、JIS 2種や3種のチタン板、ステンレス鋼を用いれば良い。
【0048】
また、前記シート材が、前記金属基材と同材料、かつ同一表面状態の場合、金属基材の他にシート材の表面にも黒鉛が同時に付着し易くなる。しかし、金属基材の前後に負荷しているテンションを、シート材に負荷しているテンションよりも大きくすることで、金属基材の変形量を相対的に大きくすることができ、金属基材に、優先的に黒鉛を圧着させることができる。
【0049】
前記金属材料からなるシート材(金属製シート材)の表面には、前記金属基材の表面に形成されている酸化皮膜よりも厚い酸化皮膜が形成されていることが好ましい。
金属製シート材の表面に、金属基材に形成された酸化皮膜よりも厚い酸化皮膜を形成することで、シート材への黒鉛粉の付着を防止することができる。例えば、金属基材がチタン基材、かつ表面が酸洗仕上げで、金属製シート材に同材を用いた場合、シート材の表面に大気熱処理で10nm以上の厚さの酸化皮膜を予め形成しておくと効果がある。
【0050】
また、前記シート材としては、樹脂材料からなるシート材(樹脂製シート材)を使用することもできる。樹脂製シート材は金属製シート材よりも安価であるため経済的である。ただし、一般的に樹脂製シート材は金属基材よりも変形抵抗が小さいため、何度も繰り返し使用することは出来ない。なお、必要な累計圧下率までシート材が破断しないように、樹脂製シート材の変形抵抗に応じてシート材の厚さを決定すれば良い。また、シート材を複数枚重ねて用いてもよい。そして、黒鉛が脱落しない程度まで圧下した後は、シート材を取り除いて良い。黒鉛の脱落が生じない最低の累計圧下率は黒鉛塗布量によって変わるが、およそ5%である。
【0051】
前記樹脂材料(樹脂製シート材)は、ポリ塩化ビニリデンおよびテフロン(フッ素樹脂(4フッ化エチレン樹脂等))から選ばれる少なくとも1種からなることが好ましい。このような樹脂製シート材を用いることにより、黒鉛を圧着させ易くなる。これらは、単独でシート材としてもよいし、2種を重ね合わせてシート材としてもよい。ただし、シート材にこれらの樹脂以外を用いても本発明の趣旨に逸脱するものではない。なお、ポリ塩化ビニリデンおよびテフロンは、樹脂製シート材としては、その効果は同等である。
【0052】
<熱処理工程>
前記冷間圧延工程の後に、300〜800℃の温度で熱処理を施す熱処理工程を含むことが好ましい。
冷間圧延により、金属基材表面に黒鉛粉を圧着した後、300℃〜800℃の温度で熱処理を施すと、以下の理由により、金属基材と黒鉛層の密着性ならびに耐久性が向上する。冷間圧延で分断された金属の酸化物(自然酸化皮膜を含む、金属基材表面の酸化皮膜に由来するもの)中の酸素が金属基材中に拡散することで分解し、金属基材の金属部と黒鉛層の接触部が増加する。また、金属と黒鉛とで相互拡散が起こる。一方、表面に黒鉛層が形成されておらず、金属基材が露出している箇所は、酸化皮膜が強固になり耐食性が向上する。
熱処理温度が300℃未満では、金属酸化物の分解速度、金属と黒鉛との相互拡散が遅い。一方、800℃を超えると、熱応力(熱膨張差に起因)により黒鉛層が剥離する虞がある。なお、密着性をより向上させるため、熱処理温度は、500℃以上が好ましい。さらに、燃料電池セパレータにプレス成形を実施する場合には、再結晶温度以上(600℃以上)で熱処理することが好ましい。また、黒鉛層の剥離をより防止するため、700℃以下が好ましい。また、熱処理時間は、特に限定されるものではないが、1分〜5時間が好ましい。
【0053】
ここで、熱処理工程における熱処理温度の好ましい範囲は、処理される雰囲気によって異なる。雰囲気中の酸素分圧が0.133Pa以下の場合は、熱処理による酸化が起こりにくいため、300〜800℃での熱処理が可能であり、良好な伝導性が得られる。
一方、酸素分圧が0.133Paを超える場合、例えば大気雰囲気下で熱処理を行う場合は、700℃を超える温度で熱処理を行うと、熱処理時に黒鉛層を拡散した酸素によって基材の酸化が起こり、接触抵抗の増加が起こる虞がある。そのため、酸素分圧が0.133Paを超える雰囲気下で熱処理を行う場合の好ましい温度範囲は300〜700℃である。
【0054】
そして、樹脂製シート材を使用した場合、耐熱性が無く、黒鉛層に不純物が付着し接触抵抗や密着性、耐食性を劣化させる虞があるため、熱処理工程前にシート材を取り除いた方が良い。金属製シート材を使用している場合は、金属基材をシート材で挟んだまま熱処理を行っても良いが、セパレータとして使用する前にはシート材を除去して、最表面が黒鉛層となるようにする必要がある。
【0055】
また、熱処理の雰囲気は、1×10−1Pa以下が好ましい。熱処理の雰囲気を1×10−1Pa以下とすることで、黒鉛が酸素と反応(ガス形成)して、黒鉛層が減肉することを抑制し、また、黒鉛層との界面部の金属基材表面の酸化を抑制して良好な密着性を得ることができる。
【0056】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することができる。
例えば、本発明の製造方法は、チタンやステンレス鋼以外の金属材料に適用してもよい。例えば、純アルミニウム(4N)の場合でも、冷間圧延のトータル圧下率が35%以上となると、黒鉛粉との密着性が急激に向上する。さらに本材料は加工性が良好であるため、トータル圧下率85%まで実施しても黒鉛粉の密着性が阻害されることはない(トータル圧下率の上限は基材の冷間圧延性で決まる)。
【0057】
また、累計圧下率が35%以上の冷間圧延を実施した後に中間焼鈍を実施した場合には、金属基材の変形能が回復しているので、金属基材に波打ち等の不均一な変形が生じないのであれば、トータル圧下率をさらに高い値にしても良い。
【0058】
さらに、本発明を行うにあたり、前記各工程に悪影響を与えない範囲において、前記各工程の間あるいは前後に、例えば、金属基材を洗浄する金属基材洗浄工程や、ごみ等の不要物を除去する不要物除去工程等、他の工程を含めてもよい。
【実施例】
【0059】
次に、本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法について、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを比較して具体的に説明する。
【0060】
[第1実施例]
<試験体の作製>
金属基材としては、JIS 1種のチタン板(焼鈍酸洗仕上げ)を使用した。チタン基材の化学組成は、O:450ppm、Fe:250ppm、N:40ppm、残部がTiおよび不可避的不純物であり、チタン基材の板厚は、0.5mmである。使用した黒鉛粉は、純度が4Nで平均粒度径が10μmである。シート材としては、チタン基材と同材料(JIS 1種のチタン板)もしくはJIS 3種のチタン板、その他、SUS304(JIS規格の市販の板)、ポリ塩化ビニリデン(サランラップ(登録商標))を使用し、シート材を使用せず冷間圧延に供する試験体も作製した。シート材を使用しない場合、黒鉛塗布面は金属基材の片面のみである。JIS 3種の化学組成は、O:1200ppm、Fe:850ppm、N:30ppm、残部がTiおよび不可避的不純物であり、JIS 3種の板厚は、0.5mm、SUS304の板厚は0.5mm、ポリ塩化ビニリデンシートの厚みは11μmである。チタン製シート材は、その表面状態がチタン基材と同じ焼鈍酸洗仕上げであるもの(焼鈍酸先処理材)と、それに600℃で10分間の大気熱処理で酸化皮膜(厚さ30nm)を形成させたもの(大気酸化処理材)2種類を用いた。なお当該チタン板は、チタン原料に当業者に周知の溶解工程、鋳造工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程を施して得られたものである。
【0061】
このチタン基材とシート材を、それぞれ、幅40mm、長さ100mmに切断し、シート材を使用する場合には、図1に示すように、チタン基材(金属基材)1とシート材3の間に黒鉛粉2を挟むようにこれらを重ね合わせ、各材を固定し、重ね合わせ材10とした(黒鉛粉2の分量は、片面当たり、6mg/cmとした)。なお、チタン基材1の片面のみに黒鉛粉2を圧着させる(シート材3を片面に設置する)場合と、チタン基材1の両面に圧着させる(シート材3を両面に設置する)場合についてそれぞれ実施した(図1では、両面に圧着させる場合について図示している)。なお、図1では、便宜上、黒鉛粉2を見やすく図示している。さらに、シート材を設置しない場合について実施した(黒鉛粉の分量は、6mg/cmである)。
【0062】
次いで、1パス当たりの圧下率が所定となるようにロールギャップを調整し、所定のトータル圧下率まで複数パスに分けて冷間圧延を実施した。金属製シート材(チタン、SUS)を使用する場合、圧延ロールの潤滑剤には、一般的な鉱物油系の潤滑油を用いた。そして、所定のトータル圧下率で圧延した後、圧延材を取り出し、試験体とした。また、ポリ塩化ビニリデンをシート材に使用する場合、3枚のポリ塩化ビニリデンシートを重ね合わせて1枚のシート材として用い、圧延ロールには潤滑油を塗布せずに無潤滑で圧延を行い、累計圧下率が13%を超えた時点でシート材を取り外し、その後はシート材が無い状態(チタン基材の表面に黒鉛が付着している状態、本発明の圧着は達成されていない状態。)で所定のトータル圧下率まで継続して圧延を実施した。なお、表1、2中に示すトータル圧下率は、冷間圧延前後のチタン基材1の板厚変化から算出した値である。
【0063】
次に、冷間圧延後の一部の試験体に対して、0.00665Paの真空雰囲気で、所定の温度で10分間の熱処理を実施した。
【0064】
また、比較例として、冷間圧延時に中間焼鈍を実施した試験体を作製した。すなわち、累計圧下率が30%の段階で、圧延サンプルを400℃に加熱した大気炉中に5分間保持し、その後、トータル圧下率が50%となるまで冷間圧延を実施し、同様に圧延材を取り出し、試験体とした(試験体No.5、16)。
【0065】
黒鉛層が片面のみに形成されている試験体No.1〜7については、黒鉛層未形成面(形成面の裏面)が後記の評価に影響しないようにするため、黒鉛層未形成面の抵抗成分を除去すると共に、黒鉛層未形成面に後記の耐久試験で酸化皮膜が成長し、抵抗が増加して黒鉛付着面の耐食性を正しく評価出来なくなることを防ぐため、導電・防食層として、以下の方法で厚さ100nmのAu層を形成した。
【0066】
マグネトロンスパッタリング装置の電極にAuターゲットを取り付け、Auターゲット表面から100mm離れた高さ位置に黒鉛層の未形成面をAuターゲット側にして、試験体を設置した。この際、黒鉛層形成面にAuスパッタ膜が回り込まないように黒鉛層形成面を市販のアルミホイルでカバーした。その後、チャンバー内を0.0013Pa以下の真空に排気した後、Arガスをチャンバー内に導入してチャンバー内の圧力が0.27Paとなるように調整した。その後、Auターゲットに直流電源にて、100Wを印加してArプラズマを発生させることによってスパッタリングを行い、チタン基材の表面(黒鉛層未形成面)に、膜厚100nmのAu層を形成した。膜厚は成膜時間で制御した。また、Au層の形成においては、試験体の加熱を行わなかった。また、Au層の接触抵抗を評価するため、比較試験体として黒鉛層を形成していないチタン基材の両面に、同様の方法で厚さ100nmのAu層を形成した。これらの試験体に熱処理を施した。つまり、試験体を0.00665Paの真空雰囲気で、400℃で5分間、熱処理して、試験体No.1〜7、ならびに比較試験体を得た。なお、熱処理を行う理由は、上記の方法でAu層を形成したままの状態では、チタン基材表面とAu層間の抵抗が比較的大きく、黒鉛層形成面の接触抵抗を正しく評価することができないためである。
【0067】
このようにして作製した試験体について、以下の方法により、密着性評価、接触抵抗の測定、および、耐食性評価を行った。
【0068】
[密着性評価]
チタン基材の両面に、シート材としてJIS 1種のチタン材(焼鈍酸洗処理材)を用いて黒鉛を圧着した後(中間焼鈍なし)、図2に示す接触抵抗測定装置20を用いて、密着性評価を行った。試験体21の両面を2枚のカーボンクロス22,22で挟み、さらにその外側を接触面積1cmの銅電極23,23で挟んで荷重98N(10kgf)に加圧し、両面から加圧された状態を保持したまま、面内方向に試験体21を引き抜いた(引抜き試験)。そして、引抜き試験前後の黒鉛付着量から、以下の式により、密着度(引抜き試験後の黒鉛被覆率(%))を算出した。ここで、黒鉛付着量は実体顕微鏡を用いて倍率3倍で観察した表面写真を基に、画像解析により求めた。そして、密着度90%以上を密着性が良好とした。
密着度=(引き抜き試験前の黒鉛付着量−引き抜き試験後の黒鉛付着量)/(引き抜き試験前の黒鉛付着量)×100
【0069】
これらの結果を表1に示す。なお、表1において、本発明の構成を満たさないものは、数値に下線を引いて示す。
【0070】
【表1】

【0071】
表1に示すように、試験体No.a〜d、試験体No.e〜hのいずれも、トータル圧下率の増加に伴い、密着性が大きく向上することが分かる。圧延後、熱処理を実施していない試験体No.a、b、c、dにおいては、トータル圧下率が35%以上で密着性が大きく改善し、密着試験での剥離がほとんど認められなくなる。トータル圧下率が50%を超えると密着性がさらに向上する。
【0072】
圧延後、熱処理を施した試験体No.e、f、g、hにおいても同様の傾向が認められ、トータル圧下率が35%以上で密着性が大きく改善し、密着試験での剥離がほとんど認められなくなる。また、トータル圧下率が35%以上について熱処理の有無を比較すると、両者は同等もしくは熱処理を施した試験体のほうが若干良好な結果となった。
【0073】
[接触抵抗測定]
チタン基材の片面もしくは両面に黒鉛を圧着した後、図2に示す接触抵抗測定装置20を用いて、接触抵抗を測定した(表2の耐久試験前)。なお、図2は両面に黒鉛層が形成されている場合の測定方法である。すなわち、黒鉛層が両面に形成されている試験体No.8〜30に対しては、試験体21の両面を2枚のカーボンクロス22,22で挟み、さらにその外側を接触面積1cmの2枚の銅電極23,23で挟んで荷重98N(10kgf)で加圧し、直流電流電源24を用いて7.4mAの電流を通電し、カーボンクロス22,22の間に加わる電圧を電圧計25で測定して、接触抵抗を求めた。接触抵抗が10mΩ*cm以下の場合を導電性が良好、10mΩ*cmを超える場合を導電性が不良とした。
一方、黒鉛層が片面のみに形成されている試験体No.1〜7に対しては、黒鉛層形成面にはカーボンクロス22を設置し、黒鉛層未形成面であるAu層を形成した面にはカーボンクロス22を設置せず、直接銅電極23と接触させた。接触抵抗が5mΩ*cm以下の場合を導電性が良好、5mΩ*cmを超える場合を不良とした。
【0074】
ここで、Au層の接触抵抗を評価するためにチタン基材の両面に上記の方法でAuを成膜し熱処理を行った比較試験体に対して、カーボンクロス22を両面とも設置せず、それ以外は上記の方法で接触抵抗を測定したところ、接触抵抗値は0.3mΩ*cmと低い値であった。そのため、試験体No.1〜7の黒鉛形成面の接触抵抗を妥当に評価出来ると考えられる。なお、本比較試験体は、後記の耐久試験後も接触抵抗が0.3mΩ*cmを維持したため、耐久試験後の接触抵抗についても妥当な評価が出来ていると考えられる。
【0075】
[耐食性評価]
チタン基材の片面もしくは両面に黒鉛粉を圧着した後、耐食性評価(耐久試験)を行った。すなわち、試験体を比液量が20ml/cmである80℃の硫酸水溶液(10mmol/L)に1000時間浸漬した後、試験体を硫酸水溶液から取り出し、洗浄、乾燥して、前記と同様の方法で接触抵抗を測定した。硫酸浸漬試験後(耐久試験後)の接触抵抗が15mΩ*cm以下の場合を耐食性が良好、15mΩ*cmを超える場合を耐食性が不良とした。なお、前記密着性評価で示したように、熱処理の有無での比較では、両者は同等もしくは熱処理を施した試験体のほうが若干良好なため、耐食性評価については基本的に熱処理を施した試験体で実施した。
【0076】
これらの結果を表2に示す。なお、表2において、本発明の構成を満たさないものは、数値等に下線を引いて示す。
【0077】
【表2】

【0078】
表2に示すように、黒鉛層を基材の片面に形成した試験体No.3、4、7、および、黒鉛層を基材の両面に形成した試験体No.9、10、13〜15、17〜20、23、24、26〜30は、耐久試験前の接触抵抗が低く、導電性に優れると共に、耐久試験後の接触抵抗も低く、耐久性に優れ、低い接触抵抗を維持した。
【0079】
試験体No.1、2、6、8、11、12、21、22、25は、耐久試験前の接触抵抗が低く、初期の導電性には優れるが、耐久試験後に接触抵抗が増加し、耐久性に劣った。これは、冷間圧延のトータル圧下率が下限値未満のため、黒鉛層とチタン基材の密着性が不十分であることから、黒鉛層との界面部のチタン基材表面が腐食し酸化皮膜が成長したためと考えられる。
【0080】
試験体No.5、16は、冷間圧延のトータル圧下率が規定の範囲にも関わらず、冷間圧延時に、累計圧下率が35%未満の加工段階で中間焼鈍を施したため、中間焼鈍後、もしくはその直後の圧延工程で一部の黒鉛層が剥離した。そのため、耐久試験前の接触抵抗が高く、導電性に劣った。また、耐久試験後に、さらに黒鉛層の剥離が認められ、接触抵抗が増加し、耐久性に劣った。これは、累計圧下率が35%未満の加工段階で中間焼鈍を施し、中間焼鈍後からトータル圧下率までの圧下率が35%未満であるため、黒鉛層とチタン基材の密着性が不十分であり、黒鉛層との界面部のチタン基材表面が腐食し酸化皮膜が成長したためと考えられる。
【0081】
[第2実施例]
第1実施例で用いたものと同種、同サイズのチタン板および黒鉛粉を使用し、シート材としてはポリ塩化ビニリデン(サランラップ(登録商標))を使用して、第1実施例と同様の方法によって冷間圧延を実施した。なお、黒鉛層は両面に形成し、中間焼鈍は行わず、トータル圧下率は60%とした。
次に、両面に黒鉛層を形成した試験体を、一部を除き0.00665Paの真空雰囲気(酸素分圧0.00133Pa)もしくは大気雰囲気(酸素分圧21300Pa)で所定温度にて所定時間熱処理し、熱処理試験体を作製した。
このようにして作製した熱処理を実施しないままの圧延試験体、もしくは真空雰囲気または大気雰囲気にて熱処理を行った試験体について、前記の方法により、接触抵抗の測定、および、耐食性評価を行った。
冷間圧延後の試験体への熱処理の条件、耐久試験前の初期接触抵抗および耐久試験後の接触抵抗の測定結果を表3に示す。なお、表中「−」は、熱処理を行わないためにデータがないものである。
【0082】
【表3】

【0083】
試験体No.31〜37は、冷間圧延のトータル圧下率が規定の範囲内であり、さらにNo.32〜37は、冷間圧延後の雰囲気および温度条件を変えて熱処理を行ったものである。No.31〜37のいずれも初期の接触抵抗および耐久試験後の接触抵抗測定結果は良好であり、耐久性に優れると判断された。特に試験体No.32〜36は、初期接触抵抗が低く、耐久試験後も低い接触抵抗が維持されていることから、冷間圧延後の熱処理が耐久性に対して有効に作用していると考えられる。
【0084】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明してきたが、本発明は前記実施形態、実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲において広く変更、改変して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0085】
1 チタン基材(金属基材)
2 黒鉛粉
3 シート材
10 重ね合わせ材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面の少なくとも一部に黒鉛粉を塗布する黒鉛粉塗布工程と、
前記黒鉛粉を塗布した金属基材に冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を含み、
前記冷間圧延工程において、トータル圧下率を、35%以上とし、
かつ、累計圧下率が35%未満の加工段階において、中間焼鈍を実施しないことを特徴とする燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項2】
前記冷間圧延工程において、前記黒鉛粉と、圧延ロールとの間に、シート材を設置することを特徴とする請求項1に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項3】
前記シート材が、前記金属基材と同材料の金属材料、または、前記金属基材の変形抵抗以上の変形抵抗を有する金属材料からなることを特徴とする請求項2に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項4】
前記金属材料からなるシート材の表面に、前記金属基材の表面に形成されている酸化皮膜よりも厚い酸化皮膜が形成されていることを特徴とする請求項3に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項5】
前記シート材が、樹脂材料からなることを特徴とする請求項2に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項6】
前記樹脂材料が、ポリ塩化ビニリデンおよびテフロンから選ばれる少なくとも1種からなることを特徴とする請求項5に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項7】
前記冷間圧延工程の後に、300〜800℃の温度で熱処理を施す熱処理工程を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程が、酸素分圧が0.133Pa以下の雰囲気下において300〜800℃の温度で熱処理を施す工程であることを特徴とする請求項7に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項9】
前記熱処理工程が、酸素分圧が0.133Paを超える雰囲気下において300〜700℃の温度で熱処理を施す工程であることを特徴とする請求項7に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項10】
前記金属基材が、チタン材料またはステンレス鋼であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−77018(P2011−77018A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2461(P2010−2461)
【出願日】平成22年1月8日(2010.1.8)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】