説明

疲労特性に優れた鋼線材の製造方法

【課題】疲労特性に優れた鋼線材を製造する製造方法を提供する。
【解決手段】前記鋼線材の元となる溶鋼4の精錬処理を行うにあたり、該精錬処理は取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬のいずれか1つ又は2つ以上を組み合わせたものとし、該精錬処理で使用するスラグ13の組成を、CaO/SiO2=0.5〜1.5,Al2O3=3〜25質量%,MgO=3〜25質量%とし、さらに、前記各攪拌精錬における「攪拌動力密度×精錬時間」の総和が800〜1500の範囲内になるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バネ用鋼材、ワイヤロープ用鋼材、PC(プレストレストコンクリート)用鋼材などに用いることが好適な疲労特性に優れた鋼線材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼中に存在するSiO2(シリカ)やAl2O3(アルミナ)などの非金属介在物は、硬質で延性が小さく、それらを多く含む鋼線材に繰返し応力が付与された場合、かかる非金属介在物が疲労破壊の起点となり、当該鋼線材が金属疲労による破壊へ至るということは、従来より周知の通りである。
そこで、疲労特性に優れたすなわち長い疲労寿命を有する鋼線材は、Al2O3に代表されるような非金属介在物の低減を可能な限り行うと共に、残存する非金属介在物を可及的に軟質化するような処理が施された溶鋼から製造される。かかる溶鋼は、転炉出鋼後の2次精錬処理における化学成分の微調整や溶鋼に含まれる非金属介在物の低減・軟質化を経て製造される。
【0003】
疲労特性に優れた鋼線材を製造するための技術としては、特許文献1や特許文献2に記載されたものがある。
例えば、特許文献1には、C=1.2質量%以下、Mn=0.2〜1.5質量%、Al=0.001質量%以下、Si=0.05〜4.0質量%の疲労特性に優れ線材等に好適とされるSi脱酸鋼の製造方法が開示されている。具体的には、精錬炉から取鍋に出鋼するときにSi脱酸を行い、その後の取鍋スラグ精錬時のスラグ組成を質量%でCaO=20〜40質量%、SiO2=25〜60質量%、MgO=5〜18質量%、Al2O3=1〜12質量%、MnO=0.2〜8質量%としている。
【0004】
特許文献2には、2次精錬において、CaO-SiO2系の合成スラグを溶鋼に添加して、Arガスで溶鋼を攪拌する方法が示されている。
特許文献3には、ガス攪拌によるスラグ巻き込みに起因する介在物を極力低減し、高い清浄度を達成した高清浄度鋼を製造するため、転炉または電気炉にて脱炭された後の二次精錬処理において、電磁攪拌のみで溶鋼の攪拌を実施した後に、還流式真空脱ガスを行うものであり、必要によって二次精錬工程における電磁攪拌において、150W/ton以下の攪拌動力密度の攪拌を実施するといった技術が開示されている。
【特許文献1】特許第3719131号公報
【特許文献2】特公平2−25966号公報
【特許文献3】特開2006−233254号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述したバネ用鋼材、ワイヤロープ用鋼材、PC用鋼材等は、繰り返し応力が負荷された状態で使用されるため、鋼材中に残存する非金属介在物の個数を減少させることはもとより、硬質な非金属介在物、すなわち硬質介在物が残存していると疲労破壊の起点となりうるため、硬質介在物を確実に軟質化させる必要がある。硬質介在物を軟質化させるために重要な処理操作としては、2次精錬における溶鋼攪拌があげられるが、特許文献1や特許文献2には、本願発明の課題解決に必要とされる攪拌の強弱については言及されていない。特許文献3は、ベアリング鋼等の高清浄度鋼を製造するための技術であって、ベアリング鋼と鋼線材とでは求められる疲労特性が異なるため、疲労特性に優れた鋼線材を製造しようとする技術には適用外である。
【0006】
そこで、本発明は、上記問題に鑑み、疲労特性に優れた鋼線材を製造する製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
すなわち、本発明にかかる鋼線材の製造方法は、C=0.4〜1.3質量%,Si=0.1〜2.5質量%,Mn=0.2〜1.0質量%,Al=0.003質量%以下の組成を備える疲労特性に優れた鋼線材を製造する製造方法において、
前記鋼線材の元となる溶鋼の精錬処理を行うにあたり、該精錬処理は取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬のいずれか1つ又は2つ以上を組み合わせたものとし、
該精錬処理で使用するスラグの組成を、CaO/SiO2=0.5〜1.5,Al2O3=3〜25質量%,MgO=3〜25質量%とし、
さらに、前記取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬のそれぞれの攪拌動力密度をε1,ε1',ε2,ε3、精錬時間をt1,t1’,t2,t3とした際に、式(1)で算出される指標Eが800〜1500の範囲内になるように、前記溶鋼の精錬処理を行うことを特徴とする。
【0008】
【数2】

【0009】
なお、本明細書において特に断りのない限り、以降、各変数は[数2]に表記したとおりとする。
本願発明者らは、溶鋼中の非金属介在物の個数を減らすことはもとより、硬質な非金属介在物(硬質介在物)を減少させるために、当該溶鋼の2次精錬における効果的なファクタを検証した。すなわち、様々な精錬設備を用いて溶鋼のスラグ精錬を行い、鋳造、鍛造、圧延を実施した鋼線材中の非金属介在物を観察した。
その結果、非金属介在物が軟質化、延性化された度合いは、2次精錬処理(取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬)における溶鋼の攪拌強度、すなわち攪拌動力密度が重要であることはもとより、攪拌をしている時間も大きく関係していることを知見するに至った。そこで、攪拌動力密度に攪拌時間を掛けた、言うならば攪拌仕事量に相当する指標Eを考え、かかる指標Eが800〜1500の範囲内になるように2次精錬を行えば、2次精錬後の溶鋼中に存在する非金属介在物の個数や量が非常に少なく、残存した非金属介在物は軟質化が進み延性を有するものとなっていることを知見した。
【0010】
さらに、2次精錬処理でのスラグ組成を適切にすることも、疲労特性に優れた鋼線材を製造するために必要な条件であることを知見するに至り、2次精錬処理で使用するスラグの組成を、CaO/SiO2=0.5〜1.5,Al2O3=3〜25質量%,MgO=3〜25質量%とし、その結果、疲労特性に優れた鋼線材を製造することを可能とした。
なお、好ましくは、前記鋼線材が、Ni=0.05〜1質量%、Cu=0.05〜1質量%、Cr=0.05〜1.5質量%の1種または2種以上の成分を含有するように、前記溶鋼の精錬処理を行うとよい。
【0011】
さらに好ましくは、前記鋼線材が、Li=0.02〜20 質量ppm、Na=0.02〜20 質量ppm、Ce=3〜100質量ppm、La=3〜100質量ppmの1種または2種以上の成分を含有するように、前記溶鋼の精錬処理を行うとよい。
このように、鋼線材中の選択元素を所定の範囲とすることで、鋼線材の伸線性や強度を一段と高めることができ、好ましい結果をもたらすようになる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る鋼線材の製造方法を用いることで、非金属介在物の量が少なく且つ残存する非金属介在物が軟質化されている溶鋼を得ることができ、この溶鋼を元に疲労特性に優れた鋼線材を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図を基に説明する。
[2次精錬装置]
図1は、本発明にかかる鋼線材の製造方法を実施可能な2次精錬装置1の一例である。
この2次精錬装置1には、取鍋ガス攪拌精錬装置2や還流式脱ガス精錬装置3などがあり、具体的には、取鍋ガス攪拌精錬装置2はLF装置であり、還流式脱ガス精錬装置3はRH装置である。鋼線材向けの溶鋼4はLF装置2又はRH装置3で精錬されるか、或いは、LF装置2で精錬処理された後にRH装置3で精錬されるといったように組み合わせて処理がなされる。
【0014】
LF装置2は、溶鋼4が装入された取鍋5と、取鍋5の溶鋼4内にガスを吹き込む吹き込み装置6と、溶鋼4を加熱する電極式加熱装置7と、フラックス等を投入するための供給装置8とを有している。
吹き込み装置6は、取鍋5の底部にポーラス吹込口9を有しており、このポーラス吹込口9から溶鋼4をバブリングするArガスなどが吹き込まれる。
LF装置2では、電極式加熱装置7で溶鋼4を所定温度まで上げて、吹き込み装置6からガスを吹き込んで溶鋼4を攪拌することによって、化学成分の微調整を行うと共に、溶鋼4とスラグ13とを反応させることで溶鋼4内に含まれる非金属介在物の低減・軟質化を行うことができる。
【0015】
RH装置3は、溶鋼4の脱ガスを行うものであって、溶鋼4が装入された取鍋5と、略真空状態となって溶鋼4内の脱ガスを行う脱ガス槽10とを有している。取鍋5は、LF装置2で用いられた取鍋5と同一のものであって、脱ガス槽10の直下に配置されるようになっている。
脱ガス槽10の下部には取鍋5内の溶鋼4に浸漬させる2本の浸漬管(上昇管11、下降管12)が設けられており、この浸漬管の一方(上昇管11)にはArガス等の不活性ガスを吹き込む吹き込み口(図示省略)が設けられている。脱ガス槽10の上部には、脱ガス槽10のガスを排気する排気口(図示省略)が設けられている。
【0016】
RH装置3では、浸漬管を取鍋5内の溶鋼4に浸漬し、吹き込み口から不活性ガスを吹き込むと共に、排気口から脱ガス槽10のガスを排気して脱ガス槽10内を略真空状態して溶鋼4を脱ガス槽10と取鍋5との間で循環させることで、溶鋼4内に存在する水素等のガス成分を除去したり、溶鋼4内に含まれる非金属介在物の低減を行う。
[精錬方法]
以下、本発明の鋼線材の製造方法について詳しく説明する。
本発明に係る鋼線材を製造するに際しては、まず、転炉14から出鋼された溶鋼4を取鍋5に装入し、この取鍋5を2次精錬装置1に搬送し精錬する。2次精錬装置1では、取鍋ガス攪拌精錬や還流式脱ガス精錬、両者を組み合わせた精錬を実施する。精錬が終わった溶鋼4は連続鋳造機でブールムやビレットなどの鋳片とされ、この鋳片を伸長圧延することで鋼線材を製造する。なお、溶鋼4は電気炉から出鋼したものであってもよい。
【0017】
本発明の鋼線材は高い耐疲労性を有するものであって、C=0.4〜1.3質量%,Si=0.1〜2.5質量%,Mn=0.2〜1.0質量%,Al=0.003質量%以下の組成を有している。また、硬質な非金属介在物(硬質介在物)の軟質化を図るため、LF装置2で行う精錬処理(取鍋ガス攪拌精錬)に用いるスラグ13の組成を、塩基度CaO/SiO2=0.5〜1.5とすると共に、スラグ13中の(Al2O3)を3〜25質量%、(MgO)=3〜25質量%としている。
取鍋ガス攪拌精錬では、電極式加熱装置7で溶鋼4を所定温度まで上げると共に、吹き込み装置6からガスを吹き込んで溶鋼4を攪拌する。その際の攪拌動力密度は、式(2')で与えられることが「森、佐野:鉄と鋼,第67巻,1981年,672頁」に開示されている。
【0018】
【数3】

【0019】
大気圧下でのガス攪拌時のε1は、式(2')においてPV=101300とした式(2)により算出できる。
【0020】
【数4】

【0021】
式(2)で算出されたε1の攪拌動力密度で、取鍋ガス攪拌精錬中に時間t1だけ、溶鋼4を攪拌し、溶鋼4の上面に浮かんでいるスラグ13と溶鋼4とを反応させ、硬質介在物の軟質化を図るようにする。
RH装置3で行う精錬処理(還流式脱ガス精錬)においても、スラグ組成を塩基度CaO/SiO2=0.5〜1.5とすると共に、スラグ13中の(Al2O3)を3〜25質量%、(MgO)=3〜25質量%としている。これにより、さらなる硬質介在物の軟質化を図ることが可能となる。
還流式脱ガス精錬では、上昇管11及び下降管12を取鍋5内の溶鋼4に浸漬し、上昇管11に設けられた吹き込み口からArガスなどの不活性ガスを吹き込むと共に、排気口から脱ガス槽10のガスを排気して脱ガス槽10内を略真空状態して溶鋼4を脱ガス槽10と取鍋5との間で循環させることで、溶鋼4内に存在する水素等のガス成分を除去すると共に、溶鋼4中の非金属介在物の除去を行う。
【0022】
還流式脱ガス精錬のように真空中ガスリフトポンプによる攪拌を行った場合の攪拌動力密度ε3は式(5)で与えられることが「日本鉄鋼協会編:第3版鉄鋼便覧,第2巻,製銑・製鋼,1981年,673頁」に開示されている。
【0023】
【数5】

【0024】
ここで、Qは溶鋼は循環量(ton/min)、Uは下降管12内の溶鋼線速度(m/sec)である。
式(5)における循環量Q(ton/min)は、「桑原ら:鉄と鋼,第73巻,1987年,S176頁」に開示されているように、式(6)で求められる。この式におけるDは下降管12の内径(m)である。
【0025】
【数6】

【0026】
また、下降管12内の溶鋼4の線速度U(m/sec)は、具体的には、式(7)により算出することができる。
【0027】
【数7】

【0028】
式(6),式(7)を式(5)に代入することで、式(4)を得ることができ、式(4)を用いることで、ε3を求めることができる。
【0029】
【数8】

【0030】
式(4)で算出されたε3の攪拌動力密度で、還流式脱ガス精錬中に時間t3だけ、溶鋼4を攪拌し、溶鋼4の上面に浮かんでいるスラグ13と溶鋼4とを反応させ、溶鋼4中の非金属介在物を取り除くと共に、軟質化を図るようにする。
取鍋ガス攪拌精錬及び/又は還流式脱ガス精錬の場合、以上のべた攪拌動力密度ε1,ε3と攪拌時間t1,t2とを用いて、式(1)で算出される指標E(以降、攪拌仕事量Eと呼ぶ)が、800〜1500の範囲となるように精錬処理を行う。攪拌仕事量Eの上下限値が800,1500となる理由については、後述する[実施例]で述べる。
【0031】
【数9】

【0032】
使用しない精錬方法に関しては、精錬時間が0minとする。すなわち、VADなどの減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬やASEA−SKFなどの取鍋内電磁誘導攪拌精錬を行わない場合は、t1'=0,t2=0とする。
もし、2次精錬装置1が減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬装置である場合、その攪拌動力密度ε1'は、前述した式(2')を用いて計算するとよい。
【0033】
【数10】

【0034】
また、2次精錬装置1が、取鍋内電磁誘導攪拌精錬装置である場合、その攪拌動力密度ε2は、式(3)で与えられることが「大西ら:鉄と鋼,第69巻,1983年,A53頁」に開示されているため、その式に基づいて攪拌動力密度ε2を算出するとよい。
【0035】
【数11】

【0036】
[鋼線材の成分]
なお、本願発明により製造される鋼線材の成分は、先に述べた如く、C:0.4〜1.3質量%質量%,Si:0.1〜2.5質量%,Mn:0.2〜1.0質量%,Al:0.003質量%以下の組成を有するものを対象としている。かかる成分を得る目的のためにも、2次精錬中に用いるスラグ13組成を、CaO/SiO2=0.5〜1.5,Al2O3=3〜25質量%,MgO=3〜25質量%としている。
さらに、鋼線材が高い耐疲労性を備えるためには、好ましくは、精錬処理後の溶鋼4が[Ni]=0.05〜1質量%、[Cu]=0.05〜1質量%、[Cr]=0.05〜1.5質量%の1種または2種以上の成分を含有する、言い換えるならば、製品の鋼線材の組成が、Ni=0.05〜1質量%、Cu=0.05〜1質量%、Cr=0.05〜1.5質量%の1種または2種以上の成分を有するとよい。
【0037】
加えて、上記成分以外に、精錬処理後の溶鋼4が、[Li]=0.02〜20 質量ppm、[Na]=0.02〜20 質量ppm、[Ce]=3〜100質量ppm、[La]=3〜100質量ppmの1種または2種以上の成分を含有する、言い換えるならば、製品の鋼線材の組成が、Li=0.02〜20 質量ppm、Na=0.02〜20 質量ppm、Ce=3〜100質量ppm、La=3〜100質量ppmの1種または2種以上の成分を有するものであるとよい。
以上述べた鋼線材の化学成分の上下限値について詳説する。
C量が0.4〜1.3質量%であることに関しては、Cは鋼材の強度向上に有用な元素であり、本鋼材は高強度が必要とされる弁バネ等の鋼線材に用いられることを鑑み、0.4質量%以上含有させることが望ましい。さらに望ましくは0.5質量%以上である。しかし、C量が多くなりすぎると鋼が脆化して伸線性が損なわれるので、1.3質量%以下に、好ましくは1.2質量%以下に抑えるのがよい。
【0038】
Si量が0.1〜2.5質量%であることに関しては、Siは脱酸作用を有しており、この作用を発揮させるには0.1質量%以上含有させることが好ましく、さらに好ましくは、0.2質量%以上含有させるとよい。ただし、Si量が多くなりすぎると脱酸生成物としてSiO2生成量が多くなり過ぎ、伸線性が損なわれるので、2.5質量%以下、望ましくは2.3質量%以下に抑えるのがよい。
Mn量が0.2〜1.0質量%であることに関しては、MnはSiと同様に脱酸作用を有するとともに、介在物制御作用を有しており、これらの作用を有効に発揮させるには0.2質量%以上含有させることが好ましい。さらに好ましくは、0.3質量%以上である。ただし、Mn量が多くなりすぎると鋼材が脆化して伸線性が損なわれるので1.0質量%以下に抑えることが望ましく、さらに望ましくは0.9質量%以下に抑えることである。
【0039】
本発明にかかる鋼線材又は鋼線材の元となる溶鋼4の組成は上記の通りであり、残部は実質的にFeと不可避的不純物であるが、必要により次に述べる元素を選択成分として積極的に添加することによって、伸線性などを一段と高めることも有効である。
選択元素として、Ni=0.01〜1質量%,Cu=0.01〜1質量%,Cr=0.01〜1.5質量%から選ばれる少なくとも1種以上の元素を採用することは好ましい。
Niは、鋼線の強度上昇にはあまり寄与しないが、鋼線材の靭性を高める効果を発揮する。しかしながら、1質量%を超えて含有させても効果は飽和するので、下限を0.01質量%、好ましくは0.02質量%、上限を1質量%、好ましくは0.9質量%とする。
【0040】
Cuは、析出効果作用によって鋼線の高強度化に寄与する元素である。しかしながら過剰に添加すると結晶粒界に偏析し、鋼材の熱間圧延工程で割れやキズを発生させる原因になるので、下限を0.01質量%、好ましくは0.02質量%、上限を1質量%、好ましくは0.9質量%とする。
Crは、伸線加工時における加工硬化率を高める作用があり、比較的低い加工率でも高い強度が得られ易くなる。しかも、Crは鋼の耐蝕性を高める作用も有している。しかしながら、多量に含有させ過ぎると、パーライト変態に対する焼き入れ性が高くなってパテンティング処理が困難になり、さらに2次スケールが緻密になり過ぎてメカニカル・デスケーリング性および酸洗性が劣化するので下限を0.01質量%、好ましくは0.02質量%、上限を1.5質量%、好ましくは1.4質量%とする。
【0041】
さらに好ましくは、選択元素として、Li=0.02〜20 質量ppm、Na=0.02〜20 質量ppm、Ce=3〜100質量ppm、La=3〜100質量ppmから選ばれる少なくとも1種以上の元素を採用するとよい。
これらの元素は、鋼中の非金属介在物をより軟質化する作用がある。しかし、過剰に入れても効果は飽和する。そのため、Liの下限は0.02質量ppm、好ましくは0.03質量ppm、上限は20質量ppm、好ましくは、10質量ppmである。Naの下限は0.02質量ppm、好ましくは0.03質量ppmであり、上限は20質量ppm、好ましくは10質量ppmである。Ceの下限は3質量ppm、好ましくは5質量ppmであり、上限は100質量ppm、好ましくは80質量ppmである。Laの下限は3質量ppm、好ましくは5質量ppmであり、上限は100質量ppm、好ましくは80質量ppmである。
【実施例】
【0042】
以下、本発明にかかる鋼材の製造方法に基づき溶鋼4を2次精錬した場合(実施例)と、何らかの条件を満たさないで2次精錬した場合(比較例)とについて述べる。これら複数の実施例と比較例とから、攪拌仕事量Eの範囲が得られることになる。
実施例、比較例とも、溶銑予備処理工程においてPとSを所定の濃度にまで低下させた溶銑100ton又は240tonを転炉14に装入し、所定の濃度にまで脱炭吹錬した。その後、吹錬後の溶鋼4を取鍋5へ出鋼し、取鍋ガス攪拌精錬装置、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬装置、取鍋内電磁誘導攪拌精錬装置、還流式脱ガス精錬装置の少なくとも1つ以上でスラグ精錬を実施し、連続鋳造機にて断面430×300mm又は600×380mmの鋳片に鋳造した。この鋳片を1260℃に加熱し、155mm角までの分塊圧延し、その後、φ8mmの鋼線材へ熱間圧延した。
【0043】
表1,表2にはそれらの結果をまとめてある。
表1は、各精錬処理の条件とその際の攪拌仕事量Eが記してあり、表2には、各精錬条件における鋼種成分、スラグ組成、最終的な非延性介在物指数、折損率が記してある。表1の実施例1は表2の実施例1と対応する。
非延性介在物指数は、次のようにして算出した。
φ8.0mm線材の軸心を含む任意の断面1280mm2又は960mm2を光学顕微鏡やEPMAにて観察し、圧延方向に垂直な幅が5μm以上の介在物を選び出し、5μm以上7.5μm未満のものが存在した場合を1点、7.5μm以上10μm未満が存在した場合を2点、10μm以上20μm未満のものが存在した場合を10点、20μm以上が存在した場合を15点というように介在物の点数付けし、それらを総和したものを非延性介在物指標とした。なお、非延性介在物指標(合計点数)は、100mm2あたりに換算することとする。5μm未満の介在物は全て0点となり、点数付けの対象とはならない。
【0044】
この指標の値が小さいほど、スラグ精錬によって、軟質で延性に富む介在物に制御されたことを意味する。
折損率は、次のようにして算出した。
すなわち、実施例、比較例のφ8.0mmの鋼線材に対し、中村式回転曲げ疲労試験を実施した。かかる鋼線材は、オイルテンパー処理、歪取焼鈍、ショットピーニング処理、再度歪取焼鈍を施した後、中村式回転曲げ疲労試験機を用いて疲労破壊試験を行った。
試験条件としては、鋼線材の試験片長さ650mmの試験片本数を50本用意し、試験荷重=95.8kgf/mm2、回転速度=4500rpmにて、2×107回の曲げを加えた(試験中止回数)。この試験中止回数までに、破断してしまった試験片の本数を折損本数としてカウントし、折損率=折損本数/(全ての試験片本数=50本)×100(%)で折損率を算出した。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
実施例1〜6は、Arガスを吹き込む取鍋ガス攪拌を行い溶鋼4の2次精錬を実施した場合を示している。実施例5は減圧下で2次精錬を行い、実施例6は、取鍋ガス攪拌精錬を行った後、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬を行っている。実施例7〜10は、取鍋内電磁誘導攪拌精錬を行った後、取鍋ガス攪拌精錬を行っている。逆に、実施例11,12は、取鍋ガス攪拌精錬→取鍋内電磁誘導攪拌精錬の処理を実施している。実施例13,14は、取鍋内電磁誘導攪拌精錬の処理のみ、実施例15,16は、取鍋ガス攪拌精錬→還流式脱ガス精錬の処理を実施している。
【0048】
いずれの場合であっても、攪拌仕事量Eは800〜1500の範囲内であり、折損率は40%以下となっている。スラグ組成や鋼種成分は、実施の形態で述べた組成範囲を満たすものとなっている。
一方、比較例17〜22は、取鍋ガス攪拌のみを行っており、比較例23,24は、取鍋内電磁誘導攪拌精錬と取鍋ガス攪拌精錬とを実施している。比較例25,26は、取鍋内電磁誘導攪拌精錬の処理のみ、比較例27,28は、取鍋ガス攪拌精錬→還流式脱ガス精錬の処理を実施している。比較例29,30は、還流式脱ガス精錬のみを実施している。
【0049】
いずれの場合であっても、スラグ組成や鋼種成分は、実施の形態で述べた組成範囲を満たしてはいるが、攪拌仕事量Eは800〜1500の範囲を外れており、折損率は40%を越えていて、好ましくない。
図2,図3は、に示す実験結果や実操業データをグラフ化したものである。
図2に、実験結果に基づいて得られた介在物指標とばね鋼線材の中村式回転曲げ試験における折損率が示されている。
図3は、実験結果に基づいて得られた「攪拌仕事量Eと延性のない非金属介在物の存在する率(非延性介在物指標)の関係」を示すものとなっている。
【0050】
中村式回転曲げ試験において、折損率が40%を超えると、製品が実使用された場合の折損率は1%を超える場合があり、非常に問題であることは当業者においてはよく知られている。ゆえに、図2から判断するに、中村式回転曲げ試験による折損率を40%を越えないためには、非延性介在物指標を2.0以下とすることが好ましい。
このことを知見した上で図3を鑑みれば、攪拌仕事量Eを800≦E≦1500にすることで、従来実現できなかった「非延性介在物指標≦2.0」を確実に満たすことができる。そこで、本願発明においては、取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬の1つ又は2つ以上組み合わせて溶鋼4の精錬処理を行う際に、取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬のそれぞれの攪拌動力密度をε1,ε1',ε2,ε3、精錬時間をt1,t1',t2,t3とした際に、式(1)で算出されるEが800〜1500の範囲内になるようにしている。
【0051】
好ましくは、介在物指標は1.5以下、上記試験における折損率は30%以下を満たすことを目標にすれば、攪拌仕事量Eが1000〜1300の範囲となるように、2次精錬を行うとよい。なお、攪拌仕事量Eが小さすぎると溶鋼4とスラグ13の接触頻度は低く、硬質介在物を軟質に変化させる効果は小さい。逆に攪拌仕事量Eが大きければ大きいほど、溶鋼4とスラグ13の接触頻度は高くなるが、溶鋼4容器の内張耐火物の損耗が激しくなり、かえって硬質介在物を増加させてしまう結果となる。
なお、本明細書に記載した実施形態は本発明の例示であって、これに限定するものではない。
【0052】
すなわち、2次精錬装置1として、LF装置2、RH装置3が単独で使用される、又は、LF装置2とRH装置3とが組み合わせて使用されるものを例示した。しかしながら、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬装置や取鍋内電磁誘導攪拌精錬装置を単独で使用した2次精錬装置に対しても、本願発明の技術は適用可能である。当然ながら、取鍋ガス攪拌精錬装置(LF装置2)、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬(RH装置3)を適宜組み合わせた2次精錬装置にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】溶鋼の2次精錬を例示した模式図である。
【図2】非延性介在物指数と折損率との関係を示した図である。
【図3】攪拌仕事量と非延性介在物指数との関係を示した図である。
【符号の説明】
【0054】
1 2次精錬装置
2 取鍋ガス攪拌精錬装置(LF装置)
3 還流式脱ガス精錬装置(RH装置)
4 溶鋼
5 取鍋
6 吹き込み装置
7 電極式加熱装置
8 供給装置
9 ポーラス吹込口
10 脱ガス槽
11 上昇管
12 下降管
13 スラグ
14 転炉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C=0.4〜1.3質量%,Si=0.1〜2.5質量%,Mn=0.2〜1.0質量%,Al=0.003質量%以下の組成を備える疲労特性に優れた鋼線材を製造する製造方法において、
前記鋼線材の元となる溶鋼の精錬処理を行うにあたり、該精錬処理は取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬のいずれか1つ又は2つ以上を組み合わせたものとし、
該精錬処理で使用するスラグの組成を、CaO/SiO2=0.5〜1.5,Al2O3=3〜25質量%,MgO=3〜25質量%とし、
さらに、前記取鍋ガス攪拌精錬、減圧槽内取鍋ガス攪拌精錬、取鍋内電磁誘導攪拌精錬、還流式脱ガス精錬のそれぞれの攪拌動力密度をε1,ε1',ε2,ε3、精錬時間をt1,t1’,t2,t3とした際に、式(1)で算出される指標Eが800〜1500の範囲内になるように、前記溶鋼の精錬処理を行うことを特徴とする疲労特性に優れた鋼線材の製造方法。
【数1】

【請求項2】
前記鋼線材が、Ni=0.05〜1質量%、Cu=0.05〜1質量%、Cr=0.05〜1.5質量%の1種または2種以上の成分を含有するように、前記溶鋼の精錬処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の鋼線材の製造方法。
【請求項3】
前記鋼線材が、Li=0.02〜20 質量ppm、Na=0.02〜20 質量ppm、Ce=3〜100質量ppm、La=3〜100質量ppmの1種または2種以上の成分を含有するように、前記溶鋼の精錬処理を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼線材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−150683(P2008−150683A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−341347(P2006−341347)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】