説明

直動装置

【課題】無潤滑条件,希薄潤滑条件等の厳しい潤滑条件下で使用されても長寿命で、真空環境且つ非磁性が要求される環境下においても使用可能な直動装置を提供する。
【解決手段】ボールねじのねじ軸1,ナット2,及びボール3は、その表面にショットブラスト処理が施された窒化ケイ素で構成されている。このショットブラスト処理により、直線状の転位組織が表面に均一に形成されていて、転位組織の転位密度は1×104 cm-2以上9×1013cm-2以下とされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボールねじ,リニアガイド装置等の直動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体,液晶パネル,ハードディスク等の製造工程においては、電子線を利用した露光装置,描画装置,検査装置が使用されており、これらの装置においては、電子線が照射されるシリコンウエハの移動にリニアガイド装置,ボールねじ等の直動装置が使用されている。このような直動装置に磁性材を用いると、直動装置の作動によって周辺の磁場が乱されて、測定精度や製造精度(描画精度)が低下するおそれがある。よって、このような装置に使用される直動装置には、作動によって周辺の磁場を乱さないことが要求される。
【0003】
磁場環境下で使用可能な直動装置としては、転動体がセラミックで構成され、それ以外の部材がオーステナイト系ステンレス鋼で構成されたものがある。そして、このような直動装置には、潤滑剤としてフッ素グリースが使用されている。
一方、真空環境下で使用される直動装置は、真空環境を汚染しないように、無潤滑あるいは無潤滑に近い希薄潤滑条件で使用可能であることが望まれている。
【特許文献1】特開2004−11804号公報
【特許文献2】特開平9−217745号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述のセラミック及びオーステナイト系ステンレス鋼で構成された直動装置は、フッ素グリースのような潤滑剤が必要なので、この直動装置を真空環境下で使用すると、真空環境を汚染してしまうおそれがあった。
そこで、本発明は、前述のような従来技術が有する問題点を解決し、無潤滑条件,希薄潤滑条件等の厳しい潤滑条件下で使用されても長寿命で、真空環境且つ非磁性が要求される環境下においても使用可能な直動装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の直動装置は、軌道面を有し軸方向に延びる案内部材と、前記案内部材の軌道面に対向する軌道面を有するとともに前記両軌道面の間に転動自在に配された複数の転動体の転動を介して軸方向に直線移動可能に前記案内部材に支持された可動部材と、を備える直動装置において、前記案内部材,前記可動部材,及び前記転動体のうち少なくとも一つを、直線状の転位組織が表面に均一に分布したセラミックで構成したことを特徴とする。
【0006】
また、本発明に係る請求項2の直動装置は、請求項1に記載の直動装置において、前記セラミックの転位組織の転位密度を1×104 cm-2以上9×1013cm-2以下としたことを特徴とする。
このような構成の直動装置は、前記セラミックの非磁性が優れているので、非磁性が要求される環境下においても使用可能である。また、前記セラミックは耐摩耗性や耐焼付き性が優れているため、無潤滑条件,希薄潤滑条件等の厳しい潤滑条件下で使用されても、長寿命であるとともに、摩耗粉による外部環境の汚染が生じにくい。よって、本発明の直動装置は、真空環境且つ非磁性が要求される環境下においても好適に使用可能である。
【0007】
直線状の転位組織が表面に均一に分布したセラミックの種類は特に限定されるものではないが、塑性加工を施すことによって直線状の転位組織を表面に均一に形成させたセラミックが好ましい。このようなセラミックは、前記転位組織の形成により強靱化,高硬度化されているので、本発明の直動装置の素材として好適である。塑性加工としては、常温環境下においてセラミックの表面に噴射材を噴射するショットブラスト処理が好ましい。噴射材としては、被処理物であるセラミックよりも硬さが低く、且つ、表面が凸曲面でエッジを有していない微粒子が好ましい。
前記転位組織の転位密度が1×104 cm-2未満であると、セラミックの靱性や硬さが不十分である場合がある。一方、9×1013cm-2超過であると、チッピングが生じやすくなる。
【0008】
なお、本発明は種々の直動装置に適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。本発明における可動部材とは、直動装置がボールねじの場合には通常はナット、同じくリニアガイド装置の場合には通常はスライダ、同じく直動ベアリングの場合には通常は外筒をそれぞれ意味する。また、案内部材とは、直動装置がボールねじの場合には通常はねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には通常は案内レール、同じく直動ベアリングの場合には通常は軸をそれぞれ意味する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の直動装置は、無潤滑条件,希薄潤滑条件等の厳しい潤滑条件下で使用されても長寿命で、真空環境且つ非磁性が要求される環境下においても使用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に係る直動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明に係る直動装置の一実施形態であるボールねじの構造を示す断面図である。
このボールねじは、断面円弧状の螺旋状のねじ溝1aを外周面に有するねじ軸1と、ねじ軸1のねじ溝1aに対向する断面円弧状の螺旋状のねじ溝2aを内周面に有しねじ軸1に螺合される円筒状のナット2と、ねじ軸1のねじ溝1aとナット2のねじ溝2aとで形成される断面ほぼ円形の螺旋状のボール転動路6に転動自在に装填された多数のボール3と、を備えている。なお、ねじ軸1が本発明の構成要件である案内部材に相当し、ナット2が本発明の構成要件である可動部材に相当する。また、ねじ溝1a,2aの内面が、ボール3が転動する軌道面を形成している。
【0011】
また、ナット2には略コ字状に屈曲したリターンチューブ7が備えられていて、ボール転動路6内のボール3がリターンチューブ7を通って循環されるようになっている。すなわち、ボール転動路6内を転動するボール3は、該ボール転動路6内を移動しねじ軸1の回りを複数回回ってから、ボール転動路6の一端でリターンチューブ7の一方の端部にすくい上げられる。すくい上げられたボール3は、リターンチューブ7の中を通って、リターンチューブ7の他方の端部からボール転動路6の他端に戻される。
【0012】
そして、ボール3を介してねじ軸1に螺合されているナット2と、ねじ軸1とが、この多数のボール3の転動を介して相対回転運動することにより、ねじ軸1とナット2とが軸方向に相対移動するようになっている。
ボールねじのねじ軸1,ナット2,及びボール3は、その表面にショットブラスト処理が施され強靱化された窒化ケイ素で構成されている。ショットブラスト処理により、直線状の転位組織が表面に均一に形成されていて、転位組織の転位密度は1×104 cm-2以上9×1013cm-2以下とされている。ただし、ねじ軸1,ナット2,及びボール3の全てをセラミックで構成するのではなく、いずれか一つ又は2つをセラミックで構成し、残りを鋼等で構成してもよい。
【0013】
ショットブラスト処理は、被処理物(ねじ軸1,ナット2,及びボール3)の表面に噴射材を噴射する処理であるが、処理時の環境温度は常温であることが好ましく、噴射材は窒化ケイ素よりも硬さが低く且つ表面が凸曲面でエッジを有していない微粒子(例えばアルミナ粒子)であることが好ましい。
また、ショットブラスト処理前後の被処理物の表面粗さRaの変化が、0.02μm未満であることが好ましい。表面粗さRaの変化が0.02μm以上となると、ショットブラスト処理の効果が不十分となるおそれがある。また、直動装置の構成部品であるねじ軸1,ナット2,及びボール3の表面については、表面粗さはできるだけ小さい方が好ましい。さらに、表面粗さRaの変化が0.02μm未満となるようなショットブラスト処理であれば、処理による寸法変化も小さいため好ましい。なお、ショットブラスト処理の後にバレル処理やホーニング処理を施して、表面粗さを良好にしてもよい。
【0014】
表面粗さRaの変化が0.02μm未満となるようにするためには、ショットブラスト処理の条件を以下のように設定することが好ましい。
噴射材の平均粒径:50μm以上100μm以下
噴射圧 :0.1MPa以上0.6MPa以下(より好ましくは0.2MPa以上0.5MPa以下)
噴射速度 :30m/s以上90m/s以下
噴射量 :200g/min以上800g/min以下
このような条件でショットブラスト処理を施せば、転位組織の転位密度をより好ましい値である1×1010cm-2以上1×1013cm-2以下とすることができる。
【0015】
このような本実施形態のボールねじは、非磁性に優れるセラミックで構成されているので、非磁性が要求される環境下においても使用可能である。また、直線状の転位組織の形成によりセラミックが強靱化,高硬度化されており、耐摩耗性や耐焼付き性が優れているので、無潤滑条件,希薄潤滑条件等の厳しい潤滑条件下で使用されても、長寿命である。例えば、通常のセラミックに比べて潤滑剤の量を1/2以下としても、長期間にわたって問題なくボールねじが作動する。よって、本実施形態のボールねじは、真空環境且つ非磁性が要求される環境下においても好適に使用可能である。
【0016】
さらに、本実施形態のボールねじは、通常のセラミックで構成されたボールねじに比べて低トルクである。さらに、本実施形態のボールねじは、高荷重下で使用されても、剥離,クラック等の損傷が生じにくく長寿命である。さらに、耐食性に優れるセラミックで構成されているので、薬品の雰囲気中等の腐食性環境下においても使用可能である。
【0017】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、セラミックの種類は窒化ケイ素であったが、窒化ケイ素に限定されるものではなく、炭化ケイ素,アルミナ等の他種のセラミックも問題なく使用可能である。
また、本実施形態においては、直動装置の例としてボールねじをあげて説明したが、ボールねじに限らず、他の種類の様々な直動装置に対して適用することができる。例えば、リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
【0018】
〔実施例〕
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
〔焼付き試験について〕
ASTM D 2596に規定された高速四球試験機に類似の試験機を用いて評価した。すなわち、3個の特殊ステンレス鋼球(表面処理を施したもの、直径1/2インチ)を相互に接するように正三角形状に配置して固定し、その中心に形成された凹部に1個のセラミック球を載置した。そして、ISO粘度グレードがISO VG22である潤滑油を前記4つの球に所定量塗布した後に、荷重(面圧1.5GPa)を負荷した状態で、セラミック球を一定の速度(滑り速度1.5m/s)で回転させ、いずれかの球に焼付きが生じるまでの時間を測定した。
【0019】
このような焼付き試験を、前述のような処理により直線状の転位組織が形成され強靱化されたセラミック(以降は強靱化セラミックと記す)と、前述のような処理が施されていない通常のセラミック(以降は未処理セラミックと記す)とについて行った。それぞれのセラミックについて上記のような試験を3回行って、その平均値を各セラミックの焼付き時間とした。結果を図2のグラフに示す。なお、このグラフに示した焼付き時間は、セラミックの種類が未処理セラミックで、使用した潤滑油の量が10μlである試験の焼付き時間を1とした場合の相対値で示してある。
図2のグラフから分かるように、強靱化セラミックの場合は、潤滑油の使用量を未処理セラミックの場合の約1/2にしても焼付き時間が同等であった。
【0020】
〔耐久試験について〕
日本精工株式会社製の型番W2503SA−2P−C5Z5のボールねじ(軸径25mm、リード5mm)にフッ素グリース5mlを封入し、図3に示すような試験装置に取り付けて、ねじ軸をスピンドルで回転させることにより、ナットの移動速度3m/s、負荷荷重98N、雰囲気温度140℃の条件で駆動した。そして、ナットに取り付けた加速度ピックアップにより測定した振動値が12mm2 /sを超えた時点の駆動時間を、ボールねじの耐久寿命とした。なお、このボールねじのねじ軸及びナットは鋼製であり、転動体はセラミック製である。
【0021】
結果を図4のグラフに示す。なお、このグラフに示した耐久寿命は、転動体が未処理セラミックで構成されたボールねじの耐久寿命を1とした場合の相対値で示してある。グラフから分かるように、強靱化セラミックで転動体を構成した場合は、未処理セラミックで転動体を構成した場合の約3.2倍の耐久寿命を有していた。
【0022】
〔動トルク試験について〕
耐久試験と同様に、ねじ軸をスピンドルで回転させることにより、ナットの移動速度1m/s、負荷荷重98N、雰囲気温度25℃の条件で駆動した。そして、荷重検出器により、定常運転の動トルクを測定した。結果を図5のグラフに示す。なお、このグラフに示した動トルクは、転動体が未処理セラミックで構成されたボールねじの動トルクを1とした場合の相対値で示してある。グラフから分かるように、強靱化セラミックで転動体を構成した場合は、未処理セラミックで転動体を構成した場合の約0.5倍という低トルクであった。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の直動装置は、磁場環境下において好適に使用可能である。例えば、半導体製造工程における電子線を利用した露光装置,描画装置,検査装置の直動支持部を構成する直動装置として好適である。また、本発明の直動装置は、腐食環境下においても好適に使用可能である。例えば、液晶パネル製造工程,半導体製造工程,ハードディスク製造工程,コンデンサー製造工程等における各種洗浄装置の直動支持部を構成する直動装置として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係る直動装置の一実施形態であるボールねじの構造を示す断面図である。
【図2】焼付き試験の結果を示すグラフである。
【図3】耐久試験及び動トルク試験の試験装置の構造を示す図であり、(a)は試験装置の側面図、(b)は(a)のa−a断面図である。
【図4】耐久試験の結果を示すグラフである。
【図5】動トルク試験の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0025】
1 ねじ軸
1a ねじ溝
2 ナット
2a ねじ溝
3 ボール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面を有し軸方向に延びる案内部材と、前記案内部材の軌道面に対向する軌道面を有するとともに前記両軌道面の間に転動自在に配された複数の転動体の転動を介して軸方向に直線移動可能に前記案内部材に支持された可動部材と、を備える直動装置において、
前記案内部材,前記可動部材,及び前記転動体のうち少なくとも一つを、直線状の転位組織が表面に均一に分布したセラミックで構成したことを特徴とする直動装置。
【請求項2】
前記セラミックの転位組織の転位密度を1×104 cm-2以上9×1013cm-2以下としたことを特徴とする請求項1に記載の直動装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−327630(P2007−327630A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−161319(P2006−161319)
【出願日】平成18年6月9日(2006.6.9)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】