説明

硬質被膜および硬質被膜被覆工具

【課題】共有結合やイオン結合によって構成されている硬質被膜に、生産性や被膜性能を大きく損なうことなく所定の導電性を持たせて、通電センサ等によって通電の有無を検出する場合にも使用できるようにする。
【解決手段】共有結合またはイオン結合によって構成されている機能層34の上に、機能層34と同じ組成であるが非金属元素の割合が機能層34よりも低い導電層36を設け、所定の導電性が得られるようにする。すなわち、非金属元素の割合が減ることで共有結合或いはイオン結合の割合が減少し、その分だけ金属結合の割合が増加して導電性が高くなる。これにより、通電センサ等によって検出される通電の有無などで位置を検出したり異常を検知したりする場合にも用いることができる。しかも、導電層36は、機能層34と同じ組成で非金属元素の割合を低くしただけであるため、被膜性能や生産性の低下を最小限に抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共有結合またはイオン結合によって構成されている非導電性の硬質被膜に関し、特に、通電センサ等によって検出される通電の有無で位置を検出したり異常を検知したりする場合にも用いることができるように導電性を持たせる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ドリルやエンドミル、フライス、バイト等の切削工具、盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具などの種々の加工工具、或いは耐摩耗性が要求される摩擦部品など、種々の部材において、基材の表面に硬質被膜をコーティングすることにより、耐摩耗性や耐熱性、耐久性等を向上させることが提案されている(特許文献1参照)。そして、このような硬質被膜の一種に、例えばAlCrNのように共有結合やイオン結合によって構成されているものがあり、これ等は一般に高硬度で靱性に優れており、高い耐摩耗性、耐熱性が得られる。
【特許文献1】特開2002−160129号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、このような共有結合やイオン結合によって構成されている硬質被膜は自由電子を持たないため所定の導電性が得られず、通電センサ等によって検出される通電の有無で位置を検出したり異常を検知したりする場合には用いることができない。例えば、AlNの電気抵抗は約1015μmΩ・cmで、Al2 3 の電気抵抗は約1020μmΩ・cmとされており(何れも文献値)、一般的な通電センサの使用が可能な0.1μmΩ・cmに比べて遥かに大きい。これに対し、これ等の硬質被膜の上に更に金属結合を有する硬質被膜をコーティングすることが考えられるが、別工程の追加で生産性が低下して製造コストが高くなるだけでなく、最表層は被膜性能に大きく影響するため、その被膜性能の低下が懸念されて好ましくない。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、共有結合やイオン結合によって構成されている硬質被膜に、生産性や被膜性能を大きく損なうことなく所定の導電性を持たせて、通電センサ等によって通電の有無を検出する場合にも使用できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、所定の基材の表面に設けられる硬質被膜であって、(a) 金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されている共有/イオン結合層を有する機能層と、(b) 前記共有/イオン結合層と同じ組成であるが 所定の導電性が得られるように前記非金属元素の割合がその共有/イオン結合層よりも低くされ、被膜表面を構成するように前記機能層の上に設けられている導電層と、を有することを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明の硬質被膜において、(a) 前記導電層は、前記非金属元素の割合が前記共有/イオン結合層に対して原子量比で40%〜90%の範囲内とされており、(b) その導電層の膜厚は0.02μm〜1μmの範囲内であることを特徴とする。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、前記機能層は、一定の組成で構成されている前記共有/イオン結合層の単層であることを特徴とする。
【0008】
第4発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、前記機能層は、組成が異なる複数種類の共有/イオン結合層が積層された多層構造を成しており、前記導電層はその複数種類の共有/イオン結合層の何れか一つと同じ組成であることを特徴とする。
【0009】
第5発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、前記機能層は、前記共有/イオン結合層の他にDLC(Diamond Like Carbon ;ダイヤモンド状カーボン)、BN、およびCNの何れかの硬質層が積層された多層構造を成していることを特徴とする。
【0010】
第6発明は、第1発明〜第5発明の何れかの硬質被膜において、前記共有/イオン結合層は、TiO2 、ZrO2 、HfO2 、Al2 3 、TiAlO4 、AlN、AlCrN、或いはTiMOX 、ZrMOX 、HfMOX 、Al2 MOX 、TiAlMOX 、AlMN、AlCrMN(但し、Mは金属元素、C、Si、Bの何れかで、20原子%以下の割合で含まれる)の何れかであることを特徴とする。なお、「OX 」のXは、Mの種類によって定まるO(酸素)の組成比である。
【0011】
第7発明は、基材の表面に硬質被膜が設けられている硬質被膜被覆工具であって、その硬質被膜は、第1発明〜第6発明の何れかの硬質被膜であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1発明の硬質被膜は、金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されている共有/イオン結合層を有する機能層と、その機能層の上に被膜表面を構成するように設けられた導電層とを備えており、その導電層は、共有/イオン結合層と同じ組成であるが非金属元素の割合が共有/イオン結合層よりも低くされているため、共有/イオン結合層に比較して高い導電性が得られるようになる。すなわち、非金属元素の割合が減ることで共有結合或いはイオン結合の割合が減少し、その分だけ金属結合の割合が増加して導電性が高くなるのである。これにより、通電センサ等によって検出される通電の有無などで位置を検出したり異常を検知したりする場合にも用いることが可能となる。しかも、導電層は、共有/イオン結合層と同じ組成で非金属元素の割合を低くしただけであるため、全く異なる組成の導電層を設ける場合に比較して、被膜性能や生産性の低下を最小限に抑えることができる。
【0013】
第2発明では、上記導電層の非金属元素の割合が共有/イオン結合層に対して原子量比で90%以下であるため、その共有/イオン結合層に比較して高い導電性が得られるようになり、例えば工具の位置決め等に用いられる通電センサの使用が可能な0.1μmΩ・cm程度以下まで電気抵抗を低減できる一方、40%以上であるため、硬度が大幅に低下することを回避して実用上満足できる被膜性能を維持することができる。また、導電層の膜厚が0.02μm以上であるため、導電層を設けたことによる導電性の向上効果が適切に得られるとともに、1μm以下であるため、導電層の存在で硬さが低下したり導電層が剥離したりして被膜性能が損なわれることが実用上満足できる範囲に抑えられる。
【0014】
第3発明〜第5発明は、共有/イオン結合層を有する機能層の具体的態様で、第6発明は、共有/イオン結合層の組成の具体的態様である。また、第7発明の硬質被膜被覆工具は、第1発明〜第6発明の何れかの硬質被膜で被覆されているため、実質的に第1発明〜第6発明と同様の作用効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、ドリルやフライス等の回転切削工具、バイト等の非回転の切削工具、或いは盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具など、種々の硬質被膜被覆工具に好適に適用されるが、このような加工工具以外でも軸受部材など耐摩耗性や耐熱性等が要求される種々の部材の硬質被膜に適用され得る。
【0016】
共有/イオン結合層を構成する金属元素は、例えばTi(チタン)やZr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)、Al(アルミニウム)、Cr(クロム)、V(バナジウム)などで、TiAl、AlCr等の合金の形で含まれていても良く、非金属元素は、例えばO(酸素)やN(窒素)などである。
【0017】
共有/イオン結合層および導電層は、アークイオンプレーティング法やイオンビーム支援蒸着法、スパッタリング法等のPVD法によって好適に成膜できるが、プラズマCVD法、熱CVD法等の化学蒸着法(CVD法)など他の成膜法を採用することもできる。O(酸素)やN(窒素)等の非金属元素の含有量は、成膜条件を変更することによって調整することが可能で、例えばアークイオンプレーティング法では、それ等の非金属元素のガスの導入流量を制御することによって調整できる。
【0018】
導電層は、非金属元素の割合が共有/イオン結合層に対して原子量比で40%よりも低いと、硬度が大幅に低下して被膜性能が損なわれる一方、90%を超えると十分な導電性が得られないため、40%〜90%の範囲内とすることが望ましい。工具の位置決め等に用いられる通電センサは、一般に電気抵抗が0.1μmΩ・cmを超えると機能しなくなるため、電気抵抗が0.1μmΩ・cm以下になるように非金属元素の割合の上限を90%以下に設定した。但し、導電層の組成や膜厚によって硬さ等の被膜性能や導電性は異なるため、所望の被膜性能や導電性が得られることを条件として、導電層の組成や膜厚等に応じて非金属元素の割合は適宜定められれば良く、上記40%〜90%の範囲を超えて設定することも可能である。
【0019】
上記原子量比は、例えばXPS(光電子分析)で共有/イオン結合層および導電層における非金属元素の割合(原子%)をそれぞれ測定し、それ等の割合を比較して求めることができる。すなわち、共有/イオン結合層における非金属元素の割合(原子%)をa、導電層における非金属元素の割合(原子%)をbとした場合、共有/イオン結合層に対する導電層における非金属元素の原子量比は、(b/a)×100〔%〕で表すことができる。本明細書で記載の原子量比は、このXPS(光電子分析)で求めた場合の値である。
【0020】
導電層の膜厚は、0.02μmよりも薄いと導電層を設けたことによる導電性の向上効果が十分に得られない一方、1μmを超えると、導電層の存在で硬さが低下したり導電層が剥離し易くなったりして被膜性能が損なわれるため、0.02μm〜1μmの範囲内とすることが望ましい。但し、導電層の組成や非金属元素の割合によって硬さ等の被膜性能や導電性は異なるため、所望の被膜性能や導電性が得られることを条件として、導電層の組成や非金属元素の割合等に応じて膜厚は適宜定められれば良く、上記0.02μm〜1μmの範囲を超えて設定することも可能である。
【0021】
機能層は、第3発明〜第5発明のように種々の態様が可能であるが、必要に応じて機能層と基材との間に他の被膜を介在させることも可能である。第4発明および第5発明の機能層は、少なくとも2層以上の多層構造を成していれば良く、第4発明では、3種類以上の組成の共有/イオン結合層を積層することも可能である。第5発明では、共有/イオン結合層の他に、DLC(ダイヤモンド状カーボン)、BN(窒化硼素)、およびCN(窒化炭素)の何れかの硬質層が積層されるが、これ等以外の硬質層を積層することも可能である。BNは、c−BN、h−BNの他、アモルファス構造のものでも良い。
【0022】
第7発明の硬質被膜被覆工具の基材としては、超硬合金や高速度工具鋼等の硬質工具材料が好適に用いられるが、第1発明〜第6発明の実施に際しては、工具以外の基材に硬質被膜をコーティングする場合であっても良い。また、工具の位置決め等のために基材を介して通電が行われる場合は、導電層が基材に直接接触するように、共有/イオン結合層を有する機能層よりも広い範囲に導電層をコーティングすれば良い。硬質被膜の最表面を構成している導電層に直接通電される場合は、必ずしもその必要はない。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が好適に適用される2枚刃のボールエンドミル10を説明する図で、(a) は軸心Oと直角方向から見た正面図、(b) は先端部分の拡大図、(c) は(b) の上方すなわち先端側から見た底面図である。このボールエンドミル10は、円柱形状のシャンク12と、そのシャンク12の一端部に設けられた刃部14とを一体に有するもので、刃部14には、軸心Oに対して対称的に一対のボール刃16が設けられているとともに、そのボール刃16に連続して外周切れ刃18が設けられている。ボール刃16は、刃部14の先端の半球状部にそれぞれギャッシュ20に沿って設けられており、軸心O付近まで達しているとともに、軸心O側から外周側へ向かうに従って、言い換えれば工具先端から離間するに従って、切削回転方向(図1(c) において左まわり方向)と反対方向へ捩じれたスパイラル状に設けられ、所定のねじれ角の外周切れ刃18に滑らかに接続されている。このボールエンドミル10は硬質被膜被覆工具に相当し、超硬合金にて一体に構成されているとともに、刃部14の表面には硬質被膜32がコーティングされている。図1(a) の細かい斜線を付した部分は、硬質被膜32のコーティング領域を表している。
【0024】
図1の(d) は、刃部14における表面付近の拡大断面図で、超硬合金製の工具基材30の表面に硬質被膜32がコーティングされている。硬質被膜32は、工具基材30の表面に設けられた機能層34と、その機能層34の上に設けられた導電層36とから成り、その導電層36によって被膜表面が構成されている。機能層34は、金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されている一定の組成の共有/イオン結合層の単層で、例えばTiO2 、ZrO2 、HfO2 、Al2 3 、TiAlO4 、AlN、AlCrN、或いはTiMOX 、ZrMOX 、HfMOX 、Al2 MOX 、TiAlMOX 、AlMN、AlCrMN(但し、Mは金属元素、C、Si、Bの何れかで、20原子%以下の割合で含まれる)の何れかによって構成される。
【0025】
また、導電層36は、上記機能層34と同じ組成であるが、所定の導電性が得られるように非金属元素の割合が機能層34よりも低くされている。具体的には、非金属元素の割合の減少で硬度が大幅に低下して被膜性能が損なわれることを回避しつつ、電気抵抗が0.1μmΩ・cm以下になるように、非金属元素の割合が機能層34に対して原子量比で40%〜90%の範囲内とされている。また、この導電層36の膜厚D2は、導電層36を設けたことによる導電性の向上効果が適切に得られるとともに、導電層36の存在で硬さが低下したり導電層36が剥離し易くなったりして被膜性能が損なわれることが実用上満足できる範囲に抑えられるように、0.02μm〜1μmの範囲内で設定されている。この導電層36は機能層34のコーティング範囲よりも広い範囲に設けられ、一部は工具基材30の表面に直接接触させられており、工具の位置決めや折損検知等のためにボール刃16によって切削加工される被加工部材とシャンク12との間に通電センサによって電圧が印加されると、導電層36を介して電気が通電される。
【0026】
図4に示す試験品No1〜No26のうちNo4〜No6、No9〜No11、No14、No15、No18、No19、No22、No23、No25、No26は本実施例の具体例で、その他は比較例である。比較例のうち試験品No1、No13、No17、No21、およびNo24は導電層36を備えていない従来品で、試験品No2およびNo3は導電層36の非金属元素(ここでは窒素N)の原子量比が90%を超えている場合、試験品No7、No16、およびNo20は導電層36の非金属元素(ここでは窒素N)の原子量比が40%に満たない場合、試験品No8は導電層36の膜厚D2が0.02μm未満の場合、試験品No12は導電層36の膜厚D2が1μmを超えている場合である。なお、総膜厚Dは、図1の(d) に示すように機能層34の膜厚D1と導電層36の膜厚D2とを加算した膜厚(D1+D2)で、ここでは2.5μm〜3.5μmの範囲内で設定されている。
【0027】
上記硬質被膜32は、アークイオンプレーティング法やイオンビーム支援蒸着法、スパッタリング法等のPVD法によって好適に成膜される。図2は、アークイオンプレーティング装置40を説明する概略構成図(模式図)で、多数のワークすなわち硬質被膜32を被覆する前のボール刃16、外周切れ刃18等が形成された工具基材30を保持しているワーク保持具42、そのワーク保持具42を略垂直な回転中心まわりに回転駆動する回転装置44、工具基材30に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源46、工具基材30などを内部に収容している処理容器としてのチャンバ48、チャンバ48内に所定の反応ガスを供給する反応ガス供給装置50、チャンバ48内の気体を真空ポンプなどで排出して減圧する排気装置52、第1アーク電源54、第2アーク電源56等を備えている。ワーク保持具42は、上記回転中心を中心とする円筒形状或いは多角柱形状を成しており、先端が略水平に外側へ突き出す姿勢で多数の工具基材30を放射状に保持している。また、反応ガス供給装置50は、前記機能層34および導電層36に含まれて金属元素や合金と共有結合またはイオン結合される酸素(O2 )や窒素(N2 )等の非金属元素のタンクを備えており、それ等のガスを所定の流量でチャンバ48内に供給する。
【0028】
第1アーク電源54および第2アーク電源56は、何れも前記機能層34および導電層36に含まれて非金属元素と共有結合またはイオン結合されるAl等の金属元素やAlCr、AlCrV等の合金にて構成されている第1蒸発源58、第2蒸発源62をカソードとして、アノード60、64との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、それ等の蒸発源58、62から金属元素や合金を蒸発させるもので、蒸発した金属元素や合金は正イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具基材30に付着させられるとともに、反応ガス供給装置50から供給される酸素(O2 )や窒素(N2 )等の非金属元素と共有結合させられ、或いはイオン結合させられて、前記機能層34や導電層36が形成される。アーク電流やバイアス電圧等の成膜条件は、その機能層34や導電層36の組成等に応じて適宜定められ、それ等の膜厚D1、D2については、成膜時間で調整できる。また、非金属元素の原子量比が機能層34に対して40%〜90%の範囲内である導電層36を成膜する際には、その非金属元素のガスの導入流量を制御することによって40%〜90%の範囲内の所定の原子量比となるように調整することができる。
【0029】
図4は、上記のように構成された本実施例品(試験品No4〜No6、No9〜No11、No14、No15、No18、No19、No22、No23、No25、No26)と比較品(試験品No1〜No3、No7、No8、No12、No13、No16、No17、No20、No21、No24)とを用意し、導電層36の電気抵抗を調べるとともに、以下の加工条件で切削加工を行って切削性能(耐摩耗性)を調べた結果を説明する図である。比較品において網掛けを付した欄は、本実施例品の要件から外れている項目である。なお、図4の「電気抵抗」の欄の「Out of range」 は、抵抗値が大き過ぎて測定不能であったことを意味している。
(加工条件)
・工具形状:φ10、2枚刃の超硬ボールエンドミル
・被削材:S50C(JIS規格;機械構造用炭素鋼)
・切削距離:112m
・切削速度:3400min-1(107m/min)
・送り速度:340mm/min(0.05mm/t)
・切込み:aa=1.5mm、pf=0.5mm
・切削油剤:エア
・使用機械:縦型マシニングセンタ
【0030】
図4の試験結果から明らかなように、本実施例品(試験品No4〜No6、No9〜No11、No14、No15、No18、No19、No22、No23、No25、No26)の電気抵抗は、何れも一般的な通電センサの使用が可能な0.1μmΩ・cmよりも十分に低く、通電センサを用いて工具の位置決めを行ったり工具折損等を検知したりすることが可能である。また、ボール刃16の摩耗量は何れも0.2mm以下で、剥離も見られず、導電層36を備えていない従来品(試験品No1、No13、No17、No21、No24)に比べても大きな差はなく、実用上満足できる切削性能が維持される。
【0031】
これに対し、導電層36を備えていない従来品(試験品No1、No13、No17、No21、No24)は、摩耗量が少なくて優れた切削性能が得られるものの、電気抵抗が0.1μmΩ・cmよりも大きく、通電センサを使用して工具の位置決めを行ったり工具折損等を検知したりすることが不可である。導電層36の非金属元素(ここでは窒素N)の原子量比が90%を超えている試験品No2およびNo3は、導電層36を備えていない従来品(試験品No1、No13、No17、No21、No24)と同様に、摩耗量が少なくて優れた切削性能が得られるものの、電気抵抗が0.1μmΩ・cmよりも大きくて通電センサを使用した加工が不可である。導電層36の非金属元素(ここでは窒素N)の原子量比が40%に満たない試験品No7、No16、およびNo20は、電気抵抗は0.1μmΩ・cmよりも十分に低くて通電センサを用いた加工が可能であるが、摩耗量が0.2mmを超えたり硬質被膜32が剥離したりして被膜性能(耐久性)が大幅に損なわれる。導電層36の膜厚D2が0.02μm未満の試験品No8は、優れた切削性能が得られるものの、電気抵抗が0.1μmΩ・cmよりも大きくて通電センサを使用した加工が不可である。また、導電層36の膜厚D2が1μmを超えている試験品No12は、電気抵抗は0.1μmΩ・cmよりも低くて通電センサを用いた加工が可能であるが、硬質被膜32の剥離により耐久性が大幅に損なわれる。
【0032】
このように、本実施例のボールエンドミル10の硬質被膜32は、金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されている共有/イオン結合層から成る機能層34と、その機能層34の上に被膜表面を構成するように設けられた導電層36とを備えており、その導電層36は、機能層34と同じ組成であるが非金属元素の割合が機能層34よりも低くされているため、機能層34に比較して高い導電性が得られるようになる。すなわち、非金属元素の割合が減ることで共有結合或いはイオン結合の割合が減少し、その分だけ金属結合の割合が増加して導電性が高くなるのである。これにより、通電センサ等によって検出される通電の有無などで位置を検出したり異常を検知したりする場合にも用いることが可能となる。しかも、導電層36は、機能層34と同じ組成で非金属元素の割合を低くしただけであるため、全く異なる組成の導電層を設ける場合に比較して、被膜性能や生産性の低下を最小限に抑えることができる。
【0033】
また、本実施例では、上記導電層36の非金属元素の割合が機能層34に対して原子量比で90%以下であるため、その機能層34に比較して高い導電性が得られるようになり、例えば工具の位置決め等に用いられる通電センサの使用が可能な0.1μmΩ・cm程度以下まで電気抵抗を低減できる一方、40%以上であるため、硬度が大幅に低下することを回避して実用上満足できる被膜性能(耐久性など)を維持することができる。
【0034】
また、導電層36の膜厚D2が0.02μm以上であるため、導電層36を設けたことによる導電性の向上効果が適切に得られるとともに、1μm以下であるため、導電層36の存在で硬さが低下したり導電層36が剥離したりして被膜性能が損なわれることが実用上満足できる範囲に抑えられる。
【0035】
なお、上記実施例では機能層34が単層の硬質被膜32について説明したが、図3の(a) 、(b) に示すように、機能層72、82が多層構造の硬質被膜70、72を採用することもできる。図3(a) の硬質被膜70の機能層72は、組成が異なる2種類の共有/イオン結合層74、76が積層された計2層以上の多層構造を成している。共有/イオン結合層74、76は、前記機能層34と同様に金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されているもので、被膜表面を構成するように機能層72の上に設けられた導電層78は、その2種類の共有/イオン結合層74、76の何れか一方と同じ組成で、非金属元素の割合がその一方の共有/イオン結合層74または76に対して原子量比で40%〜90%の範囲内とされているとともに、この導電層78の膜厚D2は0.02μm〜1μmの範囲内で設定されている。この機能層72は2種類の共有/イオン結合層74、76が積層されたものであるが、3種類以上の共有/イオン結合層を積層して機能層72を構成することもできる。
【0036】
図5の試験品No1〜No15は、図3(a) の硬質被膜70の具体例で、この中の試験品No7〜No9は共有/イオン結合層74、76が合わせて奇数層積層されており、試験品No1〜No6、No10〜No15は共有/イオン結合層74、76が合わせて偶数層積層されている。図5の「機能層の層数」は、複数種類の共有/イオン結合層74および76の合計の層数で、これ等の共有/イオン結合層74、76の膜厚D1−1、D1−2(図3(a) 参照)は互いに等しい。そして、導電層78の電気抵抗を調べるとともに前記図4の場合と同じ加工条件で加工を行って被膜性能(耐摩耗性)を調べたところ、電気抵抗は何れも0.1μmΩ・cmよりも十分に低いとともに、摩耗量は何れも0.2mm以下で剥離も見られず、所定の切削性能を維持しつつ通電センサを用いた加工が可能になるなど、前記実施例と同様の作用効果が得られる。なお、共有/イオン結合層74、76の膜厚D1−1、D1−2を互いに相違させたり連続的に変化させたりすることも可能である。
【0037】
図3の(b) の硬質被膜80の機能層82は、共有/イオン結合層84とDLC、BN、またはCNから成る他の硬質層86とを積層した計2層以上の多層構造を成している。共有/イオン結合層84は、前記機能層34と同様に金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されており、被膜表面を構成するように機能層82の上に設けられた導電層88は、その共有/イオン結合層84と同じ組成で、非金属元素の割合がその共有/イオン結合層84に対して原子量比で40%〜90%の範囲内とされているとともに、この導電層88の膜厚D2は0.02μm〜1μmの範囲内で設定されている。
【0038】
図5の試験品No16〜No18は、図3(b) の硬質被膜80の具体例で、「機能層の層数」は、共有/イオン結合層84および硬質層86の合計の層数であり、本実施例では何れも偶数層であるとともに、それ等の共有/イオン結合層84の膜厚D1−1および硬質層86の膜厚D1−3(図3(b) 参照)は互いに等しい。そして、導電層88の電気抵抗を調べるとともに前記図4と同じ加工条件で加工を行って被膜性能(耐摩耗性)を調べたところ、電気抵抗は何れも0.1μmΩ・cmよりも十分に低いとともに、摩耗量は何れも0.2mm以下で剥離も見られず、所定の切削性能を維持しつつ通電センサを用いた加工が可能になるなど、前記実施例と同様の作用効果が得られる。なお、共有/イオン結合層84の膜厚D1−1および硬質層86の膜厚D1−3を互いに相違させたり連続的に変化させたりすることも可能である。
【0039】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の硬質被膜が設けられたボールエンドミルの一例を示す図で、(a) は正面図、(b) は先端部分の拡大図、(c) は(a) の上方すなわち先端側から見た底面図、(d) は刃部の表面近傍の拡大断面図である。
【図2】図1の硬質被膜を好適に成膜できるアークイオンプレーティング装置を説明する概略図である。
【図3】本発明の他の実施例を説明する図で、(a) は複数の共有/イオン結合層が積層されている場合、(b) は共有/イオン結合層とDLC等の他の硬質層が積層されている場合であり、何れも図1の(d) に対応する断面図である。
【図4】図1の実施例の具体例および比較品について、導電層の電気抵抗を調べるとともに所定の加工条件で加工を行って被膜性能(耐摩耗性)を調べた結果を説明する図である。
【図5】図3(a) 、(b) の実施例の具体例について、導電層の電気抵抗を調べるとともに所定の加工条件で加工を行って被膜性能(耐摩耗性)を調べた結果を説明する図である。
【符号の説明】
【0041】
10:ボールエンドミル(硬質被膜被覆工具) 30:工具基材(基材) 32、70、80:硬質被膜 34:機能層(共有/イオン結合層) 36、78、88:導電層 72、82:機能層 74、76、84:共有/イオン結合層 86:硬質層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の基材の表面に設けられる硬質被膜であって、
金属元素および非金属元素を含んで共有結合またはイオン結合によって構成されている共有/イオン結合層を有する機能層と、
前記共有/イオン結合層と同じ組成であるが、所定の導電性が得られるように前記非金属元素の割合が該共有/イオン結合層よりも低くされ、被膜表面を構成するように前記機能層の上に設けられている導電層と、
を有することを特徴とする硬質被膜。
【請求項2】
前記導電層は、前記非金属元素の割合が前記共有/イオン結合層に対して原子量比で40%〜90%の範囲内とされており、
該導電層の膜厚は0.02μm〜1μmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項3】
前記機能層は、一定の組成で構成されている前記共有/イオン結合層の単層である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項4】
前記機能層は、組成が異なる複数種類の共有/イオン結合層が積層された多層構造を成しており、前記導電層は該複数種類の共有/イオン結合層の何れか一つと同じ組成である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項5】
前記機能層は、前記共有/イオン結合層の他にDLC、BN、およびCNの何れかの硬質層が積層された多層構造を成している
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項6】
前記共有/イオン結合層は、TiO2 、ZrO2 、HfO2 、Al2 3 、TiAlO4 、AlN、AlCrN、或いはTiMOX 、ZrMOX 、HfMOX 、Al2 MOX 、TiAlMOX 、AlMN、AlCrMN(但し、Mは金属元素、C、Si、Bの何れかで、20原子%以下の割合で含まれる)の何れかである
ことを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項7】
基材の表面に硬質被膜が設けられている硬質被膜被覆工具であって、
前記硬質被膜は、請求項1〜6の何れか1項に記載の硬質被膜である
ことを特徴とする硬質被膜被覆工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−280853(P2009−280853A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−132966(P2008−132966)
【出願日】平成20年5月21日(2008.5.21)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】