説明

磁気構造解析方法とそれに使用するスピン偏極イオン散乱分光装置

【課題】最表面2〜3原子層における元素と原子層とを選別した磁気構造解析を行う方法とその装置を提供する。
【解決手段】試料から散乱した散乱イオン強度を入射イオン種のスピン別に計測し、その計測データにより試料表面の磁気構造を解析する。 スピン偏極イオンを発生させるスピン偏極イオン発生部と、前記スピン偏極イオン発生部からのスピン偏極イオンを所望のエネルギーで試料表面に入射させるスピン偏極イオンビームラインと、試料を保持する真空槽と、前記真空槽内に位置して、前記試料に照射されて散乱したスピン偏極イオンを計測する計測器よりなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の磁気構造解析方法とそれに使用するスピン偏極イオン散乱分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
中性子散乱(文献1)や磁気円二色性分光(文献2)などの従来技術では、元素を識別した磁気構造解析は可能であるが、表面に敏感でないため、表面数原子層に限定した磁気構造解析は不可能であった。
他方、スピン偏極光電子分光法(文献3)やスピン偏極準安定原子脱励起分光法(文献4)などの従来技術は表面敏感性を有するが、元素識別能力がないため、元素を選別した磁気構造解析は不可能であった。
このように、従来技術では、表面数原子層の元素を選別した磁気構造解析は不可能であった。
また、従来のイオン散乱分光法(文献5)では、表面・界面の組成分析や構造解析は可能であったが、試料表面・界面のスピン解析は不可能であった。
要するに、表面や界面の磁気構造の解明は、新規デバイス開発等において重要な課題となっているが、従来の分析技術では、最表面2〜3原子層程度の、元素と原子層とを選別した磁気構造解析は不可能であった。
【非特許文献1】Physical Review 50 (1951) 912, C.G.Shull
【非特許文献2】日本物理学会誌 55 (2000) 20、今田真
【非特許文献3】Journal of Physics: Condensed Matter 10 (1998) 95, P.D.Johnson
【非特許文献4】Physical Review Letters 52 (1984) 380, M. Onellion
【非特許文献5】Journal of Applied Physics 38 (1967) 340, D.P. Smith
【非特許文献6】Review of Modern Physics 44 (1972) 169, W. Happer
【非特許文献7】Physical Review Letters 22 (1969) 629, L.D. Schearer
【非特許文献8】Japanese Journal of Applied Physics 24 (1985) 1249.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、このような実情に鑑み、最表面2〜3原子層における元素と原子層とを選別した磁気構造解析を行う方法とその装置を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1の磁気構造解析法は、試料から散乱した散乱イオン強度を入射イオン種のスピン別に計測し、その計測データにより試料表面の磁気構造を解析することを特徴とする。
【0005】
発明2は、発明1の方法に使用するスピン偏極イオン散乱分光装置であって、スピン偏極イオンを発生させるスピン偏極イオン発生部と、前記スピン偏極イオン発生部からのスピン偏極イオンを所望のエネルギーで試料表面に入射させるスピン偏極イオンビームラインと、試料を保持する真空槽と、前記真空槽内に位置して、前記試料に照射されて散乱したスピン偏極イオンを計測する計測器よりなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
試料最表面の2〜3原子層において、元素と原子層とを選別して表面スピン解析を行うことができた。
このため、最表面2〜3原子層程度の深さ領域における磁気構造解析が可能となった。
【0007】
さらに、本発明の装置では、スピン偏極イオンを試料表面に入射し、散乱イオンのエネルギー分析を入射イオンのスピン別に計測(スピン偏極計測)することができ、試料表面における入射イオン中性化確率のスピン依存を測定することが出来た。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、下記実施例に示すような具体的な構成を有するものであるが、実施例にかぎらず、スピン偏極イオンを試料に入射し、散乱イオン強度をスピン別に計測することで、試料の表面・界面の磁気的性質を調べる分析への応用も容易である。
また、入射イオン種としては、入射イオン種の試料表面における中性化確率が表面の磁気構造に依存することにより、当該結果を得たのであるから、このような現象を発現するものとして、ヘリウムイオンに限らず、電子スピン偏極可能なすべてのイオン(例えばCd+、Sr+、Zn+、Ba+)や原子(例えば、Li、Na、K、Rb、Cs(文献6,7))を使用することが出来る。
【実施例】
【0009】
図1のスピン偏極イオン散乱分光装置は、スピン偏極イオンを発生させるスピン偏極イオン発生部と、前記スピン偏極イオン発生部からのスピン偏極イオンを所望のエネルギーで試料表面に入射させるスピン偏極イオンビームラインと、試料を保持する真空槽と、前記真空槽内に位置して、前記試料に照射されて散乱したスピン偏極イオンを計測する計測器よりなる。
前記スピン偏極イオン発生部は、光ポンピング照射光(1)を、ヘリウムガス導入口(2)からヘリウムガスを導入した高周波ヘリウムイオン源(3)へ照射し、スピン偏極ヘリウムイオンを発生させるようにしてある。
発生させたスピン偏極ヘリウムイオンは、差動排気ポート(4,5)を備えた偏極ヘリウムイオンビームライン(6)を用いて、超高真空槽(7)内に設置された試料(8)に所望のエネルギーで入射する。イオンのエネルギーは、スピン偏極ヘリウムイオンをイオン源(3)からビームライン(6)へ引き出す際に用いる電場によって制御する。入射イオンの試料表面への入射角度は、試料(8)を入射イオンビームと垂直な方向に回転することで制御する。
入射イオンの一部は試料表面における中性化を免れて散乱し、この散乱イオンは、前記計測器である静電アナライザ(9)で検出される。
その検出信号はコンピュータ(10)で処理された。
【0010】
図2、図3は、前記スピン偏極イオン散乱分光装置による静電アナライザ(9)での検出結果に基づくコンピュータ(10)での解析により得られた。解析の手順は、下記の通りである。
(イ)試料を磁場の方向と平行にパルス磁化した。
(ロ)磁化と平行にスピン偏極したヘリウムイオンの散乱強度を、静電アナライザ(9)を用いて、一定時間計測した。
(ハ)磁化と反平行にスピン偏極したヘリウムイオンの散乱強度を、静電アナライザ(9)を用いて、(イ)と同時間計測した。
(ニ)時間変化の効果を除去するために、(イ)と(ロ)の計測を100回以上繰り返した。
(ホ)一連の測定後に、(イ)と(ロ)の繰り返し測定で求めた信号強度を、コンピュータ(10)を用いて、スピンの向き別に積算して、最終的に求める散乱イオン強度とした。
【0011】
図2は、イオン散乱分光スペクトル(イ)およびスピン偏極イオン散乱分光スペクトルとスピン非対称率(ロ)を示す。試料には、酸化マグネシウムMgOの(100)単結晶基板にFe(100)単結晶薄膜を成長させ、これを酸素に曝したものを用いた。また、測定の前に、この試料をFe[100]容易磁化方向へパルス磁化し、測定は残留磁化のもとで行った。入射ヘリウムイオンの運動エネルギーは、1.7 keV、入射角(表面法線方向とビームのなす角)を0度(垂直入射)、散乱角を145度とした。イオン散乱分光スペクトル(イ)は、試料の表面が鉄と酸素の2元素から構成されていることを示している。これらのピーク位置は、入射イオンと標的原子の古典的な2体衝突から計算されたエネルギー(図2(イ)に破線で表示)に合致した。この計算式は、E=E(M/M+M[cosθ±(M/M−sinθ)1/2と表される(文献8)。
ただし、E、Eは、入射エネルギーと散乱エネルギー、MとMは入射イオンと標的原子の質量、θは散乱角である。磁化の方向に平行にスピン偏極したヘリウムイオンの散乱強度をNHe+、反平行のそれをNHe+とした場合に、スピン偏極イオン散乱分光スペクトル(ロ)を(NHe+− NHe+)と定義した。各点は実験値、実線は5点隣接平均である。このスペクトル(ロ)の鉄と酸素のそれぞれのピーク位置に於いて、有意な信号強度が得られ、鉄と酸素が偏極していることが示される。さらに、入射ビームの偏極率をPHe+として、(NHe+− NHe+)/{PHe+(NHe++ NHe+)}と定義されるスピン非対称率が、鉄(1272〜1290 eV)と酸素(630〜690 eV)に対して求められ、元素を選別したスピン解析が示された。
【0012】
図3は、鉄の清浄表面における鉄からの散乱強度を、入射角の関数として調べた結果である。図3のスペクトルは、表面法線方向の速度成分に依存する入射イオン中性化の角度依存成分を除去して示してある。入射角の走査はFe[100]方向に行い、散乱角は145度とした。角度分解スペクトル中のピーク(1)と(2)は、それぞれ、第1層(表面最外層)と第3層に位置する鉄原子へのフォーカシング効果による。このフォーカシング効果におけるシャドーコーンと原子位置との幾何学的関係は図4に示される。ピーク(1)に対応する入射角度では、第1層のみがスペクトル強度に寄与する。一方、ピーク(2)では、第1層〜第3層がスペクトル強度に寄与する。ピーク(1)と(2)の入射角度に対応するスピン非対称率は、それぞれ、第1層および第1層〜第3層に対応しており、原子層を選別したスピン解析が示された。
【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明を利用することにより、電子スピンを利用した素子開発でしばしば課題となっている表面・界面の磁気構造の解析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】スピン偏極イオン散乱分光装置の要部を概要図。
【図2】酸素が吸着した鉄(100)表面におけるイオン散乱分光スペクトル(イ)およびスピン偏極イオン散乱分光スペクトルとスピン非対称率(ロ)を示すグラフ。
【図3】鉄(100)表面におけるイオン散乱分光の入射角度分解測定と、特定の入射角度に対するスピン非対称率を示すグラフ
【図4】図3のピーク(1)と(2)に対応するフォーカシング効果におけるシャドーコーンと原子位置との幾何学的関係を示す構成図。
【符号の説明】
【0015】
1.光ポンピング照射光
2.ヘリウムガス導入口
3.高周波ヘリウムイオン源
4.5.差動排気ポート
6.偏極ヘリウムイオンビームライン
7.超高真空槽
8.試料
9.静電アナライザ
10.コンピュータ(信号処理)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン偏極イオンを試料に入射して、その散乱イオンを計測して磁気構造を解析する方法であって、前記散乱イオン強度を入射イオン種のスピン別に計測し、試料に入射するイオンの中性化確率のスピン依存から試料表面の磁気構造を解析する方法
【請求項2】
請求項1に記載の方法に使用するスピン偏極イオン散乱分光装置であって、スピン偏極イオンを発生させるスピン偏極イオン発生部と、前記スピン偏極イオン発生部からのスピン偏極イオンを所望のエネルギーで試料表面に入射させるスピン偏極イオンビームラインと、試料を保持する真空槽と、前記真空槽内に位置して、前記試料に照射されて散乱したスピン偏極イオンを計測する計測器よりなることを特徴とするスピン偏極イオン散乱分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−216387(P2009−216387A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−190277(P2007−190277)
【出願日】平成19年7月23日(2007.7.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人科学技術振興機構  戦略的創造研究推進事業さきがけタイプ委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】