説明

粉末鍛造部材、粉末鍛造用混合粉末および粉末鍛造部材の製造方法ならびにそれを用いた破断分割型コンロッド

【課題】硬さを上昇させることなく、被削性を確保しつつ疲労強度を改善するとともに、破断分割後の自己整合性を確保しうる粉末鍛造部材、粉末鍛造用混合粉末および粉末鍛造部材の製造方法、ならびにその粉末鍛造部材を用いた破断分割型コンロッドを提供する。
【解決手段】混合粉末を予備成形した後に焼結して形成された焼結プリフォームを高温下で鍛造してなる粉末鍛造部材であって、鍛造開始時における焼結プリフォーム中のフリーCu割合が10%以下であるとともに、鍛造後の成分組成が、質量%で、C:0.2〜0.4%、Cu:3〜5%、Mn:0.4%以下(0を含まない)、残部鉄および不可避的不純物よりなり、かつ、フェライト率が40〜90%であることを特徴とする被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混合粉末を予備成形した後に焼結し、その後鍛造して得られる粉末鍛造部材、粉末鍛造用混合粉末および粉末鍛造部材の製造方法、ならびにその粉末鍛造部材を用いて製造される破断分割型コンロッドに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、混合粉末を予備成形した後に焼結し、その後鍛造して機械部品を製造する粉末鍛造法は広く行われている。粉末鍛造法で製造される代表的な機械部品としては、コンロッド、ベアリングレース等がある。これらの機械部品の成分配合は、鍛造後の機械加工時における被削性や製品の疲労強度等の関係から、純鉄粉系の粉末を用いたものではC:0.45〜0.65質量%(以下、「質量%」を単に「%」と表記する。)、Cu:1.5〜2%のものが主となっている。そして、これらの機械部品の軽量化や高疲労強度化の要求に対しては、C含有量を増加する方法、あるいはCとCu含有量をともに増加する方法によるのが一般的である。ところが、これらC含有量を増加させる方法では、部品の疲労強度は上昇するものの硬さも上昇するため、鍛造後の機械加工時における工具寿命が著しく低下し、結果的には製品コストが上昇してしまう問題がある。また、Cuの含有量を増加させると鍛造で割れが発生しやすい問題もある。
【0003】
また、機械部品の疲労強度を上昇させる別の方法として、鍛造工程後に再加熱工程と冷却工程を追加する方法(特許文献1参照)や、Ni、Mo等他の合金元素を添加する方法(特許文献2参照)が開示されている。しかしながら、前者の方法では工程増により、後者の方法では高価な合金使用により、いずれも部品コストが上昇するとともに、上記C含有量を上昇させる方法と同様、いずれも部品の硬さが上昇するため、被削性が低下する問題がある。
【0004】
さらに、上記従来の方法では、いずれも部品の硬さの上昇にともなって靭性が低下するため、その破断面がフラットになりやすく、コンロッド等で採用されている破断分割法を用いて部品を製造する場合は、その組み付け時における位置ずれが発生しやすくなる(すなわち、自己整合性が低下する)という特有の問題も発生する。
【特許文献1】特開昭61−117203号公報
【特許文献2】特開昭60−169501号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、硬さを上昇させることなく、被削性を確保しつつ疲労強度を改善するとともに、破断分割後の自己整合性を確保しうる粉末鍛造部材およびその製造方法、ならびにその粉末鍛造部材を用いた破断分割型コンロッドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、混合粉末を予備成形した後に焼結して形成された焼結プリフォームを高温下で鍛造してなる粉末鍛造部材であって、鍛造開始時における焼結プリフォーム中のフリーCu割合が10%以下であるとともに、鍛造後の成分組成が、質量%で、C:0.2〜0.4%、Cu:3〜5%、Mn:0.5%以下(0を含まない)、残部鉄および不可避的不純物よりなり、かつ、フェライト率が40〜90%であることを特徴とする被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材である。
【0007】
請求項2に記載の発明は、理論密度に対する相対密度が97%以上である請求項1に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材である。
【0008】
請求項3に記載の発明は、硬さがHRC33以下、片振り引張疲労限度が325MPa以上である請求項2に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材である。
【0009】
請求項4に記載の発明は、MnS、MoS、BおよびBNからなる群より選ばれた少なくとも1種の被削性改善材が、合計量で0.05〜0.6質量%含まれる請求項1〜3のいずれか1項に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材である。
【0010】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の粉末鍛造部材を用いて製造されたことを特徴とする破断分割型コンロッドである。
【0011】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の粉末鍛造部材の原料として用いられる混合粉末であって、潤滑剤を除いた部分の成分組成が、質量%で、C:0.1〜0.5%、Cu:3〜5%、Mn:0.4%以下(0を含まない)、O:0.3%以下、残部鉄および不可避的不純物よりなることを特徴とする粉末鍛造用混合粉末である。
【0012】
請求項7に記載の発明は、請求項4に記載の粉末鍛造部材の原料として用いられる混合粉末であって、潤滑剤を除いた部分の成分組成が、質量%で、C:0.1〜0.5%、Cu:3〜5%、Mn:0.4%以下(0を含まない)、O:0.3%以下を含み、さらに、MnS、MoS、BおよびBNからなる群より選ばれた少なくとも1種の被削性改善材を、合計量で0.05〜0.6質量%含み、残部鉄および不可避的不純物よりなることを特徴とする粉末鍛造用混合粉末である。
【0013】
請求項8に記載の発明は、質量%で、C:0.05%未満、O:0.3%以下、残部鉄および不可避的不純物よりなる鉄基粉末に、黒鉛粉と、銅粉と、潤滑剤とを添加してなる請求項6に記載の粉末鍛造用混合粉末である。
【0014】
請求項9に記載の発明は、質量%で、C:0.05%未満、O:0.3%以下、残部鉄および不可避的不純物よりなる鉄基粉末に、黒鉛粉と、銅粉と、MnS、MoS、BおよびBNからなる群より選ばれた少なくとも1種の被削性改善材と、潤滑剤とを添加してなる請求項7に記載の粉末鍛造用混合粉末である。
【0015】
請求項10に記載の発明は、請求項6または8に記載の粉末鍛造用混合粉末を予備成形した後に焼結して焼結プリフォームを形成する成形焼結工程と、この焼結プリフォームを高温下で鍛造して粉末鍛造部材を形成する鍛造工程とを備えたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材の製造方法である。
【0016】
請求項11に記載の発明は、請求項7または9に記載の粉末鍛造用混合粉末を予備成形した後に焼結して焼結プリフォームを形成する成形焼結工程と、この焼結プリフォームを高温下で鍛造して粉末鍛造部材を形成する鍛造工程とを備えたことを特徴とする請求項4に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、粉末鍛造部材のC含有量を従来とは逆に減少させるかわりにCu含有量を従来より増加させるとともに、鍛造開始時における焼結プリフォーム中のフリーCu割合を制限したことで、C含有量の減少により軟らかいフェライトが増加して硬さの増加が抑制されるため、被削性が確保できるとともに、靭性が維持されて破断分割後の自己整合性も確保でき、さらに、Cu含有量の増加とフリーCu割合の制限によりフェライト中へのCuの拡散量が増加して固溶強化が促進されるため、疲労強度も大幅に改善されるようになった。また、フリーCu割合を制限することで、鍛造時における割れを防止できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0019】
〔粉末鍛造部材の構成〕
まず、本発明に係る粉末鍛造部材の構成、すなわち、成分組成、組織、密度、および焼結プリフォーム中のフリーCu割合の限定理由を説明する。
【0020】
C:0.2〜0.4%
Cは地鉄の強度を確保するために必須の元素であり、従来はC含有量を増加することで、地鉄組織中のフェライトを減少させパーライトを増加させることによって地鉄の硬さおよび強度を上昇させていた。これに対し、本発明では、地鉄の硬さの上昇を抑制するためにC含有量は従来とは逆に減少させ、0.4%以下とする。ただし、C含有量を少なくしすぎるとCuの含有量を増加しても地鉄の強度が十分に確保できなくなるため0.2%以上とする。よって、C含有量は0.2〜0.4%とする。
【0021】
Cu:3〜5%
Cuは、焼結、鍛造のための加熱時に地鉄組織のフェライト相中に固溶して固溶強化の作用をなし、また、冷却時に一部析出して地鉄の強度を向上させる元素であり、従来品ではFe−C系の共析温度付近でのフェライト相中への固溶限2%程度で用いられる例がほとんどであった。いっぽう、オーステナイト相中へのCuの固溶限は約8%であり、従来品より加熱温度を高めることおよび/または加熱時間を延長することで地鉄中に3%以上のCuを固溶させることも十分可能である。本発明は、このオーステナイト相中へ従来品より多量のCuを固溶させ、冷却過程で生成するフェライト相の固溶強化を図るものである。Cu含有量は、3.0%未満では十分に目的とする固溶強化の効果を発揮できず、他方5.0%を超えるとフリーCuが残存しやすくなり、フリーCu割合を10%以下に制限するには焼結時間の延長など加熱時間を長くする必要があるため、生産性が低下する。よって、Cu含有量は3〜5%とする。好ましくは3〜4%である。
【0022】
Mn:0.5%以下(0を含まない)
Mnは、地鉄の脱酸作用を有するとともに、焼入れ性を高めて地鉄の強度を向上させるのに有用な元素である。しかしながら、Mnは酸素との親和性が高く、粉末製造過程あるいは予備成形品の焼結過程で雰囲気中の酸素と反応し酸化物を作りやすく、Mnの含有量が0.5%を超えると、Mn酸化物の還元が難しくなり、Mn酸化物による密度の低下や強度の低下等粉末鍛造部材の品質特性の劣化が顕著になる。よって、Mn含有量は0.5%以下(0を含まない)とする。好ましくは0.4%以下(0を含まない)である。
【0023】
残部:鉄および不可避的不純物
本発明に係る粉末鍛造部材は、不可避的不純物としてP、S、Si、O、Nその他の元素を含むものであってもよい。
【0024】
フリーCu割合:10%以下
上記のように、フェライト相の固溶強化のため、従来の2倍近いCuを含有させることから、地鉄中に未溶解のCu(すなわち、フリーCu)が残存しやすいため、鍛造時に熱間脆性により鍛造割れが発生したり、ひどい場合は成形焼結工程から鍛造工程へのハンドリング中に焼結プリフォームが破損したりするおそれが高まる。このため、本発明では、鍛造開始時における焼結プリフォーム中のフリーCu割合を10%以下とする。ここで、フリーCu割合とは、添加したCu全量のうち、地鉄中に未溶解のCuの割合をいい、以下の方法で定量を行うことができる。すなわち、被測定部材である焼結プリフォームの断面をペーパおよびバフで研磨した後ピクリン酸で腐食し、工学顕微鏡を用いて400倍で0.2mm×0.3mmの範囲を3ヶ所写真撮影し、画像処理にて銅色の部分の合計面積を測定する。いっぽう、同様の方法により基準材の銅色の部分の合計面積を測定しておく。なお、基準材としては、上記被測定部材と成分配合、形状および成形圧力が同一の条件で成形した成形物を、Cuが地鉄中に実質的に固溶しない1000℃、20minの条件で焼結した物を使用する。そして、フリーCu割合は、フリーCu割合(%)=[被測定部材のCu色の部分の合計面積]/[基準材のCu色の部分の合計面積]×100の式を用いて算出すればよい。
【0025】
フェライト率:40〜90%
粉末鍛造部材中のフェライト率は、40%未満では靭性が不足し、破断分割後の自己整合性が十分に得られず、他方90%を超えると靭性が高くなりすぎて伸びが大きくなるため、破断分割時に変形して寸法精度が悪化する。よって、粉末鍛造部材中のフェライト率は40〜90%とする。
【0026】
理論密度に対する相対密度:97%以上
粉末鍛造部材の密度は、理論密度に対する相対密度が97%未満になると疲労強度の低下度合いが大きくなる。よって、粉末鍛造部材の理論密度に対する相対密度は97%以上とするのが好ましい。相対密度を97%以上とすることで、粉末鍛造部材の硬さがHRC33以下、片振り引張疲労限度が325MPa以上となり、被削性を確保しつつ疲労強度に優れた粉末鍛造部材が得られる。
【0027】
被削性改善材:合計量で0.05〜0.6%
粉末鍛造部材の被削性を改善することを目的として、予備成形時に(すなわち、粉末鍛造用混合粉末に)被削性改善材を添加してもよい。被削性改善剤としては、例えばMnS、MoS、B、またはBNの粉末を用いることができ、これらを単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。被削性改善材の添加量は、その合計量で0.05%未満では被削性改善効果が十分に得られず、他方0.6%を超えると鉄材の占有面積が低下することおよび疲労亀裂の起点となる非金属が増加することにより疲労強度が大きく低下する傾向を示す。よって、被削性改善材の添加量は合計量で0.05〜0.6%とするのが好ましい。
【0028】
〔粉末鍛造用混合粉末の成分組成〕
次に、粉末鍛造混合粉末(以下、単に「混合粉末」ともいう。)の成分組成の限定理由を説明する。
【0029】
C:0.1〜0.5%
混合粉末のC含有量は、最終的に得られる粉末鍛造部材のC含有量が0.2〜0.4%となるように、混合粉末中の酸素量および焼結時の雰囲気ガスの種類を考慮して調整する必要がある。つまり、焼結過程においてNガス等不活性ガス雰囲気を用いた場合は混合粉末中の酸素および雰囲気ガス中の不純物酸素によってCが酸化消費され、焼結プリフォーム(すなわち、粉末鍛造部材)は混合粉末よりC含有量が低くなるため、混合粉末のC含有量は粉末鍛造部材のC含有量より高めの0.2%超、0.5%以下に調整する。一方、RXガス等カーボンポテンシャルの高い雰囲気ガスを用いた場合は、通常、混合粉末中の酸素によるCの酸化消費量以上に雰囲気ガスによる浸炭が進み、焼結プリフォーム(すなわち、粉末鍛造部材)は混合粉末よりC含有量が高くなるため、混合粉末のC含有量は粉末鍛造部材のC含有量より低めの0.1%以上、0.4%未満に調整する。よって、混合粉末のC含有量は、0.1〜0.5%の範囲で、混合粉末の酸素含有量および焼結雰囲気ガスの種類に応じてC含有量の変化を予測して設定すればよい。
【0030】
O:0.3%以下
混合粉末中の酸素含有量が高くなると消費されるC量のバラツキも大きくなり、粉末鍛造部材のC含有量を目標の0.2〜0.4%にすることが困難となるため混合粉末の酸素含有量は0.3%以下とする。
【0031】
その他の成分
Cu、Mn、被削性改善材は、Cのように焼結時に消費されたり生成したりしないので、混合粉末中のこれら各成分の含有量は、粉末鍛造部材中のこれら各成分の含有量と同じとする(厳密には、焼結時におけるC量の増減により、これら各成分の含有量の値はごくわずか変化するが、無視しうる範囲である。)。
【0032】
〔粉末鍛造部材の製造方法〕
次に、上記構成を満足する粉末鍛造部材を製造する方法について説明する。
【0033】
まず、鉄基粉末に、鉄基粉末中の酸素含有量および焼結雰囲気ガスの種類に応じて焼結時におけるC含有量の変化を予測して焼結後のC含有量が0.2〜0.4%となるように、混合粉末のC含有量が0.1〜0.5%の範囲となる黒鉛粉と、Cu含有量が3〜5%となる銅粉と、必要により上記被削性改善材を合計量で0.05〜0.6%添加し、さらに適量の潤滑剤を添加して混合粉末を作製し、これを加圧成形機にて予備成形し成形プリフォームを作製する。
【0034】
なお、混合粉末の作製に使用する鉄基粉末は、硬いと予備成形時に成形プリフォームの密度が上がりにくく、焼結後、鍛造までの高温搬送中に焼結プリフォームが内部まで酸化し、鍛造しても酸化膜のため強度が低下する現象が起きる。したがって、鉄基粉末を軟らかくして成形プリフォームの密度を上げ内部酸化を防止するため、鉄基粉末のC含有量は0.05%未満、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.02%以下とする。
【0035】
ついで、この成形プリフォームを高温下で焼結し、焼結プリフォームを作製する。ここで、焼結条件は、温度が高いほど、また時間が長いほどCuの拡散が進行し、フリーCuの量が減少するので好ましいが、例えばCu含有量4%の場合、1190℃以上で10分の焼結を行うことで、フリーCu割合を10%以下とすることができる。
【0036】
そして、この焼結プリフォームを冷却することなく直ちに高温下で所定の鍛造圧力にて鍛造することにより、粉末鍛造部材が得られる。鍛造圧力は、高くするほど粉末鍛造部材の密度が高くなり強度が上昇するので好ましいが、例えば図1に示すような形状および寸法のコンロッドを形成する場合、面圧6.0ton/cm以上で鍛造することで、理論密度に対する相対密度を97%以上とすることができ、被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材が得られる。
【0037】
なお、上記製造方法では、焼結後にその温度を利用して直ちに鍛造する例を説明したが、焼結後いったん冷却し、再度加熱して鍛造するようにしてもよい。この場合、焼結時および鍛造時の2回加熱されることになり、必然的に加熱時間が長くなるため、加熱温度は上記下限温度(1190℃)よりさらに低い1050〜1120℃程度でもフリーCu割合を10%以下にすることができる。
【0038】
そして、この粉末鍛造部材を用いて製作された破断分割型コンロッドは、機械加工時における工具磨耗が低減されて部品コストの上昇が抑制されるとともに、疲労強度に優れ、さらには、破断分割後の組み付け時における自己整合性にも優れたものとなる。
【実施例1】
【0039】
(フリーCu割合の影響)
表1に示す成分組成の純鉄粉鉄基粉末に焼結後のC含有量が0.3%、Cu含有量が4%となるように黒鉛粉と銅粉を添加し、さらに潤滑剤としてステアリン酸亜鉛を0.75%添加し30min混合して混合粉を作製し、これを成形面圧6ton/cmで予備成形して成形プリフォームを作製した。
【表1】

【0040】
そして、この成形プリフォームを、Nガス雰囲気下にて600℃で10分脱蝋後、1110〜1260℃の間の種々の温度で10分焼結を行い、複数個の焼結プリフォームを作製した。そして、一部の焼結プリフォームについて、上記〔粉末鍛造部材の構成〕中で説明した方法を用いてフリーCu割合の測定を行った。残りの焼結プリフォームは直ちに10ton/cmの鍛造圧力にて鍛造し、コンロッドの形状を模擬した粉末鍛造部材の試験片を作製した。そして、この試験片はバリを取り除き、ショット等で表面スケールを取り除いた後、片振り引張の疲労試験に供した。疲労試験に用いた試験片の形状および寸法を図1に、疲労試験における試験片への引張荷重の付加状態を図2に示す。
【0041】
測定および試験結果を表2および図3に示す。これらの表および図から明らかなように、焼結温度が高くなるにともなってフリーCu割合が減少し、疲労限度は上昇しており、焼結時間10分の場合、温度1190℃以上でフリーCu割合が10%以下になり、疲労限度325MPa以上が得られることがわかる。なお、図4に、フリーCu割合が100%の基準材、15%の比較材、3%の発明材の断面ミクロ組織を比較して示す。図中、網目ハッチングを施した部分がフリーCuの存在する部分である。
【表2】

【0042】
なお、発明例においては、粉末鍛造部材のフェライト率は、いずれの焼結温度にても70%程度であった。
【実施例2】
【0043】
(CおよびCu含有量の影響)
上記実施例1と同じ表1に示す成分組成の純鉄粉鉄基粉末に、鍛造後のC含有量が0.1〜0.6%、Cu含有量が2〜5%となるように黒鉛粉と銅粉の添加量を種々変更して添加して混合粉末を作製し、この混合粉末を上記実施例1と同様の条件にて予備成形して、成形プリフォームを作成した。そして、この成形プリフォームを、Nガス雰囲気下にて600℃で10分脱蝋後、Nガス雰囲気下1120℃で30分焼結を行って焼結プリフォームを作製した。その後、この焼結プリフォームをNガス雰囲気下1050℃で30分加熱後10ton/cmの鍛造圧力にて鍛造し、上記実施例1と同様のコンロッドの形状を模擬した粉末鍛造部材の試験片を作製した。そして、この試験片について、上記実施例1と同様の条件にて引張の疲労試験を行うとともに、機械加工後の表面のHRC硬さを測定した。
【0044】
さらに、破断分割後の自己整合性を定量化するため、以下の試験を行った。すなわち、上記と同様の条件にて直径90mm×厚さ40mmの円盤状の粉末鍛造部材の試験片を作製し、これを機械加工して外径80mm、内径40mm×厚さ20mmで、その内輪対角線上に深さ1mm、角度45°のVノッチを有するリング状の試験片を作製した。そして、この試験片をノッチの深さ方向と直角方向に引張破断させ、その破断面のミクロな凹凸を含めた実面積を光学式三次元測定装置(GFMesstechnik社製、型式:MicroCAD 3×4)にて測定し、凹凸を無視したフラットな投影面積に対する比率(「破断分割面積比」という。)を算出するとともに、破断分割後の破断面の噛み合い位置のずれの有無を目視にて調査した。
【0045】
試験結果を表3に示す。なお、鍛造前(鍛造開始時)の試験片のフリーCu割合は、Cu含有量が5%を超えた試験片No.222では10%を超えたが、その他はいずれも10%以下であった。
【表3】

【0046】
表3に示すように、CおよびCu含有量、フェライト率ならびにフリーCu割合が本発明の規定する範囲内にある発明例では、硬さはいずれもHRC33以下であって被削性に問題はなく、また疲労限度はいずれも300MPa以上、一部(試験片No.210、211)を除けば325MPa以上が得られるとともに、破断分割後の破断面にずれは認められず、自己整合性に問題は生じず、被削性、疲労強度および破断分割後の自己整合性を同時に満足することが確認できた。
【0047】
これに対し、成分組成および/またはフェライト率が本発明の規定する範囲を外れる比較例では、一部(試験片No.230、231)を除けば、硬さがHRC33以下のものでは疲労限度が300MPaに達しないと同時に、破断分割時に伸びによる変形が発生し寸法精度が低下し(試験片No.201〜209)、他方疲労限度が300MPa以上のものでは硬さがHRC33を超え被削性が劣化するとともに、破断面の噛み合い位置ずれが発生し自己整合性に問題が生じるため、被削性、疲労強度、および破断分割後の自己整合性を同時に満足する粉末鍛造部材を得ることが非常に困難であることがわかる。
【0048】
表3に示すように、自己整合性を表す指標として破断分割面積比を用いることができ、破断分割面積比が1.37未満では破断分割面の噛み合いずれが発生しやすくなり、他方1.51を超えると伸びによる変形が著しくなり寸法精度が悪化することがわかる。
【実施例3】
【0049】
(相対密度の影響)
つぎに、上記実施例2の試験片No.218と同じ成分組成(C:0.3%、Cu:3.5%)で、鍛造圧力のみを2.5〜10ton/cmの範囲で種々変更し、その他の条件は上記実施例2と同じ条件で粉末鍛造部材の試験片を作製し、疲労限度に及ぼす粉末鍛造部材の相対密度の影響を調査した。なお、疲労限度の測定に併せて試験片のHRB硬さも測定した。試験結果を表4に示す。
【表4】

【0050】
上記表4に示すように、理論密度に対する相対密度が97%以上になると疲労限度が325PMa以上を確保できることが確認できた。
【実施例4】
【0051】
(被削性改善剤の影響)
つぎに、上記実施例3と同じく、実施例2の試験片No.218と同じ成分組成(C:0.3%、Cu:3.5%)で、種々の被削性改善剤をその添加量を変更して添加し、その他の条件は上記実施例2と同じ条件で粉末鍛造部材の試験片を作製し、被削性に及ぼす影響を調査した。被削性は、直径5mmのSKHドリルを用い200rpmの回転数、0.12mm/revの切削速度で試験片の表面から穴明けをした際におけるスラスト力を測定し、これを被削性の指標として用いた。表5に測定結果を示す。
【0052】
表5より明らかなように、スラスト力は被削性改善剤の添加量の増加とともに小さくなり、被削性が改善されているのがわかる。しかしながら、被削性改善剤の添加量が0.6%を超えると、いずれの被削性添加剤でも疲労限度が大きく低下する傾向が認められる。
【表5】

【実施例5】
【0053】
(混合粉末の酸素含有量の影響)
つぎに、酸素含有量の異なる鉄基粉末を用いて混合粉末の酸素含有量を変化させて、上記実施形態1と同様の条件にて粉末鍛造部材の試験片を作製した。なお、鍛造後のC含有量は0.3%、Cu含有量は4%に目標を設定し、C含有量の調整は、黒鉛粉の添加量を0.3%+(鉄基粉末の酸素含有量%−0.05%)×3/4とすることにより行った。そして、この試験片について、C含有量と疲労限度を測定し、これらに及ぼす混合粉末の酸素含有量の影響を調査した。
【0054】
試験結果を表6に示す。同表に示すように、鉄基粉末(すなわち、混合粉末)の酸素含有量が0.3%以下の場合(試験片No.501〜503)は、粉末鍛造部材のC含有量がほぼ目標のC含有量となったものの、鉄基粉末(すなわち、混合粉末)の酸素含有量が0.3%を超えた場合(試験片No.504)は、粉末鍛造部材のC含有量が目標C含有量から大きくずれて、本発明で規定するC含有量の適正範囲(0.2〜0.4%)を外れ、疲労強度も大幅に低下することがわかる。
【表6】

【実施例6】
【0055】
(鉄基粉末のC含有量の影響)
つぎに、C含有量の異なる鉄基粉末を用い、黒鉛粉の添加量を調整することにより同じ成分組成の混合粉末を作製し、上記実施形態1と同様の条件にて成形プリフォームと粉末鍛造部材の試験片を作製した。なお、鍛造後のC含有量は0.3%、Cu含有量は4%に目標を設定した。そして、成形プリフォームおよび粉末鍛造部材の密度と、粉末鍛造部材の疲労限度を測定した。
【0056】
試験結果を表7に示す。同表から明らかなように、鉄基粉末のC含有量の増加とともに成形プリフォームの密度が低下する傾向を示しており、鉄基粉末のC含有量が0.05%の場合(試験片No.604)は、0.05%未満の場合(試験片No.601〜603)と比較すると、鍛造後の粉末鍛造部材の密度はほぼ同じであるものの、疲労強度は大幅に低くなることがわかる。
【表7】

【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施例の疲労試験に用いた粉末鍛造部材の試験片の形状および寸法を示す、(a)は斜視図、(b)はAA線断面を示す断面図である。
【図2】疲労試験における粉末鍛造部材の試験片への引張荷重の付加状態を示す断面図である。
【図3】フリーCu割合と疲労限度との関係を示すグラフ図である。
【図4】粉末鍛造部材のミクロ組織を示す断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
混合粉末を予備成形した後に焼結して形成された焼結プリフォームを高温下で鍛造してなる粉末鍛造部材であって、鍛造開始時における焼結プリフォーム中のフリーCu割合が10%以下であるとともに、鍛造後の成分組成が、質量%で、C:0.2〜0.4%、Cu:3〜5%、Mn:0.5%以下(0を含まない)、残部鉄および不可避的不純物よりなり、かつ、フェライト率が40〜90%であることを特徴とする被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材。
【請求項2】
理論密度に対する相対密度が97%以上である請求項1に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材。
【請求項3】
硬さがHRC33以下、片振り引張疲労限度が325MPa以上である請求項2に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材。
【請求項4】
MnS、MoS、BおよびBNからなる群より選ばれた少なくとも1種の被削性改善材が、合計量で0.05〜0.6質量%含まれる請求項1〜3のいずれか1項に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の粉末鍛造部材を用いて製造されたことを特徴とする破断分割型コンロッド。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の粉末鍛造部材の原料として用いられる混合粉末であって、潤滑剤を除いた部分の成分組成が、質量%で、C:0.1〜0.5%、Cu:3〜5%、Mn:0.4%以下(0を含まない)、O:0.3%以下、残部鉄および不可避的不純物よりなることを特徴とする粉末鍛造用混合粉末。
【請求項7】
請求項4に記載の粉末鍛造部材の原料として用いられる混合粉末であって、潤滑剤を除いた部分の成分組成が、質量%で、C:0.1〜0.5%、Cu:3〜5%、Mn:0.4%以下(0を含まない)、O:0.3%以下を含み、さらに、MnS、MoS、BおよびBNからなる群より選ばれた少なくとも1種の被削性改善材を、合計量で0.05〜0.6質量%含み、残部鉄および不可避的不純物よりなることを特徴とする粉末鍛造用混合粉末。
【請求項8】
質量%で、C:0.05%未満、O:0.3%以下、残部鉄および不可避的不純物よりなる鉄基粉末に、黒鉛粉と、銅粉と、潤滑剤とを添加してなる請求項6に記載の粉末鍛造用混合粉末。
【請求項9】
質量%で、C:0.05%未満、O:0.3%以下、残部鉄および不可避的不純物よりなる鉄基粉末に、黒鉛粉と、銅粉と、MnS、MoS、BおよびBNからなる群より選ばれた少なくとも1種の被削性改善材と、潤滑剤とを添加してなる請求項7に記載の粉末鍛造用混合粉末。
【請求項10】
請求項6または8に記載の粉末鍛造用混合粉末を予備成形した後に焼結して焼結プリフォームを形成する成形焼結工程と、この焼結プリフォームを高温下で鍛造して粉末鍛造部材を形成する鍛造工程とを備えたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材の製造方法。
【請求項11】
請求項7または9に記載の粉末鍛造用混合粉末を予備成形した後に焼結して焼結プリフォームを形成する成形焼結工程と、この焼結プリフォームを高温下で鍛造して粉末鍛造部材を形成する鍛造工程とを備えたことを特徴とする請求項4に記載の被削性および疲労強度に優れた粉末鍛造部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2008−13818(P2008−13818A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−186927(P2006−186927)
【出願日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】