説明

細胞接着制御用フィルム

【課題】基板上の任意の位置に細胞を配置するための方法を提供する。
【解決手段】アルブミンを架橋することにより、天然のアルブミンの有する細胞非接着性を保持した不溶性のアルブミンフィルムを作製した。このフィルムの特定の領域のみにタンパク変性処理または正電荷を有する高分子化合物溶液処理を施すことにより、その領域を細胞接着領域として基板上の任意の位置に細胞を配置した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルブミンよりなる細胞非接着性を保持した不溶性の透明アルブミンフィルムおよびその作製方法に関する。また、そのアルブミンフィルムを利用して基板上のあらかじめ決められた位置の領域に細胞を配置するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
我々の体内では、多種多様な細胞が互いに連絡を取り合いながら機能している。細胞培養技術の進歩により、様々な種類の細胞を体外にて培養できるようになり、個々の細胞の機能の詳細がより明らかになってきている。しかしながら、本来、体内においては複数種の細胞が互いに連携しながらその役割を担っているため、一種類の細胞を用いた解析のみでなく、複数種の細胞を同時に培養(共培養)した時の細胞挙動の解析も非常に重要であり、このような研究においては、特定の細胞を自在に基板上の望みの位置に配置できる技術が有用なツールとなり得る。また、胚性幹細胞 (ES細胞)をはじめとして様々な細胞に分化する能力を有した幹細胞の存在が明らかになってきている。この幹細胞から特定の細胞へと分化させた細胞の中には、パーキンソン病治療におけるドーパミン産生神経細胞や糖尿病治療におけるβ細胞など医療への応用も考えられるものもあるが、その実現のためには、幹細胞から目的とする特定の細胞へと高効率に分化を誘導し得る技術の確立が不可欠である。幹細胞の主な分化誘導方法の一つに、他の細胞との共培養があり、細胞間の相互作用が幹細胞の分化に様々な影響を及ぼす事が知られている。このように、医療への応用可能な有用細胞の確保の点でも細胞間の相互作用の解析は非常に重要である。
【0003】
また、近年、複数のDNAを一つの基板上にならべたDNAアレイがすでに商品化され、迅速かつ網羅的な解析が可能なツールとして既にその有用性が広く認識されている。DNAの代わりに多数の細胞を一つの基板上に並べた細胞アレイも、迅速かつ網羅的に薬物や環境ホルモンのスクリーニングを行う上で非常に有用であると期待されているが、特定の細胞を自在に基板上の望みの位置に配置する技術を用いれば、この細胞アレイの作製も可能である。また、細胞アレイを用いた薬物のスクリーニングは動物を用いた薬物試験を減らす事ができる可能性があり、動物愛護の観点からも非常に有用である。
【0004】
基板上のあらかじめ決められた位置に細胞を配置する方法や細胞アレイの作製方法に関して既に幾つか報告があり、その具体的な方法としては、金属基板とアルカンチオールを利用したもの(特許文献1)、種々の高分子材料とレーザー光を利用したもの(特許文献2)、蛍光顕微鏡と光分解性保護基を有するシランカップリング剤を利用したもの(特許文献3)などがある。しかしながら、これらの方法においては、操作手順が煩雑であったり、作製に特別な装置を必要とするなどの難点がある。
【特許文献1】特許公表2002-543429
【特許文献2】特許公開2003-033177
【特許文献3】特許公開2006-006214
【非特許文献1】人工臓器、Vol.15、pp. 239−242、1986
【非特許文献2】人工臓器、Vol.16、pp. 1424−1427、1987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、アルブミンを原料として、アルブミンの有しているアルブミン上に細胞が接着しないという性質を保持した透明アルブミンフィルムを作製することを目的とする。
更に、本発明は、基板表面に設けたその透明アルブミンフィルム上のあらかじめ決められた位置に細胞を配置すること、および得られた基板を用いた細胞に関する分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、基板表面でアルブミンをポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理後(非特許文献1、非特許文献2)、水分保持可能な可塑剤を添加して基板表面に塗布することで、アルブミンが本来有する非細胞接着性を損なうことなく、水不溶性で透明なフィルムが得られるという知見を得た。
さらに、当該アルブミンフィルムは、通常のタンパク変性処理を施すことにより、変性処理領域のみに細胞接着性を付与できることを見出した。
【0007】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1) アルブミンを、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理後、水分保持可能な可塑剤を添加して作製したことを特徴とする、細胞非接着性を保持した透明アルブミンフィルム。
(2) 前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、前記(1)に記載の透明アルブミンフィルム。
(3) 前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールのいずれか1つであることを特徴とする、前記(1)または(2)に記載の透明アルブミンフィルム。
(4) 前記(1)ないし(3)のいずれかに記載の透明アルブミンフィルムからなる層を表面に設けた基板。
(5) 前記基板表面に設けられたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域が、たんぱく変性処理が施されたことにより細胞接着性を有するものであることを特徴とする、前記(4)に記載の基板。
(6) 前記たんぱく変性処理が、UV光照射、酸、アルカリ処理、有機溶媒添加、物理的押圧又は加熱処理のいずれか1つであることを特徴とする前記(5)に記載の基板。
(7) 前記基板表面に設けられたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域が、正電荷を有する高分子化合物を含む溶液で処理されたことにより細胞接着性を有するものであることを特徴とする、前記(4)に記載の基板。
(8) 前記あらかじめ決められた位置の細胞接着性を有する領域に、同一または異なる細胞が選択的に付着されていることを特徴とする、前記(5)ないし(7)のいずれかに記載の基板。
(9) 少なくとも下記の(a)ないし(e)の各工程を有していることを特徴とする、前記(4)ないし(7)のいずれか1項に記載の基板を製造する方法;
(a)基板を用意する工程
(b)アルブミンを、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋反応させる工程
(c)(b)で得られた架橋アルブミン溶液に、水分保持可能な可塑剤を添加する工程
(d)(c)で得られた混合溶液を、(a)の基板表面に塗布して、細胞非接着性を保持した透明アルブミンフィルム層を形成させる工程
(e)(d)で得られたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域を、たんぱく変性処理を施すか、または正電荷を有する高分子化合物を含む溶液で処理することにより、当該領域に細胞接着性を付与する工程。
(10) 前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、前記(9)に記載の基板の製造方法。
(11) 少なくとも下記の(a)ないし(f)の各工程を有していることを特徴とする、基板表面上のあらかじめ決められた位置の領域に細胞を配置する方法;
(a)基板を用意する工程
(b)アルブミンを、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋反応させる工程
(c)(b)で得られた架橋アルブミン溶液に、水分保持可能な可塑剤を添加する工程
(d)(c)で得られた混合溶液を、(a)の基板表面に塗布して、細胞非接着性を保持した透明アルブミンフィルム層を形成させる工程
(e)(d)で得られたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域を、たんぱく変性処理を施すか、または正電荷を有する高分子化合物を含む溶液で処理することにより、当該領域に細胞接着性を付与する工程。
(f)(e)で、基板表面に設けられた細胞接着性が付与された領域に細胞を付着させる工程。
(12) 前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、前記(11)に記載された基板表面上のあらかじめ決められた位置に細胞を配置する方法。
(13) 前記(8)に記載の基板を用いることを特徴とする、基板表面上に複数の細胞を並べてその細胞間の相互作用を解析する方法。
(14) 前記(8)に記載の基板表面上の複数のあらかじめ決められた位置に、それぞれ異なる細胞が整列配置されていることを特徴とする細胞アレイ。
(15) 薬剤のスクリーニングの際に用いることを特徴とする前記(14)に記載の細胞アレイ。
(16) 前記(14)に記載の細胞アレイを用いることを特徴とする、薬剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、天然のアルブミンが本来有している細胞非接着性を保持した不溶性の透明アルブミンフィルムを作製できる。また、このアルブミンフィルムは、その性質を損なうことなく4℃で保存可能という利点もある。
さらに、この透明アルブミンフィルムの特定の領域に通常のタンパク変性処理を施すだけで、その領域のみを細胞が接着する領域へと変換することができ、従来の方法のように特別な装置や煩雑な手順を必要とせずに、極めて簡便かつ安価に、また、その作製の段階においても特別な装置を必要とすることなく基板上の任意の位置に細胞を配置することができる。そして、透明の光透過性フィルムであるため、フィルム表面の細胞の形態観察にも適している。この特定の領域に変性処理が施されたアルブミンフィルムも、そのパターンを損なうことなく4℃で保存可能という利点もある。
また、タンパク変性処理領域と未処理の領域との境界が極めて明確であるために、狭いフィルム表面上に多数の細胞接着性領域を自在に設けることができるので、複数の細胞を一つの基板上に並べてその細胞間の相互作用を解析する研究に用いること、および多数の細胞のスポットを整列させた細胞アレイを作製することができる。そして、当該細胞アレイは、種々の薬剤、環境ホルモンや細胞の増殖因子、分化誘導因子、アポトーシス誘導因子などの生理活性物質のスクリーニングに用いることができる。
なお、本発明の原料となる血清アルブミンは、生体由来のタンパク質であって、従来から細胞培養液中にも添加されることの多い物質であり、細胞に対する毒性などの心配も無い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の第一の態様は、天然の血清アルブミンの有する細胞非接着性を保持した不溶性のアルブミンフィルムの作製であって、架橋剤とアルブミンの反応液に少量の可塑剤を添加後、基板上にキャストして作製することを特徴とする。
本明細書において「アルブミン」とは、血清アルブミンを意味する。また、血清アルブミンは血清中のみならず、肺、心臓、腸、皮膚、筋肉や涙、汗、唾液、胃液、腹水などにも存在する事が知られており、血清由来のアルブミンに限定されない。
タンパク質は、おのおの特定の構造を有しており、その機能を発揮するためにはその高次構造が重要である。タンパク質の高次構造は、その高次構造が本来の構造から大きく変化した変性状態と変性していない状態の大きく二通りに分けられる。本明細書において「天然のアルブミン」とは、変性していない状態の本来の高次構造を有するアルブミンを意味する。
本明細書において「基板」とは、アルブミンと架橋剤の反応液をキャストでき得る平面状の支持体をいう。基板材料としては、平滑な表面をもつよう成型され得る固体材料であればいずれでもよく、例えば、ガラス、石英、プラスチックなどが挙げられるがそれらに限定されない。また、その形状は、平板上に限定されることなく、細胞培養用に広く普及しているシャーレやプレートのようなものであってもよい。
【0010】
本発明に用いられる架橋剤は、架橋反応後に親水性が付与される架橋剤のうちでも、特に複数のエポキシ基を有する架橋剤であるポリエポキシ化合物からなる架橋剤であり、たとえば、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル等を用いることができる。中でも、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(n=1〜8)、すなわちエチレングリコール繰り返し単位(n)が1〜8である場合のポリエチレングリコールジグリシジルエーテルが好ましい。nが増大するほど疎水的になるため、nが9以上の場合は、水分保持用の可塑剤を添加してもなお脆く、良好なしなやかさを保持したフィルムは作製できなかった。
また、本発明における可塑剤としては、水分保持可能なものであれば何でもよいが、親水性に優れたものが望ましい。特に、グリセリン、糖類、ポリエチレングリコールなどの高分子化合物等が好ましい。
【0011】
本発明において作製された透明アルブミンフィルムは、低温(4℃付近)において、その性質を損なうことなく保存が可能であり、例えば、一般的な家庭用冷蔵庫中でも保存できる。
【0012】
本発明の第二の態様は、第一の態様で得られた透明アルブミンフィルム表面において、所望のあらかじめ決められた位置の領域にタンパク変性処理を施し、その領域のみを細胞が接着する領域とした後に、同領域に細胞を播種することにより、基板上の任意の位置に細胞を配置することを特徴とする。
本発明における「細胞」としては、典型的には付着性の株化された哺乳動物細胞、癌細胞、または、神経、内皮、皮膚、肺、筋肉、腎臓、肝臓、腸など由来の初代培養細胞などが用いられるが、哺乳類の細胞以外も用いることができ、その生物種は問わない。例えば、昆虫細胞、植物細胞などであってもよく、細菌、酵母などの微生物細胞であってもよい。また、遺伝子導入した組換え体細胞なども使用することができる。
本発明においてタンパク変性処理とは、一般的にタンパク質が変性するといわれている操作であればどのような処理でもよく、たとえばUV光照射、酸、アルカリ、有機溶媒の添加、物理的押圧、加熱処理などがある。
また、透明アルブミンフィルム表面のあらかじめ決められた位置の領域を、正電荷を有する高分子化合物溶液で処理することでも、当該領域を細胞接着性にすることができる。その際の正電荷を有する高分子化合物としては、合成物や天然物のほか、正電荷を有する官能基を、共有結合を介して導入したり、イオン結合を介して正電荷を担持させるなどの手段により正電荷を付加したタンパク質、多糖類、脂質、合成ポリマーなど、正電荷を有していればどのような物質でもよい。典型的には、ポリエチレンイミン、ポリオルニチン、ポリリジン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミンなどが挙げられる。
「正電荷を有する高分子化合物溶液で処理する」とは、上記タンパク質変性処理のための有機溶媒添加の場合と同様の処理であり、具体的には、これら高分子溶液を水や有機溶媒などの溶媒に溶解し、アルブミンフィルム表面の所望の領域に滴下することをいう。好ましくは、一定時間経過後(通常5分程度)にフィルム表面または基板全体を洗浄する。
ここで、当該「正電荷を有する高分子化合物溶液処理」は、アルブミンフィルムに対して、細胞接着性付与効果を示すが、その詳細なメカニズムに関しては不明である。正電荷を有する高分子化合物溶液処理がタンパク変性を促している可能性もあるが、正電荷を有する高分子化合物が、フィルムに存在する負電荷とイオン結合を介して吸着することで、その領域に密な正電荷が付与され、そして、この領域に細胞接着性タンパク質が吸着し、結果的に細胞がこの領域に付着するようになった可能性も十分に考えられる。
本発明において基板上の任意の位置に細胞を配置するとは、基板上の望みの位置に自由に特定の細胞を接着させることができることを意味し、複数の細胞のスポットを一定の領域内に整列させて固定化した細胞アレイを提供することも含まれる。
【0013】
また、細胞の播種方法としては、(1)フィルムの全表面を覆うように細胞培養液を満たした後に、培養液を除去し、フィルム表面のあらかじめタンパク変性を施していた特定の領域のみに細胞を付着させる方法と共に、(2)あらかじめ決められた位置のタンパク変性処理を施した細胞接着領域のみに、同一もしくは異種の細胞を播種することができる。
(2)の場合は、手作業により播種してもよいが、一般的な細胞アレイ製造のための自動的な播種装置を用いることで、正確に細胞接着領域ごとに、同一もしくは異種の細胞を付着させることができる。また、手作業で播種する場合などに、タンパク変性処理が施された領域を目視で確認する必要があれば、タンパク変性処理を特定の領域に施したアルブミンフィルムを冷却すると、タンパク変性処理の影響による表面物性の変化により、変性処理を施した部分とそうでない部分においては水滴のつき方が異なることから、容易に可視化する事ができる。その際、上記各工程において、タンパク変性処理に代えて正電荷を有する高分子化合物溶液による処理を施すことができる。
【0014】
このタンパク変性処理もしくは正電荷を有する高分子化合物溶液処理で細胞接着性となった特定の領域により形成されるパターンを有する透明アルブミンフィルムも、低温(4℃付近)において、その性質を損なう事なく保存が可能であり、例えば、一般的な家庭用冷蔵庫中においても保存可能である。
本発明において得られる透明アルブミンフィルムは、タンパク変性処理をした領域も、非タンパク変性領域と同様に透明な光透過性であるため、細胞の表現型の変化を観察する際に、光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、共焦点レーザースキャン顕微鏡、全反射顕微鏡などの装置を用いることができる。
【実施例】
【0015】
以下、実施例を挙げて説明するが、本発明はこれに限定されない。
(実施例1)
ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)とエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)をそれぞれ3%と215 mMの濃度で20mlのpH 7.4のリン酸緩衝液(PBS)に溶解し、24時間、室温にて攪拌する事により架橋反応を行った。室温にて透析を行う事により未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルを除き、可塑剤としてグリセリンを143μl加えた後、PBSを用いて溶液量を30mlにメスアップした。
このようにして作製した混合溶液をポリプロピレン製の文具用ファイルの上にキャストし、室温にて一晩放置することにより、フィルムを作製した。架橋処理をしていないアルブミンから作製したフィルムは容易に水に溶解するが、この架橋処理を行ったアルブミンを用いて作製したフィルムは水に不溶性であった。
また、このフィルム上への細胞接着を検討するために、上記の混合溶液をろ過滅菌後、細胞培養用シャーレに加え、クリーンベンチ中にて一晩風乾することによりシャーレ上にフィルムを形成させた。この架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレにマウス繊維芽細胞株L929を4.8×104 cells/cm2の濃度で播種した。37℃、5%CO2の条件にて5時間培養後において、何もコーティングしていない細胞培養用シャーレには非常に多くの細胞接着が見られその接着率は87%であったが(図1-a参照)、架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレ上には細胞の接着が見られなかった(図1-b参照)。このように、天然のアルブミンの有する細胞非接着性を保持した水に不溶性の透明アルブミンフィルムを作製することができた。
【0016】
(実施例2)
実施例1に記載の方法により作製した架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレに直径2 mmの円形スポットの穴を16個開けたステンレス板(ステンレス板の厚み;0.5mm、スポット同士の間隔;2 mm)を被せ、クリーンベンチに付属している殺菌灯(東芝殺菌ランプGL15、波長;254 nm、15W)を3時間照射して特定の部分にのみUV光を当てた。その後、ステンレス板をはずし、氷の上に置き冷却したところ、UV光が照射された部分にのみに水滴が付着し(図2参照)、UV光が照射された領域、すなわち細胞接着領域を可視化できることが分かった。
【0017】
(実施例3)
実施例1に記載の方法により作製した架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレに直径1mmの円形スポットの穴を4個開けたステンレス板(ステンレス板の厚み;0.5 mm、スポット同士の間隔;1mm)を被せ、クリーンベンチに付属している殺菌灯(東芝殺菌ランプGL15、波長;254 nm、15W)を3時間照射して特定の部分にのみUV光を当てた。その後、ステンレス板をはずし、全面にL929細胞を播種し、細胞培養下において培養を行ったところ、UV光が照射された部分にのみ細胞の接着が見られ(図3参照)、一つの基板上に細胞のスポットが並んだ細胞アレイを容易に作り出せることが分かった。
【0018】
(実施例4)
実施例1に記載の方法により作製した架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレに10%グルタルアルデヒド溶液(Wako社製)、6M グアニジン塩酸塩溶液(Wako社製)、ジメチルスルホキシド(DMSO, ナカライ社製)、0.005% ポリオルニチン溶液(SIGMA 社製)、0.2% ポリエチレンイミン溶液(SIGMA社製)、超純水をそれぞれ加え、室温にて1時間曝露した。その後、添加した溶液を吸引し超純粋でよく洗浄した。この種々の化学薬品溶液に曝露した架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレにマウス繊維芽細胞株L929を2×104 cells/cm2の濃度で播種し、37℃、5%CO2の条件にて培養した。培養6時間後において、超純水に曝露した架橋アルブミンフィルムコーティングシャーレには細胞の接着は見られず、フィルムの細胞非接着性は保持されていたが(図4-f参照)、グルタルアルデヒド溶液(図4-a参照)、グアニジン塩酸塩溶液(図4-b参照)、DMSO(図4-c参照)、ポリオルニチン溶液(図4-d参照)、ポリエチレンイミン溶液(図4-e参照)に曝露した架橋アルブミンフィルムコーティングシャーレでは細胞接着が見られるようになった。特にグアニジン塩酸塩溶液、ポリオルニチン溶液、ポリエチレンイミン溶液に曝露した場合において、顕著な細胞接着が見られた。このように、天然のアルブミンの有する細胞非接着性を保持しているアルブミンフィルムを種々の化学薬品溶液に曝露することにより、細胞接着性へと変換できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明により、簡便かつ安価で特別な装置も必要とすることなく、望みの位置に細胞を配置することができる。このような、基板上の任意の位置に細胞を配置できる技術を用いれば、薬物スクリーニングにおいて強力なツールとなる細胞アレイの作製も可能である。また、複数種の細胞の共培養による細胞間相互作用の解析の研究においても有用であり、更に、幹細胞と他の細胞との細胞間相互作用の研究に適用することにより、幹細胞を医療への応用可能な特定の有用細胞へと導くための多くの知見も得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の透明アルブミンフィルムが細胞非接着性であること:(実施例1) (b)は、実施例1で得られた、表面が透明アルブミンフィルムで覆われたシャーレであり、(a)は、何もコーティングされていない細胞培養用のシャーレである。
【図2】本発明の透明アルブミンフィルム上の複数のタンパク変性処理を施した領域が冷却による水滴付着で可視化できること:(実施例2) なお、冷却前は、全面が透明であった。
【図3】本発明の透明アルブミンフィルム表面のタンパク変性処理を施した領域のみが細胞接着性を有していること:(実施例3)
【図4】本発明の細胞非接着性を有する透明アルブミンフィルムが化学薬品溶液の曝露により細胞接着性へと変換できること:(実施例4)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルブミンを、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理後、水分保持可能な可塑剤を添加して作製したことを特徴とする、細胞非接着性を保持した透明アルブミンフィルム。
【請求項2】
前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、請求項1に記載の透明アルブミンフィルム。
【請求項3】
前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールのいずれか1つであることを特徴とする、請求項1または2に記載の透明アルブミンフィルム。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の透明アルブミンフィルムからなる層を表面に設けた基板。
【請求項5】
前記基板表面に設けられたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域が、たんぱく変性処理が施されたことにより細胞接着性を有するものであることを特徴とする、請求項4に記載の基板。
【請求項6】
前記たんぱく変性処理は、UV光照射、酸、アルカリ処理、有機溶媒添加、物理的押圧又は加熱処理のいずれか1つであることを特徴とする、請求項5に記載の基板。
【請求項7】
前記基板表面に設けられたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域が、正電荷を有する高分子化合物を含む溶液で処理されたことにより細胞接着性を有するものであることを特徴とする、請求項4に記載の基板。
【請求項8】
前記あらかじめ決められた位置の細胞接着性を有する領域に、同一または異なる細胞が選択的に付着されていることを特徴とする、請求項5ないし7のいずれか1項に記載の基板。
【請求項9】
少なくとも下記の(a)ないし(e)の各工程を有していることを特徴とする、請求項4ないし7のいずれか1項に記載の基板を製造する方法;
(a)基板を用意する工程
(b)アルブミンを、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋反応させる工程
(c)(b)で得られた架橋アルブミン溶液に、水分保持可能な可塑剤を添加する工程
(d)(c)で得られた混合溶液を、(a)の基板表面に塗布して、細胞非接着性を保持した透明アルブミンフィルム層を形成させる工程
(e)(d)で得られたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域を、たんぱく変性処理を施すか、または正電荷を有する高分子化合物を含む溶液で処理することにより、当該領域に細胞接着性を付与する工程。
【請求項10】
前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、請求項9に記載の基板の製造方法。
【請求項11】
少なくとも下記の(a)ないし(f)の各工程を有していることを特徴とする、基板表面上のあらかじめ決められた位置の領域に細胞を配置する方法;
(a)基板を用意する工程
(b)アルブミンを、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋反応させる工程
(c)(b)で得られた架橋アルブミン溶液に、水分保持可能な可塑剤を添加する工程
(d)(c)で得られた混合溶液を、(a)の基板表面に塗布して、細胞非接着性を保持した透明アルブミンフィルム層を形成させる工程
(e)(d)で得られたフィルム層上のあらかじめ決められた位置の領域を、たんぱく変性処理を施すか、または正電荷を有する高分子化合物を含む溶液で処理することにより、当該領域に細胞接着性を付与する工程。
(f)(e)で、基板表面に設けられた細胞接着性が付与された領域に細胞を付着させる工程。
【請求項12】
前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、請求項11に記載された基板表面上のあらかじめ決められた位置に細胞を配置する方法。
【請求項13】
請求項8に記載の基板を用いることを特徴とする、基板表面上に複数の細胞を並べてその細胞間の相互作用を解析する方法。
【請求項14】
請求項8に記載の基板表面上の複数のあらかじめ決められた位置に、それぞれ異なる細胞が整列配置されていることを特徴とする細胞アレイ。
【請求項15】
薬剤のスクリーニングの際に用いることを特徴とする請求項14に記載の細胞アレイ。
【請求項16】
請求項14に記載の細胞アレイを用いることを特徴とする、薬剤のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−174714(P2008−174714A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−237025(P2007−237025)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】