説明

絶縁物品およびその製造方法

【課題】表面延設方向における電気絶縁性を示す絶縁物品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】絶縁物品は、電気絶縁性をもつ材料で形成された基部2と、基部2の表面の上に積層されクロムを母材とすると共に網目状クラックが形成された金属光沢をもち且つ網目状クラックにより膜延設方向における電気絶縁性が高められたクロム膜3とを有する。網目状クラックによりクロム膜3の膜延設方向(A1方向)における電気絶縁性が高められている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は絶縁物品およびその製造方法に関する。絶縁物品としては、例えば、マーク等の装飾部品、ドアハンドル等のハンドル、ラジエータグリル等のグリルが挙げられる。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は装飾クロムめっき製品およびその製造方法を開示する。このものによれば、樹脂製の基部、下地銅めっき膜、ニッケルめっき膜、電気めっき等で形成されたクロムめっき膜、不導態膜の順に積層されてクロムめっき製品が形成されている。このものによれば、製造後において、クロムめっき膜にマイクロクラックが自然発生し、耐食性を低下させることに着目している。電気めっきで形成されたクロムめっき膜は、高い電着応力を残留させていたためマイクロクラックを自然発生させるおそれがある。そしてこのものでは、製造段階で、マイクロクラックを予めクロムめっき膜に形成しておき、その後、クロムめっき膜を不導態化処理させることによりクロムめっき膜の上に不導態膜を形成させることにしている。不導態膜はマイクロクラックの底まで形成されているため、高い耐食性を示すことができる。これにより装飾クロムめっき製品の耐食性を改善させている。
【0003】
特許文献2は、アンテナ部を搭載したドアハンドルへ被着させる被膜として、金属微粒子を堆積させた金属膜を用いるドアハンドル装置を開示する。このものによれば、金属膜により金属光沢を発揮させて意匠性を高めている。このものによれば、金属微粒子で成膜された金属膜は微視的には不連続部分を有するため、アンテナ部のアンテナ出力の損失を抑えることができる。
【0004】
特許文献3は、アンテナ部を内蔵するドアハンドルにスパッタリングにより金属薄膜を形成するアンテナ内蔵装置を開示する。スパッタリングにより形成された金属薄膜は、厚みが薄いため、アンテナ部のアンテナ出力の損失を抑えることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−50656号公報
【特許文献2】特開2005−113475号公報
【特許文献3】特開2007−142784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に係る技術は、装飾クロムめっき製品を対象とするものであるため、電気絶縁性および導電性を問うものではない。しかしながらクロムめっき膜の下地としてニッケルめっき膜がこれの表面延設方向に沿って広く延設されているため、ニッケルめっき膜は二次元的に広く延設されており、ニッケルめっき膜はこれの二次元方向(膜延設方向)における良好な導電性を示してしまう。結果として、特許文献1に係る技術は、電気絶縁性を必要とする分野には適用することはできない。
【0007】
特許文献2に係る技術は、金属微粒子で成膜された金属塗装膜は微視的には金属の不連続部分を有するが、膜延設方向の電気絶縁性は必ずしも満足できるものではない。特許文献3に係る技術は、一般的なスパッタリングにより形成された膜であるため膜延設方向には連続膜であり、膜延設方向の電気絶縁性は得られない。結果として、特許文献2,3に係る技術は、膜延設方向の電気絶縁性を必要とする分野には適用するには限界がある。
【0008】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、金属光沢性を示すと共に表面延設方向における良好な電気絶縁性を示す絶縁物品およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)様相1の本発明に係る絶縁物品は、電気絶縁性をもつ材料で形成された基部と、基部の表面に積層されクロムを母材とすると共に網目状クラックが形成され且つ網目状クラックにより膜延設方向における電気絶縁性をもつクロム膜とを具備する。
【0010】
基部は、絶縁物品のベースとなる部位である。基部は、基部本体と、基部本体に積層された中間膜とを有する構成にできるが、中間膜を積層していない場合も含む。クロム膜はクロムを母材とすると共に、金属光沢をもつ。クラック溝を形成する網目状クラックがクロム膜に形成されている。網目状クラックのクラック溝は、網目状クラックで包囲され互いに隣設する島状部同士の導電性を遮断させるため、クロム膜の膜延設方向の電気絶縁性を高めることができる。このため、クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性が高められている。従って、絶縁部品はクロム膜により金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向における電気絶縁性を確保している。膜延設方向とは、クロム膜の厚みを無視するとき、クロム膜の膜表面が延設されている方向を意味する。ここで、絶縁物品として、マーク等の装飾部品、ドアハンドル等のハンドル、ラジエータグリル等のグリルが挙げられる。ハンドルとしてはドアハンドルが例示される。ドアハンドルとしては、自動車、トラック等の車両等に代表される可動物体用、建築物用等が挙げられる。
【0011】
(2)様相2の本発明に係る絶縁物品によれば、上記様相において、クロム膜の厚みを示す断面において、基部は、クロム膜で覆われた静電容量型タッチセンサ部を有する。クロム膜の厚みを示す断面において、基部は、保護膜と反対側に位置しつつクロム膜で覆われた静電容量型タッチセンサ部を有する。このセンサ部は、保護膜と反対側に位置しつつ、膜延設方向に電気絶縁性を示すクロム膜で覆われているため、タッチセンサ部の付近の電気絶縁性が確保され、静電容量型タッチセンサ部のセンサ機能を良好に発揮できる。
【0012】
(3)様相3の本発明に係る絶縁物品によれば、上記様相において、クロム膜の厚みを示す断面において、基部は、クロム膜の外方から伝搬される電波を受信すると共に、クロム膜で覆われたアンテナ部を有する。一般に、クロム膜等の金属膜はこれの厚み方向の電波を遮蔽する作用がある。しかしクロム膜に網目状クラックが形成されており、網目状クラックの部分はクロム成分(金属成分)ではないため、クロム膜は厚み方向において電波透過性を示すことができる。従って、クロム膜の裏側にアンテナ部が設けられているときであっても、クロム膜の外方から伝搬される電波をクロム膜の網目状クラックに透過させ、その電波をアンテナ部に受信させることができる。
【0013】
(4)様相4の本発明に係る絶縁物品は、上記様相において、基部はドアハンドル本体である。クロム膜はクロムを母材とすると共に、金属光沢をもつ。従って絶縁物品はドアハンドルである。ここで、網目状クラックがクロム膜に形成されており、網目状クラックのクラック溝はクロム膜の膜延設方向における導電性を遮断させるため、クロム膜においてこれの膜延設方向における電気絶縁性が高められている。従って、絶縁部品はクロム膜により金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向における電気絶縁性を確保している。一般にクロム膜等の金属膜は厚み方向の電波透過性を示さない。しかし網目状クラックにより、クロム膜は電波透過性を示すこともできる。
【0014】
(5)様相5の本発明に係る絶縁物品の製造方法は、電気絶縁性をもつ材料で形成された基部を用い、基部の表面に成膜処理を施すことにより、網目状クラックにより膜延設方向における電気絶縁性をもつクロム膜を形成するクロム膜形成工程を備えている。成膜工程では、電気絶縁性をもつ材料で形成された基部を用い、基部の表面に成膜処理を施す。これにより、網目状クラックが形成されたまたは網目状クラックが形成され得る金属光沢をもつクロム膜を、基部に積層させる。成膜処理としては、物理的成膜処理、化学的成膜処理が挙げられる。物理的成膜処理としては、スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法等が例示される。化学的成膜処理としてCVD法が例示される。成膜処理によれば、成膜速度等の成膜条件によっては、網目状クラックをもつクロム膜が形成されることがある。
【0015】
(6)様相6の本発明に係る絶縁物品の製造方法によれば、クロム膜形成工程は、網目状クラックが形成されたまたは網目状クラックが形成され得るクロムを母材とするクロム膜を基部の表面に積層させる成膜工程と、少なくともクロム膜を加熱処理することにより、クロム膜において網目状クラックを形成するか、または、成膜時に形成されている形成されている網目状クラックのクラック溝幅を拡げ、クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性を高める加熱工程とを順に実施する。
【0016】
成膜工程後において、少なくともクロム膜を加熱処理する。これにより、成膜時に網目状クラックが形成されていないクロム膜において網目状クラックを形成するか、または、成膜時に形成されている網目状クラックのクラック溝幅を拡げる。これによりクロム膜の膜延設方向における電気絶縁性を高めることができる。加熱温度としては60℃以上、80℃以上とすることができ、温度範囲としては50〜200℃の範囲内、60〜150℃の範囲内が例示される。
【0017】
好ましくは、加熱処理後、透明または半透明の電気絶縁性をもつ保護膜をクロム膜に積層させることができる。これにより網目状クラックを備えるクロム膜を保護させることができる。保護膜は透明または半透明であるため、クロム膜の光沢を保護膜の外方に発揮させることができる。ここで、クロム膜はクロムを母材とすると共に、金属光沢をもつ。網目状クラックがクロム膜に形成されているため、クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性が高められている。従って、絶縁部品はクロム膜により金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向における電気絶縁性を確保している。クロム膜付近にセンサ部が設けられている場合であっても、センサ部付近の環境の電気絶縁性が確保され、センサ部のセンサ機能が確保される。また一般に、網目状クラックを備えていないクロム膜等の金属膜は、厚み方向に電波遮蔽性(電波減衰性)がある。しかし網目状クラックを持つクロム膜は、電波遮蔽性が大幅に低く、アンテナ等の動作にも有利である。
【0018】
(7)様相7の本発明に係る絶縁物品の製造方法によれば、上記した請求項において、基部はドアハンドル本体である。クロム膜はクロムを母材とすると共に、金属光沢をもつ。従って絶縁物品はドアハンドルである。ここで、網目状クラックがクロム膜に形成されており、網目状クラックのクラック溝はクロム膜の膜延設方向における導電性を遮断させるため、クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性が高められている。従って、絶縁部品はクロム膜により金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向における電気絶縁性を確保している。クロム膜付近にセンサ部が設けられている場合であっても、センサ部付近の環境の電気絶縁性が確保され、センサ部のセンサ機能が確保される。一般にクロム膜等の金属膜は厚み方向の電波透過性を示さない。しかし網目状クラックにより、クロム膜は電波透過性を示すこともできる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る絶縁物品によれば、クロム膜により金属光沢を発揮させつつも、絶縁物品の表面延設方向における良好な電気絶縁性を確保している。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態1に係り、絶縁物品の断面を模式的に示す断面図である。
【図2】(a)(b)は実施形態2に係り、絶縁物品の断面を模式的に示す断面図である。
【図3】実施形態3に係り、絶縁物品の断面を模式的に示す断面図である。
【図4】実施形態4に係り、絶縁物品の断面を模式的に示す断面図である。
【図5】実施形態5に係り、ドアハンドルを模式的に示す断面図(図6のV−V線に沿った断面図)である。
【図6】実施形態5に係り、ドアハンドルを模式的に示す正面図である。
【図7】実施形態5に係り、ドアハンドルを模式的に示す断面図(図5のVII−VII線に沿った断面図)である。
【図8】網目状クラック無し(加熱処理なし)と網目状クラック有り(加熱処理有り)について、平板状試験片に形成されたクロム膜(成膜速度:0.6ナノメートル/sec,厚み:50ナノメートル)を光学顕微鏡で撮影した顕微鏡写真を示す図である。
【図9】加熱処理前と加熱処理後について、平板状試験片に形成されたクロム膜(成膜速度:2ナノメートル/sec,厚み:50ナノメートル)を光学顕微鏡で撮影した顕微鏡写真を示す図である。
【図10】試験例3に係り、試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
基部は、少なくとも表面が電気絶縁性を有する。好ましくは、基部は、基部本体と、基部本体に積層された電気絶縁性を持つ材料で形成された中間膜とを有する構成にできる。あるいは、基部全体を、電気絶縁性をもつ材料で形成しても良い。クロム膜は質量比でクロムを60%以上含有する膜をいう。クロム膜は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。他の成分としては、バナジウム、ニッケル、モリブデン、鉄のうちの少なくとも1種が挙げられ、クロム膜の全体を100%とするとき、質量比で、20%以下、10%以下、5%以下で含有されていても良い。クロム膜の厚みとしては特に限定されるものではないが、10〜500ナノメ−トル、10〜300ナノメ−トル、10〜200ナノメ−トルが例示される。クロム膜の厚みが厚くなりすぎると、コスト高となり、更に電波透過性が低下する恐れがある。クロム膜は物理的成膜方法または化学的成膜方法で成膜できる。場合によっては電気めっきでも良い。物理的成膜処理としてはドライプロセスが好ましい。具体的には、スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法等が例示される。化学的成膜処理としてCVD法が例示される。場合によっては電気めっき等のウェットプロセスでも良い。クロム膜には網目状クラックが形成されている。クロム膜の全域に網目状クラックが形成されていることが好ましい。場合によっては、クロム膜のうち電気絶縁性を要請される一部のみに、網目状クラックが形成されていても良い。網目状クラックで包囲された島状部については、隣設する島状部が互いに接触しなければ、クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性が確保される。電気絶縁性を考慮すると、網目状クラックのクラック溝幅は大きい方が好ましい。すなわち、網目状クラックを横断する方向のクラック溝幅が大きいと、網目状クラックで区画される島状部が互いに接触しにくくなるため、クロム膜の電気絶縁性を効果的に高くできるが、網目状クラックを横断する方向のクラック溝幅が小さいと、網目状クラックで区画される島状部が接触する確率がある。一方、網目状クラックのクラック溝幅が大きくなりすぎると、クラックが目視でわかるようになるなど金属光沢性が低下するおそれがある。かかる点を考慮し、網目状クラックを横断する方向のクラック溝幅としては、網目状クラックのサイズ、クロム膜の厚み等にもよるが、1〜500ナノメートルの範囲、5〜400ナノメートルの範囲、10〜300ナノメートルの範囲、5〜200ナノメートルの範囲にできる。 50〜1000ナノメートルの範囲にできる。
【0022】
本発明に係る絶縁物品の製造方法の一態様としては、次を採用できる。すなわち、(i)電気絶縁性をもつ材料で形成された基部を用い、基部の表面に成膜処理を施すことにより、金属光沢をもち且つクロムを母材とするクロム膜を基部の表面に積層させる成膜工程と、(ii)少なくともクロム膜を加熱処理することにより、クロム膜に網目状クラックを形成し、膜延設方向における電気絶縁性を高める加熱工程とを順に実施する。好ましくは、その後、透明または半透明の電気絶縁性をもつ保護膜をクロム膜に積層させる工程を実施する。
【0023】
更に、他の態様として、(i)少なくとも表面が電気絶縁性をもつ材料で形成された基部を用い、基部の表面に成膜処理を施すことにより、網目状クラックが形成された金属光沢をもち且つクロムを母材とするクロム膜を基部の表面に積層させる成膜工程と、(ii)少なくともクロム膜を加熱処理することにより、成膜時に形成されている形成されている網目状クラックのクラック溝幅を拡げ、膜延設方向における電気絶縁性を高める加熱工程とを順に実施する。好ましくは、その後、透明または半透明の電気絶縁性をもつ保護膜をクロム膜に積層させる工程を順に実施する。加熱工程において網目状クラックを形成したり、クラック溝幅を増加したりできるため、クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性を高めることができる。加熱後にクロム膜が常温に戻っても、クラック溝幅は増加したままであることが確認されている。クロム膜の厚みを示す断面において、島状部の周縁が基部から離間するように反っているためと考えられる。加熱工程は、電気炉による加熱に限定されず、ビーム径を拡大させて単位面積あたりのエネルギ密度を低下させたレーザビームによる加熱、マイクロ波による加熱、クロム膜の内部に高周波の誘導電流を通電させる誘導加熱等を採用しても良い。
【0024】
(実施形態1)
図1は実施形態1の概念を示す。図1はクロム膜3の厚みを示す断面を示す。図1に示すように、絶縁物品は、(i)基部2と、(ii)クロムを母材とすると共に網目状クラック3cが形成された金属光沢をもち且つ網目状クラック3cにより膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性が高められた金属膜として機能するクロム膜3と、(iii)透明または半透明の電気絶縁性をもつ樹脂で形成された保護膜4とがこの順に配置されて形成されている。
【0025】
基部2は、電気絶縁性をもつ樹脂を基材とする基部本体2aと、基部本体2aの表面2sに積層された電気絶縁性をもつ材料である樹脂を塗装等で積層して形成された中間膜2c(例えば下塗り塗装膜)とを有する。基部本体2aを形成する樹脂としては、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂のいずれでも良く、ナイロン、ポリアセタール、ポリカーボネイト(PC)、ABS(ポリプロピレン・アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合合成)樹脂、変成PPE樹脂、PBT(ポリブチレンテレフタレート)樹脂、PET(ポリエチレンテレフタレート)樹脂、PPS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂、PEK(ポリエーテルケトン)樹脂、PEKK(ポリエーテルケトンケトン)樹脂、PKS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂等の1種または2種以上が例示される。よってアロイ樹脂としても良い。例えば、PC/PBT樹脂、PC/ABS樹脂としても良い。中間膜2cは平滑性を得るのに有効であり、塗装膜で形成できる。
【0026】
一般に、樹脂成型品の表面は相当の表面粗さがあり、500nm以下の薄い金属膜を成膜した場合、金属膜表面も樹脂の表面粗さを反映した凹凸が残る。この場合、乱反射により、金属調ではあるが、鏡面のような光沢は得られ難い。そのため、中間膜2cにより平滑性を確保することで、鏡面状の金属光沢が実現できる。中間膜2cを形成する樹脂としてはウレタン樹脂、アクリル樹脂、アクリルウレタン樹脂、エポキシ樹脂が例示される。保護膜4を形成する樹脂としては、スプレー等でクリア上塗り塗装膜にでき、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、アクリルウレタン樹脂、エポキシ樹脂、アミノアルキド樹脂等が例示される。但しこれらに限定されるものではない。熱乾燥により保護膜4を硬化させ得る。中間膜2cの厚みtmは例えば5〜100マイクロメートル、特に10〜40マイクロメートルにできる。クロム膜3の厚みtcrは金属光沢性絶縁物品の種類によって相違するものの、例えば、10〜1000ナノメートル、10〜500ナノメートル、20〜500ナノメートル、20〜300ナノメートルにできる。クロム膜3の厚みが厚くなり過ぎると電波透過性が低下する恐れがあるため、膜厚は500ナノメートル以下が望ましい。また、クロム膜3の厚みが10ナノメートル以下になると基材が透けて見える恐れがあるため、10ナノメートル以上が好ましい。保護膜4の厚みtpは例えば2〜200マイクロメートル、特に10〜50マイクロメートルにできる。保護膜4は、500ナノメートル以下の薄いクロム膜3に傷やはがれが生じることを保護する効果を持つ。平滑性のある中間膜2cの上に成膜したクロム膜3はクロムを母材とすると共に、鏡面状の金属光沢をもつ。クロム膜3は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。クロム膜3は、スパッタリング等の成膜手段によりその膜の面内方向に引っ張り方向の内部応力が残留し得るような条件で成膜され、成膜中あるいはその後の熱処理により、網目状クラック3cが生成している。このため、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性が高められている。従って、絶縁部品は、クロム膜3により金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向(矢印A1方向)における良好な電気絶縁性を確保している。クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性を高めるためには、網目状クラック3cの底側は中間膜2cに到達していることが好ましい。更に、クロム膜3の厚み方向(矢印T方向)においても、クロム膜3の下地に形成されている中間膜2cは樹脂で形成されており、電気絶縁性を示すため、絶縁部品は厚み方向(矢印T方向)においても電気絶縁性を確保している。一般に、網目状クラック3cを備えていないクロム膜3等の金属膜は、厚み方向に電波遮蔽性がある。しかし網目状クラック3cを持つクロム膜3は、網目状クラック3cにより、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における連続性が遮断されるため、電波遮蔽性が大幅に低く、アンテナ等の動作にも有利である。
【0027】
なお、クロム膜3、保護層4のシート抵抗については、1×103Ω/□以上が好ましく、特に、1×104Ω/□以上、1×105Ω/□以上が好ましい。但しこれに限定されるものではない。また、基部2の体積抵抗としては、1×105Ω・cm以上が好ましく、1×106Ω・cm以上、1×107Ω・cm以上が好ましい。但しこれに限定されるものではない。
【0028】
上記した絶縁物品の製造方法は次のようである。まず、電気絶縁性をもつ樹脂材料を母材として形成された中間膜2cが積層された基部本体2aを用いる。次に、基部本体2aの中間膜2cに成膜処理を施すことにより、クロム膜3を中間膜2cに積層させる成膜工程を実行させる。成膜処理としては、スパッタリングを採用できる。クロム膜3は、金属光沢をもち且つクロムを母材とする。クロム膜3の純度としては高くできる。
【0029】
成膜速度等の成膜条件によっては、クロム膜3に網目状クラック3cが成膜中に形成されたり、形成されなかったりする。成膜時の引張応力が影響しているものと推察される。本発明者が行った試験によれば、クロム膜3の成膜速度が速い程、成膜されたクロム膜3に網目状クラック3cが形成され易い。また、クロム膜3の厚みが厚い程、成膜されたクロム膜3に網目状クラック3cが形成され易い。その理由としては、成膜速度が速い程、または、クロム膜3の厚みが厚い程、クロム膜3における内部歪みが大きくなるためと推察される。
【0030】
次に、中間膜2cを介して積層されているクロム膜3をもつ基部本体2aを、所定温度に保持した電気炉の炉室に装入し、クロム膜3を基部2と共に所定温度(60〜150℃の範囲の任意値)に所定時間(1〜60分間の範囲内の任意値)に加熱させ、その後、クロム膜3を基部本体2aと共に冷却させる加熱処理を実行させる。所定温度および所定時間は、絶縁物品の種類、クロム膜3の厚み、クロム膜3の純度等によって適宜選択される。冷却は自然冷却とすることができる。場合によっては、水、ミスト、気体等の冷媒によって、クロム膜3を強制的に冷却させても良い。上記した加熱処理により、基部本体2aに積層されているクロム膜3(成膜時に網目状クラックが形成されなかったクロム膜3)において網目状クラック3cを形成するか、または、成膜時に形成されている網目状クラック3cのクラック溝幅を拡げ、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性を高める。クロム膜3は薄膜であるため、網目状クラックはクロム膜3の厚み方向の全体に形成されているものと考えられる。
【0031】
このように成膜処理後においてクロム膜3を基部本体2aと共に加熱処理することにより、クロム膜3において網目状クラック3cを形成するか、または、形成されている網目状クラック3cのクラック溝幅を拡げる。これによりクロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性を高めることができる。その後、透明または半透明の電気絶縁性をもつ樹脂を母材とする保護膜4をクロム膜3の上面に塗装等で積層させる。これによりクロム膜3を保護膜4で保護させる。保護膜4は透明または半透明であるため、クロム膜3の光沢を保護膜4の外方に視認させることができる。場合によってはクロム膜3の耐久性が確保される場合には、保護膜4を廃止することもできる。
【0032】
本実施形態によれば、クロム膜3はクロムを母材とすると共に、金属光沢をもつ。網目状クラック3cがクロム膜3に形成されているため、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性が高められている。網目状クラック3cのクラック溝幅が広いと、網目状クラック3cで区画される島状部が互いに離間し、クラック溝の溝幅が広がり、クロム膜3の電気絶縁性を高くできる。かかる点を考慮し、網目状クラック3cのクラック溝幅としては、50〜1000ナノメートルの範囲、10〜500ナノメートルの範囲、20〜400ナノメートルの範囲、30〜300ナノメートルの範囲、40〜200ナノメートルの範囲にできる。但しこれらに限定されない。従って、絶縁部品はクロム膜3により金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性を確保している。更に、クロム膜3の下地となる中間膜2cについても、高い絶縁性をもつ樹脂を母材として形成されているため、膜延設方向(矢印A1方向)においても、厚み方向(矢印T方向)においても電気絶縁性を更に高めることができる。
【0033】
以上説明したように本実施形態に係る絶縁物品によれば、クロム膜3により金属光沢を発揮させつつも、基部2の表面延設方向(クロム膜3の膜延設方向)における電気絶縁性を確保している。クロム膜3のクロムは不働態化するため、腐食の進行が抑制される。一般に、網目状クラック3cを備えていないクロム膜3等の金属膜では、厚み方向に電波遮蔽性がある。しかし網目状クラック3cを持つクロム膜3では、網目状クラック3cにより、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における連続性が遮断されるため、電波遮蔽性が大幅に低く、アンテナ等の動作にも有利である。
【0034】
なお、特許文献1(特開2008−50656号公報)では、クロム膜3の下地となる中間膜はニッケル膜であるため、ニッケルとクロムとの電位差に起因する腐食が発生するおそれがある。この点本実施形態によれば、クロム膜3の下地となる中間膜2cは樹脂を母材とするため、腐食の不具合が抑制されている。クロム膜3は、樹脂を母材する中間膜2cおよび保護膜4で挟持されているため、電位差に起因する腐食が抑制されている。上記したニッケル膜は導電性を有すること、電波透過性が悪いこと、静電容量型タッチセンサの誤動作につながるおそれがある。
【0035】
(実施形態2)
図2(a)(b)は実施形態2の概念を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有する。以下、相違する部分を中心として説明する。図2(a)(b)はクロム膜3の厚みを示す断面を示す。図2(a)では、クロム膜3と基部2の表面との間に、中間膜は形成されていない。樹脂を母材とする基部2の表面にクロム膜3が直接積層されており、クロム膜3は網目状クラックを備えている。網目状クラック3cの底側は基部2に到達していることが好ましい。この場合、基部2の母材はクロム膜3との密着性が良いものとされている。基部2は電気絶縁体である。クロム膜3は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。
【0036】
図2(b)では、クロム膜3と樹脂製の基部本体2aとの間に、中間膜2cは塗装膜等で形成されている。クロム膜3と基部本体2aとの接合性を高める等の理由により、中間膜2cは複膜であり、樹脂を母材とする第1中間膜2caと、第1中間膜2caと異なる樹脂を母材とする第2中間膜2cbとで形成されている。第1中間膜2caおよび第2中間膜2cbにより、クロム膜3と基部本体2aとの間における熱膨張係数の差を調整することができる。基部2は電気絶縁体である。クロム膜3は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。
【0037】
(実施形態3)
図3は実施形態3の概念を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有する。以下、相違する部分を中心として説明する。図3に示すように、基部本体2aには、クロム膜3の裏側にセンサ部5が搭載されている。センサ部5は保護膜4と反対側に位置するようにクロム膜3で覆われている。従って図3に示すように、保護膜4,クロム膜3,中間膜2c,基部本体2a、センサ部5がこの順に配置されている。センサ部5としては、静電容量センサ、渦電流センサ等が例示される。上記したようにセンサ部5は、クロム膜3の表面に沿って延設されている膜延設方向(矢印A1方向)において電気絶縁性を示すクロム膜3で覆われている。このためクロム膜3は良好な金属光沢性を示しつつも、センサ部5を配置する環境の電気絶縁性が良好に確保され、センサ部5はセンサ機能を良好に発揮できる。このように金属光沢性をもつクロム膜3がセンサ部5を包囲しているものの、センサ部5のセンシング性能に影響を与えない。クロム膜3は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。
【0038】
(実施形態4)
図4は実施形態4の概念を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有する。以下、相違する部分を中心として説明する。図4に示すように、基部本体2aには、保護膜4の外方から伝搬される電波を受信すると共にクロム膜3の裏側に位置するようにアンテナ部57が搭載されている。アンテナ部57の全域は、クロム膜3の裏側においてつまり保護膜4と反対側に位置するようにクロム膜3で覆われている。図4に示すように、保護膜4,クロム膜3,中間膜2c,基部本体2a、アンテナ部57がこの順に配置されている。
【0039】
一般に、網目状クラック3cを備えていないクロム膜3等の金属膜は、厚み方向の電波透過性を示さない。しかしクロム膜3の全域には網目状クラック3cが形成されている。網目状クラック3cの部分はクロム成分ではなく隙間であるため、クロム膜3はこれの厚み方向において電波透過性を高めることができる。従って、保護膜4およびクロム膜3の裏側にアンテナ部57が設けられているときであっても、保護膜4の外方から伝搬される電波をクロム膜3の網目状クラック3cに透過させ、その電波をアンテナ部57に受信させることができる。クロム膜3は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。
【0040】
(実施形態5)
図5〜図7は本発明を車両または建築物のドアハンドル6に適用した実施形態5の概念を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有する。以下、相違する部分を中心として説明する。図5は、ドア600のドアパネル610に取り付けられているドアハンドル6の断面を示す。ドアハンドル6は、ユーザが携帯するスマートキーの接近または離間に基づいてドアロックの施錠および解錠を行うスマートキーシステムに使用される。図5に示すように、ドアハンドル6は、(i)樹脂を母材とする基部としてのドアハンドル本体7と、(ii)電気絶縁性をもつ材料である樹脂を母材とするように塗装された中間膜2cと、(iii)クロムを母材とすると共に網目状クラック3cが形成された金属光沢をもち且つ網目状クラック3cにより膜延設方向における電気絶縁性が高められたクロム膜3と、(iv)透明または半透明の電気絶縁性をもつ樹脂を塗装等して形成された保護膜4とがこの順に配置されて形成されている。
【0041】
図5に示すように、ドアハンドル本体7は、第1突起71を有する一端部72と、第2突起73を有する他端部74と、一端部72および他端部74を繋ぐ掴み用の連設部75ともつ。ドアハンドル本体7は、ドアパネル610の凹状の壁610cとの間に、指挿入用の空間620を形成する。図5に示すように、連設部75を含むドアハンドル本体7の表面の成膜面には、中間膜2c、クロム膜3および保護膜4がこの順に積層されている。ドアハンドル本体7を形成する樹脂としてはPCおよびPBTの混合樹脂が例示される。中間膜2cを形成する樹脂としてはアクリルウレタン系樹脂が例示される。保護膜4を形成する樹脂としてアクリルウレタン系樹脂が例示される。但しこれらに限定されるものではない。
【0042】
クロム膜3はクロムを母材とすると共に、金属光沢をもつ。クロム膜3は純クロムでも良いし、他の成分(例えばバナジウム、ニッケル、鉄、モリブデン等)を含有するクロム系合金でも良い。網目状クラック3cがクロム膜3のほぼ全域に形成されているため、クロム膜3の膜延設方向(矢印A4方向)における電気絶縁性が高められている。従って、クロム膜3は、金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向(矢印A4方向)における電気絶縁性を確保している。一般に、網目状クラック3cを備えていないクロム膜3等の金属膜では、厚み方向に電波遮蔽性がある。しかし網目状クラック3cを持つクロム膜3では、網目状クラック3cにより、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における連続性が遮断されるため、電波遮蔽性が大幅に低く、アンテナ等の動作にも有利である。従って、発信器を搭載するキーなどの部材を保持するユーザが接近するとき、発信器が発生させる電波をアンテナ部57が受信し、図略の制御部は、ドアのロックを解除させる信号をドアロック装置に出力させ、ドアを自動解錠させることができる。
【0043】
図5に示すように、基部本体2aの空洞部1xには、クロム膜3の裏側に位置するように、センサ部として機能する第1タッチセンサ部51(ロックセンサ)および第2タッチセンサ部52(アンロックセンサ)、アンテナ部57、検出回路をもつ回路基板59が内蔵されている。外方からドアハンドル6の内部を連設部53の仮想的な法線W1に沿って矢印W2方向(図7参照)に投影するとき、第1タッチセンサ部51および第2タッチセンサ部52はクロム膜3で覆われている。第1タッチセンサ部51および第2タッチセンサ部52はそれぞれ静電容量型のタッチセンサで形成されている。静電容量型のタッチセンサは、ユーザの指先等の接触または接近を対向電極間の静電量変化量として検出するセンサである。第1タッチセンサ部51はユーザの施錠(ロック)の意思を確認するセンサであり、ユーザの指先が触れたり接近したりすると、その信号を制御部に入力させ、制御部によりドアをロックさせるためのロックセンサを形成する。第2タッチセンサ部52はユーザの解錠(アンロック)の意思を確認するセンサであり、ユーザの指先が触れたり接近したりすると、その信号を制御に入力させ、制御部によりドアをアンロックさせるためのロックセンサを形成する。第1タッチセンサ部51と第2タッチセンサ部52とは互いに電気的に導通しないように構成されている。この構成で各センサが正しく機能するためにはクロム膜3は膜延設方向(矢印A4方向)において電気絶縁性をもつことが必要である。
【0044】
仮に、クロム膜等の金属膜が網目状クラックを有せず、膜延設方向において連続しており導電性を示す場合には、ロックするためにユーザが指を第1タッチセンサ部51に近くドアハンドル本体7表面を触れたとき、導電性のある金属膜を介して第2タッチセンサ部52の静電容量が変化するおそれがある。逆にアンロックするためにユーザが指を第2タッチセンサ部52に近くドアハンドル本体7表面を触れたとき、導電性のある金属膜を介して第1タッチセンサ部51の静電容量が変化するおそれがある。すなわち、金属膜とタッチセンサ部51,52との容量結合が起こり易いため、施錠用、解錠用のいずれのセンサも、ユーザの指先等が施錠・動作すべきところでない場所に近づいた際に、動作してしまう可能性が発生し、タッチセンサ部51,52の誤動作の原因となり得る。
【0045】
そこで本実施形態によれば、クロム膜3が延びている膜延設方向(矢印A4方向等)における電気絶縁性が確保されている。ここで、第1タッチセンサ部51および第2タッチセンサ部52は、金属光沢を示すクロム膜3で覆われているものの、クロム膜3は網目状クラック3cを備えているため、これの膜延設方向(矢印A4方向等)において高い電気絶縁性を示す。このため、金属光沢性を発揮させるものの網目状クラック3cにより膜延設方向において良好な電気絶縁性を示すクロム膜3により、ユーザの意思と異なるタッチセンサ部の静電容量変化を抑制できる。金属層であるクロム膜3とタッチセンサ部51,52との容量結合が起こることが抑制される。従って、第1タッチセンサ部51および第2タッチセンサ部52はセンシング機能を良好に発揮でき、誤作動が抑えられる。図6において矢印U方向は上方を示し、矢印D方向は下方を示す。
【0046】
(試験例1)
本試験例では平板試験片で行った。製造された平板試験片を模式的に示す断面は、図1に相当する。平板試験片は平板状(50ミリメートル×50ミリメートル)をなしており、図1に示すように、(i)樹脂を母材とする基部本体2aと、(ii)樹脂で形成された中間膜2cと、(iii)クロムを母材とする網目状クラックにより膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性が高められたクロム膜3と、(iv)透明の電気絶縁性をもつ樹脂で形成された保護膜4とがこの順に配置されて形成されている。平板試験片のシート抵抗値を測定するときには、保護膜4は積層しなかった。ここで、基部本体2aを形成する樹脂としてはPC/PBT(ポリカーボネート/ポリブチレンテレフタレート)樹脂とした。中間膜2cを形成する樹脂としてはアクリル樹脂とした。更に、中間膜2cの厚みtmは30マイクロメートルとした。クロム膜3の厚みtcrは50ナノメートルとした。
【0047】
上記した平板試験片の製造方法は次のようにした。まず、基部本体2aにUV硬化型のアクリル樹脂をスプレー塗布し、UV硬化炉で硬化させることによって基部本体2aに中間膜2cを積層させた。その後、マグネトロンスパッタリング装置を用い、スパッタリング方法により、クロムを母材とするクロム膜3を基部本体2aの中間膜2cの上に積層させた。成膜ガスとしてアルゴンガスを導入し、0.3Paとなるようにした後、所定のプラズマ電力を投入させ、ターゲット付近にプラズマを発生させた。これによりアルゴンガスをターゲットに衝突させ、叩き出されたクロム成分を中間膜2cに堆積させてクロム膜3を積層させた。ここで、上記したプラズマ電力は成膜速度および膜厚に影響を与え、ひいては網目状クラックの性状に影響を与える。成膜速度や成膜厚み等の条件によっては、クロム膜3に網目状クラックが形成されたり、あるいは、クロム膜3に網目状クラックが形成されなかったりすることがある。本発明者が行った試験によれば、一般的には、プラズマ電力が大きいほど、クロム膜3の成膜速度が速かった。また、クロム膜3の成膜速度が速い程、成膜されたクロム膜3に網目状クラックが細かく形成され易かった。また、クロム膜3の厚みが厚い程、成膜されたクロム膜3に網目状クラックが細かく形成され易かった。クロム膜3の成膜速度が速い程、または、クロム膜3の厚みが厚い程、クロム膜3における内部歪み(残留引張応力等)が大きくなり、網目状クラックが形成され易くなるためと推察される。なお、成膜時の成膜ガス圧力は0.3Paとしたが、これに限定されない。好ましくは、成膜ガス圧力は0.2〜0.7Paがよい。
【0048】
次に、基部本体2aに積層されているクロム膜3を、所定温度(100℃)の温度に設定されている電気炉内で所定時間(30分間)加熱させ、その後、電気炉から取り出して自然冷却させ、クロム膜3を基部本体2aと共に冷却させる加熱処理を実行した。上記した加熱処理により次の効果が得られた。クロム膜3の成膜処理時に網目状クラックがクロム膜3に形成されていない場合には、加熱処理によりクロム膜3に網目状クラックを形成することができる。または、クロム膜3の成膜処理時に網目状クラックがクロム膜3に形成されている場合には、加熱処理により網目状クラックのクラック溝幅を拡げることができる。このように網目状クラックのクラック溝幅を拡げれば、網目状クラックで包囲される島状部の間隔を増大できるため、島状部同士の独立性を高めることができ、ひいては隣設する島状部同士の非接触性を高めることができ、従って、クロム膜3の膜延設方向(矢印A1方向)における電気絶縁性を更に高めることができる。その後、熱硬化型のアクリル樹脂をスプレー塗布し、加熱炉で加熱することによって、透明の電気絶縁性をもつ樹脂を母材とする保護膜4をクロム膜3の上面に積層させた。但し保護膜4を形成する前に、クロム膜3における網目状クラックの状況を撮影したり、シート抵抗値を測定した。ここで、本試験例では、クロム膜3の成膜速度を0.6ナノメートル/sec、1.4ナノメートル/sec、2.0ナノメートル/secの3種類とした。本試験例によれば、上記したようにクロム膜3の成膜速度を変更させたため、クロム膜3の厚みを30ナノメートル、50ナノメートル、80ナノメートルの3種類とした。
【0049】
(平板試験片の撮影写真)
図8,図9は、保護膜4を形成する前にクロム膜3を光学顕微鏡で撮影した試験結果を示す。図8は、クロム膜3の成膜速度を0.6ナノメートル/secで成膜させたクロム膜3(厚み:50ナノメートル)について、加熱処理なしの状態および加熱処理有りの状態を撮影した試験結果を示す。撮影した部位は、平板試験片の中央部とした。加熱は電気炉を用い100℃×30分間とした。ここで、図8から理解できるように、加熱処理前ではクロム膜にクラックはほとんど認められないのに対し、加熱処理後では亀甲状をなす網目状クラックがクロム膜に認められた。加熱処理後の島状部のサイズは最長距離で50〜300マイクロメール程度、網目状クラックのクラック溝幅は平均として200〜300ナノメートルであった。
【0050】
図9は、クロム膜3の成膜速度を2.0ナノメートル/secで成膜させたクロム膜3(厚み:50ナノメートル)について、加熱処理前の状態および加熱処理後の状態を撮影した試験結果を示す。加熱は電気炉を用い100℃×30分間とした。図9から理解できるように、加熱処理前であっても、写真では識別しにくいものの、クロム膜3に網目状クラックは認められた。この場合、クラックの網目形状、網目状クラックで包囲された島状部のサイズは、加熱前後において余り変化がなかった。加熱処理後の島状部のサイズは、クロム膜3の厚み30ナノメートルの場合には最長距離で30〜200マイクロメール程度、クロム膜3の厚み50ナノメートルの場合には最長距離で30〜70マイクロメール程度、クロム膜3の厚み80ナノメートルの場合には最長距離で20〜60マイクロメール程度であった。このように成膜速度が同一であっても、クロム膜3の厚みが厚い方が、網目状クラックで包囲される島状部のサイズは小さかった。なお、図9に示す場合には、加熱処理後において、網目状クラックのクラック溝幅は平均で200〜300ナノメートルであった。
【0051】
上記した試験結果を総合的に比較すれば、クロム膜3の成膜速度が速い方が、網目状クラックの間隔が小さくなり、網目状クラックで包囲される島状部のサイズが小さくなっていた。またクロム膜3の厚みが厚い方が、網目状クラックの間隔が小さくなり、網目状クラックで包囲される島状部のサイズが小さくなっていた。
【0052】
(平板試験片のシート抵抗値)
上記したように製造した成膜直後の平板試験片(TP)のクロム膜3について、シート抵抗を測定した。同様に、成膜後に加熱処理した平板試験片(TP)のクロム膜3についても同じ場所のシート抵抗を測定した。シート抵抗の測定時には、保護膜4は積層されていない。測定装置はシート抵抗測定装置(1×10Ω/□以上の場合は製造会社:三菱化学アナリテック製、型式:ハイレスタUP MCP−HT450、1×10Ω/□より低い場合は三菱化学製 ロレスタGP MCP-T600)とした。加熱処理前におけるシート抵抗の測定結果を表1に示す。加熱処理後におけるシート抵抗値の測定結果を表2に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

表1に示すように、加熱処理前では、成膜速度(成膜レート)に拘わらず、クロム膜3のシート抵抗は100〜500Ω/□といった低いシート抵抗値であった。これに対して、表2に示すように、成膜速度に拘わらず、加熱処理によってクロム膜3のシート抵抗は1.4×10〜2.4×1013Ω/□といった高いシート抵抗となり、クロム膜3について高い電気絶縁性が得られたことが確認された。
【0055】
(試験例2)
本試験例は実機としてのドアハンドル6に適用した場合を示す。製造されたドアハンドル6は図5〜図7に相当する。図5〜図7から理解できるように、ドアハンドル6は、(i)樹脂を母材とする基部としてのドアハンドル本体7と、(ii)樹脂で形成された中間膜2cと、(iii)クロムを母材とする網目状クラックにより膜延設方向における電気絶縁性が高められたクロム膜3と、(iv)透明の電気絶縁性をもつ樹脂で形成された保護膜4とがこの順に配置されて形成されている。ここで、基部本体2aとしてのドアハンドル6を形成する樹脂としてはPC/PBT樹脂(絶縁体)とした。中間膜2cを形成する樹脂としてはアクリル樹脂(絶縁体)とした。更に、中間膜2cの厚みtmは30マイクロメートルとした。クロム膜3の厚みtcrは50ナノメートルとした。成膜処理としては、試験例1と同様のスパッタリング法とした。本試験例では、クロム膜3の成膜速度を0.6ナノメートル/sec、1.4ナノメートル/sec、2.0ナノメートル/secの3種類とした。クロム膜3の厚みを50ナノメートルで統一した。クロム膜3の加熱については、電気炉を用い100℃×30分間とし、加熱後にドアハンドル6を電気炉から取り出し、自然冷却させた。その後、前述同様にドアハンドル6のクロム膜3についてシート抵抗を測定した。測定装置はシート抵抗測定装置(製造会社:三菱化学製、型式:ロレスタGP MCP-T600)を使用した。シート抵抗の測定時には、保護膜4は積層されていない。シート抵抗の測定結果を表3に示す。
【0056】
【表3】

表3に示すように、成膜速度(成膜レート)を0.6ナノメートル/sec、1.4ナノメートル/sec、2.0ナノメートル/secとした場合であっても、シート抵抗は9.9×10Ω/□以上と高く、高い電気絶縁性が得られていた。従って、クロム膜3は金属光沢を発揮させつつも、膜延設方向における高い電気絶縁性をもつことが確認された。
【0057】
このドアハンドルのCr膜の光学顕微鏡観察を実施したところ、島状部のサイズは、成膜速度が0.6ナノメートル/secの場合には、最長距離で50〜300マイクロメール程度、成膜速度が1.4ナノメートル/secの場合には、最長距離で30〜70マイクロメール程度、成膜速度が2.0ナノメートル/secの場合には、最長距離で20〜50マイクロメール程度であった。また、ドアハンドル6の外観について肉眼で評価した。網目状のクラックは目視では全くわからず、めっきクロム膜とほとんど同等の金属光沢性を示した。
【0058】
(試験例3)
本試験例は実機としてのドアハンドル6に適用した場合を示す。製造されたドアハンドル6は試験例2と同様に、図5〜図7に相当する。試験結果を図10に示す。図10に示すように、本試験例では成膜速度は2ナノメートル/sとし、クロム膜の厚みを50ナノメートルとし、加熱処理は試験例2の場合と同様に100℃×30分間とした。本試験例によれば、光学顕微鏡により観察したところ、網目状クラックがクロム膜のほぼ全域に形成されていた。シート抵抗は9.9×10Ω/□よりも大きく、膜延設方向において高い電気絶縁性を示した。ドアハンドル性能について確認したところ、アンテナ部57、第1タッチセンサ部51、第2タッチセンサ部52のいずれについても良好に機能した。上記したように金属光沢を示すクロム膜のシート抵抗が十分に高いため、第1タッチセンサ部51と第2タッチセンサ部52ともにセンサの感知部位以外を触れた場合であっても誤動作することはなく、また感知部位付近に触れた場合には、ロック動作、アンロック動作のいずれも正常に動作した。
【0059】
これに対して、クロム膜3についての加熱処理を実施しなかった比較例では、図10に示すように、網目状クラックがクロム膜に形成されていなかった。クロム膜3のシート抵抗は50Ω/□であり、クロム膜は導電性を示し、電気絶縁性を示さなかった。このような比較例では、ドアハンドル性能については、アンテナ部57について影響が認められ、第1タッチセンサ部51と第2タッチセンサ部52については誤作動した。
【0060】
(試験例4)
バナジウム含有のクロム膜についても試験した。本試験例は、クロム膜に他の元素を添加した場合の効果を確認する目的で、バナジウムを添加したクロム膜を50mm角のPC/PBTの平板テストピース上に成膜して実施したものである。バナジウムの添加は、スパッタ装置のクロムターゲット上でターゲット材料がスパッタリングにより放出される領域であるエロージョン領域の上に、面積比でバナジウム薄片が5%および20%相当の面積となるように均等に複数個並べることにより行った。テストピース上に成膜されたクロム膜中におけるバナジウムの含有量(体積%)はほぼエロージョン領域でのクロムとバナジウムの面積比と一致していると考えられる。この2水準のバナジウム含有量の試料を、他の試験例と平板試験片と同様に、100℃の炉内に挿入・保持し、30分間、加熱処理した。加熱処理後の試料表面を観察したところ、純クロムの膜と全く同様の網目状クラックが形成されていた。またシート抵抗を測定したところ、どちらも1×108Ω/□以上の高いシート抵抗が得られた。
【0061】
(試験例5)
本試験例は、スパッタ装置のターゲットと成膜するPC/PBTの樹脂平板試験片との間の距離を150mmおよび200mmとしたときの評価結果である。評価結果を表4に示す。表4に示すように、これらの試料では、熱処理前はシート抵抗が10Ω/□以下と低いものもあったが、いずれも加熱処理により1×108Ω/□以上の高いシート抵抗が得られた。なお、成膜速度が0.067nm/秒、クロム膜の膜厚が40nmのときは、成膜直後の加熱処理前の時点で、網目状のクラックが発生し、1×108Ω/□以上の高いシート抵抗が得られた。このように、成膜条件によっては、加熱処理を行わなくても金属光沢性のある絶縁性のクロム膜を得ることができる。更に加熱処理すれば、加熱処理により、それらは確実に絶縁化されることが確認された。
【0062】
【表4】

【符号の説明】
【0063】
1は基部、2は中間膜、3はクロム膜、3cは網目状クラック、4は保護膜、5はセンサ部、51は第1タッチセンサ部、52は第2タッチセンサ部、57はアンテナ部、6はドアハンドル、7はドアハンドル本体を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気絶縁性をもつ材料で形成された基部と、
前記基部の表面に積層されクロムを母材とすると共に網目状クラックが形成され且つ前記網目状クラックにより膜延設方向における電気絶縁性をもつクロム膜とを具備する絶縁物品。
【請求項2】
請求項1において、前記クロム膜の厚みを示す断面において、前記基部は、前記クロム膜で覆われた静電容量型タッチセンサ部を有する絶縁物品。
【請求項3】
請求項1において、前記クロム膜の厚みを示す断面において、前記基部は、前記クロム膜の外方から伝搬される電波を受信すると共に、前記クロム膜で覆われたアンテナ部を有する絶縁物品。
【請求項4】
請求項1〜3のうちの一項において、前記クロム膜の上に積層され透明または半透明の電気絶縁性をもつ保護膜とを具備する絶縁物品。
【請求項5】
請求項1〜3のうちの一項において、前記基部はドアハンドル本体である絶縁物品。
【請求項6】
電気絶縁性をもつ材料で形成された基部を用い、前記基部の表面に成膜処理を施すことにより、網目状クラックにより膜延設方向における電気絶縁性をもつクロム膜を形成するクロム膜形成工程を備えている絶縁物品の製造方法。
【請求項7】
請求項6において、前記クロム膜形成工程は、
網目状クラックが形成されたまたは網目状クラックが形成され得るクロムを母材とするクロム膜を前記基部の表面に積層させる成膜工程と、
少なくともクロム膜を加熱処理することにより、クロム膜において網目状クラックを形成するか、または、成膜時に形成されている形成されている網目状クラックのクラック溝幅を拡げ、前記クロム膜の膜延設方向における電気絶縁性を高める加熱工程とを順に実施する絶縁物品の製造方法。
【請求項8】
請求項6または請求項7において、透明または半透明の電気絶縁性をもつ保護膜を前記クロム膜に積層させる工程を実施する絶縁物品の製造方法。
【請求項9】
請求項6〜8のうちの一項において、前記基部はドアハンドル本体である絶縁物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−153910(P2012−153910A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11085(P2011−11085)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】