説明

耐ピッチング性に優れた歯車およびその製造方法

【課題】耐ピッチング性に優れた歯車およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鍛造あるいは機械加工により歯車形状とした後、真空中で浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理される歯車であって、成分組成が質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:0.70〜2.50%、Mn:0.20〜1.00%、Ni:0.01〜0.80%、Cr:0.10〜1.50%、Mo:0.01〜0.80%、Al:0.005〜0.200%、残部鉄および不可避不純物からなり、前記成分組成におけるSi、Crと前記窒化処理による表層最大侵入窒素量による焼戻し軟化抵抗パラメータHSiCrNが(1)式を満たす事を特徴とする耐ピッチング性に優れた歯車。
SiCrN(=58Si+42×(Ns−Cr×14/52))≧80(1)、ここで、Si,Crは含有量(質量%)Ns:表層最大侵入窒素量(質量%)を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐ピッチング性に優れた歯車およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられている歯車は、近年、省エネルギー化による車体重量の軽量化に伴い小型化が要求され、またエンジンの高出力化による負荷の増大が起っている。
【0003】
歯車の耐久性は、主に歯元の曲げ疲労破壊ならびに歯面の面圧疲労破壊の発生によって決まる。面圧がヘルツ応力で2800MPaを超えるような歯車の場合は、歯元の曲げ疲労強度が高い事に加えて歯面の耐ピッチング性が高いことが特に要求される。
【0004】
従来は、JISSCM420H,SCM822H等の肌焼鋼を用いて歯車を成形し、浸炭等の表面処理を行い製造されてきたが、最近の高応力下での使用に耐えられるものでは無く、鋼材の変更、熱処理方法の変更、表面の加工硬化処理により歯元曲げ疲労強度、耐ピッチング性を向上させる開発が進められている。
【0005】
特許文献1は、歯元曲げ疲労特性および面圧疲労特性に優れた歯車用鋼ならびに歯車に関し、本発明者等が開発した、特定成分のうち、焼戻し軟化抵抗を上げるのに有効なSi,Crの含有量を更にパラメータ式で規定した耐ピッチング性に優れる歯車が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4504550号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、近年においては上述したように面圧が高くなったのでより優れた耐ピッチング性が要求されるようになり、特許文献1記載の発明による歯車では要求特性を満足することが出来無くなっているのが現状である。そこで、本発明は、面圧疲労特性言い換えれば耐ピッチング性に優れた歯車および当該歯車の量産が可能な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決するために、鋭意研究を行い、以下のことを見出した。
1.鋼材(歯車の素材)の成分調整だけでは耐ピッチング性の向上に限界があり、鋼材成分と製造工程の相乗効果が必要である。
2.具体的には、耐ピッチング対策として従来から実施されている鋼材自体の低温域での焼戻し軟化抑制のための成分コントロールと歯車作成後の表面硬化部分の焼戻し軟化抵抗増大のため、窒化処理を行うことが有効で、特に、鋼材成分に応じて表面最大侵入窒素量をコントロールする事が有効である。
3.また、浸窒処理における侵入窒素の微量コントロールは、メタンガスやブタンガス雰囲気中で行うガス浸炭後では不可能で、浸炭処理を真空炉内で行い、表層付近の酸化を抑制し、窒素と結合しやすい元素の変動を抑える事で可能である。
4.非浸炭部(歯内部組織のうち浸炭処理による炭素が侵入していない部分)の金属組織を従来のマルテンサイト単相組織から、マルテンサイトとフェライトを含む2相組織とすることで、変態膨張が小さくなるため、歯車の熱処理変形が小さくなり、歯面を研磨することなく、歯面同士の接触が適正化され、さらに耐ピッチング強度を向上させることが可能である。
【0009】
本発明は得られた知見を基に更に検討を加えてなされたもので、すなわち、本発明は、 1.鍛造あるいは機械加工により歯車形状とした後、真空中で浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理される歯車であって、
成分組成が質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:0.70〜2.50%、Mn:0.20〜1.00%、Ni:0.01〜0.80%、Cr:0.10〜1.50%、Mo:0.01〜0.80%、Al:0.005〜0.200%、残部鉄および不可避不純物からなり、前記成分組成におけるSi、Crと前記浸窒処理による表層最大侵入窒素量による焼戻し軟化抵抗パラメータHSiCrNが(1)式を満たす事を特徴とする耐ピッチング性に優れた歯車。
SiCrN(=58Si+42×(Ns−Cr×14/52))≧80・・・(1)
ここで、Si,Crは含有量(質量%)Ns:表層最大侵入窒素量(質量%)とする。
2.前記成分組成が、更に、質量%で、Nb:0.010〜0.100%、V: 0.001〜0.150%、Ti:0.005〜0.050%、B:0.0005〜0.0100%を1種または2種以上を含有することを特徴とする1記載の耐ピッチング性に優れた歯車。
3.前記焼入れ後に焼戻し処理した後の、浸炭層の組織がマルテンサイトと残留オーステナイトからなり、前記残留オーステナイトの体積率は表層から0.1mm深さの範囲内において最大値が15〜45%の範囲で、非浸炭部の組織はマルテンサイトとフェライトから成り、前記フェライトの体積率が10〜45%である事を特徴とする1または2に記載の耐ピッチング性に優れた歯車。
4.1または2に記載の成分組成の鋼材を鍛造あるいは機械加工により歯車形状とした後、真空中で浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理を行う歯車の製造方法であって、
前記浸炭処理は、(2)式にて計算される浸炭温度T(℃)の範囲に制御された真空中で行い、
前記浸炭処理後は、720℃〜850℃の温度範囲まで炉内で冷却して保持し、前記焼戻し処理は100℃〜250℃の温度まで再加熱して行うことを特徴とする耐ピッチング性に優れた歯車の製造方法。
880−A≦T(℃)≦980−A ・・・(2)
A=203√C−15.2Ni−44.7Si−104V +30Mn+11Cr−400Al−31.5Mo (各成分記号は含有量(質量%)を示す)
5.浸炭窒化処理し、焼入れ焼戻し処理後、更に、アークハイト0.3mmA以上のショットピーニングを行うことを特徴とする4記載の耐ピッチング性に優れた歯車の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、自動車、産業機械用としての曲げ疲労特性を備え、更に面圧が2800MPa以上となる高面圧下においても優れた耐ピッチング性を有する歯車および当該歯車を量産可能な製造方法が得られ、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例の浸炭窒化焼入れ条件を示す図。
【図2】実施例で浸炭焼入れ歪量を測定するための試験片(ネイビーC試験片)を説明する正面図。
【図3】図2に示した試験片(ネイビーC試験片)の側面図。
【図4】実施例に用いたピッチング試験片を説明する図。
【図5】実施例に用いたピッチング試験を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る歯車の成分組成、好ましい組織について説明する。
【0013】
[素材の成分組成]
以下に限定理由について説明する。説明において%は質量%とする。
C:0.15〜0.35%
Cは強度確保のために必要であり、その含有量は浸炭焼戻し後の内部硬さを決定する。含有量が0.15%に満たないと内部の硬さが低下しすぎるために歯車としての強度を確保できない。一方、0.35%より多いと靭性低下、加工性の劣化が起る。よってC含有量は0.15〜0.35%とする。
【0014】
Si:0.70〜2.50%
Siは焼戻し軟化抵抗を高めるのに有効な元素である。その含有量が0.70%に満たないと、焼戻し軟化抵抗に効果が無く、耐ピッチング性が向上しない。一方、2.50%より多くても焼戻し軟化抵抗への効果が飽和されるだけでなく、靭性が劣化する。このため、Si含有量は0.70〜2.50%とする。
【0015】
Mn:0.20〜1.00%
Mnは焼入れ性を高める元素であり、その効果を得るため、0.20%以上が必要である。しかし、焼入れ性を高める効果は1.00%超えで飽和する。このため、Mn含有量は0.20〜1.00%とする。
【0016】
Ni:0.01〜0.80%
Niは焼入れ性を高める元素であり、その効果を得るため、0.01%以上が必要である。しかし、0.80%を超えると焼入れ性が過度なり硬度が高くなりすぎて被削性が劣化する。また高価な元素であるため、0.01〜0.80%とする。
【0017】
Cr:0.10〜1.50%
Crは焼入れ性向上元素であるとともに、焼戻し軟化抵抗を高める元素でもある。これらの効果を得るため、0.10%以上が必要である。しかし、1.50%を超えると表層浸炭部にCrNが多量に析出して靭性の低下を起こし、疲労強度が低下するため、0.10〜1.50%とする。
【0018】
Mo:0.01〜0.80%
Moは焼入れ性向上元素である。その効果を得るため、0.01%以上が必要である。しかし、0.80%を超えるとその効果が無くなり、靭性が低下して疲労強度が低下するため、0.01〜0.80%とする。
【0019】
Al:0.005〜0.200%
Alは脱酸に有効な元素であり、その効果を得るため、0.005%以上が必要である。また、Nと結合してAlNを生成し、結晶粒の粗大化を抑えて靭性を向上させるが、0.200%を超えると粗大粒が発生して靭性が低下するため、0.005〜0.200%とする。本発明ではAlはsol.Alとする。
【0020】
SiCrN(=58Si+42x(Ns−Crx14/52))≧80
ここで、Si,Crは含有量(質量%)Ns:表層最大侵入窒素量(質量%)とする。
SiCrNは歯車表層部分が低温焼戻しされた場合の、焼戻し後の軟化の程度を示す焼戻し軟化抵抗パラメータである。焼戻し後の軟化にはSi、Cr、窒化処理による表層部の侵入N量の最大値:Nsが影響する。HSiCrNの値が80未満では、高面圧下でギヤを駆動させた時のギヤ同士の接触面の軟化が大きくなって、ピッチングが発生しやすくなり、耐久性が低下するため80以上とする。
【0021】
尚、上記パラメータの管理は浸炭後に窒素を添加するとともに酸素の影響を避けて他の合金元素の酸化を押さえる事が必要である。よって、後述する製造方法において、浸炭窒化(浸炭処理と窒化処理)は真空中で行うものとする。
【0022】
以上が本発明の基本成分組成で残部鉄及び不可避的不純物である。不可避不純物にはP、酸素、Nなどで、P、酸素の含有量は、出来るだけ低いほうが望ましい。Nは結晶粒を微細化させるので、0.20%までの含有が許される。更に特性を向上させる場合、Nb、V、Ti、Bを1種または2種以上を含有する。また、被削性を向上させる場合、S、Pb、Se、Ca等の快削元素を含有させてもよい。
【0023】
Nb:0.010〜0.100%
Nbは炭窒化物形成により結晶粒を微細化させて歯元曲げ疲労強度を向上させる。その効果を得るために0.010%以上とする。しかし、0.100%を超えると粗大な炭窒化物を形成するようになって靭性を低下させるため、含有する場合は、0.010〜0.100%とする。
【0024】
V:0.001〜0.150%
VもSi,Crと同じく焼戻し軟化抵抗を高める。また、同時に炭窒化物を形成して結晶粒の微細化を行いSiの偏析を抑制する効果も持っている。その効果を発揮させるために0.001%以上とする。しかし、0.150%を超えると粗大な炭窒化物を形成するようになって靭性を低下させるため、含有する場合は、0.001〜0.150%とする。
【0025】
Ti:0.005〜0.050%
TiはNbと同様に炭窒化物を形成する元素で、結晶粒を微細化して歯元曲げ疲労強度を向上させる。その効果を得るために0.005%以上とする。しかし、0.050%を超えて添加した場合は凝固時に粗大な窒化物が大量に生成して歯元曲げ疲労強度を低下させるので、添加する場合は、0.005〜0.050%とする。
【0026】
B:0.0005〜0.0100%、
Bは焼入れ性を向上させるのに有効で、その効果を得るために0.0005%以上とする。0.0100%を超えると焼入れ性を向上させる効果が飽和するようになるため、添加する場合は、0.0005〜0.0100%とする。
【0027】
本発明に係る歯車は、浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理した後の、浸炭層および非浸炭層の組織が以下のようであることが好ましい。なお、組織の同定方法は実施例において説明する。
【0028】
浸炭層の表層から0.1mm深さまでの領域における残留オーステナイト量の最大値(体積率):15〜45%
残留オーステナイト自体は軟質だが、歯面の表層付近に存在している場合、歯車の駆動中の応力によりマルテンサイトに変態して硬化するので、曲げおよび面圧疲労で発生する疲労き裂の進展を抑制する。その抑制効果は表層付近(表層から0.1mm深さまで)の最大値が15%以上で大きくなる。
【0029】
一方、残留オーステナイト量が45%を超えると表層の硬さの低下が大きくなり過ぎて面圧疲労特性が悪化するようになるため、最大値を15〜45%の範囲内とすることが好ましい。
【0030】
非浸炭部のフェライト体積率:10〜45%
非浸炭部(本発明では、歯内部組織のうち浸炭処理による炭素が侵入していない部分)の組織がマルテンサイトとフェライトからなり、当該フェライト体積%が10〜45%であることが好ましい。歯内部組織中にフェライトを混在させて、変態膨張による変形を少なくすると、噛み合う歯車の歯面同士の接触が適正化され、面疲労強度を向上させる。
【0031】
フェライトが組織中に10%以上含まれると面疲労強度を向上させる効果が大きくなるが、45%を超えて存在すると、非浸炭部の硬さが低下しすぎるため、面疲労においてはスポーリングを起こしやすくなり、また曲げ疲労強度も不足となり耐久性が劣るようになって好ましくない。よって、非浸炭部のフェライト体積率は10〜45%とすることが好ましい。
【0032】
本発明に係る歯車は、鍛造あるいは機械加工により歯車形状とした後、真空中で浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理されて製造される。
【0033】
[浸炭処理]
上述したように、焼戻し軟化抵抗パラメータ:HSiCrNの値を80以上とするため、浸炭処理は真空中で行う。浸炭温度(T℃)は疲労強度が低下しないように浸炭深さを調整するため、(1)式を満足するように設定する。
【0034】
880−A≦T(℃)≦980−A ・・・(1)
ここで、A=203√C+15.2Ni−44.7Si−104V+30Mn+11Cr−400Al−31.5Mo(各成分記号は含有量(質量%)を示す)
浸炭深さを調整するため、浸炭温度T(℃)を鋼材成分により変える。浸炭温度T(℃)が880−A未満の場合には浸炭深さが浅く、疲労強度が低下する。一方、980−A超えの場合には結晶粒が粗大化して疲労強度がやはり低下する。
【0035】
[窒化処理]
窒化処理は、真空炉で浸炭処理を行った後、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、前記真空炉内に窒素を導入して窒化処理を行う。窒化処理は、上述したHSiCrN(=58Si+42x(Ns−Crx14/52))が80以上となるように、Ns:表層最大侵入窒素量(質量%)を調整して行う。
【0036】
[焼入れ-焼戻し処理]
真空炉内で浸炭処理および窒化処理を行った後、同じ炉内で焼入れのための加熱保持を行う。焼入れ後は焼戻し処理を行う。
【0037】
以上の製造方法で製造された歯車は、所望の特性を備えているが、更に曲げ疲労強度、面圧疲労強度を向上させる場合、ショットピーニングを行う。
【0038】
ショットピーニングを行う場合、アークハイトが0.3mmA以下では圧縮残留応力の付与が少なくて曲げ疲労強度、面圧疲労強度を向上させることが出来ないため、アークハイト0.3mmA以上で施すことが好ましい。以下、本発明の効果を実施例を用いて、詳細に説明する。
【実施例1】
【0039】
表1に示す化学成分を有する鋼を溶解した。溶製されたインゴットを熱間圧延により直径32〜70mmの丸棒鋼に調製し、得られた丸棒鋼に対し925℃で1時間保持後に室温まで空冷する焼準処理を実施した。
【0040】
焼準処理後の丸棒から、焼入れ歪量試験片,および小野式回転曲げ疲労試験片,ローラーピッチング試験片を採取した。焼入れ歪、各疲労試験片に対して図1に示す条件で真空炉内で浸炭処理し、窒化処理後に焼入れし、焼戻し処理を施した後、小野式回転曲げ疲労試験片,ローラーピッチング試験片の半数はアークハイト0.6mmAのショットピーニングを行い、浸炭焼入れ歪量試験,回転曲げ疲労試験およびローラーピッチング試験を実施した。
【0041】
さらに、焼準後の32mm径の丸棒鋼について、浸炭焼入れ・焼戻し処理後に内部(非浸炭部)より衝撃試験片および硬さ試験片を採取し、内部硬さと内部靭性を調べた。
【0042】
浸炭条件は、No.1〜41のいずれの試験片においても、表1に示したとおり、(1)式を用いて浸炭の上限、下限温度を算出し、下限温度と上限温度のほぼ中央の温度:X℃にて浸炭を行った。
【0043】
その後、炉内に窒素を充眞させながら、鋼材を炉内で830℃まで冷却した後に30分〜2時間保持して窒化処理により侵入窒素量を調整し、焼入れを行った。但し従来例42,43については一般的な浸炭温度である920℃で浸炭を実施し、その後は本発明範囲ならびに比較例と同様の窒化処理・焼入れ・焼戻しを行った。
【0044】
【表1】

【0045】
尚、第1表に示すNo.1〜23(開発例)は本発明範囲であり、本発明の条件(成分範囲組成,焼戻し軟化抵抗パラメータ:HsiCrN≧80のいずれも)を満たしている。No.24〜41(比較例)は本発明の条件範囲外になるもので、本発明の条件(成分範囲組成,焼戻し軟化抵抗パラメータ:HsiCrN≧80)の少なくとも一つの条件を満たしておらず、比較例である。
【0046】
また、No.42,43は従来使用されている鋼材で、それぞれJISSCM822H,SCM420Hであり、焼戻し軟化抵抗パラメータ:HsiCrN≧80を満たしておらず、本発明範囲外である。各試験の詳細について説明する。
【0047】
[焼入れ歪量]
焼準された直径70mmの丸棒鋼からネイビーC試験片を加工した。図2にネイビーC試験片の正面図を、図3にその側面図を示す。ネイビーC試験片1は、両図に示したように、円盤状体に開口部2および円盤状空間3を有し、試験片各部の寸法は、次の通りである。
【0048】
試験片直径(a):60mm、厚さ(b):12mm、円盤状空間の直径(C):34.8mm、開口部間隔(d):6mm、試験片中心と開口部円中心との距離(p):10.2mm。
【0049】
浸炭焼入れ・焼戻しによる焼入れ歪量測定の試験は、上記のネイビーC試験片1を各鋼材当たり10個作製し、この試験片を浸炭焼入れ・焼戻しをした後にこの試験片の開口部間隔(d)の、浸炭焼入れ・焼戻し前後の変化率を測定し、この値を焼入れ歪量と定義した。
【0050】
ネイビーC試験片による浸炭焼入れ・焼戻し後の変形量が、2.0%を超えるような大きな値を示す鋼材を用いて浸炭歯車を作製した場合は、歯車の歯面表層近傍に存在する残留オーステナイトが、ショットピーニングや、歯車として稼動させた後の応力により、マルテンサイト変態をした時に、歯面の変形が大きくなり過ぎて、面圧疲労特性が悪化する。
【0051】
よって、焼入れ歪量は2.0%以下が望ましい。さらに、浸炭焼入れ・焼戻しによるオーステナイト組織からマルテンサイト組織への変態による変形と、歯車駆動での残留オーステナイト組織からマルテンサイト組織への変態による歯面の変形の両方を少なくし、浸炭焼入れ・焼戻し後に歯車の歯型修正研削をしなくても面圧疲労特性の良好な歯車を得るには、この試験による歪量が1.0%以下であることが望ましい。
【0052】
焼入れ歪量の試験結果を、試験繰り返し数n=10の平均値で表して、表2に示す。
【0053】
[残留オーステナイト量(体積率(%))]
次に浸炭焼入れ歪量測定済みの試験片を用いて、各供試鋼の試験片10個中の2個を抜き出し、そのうちの1個の試験片正面部分にアークハイト0.6mmAのショットピーニング(S/Pと略す場合もある。)を施した。
【0054】
そして、各供試鋼のショットピーニング実施試験片1個、ショットピーニング未実施試験片1個それぞれについて、正面部分の表層〜100μm深さ位置までの20μm深さごとに残留オーステナイト量を測定し、その平均値を求めた。尚、測定面の研磨には電解研磨を使用し、測定にはX線回折回折装置を使用した。
【0055】
[非浸炭部のフェライト量(体積率(%))]
浸炭焼入れ歪量、表層残留オーステナイト量測定済みの試験片の1個を切断して、各鋼材の浸炭焼入れ・焼戻しにおける内部(非浸炭部)のフェライトーマルテンサイト二相組織を検鏡試験で各鋼材ともに10視野づつ観察し、各視野中でフェライトの占める比率を画像処理装置にて測定し、その10視野の平均値を求め、フェライト体積率(%)と定義した。
【0056】
[回転曲げ疲労特性]
直径32mmの丸棒鋼から、平行部直径10mmの試験片を採取し、平行部にこれと直角方向の深さ3mmの切り欠き(切り欠き係数:1.4)を全周にわたってつけた回転曲げ疲労試験片を調製した。
【0057】
得られた試験片全数に対し、ネイビーC試験片に施した条件で浸炭焼入れ・焼戻し処理を行った。その後、各鋼の試験片について半数にショットピーニング処理(アークハイト:0.6mmA)を行った。そして、各鋼のショットピーニング実施品、未実施品について、小野式回転曲げ疲労試験機を使用して10回を疲労限度として回転曲げ疲労試験を行い、回転曲げ疲労強度を測定した。
【0058】
[ピッチング試験(面圧疲労特性)]
直径32mmの丸棒鋼から図4に示す試験面の直径が26mm、幅が28mmの円筒部を有するローラー状試験片4を作製した。さらに直径70mmの丸棒鋼を用いて、鍛造により直径135mmとした後、焼準処理を行い、直径130mm、幅18mmの大ローラー5を作製した。
【0059】
次いでローラー状試験片4および大ローラー5をネイビーC試験片,回転曲げ疲労試験片と同じ条件で浸炭焼入れ・焼戻し処理を行った。その後、それぞれの半数について回転曲げ疲労試験片と同じ条件でショットピーニング処理(アークハイト:0.6mmA)を実施した。
【0060】
そして、各鋼のショットピーニング実施品(S/P材)、未実施品について、コマツエンジニアリング製ローラーピッチング試験機を使用して10回を疲労限度として試験を行った。試験条件は回転数:1500r.p.m、すべり率40%、潤滑剤:ミッショオイル、油温:120℃とした。
【0061】
[浸炭有効硬化層深さ、内部硬さおよび内部靭性]
浸炭焼入れ・焼戻し後の直径32mmの丸棒鋼について、垂直断面にて表層部分から所定ピッチにて試験荷重2.94Nでビッカース硬度を測定し、硬さが550Hvとなる深さを有効硬化層深さとした。次いで非浸炭部である内部のビッカース硬さを測定してその値で歯車芯部の強度を評価した。
【0062】
また、非浸炭部よりJIS3号衝撃試験片を調製し、衝撃試験を行いその結果により歯車芯部の靭性を評価した。同じ丸棒について部分的にショットピーニングを施し、ショットピーニング未実施部位と実施部位の各1断面について垂直断面内の表層の粒界酸化層を検鏡観察により調べた。以上の試験結果を表2に併せて示す。表2においてショットピーニングを行わなかった試験片を浸炭材、行った試験片をS/P材と表示した(以下の表も同様とする)。
【0063】
【表2】

【0064】
表1および表2から下記事項が明らかである。比較例No.24はC量が本発明範囲よりも低いために内部の硬さが低下しすぎており、そのため内部起点の破壊であるスポーリングが発生して面疲労強度が低下した。比較例25はC量が本発明範囲よりも高くなってしまい、そのために靭性が低下しすぎており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0065】
比較例26はSi量が本発明範囲よりも低いために焼戻し軟化抑制効果が小さすぎて面疲労強度が低下した。比較例27はSi量が本発明範囲よりも高いために靭性が劣化して、疲労試験において亀裂の進展が促進されたために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0066】
比較例28はMn量が本発明範囲よりも低いために焼入れ性が不足し、有効硬化層が浅くなり、内部硬さも低くなっており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例29はNi添加量が本発明範囲よりも低いために焼入れ性が不足し、有効硬化層が浅くなり、内部硬さも低くなっており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0067】
比較例30はNi添加量が本発明範囲よりも高いために内部硬度が高くなりすぎており、靭性が不足して面疲労強度が低下した。比較例31はCr添加量が本発明範囲よりも低いために焼入れ性が不足するとともに焼戻し軟化抑制効果が得られず、内部硬度が低くなり、硬化層深さも浅くなり、回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0068】
比較例32はCr添加量が本発明範囲よりも高いために粗大なCrNが多く析出して靭性が低下し、回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例33はMo添加量が本発明範囲よりも高くなっており、内部硬度が高くなり、靭性が低下した。そのため回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0069】
比較例34はMo添加量が本発明範囲より低くなったおり、焼入れ性が不足したために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例35はAl添加量が本発明範囲よりも低くなっており、脱酸が不足したために介在物による破壊が発生して回転曲げ疲労強度が低下した。
【0070】
比較例36はAl添加量が本発明範囲よりも高くなっており、そのために結晶粒が粗大化して回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例37はNb添加量が本発明範囲よりも高くなっており、そのために結晶粒が粗大化して回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0071】
比較例38はV添加量が本発明範囲よりも高くなっており、そのために靭性が低下して回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例39はTi添加量が本発明範囲よりも高くなっており、粗大なTiNが多く存在して、疲労の起点や亀裂進展を促進して回転曲げ疲労強度が低下した。
【0072】
比較例40はB添加量が本発明範囲よりも低くなっており、焼入れ性が不足したために、有効硬化層が浅くなっており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例41の各種成分は本発明範囲内であるものの、焼戻し軟化パラメータであるHSiCrNが本発明範囲よりも低くなっており、そのために面疲労強度が低下した。
【0073】
従来鋼の42,43はSi添加量、HSiCrNが本発明範囲よりも低くなっており、そのために面疲労強度が低下した。
【0074】
一方、本発明鋼であるNo.1〜23は従来鋼No.42、43に比べて、内部衝撃値、内部硬度、γ粒度は同等の値が得られており、そのため、回転曲げ疲労強度は同等以上であるが、焼戻し軟化パラメーター(HSiCr)が高く、非浸炭部のフェライトによる熱変形量が少ないために、面疲労強度は著しく上昇した。
【実施例2】
【0075】
表1に記載の開発例20の材料を用いて浸炭・拡散時間を調整して残留オーステナイト量を変化させて、各種調査を実施した。表3に結果を示す。表3より以下のことが明らかである。開発例20−1〜5は本発明範囲であり、従来鋼よりも高い面疲労強度を有しているものの、残留オーステナイトの体積率が表層から0.1mm深さの範囲内において最大値が15〜45%の20−1、2、3はさらに高い面疲労強度が得られた。
【0076】
【表3】

【実施例3】
【0077】
表1に記載の開発例20、23の鋼材を用いて浸炭温度ならびに焼入れ温度を調整して残留γ体積率、フェライト体積率を変えた試験片を作成して各種調査を実施した。表3に開発例20を用いて残留γ体積率を変えた結果を示す。表3より以下のことが明らかである。No.20−1〜20−5はいずれも高い面疲労強度が得られているが、残留γ体積率が本発明範囲である20−1〜20−3はさらに高い面疲労強度が得られた。
【0078】
表4に開発例23を用いてフェライト体積率を変えた結果を示す。表4より以下のことが明らかである。No.23−1〜23−5はいずれも高い面疲労強度が得られているが、フェライト体積率が本発明範囲であるNo.23−1、3、4はさらに高い面疲労強度が得られた。
【0079】
それに対してフェライト量が0のNo.23−2では内部硬さが硬すぎて面疲労強度が低下した。フェライト量が多すぎたNo.23−5では内部硬さが低下しすぎて回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0080】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鍛造あるいは機械加工により歯車形状とした後、真空中で浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理される歯車であって、
成分組成が質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:0.70〜2.50%、Mn:0.20〜1.00%、Ni:0.01〜0.80%、Cr:0.10〜1.50%、Mo:0.01〜0.80%、Al:0.005〜0.200%、残部鉄および不可避不純物からなり、前記成分組成におけるSi、Crと前記窒化処理による表層最大侵入窒素量による焼戻し軟化抵抗パラメータHSiCrNが(1)式を満たすことを特徴とする耐ピッチング性に優れた歯車。
SiCrN(=58Si+42×(Ns−Cr×14/52))≧80・・・(1)
ここで、Si,Crは含有量(質量%)Ns:表層最大侵入窒素量(質量%)を示す。
【請求項2】
前記成分組成が、更に、質量%で、Nb:0.010〜0.100%、V: 0.001〜0.150%、Ti:0.005〜0.050%、B:0.0005〜0.0100%を1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の耐ピッチング性に優れた歯車。
【請求項3】
前記焼入れ後に焼戻し処理した後の、浸炭層の組織がマルテンサイトと残留オーステナイトからなり、前記残留オーステナイトの体積率は表層から0.1mm深さの範囲内において最大値が15〜45%の範囲で、非浸炭部の組織はマルテンサイトとフェライトから成り、前記フェライトの体積率が10〜45%である事を特徴とする請求項1または2に記載の耐ピッチング性に優れた歯車。
【請求項4】
請求項1または2に記載の成分組成の鋼材を鍛造あるいは機械加工により歯車形状とした後、真空中で浸炭処理を行い、その後炉内で冷却後に焼入れする際、前記炉内での、浸炭後の炉内冷却から焼入れ前の加熱保持の間に、窒化処理を行い、前記焼入れ後に焼戻し処理を行う歯車の製造方法であって、
前記浸炭処理は、(2)式にて計算される浸炭温度T(℃)の範囲に制御された真空中で行い、
前記浸炭処理後は、720℃〜850℃の温度範囲まで炉内で冷却して保持したのち焼入れを行い、前記焼戻し処理は100℃〜250℃の温度まで再加熱して行うことを特徴とする耐ピッチング性に優れた歯車の製造方法。
880−A≦T(℃)≦980−A ・・・(2)
A=203√C−15.2Ni−44.7Si−104V+30Mn+11Cr−400Al−31.5Mo (各成分記号は含有量(質量%)を示す)
【請求項5】
浸炭窒化処理し、焼入れ焼戻し処理後、更に、アークハイト0.3mmA以上のショットピーニングを行うことを特徴とする請求項4記載の耐ピッチング性に優れた歯車の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−112827(P2013−112827A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−257490(P2011−257490)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(399009642)JFE条鋼株式会社 (45)
【Fターム(参考)】