説明

耐剥離性と耐摩耗性にすぐれたダイヤモンド被覆エンドミル

【課題】膜内の残留応力が緩和され、かつ、すぐれた耐剥離性、耐摩耗性を発揮するCFRP等の難削材の切削加工に好適なダイヤモンド被覆エンドミルを提供する。
【解決手段】エンドミルの軸方向に沿って、ダイヤモンド皮膜表面のラマン分光分析を行い、1333cm−1付近のピークの半価幅を測定した場合、ピークの半価幅が15cm−1以下の結晶相1領域とピークの半価幅が60〜90cm−1の応力緩和相2領域を、少なくとも上記皮膜表面の上記軸方向に交互に形成し、結晶相1領域と応力緩和相2領域の間のピークの半価幅が15cm−1を越え60cm−1未満の遷移相6領域が0.1〜1.0mmであり、好ましくは、上記軸方向に垂直な皮膜断面で、ピークの半価幅が15cm−1以下の結晶相1からなる断面領域とピークの半価幅が60〜90cm−1の応力緩和相2からなる断面領域を、皮膜の膜厚方向に0.1〜2.0μmの平均膜厚で交互に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる基体表面にダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆エンドミルに関し、特に、金属材料よりも比強度、比剛性の高いCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics:炭素繊維強化プラスチック)等の難削材の高速切削に際し、長期の使用に亘って、すぐれた耐剥離性と耐摩耗性を発揮するダイヤモンド被覆エンドミル(以下、被覆エンドミルという)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン基(WC基)超硬合金または炭窒化チタン基(TiCN基)サーメットからなる基体に、ダイヤモンド膜を被覆したダイヤモンド被覆工具が知られている。
例えば、特許文献1に示すように、基体表面に、ダイヤモンドの結晶成長の起点となる核付着工程およびダイヤモンドを結晶成長させる結晶成長工程とを繰り返し行うことにより、結晶粒径が微細なダイヤモンド皮膜を被覆形成したダイヤモンド被覆工具が知られており、そして、この被覆工具例えば、ダイヤモンド被覆エンドミルを用いてAl合金の切削加工を行った場合には、ダイヤモンド皮膜の表面が平滑であることから、被削材の面精度が向上することが知られている。
【0003】
また、特許文献2に示すように、ダイヤモンド皮膜を、ラマン分光分析によるダイヤモンドのピーク強度Iに対する非ダイヤモンド炭素のピーク強度Iの強度比I/Iが0.7以下の層と、I/Iが0.9以上の層とをダイヤモンド膜厚方向に交互に積層したダイヤモンド被覆チップも知られており、このチップをAl合金の切削加工に用いた場合、靭性、耐欠損性、耐摩耗性にすぐれることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3477162号明細書
【特許文献2】特開平6−297207号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴って、切削条件はますます高速化している。上記の従来被覆工具は、これを通常条件での切削加工に用いた場合には特段の問題は生じないが、これを、一般の金属材料に比して、比強度、比剛性にすぐれるCFRP等の難削材の高速切削に用いた場合には、CFRPは高強度の炭素繊維とエポキシ系樹脂の複合材であるため、ダイヤモンド皮膜が激しく摩耗し、局所的に摩耗が進行し、摩耗進行箇所から膜が剥離しやすくなり、工具寿命が短命となるという問題点があった。
【0006】
そこで、長期の使用に亘って、ダイヤモンド皮膜の剥離が生じることがなく、同時に、すぐれた耐摩耗性を発揮する被覆エンドミルの開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上述のような観点から、特に難削材であるCFRP等の高速切削加工で、ダイヤモンド皮膜が優れた耐剥離性を有するとともに耐摩耗性を有し、長期の使用に亘って、すぐれた切削性能を発揮する被覆エンドミルを開発すべく鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0008】
本発明の被覆エンドミルは、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、例えば、熱フィラメント法等のダイヤモンド気相合成法によって、結晶性がそれぞれ異なるダイヤモンド膜、即ち、結晶性ダイヤモンド相が多く含有される相(以下、結晶相という)と非ダイヤモンド相が多く含有される相(以下、応力緩和相という)と結晶相と応力緩和相の間に存在する相(以下、遷移相という)からなるダイヤモンド皮膜を成膜し、かつ、ダイヤモンド皮膜には、上記結晶相領域と応力緩和相領域が、被覆エンドミルの軸方向に沿って交互に形成されるように成膜することにより、被覆エンドミルの軸方向にわたるダイヤモンド皮膜の応力緩和を図り、耐剥離性を向上させることができると同時に、耐摩耗性を確保し得ることを見出した。
【0009】
さらに、被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜の断面内についても、上記結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域を、ダイヤモンド皮膜の膜厚方向に交互に形成した場合には、被覆エンドミルの全体(軸方向および膜厚方向)にわたって3次元的なダイヤモンド皮膜の応力緩和を図ることができるため、より一段と耐剥離性を向上させることができ、しかも、耐摩耗性を確保し得ることを見出した。
【0010】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された基体表面に、3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆エンドミルにおいて、
上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に沿って、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマン分光分析により、ダイヤモンド皮膜の1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半価幅を測定した場合、ピークの半価幅が15cm−1以下である結晶相領域とピークの半価幅が60〜90cm−1である応力緩和相領域が、少なくとも上記ダイヤモンド皮膜表面の上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に、平均長さ10〜20mmで交互に形成され、結晶相領域と応力緩和相領域との間には、ピークの半価幅が15cm−1を越え60cm−1未満である遷移相領域が平均長さ0.1〜1.0mmで形成されていることを特徴とするダイヤモンド被覆エンドミル。
【0011】
(2) 上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面について、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマン分光分析により、ダイヤモンド皮膜断面の1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半価幅を測定した場合、ピークの半価幅が15cm−1以下である結晶相からなる断面領域とピークの半価幅が60〜90cm−1である応力緩和相からなる断面領域が、少なくとも、上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面内であって、かつ、ダイヤモンド皮膜の膜厚方向に、0.1〜2.0μmの平均膜厚で交互に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド被覆エンドミル。」
に特徴を有するものである。
【0012】
つぎに、この発明の被覆エンドミルについて、以下に、詳細に説明する。
【0013】
この発明の被覆エンドミルのダイヤモンド皮膜は、例えば、熱フィラメント法等のダイヤモンド気相合成法によって形成された、結晶性がそれぞれ異なるダイヤモンド膜、即ち、結晶性ダイヤモンド相が多く含有される結晶相と非ダイヤモンド相が多く含有される応力緩和相、結晶相と応力緩和相の中間に位置する遷移相から構成する。
【0014】
ここで、結晶相、応力緩和相、遷移相をより具体的に定義すると、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマン分光分析により、ダイヤモンド皮膜表面の、1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のラマンシフトピークの半価幅を測定した場合に、ピークの半価幅が15cm−1以下となる領域が上記結晶相領域であり、ピークの半価幅が60〜90cm−1となる領域が応力緩和相領域であり、ピークの半価幅が15cm−1を越え60cm−1未満となる領域が遷移相領域である。
【0015】
測定されるピークの半価幅が15cm−1以下である領域を、結晶相領域であるとしているのは、測定されるピークの半価幅が15cm−1を超える場合には、ダイヤモンドの結晶性が低くなるために耐摩耗性が低下するためである。
【0016】
また、測定されるピークの半価幅が60〜90cm−1である領域を、非ダイヤモンド相が多く含有される応力緩和相領域であるとしているのは、測定されるピークの半価幅が60cm−1未満である場合には、ダイヤモンド皮膜の応力緩和効果が低くなり、一方、測定されるピークの半価幅が90cm−1を超える場合には、ダイヤモンド皮膜の耐摩耗性が著しく低下するためである。
ここで、結晶相と応力緩和相の間には、測定されるピークの半価幅が15cm−1を越え60cm−1未満である遷移相が存在する。遷移相は耐摩耗性が十分であるとは言えず、しかも、応力緩和効果も小さいため、遷移相領域を小さくする方が好ましく、遷移相領域を小さくするため、WフィラメントとMo冷却板の設置位置を工具基体の表面より好ましくは15mm以上離さず、かつ、WフィラメントとMo冷却板の距離を好ましくは10mm以上離さないないようにする。
【0017】
この発明の被覆エンドミルは、その軸方向に沿って、ダイヤモンド皮膜を観察した場合、上記結晶相領域と上記応力緩和相領域が、図1に示すように、少なくともダイヤモンド皮膜表面の被覆エンドミルの軸方向に沿って、その軸方向平均長さが10mm以上20mm以下で交互に形成されるようにする。
【0018】
これは、結晶相領域、応力緩和相領域のそれぞれの平均長さが、20mmを超えた間隔で形成されると、応力緩和相を形成したことの効果が低下し、CFRP等の難削材の高速切削加工において、ダイヤモンド皮膜中に存在する残留応力に起因して発生する皮膜のチッピング、剥離を防止することができなくなるという理由により、一方、それぞれの平均長さが、10mm未満では結晶相と応力緩和相の結晶性の差が小さくなり、応力緩和相の応力緩和効果が低下するため、残留応力に起因して発生する皮膜のチッピング、剥離を防止することができなくなるという理由による。
軸方向のダイヤモンド皮膜の結晶構造は、結晶相はWフィラメントの直近で、応力緩和相は冷却板の直近で強く現れ、その構造は遷移相領域で結晶相から応力緩和相へ、あるいは、応力緩和相から結晶相へと次第に変化する。
【0019】
遷移相領域は、平均長さ0.1以上1.0mm以下で形成されるようにする。遷移相領域が0.1mm未満ではMo冷却板を基体表面に近づける必要があり、Mo冷却板の直下に応力緩和相が形成されなくなる。遷移領域が1.0mmを超えると耐摩耗性が低下し、チッピング、剥離を防止することができなくなる。
【0020】
また、この発明では、上記結晶相と応力緩和相から構成されるダイヤモンド皮膜を、3〜30μmの膜厚となるように形成するが、これは、膜厚が3μm未満では被覆エンドミルの工具寿命が短くなり、一方、膜厚が30μmを超えるとチッピング、剥離が発生しやすくなるという理由による。
【0021】
この発明の被覆エンドミルは、ダイヤモンド皮膜に、少なくとも結晶相からなる表面領域と応力緩和相からなる表面領域を、それぞれ、10〜20mmの平均長さで、被覆エンドミルの軸方向に沿って交互に形成し、かつ、上記結晶相領域と応力緩和相領域との間には、平均長さ0.1〜1.0mmの遷移相領域を形成するものであるが、このような膜構造に加えて、図2に示す被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面において、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域を、被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面内であって、かつ、ダイヤモンド皮膜の膜厚方向に、0.1〜2.0μmの平均膜厚で交互に形成することができ、さらに、膜厚方向に遷移相領域を形成することができる。
【0022】
被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面に、このような膜構造を形成することにより、被覆エンドミルの軸方向ばかりでなく、これに垂直な面内にも、結晶相と応力緩和相とが交互に形成され、図3に示すように、ダイヤモンド皮膜のあらゆる箇所に、結晶相と応力緩和相と遷移相が3次元的に形成されることになるため、ダイヤモンド皮膜内部の応力緩和が十分に図られ、CFRP等の難削材の高速切削加工においても、皮膜のチッピング、剥離を防止することができ、しかも、長期の使用にわたって十分な耐摩耗性を発揮することができる。
【0023】
ただ、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域の膜厚方向の間隔が0.1μm未満では、耐摩耗性が低下し、一方、2.0μmを超えると結晶相のダイヤモンドの粒径が粗粒になることにより仕上げ面精度が悪くなることから、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域の膜厚方向の間隔は、0.1〜2.0μmとする。
【0024】
この発明のダイヤモンド皮膜構造を備える被覆エンドミルは、例えば、以下の方法で作製することができる。
【0025】
図4に、この発明の被覆エンドミルを、熱フィラメント法により作製するための装置の一例としてのダイヤモンド成膜装置の概略模式図を示し、(a)は、該装置の側面図、(b)は、該装置の平面図をそれぞれ示す。
【0026】
図4において、所定の寸法・形状に加工した超硬合金エンドミル(基体)(5)を、基体固定台(11)に設置された回転基台(図示せず)に垂直に装着する。
【0027】
該回転基台は、基体固定台(11)に取り付けた上下機構(10)によって垂直方向に上下動可能であり、かつ、同じく基体固定台に取り付けた回転機構(9)によって、回転治具(12)、チェーン(13)を介して回転可能であるから、超硬合金エンドミル(基体)も、上下機構および回転機構によって、上下動可能かつ回転可能に保持される。
【0028】
そして、上記基体固定台(11)の回転基台に装着された超硬合金エンドミル(基体)(5)の相互の間に、装置の高さ方向に所定の間隔(例えば、10mm)および水平方向に複数のWフィラメント(4)(例えば、φ0.1mm)を固定的に張設し、さらに、装置の高さ方向(超硬合金エンドミル(基体)の長さ方向)において、上記複数のWフィラメント(4)の張設位置のほぼ中間高さ位置であって、また、装置の水平方向において、Wフィラメントの張設位置とほぼ同じ位置にMo冷却板(3)(例えば、幅:10mm、厚さ:3mm)を固定的に設置する。
【0029】
上記装置を用いたこの発明の被覆エンドミルのダイヤモンド皮膜の成膜方法は、大略、以下のとおりである。
【0030】
まず、請求項1に係る被覆エンドミルのダイヤモンド皮膜の成膜について説明すれば、上記ダイヤモンド成膜装置の回転基台に超硬合金エンドミル(基体)(5)を、相互の間隔がWフィラメント(4)に対して平行方向に例えば10mm、垂直方向に例えば40mmとなるように装着後、WフィラメントをWフィラメントと基体の間隔が例えば20mmとなるように張設する。超硬合金エンドミル(基体)(5)の回転速度が1rpmとなるように回転させ、装置内に所定組成比の反応ガス(CH/H比:0.005〜0.05)を導入し、装置内圧力を2.0〜6.0kPaに維持する。
【0031】
ついで、回転基台を回転させることによって超硬合金エンドミル(基体)(5)を水平面内で回転させながらWフィラメントに通電し、フィラメント温度を2000〜2400℃にするとともに、冷却したMo冷却板(3)を設置することで、Mo冷却板(3)に対向する超硬合金エンドミル(基体)(5)の長さ方向の所定箇所が部分的に基体の表面の温度が下がり、かつ活性種が少なくなるため、結晶相に比べてsp結合の比率が少ない応力緩和相が形成される。
【0032】
上記のようにしてダイヤモンドを成膜すると、被覆エンドミルの表面には、図1に示すように、その軸方向に沿って、結晶相領域と応力緩和相領域がそれぞれ所定の長さで交互に形成され、かつ、上記結晶相領域と応力緩和相領域との間には、平均長さ0.1〜1.0mmの遷移相領域が形成されたダイヤモンド皮膜が成膜される。
【0033】
なお、結晶相領域、応力緩和相領域、遷移相領域のそれぞれの長さは、WフィラメントとMo冷却板との設置間隔、Mo冷却板と超硬合金エンドミル(基体)との距離、Mo冷却板の冷却能によって調整することが可能である。
【0034】
次に、請求項2に係る被覆エンドミルのダイヤモンド皮膜の成膜について説明する。
【0035】
まず、上記の方法で、被覆エンドミルの表面の軸方向に沿って、所定の長さで、結晶相領域、応力緩和相領域、遷移相領域を所定時間成膜し、
その後、上下機構(10)を動作させ、回転基台とともに超硬合金エンドミル(基体)(5)を下方に(例えば、5mm)移動させ、結晶相領域が形成されている領域をMo冷却板(3)に対向させ、一方、応力緩和相領域が形成されている領域をWフィラメント(4)に対向させるように位置決めして、引き続き、所定時間成膜を継続し、
その後、上下機構(10)を動作させ、回転基台とともに超硬合金エンドミル(基体)(5)を元の高さ位置に戻すように上方に(例えば、5mm)移動させ、結晶相領域が形成されている領域をMo冷却板(3)に対向させ、一方、応力緩和相領域が形成されている領域をWフィラメント(4)に対向させるように位置決めして、引き続き、所定時間成膜を継続して行う。
【0036】
なお、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域の膜厚は、上下機構(10)を動作させる時間間隔によって調整することができる。
【0037】
上記成膜によって、図2の部分拡大図に示すように、被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面の膜厚方向に、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域が、所定の膜厚で交互に形成される。
【0038】
つまり、上記の上下機構(10)の動作による下方移動、上方移動を所定回数繰り返し行なうことにより、図3に示すように、被覆エンドミル表面の軸方向に沿って、結晶相領域と応力緩和相領域が所定の長さで交互に形成されると同時に、被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面の膜厚方向に、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域が、所定の膜厚で交互に形成され、しかも、遷移相からなる断面領域が膜厚方向に形成された被覆エンドミル、いうならば、被覆エンドミルのダイヤモンド皮膜中に、結晶相領域、応力緩和相領域、遷移相領域が3次元的に形成された膜構造を有する被覆エンドミルが作製される。
【発明の効果】
【0039】
この発明のダイヤモンド被覆エンドミルは、ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向の少なくともダイヤモンド皮膜表面に、結晶相領域と応力緩和相領域が交互に形成されていることによって、あるいは、ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向ばかりでなく、ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面内にも、少なくとも、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域が交互に形成され、3次元的に結晶相と応力緩和相が交互に存在するダイヤモンド皮膜が形成されていることによって、ダイヤモンド皮膜中における方向依存性のない3次元的な応力緩和を図ることができ、これによって、難削材であるCFRP等の高速切削加工において、ダイヤモンド皮膜の耐剥離性を向上させることができるとともに、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】被覆エンドミルの軸方向に沿って、結晶相領域と応力緩和相領域および遷移相領域が所定の長さで交互に形成された本発明のダイヤモンド皮膜の概略説明図を示し、(a)は、被覆エンドミルの軸方向に沿って形成されたダイヤモンド皮膜の結晶相領域とWフィラメントの位置関係、応力緩和相領域とMo冷却板の位置関係を示し、(b)は、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマンシフトピークの半価幅測定値と、結晶相領域,応力緩和相領域,遷移相領域の対応関係を示す。
【図2】被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面の膜厚方向に、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域が所定の膜厚で交互に形成された本発明のダイヤモンド皮膜の部分拡大図を示し、(a)は、被覆エンドミルの軸方向に垂直な断面の膜厚方向に形成された結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域の概略説明図を示し、(b)は、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマンシフトピークの半価幅測定値と、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域の対応関係を示す。
【図3】結晶相領域と応力緩和相領域および遷移相領域が3次元的に形成された膜構造を有する本発明の被覆エンドミルの概略説明図を示す。
【図4】本発明の被覆エンドミルを、熱フィラメント法により作製するための装置の一例としてのダイヤモンド成膜装置の概略模式図を示し、(a)は、側面図、(b)は、防着板(7)を外した状態での平面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0041】
つぎに、この発明の被覆エンドミルを実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0042】
原料粉末として、平均粒径:5.5μmを有する中粗粒WC粉末、同0.8μmの微粒WC粉末、同1.3μmのTaC粉末、同1.2μmのNbC粉末、同1.2μmのZrC粉末、同2.3μmのCr粉末、同1.5μmのVC粉末、同1.0μmの(Ti,W)C[質量比で、TiC/WC=50/50]粉末、および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、直径が13mmの工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部の直径×長さが10mm×22mmの寸法、並びにねじれ角10度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製のエンドミル基体C−1〜C−8をそれぞれ製造した。
【0043】
ついで、これらのエンドミル基体の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した後、酸溶液によるエッチングおよび/またはアルカリ溶液によるエッチング処理を行い、さらに、ダイヤモンド粉末スラリー液を用いて超音波洗浄器で超音波処理を行なった後、図4に示すダイヤモンド成膜装置の回転基台に、エンドミル基体相互の間隔が10mmとなるようにエンドミル基体を装着した。
【0044】
該ダイヤモンド成膜装置には、φ0.1mmのWフィラメントが垂直方向(エンドミル基体の軸方向)に10〜20mmの間隔で平行に4本張設され、水平方向には、基材から20mmの間隔で平行に5本張設され、該装置内にはエンドミル基体間に合計20本のWフィラメントが配設されている。
【0045】
また、該装置内には、垂直方向(エンドミル基体の軸方向)に張設された4本のWフィラメントの相互間隔の中間位置にMo冷却板(幅:10mm,厚さ:3mm)が配置され、また、最下位置のWフィラメントと基体固定台との中間位置にもMo冷却板が配置される。さらに、同様なMo冷却板が水平方向にも配置され、該装置内にはエンドミル基体間に合計20基のMo冷却板が配設されている。
【0046】
上記ダイヤモンド成膜装置の回転基台に装着したエンドミル基体C−1〜C−3を、回転機構(9)を動作させ、回転治具(12)、チェーン(13)を介して回転速度1rpmで回転させ、装置内にCHとHとからなる反応ガス(CH/H比:0.05)を導入し、装置内圧力を4kPaとした後、Wフィラメント(4)に通電し、フィラメント温度を2200℃にするとともに、Mo冷却板(3)を冷却し、エンドミル基体(5)の表面に、ダイヤモンド皮膜を成膜し、被覆エンドミルの軸方向に沿って、結晶相領域と応力緩和相領域が所定の間隔をおいて交互に形成された(図1参照)本発明被覆エンドミル1〜3を作製した。
【0047】
また、上記ダイヤモンド成膜装置の回転基台に装着したエンドミル基体C−4〜C−8を回転速度1rpmで回転させ、装置内にCHとHとからなる反応ガス(CH/H比:0.05)を導入し、装置内圧力を4kPaとした後、Wフィラメント(4)に通電し、フィラメント温度を2200℃にするとともに、Mo冷却板(3)に冷却水を流し、エンドミル基体の表面に、ダイヤモンド皮膜を0.5〜6.0時間成膜し、次いで、上記ダイヤモンド成膜装置の上下機構(10)を動作させて、基体固定台(11)を垂直方向(被覆エンドミルの軸方向)に5〜10mm下方に変則的に移動させ、このまま成膜を0.5〜6.0時間継続し、
次いで、上下機構(10)を動作させて、基体固定台(11)を垂直方向(被覆エンドミルの軸方向)に5〜10mm上方に変則的に移動させて、基体固定台(11)を元の高さに戻し、このまま成膜を0.5〜6.0時間継続し、
上記上下移動を目標膜厚となるまで複数回繰り返し行うことにより、被覆エンドミル表面の軸方向に沿って、結晶相領域、応力緩和相領域、遷移相が所定の長さで形成されると同時に、被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面の膜厚方向に、結晶相からなる断面領域と応力緩和相からなる断面領域が、所定の膜厚で交互に形成され、かつ、遷移相からなる断面領域が膜厚方向に形成された被覆エンドミル(図2,図3参照)、いうならば、被覆エンドミルのダイヤモンド皮膜中に、3次元的に結晶相領域、応力緩和相領域、遷移相領域が交互に形成された膜構造を有する表2に示す本発明のダイヤモンド被覆エンドミル(以下、本発明被覆エンドミルという)4〜8を作製した。
【0048】
比較のために、Mo冷却板を取り除き通常の熱フィラメント法(φ0.1mmのWフィラメントを垂直方向(エンドミル基体の軸方向)に1本張設)により、エンドミル基体C−1〜C−6の表面に、次の条件で、微粒ダイヤモンドと粗粒ダイヤモンドの膜厚方向の交互積層構造からなる特許文献2に示されるようなダイヤモンド皮膜を成膜することにより、従来のダイヤモンド被覆エンドミル(以下、比較被覆エンドミルという)1〜6を作製した。
【0049】
即ち、
(a)まず、
フィラメント温度 2200 ℃、
フィラメント−基板間隔 15 mm、
反応圧力 0.9 kPa、
反応ガス CH/H=0.05(但し、体積比)、
という条件で、エンドミル基体C−1〜C−6の表面に、微粒ダイヤモンド層を成膜し、
(b)次いで、上記微粒ダイヤモンド層の上に、
フィラメント温度 2200 ℃、
フィラメント−基板間隔 15 mm、
反応圧力 4 kPa、
反応ガス CH/H=0.035(但し、体積比)、
という条件で、粗粒ダイヤモンド層を成膜し、
上記(a)、(b)を繰り返し行なうことにより所定膜厚の膜厚方向交互積層構造を有する表3に示す比較被覆エンドミル1〜6を作製した。
【0050】
参考のため、エンドミル基体C−7,C−8の表面に、本発明と同様な方法によって、表2に示す参考例としてのダイヤモンド被覆エンドミル7,8(以下、参考被覆エンドミルという)を作製した。
【0051】
ただし、参考被覆エンドミル7,8の作製にあたっては、ダイヤモンド成膜装置内には、垂直方向(エンドミル基体の軸方向)にφ0.1mmのWフィラメント2本を25mmの間隔で設け、また、上下機構の作動周期を3時間とした。
【0052】
本発明被覆エンドミル1〜8、比較被覆エンドミル1〜6および参考被覆エンドミル7,8のそれぞれの試料について試料平面に対し低角度方向よりCP(Cross polisher)加工を施し、斜面状に加工された被覆層について、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマン分光により、ラマンシフトピークの半価幅を測定した。また、それぞれの構成膜の膜厚、間隔(軸方向、膜厚方向)を、被覆層の断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより測定した。
【0053】
表2、表3に、それらの測定値を示す。
【0054】
つぎに、上記本発明被覆エンドミル1〜8、比較被覆エンドミル1〜6および参考被覆エンドミル7,8について、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:5mmの、炭素繊維と熱硬化型エポキシ系樹脂が直交積層構造を持つ炭素繊維強化樹脂複合材(CFRP)の板材、
切削速度主軸回転速度: 7000 rpm、
テーブル送り: 800 mm/min、
1枚当たりの送り:0.03 mm/tooth
エアーブロー&吸引
の条件で、上記CFRPの乾式高速側面切削加工試験を行い、CFRPにデラミレーションが発生した加工長を示し、加工寿命の判定基準として、寿命に至るまでの切削長(m)および表面粗さを測定した。
【0055】
これらの測定結果を表4にそれぞれ示した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
【表4】

表2〜4に示される結果から、本発明被覆エンドミルは、ダイヤモンド皮膜表面の被覆エンドミルの軸方向に、少なくとも、結晶相領域と応力緩和相領域が交互に形成されていることによって、ダイヤモンド皮膜中の軸方向の応力緩和を図ることができ、あるいは、ダイヤモンド皮膜中に、3次元的に結晶相と応力緩和相が交互に存在するダイヤモンド皮膜が形成されていることによって、ダイヤモンド皮膜中における方向依存性のない3次元的な応力緩和を図ることができ、これによって、難削材であるCFRP等の高速切削加工において、ダイヤモンド皮膜の耐剥離性を向上させることができるとともに、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
【0060】
これに対して、比較被覆エンドミルあるいは参考被覆エンドミルにおいては、ダイヤモンド皮膜の剥離、欠損が発生し、被削材仕上げ面精度も不十分であって、CFRP等の難削材の高速切削加工に用いた場合、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することはできず、工具寿命も短命であった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
上述のように、この発明のダイヤモンド被覆エンドミルは、通常条件での切削加工は勿論のこと、金属材料よりも比強度、比剛性の高いCFRP等の難削材の高速切削においても、耐剥離性にすぐれ、長期の使用に亘って、すぐれた耐摩耗性を発揮するものであるから、切削加工装置のFA化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【符号の説明】
【0062】
1 結晶相
2 応力緩和相
3 Mo冷却板
4 Wフィラメント
5 エンドミル基体
6 遷移相
7 防着板
8 碍子
9 回転機構
10 上下機構
11 基体固定台
12 回転治具
13 チェーン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された基体表面に、3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆エンドミルにおいて、
上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に沿って、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマン分光分析により、ダイヤモンド皮膜の1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半価幅を測定した場合、ピークの半価幅が15cm−1以下である結晶相領域とピークの半価幅が60〜90cm−1である応力緩和相領域が、少なくとも上記ダイヤモンド皮膜表面の上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に、平均長さ10〜20mmで交互に形成され、結晶相領域と応力緩和相領域との間には、ピークの半価幅が15cm−1を越え60cm−1未満である遷移相領域が平均長さ0.1〜1.0mmで形成されていることを特徴とするダイヤモンド被覆エンドミル。
【請求項2】
上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面について、Arガスレーザより得られた可視光を用いたラマン分光分析により、ダイヤモンド皮膜断面の1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半価幅を測定した場合、ピークの半価幅が15cm−1以下である結晶相からなる断面領域とピークの半価幅が60〜90cm−1である応力緩和相からなる断面領域が、少なくとも、上記ダイヤモンド被覆エンドミルの軸方向に垂直なダイヤモンド皮膜断面内であって、かつ、ダイヤモンド皮膜の膜厚方向に、0.1〜2.0μmの平均膜厚で交互に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド被覆エンドミル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−192462(P2012−192462A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−56075(P2011−56075)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】