説明

耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線及びその製造方法

【課題】 ゴム組成物内に埋設された後も腐食疲労特性に優れ、腐食環境下でもゴム製品の形状、強度を維持可能なゴム製品補強用鋼線及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 直径0.1〜0.4mmのスチール素線表面にCuを55〜75%含むめっき層を有し、さらに該めっき層の上にZr、Ti、Si、Mo、Co、Ni、の1種または2種以上を含む金属と酸素を主成分とする化合物の被膜層を有し、その被膜層の厚さを10〜1000nm有する腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線、この鋼線は、スチール素線のめっき層の上に金属酸化物被膜を金属フッ化物錯体を用いた液相析出法により電流密度1〜10A/dmで強制通電処理により連続的に成膜処理を行うことによって製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム製品の補強に用いられる、耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、タイヤ、ベルト、ホース等のゴム製品の補強用素材としてスチール素線が広く用いられている。このような、ゴム製品中に埋設されたスチール素線には、使用時に連続的に外力が作用する。更に、ゴム組成物を通して水分、空気が透過、侵入するため、スチール素線の表面は腐食環境に曝されることになる。したがって、スチール素線には、腐食環境下で応力が作用するため、腐食疲労により破断し、これにより、ゴム製品の強度が低下する。
【0003】
そのため、ゴム組成物に埋設されるスチール素線は、高い破断強度とともに耐久寿命の改善が必要であり、耐腐食疲労特性の向上が要求されている。従来のゴム製品補強用鋼線及びスチールコードの耐腐食疲労特性改善技術として、鋼材中にLa、Ceを添加し、鋼材そのものの耐腐食疲労特性を改善する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、表面処理による方法として、スチール素線表面に有機被膜処理を行う技術(例えば、特許文献2参照)、表面のめっき被膜のピンホール欠陥を限定する技術(例えば、特許文献3参照)が提案されている。更に、スチールコード素線表層部に圧縮の残留応力の付与と潤滑油塗布する方法も提案されている(例えば、特許文献4参照)。しかし、これらの従来技術では、ゴム製品補強用鋼線についての十分な耐腐食疲労寿命の改善効果は得られていはいない。
【0004】
【特許文献1】特開平8−170149号公報
【特許文献2】特開平6−49786号公報
【特許文献3】特開平8−199394号公報
【特許文献4】特開平5−86589号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述のような問題に鑑みてなされたものであり、ゴム製品の強度と、耐久寿命を確保することを目的とし、耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ゴム製品の内部に水分及び酸素が侵入した腐食環境を想定し、種々の有機系被膜、無機被膜を表面に形成したゴム製品補強用鋼線の耐腐食疲労特性を、被膜組成、厚さを変えて評価した。その結果、金属と酸素を主成分とした化合物からなる無機被膜を表面に一定の厚さ形成することで、ゴム製品補強用鋼線の耐腐食疲労特性が著しく改善されることを明らかにした。更に、この耐腐食疲労特性が改善された補強材をゴム中に埋設することで、ゴム製品の形状、強度を維持し、耐久寿命が改善されることを知見した。本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。なお、成膜処理時の素線の通線本数は1本とは限らず、複数本を同時に処理することも可能である。
【0007】
(1)直径が0.1〜0.4mmのスチール素線の表面にめっき層を有し、更に該めっき層の表面に、Zr、Ti、Si、Mo、Co、Ni、の1種又は2種以上と酸素を主成分とする化合物からなる10nm以上、1000nm以下の厚さの被膜層を有することを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【0008】
(2)めっき層がCuを55〜75質量%含むことを特徴とする上記(1)に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【0009】
(3)被膜層が金属酸化物、金属水酸化物の一方又は双方であり、該被膜層中の金属種と酸素の合計に対する金属種の比率が、原子%で、30〜70%であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【0010】
(4)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載のスチール素線が、質量%で、C:0.4〜1.1%、Si:0.2〜1.5%、Mn:0.2〜1.0%を含有し、P:0.02%以下、S:0.02%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【0011】
(5)スチール素線が、さらに、質量%で、Cr:0.05〜0.5%、Cu:0.05〜0.3%、Ni:0.05〜0.5%、Mo:0.05〜0.3%、V:0.05〜0.5%、W:0.05〜0.3%、Co:0.01〜0.1%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(4)に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【0012】
(6)上記(1)〜(5)の何れか1項に記載のゴム製品補強用鋼線が複数本撚り合わされてなる撚り線であることを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用撚り鋼線。
【0013】
(7)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載のゴム製品補強用鋼線の製造方法であって、スチール素線の表面に設けためっき層の表面に、金属フッ化物錯体を用いた液相析出法により、Zr、Ti、Si、Mo、Co、Ni、の1種又は2種以上と酸素を主成分とする化合物を形成することを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線の製造方法。
【0014】
(8)スチール素線が上記(4)又は(5)に記載の成分組成を有することを特徴とする上記(7)に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線の製造方法。
【0015】
(9)陽極を金属フッ化錯体溶液中に浸漬し、表面にめっき層を有するスチール素線を陰極として前記金属フッ化錯体溶液中を連続的に通過させ、電流密度を1〜10A/dmの範囲で被膜を形成する工程と、引き続き、80℃〜200℃の温度域で乾燥する工程からなることを特徴とする上記(7)又は(8)に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の被膜層により、ゴム組成物内に埋設された環境下でも耐腐食疲労特性に優れ、ゴム製品の形状、強度を維持することが可能なゴム製品補強用鋼線を提供することが可能となる。また、本発明の金属フッ化物錯体を用いた液相析出法によれば、耐腐食疲労特性を向上させることが可能な、被膜層を有するゴム製品補強用鋼線の製造方法を提供することができる。また、めっき層中のCu含有率を55〜75%とすることで安定した伸線加工が可能になり、工業的に安定して製造することができる。以上のように、耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線及びその製造方法を提供できる本発明は、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者らは、ゴム組成物内部でのゴム製品補強用鋼線の耐腐食疲労特性の改善について詳細に検討した。その結果、ゴム組成物内部への水分及び空気の浸入による腐食環境において、ゴム製品補強用鋼線の表面に被膜層を形成し、耐食性を改善することによりゴム製品の耐久性が向上することを明らかにした。そこで、本発明者は検討を行い、ゴム中に侵入した水分、酸素によって、スチール素線が酸化しないように、ガス、水分バリヤ性の高い被膜を表面に形成し、耐食性の改善に成功するとともに、その被膜層の形態の適正条件を見出した。
【0018】
図1は本発明のゴム製品補強用鋼線の横断面模式図である。中心部はスチール素線1であり、その周りにめっき層2が存在し、さらにその表面に金属と酸素を主成分とする被膜層3が10〜1000nmの範囲の厚さで形成されている。ここで、金属と酸素が主成分とは、原子%で、金属種と酸素の比率が、化合物全体の60%以上であることを意味する。
【0019】
本発明の素線は冷間加工により製造され、例えば、ダイス伸線により製造する場合0.1mmより細くなると加工工程が多くなり、作業が繁雑になるとともに生産性が大幅に低下するために0.1mmを線径の下限とした。一方、線径が0.4mmより太くなると素線の強度が低下し、補強材としての効果が小さくなるために0.4mmを上限とした。
【0020】
本発明の、スチール素線の表面に設けられためっき層の表面に形成される、被膜層に含まれる金属種は、Zr、Ti、Si、Mo、Co、Niの何れか単独であっても良く、複数の金属種であっても良い。これらの金属種は、いずれも耐腐食疲労特性の改善の効果があり、金属種を、Zr、Ti、Si、Mo、Co、Niの1種又は2種以上のとすることにより、ゴム製品補強用鋼線の耐食性改善効果が明瞭に認められる。また、これらの金属種がゴム製品補強用鋼線の耐腐食疲労特性の改善効果をもたらすメカニズムは、金属種が被膜層の上に形成されるゴムと強固な化学結合を形成するため、ゴム製品補強用鋼線として使用する際の耐腐食疲労特性の改善が顕著であると推定される。なお、ゴムとの強固な化学結合という観点から、特に好適な金属種はZrとTiである。また、これらの金属種の酸化物又は水酸化物からなる被膜の金属種は、X線光電子分光法(XPSという。)、オージェ電子分光分析(AESという。)、赤外線分光法によって同定することができる。
【0021】
被膜層を構成する金属種と酸素を主成分とする化合物とは、金属種の酸化物、水酸化物の一方か、又は酸化物と水酸化物との混合物を意味する。なお、被膜層が、金属種の水酸化物を含むのは、液相析出法によって形成された酸化物に含まれる水分が、乾燥後も残留することがあるためである。
【0022】
被膜層の厚さは、ゴム製品補強用鋼線の耐腐食疲労特性に大きく影響する。被膜層の厚さを変え、図2に示す応力負荷方式の回転曲げ疲労試験により、耐腐食疲労特性を評価した。耐腐食疲労試験は、腐食試験めっき線(試験片)4の曲率部先端を0.1%NaCl水溶液の腐食試験液5中に20mm浸漬させ、回転数を3000rpmとして行った。耐腐食疲労寿命は、負荷応力σを300MPaとして破断までの回転数(寿命)で評価した。負荷応力は、以下の式により求めた。
σ=1.19×d×E/C
L=2.19×C
ここで、σは負荷応力(MPa)、dはスチール素線の線径(mm)、Eはスチール素線の竪弾性係数であり、2.09×10MPaとした。また、Cはチャック間距離(mm)、Lは試験片長さ(mm)である。
【0023】
結果を図3に示す。図3の被膜厚さ(nm)と腐食疲労寿命(min)との関係の結果から明らかなように、被膜層の厚さが10nmより薄い場合は耐腐食疲労特性改善効果が不十分になることがある。一方、1000nmより厚い被膜を形成した場合には耐腐食疲労特性改善効果は飽和し、一部では被膜表面に割れや剥離が発生することがあり、耐腐食疲労特性が低下する場合がある。したがって、金属酸化物、金属水酸化物の一方又は双方からなる被膜層の厚さを10nm〜1000nmとすることが好ましい。より好ましくは20〜500nmである。
【0024】
ここで、金属種と酸素からなる化合物の被膜層の厚さはゴム製品補強用鋼線表面からXPS又はオージェ電子分光分析(AESという。)による表面分析を行い、深さ方向の濃度分布(デプスプロファイルという。)を測定することによって評価することができる。即ち、酸素が存在する表面からの深さが被膜層の厚さである。
【0025】
また、走査型電子顕微鏡(SEMという。)又は透過型電子顕微鏡によってスチール素線、めっき層、被膜層を観察して、その厚さを測定しても良い。この場合は、次の何れかの方法で行えば良い。1つは、収束イオンビーム(FIB)を用いて鋼線の長さ方向に垂直に切断し、その面をSEMによって観察する方法である。もう一つは、被膜層を含む薄膜サンプルを作成し、透過電子顕微鏡により3000〜100000倍の倍率で組織観察を行う方法である。
【0026】
金属種と酸素を含む化合物である被膜層の形成方法としては、スパッタリング法、CVD法の気相法、ゾルゲル法等の液相法がある。このうち、気相法では真空環境を形成するために高価な設備が必要となる問題がある。一方、液相法のうち、ゾルゲル法は塗布後焼成が必要であり、そのためにクラックの発生や素材からの金属の拡散の影響を受ける。また、揮発成分を含むため、緻密な被膜の形成は困難である。
【0027】
そこで、本発明では液相法の一つである金属フッ化物錯体溶液を用いた液相析出法により、被膜層を形成する。これにより、緻密な被膜層を短時間に形成でき、しかも、被膜層の厚さを精度良く制御することが可能である。
【0028】
金属フッ化物錯体としては珪素フルオロケイ錯体、チタンフルオロ錯体、ジルコンフルオロ錯体、モリブデンフルオロ錯体、ニオブフルオロ錯体、亜鉛フルオロ錯体等の水溶液や塩化チタン、塩化ニッケル、塩化コバルト等とフッ化水素アンモニウムの混合水溶液を処理液として使用できる。
【0029】
本発明では、液相析出法により連続してスチール素線の表面に短時間で被膜層を形成させるため、陽極を金属フッ化物錯体水溶液中に浸漬し、その中を、スチール素線を陰極として通過させながら、通電して連続処理する。生産性を向上させるためには、複数のスチール素線を同時に走行させ、それぞれ、電流密度と線速を制御することが好ましい。
【0030】
複数本のスチール素線を同時に処理する際には、通電時のスチール素線1本当たりの電流密度を1A/dm以上とすることが好ましい。電流密度が1A/dm未満の場合は被膜層の成膜速度が遅く、生産性を損なうことがある。一方、電流密度を10A/dmより大きくするとスチール素線の円周方向及び長手方向の被膜層の厚さが不均一となり、局部的に被膜が形成されない部分が発生することがある。したがって、スチール素線1本当たりの電流密度を1〜10A/dmの範囲とすることが好ましい。
【0031】
陽極には耐食性が要求されるため、Ti板に酸化イリジウムあるいは白金をコーティングした電極を用いることが好ましい。
【0032】
被膜層の形成後、乾燥温度が80℃未満では、生成した被膜層の乾燥が不十分になることがある。これにより、被膜層に水分が残留すると、金属種と酸素との化合物からなる被膜層が安定して生成しにくくなる。一方、乾燥温度を200℃超にするとスチール素線の強度が低下することがある。したがって、乾燥温度は80〜200℃の範囲であることが好ましい。
【0033】
スチール素線の表面にはめっき層を設けても良い。このめっき層は、所定の線径に加工するための潤滑性の改善、耐食性の向上を目的として形成される。めっき層は、Cu、Zn、Sn、Co、Niの1種又は2種以上からなることが好ましい。
【0034】
特に、めっき層中には、Cuを含有することが好ましい。このCuの濃度が55%以下の場合、0.1〜0.4mmまでスチール素線を冷間加工する工程で、加工性が低下することがある。これにより、断線が多く発生する傾向が見られ、まためっき層の耐食性も低下することがあるため、腐食疲労寿命が若干低下する。一方、75%を超えるCu濃度の場合も冷間加工時の延伸性が低下することがあり、伸線性が悪化するために伸線速度の低下、ダイス寿命の低下や、断線の発生の増加の原因となることがある。さらに、めっき層のカソード反応が促進されガルバニック腐食特性がやや劣化し、耐腐食疲労特性が若干低下する。したがって、めっき層中のCu濃度は、55〜75%であることが好ましい。より好ましくは60〜70%である。
【0035】
また、スチール素線は単線でゴム補強線として使用することも可能であるが、複数本撚り合わせて補強体とすることで高い靱性が得られ、効果的にゴムの補強を行うこともできる。
【0036】
スチール素線の表面のめっき層の形成は、常法で行えば良い。めっき層がCuを含む組成であれば湿式めっき、乾式めっき及び化学的気層成長法(CVD)、物理的気層成長法(PVD)等製造方法が適用可能であり、その方法は特に限定されない。また、湿式のブラスめっきを行っても良く、電気Cuめっきと電気Znめっきを順次行い層状のめっき層を熱拡散によりブラス化する方法も採用可能である。また、めっき層がCuを含む組成である場合、Cu以外の組成についても特に限定されるものではなく、Zn、Co、Ni等を含む複合成分系のめっき組成が適用可能である。
【0037】
次に、スチール素線の成分について説明する。なお、%は質量%である。
【0038】
C:0.4〜1.1%
Cはスチール素線の強度に対して最も大きな影響を及ぼす成分であり、0.4%より少ないとゴム製品補強用鋼線としての充分な強度が確保できないことがある。一方、1.1%を超えて含有すると粒界に初析セメンタイトが生成し、冷間加工性が低下することがある。そのため、C量は0.4〜1.1%であることが好ましい。
【0039】
Si:0.2〜1.5%
Siは鋼材製造の製鋼工程で、脱酸成分として添加されるとともに固溶強化による強度向上効果があり0.2%以上を含有することが好ましい。一方、1.5%を超えて添加すると鋼材が脆くなり加工性や熱処理性が低下することがある。また、表面に生成したスケールがスチール素線表面に残存すると、加工時のトラブルの原因になることがある。したがって、Si量は0.2〜1.5%とすることが好ましい。
【0040】
Mn:0.2〜1.0%
MnはSiと同様に製鋼工程で、脱酸成分として添加されるとともに強度を高める効果がある。この効果を得るには、Mnを0.2%以上添加することが好ましい。一方、Mnは焼入性を上げると共に偏析し易い元素であり、1.0%を超えて添加すると、ベイナイト等の過冷組織が生成し易くなり、鋼材が脆くなり、加工性が低下することがある。したがって、Mn量は0.2〜1.0%とすることが好ましい。
【0041】
P、S:0.02%以下
P、Sは鋼中に不可避的に含有される不純物元素であって、極力低することによりスチール素線の加工性を改善することから0.02%以下に制限することが好ましい。
【0042】
更に、耐腐食疲労特性を向上させるために、Cr、Cu、Ni、W、Mo、Coの1種又は2種以上を含有させても良い。
【0043】
Cr:0.05〜0.5%
鋼材中のCrは鋼の耐食性を向上させる元素であると共にパーライトラメラを微細にし、強度を高める効果がある。この効果を得るには、Crを0.05%以上添加することが好ましい。一方、Crを0.5%超えて添加するとスケール剥離性が悪化することがあり、また、変態が遅延するため、熱処理時に過冷組織(ベイナイトやマルテンサイト)が生成し易くなり、加工性が悪化することがある。このためCr添加量を0.05〜0.5%とすることが好ましい。
【0044】
更に、Cu、Ni、W、Mo、Coは耐腐食疲労特性を向上させる効果を有する元素であるため、1種又は2種以上を添加しても良い。これら元素の効果は、単に鋼材の耐食性の向上のみでなく、被膜層の形成と、スチール素線への添加による相乗効果を発現し、より大きな耐腐食疲労特性改善効果が得られる。
【0045】
Cu:0.05〜0.3%
Cuは緻密で安定な錆層をスチール素線表面に形成することで耐腐食疲労特性を改善する効果がある。この効果を得るためには0.05%以上の添加が好ましいが、0.3%を超えて添加すると粒界に偏析し、熱間圧延時に表面割れを発生し易くなるために0.3%を上限とすることが好ましい。
【0046】
Ni:0.05〜0.5%
Niは鋼中に固溶すると、伸線加工性及び加工後のスチール素線の靱性を改善する効果がある。また、Niが表層に濃化すると、耐腐食疲労特性を改善する効果もある。これらの効果を得るためには0.05%以上の添加が必要であるが0.5%を超えて添加するとスケールの剥離性が悪化することがある。これにより、伸線加工性の低下が懸念される。また、表層濃化による耐腐食疲労特性の改善の効果も飽和するため、経済的にも不合理となる。以上のことから0.5%を上限とすることが好ましい。
【0047】
Mo:0.05〜0.3%
Moは、Wと同様に、腐食溶解時に腐食反応抑制作用のあるモリブデン酸イオンを表面に生成し、耐孔食性を向上させる元素である。この効果を得るためには0.05%以上の添加が好ましい。しかし、0.3%を超えて添加するとその効果が飽和するため、0.3%を上限とすることが好ましい。
【0048】
V:0.05〜0.5%
Vは、微細な炭化物を形成し、鋼の結晶微細化と析出強化による高強度化の作用がある。この効果を得るためには0.05%以上の添加が好ましい。一方、0.5%を超えて添加すると伸線加工性を悪化させることがあるために0.5%を上限とすることが好ましい。
【0049】
W:0.05〜0.3%
WもMoと同様、腐食溶解時に腐食反応抑制作用のあるタングステン酸イオンを表面に生成し、耐孔食性を向上させる元素である。この効果を得るためには0.05%以上の添加が好ましい。しかし、0.3%を超えて添加すると熱間加工性を劣化させることがあるために0.3%を上限とすることが好ましい。
【0050】
Co:0.01〜0.1%
Coも耐腐食疲労特性を向上すると共に伸線加工性、撚り線加工性を向上させる効果がある。これらの効果を得るには0.01%以上の添加が好ましい。しかし、Coは高価な元素であり、0.3%を超えて添加しても効果が飽和することから0.3%を上限とすることが好ましい。
【0051】
他の微量元素については特に限定しないが、不可避的不純物元素として、脱酸剤であるAlを0.05%以下、原料のスクラップから混入するSnを0.001%以下含有することがある。
【0052】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、上記のようにして得られる本発明のゴム製品補強用鋼線は疲労特性が改善されると共に安定した生産が可能であり、各種のゴム製品、例えばタイヤ、ベルト、ホースなどの補強材として好適に用いることができる。
【実施例1】
【0053】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、スチール素線の直径、被膜層に含有される金属種、被膜層の厚さ以外の態様、即ち、スチール素線の成分組成、製造方法、めっき組成、被膜層の生成条件については、以下の実施例の態様に限定されるものではない。
【0054】
表1に示す各種鋼材成分からなる5.5mmの熱間圧延鋼線を原材料とした。鋼線表面のスケールを酸洗で除去した後に乾式伸線を行い、1.2mmまで冷間伸線してスチール素線とした。その後、950〜1000℃の温度に加熱し、550〜630℃の範囲で均一なパーライト組織が得られるようにパテンティング処理により恒温変態させた。引き続き電気銅めっきと電気亜鉛めっきあるいは電気錫めっきを連続して実施し、Cu−ZnあるいはCu−Snめっきとした。さらに一部の実施例ではZnめっきの上に電気Co、あるいは電気Niまたは電気Moめっきを行いCu−Zn−CoあるいはCu−Zn−NiおよびCu−Zn−Moからなるめっき層を形成し、これにより、それぞれのスチール素線の表面に設けられるめっき厚さを調整し、流動床炉にて580℃で10s保持する熱拡散処理を行いブラスめっきとした。Cu濃度とめっき厚は、Cuめっきの厚さとZnめっきの厚さによって変化させた。
【0055】
このブラスめっきを表面に設けたスチール素線を湿式伸線により0.08〜0.45mmまで伸線し、ブラスめっきスチール素線(ブラスめっき素線ともいう。)を得た。更に、これらのブラスめっき素線への成膜処理は、液相析出法によって行った。即ち、ヘキサフルオロ錯塩水溶液、金属塩化物とフッ化水素アンモニウムの混合水溶液に、フッ化アンモニウム、フッ酸、アンモニウム水を用いてpHが3〜4となるように調整した液に陽極を浸漬し、ブラスめっき素線を陰極として通電しながら液中を走行さ、被膜を形成させた。
【0056】
更に具体的には、0.5mol/lヘキサフルオロ珪酸アンモニウム水溶液で酸化珪素被膜を、0.1mol/lヘキサフルオロチタン酸アンモニウム水溶液、0.1mol/l塩化チタンと0.3mol/lフッ化水素アンモニウムの混合水溶液で酸化チタン被膜を、0.01mol/lヘキサフルオロジルコン酸アンモニウム水溶液、0.01mol/lで酸化ジルコニア被膜を0.5mol/lヘキサフルオロモリブデン酸アンモニウム水溶液で酸化モリブデン被膜を、0.1mol/l塩化ニッケルと0.3mol/lフッ化水素アンモニウムの混合水溶液で酸化ニッケル被膜を、0.1mol/l塩化コバルトと0.3mol/lフッ化水素アンモニウムの混合水溶液で酸化コバルト被膜を成膜した。複合被膜の場合は2回処理を行った。陽極にはTi板にイリジウムをコーティングした電極を用いた。被膜層の厚さは、ブラスめっき素線を陰極としたカソード電解により、電流密度、処理時間を変えて調整した。また、成膜後は直ちに65〜220℃の温度範囲で乾燥処理を行い、ブラスめっき素線の表面に、金属酸化物、金属水酸化物の一方又は双方からなる被膜層を形成し、ゴム製品補強用鋼線を得た。
【0057】
ブラスめっき素線の表面に形成された、被膜層の金属種と酸素からなる化合物の生成状況、成分、厚さはX線光電子分光法と赤外線分光法により同定した。
【0058】
このゴム製品補強用鋼線を図2に示す応力負荷方式の回転曲げ疲労試験により曲率部先端を0.1%NaCl水溶液中に20mm浸漬させ、回転数3000rpmで耐腐食疲労試験を行った。腐食疲労寿命は負荷応力300MPaとして破断までの回転数(寿命)で評価した。
【0059】
従来材としては表1Aの成分の熱間圧延線材を本発明と同様な工程により乾式伸線とパテンティング処理、ブラスめっき処理を行い、更に湿式伸線により、めっき表層に被膜処理を行わないスチール素線を製造し、腐食疲労寿命を評価した。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
表2に記載の如く、本発明のNo.1〜33のゴム製品補強用鋼線の腐食疲労寿命は、比較例34、39〜44の被膜層を有さないゴム製品補強用鋼線に比べて、約30〜70%の寿命改善が図られることがわかる。
【0063】
比較例であるNo.35は被膜層の厚さが本発明より薄く、腐食疲労寿命の改善効果がほとんど無い例である。一方、比較例No.36は被膜層の厚さが本発明の上限を超えており、被膜の割れや剥離により耐腐食疲労特性が劣化した例である。
【0064】
スチール素線の線径が、本発明の範囲よりも細い比較例No.37では伸線加工度が大きく、比表面積の増加により耐食性が悪化した例である。一方、比較例No.38はスチール素線の線径が大きく、強度が低く腐食疲労寿命が低下した例である。
【0065】
No.39〜41は被膜層が形成されていない比較例であり、腐食疲労寿命が著しく低下している。また、これらは、C、Si、Mnが好ましい範囲の下限未満であり、伸線後の強度が若干低下し、腐食疲労寿命に悪影響を及ぼしている。
【0066】
No.42〜44も被膜が形成されていない比較例であり、腐食疲労寿命が著しく低下している。また、これらは、C、Si、Mnが好ましい範囲より多く、伸線加工性が若干低下して、表面に欠陥が生じて、腐食疲労寿命に悪影響を及ぼしている。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明のゴム製品補強用鋼線の断面図である。
【図2】耐腐食疲労試験方法を説明するための図である。
【図3】耐腐食疲労試験結果例を示す図である。
【符号の説明】
【0068】
1 スチール素線
2 めっき層
3 被膜層
4 腐食試験めっき線
5 腐食試験溶液
C チャック間距離(mm)
L 試験片長さ(m)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径が0.1〜0.4mmのスチール素線の表面にめっき層を有し、更に該めっき層の表面に、Zr、Ti、Si、Mo、Co、Ni、の1種又は2種以上と酸素を主成分とする化合物からなる10nm以上、1000nm以下の厚さの被膜層を有することを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【請求項2】
めっき層がCuを55〜75質量%含むことを特徴とする請求項1に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【請求項3】
被膜層が金属酸化物、金属水酸化物の一方又は双方であり、該被膜層中の金属種と酸素の合計に対する金属種の比率が、原子%で、30〜70%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載のスチール素線が、質量%で、
C:0.4〜1.1%、
Si:0.2〜1.5%、
Mn:0.2〜1.0%
を含有し、
P :0.02%以下、
S :0.02%以下
に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【請求項5】
スチール素線が、さらに、質量%で、
Cr:0.05〜0.5%、
Cu:0.05〜0.3%、
Ni:0.05〜0.5%、
Mo:0.05〜0.3%、
V:0.05〜0.5%、
W:0.05〜0.3%、
Co:0.01〜0.1%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項4に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載のゴム製品補強用鋼線が複数本撚り合わされてなる撚り線であることを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用撚り鋼線。
【請求項7】
請求項1〜3の何れか1項に記載のゴム製品補強用鋼線の製造方法であって、スチール素線の表面に設けためっき層の表面に、金属フッ化物錯体を用いた液相析出法により、Zr、Ti、Si、Mo、Co、Ni、の1種又は2種以上と酸素を主成分とする化合物を形成することを特徴とする耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線の製造方法。
【請求項8】
スチール素線が請求項4又は5に記載の成分組成を有することを特徴とする請求項7に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線の製造方法。
【請求項9】
陽極を金属フッ化錯体溶液中に浸漬し、表面にめっき層を有するスチール素線を陰極として前記金属フッ化錯体溶液中を連続的に通過させ、電流密度を1〜10A/dmの範囲で被膜を形成する工程と、引き続き、80℃〜200℃の温度域で乾燥する工程からなることを特徴とする請求項7又は8に記載の耐腐食疲労特性に優れたゴム製品補強用鋼線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−240140(P2008−240140A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−164830(P2007−164830)
【出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】