説明

脳腫瘍治療用キット及び脳腫瘍治療方法

【課題】脳腫瘍、特に再発脳腫瘍に対する新しい治療薬剤を提供することを解決すべき課題とした。
【解決手段】複数のGSK3β阻害効果を有する化合物投与を特徴とする脳腫瘍治療方法、特に再発脳腫瘍治療方法並びに該治療方法を実施可能な脳腫瘍治療用キットを完成した。
さらに、GSK3β阻害効果を有する化合物を含む癌治療剤を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GSK3β阻害効果を有する化合物を組み合わせた脳腫瘍治療用キット及び脳腫瘍治療方法、並びにGSK3β阻害効果を有する化合物を含む抗癌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β)
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β(以下、「GSK3β」と記載する場合もある)は、Wnt/β−カテニンシグナル系の制御因子群(参照:非特許文献1、2)の1つであり、生理的条件下の細胞において、APCがん抑制タンパク質やアキシンなどから構成される複合体のなかでβ−カテニン(GSK3βの基質)をリン酸化して、ユビキチン分解系に誘導する。
【0003】
GSK3βは様々な細胞内シグナル伝達を媒介する多機能セリン・スレオニンキナーゼ(リン酸化酵素)であり、エネルギー代謝、転写調節、細胞増殖・生存等を含む広範な細胞調節過程を制御する(参照:非特許文献3−6)。つまり、Wnt/β−カテニンシグナルの制御は本酵素の多彩な機能の1つにすぎない。GSK3βは細胞内シグナル伝達を媒介する多くのタンパク質リン酸化酵素とは異なり、正常細胞において活性化型として存在し、種々の刺激によってその活性が抑制的に制御されている。GSK3βの基質には、c-Jun、c-Myc等の多様ながん化関連転写因子(参照:非特許文献7、8)や、β−カテニン、Gliタンパク質等の原がん遺伝子産物(参照:非特許文献9、10)が含まれ、これら基質の不活性化を介して細胞の腫瘍性形質転換や腫瘍発生を妨げることが想定されている。しかし、GSK3βのがん抑制効果、あるいはGSK3β阻害による発がん作用を証明する実験的根拠は報告されていない(参照:非特許文献11)。
【0004】
(GSK3βが関与する疾患)
GSK3βがインスリン非依存性糖尿病(2型糖尿病)やアルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の発症にも関与していることがわかってきた(参照:非特許文献12、13)。そのため、GSK3β阻害剤を神経変性疾患や2型糖尿病やがん等の治療に応用する特許出願もなされている(参照:特許文献1、2)。
【0005】
(脳腫瘍)
脳腫瘍(頭蓋内腫瘍)は、頭蓋内に発生する新生物のみならず、過誤腫や肉芽腫などの占拠性病変を含めた総称である。
一般には、(1)神経上皮組織から発生する神経膠腫、(2)神経鞘細胞から発生する腫瘍、(3)脳膜及び関連組織から発生する腫瘍、(4)悪性リンパ腫、(5)血管原性腫瘍、(6)胚細胞腫、(7)奇形腫様腫瘍(頭蓋咽頭腫など)と腫瘍様病変(過誤腫など)、(8)下垂体前葉腫瘍、(9)周辺組織の腫瘍の頭蓋内進展(褐色細胞腫や脊索腫など)及び(10)転移性脳腫瘍等に分類される。
【0006】
(神経膠腫)
神経膠腫(glioma)は、髄上皮(medullary epithelium)から分化してくる細胞系(グリア細胞、神経細胞、松果体実質細胞)の細胞から発生する腫瘍(新生物)の総称である。
一般に、グリア細胞系の腫瘍としては星細胞腫瘍系、乏突起細胞腫系、上衣腫系及び膠芽腫であり、神経細胞系としては髄芽腫、髄様上皮腫、神経芽細胞腫、神経節性神経腫及び神経細胞神経膠腫であり、松果体実質細胞系としては松果体細胞腫及び松果体芽細胞腫である。
なお、悪性神経膠腫のうち退形成性星細胞腫の割合は約30%、膠芽腫の割合は約57%であり、合わせて約80%以上を占める。
【0007】
(膠芽腫)
膠芽腫(神経膠芽腫)は、原発性脳腫瘍の約9%を占め、神経膠腫の中でも最も分化度が低い悪性の腫瘍である(WHO grade IV)。成人の大脳半球に好発し、脳実質内にび慢性に浸潤増殖する。
標準的な治療方法は、開頭手術により新たな神経学的脱落症状を来たさない範囲で腫瘍を摘出する。そして、摘出手術後は放射線療法及び化学療法を行う。
しかし、上記治療を行っても、ほぼ100%の症例に再発を認め、平均生存期間は発症より約1年と、生命予後は極めて悪い。
これにより、膠芽腫の治療剤の開発要望が非常に高い。
【0008】
また、本発明者らは、以下の特許出願及び非特許文献発表を行っている。
特許文献3は、「GSK3βのがん細胞の生存・増殖への関与を明らかにし、がんの治療・診断のための新たな手段を提供すること」を開示している。
非特許文献14は、「GSK3βがヒト膠芽腫細胞の生存及び増殖に関与していること」を開示している。
【0009】
しかし、上記特許文献及び非特許文献では、GSK3β阻害効果を有する化合物を組み合わせた脳腫瘍の治療方法の開示又は示唆はない。
さらに、本発明のGSK3β阻害効果を有する化合物を含む抗癌剤についても開示又は示唆がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2004−504838号公報
【特許文献2】特表2004−507545号公報
【特許文献3】再表2006−073202号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Wong NA, Pignatelli M. β-catenin―a linchpin in colorectal carcinogenesis. Am J Pathol 2002;160(2):389-401.
【非特許文献2】Polakis P. The oncogenic activation of β-catenin. Curr Opin Genet Dev 1999;9(1):15-21.
【非特許文献3】Manoukian AS, Woodgett JR. Role of glycogen synthase kinase-3 in cancer: regulation by Wnts and other signaling pathways. Adv Cancer Res 2002;84: 203-29.
【非特許文献4】Doble BW, Woodgett JR. GSK-3: tricks of the trade for a multi-tasking kinase. J Cell Sci 2003;116(Pt 7):1175-86.
【非特許文献5】Harwood AJ. Regulation of GSK-3; a cellular multiprocessor. Cell 2001;105(7):821-4.
【非特許文献6】Kim L, Harwood A, Kimmel AR. Receptor-dependent and tyrosine phosphatase-mediated inhibition of GSK3 regulates cell fate choice. Dev Cell 2002; 3(4):523-32.
【非特許文献7】Morton S, Davis RJ, McLaren A, Cohen P. A reinvestigation of the multiple phosphorylation of the transcription factor c-Jun. EMBO J 2003;22(15):3876-86.
【非特許文献8】Gregory MA, Qi Y, Hann SR. Phosphorylation by glycogen kinase-3 controls c-myc proteolysis and subnuclear localization. J Biol Chem 2003;278(51): 51606-12.
【非特許文献9】Price MA, Kalderon D. Proteolysis of the Hedgehog signaling effector Cubitus interruptus requires phosphorylation by glycogen synthase kinase 3 and casein kinase 1. Cell 2002;108(6):823-35.
【非特許文献10】Jia J, Amanai K, Wang G, Tang J, Wang B, Jiang J. Shaggy/GSK3 antagonizes Hedgehog signalling by regulating cubitus interruptus. Nature 2002;416 (6880):548-52.
【非特許文献11】Miyashita K, et al. An emerging strategy for cancer treatment targeting aberrant glycogen synthase kinase 3β. Anti-Cancer Agents Med Chem 2009; 9(10):1114-22.
【非特許文献12】Cohen P, Goedert M. GSK3 inhibitors: development and therapeutic potential. Nat Rev Drug Discov 2004;3(6):479-87.
【非特許文献13】Jope RS, Yukaitis CJ, Beurel E. Glycogen synthase kinase-3 (GSK3): inflammation, diseases, and therapeutics. Neurochem Res 2007;32(4-5):577-95.
【非特許文献14】Miyashita K, et al. Potential therapeutic effect of glycogen synthese kinase 3βinhibition against human glioblastoma. Clin Cancer Res 2009;15(3): 887-97.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述のように、膠芽腫は極めて分化度が低く悪性度が最も高い神経膠腫である。実際の腫瘍は手術で完全摘出できないことが多く、既存の抗癌剤治療や放射線照射治療に対しても耐性を示し、極めて難治性である。このように、本腫瘍に対する有効な治療法がないことから、その生命予後は最近の30年間、改善されていない実情であり、脳腫瘍、特に再発脳腫瘍に対する新しい治療薬剤の開発が切望されている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために、複数のGSK3β阻害効果を有する化合物投与を特徴とする脳腫瘍治療方法、特に再発脳腫瘍治療方法並びに該治療方法を実施可能な脳腫瘍治療用キットを提供した。
さらに、GSK3β阻害効果を有する化合物を含む癌治療剤を提供した。
【発明の効果】
【0014】
本発明の脳腫瘍治療方法では、進行を停めることすら非常に困難であった再発性膠芽腫の進行を停めるだけでなく、腫瘍を縮小させることができた。
すなわち、本発明の脳腫瘍治療方法及び脳腫瘍治療用キットは、従来の脳腫瘍治療方法と比較して、顕著な効果を示した。
【0015】
すなわち、本発明は以下の通りである。
「1.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上の有効成分を別々に収納した容器を含む脳腫瘍治療用キット。
2.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか3つ以上の有効成分を別々に収納した容器を含む前項1に記載の脳腫瘍治療用キット。
3.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムの有効成分を別々に収納した容器を含む前項1又は前項2に記載の脳腫瘍治療用キット。
4.さらに、有効成分としてのテモダールを前記容器に含む前項1〜3のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
5.各有効成分の投与に関する説明書を含む前項1〜4のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
6.前記脳腫瘍が、再発性又は開頭手術後に残存する腫瘍である前項1〜5のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
7.前記脳腫瘍が、神経膠腫又は再発性神経膠腫である前項1〜5のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
8.前記脳腫瘍が、膠芽腫又は再発性膠芽腫である前項1〜5のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
9.前記各有効成分が、同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与できる形態である前項1〜8のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
10.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上を有効成分として含む脳腫瘍治療剤。
11.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか3つ以上を有効成分として含む前項10に記載の脳腫瘍治療剤。
12.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムを有効成分として含む前項10又は前項11に記載の脳腫瘍治療剤。
13.前記脳腫瘍治療剤が、再発性又は開頭手術後に残存する腫瘍の治療剤である前項10〜12のいずれか1に記載の脳腫瘍治療剤。
14.炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上を同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
15.前項14に記載の脳腫瘍治療方法において、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか3つ以上を同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
16.前項14又は前項15に記載の脳腫瘍治療方法において、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムを同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
17.前項14〜16のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、以下の投与形態であることを特徴とする脳腫瘍治療方法;
(1)炭酸リチウム: 200〜1200mgを1日に2回に分けて連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する、
(2)オランザピン:5〜30mgを連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する、
(3)シメチジン:500〜1000mgを1日に2回に分けて連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する、
(4)バルプロ酸ナトリウム:500〜1500mgを1日に2回に分けて連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する。
18.前項14〜17のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、脳腫瘍が再発性又は開頭手術後に残存する脳腫瘍であることを特徴とする脳腫瘍治療方法。
19.前項14〜17のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、脳腫瘍が神経膠腫又は再発性神経膠腫であることを特徴とする脳腫瘍治療方法。
20.前項14〜17のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、脳腫瘍が膠芽腫又は再発性膠芽腫であることを特徴とする脳腫瘍治療方法。
21.前項14〜20のいずれか1に記載の脳腫瘍の治療方法において、テモダールを併用投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
22.以下のいずれか1以上の化合物を有効成分として含む抗癌剤。
(1)炭酸リチウム
(2)オランザピン
(3)シメチジン
(4)バルプロ酸ナトリウム
(5)ヒドロキシクロロキン
(6)ゲミフロキサシン
23.ヒドロキシクロロキンを有効成分として含む抗癌剤。
24.ゲミフロキサシンを有効成分として含む抗癌剤。
25.前記癌が、以下のいずれか1である前項22〜24のいずれか1の記載の抗癌剤。
(1)大腸癌
(2)胃癌
(3)肝細胞癌
(4)膠芽腫」
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】症例1の患者の頭部MRI画像(本発明の脳腫瘍治療方法実施前)
【図2】開頭手術により摘出した腫瘍組織中の活性型GSK3βタンパク質の確認
【図3】症例1の患者の頭部MRI画像(本発明の脳腫瘍治療方法実施後)
【図4】GSK3β阻害活性を有する化合物によるヒト膠芽腫細胞内のglycogen synthase (GS)の第641セリン残基リン酸化への影響の確認(ヒドロキシクロロキン、シメチジン、ゲミフロキサシン、オランザピン)
【図5】GSK3β阻害活性を有する化合物によるヒト膠芽腫細胞内のGSの第641セリン残基リン酸化への影響の確認(バルプロ酸ナトリウム)
【図6】GSK3β阻害活性を有する化合物によるヒト膠芽腫細胞遊走の抑制効果の確認
【発明を実施するための形態】
【0017】
(本発明の脳腫瘍治療用キット及び脳腫瘍治療方法)
本発明の脳腫瘍治療用キットは、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上の有効成分を別々に収納した容器を含む。
さらに、本発明の脳腫瘍治療方法は、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上を同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与する。
【0018】
(本発明の抗癌剤)
本発明の抗癌剤は、有効成分として炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン、バルプロ酸ナトリウム、ヒドロキシクロロキン、及び/又はゲミフロキサシンを含む。
【0019】
(GSK3β)
GSK3βは基本的な細胞生命現象を調節している多機能タンパク質リン酸化酵素である。そして、GSK3βの異常は2型糖尿病、神経変性疾患やがんなどの慢性進行性疾患の発症や経過に関わることが明らかにされてきた。
発明者らは、すでに、(1)消化器癌患者の癌組織や消化器癌細胞株で特異的なGSK3βの発現亢進が見られること、(2)GSK3β阻害剤の投与により用量依存的に消化器癌細胞株の生存と増殖が抑制されアポトーシスが誘導されること、(3)消化器癌細胞株の増殖がGSK3βに対するsiRNAによって抑制されることを見出し、(4)GSK3β阻害剤が抗癌剤として有用であること、(5)GSK3β抑制効果が抗癌剤評価の指標として有用であることを実証している(Shakoori A, et al. Biochem Biophys Res Commun 2005;334(4):1365-73; Shakoori A, et al. Cancer Sci 2007;98(9):1388-93; Mai W, et al. Clin Cancer Res 2009;15(22):6810-9参照)。
また、GSK3βにはヒトGSK3βのほか、マウスGSK3βなど、そのオーソログも含まれるが、本発明の目的においてはヒトGSK3βが最も好ましい。GSK3β遺伝子やGSK3βタンパク質の配列情報は公知であり、公共データベースであるGenBankより容易に入手することができる。例えば、マウスGSK3β遺伝子と対応するGSK3βタンパク質のアミノ酸配列は、Accession No. BC060743及びAAH60743.1、あるいはBC006936及びAAH06936.1として開示されている。また、ヒトGSK3β遺伝子と対応するGSK3βタンパク質のアミノ酸配列は、Accession No. NM_002093及びNP_002084として開示されている。もちろん、これらの配列は一例であって、GSK3β遺伝子やGSK3βタンパク質はこれら配列に限定されない。
【0020】
(GSK3β阻害剤)
本明細書において、GSK3β阻害剤とは、GSK3βの機能を物理的あるいは化学的に阻害する物質又は化合物を意味する。このようなGSK3β阻害剤については、既に多くの化合物が同定されているが、その構造と作用メカニズムは多岐にわたる(Meijer L, Flajolet M, Greengard P. Trends in Pharmacol Sci 2004;25(9):471-80参照)。
GSK3βの活性は種々の段階:(a)転写後修飾(転写後の第9セリンと第216チロシン残基のリン酸化による制御)、(b)タンパク複合体との相互作用、(c)基質プライミング、(d)細胞内局在、で制御されており、上記したGSK3β阻害剤はそのいずれかの段階でGSK3βに作用するものと思われる(Meijer L, Flajolet M, Greengard P. Trends Pharmacol Sci 2004;25(9):471-80参照)。
発明者らは、すでに、2つの代表的GSK3β阻害剤(AR-A014418及びSB-216763)について、これらが癌に対して特異的な抑制作用を有することを、in vitro及びin vivoの両実験系で実証した(Shakoori A, et al. Biochem Biophys Res Commun 2005;334(4):1365-73; Shakoori A, et al. Cancer Sci 2007;98(9):1388-93; Mai W, et al. Clin Cancer Res 2009;15(22):6810-9; 非特許文献14参照)。
また、これらのGSK3β阻害剤が、がん細胞において転写後修飾(リン酸化)を受けたGSK3βの活性を阻害しうることを確認した(Mai W, et al. Oncology 2006;71(3-4):297-305; Mai W, et al. Clin Cancer Res 2009;15(22):6810-9; 非特許文献14参照)。
【0021】
(本発明のGSK3β阻害効果を有する化合物)
以下に記載の化合物がGSK3β阻害活性を有することを確認し、抗癌剤として有用であることを以下の実施例2及び3で確認している。
(1)炭酸リチウム
(2)オランザピン
(3)シメチジン
(4)バルプロ酸ナトリウム
(5)ヒドロキシクロロキン
(6)ゲミフロキサシン
さらに、炭酸リチウム投与、オランザピン投与、シメチジン投与及びバルプロ酸ナトリウム投与のいずれか2つ以上を組み合わせた脳腫瘍治療方法及び該方法を実施可能な脳腫瘍治療キットが、再発脳腫瘍に顕著な効果があることを以下の実施例1で確認している。
【0022】
(ヒドロキシクロロキン)
ヒドロキシクロロキンは、化学名2-[[4-[(7-chloro-4-quinolyl)amino]pentyl]-ethylamino] ethanolである。また、2-[[4-[(7-chloro-4-quinolyl)amino]pentyl]-ethylamino] ethanol sulfateは、主として抗マラリア薬{商品名 プラキニル(Plaquenil:商標)}として有用であり、また、紅斑性狼瘡並びにリウマチ様関節炎を治療するために使用されている。
【0023】
(ゲミフロキサシン)
ゲミフロキサシンは、化学名7-(3-aminomethyl-4-syn-methoxyimino-1-pyrrolidinyl)- 1-cyclopropyl-6-fluoro-1,4-dihydro-4-oxo-1,8-naphthyridine-3-carboxylic acidであり、主に抗菌薬{商品名:Factive(登録商標)}として使用されている。
【0024】
(炭酸リチウム)
一般名:炭酸リチウム, Lithium Carbonate(JAN)
化学名:lithium carbonate
分子式:Li2CO3
分子量:73.89
効能・効果:躁病及び躁うつ病の躁状態
用法・用量:炭酸リチウムとして、成人では通常1日400〜600mgより開始し、1日2〜3回に分割経口服用する。以後3日ないし1週間毎に、1日通常1200mgまでの治療量に漸増する。改善がみられたならば症状を観察しながら、維持量1日通常200〜800mgの1〜3回分割経口服用に漸減する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
炭酸リチウムは自体公知の化合物であり、大正製薬株式会社よりリーマス錠として製造販売されている。
【0025】
(オランザピン)
一般名: オランザピン(JAN)
化学名:2-methyl-4-(4-methylpiperazin-1-yl)-10H-thieno[2,3-b][1,5]benzodiazepine
分子式:C17H20N4S
分子量:312.43
効能・効果:統合失調症
用法・用量:通常、成人にはオランザピンとして5〜10mgを1日1回経口投与により開始する。維持量として1日1回10mg経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
オランザピンは自体公知の化合物であり、日本イーライリリー株式会社よりジプレキサ錠として製造販売されている。
【0026】
(シメチジン)
一般名:シメチジン,Cimetidine (JAN)
化学名:2-cyano-1-methyl-3-{2-[(5-methyl-1H-imidazol-4-yl)methylsulfanyl] ethyl} guanidine
分子式:C10H16N6S
分子量:252.34
効能・効果:胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、Zollinger-Ellison症候群、逆流性食道炎、上部消化管出血(消化性潰瘍、急性ストレス潰瘍、出血性胃炎による)、急性胃炎、慢性胃炎の急性増悪期の胃粘膜病変(びらん、出血、発赤、浮腫)の改善
(胃潰瘍、十二指腸潰瘍の用法・用量)
通常、成人にはシメチジンとして1日800mgを2回(朝食後及び就寝前)に分割して経口投与する。また、1日量を4回(毎食後及び就寝前)に分割もしくは1回(就寝前)投与することもできる。なお、年齢・症状により適宜増減する。
{吻合部潰瘍、Zollinger-Ellison症候群、逆流性食道炎、上部消化管出血(消化性潰瘍、急性ストレス潰瘍、出血性胃炎による)の用法・用量}
通常、成人にはシメチジンとして1日800mgを2回(朝食後及び就寝前)に分割して経口投与する。また、1日量を4回(毎食後及び就寝前)に分割して投与することもできる。なお、年齢・症状により適宜増減する。ただし、上部消化管出血の場合には、通常注射剤で治療を開始し、内服可能となった後は経口投与に切りかえる。
{急性胃炎、慢性胃炎の急性増悪期の胃粘膜病変(びらん、出血、発赤、浮腫)の改善の用法・用量}
通常、成人にはシメチジンとして1日400mgを2回(朝食後及び就寝前)に分割して経口投与する。また、1日量を1回(就寝前)投与することもできる。なお、年齢・症状により適宜増減する。
シメチジンは自体公知の化合物であり、大日本住友製薬株式会社よりタガメット錠として製造販売されている。
加えて、シメチジン注射液(大日本住友製薬株式会社)も利用可能である。
【0027】
(バルプロ酸ナトリウム)
一般名:バルプロ酸ナトリウム Sodium Valproate
化学名:Monosodium 2-propylpentanoate
分子式:C8H15NaO2
分子量:166.19
効能・効果:各種てんかん(小発作・焦点発作・精神運動発作ならびに混合発作)及びてんかんに伴う性格行動障害(不機嫌・易怒性等)の治療。 躁病及び躁うつ病の躁状態の治療。
用法・用量:通常1日量バルプロ酸ナトリウムとして400〜1200mgを1日1〜2回に分けて経口投与する。ただし、年令・症状に応じ適宜増減する。
バルプロ酸ナトリウムは自体公知の化合物であり、協和発酵キリン株式会社よりデパケン(登録商標)として製造販売されている。
加えて、バルプロ酸ナトリウム徐放性顆粒剤(第一三共株式会社)、バルプロ酸ナトリウムシロップ(日医工ファーマ株式会社)、バルプロ酸ナトリウム細粒(エルメッドエーザイ株式会社)も利用可能である。
【0028】
(テモダール)
テモダール(一般名:テモゾロミド)は、化学名3-Methyl-4-oxo-3,4-dihydroimidazo [5,1-d] [1,2,3,5] tetrazine-8-carboxamideであり、悪性脳腫瘍の抗癌剤である。
本発明の脳腫瘍治療用キットは、好適には、テモダールを含む。さらに、本発明の脳腫瘍治療方法では、好適には、テモダールの併用投与を行う。
以下に、テモダールの投与レジメを記載するが、特に限定されない。
初発の悪性神経膠腫には術後、放射線照射と並行しながら1日1回75mg/m2(体表面積あたり、以下同)のテモダールを毎日6週間服用した後、4週間休薬する。
その後、テモダールを150mg/m2に増量して毎日1回5日間服用後、23日間休薬するのを1コースとして、繰り返し行う。2コース目以降は1回200mg/m2に増量することも可能である。
再発の悪性神経膠腫には毎日1回150mg/m2のテモダールを5日間服用した後、23日間休薬するのを1コースとして繰り返して行う。2コース目以降は1回200mg/m2に増量することもできる。
なお、本明細書中で使用される用語「mg/m2/日」とは、患者の体表面1平方メートルあたりのmgで測定した一日用量を意味する。
【0029】
(AR-A014418)
AR-A014418は下記化1で示されるチアゾール誘導体である(CAS NO:487021-52-3、WO2003004478、特表2004−536111号参照)。
AR-A014418は試薬としてCalbiochem社等により販売されており、一般に入手可能である。
【0030】
【化1】

【0031】
(SB-216763)
SB-216763は、化学名を3-(2,4-Dichlorophenyl)-4-(1-methyl-1H-indol-3-yl)-1H-pyrrole-2,5-dioneと称し、下記の化2で示されるピロール誘導体である(EP328026、特表01−233281号参照)。
SB-216763もまた、試薬としてSigma-Aldrich社等により販売されており、一般に入手可能である。
【0032】
【化2】

【0033】
(薬学的に許容しうる塩)
さらに上記した化合物の薬学的に許容しうる塩、例えば塩基性の酸付加塩、無機もしくは有機の酸またはアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等もまた、本発明に係るGSK3β阻害効果を有する化合物として利用することができる。
加えて、上記した化合物は、通常、それ自体公知の薬理学的に許容される担体、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤、その他の添加剤、具体的には水、植物油、エタノール又はベンジルアルコールのようなアルコール、ポリエチレングリコール、グリセロールトリアゼテートゼラチン、ラクトース、デンプン等のような炭水化物、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ワセリン等と混合して錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤、注射剤、液剤、懸濁剤等の形態により経口又は非経口的に投与することができる。
本発明の抗癌剤、脳腫瘍治療用キットに含まれる又は脳腫瘍治療方法に使用される各有効成分の投与経路は特に制限されるものではないが、経口投与が好ましい。
【0034】
(本発明の脳腫瘍治療用キット)
本発明の脳腫瘍治療用キットは、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムを同時に、別々に、又は逐次的に投与可能とするために、各有効成分が別々に複数の容器に収納されているか、又は、各有効成分が空間的に隔離可能な複数の領域を有する1つの容器に収納されている。
さらに、本発明の脳腫瘍治療用キットは、テモダール、及び/又は各有効成分の投与に関する説明書を含んでも良い。なお、該説明書は、下記で示す本発明の脳腫瘍治療方法における各有効成分の投与スケジュールが記載されている。
特に、本発明の脳腫瘍治療用キットにおける各有効成分は、経口投与可能な錠剤が好ましいが、徐放性顆粒剤、シロップ、細粒、及び/又は注射剤とすることも可能である。
【0035】
(本発明の脳腫瘍治療方法)
本発明の脳腫瘍治療方法において、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムの投与量、投与回数及び投与間隔は、特に限定されず、予防(特に再発防止)及び/又は臨床的治療の目的、疾患のタイプ、患者の体重、年齢、疾患の重篤さなどのような条件に応じて適宜選定される。
例えば、以下の投与形態を利用することができるが、特に限定されない。
炭酸リチウム:50〜1500mg、好ましくは100〜1300mg、より好ましくは200〜1000mg、最も好ましくは300〜500mgを1日に1回又は1日数回(朝、昼、夕)に分けて投与する。加えて、連日投与が好ましいが、数日に1回投与又は隔週に数回投与とすることもできる。
オランザピン:2〜30mg、好ましくは3〜25mg、より好ましくは5〜20mg、最も好ましくは7〜15mgを1日に1回又は1日数回(朝、昼、夕)に分けて投与する。加えて、連日投与が好ましいが、数日に1回投与又は隔週に数回投与とすることもできる。
シメチジン:100〜1500mg、好ましくは200〜1300mg、より好ましくは300〜1000mg、最も好ましくは400〜900mgを1日に1回又は1日数回(朝、昼、夕)に分けて投与する。加えて、連日投与が好ましいが、数日に1回投与又は隔週に数回投与とすることもできる。
バルプロ酸ナトリウム:100〜1500mg、好ましくは200〜1300mg、より好ましくは300〜1000mg、最も好ましくは400〜900mgを1日に1回又は1日数回(朝、昼、夕)に分けて投与する。加えて、連日投与が好ましいが、数日に1回投与又は隔週に数回投与とすることもできる。
【0036】
(本発明の脳腫瘍治療スケジュール)
本発明の脳腫瘍治療スケジュールは、一般に以下の通りであるが、患者の症状に応じて適宜変更することができる。
(本発明の脳腫瘍治療前)
新たな神経学的脱落症状を来たさない範囲で脳腫瘍を可及的に摘出する(開頭手術)。さらに、下記表1に記載の通りに、放射線療法及びテモダール投与を行う。
手術後0〜6週間:テモダール1回75mg/m2(体表面積)を1日1回連続42日間にわたり経口投与、並びに放射線療法を行う。
手術後6〜10週間:休薬
手術後10〜14週間(第1クール):テモダール1回150mg/m2を1日1回連続5日間にわたり経口投与を行い、23日間休薬する。
手術後14週〜(第2クール)以後:テモダール1回200mg/m2に増量する(注意:血液検査で毒性が認められない場合に限る)。さらに、初発の膠芽腫の場合には、第2クール開始時に増量できなかった場合には、それ以後のクールではテモダールの増量を行わない。
(本発明の脳腫瘍治療開始)
上記の初期治療終了後又は初期治療中に、以下の治療を行う。
(GSK3β阻害薬剤の投与)
炭酸リチウム: 200〜1200mgを1日に2回(朝、夜)に分けて連日投与する。
オランザピン: 5〜30mgを1日に1回(夜)に連日投与する。
シメチジン: 500〜1000mgを1日に2回(朝、夜)に分けて連日投与する。
バルプロ酸ナトリウム:500〜1500mgを1日に2回(朝、夜)に分けて連日投与する。
(テモダール投与)
テモダール1回200mg/m2を1日1回連続5日間にわたり経口投与を行い、23日間休薬する。これを繰り返す。
【0037】
【表1】

【0038】
(本発明の抗癌剤)
本発明の抗癌剤は、以下のいずれか1つ以上を有効成分として含む。
(1)炭酸リチウム
(2)オランザピン
(3)シメチジン
(4)バルプロ酸ナトリウム
(5)ヒドロキシクロロキン
(6)ゲミフロキサシン
【0039】
(本発明の脳腫瘍治療用キット又は脳腫瘍治療方法の治療対象)
本発明の脳腫瘍治療用キット又は脳腫瘍治療方法の治療対象は、脳腫瘍{神経上皮組織から発生する神経膠腫、神経鞘細胞から発生する腫瘍、脳膜及び関連組織から発生する腫瘍、悪性リンパ腫、血管原性腫瘍、胚細胞腫、奇形腫様腫瘍(頭蓋咽頭腫など)と腫瘍様病変(過誤腫など)、下垂体前葉腫瘍、周辺組織の腫瘍の頭蓋内進展(褐色細胞腫や脊索腫など)及び転移性脳腫瘍等}、特に神経膠腫{グリア細胞(星細胞腫瘍系、乏突起細胞腫系、上衣腫系及び膠芽腫)、神経細胞(髄芽腫、髄様上皮腫、神経芽細胞腫、神経節性神経腫及び神経細胞神経膠腫)、松果体実質細胞(松果体細胞腫及び松果体芽細胞腫)}、さらには膠芽腫である。
さらに、これらの腫瘍が再発、又は、開頭手術後に残存する腫瘍(原発性病変)も治療対象とする。
【0040】
(本発明の抗癌剤の対象)
本発明の抗癌剤の治療対象は、大腸癌、胃癌、肝細胞癌、膠芽腫等である。
本発明者らは、すでに、GSK3β阻害効果を有する化合物が大腸癌、胃癌、肝細胞癌、膠芽腫に効果があることを確認している(参照:特許文献3、非特許文献14)
【0041】
本明細書中で使用される場合、用語「患者」とは、哺乳動物、好ましくはイヌ、ネコ、ウマ、より好ましくはヒトをいう。
【0042】
本発明の脳腫瘍治療用キット、脳腫瘍治療剤、抗癌剤及び/又は脳腫瘍治療方法は、癌組織及び/又は脳腫瘍の大きさを縮小、腫瘍細胞の増殖を遅延、及び/又は消滅させることを提供する。
腫瘍の大きさの縮小及び/又は増殖の抑制は、固形腫瘍における応答評価基準(RECIST)の指針によって測定できる。
【0043】
(GSK3βのリン酸化と癌治療)
GSK3βの生理的活性はリン酸化(第9セリン残基、不活性化型;第216チロシン残基、活性化型)により調節されている。
本発明者らは、すでに、「大腸癌細胞や組織においてGSK3βの発現と活性はβ−カテニン活性化(核内集積)とは関係なく亢進し、非がん細胞や組織で検証された第9セリン残基のリン酸化(不活性化型)による酵素活性制御は認められなかった。一方で、癌細胞や癌組織特異的に第216チロシン残基がリン酸化されたGSK3β(活性化型)分画が高頻度に発現していた。」ことを確認している。
また、本発明者らは、すでに、GSK3β活性の増強、特に第216チロシン残基リン酸化GSK3β(活性化型)分画の高発現が、癌細胞の生存・増殖を維持・促進するというがん促進作用のあらたなメカニズムを確認している。
すなわち、第216チロシン残基のリン酸化又により活性化されているGSK3β活性を薬理学的ならびに転写調節的技法を駆使して阻害することにより、がんの治療や予防が可能になる。
【0044】
(GSK3βタンパク質第216チロシン残基リン酸化の検出)
GSK3βタンパク質第216チロシン残基のリン酸化の程度は、該タンパク質第216チロシン残基リン酸化ペプチドに特異的に結合する抗体を用いて検出することができる。抗体を利用したタンパク質の検出方法は特に限定されないが、ウエスタンブロット法、ドットブロット法、スロットブロット法、ELISA法、及びRIA法から選ばれるいずれか一つの方法であることが好ましい。
検体である血液または細胞(細胞抽出液として使用する)は、必要に応じて高速遠心を行うことにより不溶性の物質を除去した後、以下のようにELISA/RIA用試料やウエスタンブロット用試料として調製する。
ELISA/RIA用試料は、例えば、回収した血清をそのまま使用するか、緩衝液で適宜希釈したものを用いる。ウエスタンブロット用(電気泳動用)試料は、例えば、細胞抽出液をそのまま使用するか、緩衝液で適宜希釈して、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動用の2-メルカプトエタノールを含むサンプル緩衝液(Sigma-Aldrich社製等)と混合したものを用いる。ドット/スロットブロット用試料は、例えば、回収した細胞抽出液そのもの、または緩衝液で適宜希釈したものを、ブロッティング装置を使用するなどして、直接メンブレンへ吸着させたものを用いる。
本工程で用いられる「GSK3βタンパク質第216チロシン残基リン酸化ペプチドに特異的に結合する抗体(以下、「抗p-GSK3βY216抗体」と記載する。)」は、公知の方法にしたがって調製してもよいし、市販のものを用いてもよい。
抗p-GSK3βY216抗体は、常法により、抗原となるGSK3βタンパク質のアミノ酸配列から選択される任意のポリペプチドを用いて動物を免疫し、該動物生体内に産生される抗体を採取、精製することによって得ることができる。
【0045】
(Wound-healing assay: 創傷治癒アッセイ)
本発明の脳腫瘍治療用キット、脳腫瘍治療方法及び抗癌剤に使用する化合物は、wound-healing assayによりがん細胞の増殖や浸潤の阻害効果を確認できる。
Wound-healing assayの原理は、細胞(がん細胞)増殖面を傷つけると、創面を修復しようとして細胞が遊走・増殖し、傷の幅が縮小する。Wound-healing assayでは、GSK3β阻害活性を有する候補化合物を添加した場合に、経時的に傷の幅を測定することにより、該化合物が細胞(がん細胞)遊走を阻害できるかを確認することができる。
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
なお、以下の症例は金沢大学医学倫理委員会の承認を得て、実施されている。
【実施例1】
【0047】
(脳腫瘍治療効果の確認)
本発明の脳腫瘍治療方法、特に再発脳腫瘍治療に顕著な効果があることを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0048】
(症例1)
対象:組織学的に膠芽腫と診断された後に再発した70歳男性患者
本発明の脳腫瘍治療前:新たな神経学的脱落症状を来たさない範囲で脳腫瘍(参照:図1の矢印1)を可及的に開頭手術により摘出した(参照:図1の矢印2)。さらに、開頭手術後に、表1に記載の方法に従い、放射線療法及びテモダール投与を行った。
しかし、放射線療法及びテモダール投与を開始してから1か月後(開頭手術から2か月後)に、膠芽腫が再発していることを確認した(参照:図1の矢印3)。
また、開頭手術により摘出した腫瘍組織をウエスタンブロット法により解析し、GSK3βの第216チロシン残基のリン酸化を検出した(図2の「1」)。該腫瘍組織では、悪性神経膠腫株細胞(U87)と同様に、活性型GSK3βタンパク質を確認できた。
これにより、以下の本発明の脳腫瘍治療方法を開始した。
【0049】
(本発明の脳腫瘍治療方法)
本発明の脳腫瘍治療方法は以下の通りである。
<GSK3β阻害薬剤の投与>
炭酸リチウム:(リーマス:製造販売 大正製薬株式会社)400mgを1日に2回(朝、夕)に分けて連日投与した。
オランザピン:(ジプレキサ:製造販売 日本イーライリリー株式会社)10mgを1日に1回(夕)に連日投与した。
シメチジン:(タガメット:製造販売 大日本住友製薬株式会社)800mgを1日に2回(朝、夕)に分けて連日投与した。
バルプロ酸ナトリウム:(デパケンR:製造販売 協和発酵キリン株式会社)800mgを1日に2回(朝、夕)に分けて連日投与した。
<テモダールの投与>
テモダール1回200mg/m2を1日1回、連続5日間にわたり経口投与を行い、23日間休薬した。これを繰り返した。
【0050】
(本発明の脳腫瘍治療効果)
本発明の脳腫瘍治療効果を図3に示す。
図3の頭部MRI画像より明らかなように、本発明の脳腫瘍治療開始3か月後(手術後5か月)の腫瘍の大きさは、手術後2か月(脳腫瘍再発確認)の腫瘍の大きさと比較して、明らかに縮小していることを確認できた(参照:図3の矢印4)。本発明の脳腫瘍治療を継続することにより、治療開始後6か月後(手術後8か月)の腫瘍の大きさは、本発明の脳腫瘍治療開始3か月後(手術後5か月)の腫瘍の大きさと比較して、明らかに縮小していることを確認できた(参照:図3の矢印5)。さらに、治療開始後9か月後(手術後11か月)では、腫瘍がほぼ消失していたことを確認できた(参照図3の矢印6)。
【0051】
以上により、本発明の脳腫瘍治療方法では、従来は進行を停めることすら非常に困難であった再発性膠芽腫の腫瘍を縮小させることができた。
すなわち、本発明の脳腫瘍治療方法は、従来の脳腫瘍治療方法と比較して、顕著な効果を示した。
【実施例2】
【0052】
(GSK3β阻害活性を有する化合物による膠芽腫細胞内のGSのリン酸化への影響の確認)
本発明の脳腫瘍治療用キット、脳腫瘍治療方法及び抗癌剤に使用する化合物がヒト膠芽腫細胞内のGSK3β活性を阻害し、glycogen synthase (GS)のリン酸化に与える影響を確認した。詳細は、以下の通りである。
【0053】
細胞株:ヒト膠芽腫細胞株T98G (American Type Culture Collection [ATCC, Manassas, VA] から購入した)を推奨プロトコールに従って培養・維持した。細胞株はコンフルエントになる前の指数関数的増殖期に採取し、リン酸緩衝液(PBS)で洗浄・遠心して−80℃で保管した。
細胞の処理:各細胞は一晩培養した後、それぞれ水、dimethyl sulfoxide (DMSO)、DMSOに溶解したAR-A014418(25μM、50μM)、ヒドロキシクロロキン(1μM、10μM、50μM)、ゲミフロキサシン(0.1μM、1μM、10μM、50μM)、シメチジン(1μM、10μM、50μM)、オランザピン(0.1μM、1μM、10μM)及びバルプロ酸ナトリウム(1mM、10mM、50mM)が添加された培地で培養した(カッコ内はそれぞれの培地中の最終濃度を示す)。
ウエスタンブロッティング解析:上記各処理した培養細胞集塊(ペレット)から細胞タンパク質を、タンパク質分解酵素阻害剤と脱リン酸酵素阻害剤(いずれもSigma-Aldrich社)を含む細胞溶解液(CelLyticTM-MT,Sigma-Aldrich社)により抽出した。
各検体のタンパク質濃度は、Coomassie Protein Assay Reagent (Pierce)を用いてBradford法により測定した。
抽出されたタンパク質30μgをSDS-ポリアクリルアミド(10%)ゲル電気泳動(SDS-PAGE)で分離し、ニトロセルロース膜(Amersham)に転写後、それぞれ1000倍に希釈したウサギポリクローナル抗体(Cell Signaling Technology及びBD Biosciences)を反応させ、化学発光検出試薬{ECL(登録商標),Amersham}で可視化することにより、GSとその第641セリン残基がリン酸化された分画(phospho-GSS641)をそれぞれ検出した。
加えて、それぞれの解析試料中に含まれるタンパク質量のコントロールとしてβ-actinを検出した。
なお、DMSOで処理した膠芽腫細胞株のGSリン酸化値を1とした場合の、本発明で使用する化合物で処理した同じ膠芽腫細胞株のGSリン酸化値の相対値を算出した。
【0054】
上記ウエスタンブロッティング解析により、本発明で使用する各化合物によるヒト膠芽腫細胞内のGSのリン酸化への影響結果を図4及び図5に示す。
図4及び図5の結果から明らかなように、本発明で使用する各化合物を培地に添加することにより、ヒト膠芽腫細胞内のGS第641セリン残基のリン酸化 (p-GSS641)が低下していることを確認した。
以上の結果より、本発明で使用する化合物(オランザピン、シメチジン、バルプロ酸ナトリウム、ヒドロキシクロロキン、ゲミフロキサシン)は、単独で、ヒト膠芽腫細胞内のGSK3β活性を抑制できる。したがって、オランザピン、シメチジン、バルプロ酸ナトリウム、ヒドロキシクロロキン、及び/又はゲミフロキサシンは、抗癌剤の有効成分とすることができる。
【実施例3】
【0055】
(GSK3β阻害活性を有する化合物の膠芽腫細胞の遊走の抑制効果の確認)
本発明の脳腫瘍治療用キット、脳腫瘍治療方法及び抗癌剤に使用する化合物がヒト膠芽腫細胞遊走の抑制効果を確認した。詳細は、以下の通りである。
【0056】
(方法・材料)
細胞株:ヒト膠芽腫細胞株T98G (American Type Culture Collection [ATCC, Manassas, VA] から購入した)を推奨プロトコールに従って培養・維持した。細胞株はコンフルエントになる前の指数関数的増殖期に採取し、リン酸緩衝液(PBS)で洗浄・遠心して−80℃で保管した。
細胞の処理:必要分のディッシュ上で細胞はコンフルエントになるまで培養した。
細胞遊走解析:マイクロピペット用プラスチックチップの先で細胞シートに均等幅の擦過創面を作成した。それぞれ水、DMSO、DMSOに溶解したAR-A014418(25μM)、ゲミフロキサシン(0.1μM、1μM)、オランザピン(0.1μM、1μM)及びバルプロ酸ナトリウム(1mM、10mM)が添加された培地で培養した。12,24,36,48時間後に、擦過により形成された無細胞面を細胞が遊走して埋めていくかを観察し、それぞれの条件における創面の幅を計測した。0時間での創面幅を100%として、それが細胞によって完全に埋められれば0%とし、遊走する細胞により創面が埋められる割合を算出した。
【0057】
(結果)
上記の試験による細胞遊走性に対する各化合物の効果を図6に示す。図6の結果から明らかなように、バルプロ酸ナトリウム(図6中:VPA)、ゲミフロキサシン(図6中:Gemi)及びオランザピン(図6中:Ola)は、膠芽腫細胞の遊走を抑制した。
以上の結果より、バルプロ酸ナトリウム、ゲミフロキサシン及びオランザピンは、ヒト膠芽腫細胞の遊走抑制効果を有する。よって、オランザピン、バルプロ酸ナトリウム、及び/又はゲミフロキサシンは、抗癌剤の有効成分とすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明では、脳腫瘍治療方法及び脳腫瘍治療用キット並びに抗癌剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上の有効成分を別々に収納した容器を含む脳腫瘍治療用キット。
【請求項2】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか3つ以上の有効成分を別々に収納した容器を含む請求項1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項3】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムの有効成分を別々に収納した容器を含む請求項1又は請求項2に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項4】
さらに、有効成分としてのテモダールを前記容器に含む請求項1〜3のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項5】
各有効成分の投与に関する説明書を含む請求項1〜4のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項6】
前記脳腫瘍が、再発性又は開頭手術後に残存する腫瘍である請求項1〜5のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項7】
前記脳腫瘍が、神経膠腫又は再発性神経膠腫である請求項1〜5のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項8】
前記脳腫瘍が、膠芽腫又は再発性膠芽腫である請求項1〜5のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項9】
前記各有効成分が、同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与できる形態である請求項1〜8のいずれか1に記載の脳腫瘍治療用キット。
【請求項10】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上を有効成分として含む脳腫瘍治療剤。
【請求項11】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか3つ以上を有効成分として含む請求項10に記載の脳腫瘍治療剤。
【請求項12】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムを有効成分として含む請求項10又は請求項11に記載の脳腫瘍治療剤。
【請求項13】
前記脳腫瘍治療剤が、再発性又は開頭手術後に残存する腫瘍の治療剤である請求項10〜12のいずれか1に記載の脳腫瘍治療剤。
【請求項14】
炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか2つ以上を同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項15】
請求項14に記載の脳腫瘍治療方法において、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムのいずれか3つ以上を同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項16】
請求項14又は請求項15に記載の脳腫瘍治療方法において、炭酸リチウム、オランザピン、シメチジン及びバルプロ酸ナトリウムを同時に、別々に、又は逐次的に患者に投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項17】
請求項14〜16のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、以下の投与形態であることを特徴とする脳腫瘍治療方法;
(1)炭酸リチウム: 200〜1200mgを1日に2回に分けて連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する、
(2)オランザピン:5〜30mgを連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する、
(3)シメチジン:500〜1000mgを1日に2回に分けて連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する、
(4)バルプロ酸ナトリウム:500〜1500mgを1日に2回に分けて連日投与、数日に1回投与又は隔週に数回投与する。
【請求項18】
請求項14〜17のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、脳腫瘍が再発性又は開頭手術後に残存する脳腫瘍であることを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項19】
請求項14〜17のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、脳腫瘍が神経膠腫又は再発性神経膠腫であることを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項20】
請求項14〜17のいずれか1に記載の脳腫瘍治療方法において、脳腫瘍が膠芽腫又は再発性膠芽腫であることを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項21】
請求項14〜20のいずれか1に記載の脳腫瘍の治療方法において、テモダールを併用投与することを特徴とする脳腫瘍治療方法。
【請求項22】
以下のいずれか1以上の化合物を有効成分として含む抗癌剤。
(1)炭酸リチウム
(2)オランザピン
(3)シメチジン
(4)バルプロ酸ナトリウム
(5)ヒドロキシクロロキン
(6)ゲミフロキサシン
【請求項23】
ヒドロキシクロロキンを有効成分として含む抗癌剤。
【請求項24】
ゲミフロキサシンを有効成分として含む抗癌剤。
【請求項25】
前記癌が、以下のいずれか1である請求項22〜24のいずれか1の記載の抗癌剤。
(1)大腸癌
(2)胃癌
(3)肝細胞癌
(4)膠芽腫

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−41314(P2012−41314A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−185691(P2010−185691)
【出願日】平成22年8月22日(2010.8.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、重点地域研究開発推進プログラム(シーズ発掘試験)に関する委託研究、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】