説明

自動二輪車のエンジンの逆転防止装置

【課題】後輪の一時的なロックで逆転防止機能が作動した場合でも、一旦停車することなくエンジンを再始動できるようにした自動二輪車のエンジンの逆転防止装置を提供する。
【解決手段】1箇所の歯抜け部Hを除いて等間隔に配設された複数のリラクタ52が設けられ、かつエンジン8のクランク軸45と同期回転するクランクパルサロータ50と、リラクタ52の配置間隔に対応したパルス信号を出力する第1パルス発生器PC1および第2パルス発生器PC2とを備える。ECU30内の逆転防止手段302は、パルス信号のパルス間時間が所定時間Tを超えると、逆転防止機能を作動させて点火プラグ35aの点火を禁止する。逆転防止手段302は、逆転防止機能の作動により点火が禁止された後に、クランク軸45が正転していることが検知されると、点火の禁止を解除する。点火準備後に点火禁止状態になると、点火コイルの1次電流が所定の勾配をもって遮断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動二輪車のエンジンの逆転防止装置に係り、特に、種々の走行条件に対応し、使い勝手に優れた自動二輪車のエンジンの逆転防止装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、キックスタータでクランキングしてエンジンを始動する際に、クランク軸の回転速度が不足すると、点火に伴う爆発力によってクランク軸が逆回転し、これによりキックペダルが押し戻される「ケッチン」が生じる可能性があることが知られている。
【0003】
特許文献1には、クランク軸の回転開始後に回転速度が所定値以下になると点火装置の点火を禁止し、新たなクランキング操作が行われるまでこの点火禁止状態を保持するようにしたエンジンの逆転防止装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3945645号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、自動二輪車の走行においては、走行中のブレーキ操作によって一時的に後輪がロックしても、すぐにブレーキ操作を解除して走行を継続することがある。このとき、特許文献1に記載されたエンジンの逆転防止装置では、後輪ロックに伴ってクランク軸の回転速度が所定値以下となると、逆転防止機能が作動して点火が禁止されてしまう。そして、この状態でブレーキをリリースし、車体の慣性力で後輪を回転させることでクランク軸を回転させても、点火禁止状態が継続されているためにエンジンが再始動しない可能性があった。したがって、走行中に逆転防止機能が作動してエンジンが停止すると、新たなクランキング操作を行うために一旦停車する必要が生じていた。
【0006】
また、特にバッテリレス車両において、ECU電源のオフにより逆転防止機能が解除される方式を適用すると、後輪ロックに伴って逆転防止機能が作動した直後にブレーキをリリースしてクランク軸の回転を復帰させた際に、ECU電圧が所定のリセット電圧を下回る前に発電機による電力供給が再開されるため、逆転防止機能が解除されず、エンジンが再始動できない状態が発生する可能性があった。
【0007】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、後輪の一時的なロックによって逆転防止機能が作動した場合でも、一旦停車することなくエンジンを再始動して走行を継続できるようにした自動二輪車のエンジンの逆転防止装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明は、複数のリラクタ(52)が設けられ、エンジン(9)のクランク軸(45)と同期回転するクランクパルサロータ(50)と、前記リラクタ(52)の配置間隔に対応したパルス信号を出力するパルス発生器(PC1,PC2)とを備える自動二輪車(1)のエンジンの逆転防止装置(30)において、前記パルス信号のパルス間時間が所定時間(T)を超えると逆転防止機能を作動させて点火装置(35a)の点火を禁止する逆転防止手段(302)を具備し、前記逆転防止手段(302)は、前記逆転防止機能の作動により点火が禁止された後に、前記クランク軸(45)が正転していることが検知されると、前記点火の禁止を解除する点に第1の特徴がある。
【0009】
また、前記クランクパルス信号に基づいて、クランク軸(45)の1回転を複数のステージに割り当てるステージ判定部(301)と、前記クランクパルス信号のパルス間時間を計測する計測手段(303)とをさらに備え、前記逆転防止手段(302)は、圧縮上死点の通過前の所定期間で複数の前記パルス間時間を判別するパルス間時間判別手段(306)と、前記圧縮上死点の通過後に所定のクランクステージ(♯6)が到来したこと判別するクランクステージ判別手段(307)とを含む点に第2の特徴がある。
【0010】
また、前記クランクパルス信号に基づいて、クランク軸(45)の1回転を複数のステージに割り当てるステージ判定部(301)をさらに備え、前記クランクパルサロータ(50)のリラクタ(52)は、1箇所の歯抜け部(H)を除いて等間隔で配設されており、前記ステージ判定部(301)は、前記歯抜け部(H)の通過に対応するクランクパルス信号に基づいてクランクパルサロータ(50)の基準位置を確定し、前記逆転防止手段(302)は、前記逆転防止機能が作動して点火装置(35a)の点火が禁止された後に、前記基準位置が確定し、かつクランク軸(45)が正転していることが検知されると、前記逆転防止機能の作動を解除して点火を許可するように構成されていることを特徴とする点に第3の特徴がある。
【0011】
また、前記所定時間(T)は、エンジンの逆転防止装置(30)への供給電圧が所定値に到達してからの経過時間に応じて、前記2種類の所定時間(T1,T2)を切り換えて適用するように構成されており、前記経過時間が所定値に達するまでは第1の所定時間(T1)が適用され、前記経過時間が所定値に達した以降は、前記第1の所定時間(T1)より短い第2の所定時間(T2)が適用される点に第4の特徴がある。
【0012】
また、前記自動二輪車は、車載バッテリを持たないバッテリレス車両であり、前記エンジンの逆転防止装置(30)への供給電圧が所定のリセット電圧以下になると、前記逆転防止機能の作動が解除されて点火許可状態となるように構成されている点に第5の特徴がある。
【0013】
さらに、前記複数のリラクタ(52)の通過状態は、少なくとも2つのパルス発生器(PC1,PC2)で検知されるように構成されており、前記少なくとも2つのパルス発生器(PC1,PC2)は、同一のリラクタの通過を異なるタイミングで検知するように配置されている点に第6の特徴がある。
【発明の効果】
【0014】
第1の特徴によれば、パルス信号のパルス間時間が所定時間を超えると逆転防止機能を作動させて点火装置の点火を禁止する逆転防止手段を具備し、逆転防止手段は、逆転防止機能の作動により点火が禁止された後にクランク軸が正転していることが検知されると点火の禁止を解除するので、キックスタータでエンジンを始動する際に、パルス発生器で検知されるパルス間時間が長くなる、換言すれば、クランク軸の回転速度が圧縮上死点を乗り越えることができる設定速度以下に下がったことを検知して点火を禁止するので、キックスタータでエンジンを始動する際の逆転の発生を防止することが可能となる。また、ブレーキ操作によって走行中に後輪がロックして逆転防止機能が作動した場合でも、クランク軸の正転が検知されることで点火禁止が解除されるので、車体の慣性力で後輪を駆動してエンジンを再始動することが可能となる。これにより、エンジンを再始動するために停車する必要がなく、スムーズに走行を継続することができる。
【0015】
第2の特徴によれば、クランクパルス信号に基づいて、クランク軸の1回転を複数のステージに割り当てるステージ判定部と、クランクパルス信号のパルス間時間を計測する計測手段とをさらに備え、逆転防止手段は、圧縮上死点の通過前の所定期間で複数の前記パルス間時間を判別するパルス間時間判別手段と、圧縮上死点の通過後に所定のクランクステージが到来したこと判別するクランクステージ判別手段とを含むので、クランク軸の回転速度の低下を正確に検知すると共に、クランク軸の正転状態を正確に判別することが可能となる。
【0016】
第3の特徴によれば、クランクパルサロータのリラクタは、1箇所の歯抜け部を除いて等間隔で配設されており、ステージ判定部は、歯抜け部の通過に対応するクランクパルス信号に基づいてクランクパルサロータの基準位置を確定し、逆転防止手段は、逆転防止機能が作動して点火装置の点火が禁止された後に、基準位置が確定し、かつクランク軸が正転していることが検知されると、逆転防止機能の作動を解除して点火を許可するように構成されているので、逆転防止機能が作動して点火が禁止された後にクランク軸が正転を開始した場合、基準位置が確定してからクランク軸が1回転する前に逆転防止機能を解除できるので、ブレーキ操作によって走行中に後輪がロックして逆転防止機能が作動した場合でも、車体の慣性力によって素早くエンジンを再始動して、スムーズに走行を継続することができる。
【0017】
第4の特徴によれば、所定時間は、エンジンの逆転防止装置への供給電圧が所定値に到達してからの経過時間に応じて、2種類の所定時間を切り換えて適用するように構成されており、経過時間が所定値に達するまでは第1の所定時間が適用され、経過時間が所定値に達した以降は、第1の所定時間より短い第2の所定時間が適用されるので、キックスタータ操作の初期段階では、回転速度が大幅に低下しないと逆転防止機能が作動しないように設定すると共に、キックスタータ操作の中〜後期段階では、回転速度の低下度合いが小さくても逆転防止機能を作動させることが可能となり、作動条件の最適化を図ることが可能となり、始動性を向上させることができる。
【0018】
第5の特徴によれば、自動二輪車は、車載バッテリを持たないバッテリレス車両であり、エンジンの逆転防止装置への供給電圧が所定のリセット電圧以下になると、逆転防止機能の作動が解除されて点火許可状態となるように構成されているので、キックスタータによるエンジン始動時に逆転防止機能が作動して点火が禁止された場合でも、クランク軸の回転速度が低下してエンジンの逆転防止装置としてのECUの電圧がリセット電圧以下となることで逆転防止機能の作動が解除されるので、点火が許可された状態でキックスタータの操作を行うことが可能となる。これにより、キックスタータによるエンジン始動時および走行中のいずれの状態で逆転防止機能が作動した場合でも不具合が生じることがなく、使い勝手のよいエンジンの逆転防止装置を得ることができる。
【0019】
第6の特徴によれば、複数のリラクタの通過状態は、少なくとも2つのパルス発生器で検知されるように構成されており、少なくとも2つのパルス発生器は、同一のリラクタの通過を異なるタイミングで検知するように配置されているので、クランク軸が1回転する前に、クランク軸が正転状態にあるか逆転状態にあるかを検知することが可能となる。これにより、走行中に逆転防止機能の作動後にエンジンを再始動する場合に、クランク軸の回転再開から1回転する前に正転を検知して点火禁止状態を解除することができ、素早くエンジンを再始動することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係るエンジンの逆転防止装置を適用した自動二輪車の側面図である。
【図2】ECUおよびその周辺電装機器の構成を示すブロック図である。
【図3】クランクパルサロータの拡大正面図である。
【図4】クランク軸の正常回転時および逆回転時に検知されるリラクタの通過状態を示す表である。
【図5】ECUおよびその周辺機器の構成を示す機能ブロック図である。
【図6】逆転防止機能の作動開始処理の手順を示すフローチャートである。
【図7】走行中の逆転防止機能の作動開始から作動解除までの流れを示すタイムチャートである。
【図8】逆転防止機能の作動解除処理の手順を示すフローチャートである。
【図9】逆転防止機能の作動開始条件の切り替え状態を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態に係るエンジンの逆転防止装置を適用した自動二輪車1の側面図である。左右一対のメインフレーム2の前方には、不図示のステアリングステムを回動自在に軸支するヘッドパイプ6が接合されている。ステアリングステムには、前輪WFを回動自在に軸支する左右一対のフロントフォーク7が取り付けられている。フロントフォーク7の上端部には、前輪WFを操舵する操向ハンドル15が取り付けられている。操向ハンドル15には左右一対のハンドルグリップ16が取り付けられている。車幅方向右側のハンドルグリップ16は操向ハンドルに対して回動自在に取り付けられており、この右側ハンドルグリップ16の回動動作によって動力源としてのエンジン8の出力調整が行われる。
【0022】
ヘッドパイプ6に連結されて下方に延びるダウンフレーム5には、左右一対のロアフレーム4が連結されている。エンジン8は、このロアフレーム4のマウント部11,12によって支持されている。エンジン8の上部には、シリンダ9およびシリンダヘッド10が固定されており、シリンダ9に取り付けられた排気管13は、車体後方に延設されてマフラ29に連結されている。また、シリンダ9の車体後方側には、燃料噴射装置36(図2参照)を含むスロットルボディ18およびエアクリーナボックス19が配設されている。
【0023】
メインフレーム2の後方下方には、左右一対のセンタフレーム3が接合されている。センタフレーム3に設けられたスイングアームピボット22には、リヤクッションユニット20でメインフレーム9に吊り下げられたスイングアーム21が揺動自在に軸支されている。スイングアーム21の後端部には、後輪WRが回動自在に軸支されている。エンジン8の発生する回転駆動力は、駆動スプロケット23に巻き掛けられたドライブチェーン24を介して、後輪WRに固定されたドリブンスプロケット25に伝達される。
【0024】
シリンダヘッド10の上方で、かつ左右一対のメインフレーム2の間には、燃料タンク17が配設されている。メインフレーム2の後部には、シートレール27およびリヤフレーム26が連結されている。シートレール27の上部には、シート28が取り付けられており、このシート28の下部に、逆転防止手段を含むエンジンの逆転防止装置としてのECU30が配設されている。
【0025】
図2は、ECU30およびその周辺電装機器の構成を示すブロック図である。本実施形態に係る自動二輪車1には、車載バッテリを持たず、エンジン8のクランク軸45と同期回転する発電機31の発電電力のみを各種電装機器への電力供給源とするバッテリレス方式が適用されている。発電機31からの供給電力は、レギュレートレクチファイヤ32で整流された後、電解コンデンサ33、ECU30、燃料ポンプ34、点火コイル35等に供給される。点火プラグ35aの点火タイミングおよび燃料噴射装置36の噴射タイミングは、エンジン制御装置としてのECU30によって制御される。
【0026】
ECU30には、エンジン8の吸気管に生じる吸気負圧を検知する吸気圧センサ(PBセンサ)37、スロットルボディ18の内部に配設されるスロットルバルブ(不図示)の開度を検知するスロットルセンサ38、吸気温度を検知する吸気温度センサ39、エンジン8の冷却水温を検知する水温センサ40の出力信号が入力される。また、エンジン8のクランク軸45には、複数のリラクタが設けられたクランクパルサロータ50が取り付けられている。ECU30は、磁気ピックアップ式のパルス発生器PC1,PC2によってリラクタの通過状態をパルス信号として検知することにより、クランク軸45の回転位置および回転速度を検知することができる。ECU30には、乗員の操作により点火装置の作動を禁止することができるエンジンストップスイッチ41も設けられている。
【0027】
図3は、クランクパルサロータ50の拡大正面図である。クランクパルサロータ50は、クランク軸45と同期回転するロータ51に、計11個のリラクタ52(1〜9,A,0)を1箇所の歯抜け部(H)を除いて30度間隔で設けた構成とされている。クランクパルス信号は、第1パルス発生器PC1および第2パルス発生器PC2によって検知される。第2パルス発生器PC2は、第1パルス発生器PC1に対向する位置よりクランクパルサロータ50の回転方向に22.5度だけ回転した位置に配設されている。本実施形態では、パルス発生器を2つ備えることで、クランク軸の逆転状態の検知も可能としている。
【0028】
図4は、クランク軸の正常回転時(正転時)および逆転時に検知されるリラクタの通過状態を示す表である。まず、図上段の正常回転時を参照して、表中の「クランクステージ」は、リラクタの配置に基づいてクランク軸1回転を♯0〜10の計11ステージで分割したものである。この「クランクステージ」の分割および番号の割り当ては、第1パルス発生器PC1の出力信号に基づいて行われる。
【0029】
表中の「サイクルステージ」は、「クランクステージ」の検知結果および吸気圧センサ37によって検知される吸気圧変化等に基づいて、クランク軸2回転を♯0〜21の計22ステージで分割したものである。この「サイクルステージ」には、吸気圧変化等に基づく行程判別処理が完了し、クランク軸が1サイクル(2回転:720度)のうちの1回転目または2回転目のいずれであるかが判明するまで、仮の番号が与えられる。
【0030】
この表は、エンジンの行程判別が完了した状態で通常運転中のリラクタ通過状態を示し、リラクタ♯Aが第1パルス発生器PC1を通過する手前の位置から記載を開始したものである。まず、リラクタ♯Aが第1パルス発生器PC1を通過すると、クランクステージ♯10が開始されたことが検知される。そして、第2パルス発生器PC2によるリラクタ♯4の検知を挟んで、次に第1パルス発生器PC1によってリラクタ♯0の通過が検知されると、次のクランクステージに移行したことが判明する。
【0031】
続いて、第2パルス発生器PC2がリラクタ♯5の通過を検知するが、その次は、リラクタに60度間隔の歯抜け部(H)が存在するため、第1パルス発生器PC1がリラクタの通過を検知する前に、第2パルス発生器PC2がリラクタ♯6の通過を検知する。これにより、歯抜け部(H)の存在が確認されて、現在のクランクステージが♯0であることが判明する。これにより、クランク軸の基準位置が確定(B)する。ECU30は、基準位置が確定することにより、その後に通過するリラクタの番号を識別することが可能となる。ECU30は、クランク軸の1回転毎にクランク軸の基準位置の確認を行っている(B,D)。また、基準位置の確定(B)において、エンジンの行程判別が完了している場合は、クランクステージが♯0であることが判明するのと同時に、サイクルステージが♯11であることも判明する。
【0032】
そして、クランク軸の基準位置が確定した後に、予め設定された「所定のクランクステージ」としてのクランクステージ♯6が検知されると、ステージ判断がOK(C)、すなわち、クランク軸の基準位置を確定する処理に誤りがなく、クランク軸が正常に回転しているとして、クランク軸の正転状態が検知されることとなる。このように、圧縮上死点の通過後に所定のクランクステージ(♯6)が到来したか否かの判別は、後述するクランクステージ判別手段(図5参照)によって実行される。なお、吸気圧変化に基づく行程判別は、例えば、検知された吸気圧の上昇および下降のパターンと、予め実験等で求められ、サイクルステージと関連づけられた吸気圧パターンとを照合することで実行される。
【0033】
パルス発生器PC1,PC2は、各リラクタが通過したことを検知できるのみであり、各リラクタの識別は、通過リラクタの個数をカウントすることで行われている。したがって、図3に示すようなクランクパルサロータ50の回転状態を1つのパルス発生器で検知する場合には、クランク軸の逆転状態を検知することができない。これに対し、本実施形態では、パルス発生器を2つ有することで、クランク軸が1回転する前に逆転状態を検知することを可能としている。
【0034】
図4の下段を参照して、「クランクステージ」は、クランク軸の逆転時においても、正転状態であることを前提に割り当てられる。そして、前記したように、各リラクタの識別は、通過リラクタの個数をカウントすることで行われるため、クランク軸が逆回転を開始した後、クランクステージ♯5に入るまでは、PC1,PC2から出力されるクランクパルスは正転時と同一となる。しかしながら、クランクステージ♯5において第1パルス発生器PC1をリラクタが通過した後に、正転状態であれば、次に第2パルス発生器PC2をリラクタが通過するはずであるところ、その前に第1パルス発生器PC1がリラクタの通過を検知する。これにより、ECU30は、パルスの出力パターンが正転時のパターンと異なることを検知し、クランク軸が逆転状態にあることを認識することが可能となる。
【0035】
図5は、ECU30およびその周辺機器の構成を示す機能ブロック図である。前記と同一符号は、同一または同等部分を示す。ECU30には、キックスタータによるエンジン始動時の逆転の発生を防ぐ逆転防止装置が含まれる。ECU30には、前記クランクパルス信号に基づいてクランクステージおよびサイクルステージを判定するステージ判定部301と、逆転を防止するために点火プラグ35aの点火を禁止する必要があるか否かを判定する点火禁止条件判定部としての逆転防止手段302と、所定時間を計測する計測手段としてのタイマ303と、点火を禁止する際に点火回路41を駆動するソフトオフ制御部304と、点火を禁止する必要がない場合に通常の点火タイミングで点火回路を駆動する通常点火制御部305とが含まれる。そして、逆転防止手段302には、圧縮上死点の通過前の所定期間で複数の前記パルス間時間を判別するパルス間時間判別手段306と、圧縮上死点の通過後に所定のクランクステージが到来したこと判別するクランクステージ判別手段307とが含まれる。
【0036】
点火回路41には、点火コイル35および点火プラグ35aが連結されている。点火コイル35には、レギュレータレクチファイヤ32で整流された発電機31からの電力が供給される。以下、図6ないし8を参照して、逆転防止機能の作動およびその解除の手順について詳細に説明する。
【0037】
図6は、逆転防止機能の作動開始処理の手順を示すフローチャートである。本実施形態に係る自動二輪車1は、バッテリレス方式とされ、エンジン8をキックスタータで始動する構成を有する。また、ECU30が起動する前は、点火装置の点火が許可された状態にあり、起動後に点火禁止条件が満たされた場合であっても、ECU30への供給電圧が所定値(例えば、4V)以下になると許可された状態に戻るように構成されている。
【0038】
このフローチャートでは、キックスタータでエンジン8を始動する際の流れを想定している。まず、ステップS10では、キックスタータの操作を開始した後、クランク軸45の回転速度が高まり、発電電力がECU30の起動電圧を上回ることでECU30が起動する。続くステップS11では、タイマ303によりクランクパルス信号のパルス間時間の計測が開始される。このパルス間時間の計測は、パルス間時間判別手段306(図5参照)により、歯抜け部(H)を除いて30度間隔とされるリラクタ間のすべてにおいて実行されるが、キックスタータによる始動時の逆転を防止するためには、特に、圧縮上死点の通過前の所定期間における計測結果が有効な情報となる。ステップS12では、逆転防止手段302(図5参照)によって、パルス間時間が所定時間T以上となったか否かが判定される。
【0039】
ステップS12で肯定判定される、すなわち、パルス間時間が長くなり、クランク軸の回転速度が圧縮上死点を問題なく乗り越えることができる設定速度を下回ったことが検知されると、逆転が発生する可能性があるとしてステップS13に進む。
【0040】
ここで、ステップS12で用いられる所定時間Tは、ECU30が起動してからの経過時間に応じて2種を切り換えて適用するように構成されている。図9に示すように、本実施形態では、この所定時間Tを、ECU30の起動後経過時間が3ms未満では20ms(回転速度換算で約250rpm)とし、一方、起動後経過時間が3ms以上では、10ms(同約500rpm)に設定するように構成されている。
【0041】
このような所定時間Tの設定によれば、キックスタータ操作の初期段階では回転速度が大幅に低下しないと逆転防止機能が作動しないようにし、逆に、キックスタータ操作の中〜後期段階では、回転速度の低下度合いが小さくても逆転防止機能を作動させることが可能となり、作動条件の最適化を図ることが可能となり、始動性を向上させることができる。なお、所定時間Tの設定は、エンジンの仕様等に応じて任意に変更することができる。
【0042】
図6のフローチャートに戻って、ステップS13では、逆転を防止するため、点火装置による点火プラグ35aの点火が禁止される。続くステップS14では、ECU30の電圧がリセット電圧以下であるか否かが判定される。ステップS14で肯定判定されると、ステップS15に進んで、逆転防止のための点火禁止が解除される。なお、前記したように、ECU30は、供給電圧が所定値以下となると逆転防止機能を解除する(リセットする)ように構成されているので、キックスタータによる始動時に逆転防止機能が作動してエンジンが始動しなかった場合には、特にステップS14の判定を行うことなく逆転防止機能が解除されることとなる。
【0043】
一方、ステップS14で否定判定される、すなわち、所定のリセット電圧を超える電力が供給されていると判定されると、点火を禁止した状態のまま一連の制御を終了することとなる。このステップS14で否定判定される場合とは、走行中のブレーキ操作によって後輪が一時的にロックしたために逆転防止機能が作動し、その後、すぐにブレーキ操作が解除されて発電機31による電力供給が再開されたため、ECU30の電圧がリセット電圧以下に下がることなく回復した場合に相当する。このような状態は、燃料噴射装置を備えたバッテリレス車両において、燃料噴射装置を安定して作動させるために容量の大きなコンデンサを電気回路内に備えている場合等に発生しやすいとされる。
【0044】
図7は、走行中の逆転防止機能の作動開始から作動解除までの流れを示すタイムチャートである。また、図8は、逆転防止機能の作動解除処理の手順を示すフローチャートである。図7のタイムチャートは、上から順に、クランクステージ、クランクパルス(PC1,PC2)、パルス間時間判定(所定値超または通常)、逆転防止機能(点火禁止または点火許可)、点火制御の状態をそれぞれ示している。
【0045】
本実施形態に係るECU30は、通常点火制御において、クランクステージ♯6の開始時に点火準備を開始し、クランクステージ♯9の開始時に点火を行うように設定されている。時刻t1では、この通常点火制御の設定に基づいて点火準備が開始される。しかしながら、次のクランクステージ♯7は、走行中のブレーキ操作に伴う後輪ロックによって、パルス間隔が大きく広がり、走行中にもかかわらず逆転防止機能を作動させる判定条件(例えば、クランク軸回転速度で500rpm以下)が満たされることとなる。これにより、時刻t2において、逆転防止機能が作動して点火装置の点火が禁止される。
【0046】
本実施形態では、逆転防止機能による点火禁止の際に、点火コイルの1次電流が所定の勾配をもって遮断されるようにスイッチング素子を駆動するソフトオフ制御を実行するように設定されている。図7の例では、このソフトオフ制御の実行により、時刻t3において点火回路が点火準備前の状態に戻る。
【0047】
次に、時刻t4では、クランク軸の回転速度が後輪ロック前の状態に戻っている。これは、乗員がブレーキ操作を解除すると共にクラッチを接続し、車体の慣性力によって後輪を回転させてエンジンの再始動を試みている状態に相当する。しかしながら、図6のフローチャートで説明した逆転防止機能の作動開始処理においては、ECU30の電圧がリセット電圧を下回らない限り点火禁止が解除されないので、後輪の回転速度が再始動に十分な速さであったとしても、エンジンは再始動しない。
【0048】
これに対応し、本発明に係るエンジンの逆転防止装置では、逆転防止機能によって点火禁止状態となった後、ECU30の電圧がリセット電圧を下回らなくても、クランク軸の正転状態を検知することで点火禁止状態を解除するように構成されている。これにより、車体の慣性力で後輪を回転させてエンジンを再始動して、走行を継続することが可能となる。以下、図7および図8を参照して、逆転防止機能の作動解除処理を説明する。
【0049】
図8は、逆転防止機能の作動解除処理の流れを示すフローチャートである。ステップS20では、クランク軸の基準位置が確定したか否かが判定される。ステップS20で肯定判定されると、ステップS21に進み、逆転防止機能の作動に伴う点火禁止状態であるか否かが判定される。ステップS21で肯定判定されると、ステップS22に進んで、クランクステージの♯6が検知されたか否かが判定される、換言すれば、クランク軸の正転状態が検知されたか否かが判定される。このステップS22の判定には、前述した正逆転判定の方法(図4参照)、すなわち、クランク軸の基準位置が確定した後にクランクステージ♯6が正しく検知されればクランク軸が正転状態にあると認識し、一方、クランク軸の基準位置が確定した後にクランクステージ♯6が検知されない場合には逆転状態にあると認識する方法が用いられている。
【0050】
そして、ステップS22で肯定判定される、すなわち、クランク軸が正転状態にあると判定されると、ステップS23に進んで逆転防止機能を解除し、点火禁止状態を解除する。なお、前記ステップS20,S21,S22において否定判定されると、逆転防止機能を解除することなく一連の制御を終了する。
【0051】
図7のタイムチャートに戻って、走行中に作動した逆転防止機能が解除されるまでの流れを説明する。前記したように、時刻t4では、すでにクランク軸の回転速度が後輪ロック前の回転速度に回復しており、ECU30への供給電圧が所定のリセット電圧を下回ることはない。したがって、ECU30のリセットによる逆転防止機能の解除は行われない。その後、クランク軸の正転状態が継続されると、クランクステージ♯1の開始時にクランク軸の基準位置が確定する。
【0052】
続いて、時刻t5では、クランクステージ♯6の開始が正常に検知されることにより、ECU30がクランク軸の正転状態を認識する。本実施形態では、正転状態が認識されるタイミングと点火準備の開始タイミングとがクランクステージ上において一致するため、時刻t5において、点火禁止が解除されると同時に点火準備が開始される。このような点火禁止解除の設定によれば、走行中に逆転防止機能が作動した場合でも、基準位置が確定してから1回転する前に点火の禁止が解除されるので、車体の慣性力が低下する前に素早くエンジンを再始動して、走行を継続することが可能となる。
【0053】
なお、ECU30は、その供給電圧が所定のリセット電圧を下回らない場合でも、逆転防止機能の作動に伴って、エンジンの行程判別結果をリセットするように設定されている。これにより、エンジン再始動時には、再度、行程判別処理を実行する必要がある。時刻t6では、行程判別処理が完了していないため、本来の点火タイミングとクランク軸1回転分(360度)ずれた排気上死点での捨て火による点火(360度点火)のための準備が開始される。その後、行程判別処理が完了すると、通常点火制御部305により、圧縮上死点手前の所定タイミングでの点火制御が実行される。
【0054】
上記したように、本発明に係るエンジンの逆転防止装置によれば、走行中に逆転防止機能が作動して点火が禁止された場合でも、クランク軸の正転が検知されることで点火禁止が解除されるので、車体の慣性力で後輪を駆動してエンジンを再始動することが可能となる。これにより、エンジンを再始動するために停車する必要がなく、スムーズに走行を継続することができる。また、走行中に逆転防止機能が作動して点火が禁止された後、クランク軸の正転状態が検知されない限り点火禁止状態が継続されるので、クランク軸が逆転している状態で点火が実行されることがなく、適切な点火制御を実行することが可能となる。
【0055】
なお、クランクパルサロータやリラクタの形状や配置、パルス発生器の個数や形状、クランク軸の正転検知方法、逆転防止機能を作動させるパルス間時間の設定等は、上記した実施形態に限られず、種々の変更が可能である。本発明に係るエンジンの逆転防止装置は、キックスタータでエンジンを始動するバッテリレス方式の種々の車両に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0056】
1…自動二輪車、9…エンジン、30…ECU(逆転防止装置)、31…発電機、32…レギュレータレクチファイヤ、33…電解コンデンサ、35…点火コイル、35a…点火プラグ、41…点火回路、45…クランク軸、50…クランクパルスロータ、52…リラクタ、301…ステージ判定部、302…逆転防止手段(点火禁止条件判定部)、303…タイマ(計測手段)、304…ソフトオフ制御部、305…通常点火制御部、306…パルス間時間判別手段、307…クランクステージ判別手段
PC1…第1パルス発生器、PC2…第2パルス発生器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のリラクタ(52)が設けられ、エンジン(9)のクランク軸(45)と同期回転するクランクパルサロータ(50)と、前記リラクタ(52)の配置間隔に対応したパルス信号を出力するパルス発生器(PC1,PC2)とを備える自動二輪車(1)のエンジンの逆転防止装置(30)において、
前記パルス信号のパルス間時間が所定時間(T)を超えると逆転防止機能を作動させて点火装置(35a)の点火を禁止する逆転防止手段(302)を具備し、
前記逆転防止手段(302)は、前記逆転防止機能の作動により点火が禁止された後に、前記クランク軸(45)が正転していることが検知されると、前記点火の禁止を解除することを特徴とする自動二輪車のエンジンの逆転防止装置。
【請求項2】
前記クランクパルス信号に基づいて、クランク軸(45)の1回転を複数のステージに割り当てるステージ判定部(301)と、
前記クランクパルス信号のパルス間時間を計測する計測手段(303)とをさらに備え、
前記逆転防止手段(302)は、圧縮上死点の通過前の所定期間で複数の前記パルス間時間を判別するパルス間時間判別手段(306)と、前記圧縮上死点の通過後に所定のクランクステージ(♯6)が到来したこと判別するクランクステージ判別手段(307)とを含むことを特徴とする請求項1に記載の自動二輪車のエンジンの逆転防止装置。
【請求項3】
前記クランクパルサロータ(50)のリラクタ(52)は、1箇所の歯抜け部(H)を除いて等間隔で配設されており、
前記ステージ判定部(301)は、前記歯抜け部(H)の通過に対応するクランクパルス信号に基づいてクランクパルサロータ(50)の基準位置を確定し、
前記逆転防止手段(302)は、前記逆転防止機能が作動して点火装置(35a)の点火が禁止された後に、前記基準位置が確定し、かつクランク軸(45)が正転していることが検知されると、前記逆転防止機能の作動を解除して点火を許可するように構成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の自動二輪車のエンジンの逆転防止装置。
【請求項4】
前記所定時間(T)は、前記逆転防止装置(30)への供給電圧が所定値に到達してからの経過時間に応じて、2種類の所定時間(T1,T2)を切り換えて適用するように構成されており、
前記経過時間が所定値に達するまでは第1の所定時間(T1)が適用され、前記経過時間が所定値に達した以降は、前記第1の所定時間(T1)より短い第2の所定時間(T2)が適用されることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の自動二輪車のエンジンの逆転防止装置。
【請求項5】
前記自動二輪車は、車載バッテリを持たないバッテリレス車両であり、
前記逆転防止装置(30)への供給電圧が所定のリセット電圧以下になると、前記逆転防止機能の作動が解除されて点火許可状態となるように構成されていること特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の自動二輪車のエンジンの逆転防止装置。
【請求項6】
前記複数のリラクタ(52)の通過状態は、少なくとも2つのパルス発生器(PC1,PC2)で検知されるように構成されており、
前記少なくとも2つのパルス発生器(PC1,PC2)は、同一のリラクタの通過を異なるタイミングで検知するように配置されていることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の自動二輪車のエンジンの逆転防止装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−1850(P2011−1850A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−144187(P2009−144187)
【出願日】平成21年6月17日(2009.6.17)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】