説明

自動変速機の制御装置

【課題】油圧式摩擦係合装置の係合時のジャダーを低減をさせることのできる自動変速機の制御装置を提供する
【解決手段】油圧制御手段124(SA5)による発進クラッチであるクラッチC1の係合油圧PC1の制御、および、入力トルク制御手段126(SA6)によるクラッチC1の入力トルクの制御、の少なくとも一方が行なわれることによって、クラッチC1の摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配の値Δμ/ΔVが前記所定値Gth以上となるようにされるので、摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配の値Δμ/ΔVに基づいて発生するシャダーを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機の制御装置に関するものであり、特に、油圧式摩擦係合装置の係合時におけるシャダーの低減を行なう技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動変速機においては、油圧式摩擦係合装置が広く用いられている。かかる油圧式摩擦係合装置の係合状態と解放状態とを切り換えることにより、動力伝達経路における動力伝達状態と動力遮断状態とを切り換えることができる。油圧式摩擦係合装置を解放状態から係合状態に変更する場合において、その係合過程における係合ショックやシャダー(摩擦および振動の特性による振動・騒音)が発生する場合がある。かかる係合ショックやシャダーの発生は運転者に違和感を与える、すなわちドライバビリティを悪化させることとなる。
【0003】
このようなシャダーの発生に対して、従来は、シャダーの発生しにくい摩擦材への組成の変更や製造方法の開発、あるいは、例えば減衰を増加させることなどによりシャダー摩擦係合装置の構造の変更等が行なわれていた。また、制御によりシャダーを低減するための方法としては、例えばシャダーの発生を検知した場合には係合制御を禁止するなどの手法が取られていた。
【0004】
特許文献1には、摩擦係合装置の制御方法の一つとして摩擦係合装置の差回転を算出し、状態値S(ゾンマフェルト数)を算出し、算出した状態値Sからクラッチディスク動摩擦係数を検索し、目標クラッチトルクなどから油圧によるクラッチディスク押圧力を算出し、クラッチに供給すべき油圧量を算出する自動変速機の制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−165301号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる特許文献1に開示の方法によれば、摩擦係合装置の係合において、係合油圧の制御精度を向上させることが可能となる。しかしながら、さらなる工夫によってドライバビリティ(ドラビリ)を向上させることが求められている。
【0007】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、油圧式摩擦係合装置の係合時のジャダーを低減をさせることのできる自動変速機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するための請求項1に係る発明は、(a)油圧式摩擦係合装置を有する自動変速機の制御装置であって、(b)該油圧式摩擦係合装置の係合時において、該油圧式摩擦係合装置の差回転、押付圧、および温度に基づいて該油圧式摩擦係合装置の摩擦係数を算出し、(c)算出された該摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配が所定値以上となるように前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの少なくとも一方を制御すること、を特徴とする。
【0009】
また、請求項2に係る発明は、前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御は、前記摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配が所定値以下である場合に実行されること、を特徴とする。
【0010】
また、請求項3に係る発明は、前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御は、ニュートラル制御からの復帰制御やアイドルストップ復帰制御において実行されること、を特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明によれば、前記係合油圧および前記入力トルクの少なくとも一方が制御されることによって、前記摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値が前記所定値以上となるようにされるので、該摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0012】
また、請求項2に係る発明によれば、前記摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配が所定値以下である場合において、前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御が実行されるので、該摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0013】
また、請求項3に係る発明によれば、前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御は、ニュートラル制御からの復帰制御において実行されるので、車速が非常に小さく、運転者が違和感を感じやすい車両状態において、摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0014】
好適には、前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御は、アイドルストップ復帰制御において実行されるので、車速が非常に小さく、運転者が違和感を感じやすい車両状態において、摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0015】
好適には前記係合油圧の制御は、予め記憶された前記差回転および該係合油圧に対する前記油圧式摩擦係合装置の摩擦係数の関係に基づいて行なわれる。このようにすれば、前記係合油圧を制御することにより前記差回転を変化させることができ、前記摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0016】
また好適には、前記入力トルクの制御は、予め記憶された前記差回転および該入力トルクに対する前記油圧式摩擦係合装置の摩擦係数の関係に基づいて行なわれる。このようにすれば、前記入力トルクを制御することにより前記差回転を変化させることができ、前記摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配の値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明が適用された車両用動力伝達装置の一部である車両用自動変速機の骨子図である。
【図2】図1の自動変速機において、複数の変速段を成立させる際の摩擦係合要素すなわち摩擦係合装置の作動状態を説明する作動表である。
【図3】図1の自動変速機などを制御するために車両に設けられた制御系統の要部およびエンジンから駆動輪までの動力伝達系の概略構成を説明するブロック線図である。
【図4】図3の油圧制御回路のうちクラッチおよびブレーキの各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)の作動を制御するリニアソレノイドバルブに関する回路図である。
【図5】電子制御装置による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。
【図6】車速およびアクセル開度を変数として予め記憶された関係から実際の車速およびアクセル開度に基づいて変速判断を行うための変速線図である。
【図7】クラッチの差回転および係合油圧に対する摩擦係数の関係を表わす図である。
【図8】クラッチの差回転および作動油温に対する摩擦係数の関係を表わす図である。
【図9】油圧制御回路の制御作動を説明する図であって、図7に示された関係に対応した図である。
【図10】入力トルク制御手段の制御作動を説明する図であって、図8に示された関係に対応した図である。
【図11】本実施例におけるニュートラル制御からの解除制御が実行された場合における制御作動を説明するためのタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施例について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
【実施例1】
【0019】
図1は、本発明が適用された車両用動力伝達装置の一部である車両用自動変速機10(以下、自動変速機10)の骨子図である。図2は複数の変速段を成立させる際の摩擦係合要素すなわち摩擦係合装置の作動状態を説明する作動表である。この自動変速機10は、車両の左右方向(横置き)に搭載するFF車両に好適に用いられるものであって、車体に取り付けられる非回転部材としてのトランスミッションケース26内において、シングルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、ダブルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびシングルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体としてラビニヨ型に構成されている第2変速部20とを共通の軸心C上に有し、入力軸22の回転を変速して出力回転部材24から出力する。この入力軸22は入力部材に相当するものであり、本実施例では走行用の動力源であるエンジン30によって回転駆動される流体式伝動装置としてのトルクコンバータ32のタービン軸である。また、出力回転部材24は自動変速機10の出力部材に相当するものであり、図3に示す差動歯車装置40に動力を伝達するためにそのデフドリブンギヤ(大径歯車)42と噛み合う出力歯車すなわちデフドライブギヤとして機能している。エンジン30の出力は、トルクコンバータ32、自動変速機10、差動歯車装置40、および一対の車軸44を介して一対の駆動輪46へ伝達されるようになっている(図3参照)。なお、この自動変速機10やトルクコンバータ32は中心線(軸心)Cに対して略対称的に構成されており、図1の骨子図においてはその中心線Cの下半分が省略されている。
【0020】
トルクコンバータ32は、エンジン30の動力を流体を介することなく入力軸22に直接伝達するロックアップ機構としてのロックアップクラッチ34を備えている。このロックアップクラッチ34は、係合側油室36内の油圧と解放側油室38内の油圧との差圧ΔPにより摩擦係合させられる油圧式摩擦クラッチであり、それが完全係合(ロックアップオン)させられることにより、エンジン30の動力が入力軸22に直接伝達される。また、所定のスリップ状態で係合するように差圧ΔPすなわちトルク容量がフィードバック制御されることにより、車両の駆動(パワーオン)時には例えば50rpm程度の所定のスリップ量でタービン軸(入力軸22)をエンジン30の出力回転部材に対して追従回転させる一方、車両の非駆動(パワーオフ)時には例えば−50rpm程度の所定のスリップ量でエンジン30の出力回転部材をタービン軸に対して追従回転させられる。
【0021】
自動変速機10は、第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)のうちのいずれかの連結状態の組み合わせに応じて第1変速段「1st」〜第6変速段「6th」の6つの前進変速段(前進ギヤ段)が成立させられるとともに、後進変速段「R」の後進変速段(後進ギヤ段)が成立させられる。図2に示すように、例えば前進ギヤ段では、クラッチC1とブレーキB2との係合により第1速ギヤ段が、クラッチC1とブレーキB1との係合により第2速ギヤ段が、クラッチC1とブレーキB3との係合により第3速ギヤ段が、クラッチC1とクラッチC2との係合により第4速ギヤ段が、クラッチC2とブレーキB3との係合により第5速ギヤ段が、クラッチC2とブレーキB1との係合により第6速ギヤ段が、それぞれ成立させられるようになっている。また、ブレーキB2とブレーキB3との係合により後進ギヤ段が成立させられ、クラッチC1、C2、ブレーキB1〜B3のいずれも解放されることによりニュートラル状態となるように構成されている。
【0022】
図2の作動表は、上記各変速段とクラッチC1、C2、ブレーキB1〜B3の作動状態との関係をまとめたものであり、「○」は係合、「◎」はエンジンブレーキ時のみ係合を表している。特に、第1変速段「1st」を成立させるブレーキB2には並列に一方向クラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)にはクラッチC1のみを係合させ、エンジンブレーキを作用させるときにはクラッチC1とブレーキB2とを係合させる。よって、第1変速段が成立させられている車両停止時にこのクラッチC1をスリップ状態乃至解放状態とすることにより、エンジン30のアイドリング負荷を抑制する所謂ニュートラル制御を実施することができる。また、各変速段の変速比は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16、および第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められる。
【0023】
上記クラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBという)は、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合要素(油圧式摩擦係合装置)であり、油圧制御回路50(図3参照)のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5の励磁、非励磁や電流制御により、係合、解放状態が切り換えられるとともに係合、解放時の過渡油圧などが制御される。
【0024】
図3は、図1の自動変速機10などを制御するために車両に設けられた制御系統の要部およびエンジン30から駆動輪46までの動力伝達系の概略構成を説明するブロック線図である。
【0025】
図3において、電子制御装置100は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、エンジン30の出力制御や自動変速機10の変速制御やロックアップクラッチ34のオンオフ制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用やリニアソレノイドバルブSL1〜SL5を制御する変速制御用や油圧制御回路50のリニアソレノイドバルブSLUおよびソレノイドバルブSLを制御するロックアップクラッチ制御用等に分けて構成される。
【0026】
例えば、電子制御装置100には、アクセル開度センサ54により検出されたアクセルペダル52の操作量であるアクセル開度Accを表すアクセル開度信号、エンジン回転速度センサ56により検出されたエンジン30の回転速度であるエンジン回転速度Nを表す信号、冷却水温センサ58により検出されたエンジン30の冷却水温Tを表す信号、吸入空気量センサ60により検出されたエンジン30の吸入空気量Qを表す信号、吸入空気温度センサ62により検出された吸入空気の温度Tを表す信号、スロットル弁開度センサ64により検出された電子スロットル弁の開度θTHを表すスロットル開度信号、車速センサ66により検出された出力回転部材24の回転速度NOUTすなわち車速vに対応する車速信号、ブレーキスイッチ70により検出された常用ブレーキであるフットブレーキの作動中(踏込操作中)を示すフットブレーキペダル68の操作(オン)BONを表す信号、レバーポジションセンサ74により検出されたシフトレバー72のレバーポジション(操作位置、シフトポジション)PSHを表す信号、タービン回転速度センサ76により検出されたタービン回転速度N(=入力軸22の回転速度NIN)を表す信号、AT油温センサ78により検出された油圧制御回路50内の作動油の温度であるAT油温TOIL表す信号などがそれぞれ供給される。
【0027】
また、電子制御装置100からは、電子スロットル弁の開度θTHを操作するスロットルアクチュエータへの駆動信号、エンジン30の点火時期を指令する点火信号、エンジン30の吸気管または筒内に燃料を供給し或いは停止する燃料噴射装置によるエンジン30への燃料供給量を制御する燃料供給量信号、シフトインジケータを作動させるためのレバーポジションPSH表示信号、自動変速機10のギヤ段を切り換えるために油圧制御回路50内のシフト弁を駆動するシフトソレノイドを制御する信号およびライン圧を制御するリニヤソレノイド弁を駆動するための指令信号、ロックアップクラッチ34の係合、解放、スリップ量を制御するリニヤソレノイド弁を駆動するための指令信号などがそれぞれ出力される。
【0028】
また、シフトレバー72は例えば運転席の近傍に配設され、図3に示すように、5つのレバーポジション「P」、「R」、「N」、「D」、または「S」へ手動操作されるようになっている。
【0029】
「P」ポジション(レンジ)は自動変速機10内の動力伝達経路を解放しすなわち自動変速機10内の動力伝達が遮断されるニュートラル状態(中立状態)とし且つメカニカルパーキング機構によって機械的に出力回転部材24の回転を阻止(ロック)するための駐車ポジション(位置)であり、「R」ポジションは自動変速機10の出力回転部材24の回転方向を逆回転とするための後進走行ポジション(位置)であり、「N」ポジションは自動変速機10内の動力伝達が遮断されるニュートラル状態とするための中立ポジション(位置)であり、「D」ポジションは自動変速機10の変速を許容する変速範囲(Dレンジ)で第1ギヤ段「1st」〜第6ギヤ段「6th」の総ての前進ギヤ段を用いて自動変速制御を実行させる前進走行ポジション(位置)であり、「S」ポジションはギヤ段の変化範囲を制限する複数種類の変速レンジすなわち高車速側のギヤ段が異なる複数種類の変速レンジを切り換えることにより手動変速が可能な前進走行ポジション(位置)である。
【0030】
この「S」ポジションにおいては、シフトレバー72の操作毎に変速範囲をアップ側にシフトさせるためのレバーポジションPSHとしての「+」ポジション、シフトレバー72の操作毎に変速範囲をダウン側にシフトさせるためのレバーポジションPSHとしての「−」ポジションが備えられている。例えば、「S」ポジションにおいては、「6」レンジ〜「L」レンジの何れかがシフトレバー72の「+」ポジション或いは「−」ポジションへの操作に応じて変更される。また、「S」ポジションにおける「L」レンジは第1ギヤ段「1st」にてブレーキB2を係合させて一層エンジンブレーキ効果が得られるためのエンジンブレーキレンジでもある。
【0031】
上記「D」ポジションは自動変速機10の変速可能な例えば図2に示すような第1速ギヤ段乃至第6速ギヤ段の範囲で自動変速制御が実行される制御様式である自動変速モードを選択するレバーポジションでもあり、「S」ポジションは自動変速機10の各変速レンジの最高速側ギヤ段を超えない範囲で自動変速制御が実行されると共にシフトレバー72の手動操作により変更された変速レンジ(すなわち最高速側ギヤ段)に基づいて手動変速制御が実行される制御様式である手動変速モードを選択するレバーポジションでもある。
【0032】
図4は、油圧制御回路50のうちクラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)AC1、AC2、AB1、AB2、AB3の作動を制御するリニアソレノイドバルブSL1〜SL5に関する回路図である。
【0033】
図4において、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AB1、AB2、AB3には、ライン油圧PLがそれぞれリニアソレノイドバルブSL1〜SL5により電子制御装置100からの指令信号に応じた係合油圧PC1、PC2、PB1、PB2、PB3に調圧されてそれぞれ直接的に供給されるようになっている。このライン油圧PLは、エンジン30により回転駆動される機械式のオイルポンプ28(図1参照)から発生する油圧を元圧として図示しない例えばリリーフ型調圧弁(レギュレータバルブ)によって、アクセル開度或いはスロットル開度で表されるエンジン負荷等に応じた値に調圧されるようになっている。
【0034】
リニアソレノイドバルブSL1〜SL5は、基本的には何れも同じ構成で、電子制御装置100により独立に励磁、非励磁され、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AB1、AB2、AB3の油圧が独立に調圧制御されてクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の係合圧PC1、PC2、PB1、PB2、PB3が制御される。そして、自動変速機10は、例えば図2の係合作動表に示すように予め定められた係合装置が係合されることによって各変速段が成立させられる。また、自動変速機10の変速制御においては、例えば変速に関与するクラッチCやブレーキBの解放と係合とが同時に制御される所謂クラッチ・ツウ・クラッチ変速が実行される。例えば、図2の係合作動表に示すように3速→4速のアップシフトでは、ブレーキB3が解放されると共にクラッチC2が係合され、変速ショックを抑制するようにブレーキB3の解放過渡油圧とクラッチC2の係合過渡油圧とが適切に制御される。
【0035】
図5は、電子制御装置100による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図5において、エンジン出力制御手段102は、スロットル制御のためにスロットルアクチュエータにより電子スロットル弁を開閉制御する他、燃料噴射制御のために燃料噴射装置による燃料噴射を制御し、点火時期制御のためにイグナイタ等の点火装置による点火時期を制御するなどしてエンジン30の出力制御を実行する。例えば、エンジン出力制御手段102は、予め記憶された関係からアクセル開度信号Accに基づいてスロットルアクチュエータを駆動し、アクセル開度Accが増加するほどスロットル弁開度θTHを増加させるようにスロットル制御を実行する。具体的には例えば、エンジン出力制御手段102は、エンジン30から出力されるエンジントルクが後述するニュートラル制御復帰手段110によって指示された要求エンジントルクとなるように制御を行なうことができる。
【0036】
変速制御手段104は、例えば図6に示すような車速vおよびアクセル開度Accを変数として予め記憶された関係(マップ、変速線図)から実際の車速vおよびアクセル開度Accに基づいて変速判断を行い、自動変速機10の変速を実行すべきか否かを判断し、例えば自動変速機10の変速すべき変速段を判断し、その判断した変速段が得られるように自動変速機10の自動変速制御を実行する。このとき、変速制御手段104は、例えば図2に示す係合表に従って変速段が達成されるように、自動変速機10の変速に関与する油圧式摩擦係合装置を係合および/または解放させる指令(変速出力、油圧指令)を油圧制御回路50へ出力する。
【0037】
油圧制御回路50は、その指令に従って、自動変速機10の変速が実行されるように油圧制御回路50内のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5を作動させて、その変速に関与する油圧式摩擦係合装置の油圧アクチュエータAC1、AC2、AB1、AB2、AB3を作動させる。
【0038】
図6の変速線図において、実線はアップシフトが判断されるための変速線(アップシフト線)であり、破線はダウンシフトが判断されるための変速線(ダウンシフト線)である。また、この図6の変速線図における変速線は、実際のアクセル開度Acc(%)を示す横線上において実際の車速vが線を横切ったか否かすなわち変速線上の変速を実行すべき値(変速点車速)vSを越えたか否かを判断するためのものであり、この値vSすなわち変速点車速の連なりとして予め記憶されていることにもなる。
【0039】
ニュートラル制御条件判定手段106は、シフトレバー72の走行ポジションにおいて所定のニュートラル制御条件が成立するか否かを判定する。この所定のニュートラル制御条件は、例えば車両が停止中であってアクセルペダル52が踏み込まれておらず、フットブレーキペダル68が踏まれていることなどである。より具体的には、ニュートラル制御条件判定手段106は、例えばレバーポジションPSHが「D」ポジションであるときに、車速vが所定の停止判定値以下であり且つブレーキスイッチ70がオンBONである場合に、ニュートラル制御条件が成立したと判定する。
【0040】
また、このニュートラル制御条件判定手段106は、後述するニュートラル制御手段108によるニュートラル制御中に前記所定のニュートラル制御条件が成立するか否かを判定することにより、そのニュートラル制御を解除(終了)するか否かを逐次判定する、すなわちニュートラル制御からの復帰を開始するか否かを逐次判定するニュートラル制御解除判定手段でもある。具体的には、ニュートラル制御条件判定手段106は、ニュートラル制御中に、ブレーキスイッチ70がオンBONでなくなった場合に、ニュートラル制御の解除開始を判定する。
【0041】
ニュートラル制御手段108は、前記ニュートラル制御条件判定手段106により例えばシフトレバー72の「D」ポジションにおいて前記所定のニュートラル制御条件が成立したと判定されたときは、第1速ギヤ段を達成するための係合装置であるクラッチC1をスリップ状態乃至解放状態とするニュートラル指令を前記変速制御手段104に出力して自動変速機10を含む動力伝達経路を動力伝達抑制状態乃至動力伝達遮断状態とするニュートラル制御を実行する。変速制御手段104は、そのニュートラル指令に従って、クラッチC1をスリップ状態乃至解放状態とするように予め定められた所定のパターンに従ってクラッチC1の係合圧を低下させる制御信号を油圧制御回路50に出力する。自動変速機10内の動力伝達が抑制乃至遮断(解放)されることにより、トルクコンバータ32が略一体回転するようになってエンジン30のアイドリング負荷が抑制され、燃費やNVH(騒音・振動・乗り心地)性能が向上する。
【0042】
このように、このニュートラル制御では、クラッチC1が例えば解放(わずかにスリップ係合するような係合直前状態)させられることにより、自動変速機10内の動力伝達経路が実質的に解放状態とされつつ、クラッチC1の半係合から係合への切換によって直ちに発進可能な発進待機状態とされる。
【0043】
ニュートラル制御復帰手段110は、ニュートラル制御中に前記ニュートラル制御条件判定手段106によりニュートラル制御の解除開始が判定されたとき、自動変速機10を含む動力伝達経路を動力伝達可能状態とするように、第1速ギヤ段の係合側係合装置であるクラッチC1のトルク伝達容量を増加させて係合させるニュートラル制御解除指令を変速制御手段104に出力する。なお、クラッチC1が、本発明の発進クラッチに相当する。ニュートラル制御復帰手段110の実行時においては係合装置であるクラッチC1が係合されるが、この係合は例えば、係合終了時のクラッチトルク(クラッチのトルク容量)と入力トルクの偏差によるトルク段差を回避するため、目標差回転速度の変化量に対するフィードバック制御などによって行なわれる。
【0044】
ところで、発進クラッチであるクラッチC1の係合時において、クラッチC1の摩擦係数μの変化量であるΔμの差回転速度Vの変化量ΔVに対する勾配Δμ/ΔVが、Δμ/ΔV<0の関係を満たすと、クラッチC1の状態が不安定となり、シャダーが発生することが知られている。かかるシャダーを抑制するため、クラッチC1の係合制御においては勾配Δμ/ΔVが正の値となるように制御が行なわれる。なお、クラッチC1の差回転V(rpm)とは、クラッチC1が係合する2つの回転要素の回転速度の差である。
【0045】
しかしながら、クラッチC1の摩擦係数μは、クラッチC1の押付圧や作動油の油温TOILなどによっても影響を受ける。この押付圧は、クラッチC1の係合のために油圧制御回路50から供給される係合油圧に対応して変化するものであるので、クラッチC1の摩擦係数μは、クラッチC1の係合油圧によっても影響を受ける。すなわち、係合の過程において、係合油圧PC1が変化させられたり、あるいは作動油温TOILが変化させられた場合には、差回転速度のVが同じ場合であってもクラッチC1の摩擦係数μが異なることがある。
【0046】
図7は、クラッチC1の差回転V(rpm)およびクラッチC1の係合油圧PC1(Pa)に対するクラッチC1の摩擦係数μの関係を表わす図である。図7において線L1乃至L3はそれぞれ係合油圧Pが一定の場合の差回転Vと摩擦係数μの関係を表わしており、L1乃至L3のうち、L1は係合油圧PC1が最も小さい場合に対応し、L3は係合油圧Pが最も大きい場合に対応し、L2は係合油圧PC1がL1の場合とL3の場合の間の場合に対応している。すなわちL1の場合に対応する係合油圧PC1をP1、L2の場合に対応する係合油圧PC1をP2、L3の場合に対応する係合油圧PC1をP3とすると、P1<P2<P3となる。また図7において、差回転Vが一定の場合においては、油圧PC1が小さいほど摩擦係数μが大きいことを表わしている。
【0047】
図8は、クラッチC1の差回転V(rpm)およびクラッチC1の作動油の油温TOIL(℃)に対するクラッチC1の摩擦係数μの関係を表わす図である。図8において線L4乃至L6はそれぞれ油温TOILが一定の場合の差回転Vと摩擦係数μの関係を表わしており、L4乃至L6のうち、L4は油温TOILが最も低い場合に対応し、L6は油温TOILが最も高い場合に対応し、L5は油温TOILがL4の場合とL6の場合の間の場合に対応している。すなわち、すなわちL1の場合に対応する油温TOILをT4、L2の場合に対応する油温TOILをT5、L3の場合に対応する油温TOILをT6とすると、T4<T5<T6となる。また図8において、差回転Vが一定の場合においては、油温TOILが低いほど摩擦係数μが大きいことを表わしている。
【0048】
この図7に示すように、クラッチC1の係合の過程において、勾配Δμ/ΔVが正となるように制御が行なわれている場合であっても、何らかの要因により油圧PC1の変化が生ずると、意図せず勾配μが変化し、その結果、実際の勾配Δμ/ΔVが負となることがあり得る。かかる場合には、シャダーが発生することとなる。同様に、図8に示すように、クラッチC1の係合の過程において、勾配Δμ/ΔVが正となるように制御が行なわれている場合であっても、何らかの要因により油温TOILの変化が生ずると、意図せず勾配μが変化し、その結果、実際の勾配Δμ/ΔVが負となることがあり得る。かかる場合にも、シャダーが発生することとなる。例えば、図7および図8において太破線で示された矢印Tは、クラッチC1の状態の遷移を表わしている。この太破線で表わされた矢印上の各点の接線、すなわち傾きが勾配Δμ/ΔVに対応する。この太破線で示された矢印のうち、一点鎖線で囲まれた部分Rに示すように、勾配Δμ/ΔV<0となった場合には、クラッチC1がシャダーの発生しうる状態となる。
【0049】
本実施例のニュートラル制御復帰手段110は、かかる課題を解決するため、
油温検出手段112、押付油圧検出手段114、差回転検出手段116、記憶手段118、摩擦係数算出手段120、勾配算出手段122、油圧制御手段124、入力トルク制御手段126、および学習制御手段130を機能的に備えている。
【0050】
このうち、油温検出手段112は例えば自動変速機10内に設けられた油温センサ78によって測定される作動油の油温TOILを検出する。
【0051】
押付圧検出手段114は、前記変速制御手段104によって出力される発進クラッチであるクラッチC1の係合油圧PC1に関する指令を検出することによって、クラッチC1の押付圧を検出する。なお、前記所定の関係は、例えば予め実験的にあるいはシミュレーションによって得られるクラッチC1の係合油圧PC1と押付圧との関係であり、例えばマップや関数、あるいはテーブルなどの形式によって予め得られている。
【0052】
差回転検出手段116は、発進クラッチであるクラッチC1の差回転を検出する。クラッチC1の差回転は、クラッチC1が係合する2つの回転要素の回転速度の差である。具体的には差回転検出手段116は、自動変速機10の入力軸回転速度と出力軸回転速度とに基づいて、また、予め既知である自動変速機10の変速比に基づいてクラッチC1の差回転を検出する。ここで入力軸回転速度NINはトルクコンバータ32のタービン回転速度NTに対応するものであり、タービン回転速度センサ76によって検出される。また、出力軸回転速度NOUTは、車速センサ66によって検出される。
【0053】
記憶手段118は、ニュートラル制御復帰手段110の実行にあたり必要となる情報を読み出し可能に記憶するものである。具体的には例えば図7に示すような、クラッチC1における差回転V、油圧PC1に対する摩擦係数μの関係や、図8に示すようなクラッチC1における差回転V、油温TOILに対する摩擦係数μの関係などが予め記憶される。
【0054】
摩擦係数算出手段120は、油温TOIL検出手段112によって検出されるクラッチC1の、すなわち自動変速機10の作動油の油温TOILと、押付油圧検出手段114によって検出されるクラッチC1の係合油圧PC1、もしくはクラッチC1の押付圧、差回転検出手段116によって検出されるクラッチC1の差回転Vに基づいて、予め記憶手段118に記憶されたそれらの関係を適用することにより、クラッチC1の摩擦係数μを算出する。油温TOIL検出手段112によるクラッチC1の作動油の油温TOILの検出、押付油圧検出手段114によるクラッチC1の係合油圧PC1の検出、差回転検出手段116によるクラッチC1の差回転Vの検出、および、摩擦係数算出手段120によるクラッチC1の摩擦係数μの算出は、例えば数十m秒などの予め設定された間隔によって繰り返し行なわれる。
【0055】
勾配算出手段122は、クラッチC1の摩擦係数μの微小時間あたりの変化量Δμの、クラッチC1の差回転Vの微小時間あたりの変化量ΔVに対する勾配、すなわちΔμ/ΔVを算出する。前述のように、差回転検出手段116によるクラッチC1の差回転Vの検出、および、摩擦係数算出手段120によるクラッチC1の摩擦係数μの算出が予め設定された間隔Δtによって繰り返し行なわれる場合には、微小時間あたりの変化量は直近の2回の検出および算出における差によって表現されることができる。すなわち、最も最近に摩擦係数算出手段120によるクラッチC1の摩擦係数μの算出が行なわれた時刻tをt1とすると、摩擦係数μの微小時間あたりの変化量Δμは、Δμ=μ(t=t1)−μ(t=t1−Δt)で表わされる。差回転Vの微小時間あたりの変化量ΔVについても同様である。
【0056】
油圧制御手段124は、前記勾配算出手段112によって検出される勾配Δμ/ΔVの値が所定値Gth以下となった場合に、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の係合油圧PC1を制御する。具体的には例えば、油圧制御手段124は、ニュートラル制御からの解除制御の開始時刻からの時間の経過に対する発進クラッチであるクラッチC1の係合油圧PC1として予め定められたパターンとなるように係合油圧PC1を制御させるとともに、前記勾配Δμ/ΔVの制御を行なう場合には、前記パターンとは異なるように、変速制御手段104、油圧制御回路50を介して係合油圧PC1の制御を行う。係合油圧PC1の制御は、前記パターンに基づくクラッチC1の係合油圧PC1に対し、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるために必要な補正値ΔPC1を算出し、その補正値ΔPC1だけ係合油圧PC1を補正することによって行なわれる。ここで、前記所定値Gthの大きさは、クラッチC1においてシャダーの減衰性能を十分に確保することのできる値として実験的に、あるいはシミュレーションによって設定される。ジャダーの減衰性能を十分に確保できる値とは、具体的には例えば、クラッチC1を、シャダーが発生しない、あるいは発生する場合であってもシャダーを十分に、具体的には例えば乗員に違和感を与えない程度まで減衰させることのできる状態となる値である。
【0057】
図9は、油圧制御手段124によるクラッチC1の係合油圧PC1の制御作動の一例を説明する図である。図9は、横軸にクラッチC1の差回転V(rpm)を、縦軸にクラッチC1の摩擦係数μの関係を係合油圧PC1ごとに表わす図であって、図7の一部を拡大した図である。クラッチC1の状態が図9の点S1で表わされる状態(以下「状態S1」という。)から図9の点S2で表わされる状態(以下「状態S2」という。)へ変化する場合G1に、勾配算出手段122は、この状態S1から状態S2への変化G1における勾配Δμ/ΔVを算出する。算出された勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きいので、油圧制御手段124による係合油圧PC1の制御が行なわれない。
【0058】
続いて、クラッチC1の状態が前記状態S2から図9の点S3で表わされる状態(以下「状態S3」という。)へ変化する場合G2を考える。このとき、クラッチC1の係合油圧PC1が変化している。そのため、勾配算出手段122によって算出される勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gth以下となり、油圧制御手段124による係合油圧PC1の制御が行なわれる。具体的には、油圧制御手段124は、クラッチC1の係合油圧PC1の補正値ΔPC1を算出し、係合油圧PC1の補正を行なう。このように補正された結果、クラッチC1の状態は状態S3ではなく、図9の点S3’で表わされる状態(以下「状態S3’」という。)へ変化するG3となり、その際の勾配Δμ/ΔVは前記所定値Gthよりも大きい値となる。従って、クラッチC1において、シャダーが発生しない、あるいは発生する場合であってもシャダーを十分に減衰させることができる。
【0059】
入力トルク制御手段126は、前記勾配算出手段122によって検出される勾配Δμ/ΔVの値が所定値Gth以下となった場合に、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の差回転Vを制御する。具体的には例えば、入力トルク制御手段126は、ニュートラル制御からの解除制御の開始時刻からの時間の経過に対するエンジン出力として予め定められたパターンとなるようにエンジン出力制御手段102にに対して出力を制御させるとともに、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gth以下となった場合には、前記パターンとは異なるように、エンジン出力制御手段102に対してエンジン30の出力の制御を行なわせることにより、勾配Δμ/ΔVの制御、すなわちクラッチC1の差回転Vの制御を行なう。例えばエンジン30の出力を前記パターンから増減させ、自動変速機10の入力トルクを増減させることによって、クラッチC1の差回転Vを制御する。入力トルク制御手段126は例えば、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるために必要な差回転の変化量ΔVとなるように、差回転Vの補正値Vrevを算出し、その補正値Vrevだけ差回転Vを補正することによって行なわれる。なお、差回転Vの補正値Vrevと、制御するエンジン30の出力の増減についての関係は、例えば車両状態などを考慮して予め記憶されており、制御しようとする差回転Vの補正値Vrevに基づいたエンジン30の出力の指令、例えばスロットル開度の補正量などを決定することができるようにされていればよい。
【0060】
図10は、入力トルク制御手段126によるクラッチC1の係合油圧PC1の制御作動の一例を説明する図である。図10は、横軸にクラッチC1の差回転V(rpm)を、縦軸にクラッチC1の摩擦係数μの関係を作動油温TOILごとに表わす図であって、図8の一部を拡大した図である。クラッチC1の状態が図の点S11で表わされる状態(以下「状態S11」という。)から図の点S12で表わされる状態(以下「状態S12」という。)へ変化する場合G11に、勾配算出手段122は、この状態S11から状態S12への変化G11における勾配Δμ/ΔVを算出する。算出された勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きいので、入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力の制御によるクラッチC1の差回転Vの制御が行なわれない。
【0061】
続いて、クラッチC1の状態が前記状態S12から図10の点S13で表わされる状態(以下「状態S13」という。)へ変化する場合G12を考える。このとき、クラッチC1の自動変速機10の作動油温TOILが変化している。そのため、勾配算出手段122によって算出される勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gth以下となり、入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力の制御が行なわれ、クラッチC1の差回転Vが制御される。具体的には、入力トルク油圧制御手段126は、差回転Vの補正量Vrevを算出し、その補正量Vrevに対応するエンジン30の出力の増減をエンジン出力制御手段102に対して指示する。このように補正された結果、クラッチC1の状態は状態S13ではなく、図10の点S13’で表わされる状態(以下「状態S13’」という。)へ変化するG13となり、その際の勾配Δμ/ΔVは前記所定値Gthよりも大きい値となる。従って、クラッチC1において、シャダーが発生しない、あるいは発生する場合であってもシャダーを十分に減衰させることができる。
【0062】
学習制御手段130は、前記油圧制御手段124および入力トルク制御手段126のそれぞれについての制御結果に基づいて学習制御を行なう。具体的には、時間の経過に対する係合油圧PC1の時間変化として予め定められた前記パターンを、前記油圧制御手段124において行なわれた係合油圧PC1の補正値ΔPC1に基づいて変更する。より具体的には、その補正値ΔPC1分だけ前記パターンをオフセットすることなどにより、学習制御を行なう。また、時間の経過に対するエンジン出力の時間変化として予め定められた前記パターンについても、同様に前記入力トルク制御手段126において行なわれたエンジン出力の補正値に基づいて変更することなどにより、学習制御を行なう。
【0063】
図11は、本発明の一実施例である、ニュートラル制御復帰手段110の制御作動の一例であるニュートラル制御からの解除制御における発進クラッチC1の係合における制御作動の要部を説明するためのフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行されるものである。このフローチャートは、例えばニュートラル制御が実行されている車両において、そのニュートラル制御が解除される判断がなされた場合に実行される。
【0064】
まず、油温検出手段112、押付圧検出手段114、差回転検出手段116に対応するSA1においては、自動変速機10の作動油の油温TOIL、クラッチC1の押付圧、クラッチC1の差回転Vがそれぞれ検出される。
【0065】
続いて、摩擦係数算出手段120に対応するSA2においては、SA1において検出された自動変速機10の作動油の油温TOIL、クラッチC1の押付圧、クラッチC1の差回転Vと、予め記憶されたクラッチC1における差回転V、油圧PC1に対する摩擦係数μの関係や、クラッチC1における差回転V、油温TOILに対する摩擦係数μの関係に基づいて、クラッチC1の摩擦係数μが算出される。
【0066】
勾配算出手段122に対応するSA3においては、SA2で算出されたクラッチC1の摩擦係数μおよびクラッチC1の差回転Vの変化勾配である勾配Δμ/ΔVが算出される。なお、図11のフローチャートが所定の時間ごとに繰り返し実行される場合には、前記勾配は、前回の実行時におけるSA2で算出されたクラッチC1の摩擦係数μと今回の実行時におけるSA2で算出されたクラッチC1の摩擦係数μとの変化量の、前回の実行時におけるSA1で検出されたクラッチC1の差回転Vと今回の実行時におけるSA1で検出されたクラッチC1の差回転Vとの変化量の比として算出されることもできる。
【0067】
SA4においては、SA3で算出された勾配Δμ/ΔVの値が、予め設定された所定値Gth以下であるか否かが判断される。ここで、前記所定値Gthの大きさは、クラッチC1においてシャダーの減衰性能を十分に確保することのできるように予め実験的に求められた値であって、具体的には例えば、クラッチC1を、シャダーが発生しない、あるいは発生する場合であってもシャダーを十分に減衰させることのできる状態とすることのできる値である。勾配Δμ/ΔVの値が所定値Gth以下である場合には、シャダーが発生する可能性があるとして、本ステップの判断が肯定されて、SA5以降が実行される。一方、勾配Δμ/ΔVの値が所定値Gthより大きい場合には、シャダーが発生しない、あるいは発生しても十分に減衰させられるとして、本ステップの判断が否定されて、本フローチャートが終了させられる。
【0068】
油圧制御手段124に対応するSA5においては、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の係合油圧PC1の制御が行なわれる。具体的には例えば、ニュートラル制御からの解除制御の開始時刻からの時間の経過に対するクラッチC1の係合油圧PC1として予め定められたパターンに対し、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるために必要な補正値ΔPC1を算出し、その補正値ΔPC1だけ係合油圧PC1の補正が行なわれる。
【0069】
入力トルク制御手段126に対応するSA6においては、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1への入力トルクの制御が行なわれる。このクラッチC1の入力トルクの制御は、エンジン30の出力トルクを制御することによって行なわれる。具体的には例えば、ニュートラル制御からの解除制御の開始時刻からの時間の経過に対するエンジン出力として予め定められたパターンに対し、例えばエンジン30の出力が前記パターンから増減させられ、自動変速機10の入力トルクが増減させられる。クラッチC1の入力トルクの制御は、クラッチC1の差回転Vを制御するために行なわれる。例えば、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるために必要な差回転の変化量ΔVとなるように、差回転Vの補正値Vrevを算出し、その補正値Vrevだけ差回転Vを補正することによって行なわれる。
【0070】
学習制御手段130に対応するSA7においては、SA5において行なわれたクラッチC1の係合油圧PC1の制御、およびSA6において行なわれたエンジン30の出力トルクの制御の内容に基づいて、学習制御が行なわれる。具体的には、時間の経過に対する係合油圧PC1の時間変化として予め定められた前記パターンを、SA5において行なわれた係合油圧PC1の補正値ΔPC1だけオフセットするなどにより、学習制御を行なう。同様に、時間の経過に対するエンジン出力の時間変化として予め定められた前記パターンについても、SA6において行なわれたエンジン出力の補正値に基づいて変更する。
【0071】
上述の実施例によれば、前記油圧制御手段124による発進クラッチであるクラッチC1の係合油圧PC1の制御、および、前記入力トルク制御手段126によるクラッチC1の入力トルクの制御、の少なくとも一方が行なわれることによって、クラッチC1の摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配の値Δμ/ΔVが前記所定値Gth以上となるようにされるので、摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配の値Δμ/ΔVに基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0072】
また、上述の実施例によれば、摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配Δμ/ΔVが所定値Gth以下である場合において、前記油圧制御手段124によるクラッチC1の係合油圧PC1の制御および前記入力トルク制御手段126による入力トルクの制御が実行されるので、摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配Δμ/ΔVの値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0073】
また、上述の実施例によれば、前記油圧制御手段124によるクラッチC1の係合油圧PC1の制御および前記入力トルク制御手段126による入力トルクの制御は、ニュートラル制御からの復帰制御において実行されるので、車速が非常に小さく、運転者が違和感を感じやすい車両状態において、摩擦係数μの差回転Vに対する変化勾配Δμ/ΔVの値に基づいて発生するシャダーを低減することができる。
【0074】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0075】
例えば、前述の実施例では、自動変速機10は前進6段後進1段の有段変速機が用いられたが、これに限定されない。例えば自動変速機10が有段変速機である場合において、その有する変速段の数は限定されない。また、実施例に開示された内部構造の自動変速機に限定されず、いわゆるダブルクラッチ式の自動変速機であってもよい。さらに、自動変速機10に代えて、手動変速機と、その手動変速機とエンジン30との間の動力の伝達および遮断を切換えるクラッチとを有する動力伝達装置であって、そのクラッチにおける切り換え、あるいはそのクラッチにおける切り換えおよび手動変速機における変速がコンピュータなどによって判断されてアクチュエータなどによって自動的に実行される、例えば自動制御式マニュアルトランスミッション(AMT;Automated Manual Transmission)やマルチモードマニュアルトランスミッション(MMT;Multimode Manual Transmission)と呼ばれる動力伝達装置に対しても本発明を適用することが可能である。
【0076】
また、前述の実施例では発進クラッチとして自動変速機10の内部に設けられたクラッチC1が用いられたが、かかる態様に限定されない。自動変速機10とは別に設けられた発進クラッチを本発明により制御することも可能である。また、発進クラッチのようにニュートラル制御の実行時に動力を遮断することのできる係合装置を有するものであれば、自動変速機10は無段変速機(CVT)であってもよい。すなわち、ニュートラル制御が実施可能であり、且つ、ニュートラル制御が解除される際に、所定の係合装置を係合させる構成であれば、本発明を適用することができる。
【0077】
また、前述の実施例では発進クラッチCは自動変速機10のクラッチC1であるとされたが、さらに、トルクコンバータ32が、そのタービン軸とポンプ軸とを連結することのできるロックアップクラッチを有している場合には、そのロックアップクラッチの係合に対して本発明の制御装置を適用することができる。
【0078】
また、前述の実施例では、発進クラッチとしてクラッチC1が用いられたが、、必ずしもクラッチに限定されず、油圧式摩擦係合装置であればブレーキBなどであってもよく、自動変速機の内部構造に応じて適宜変更される。
【0079】
また、前述の実施例においては、本発明は自動変速機10のニュートラル制御からの復帰制御において適用されたが、これに限定されない。すなわち、油圧式摩擦係合装置の解放状態から係合状態への制御において広く適用が可能である。例えば、車両の停止中にエンジンを停止するアイドルストップから復帰するための復帰制御において、エンジン30の始動とクラッチC1との係合を行なうような場合にも適用が可能であり、クラッチC1の係合に伴うシャダーの低減が可能である。すなわち、前述の実施例におけるニュートラル制御復帰手段110は、油圧係合装置の係合制御手段として作動することができる。さらに、発進クラッチとして油圧式摩擦係合装置が用いられたが、これに代えて乾式クラッチが用いられることもできる。
【0080】
また、前述の実施例では、クラッチC1の差回転速度Vは、出力軸回転速度NOUTおよびタービン回転速度Nに基づいて算出されたが、これに限定されず、例えば車速などを用いてもよい。
【0081】
また、前述の実施例においては、入力トルク制御手段126は、クラッチC1への入力トルクを変更するためにエンジン30の出力トルクを制御するものとされたが、これに限定されない。例えばクラッチC1の入力軸においてトルクを付加することのできる電動機が設けられている場合には、エンジン30の制御に代えて、あるいはこれに加えて、かかる電動機の出力トルクを制御するようにしてもよい。
【0082】
前述の実施例において、油圧制御手段124による係合油圧PC1の制御、あおよび入力トルク制御手段126によるエンジンの入力トルクの制御は、勾配Δμ/ΔVが所定値Gthを下回った場合に行なわれ、その所定値Gthの大きさは、クラッチC1においてシャダーの減衰性能を十分に確保することのできる値とされた。しかしながら、所定値Gthはこれに限られず、例えばクラッチC1においてシャダーが発生する際の勾配Δμ/ΔVの値であるΔμ/ΔV=0に対応して、Gth=0とすることもできる。
【0083】
また前述の実施例において、油圧制御手段124は、前記勾配算出手段112によって検出される勾配Δμ/ΔVの値が所定値Gth以下となった場合に、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の係合油圧PC1を制御するものとされた。また、入力トルク制御手段126は、前記勾配算出手段122によって検出される勾配Δμ/ΔVの値が所定値Gth以下となった場合に、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の差回転Vを制御するものとされた。しかしながら、このような実施態様に限られず、例えば、油圧制御手段124は、前記勾配算出手段112によって検出される勾配Δμ/ΔVの値がシャダーが発生する値であるΔμ/ΔVが0以下となった場合に、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の係合油圧PC1を制御してもよい。同様に入力トルク制御手段126は、前記勾配算出手段122によって検出される勾配Δμ/ΔVの値が0以下となった場合に、勾配Δμ/ΔVが前記所定値Gthよりも大きくなるように、クラッチC1の差回転Vを制御してもよい。すなわち、油圧制御手段124あるいは入力トルク制御手段126が制御を開始する判断を行なう勾配Δμ/ΔVの判定値と、油圧制御手段124あるいは入力トルク制御手段126によって勾配Δμ/ΔVその値以下とされる所定値Gthの値は異なっていてもよい。
【0084】
前述の実施例においては、摩擦係数算出手段120は、油温TOIL検出手段112によって検出されるクラッチC1の作動油温TOILと、押付油圧検出手段114によって検出されるクラッチC1の係合油圧PC1、および差回転検出手段116によって検出されるクラッチC1の差回転Vに基づいて、クラッチC1の摩擦係数μを算出したが、このような態様に限られない。例えば、クラッチC1の作動油温TOIL、係合油圧PC1の検出、差回転Vの検出、および、摩擦係数μの算出が所定の間隔によって繰り返し行なわれる場合には、繰り返し算出される摩擦係数μに基づいて、摩擦係数μの予測を行なうようにしてもよい。かかる場合において、勾配算出手段122によって算出される勾配Δμ/ΔVも予測された摩擦係数μを算出することができるので、クラッチC1がシャダーを発生しうる状態になることを予測して油圧制御手段124による係合油圧PC1の制御、および入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力トルクの制御を行なうことができる。従って、クラッチC1のシャダーの発生を事前に予防することができる。
【0085】
前述の実施例においては、図11のフローチャートに示すように、油圧制御手段124によるクラッチC1係合油圧PC1の制御が行なわれ(SA5)、続いて入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力トルク、すなわちクラッチC1の入力トルクの制御が行なわれた(SA6)が、このような態様に限られない。例えば、油圧制御手段124によるクラッチC1係合油圧PC1の制御と入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力トルクの制御のいずれか一方が行なわれ、その一方のみではシャダーの発生を抑えることのできない、すなわち依然として勾配Δμ/ΔV<Gthとなる場合に他方が実行されるようにしてもよい。このようにすれば、簡素な制御によりシャダーの低減を行なうことができる。あるいは、油圧制御手段124によるクラッチC1係合油圧PC1の制御と、入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力トルクの制御とが同時に行なわれるようにしてもよい。このようにすれば、クラッチC1がシャダーの発生し得る状態からより早く脱出することができる。また、油圧制御手段124によるクラッチC1係合油圧PC1の制御と、入力トルク制御手段126によるエンジン30の出力トルクの制御とのいずれか一方のみが行なわれるようにしても一定の効果を生ずることができる。
【0086】
なお、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0087】
10:自動変速機
30:エンジン
46:駆動輪
52:アクセルペダル
108:ニュートラル制御手段
106:ニュートラル制御条件判定手段
110:ニュートラル制御復帰手段
112:油温検出手段
114:押付圧検出手段
116:差回転検出手段
118:記憶手段
120:摩擦係数算出手段
122:勾配算出手段
124:油圧制御手段
126:入力トルク制御手段
130:学習制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油圧式摩擦係合装置を有する自動変速機の制御装置であって、
該油圧式摩擦係合装置の係合時において、該油圧式摩擦係合装置の差回転、押付圧、および温度に基づいて該油圧式摩擦係合装置の摩擦係数を算出し、
算出された該摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配が所定値以上となるように前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの少なくとも一方を制御すること、
を特徴とする自動変速機の制御装置。
【請求項2】
前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御は、前記摩擦係数の前記差回転に対する変化勾配が所定値以下である場合に実行されること、
を特徴とする請求項2に記載の自動変速機の制御装置。
【請求項3】
前記油圧式摩擦係合装置の係合油圧および入力トルクの制御は、ニュートラル制御からの復帰制御において実行されること、
を特徴とする請求項1または2に記載の自動変速機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−190864(P2011−190864A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−57376(P2010−57376)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】