説明

自動車電装・補機用転がり軸受

【課題】自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件下において、水素脆性による転走面での剥離と、寒冷時の冷時異音とを効果的に防止できる自動車電装・補機用転がり軸受を提供する。
【解決手段】エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、上記転がり軸受1は、内輪2および外輪3と、この内輪2および外輪3間に介在する複数の転動体4と、この転動体4の周囲にグリース組成物7を封止するため内輪2および外輪3の軸方向両端開口部に設けられたシール部材6とを備えてなり、上記グリース組成物7は、基油に増ちょう剤を配合してなるベースグリースに、潤滑油とモリブデン酸塩とを含有するモリブデン酸塩分散油を添加してなり、上記モリブデン酸塩分散油は、界面活性剤を添加した潤滑油中でモリブデン酸塩を湿式粉砕して得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車電装・補機用転がり軸受に関し、特にファンカップリング装置、オルタネータ、アイドラプーリ、カーエアコン用電磁クラッチ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機用の転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の小型化、軽量化および静粛性向上の要求に伴ない、その電装部品や補機部品の小型化、軽量化およびエンジンルーム内の密閉化が図られているが、その一方、装置の性能自体には高出力、高効率化の要求が増大し、エンジンルーム内の電装・補機においては、小型化に伴なって生じる出力の低下を高速回転させることで補う手法が採られている。
以下に、自動車電装・補機用転がり軸受の例として、ファンカップリング装置用転がり軸受、自動車用オルタネータ用転がり軸受およびアイドラプーリ用転がり軸受について概要を説明する。
【0003】
自動車用ファンカップリング装置は、内部に粘性流体を封入し、外周面に送風用のファンが取り付けられたハウジングを、軸受を介してエンジンに直結するロータに連結され、雰囲気温度に感応して増減する粘性流体の剪断抵抗を利用して、エンジンからの駆動トルク伝達量およびファンの回転数を制御することにより、エンジン温度に対応した最適な送風を行なう装置である。
このためファンカップリング装置用転がり軸受は、エンジン温度の変動に伴い回転数が 1000 rpm から 10000 rpm まで変動する回転ムラの他に、夏場の高速運転時には 180℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、および耐久性等が要求される。
【0004】
自動車用オルタネータは、エンジンの回転をベルトで受けて発電し、車両の電気負荷に電力を供給するとともに、バッテリーを充電する機能を有する。このためオルタネータ用転がり軸受は、180℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、および耐久性等が要求される。
【0005】
自動車用アイドラプーリは、エンジンの回転を自動車の補機に伝える駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるものであり、軸間距離が固定されているような場合のベルトにテンショナーとして張力を与えるためのプーリとしての機能と、ベルトの走行方向を変えるため、または障害物を避けるために用いてエンジン室内容積の減少を図るアイドラとしての機能とを合わせもつものである。
このためアイドラプーリ用転がり軸受は、180℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、および耐久性等が要求される。
【0006】
これらの自動車電装・補機用転がり軸受等のように高温、高速回転で使用される転がり軸受に好適なグリース組成物として、基油に対する酸化防止能を有する融点 80℃以上のアミド系ワックスをグリース組成物に 0.5 重量%〜10 重量%配合し、かつ 40℃における動粘度が 20 mm〜150 mm2/sec の基油を用い、グリース組成物の増ちょう剤がウレア系増ちょう剤であリ、グリース組成物全体に対して 5 重量%〜30 重量%配合されたグリース組成物が知られている(特許文献1参照)。
ところが、使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じることが問題となっている。この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性と考えられている。
このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法として、例えばグリース組成物に不動態化剤を添加する方法(特許文献2参照)が知られている。しかしながら、近年の自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件の過酷化に伴い、不動態化剤を添加する方法では充分な対策ができなくなってきている。
【0007】
また、自動車のエンジンによって駆動される機器のプーリ等を寒冷時に運転すると、プーリ仕様や運転条件によっては、寒冷時の特異音(笛吹き音)、いわゆる冷時異音が発生する場合がある。この冷時異音の発生原因については未だ明確には解明されていないが、グリースの油膜ムラによる転動体の自励振動によるものと推測されている。すなわち、寒冷時には、グリースの基油粘度上昇によって軌道面の油膜ムラが生じやすくなるが、油膜ムラがあると、転動体と軌道面との間の摩擦係数が微小な周期的変化を起こし、これによって転動体に自励振動を生じる。この自励振動によってプーリ系が共振し、外輪が軸方向に振動(並進運動)して冷時異音の発生に至ると考えられている。
【0008】
上記高温耐久性に優れ、冷時異音を抑えるグリースとして、合成炭化水素油と油の鎖状分子を構成する 8 個以上の炭素原子の一側にエステル基を 8 個以上櫛歯状に配置したエステル系合成油との混合油からなる基油に、増ちょう剤としてウレア系化合物を配合し、極圧剤としてジチオリン酸塩を添加したグリースが知られている(特許文献3参照)。また、ポリ-α-オレフィン(以下、PAOと記す)油とエステル油との混合油からなる基油に、増ちょう剤として脂環族ジウレア化合物を配合し、添加剤としてジンクジチオカーバメートを添加したグリース組成物を封入した軸受であって、軸受を構成する内輪と、外輪との間に介在させた複数のボールを、ボールと内輪または外輪のうちの少なくとも外輪とを 2 点で接触させることによって接触角を付与した自動車プーリ用軸受が知られている(特許文献4参照)。
【0009】
これらの試みは、冷時異音対策として低温時における油膜の安定性と、高温における長寿命化とを狙ったものであるが、単に合成炭化水素油とエステル油とを混合しただけでは、充分な冷時異音防止結果が得られていないという問題がある。
また、上記に挙げた各種機械部材の小型化や高性能化に伴なって使用条件がより厳しくなる傾向にあり、それに伴なってグリース組成物にもさらなる潤滑性能と潤滑寿命が要求されている。高温における長寿命化の要求に対し、耐熱性のある高粘度の合成炭化水素油を基油とし、ウレア化合物を増ちょう剤としたグリース組成物に酸化防止剤や防錆剤等を添加する処方で対応しているが、それに伴なって寒冷時における冷時異音が発生しやすくなるという問題がある。
【特許文献1】特開2003−105366号公報
【特許文献2】特開平3−210394号公報
【特許文献3】特開平9−208982号公報
【特許文献4】特開平11−270566号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件下において、水素脆性による転走面での剥離と、寒冷時の冷時異音とを効果的に防止できる自動車電装・補機用転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、上記転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体の周囲にグリース組成物を封止するため上記内輪および外輪の軸方向両端開口部に設けられたシール部材とを備えてなり、
上記グリース組成物は、基油に増ちょう剤を配合してなるベースグリースに、潤滑油とモリブデン酸塩とを含有するモリブデン酸塩分散油を添加してなり、上記モリブデン酸塩分散油は、界面活性剤を添加した上記潤滑油中で、上記モリブデン酸塩を湿式粉砕して得られることを特微とする。
【0012】
上記モリブデン酸塩分散油中のモリブデン酸塩の最大粒子径が 0.1μm 〜40μm であることを特徴とする。
なお最大粒子径は、得られたモリブデン酸塩分散潤滑油を脱脂して、粉砕されたモリブデン酸塩粒子の長辺を電子顕微鏡で倍率 1000 倍にて、5 視野観察し最も大きいものを最大粒子径とした。
【0013】
上記界面活性剤は、陰イオン性界面活性剤および非イオン性界面活性剤から選ばれた少なくとも一つの界面活性剤であることを特徴とする。
また、上記陰イオン性界面活性剤が、ポリカルボン酸型高分子化合物であることを特徴とする。また、上記非イオン性界面活性剤が、ポリオキシエチレンラウリルエーテルであることを特徴とする。
【0014】
上記モリブデン酸塩が、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムから選ばれた少なくとも一つのモリブデン酸塩であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
自動車電装・補機用転がり軸受は、ベースグリースに、モリブデン酸塩を界面活性剤の存在下で潤滑油中で湿式粉砕して得られるモリブデン酸塩分散油を添加して得られたグリース組成物を封入してなるので、該グリース中においてモリブデン酸塩が凝集することがなく微粒子で分散した状態であり、モリブデン酸塩の特性が有効に利用される。この結果、自動車や産業機械に使用される自動車電装・補機用転がり軸受で見られる水素脆性による特異な剥離の発生を抑制するとともに低温時の冷時異音を防止することができ、長寿命化が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受の一例を図1に示す。図1はグリース組成物が封入されている深溝玉軸受の断面図である。
深溝玉軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5および外輪3等に固定されるシール部材6が内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられている。少なくとも転動体4の周囲にグリース組成物7が封入される。
【0017】
自動車電装・補機の一例を図2に示す。図2はファンカップリング装置の構造の断面図である。ファンカップリング装置は、冷却用ファン9を支持するケース10内にシリコーンオイル等の粘性流体が充填されたオイル室11とドライブディスク18が組込まれた撹拌室12とを設け、両室11、12間に設けられた仕切板13にポート14を形成し、そのポート14を開閉するスプリング15の端部を上記仕切板13に固定している。
また、ケース10の前面にバイメタル16を取付け、そのバイメタル16にスプリング15のピストン17を設けている。バイメタル16はラジエータを通過した空気の温度が設定温度、例えば 60℃以下の場合、扁平の状態となり、ピストン17はスプリング15を押圧し、スプリング15はポート14を閉じる。また、上記空気の温度が設定温度をこえると、バイメタル16は図2(b)に示すように、外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除し、スプリング15は弾性変形してポート14を開放する。
【0018】
上記の構成からなるファンカップリング装置の運転状態において、ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度より低い場合、図2(a)に示すように、ポート14はスプリング15によって閉じられているため、オイル室11内の粘性流体は撹拌室12内に流れず、その撹拌室12内の粘性流体は、ドライブディスク18の回転により仕切板13に設けた流通穴19からオイル室11内に送られる。このため、撹拌室12内の粘性流体の量はわずかになり、ドライブディスク18の回転による剪断抵抗は小さくなるので、ケース10への伝達トルクは減少し、ファン9は低速回転する。
ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度をこえると、図2(b)に示すように、バイメタル16は外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除する。このとき、スプリング15は仕切板13から離れる方向に弾性変形するため、ポート14は開放し、オイル室11内の粘性流体はポート14から撹拌室12内に流れる。このため、ドライブディスク18の回転による粘性流体の剪断抵抗が大きくなり、ケース10への回転トルクが増大し、転がり軸受に支持されているファン9が高速回転する。
以上のように、ファンカップリング装置は温度の変化に応じてファン9の回転速度が変化するため、ウォーミングアップを早めると共に、冷却水の過冷却を防止し、エンジンを効果的に冷却することができる。ファン9はエンジン温度が低いとドライブ軸20から切り離されているに等しく、高温の場合はドライブ軸20に連結されているに等しい。このように、転がり軸受1は低温から高温まで広い温度範囲および広い回転範囲で使用される。
【0019】
自動車電装・補機のオルタネータの一例を図3に示す。図3はオルタネータの構造の断面図である。オルタネータは、静止部材であるハウジングを形成する一対のフレーム21a、21bに、ロータ22を装着されたロータ回転軸23が、一対の玉軸受1で回転自在に支持されている。ロータ22にはロータコイル24が取り付けられ、ロータ22の外周に配置されたステータ25には、120 °の位相で 3 巻のステータコイル26が取り付けられている。
ロータ回転軸23は、その先端に取り付けられたプーリ27にベルト(図示省略)で伝達される回転トルクで回転駆動されている。プーリ27は片持ち状態でロータ回転軸23に取り付けられており、ロータ回転軸23の高速回転に伴って振動も発生するため、特にプーリ27側を支持する玉軸受1は、苛酷な負荷を受ける。
【0020】
自動車の補機駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるアイドラプーリの一例を図4に示す。図4はアイドラプーリの構造の断面図である。
このプーリは、鋼板プレス製のプーリ本体28と、プーリ本体28の内径に嵌合された単列の深溝玉軸受1とで構成される。プーリ本体28は、内径円筒部28aと、内径円筒部28aの一端から外径側に延びたフランジ部28bと、フランジ部28bから軸方向に延びた外径円筒部28cと、内径円筒部28aの他端から内径側に延びた鍔部28dとからなる環体である。内径円筒部28aの内径には、玉軸受1の外輪3が嵌合され、外径円筒部28cの外径にはエンジンによって駆動されるベルトと接触するプーリ周面28eが設けられている。このプーリ周面28eをベルトに接触させることにより、プーリがアイドラとしての役割を果たす。
【0021】
玉軸受1はプーリ本体28の内径円筒部28aの内径に嵌合された外輪3と、図示されていない固定軸に嵌合される内輪2と、内・外輪2、3の転送面2a、3a間に組み込まれた複数の転動体4と、転動体4を円周等間隔に保持する保持器5と、グリース組成物を密封する一対のシール部材6とで構成され、内輪2および外輪3はそれぞれ一体に形成されている。
【0022】
上記自動車電装・補機用転がり軸受に用いるグリース組成物を提供すべく、種々の試料を作成し急加減速試験を行なって、耐摩耗特性および耐冷時異音性について評価した。種々のグリース組成物を鋭意検討した結果、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに、モリブデン酸塩を界面活性剤を用いて潤滑油中で分散させたモリブデン酸塩分散油を添加したグリース組成物は優れた耐摩耗性と耐冷時異音性とを示すことを見出した。
本発明はこのような知見に基づくものである。以下に本発明の自動車電装・補機用転がり軸受に用いるグリース組成物について説明する。
【0023】
モリブデン酸塩および界面活性剤を配合することにより、摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面でモリブデン酸塩が分解・反応し、酸化鉄とともにモリブデン化合物被膜が軸受転走面に生成される。軸受転走面に生成した酸化鉄およびモリブデン化合物被膜は、グリースの分解による水素の発生を抑制して、水素ぜい性による特異な剥離を防止できる。しかしながら、モリブデン酸塩をそのまま添加するだけでは、粒子間凝集等により粒子径が大きくなり、モリブデン酸塩が摺動部に入り込みにくく、所望の耐摩耗効果を得られない場合や、低温時の異音の発生の原因となる場合があった。本発明では後述する界面活性剤を併用することで、モリブデン酸塩をグリース組成物中に微細に分散させ、冷時異音の発生を抑制することができる。
【0024】
界面活性剤は一つの分子内に親水基と親油基という性質の異なる官能基を持つ。界面活性剤はその構造から、親水基が電離してイオンになるイオン性界面活性剤とイオン化しない非イオン性界面活性剤とに分けることができる。イオン性界面活性剤はさらに電離したイオンの性質によってマイナスイオンに電離する陰イオン性界面活性剤、プラスイオンに電離する陽イオン性界面活性剤、系のpHによってマイナスにもプラスにも電離する両性界面活性剤に細かく分類される。
本発明において使用する界面活性剤としては、モリブデン酸塩と親和性のよい陰イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤の中から選ばれた少なくとも一つの界面活性剤であることが好ましい。
【0025】
陰イオン性界面活性剤の例としては脂肪酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、高級アルコール硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、α−スルホ脂肪酸エステル塩、α−オレフィンスルホン酸塩、アルキルリン酸エステル塩、アルカンスルホン酸塩、アシルグルタミン酸塩、イミダゾリン塩系化合物、ポリカルボン酸塩型高分子化合物、ナフタレンスルホン酸塩ホルマリン縮合物塩等を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
これらの中でモリブデン酸塩の分散状態を良好にし、かつモリブデン酸塩が二次粒子として大きくなることを防ぐ効果が高い理由からポリカルボン酸塩型高分子化合物を用いることが好ましい。
【0026】
非イオン性界面活性剤の例としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン誘導体、ポリオキシエチレンアルキルフェノールエーテル、アルキルグルコシド、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、脂肪酸アルカノールアミド、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレングリセリド等を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
これらの中でモリブデン酸塩の分散状態を良好にし、かつモリブデン酸塩が二次粒子として大きくなることを防ぐ効果が高い理由からポリオキシエチレンラウリルエーテルを用いることが好ましい。
界面活性剤の併用には微粉化されたモリブデン酸塩が潤滑剤中で凝集することを防ぐことによって、モリブデン酸塩の分散状態を良好にし、かつモリブデン酸塩が二次粒子として大きくなることを防ぐ効果がある。
【0027】
モリブデン酸塩分散油中に占める界面活性剤の配合割合は、該モリブデン酸塩分散油 100 重量部に対して 0.05 重量部〜5 重量部であることが好ましい。0.05 重量部未満では微粉化されたモリブデン酸塩を潤滑剤中に分散させる界面活性剤の量が不足し、モリブデン酸塩微粒子の凝集や二次粒子径の増大が生じる。5 重量部をこえると微粉化されたモリブデン酸塩を潤滑剤中分散させる効果が頭打ちになりコスト的に不利になる。
なお、グリース組成物 100 重量部に対する界面活性剤の配合割合としては、0.001 重量部〜0.5 重量部であることが好ましい。
【0028】
本発明ではモリブデン酸塩分散油の調整に湿式粉砕法を採用している。固体/粉体の一般的な粉砕方法としては、乾式と湿式とがある。乾式粉砕法とは、ドライな粉・粒体を気相や真空中で粉砕する方法である。湿式粉砕法とは、液相中で粉体(粒子)を粉砕する方法である。乾式粉砕法では、粒子径分布がシャープになり分級機能を持つという利点があるが、潤滑油などの液相に粒子が分散しにくいという欠点がある。
湿式粉砕では液相(ここでは潤滑油)中で、液相に対して親和性のない粉体(ここではモリブデン酸塩)を界面活性剤の存在下で粉砕するため、粉砕された粉体は界面活性剤に包み込まれて液相に対する親和性が向上し、結果としてモリブデン酸塩の分散性が向上し凝集や沈澱が生じにくくなる。
【0029】
本発明でモリブデン酸塩分散油の調整に用いるモリブデン酸塩の粉砕機は、湿式粉砕が可能であれば一般的な粉砕機を使用することができる。例えばボールミル、ロッドミル、遊星ミル、アトマイザーミル、ビーズミル、乳鉢、三段ロールミル、コロイドミル、コーンミル、オートフォーミル、アルティマイザー、ホモジナイザーなどを挙げることができる。また、これらを組み合わせた粉砕機でもよい。
【0030】
本発明に用いるモリブデン酸塩は、潤滑界面で反応して耐摩耗性等の特性を示す。モリブデン酸塩をグリース組成物に添加すると、摺動面においてモリブデン酸塩が反応し酸化モリブデン被膜を生成することがXPS分析によりわかった。この酸化モリブデン被膜が摩耗を抑制する効果を持つと考えられる。
モリブデン酸塩の最大粒子径が大きいと潤滑部に入っていきにくく、小さ過ぎると摺動部の粗さの中にモリブデン酸塩が埋没してしまい、反応が起きないため、その効果が発揮されない。よってグリース中に添加されるモリブデン酸塩のモリブデン酸塩分散油中における最大粒子径は 0.1μm 〜40μm であることが望ましい。下限の 0.1μm は軸受の転走面粗さを考慮した値である。上限の 40μm は種々の実験から確認された値であり、40μm をこえると耐摩耗性等に劣る。
【0031】
本発明に使用できるモリブデン酸塩は、金属塩であることが好ましく、金属塩を構成する金属としては、ナトリウム、カリウム、リチウム、マグネシウム、カルシウム、銅、亜鉛、バリウム等が例示できる。
これらの中でアルカリ金属塩であることがさらに望ましい。モリブデン酸のアルカリ金属塩は、油に不溶の固体であるので、グリース中においては固体潤滑剤と同様に分散した状態で存在し、転がり軸受内の摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において反応して、酸化鉄とともにモリブデン化合物を含有する被膜を形成しやすいためである。好適なアルカリ金属のモリブデン酸塩はモリブデン酸リチウム、モリブデン酸ナトリウムまたはモリブデン酸カリウムが挙げられ、これらは単独でも混合物としても使用できる。
【0032】
本発明においてモリブデン酸塩分散油中に占めるモリブデン酸塩の配合割合は、該モリブデン酸塩分散油 100 重量部に対して 1 重量部〜60 重量部であることが好ましく、5 重量部〜50 重量部であることがさらに好ましい。1 重量部未満であると粉砕物(モリブデン酸塩)の量が少なくなるため、粉砕しにくくなるだけでなく粉砕時間が長くなり実用的でない。また、60 重量部をこえるとモリブデン酸塩を微分散させた油が流動性を失い、粉砕や分散が困難になる。
【0033】
本発明においてベースグリースへのモリブデン酸塩分散油の添加は、グリース組成物 100 重量部に対してモリブデン酸塩の配合割合が、0.01 重量部〜5 重量部になるように添加する。0.01 重量部未満の場合には充分な効果が得られない。また、5 重量部をこえる場合には効果が頭打ちになりコスト的に不利になる。
【0034】
本発明においてベースグリースに用いる基油およびモリブデン酸塩分散油に用いる潤滑油としては、一般的に使用されている基油であれば制限なく使用できる。例えば、ナフテン系、パラフィン系、流動パラフィン、水素化脱ろう油などの鉱油、ポリアルキレングリコールなどのポリグリコール油、アルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテルなどのエーテル系合成油、ジエステル油、ポリオールエステル油などのエステル系合成油、ポリジメチルシロキサン、ポリフェニルメチルシロキサンなどのシリコーン油、GTL基油、ポリ−α−オレフィン油等の炭化水素系合成油、フッ素油等、また、これらの混合油が挙げられる。
【0035】
本発明においてベースグリースに用いる増ちょう剤は、一般的に使用されている増ちょう剤であれば特に制限なく使用することができる。例えば、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア化合物が挙げられる。
【0036】
ベースグリース 100 重量部中 に占める増ちょう剤の配合割合は、1 重量部〜40 重量部、好ましくは 3 重量部〜25 重量部配合される。増ちょう剤の含有量が 1 重量部未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、40 重量部をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0037】
また、モリブデン酸塩および界面活性剤とともに、必要に応じて公知のグリース用添加剤を含有させることができる。必要に応じて公知の添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、石油スルフォネート、ジノニルナフタレンスルフォネート、ソルビタンエステル等の錆止め剤、硫化油脂、硫化オレフィンに代表される硫黄系化合物、チオフォスフェート、チオフォスファイトに代表される硫黄−リン系化合物、トリクレジルフォスフェートに代表されるリン系化合物等の極圧剤、金属スルフォネート、金属フォスフェート等の清浄分散剤、有機モリブデン等の摩擦低減剤、ワックス系化合物、脂肪酸アミド、脂肪酸、アミン、油脂類等の油性剤、ベンゾトリアゾール等の金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤等が挙げられる。これらを単独または 2 種類以上組合せて添加できる。
【実施例】
【0038】
[モリブデン酸塩分散油の作製]
いずれも乳鉢による湿式法(基油中でモリブデン酸塩を粉砕)で作製した。
表1に示す配合で、7 種類のモリブデン酸塩分散油を作製し、後で説明するベースグリースに添加し、評価した。得られたモリブデン酸塩分散油を脱脂して、粉砕されたモリブデン酸塩のみを電子顕微鏡にて観察した。最大粒子径を直接測定し、表1に併記した。
【0039】
【表1】

【0040】
実施例1〜実施例5、比較例1〜比較例4
表2に示した基油の半量に、4,4−ジフェニルメタンジイソシアナート(日本ポリウレタン工業社製商品名のミリオネートMT、以下、MDIと記す)を表2に示す割合で溶解し、残りの半量の基油にMDIの2倍当量となるモノアミンを溶解した。それぞれの配合割合および種類は表2のとおりである。
MDIを溶解した溶液を撹拌しながらモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100℃〜120℃で 30 分間撹拌を続けて反応させて、ジウレア化合物を基油中に生成させたベースグリースを得た。
得られたベースグリースに、先に調整したモリブデン酸塩分散油を表2に示す割合で添加した。これを 100℃〜120℃で 10 分間撹拌し、冷却した後、三本ロールで均質化し、グリース組成物を得た。なお、比較例2ではモリブデン酸塩分散油を添加しなかった。
【0041】
表2において、基油として用いた合成炭化水素油は 40℃における動粘度 47 mm2/sec の新日鉄化学社製、シンフルード801を、アルキルジフェニルエーテル油は 40℃における動粘度 97 mm2/sec の松村石油社製、モレスコハイルーブLB100を、それぞれ用いた。
【0042】
得られたグリース組成物についてJIS K 2220により混和ちょう度測定を行なった。またこのグリース組成物を封入した試験軸受について急加減速試験および冷時異音測定を行なった。試験方法および試験条件を以下に示す。また、これらの結果を表2に示す。
【0043】
<急加減速試験>
電装補機の一例であるオルタネータの回転べルトを巻きかけたプーリを支持する回転軸を内輪で支持する転がり軸受に上記グリース組成物を封入し試験軸受とした。この試験軸受について急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けた試験軸受に対する負荷荷重を 3234 N 、回転速度は 0 rpm〜18000 rpm で運転条件を設定し、さらに、試験軸受内に 0.1 A の電流が流れる状態で試験を実施した。そして、試験軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって発電機が停止する時間(剥離発生寿命時間、h )を計測した。なお、試験は、300 時間で打ち切った。
<冷時異音測定>
試験プーリに組み込んだときのラジアルスキマが 0μm〜8μm の転がり軸受(6203)に各試験グリースを 0.9 g 封入し、−60℃の低温槽に一定時間入れ取り出し、室温に設置された軸受回転装置に取り付け、軸受温度が−20℃になった時点で、ラジアル荷重 127 N の下で 2700 rpm の回転速度で回転させ、冷時異音の発生有無を聴覚にて確認した。全試験個数( n=10 )に対する冷時異音発生個数の割合(冷時異音発生確率)で冷時異音を評価した。
【0044】
【表2】

【0045】
表2に示すように、各実施例は冷時異音発生確率で全て 30%以下を示し、かつ、剥離発生寿命時間で全て 300 時間以上を示した。よって、各実施例のグリース組成物を用いた自動車電装・補機用転がり軸受は転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、優れた軸受寿命を示すとともに低温での始動直後に冷時異音の発生を防止するので、カーエアコン用電磁クラッチ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受、モータ用軸受に好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】深溝玉軸受の断面図である。
【図2】ファンカップリング装置の構造の断面図である。
【図3】オルタネータの構造の断面図である。
【図4】アイドラプーリの構造の断面図である。
【符号の説明】
【0048】
1 グリース封入軸受(転がり軸受)
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース組成物
8a、8b 開口部
9 冷却用ファン
10 ケース
11 オイル室
12 撹拌室
13 仕切板
14 ポート
15 スプリング
16 バイメタル
17 ピストン
18 ドライブディスク
19 流通穴
20 ドライブ軸
21a、21b フレーム
22 ロータ
23 ロータ回転軸
24 ロータコイル
25 ステータ
26 ステータコイル
27 プーリ
28 プーリ本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体の周囲にグリース組成物を封止するため前記内輪および外輪の軸方向両端開口部に設けられたシール部材とを備えてなり、
前記グリース組成物は、基油に増ちょう剤を配合してなるベースグリースに、潤滑油とモリブデン酸塩とを含有するモリブデン酸塩分散油を添加してなり、前記モリブデン酸塩分散油は、界面活性剤を添加した前記潤滑油中で、前記モリブデン酸塩を湿式粉砕して得られることを特微とする自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項2】
前記モリブデン酸塩分散油中のモリブデン酸塩の最大粒子径が 0.1μm 〜40μm であることを特徴とする請求項1記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項3】
前記界面活性剤は、陰イオン性界面活性剤および非イオン性界面活性剤から選ばれた少なくとも一つの界面活性剤であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項4】
前記陰イオン性界面活性剤が、ポリカルボン酸型高分子化合物であることを特徴とする請求項3記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項5】
前記非イオン性界面活性剤が、ポリオキシエチレンラウリルエーテルであることを特徴とする請求項3または請求項4記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項6】
前記モリブデン酸塩が、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムから選ばれた少なくとも一つのモリブデン酸塩であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−238638(P2007−238638A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−58487(P2006−58487)
【出願日】平成18年3月3日(2006.3.3)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】