説明

蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法

【課題】 希土類系永久磁石などの被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法を提供すること。
【解決手段】 蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持して蒸着処理を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類系永久磁石などの被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd−Fe−B系永久磁石に代表されるR−Fe−B系永久磁石などの希土類系永久磁石は、資源的に豊富で安価な材料が用いられ、かつ、高い磁気特性を有していることから、特にR−Fe−B系永久磁石は今日様々な分野で使用されている。しかしながら、希土類系永久磁石は反応性の高い希土類元素:Rを含むため、大気中で酸化腐食されやすく、何の表面処理をも行わずに使用した場合には、わずかな酸やアルカリや水分などの存在によって表面から腐食が進行して錆が発生し、それに伴って、磁気特性の劣化やばらつきを招く。さらに、錆が発生した磁石を磁気回路などの装置に組み込んだ場合、錆が飛散して周辺部品を汚染する恐れがある。
上記の点に鑑み、希土類系永久磁石に優れた耐食性を付与することを目的として、その表面に例えばアルミニウム被膜などの金属被膜を蒸着法などの気相めっき法によって成膜することが行われている。アルミニウム被膜は耐食性に優れていることに加え、部品組み込み時に必要とされる接着剤との接着信頼性に優れている(接着剤が本質的に有する破壊強度に達するまでに被膜と接着剤との間で剥離が生じにくい)ので、強い接着強度が要求される希土類系永久磁石に対して広く適用されおり、表面にアルミニウム被膜を有する希土類系永久磁石は、各種モータなどに組み込まれて使用されている。
【0003】
特許文献1には、アルミニウム被膜などの酸化され易い金属蒸着材料からなる蒸着被膜を希土類系永久磁石などの被処理物の表面に形成する方法として、蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に水素などの蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する方法が記載されている。この方法は、ワイヤー状金属蒸着材料に含まれる蒸着制御ガスを蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に供給することにより、蒸着槽内に存在する酸素による金属蒸着材料の酸化や蒸着形成された金属被膜の酸化を阻止することで、例えば蒸着槽内全圧を10−4Pa以下といった高真空にせずとも優れた耐食性希土類系永久磁石を製造することができる方法として既に実用化されている。しかしながら、蒸着形成された金属被膜を構成する結晶組織は、被膜の厚み方向に成長した柱状組織であるため、結晶組織と結晶組織の間には微細な空隙が存在することから、この空隙を通じて水分などが被膜表面から磁石表面に到達すると磁石の腐食を招くことになる。このような現象を防ぐためには、特許文献1にも記載されている通り、金属被膜に対してピーニング処理を行って被膜表面の平滑化と空隙の封隙を行うことが有効であるが、それでもなお、過酷な使用環境下にある自動車用モータに組み込まれる磁石などにおいては腐食が生じてしまう可能性を否定できない。そこで、希土類系永久磁石の表面に金属被膜を構成する柱状組織を密に成長させることによって被膜の緻密性を向上させることができれば、これらの問題の解決に繋がることが期待されるが、そのような方法は今だ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許2001−32062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、希土類系永久磁石などの被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ところで、特許文献1にも記載されている通り、被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成するにあたっては、蒸着槽内の全圧をアルゴンなどの希ガスを用いて調整することが行われるが、本発明者らは、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際の蒸着槽内の希ガスの存在割合の違いによって被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性が異なること、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を高めて蒸着処理を行うことで、被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させることができ、その結果として金属被膜の耐食性の向上を図ることができることを見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明の蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法は、請求項1記載の通り、蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持して蒸着処理を行うことを特徴とする。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、300mL/分以上の流量で希ガスを蒸着槽内に導入することによって蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を維持することを特徴とする。
また、請求項3記載の方法は、請求項1または2記載の方法において、蒸着槽内全圧を0.1Pa〜3.0Paとすることを特徴とする。
また、請求項4記載の方法は、請求項1乃至3のいずれかに記載の方法において、希ガスがヘリウム、ネオン、アルゴン、キセノンから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
また、請求項5記載の方法は、請求項1乃至4のいずれかに記載の方法において、蒸着制御ガスが水素であることを特徴とする。
また、請求項6記載の方法は、請求項1乃至5のいずれかに記載の方法において、蒸着槽内の希ガス分圧と蒸着制御ガス分圧の比(希ガス分圧/蒸着制御ガス分圧)を0.3〜3.0とすることを特徴とする。
また、請求項7記載の方法は、請求項1乃至6のいずれかに記載の方法において、金属がアルミニウムまたはその合金であることを特徴とする。
また、請求項8記載の方法は、請求項1乃至7のいずれかに記載の方法において、被処理物が希土類系永久磁石であることを特徴とする。
また、本発明は、請求項9記載の通り、蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物である希土類系永久磁石の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で希土類系永久磁石の表面に金属被膜を蒸着形成することによる耐食性希土類系永久磁石の製造方法であって、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持して蒸着処理を行うことを特徴とする。
また、本発明の耐食性希土類系永久磁石は、請求項10記載の通り、請求項9記載の製造方法によって製造されてなり、金属被膜中に含まれる蒸着制御ガス量が50ppm〜200ppmであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、希土類系永久磁石などの被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法を実施するのに好適な蒸着被膜形成装置の一実施形態の蒸着槽内の模式的正面図(一部透視図)である。
【図2】実験Aにおける条件1でガラスプレートの表面に蒸着形成されたアルミニウム被膜の表面の走査型電子顕微鏡写真(ショットピーニング処理前のもの)である。
【図3】同、条件5でガラスプレートの表面に蒸着形成されたアルミニウム被膜の表面の走査型電子顕微鏡写真(ショットピーニング処理前のもの)である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法は、蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持して蒸着処理を行うことを特徴とするものである。本発明によれば、高い緻密性を有することで耐食性に優れた金属被膜を被処理物の表面に蒸着形成することができる。
【0011】
本発明において、蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する方法は、上記の通り特許文献1に記載の公知の方法である。この方法が好適に採用される蒸着対象となる酸化され易い金属としては、アルミニウムやその合金(例えばアルミニウム以外の金属としてマグネシウムを1質量%〜10質量%含有する合金)の他、チタニウム、亜鉛、錫などが挙げられる(混入回避不可避な微量成分を含有することを妨げない)。蒸着制御ガスとしては、酸素との反応性を有する還元性ガスである一酸化炭素や水素などが挙げられる。被処理物としては希土類系永久磁石が例示されるが、表面に金属被膜を蒸着形成することができる物品であればどのようなものであってもよい。被処理物が希土類系永久磁石の場合、磁石の表面に蒸着形成される金属被膜の厚みは3μm〜50μmが望ましい。3μm未満であると磁石に対する優れた耐食性付与効果が得られない恐れがある一方、50μmを超えても磁石に対する耐食性付与効果は変わらず生産コストの上昇だけを招く結果となる恐れがあるからである。好適な実施態様の一例としては、直径が1mm〜2mmで水素含有量が0.5ppm〜11ppmのアルミニウムワイヤーまたはアルミニウム合金ワイヤーを、1g/分〜10g/分の繰り出し速度で溶融蒸発部に連続供給しながら蒸発させる態様が挙げられる。
【0012】
また、この方法は、例えば特開2001−335921号公報に記載されている、蒸着槽内に、蒸着材料の溶融蒸発部と、その表面に蒸着材料が蒸着される被処理物を収容するためのメッシュで形成された筒型バレルを備えた蒸着被膜形成装置であって、水平方向の回転軸線を中心に回転自在とした支持部材の回転軸線の周方向の外方に筒型バレルが公転自在に支持されており、支持部材を回転させることによって、支持部材の回転軸線を中心に公転運動する筒型バレルと蒸発部の間の距離を可変自在としつつ、ワイヤー状蒸着材料を加熱した溶融蒸発部に連続供給しながら蒸発させることで被処理物の表面に蒸着被膜を形成することができる蒸着被膜形成装置を用いることにより容易に実施することができる。
【0013】
図1は、特開2001−335921号公報に記載されている上記の蒸着被膜形成装置の一実施形態の蒸着槽内の模式的正面図(一部透視図)である。図略の真空排気系に連なる蒸着槽1の内部の上方には、水平方向の回転軸線上の回転シャフト6を中心に回転自在とした支持部材7が2個併設されており、この支持部材7の回転シャフト6の周方向の外方に6個のステンレス製のメッシュ金網で形成された円筒形バレル5が支持軸8によって公転自在に環状に支持されている。また、蒸着槽1の内部の下方には、蒸着材料を蒸発させる溶融蒸発部であるボート2が、支持テーブル3上に立設されたボート支持台4上に複数個配置されている。支持テーブル3の下方内部には、蒸着材料のワイヤー9が繰り出しリール10に巻回保持されている。蒸着材料のワイヤー9の先端はボート2の内面に向かって臨ませた耐熱性の保護チューブ11によってボート2の上方に案内されている。保護チューブ11の一部には切り欠き窓12が設けられており、この切り欠き窓12に対応して設けられた繰り出しギア13が蒸着材料のワイヤー9に直接接触し、蒸着材料のワイヤー9を繰り出すことによってボート2内に蒸着材料が絶えず供給されるように構成され、蒸着材料のワイヤー9の繰り出し速度を調節することで蒸着被膜の成膜速度を自在に制御することができる。また、回転シャフト6を中心に支持部材7を回転させると(図1矢印参照)、支持部材7の回転シャフト6の周方向の外方に支持軸8によって支持されている円筒形バレル5は、これに対応して、回転シャフト6を中心に公転運動する。その結果、個々の円筒形バレルと支持部材の下方に配置された蒸発部との間の距離が変動することになり、以下の効果が発揮される。即ち、支持部材7の下部に位置した円筒形バレルは蒸発部に接近している。従って、この円筒形バレルに収容された被処理物30に対しては、その表面に蒸着被膜が効率よく形成される。一方、蒸発部から遠ざかった円筒形バレルに収容された被処理物は、蒸発部から遠ざかった分だけ加熱状態から開放されて冷却される。従って、この間、その表面に形成された蒸着被膜の軟化が抑制される。このように、この蒸着被膜形成装置を用いれば、蒸着被膜の効率的形成と形成された蒸着被膜の軟化抑制を同時に達成することが可能となる。
【0014】
本発明において、被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際の蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8と規定するのは、0.2未満であると蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させることができないことで金属被膜の耐食性の向上を図ることができない恐れがある一方、0.8を超えると蒸着槽内の蒸着制御ガスの存在割合が少なすぎて金属蒸着材料の酸化や蒸着形成された金属被膜の酸化を十分に阻止することができないことで密着性に優れた金属被膜を蒸着形成することができない恐れがあるからである。被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際の蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2以上に維持することで蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させることができる理由は明らかでないが、蒸着槽内に多量に存在する化学的に不活性な希ガスがグロー放電によるプラズマ発生の安定化に寄与しているのではないかと推察される。なお、希ガスは、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドンのいずれを用いてもよいが、ヘリウム、ネオン、アルゴン、キセノンを好適に用いることができる。蒸着槽内の希ガス分圧と蒸着制御ガス分圧の比(希ガス分圧/蒸着制御ガス分圧)は0.3〜3.0とすることが望ましい。0.3未満であると蒸着槽内の希ガスの存在割合が少なすぎて蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させることができないことで金属被膜の耐食性の向上を図ることができない恐れがある一方、3.0を超えると蒸着槽内の蒸着制御ガスの存在割合が少なすぎて金属蒸着材料の酸化や蒸着形成された金属被膜の酸化を十分に阻止することができないことで密着性に優れた金属被膜を蒸着形成することができない恐れがあるからである。
【0015】
蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持する方法としては、例えば希ガスを300mL/分以上の流量で蒸着槽内に連続的乃至断続的に導入する方法が挙げられ、希ガスの導入流量を多くすることによりその分圧の割合を高めることができる(従って希ガスの導入流量は500mL/分以上が望ましく700mL/分以上がより望ましい)。なお、希ガスの導入流量の上限は一般的には1000mL/分である(蒸着槽の体積や排気速度などに依存する)。蒸着槽内を所定の圧力に維持するためには、希ガスの導入流量は例えばマスフローコントローラーによって制御することが望ましい。蒸着槽内全圧は0.1Pa〜3.0Paとすることが望ましく、0.3Pa〜1.5Paとすることがより望ましい。0.1Pa未満であると蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させることができないことで金属被膜の耐食性の向上を図ることができない恐れがある一方、3.0Paを超えると金属粒子の平均自由行程が短くなることで蒸着形成される金属被膜の膜厚が薄くなってしまう傾向にあるからである。
【0016】
なお、本発明の方法によって緻密性の向上が図られた金属被膜に対してピーニング処理を行って被膜表面の平滑化と空隙の封隙を行うことで、その特性の向上を図ってもよい。ピーニング処理は、例えば、投射材として平均粒径が80μm〜200μm(望ましくは100μm〜150μm)でモース硬度が3〜8のガラスビーズやスチールボールなどを使用し、0.01MPa〜0.5MPaの投射圧で被膜に対して1分間〜1時間程度行えばよい。ピーニング処理が不十分であると被膜表面の平滑化と空隙の封隙が十分に行われない恐れがある一方、過剰であると被膜が磁石表面から剥れてしまったりする恐れがあるので注意を要する。ピーニング処理に使用する装置は、投射ノズルから投射材を磁石に対して投射することができるものであれば特段制限されるものではなく、例えば特開2001−341075号公報に記載のブラスト加工装置などを好適に使用することができる。投射ノズルと磁石の距離は80mm〜150mmとすることが望ましい。
【0017】
本発明における被処理物が希土類系永久磁石の場合、希土類元素(R)は、Nd、Pr、Dy、Ho、Tb、Smのうち少なくとも1種を含んでいてもよく、さらに、La、Ce、Gd、Er、Eu、Tm、Yb、Lu、Yのうち少なくとも1種を含んでいてもよい。また、通常はRのうち1種をもって足りるが、実用上は2種以上の混合物(ミッシュメタルやジジムなど)を入手上の便宜などの理由によって用いることもできる。希土類系永久磁石におけるRの含量は、10原子%未満であるとα−Fe相が析出するため、高磁気特性、特に高い保磁力(Hcj)が得られず、一方、30原子%を越えるとRリッチな非磁性相が多くなり、残留磁束密度(B)が低下して優れた特性の永久磁石が得られないので、Rの含量は組成の10原子%〜30原子%であることが望ましい。
【0018】
Feの含量は、65原子%未満であるとBが低下し、80原子%を越えると高いHcjが得られないので、65原子%〜80原子%の含有が望ましい。また、Feの一部をCoで置換することによって、得られる磁石の磁気特性を損なうことなしに温度特性を改善することができるが、Co置換量がFeの20原子%を越えると、磁気特性が劣化するので望ましくない。Co置換量が5原子%〜15原子%の場合、Bは置換しない場合に比較して増加するため、高磁束密度を得るのに望ましい。
【0019】
Bの含量は、2原子%未満であると菱面体構造が主相となり、高いHcjは得られず、28原子%を越えるとBリッチな非磁性相が多くなり、Bが低下して優れた特性の永久磁石が得られないので、2原子%〜28原子%の含有が望ましい。また、磁石の製造性の改善や低価格化のために、2.0質量%以下のP、2.0質量%以下のSのうち、少なくとも1種、合計量で2.0質量%以下を含有していてもよい。さらに、Bの一部を30質量%以下のCで置換することによって、磁石の耐食性を改善することができる。
【0020】
さらに、Al、Ti、V、Cr、Mn、Bi、Nb、Ta、Mo、W、Sb、Ge、Sn、Zr、Ni、Si、Zn、Hf、Gaのうち少なくとも1種の添加は、保磁力や減磁曲線の角型性の改善、製造性の改善、低価格化に効果がある。なお、希土類系永久磁石には、R、Fe、B以外に工業的生産上混入不可避な不純物を含有するものでも差し支えない。
【0021】
なお、本発明の方法によって緻密性の向上が図られた金属被膜の表面に、更に別の耐食性被膜を積層形成してもよい。このような構成を採用することにより、金属被膜の特性を増強・補完したり、さらなる機能性を付与したりすることができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。なお、以下の実施例は、例えば、米国特許4770723号公報、米国特許4792368号公報、米国特許5383978号公報に記載されているようにして、ストリップキャスト法により作製した急冷凝固合金を粗粉砕し、微粉砕後に成形、焼結、熱処理、表面加工を行うことによって得られたNd14Fe79Co組成(原子%)の縦50mm×横20mm×幅2mm寸法の焼結磁石(以下、磁石体試験片と称する)を用いて行った。
【0023】
(実験A)
図1に示した蒸着被膜形成装置を用いて磁石体試験片の表面にアルミニウム被膜を蒸着形成した。なお、蒸着槽内に配置した12個の円筒形バレルは、直径110mm×長さ600mmで、ステンレス製メッシュ金網(開口率:約80%、目開きの形状:一辺が10mmの正方形、線幅:2mm)で作製されたものを用いた。
磁石体試験片に対し、サンドブラスト加工を行い、前工程の表面加工で生じた表面の酸化層を除去した。この酸化層が除去された磁石体試験片をそれぞれの円筒形バレル内に45個ずつ収容し、さらに攪拌用メディアとして平均粒径が10mmのセラミックスボール(新東工業社製)を収容し、真空処理室内を全圧が4×10−2Paになるまで真空排気した後、Arガスを全圧が5Paになるように導入し、その後、バレルの回転シャフトを4.5rpmで回転させながら、バイアス電圧−1.0kVの条件下、15分間グロー放電を行って磁石体試験片の表面を清浄化した。
続いて、表1に示す蒸着槽内全圧、アルゴン導入流量にて、バイアス電圧−1.0kVの条件下、バレルの回転シャフトを4.5rpmで回転させながら、直径が1.6mmで水素含有量が5ppmのアルミニウムワイヤー(JIS A1070に準拠したもの)を表1に示す繰り出し速度で加熱した溶融蒸発部に連続供給し、これを蒸発させてイオン化することでイオンプレーティングを行い、磁石体試験片の表面にアルミニウム被膜を蒸着形成した。蒸着処理時における蒸着槽内のアルゴン分圧と水素分圧の測定値、蒸着槽内全圧に対するアルゴン分圧の割合、アルゴン分圧と水素分圧の比を表1に示す。また、磁石体試験片の表面に蒸着形成されたアルミニウム被膜の膜厚と水素含有量を表1に示す。なお、アルゴン分圧と水素分圧の測定は、蒸着槽外壁に直接設置した四重極質量分析計(QIG−066:アネルバ社製)によって行った。アルミニウム被膜の膜厚は磁石体試験片10個の平均値として求めた。アルミニウム被膜の水素含有量は円筒形バレルの外側に固定した3枚のガラスプレートに蒸着形成されたアルミニウム被膜から溶解法にて測定し、その平均値として求めた。
【0024】
【表1】

【0025】
次に、磁石体試験片の表面に蒸着形成されたアルミニウム被膜に対し、モース硬度が6で平均粒径が120μmのガラスビーズ(共栄研磨材社製)を用いたショットピーニング処理を、投射圧0.1MPa、投射時間10分間、投射ノズルと磁石体試験片の距離150mmの条件にて行った。こうしてショットピーニング処理を行ったアルミニウム被膜を表面に有する磁石体試験片に対し、恒温恒湿試験機(LH−112:タバイエスペック社製)を用いて、温度80℃×相対湿度90%の湿潤雰囲気に曝露する湿潤試験を行った(条件7で製造されたサンプルについてはショットピーニング処理を行うことによりアルミニウム被膜と磁石体試験片の密着性が悪いことに起因して被膜剥れを起こしたことから湿潤試験は行わなかった)。サンプルを湿潤雰囲気に1000時間曝露した後、発錆の有無を確認してから写真撮影を行い、アルミニウム被膜の表面の錆面積率を画像処理により算出し、錆面積率が1%以下の場合を良好、1%を超える場合を不良と評価した(磁石体試験片2個の平均値)。結果を表2に示す。
【0026】
【表2】

【0027】
以上の結果から明らかなように、磁石体試験片の表面にアルミニウム被膜を蒸着形成する際の蒸着槽内のアルゴンの存在割合の違いによってアルミニウム被膜の耐食性が異なることがわかった。また、条件1と条件5のそれぞれで円筒形バレルの外側に固定したガラスプレートの表面に蒸着形成されたアルミニウム被膜の表面の走査型電子顕微鏡写真(ショットピーニング処理前のもの)を示す図2と図3から明らかなように、蒸着槽内全圧に対するアルゴン分圧の割合を高めて蒸着処理を行うことで、蒸着形成されるアルミニウム被膜を構成する柱状組織を密に成長させることができることによって被膜の緻密性が向上することがわかった。従って、条件5で蒸着形成されたアルミニウム被膜が条件1で蒸着形成されたアルミニウム被膜よりも耐食性が優れるのは、アルミニウム被膜の緻密性の違いによると推察された。この蒸着形成されるアルミニウム被膜の緻密性の向上に基づく耐食性の向上は、蒸着処理時の蒸着槽内全圧に対するアルゴン分圧の割合が少なくとも0.2〜0.8の範囲で認められた(上記の条件3〜条件6での実験と別途の蒸着槽内全圧に対するアルゴン分圧の割合が0.8の条件での実験による)。また、こうして蒸着形成されるアルミニウム被膜中に含まれる水素含有量は50ppm〜200ppmの範囲にあることがわかった。
【0028】
(実験B)
蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料として、マグネシウムを6質量%含有し、水素含有量が1ppmのアルミニウム合金ワイヤーを用いたこと以外は実験Aと同様の実験を行ったところ、程度の違いはあるが、少なくとも蒸着処理時の蒸着槽内全圧に対するアルゴン分圧の割合が0.2〜0.8の範囲で蒸着形成されるアルミニウム被膜の緻密性の向上に基づく耐食性の向上効果が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、希土類系永久磁石などの被処理物の表面に蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0030】
1 蒸着槽
2 ボート(溶融蒸発部)
3 支持テーブル
4 ボート支持台
5 円筒形バレル
6 回転シャフト
7 支持部材
8 支持軸
9 蒸着材料のワイヤー
10 繰り出しリール
11 耐熱性の保護チューブ
12 切り欠き窓
13 繰り出しギア
30 被処理物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で被処理物の表面に金属被膜を蒸着形成する際、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持して蒸着処理を行うことを特徴とする蒸着形成される金属被膜の緻密性を向上させる方法。
【請求項2】
300mL/分以上の流量で希ガスを蒸着槽内に導入することによって蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を維持することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
蒸着槽内全圧を0.1Pa〜3.0Paとすることを特徴とする請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
希ガスがヘリウム、ネオン、アルゴン、キセノンから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
蒸着制御ガスが水素であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
蒸着槽内の希ガス分圧と蒸着制御ガス分圧の比(希ガス分圧/蒸着制御ガス分圧)を0.3〜3.0とすることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
金属がアルミニウムまたはその合金であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
被処理物が希土類系永久磁石であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
蒸着槽内において加熱した溶融蒸発部に蒸着制御ガスを含有するワイヤー状金属蒸着材料を連続供給しながら蒸発させることで、蒸着槽内の少なくとも溶融蒸発部と被処理物である希土類系永久磁石の近傍に蒸着制御ガスを供給した状態で希土類系永久磁石の表面に金属被膜を蒸着形成することによる耐食性希土類系永久磁石の製造方法であって、蒸着槽内全圧に対する希ガス分圧の割合を0.2〜0.8に維持して蒸着処理を行うことを特徴とする製造方法。
【請求項10】
請求項9記載の製造方法によって製造されてなり、金属被膜中に含まれる蒸着制御ガス量が50ppm〜200ppmであることを特徴とする耐食性希土類系永久磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−157572(P2011−157572A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−18475(P2010−18475)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】