説明

薄膜形成方法および薄膜形成装置

【課題】高品質の薄膜の形成が可能となり、中でも低い基板温度環境において、基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置を提供する。
【解決手段】膜材料6を真空中で加熱し、該膜材料を蒸発させる工程と、前記蒸発させた膜材料による蒸発材料に、電子源9から放出された低エネルギーの電子を付着させ、該蒸発材料を負イオン化する工程と、前記イオン化した蒸発材料を電界(101)によって被処理基板2に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させる工程とを有し、薄膜を形成する構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜形成方法および薄膜形成装置に関し、特に可視から真空紫外域用の光学部品に使用される反射防止膜、誘電体多層ミラー、各種フィルター等のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、反射防止膜やミラーなどの光学薄膜を形成する場合、成膜材料を電子ビームなどにより真空中で加熱し蒸発させて基板に付着させる真空蒸着法が主に使われてきた。一般に、反射防止膜、ミラー等は、フッ化マグネシウム(MgF2)などの屈折率の低い材料と、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化タンタル(Ta25)、酸化チタン(TiO2)などの屈折率の高い材料のいずれか一方、あるいはこれらを組み合わせた多層膜などによって構成され、要求される光学性能によって、層構成、膜厚等を様々に調整している。
蒸着法は装置構成としてはシンプルで、大面積基板上に高速に成膜でき、生産性に優れた成膜方法であるが、基板温度が低い状況で成膜を行うと膜の強度が不足し、傷が付きやすく、また、膜と基板の密着性も低いなどの問題を生じていた。更に重要な問題として膜の密度が低くなり、光学性能の変化や劣化が観測されている。
【0003】
このようなことから、蒸発材料をイオン化し、電界で基板に加速して薄膜を形成する手法が用いられる。代表例として、イオン化蒸着法やイオンアシスト蒸着法が挙げられる。
イオン化蒸着法としては、例えば特許文献1に開示されるように、蒸発材料を高周波印加プラズマ中もしく加速した熱電子でイオン化し、グリッド電極に印加した電界により、このイオンを加速して基板に入射させる。このような方法によると、入射エネルギーに加え、材料物質がイオン化しているため反応が容易に行われ、反応性や結晶化を必要とする成膜が熱エネルギーを与えることなく実現でき、従って低温での高品質の薄膜形成が可能となり、プラスチック基板のような耐熱性のない基板にも緻密・均質で密着性のよい薄膜を形成できるとされている。
【0004】
このようなイオン化蒸着法においては、通常、蒸発材料をイオン化するために数十eV以上のエネルギーが必要であり、そのために用いられるイオン化装置としては、上記特許文献1のような熱電子を加速して蒸発物質をイオン化する電子衝撃法や、特許文献2に開示されるプラズマガンからのプラズマビームで蒸発物質を加熱しつつイオン化する方法などが用いられている。
【特許文献1】特許02905512号公報
【特許文献2】特開2002−249871号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のイオン化蒸着法やイオンアシスト蒸着法におけるイオン化手法を用い、フッ化物の薄膜を形成する場合にはつぎのような問題があった。前述したようにイオン化するために数十eV以上の高いエネルギーで加熱することが必要な従来例のイオン化手法を用い、例えばフッ化物の薄膜を形成する場合、フッ化材料は高エネルギー荷電粒子で解離し易いことから、低吸収のフッ化物薄膜を形成することは困難であった。また、イオン化された蒸発材料を基板に加速する際、加速電圧が大きすぎると基板や膜にフッ素の脱離や結合状態の乱れ等のダメージを及ぼし、結果として膜吸収が増加してしまうという問題があった。
【0006】
また、従来のイオン化手法では陽イオンと電子がほぼ同じか電子の方が多い状態にあるため、イオン化と、イオンと電子の再結合が同時に起こっている。このため、効率良くイオンを引き出すために引き出し電圧が必須となる。特にイオン電流を大きくとるためには引き出し電圧を高くせざるを得ない。通常100V以上の電圧が印加される。この場合、イオンが100Vで加速されることになる。この後、減速電極で減速すればイオンのエネルギーを調整することによりイオンそのものを減速することは可能であるが、イオンが引き出し電圧で加速される過程、もしくは加速されてから減速されるまでの間に電子との再結合によって中性化した場合、もはや減速することはできない。従って、100eVに近い高エネルギーの粒子が基板、膜に入射することになり、膜や基板にダメージを及ぼすことが避けられない。これは従来のイオン化蒸着法やイオンアシスト蒸着法で取られているイオン化手法では避けられない課題である。
以上の基板や膜に及ぼすダメージは、フッ素等の反応性ガスを導入しても改善できない課題であった。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑み、高品質の薄膜の形成が可能となり、中でも低い基板温度環境において、基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下のように構成した薄膜形成方法および薄膜形成装置を提供するものである。
すなわち、本発明の薄膜形成方法は、膜材料を真空中で加熱し、該膜材料を蒸発させる工程と、前記蒸発させた膜材料による蒸発材料に、電子源から放出された低エネルギーの電子を付着させ、該蒸発材料を負イオン化する工程と、前記負イオン化した蒸発材料を電界によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させる工程とを有し、薄膜を形成することを特徴としている。
また、本発明の薄膜形成装置は、真空成膜室と、該真空成膜室内に加熱手段及び電子源を有するイオン化室と電界印加手段及び被処理基板を備え、前記加熱手段により蒸発させた蒸発材料を、前記電子源から放出された電子により負イオン化し、前記電界印加手段によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させ、薄膜を形成することを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高品質の薄膜の形成が可能となり、中でも低い基板温度環境において、基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明によれば、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となるが、それは本発明者のつぎのような知見に基づくものである。
本発明者は、これまで光学薄膜材料として重要な金属フッ化物薄膜の形成手段として、前述した従来例のイオン化手法を用い、低温でも基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い薄膜の形成を試みてきたが、可視から真空紫外にかけて低吸収の薄膜を得るに到らなかった。その原因について、種々検討した結果、それらは、イオン化工程においてイオン化と同時に高エネルギー荷電粒子によって蒸発した膜材料分子からフッ素の解離が生じ、フッ素が欠損した薄膜が形成されていることによる、ということを見出した。このように、いったん解離したフッ素は、反応性ガスとしてフッ素等を供給しても、低い基板温度環境下で元のようなストイキオメトリックな高品質な薄膜を形成することは非常に困難である。また、イオン化された蒸発材料を基板に加速する際、加速電圧が大きすぎると、基板や膜にダメージ(フッ素の脱離や結合状態の乱れ)を及ぼし、結果として膜吸収が増加してしまうこととなる。
【0011】
これらのことから、蒸発分子の負イオン化に際し、10eV以下の低エネルギー電子のみが存在するイオン化室で電子を付着させて負イオン化し、このように負イオン化された蒸発材料を電界により被処理基板側に加速して、被処理基板上に薄膜を形成するようにすることで、低基板温度条件下において高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる本発明を完成させるに到ったのである。なお、上記した蒸発分子の負イオン化に際し、10eV以下の電子の付着であれば、蒸発分子の解離がほとんど生じないが、好ましくは5eV以下に制御する方がよい。
【0012】
以上の本発明の手法によれば、高エネルギーの電子は存在しないので、イオン化においてフッ素が解離することは無く、負イオンが消滅することなく維持されやすく、圧力勾配のみで高濃度の負イオンをイオン加速領域に移送できるので、大電流の低エネルギーのイオン化蒸着およびイオンアシスト蒸着が達成でき、例えばプラスチックなどの基板上にも密着性良く、高強度の低吸収フッ化物薄膜を形成することが可能となる
また、低エネルギーの電子のみが存在する環境のもとで、ガスやクラスターもクラスターを解離することなく負イオン化できる。また、負イオンの密度が高く維持でき、大イオン電流で低エネルギーのイオンビームを生成できる。したがって、このイオンビームを蒸着中のアシストに用いれば、フッ化物薄膜の形成においてはフッ素欠損を生じることなく、また結合状態を乱すことも無いので、高品質な光学薄膜を低温の基板上に形成できる。
【0013】
本実施の形態においては、上記した本発明の構成を適用するに際して、つぎのような構成を採ることができる。
まず、本発明の構成を適用して薄膜を形成するに際して、前記膜材料を蒸発させる工程において、前記膜材料の加熱に、直流電源を分割してヒータへの供給電圧を調整可能とした加熱手段を用い、該ヒータへの供給電圧を制御し、該加熱手段から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、前記負イオン化する工程において、前記電子を放出する電子源に、直流電源を分割して電子を放出するフィラメントへの供給電圧を調整可能とすると共に、電子放出部の電位を調整可能とした電子源を用い、該電子源から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成する構成を採ることができる。また、前記負イオン化する工程において、前記真空中に不活性ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整するプロセスを含む構成を採ることができる。
また、前記負イオン化する工程において、前記真空中にフッ素ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整すると共に、フッ素を含むイオンを生成し反応性蒸着を行うプロセスを含む構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及び負イオン化する工程に換えて、負イオン化し易いガスを導入し、該ガスに電子源から放出された10eV以下の低エネルギーの電子を付着させる工程を用い、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、前記電子を放出する電子源に、直流電源を分割して電子を放出するフィラメントへの供給電圧を調整可能とすると共に、電子放出部の電位を調整可能とした電子源を用い、該電子源から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成するに際し、該電子源に不活性ガスを導入すると共に、前記電子放出部のコンダクタンスを制御し、前記フィラメントの劣化を抑制する構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及び負イオン化する工程に換えて、クラスターを生成し、このクラスターに電子を付着させて負イオン化する工程を用い、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、本発明の構成を適用して薄膜装置を構成するに際して、前記加熱手段を、ヒータに直流電源を分割して接続し、該ヒータへの供給電圧を20V以下に制御可能に構成することができる。
また、前記電子源を、電子を放出するフィラメントに直流電源を分割して接続し、該ヒータへの供給電圧を制御可能にすると共に、電位調整手段によって電子放出部の電位を調整可能とし、該電子源から放出される電子のエネルギーを10eV以下に制御可能に構成することができる。
また、前記真空成膜室及び/またはイオン化室に、不活性ガスを導入して圧力制御する手段またはフッ素ガスを導入して圧力制御する手段、を有する構成とすることができる。
また、上記した薄膜形成装置におけるイオン化室に換えて、負イオン化し易いガスを導入し、該ガスに電子源からから放出された10eV以下の低エネルギーの電子を付着させる手段を構成し、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、前記電子を放出する電子源として、直流電源を分割して電子を放出するフィラメントへの供給電圧を調整可能とすると共に、電子放出部の電位を調整可能とした電子源を構成すると共に、該電子源に不活性ガスを導入する手段を構成することができる。
また、上記した薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、クラスターを生成し、このクラスターに電子を付着させて負イオン化する手段を構成し、薄膜を形成する構成を採ることができる。
【実施例】
【0014】
つぎに、本発明の実施例について説明する。以下の実施例では限られたガス種、膜材料等により説明されるが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
[実施例1]
実施例1は、本発明の構成を適用してイオン化蒸着装置を構成したものである。
図1に本実施例におけるイオン化蒸着装置の概略図を示す。
図1において、1は成膜室、2は非処理基板、3は加速電極、4は引き出し電極である。
また、5はイオン化室、6は膜材料であるフッ化物材料、7はヒータ、81、82はガス供給源、9は電子源、101は加速電極3の直流電源、102は引き出し電極4の直流電源、103はヒータ電力供給用の直流電源(イオン加速用電源)、104は蒸発源のバイアス電圧印加用直流電源である。
【0015】
成膜室1は図示しない排気系によって高真空に排気可能な構成となっている。成膜室内には洗浄された基板2が図示しないロードロック室を経由して成膜室内に搬入され、設置される。基板設置後、成膜室内を1e−5Pa以下の圧力まで排気する。ロードロック室を経由するのは成膜室内の残留ガスレベルを一定に保持するためである。
光学薄膜の形成においては、図示はしないが膜厚を制御するためのシャッターや膜厚分布を均一にするためのマスクなどが基板と蒸発源の間に設置され、また、基板の回転機構などが通常設けられる。
所望の真空度に達した後、膜材料6をヒータ7で加熱し、膜材料を蒸発させる。蒸発した薄膜材料の一部をイオン化し、このイオンに電界でエネルギーを与え、薄膜を形成する非処理基板上に薄膜を形成する。成膜終了後、ロードロック室を経由して基板を搬出する。
【0016】
以下、材料の蒸発方法、イオン化手法について、更に詳しく説明する。
蒸発材料を加熱するヒータは、蒸発材料付近のみが過熱されるように抵抗が異なる形状にしており、更に、このヒータには図1に示されるように直流電源103を分割して接続し、ヒータへの供給電圧を20V以下に制御可能に構成されている。これは、ヒータから放出される熱電子のエネルギーが10eVを超えないようにするためである。また、ヒータに対して引き出し電極が+10V以上にならないように制御する。この電位によってもヒータの加熱部から放出される熱電子は10eVを超えるエネルギーをもたないようにするためである。
【0017】
図2は上記低エネルギー電子供給源11の概略図である。
図2において、111はフィラメント、112は低エネルギーの熱電子放出部、113はフィラメント加熱用電源、114は電子加速用電源である。
熱電子を放出するフィラメント111はちょうど中心部のみ断面積を小さくして抵抗を大きくし、この部分のみ局部的に加熱されて熱電子を放出する構成としている。断面積だけでなく、中心部のフィラメントを抵抗の大きい材料で構成し、それ以外は抵抗値の小さい材料で構成すれば更に良い。こうすることでフィラメントに印加する電圧を小さくできる。
ここで、フィラメント加熱用電源113は2つに分割され、熱電子が放出される部分の電位は電子加速用電源114で制御できる構成となっている。このような構成とすることで、放出された熱電子のエネルギーを制御できる。
電子加速用電源114の電圧を5V以下に制御することで、低エネルギーの熱電子を放出部112からイオン化室5へ導入して蒸発材料の一部にこの電子を付着させ、蒸発分子の負イオンを効率良く、かつ分子の解離など無しに発生させることができる。
【0018】
イオン化室内には高エネルギーの電子や陽イオンが存在しないため、負イオンの中性化が起こりにくく、寿命を長く出来ると共に負イオン密度も高くすることが可能となる。このような状態にあるイオン源からはエネルギーレベルの制御された大電流、低エネルギーの負イオンビームが生成でき、低温基板上においても密着性が良く、緻密で高硬度のフッ化物薄膜を形成できる。
この方法は、負イオンを生成しやすい蒸発材料分子にしか適用できないが、不純物汚染が無く、元の蒸発材料の分子構造そのままにコーティングできる。
【0019】
イオン化室5内で作られる負イオンは、電子密度、電子温度、蒸発材料分子の分圧、イオン化室5の圧力などのパラメータによって調整できる。電子密度、温度はイオン化室各部の電圧や電子源9のフィラメント温度で制御する。蒸発材料分子の分圧はヒータ7の温度によって制御する。イオン化室5の圧力は、ガス供給源81から不活性ガスやフッ素などの反応性ガスの供給流量によって制御する。
材料分子イオンと中性の材料分子は引き出し電極4、加速電極3を経て基板に到達し、薄膜を形成する。図では非処理基板2をアース電位とし、蒸発源のバイアス電圧印加用直流電源104、イオン加速用電源103、イオン引き出し電源102によってイオン化した材料分子を加速することで、形成された薄膜の密着性、膜硬度などを高めることが出来る。ここで、イオン化したままのイオンはバイアス電圧印加用直流電源104によりアシストエネルギーが決まり、途中で中性化するイオンはイオン加速用電源103、引き出し電源102によってエネルギーが決定される。この時、蒸発した材料分子中のフッ素が解離していないため、ほぼストイキオメトリの薄膜を得ることができる。
ここでは基本的な構成として、引き込み電極、加速電極のみ図示しているが、イオン減速電極や、イオンの中性化用のニュートラライザなどを設置してももちろん良い。
また、非処理基板2はアース電位としたが、直流電源を接続して電位を調整することで、基板に入射するアシストイオンのエネルギーが制御できるため、膜質の安定化などの制御に有効である。
【0020】
図3に、基板材料として蛍石、膜材料にMgF2を用いて、室温の基板上にMgF2膜を形成したときの、MgF2単層膜の分光特性(膜吸収)を示す。
非常に低吸収な薄膜が得られている。この薄膜の緻密性も良好で、成膜直後からの光学特性の変化は観測されなかった。
真空紫外用途など膜吸収の低減が強く求められるような場合には、イオン化室や成膜室にガス供給源81,82からF2などのFを含むガスを微量供給することで膜吸収の低減を図ることが出来る。これは、蒸発材料分子の極一部のフッ素が解離する場合もあるため、これを補う目的で実施する。
膜の用途に応じて、イオン化率、引き込み電圧、加速電圧は調整する。イオン化率の制御はイオン化室の各パラメータを調整する。
【0021】
膜の光学的吸収より機械的特性(密着性、膜硬度など)を優先する場合、イオン化率、加速電圧は大きくした方が有利な場合が多い。イオン化率、加速電圧を大きくした場合、加速された蒸発材料分子の濃度、エネルギーが大きくなり、膜の機械的特性は改善傾向を示すが、不純物濃度が増大し、形成された膜のダメージ(膜中からのフッ素の脱離や、結合状態の乱れ)が増加するため、膜吸収は一般的には増加する。
紫外から真空紫外用途の光学薄膜の場合、膜の光学的吸収を抑え、かつ機械的特性も改善した薄膜を低基板温度条件下で形成することが必要となる。この場合、基板や膜に対するダメージを低減しなければならず、イオンの加速電圧は重要なパラメータである。ここで、本発明のイオン化蒸着法の特徴が生かされる。
【0022】
つぎに、これらについて更に説明する。これまでのイオン化蒸着ではイオン化に際して電子衝撃や高周波放電を利用していた。このようなプラズマ中では陽イオンと電子がほぼ同じか電子の方が多く、イオン化と、イオンと電子の再結合が同時に起こる。効率良くイオンを引き出すために引き出し電圧でイオンと電子の分離を図る必要がある。特にイオン電流を大きくとるためには引き出し電圧を高くせざるを得なかった。ここで加速されたイオンは中性化した場合減速できないため、ダメージの原因となってしまう。すなわちこれまでは大イオン電流で低エネルギーのアシスト成膜が出来なかった。これは従来のイオン化蒸着法で採られているイオン化手法では避けられない。
【0023】
本実施例で示すイオン化手法では、低エネルギーの電子のみが存在し、高エネルギー電子や荷電粒子の影響で消滅する確率が低く抑えられるため、イオンの寿命、密度を高くすることが出来る。この結果、引き出し電圧を印加せずに大電流のイオンをイオン加速領域へ輸送できる。このため、大電流・低エネルギー条件でのイオン化蒸着が可能となる。輸送を積極的に行うために、イオン化室5へガス供給源81から不活性ガスなどを導入して圧力勾配を持たせることもできる。以上、蒸発材料からのフッ素の解離や、膜、基板へのダメージを抑えつつフッ化物薄膜の膜形成が行え、かつ適度なエネルギーを与えられた蒸発材料イオンの効果で、低い基板温度においても密着性が良く、膜硬度、緻密性の高い低吸収のフッ化物薄膜を形成することが可能となる。
【0024】
次に、本実施例における成膜パラメータの制御方法について説明する。本実施例において、制御上重要な点は以下の項目である。
1)蒸発した材料分子を解離することなくイオン化すること。
2)イオン化室の高エネルギー電子密度を低減し、イオン消滅を防止すること。
3)熱電子放出量、エネルギーを制御すること。
4)低電圧(10V以下、好ましくは5V以下)のイオン加速で成膜を実施すること。
5)膜のフッ素欠損を防止すること。
6)成膜中も成膜室内の圧力は低く(高真空)維持すること。
【0025】
電子のエネルギーはイオン化室各部、電子源、引き出し電極などの電位調整およびフィラメント、ヒータ印加電圧を調整して制御する。
イオン化室5の圧力は膜材料の蒸発速度、成膜室の真空度、引き出し電極4、加速電極3の開口部のコンダクタンス、ガス供給源81のガス流量などに依存して決まる。ここの圧力は電子の付着確立、イオンの加速部への輸送にとって重要である。圧力制御は主として蒸発速度もしくはヒータ7の温度で制御する。蒸発速度は図示しない水晶振動式膜厚モニターなどで行う。温度は放射温度計等でモニターし制御する。
また、ガス供給源81から不活性ガスもしくは反応性ガスを微量導入し制御する。さらに、引き出し電極4の開口部面積を制御可能とし、コンダクタンスの調整もできるようにしている。これは成膜室1内の圧力を高真空に保持する際に重要である。
【0026】
イオン化室で生成したイオンは圧力勾配によって引き出し電極4、加速電極3間に輸送され、これらの電極間の電圧で加速される。また、状況によって引き出し電極4に正電位を印加して引き出す。
図1では開口部をひとつとしているが、メッシュ状の電極を使ってもよく、エネルギー分布を均一に出来る効果が得られる。図では基板をアース電位としているが、フローティング電位としても良い。
膜厚のコントロールは図示していないが、通常用いられる光学式膜厚モニターや水晶式膜厚モニターが利用可能である。
【0027】
[実施例2]
図4は、本発明の実施例2に係るイオン源の概略図である。図において41はイオン化室、42は先に説明した低エネルギー電子源、43は電子源内に不活性ガスを導入するガス導入ポート、44はイオン化室内へのガス導入ポート、101はイオン加速電源、102はイオン引き出し電源である。
このイオン源は成膜室(真空チャンバ)1内に収められており、真空チャンバは図示しない真空排気系によって高真空に排気されている。
【0028】
以下、本実施例のイオン源の動作について説明する。
イオン化室41に低エネルギー電子の付着を起こし、負イオン化しやすいガスを導入ポート44より導入する。このときイオン化室の圧力は導入するガスの流量、引き出し電極4の開口部面積などによって調整する。ここではフッ素ガスを導入した場合について説明する。フッ素ガスは非常に反応性が高く、イオン化室内面は耐フッ素処理を施しておく必要がある。しかし一方で低エネルギーの電子によって容易に負イオンを生成する。
【0029】
低エネルギーの電子の生成は、電子源42より供給する。ここで、フッ素ガスは熱電子を放出するフィラメントを劣化させるため、劣化防止のために電子源内には不活性ガスをガス導入ポート43より導入し、更に電子放出部のコンダクタンスを極力小さくする。このような構成にすることで、フィラメントの劣化を抑えることができる。
更にフィラメントの長寿命化を図りたい場合は、フィラメントと電子放出口間にオリフィスや中間排気室を設けることが有効である。
この電子源のフィラメントから放出された電子は、フィラメントと電子源外壁間の電圧でイオン化室に引き出される。ここに印加する電圧は5V以下、好ましくは1V以下としている。フッ素ガスの場合は1eV以下の電子の付着が起こりやすく、より低い電圧でももちろん良い。
【0030】
電子源から供給された電子によって、フッ素の負イオンが生成する。このフッ素イオンは荷電粒子の衝撃などで容易に中性化するが、本実施例のイオン源のイオン化室ではこのようなイオンの消滅が起こりにくく、イオン濃度が高く維持できる。また、平均寿命も長い。
フッ素イオンは圧力勾配によって引き出し電極と加速電極間に輸送され、電界により加速され、イオンビームを形成する。
【0031】
従来のイオン源では引き出し電極に電圧を印加してイオン電流を大きくとるために、数十から数百ボルト以上の引き出し電圧をかけていた。ここで加速されたイオンは減速電極で減速できれば低エネルギーイオンビームが形成できるが、引き出し電極で加速される途中や減速されるまでに中性化した場合、減速することはできない。
本実施例のイオン源では、引き出し電圧を印加できる構成としているが、この電圧は数V以下でも大イオン電流を得ることができる。
こうして得られた大イオン電流、低エネルギーのイオンビームを、蒸着等のアシスト源として用いることで、低基板温度でも高品質の光学薄膜を形成することが可能となる。
【0032】
また、本発明における電子を付着させて負イオンを作る構成を、分子の集合体であるクラスターのイオン化に適用しても、クラスターを分解することなくイオン化することができ、きわめて有効である。クラスターは非常に弱い分子間力での結合であるため、荷電粒子などの衝撃で容易に分解してしまう。本発明のイオン化手法を用いれば、クラスターが解離することなくイオン化できるので、クラスターイオンを効率良く生成することができる。クラスターの生成法としては高圧ガスの断熱膨張を利用してガスのクラスターを生成する手法が良く用いられるが、このようなクラスター生成法の場合、断熱膨張用のノズル、スキマーを介して真空中にガスクラスターを導入するが、このイオン化はノズル−スキマー間の比較的圧力の高い領域で行うと効率が良い。しかし、このような圧力領域ではフィラメントの劣化が起こりやすいため、より圧力の低い領域でイオン化しても良い。これらはガスの材料、真空度によって選択することが望ましい。もちろんこのイオン化手法はその他の様々なクラスター生成手法と組み合わせて適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施例1におけるイオン化蒸着装置の概略図。
【図2】本発明の実施例1における電子源の概略図。
【図3】本発明の実施例1におけるMgF2単層膜の分光特性図。
【図4】本発明の実施例2におけるイオン源の概略図。
【符号の説明】
【0034】
1:成膜室
2:非処理基板
3:加速電極
4:引き出し電極
5:イオン化室
6:膜材料
7:ヒータ
81、82:ガス供給源
9:電子源
101:加速電極の直流電源
102:引き出し電極の直流電源
103:ヒータ電力供給用の直流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜材料を真空中で加熱し、該膜材料を蒸発させる工程と、
前記蒸発させた膜材料による蒸発材料に、電子源から放出された低エネルギーの電子を付着させ、該蒸発材料を負イオン化する工程と、
前記負イオン化した蒸発材料を電界によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させる工程と、
を有し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項2】
前記膜材料を蒸発させる工程において、前記膜材料としてフッ化物材料を用いることを特徴とする請求項1に記載の薄膜形成方法。
【請求項3】
前記膜材料を蒸発させる工程において、前記膜材料の加熱に、直流電源を分割してヒータへの供給電圧を調整可能とした加熱手段を用い、該ヒータへの供給電圧を制御し、該加熱手段から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜形成方法。
【請求項4】
前記負イオン化する工程において、前記電子を放出する電子源に、直流電源を分割して電子を放出するフィラメントへの供給電圧を調整可能とすると共に、電子放出部の電位を調整可能とした電子源を用い、該電子源から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の薄膜形成方法。
【請求項5】
前記負イオン化する工程において、前記真空中に不活性ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記負イオン化した蒸発材料の輸送量を調整するプロセスを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の薄膜形成方法。
【請求項6】
前記負イオン化する工程において、前記真空中にフッ素ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整すると共に、フッ素を含むイオンを生成し反応性蒸着を行うプロセスを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の薄膜形成方法。
【請求項7】
請求項1に記載の薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及び負イオン化する工程に換えて、
負イオン化し易いガスを導入し、該ガスに電子源から放出された10eV以下の低エネルギーの電子を付着させる工程を用い、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項8】
前記電子を放出する電子源に、直流電源を分割して電子を放出するフィラメントへの供給電圧を調整可能とすると共に、電子放出部の電位を調整可能とした電子源を用い、該電子源から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成するに際し、該電子源に不活性ガスを導入すると共に、前記電子放出部のコンダクタンスを制御し、前記フィラメントの劣化を抑制することを特徴とする請求項7に記載の薄膜形成方法。
【請求項9】
請求項1に記載の薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及び負イオン化する工程に換えて、
クラスターを生成し、このクラスターに電子を付着させて負イオン化する工程を用い、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項10】
真空成膜室と、該真空成膜室内に加熱手段及び電子源を有するイオン化室と電界印加手段及び被処理基板を備え、前記加熱手段により蒸発させた蒸発材料を、前記電子源から放出された電子により負イオン化し、前記電界印加手段によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させ、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。
【請求項11】
前記加熱手段が、ヒータに直流電源を分割して接続し、該ヒータへの供給電圧を20V以下に制御可能に構成されていることを特徴とする請求項10に記載の薄膜形成装置。
【請求項12】
前記電子源が、電子を放出するフィラメントに直流電源を分割して接続し、該ヒータへの供給電圧を制御可能にすると共に、電位調整手段によって電子放出部の電位を調整可能とし、該電子源から放出される電子のエネルギーを10eV以下に制御可能に構成されていることを特徴とする請求項10または請求項11に記載の薄膜形成装置。
【請求項13】
前記真空成膜室及び/またはイオン化室に、不活性ガスを導入して圧力制御する手段またはフッ素ガスを導入して圧力制御する手段、を有することを特徴とする請求項10〜12のいずれか1項に記載の薄膜形成装置。
【請求項14】
請求項1に記載の薄膜形成装置におけるイオン化室に換えて、
負イオン化し易いガスを導入し、該ガスに電子源からから放出された10eV以下の低エネルギーの電子を付着させる手段を構成し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。
【請求項15】
前記電子を放出する電子源として、直流電源を分割して電子を放出するフィラメントへの供給電圧を調整可能とすると共に、電子放出部の電位を調整可能とした電子源を構成すると共に、該電子源に不活性ガスを導入する手段を構成したことを特徴とする請求項14に記載の薄膜形成装置。
【請求項16】
請求項10に記載の薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、クラスターを生成し、このクラスターに電子を付着させて負イオン化する手段を構成し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−104523(P2006−104523A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−293321(P2004−293321)
【出願日】平成16年10月6日(2004.10.6)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】