説明

衝撃吸収構造体

【課題】最初に加わる衝撃荷重から以降に加わる衝撃荷重まで所望の状態で効率よく吸収でき、その吸収動作全体を通して大きな衝撃エネルギーを効果的に吸収することが可能な、自動車用として好適な衝撃吸収構造体を提供する。
【解決手段】自動車に加わる衝撃荷重を吸収するための熱可塑性樹脂組成物を用いて構成された衝撃吸収構造体であって、該構造体の軸方向に加わる衝撃荷重と該衝撃荷重により発生する軸方向の変位との関係を表した衝撃荷重―変位線図において、衝撃荷重が所定値に達した後には変位の増大に関わらず衝撃荷重がその所定値一定に保たれる特性を持つように構成されていることを特徴とする衝撃吸収構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衝撃吸収構造体に関し、とくに、熱可塑性樹脂組成物を用いて構成された自動車用の衝撃吸収構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
人と自動車との接触や車同士の正面衝突、側面衝突に備えて、自動車の各部位には衝撃吸収構造体を設けておくことが望ましい。このような衝撃吸収構造体においては、歩行者や乗員へ及ぼされる衝撃荷重が大きすぎると、人に傷害を発生させるおそれがあるため、衝撃荷重をある一定以下に抑える必要がある。そのため、これらの衝撃吸収構造体を構成する部材には、金属ではなく樹脂部材が使用されることが多い。
【0003】
通常、自動車の衝撃吸収構造としては、一つの部材の軸圧壊(座屈)現象を利用したものが知られている(例えば、特許文献1)。しかしこのような衝撃吸収構造では、例えば図13(A)に示すように、例えば筒状部材101の軸方向に衝撃荷重Fが加わると、図13(B)に示すように部材101に変位sが生じるとともに部材101が軸圧壊(座屈)を起こし、この軸圧壊(座屈)を利用して衝撃荷重Fが吸収される。しかしこのとき、図14に衝撃荷重Fと変位sとの関係を表す衝撃荷重―変位線図を示すように、軸圧壊を起こす最初の衝撃荷重以降に加わる荷重は、最初の衝撃荷重よりも1/3〜1/4程度低くなるため、最初の衝撃荷重を人に傷害を与えない程度に抑えてしまうと、その後の荷重が低いため、効率よく衝撃エネルギーを吸収することができない。
【0004】
さらに通常の樹脂部品では、衝突速度が速くなればなるほど、衝撃力が大きくなりかつ脆性破壊を引き起こすので、要望される大きな衝撃エネルギーを吸収することが難しいこととなっている。脆性破壊を防止しつつ上記のような軸圧壊(座屈)現象を利用して衝撃エネルギーを吸収ために、衝撃吸収部材を金属(例えば、アルミニウム)で構成することも考えられるが、樹脂に比べ重量が大きく増加するので、自動車用衝撃吸収構造体としては好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−155980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明の課題は、上記のような実情に鑑み、最初に加わる衝撃荷重から以降に加わる衝撃荷重まで所望の状態で効率よく吸収でき、その吸収動作全体を通して大きな衝撃エネルギーを効果的に吸収することが可能な、自動車用として好適な衝撃吸収構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る衝撃吸収構造体は、自動車に加わる衝撃荷重を吸収するための熱可塑性樹脂組成物を用いて構成された衝撃吸収構造体であって、該構造体の軸方向に加わる衝撃荷重と該衝撃荷重により発生する軸方向の変位との関係を表した衝撃荷重―変位線図において、衝撃荷重が所定値に達した後には変位の増大に関わらず衝撃荷重がその所定値一定に保たれる特性を持つように構成されていることを特徴とするものからなる。
【0008】
このような本発明に係る衝撃吸収構造体においては、熱可塑性樹脂組成物を用いて構成された、金属製のものに比べ軽量の衝撃吸収構造体とされ、その衝撃吸収構造体は、衝撃荷重―変位線図において、例えば、図1に示すように、衝撃荷重Fが所定値F0に達した後には、そのときの変位s0からの変位sの増大に関わらず衝撃荷重Fがその所定値F0の実質的に一定値に保たれる特性を持つように構成されている。すなわち、図1と前述の図14との比較から明らかなように、最初に加わる衝撃荷重に対し、それ以降に加わり衝撃吸収構造体によって受け止められる荷重の値が一定に保たれて大きくは低下しないので、図における特性線の下部の面積で表される、吸収される衝撃エネルギーが大幅に増大され、効率よく大きな衝撃エネルギーが吸収されることになる。加えて、衝撃荷重Fが実質的に所定値F0の一定値に保たれるので、変動の少ない安定した衝撃エネルギー吸収も可能になる。したがって、図1に示す特性は、衝撃吸収上理想的な特性であり、このような理想特性を有する衝撃吸収構造体を自動車に適用することで、歩行者や乗員保護のための最適な衝撃吸収構造が容易に実現され得る。なお、上記の衝撃荷重Fが実質的に所定値F0の一定値に保たれる特性については、図1に示したような完全な理想特性であることが望ましいが、所定値F0に達した後の衝撃荷重Fは、図14に示したように大きく低下しない限り、多少の変動は問題がなく、実質的に一定値に保たれていればよい。
【0009】
上記のような衝撃荷重―変位特性を呈する本発明に係る衝撃吸収構造体は、より具体的には、以下のような望ましい形態Iや形態IIによって実現される。まず、望ましい形態Iとして、テーパ角を持ったテーパ外筒面を有する受け部材と、該受け部材のテーパ外筒面における小径側部位に一端部がテーパ外筒面と摩擦係合可能に嵌合され、該嵌合部とは反対側の他端部からの衝撃荷重を嵌合部に伝達可能な前記熱可塑性樹脂組成物からなる筒状部材とを備え、該筒状部材の受け部材との嵌合部側端部が、伝達衝撃荷重が前記所定値に達した時に亀裂を発生可能に構成されている形態を挙げることができる。
【0010】
このような形態Iにおいては、筒状部材が他端部から衝撃荷重を受けた時、筒状部材の一端部が受け部材のテーパ外筒面に沿って拡径されていき、このとき筒状部材の一端部内面と受け部材のテーパ外筒面外面との間の嵌合部に生じる摩擦力によって衝撃エネルギーが吸収されていくが、伝達されてくる衝撃荷重が所定値に達した時から筒状部材の嵌合部側端部(上記一端部側端部)に亀裂が発生し、それ以降に伝達されてくる衝撃荷重は実質的に一定荷重に保たれる。つまり、亀裂は進行し、変位は進むが、受け止められる衝撃荷重は増大も低減もせず、実質的に一定荷重に保たれる。したがって、衝撃荷重を受け止める筒状部材の衝撃荷重―変位線図において図1に示したような理想特性が得られることになり、効率よく大きな衝撃エネルギーが吸収される。
【0011】
この形態Iにおいては、伝達衝撃荷重が上記所定値に達した時により確実に筒状部材の嵌合部側端部に亀裂が発生するようにするために、例えば、上記筒状部材の少なくとも上記嵌合部側端部に、亀裂発生の起点となる切欠きが設けられている構成や、上記受け部材のテーパ外筒面に、上記筒状部材における上記亀裂発生のトリガーとなる突起が設けられている構成などを採用できる。
【0012】
また、筒状部材の亀裂発生部分の変形を適切に制御し、上記望ましい衝撃荷重―変位特性が適切に維持されるようにするために、例えば、前記受け部材のテーパ外筒面の下端部に、該下端部よりもさらに外径側に広がる反り返り面が連接、形成されている構成を採用することもできる。このように構成すれば、筒状部材の亀裂発生部分が適当に折り返され、亀裂発生部分の先端部が周囲の部材に当接したりすることが回避され、上記望ましい衝撃荷重―変位特性が安定して維持されることになる。
【0013】
また、望ましい形態IIとして、前記熱可塑性樹脂組成物からなる複数の筒状部材を用いた多重筒構造を有し、前記複数の筒状部材は、前記多重筒構造における軸方向一端側では同じ端面位置に揃えられ、他端側では互いに異なる端面位置に設定されており、該他端側が衝撃荷重の入力側に設定されている形態を挙げることができる。この形態IIにおいては、複数の筒状部材が、それぞれ、多重筒構造における軸方向に座屈変形可能に構成されていることが好ましい。
【0014】
このような形態IIにおいては、互いに軸方向長さの異なる複数の筒状部材が、それぞれ、図14に示したような衝撃荷重―変位線図特性を有することになるが、衝撃荷重を受ける側(衝撃荷重の入力側)において、複数の筒状部材の端面位置が順次異なる位置に設定されているので、図14に示したような各筒状部材の衝撃荷重―変位線図特性が、タイミングがずれた状態にて発現されることになる。すなわち、軸圧壊(座屈)を発生させる衝撃荷重が各筒状部材に対し異なるタイミングで順次負荷されることになる。したがって、複数の筒状部材を備えた衝撃吸収構造体全体としては、各筒状部材の衝撃荷重―変位線図特性が合成された波形特性を示し、この合成波形特性として、図1に示したような理想特性に近い特性を得ることが可能となって、大きな衝撃エネルギーを効率よく吸収することが可能になる。
【0015】
上記のような本発明に係る衝撃吸収構造体における望ましい衝撃荷重―変位線図特性、とくに上記望ましい形態Iや形態IIにおける衝撃荷重―変位線図特性をより確実に発揮させるために、本発明における前記熱可塑性樹脂組成物は、下記特性(A)、(B)を共に満たすものからなることが好ましい。
(A)引張試験において、引張速度V1、V2のときの引張弾性率をそれぞれE(V1)、E(V2)とすると、V1<V2のときE(V1)>E(V2)であること。
(B)引張試験において、引張速度V1、V2のときの引張破断伸度をそれぞれε(V1)、ε(V2)とすると、V1<V2のときε(V1)<ε(V2) であること。
【0016】
上記特性(A)、(B)を共に満たす熱可塑性樹脂組成物を衝撃エネルギー吸収のための本発明に係る衝撃吸収構造体の構成材料として用いれば、衝突時等の急激な変形の際には、引張破断伸度が大きくなるため、靭性に優れた材料となり、衝突時のエネルギー吸収量が大きくなる。また、衝突時等の急激な変形になるほど、弾性率が小さくなるため、同じ変形量であれば、発生する応力が小さくなる。
【0017】
上記(A)および(B)の特徴を有する熱可塑性樹脂組成物としては、例えば、特開2006−089701号公報に示された熱可塑性樹脂組成物が挙げられる。この熱可塑性樹脂組成物は、二軸押出機のスクリュー長さをL、スクリュー直径をDとすると、L/D>45の二軸押出機を使用して熱可塑性樹脂(i)と反応性官能基を有する樹脂(ii)とを溶融混練することによって製造され、下記(a)および(b)のどちらかに示す構造が形成されていることが好ましい。
【0018】
(a)熱可塑性樹脂(i)および反応性官能基を有する樹脂(ii)の一方が連続相、もう一方が分散相を形成し、さらにこれらの連続相および分散相中に平均粒子径300nm以下の微粒子が存在し、断面に占める分散相と連続相との面積比が40/60〜60/40である構造
(b)熱可塑性樹脂(i)および反応性官能基を有する樹脂(ii)がともに連続相を形成し、さらにこれらの両連続相中に平均粒子径300nm以下の微粒子が存在し、断面に占める両連続相の面積比が40/60〜60/40である構造
ここで、熱可塑性樹脂(i)は例えばポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリアセタール樹脂、スチレン系樹脂から選ばれる少なくとも1種である熱可塑性樹脂であり、反応性官能基を有する樹脂(ii)は反応性官能基を有するゴム質重合体である熱可塑性樹脂である。また、反応性官能基は、エポキシ基、酸無水物基、オキサゾリン基から選ばれる少なくとも1種以上の官能基である。
【0019】
かかる熱可塑性樹脂(i)と反応性官能基を有する樹脂(ii)との配合比は、重量比で95/5〜5/95であることが好ましい。
【0020】
なお、E(V1)、E(V2)およびε(V1)、ε(V2)は、ASTM D−638−96規格に明記された引張試験の方法に従って測定される。Eは応力―ひずみ曲線の初期直線部分の勾配を示し、εは、引張速度Vのときの引張破断伸度を示す。
【0021】
本発明に係る衝撃吸収構造体は、例えば、後述の実施形態にも示すように、自動車における、少なくとも、バンパ裏側の歩行者保護部材、インスツルメントパネル部の乗員保護部材、ドアトリム部の乗員保護部材のいずれかとして構成することが可能である。
【発明の効果】
【0022】
このように、本発明に係る衝撃吸収構造体によれば、最初に加わる衝撃荷重から以降に加わる衝撃荷重まで実質的に一定の安定した所望の状態で効率よく吸収でき、構造体全体によるその吸収動作全体を通して大きな衝撃エネルギーを効果的に吸収することが可能になり、自動車用として最適な衝撃吸収構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る衝撃吸収構造体における衝撃荷重―変位線図である。
【図2】本発明の第1実施態様に係る衝撃吸収構造体の概略斜視図である。
【図3】本発明の第1実施態様に係る衝撃吸収構造体の筒状部材の一例を示す斜視図である。
【図4】本発明の第1実施態様に係る衝撃吸収構造体の受け部材の一例を示す側面図である。
【図5】本発明の第1実施態様に係る衝撃吸収構造体の受け部材の別の例を示す概略縦断面図である。
【図6】本発明の第2実施態様に係る衝撃吸収構造体の概略透視斜視図(A)および概略縦断面図(B)である。
【図7】図6の衝撃吸収構造体における各筒状部材の寸法関係と衝撃荷重―変位線図を示す説明図である。
【図8】図7に示した各筒状部材の衝撃荷重―変位線図の波形を合成した図6の衝撃吸収構造体の衝撃荷重―変位線図である。
【図9】本発明に係る衝撃吸収構造体を自動車におけるバンパ裏側の歩行者保護部材に適用する場合の一例を示す分解斜視図(A)および図(A)のA−A線に沿う概略縦断面図(B)である。
【図10】本発明に係る衝撃吸収構造体を自動車におけるインスツルメントパネル部の乗員保護部材に適用する場合の一例を示す概略縦断面図である。
【図11】本発明に係る衝撃吸収構造体を自動車におけるドアトリム部の乗員保護部材に適用する場合の一例を示す概略縦断面図である。
【図12】図9〜図11に示した部位に本発明に係る衝撃吸収構造体を適用する場合の構造例を示す概略斜視図である。
【図13】従来の衝撃吸収構造体の一例を示す概略斜視図(A)およびその変形後の状態を示す概略縦断面図(B)である。
【図14】図13の衝撃吸収構造体の衝撃荷重―変位線図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明に係る衝撃吸収構造体の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
図2は、本発明の第1実施態様に係る衝撃吸収構造体1を示している。図2において、衝撃吸収構造体1は、図の下方に向かって外筒面が広がるテーパ角を持ったテーパ外筒面2aを有する受け部材2(本実施態様では円錐台形状の受け部材)と、該受け部材2のテーパ外筒面2aにおける小径側部位(つまり、上部側部位)に一端部(下端部)がテーパ外筒面2aと摩擦係合可能に嵌合され、該嵌合部3とは反対側の他端部からの衝撃荷重Fを嵌合部3に伝達可能な本発明における熱可塑性樹脂組成物(つまり、前述の図1に示したような特性を発現可能な熱可塑性樹脂組成物)からなる筒状部材4(本実施態様では円筒形状の筒状部材)とを備えている。この筒状部材4は、該筒状部材4の受け部材2との嵌合部側端部が、伝達衝撃荷重Fが本発明における所定値に達した時に亀裂(図2(F)に図示)を発生可能に構成されている。受け部材2の反筒状部材4側端部は、適当な固定部材(図示略)に固定されていればよい。この受け部材2の材質は特に限定されないが、筒状部材4との摩擦力の変動の少ない材質が好ましい。
【0025】
図2(A)、(B)のように組み立てられた衝撃吸収構造体1の筒状部材4の他端部(上端部)側から衝撃荷重Fが加わると、図2(C)に示すように筒状部材4の一端部(下端部)が受け部材2のテーパ外筒面2aに沿って拡径されながらテーパ外筒面2a上を下降されていく。このとき、筒状部材4と受け部材2との間には図2(D)に示すように摩擦力fが働き、衝撃荷重Fによる衝撃エネルギーが吸収されていく。図2(E)に示すように、最初からの衝撃荷重Fが所定値F0に達し、そのときの変位sがs0に達したとき、図2(F)に示すように、筒状部材4の一端部(下端部)に亀裂5が発生し、それ以降衝撃荷重Fが加わっても、亀裂5が進行していくだけで、受け止められる荷重Fは増大も減少もせずに実質的に一定値に保たれる。その結果、前述の図1に示した衝撃荷重−変位線図に表された特性が発現されることになる。すなわち、衝撃荷重Fが所定値F0に達し、変位sがs0に達した後には、受け止められる衝撃荷重Fの値は実質的に変動せず、とくに衝撃荷重Fの図14に示したような低減が抑えられた状態にて、安定して衝撃エネルギーが吸収されていく。吸収される衝撃エネルギーの大きさは、前述したように図1に示す特性線の下部面積として捉えることができるから、安定した状態で大きな衝撃エネルギーが吸収されることになる。
【0026】
上記のような所望の亀裂5を円滑に発生させるためには、例えば図3に示すように、筒状部材11に亀裂発生の起点となる切欠き12を設けておくことができる。図示例では、切欠き12は筒状部材11の軸方向に延びる複数の溝から形成されているが、筒状部材11の下端側に設けられた軸方向に長くは延びない切欠きや溝として形成しておくこともできる。
【0027】
また、図2(F)に示したように筒状部材4の変位がs0に達した時点から精度よく亀裂5を発生させるために、例えば図4に示すように、受け部材13のテーパ外筒面13aに亀裂発生のためのトリガーとなる突起14が設けられた構成とすることもできる。
【0028】
さらに、亀裂発生後の該亀裂以下の筒状部材4の下部側部分は、亀裂を間に位置させた状態で筒状部材4の軸方向に長さが増加していくことになるが、この部分を、他の部材などに干渉させずに適切に処置していくためには、この部分が筒状部材4の軸方向下方に向けて変位しすぎないようにすることが好ましい場合もある。このような状態が望まれる場合には、例えば図5に示すように、受け部材15のテーパ外筒面15aの下端部に、該下端部よりもさらに外径側に広がる反り返り面16が連接、形成されている構成とすることもできる。このように構成すれば、亀裂が生じた筒状部材4の下部側部分の過度の下方への変位を防止できる。
【0029】
図6は、本発明の第2実施態様に係る衝撃吸収構造体21を示している。図6(A)、(B)において、衝撃吸収構造体21は、複数の(図示例では3つの)筒状部材XA、XB、XCを用いて多重筒構造に構成されており、とくに、これら筒状部材XA、XB、XCは前述した特性(A)、(B)を共に満たす熱可塑性樹脂組成物から形成されている。これら複数の筒状部材XA、XB、XCは、上記多重筒構造における軸方向一端側(図の下端側)Lでは同じ端面位置に揃えられ、他端側(図の上端側)Uでは互いに異なる端面位置に(つまり、互いに異なる高さに)設定されており、該他端側が衝撃荷重の入力側に設定されている。本実施態様では、最外の筒状部材XAが最も長い部材(長さ:LA)に構成されており、最内の筒状部材XCが最も短い((長さ:LC)部材に構成されており、中間の筒状部材XBが中間の長さLBの部材に構成されている(LA、LB、LCは図7に図示)。
【0030】
このような構成の衝撃吸収構造体21では、各筒状部材XA、XB、XCに、例えば図7に示すような特性を持たせることが可能である。各筒状部材XA、XB、XCは、個々には、前述の図14に示したような、座屈変形の影響を受ける衝撃荷重―変位線図で表される特性を有することになるが、衝撃荷重が入力される側の各筒状部材XA、XB、XCの端面位置(つまり、上端の高さ位置)が互いに異なっているので、図7に示すように、要望される衝撃荷重(つまり、図1における衝撃荷重F0に相当する荷重)をP0とすると、筒状部材XAでは、筒状部材XAに加わる衝撃荷重FがP0に達した後、筒状部材XAの座屈により受け止められる荷重は低下し、変位SA以降は荷重PA(P0特性部分を除いた波形部の平均荷重)を中心に若干変動する。同様に、筒状部材XBでは、筒状部材XBに加わる衝撃荷重FがP0―PAに達した後、筒状部材XBの座屈により受け止められる荷重は低下し、変位SB以降は荷重PB(P0―PA特性部分を除いた波形部の平均荷重)を中心に若干変動する。筒状部材XCでは、筒状部材XCに加わる衝撃荷重FがP0―PA―PBに達した後、筒状部材XCの座屈により受け止められる荷重は低下し、変位SC以降は荷重PC(P0―PA―PB特性部分を除いた波形部の平均荷重)を中心に若干変動する。
【0031】
衝撃吸収構造体21全体としては、上記複数の筒状部材XA、XB、XCの特性が合成された波形の衝撃荷重―変位線図で表される特性を有することになり、合成は図8に示すようになる。この図8に示す衝撃荷重―変位線図は、衝撃荷重FがP0に達した後多少の変動は残るものの、実質的に前述の図1に示した衝撃荷重−変位線図に表された特性が発現されることになる。すなわち、衝撃荷重Fが所定値P0に達した後には、変位sに関わらず、受け止められる衝撃荷重Fの値は実質的に変動せず、とくに衝撃荷重Fの図14に示したような低減が抑えられた状態にて、安定して衝撃エネルギーが吸収されていく。吸収される衝撃エネルギーの大きさは、図に示される特性線の下部面積として捉えることができるから、安定した状態で大きな衝撃エネルギーが吸収されることになる。
【0032】
このように、第1実施態様に係る衝撃吸収構造体1、第2実施態様に係る衝撃吸収構造体21ともに、実質的に前述の図1に示した衝撃荷重−変位線図に表された特性を有することになり、優れた衝撃エネルギー吸収性能を発揮できる。
【0033】
このような優れた衝撃エネルギー吸収性能を発揮する本発明に係る衝撃吸収構造体が、例えば図9〜図11に示すような自動車の各所部位に適用され得る。
【0034】
図9に示す形態では、衝撃吸収構造体31が、バンパ裏側の歩行者保護部材として構成されている。図9(A)に示すように、衝撃吸収構造体31は、ボンネット32に設けられるバンパ33と内部側に設けられるバンパリンフォース34との間に設置される。例えば、図9(B)に示すように、歩行者の脚部35に衝突による衝撃がバンパ33側から加わろうとする際、上述の如き優れた衝撃エネルギー吸収性能を発揮する衝撃吸収構造体31により、大きな衝撃荷重が加わることが抑えられるとともに衝撃エネルギーが大きく吸収され、歩行者が適切に保護される。
【0035】
また、図10に示す形態では、衝撃吸収構造体41が、インスツルメントパネル部の乗員保護部材として構成されている。図示例では、衝撃吸収構造体41は、インスツルメントパネル42とダッシュパネル43との間に設置されており、前面衝突時などのインスツルメントパネル42側から乗員44に加わるおそれのある衝撃が、上述の如き優れた衝撃エネルギー吸収性能を発揮する衝撃吸収構造体41により、大きな衝撃荷重が加わることが抑えられるとともに衝撃エネルギーが大きく吸収され、乗員44が適切に保護される。
【0036】
さらに、図11に示す形態では、衝撃吸収構造体51が、ドアトリム部の乗員保護部材として構成されている。図示例では、衝撃吸収構造体51は、ドアインナ52とドアアウタ53から構成されるドア本体のドアインナ52と、ドアインナ52の内側に設けられるドアトリム54との間に設置されており、側面衝突時などのドアトリム54側から乗員55に加わるおそれのある衝撃が、上述の如き優れた衝撃エネルギー吸収性能を発揮する衝撃吸収構造体51により、大きな衝撃荷重が加わることが抑えられるとともに衝撃エネルギーが大きく吸収され、乗員55が適切に保護される。
【0037】
上記のように自動車の各所部位に適用される衝撃吸収構造体31、41、51は、図2や図6に示したような衝撃吸収構造体1、21を複数適切に配列することによって構成することもできる。例えば図12に示すように、図2に示した衝撃吸収構造体1を複数配列した集合体全体として、衝撃吸収構造体61を構成することができる。配列数等は、衝撃吸収構造体1単体の衝撃エネルギー吸収性能や、適用部位に予想される衝撃荷重の大きさ等を考慮して、適宜決定すればよい。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明に係る衝撃吸収構造体は、衝撃吸収が望まれる自動車のあらゆる部位に適用可能である。
【符号の説明】
【0039】
1、21、31、41、51、61 衝撃吸収構造体
2 受け部材
2a テーパ外筒面
3 嵌合部
4、XA、XB、XC 筒状部材
5 亀裂
11 筒状部材
12 切欠き
13 受け部材
13a テーパ外筒面
14 突起
15 受け部材
15a テーパ外筒面
16 反り返り面
32 ボンネット
33 バンパ
34 バンパリンフォース
35 歩行者の脚部
42 インスツルメントパネル
43 ダッシュパネル
44、55 乗員
52 ドアインナ
53 ドアアウタ
54 ドアトリム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車に加わる衝撃荷重を吸収するための熱可塑性樹脂組成物を用いて構成された衝撃吸収構造体であって、該構造体の軸方向に加わる衝撃荷重と該衝撃荷重により発生する軸方向の変位との関係を表した衝撃荷重―変位線図において、衝撃荷重が所定値に達した後には変位の増大に関わらず衝撃荷重がその所定値一定に保たれる特性を持つように構成されていることを特徴とする衝撃吸収構造体。
【請求項2】
テーパ角を持ったテーパ外筒面を有する受け部材と、該受け部材のテーパ外筒面における小径側部位に一端部がテーパ外筒面と摩擦係合可能に嵌合され、該嵌合部とは反対側の他端部からの衝撃荷重を嵌合部に伝達可能な前記熱可塑性樹脂組成物からなる筒状部材とを備え、該筒状部材の受け部材との嵌合部側端部が、伝達衝撃荷重が前記所定値に達した時に亀裂を発生可能に構成されている、請求項1に記載の衝撃吸収構造体。
【請求項3】
前記筒状部材の少なくとも前記嵌合部側端部に、前記亀裂発生の起点となる切欠きが設けられている、請求項2に記載の衝撃吸収構造体。
【請求項4】
前記受け部材のテーパ外筒面に、前記筒状部材における前記亀裂発生のトリガーとなる突起が設けられている、請求項2に記載の衝撃吸収構造体。
【請求項5】
前記受け部材のテーパ外筒面の下端部に、該下端部よりもさらに外径側に広がる反り返り面が連接、形成されている、請求項2〜4のいずれかに記載の衝撃吸収構造体。
【請求項6】
前記熱可塑性樹脂組成物からなる複数の筒状部材を用いた多重筒構造を有し、前記複数の筒状部材は、前記多重筒構造における軸方向一端側では同じ端面位置に揃えられ、他端側では互いに異なる端面位置に設定されており、該他端側が衝撃荷重の入力側に設定されている、請求項1に記載の衝撃吸収構造体。
【請求項7】
前記複数の筒状部材が、それぞれ、前記多重筒構造における軸方向に座屈変形可能に構成されている、請求項6に記載の衝撃吸収構造体。
【請求項8】
前記熱可塑性樹脂組成物が下記特性(A)、(B)を共に満たすものからなる、請求項1〜7のいずれかに記載の衝撃吸収構造体。
(A)引張試験において、引張速度V1、V2のときの引張弾性率をそれぞれE(V1)、E(V2)とすると、V1<V2のときE(V1)>E(V2)であること。
(B)引張試験において、引張速度V1、V2のときの引張破断伸度をそれぞれε(V1)、ε(V2)とすると、V1<V2のときε(V1)<ε(V2) であること。
【請求項9】
自動車における、少なくとも、バンパ裏側の歩行者保護部材、インスツルメントパネル部の乗員保護部材、ドアトリム部の乗員保護部材のいずれかとして構成されている、請求項1〜8のいずれかに記載の衝撃吸収構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−87849(P2012−87849A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233838(P2010−233838)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】