説明

衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材並びにその製造方法

【課題】衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材並びにその製造方法を提供する。
【解決手段】構造部材の断面がハット形状を有し、該構造部材のフランジ部自由端部がオーステナイト相を20体積%以上含み、該フランジ部自由端部の断面硬さがビッカース硬さで150〜350、かつ同一断面において該縦壁部中央部の加工誘起マルテンサイト相が、前記フランジ部自由端部よりも10体積%以上多く含まれ、該縦壁部中央部の断面硬さが該フランジ部自由端部の断面硬さよりもビッカース硬さで50以上高いことを特徴とする衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材並びにその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度や衝撃吸収性能が必要な構造用部材、特に自動車、バスなどのフロントサイドメンバー、ピラー、バンパーなどの衝撃吸収部材並びに足回り部材、鉄道車両の車体などに適用できる、衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題の観点から、自動車、二輪車、バス、鉄道車両などの輸送機器の燃費向上が必須課題になってきている。その解決手段の一つとして、車体の軽量化が積極的に推進されている。車体の軽量化は、部材を形成する素材の軽量化、具体的には素材板厚の薄手化によるものが大きいが、単に素材板厚を薄くしただけでは衝突安全性能が低下する。
このため、衝突安全性向上対策として部材を構成する材料の高強度化が進んでおり、高強度鋼板が自動車の衝撃吸収部材に適用されている。高強度鋼板としては金属組織を複相組織としたDP(Dual Phase)鋼やTRIP(TRansformation
Induced Plasticity)鋼などがある。これらの鋼種はいずれも文献1にあるように固溶強化鋼や析出強化鋼に比べて優れた衝撃吸収特性を有することが確認されている。
【0003】
一方、上記のような高強度鋼板を部材に成形する場合には曲げ成形や深絞り成形が施されるが、このときに強度が高いほど成形後の戻り(以降、スプリングバック)が大きいために所定の形状を得ることが困難であり、これが高強度鋼板を使用する上での大きな課題となっている。スプリングバックを低減する方法については、文献2に記載されているように付加張力を大きくすることが有効であることが知られている。しかし、高強度鋼板では素材の延性が不十分であるために、成形加工時にしわ押さえ力を高めて付加張力を大きくすると成形途中に破断してしまう場合がある。
【0004】
さらに近年では部材の「フランジ部切断性」という課題がある。本明細書中の「切断性」とは部材を成形加工後、フランジ部を切断して所定の形状にするときの切断の難易性を指す。構造部材の高強度化が進んでいるのに伴いフランジ部も高強度化しているため、切断に用いる刃先の寿命低下、生産性低下を招くという切断性に劣ることが問題となってきている。
【0005】
また近年では特許文献1のようにオーステナイト相が主相である鋼を用いて衝突時に加工誘起マルテンサイト変態を活用して吸収エネルギーを高める知見が示されている。ただし、本知見では良好な衝撃吸収特性が得られる場合はあるが、さらに良好な衝撃吸収特性と良好なフランジ部切断性を両立させて得ることには限界があった。
【0006】
以上のように、近年では軽量化を目的として素材の高強度化が進んでいるが、高強度材を使用するために生じる課題(形状凍結性、切断性)がある。それらを総合的に満足することが望まれている。
【非特許文献1】日本塑性加工学会第228回塑性加工シンポジウム(2004)、p15
【非特許文献2】プレス成形難易ハンドブック第2版 日刊工業新聞社発行(1997)p208
【特許文献1】特開2001−130444号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、衝撃吸収特性に優れた構造部材としての高強度鋼板適用の障害となっていた形状凍結性、切断性が従来鋼に比べ劣るという問題点を解決し、衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材並びにその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、板厚0.8〜4.0mmの種々の化学成分を有するオーステナイト相量20体積%以上含み、残部フェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなる鋼板を用いて、断面縦壁高さ10〜120mm、フランジ間距離(左右フランジ部の最短距離)30〜200mmのハット形状へのプレス成形加工を行なった。全て、長さ300及び600mmにそろえた。この成形加工材を用いて、ハット断面の縦壁部の強度(硬さ)と衝撃吸収特性及びせん断性の関係を調査した。衝撃吸収特性評価には、衝撃吸収評価試験時に衝撃吸収にともなう試験材の塑性変形が試験片長手方向の全長に渡って生じるように、すなわち試験材の長手方向途中での二つ折れを防ぐように、便宜上、前記ハット成形材および、当該ハット成形以外は同じ成分、同じ製造工程条件で製造した長さ300mm、幅はハット成形材に合わせた背板を、ハット成形材フランジ部で互いに重ね、長手方向に、左右フランジ部に1列ずつ、20mmおきにスポット溶接して作製した衝撃試験片を用いた。
なお、本ハット成形材を実際に、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材として使用する際は、必ずしも該衝撃試験片のように背板を溶接して用いる必要はない。
この衝撃試験片をロードセルの上に載せ、衝撃試験片長手方向を垂直に立たせて、高さ9mより120kgの錘を落下させて衝撃試験片が長手方向に50mm変形するまでの衝撃吸収エネルギーを評価した。すなわち、試験片の変形量をレーザー変位計で随時計測し、同時に試験片に加わる荷重をロードセルで随時計測することで、衝撃試験片に錘が衝突した瞬間から、衝撃試験片が長手方向に50mm変形するまで、各時点での荷重を変形量で積分して求めた累積吸収エネルギーを、衝撃吸収エネルギーとして評価した。
【0009】
また、長さのみ600mmと異なるが長さ以外は、前記衝撃試験片と同じ方法で製造した曲げ衝撃試験片を別途用意した。水平面上に、500mm間隔をおいた2個の同型のロードセル付き支点を並べ、その上に長手方向を水平方向とし、前記背板が下側になるように、前記曲げ衝撃試験片を設置した。前記曲げ衝撃試験片長手方向中央部に高さ9m位置より75kgの錘を落下させて3点曲げの落重試験を実施して、前記曲げ衝撃試験片長手方向中央部が50mm変位するまでの衝撃吸収エネルギーを評価した。すなわち、試験片の変形量をレーザー変位計で随時計測し、同時に試験片に加わる荷重を2個のロードセルで随時計測することで、曲げ衝撃試験片に錘が衝突した瞬間から、曲げ衝撃試験片が屈曲し、垂直方向に50mm変形するまで、各時点での2個のロードセルに加わる荷重の合計を、変形量で積分して求めた累積吸収エネルギーを、衝撃吸収エネルギーとして評価した。
【0010】
その結果、前記衝撃試験片および前記曲げ衝撃試験片による試験の両方とも、衝撃吸収エネルギーは、ハット断面縦壁部の硬さ(強度)が高いほど大きくなり、衝撃吸収特性が良好であることが判明した。
【0011】
またフランジ部切断性については、一定回転数で回転しているはずみ車付きのシャー切断機で試験片を切断する際に、切断直後からシャー切断機のはずみ車を一定回転数まで再加速させるに要した電気モーターの消費電力量を測定し、その値を試験片切断断面積で割って、その値が大きいほど切断性が悪いと判断した。切断に必要となる電力が大きいほど、切断刃先の消耗が激しく、生産性が低下するからである。
【0012】
その結果、切断時の単位断面積当たりの消費電力量は、単純にフランジ部の硬さ(強度)に依存し、硬さが低いほど消費電力量は低くなり、切断性が良好であることが判明した。すなわち、衝撃吸収特性及び切断性の両特性は図1のようになり、縦壁部の硬さが高く、フランジ部の硬さが低いことが望まれる。
【0013】
そこで種々のオーステナイト系ステンレス鋼板および20体積%以上のオーステナイト相を含有し、残部がフェライト相からなるステンレス鋼板を用いて冷間で成形加工条件を変化させて縦壁部中央部硬さ及びフランジ部自由端部硬さを調査したところ、条件を限定すればフランジ部に比べて縦壁部の硬さを著しく高められることが明らかとなった。
【0014】
成形前の金属組織が、ほぼ100%オーステナイト相からなる板厚1mmの鋼板Aと、オーステナイト相を18体積%含み、残部がマルテンサイト相および不可避的析出相からなる混合組織を有する板厚1mmの鋼板B、さらにオーステナイト相を30体積%含み、残部がフェライト相及び不可避的析出相からなる混合組織を有する板厚1mmの鋼板Cを用意した。鋼板Aと鋼板Bの表面に成形加工後のひずみ量分布を調査できるように、5mmピッチの格子模様を印刷し、プレス成形加工時のしわ押さえ力を変化させて縦壁部のひずみ量を変化させてハット形状に成形加工した後、縦壁部中央部とフランジ部自由端部のひずみ量と硬さを調査した。横軸に縦壁部中央部のひずみ量、縦軸に縦壁部の硬さとフランジ部の硬さの差△Hvを取り、図2に示す。鋼板Aでは縦壁のひずみ量の増加に伴って△Hvは大きくなり、フランジ部に比べてビッカース硬さで170以上高くなる。これに対し、鋼板Bでは縦壁部ひずみ量増加に伴う硬さ増加代が鋼板Aに比べて小さく、縦壁部とフランジ部の硬さの差は小さく、また縦壁部中央部のひずみが30%を超えると成形加工時に破断してしまった。また鋼板Cでは鋼板Aと同様に縦壁のひずみ量の増加に伴って△Hvは大きくなり、フランジ部に比べてビッカース硬さで150以上高くなる。なお、鋼板A及びCではプレス成形時に縦壁部に張力が付与されて伸び歪量が8%を超え、加工誘起マルテンサイト相が10体積%以上生成して高強度化した。
ここで、オーステナイト相が常磁性、フェライト相およびマルテンサイト相が強磁性である原理を利用した、磁化特性の違いからフェライト相およびマルテンサイト相量を測定する装置によって、フランジ部自由端部と縦壁部中央部のフェライト相およびマルテンサイト相量を体積%として測定した。この方法では、フェライト相とマルテンサイト相を区別できないが、冷間成形加工後にフェライト相およびマルテンサイト相量が増加した場合は、フェライト相量は変化せず、その増加分は全て、新たに生成した加工誘起マルテンサイト相量(体積%)であり、同量のオーステナイト相量(体積%)が減少したとみなせる。
【0015】
本発明の趣旨とするところは以下のとおりである。
(1)オーステナイト相を含み、残部フェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなる鋼板を成形加工して製造する自動車、二輪車、または鉄道車両用構造部材において、該構造部材の断面がハット形状を有し、該構造部材のフランジ部自由端部がオーステナイト相を20体積%以上含み、該フランジ部自由端部の断面硬さがビッカース硬さで150〜350、かつ同一断面において該縦壁部中央部の加工誘起マルテンサイト相が、前記フランジ部自由端部よりも10体積%以上多く含まれ、該縦壁部中央部の断面硬さが該フランジ部自由端部の断面硬さよりもビッカース硬さで50以上高いことを特徴とする衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
(2)前記鋼板が、質量%で、C:0.001〜0.250%、Si:0.01〜3.00%、Mn:0.01〜10.00%、P:0.050%未満、S:0.0001〜0.0100%、Cr:5.0〜30.0%、Ni:0.03〜15.00%、N:0.001〜0.300%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなることを特徴とする前記(1)に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車
二輪車または鉄道車両用構造部材。
(3)さらに前記鋼板が、質量%で、Cu:0.10〜5.00%、Mo:0.10〜5.00%、W:0.10〜5.00%、V:0.10〜5.00%のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする前記(2)に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
(4)さらに前記鋼板が、質量%で、Ti:0.005〜0.500%、Nb:0.005〜0.500%、B:0.0003〜0.0050%、のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする前記(2)または(3)に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
(5)さらに前記鋼板が、質量%で、Al:0.003〜0.500%、Mg:0.0001〜0.0050%、Ca:0.0001〜0.0050%、のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする前記(2)〜(4)のいずれかに記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
(6)前記(1)〜(5)のいずれかに記載の構造部材をプレス成形加工により製造する際に、前記プレス成形加工時に、前記縦壁部中央部に8%以上40%以下の歪が生じるようにプレス成形加工することを特徴とする衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材の製造方法。
(7)前記構造部材をプレス成形加工により製造する際に、ポンチ温度がダイス温度より10℃以上低いことを特徴とする(6)に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材並びにその製造方法を提供することができ、自動車等の軽量化、環境への負荷軽減などへの貢献が大きく、産業上有用な著しい効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明の限定理由について説明する。
<構造部材>
本発明は断面がハット型形状を有する構造部材に関するが、本発明におけるハット型形状とは図3(a)に示すようにフランジ部、縦壁部及び頂辺部からなる。図3(b)のように断面が多角形である場合や、図3(c)のようにフランジ部に背板を溶接等によりつける場合、またフランジ部や縦壁部にビード等がある場合も含む。
<断面硬さ>
縦壁部中央位置の断面硬さHvwがフランジ部自由端部の断面硬さHvfに比べてビッカース硬さで50以上高いことを特徴とする。この断面硬さの差ΔHv=Hvw−Hvfがビッカース硬さで50未満では衝撃吸収特性とフランジ部切断性の両特性を十分に満足することができない。オーステナイト相を含有しない鋼板では、通常、成形加工後の縦壁部中央位置とフランジ部自由端部の断面硬さの差がビッカース硬さで20未満と小さいため衝撃吸収特性とフランジ部切断性は相反する特性であった。しかし本発明では両特性に寄与する部位(縦壁部中央部とフランジ部自由端部)を特定して両者の硬さの差をビッカース硬さで50以上と大きくすることで、図1(b)横軸を小さな値としたまま、図1(a)横軸を大きくすることができる、すなわち衝撃吸収特性とフランジ部切断性を両立することができた。ここで縦壁部中央部とは図3(a)の高さHの1/2位置を示す。フランジ部自由端部とはフランジ部自由端より2mm程度を示す。断面硬さの測定にはハット形状に成形した部材を形状を保ったまま埋め込み、中心方向に5mm深さ位置を機械研摩および電解研磨した後に縦壁部中央位置とフランジ部自由端部ついて板厚方向中心位置でJIS Z 2244に準拠した方法で測定する。このときの該フランジ部自由端部の断面硬さはビッカース硬さで150〜350とする。150未満であると十分な衝撃吸収特性が得られないためである。また350超ではフランジ部切断性が著しく劣るためである。
<オーステナイト相量>
オーステナイト相は、冷間成形加工時に加工誘起マルテンサイト変態を起こして高強度化するため、本発明においてその量は重要なパラメータであり、20体積%以上含むことで成形加工後の縦壁部の強度(硬さ)が大きく増加するため、これを下限とした。また上限は準安定オーステナイトステンレス鋼では100%となるため、特に規定しない。残部はフェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなることとする。
すなわち、本発明においてフランジ部自由端部の金属組織は、オーステナイト相20体積%以上と残部フェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなる場合と、オーステナイト相と残部不可避的析出相からなる場合の双方を含む。
一方、縦壁部中央部の断面金属組織は、その加工誘起マルテンサイト相量が、ハット形状の同じ断面において、フランジ部自由端部よりも10体積%以上高く、その分、オーステナイト相量が低くなることで、縦壁部中央部とフランジ部自由端部との硬さの差をビッカース硬さで50以上にすることができる。
<板厚>
板厚は0.8〜4.0mmとする。0.8mm未満であると衝撃吸収特性が不十分であるため、これを下限とした。また4.0mm超の場合、成形加工時の荷重が高いためにプレス機等への負荷が大きくなり損傷しやすいため、これを板厚の上限とした。
C:Cは多量の添加により耐食性を低下させる場合があるため、その上限を0.250%とした。下限は製錬時の脱炭にかかる負荷を考慮して0.001%とした。安定的に製造できる範囲として好ましくは0.005〜0.080%である。
<Si>
Siは多量に添加すると製造時の耳割れを発生したり、圧延負荷を増大することから上限を3.00%とした。下限は製鋼段階での付加を考慮すると0.01%である。
<Mn>
MnもSi同様に多量に添加すると製造時の耳割れを誘発したり、またMn系の介在物を析出させて耐食性を劣化させたりする。そこでMnの上限を10.00%とした。下限は、精錬段階で大きな負荷がかからずに低減出来るレベルとして0.01%とした。
P:Pは多量に存在すると加工性を低下させるため、0.050%未満とする。好ましくは、0.040%未満である。
S:Sは多量に存在すると硫化物を生成して腐食の基点となるため、低い方が好ましく、上限を0.0100%とした。低い方が好ましいが、脱硫にかかる精錬段階での負荷を考慮し、下限を0.0001%とした。
<Cr>
Crは耐食性を向上させる元素である。また本発明のように加工誘起マルテンサイト変態を生じさせるために重要な役割を持つ。そのような観点から下限は5.0%とした。また多量に添加すると金属間化合物を生成して製造時に割れを誘発するため、上限を30.0%とした。
<Ni>
NiはCr同様に金属組織制御に重要な役割を持つ。加えて靭性を向上させる元素であるため、下限を0.03%とした。多量の添加により、材料の強度が高くなりすぎたり原料コストの増加を招くため15.00%を上限とした。
N:Nは高温でγ相に濃化し、γ相率及びγ相の相安定性を調整するために重要な役割をもち、また耐食性を向上させる元素であるため、下限を0.001%とした。ただし多量の添加により、硬質化して製造時の割れが生じたり、添加する為の加圧設備等が必要となって大幅な製造コスト増加を招くことから上限を0.300%とした。
【0018】
また次の元素を選択的に添加しても良い。
<Cu、Mo、W及びV>
Cu、Mo、W及びVは耐食性を向上させる元素であり、これらの向上を目的とする場合には一種または二種以上を組み合わせて添加しても良い。その効果は0.10%以上で発揮されることからこれを下限とする。ただし、多量の添加は製造時の圧延負荷を増大させて製造疵を生成させやすいため、上限を5.00%とした。
<Ti、Nb及びB>
Ti、Nb及びBは成形性を向上させる元素であり、必要に応じて一種または二種以上を組み合わせて添加しても良い。成形性向上効果が発揮されるのはTi:0.005%、Nb:0.005%、B:0.0003%以上であるためこれを下限とした。多量の添加は製造疵の増加ならびに熱間加工性の低下を招くため、Ti:0.500%、Nb:0.500%、B:0.0050%を上限とした。
<Al、Mg及びCa>
Al、Mg及びCaは精錬時に脱酸や脱硫を目的として添加される場合がある。効果が発揮されるのはAl:0.003%、Mg:0.0001%、Ca:0.0001%であり、これを下限とした。また多量の添加は製造疵の増加ならびに原料コストの増加を招くためAl:0.500%、Mg:0.0050%、Ca:0.0050%を上限とした。
【0019】
以下に本発明の成形方法に関する限定理由を説明する。
【0020】
縦壁部中央部の伸び歪量:成形加工時の縦壁部中央部の伸び歪量は成形後の部材の形状、強度(硬さ)を決める重要な条件であり、8%以上40%以下の伸び歪が必要である。
伸び歪量が8%未満であると縦壁部の加工誘起マルテンサイト相の生成量小さく、縦壁部の強度増加が望めないばかりか成形部材の形状凍結性も不十分である。また伸び歪量が40%を越えると成形途中に縦壁部が破断にいたる場合があるためである。
成形温度:成形加工時にポンチ及びダイスの温度を制御することが好ましい。ポンチ温度Tpがダイス温度Tdより10℃以上低いことが望ましい。本発明のような加工誘起マルテンサイト変態の生じやすさは温度に強く依存する。ポンチを低温にして加工誘起マルテンサイト変態を促進させて材料を流入させ、ダイス部は流入前に加工誘起マルテンサイト変態を抑制することが好ましい。温度差を10℃以上とすることが好ましく、この条件により良好な衝撃吸収特性と形状凍結性、フランジ部切断性を満足させることができる。
【実施例1】
【0021】
以下に、実施例により具体的に説明する。表1に示す化学組成の鋼を鋼板(2.0mm)を用いて種々の成形条件によりハット形状に室温で成形加工を行った。成形試験は下記の条件で行った。
・サンプルサイズ:50mm×260mm
・ポンチ:角型、幅80mm、肩R5mm、
・ダイス:角型、幅85mm、肩R5mm
・しわ押さえ力:随時変化
・成形高さ:40mm
・潤滑油:石油系で動摩擦係数が約0.15になる種類を鋼板両面に塗布
成形サンプルの縦壁中央部とフランジ部自由端部の硬さの差ΔHvと形状凍結性を調査した。断面硬さの差ΔHvについては前述の方法により測定した。形状凍結性については得られたハットサンプル形状を3次元形状測定機を用いて測定し、図4に示すように点a,b,cより縦壁部の湾曲を「壁反り量:1/ρ」として測定した。点bはサンプルのハットつば部を結んだ線を底辺としたときの全高さの1/2に相当する位置であり、点a及びcは、それぞれ点bより10mm上または下に位置する。壁反り量は、点a,b,c通る円の半径(mm)の逆数であり、その値が小さいほど形状凍結性が良好であることを示す。1/ρ値が0.005未満である場合に形状凍結性が十分であると判断した。
【0022】
結果を表2に示す。本発明例は縦壁部中央部の断面硬さがフランジ部自由端部の断面硬さよりもビッカース硬さで50以上高く(ΔHv≧50)、1/ρが小さい。すなわち、衝撃吸収特性とフランジ部切断性及び形状凍結性に優れており、本発明の効果が確認された。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

表2に示すオーステナイト相量(%)はフランジ部自由端部のオーステナイト相の体積%であり、残部はフェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなる。
ここで、オーステナイト相が常磁性、フェライト相およびマルテンサイト相が強磁性である原理を利用した、磁化特性の違いからフェライト相およびマルテンサイト相量を測定する装置によって、縦壁部中央部のフェライト相およびマルテンサイト相量を体積%として測定した。表2において、冷間成形加工後にフェライト相およびマルテンサイト相量が増加する現象は、全て、新たに生成した加工誘起マルテンサイト相に由来しており、それと同量のオーステナイト相が減少している。さらに、各部から採取した断面光学顕微鏡用試料を、樹脂埋め込み、機械研摩、電解研摩および王水エッチングで作製し、ポイントカウント法による光学顕微鏡観察も実施しており、前記フェライト相およびマルテンサイト相量を測定する装置による測定結果とほぼ同じ結果を得ている。また、不可避的不純物量は、いずれの試料においても0.5体積%未満であることを確認している。
【0025】
なお、表2で示したビッカース硬さは、全て、断面光学顕微鏡用試料を用い、板厚中央部で、JIS Z 2244に準拠した方法で測定した。また、フランジ部自由端部の断面硬さは全てビッカース硬さで150〜350であり、かつ同一断面において該縦壁部中央部の加工誘起マルテンサイト相が、前記フランジ部自由端部よりも10体積%以上多く含まれていた。
【実施例2】
【0026】
表1の鋼H及び鋼Kについて成形温度を変化させて上記同様の成形試験を行い、成形サンプルの縦壁中央部とフランジ部自由端部の硬さの差ΔHvと形状凍結性を調査した。
【0027】
結果を表3に示す。鋼H、K及びMのいずれにおいてもポンチ温度Tpがダイス温度Tdに比べてその差ΔT=Td−Tpが大きいほど、縦壁部中央部とフランジ部自由端部の硬さの差が大きくなり、ポンチ温度がダイス温度より10℃以上低いときに、ΔHv≧50となることが確認された。
【0028】
【表3】

表3に示すオーステナイト相量(%)はフランジ部自由端部のオーステナイト相の体積%であり、残部はフェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなる。
ここで、オーステナイト相が常磁性、フェライト相およびマルテンサイト相が強磁性である原理を利用した、磁化特性の違いからフェライト相およびマルテンサイト相量を測定する装置によって、縦壁部中央部のフェライト相およびマルテンサイト相量を体積%として測定した。表3において、冷間成形加工後にフェライト相およびマルテンサイト相量が増加する現象は、全て、新たに生成した加工誘起マルテンサイト相に由来しており、それと同量のオーステナイト相が減少している。さらに、各部から採取した断面光学顕微鏡用試料を、樹脂埋め込み、機械研摩、電解研摩および王水エッチングで作製し、ポイントカウント法による光学顕微鏡観察も実施しており、前記フェライト相およびマルテンサイト相量を測定する装置による測定結果とほぼ同じ結果を得ている。また、不可避的不純物量は、いずれの試料においても0.5体積%未満であることを確認している。
【0029】
なお、表3で示したビッカース硬さは、全て、断面光学顕微鏡用試料を用い、板厚中央部で、JIS Z 2244に準拠した方法で測定した。また、フランジ部自由端部の断面硬さは全てビッカース硬さで150〜350であり、かつ同一断面において該縦壁部中央部の加工誘起マルテンサイト相が、前記フランジ部自由端部よりも10体積%以上多く含まれていた。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】縦壁部の硬さと衝撃吸収エネルギーの関係、フランジ部の硬さとフランジ部切断性の関係を模式的に示した図である。
【図2】しわ押さえ力とΔHvの関係を示す図である。
【図3】ハット型形状を示す図である。
【図4】ハット成形サンプルの壁反り量を測定する位置を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相を含み、残部フェライト相および/またはマルテンサイト相並びに不可避的析出相からなる鋼板を成形加工して製造する構造部材の断面がハット形状を有し、該構造部材のフランジ部自由端部がオーステナイト相を20体積%以上含み、該フランジ部自由端部の断面硬さがビッカース硬さで150〜350、かつ同一断面において該縦壁部中央部の加工誘起マルテンサイト相が、前記フランジ部自由端部よりも10体積%以上多く含まれ、該縦壁部中央部の断面硬さが該フランジ部自由端部の断面硬さよりもビッカース硬さで50以上高いことを特徴とする衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
【請求項2】
前記鋼板が、質量%で
C:0.001〜0.250%、
Si:0.01〜3.00%、
Mn:0.01〜10.00%、
P:0.050%未満、
S:0.0001〜0.0100%、
Cr:5.0〜30.0%、
Ni:0.03〜15.00%、
N:0.001〜0.300%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなることを特徴とする請求項1に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
【請求項3】
さらに前記鋼板が、質量%で
Cu:0.10〜5.00%、
Mo:0.10〜5.00%、
W:0.10〜5.00%、
V:0.10〜5.00%、のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする請求項2に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
【請求項4】
さらに前記鋼板が、質量%で
Ti:0.005〜0.500%、
Nb:0.005〜0.500%、
B:0.0003〜0.0050%、のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする請求項2または請求項3に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
【請求項5】
さらに前記鋼板が、質量%で
Al:0.003〜0.500%、
Mg:0.0001〜0.0050%、
Ca:0.0001〜0.0050%、のうち一種または二種以上を含有することを特徴とする請求項2乃至請求項4のいずれか1項に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の構造部材をプレス成形加工により製造する際に、前記プレス成形加工時に、前記縦壁部中央部に8%以上40%以下の伸び歪が生じるようにプレス成形加工することを特徴とする衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材の製造方法。
【請求項7】
前記構造部材をプレス成形加工により製造する際に、ポンチ温度がダイス温度より10℃以上低いことを特徴とする請求項6に記載の衝撃吸収特性、形状凍結性及びフランジ部切断性に優れた、自動車、二輪車または鉄道車両用構造部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−280609(P2008−280609A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46965(P2008−46965)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】