説明

複層潤滑被膜用組成物と複層潤滑被膜及び該被膜を有するピストン

【課題】 アルミニウム合金製ピストンなどの基材への密着性に優れると共に、低摩擦係数で且つ耐摩耗性に優れ、初期馴染み性、耐焼き付き性にも優れた複層潤滑被膜、及びその形成に用いる複層被膜用組成物を提供する。
【解決手段】 複層潤滑被膜用組成物は、上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなる。上層被膜組成物は、エポキシ樹脂又はポリアミドイミド樹脂50〜70wt%、窒化ホウ素5〜20wt%、窒化珪素又はアルミナ15〜30wt%からなる。下層被膜組成物は、エポキシ樹脂又はポリアミドイミド樹脂50〜70wt%、ポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%、二硫化モリブデン5〜20wt%からなり、必要に応じてグラファイトを含んでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンスカートなどの基材への密着性に優れると共に、優れた摺動特性を有する乾性塗膜を形成しうる潤滑被膜用組成物、特に上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなる複層潤滑被膜用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、内燃機関のエンジンなどの摺動部品表面に、耐摩耗性又は耐焼き付き性を改善する手段の一つとして、潤滑被膜を形成する方法が採用されている。そして、この潤滑被膜の摺動特性を改善する手段として、バインダーとなる樹脂に固体潤滑剤を配合した組成物が提案されている。
【0003】
例えば、特開平01−261514号公報には、耐摩耗性や耐焼き付き性を改善するために、20〜80容量%のポリイミド樹脂又はポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤としての10〜60容量%のポリテトラフルオロエチレンと、0.5〜20容量%のアルミナなどからなる摺動材料が記載されている。
【0004】
また、特開昭64−087851号公報には、ピストンのようなエンジン部品の耐摩耗性を向上させるために、ポリイミド樹脂100重量部に対して、ポリテトラフルオロエチレン25〜125重量部を配合した固体薄膜潤滑剤を用いて、ピストンに塗膜をコーティングすることが記載されている。
【0005】
また、特開平06−279708号公報には、低摩擦係数で耐摩耗性に優れた塗膜を形成するため、エポキシ樹脂などの高強度耐熱性バインダー100重量部に対して、二硫化モリブデン、黒鉛、窒化ホウ素などの固体潤滑剤5〜300重量部と、ビニル系樹脂やポリブタジエンなどの改質剤5〜100重量部を配合した低摩擦性潤滑塗料が記載されている。
【0006】
更に、特開平07−097517号公報には、低摩擦係数と高耐摩耗性を達成するため、ポリアミドイミド樹脂及びポリイミド樹脂の少なくとも一方50〜73wt%と、固体潤滑剤としてのポリテトラフルオロエチレン3〜15wt%、二硫化モリブデン20〜30wt%及びグラファイト2〜8wt%とからなり、上記固体潤滑剤の総和が27〜50wt%である摺動用樹脂組成物が記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開平01−261514号公報
【特許文献2】特開昭64−087851号公報
【特許文献3】特開平06−279708号公報
【特許文献4】特開平07−097517号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
樹脂に固体潤滑剤を配合した潤滑被膜の摩擦係数を低下させるためには、固体潤滑剤としてのポリテトラフルオロエチレンの配合量を増加させる必要がある。しかし、ポリテトラフルオロエチレンの配合量を増加させると、ポリテトラフルオロエチレンと耐熱性樹脂に結合力がないため樹脂被膜層の摩耗量が増加し、低摩擦係数と耐摩耗性を両立させることはできなかった。
【0009】
また、固体潤滑剤のうち、二硫化モリブデンやグラファイトの配合量を増加させると、耐焼き付き性が向上することが知られている。しかしながら、二硫化モリブデンやグラファイトを必要以上に配合すると、樹脂被膜層自身の強度が極端に低下し、樹脂被膜層の摩耗量が増大する傾向がある。
【0010】
尚、樹脂被膜層の耐摩耗性を向上させるためには、硬質充填剤として、例えばアルミナや窒化珪素の配合が有効であることが知られている。しかし、アルミナや窒化珪素の配合量を増加させると、樹脂被膜表面の摩擦係数の増大と耐焼き付き性が低下することが知られている。
【0011】
本発明は、このような従来の事情に鑑み、アルミニウム合金製ピストンなどの基材への密着性に優れると共に、優れた摺動特性を有する乾性塗膜を形成することができ、特に、低摩擦係数で且つ耐摩耗性に優れ、初期馴染み性、耐焼き付き性を向上させることができる潤滑被膜用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明者らは、耐熱性、耐油性、アルミニウム合金製基材への密着性、耐摩耗性などの塗膜物性がバランス良く得られる結合樹脂と、被膜表面の低摩擦と初期馴染み性、耐焼き付き性を向上させることができる固体潤滑剤、更には樹脂被膜の耐摩耗性を向上させる目的で使用する硬質粒子について、その配合組成並びに得られる被膜特性を鋭意検討した結果、本発明に至ったものである。
【0013】
即ち、本発明が提供する複層被膜用組成物は、上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなる複層潤滑被膜用組成物であって、該上層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤である窒化ホウ素5〜20wt%と、硬質粒子である窒化珪素及びアルミナの少なくとも1種15〜30wt%とからなり、該下層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%、二硫化モリブデン5〜20wt%とからなることを特徴とする。
【0014】
また、本発明が提供する他の複層被膜用組成物は、上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなる複層潤滑被膜用組成物であって、該上層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤である窒化ホウ素5〜20wt%と、硬質粒子である窒化珪素及びアルミナの少なくとも1種15〜30wt%とからなり、該下層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%、二硫化モリブデンとグラファイトの合計5〜20wt%且つグラファイト1〜10wt%とからなることを特徴とする。
【0015】
更に本発明は、上記した複層潤滑被膜用組成物から形成されたことを特徴とする複層潤滑被膜、即ち、下層被膜組成物から形成された下層被膜と、上層被膜組成物から形成された上層被膜とからなる複層潤滑被膜を提供し、並びに該複層潤滑被膜をピストンスカート外周面に有することを特徴とする内燃機関のピストンを提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、上層被膜組成物と下層被膜組成物からなる複層潤滑被膜用組成物を用いることにより、基材への密着性に優れると共に、低摩擦係数であり、耐摩耗性、初期馴染み性、耐焼き付き性に優れた複層潤滑被膜、即ち下層被膜と上層被膜を形成することができる。従って、本発明の複層潤滑被膜を有する摺動部材は、摺動初期の段階で、初期馴染み性及び耐焼き付き性に優れている上層被膜が相手材との摺動により滑らかで良好な摺動面となり、低摩擦に優れている下層被膜の作用により定常摩耗量が低下して耐摩耗性も良好なものとなる。
【0017】
そのため、本発明による複層潤滑被膜は、耐焼き付き性、耐摩耗性、低摩擦係数が必要とされる分野、例えば内燃機関のピストンなどに特に有効である。しかも、本発明の複層潤滑被膜用組成物は、内燃機関のアルミニウム合金製ピストンにも適用可能な200℃以下での焼成が可能であり、特にアルミニウム合金への密着性に優れるうえ、初期馴染み性、耐焼き付き性、耐摩耗性が良好である。従って、摺動部材の耐久性が大幅に向上し、焼き付き面圧も高くなり、更に初期馴染み以降は下層被膜の効果により摩擦係数の低減が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の複層潤滑被膜用組成物は、上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなり、結合樹脂として、耐熱性、耐摩耗性及び密着性に優れたエポキシ樹脂又はポリアミドイミド樹脂、あるいはその両方を使用する。また、上層被膜組成物にのみ用いる硬質粒子としては、窒化珪素(Si)とアルミナ(Al)の片方又は両方が使用できる。硬質粒子の平均粒子径は、0.1μm未満になると耐摩耗性が低下し、また5μmを超えると相手材の摩耗が増大するため、0.1〜5μmの範囲が好ましく、0.1〜2μmの範囲が更に好ましい。
【0019】
上層被膜組成物の組成は、結合樹脂のエポキシ樹脂及び/又はポリアミドイミド樹脂50〜70wt%、固体潤滑剤の窒化ホウ素(BN)5〜20wt%、硬質粒子の窒化珪素及び/又はアルミナ15〜30wt%とする。結合樹脂が50wt%未満になると結合力の低下により耐摩耗性や密着性が低下し、逆に70wt%を超えると固体潤滑剤や硬質粒子が相対的に少なくなるため、潤滑性や耐摩耗性が低下する。固体潤滑剤の窒化ホウ素が5wt%未満では潤滑性が低下し、20wt%を超えると耐摩耗性が低下する。また、硬質粒子は20wt%未満では耐摩耗性が低下し、30wt%を超えると潤滑性が低下する。
【0020】
下層被膜組成物の組成については、結合樹脂は上層被膜組成物と同じく、エポキシ樹脂及び/又はポリアミドイミド樹脂50〜70wt%であり、固体潤滑剤として、基本的には、ポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%と、二硫化モリブデン(MoS)5〜20wt%を使用する。結合樹脂が50wt%未満では耐摩耗性や密着性が低下し、逆に70wt%を超えると固体潤滑剤が少なくなって低摩擦と耐焼き付き性が低下する。また、ポリテトラフルオロエチレンが15wt%未満では潤滑性が低下し、30wt%を超えると摩耗量が増大する。更に、二硫化モリブデンが5wt%未満では耐焼き付き性が低下し、20wt%を超えると被膜強度の低下により摩耗量が増大する。
【0021】
また、固体潤滑剤の二硫化モリブデンについては、グラファイトとの相乗効果により、耐焼付き性の向上を図ることができる。即ち、下層被膜組成物については、固体潤滑剤として、上記ポリテトラフルオロエチレンに加え、二硫化モリブデンとグラファイトを併用することができる。その場合、二硫化モリブデンとグラファイトは合計で5〜20wt%とし、且つグラファイトを1〜10wt%とすることが望ましい。グラファイトが1wt%未満では併用による耐焼付き性の向上の効果が得られず、10wt%を超えると耐摩耗性が低下するからである。
【0022】
複層潤滑被膜用組成物を構成する上層被膜組成物及び下層被膜組成物を調整するには、例えば、結合樹脂であるエポキシ樹脂及び/又はポリアミドイミド樹脂に有機溶剤を配合し、その樹脂溶液に固体潤滑剤を加え、必要に応じて更に硬質粒子を添加して、ビーズミルなどを用いて混合分散すればよい。尚、結合樹脂と、PTFE、MoS、グラファイトの固体潤滑剤と、硬質粒子との配合量は、合わせて100wt%となるよう調整する。
【0023】
また、本発明の複層潤滑被膜用組成物は、必要に応じて有機溶剤で希釈して、塗料として基材に塗布する、即ち、下層被膜塗料と上層被膜用塗料をこの順番に塗布し、焼成して硬化させることにより複層潤滑被膜が得られる。希釈に用いる有機溶剤は、溶剤系であって結合樹脂を溶解させることが可能であれば、特に限定されるもではない。焼成温度や焼成時間などの焼成条件は適宜設定すればよく、200℃以下での焼成も可能なためアルミニウム合金の基材にも適用することができる。尚、複層潤滑被膜の膜厚は適宜選択することができるが、塗布の作業性や費用面などを考慮すると、5〜40μm程度が望ましい。
【0024】
具体的には、複層潤滑被膜を形成すべき基材の表面を、溶剤脱脂、アルカリ脱脂などの前処理により油分や汚れを除去する。その基材表面に、エアースプレーやスクリーン印刷などの既知の方法により、まず下層被膜用塗料を塗布し、次に上層被膜用塗料を塗布する。その後、乾燥して有機溶剤を除去し、例えば180℃×30分あるいは200℃×20分など既知の条件で焼成することにより、下層被膜と上層被膜からなる複層潤滑被膜を形成することができる。
【0025】
本発明の複層潤滑被膜は、オイル潤滑環境下及びドライ潤滑環境下における様々な用途の摺動部材に幅広く適用可能である。複層潤滑被膜の結合樹脂であるエポキシ樹脂やポリアミドイミド樹脂は密着性に優れることから基材を選ばず、例えば、各種アルミ合金、鋳鉄、鋼、銅合金などの基材に適用することが可能である。その中でも内燃機関のピストン、特にピストンスカートへの適用が好適である。
【実施例】
【0026】
[実施例1]
結合樹脂としてエポキシ樹脂(EP)とポリアミドイミド樹脂(PAI)、固体潤滑剤として窒化ホウ素(BN)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデン(MoS)、グラファイト(GF)、及び硬質粒子として窒化珪素(Si)を用い、下記表1の試料1〜3に示す上層被膜組成物及び下層被膜組成物の組成となるように配合した。尚、試料3は比較例であり、単層用の被膜組成物である。
【0027】
【表1】

【0028】
上記表1の試料1〜3の各被膜組成物に有機溶剤を加えて混合した後、ビーズミルにて30分間分散し、それぞれ上層被膜用塗料及び下層被膜用塗料を得た。各上層被膜用塗料及び下層被膜用塗料を、表面粗さがRaで0.10〜0.15μmのアルミニウム合金AC8A製のテストピースに、下層被膜が5〜10μm及び上層被膜が5〜10μmの塗膜厚さになるよう塗布し、180℃で30分間の焼成を行った。ただし、比較例である試料3については、単層の被膜が10±2μmの塗膜厚さになるよう塗布し、180℃で60分間焼成した。
【0029】
得られた本発明例の試料1と比較例の試料3の各潤滑被膜について、鈴木式摩擦摩耗試験機により、すべり速度:0.5m/秒、相手材:AC8A、すべり距離:1800m、面圧:2.52〜5.04MPaのドライ潤滑環境下で試験し、上記すべり距離における摩耗量及び摩擦係数を測定した。その結果を、摩耗量(摩耗深さ)については図1に、摩擦係数については図2に示した。尚、耐焼き付き性については、摩耗量が10μm以上のものを焼き付きと判定した。
【0030】
図1から明らかなように、本発明例である試料1の複層潤滑被膜は、ドライ潤滑環境下において摩耗量が少なく且つ耐焼き付き性も高いことを示している。また、図2から、摩擦係数も低減されていることが分る。これは、複層潤滑被膜の初期馴染み性が良好なため、即ち、複層潤滑被膜の表面が相手材との摺動により滑らかに摩耗して、摺動初期の段階で良好な摺動面を形成するためと考えられる。良好な摺動面が得られたことに伴い定常摩耗量も低下するため、耐摩耗性も良好である。
【0031】
一方、比較例である試料3の単層の潤滑被膜は、図1から分るように、本発明例の試料1に比較して同じ面圧での摩耗量が多く、耐焼き付き性も低い。また、図2から明らかなように、摩擦係数の低減も達成されていない。これは、試料3の潤滑被膜自身の硬さが低いため、相手材との摺動により潤滑被膜の表面が摺動初期の段階で良好な摺動面を形成できなかったためと考えられる。
【0032】
以上の結果から、本発明例の試料1は、ドライ潤滑において、耐焼き付き性が高く、初期馴染み性に優れており、摺動面の初期馴染み後、下層潤滑被膜との摺動に移行した時に、一層低い摩擦係数が得られることが明らかである。
【0033】
[実施例2]
上記実施例1の表1に示す本発明例の試料1〜2と比較例の試料3の各潤滑被膜について、鈴木式摩擦摩耗試験機により、すべり速度:0.5m/秒、相手材:AC8A、すべり距離:1800m、面圧:3.78MPa、オイル:合成油(PAO−4)0.3mlのオイル潤滑環境下で試験し、上記すべり距離における摩耗量及び摩擦係数を測定した。その結果を、摩耗量(摩耗深さ)については図3に、摩擦係数については図4に示した。尚、耐焼き付き性については、摩耗量が10μm以上のものを焼き付きと判定した。
【0034】
図3から明らかなように、本発明例である試料1〜2の複層潤滑被膜では、比較例である試料3に比較して、オイル潤滑環境下における摩耗量が少なく且つ耐焼き付き性も高い。また、図4から、摩擦係数も低減されていることが分る。これは、複層潤滑被膜の初期馴染み性がオイル潤滑環境下でも良好なため、複層潤滑被膜の表面が相手材との摺動により滑らかに摩耗して、摺動初期の段階で良好な摺動面を形成するためと考えられる。良好な摺動面が得られたことに伴い定常摩耗量も低下するため、耐摩耗性も良好である。
【0035】
一方、比較例である試料3は、単層の潤滑被膜を形成し、その潤滑被膜自身の硬さが低いため、本発明例の試料1〜2に比較して摩耗量が多くなっている。また、図4から分るように、試料3は、オイル潤滑環境により初期馴染みが達成されると低摩擦係数を示すが、摺動初期では摩耗量が多い。
【0036】
以上の結果から、本発明例の試料1〜2は、オイル潤滑においても、耐焼き付き性が高く、初期馴染み性に優れており、摺動面の初期馴染み後、下層潤滑被膜との摺動に移行した時に、一層低い摩擦係数が得られることが明らかである。
【0037】
[実施例3]
下記表2に示す試料5〜20の単層の被膜組成物を調整した。その際、結合樹脂としてエポキシ樹脂(EP)、ポリアミドイミド樹脂(PAI)、フェノール樹脂(PH)、ポリイミド樹脂(PI)を使用し、固体潤滑剤として窒化ホウ素(BN)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデン(MoS)、グラファイト(GF)を用い、硬質粒子としては窒化珪素(Si)のほか、ジルコニア(ZrO)、アルミナ(Al)、酸化鉄(Fe)を使用した。
【0038】
【表2】

【0039】
表2に示す比較例の試料5〜20、上記実施例1の表1に示す本発明例の試料1〜2及び比較例の試料3の各被膜組成物に、それぞれ有機溶剤を加えて混合した後、ビーズミルにて30分間分散した。得られた各被膜用塗料を、アルミニウム合金AC8A製のピストンスカートに塗布し、焼成して潤滑被膜を形成した。その際、本発明例の試料1〜2については下層被膜が5〜10μm及び上層被膜が5〜10μmの塗膜厚さに、比較例の各試料は単層被膜が10〜20μmの被膜厚さになるように、それぞれ塗布した。また、焼成条件は、試料1〜2では180℃で30分とし、他の試料では180℃で60分の焼成を行った。尚、試料4は、潤滑被膜を有しない試料である。
【0040】
これら各試料のピストンを、アルミスリーブ160cc単気筒ガソリンエンジンに組み付けして、全開負荷3600rpmにて20時間の試験運転を行った。試験運転後のピストン表面の摩耗、スカッフ及びオイル消費量に基づき、各試料の潤滑被膜を総合評価して、その結果を上記表2に併せて示した。尚、表2に示す総合評価は、◎は良好、○は僅かの摩耗やスカッフ、△は明らかな摩耗やスカッフ、×は著しい摩耗やスカッフを表す。この表2の結果から、複層潤滑被膜である本発明例の試料1〜2は、潤滑被膜のない試料4はもちろん、単層被膜からなる比較例の試料3、5〜20に比較しても、極めて優れていることが分る。
【0041】
[実施例4]
上記実施例3と同様にして、表2の本発明例である試料2の複層潤滑被膜、比較例である試料3〜4の単層の潤滑被膜を有する各ピストンを作製した。これらのピストンについて、上記実施例3と同様にアルミスリーブ160cc単気筒ガソリンエンジンを用いて、全開負荷3600rpmにて150時間の耐久試験運転を行った。回転数を2000rpm、2500rpm、3000rpm、4000rpmと変化させたとき、全開負荷耐久前、20時間後、150時間後におけるフリクションの測定、及びピストン表面の摩耗状況を調べ、その結果を図5〜8に示した。
【0042】
試料2〜4の全開負荷前のフリクションを示す図5、及び試料2〜4の全開負荷20時間後のフリクションを示す図6から分るように、本発明例の試料2の複合潤滑被膜をピストンスカート外周面に有するピストンは、フリクションを示す出力が比較例の試料3〜4よりも明らかに低減されており、耐焼き付き性、初期馴染み性に優れていることが明らかである。
【0043】
また、本発明の試料2について、全開負荷前、20時間後及び150時間後におけるフリクション経過を示す図7から、本発明例の試料2のピストンは、評価時間の経過に伴って出力が低減しており、低摩擦に優れていることが明らかである。更に、試料2〜4の各耐久試験後のピストン表面を示す図8の写真から、本発明例の試料2における摩耗・スカッフは、比較例である試料3〜4よりも飛躍的に良好となっていることが分る。
【0044】
以上の結果から、本発明の複層潤滑被膜用組成物を用いて複層潤滑被膜を形成したピストンは、内燃機関において初期馴染み性が良好で、摩耗量が少なく、耐焼き付き性も高いことが分る。これは、本発明の複層潤滑被膜が相手材との摺動により滑らかに摩耗して、摺動初期の段階で良好な摺動面を形成したためと考えられる。また、初期馴染み以降は、下層潤滑被膜の効果によりフリクションの低減が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例1における試料1と3の各潤滑被膜のドライ潤滑環境下での摩耗量を示すグラフである。
【図2】実施例1における試料1と3の各潤滑被膜のドライ潤滑環境下での摩擦係数を示すグラフである。
【図3】実施例2における試料1〜3の各潤滑被膜のオイル潤滑環境下での摩耗量を示すグラフである。
【図4】実施例2における試料1〜3の各潤滑被膜のオイル潤滑環境下での摩擦係数を示すグラフである。
【図5】実施例4における試料2〜4の各潤滑被膜を有するピストンの全開負荷前のフリクションを示すグラフである。
【図6】実施例4における試料2〜4の各潤滑被膜を有するピストンの全開負荷20時間後のフリクションを示すグラフである。
【図7】実施例4における試料2の潤滑被膜を有するピストンの全開負荷前、20時間後及び150時間後におけるフリクション経過を示すグラフである。
【図8】実施例4における試料2〜4の各潤滑被膜を有するピストンの耐久試験後の表面状態を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなる複層潤滑被膜用組成物であって、該上層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤である窒化ホウ素5〜20wt%と、硬質粒子である窒化珪素及びアルミナの少なくとも1種15〜30wt%とからなり、該下層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%、二硫化モリブデン5〜20wt%とからなることを特徴とする複層潤滑被膜用組成物。
【請求項2】
上層被膜組成物と下層被膜組成物とからなる複層潤滑被膜用組成物であって、該上層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤である窒化ホウ素5〜20wt%と、硬質粒子である窒化珪素及びアルミナの少なくとも1種15〜30wt%とからなり、該下層被膜組成物が結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種50〜70wt%と、固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%、二硫化モリブデンとグラファイトの合計5〜20wt%且つグラファイト1〜10wt%とからなることを特徴とする複層潤滑被膜用組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の複層潤滑被膜用組成物から形成されたことを特徴とする複層潤滑被膜。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の複層潤滑被膜用組成物から形成された複層潤滑被膜をピストンスカート外周面に有することを特徴とする内燃機関のピストン。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−56750(P2008−56750A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−232961(P2006−232961)
【出願日】平成18年8月30日(2006.8.30)
【出願人】(591213173)住鉱潤滑剤株式会社 (42)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】