説明

複数のクラッチを持つ変速装置

【課題】 急発進時や悪路発進時、悪路走行時に、駆動輪がスリップしないように駆動力を瞬時に適正に制御でき、経済性にも優れた複数のクラッチを持つ変速装置を提供する。
【解決手段】 駆動力発生手段で駆動されるトランスミッションの出力軸が備える被動歯車と噛合する駆動歯車を備える第1入力軸への駆動力伝達を断続する第1クラッチと、該駆動力発生手段で駆動される該トランスミッションの該出力軸が備える被動歯車と噛合する駆動歯車を備える第2入力軸への駆動力伝達を断続し、該第1クラッチとは互いに独立して動作する第2クラッチと、該駆動力発生手段で発生している駆動力を検出する駆動力検出手段と、駆動輪のスリップに関する物理量を検出するスリップ検出手段と、該駆動力及び該スリップに関する物理量の検出結果を取り込み、該第1クラッチが結合した状態で該第2クラッチの結合割合を制御する第2クラッチ制御手段と、を備えることを特徴とする複数のクラッチを持つ変速装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両走行用の駆動力を伝達するクラッチを複数持つ変速装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両に搭載されるエンジンの駆動力を駆動輪に伝達する途中で断続するためにクラッチが用いられている。このクラッチを2つ持ついわゆるツインクラッチ変速装置の例が特許文献1に開示されており、一般的には第1入力軸をエンジンに結合する第1クラッチと、第2入力軸をエンジンに結合する第2クラッチとを持ち、第1及び第2入力軸はそれぞれ変速比の異なる複数の駆動歯車を有し、いずれかが出力軸の被動歯車と噛合するようになっている。そして変速する場合、例えば第1入力軸のある1つの駆動歯車が噛合し第1クラッチが結合して走行している状態から第2入力軸の別の駆動歯車に切り替える場合には、一時的に両方のクラッチで駆動力を分担して伝達することにより切替操作している。すなわち、第1クラッチが完全に結合し第2クラッチが開離した状態から、第2クラッチの結合割合を徐々に大きくすると同時に第1クラッチの結合割合を徐々に小さくして、駆動力の伝達経路を第1クラッチから第2クラッチに移しながら、最終的に第2クラッチで全駆動力を伝達するようにしている。
【0003】
このように、ツインクラッチ変速装置は駆動力の伝達を遮ることなく円滑に変速切替操作を行える点、及び変速比の数すなわち変速段数を多く構成できる点で、シングルクラッチ変速装置にはない長所を有している。
【0004】
ところで、車両を急発進させるときは、アクセルを開いてエンジン回転数を上げ駆動力を大きくした状態でクラッチを急速に結合させるため、駆動力伝達系の破損や駆動輪のスリップの危険性があった。この危険性はツインクラッチ変速装置及びシングルクラッチ変速装置に共通であり、対策として燃料カットによるエンジンの駆動力制限や、マニュアル操作によるクラッチの緩慢な結合操作が行われている。また、雪道や舗装されていない砂利道など悪路での発進時や走行時には、駆動力が大きすぎることによる駆動輪のスリップを防止するため、アンチロックブレーキングシステム(ABS)や前記燃料カットにより駆動力を制御している。
【0005】
しかしながら、これらの方法には時間応答性の面で制約があり、駆動力を瞬時に適正に制御し、短時間で速度を上げる発進制御ができていなかった。また、車両の仕様差、運転者の習慣や癖、走路の状況などの諸条件に適応した発進制御、走行制御ができていなかった。
【特許文献1】特開2003−120764号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記背景に鑑みてなされたものであり、急発進時や悪路発進時、悪路走行時に、駆動輪がスリップしないように駆動力を瞬時に適正に制御でき、経済性にも優れた複数のクラッチを持つ変速装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の請求項1記載の複数のクラッチを持つ変速装置は、駆動力発生手段で駆動されるトランスミッションの出力軸が備える被動歯車と噛合する駆動歯車を備える第1入力軸への駆動力伝達を断続する第1クラッチと、該駆動力発生手段で駆動される該トランスミッションの該出力軸が備える被動歯車と噛合する駆動歯車を備える第2入力軸への駆動力伝達を断続し、該第1クラッチとは互いに独立して動作する第2クラッチと、該駆動力発生手段で発生している駆動力を検出する駆動力検出手段と、駆動輪のスリップに関する物理量を検出するスリップ検出手段と、該駆動力及び該スリップに関する物理量の検出結果を取り込み、該第1クラッチが結合した状態で該第2クラッチの結合割合を制御する第2クラッチ制御手段と、を備えることを特徴とする。
【0008】
請求項2〜6は、本発明の変速装置の好ましい形態である。すなわち、前記駆動力発生手段は車両走行駆動用のエンジンであり、前記駆動力検出手段はエンジン回転数センサまたはアクセル開度センサあるいは両者の併用であることが好ましい。また、前記第1入力軸が備える駆動歯車は発進時の第1速用歯車を含む奇数速用歯車であり、前記第2入力軸が備える駆動歯車は偶数速用歯車としてもよい。前記第1入力軸が備える駆動歯車は前進及び後進を含む走行用歯車であり、前記第2入力軸が備える駆動歯車は前記走行用歯車のいずれとも異なる変速比を有する駆動力減殺用歯車としてもよい。前記スリップ検出手段は、車輪速センサで検出した車輪速度を基にして演算によりスリップに関する物理量を求めるようにしてもよい。前記第2クラッチは駆動力を伝達する結合状態、駆動力を伝達しない開離状態、駆動力の任意の割合を伝達する半結合状態のいずれにも制御できることが好ましい。
【0009】
請求項7〜11は、本発明の変速装置における操作制御の方法を示している。すなわち、前記第2クラッチ制御手段は、前記第1入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つが噛合して前記第1クラッチが結合し、かつ前記駆動力が判定値を超過しているときに、前記第2入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つを噛合させ前記第2クラッチを前記半結合状態に制御することが好ましい。また、前記第2クラッチ制御手段は、前記第1入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つが噛合して前記第1クラッチが結合し、かつ前記スリップに関する物理量が判定値を超過しているときに、前記第2入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つを噛合させ前記第2クラッチを前記半結合状態に制御することが好ましい。
【0010】
前記第2クラッチ制御手段は、車両発進時に前記第1入力軸の第1速用歯車を噛合させ前記第1クラッチを結合させたとき、前記駆動力あるいは前記スリップに関する物理量が判定値を超過していれば、前記第2入力軸の第2速用歯車を噛合させ前記第2クラッチを前記半結合状態に制御することが好ましい。また、前記第2クラッチ制御手段は、前記スリップに関する物理量の大きさに応じて前記第2クラッチの結合割合を変更する制御を行うことが好ましい。
【0011】
前記第2クラッチ制御手段は、前記第1クラッチと、前記第1入力軸の噛合する駆動歯車と、前記第2クラッチと、前記第2入力軸の噛合する駆動歯車とを制御するようにしてもよい。
【0012】
以下、順を追って説明する。本発明の変速装置は、第2クラッチをブレーキとして作用させることを特徴としている。すなわち、車両発進時に過大な駆動力で駆動輪がスリップすることを抑制するため、第1クラッチが完全に結合した状態で第2クラッチを半結合状態とし駆動力の一部を摩擦熱に変換して消費し、適正な駆動力を駆動輪に伝達する。その手段として、本発明の変速装置は、第1クラッチ、第2クラッチ、駆動力検出手段、スリップ検出手段、及び第2クラッチ制御手段を備えている。
【0013】
第1クラッチ及び第2クラッチは、結合することにより駆動力発生手段で発生した駆動力をトランスミッションの第1入力軸及び第2入力軸へそれぞれ伝達し、また開離することにより駆動力を伝達しないように構成されている。第1入力軸及び第2入力軸はそれぞれ駆動歯車を備え、いずれか1つが出力軸の備える被動歯車と噛合するようになっている。出力軸と駆動輪との間は機構的に結合され、駆動力が伝達されるように構成されている。第1入力軸及び第2入力軸は、一方を中空軸として他方を貫通させることが好ましいが、限定はされない。被動歯車はそれぞれの駆動歯車とペアで設けられる場合が多いが、これも限定はされない。さらに駆動歯車と被動歯車が直接噛合せず中間軸に設けられた歯車を媒介する構成でもよい。なお、第1及び第2入力軸の駆動歯車はそれぞれ変速比の異なる歯数を持つように構成されている。
【0014】
本発明は、クラッチの断続及び噛合する歯車が自動的に制御されるいわゆるツインクラッチ方式のオートマチックトランスミッション(AT)に適用し、第1入力軸に奇数速用歯車を、第2入力軸に偶数速用歯車をそれぞれ備えてもよい。駆動力は、第1クラッチから第1入力軸を経由して出力軸へ伝達する経路、または第2クラッチから第2入力軸を経由して出力軸へ伝達する経路のいずれかにより、駆動輪へと伝達されてゆく。
【0015】
あるいは、第1入力軸に人が操作するいわゆるマニュアルトランスミッション(MT)を適用し、第2入力軸に駆動力を減殺する専用の駆動力減殺用歯車を適用してもよい。駆動力減殺用歯車の変速比は、第1入力軸のいずれの駆動歯車とも異なるものとしておく。これにより、駆動力は、第1クラッチから第1入力軸を経由して出力軸へと伝達されてゆく。
【0016】
なお当然ながら、オートマチックトランスミッション、マニュアルトランスミッションいずれの場合にも、後進用歯車をいずれかの入力軸に備えておく。
【0017】
駆動力発生手段としてはエンジンが代表的であるが、駆動力伝達系が上述のように構成されていれば、モータその他の手段でも支障なく本発明を適用できる。エンジンの場合、駆動力検出手段としては、エンジン回転数センサまたはアクセル開度センサが一般的であり、両者は強い因果関係があるため併用すれば検出の信頼性が向上する。
【0018】
スリップ検出手段としては、車輪速センサで車輪の回転速度を検出し、その時間変化率を演算により求め、スリップに関する物理量として車両走行速度及びスリップの程度を推定することが好ましく、この方法はアンチロックブレーキングシステムでも実施されている。
【0019】
第2クラッチ制御手段は、上述の駆動力及びスリップに関する物理量の検出結果を取り込み、これを基にして第2入力軸の噛合する駆動歯車及び第2クラッチの結合割合を制御する。この機能を果たすため第2クラッチ制御手段には、デジタル方式のマイクロコントローラを適用することが好ましい。
【0020】
次に、本発明の変速装置の車両発進時の操作制御方法及び動作について説明する。本発明では、駆動力検出手段で発生している駆動力を検出し、第2クラッチ制御手段でこの発生駆動力を監視している。したがって、発進時に第1入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つが噛合して第1クラッチが結合するとき、発生駆動力が大きければ急発進が意図されており、駆動輪がスリップする危険性があることを、第2クラッチ制御手段の側で認識、予見することができる。あらかじめ定めた判定値よりも発生駆動力が大きく、駆動輪のスリップを予見したとき、第2クラッチ制御手段は、第2入力軸の駆動歯車のうちいずれかの1つを噛合させ、第2クラッチを半結合状態とし、その結合割合を第1クラッチよりも小さく保ちながら制御してゆけばよい。
【0021】
このとき、第1入力軸と第2入力軸では変速比が異なるため、両者は異なる回転数で出力軸を回転させようとする。ここで、第1クラッチは第2クラッチよりも結合割合を大きく制御しているため、第1クラッチで結合する第1入力軸が出力軸の回転を支配する。第2クラッチでは、半結合状態ですべりを生じて摩擦熱が発生する。このようにして発生駆動力の一部は第1入力軸を経由して出力軸に伝達され、残りは第2クラッチで熱エネルギとして消費され、結局出力軸から駆動輪に伝達される駆動力は減殺されて適正化される。
【0022】
ところで、車両発進時に第1入力軸で噛合させる駆動歯車は、通常は第1速用歯車である。第2入力軸の噛合する歯車は、第1入力軸と異なる変速比であればよく、極論すれば後進用歯車でもよいが、第2クラッチの摩擦熱による損耗を抑制するために変速比の近い第2速用歯車が好適である。なお、入力軸及びクラッチの第1と第2の呼称は便宜上であり、役割を入れ替えても何ら支障ない。
【0023】
次に、車両が動き始めた後及び走行中における操作制御方法及び動作について説明する。本発明では、スリップ検出手段で駆動輪のスリップに関する物理量を検出しており、第2クラッチ制御手段ではこのスリップに関する物理量を監視している。したがって、スリップに関する物理量が判定値を超過したとき、第2クラッチを半結合状態にして駆動力を熱エネルギとして消費することにより、駆動輪に伝達される駆動力を適正化することができる。
【0024】
また、スリップに関する物理量があらかじめ定めた規定値よりも大きい場合には、第2クラッチの結合割合を大きくして、伝達する駆動力をさらに減殺することが好ましい。スリップに関する物理量が規定値よりもが小さい場合には、第2クラッチの結合割合を小さくして、伝達する駆動力を回復することが好ましい。この制御を行うことにより、常にスリップを抑制しつつ、駆動力を伝達することができる。さらに、この第2クラッチの結合割合の制御は時間遅れなく瞬時に行えるため、従来の燃料カットなどの制御方法と比較して時間応答性が格段に向上する。
【0025】
なお、上述の駆動力の判定値及びスリップに関する物理量の判定値、規定値は、車両の仕様にあわせて、第2クラッチ制御手段にあらかじめ設定しておけばよい。さらに、過去の発進時や走行時の制御履歴を基に、運転者の習慣や癖にあわせて逐次適正化を図る最適化制御を行うこともできる。
【0026】
ところで、本発明では、第1クラッチを完全に結合させた状態で、意図的に第2クラッチを半結合状態にしている。これにより第1出力軸と第2出力軸の回転数の異なる駆動力が出力軸へ伝達され、結果として第2クラッチの結合割合に応じて出力軸の駆動力は減殺され、駆動輪へ伝達する駆動力が減少する。これに対して、一般的なツインクラッチ変速装置では、両方のクラッチを半結合状態にして、駆動力を一方から他方に移行させながら変速操作を行っている。この2つの操作は、目的も方法も異なるものである。
【0027】
第2クラッチ制御手段は、第2入力軸の噛合する駆動歯車及び第2クラッチを制御して駆動力の適正化を図る制御手段として説明したが、これに限定されるものではない。すなわち、第2クラッチ制御手段は、第1入力軸の噛合する駆動歯車及び第1クラッチをも制御することにより、一般的なツインクラッチ変速装置における制御部の役割を兼用することができる。本発明の変速装置と一般的なツインクラッチ変速装置では、第2クラッチで意図的に駆動力を熱エネルギに変換する点及びそのための操作制御方法の2点が異なるが、構成は類似しており、両者の機能を兼ね備えることにより、経済性に優れた変速装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の複数のクラッチを持つ変速装置によれば、急発進時や走行中に駆動輪がスリップしたときに、第1クラッチが結合した状態で第2クラッチの結合割合を制御するようにしたので、過大な発生駆動力を第2クラッチで熱エネルギとして消費し、駆動輪に伝達される駆動力を瞬時に減殺して適正化し、スリップを抑制することができる。
【0029】
また、スリップに関する物理量の大きさに応じて第2クラッチの結合割合を増減制御する形態では、常にスリップを抑制しつつ、駆動力を伝達することができる。
【0030】
第2クラッチ制御手段で、第2入力軸の噛合する駆動歯車及び第2クラッチのみならず、第1入力軸の噛合する駆動歯車及び第1クラッチをも制御する形態では、一般的なツインクラッチ変速装置における制御部の役割を兼用することができ、経済性に優れた変速装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明を実施するための最良の形態を、図1のスケルトン図を参考にして説明する。図中で、破線の矢印は検出信号及び制御の流れを示している。本発明の複数のクラッチを持つ変速装置は、第1クラッチC1及び第2クラッチC2と、第1入力軸31及び第2入力軸32と、駆動力検出手段に相当するエンジン回転数センサ51及びアクセル開度センサ52と、スリップ検出手段に相当する車輪速センサ62と、第2クラッチ制御手段に相当する駆動部制御装置71とで構成されている。
【0032】
第1クラッチC1は、駆動力発生手段に相当するエンジン11で駆動されるオートマチックトランスミッション20の第1入力軸31を結合することによりエンジン11の回転駆動力を伝達し、開離することにより回転駆動力を伝達しないようになっている。同様に、第2クラッチC2は、オートマチックトランスミッション20の第2入力軸32を結合及び開離するようになっている。また、両方のクラッチC1、C2は互いに独立して動作し、任意の結合割合で駆動力を伝達できる半結合状態を取ることができるように構成されている。
【0033】
第1入力軸31は、駆動歯車として第1速用歯車G1と、第3速用歯車G3と、第5速用歯車G5とを備えている。そして、第1速用歯車G1及び第3速用歯車G3はハブスリーブS1の動作により、第5速用歯車G5はハブスリーブS3の動作により、出力軸41の備える符号略の被動歯車と噛合するように構成されている。第2入力軸32には中空のパイプが用いられて内周側は第1入力軸31が貫通し、外周側には駆動歯車として第2速用歯車G2と第4速用歯車G4とを備えている。第2速用歯車G2及び第4速用歯車G4はハブスリーブS2の動作により、出力軸41の備える符号略の被動歯車と噛合するように構成されている。出力軸41と駆動輪61との間は、機構の組み合わせにより駆動力が伝達されるように構成されている。
【0034】
エンジン11で発生している駆動力を検出する手段としては、エンジン回転数センサ51及びアクセル開度センサ52を併用する。これらのセンサは従来から用いられ、通常出力信号は図略の車両電子制御装置(ECU)に取り込まれているため、信号分岐あるいは車両電子制御装置との情報通信により検出結果を得るようにすればよい。
【0035】
駆動輪61のスリップに関する物理量を検出する手段としては、駆動輪61の回転速度を検出する車輪速センサ62を用いる。車輪速センサ62も従来から用いられ、通常出力信号は図略のアンチロックブレーキングシステムあるいは車両電子制御装置に取り込まれている。特にアンチロックブレーキングシステムでは、走行中のブレーキ操作時にスリップを防止するため、車輪速度の時間変化率から車両走行速度を演算により求めし、スリップの程度を推定している。したがって、この結果を情報通信により得るようにすることが好適であり、アンチロックブレーキングシステムが搭載されていない車両では同等の演算を実行すればよい。
【0036】
駆動部制御装置71は、上述の駆動力及びスリップに関する物理量の検出結果を取り込み、これを基にして第2入力軸32の駆動歯車を噛合させ、第2クラッチC2の結合割合を制御する。この機能を果たすため駆動部制御装置71には、入力信号回路と、内部演算回路と、メモリ回路と、制御出力回路と、電源回路とを備えるデジタル方式のマイクロコントローラを適用することが好ましい。入力信号回路は、エンジン回転数センサ51、アクセル開度センサ52、及び車輪速センサ62から出力された信号を取り込み、増幅、デジタル変換するか、あるいは情報通信により同等の信号を得るようにする。内部演算回路は、デジタル信号を基にしてエンジン11の発生駆動力や駆動輪61のスリップに関する物理量を演算により求め、あらかじめ定めた判定値及び規定値と比較し、第2入力軸32の噛合する駆動歯車及び第2クラッチC2の制御方法を決定する。メモリ回路は、判定値及び規定値や、前記演算に必要な諸定数、過去の発進時の制御履歴など記憶しておく。制御出力回路は、外部に指令を出力して制御を実行する。
【0037】
なお、本実施例の駆動部制御装置71は、第1入力軸31の噛合する駆動歯車及び第1クラッチC1をも制御し、一般的なツインクラッチ変速装置の変速動作も制御する構成とする。
【0038】
次に、本実施例における発進時の操作制御手順と動作について、図2の操作制御フロー図を参考にして順に説明する。
1)車両の運転者はオートマチックトランスミッションをドライブモードに切替え、発進指令を出す。
2)駆動部制御装置71は、第1入力軸31の第1速用歯車G1を噛合させる。
3)駆動部制御装置71は、エンジン回転数センサ51及びアクセル開度センサ52の検出結果を取り込む。
4)ブレーキが解除されていることを確認する。
5)エンジン回転数またはアクセル開度のいずれかが判定値よりも大きいときは発生駆動力が大きな急発進操作と判定して7)に進み、判定値よりも小さいときは通常の発進操作と判定して6)に進む。
6)通常の発進操作では、第1クラッチC1を徐々に結合させ、第1速で走行を開始する。以降は8)に進む。
7)急発進操作では、第2入力軸32の第2速用歯車G2を噛合させ、第1クラッチC1を徐々に結合させながら、第2クラッチC2も半結合状態にして、第1速で走行を開始する。
8)走行開始時及び走行中は、車輪速センサ62の検出結果を取り込む。
9)車輪速センサ62の検出結果を基にして駆動輪61のスリップに関する物理量をあらかじめ定めた規定値と比較し、スリップ有りと判定したときは10)に進む。スリップ無しと判定したときは発進操作を終了し、通常の変速制御に戻る。
10)スリップ有りのとき、第2クラッチC2の結合割合を大きくし、再度8)に戻る。
【0039】
上述の手順7)で第1クラッチC1を結合させ、かつ第2クラッチC2を半結合状態とした状況を図3のスケルトン図に示す。駆動力の主な伝達経路は図中に実線の矢印で示すように、エンジン11から第1クラッチC1、第1入力軸31、第1速用歯車G1、ハブスリーブS1を経由し、出力軸41に到達している。駆動力の第2の伝達経路は、エンジン11から第2クラッチC2、第2入力軸32、第2速用歯車G2、ハブスリーブS2を経由して出力軸41に至っている。このとき、第1速用歯車G1と第2速用歯車G2の変速比が異なるため、両者は異なる回転数で出力軸41を回転させようとする。ここで、第1クラッチC1は完全に結合しており、第2クラッチC2は半結合状態であるため、出力軸41は第1速用歯車G1の変速比に支配されて回転する。第2クラッチでは変速比の差分に相当するすべりが生じ、発熱する。
【0040】
結局、第2クラッチC2はブレーキとして作用し、エンジン11で発生している駆動力の一部を熱エネルギに変換して消費し、第1クラッチC1から出力軸41に伝達する駆動力を減殺する。これにより、駆動輪61には適正な駆動力が伝達し、スリップを抑制できる。さらに、上記手順9)でスリップに関する物理量が規定値以上のときには、手順10)で第2クラッチC2の結合割合を大きくすることにより駆動力を減殺する比率を高め、瞬時に適切な制御を行うことができる。
【0041】
なお上記手順7)で、第2出力軸31の第2速用歯車G2を噛合させたが、これに限定されず第4速用歯車G4でも支障はない。ただし、変速比が接近しておりクラッチの破損のリスクが小さい点、及び発進時の第1速に続いて第2速に変速する操作と兼用できる点から、第2速用歯車G2が好ましい。
【0042】
また、発進時に限らず悪路走行時にも、上記手順8)〜10)を行うことにより、スリップの抑制ができる。
【0043】
図4は、本発明の別の実施例であり、トランスミッション21の第1入力軸31に一般的な5段変速の駆動歯車G1〜G5を備え、第2入力軸32には駆動力減殺用歯車GXを備えている。駆動力減殺用歯車GXの変速比は第1入力軸のいずれの駆動歯車とも異なっており、常時出力軸41の被動歯車と噛合している。第2クラッチC2から第2入力軸32、駆動力減殺用歯車GXを経由して出力軸41に至る駆動力伝達経路は実際の走行には用いず、駆動力の一部を熱エネルギに変換するものである。この構成においても図1の実施例と同様の制御、動作により、駆動輪のスリップを抑制できる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の複数のクラッチを持つ変速装置は、車両の仕様や変速装置の方式を問わず、広く車両一般に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の複数のクラッチを持つ変速装置の実施例を示すスケルトン図である。図中で、破線の矢印は検出信号及び制御の流れを示す。
【図2】図1の実施例における操作制御手順を示す操作制御フロー図である。
【図3】図1の実施例における動作状態を示すスケルトン図である。図中で、実線の矢印は駆動力の伝達経路を示す。
【図4】本発明の別の実施例を示すスケルトン図である。
【符号の説明】
【0046】
11:エンジン
C1:第1クラッチ C2:第2クラッチ
20:オートマチックトランスミッション
21:トランスミッション
31:第1入力軸 32:第2入力軸
G1:第1速用歯車 G2:第2速用歯車 G3:第3速用歯車
G4:第4速用歯車 G5:第5速用歯車
GX:駆動力低減用歯車
S1、S2、S3:ハブスリーブ
41:出力軸
51:エンジン回転数センサ 52:アクセル開度センサ
61:駆動輪 62:車輪速センサ
71:駆動部制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動力発生手段で駆動されるトランスミッションの出力軸が備える被動歯車と噛合する駆動歯車を備える第1入力軸への駆動力伝達を断続する第1クラッチと、
該駆動力発生手段で駆動される該トランスミッションの該出力軸が備える被動歯車と噛合する駆動歯車を備える第2入力軸への駆動力伝達を断続し、該第1クラッチとは互いに独立して動作する第2クラッチと、
該駆動力発生手段で発生している駆動力を検出する駆動力検出手段と、
駆動輪のスリップに関する物理量を検出するスリップ検出手段と、
該駆動力及び該スリップに関する物理量の検出結果を取り込み、該第1クラッチが結合した状態で該第2クラッチの結合割合を制御する第2クラッチ制御手段と、
を備えることを特徴とする複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項2】
前記駆動力発生手段は車両走行駆動用のエンジンであり、前記駆動力検出手段はエンジン回転数センサまたはアクセル開度センサあるいは両者の併用である請求項1記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項3】
前記第1入力軸が備える駆動歯車は発進時の第1速用歯車を含む奇数速用歯車であり、前記第2入力軸が備える駆動歯車は偶数速用歯車である請求項1及び2記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項4】
前記第1入力軸が備える駆動歯車は前進及び後進を含む走行用歯車であり、前記第2入力軸が備える駆動歯車は前記走行用歯車のいずれとも異なる変速比を有する駆動力減殺用歯車である請求項1及び2記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項5】
前記スリップ検出手段は、車輪速センサで検出した車輪速度を基にして演算によりスリップに関する物理量を求める請求項1〜4記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項6】
前記第2クラッチは駆動力を伝達する結合状態、駆動力を伝達しない開離状態、駆動力の任意の割合を伝達する半結合状態のいずれにも制御できる請求項1〜5記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項7】
前記第2クラッチ制御手段は、前記第1入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つが噛合して前記第1クラッチが結合し、かつ前記駆動力が判定値を超過しているときに、前記第2入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つを噛合させ前記第2クラッチを前記半結合状態に制御する請求項1〜6記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項8】
前記第2クラッチ制御手段は、前記第1入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つが噛合して前記第1クラッチが結合し、かつ前記スリップに関する物理量が判定値を超過しているときに、前記第2入力軸の駆動歯車のうちいずれか1つを噛合させ前記第2クラッチを前記半結合状態に制御する請求項1〜7記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項9】
前記第2クラッチ制御手段は、車両発進時に前記第1入力軸の第1速用歯車を噛合させ前記第1クラッチを結合させたとき、前記駆動力あるいは前記スリップに関する物理量が判定値を超過していれば、前記第2入力軸の第2速用歯車を噛合させ前記第2クラッチを前記半結合状態に制御する請求項1〜3、5〜8記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項10】
前記第2クラッチ制御手段は、前記スリップに関する物理量の大きさに応じて前記第2クラッチの結合割合を変更する制御を行う請求項1〜9記載の複数のクラッチを持つ変速装置。
【請求項11】
前記第2クラッチ制御手段は、前記第1クラッチと、前記第1入力軸の噛合する駆動歯車と、前記第2クラッチと、前記第2入力軸の噛合する駆動歯車とを制御する請求項1〜10記載の複数のクラッチを持つ変速装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−2917(P2006−2917A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−182491(P2004−182491)
【出願日】平成16年6月21日(2004.6.21)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】