説明

視細胞障害治療剤

【課題】 網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離などの視細胞障害を惹起する難治性疾患に対して有効な治療剤を探索すること、および視細胞若しくはその機能を再生させるために有用な材料を提供する。
【解決手段】 肝実質細胞増殖因子(HGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)または網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)を架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物は、いずれも優れた視細胞変性抑制効果を奏する。また、これらの徐放性組成物と脂肪由来間質細胞を組み合わせて網膜下に投与すると、視細胞またはその機能が再生し、視細胞変性抑制効果が増強・持続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝実質細胞増殖因子(HGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)または網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)を架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤に関する。また、本発明は、HGF、BDNFまたはPEDFを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物と、視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞からなる視細胞またはその機能を再生させるための材料に関する。
【背景技術】
【0002】
視細胞は、網膜への光刺激を電気信号に変換する細胞であり、光覚、視覚に関わる重要な機能を司るので、視細胞に障害が生ずると、視力や視野などに対して深刻な影響を及ぼす。視細胞障害を惹起する疾患としては、例えば網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などが挙げられる。これらの疾患は、難治性で既存の薬物を投与しても容易には治癒されず、一旦変性・脱落した視細胞の機能を取り戻すことはできないので、視細胞の変性を抑制・遅延させること、さらには視細胞の機能を再生させることが望まれている。新しい治療方法として、自家及び他家の細胞や組織を移植し、機能不全に陥った細胞、組織や臓器を置換、再生させる再生医療が試みられている。
【0003】
ところで、肝実質細胞増殖因子(HGF;hepatocyte growth factor)は、成熟肝細胞に対する強力な増殖促進因子であり、肝再生因子として肝臓の修復・再生に作用するだけでなく、血管新生作用も併せもつことが知られている(特許文献1、非特許文献1)。特許文献2はHGF徐放性製剤に関する発明を記載し、HGFと特定の物性を有するゼラチンヒドロゲルを組み合わせることにより得られるHGF徐放性製剤は、血管新生促進剤や動脈疾患治療剤として利用できることが述べられている。
【0004】
脳由来神経栄養因子(BDNF;brain derived neurotrophic factor)は、視細胞障害の進行を遅らせたり、改善することが知られており、特許文献3には、BDNFを含有する点眼液又は眼軟膏が加齢黄斑変性や網膜色素変性の治療に有効であることが記載されている。特許文献4には、網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF;pigment epithelium derived factor)が、網膜疾患の治療に有効であることが記載されている。特許文献5は、ヒドロゲルからなる細胞移植療法用材料に関する発明を記載し、肝実質細胞増殖因子(HGF)などの細胞増殖因子を含有するヒドロゲルは、心不全の治療剤として有効であることが述べられている。また、特許文献6は、細胞と細胞増殖因子とからなる組織器官を再生するための治療剤に関する発明を記載し、脂肪前駆細胞とbFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)を組み合わせた治療剤を皮膚下に埋殖すると、脂肪組織が再生することが報告されている。
【0005】
しかし、HGF、BDNFまたはPEDFを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物に関して、視細胞障害に対する薬理作用を検討する報告はない。
【特許文献1】特公平4−72840号公報
【特許文献2】国際公開第03/007982号パンフレット
【特許文献3】特開2003−48851号公報
【特許文献4】米国特許第6451763号明細書
【特許文献5】特開2002−145797号公報
【特許文献6】特開2001−316285号公報
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci., 90, 1937-1941(1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離などの視細胞障害を惹起する難治性疾患に対して有効な治療剤を見出すことは重要な課題である。また、視細胞またはその機能を再生させるために有用な材料を提供できれば、視細胞障害を惹起する難治性網膜疾患の根本的な治療に貢献できるところが大きい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、肝実質細胞増殖因子(HGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)または網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)を架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物の医薬用途を探索すべく鋭意研究を行ったところ、自然発症網膜色素変性症モデルラット(RCSラット)を用いた薬理試験において、HGF、BDNFまたはPEDFを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物はいずれも優れた視細胞変性抑制効果を発揮すること、また、これらの徐放性組成物と脂肪由来間質細胞を組み合わせると、視細胞またはその機能が再生し、視細胞変性抑制効果が増強・持続することを見出し、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)下記成分1)〜3)の少なくとも1つを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤、
1)肝実質細胞増殖因子(HGF)
2)脳由来神経栄養因子(BDNF)
3)網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)
(2)下記成分1)〜3)の少なくとも1つを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物と下記成分4)からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤、
1)肝実質細胞増殖因子(HGF)
2)脳由来神経栄養因子(BDNF)
3)網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)
4)視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞
(3)視細胞障害を惹起する疾患が網膜変性疾患である前(1)または(2)記載の治療剤、
(4)網膜変性疾患が、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症または網膜色素上皮剥離である前(1)〜(3)記載の治療剤、
(5)視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞が、間質細胞である前(2)記載の治療剤、
(6)間質細胞が、脂肪由来間質細胞である前(5)記載の治療剤、および
(7)下記成分1)〜3)の少なくとも1つを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物と下記成分4)からなる視細胞またはその機能を再生させるための材料、
1)肝実質細胞増殖因子(HGF)
2)脳由来神経栄養因子(BDNF)
3)網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)
4)視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞、
に関する。
【0009】
第一の発明は、肝実質細胞増殖因子(HGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)または網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)を架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤である。後述する薬理試験の結果より明らかなように、HGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物およびPEDF徐放性組成物はいずれも、HGF、BDNF、PEDFを安定化すると共に長期に渡ってこれらの薬物を活性を保持した状態で徐放する効果があり、視細胞障害部位またはその周辺組織(網膜下、網膜内、硝子体内など)に投与すると、一回の投与で長期に渡って網膜変性抑制効果を持続する。
【0010】
本発明における肝実質細胞増殖因子(HGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)および網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)は、いずれも医薬として使用できる程度に精製されたものであれば特に制限されず、天然型のものでも組替え型のものでもよい。
【0011】
天然型HGFとしては、例えば肝臓、肺、腎臓、脾臓、血漿、血小板からの抽出物や線維芽細胞、血管内皮細胞、マクロファージなどの間葉系細胞の初代培養および株化細胞の培養上清並びにこれら細胞抽出物由来のものが挙げられる。また、組換え型HGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、組換え型HGFのアミノ酸配列中の1つ若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加されたものでもよく、また、組換え型HGFのアミノ酸配列中の1つ若しくは複数の糖鎖が置換、欠失、付加されたものでもよい。さらに、HGFは天然型HGFあるいは組換え型HGFの修飾体(例えば、ポリエチレングリコールやレシチンなどの高分子材料との複合体)であってもよい。
【0012】
天然型BDNFとしては、例えば脳、脊髄、心臓、肺、骨格筋からの抽出物が挙げられる。また、組換え型BDNFは、天然型BDNFと実質的に同じ作用を有する限り、組換え型BDNFのアミノ酸配列中の1つ若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加されたものでもよく、また、組換え型BDNFのアミノ酸配列中の1つ若しくは複数の糖鎖が置換、欠失、付加されたものでもよい。さらに、BDNFは天然型BDNFあるいは組換え型BDNFの修飾体(例えば、ポリエチレングリコールやレシチンなどの高分子材料との複合体)であってもよい。
【0013】
また、天然型PEDFとしては、例えば網膜からの抽出物や網膜色素上皮細胞の初代培養細胞および株化細胞の培養上清並びにこれら細胞抽出物が挙げられる。また、組換え型PEDFは、天然型PEDFと実質的に同じ作用を有する限り、組換え型PEDFのアミノ酸配列中の1つ若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加されたものでもよく、また、組換え型PEDFのアミノ酸配列中の1つ若しくは複数の糖鎖が置換、欠失、付加されたものでもよい。さらに、PDEDFは天然型PEDFあるいは組換え型PEDFの修飾体(例えば、ポリエチレングリコールやレシチンなどの高分子材料との複合体)であってもよい。
【0014】
本発明において、「視細胞障害」とは、種々の要因により視細胞が損傷を受けた状態にあるものをいい、「視細胞障害を惹起する疾患」としては、例えば網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などの網膜変性疾患が挙げられる。
【0015】
本発明において、「架橋ゼラチンヒドロゲル」とは、ゼラチンを架橋化して得られるヒドロゲルのことをいい、ゼラチンを架橋して得られるヒドロゲルであれば特に制限されず、好ましくは以下1)〜4)の少なくとも1つの物性を有するものが挙げられる。
【0016】
1)架橋ゼラチンヒドロゲルを構成するゼラチンが酸性ゼラチンまたは塩基性ゼラチンであるもの。
【0017】
2)架橋ゼラチンヒドロゲルを構成するゼラチンの分子量がSDS−PAGEの非還元条件下で0.5〜20万ダルトンであるもの。
【0018】
3)架橋ゼラチンヒドロゲルを構成するゼラチンの等電点が4.5〜9.5であるもの。
【0019】
4)架橋ゼラチンヒドロゲルの含水率が40〜99%であるもの。
【0020】
本発明のHGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物は、HGF、BDNFまたはPEDFと架橋ゼラチンヒドロゲルが複合体を形成しており、生体内に投与された場合、タンパク分解酵素によりヒドロゲルが加水分解を受け、徐々にゼラチンが水溶化して、HGF、BDNFまたはPEDFを徐放化することに寄与していると考えられる。
【0021】
ゼラチンは特に制限されないが、例えば牛をはじめとする動物の皮膚や腱あるいはコラーゲンからのアルカリ加水分解処理や酸加水分解処理により得られる。HGFやBDNFを用いる場合には、ウシの骨由来のI型コラーゲンをアルカリ処理して得られる酸性ゼラチンが好ましく、市販のゼラチンとしては、例えば新田ゼラチン社製のS−4などが挙げられる。また、PEDFを用いる場合には豚皮由来のI型コラーゲンを酸処理して得られる塩基性ゼラチンが好ましく、市販のゼラチンとしては、例えば新田ゼラチン社製のAP−150などが挙げられる。
【0022】
本発明のゼラチンの分子量は、SDS−PAGEの非還元条件下で0.5〜20万ダルトンであることが好ましい。
【0023】
本発明のゼラチンの等電点は、4.5〜9.5であることが好ましく、BDNFを用いる場合には4.5〜5.5の等電点のものがより好ましく、また、PEDFを用いる場合には7.0〜9.5のものがより好ましい。等電点は、1%ゼラチン水溶液を調製し、この溶液を陽イオンカラム、陰イオンカラムで濾過処理し、濾取された水溶液のpHを測定することにより求められる。
【0024】
本発明の架橋ゼラチンヒドロゲルを得るための架橋方法は特に制限されないが、例えば熱脱水、紫外線照射、電子線照射、化学的架橋またはこれらの併用によってゼラチンを架橋することができる。好ましい方法は架橋剤を使用しない熱脱水、紫外線照射または電子線照射である。
【0025】
本発明の架橋ゼラチンヒドロゲルの形状は特に制限されないが、例えば粒子状、シート状、ディスク状、円柱状、角柱状のものが挙げられる。本発明の徐放性組成物を注射剤として投与する場合には粒子状のものが好ましく、また、これを広範な変性部位に移植・埋植する場合にはシート状のものが好ましい。
【0026】
粒子状の架橋ゼラチンヒドロゲルの調製は好ましくは次のように行われる。例えば撹拌用モーターとプロペラを備え付けた三口丸底フラスコにオリーブ油を入れ、200〜600rpm程度の回転速度で撹拌し、これにゼラチン水溶液を滴下してW/O型エマルジョンを調製し、冷却後アセトン、酢酸エチル等を加えて撹拌し、遠心分離を行ってゼラチン粒子を回収する。回収したゼラチン粒子をさらにアセトン、エタノール等で洗浄して乾燥させる。この乾燥ゼラチン粒子を恒温減圧乾燥器などに入れ、熱脱水架橋を行う。さらにこれを紫外線照射装置に入れ、紫外線を照射することにより、架橋を完結する。こうして粒子状の乾燥架橋ゼラチンヒドロゲルが得られる。この乾燥架橋ゼラチンヒドロゲル粒子にHGF、BDNF、PEDFの各水溶液を含浸させると、粒子状のHGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物(薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー)が得られる。
【0027】
シート状、ディスク状、円柱状、角柱状の架橋ゼラチンヒドロゲルの調製は好ましくは次のように行われる。例えばゼラチン水溶液をシート状に押出成型し、乾燥後、熱脱水架橋あるいは紫外線架橋を行うことにより、シート状の乾燥架橋ゼラチンヒドロゲルを得ることができる。また、適切な形状を有する金型を用いて射出成型後、成型物を乾燥し、熱脱水架橋あるいは紫外線架橋を行うことにより、ディスク状、円柱状、角柱状の乾燥架橋ゼラチンヒドロゲルを得ることができる。これらの乾燥架橋ゼラチンヒドロゲルにHGF、BDNF、PEDFの各水溶液を含浸させると、シート状、ディスク状、円柱状、角柱状のHGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物が得られる。
【0028】
粒子状の架橋ゼラチンヒドロゲルの粒子径は、使用目的により適宜選択できるが、500μm以下であることが好ましく、より好ましくは200μm以下である。また、シート状の架橋ゼラチンヒドロゲルの場合も、その膜厚は使用目的により適宜選択できるが、200μm以下であることが好ましく、より好ましくは100μm以下である。
【0029】
本発明の架橋ゼラチンヒドロゲルの含水率は、使用目的により適宜選択できるが、30〜99w/w%であることが好ましく、より好ましくは40〜98w/w%である。
【0030】
本発明のHGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物に対するHGF、BDNFまたはPEDFとゼラチンの重量比は特に制限されないが、好ましい重量比はHGF(BDNF、PEDF)/ゼラチン=1/0.2〜1/10000であり、より好ましくはHGF(BDNF、PEDF)/ゼラチン=1/1〜1/1000である。
【0031】
第二の発明は、肝実質細胞増殖因子(HGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)または網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)を架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物と、視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤並びに視細胞またはその機能を再生させるための材料である。後述する薬理試験の結果より明らかなように、HGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物と、視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞を組み合わせて、これらを視細胞障害部位またはその周辺組織(網膜下、網膜内、硝子体内など)に注入すると、視細胞またはその機能が再生し、網膜変性抑制効果を増強・持続する。
【0032】
本発明で使用される視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞は、特に限定されないが、例えば脂肪由来間質細胞、骨髄間質細胞などの間質細胞、未分化間葉系細胞、網膜幹(前駆)細胞、網膜色素上皮細胞、虹彩色素上皮細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、皮膚幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、さらに胚性幹細胞、胚性生殖幹細胞などから分化誘導された上記各細胞などが挙げられ、好ましくは間質細胞であり、より好ましくは脂肪由来間質細胞である。なお、視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞は、視細胞に障害をもつ患者自身の組織から採取してもよく、また、患者以外の組織から採取したものを用いてもよい。
【0033】
例えば、ヒトの皮下脂肪から採取した脂肪組織塊をハサミで細かくし、得られた細片をコラゲナーゼ溶液で振とう処理した後、フィルターで濾別し、遠心分離で細胞群を回収する。つぎに、回収した細胞群から付着性細胞だけを回収しインキュベーターで培養して増殖させることにより、脂肪由来間質細胞が得られる。
【0034】
本発明において、脂肪由来間質細胞には、視細胞特異的ホメオボックス遺伝子や神経保護作用あるいは変性抑制作用を示す因子をコードする遺伝子を導入したものも含まれる。
【0035】
視細胞特異的ホメオボックス遺伝子としては、視細胞の発生過程において、視細胞の領域特異的な発現様式を有し、かつ領域特異的な形態形成を制御する遺伝子や分化形質の発現に関与する遺伝子などがあり、具体的には、Crx、Otx2、Nrl、Chx10等が挙げられる。
【0036】
また、神経保護作用あるいは変性抑制効果を示す因子をコードする遺伝子としては、具体的には、脳由来神経栄養因子(BDNF)、網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)、肝実質細胞増殖因子(HGF)等の因子をコードする遺伝子が挙げられる。
【0037】
脂肪由来間質細胞への視細胞特異的ホメオボックス遺伝子や神経保護作用あるいは変性抑制作用を示す因子をコードする遺伝子の導入方法は、特に制限されず、例えば、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、遺伝子銃を用いる方法などの物理化学的な導入法をはじめ、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、センダイウイルスベクター、センダイウイルスエンベロープベクターなどを用いる方法が挙げられる。
【0038】
HGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物と上記方法によって得られる脂肪由来間質細胞を混合することにより、視細胞またはその機能を再生させるための材料が得られる。
【0039】
本発明のHGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物またはPEDF徐放性組成物は、必要に応じて製剤上許容される安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤、懸濁化剤、緩衝剤、等張化剤、防腐剤、無痛化剤、抗酸化剤などの添加剤を含有してもよく、これらの添加剤は公知のものを使用できる。また、これらの徐放性組成物の徐放期間等を調節するために、アミノ酸、アミノ基、リン酸基、硫酸基、SH基、カルボキシル基などを有する糖や脂質などを添加することができる。
【0040】
本発明の視細胞障害を惹起する疾患の治療剤、および視細胞若しくはその機能を再生させるための材料の投与量は、疾患部位や疾患の程度、患者の年齢や体重などを考慮して適宜調整できるが、HGF(BDNF、PEDF)として0.001〜1000μgの範囲が好ましく、より好ましくは0.01〜500μgの範囲である。投与形態としては、例えば視細胞障害部位またはその周辺組織(網膜下、網膜内、硝子体内など)に注射剤として注入してもよく、また、視細胞障害部位またはその周辺組織(網膜下、網膜内、硝子体内など)に移植・埋植することもできる。
【発明の効果】
【0041】
後述する自然発症網膜変性モデルラット(RCSラット)を用いた網膜変性抑制試験の結果から明らかなように、薬物(HGF・BDNF・PEDF)含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーを網膜下投与すると、いずれも優れた網膜変性抑制効果を奏し、また、薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーと脂肪由来間質細胞を組み合わせて網膜下投与すると、視細胞またはその機能が再生し、薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーを網膜下投与する場合よりもさらに網膜変性抑制効果が増強・持続する。
【0042】
したがって、本発明のHGF徐放性組成物、BDNF徐放性組成物、PEDF徐放性組成物、およびこれらの徐放性組成物と視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞との併用物は、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などの視細胞障害を惹起する疾患の治療剤として有用であり、また、視細胞またはその機能を再生させるための優れた材料となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下に、薬理試験の結果および製剤例を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0044】
1.薬理試験
(1)薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーの調製
牛由来の酸性ゼラチン(等電点;5.0、分子量;約10万ダルトン、新田ゼラチン社製)を用いて、10w/v%のゼラチン水溶液0.2mlを調製し、これにオリーブオイル5mlを滴下し、ボルテックスミキサーを用いて乳化した。水相が固化するまで、乳化液を冷却した。この乳化液に冷アセトン1.5mlを添加し、固化したゼラチン滴を脱水させ、ゼラチンマイクロスフェアーを得た。これを冷却下で遠心分離し上清を除き、残渣をアセトンで再分散させ、さらに遠心分離を行った。この操作を3回行ってゼラチンマイクロスフェアーを洗浄した後、ゼラチンマイクロスフェアーを4℃で24時間乾燥した。乾燥したゼラチンマイクロスフェアーを恒温減圧乾燥器に入れ、160℃で72時間熱脱水架橋を行った。さらにこれを紫外線照射装置に入れ、30分間紫外線を照射することにより、ゼラチンマイクロスフェアーを架橋した。この架橋ゼラチンマイクロスフェアーを篩い分けし、平均粒子径が10μm、含水率66%の乾燥架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーを得た。
【0045】
この乾燥架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー2.5mgにヒト組換え型HGF(1μg/μl)水溶液10μl(PeproTech社製)を含浸させ、4℃で24時間静置した。これにリン酸緩衝生理食塩水90μLを加えて、HGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液(HGF;4μg/mg、マイクロスフェアー濃度:2.5w/v%)を調製した。
【0046】
つぎに、上記調製方法において、「ヒト組換え型HGF(1μg/μl)水溶液10μl(PeproTech社製)」の代わりに「ヒト組換え型BDNF(1μg/μl)水溶液10μl(PeproTech社製)」を用いる以外は、上記方法と同様にしてBDNF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液(BDNF;4μg/mg、マイクロスフェアー濃度:2.5w/v%)を調製した。さらに、「牛由来の酸性ゼラチン(等電点;5.0、分子量;約10万ダルトン、新田ゼラチン社製)」の代わりに「豚由来の塩基性ゼラチン(等電点;9.0、分子量;約8万ダルトン、新田ゼラチン社製)」を、また「ヒト組換え型HGF(1μg/μl)水溶液10μl(PeproTech社製)」の代わりに「ヒト組換え型PEDF(1μg/μl)水溶液10μl(Upstate社製)」を用いる以外は、上記方法と同様にしてPEDF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液(PEDF;4μg/mg、マイクロスフェアー濃度:2.5w/v%)を調製した。
【0047】
(2)ラット脂肪由来間質細胞の単離・培養
緑色蛍光タンパクトランスジェニックラット(3週齢)をジエチルエーテルの過麻酔により安楽死させ、皮下脂肪を採取した。採取した皮下脂肪をリン酸緩衝生理食塩水(5ml)中でハサミを用いて細断し、5mlのコラゲナーゼ溶液(2mg/ml)を加え、37℃で15〜20分間振とうした。振とう後、10mlの10%ウシ胎仔血清含有Medium199(10ml、Invitrogen社製)を加え、懸濁液とした。この懸濁液を滅菌した200μmフィルターでろ過して細胞塊を除去した。ろ液を遠心分離(2000rpm、 5分間)し、上清を除去後、残渣を10%ウシ胎仔血清含有Medium199(10ml)に懸濁させ、この懸濁液を再度遠心分離(1000rpm、10分間)した。上清を除去後、残渣を5mlの10%ウシ胎仔血清含有Medium199に懸濁させ、培養用フラスコに播種し、37℃、5%CO2条件下で培養した。播種後、12〜24時間で、非付着性細胞を除去するために培地交換(ウシ胎仔血清(10%)および塩基性線維芽細胞増殖因子(100ng/ml)含有Medium199)をし、付着性細胞を37℃、5%CO2条件下でコンフルエントになるまで培養して、実験用脂肪由来間質細胞を得た。
【0048】
(3)網膜変性抑制試験
Jiang LQらの方法(Invest. Ophthalmol. Vis. Sci 35(13):4300-4309 (1994))に準じて、網膜変性抑制試験を実施した。網膜変性抑制試験では、自然発症網膜変性モデルラットとして、RCSラット(Royal College of Surgeons Rat)を用い、網膜電図におけるb波振幅(投与前および投与4週間後)を測定して、網膜変性抑制作用を評価した。
【0049】
i)薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーの網膜下投与による網膜変性抑制試験
(実験方法)
3週齢のRCSラットの両眼の網膜下に、前記のHGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、BDNF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液およびPEDF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液それぞれ5μl(HGF、BDNF、PEDF;0.5μg、マイクロスフェアー;125μg)/眼を注入した。コントロールとしてリン酸緩衝生理食塩水を用いた。
【0050】
網膜下投与後4週目に網膜電図をとり、b波の振幅を測定した。網膜下投与後4週目のb波の残存率を、投与前におけるb波振幅を基準(100%)にして算出した。試験結果を図1[HGF]、図2[BDNF]および図3[PEDF]に示す(網膜変性抑制効果は、b波振幅残存率が高いほど大きい。)。なお、例数は各8眼であり、残存率はその平均値である。
【0051】
(結果)
図1〜3から明らかなように、HGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、BDNF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、PEDF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液を網膜下に注入すると、いずれも優れた網膜変性抑制効果を奏した。
【0052】
ii)薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーと脂肪由来間質細胞の網膜下投与による網膜変性抑制試験
(実験方法)
前記のHGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、BDNF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、PEDF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液にそれぞれ実験用脂肪由来間質細胞を4×10個/μlになるように分散させた。つぎに、これらの実験用脂肪由来間質細胞を分散させた懸濁液5μl(HGF、BDNF、PEDF;0.5μg、マイクロスフェアー;125μg、脂肪由来間質細胞;2×105 個)/眼をそれぞれ3週齢のRCSラットの両眼の網膜下に注入した。コントロールとしてリン酸緩衝生理食塩水を用いた。
【0053】
網膜下投与後4週目に網膜電図をとり、b波の振幅を測定した。網膜下投与後4週目のb波の残存率を、投与前におけるb波振幅を基準(100%)にして算出した。試験結果を図1[HGF]、図2[BDNF]および図3[PEDF]に示す。なお、例数は各8眼であり、残存率はその平均値である。
【0054】
(結果)
図1〜3から明らかなように、薬物(HGF、BDNF、PEDF)含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーと脂肪由来間質細胞を組み合わせて網膜下に注入すると、いずれも視細胞またはその機能が再生し、薬物含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアーを網膜下に注入する場合よりもさらに網膜変性抑制効果が増強した。
【0055】
2.製剤例
本発明の代表的な製剤例を以下に示す。
【0056】
注射剤1(1ml)
HGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー
(HGF;100μg) 25mg
濃グリセリン 26mg
ポリソルベート80 4mg
滅菌精製水 適量
1ml

注射剤2(1ml)
BDNF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー
(BDNF;100μg) 25mg
濃グリセリン 26mg
ポリソルベート80 4mg
滅菌精製水 適量
1ml

注射剤3(1ml)
HGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー
(HGF;100μg) 25mg
脂肪由来間質細胞 4×10
濃グリセリン 26mg
滅菌精製水 適量
1ml

注射剤4(1ml)
PEDF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー
(PEDF;100μg) 25mg
脂肪由来間質細胞 4×10
濃グリセリン 26mg
滅菌精製水 適量
1ml
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、HGF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、およびそれと脂肪由来間質細胞との混合物を用いた網膜変性抑制試験における網膜下投与後4週目のb波振幅残存率(平均値)を示すグラフである。
【図2】図2は、BDNF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、およびそれと脂肪由来間質細胞との混合物を用いた網膜変性抑制試験における網膜下投与後4週目のb波振幅残存率(平均値)を示すグラフである。
【図3】図3は、PEDF含浸架橋ゼラチンヒドロゲルマイクロスフェアー懸濁液、およびそれと脂肪由来間質細胞との混合物を用いた網膜変性抑制試験における網膜下投与後4週目のb波振幅残存率(平均値)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記成分1)〜3)の少なくとも1つを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤。
1)肝実質細胞増殖因子(HGF)
2)脳由来神経栄養因子(BDNF)
3)網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)
【請求項2】
下記成分1)〜3)の少なくとも1つを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物と下記成分4)からなる視細胞障害を惹起する疾患の治療剤。
1)肝実質細胞増殖因子(HGF)
2)脳由来神経栄養因子(BDNF)
3)網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)
4)視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞
【請求項3】
視細胞障害を惹起する疾患が網膜変性疾患である請求項1または請求項2記載の治療剤。
【請求項4】
網膜変性疾患が、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症または網膜色素上皮剥離である請求項3記載の治療剤。
【請求項5】
視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞が、間質細胞である請求項2記載の治療剤。
【請求項6】
間質細胞が、脂肪由来間質細胞である請求項5記載の治療剤。
【請求項7】
下記成分1)〜3)の少なくとも1つを架橋ゼラチンヒドロゲルに含浸させた徐放性組成物と下記成分4)からなる視細胞またはその機能を再生させるための材料。
1)肝実質細胞増殖因子(HGF)
2)脳由来神経栄養因子(BDNF)
3)網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)
4)視細胞またはその機能を再生若しくは補完する役割を有する細胞

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−151962(P2006−151962A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−310609(P2005−310609)
【出願日】平成17年10月26日(2005.10.26)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】