説明

車両の特性評価システム及び制御システム、並びに騎乗型車両及びバンク車両の特性評価方法

【課題】発生トルク及びグリップ性能に関する特性を表す新規且つ作成容易な形態を提供する。
【解決手段】特性評価システム50が、車両1の動力源13の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出する出力要求検出手段51と、動力源13の出力により回転駆動される駆動輪3の空転の程度を表すスリップ値を測定するスリップ値測定手段52と、走行中における出力増減要求値とスリップ値との関係を車両特性評価値f1として記憶する評価値記憶手段53と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動二輪車及び不整地走行車などの車両の特性を評価するシステム及び方法、及びかかる車両の制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
車両の一例である自動二輪車は、一般に動力源として内燃機関を搭載し、内燃機関の発生トルクが動力伝達経路を介して後輪に伝達され、後輪が外部の路面に動力を伝えることにより推進する。自動二輪車が推進するには車輪が路面にある程度グリップしている必要があるが、悪路又は不整地を走行しているときには後輪が大きくスリップすることがある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
スリップは、発生トルクが過大となって車両のグリップ性能を上回っているときに発生するため、走行中の発生トルク及びグリップ性能を両方とも把握することができれば、スリップの発生を良好に判定可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−111430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、数値演算によって走行中の発生トルク及びグリップ性能を正確に把握するためには、多くのパラメータが必要であり、演算式も非常に複雑となることから、実際にはこれらの把握が極めて難しい。
【0006】
例えば発生トルクを把握する手法として、発生トルクに関係する車両の特性を示す形態として従前良く知られたエンジン回転数−トルク線図を基にマップを作成し、当該マップを用いて走行中の発生トルクを求める、というものが考えられる。しかし、線図はスロットル開度に応じて推移が異なる複数の曲線からなり、各曲線が関数化困難な複雑な推移を示す。したがって、当該線図をマップ化するとデータ量が膨大となり、制御システムの構成が複雑となる。
【0007】
グリップ性能は、車体側から車輪を介して路面に作用する荷重、及び車輪に取り付けたタイヤの磨耗度などで決まる。しかし、路面に作用する荷重は、運転者及び同乗者を含めた積載物の重量、走行風に基づき車体に作用する揚力及び抗力、路面の傾斜、サスペンションによる荷重吸収性能、車体に作用する遠心力、加減速時の荷重移動の影響で変化し、特に自動二輪車においては旋回時に車体が傾けられることから、走行状態に応じて車重の鉛直成分が変化する。他方、タイヤの磨耗度は使用期間に応じて変化する。このため、グリップ性能を正確に把握するには、様々なセンサの検出値を用いて複雑な荷重演算を行う必要が生じ、また、タイヤの磨耗度そのものを検出することは極めて困難である。
【0008】
そこで本発明は、車両特性を表す新規な形態を提供し、当該形態を用いて車両特性を好適に評価可能とするとともに車両を好適に制御可能とすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、本発明に係る車両の特性評価システムは、車両の動力源の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出する出力要求検出手段と、前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定するスリップ値測定手段と、走行時における前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として記憶する評価値記憶手段と、を備えることを特徴としている。
【0010】
前記構成によれば、評価値記憶手段には、出力増減要求値とスリップ値との走行時関係が車両特性評価値として記憶される。この車両特性評価値は、出力増減要求に対し、実際の走行時に生じた発生トルク及びこれを吸収するグリップ性能の推移を表現したものとなる。この車両特性評価値を参照すれば、出力増減要求に対して発生トルクとグリップ性能とがどのようにしてバランスするのかを把握することができ、発生トルク及びグリップ性能に関する車両の特性を好適に評価することができる。
【0011】
前記走行時関係は、所定値以上の前記出力増減要求値と、当該所定値以上の出力増減要求値と同時点に測定されたスリップ値との相関関係を示していてもよい。
【0012】
これにより、微少な出力増減要求値を除外して車両特性評価値を求めることができ、かかる車両特性評価値を参照することで評価精度を向上することができる。
【0013】
前記記憶手段は、評価基準となる前記相関関係を基準関係として評価前に記憶し、前記走行時関係と前記基準関係との比較結果に基づいて車両特性を判定する特性判定手段と、を備えていてもよい。
【0014】
これにより、評価値記憶手段に記憶されている基準関係が、走行時関係と相違するような場合に、当該相違に基づいて車両特性の変化を好適に判定することができる。
【0015】
走行時における前記出力要求検出手段の検出値及び前記スリップ値測定手段の測定値に基づいて、走行時における前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を導出する評価値導出手段と、前記評価値記憶手段に記憶されている前記基準関係を、前記評価値導出手段により導出された前記走行時関係に基づいて修正する評価値修正手段と、を備えていてもよい。
【0016】
これにより、経年等による車両特性の変化に応じて評価値記憶手段に記憶される基準関係を更新することができる。
【0017】
前記スリップ値測定手段が、前記動力源から与えられる動力を車両の外部へ伝えるべく回転する回転部材の角速度を検出する角速度検出手段と、前記角速度検出手段の検出値を用いて単位時間当たりの前記回転部材の角速度の差分値を前記スリップ値として算出する差分値演算手段と、を有していてもよい。
【0018】
これにより、単位時間当たりの回転部材の角速度の差分値を利用して車両特性評価値を求めることができる。回転部材の角速度を検出する角速度検出手段は従前一般に利用されるものであるため、車両特性評価値を求めるに際して本システムが複雑化するのを避けることができる。
【0019】
前記スリップ値測定手段が、車輪の回転速度を検出するための車輪速度検出手段と、前記車輪速度検出手段の検出値を用いて駆動輪と従動輪の回転速度差に相当する値を前記スリップ値として算出する速度差相当値算出手段と、を有していてもよい。
【0020】
これにより、駆動輪と従動輪の回転速度差に相当する値を利用して車両特性評価値を求めることができる。車輪の回転速度を検出する車輪速度検出手段は従前一般に利用されるものであるため、車両特性評価値を求めるに際して本システムが複雑化するのを避けることができる。
【0021】
前記動力源が、運転者により操作されるスロットル弁の開度に応じて発生出力を変更する内燃機関であり、前記出力要求検出手段が、前記出力増減要求値として前記スロットル弁の開度を検出するスロットル位置検出手段であってもよい。
【0022】
これにより、内燃機関により駆動される車両において、スロットル弁の開度を用いて車両特性評価値を求めることができる。スロットル弁の開度を検出するスロットル位置検出手段は、従前一般に利用されるものであるため、車両特性評価値を求めるに際して本システムが複雑化するのを避けることができる。
【0023】
本発明に係る車両の制御システムは、車両の動力源の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出する出力要求検出手段と、前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定するスリップ値測定手段と、走行時における前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として求め、当該車両特性評価値に基づいて車両を制御する制御手段と、を備えることを特徴としている。
【0024】
前記構成によれば、出力増減要求に対して発生トルクとグリップ性能とがどのようにしてバランスするのかを把握可能な車両特性評価値に基づいて、発生トルク及びグリップ性能を考慮して車両を好適に制御することができる。
【0025】
評価基準となる前記相関関係を基準関係として評価前に記憶する記憶手段を備え、前記制御手段は、前記基準関係と前記走行時関係との比較結果に応じて車両の制御を異ならせてもよい。
【0026】
これにより、基準関係と走行時関係との比較結果に応じて好適に車両を制御することができる。
【0027】
運転者により入力される入力装置と、前記入力装置における入力に応じて前記基準関係を調整する評価値調整手段と、を備えていてもよい。
【0028】
これにより、運転者の好みに合わせて基準関係を調整可能となり、車両の制御を運転者の好みに合せて調整することができる。
【0029】
本発明に係る騎乗型車両の特性評価方法は、走行中における騎乗型車両の動力源の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出し、且つ前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定する検出工程と、前記出力増減要求値と前記スリップ値との関係を車両特性評価値として求める評価値導出工程と、前記評価値導出工程において導出された前記車両特性評価値に基づいて、前記騎乗型車両の特性を評価する特性評価工程と、を有することを特徴としている。
【0030】
前記方法によれば、前述同様にして、出力増減要求に対して発生トルクとグリップ性能とがどのようにしてバランスするのかを把握することができ、発生トルク及びグリップ性能に関する車両特性を好適に評価することができる。
【0031】
本発明に係るバンク車両の特性評価方法は、走行中におけるバンク車両のバンク角を検出し、且つ前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定する検出工程と、前記バンク角と前記スリップ値との関係を車両特性評価値に基づいて、前記バンク車両の特性を評価する特性評価方法と、を有することを特徴としている。この方法においても、バンク角に応じて変化する車両のグリップ性能を好適に評価することができる。
【発明の効果】
【0032】
以上の本発明によれば、発生トルク及びグリップ性能に関する車両特性を表す新規な形態を提供し、当該形態を用いて、車両特性を好適に評価することができるとともに車両を好適に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の第1実施形態に係る車両の一例として示す自動二輪車の左側面図である。
【図2】図1に示す自動二輪車の駆動系の構成を示す模式図である。
【図3】本発明の第1実施形態に係る車両特性評価システムの全体構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の第1実施形態に係る車両特性評価システムの詳細な構成を示すブロック図である。
【図5】図4に示す評価値導出部により導出される車両特性評価値を説明するためのグラフである。
【図6】本発明の第2実施形態に係る車両特性評価システムを有した車両の制御システムの全体構成を示すブロック図である。
【図7】図5に示す本発明の第2実施形態に係る車両の制御システムの詳細な構成を示すブロック図である。
【図8】本発明の第3実施形態に係る車両の制御システムの構成を示すブロック図である。
【図9】図8に示す評価値記憶部に記憶されている特性評価値、評価値導出部により導出された特性評価値、評価値修正部により修正された後の特性評価値、及び評価値調整部により調整された後の特性評価値をそれぞれ示すグラフである。
【図10】本発明の第4実施形態に係るスリップ測定部の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0035】
[第1実施形態]
図1は本発明の第1実施形態に係る車両の一例として示す自動二輪車1の左側面図である。以下の説明における方向の概念は、この自動二輪車1に騎乗した運転者が見る方向を基準にしている。図1に示す自動二輪車1は、従動輪である前輪2と、駆動輪である後輪3とを備え、前輪2及び後輪3は、車体4に回転可能に支持されている。前輪2及び後輪3はゴム製のタイヤ2a,3aを装着している。これらタイヤ2a,3aの周面が路面に接触する状態で、前輪2及び後輪3は路面上を転動する。
【0036】
車体4には、フロントフォーク5、ステアリングシャフト6、ヘッドパイプ7、左右一対のメインフレーム8、左右一対のピボットフレーム9、及び左右一対のスイングアーム10などが含まれる。前輪2は、略上下方向に延びるフロンフォーク5の下端部に回転可能に支持されている。フロントフォーク5の上端部はステアリングシャフト6の下端部に接続され、ステアリングシャフト6は、ヘッドパイプ7に回転可能に支持されている。ステアリングシャフト6の上端部は、左右一対のグリップを有したハンドル11に連結されている。ハンドル11が回動されると、前輪2がステアリングシャフト6を回転軸として転向する。
【0037】
ヘッドパイプ7は、後下方へ延びる左右一対のメインフレーム8と接続され、各メインフレーム8の後部はピボットフレーム9と接続されている。各ピボットフレーム9は、略前後方向に延びるスイングアーム10の前端部と枢支されている。後輪3は、スイングアーム10の後端部に回転可能に支持されている。
【0038】
フロントフォーク5にはフロントサスペンション12が設けられている。路面側から前輪2を介して荷重が車体4に伝わると、フロントサスペンション12が伸縮してこの荷重を吸収することができる。路面側から後輪3を介して車体4に伝わる荷重は、スイングアーム10の揺動によって吸収されうる。
【0039】
メインフレーム8及びピボットフレーム9には、自動二輪車1の駆動源として、ガソリンを燃料とするレシプロ型の4ストローク並列4気筒のエンジン13が支持されている。エンジン13に供給される燃料は、メインフレーム8の上方であってハンドル11の後方に設けられた燃料タンク14内に溜められる。外部の新気は、エアクリーナ15及びスロットル装置16を介してエンジン13に取り入れられ、エンジン13内で燃料と混合される。エンジン13は混合気を燃焼してトルクを発生し、エンジン13の発生トルクは動力伝達経路17を介して後輪3に伝達される。これにより後輪3が回転駆動され、自動二輪車1が路面上を推進可能となる。
【0040】
燃料タンク14の後方にはシート18が設けられ、シート18上には運転者及び同乗者が前後に並んで騎乗可能である。なお、シート18の下方には、電子制御ユニット41(ECU)が収容されている。
【0041】
シート18に騎乗した運転者は、ハンドル11のグリップを把持して自動二輪車1を操縦することができる。ハンドル11の右側はスロットルグリップ19(図2参照)であり、スロットル装置16が、スロットルグリップ19の操作位置に応じて動作するよう構成されている。
【0042】
図2は、図1に示す自動二輪車1の駆動系の構成を示す模式図である。スロットル装置16は、エンジン13に接続された吸気管21と、吸気管21内の吸気通路を開度可変に開閉するメインスロットル弁22及びサブスロットル弁23と、サブスロットル弁23を駆動する弁アクチュエータ24とを備えている。
【0043】
スロットルグリップ19が回転されると、メインスロットル弁22の開度が機械的に変更してエンジン13の吸気量が増減し、これによりエンジン13の発生トルクが増減する。このようにスロットルグリップ19は、運転者がエンジン13の出力増減に対する要求を入力するための部材として機能する。よって、その操作位置を、エンジン13の出力増減に対する要求を表す出力増減要求値とすることができる。そして、メインスロットル弁22の開度は、このスロットルグリップ19の操作位置を反映し、エンジン13の出力増減に影響を与える。よって、メインスロットル弁22の開度も出力増減要求値とすることができる。以降では、メインスロットル弁22の開度を、単に「スロットル開度」として説明することがある。
【0044】
サブスロットル弁23の開度は、弁アクチュエータ24の動作に応じて変更される。よって、本実施形態のエンジン13の吸気量は、スロットルグリップ19の操作位置に関わらず調整可能である。本実施形態のスロットル装置16は機械駆動式と電気駆動式との2つの弁を備えるが、これら2つの弁のうち1つのみを備えていてもよい。
【0045】
また、エンジン13は、適宜量の燃料を適宜タイミングで気筒に供給するための燃料供給装置25と、気筒内の混合気を適宜タイミングで点火して燃焼させるための点火装置26とを、気筒毎に備えている。気筒内の混合気を燃焼させると、トルクの発生に応じてクランク軸27が回転する。クランク軸27の回転は、動力伝達経路17を介して後輪3に伝達される。本実施形態の動力伝達経路17は、減速機構28、クラッチ機構29、変速機入力軸30、変速機31、変速機出力軸32、及びチェーン伝動機構33から成る。変速機31は複数の前進走行用の変速段を設定可能であり、各変速段は互いに異なる変速比と対応している。変速機入力軸30の回転は、変速機31に設定された変速段に対応する所定変速比で変速され、変速機出力軸32に伝達される。
【0046】
エンジン13によって後輪3が回転駆動されると、後輪3から外部の路面に動力が伝えられ、後輪3が路面上を転動する。これにより前輪2も路面上を転動し、自動二輪車1が路面上を推進する。前輪2及び後輪3にはそれぞれブレーキ装置34,35が設けられており、各ブレーキ装置34,35は、車輪2,3を回転させる動力を摩擦によって消費して車輪2,3を制動する。このブレーキ装置34,35の動作によって、後輪3から外部の路面に伝えられる動力が抑制される。
【0047】
後輪3を回転させる動力が、タイヤ3aと路面との間で生じる摩擦力とバランスしていると、後輪3が路面にグリップした状態となり、運転者が自動二輪車1を安定して操縦可能となる。後輪3から外部の路面に伝えられる動力は、エンジン13の発生トルク、及びブレーキ装置34,35の動作状態に応じたものとなる。エンジン13の発生トルクが過大であってブレーキ装置34,35が動作していないような場合、後輪3から外部の路面に伝わる動力が摩擦力を上回り、後輪3が空転する。
【0048】
摩擦力は、車体側から車輪を介して路面に作用する荷重と、タイヤと路面との間の摩擦係数とに基づいて決まる。車体側から路面に作用する荷重は、車重及びその重心位置、車体に作用する空力(ダウンフォース及び抗力)、サスペンションの荷重吸収性能に依存する。車重及び重心位置は、運転者及び同乗者を含む積載物の重量、加減速時の荷重移動などによって変化する。旋回時には車体に遠心力が作用するが、自動二輪車1の運転者は車体を傾けて自身の姿勢を変化させて向心力を得る。車重の鉛直成分はこの車体の傾斜及び路面の傾斜に応じて変化し、空力は走行風圧に応じて変化する。他方、タイヤと路面との間の摩擦係数は、タイヤの仕様、及びタイヤの使用期間などによって変化する。
【0049】
このように摩擦力は、車両の設計パラメータ、車両の走行姿勢、車両の速度及び加速度、タイヤの状態に依存する。本書では、このように摩擦力の確保に影響を及ぼす様々な指標のうち、タイヤを含めた車両側の指標をまとめて「車両のグリップ性能」と呼ぶ。「車両のグリップ性能が良い」とは、発生トルクに対抗しうる摩擦力を大きく確保可能であることを言い、より具体的には、車体の設計が摩擦力の確保に寄与するものであること、又はタイヤの状態が路面との摩擦係数の確保に寄与するものであること等を言う。
【0050】
図3は、本発明の第1実施形態に係る車両特性評価システム40の全体構成を示すブロック図である。図3に示すように、本実施形態に係る車両特性評価システム40は、自動二輪車1に搭載された電子制御ユニット41(ECU)と、自動二輪車1の外部に設けられた車外コンピュータ42と、スロットル開度を検出するスロットル位置センサ43と、クランク軸27の角速度を検出する角速度センサ44と、変速段を検出する変速段センサ45とを備えている。
【0051】
ECU41は車載評価部46を有し、車外コンピュータ42は車外評価部47を有し、表示装置48、及びオペレータが操作を行うための入力装置49を備えている。車載評価部46及び車外評価部47には、走行中におけるセンサ43〜45の検出値に基づいて自動二輪車1の特性評価に用いる車両特性評価値f1を導出し記憶するために必要な部分51〜54が分散して設けられている。本実施形態では、車載評価部46が、クランク軸センサ44の検出値に基づいて単位時間当たりのクランク軸27の角速度の差分値を演算する角加速度演算部51、及び検出値及び演算値を記憶するデータ記憶部52を有している。車外評価部47は、データ記憶部52に記憶されているデータを基にして車両特性評価値f1を導出する処理を行う評価値導出部53、及び車両特性評価値f1を記憶する評価値記憶部54を有している。なお、データ記憶部52と評価値導出部53との間のデータのやり取りは、有線、無線又は記録媒体を利用した適宜方法によって行われる。
【0052】
当該システム40は、例えば自動二輪車1の設計過程及び製造過程で活用することができる。この場合、車両特性評価値f1の導出に用いるデータは、例えばテストコースなどでの走行中に取得される。また、後述するように評価値記憶部をECUに実装すれば、ユーザ使用段階においても本システムを活用可能となる。
【0053】
車両特性評価値f1の導出に用いるデータは、所定周期(例えば5〜40msec)ごとに逐次取得される。以降の説明では、添え字(n)が、ある時点で取得された瞬時の値であることを表し、添え字(n−1)が(n)に対応する時点から1周期だけ過去に取得された瞬時の値であることを表している。
【0054】
また、車両特性評価値f1の導出に用いるデータは、走行中に十分長い期間(例えば数分)に亘って取得される。この十分長い期間とは、例えば空転開始前後の微少な期間、或いは過渡期間等の特殊な運転状態となっていたごく短期間におけるデータのみが取得されないようにするために必要な期間であり、またデータを取得する周期との兼ね合いから車両特性評価値f1の導出に際して有意な数のデータを取得するために必要な期間である。
【0055】
図4は車両特性評価システム40の詳細な構成を示すブロック線図である。図4に示すように、スロットル位置センサ43は、スロットル開度θ(n)を出力増減要求値D(n)として検出する。なお、前述したように出力増減要求値Dは、スロットルグリップ19の操作位置でも表され得るため、スロットル位置センサ43に替えてグリップ位置センサを適用してもよい。スロットル位置センサ43により検出されたスロットル開度θ(n)(D(n))は、検出の時点と関連付けられてデータ記憶部52に記憶される。変速段センサ45により検出される変速段G(n)も、検出の時点と関連付けられてデータ記憶部52に記憶される。
【0056】
また、車両特性評価システム40は、エンジン13により回転駆動される後輪3の空転の程度を表すスリップ値Sを測定するスリップ値測定部50を有している。ここでスリップ値Sに関し、エンジン13の発生トルクが過大であると空転の程度が大きくなることから、発生トルクに依存する値をスリップ値Sとすることができる。エンジン13の発生トルクは、エンジン出力軸、すなわちクランク軸27の角加速度と駆動系の慣性モーメントとの積であり、慣性モーメントは変速段Gに対応した定数である。よって、変速段Gが変更されない限りにおいて、クランク軸27の角加速度は発生トルクと比例する。このため、クランク軸27の角加速度を発生トルクに依存する値としてのスリップ値Sとすることができる。なお、クランク軸27の角加速度は、後輪3から外部の路面に動力を伝えるべく回転する回転部材、すなわち動力伝達経路17を構成する回転部材及び後輪3自体の角加速度と比例するため、動力伝達経路17を構成する回転部材、又は後輪3の角加速度をスリップ値Sとしてもよい。また、後輪3が空転すると、後輪3の回転速度が前輪2の回転速度よりも大きくなる。よって、前後輪2,3間の回転速度差に相当する値をスリップ値Sとしてもよい。回転速度差に相当する値としてのスリップ値Sは、後輪3の回転速度から前輪2の回転速度を減算して求められてもよく、当該減算値を更に前輪2の回転速度で除算して求められてもよい。また前後輪2,3の回転数差であってもよく、回転数差を前輪2の回転数で除算したものでもよい。また後輪3と走行車速との差であってもよい。またそのほかの物理現象を用いてもよく、上記物理現象を複合的に組み合わせたものでもよい。このようにスリップ値は、駆動輪の空転量に応じて変化する値が用いられる。
【0057】
本実施形態に係るスリップ値測定部50は、クランク軸27の角加速度Δωをスリップ値Sとして測定する。よって、スリップ値測定部50は、前述した角速度センサ44と、角加速度演算部51とを備えている。角速度センサ44は、クランク軸27の単位時間当たりの回転数をクランク軸27の角速度ωとして検出する。角加速度演算部51は、角速度センサ44により検出されるクランク軸27の角速度ωの単位時間当たりの差分値Δω(n)(以下、クランク軸27の角加速度という)を演算する。角加速度演算部51は、次式(1)よりこのクランク軸27の角加速度Δω(n)をスリップ値S(n)として逐次演算する。この演算処理のため、角速度センサ44の検出値ω(n)はデータ記憶部52に一時的に記憶される。
【0058】
S(n)=Δω(n)=ω(n)−ω(n−1) ……(1)
角加速度演算部51により演算された角加速度Δω(n)は、演算の時点、厳密には当該演算値を求めるために用いられた角速度ω(n)を検出した時点と関連付けられてデータ記憶部52に記憶される。
【0059】
このようにデータ記憶部52において、走行中におけるスロットル開度θ(n)、クランク軸27の角加速度Δω(n)、及び変速段G(n)が、取得の時点を媒介して互いに関連付けられている。評価値導出部53は、データ記憶部52に記憶されたこれらデータを処理し、スロットル開度θ(すなわち出力増減要求値D)と、クランク軸27の角加速度Δω(すなわちスリップ値S)との走行時の相関関係を、車両特性評価値f1として導出する。
【0060】
まず、評価値導出部53は、データ記憶部52に記憶されたデータから、ある所定の変速段(例えば1速)が設定されている時点に取得された、スロットル開度θの瞬時値及びクランク軸27の角加速度Δωの瞬時値を抽出する。更に、所定開度θA以上のスロットル開度θの瞬時値と、当該瞬時値と同時点で取得したクランク軸の角加速度Δωの瞬時値とが抽出される。
【0061】
図5は、評価値導出部53により導出される車両特性評価値f1について説明するためのグラフであり、横軸にスロットル開度θ、縦軸にクランク軸27の角加速度Δωを示している。図5の二次元直交座標系には、注目する1つの変速段における複数のプロット点が示されている。各プロット点は、取得の時点を媒介して互いに関連付けられたスロットル開度θの瞬時値と、その瞬時値発生時のクランク軸27の角加速度Δωの瞬時値との2つのデータを表している。換言すれば、各プロット点は、あるスロットル開度θの瞬時値に応じて、エンジン13が実際に発生した発生トルクの瞬時値の程度を表している。
【0062】
抽出されたデータが、このようにして二次元直交座標系において整理されると、当該座標系にはプロット点が集まる領域Aが帯状に形成される。この領域Aは、上に凸の放物線状に形成される。
【0063】
前述したように、後輪3が路面にグリップしているときには、発生トルクはそのときの後輪3と路面との間に生じる摩擦力とバランスし、発生トルクが摩擦力を上回れば後輪3が空転する。他方、走行中の運転者は、後輪3の空転を自身の許容範囲内に収めようとする傾向にある。空転が許容範囲を超えて自身の運転能力によっては車両を操縦困難な状況となると、運転者は、かかる空転を抑制すべくスロットル開度θが小さくなるよう及び/又は後輪3が制動されるよう、グリップ操作及びブレーキ操作を行う傾向にある。そして、データ記憶部52は、前述したように十分長い期間に亘って取得されたデータを記憶している。
【0064】
これらのことから、領域A内には、運転者が後輪3の空転の程度を自身の許容範囲内に収め、後輪3が路面に所望どおりにグリップした状態で走行した時に取得されたデータが集まっていると言える。よって、領域A内に収まっているプロット点は、あるスロットル開度θに応じてエンジン13が実際に発生した発生トルクの程度を示すだけでなく、当該発生トルクとバランスした摩擦力をも示している。
【0065】
当該領域Aの下方にもプロット点が散布している。これらプロット点は、出力増加に対する要求(すなわち、加速要求)の入力に応じてスロットル開度θが大きくなっていく過程において、エンジン13の発生トルクの応答に遅れが生じ、領域A内に収まり得なかった時点に取得されたデータであることを示している。よって、領域Aの下方に散布するプロット点の疎密に基づいて、エンジン13の応答性について評価することができる。繰り返すと、データ記憶部52に記憶されているデータは、領域Aの下方に散布するデータのみを取得することがないように、またプロット点が集まるような領域Aが形成されるように十分長い期間に亘って取得される。
【0066】
そして、評価値導出部53は、これら複数のデータに当てはまる近似曲線を求める(図5参照)。カーブフィッティング法(補間法)は特に限定されず、近似式も適宜変更可能である。本実施形態では、最小二乗法を用いて2次多項式が導出されるとしているが、内挿又は外挿を用いてもよく、近似式を3次以上の多項式、対数関数又は三角関数としてもよい。
【0067】
前述したように、データが集まる領域Aが帯状に存在し、当該帯状の領域Aが放物線状であるため、2次多項式で表される近似曲線がこの領域A内に好適に当てはまる。また、2次多項式であるため、このように好適な曲線当てはめを実行することができ、近似曲線の導出に際して演算負荷を小さくすることができる。このようにして求められた近似曲線は、たとえば、急加減速を行う場合と、緩加減速を行う場合など操作傾向が異なる運転者からそれぞれ求めたとしても、計測に用いられる車体や路面が同じであれば、ほぼ同じ傾向となる。したがってライダーに依存しない定量的な値となる。
【0068】
そして、本実施形態に係る車両特性評価システム40では、この近似曲線が車両特性評価値f1として、評価値記憶部54に記憶される。この評価値記憶部54に記憶された車両特性評価値f1は、データが集まる領域A内に当てはめられた近似曲線であり、プロットされたデータの素性を好適に表すものとなる。すなわち、この車両特性評価値f1は、出力増減要求値Dに対し、エンジン13の発生トルクにバランスする自動二輪車1のグリップ性能を好適に表したものとなる。グリップ性能がエンジン13の出力性能に対して相対的に良くなれば、当該近似曲線はより下側を推移し、エンジン13の出力性能がグリップ性能に対して相対的に良くなれば、当該近似曲線はより上側を推移する。
【0069】
このように車両特性評価値f1を参照すると、車両のグリップ性能とエンジン13の出力性能とを相対的に評価することができる。グリップ性能についてより具体的に言えば、車体の剛性や重量などの車両の設計パラメータ、運転者及び同乗者を含む積載物の重量、及び車輪2,3と路面との摩擦係数を評価することができる。そして、この車両特性評価値f1を設計過程及び製造過程で参照すれば、自動二輪車1の設計支援に有効活用することができる。たとえば上記評価値f1が高くなるように、エンジン及び車体を設計することによって、スリップしにくい、グリップ特性を高めた車両を実現することができる。また評価値f1を用いて、様々な車種の車両のグリップ特性を相対評価することができる。また同じ車体を用いても、駆動輪と路面との摩擦係数が異なることでグリップ特性が変化することから、評価値f1を用いることで走行路面の摩擦係数を推定することができる。また、垂直抗力が異なることで、グリップ特性が変化することから、評価値f1を用いることで、乗車物を含む車体重量(1人乗りか2人乗りかの違い、積載物の有無)を推定することができる。
【0070】
また、車両特性評価値f1の導出に際しては、スロットル開度θの瞬時値が所定開度θA以上であるデータを用いており、アイドル開度付近の微少な開度は除外されている。これにより、走行中における相関関係を精度良く導出可能であり、評価精度を向上することができる。更に、ある同一の変速段Gが設定されているデータのみを抽出しているため、変速段の相違によって、スロットル開度θに対するスリップ値Sがバラつくのを防ぐことができる。なお、他の変速段が設定されているときの車両特性評価値は、ある所定の変速段Gの設定時のデータのみを用いて導出した車両特性評価値f1を、縦軸方向に平行移動又は予め定められる係数倍させることによって容易に求めることができる。
【0071】
本実施形態に係る車両特性評価値f1を参照すると、発生トルク及び摩擦力の両方を個々に把握しなくても、両者の均衡点を評価することができる。車両特性評価値f1の導出には、従前利用しているスロットル位置センサ43、角速度センサ44、及び変速段センサ45と、カーブフィッティング法とを利用しており、車両特性評価システム40の構成が複雑になるのを避けることができる。
【0072】
[第2実施形態]
図6は、本発明の第2実施形態に係る車両特性評価システム140を有した車両の制御システム60の全体構成を示すブロック図である。なお、上記第1実施形態と同一の構成については同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0073】
図6に示すように、本実施形態に係る車両の制御システム60には、評価値記憶部154をECU141の車載評価部146に設けて成る車両特性評価システム140が含まれている。評価値記憶部154をECU141に設けることにより、車両特性評価値f1を参照して自動二輪車1を制御することができる。
【0074】
車両の制御システム60は、前述した車両特性評価システム140の構成と共に、自動二輪車1を制御する推進制御部61を備えている。推進制御部61は、ECU141に設けられており、運転状態及び車両特性評価値f1に応じてスロットル装置16の弁アクチュエータ24、燃料供給装置25、点火装置26、ブレーキ装置34,35を制御する。
【0075】
図7は、本実施形態に係る車両の制御システム60の詳細な構成を示すブロック図である。図7に示すように、推進制御部61は、評価値記憶部154に記憶される車両特性評価値f1を入力する評価値入力部62と、車両特性評価値f1を参照することにより、スロットル位置センサ43が検出するスロットル開度θ(n)(すなわち、出力増減要求値D(n))に応じて、スリップ値(本例では、クランク軸27の角加速度Δω(n))の基準値S1(n)を演算する基準値演算部63と、を有している。基準値演算部63は、車両特性評価値f1が次式(2)の2次多項式で表される場合、次式(3)より基準値S1(n)を求めることができる。ここで、a1,b1は係数、c1は定数項である(「・」は乗算を示す)。
【0076】
S=a1・θ2+b1・θ+c1 ……(2)
S1(n)=a1・{D(n)}2+b1・D(n)+c1 ……(3)
推進制御部61は、基準値演算部63により演算されたスリップ値Sの基準値S1(n)と、スリップ値測定部50により測定されたスリップ値S(n)(以下、これを測定値という)とを比較するスリップ値比較部64を有している。スリップ値比較部64は、基準値S1(n)と、当該基準値S1(n)の取得に利用したスロットル開度θ(n)の検出の時点と同時点に取得された測定値S(n)とを比較する。
【0077】
また、推進制御部61は、開度制御部65、燃料制御部66、点火制御部67、制動制御部68を有している。開度制御部65、燃料制御部66、及び点火制御部67は、運転状態に応じてサブスロットル弁23の開度、燃料の供給量及び供給タイミング、点火タイミングの目標値をそれぞれ求め、求めた目標値に従って弁アクチュエータ24、燃料供給装置25、及び点火装置26をそれぞれ制御する。制動制御部68は、運転状態に応じて前後のブレーキ装置34,35を制御し、当該制御を通じて所謂ABS制御及びCBS制御を実行することができる。
【0078】
スリップ値比較部64は、かかる開度制御部65、燃料制御部66、点火制御部67、制動制御部68に接続されている。スリップ値比較部64は、測定値S(n)から基準値S1(n)を減算した値が正の所定値を超えるときには、後輪3から外部の路面に伝えられる動力を低下させるように目標値を補正するための補正値を、開度制御部64、燃料制御部65、点火制御部66及び/又は制動制御部67に出力する。かかる補正値の出力によって、開度制御部65は、サブスロットル弁23の開度を小さくするよう弁アクチュエータ24を制御し、燃料制御部66は、燃料供給量が減少するよう燃料供給装置25を制御し、点火制御部67は、点火タイミングを遅角させるよう点火装置26を制御する。これにより、エンジン13の発生トルクが抑制される。また、スリップ値比較部64は、後輪3を制動するよう制動制御部68に指令を与え、これに応じて制動制御部68がブレーキ装置35を微少時間動作させるよう制御してもよい。なお、出力規制手法はこれに限らず、制御可能な制御要素を用いればよい。
【0079】
このように測定値S(n)から基準値S1(n)を減算した値が正の所定値を越えるときには、発生トルクが過大で後輪3が空転する可能性がある。このような場合に、後輪3から路面に伝えられる動力が抑制されるため、後輪3の空転を好適に抑制することができる。
【0080】
このように、本実施形態に係る車両の制御システム60は、車両特性評価値fを利用して、トラクション制御、ABS制御及びCBS制御の実行と非実行とを決めることができる。なお、基準値S1(n)と測定値S(n)との偏差が大きいときほど、出力が大きく抑制され、より大きな制動力が作用するようにしてもよい。また測定値と基準値とを用いた車両制御として、上記以外を行ってもよい。例えば測定値から基準値を減算した値が所定値を超えるときには、グリップしやすい路面であることを判断し、判断結果に基づいて発進時制御、加減速制御を行ってもよい。また逆に、測定値から基準値を減算した値が負の値となるときには、サーキットなどグリップしやすい路面やグリップしやすいタイヤに変更された可能性があり、通常よりも出力向上させてもよい。またトラクション制御、ABS/CBS制御の実行/非実行を決めるほかに、減算値の大小に応じて、トラクション制御量を異ならせてもよいし、ABS/CBS制御量を異ならせてもよい。
【0081】
[第3実施形態]
図8は、第3実施形態に係る車両評価特性システム240を有した制御システム160の構成を示すブロック図である。図8に示すように、この制御システム160及び車両評価特性システム240においては、車載のECU241に評価値導出部153が設けられている。これにより、ユーザ使用段階での自動二輪車1の走行中のデータを用いて車両特性評価値f2を導出することができる。つまり、評価値記憶部154に記憶されている車両特性評価値f1の導出に用いたデータの取得時点よりも後の時点において取得されたデータを用いて、車載のECU241において車両特性評価値f2を導出することができる。
【0082】
ECU241の車載評価部246は、評価値記憶部154に記憶される車両特性評価値f1と、評価値導出部153により導出された車両特性評価値f2とを比較する評価値比較部74と、評価値比較部における比較結果に基づいて車両特性を評価する特性評価部80とを有している。
【0083】
ここで、例えば同乗者が騎乗しているときには、タイヤに作用する荷重が大きくなるため、同乗者が騎乗していないときと比べてグリップ性能が向上する。よって、特性評価部80は、2つの車両特性評価値f1,f2を比較することにより、同乗者の有無の判定、より広く言えば積載物の重量の評価を行うことができる。また、エンジンの出力性能の変動についての評価を行うこともできる。
【0084】
そして、ECU241の車載評価部246は、評価値記憶部154に記憶されている車両特性評価値f1を、評価値導出部153によって自動二輪車1の走行中のデータを用いて導出された車両特性評価値f2に基づいて修正し、修正後の車両特性評価値f1′を導出する評価値修正部71を有している。
【0085】
図9には、評価値記憶部154に記憶されている車両特性評価値f1、評価値導出部154により導出される車両特性評価値f2、評価値修正部71により修正される車両特性評価値f1′がそれぞれ示されている。評価値修正部71は例えば平均化により車両特性評価値f1を修正する。この場合、相加平均でも相乗平均でもよい。車両特性評価値f1が前述の式(2)で表され、車両特性評価値f2が次式(4)で表されるとすれば、修正後の車両特性評価値f1′は、例えば次式(5)の2次多項式で表され、当該多項式の係数及び定数項を次式(6)〜(8)の相加平均によって求めることが可能である。ここで、重みw1,w2の大小関係はどのように決められていてもよい。図9は、評価値導出部154により導出される車両特性評価値f2に対する重みw2を大きくして車両特性評価値を修正した場合を例示している。
【0086】
S=a2・θ2+b2・θ+c2 ……(4)
S=a1′・θ2+b1′・θ+c1′ ……(5)
a1′=(w1・a1+w2・a2)/(w1+w2) ……(6)
b1′=(w1・b1+w2・b2)/(w1+w2) ……(7)
c1′=(w1・c1+w2・c2)/(w1+w2) ……(8)
図8に戻り、評価値修正部71により求められた修正後の車両特性評価値f1′は、修正前の車両特性評価値f1にとって替わり、評価値記憶部154に記憶される。これにより、経年によるエンジン13の出力性能の変動、或いは経年によるタイヤの磨耗、運転者個々の空転の許容範囲などを考慮した最新の車両特性評価値f2に基づいて、車両特性評価値を更新することができる。これにより、エンジン13の出力性能の変動、タイヤの磨耗、運転者の好みを考慮した上で、前述したような車両特性評価値f1を用いた前記トラクション制御、ABS制御及びCBS制御を実行することができる。
【0087】
なお、式(6)〜(8)において、評価値記憶部154に記憶されている車両特性評価値f1に対する重みw1はゼロを含む概念である。つまり、評価値導出部153により導出された車両特性評価値f2を、そのまま評価値記憶部154に記憶させてもよい。
【0088】
評価値導出部153による車両特性評価値f2の導出、評価値修正部71による車両特性評価値f1の修正、及び評価値記憶部154に記憶される車両特性評価値f1の更新を開始するタイミングは、特に限定されない。例えば、自動二輪車1のイグニションスイッチ72がONになった時点で開始してもよく、専用の修正指令スイッチ73がONとなった時点で開始してもよい。また、走行中に所定の周期(例えば10分)ごとに実行するようにしてもよい。
【0089】
また、評価値比較部74における車両特性評価値f1,f2の比較結果から、車両特性部80が2つの車両特性評価値f1,f2が所定の許容範囲を超えて相違していると判断したときに、評価値修正部71による車両特性評価値f1の修正を開始してもよい。これにより、積載物の重量やエンジン13の出力性能等の車両特性の変化に応じて評価値記憶部154に記憶されている車両特性評価値f1を即座に変更することができる。これにより、当該変更後の車両特性評価値を参照して特性変化に応じた自動二輪車1の制御を行うことが可能となる。
【0090】
また、本実施形態のECU241は、評価値記憶部154に記憶される車両特性評価値f1を調整する評価値調整部75を有し、このECU241には、運転者が車両特性評価値f1を調整する指令を入力するための調整指令スイッチ76が接続されている。評価値調整部75は、評価値記憶部154と評価値入力部62との間に介在しており、評価値記憶部154に記憶される車両特性評価値f1を調整指令スイッチ76における入力値αに応じて調整し、調整後の車両特性評価値f1″を評価値入力部62に出力する。車両特性評価値f1を前述の式(2)で表されるとした場合、調整後の車両特性評価値f1″は入力値αを用いて次式(9)で表される。
【0091】
f1″=a1・θ2+b1・θ+(c1+α) ……(9)
図9には、評価値調整部75により調整された後の車両特性評価値f1″を併せて示している。図9に示すように、運転者は、調整指令スイッチ76において、正の入力値αの入力、すなわち車両特性評価値f1を上側に平行移動させるような入力を行うことができる。このようにすれば、評価値入力部62に入力された車両特性評価値f1″を参照してスリップ値の基準値を演算したときに、その基準値の値が大きくなるよう調整される。これにより、運転者は自身の運転能力に応じて空転の許容範囲を拡大することができ、少々の空転を許容して自動二輪車1を操縦することができるようになる。
【0092】
[第4実施形態]
図10は、本発明の第4実施形態に係るスリップ値測定部350の構成を示すブロック図である。図10に示すように、スリップ値測定部350は、前輪2の回転速度VF(n)を検出する前輪速度センサ77と、後輪3の回転速度VR(n)を検出する後輪速度センサ78と、前輪速度センサ77により検出される前輪2の回転速度VF(n)と、後輪速度センサ78により検出される後輪3の回転速度VR(n)とに基づいて、前後輪2,3間の回転速度差に相当する値をスリップ値Sとして演算する速度差相当値演算部79とを有している。速度差相当値演算部79は、車載のECU341の車載評価部346に、角加速度演算部51(図3参照)に替えて設けられる。速度差相当値演算部79は、前述したように例えば次式(10)よりスリップ値S(n)を逐次演算する。このようにしてスリップ値Sを求めた場合においても、図5に示すものと同様の車両特性評価値f1を導出することができる。
【0093】
S={VR(n)−VF(n)}/VF(n) ……(10)
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記構成は本発明の範囲内で適宜変更可能である。自動二輪車は騎乗型乗物であって、傾斜した状態で旋回する車両であるが、このような車両においては、出力増減要求値に替えて走行時のバンク角を逐次検出し、その後同様にしてバンク角とスリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として導出するようにしてもよい。この場合、図5及び図9の横軸がバンク角に置き換えられることとなるが、車両特性評価値は図5及び図9と同様にして導出されることとなる。バンク角が変更されると車両のグリップ性能は変化するが、このようにして導出された車両特性評価値を参照することにより、バンク角に対応する車両のグリップ性能を評価することができる。
【0094】
例えば、車両特性評価値を曲線当てはめにより導出される定式としたが、図5に示すようなデータの素性を好適に表現する形態であればどのような形態であってもよく、データ記憶部に記憶されたデータを用いて制御マップテーブルを作成してもよい。車両の駆動源を4サイクルエンジンとしたが、これに限らず駆動力を出力できるもの全てに適用可能である。例えば駆動源は電気モータであってもよく、エンジンと電気モータとを備えた所謂ハイブリッド式であってもよい。また、車両は自動二輪車に限定されず、不整地走行車などの他の車両にも広く適用可能である。本発明に係る実施形態が前述した作用を奏するため、本発明を車重が比較的軽量で、積載物の重量によってグリップ性能が変化しやすい騎乗型車両に適用すると有用であり、また車体を傾斜させて旋回し走行中にグリップ性能が変化する車両であるバンク車両に好適に用いられる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、車両特性を表す新規な形態を提供し、当該形態を用いて車両特性を好適に評価することができるとともに車両を好適に制御することができ、広く車両に利用可能であり、特に自動二輪車などの騎乗型車両、バンク車両に利用すると有益である。
【符号の説明】
【0096】
1 自動二輪車
2 前輪
3 後輪
4 車体
13 エンジン
24 弁アクチュエータ
25 燃料供給装置
26 点火装置
34,35 ブレーキ装置
40,140,240 車両特性評価システム
41,141,241,341 ECU
42 車外コンピュータ
43 スロットル位置センサ
44 角速度センサ
45 変速段センサ
46,146,246,346 車載評価部
47 車外評価部
50 スリップ値測定部
51 角加速度演算部
52 データ記憶部
53,153 評価値導出部
54,154 評価値記憶部
60,160 制御システム
61 推進制御部
63 基準値演算部
64 比較部
71 評価値修正部
74 評価値比較部
75 評価値調整部
76 調整指令スイッチ
77 前輪回転速度センサ
78 後輪回転速度センサ
79 速度差相当値演算部
80 特性評価部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の動力源の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出する出力要求検出手段と、
前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定するスリップ値測定手段と、
走行時における前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として記憶する評価値記憶手段と、を備えることを特徴とする車両の特性評価システム。
【請求項2】
前記走行時関係は、所定値以上の前記出力増減要求値と、当該所定値以上の出力増減要求値と同時点に測定されたスリップ値との相関関係を示すことを特徴とする請求項1に記載の車両の特性評価システム。
【請求項3】
前記記憶手段は、評価基準となる前記相関関係を基準関係として評価前に記憶し、
前記走行時関係と前記基準関係との比較結果に基づいて車両特性を判定する特性判定手段と、を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の車両の特性評価システム。
【請求項4】
走行時における前記出力要求検出手段の検出値及び前記スリップ値測定手段の測定値に基づいて、走行時における前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を導出する評価値導出手段と、
前記評価値記憶手段に記憶されている前記基準関係を、前記評価値導出手段により導出された前記走行時関係に基づいて修正する評価値修正手段と、を備えることを特徴とする請求項3に記載の車両の特性評価システム。
【請求項5】
前記スリップ値測定手段が、前記動力源から与えられる動力を車両の外部へ伝えるべく回転する回転部材の角速度を検出する角速度検出手段と、前記角速度検出手段の検出値を用いて単位時間当たりの前記回転部材の角速度の差分値を前記スリップ値として演算する差分値演算手段と、を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の車両の特性評価システム。
【請求項6】
前記スリップ値測定手段が、車輪の回転速度を検出するための車輪速度検出手段と、前記車輪速度検出手段の検出値を用いて駆動輪と従動輪の回転速度差に相当する値を前記スリップ値として演算する速度差相当値演算手段と、を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の車両の特性評価システム。
【請求項7】
前記動力源が、運転者により操作されるスロットル弁の開度に応じて発生出力を変更する内燃機関であり、
前記出力要求検出手段が、前記出力増減要求値として前記スロットル弁の開度を検出するスロットル位置検出手段であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の車両の特性評価システム。
【請求項8】
車両の動力源の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出する出力要求検出手段と、
前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定するスリップ値測定手段と、
走行時における前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として求め、当該車両特性評価値に基づいて車両を制御する制御手段と、を備えることを特徴とする車両の制御システム。
【請求項9】
評価基準となる前記相関関係を基準関係として評価前に記憶する記憶手段を備え、
前記制御手段は、前記基準関係と前記走行時関係との比較結果に応じて車両の制御を異ならせることを特徴とする請求項8に記載の車両の制御システム。
【請求項10】
運転者により入力される入力装置と、
前記入力装置における入力に応じて前記基準関係を調整する評価値調整手段と、を備えることを特徴とする請求項9に記載の車両の制御システム。
【請求項11】
走行中における騎乗型車両の動力源の出力増減に対する要求を示す出力増減要求値を検出し、且つ前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定する検出工程と、
前記出力増減要求値と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として求める評価値導出工程と、
前記評価値導出工程において導出された前記車両特性評価値に基づいて、前記騎乗型車両の特性を評価する特性評価工程と、
を有することを特徴とする騎乗型車両の特性評価方法。
【請求項12】
走行中におけるバンク車両のバンク角を検出し、且つ前記動力源の出力により回転駆動される駆動輪の空転の程度を表すスリップ値を測定する検出工程と、
前記バンク角と前記スリップ値との相関関係を示す走行時関係を車両特性評価値として求める評価値導出工程と、
前記評価値導出工程において導出された前記車両特性評価値に基づいて、前記バンク車両の特性を評価する特性評価工程と、
を有することを特徴とするバンク車両の特性評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−137429(P2011−137429A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−299191(P2009−299191)
【出願日】平成21年12月29日(2009.12.29)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】