説明

車両安定化制御システム

【課題】 運転支援システムが選択する制御指令と、ドライバが選択する操作とが異なり、自分の感覚と一致せずドライバが不快感を感じるという問題がある。
【解決手段】 車両の外部の環境情報を提供する環境情報提供手段と、前記車両の現在位置を幾何学座標系の座標値として算出する現在位置算出手段と、前記車両の車速を検出する車速検出手段と、前記環境情報と、前記現在位置と、前記車速とを用いて、前記環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する変換手段と、前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する感覚量算出手段と、前記感覚量に基づいて制御指令を決定する制御指令設定手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人間の視覚刺激モデルに基づく環境情報処理による車両安定化制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特開平11−210870号公報に示されるナビ協調シフト制御やACC、レーンキープ制御をはじめとする従来の運転支援システムは、センサによって物理的、幾何学的に環境情報(道路形状、障害物までの距離)を測定し、この測定値に基づき車両の制御やドライバの運転操作を支援している。
【0003】
さらに、特開2003−194202号公報に示されるナビ協調シフト制御のように、制御システムが非連続的に機能して制御指令を出力し、ドライバを支援するものがある。
【特許文献1】特開平11−210870号公報
【特許文献2】特開2003−194202号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人間は視覚によって周囲の環境情報を処理する際、距離や速度などの物理量を捉えるのではなく、網膜に投射された像の変化(大きさ、方向)などを使って、感覚的に評価を行っている。以下では、人間が周囲の環境を感覚的に評価した評価結果を刺激とする。例えば、人間の網膜に投射された像の面積が変化するとき、この像の面積が大きいほど刺激も大きくなる。刺激を縦軸、距離を横軸をとした場合、刺激と距離との関係は図14に示すようにウェーバー・フェヒナーの法則と同様の関係を持つ。人間は、図14のような刺激に基づいて運転操作を選択している。
【0005】
一方、従来の運転支援システムは、センサにより計測された車両の速度や距離を直接用いて、制御指令を決定している。すなわち人間であるドライバは感覚的に評価した評価結果に基づいて操作を選択しているのに対して、運転支援システムは速度や距離に基づいて制御指令を選択している。これにより、ある環境においては、システムが選択する制御指令と、ドライバが選択する操作とが異なり、自分の感覚と一致せずドライバが不快感を感じるという問題がある。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、人間の感覚と一致する車両安定化制御システムの提供を本発明の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために請求項1に記載の発明は、車両の外部の環境情報を提供する環境情報提供手段(16)と、前記車両の現在位置を幾何学座標系の座標値として算出する現在位置算出手段(31)と、前記車両の車速を検出する車速検出手段(4a、4b)と、前記環境情報と、前記現在位置と、前記車速とを用いて、前記環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する変換手段(33)と、前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する感覚量算出手段(34)と、前記感覚量に基づいて制御指令を決定する制御指令設定手段(2h、2i、2j)とを備えることを特徴とする。
【0008】
道路の幅や建物などの環境情報をドライバの網膜に投射される像に変換し、その像の変化をドライバの感じる刺激、すなわち感覚量として算出し、これに基づいて制御指令を選択することで、ドライバの感覚と一致した制御指令を決定することができる。
【0009】
請求項2に記載の発明は、車両の外部の環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する処理と、前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する処理と、前記感覚量が所定範囲内を満たすような制御指令を決定する処理とを備えることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明は、前記環境情報提供手段は、前記車両のロール値またはおよびヨー値またはおよびピッチ値またはおよび舵角を検出する車両状態計測手段(8)を用いて前記環境情報を出力することを特徴とする。
【0011】
これにより、GPSなどの外部の環境情報に加えて、車両のロール値、ヨー値、ピッチ値、舵角などによりデッドレコニングを行うことができ、より正確な車両の位置を算出することができる。また、外部の環境情報が取得できない場合、例えばトンネル内でGPS信号を受信できない場合などにも車両の現在位置を算出することができる。
【0012】
請求項4に記載の発明は、前記変換環境情報は、前記網膜に投射された道路内または道路脇に設置された物体の面積であることを特徴とする。
【0013】
道路内または道路脇には、設置数が多くて、大きさが予め分かっている道路標識などの物体が存在する場合が多い。こういった物体は、画像処理などで容易に検出可能であるため、感覚量の算出も容易となる。
【0014】
請求項5に記載の発明は、前記変換環境情報は、前記網膜に投射された道路の全部または一部の面積であることを特徴とする。
【0015】
これにより、環境情報に、建物や標識などが含まれていない、例えば郊外の道路のような環境であっても、走行している道路の幅を得ることができればドライバの網膜に投影されている道路を推定し、感覚量を演算できる。
【0016】
請求項6に記載の発明は、前記変換環境情報は、前記網膜に投射された物体の移動量または移動方向であることを特徴とする。
【0017】
このような変換環境情報に物体の移動量または移動方向計算量を用いる方法は、変換環境情報が複数ピクセルからなる画像を変換したものである場合に比べて、変換に要する演算量を少なくすることができる。例えば、環境情報がビットマップ形式の画像であり、変換環境情報もビットマップ形式の画像とする場合、変換処理は全ピクセル毎に対して行う必要があり、この処理は莫大な演算を要する。しかし、前回処理のビットマップ画像と今回処理のビットマップ画像とを比較し、特徴点の移動量や移動方向を得て、この特徴点のみを変換環境情報に変換する方法は、変換処理が特徴点のみ対して実施されるため演算量を少なくすることができる。また、この物体の移動量および移動方向を表現する方法として、オプティカルフローがある。
【0018】
請求項7に記載の発明は、前記物体は、規定時間後に通過する予定の地点または地点の近傍に設置された仮想的な物体であることを特徴とする。
【0019】
一般的に、環境情報は、予め道路標識などをテンプレート画像として記憶し、パターンマッチングなどでテンプレート画像と一致する道路標識を検出することで得られる。
【0020】
一方、環境情報を仮想的な物体とした場合、テンプレート画像などを記憶する必要はないが、感覚量は演算可能である。このため、簡易な構成でありながらも、感覚量を演算することができる。
【0021】
請求項8に記載の発明は、前記物体は、前記環境情報に含まれていることを特徴とする。
【0022】
これにより、道路上または道路近傍に実在する物体、例えば道路標識や建物がドライバの網膜にどのような像で投影されるかを推定することができ、この推定結果を用いてドライバが物体より受ける刺激を演算することができる。
【0023】
請求項9に記載の発明は、前記感覚量は、将来の所定時間内において複数算出されるものであり、前記制御指令の決定は、複数の前記感覚量に基づくことを特徴とする。
【0024】
ドライバは車両の将来状態を考慮して運転を行っているため、このように将来、走行が予測される地点、またはその近傍の物体からドライバが受ける刺激を推定することで、よりドライバの感覚と一致した制御指令を出力できる。
【0025】
請求項10に記載の発明は、車両に備えられた駆動輪に対して、ドライバが要求する基本要求駆動力を発生させるべく、その基本要求駆動力に相当する物理量を演算する基本要求駆動力演算部(2a)と、前記車両における前輪および後輪それぞれに加えられる荷重を検出する前後輪荷重演算部(2g)と、前記車両の外部の環境情報を提供する環境情報提供手段と、前記車両の現在位置を幾何学座標系の座標値として算出する現在位置算出手段(31)と、前記車両の車速を検出する車速検出手段(4a、4b)と、前記環境情報と、前記現在位置と、前記車速とを用いて、前記環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する変換手段(33)と、前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する感覚量算出手段(34)と、前記感覚量に基づいて、前記車両における仮想的な旋回半径を推定する仮想旋回半径推定部(2h)と、前記前後輪荷重演算部(2g)および前記仮想旋回半径推定部(2h)での演算結果に基づいて、スタビリティファクタの目標値を演算する目標値演算部(2i)と、前記目標値演算部(2i)によって演算された前記目標値に追従するように、前記基本要求駆動力演算部(2a)が演算した前記基本要求駆動力に相当する物理量を補正する制振補正制御部(2j)とを備え、この制振補正制御部(2j)によって補正された補正後物理量に応じた駆動力を前記駆動輪に発生させるようになっていることを特徴とする。
【0026】
上記構成は、前輪および後輪それぞれにかかる準静的接地荷重を演算し、さらに外部の環境情報や車両の現在位置を用いてドライバが受けている、または受けるであろう刺激を感覚量として演算する。そして、この荷重や感覚量に基づいてスタビリティファクタの目標値を設定し、この目標値に追従するように、基本要求駆動力に相当する物理量を補正するようにしている。このため、時々刻々と変化する周辺環境に対応して、旋回半径がドライバの感覚と一致した理想的なものとなるようにスタビリティファクタを安定化することが可能となり、例えばピッチング振動エネルギーが抑制される等、車両内部の各状態量が安定化し、車両の走行状態を安定化させることが可能となる。
【0027】
したがって、路面その他の外的要因(路面外乱)によって車体挙動の変動が車体姿勢や走行軌道を乱すことを抑制することができる。そして、これらを要因とする車体の姿勢の乱れや振動が、ドライバの感覚と一致するように抑制されることから、車体の姿勢乱れや振動を修正しようとするドライバのステアリング操作が不要となり、ドライバのステアリング操作によって外乱成分を誘発してしまうことを防止することが可能となる。
【0028】
請求項11に記載の発明は、前記基本要求駆動力演算部(2a)は、前記基本要求駆動力に相当する物理量として、基本要求トルクを演算するものであることを特徴とする。
【0029】
請求項12に記載の発明は、前記前後輪接地荷重演算部(2g)は、前記前後輪接地荷重として、前記車両が定常走行状態の際に前記前輪および後輪それぞれに加わる前後輪静的接地荷重を演算するものであり、前記目標値演算部(2i)は、この前後輪静的接地荷重に基づいて、前記スタビリティファクタの目標値を演算するようになっていることを特徴とする。
【0030】
請求項13に記載の発明は、前記車両が走行中の路面の勾配を推定する推定道路勾配算出部(2d)を備え、前記前後輪接地荷重演算部(2g)は、前記前後輪接地荷重として、前記車両が定常走行状態の際に前記前輪および後輪それぞれに加わる前後輪静的接地荷重を演算すると共に、前記推定道路勾配算出部(2d)で演算された推定道路勾配に基づいて、その推定道路勾配を前記車両が定常走行した場合における前記前後輪接地荷重の変動量を演算し、前記前後輪静的接地荷重から前記推定道路勾配による変動分を見込んだ値を前後輪接地荷重として求めるようになっており、前記目標値演算部(2i)は、この前記推定道路勾配による前記前後輪設置荷重の変動分を見込んだ前後輪接地荷重に基づいて、前記スタビリティファクタの目標値を演算するようになっていることを特徴とする。
【0031】
このように、道路勾配に応じた前後輪接地荷重の変動量を求め、前輪と後輪それぞれの静的な接地荷重から道路勾配による前後輪接地荷重の変化量分を差し引くことにより、道路勾配に応じた前後輪接地荷重を求めることが可能となる。
【0032】
請求項14に記載の発明は、前記制振補正制御部(2j)は、前記車両におけるバネ上振動モデルに基づいて前記車両における状態量を示した状態方程式を有していると共に、前記状態方程式に基づいて前記スタビリティファクタを前記状態量で表した出力方程式を有しており、前記出力方程式と前記状態量とから求められるスタビリティファクタと、前記目標値演算部(2i)で演算されたスタビリティファクタの前記目標値との差に基づいて、前記基本要求駆動力に相当する前記物理量の補正を行うようになっていることを特徴とする。
【0033】
このように、車両におけるバネ上振動モデルに基づいて、車両における状態量を示した状態方程式と、状態方程式に基づいてスタビリティファクタを状態量で表した出力方程式を予め制振補正制御部に記憶させておき、出力方程式と状態量とからスタビリティファクタを求め、このスタビリティファクタの目標値との差に基づいて基本要求駆動力に相当する物理量の補正を行うことができる。これにより、出力方程式と状態量とから求められるスタビリティファクタが目標値に追従できるように、基本要求駆動力に相当する物理量が補正されることになる。
【0034】
請求項15に記載の発明は、前記車両における車輪に加えられる走行抵抗外乱を推定する走行抵抗外乱推定部(2f)を有し、前記制振補正制御部(2j)は、前記走行抵抗外乱推定部(2f)によって推定される走行抵抗外乱を鑑みて、前記状態方程式における前記状態量を求め、求めた状態量と前記出力方程式とに基づいて前記スタビリティファクタを求めると共に、該スタビリティファクタの前記目標値との差を求めるようになっていることを特徴とする。
【0035】
このように、走行外乱推定部によって走行外乱抵抗を推定し、その走行外乱抵抗を鑑みて、状態方程式における状態量を求めることができる。ここでいう走行外乱抵抗は、例えば、請求項16に示されるように、前輪の車輪速度の微分値と車両の重量とに基づいて、例えば、これらを乗算することにより求められる。
【0036】
請求項16に記載の発明は、前記走行抵抗外乱推定部(2f)は、前記車両に備えられた前輪の車輪速度の微分値と該車両の重量とに基づいて、前記走行抵抗外乱として前記前輪の走行抵抗外乱を求めるようになっていることを特徴とする。
【0037】
請求項17に記載の発明は、前記環境情報提供手段は、前記車両の外の状況の画像を撮影すると共に、その画像データを出力する画像認識手段を有し、前記仮想旋回半径推定部(2h)は、前記車載カメラの画像データのオプティカルフローに基づいて、前記仮想旋回半径を推定するようになっていることを特徴とする。
【0038】
車両の外の環境を撮影した画像を変換手段によりドライバの網膜に投影される像に変換し、変換情報を感覚量算出手段によって処理することで、ドライバが受ける刺激を算出することができる。また、リアルタイムに取得した画像を環境情報として用いれば、予め登録された環境情報を用いる場合に比べて、環境の変化に忠実にドライバが受ける刺激を算出できる。
【0039】
請求項18に記載の発明は、前記仮想旋回半径推定部(2h)は、前記画像認識手段の画像データに中に障害物が存在し、その障害物が自車両から所定距離以上離れているような場合には、前記車両が回転運動よりも横方向の並進運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定し、所定距離以内に接近しているような場合には、前記車両が横方向の並進運動よりも回転運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定するようになっていることを特徴とする。
【0040】
このように、対向車が自車両から所定距離以上に離れているような場合には、車両が回転運動よりも横方向の並進運動を優先して行うように仮想旋回半径を設定している。このため、対向車から見て、急な旋回を行わずにその人を避ける、つまり自車両が横にスライドするような動きをすることになるため、自車両が対向車線にはみ出しそうに見えず、対向車のドライバに与える威圧感を少なくすることができる。
【0041】
また、自車両から所定距離以内に接近している場合には、車両が横方向の並進運動よりも回転運動を優先して行うように仮想旋回半径を設定している。このため、急な飛び出し等の緊急時には衝突等最悪の事態を回避することができる。
【0042】
請求項19に記載の発明は、前記車両における車速に応じた出力を発生させる車速検出手段(4a、4b)を有し、前記仮想旋回半径推定部(2h)は、前記車速検出手段によって検出された車速が所定速度よりも速く、前記車両が高速走行中であるときには、前記車両が回転運動よりも横方向の並進運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定し、前記所定速度よりも遅く低速走行中であるときには、前記車両が横方向の並進運動よりも回転運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定するようになっていることを特徴とする。
【0043】
このように、車速が所定速度よりも速く、車両が高速走行中であるときには、車両が回転運動よりも横方向の並進運動を優先して行うように仮想旋回半径を設定している。このため、高速走行中には、車両がノーズを振るように曲がって車線変更するのではなく、車両が横にスライドするような感じで車線変更することになり、ドライバに対してより安心感を与えることができる。
【0044】
また、所定速度よりも遅く低速走行中であるときには、車両が横方向の並進運動よりも回転運動を優先して行うように仮想旋回半径を設定している。このため、低速走行中には、車両がきびきびと曲がれるようにすることができ、ドライバに対して車両を旋回させやすいという印象を与えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
〔実施形態1〕
図1から図13を用いて、本発明の一実施形態の車両安定化制御システムについて説明する。図1は、本実施形態における車両安定化制御システムの概略構成である。なお、本実施形態では、車両の駆動形態が後輪駆動のものを想定して説明するが、勿論、前輪駆動の車両でも4輪駆動の車両でも本発明を適用することができる。
【0046】
本実施形態の車両安定化制御システムは、車両に備えられたエンジン1が発生させる駆動トルクを調整し、ピッチング振動エネルギー等に起因する前後輪荷重の移動に基づくスタビリティファクタの変動を安定化させることで、車体の姿勢や車両特性を安定化する。本実施例において、エンジン1はガソリンにより動作するガソリンエンジンであるとする。
【0047】
図1に示す車両安定化制御システムにおいて、エンジン1は、エンジンECU2によって制御される。このエンジンECU2には、アクセルストロークセンサ3、前輪用車輪速度センサ4a、4b、舵角センサ5、吸入空気量センサ6、エンジン回転センサ7、G・ヨーレート・ジャイロセンサ8からの検出信号が入力されると共に、GPS受信機17からの受信信号と道路形状情報提供手段16からの道路情報とが入力される。
【0048】
アクセルストロークセンサ3は、アクセルペダル9の操作量に応じた検出信号を出力する。エンジンECU2では、このアクセルストロークセンサ3からの検出信号に基づいてアクセル操作量が求められ、そのアクセル操作量に応じた要求駆動力となる要求車軸トルクが求められる。
【0049】
前輪用車輪速度センサ4a、4bは、操舵輪となる両前輪10a、10bそれぞれに対応して備えられており、右前輪用の車輪速度センサ4aと左前輪用の車輪速度センサ4bとによって構成されている。これら各車輪速度センサ4aは、例えば、車軸に備えられた歯車型のロータの歯の回転に応じて異なる検出信号を出力する電磁ピックアップタイプ等の周知のもので構成され、各前輪の回転に応じた検出信号を発生させる。
【0050】
舵角センサ5は、車両前輪の操舵角、すなわち車両前後方向軸に対する車両前輪の傾斜角度に応じた検出信号を出力する周知のものである。例えば、ステアリング操作に応じてステアリングシャフトが回動すると、それがステアリング機構を介して車両前輪の操舵に変換されることから、舵角センサ5は、ステアリングの回動量を検出することにより、車両前輪の操舵角に応じた検出信号を出力する。
【0051】
吸入空気量センサ6およびエンジン回転センサ7は、共にエンジン1に設置されている周知のもので、吸入空気量センサ6は、エンジン内に吸入される吸入空気量に応じた検出信号を出力し、エンジン回転センサ7は、エンジン回転速度に応じた検出信号を出力する。
【0052】
道路形状情報提供手段16およびG・ヨーレート・ジャイロセンサ8は、例えば、ナビゲーションシステムの本体11に備えられている。例えば、道路形状情報提供手段16は、本体11に備えられたハードディスクやDVDなどの情報記録媒体に記憶された道路情報をエンジンECU2に伝える。G・ヨーレート・ジャイロセンサ8は、車両の加速度やヨー角を検出しエンジンECU2に伝える。
【0053】
また、GPS受信機17は、ナビゲーションシステムの本体11に接続されており、GPS衛星より受信した受信波から、幾何学座標系における自車両の現在位置を演算し受信信号としてエンジンECU2に伝える。
【0054】
そして、エンジンECU2では、これら各センサ3、4a、4b、5〜8からの検出信号、GPS受信機17から送られてきた受信信号および道路形状情報提供手段16の道路情報に基づき、種々の演算を行い、その演算結果に基づいて吸入空気量を調整する。これにより、トランスミッション12、終減速装置13および駆動軸14を介して駆動輪となる後輪15a、15bに伝えられる車軸トルクが調整される。
【0055】
図2に、このエンジンECU2のブロック構成を概略的に示し、この図を参照してエンジンECU2の詳細について説明する。
【0056】
エンジンECU2は、CPU、RAM、ROM、I/Oなどを備えたマイクロコンピュータによって構成されている。そして、CPUにてROMに記憶されたエンジン制御プログラムを実行し、各種演算を行うことで、エンジン1への吸入空気量を制御する。
【0057】
具体的には、エンジンECU2は、図2に示されるように、基本要求トルク算出部2a、推定車軸トルク算出部2b、前輪車輪速度算出部2c、推定道路勾配算出部2d、操舵角算出部2e、前輪走行抵抗外乱推定部2f、前後輪静的接地荷重演算部2g、仮想旋回半径推定演算部2h、目標値演算部2i、制振補正制御部2jおよび視覚空間モデル処理部2kとを備えて構成されている。
【0058】
基本要求トルク算出部2aは、アクセルストロークセンサ3から出力される検出信号を受け取り、その検出信号に基づいてアクセル操作量を物理量として求めると共に、その操作量に応じた基本要求駆動力となる基本要求トルクを求める。ここで求められた基本要求トルクが車両の加速、減速に使用されるトルク、つまり基本的に要求される車軸トルクとなる。そして、この基本要求トルク演算部2aでの演算結果が、制振補正制御部2jに出力される。
【0059】
推定車軸トルク算出部2bは、吸入空気量センサ6およびエンジン回転センサ7からの検出信号に基づき、推定車軸トルク、すなわち検出結果が得られたときに発生させられているであろう車軸トルクを演算する。この推定車軸トルク算出部2bでの演算結果が、制振補正制御部2jおよび前後輪静的接地荷重演算部2gに出力される。
【0060】
前輪車輪速度算出部2cは、両車輪速度センサ4a、4bからの検出信号に基づいて操舵輪となる両前輪の車輪速度を算出する。この前輪車輪速度算出部2cが、前輪走行抵抗外乱推定部2fや仮想旋回半径推定演算部2hに出力される。
【0061】
推定道路勾配算出部2dは、道路形状情報提供手段16からは道路情報を受け取り、GPS受信機17からは受信信号を受け取り、その道路情報内に含まれる走行路面の勾配情報を抽出することによって道路勾配を推定する。そして、この推定道路勾配算出部2dにおける演算結果が、前後輪静的接地荷重演算部2gに出力される。なお、ここでは道路形状情報提供手段16に記憶された道路情報に基づいて道路勾配を推定しているが、車両に設置した加速度センサからの検出信号から車両前後駆動力加速度成分を除去し、重力加速度成分に基づいて道路勾配を算出する等の周知の方法によって道路勾配を推定しても良い。
【0062】
操舵角算出部2eは、舵角センサ5からの検出信号に基づいて操舵角を算出し、その演算結果を仮想旋回半径推定演算部2hおよび目標値演算部2iに出力する。
【0063】
視覚空間モデル処理部2kについて、以下に述べる。
【0064】
図3は、人間の視覚刺激モデルに基づく環境情報処理を行う視覚空間モデル処理部2kの詳細なブロック図である。現在位置算出部31への入力は、車両のG・ヨーレート・ジャイロセンサ8のセンサ値および、GPS受信信号、道路形状情報提供手段16の道路情報である。現在位置算出部31は、道路と車両の位置関係、すなわち地図上における現在の車両の詳細な位置や進行角度を算出し、仮想看板生成部32に出力する。仮想看板生成部32は、地図情報および現在位置算出部31および車輪速度センサ4a、4bの出力から、図4を用いて後述する仮想看板生成アルゴリズムに基づいて、仮想看板を生成し出力する。幾何学座標系・網膜座標系座標変換部33は、仮想看板生成部32が生成した仮想看板をドライバの網膜に投射されていると推定される推定像に変換し出力する。視覚感覚量算出部34は、幾何学座標系・網膜座標系座標変換部33より出力された推定像を用いて、後述する数式58を用いて感覚量τを算出する。
【0065】
以下、図3の仮想看板生成部32について説明する。ドライバは道路全体を連続的に環境情報として捉え、捉えた環境情報から将来走行したい走行ラインを連続点として予想している。ドライバの道路全体を連続的に捉えるアルゴリズムを模すため、仮想看板生成部32は、道路の両脇に一定の時間間隔で仮想的な看板(以下、仮想看板)を設置する。なお、仮想看板は同一の面積Aをもつ四角形状の形態であり、道路標識のように道路の延設方向に直行する角度で、道路平面に対して垂直に立っているとする。
【0066】
以下、図4に基づいて、図3の仮想看板生成部32の処理と、仮想看板生成部32への入力および出力について説明する。現在の演算タイミングでの車両の位置が位置P(0)であってその際の車速が速度vである場合での仮想看板生成部32での演算について説明する。この車両が道路の中央を走行しているとし、位置P(0)での速度vによるt1秒後の到達位置である幾何学座標系座標値である位置P(1)を演算する。次に、道路の中央の線に対して位置P(1)を通る垂直方向の距離lの地点に左仮想看板S(1)L41、右仮想看板S(1)R42を設置する。同様に、位置P(0)での速度vによるt2秒後の到達位置である位置P(2)を演算し、道路の中央の線に対して位置P(2)を通る垂直方向の距離lの地点に左仮想看板S(2)L43、右仮想看板S(2)R44を設置する。さらに、位置P(0)での速度vによるt3秒後の到達位置である位置P(3)を演算し、道路の中央の線に対して位置P(3)を通る垂直方向の距離lの地点に左仮想看板S(3)L45、右仮想看板S(3)R46を設置する。次に、車速センサにより出力された車速を用いて、設置した全仮想看板が自車両に対して持つ速度ベクトルを算出する。また、仮想看板生成部32は一定制御周期t4秒毎に実行され、全仮想看板はt4秒毎に新たに設置しなおされる。このような処理を実行した仮想看板生成部32からの出力は幾何学座標系で表現された各仮想看板の座標値と各仮想看板の速度ベクトルとである。なお、幾何学座標系とは、例えば世界測地系であっても良いし、地図情報内で設定された座標系であっても良い。
【0067】
以下、図5を用いて、図3の幾何学座標系・網膜座標系座標変換部33について述べる。図5に示す中心視の視覚モデルにおいて、位置P(0)にいるドライバの眼球中心の座標値を(x,y,z)=(0,0,0)と置いたとき、網膜に投射される仮想看板の座標値(x,y,z)=(xs,ys,zs)への仰角ψと方位角φとを数式56および数式57のように表すことができる。以下、この仰角ψと方位角φとで表される座標系を網膜座標系と呼ぶ。
【0068】
(数56)

(数57)

幾何学座標系・網膜座標系座標変換部33では、幾何学座標系から、ドライバの網膜に投射された際の座標系である網膜座標系に変換する。以下、詳細を説明する。まず、幾何学座標系・網膜座標系座標変換部33では、仮想看板生成部32から入力された各仮想看板の幾何学座標系座標値に対して、面積Aを持たせるように面積を表す幾何学座標系座標値群とする。
【0069】
そして、この各仮想看板の面積を表す幾何学座標系座標値群を、数式56と数式57とを用いて網膜座標系における座標値群に変換する。
【0070】
さらに、各左仮想看板S(n)Lおよび各右仮想看板S(n)Rの速度ベクトルを、網膜座標系における左仮想看板S(n)Lおよび右仮想看板S(n)Rの速度ベクトルに変換する。ただしn=1,2,3…とする。
【0071】
以下、図3の視覚感覚量算出部34について述べる。ドライバは、一般的に幾何学座標系における距離、速度などの物理量からではなく、網膜に投射された像(以下、投射像)の大きさの変化や方向の変化、たとえば面積や面積変化率や投射像の移動方向の変化などから感覚的に周囲の環境を評価している。このように、ドライバが感じた刺激を、感覚量τとして定量化した場合、数式58のように示すことができる。
【0072】
(数58)

ドライバが投射像の面積変化率から周囲の環境を評価していることから、(数式58)における分母である感覚(視覚)刺激を投射像の面積A’とし、分子である感覚(視覚)刺激変化量を投射像の速度ベクトルと面積とを用いて表現される面積A’の変化量ΔA’とする。
【0073】
図3の視覚感覚量算出部34は、前述の数式56および数式57とで算出した仰角ψと方位角φを用いて、投射像の面積A’を数式59のように算出する。
【0074】
(数59)
A’=ψ×φ
これにより、ドライバの網膜に投射されると推定される左仮想看板S(n)Lの面積A’nLおよび右仮想看板S(n)Rの面積A’nRを算出することができる。さらに、視覚感覚量算出部34は、左仮想看板S(n)Lがドライバに与える刺激を感覚量τ(n)L、右仮想看板S(n)Rがドライバに与える刺激を感覚量τ(n)Rとして出力する。
【0075】
図4および図6を用いて視覚感覚量算出部34での処理の具体例を説明する。視覚感覚量算出部34は、幾何学座標系・網膜座標系座標変換部33から網膜座標系で表現された各仮想看板の座標値および速度ベクトルを入力されると、幾何学座標系の位置P(0)にいるドライバの網膜に投射されると推定される左仮想看板S(1)L41の面積A’(1)Lとその面積変化量ΔA’(1)L、右仮想看板S(1)R42の面積A’(1)Rとその面積変化量ΔA’(1)R、左仮想看板S(2)L43の面積A’(2)Lとその面積変化量ΔA’(2)L、右仮想看板S(2)R44の面積A’(2)Rとその面積変化量ΔA’(2)R、左仮想看板S(3)L45の面積A’(3)Lとその面積変化量ΔA’(3)L、右仮想看板S(3)R46の面積A’(3)Rとその面積変化量ΔA’(3)Rとを算出する。そして、算出した面積A’(1)Lとその面積変化量ΔA’(1)Lとから感覚量τ(1)Lをτ(1)L=ΔA’(1)L/A’(1)Lとして演算し、面積A’(1)Rとその面積変化量ΔA’(1)Rとから感覚量τ(1)Rをτ(1)R=ΔA’(1)R/A’(1)Rとして演算し、面積A’(2)Lとその面積変化量ΔA’(2)Lとから感覚量τ(2)Lをτ(2)L=ΔA’(2)L/A’(2)Lとして演算し、面積A’(2)Rとその面積
変化量ΔA’(2)Rとから感覚量τ(2)Rをτ(2)R=ΔA’(2)R/A’(2)Rとして演算し、面積A’(3)Lとその面積変化量ΔA’(3)Lとから感覚量τ(3)Lをτ(3)L=ΔA’(3)L/A’(3)Lとして演算し、面積A’(3)Rとその面積変化量ΔA’(3)Rとから感覚量τ(3)Rをτ(3)R=ΔA’(3)R/A’(3)Rとして演算する。
【0076】
図2の前輪走行抵抗外乱推定部2fは、演算された前輪車輪速度に基づき、前輪走行抵抗外乱を推定する。前輪には車輪速度に応じた走行抵抗が発生する。このため、その走行抵抗外乱を車輪速度から推定するのである。例えば、車輪速度の微分値に対して車両重量を掛けることで並進方向の力[N/m]を求め、それに更に転動輪の半径を乗算することにより、走行抵抗外乱を転動輪に働くモーメント[N]として求めることが可能となる。
【0077】
このような車輪速度の一回微分に基づいて走行抵抗外乱を求めることで、その走行抵抗外乱の要因が何であったかに関係なく、結果としてどれだけの走行抵抗外乱が入ったかを求めることが可能となる。すなわち、走行抵抗外乱は、例えば、ドライバによる操舵により発生したコーナリングドラッグによって生じたり、路面の凹凸によって生じたりするが、どのような場合であっても、結果的に車輪速度に変化が生じることから、その車輪速度の変化(微分値)から走行抵抗外乱を算出すれば、どのような要因かに関わらず、転動輪が受けた走行抵抗外乱を求めることができる。
【0078】
なお、この走行抵抗外乱に関しては、車輪速度と走行抵抗外乱との特性をエンジンECU2内のメモリなどに予め記憶させておき、その特性に基づいて演算された車輪速度と対応する走行抵抗外乱を選択することによって、推定することも可能である。
【0079】
図2の前後輪静的接地荷重演算部2gについて説明する。この前後輪静的接地荷重演算部2gは、演算された推定車軸トルクおよび推定道路勾配に基づいて前後輪における静的な接地荷重を演算する。
【0080】
まず、前後輪の接地荷重の変動について説明する。前後輪の接地荷重の変動は、例えば、ピッチング振動等によって生じる。ピッチング振動とは、車両重心を中心に車両左右軸周りに発生する振動であり、このピッチング振動によるエネルギーをピッチング振動エネルギーという。
【0081】
ピッチング振動は、駆動(加速)時のスコート、制動(減速)時および操舵(旋回)時のノーズダイブにより発生する。図7は、これら各状態を示した図である。
【0082】
図7(a)のように、駆動(加速)時には、車体側が車輪の回転に追従できず取り残されてしまうために、車両の重心を中心として車両前方側(ノーズ)が浮き上がってしまいスコートが発生する。また、図7(b)のように、制動(減速)時には、車輪に対して制動力が発生させられた際に車体側が慣性により車輪の減速に追従できないために、車両の重心を中心として車両前方側(ノーズ)が沈むノーズダイブが発生する。そして、図7(c)のように、操舵(旋回)時には、コーナリングドラッグが発生することから、それに基づいて車輪が減速し、制動(減速)時と同様にノーズダイブが発生する。
【0083】
このようなスコート、ノーズダイブといった車両重心を中心として生じる回転振動がピッチング振動であり、それを発生させるエネルギーとなるものがピッチング振動エネルギーである。このようなピッチング振動エネルギーは、車両走行中、常に発生する。
【0084】
そして、このようなピッチング振動等によって、前後輪それぞれの接地荷重や車輪に加わる力の関係が定常走行時に対して変動する。すなわち、図7(a)に示すように、スコート時には定常走行時に比べて前輪接地荷重Wfが小さく後輪接地荷重Wrが大きくなり、駆動トルク反力が大きくなる。図7(b)に示すように、減速によるノーズダイブ時には定常走行時に比べて前輪接地荷重Wfが大きく後輪接地荷重Wrが小さくなる。したがって、前輪制動力が大きく、後輪制動力が小さくなる。また、図7(c)に示すように、旋回によるノーズダイブ時にも定常走行時に比べて前輪接地荷重Wfが大きく後輪接地荷重Wrが小さくなる。
【0085】
このように接地荷重Wf、Wrが変動するために、コーナリングパワーが変動し、そのために車両の旋回が安定せず、ステアリングの修正動作などの操作負担をドライバに強いることになるのである。
【0086】
これらピッチング振動と前後輪接地荷重および前後輪コーナリングパワーの関係をタイミングチャートで示すと、図8のような関係となる。すなわち、図8(a)のようなピッチング振動が発生したとした場合、図8(b)に示されるように、前輪および後輪荷重Wf、Wrが定常走行時の前輪および後輪荷重Wfo、Wroにピッチング振動による変動分となるΔWf、ΔWrを足し合わせた数式1に示されるものとなる。
【0087】
(数1)
Wf=Wfo+ΔWf、Wr=Wro+ΔWr
したがって、前輪および後輪荷重Wf、Wrは、ピッチング振動の波形に対応する波形となる。そして、図8(c)に示されるように、前輪および後輪のコーナリングパワーKcf、Kcrに関しても、タイヤ特性の線形領域においては前輪および後輪荷重Wf、Wrと係数Cwとの積となることから、定常時におけるコーナリングパワーKcfo、Kcroの波形は、前輪および後輪荷重Wf、Wrと同様になる。
【0088】
したがって、ピッチング振動等を原因として生じる前後輪接地荷重の移動を利用して、車両の横運動を支配するステアリング特性が安定化するように、エンジンが発生させる車軸トルクを補正すれば、車体の姿勢および車両特性の乱れを効果的に抑制できると考えられる。
【0089】
次に、図9に示すバネ上振動モデルの模式図を参照して、車両における状態量について説明する。
【0090】
図9に示すバネ上振動モデルは、任意の定常状態を基準としたトルク反力の変化分ΔTrを受けて、バネ上部分に対してピッチング中心周りの振動を発生させることを想定している。ここでは、車体を水平方向と平行な任意の基準平面からなる平板と見立てて、その平板にサスペンションに支持されてタイヤが備えられ、また、エンジンおよびトランスミッション等もバネ要素を持つマウントを介して車体に支持されているものとして、バネ上振動を想定している。
【0091】
このバネ上振動モデルにおいて、各定数を次のように設定している。まず、基準平面Bに備えられた前輪および後輪それぞれの車輪について、サスペンションのバネ定数がKf、Kr、サスペンションの減衰係数がCf、Cr、エンジンとトランスミッションの重量がm、エンジンマウントにおけるバネ定数がKe、減衰係数がCeとしている。
【0092】
また、タイヤ半径をrとし、バネ上における車体質量[kg]をM、エンジンとトランスミッション(T/M)の質量[kg]をm、ホイールベース[m]をL、車両重心と前輪軸との間の距離[m]をLf、車両重心と後輪軸との間の距離[m]をLr、車両重心とエンジンおよびT/M重心との間の距離[m]をLe、車体基準線(基準平面の高さ)と車両重心の高さとの間の距離[m]をhcとしている。
【0093】
そして、車体のピッチング慣性モーメント[kgm2]をIp、重力加速度[m/s2]をgとしている。
【0094】
一方、独立変数については、バネ上における車体の垂直方向変位[m]をx、エンジンおよびT/Mの垂直方向の変位をxe、仮想ピッチング中心周りのピッチ角[rad]をθpとしている。
【0095】
まず、ピッチング中心に対しての仮想ピッチ角がθpとして表されることから、ピッチング中心からLf離れた前輪軸におけるピッチ中心周りでの変位量はLfθpとなり、ピッチング中心からLr離れた後輪軸におけるピッチ中心周りでの変位量はLrθpとなる。このため、車体の垂直方向変位は、前輪側ではx+Lfθp、後輪側ではx−Lfθpとなる。
【0096】
従って、車体のピッチ中心周りの運動方程式は、数式2のように表される。
【0097】
(数2)
Ipθp’’=−Lf{Kf(x+Lfθp)+Cf(x’+Lfθp’)}
−Le{Ke(x+Leθp−xe)+Ce(x’+Leθp’−xe’)}
+Lr{Kr(x−Lrθp)+Cr(x’−Lrθp’)}
+hcθpMg+(hcg−hc)ΔTr/r+ΔTr
また、車体上下運動の方程式とエンジン1およびT/Mの上下運動の方程式は、それぞれ数式3、数式4のように表される。
【0098】
(数3)
Mx’’=−Kf(x+Lfθp)−Cf(x’+Lfθp’)
−Ke(x+Leθp−xe)−Ce(x’+Leθp’−xe’)
−Kr(x−Lrθp)−Cr(x’−Lrθp’)
(数4)
mxe’’=−Ke(xe−x−Leθp)−Ce(xe’−x’−Leθp’)
そして、xe’’、x’’、θp’’を数式2〜4から求めると、それぞれ数式5〜7のようになる。
【0099】
(数5)
xe’’=−Ke/m・xe−Ce/m・xe’+Ke/m・x+Ce/m・x’
+KeLe/m・θp+CeLe/m・θp’
(数6)
x’’=Ke/M・xe+Ce/M・xe’−(Ke+Kf+Kr)/M・x
−(Ce+Cf+Cr)/M・x’−(KfLf+KeLe−KrLr)/M・θp
−(CfLf+CeLe−CrLr)/M・θp’
(数7)
θp’’=KeLe/Ip・xe+CeLe/Ip・xe’
−(KfLf+KeLe−KrLr)/Ip・x
−(CfLf+CeLe−CrLr)/Ip・x’
−(KfLf2+KeLe2+KrLr2−hcMg)/Ip・θp
−(CfLf2+CeLe2+CrLr2)/Ip・θp’
+{1+(hcg−hc)/r}/Ip・ΔTr
従って、各状態量をそれぞれxe=x1、xe’=x2、x=x3、x’=x4、θp=x5、θp’=x5、ΔTr=uとし、上記各数式における変数の係数をa1〜a6、b1〜b6、c1〜c6、P(1)と置くと、上記各式は、以下のように変換される。
【0100】
(数8)
xe’’=a1xe+a2xe’+a3x+a4x’+a5θp+a6θp’
=a1x1+a2x2+a3x3+a4x4+a5x5+a6x6
(数9)
x’’=b1xe+b2xe’+b3x+b4x’+b5θp+b6θp’
=b1x1+b2x2+b3x3+b4x4+b5x5+b6x6
(数10)
θp’’=c1xe+c2xe’+c3x+c4x’+c5θp+c6θp’+P(1)u
=c1x1+c2x2+c3x3+c4x4+c5x5+c6x6+P(1)u
ただし、上記数式8〜10において、a1=−Ke/m,a2=−Ce/m,a3=Ke/m,a4=Ce/m,a5=KeLe/m,a6=CeLe/m,b1=Ke/M,b2=Ce/M,b3=−(Ke+Kf+Kr)/M,b4=−(Ce+Cf+Cr)/M,b5=−(KfLf+KeLe−KrLr)/M,b6=−(CfLf+CeLe−CrLr)/M, c1=KeLe/Ip,c2=CeLe/Ip,c3=−(KfLf
+KeLe−KrLr)/Ip,c4=−(CfLf+CeLe−CrLr)/Ip,c5=−(KfLf2+KeLe2+KrLr2−hcMg)/Ip,c6=−(CfLf2+CeLe2+CrLr2)/Ip,P(1)={1+(hcg−hc)/r}/Ipである。
【0101】
また、上記のようにx1〜x6を定義したことから、以下の関係も成り立つ。
【0102】
(数11)
x’1=xe’=x2
(数12)
x’2=xe’’=a1x1+a2x2+a3x3+a4x4+a5x5+a6x6
(数13)
x’3=x’=x4
(数14)
x’4=x’=b1x1+b2x2+b3x3+b4x4+b5x5+b6x6
(数15)
x’5=θp’=x6
(数16)
x’6=θp’’=c1x1+c2x2+c3x3+c4x4
+c5x5+c6x6+P(1)u
したがって、数式11〜16を状態空間表現とすると、その状態方程式が数式17のような6行6列の行列式で示され、数式17を簡略化すると、数式18のように表される。
【0103】
(数17)

(数18)
x’=Ax+Bu
このようにして、バネ上振動モデルの状態方程式が導出される。したがって、この状態方程式に基づいて、エンジンが発生させる車軸トルク(駆動力に相当する物理量)を補正すれば、車両の横運動を支配するステアリング特性(スタビリティファクタ)を能動的に制御することが可能となる。
【0104】
図2の前後輪静的接地荷重演算部2gは、上述した数式17で示された状態方程式において、状態量xe’、x’、θp’・・・、すなわちドット成分を0とすることで、定常状態での各状態量を算出する。このときの各状態量は、数式19〜21のように表される。
【0105】
(数19)
0=a1xe+a3x+a5θp
(数20)
0=b1xe+b3x+b5θp
(数21)
0=c1xe+c3x+c5θp+P(1)ΔTr
したがって、状態量xe、x、θpにおける3行3列の行列式として数式22のように直すことができる。ただし、xe_s、x_s、θp_sは、状態量xe、x、θpの定常解である。そして、Aを数式23のような3行3列の行列式で表される係数とすると、定常解xe_s、x_s、θp_sは、数式24のように表されることになる。
【0106】
(数22)

(数23)

(数24)

また、定常状態での前輪および後輪それぞれの静荷重Wf_s、Wr_sは、図10に示す振動モデルに基づいて、以下のように求められる。
【0107】
図10の振動モデルは、図9に示した振動モデルに対して仮想重心点移動量ΔLを考慮した物理量を示す。
【0108】
定常状態での前輪および後輪それぞれの静荷重Wf_s、Wr_sは、数式25、26で示される。ただし、これらの式において、Wfo、Wroは、前輪および後輪の静止荷重を示しており、ΔWf_s、ΔWr_sは、制動力や走行抵抗等すべての外的要因の影響を含む総路面反力となる駆動力変化量ΔFが作用したときの前輪および後輪の静的な荷重変化量を示している。
【0109】
(数25)
Wf_s=Wfo+ΔWf_s
(数26)
Wr_s=Wro+ΔWr_s
また、静止時における車両重心と前輪軸との間の距離をLfo、車両重心と後輪軸との間の距離をLroとすると、前輪および後輪の静止荷重Wfo、Wroは、数式27、28で示される。なお、Wは、車両重量Mにかかる重力Mg、すなわち前後輪にかかるトータルの荷重に相当する。
【0110】
(数27)
Wfo=(Lro/L)W
(数28)
Wro=(Lfo/L)W
また、前輪および後輪の静的荷重変化量ΔWf_s、ΔWr_sは、前輪もしくは後輪のバネ定数kf、krを前輪もしくは後輪側における車体の垂直方向変位量x_s+Lfoθp_s、x_s−Lfoθp_sに掛け合わしたものとなる。そして、定常解x_s、θp_sが数式24のように表されることから、前輪および後輪の静的荷重変化量ΔWf_s、ΔWr_sは、それぞれ数式29、30のように示される。
【0111】
(数29)

(数30)

このため、前後輪静的接地荷重演算部2gにて、推定車軸トルク算出部2bにて演算された推定車軸トルクからその変化量ΔTrを求め、それを数式29、30に代入すれば、前輪および後輪の静的荷重変化量ΔWf_s、ΔWr_sが算出される。そして、数式25、26におけるWfo、Wro、ΔWf_s、ΔWr_sがそれぞれ数式27〜30で表されることから、それらを数式29、30に代入すれば、前輪および後輪の静止荷重Wfo、Wroを求めることができる。このようにして、前後輪における静的な接地荷重Wf_s、Wr_sが求められる。
【0112】
一方、道路勾配による前後輪接地荷重の変化量は、図11に示すモデルに基づいて求めることができる。
【0113】
図11は、所定の道路勾配θの場所に車両が位置している場合の物理量の関係を示す。この図に示されるように、車両の重心の路面からの高さを重心高さhcg、その重心が位置する車体平面をBpとすると、前輪および後輪の荷重が加えられる位置(前後輪接地位置)から鉛直方向に伸ばした線と車体平面Bpとの交点から重心までの距離は、それぞれLf+hcgtanθとLf−hcgtanθとなる。
【0114】
また、任意の水平線Hに対して、車両重心と前後輪接地位置それぞれから鉛直方向に直線を引いたときの交点をS1、S2、S3とすると、S1−S3間の距離La=Lcosθ、S1−S2間の距離Lf’=(Lf+hcgtanθ)cosθ、S2−S3間の距離Lr’=(Lr−hcgtanθ)cosθとなる。
【0115】
この場合において、前後輪にかかるそれぞれの鉛直方向の接地荷重をWf’、Wr’とすると、これらは数式27、28と同様に示される。
【0116】
(数31)
Wf’=(Lr’/L’)W
={(Lr−hcgtanθ)cosθ/(Lcosθ)}W
={(Lr/L−(hcg/L)tanθ)W
=Wfo−W(hcg/L)tanθ
(数32)
Wr’=(Lf’/L’)W
={(Lf+hcgtanθ)cosθ/(Lcosθ)}W
={(Lf/L+(hcg/L)tanθ)W
=Wro+W(hcg/L)tanθ
そして、路面垂直方向における前後輪にかかる接地荷重は、鉛直方向の接地荷重Wf’、Wr’に対する路面垂直方向成分に相当し、それぞれWf’cosθ、Wr’cosθとなり、鉛直方向の接地荷重Wf’、Wr’が数式31、32で表されることから、次のようになる。
【0117】
(数33)
Wf’cosθ={Wfo−W(hcg/L)tanθ}cosθ
=Wfocosθ−W(hcg)sinθ
(数34)
Wr’cosθ={Wro+W(hcg/L)tanθ}cosθ
=Wrocosθ+W(hcg)sinθ
このようにして、道路勾配による前後輪接地荷重の変化量が求められる。この前後輪設置荷重の変化量に関しては、その道路勾配を走行中に定常的に変化する荷重量となる。したがって、道路勾配算出部2dによって道路勾配が求められたら、その道路勾配のときの前後輪接地荷重の変化量分を求め、前輪と後輪それぞれの静的な接地荷重から道路勾配による前後輪接地荷重の変化量分を差し引くことにより、道路勾配に応じた前後輪接地荷重を求めることが可能となる。
【0118】
このため、後述する目標値演算部2iで求められるLfKcf−LrKcrは、道路勾配も考慮した理想的な旋回半径のスタビリティファクタとして求められることになる。以上のようにして、前後輪静的接地荷重演算部2gにて、前後輪接地荷重を求められる。
【0119】
また、図2の仮想旋回半径推定部2hは、前輪車輪速度演算部2cで演算された前輪車輪速度とG・ヨーレート・ジャイロセンサ8から送られてくるヨー角(センサ値)に関する情報と、視覚空間モデル処理部2kから送られてくる感覚量τとに基づいて、車両が走行するのに適した仮想的な旋回半径を推定する。具体的には、まず、感覚量τよりドライバの感覚に一致した、すなわち視覚刺激変化を一定に保つようなヨー角補正値を算出する。次に、このヨー角補正値とヨー角(センサ値)を合計した値が、γsensor[rad/s]という値であったとすると、旋回半径ρはヨー角γsensorと車速Vとから次式のように示される。
【0120】
(数35)
ρ=V/γsensor
したがって、仮想旋回半径推定部2hは、前輪車輪速度から、例えば両前輪車輪速度の平均値を求めることで車速Vを求め、この車速Vとヨー角γsensorとを数式35に代入することにより、仮想的な旋回半径を算出するようにしている。
【0121】
目標値演算部2iは、スタビリティファクタを決定するLfKcf−LrKcrの目標値を決定する。以下、このLfKcf−LrKcrの目標値について説明する。
【0122】
定常円旋回時において、スリップ角βとヨーレートγは、以下のように定義される。これらについて、図12を参照して説明する。
【0123】
図12に、車両各部のサイズ等を模式的に示す。この図に示されるように、バネ上における車体質量[kg]をM、ホイールベース[m]をL、車両重心と前輪軸との間の距離[m]をLf、車両重心と後輪軸との間の距離[m]をLrとしている。また、車速をV[m/sec]、舵角をδ[rad]、前後輪のタイヤコーナリングパワーをそれぞれKcf、Kcr[N/rad]としている。これらを基に、旋回半径ρを表すと、次式になることが知られている。
【0124】
(数36)

なお、数式36に示されるAが上述したスタビリティファクタ(Stability Factor)であり、次式で示され、車両ごとに決まる値である。
【0125】
(数37)

この数式37におけるスタビリティファクタ、具体的にはスタビリティファクタにおけるLfKcf−LrKcrの項の正負によってステアリング特性が確定する。このステアリング特性は、以下のように示される。
【0126】
(数38)

すなわち、LfKcf−LrKcrの項をΔとした場合、図13(a)の車両旋回状態を示す図に示されるように、円旋回が定常旋回(理想旋回)であると考えると、Δが負であればアンダーステア、0であれば定常旋回、Δが正であればオーバステアというステアリング特性となる。換言すれば、図13(b)に示す車速と旋回半径との関係図に示されるように、Δが負であれば車速に対して旋回半径が大きくなる状態(アンダーステア)、0であれば定常旋回、Δが正であれば車速に対して旋回半径が小さくなる状態(オーバステア)となる。
【0127】
したがって、スタビリティファクタにおけるLfKcf−LrKcrの項の設定次第で、車両が理想的な旋回を行えるようにすることが可能となり、ステアリング特性を向上させられる。
【0128】
したがって、この目標値演算部2iでは、数式36から逆算することにより、LfKcf−LrKcrの目標値を演算するようにしている。具体的には、LfKcf−LrKcrは、次式から求められる。
【0129】
(数39)
LfKcf−LrKcr=Kcf_sKcr_s(2L2/MV2)・(1−ρδ/L)
なお、Kcf_s、Kcr_sは、道路勾配および加減速による荷重移動分のみを考慮した静的な前後輪のコーナリングパワーであり、δは操舵角、ρは仮想旋回半径である。
【0130】
これらのうち、独立変数となるのは車速Vと操舵角δおよび仮想旋回半径ρである。車速Vには、前輪車輪速度算出部2cで演算された前輪車輪速度から上述した方法により求められたものが用いられ、操舵角には、操舵角算出部2eでの演算結果が用いられる。仮想旋回半径は、数式35より求められたものが用いられる。このようにして、目標値演算部2iにて、LfKcf−LrKcrの目標値が求められる。
【0131】
そして、制振補正制御部2jは、目標値演算部2iで求められたLfKcf−LrKcrの目標値を基に、LfKcf−LrKcrの目標値が演算された値であった場合に、実際のLfKcf−LrKcrとの差分からスタビリティファクタの目標値からの変化量を求め、その変化分を無くすべく、基本要求トルク算出部2aで求められた基本要求トルクを補正する。
【0132】
具体的には、図2に示されるように、目標値に対してピッチング振動モデルから求めた出力yを減じることで、スタビリティファクタの目標値と現在の実際のスタビリティファクタとの差が求められ、その値に対して1/sおよびKiが掛け合わされる。これは、目標値を積分系とすることによりサーボ系のフィードバックを行うことができ、目標値が0でない場合であっても、その値に追従させられるからである。そして、これにさらに走行抵抗外乱を加算し、ピッチグ振動モデルを用いて演算した各状態量x(x、x’、xe、xe’、θp、θp’)に対して制御系の設計手法によって求めた所定の状態フィードバックゲインKs(K1〜K6)を乗じたものを減じることで、駆動トルクの補正値を求めることが可能となる。
【0133】
ここで、Δ(=LfKcf−LrKcr)は、前後輪のタイヤコーナリングパワーKcf、Kcrが前輪および後輪接地荷重Wf、Wrに依存していることから、荷重依存係数をCwとすると、以下のように表すことができる。
【0134】
(数40)
Δ=LfKcf−LrKcr
=Cw(LfWf−LrWr)
この結果、前輪および後輪におけるコーナリングパワーWf、Wrの変動に伴うΔ(=LfKcf−LrKcr)の変動、すなわちステアリング特性の変動は、数式25、26、40より、次式で示されることになる。
【0135】
(数41)
LfKcf−LrKcr=Cw(LfWf−FrWr)
=CwLf(Wfo+ΔWf)−CwLr(Wro+ΔWr)
=−Cw(KfLf−KrLr)x−Cw(CfLf−CrLr)x’
−Cw(KfLf2+KrLr2)θp−Cw(CfLf2−CrLr2)θp’
したがって、ステアリング特性の支配パラメータとなるΔ(=LfKcf−LrKcr)は、数式11〜数式16に基づき、数式42のような状態量の線形結合で表されることになり、数式41を6次元の行列式として表すと数式43のようになる。
【0136】
(数42)
LfKcf−LrKcr=q1x3+q2x4+q3x5+q4x6
(数43)

ただし、q1〜q4は係数であり、それぞれ、q1=−Cw(KfLf−KrLr)、q2=−Cw(CfLf−CrLr)、q3=−Cw(KfLf2+KrLr2)、q4=−Cw(CfLf2−CrLr2)である。
【0137】
これが図2中に示されている出力方程式となるものであり、この数式42を簡略化すると、y=Cx+Du(ただし、D=0となるため、実質的には、y=Cx)というバネ上振動モデルの出力方程式が導出される。
【0138】
したがって、この出力方程式に対して、各状態量x、x’、xe、xe’、θp、θp’を代入することにより、目標値と実際のスタビリティファクタとの差が演算され、この差に基づいてフィードバック制御がなされるという、サーボ系状態のフィードバックによる目標追従制御を行うことが可能となる。
【0139】
このようにして求められた車軸トルクは、LfKcf−LrKcrの目標値に追従するように、推定される走行抵抗外乱や状態量xを鑑みて、補正される。そして、この車軸トルクの補正値は、絶対値であることから、それを推定車軸トルク算出部2bでの演算結果から減算することで、車軸トルクの相対値を求める。すなわち、ピッチング振動モデルを用いて車軸トルクの補正値を求めた場合、そのピッチング振動モデルの精度によって、目標値から演算された補正後の車軸トルクが正確でないこともあり得る。このため、定常偏差を0にするために、現在実際に発生していると想定される推定車軸トルクと車軸トルクの補正値との差分をとることで、その補正値を相対化する。
【0140】
そして、相対化された補正値に対して終減速装置での減速比(ディファレンシャル比:1/Rd)を掛けたのち、その値を基本要求トルク算出部2aで演算された基本要求トルクから減算する。これにより、車軸トルクの補正値が基本要求トルクに対する絶対値として求められ、この値が補正後要求トルクとされる。
【0141】
このようにして、エンジン1に発生させる車軸トルクが決定し、この補正後要求トルクが得られるように、エンジン1の吸入空気量や燃料噴射量などが調整され、それに応じたエネルギーが出力される。そして、このエネルギーがトランスミッション(T/M)12および終減速装置13などを介して駆動輪15a、15bに回転エネルギーとして伝えられ、駆動輪15a、15bにて要求に応じた車軸トルクを発生させる。
【0142】
以上説明したように、本実施形態に示した車両安定化制御システムによれば、スタビリティファクタとなるLfKcf−LrKcrの目標値に追従するように、推定される走行抵抗外乱や状態量xを鑑みて、車軸トルクを補正するようにしている。このため、時々刻々と変化する様々な周辺環境に対応して、その時々に理想的な旋回半径となるようにスタビリティファクタを安定化することが可能となり、例えばピッチング振動エネルギーが抑制される等、車両内部の各状態量が安定化し、車両の走行状態を安定化させることが可能となる。
【0143】
以上の構成により、本実施形態による制御を行った場合は、制御を行っていない場合と比べて、状態量の振幅が少なく、早期に安定化が可能である。
【0144】
そのため、路面その他の外的要因(路面外乱)によって車体挙動の変動が車体姿勢や走行軌道を乱すことを抑制することができる。そして、これらを要因とする車体の姿勢の乱れや振動が抑制されることから、車体の姿勢乱れや振動を修正しようとするドライバのステアリング操作が不要となり、ドライバのステアリング操作によって外乱成分を誘発してしまうことを防止することが可能となる。
【0145】
したがって、ドライバ操作外乱や路面外乱の影響を抑圧することが可能となり、車体姿勢や車両特性を安定化させることが可能となる。
【0146】
さらに、本車両安定化制御システムは、人間の視覚刺激モデルに基づいて、幾何学座標系で表現された環境情報を変換して得たドライバの網膜に投射される像を用いている。この像を用いてドライバの感覚量τを求め、この感覚量τをドライバ操作外乱や路面外乱の影響を抑制するためのスタビリティファクタを算出するための仮想旋回半径を演算するために採用した。よって、よりドライバの運転感覚に一致した車両特性の安定化を実現でき、ドライバの運転負担を低減できる。
【0147】
なお、従来、特開平5−26067号公報において、車両におけるヨーレートを求め、そのヨーレートから車両がオーバステア状態もしくはアンダーステア状態であることを検知し、それを防ぐようにエンジン出力を制御する駆動輪制御装置が提案されている。この公報の装置においても、エンジン出力の調整により、車両がオーバステア状態もしくはアンダーステア状態となることを抑制できる。しかしながら、ヨーレートは、車両上下軸を軸とした回転成分を検出するものであり、車両左右軸を軸とした車両重心周りの回転であるピッチング振動成分を検出するものではないため、ヨーレートに基づいてエンジン出力の補正を行っても、ピッチング振動成分を抑制するような補正を行えるものではない。したがって、本実施形態で示したような、ピッチング振動成分を抑制することにより、前後輪荷重の変動の安定化を図り、もってコーナリングパワーの安定化を可能とするという効果を得られるものではない。
【0148】
〔その他の実施形態〕
前述の実施例では、G・ヨーレートセンサ・ジャイロセンサ8とGPS受信機17と道路形状情報提供手段16の各出力を用いて、車両位置を算出したが、車両位置の算出方法はこれらの構成に限定されない。例えば、G・ヨーレートセンサ・ジャイロセンサ8などの内界センサを用いず、道路形状情報提供手段16の地図情報とGPS受信信号とを用いても挙動を推定することは可能である。また、GPS受信機17を使用せずに、地図情報と内界センサとを用いても挙動を推定することは可能である。また、路車間通信やカメラ画像などを利用しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0149】
【図1】実施例1において用いられる車両安定化制御システムの概略構成を示す図である。
【図2】実施例1において用いられるエンジンECU2の概略を示すブロック図である。
【図3】実施例1において用いられる視覚空間モデル処理部のブロック図である。
【図4】実施例1において用いられる仮想看板の設置場所を表す図である。
【図5】実施例1において用いられる人間の中心視の視覚モデルを表す図である。
【図6】実施例1において用いられるドライバの網膜に投射された仮想看板を表す図である。
【図7】実施例1において用いられるピッチング振動による駆動(加速)時のスコート、制動(減速)時および操舵(旋回)時のノーズダイブを示した図である。
【図8】実施例1において用いられるピッチング振動と前後輪接地荷重および前後輪コーナリングパワーの関係を示したタイミングチャートである。
【図9】実施例1において用いられるバネ上振動モデルの模式図である。
【図10】実施例1において用いられる定常状態での前輪および後輪それぞれの静荷重を示した振動モデルの図である。
【図11】実施例1において用いられる道路勾配による前後輪接地荷重の変化量を示したモデルの図である。
【図12】実施例1において用いられる車両各部のサイズを示した模式図である。
【図13】実施例1において用いられる図であり、図13(a)は、車両が旋回しているときの経路を示した図であり、図13(b)は、車両が旋回しているときの車速と旋回半径との関係を示した相関図である。
【図14】縦軸を人間の刺激、横軸を距離とした場合の関係を表す図である。
【符号の説明】
【0150】
1 エンジン
2 エンジンECU
2a 基本要求トルク算出部
2b 推定車軸トルク算出部
2c 前輪車輪速度算出部
2d 推定道路勾配算出部
2e 操舵角算出部
2f 前輪走行抵抗外乱推定部
2g 前後輪静的接地荷重演算部
2h 仮想旋回半径推定演算部
2i 目標値演算部
2j 制振補正制御部
2k 視覚空間モデル処理部
3 アクセルストロークセンサ
4a、4b 前輪用車輪速度センサ
5 舵角センサ
6 吸入空気量センサ
7 エンジン回転センサ
8 G・ヨーレート・ジャイロセンサ
10a、10b 前輪
11 本体
12 トランスミッション
13 終減速装置
14 駆動軸
15a、15b 後輪
16 道路形状情報提供手段
17 GPS受信機
31 現在位置算出部
32 仮想看板生成部
33 幾何学座標系・網膜座標系座標変換部
34 視覚感覚量算出部
41 左仮想看板S(1)L
42 右仮想看板S(1)R
43 左仮想看板S(2)L
44 右仮想看板S(2)R
45 左仮想看板S(3)L
46 右仮想看板S(3)R

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の外部の環境情報を提供する環境情報提供手段(16)と、
前記車両の現在位置を幾何学座標系の座標値として算出する現在位置算出手段(31)と、
前記車両の車速を検出する車速検出手段(4a、4b)と、
前記環境情報と、前記現在位置と、前記車速とを用いて、前記環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する変換手段(33)と、
前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する感覚量算出手段(34)と、
前記感覚量に基づいて制御指令を決定する制御指令設定手段(2h、2i、2j)とを備えることを特徴とする車両安定化制御システム。
【請求項2】
車両の外部の環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する処理と、
前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する処理と、
前記感覚量が所定範囲内を満たすような制御指令を決定する処理とを備えることを特徴とする車両安定化制御システム。
【請求項3】
前記環境情報提供手段は、前記車両のロール値またはおよびヨー値またはおよびピッチ値またはおよび舵角を検出する車両状態計測手段(8)を用いて前記環境情報を出力することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両安定化制御システム。
【請求項4】
前記変換環境情報は、前記網膜に投射された道路内または道路脇に設置された物体の面積であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両安定化制御システム。
【請求項5】
前記変換環境情報は、前記網膜に投射された道路の全部または一部の面積であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両安定化制御システム。
【請求項6】
前記変換環境情報は、前記網膜に投射された物体の移動量または移動方向であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両安定化制御システム。
【請求項7】
前記物体は、規定時間後に通過する予定の地点または地点の近傍に設置された仮想的な物体であることを特徴とする請求項4に記載の車両安定化制御システム。
【請求項8】
前記物体は、前記環境情報に含まれていることを特徴とする請求項4に記載の車両安定化制御システム。
【請求項9】
前記感覚量は、将来の所定時間内において複数算出されるものであり、前記制御指令の決定は、複数の前記感覚量に基づくことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両安定化制御システム。
【請求項10】
車両に備えられた駆動輪に対して、ドライバが要求する基本要求駆動力を発生させるべく、その基本要求駆動力に相当する物理量を演算する基本要求駆動力演算部(2a)と、
前記車両における前輪および後輪それぞれに加えられる荷重を検出する前後輪荷重演算部(2g)と、
前記車両の外部の環境情報を提供する環境情報提供手段と、
前記車両の現在位置を幾何学座標系の座標値として算出する現在位置算出手段(31)と、
前記車両の車速を検出する車速検出手段(4a、4b)と、
前記環境情報と、前記現在位置と、前記車速とを用いて、前記環境情報をドライバの網膜に投影された像に変換し、変換環境情報として出力する変換手段(33)と、
前記変換環境情報と該変換環境情報の変化量とからドライバの感じる刺激を算出し、感覚量として出力する感覚量算出手段(34)と、
前記感覚量に基づいて、前記車両における仮想的な旋回半径を推定する仮想旋回半径推定部(2h)と、
前記前後輪荷重演算部(2g)および前記仮想旋回半径推定部(2h)での演算結果に基づいて、スタビリティファクタの目標値を演算する目標値演算部(2i)と、
前記目標値演算部(2i)によって演算された前記目標値に追従するように、前記基本要求駆動力演算部(2a)が演算した前記基本要求駆動力に相当する物理量を補正する制振補正制御部(2j)とを備え、この制振補正制御部(2j)によって補正された補正後物理量に応じた駆動力を前記駆動輪に発生させるようになっていることを特徴とする車両安定化制御システム。
【請求項11】
前記基本要求駆動力演算部(2a)は、前記基本要求駆動力に相当する物理量として、基本要求トルクを演算するものであることを特徴とする請求項10に記載の車両安定化制御システム。
【請求項12】
前記前後輪接地荷重演算部(2g)は、前記前後輪接地荷重として、前記車両が定常走行状態の際に前記前輪および後輪それぞれに加わる前後輪静的接地荷重を演算するものであり、
前記目標値演算部(2i)は、この前後輪静的接地荷重に基づいて、前記スタビリティファクタの目標値を演算するようになっていることを特徴とする請求項10または11に記載の車両安定化制御システム。
【請求項13】
前記車両が走行中の路面の勾配を推定する推定道路勾配算出部(2d)を備え、
前記前後輪接地荷重演算部(2g)は、前記前後輪接地荷重として、前記車両が定常走行状態の際に前記前輪および後輪それぞれに加わる前後輪静的接地荷重を演算すると共に、前記推定道路勾配算出部(2d)で演算された推定道路勾配に基づいて、その推定道路勾配を前記車両が定常走行した場合における前記前後輪接地荷重の変動量を演算し、前記前後輪静的接地荷重から前記推定道路勾配による変動分を見込んだ値を前後輪接地荷重として求めるようになっており、
前記目標値演算部(2i)は、この前記推定道路勾配による前記前後輪設置荷重の変動分を見込んだ前後輪接地荷重に基づいて、前記スタビリティファクタの目標値を演算するようになっていることを特徴とする請求項10または11に記載の車両安定化制御システム。
【請求項14】
前記制振補正制御部(2j)は、前記車両におけるバネ上振動モデルに基づいて前記車両における状態量を示した状態方程式を有していると共に、前記状態方程式に基づいて前記スタビリティファクタを前記状態量で表した出力方程式を有しており、前記出力方程式と前記状態量とから求められるスタビリティファクタと、前記目標値演算部(2i)で演算されたスタビリティファクタの前記目標値との差に基づいて、前記基本要求駆動力に相当する前記物理量の補正を行うようになっていることを特徴とする請求項10ないし13のいずれか1つに記載の車両安定化制御システム。
【請求項15】
前記車両における車輪に加えられる走行抵抗外乱を推定する走行抵抗外乱推定部(2f)を有し、
前記制振補正制御部(2j)は、前記走行抵抗外乱推定部(2f)によって推定される走行抵抗外乱を鑑みて、前記状態方程式における前記状態量を求め、求めた状態量と前記出力方程式とに基づいて前記スタビリティファクタを求めると共に、該スタビリティファクタの前記目標値との差を求めるようになっていることを特徴とする請求項14に記載の車両安定化制御システム。
【請求項16】
前記走行抵抗外乱推定部(2f)は、前記車両に備えられた前輪の車輪速度の微分値と該車両の重量とに基づいて、前記走行抵抗外乱として前記前輪の走行抵抗外乱を求めるようになっていることを特徴とする請求項15に記載の車両安定化制御システム。
【請求項17】
前記環境情報提供手段は、前記車両の外の状況の画像を撮影すると共に、その画像データを出力する画像認識手段を有し、
前記仮想旋回半径推定部(2h)は、前記車載カメラの画像データのオプティカルフローに基づいて、前記仮想旋回半径を推定するようになっていることを特徴とする請求項10ないし16のいずれか1つに記載の車両安定化制御システム。
【請求項18】
前記仮想旋回半径推定部(2h)は、前記画像認識手段の画像データに中に障害物が存在し、その障害物が自車両から所定距離以上離れているような場合には、前記車両が回転運動よりも横方向の並進運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定し、所定距離以内に接近しているような場合には、前記車両が横方向の並進運動よりも回転運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定するようになっていることを特徴とする請求項17に記載の車両安定化制御システム。
【請求項19】
前記車両における車速に応じた出力を発生させる車速検出手段(4a、4b)を有し、
前記仮想旋回半径推定部(2h)は、前記車速検出手段によって検出された車速が所定速度よりも速く、前記車両が高速走行中であるときには、前記車両が回転運動よりも横方向の並進運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定し、前記所定速度よりも遅く低速走行中であるときには、前記車両が横方向の並進運動よりも回転運動を優先して行うように前記仮想旋回半径を設定するようになっていることを特徴とする請求項17または18に記載の車両安定化制御システム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2007−22117(P2007−22117A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−202810(P2005−202810)
【出願日】平成17年7月12日(2005.7.12)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】