説明

軟磁性合金粉末、ナノ結晶軟磁性合金粉末、その製造方法、および圧粉磁心

【課題】 平均粒径が小さく、粗大なbccFe結晶の析出が無い軟磁性合金粉末と、高い飽和磁束密度と低い保磁力が得られるナノ結晶軟磁性合金粉末と、その製造方法と、それを用いた低損失の圧粉磁心を提供すること。
【解決手段】 組成式FeSiCuで表され、79.0≦a≦86.0at%、5≦b≦13at%、0≦c≦8at%、1≦x≦10at%、0≦y≦5at%、0.4≦z≦1.4at%、及び0.06≦z/x≦1.20である合金組成物からなり、平均粒径0.7μm以上5.0μm以下であることを特徴とする軟磁性合金粉末である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性合金粉末、ナノ結晶軟磁性合金粉末、その製造方法、およびナノ結晶合金粉末を用いた圧粉磁心に関する。
【背景技術】
【0002】
各種電子機器の小型化、高機能化が進行するに伴い、これら機器に内蔵されるコイル、トランスなどのインダクタ部品には、小型化と同時に大電流下において高いインダクタンスを示すことが求められている。これらの問題を解決するには、インダクタ部品に用いられる磁心の、飽和磁束密度と高周波域における損失特性を同時に向上させることが必要とされている。
【0003】
上述した磁心のひとつとして、軟磁性金属粉末を絶縁性の樹脂と混合したものを、圧縮成形して製造される圧粉磁心が利用されている。圧粉磁心は、絶縁性の樹脂で金属粉末を被覆することによって、渦電流を低減し、損失特性を向上させる特徴を持つ。その材料としては、特定方位の結晶構造を持たないことから結晶磁気異方性が無く、且つヒステリシス損失が小さい非晶質の軟磁性合金粉末の適用が進められている。
【0004】
非晶質の軟磁性合金粉末を製造する方法として、溶融金属を急速冷却して分裂微粉化するアトマイズ法が一般的に行われている。例えば、特許文献1には、Fe−Cr−Si−B−C−Nb系の合金粉末を、アトマイズ装置を用いて作製した非晶質の軟磁性合金粉末が提案されている。
【0005】
また、非晶質の軟磁性合金粉末は、Arガス雰囲気のような不活性雰囲気中で熱処理を施すと、2回以上結晶化される。最初に結晶化が開始した温度を第1結晶化開始温度、2回目の結晶化が開始した温度を第2結晶化開始温度という。この第1結晶化開始温度以上で熱処理を施し、非晶質相中にナノサイズのbccFeナノ結晶粒を均一に析出させることで、高い飽和磁束密度と低い保磁力を得ることができるナノ結晶軟磁性合金粉末も注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−19259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の高Fe組成の軟磁性合金粉末は、高い飽和磁束密度が得られるものの、非晶質形成能が低下する傾向にある。そのため、ガスアトマイズ法や水アトマイズ法に代表される従来のアトマイズ法では冷却速度が不足し、粉末化した際に粗大なbccFe結晶粒が析出することがある。その結果、保磁力が増加し、磁心として適用した際にヒステリシス損失が悪化するという課題がある。
【0008】
そこで、本発明は、平均粒径が小さく、粗大なbccFe結晶の析出が無い軟磁性合金粉末と、高い飽和磁束密度と低い保磁力が得られるナノ結晶軟磁性合金粉末と、その製造方法と、それを用いた低損失の圧粉磁心を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、特定の合金組成物を出発原料とし、平均粒径0.7μm以上5.0μm以下であり、主相として非晶質相を有する軟磁性合金粉末である。本発明の軟磁性合金粉末は、溶融金属を高圧不活性ガスにより1次粉砕し、高速回転し表面に第1の冷媒液の冷媒膜を形成したディスクに衝突させる2次粉砕および急冷による微細粉末化と、前記ディスクの周囲に形成した第2の冷媒液の冷媒膜による急冷を組み合わせて製造することが好ましい。さらに、上記の軟磁性合金粉末に対して第1結晶化開始温度(Tx)以上第2結晶化開始温度(Tx)未満の温度範囲で熱処理を施すことで、bccFe相からなる微細なナノ結晶が均一に析出したナノ結晶軟磁性合金粉末を得ることができる。
【0010】
すなわち、本発明は、組成式FeSiCuで表され、79.0≦a≦86.0at%、5≦b≦13at%、0≦c≦8at%、1≦x≦10at%、0≦y≦5at%、0.4≦z≦1.4at%、及び0.06≦z/x≦1.20である合金組成物からなり、平均粒径0.7μm以上5.0μm以下であることを特徴とする軟磁性合金粉末である。
【0011】
また、本発明は、Feの一部をTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Cr、Co、Ni、Al、Mn、Ag、Zn、S、Sn、As、Sb、Bi、Y、N、O及び希土類元素のうち1種類以上の元素で置換してなり、前記元素は、組成全体の3at%以下であり、Feとの合計が前記aについての条件79.0≦a≦86.0at%を満たすことを特徴とする上記の軟磁性合金粉末とすることができる。
【0012】
また、本発明によれば、主相として非晶質相を有し、前記非晶質相に平均粒径0.5nm以上10.0nm以下の初期微結晶を含むナノヘテロ構造を有することを特徴とする上記の軟磁性合金粉末が得られる。
【0013】
また、本発明によれば、ノズルから流下した溶融金属を高圧不活性ガスにより1次粉砕して1次粉砕粒子を得る工程と、周速400m/s以上800m/s以下で回転させ、表面に第1の冷媒液の冷媒膜を形成したディスクに、前記1次粉砕粒子を衝突させて2次粉砕すると共に急冷し2次粉砕粒子を得る工程と、前記ディスクの表面から前記第1の冷媒液と共に前記ディスクの周囲に放出された前記2次粉砕粒子を、前記ディスクの周囲に形成した第2の冷媒液の冷媒膜にて更に冷却する工程とを備えることを特徴とする上記の軟磁性合金粉末の製造方法が得られる。
【0014】
また、本発明によれば、前記軟磁性合金粉末を、第1結晶化開始温度(Tx)以上第2結晶化開始温度(Tx)未満の温度範囲で熱処理を施すことで得られ、平均粒径5nm以上50nm以下のナノ結晶が非晶質相中に析出していることを特徴とするナノ結晶軟磁性合金粉末が得られる。
【0015】
また、本発明によれば、上述したナノ結晶軟磁性合金粉末を、結合材と混合し、圧縮成型してなることを特徴とする圧粉磁心が得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、平均粒径が小さく、粗大なbccFe結晶の析出が無い軟磁性合金粉末と、高い飽和磁束密度と低い保磁力が得られるナノ結晶軟磁性合金粉末と、その製造方法を提供することが可能となる。
【0017】
また、本発明は、上記ナノ結晶軟磁性合金粉末を使用した、低損失の圧粉磁心を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施例5の軟磁性合金粉末の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の実施例5および比較例1の軟磁性合金粉末のX線回折パターンを示す図である。
【図3】本発明のナノ結晶軟磁性合金粉末を得るために使用したDSC曲線を示す図である。
【図4】本発明の軟磁性合金粉末の製造方法を説明する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本実施の形態における軟磁性合金粉末は、組成式FeCuまたはFeSiCuで表され、79.0≦a≦86.0at%、5≦b≦13at%、0≦c≦8at%、1≦x≦10at%、0≦y≦5at%、0.4≦z≦1.4at%、および0.06≦z/x≦1.20である合金組成物からなる。熱処理を施して得られるナノ結晶軟磁性合金粉末も同様の組成を有している。本実施の形態の軟磁性合金粉末は、主相として非晶質相を有している。また、非晶質中に平均粒径0.3nm以上10.0nm以下の初期微結晶を含むナノヘテロ構造を有していてもよく、非晶質相のみの結晶構造と同様に軟磁気特性の向上を図れる。
【0020】
本実施の形態の軟磁性合金粉末およびナノ結晶軟磁性合金粉末において、Feは主元素であり、磁性を担う必須元素である。飽和磁束密度の向上および原料価格の低減のため、Feの割合が多いことが基本的には好ましい。Feの割合が79.0at%より少ないと、望ましい飽和磁束密度が得られない。Feの割合が86.0at%より多いと、急冷の際に非晶質相の形成が困難になり、軟磁性合金粉末に粗大な結晶粒が析出する可能性がある。すなわち、熱処理後のナノ結晶軟磁性合金粉末において、均質なナノ結晶組織が得られず、軟磁気特性が劣化する。したがって、Feの割合は、79.0at%以上86.0at%以下であるのが望ましい。特に1.60T以上の飽和磁束密度が必要とされる場合、Feの割合が80.0at%以上であることが好ましい。また、Feの割合を84.0at%以上とすると、ナノ結晶軟磁性合金粉末の軟磁気特性が更に良好になる。
【0021】
本実施の形態の軟磁性合金粉末およびナノ結晶軟磁性合金粉末において、Bは非晶質相の形成を担う必須元素である。Bの割合が5at%より少ないと、急冷の際に非晶質相の形成が困難になる。Bの割合が13at%より多いと、均質なナノ結晶組織を得ることができず、軟磁気特性が劣化する。したがって、Bの割合は、5at%以上13at%以下であることが望ましい。また、Bの割合が多いと、融解温度(融点)が高くなることから、量産化のため上記の合金粉末が低い融点を有する必要がある場合には、Bの割合を10at%以下とすることが特に好ましい。
【0022】
本実施の形態の軟磁性合金粉末およびナノ結晶軟磁性合金粉末において、Siは非晶質相の形成を担う元素であり、ナノ結晶化にあたってはナノ結晶の安定化に寄与する。Siを添加する場合、Siの割合が8at%よりも多いと、非晶質の形成能が低下し、更に軟磁気特性が劣化する。したがって、Siの割合は、8at%以下であることが望ましく、5at%以下とすると均質なナノ結晶が得られるため特に好ましい。
【0023】
本実施の形態の軟磁性合金粉末およびナノ結晶軟磁性合金粉末において、Pは非晶質相の形成を担う必須元素である。また、溶融金属の融点低下により粘性を低減し、球状の粉末を作製し易くする効果を有している。Pの割合が1at%より少ないと、急冷の際に非晶質相の形成が困難になる。Pの割合が10at%より多いと、飽和磁束密度が低下し軟磁気特性が劣化する。したがって、Pの割合は、1at%以上10at%以下であることが望ましい。
【0024】
本実施の形態の軟磁性合金粉末およびナノ結晶軟磁性合金粉末において、Cは非晶質相の形成を担う元素である。本実施の形態においては、B、Si、P、Cの組み合わせを用いることで、いずれか一つしか用いない場合と比較して、非晶質形成能やナノ結晶の安定性を高めることが可能となる。また、Cは安価であるため、Cの添加により他の金属量が低減され、総材料コストが低減される。Cを添加する場合、Cの割合が5at%を超えると、上記の合金粉末が脆化し、軟磁気特性の劣化が生じるという問題がある。従って、Cの割合は、5at%以下が望ましい。特にCの割合が3at%以下であると、溶融時におけるCの蒸発に起因した組成のばらつきを抑えることができる。
【0025】
本実施の形態の軟磁性合金粉末およびナノ結晶軟磁性合金粉末において、Cuはナノ結晶化に寄与する必須元素である。Cuの割合が0.4at%より少ないと、ナノ結晶化が困難になる。Cuの割合が1.4at%より多いと、非晶質相が不均質になり、ナノ結晶化の熱処理後に均質なナノ結晶組織が得られず、軟磁気特性が劣化する。したがって、Cuの割合は、0.4at%以上1.4at%以下であることが望ましく、特に軟磁性合金粉末の酸化およびナノ結晶への粒成長を考慮するとCuの割合は、0.6at%以上1.3at%以下であることが好ましい。
【0026】
PとCuとの間には強い原子間引力がある。従って、この2元素を複合添加すると、均質な非晶質相の形成が可能になる。具体的にはPの割合(x)とCuの割合(z)との比率(z/x)を0.06以上1.20以下にすることで、非晶質相の形成の際に結晶化および結晶の粒成長が抑制され、非晶質相、または10.0nm以下のサイズの初期微結晶が形成され非晶質中に初期微結晶を有するナノヘテロ構造が得られる。このナノサイズの初期微結晶によって、熱処理後のナノ結晶軟磁性合金のbccFe結晶は微細構造を得ることができる。なお、PとCuの比率(z/x)は、軟磁性合金粉末の酸化を考慮すると、0.08以上0.80以下であることが特に好ましい。
【0027】
ここで、耐食性の改善や電気抵抗の調整などのため、飽和磁束密度の著しい低下が生じない範囲で、Feの一部をTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Cr、Co、Ni、Al、Mn、Ag、Zn、S、Sn、As、Sb、Bi、Y、N、Oおよび希土類元素のうち1種類以上の元素で置換してもよい。但し、良好な軟磁性特性の確保するため、上記の置換する元素は組成全体の3at%以下であり、これら元素とFeとの合計はFeの割合aについての条件79.0≦a≦86.0at%を満たすものとする。
【0028】
本実施の形態における軟磁性合金粉末の製造方法について、図面を用いて説明する。図4は、本発明の軟磁性合金粉末の製造方法を説明する概略図である。まず、組成式FeCuで、79.0≦a≦86.0at%、5≦b≦13at%、1≦x≦10at%、0.4≦z≦1.4at%、および0.06≦z/x≦1.20で表される合金組成物を溶解する溶解工程により溶融金属11を得る。次に、高圧不活性ガス13により溶融金属11を粉砕する1次粉砕工程にて、1次粉砕粒子14を得る。その後、回転するディスク15の表面に第1の冷媒液16aの冷媒膜16bを形成し、1次粉砕粒子14を衝突させることで更に粉砕しつつ急冷する2次粉砕工程により2次粉砕粒子17を得る。最後に、ディスク15の表面から第1の冷媒液16aと共に2次粉砕粒子17を、ディスク15の周囲に形成した第2の冷媒液18aの冷媒膜18bに突入させて冷却を施す冷却工程により本発明の軟磁性合金粉末20を得る。
【0029】
溶解工程では、本発明で規定する合金組成物となるように秤量した原料を、るつぼ10に投入して高周波コイルで誘導加熱、溶解することで溶融金属11を作製する。
【0030】
1次粉砕工程では、溶融金属11をるつぼ10下部に設置されたノズル12から流下させ、ノズル12から流出してくる溶融金属11に対して高圧不活性ガス13を噴射することで粉砕し、1次粉砕粒子14を作製する。高圧不活性ガス13として使用可能なガスとしては、アルゴン、窒素などが挙げられるが、同様の効果を奏するものであれば、これに限定されるものではない。
【0031】
2次粉砕工程では、周速400m/s以上800m/s以下で高速回転するディスク15の表面に第1の冷媒液16aを供給して冷媒膜16bを形成し、この冷媒膜16bが形成されたディスク15に1次粉砕粒子14を衝突させる。このとき、1次粉砕粒子14は半溶融状態の粗大な粒子となっており、ディスク15に衝突した際に2次粉砕され、微細化されると共に急冷され、2次粉砕粒子17となる。粉砕および急冷された2次粉砕粒子17は、ディスク15の遠心力により第1の冷媒液16aと共に排出される。
【0032】
第1の冷媒液16aとしては、水、液体窒素、液体ヘリウムなどが使用されるが、同様の効果を奏するものであれば、これに限定されるものではない。
【0033】
2次粉砕工程におけるディスク15の周速は400m/s以上800m/s以下となるように調整するのが望ましい。周速が400m/sより遅いと1次粉砕粒子14が十分に粉砕されない。また、周速が800m/sより速いと、ディスク15の表面に冷媒膜16bが形成されないため、急冷が不十分となり、得られる2次粉砕粒子17の相中にbccFe粗大粒子が析出することがある。
【0034】
冷却工程では、ディスク15の表面から第1の冷媒液16aと共に排出された2次粉砕粒子17を、ディスク15の周囲に形成した第2の冷媒液18aの冷媒膜18bに突入させ、更に冷却する。第2の冷媒液18aの冷媒膜18bは、ディスク15の周囲に配置したガイド19に第2の冷媒液18aを流下させることで形成される。
【0035】
第2の冷媒液18aとしては、水、液体窒素、液体ヘリウムなどが使用されるが、同様の効果を奏するものであれば、これに限定されるものではない。
【0036】
上記の冷却工程によって2次粉砕粒子17は完全に冷却され、得られた粉末にはbccFe粗大結晶粒の析出がない、平均粒径0.7μm以上5.0μm以下の軟磁性合金粉末20が得られる。本発明の軟磁性合金粉末は、主相が非晶質であり、特に、軟磁性合金粉末の平均粒径が4.0μm以上である場合、熱処理前の粉末の組織はナノヘテロ構造であることが好ましい。
【0037】
得られた軟磁性合金粉末の結晶構造が、結晶質か非晶質かの判定は、X線回折パターンにより行うことができる。結晶質の場合には、析出した化合物の結晶構造に由来する鋭いピークが生じる。一方、非晶質の場合は、結晶構造を有しないため、結晶質特有の鋭いピークは見られず、代わりに2θ=45°、80°の位置にブロードなピークが生じる。また、結晶質と非晶質とが混在する場合、結晶質の鋭いピークと非晶質のブロードなピークが共存したX線回折パターンが得られる。
【0038】
上述した工程で得られた軟磁性合金粉末は、熱処理を施すことにより、bccFe相からなるナノ結晶が析出する。この熱処理工程によって、本発明のナノ結晶軟磁性合金粉末が得られる。
【0039】
熱処理工程では、軟磁性合金粉末を毎分10℃以上の昇温速度で加熱し、ナノ結晶を析出させる。図3は、本発明のナノ結晶軟磁性合金粉末を得るために使用したDSC曲線を示す図である。熱処理温度は図3に示したDSC(示差走査熱量分析:Differential Scanning Calorimetry)曲線から求められる。DSC曲線は、Pt製試料容器中に投入した試料をDSC測定装置内に設置し、不活性雰囲気中において昇温速度40℃/minで試料を目的の温度まで加熱することで得られる。ここで、熱処理温度は図3に示すDSC曲線において、第1結晶化開始温度(Tx)以上、第2結晶化開始温度(Tx)未満で行われる。第1結晶化開始温度(Tx)以上、第2結晶化開始温度(Tx)未満の適切な温度範囲で熱処理が行われると、平均粒径5nm以上50nm以下のbccFeナノ結晶が析出し、軟磁気特性の向上が図れる。熱処理温度が第2結晶化開始温度(Tx)を超えてしまうと、Fe−BやFe−Pなどが析出し、軟磁気特性が劣化してしまう。従って、熱処理工程においては第1結晶化のみを促進することで、優れた軟磁気特性を有するナノ結晶軟磁性合金粉末を製造することができる。
【0040】
熱処理方法としては、赤外線加熱や高周波加熱、電気炉など急速昇温が可能な装置を用いた方法や、結晶化温度以下で余熱した試料を第1結晶化開始温度以上の温度の炉に入れる方法等で行うことができる。ただし、同様の効果を奏するものであれば、これに限定されるものではない。
【0041】
上記のナノ結晶軟磁性合金粉末と結合材を混合し、圧縮成形することで、本発明の圧粉磁心が得られる。このとき、圧粉磁心における結合材は、絶縁性を有する樹脂からなり、その含有量は絶縁性を確保する観点から1重量%以上、また著しい飽和磁束密度や透磁率の低下を避けるためには5重量%以下とするのが好ましい。また、圧縮成形時にステアリン酸などの潤滑剤を適宜添加してもよい。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。
【0043】
まず、本発明のFe基ナノ結晶合金粉末およびその製造方法の実施例について、実施例1〜12および比較例1〜3を例示して説明する。
【0044】
原料としてFe、B、Si、P、Cuを表1に示す合金組成となるように合計2000g秤量し、周囲に高周波コイルを配置したアルミナのるつぼ中に投入した。その後、るつぼを1×10−2Torrまで真空引きし、Arガスをるつぼ内に注入した後、減圧したArガス雰囲気中で高周波コイルにて加熱した。原料が完全に溶落した後も加熱を継続し、1600℃到達後に10分間保持することで溶融金属を作製した。次に、溶融金属の温度を1400℃まで降下させた後、るつぼ下部に設置したノズルから流量を600g/minとして流下させ、20MPaの高圧窒素ガスにより1次粉砕し、1次粉砕粒子を作製した。その後、周速が400m/sで回転するディスクの表面に第1の冷媒液として水を供給して冷媒膜を形成し、この冷媒膜に1次粉砕粒子を衝突させることで更に微粒子化し、2次粉砕粒子を作製した。2次粉砕粒子は、ディスクの遠心力により水と共に排出され、ディスク周囲に形成された第2の冷媒液である水からなる冷媒膜に突入させて、完全に冷却した。更に、窒素ガスフロー中で乾燥することで、実施例1の軟磁性合金粉末を得た。
【0045】
得られた軟磁性合金粉末の平均粒径を乾式粒度分布計で得られた粒度分布の体積累計により測定したところ、平均粒径が5.2μmであった。また、X線回折(XRD)による結晶構造評価を行ったところ、非晶質単相からなる粉末であった。
【0046】
続いて、ディスク周速を400m/s(比較例1)、419m/s(実施例2)、461m/s(実施例3)、502m/s(実施例4)、586m/s(実施例6)、628m/s(実施例7)、712m/s(実施例8)、754m/s(実施例9)、800m/s(実施例10)、921m/s(比較例2)と変化させ、それ以外は上述した実施例1と同じ製造条件にて、各軟磁性合金粉末を得た。
【0047】
次に、原料としてFe、B、P、Cuを表1に示す合金組成となるように秤量し、それ以外は上述した実施例1と同じ製造条件(ディスク周速は544m/sとした)にて、実施例5の軟磁性合金粉末を得た。
【0048】
また、原料としてFe、B、P、C、Cuを表1に示す合金組成となるように秤量し、それ以外は上述した実施例10と同じ製造条件にて、実施例11の軟磁性合金粉末を得た。
【0049】
さらに、原料としてFe、B、Si、P、C、Cuを表1に示す合金組成となるように秤量し、それ以外は上述した実施例10と同じ製造条件にて、実施例12の軟磁性合金粉末を得た。
【0050】
比較例3として、Fe、Si、Crからなる合金組成物を、水アトマイズ法によって粉末化し、比較例3の軟磁性合金粉末を作製した。
【0051】
上述したようにして得られた実施例1〜12および比較例1〜3の軟磁性合金粉末について、ICP発光分析装置を用いた組成分析、乾式粒度分布計で得られた粒度分布の体積累計による平均粒径測定、走査型電子顕微鏡(SEM)による結晶構造の観察、XRDによる結晶構造の同定、透過電子顕微鏡(TEM)による初期微結晶の有無の確認および平均粒径の測定、80kA/mの磁場にて保磁力(Hc)を測定を行った。
【0052】
また、実施例1〜12および比較例1〜2の粉末を、40℃/分の昇温速度、450℃×10分間の熱処理条件で熱処理を施し、ナノ結晶軟磁性合金粉末を得た。その後、XRDにて結晶構造の同定を行い、XRDパターンから得られるbccFeのメインピークについて、シェラーの式を適用し、bccFeナノ結晶の平均粒径を計算した。更に、振動試料型磁力計を用いて1500kA/mの磁場にて飽和磁束密度(Bs)を、80kA/mの磁場にて保磁力(Hc)を測定した。なお、比較例3は、結晶質の軟磁性合金粉末であるので、熱処理は施さず、BsおよびHcの測定を上記と同じ条件で行った。それらの結果を表1に示す。比較例3のBsおよびHcの値は、の熱処理後の欄に記載した。
【0053】
【表1】

【0054】
実施例1〜12では、平均粒径が0.7μm〜5.0μmの範囲となり、微細な軟磁性合金粉末が得られた。また、熱処理前の軟磁性合金粉末のXRDパターンはいずれもブロードなピークとなり、非晶質の結晶構造であった。また、実施例1〜3の粉末、実施例9〜12の粉末については、TEMにより、初期微結晶が存在するナノヘテロ構造であることが認められ、この初期微結晶粒径は0.5nm〜10.0nmの範囲となった。
【0055】
実施例1〜12の軟磁性合金粉末の熱処理後のXRDパターンにおいて、bccFeのピークが発現し、このbccFeナノ結晶の平均粒径を計算したところ、14nm〜42nmの範囲となり、本発明の5nm以上50nm以下の平均粒径のナノ結晶を有するナノ結晶軟磁性合金粉末が得られた。また、これらのナノ結晶軟磁性合金粉末について磁気特性を評価したところ、Bsは1.58T〜1.73T、Hcは24A/m〜106A/mと良好な軟磁性特性が得られた。
【0056】
比較例1では、平均粒径が6.8μmと粗大な軟磁性合金粉末となった。比較例1は、1次粉砕工程におけるディスクの回転速度が314m/sと遅く、本発明の好ましい範囲外であるため、粉末の微細化が十分に行われなかったものと考えられる。また、比較例1の軟磁性合金粉末の熱処理前の結晶構造は、XRDパターンにおいて、bccFeのピークが発現し、結晶相と非晶質相の混相となった。このbccFeナノ結晶の平均粒径は、30nmと、粗大な粒子が析出した。さらに、軟磁性合金粉末の熱処理後のXRDパターンにおいて、bccFeナノ結晶の平均粒径は85nmと粗大となり、軟磁気特性は、Hcが1860A/mと十分な軟磁性特性が得られなかった。
【0057】
比較例2では、軟磁性合金粉末の結晶構造が、XRDパターンにおいて、bccFeのピークが発現し、結晶相と非晶質相の混相であり、平均粒径が50nmの粗大なbccFeナノ結晶が析出した。比較例2は、第一粉砕工程のディスクの回転速度が921m/sと速く、本発明の好ましい範囲外であるため、粉末の冷却が十分に行われず、bccFeナノ結晶が析出したものと考えられる。また、軟磁性合金粉末の熱処理後のXRDパターンにおいて、bccFeナノ結晶の平均粒径は68nmと粗大となり、軟磁気特性は、Hcが2830A/mと十分な軟磁性特性が得られなかった。
【0058】
比較例3は、本発明の組成の範囲外で、平均粒径が10μmの結晶質を有する軟磁性合金粉末である。Feが85at%と多く含むため、Bsは1.73Tと高い値を示したが、Hcについては180A/mとなり、十分な軟磁性特性は得られなかった。
【0059】
図1は、本発明の実施例5の軟磁性合金粉末の走査型電子顕微鏡写真である。図1に示すように、平均粒径3.5μmの微細粒子が得られている。
【0060】
図2は、本発明の実施例5および比較例1の軟磁性合金粉末のX線回折パターンを示す図である。実施例5のXRDパターンは、非晶質特有のブロードなピークのみを有し、非晶質の単相であると判断できる。また、比較例1のXRDパターンは、非晶質特有のブロードなピークの他に、結晶質(bccFe)の回折ピークが共存していることから、非晶質と結晶質の混相であると判断できる。
【0061】
本発明の他の条件においても上記と同様の結果となり、本発明により、粒子径が微細で、粗大なbccFe結晶の析出が無い軟磁性合金粉末が得られた。また、高い飽和磁束密度と低い保磁力が得られるナノ結晶軟磁性合金粉末が得られた。
【0062】
続いて、本発明のナノ結晶軟磁性合金粉末を圧粉磁心へ適用した例について説明する。
【0063】
実施例1および実施例5のナノ結晶軟磁性合金粉末に対して熱硬化性樹脂からなる結合剤を混合した。熱硬化性樹脂としてフェノール樹脂を用い、樹脂成分が3重量%の割合となるように混合した。それにより得られた混合物を金型に充填し、980.7MPaで圧縮成型することで、外径13mm、内径8mm、高さ5mmのリング状の成型体を作製した。更に、350℃にて60分間保持し樹脂を硬化させた後、空冷し、本発明の圧粉磁心を得た。比較例1の軟磁性合金粉末に対しても、同様の方法で圧粉磁心を得た。
【0064】
次いで、実施例1、実施例5、比較例1の粉末を用いて製造された圧粉磁心のそれぞれに対して、銅線を用いて10ターンの巻線を施して、インダクタ試料を作製した。これらインダクタ試料の電磁気特性として、周波数100kHzにおける初透磁率μと、磁束密度50mT−周波数300kHzおよび磁束密度50mT−周波数1MHzにおけるコア損失Pcvを測定した。なお、初透磁率μiの測定にはインピーダンスアナライザを使用し、コア損失Pcvの測定にはB−Hアナライザを使用した。測定結果を表2に示す。
【0065】
【表2】

【0066】
実施例1および実施例5のナノ結晶軟磁性合金粉末を用いて作製したインダクタ試料の初透磁率μiは、比較例1よりも高くなっている。また、コア損失Pcvは、実施例1および実施例5では、測定周波数300kHzにおいて、比較例1の1/3以下まで低減されている。これは、粗大なbccFe結晶が析出していない実施例1および実施例5により製造されたナノ結晶軟磁性合金粉末では、熱処理工程によりbccFeナノ結晶が均一に析出されたことに起因する。更に、測定周波数1MHzにおけるコア損失Pcvについても、比較例1の1/3程度であり、本発明によるナノ結晶軟磁性合金粉末を使用した圧粉磁心からなるインダクタ試料は、高周波領域においても良好な磁気特性が得られた。
【0067】
以上、本発明について実施例等を掲げて具体的に説明してきたが、本発明はこれらに限定されるわけではない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で部材や構成の変更があっても、本発明に含まれる。即ち、当事者であれば、当然なしうるであろう各種変形、修正もまた本発明に含まれることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明のナノ結晶軟磁性合金粉末は、大電流化、高周波化への対応を必要とされている電子機器の電源部品用インダクタに用いることができる。
【符号の説明】
【0069】
10 るつぼ
11 溶融金属
12 ノズル
13 高圧不活性ガス
14 1次粉砕粒子
15 ディスク
16a 第1の冷媒液
16b、18b 冷媒膜
17 2次粉砕粒子
18a 第2の冷媒液
19 ガイド
20 軟磁性合金粉末

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式FeSiCuで表され、79.0≦a≦86.0at%、5≦b≦13at%、0≦c≦8at%、1≦x≦10at%、0≦y≦5at%、0.4≦z≦1.4at%、及び0.06≦z/x≦1.20である合金組成物からなり、平均粒径0.7μm以上5.0μm以下であることを特徴とする軟磁性合金粉末。
【請求項2】
Feの一部をTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Cr、Co、Ni、Al、Mn、Ag、Zn、S、Sn、As、Sb、Bi、Y、N、O及び希土類元素のうち1種類以上の元素で置換してなり、前記元素は、組成全体の3at%以下であり、Feとの合計が前記aについての条件79.0≦a≦86.0at%を満たすことを特徴とする請求項1に記載の軟磁性合金粉末。
【請求項3】
主相として非晶質相を有し、前記非晶質相に平均粒径0.5nm以上10.0nm以下の初期微結晶を含むナノヘテロ構造を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の軟磁性合金粉末。
【請求項4】
ノズルから流下した溶融金属を高圧不活性ガスにより1次粉砕して1次粉砕粒子を得る工程と、周速400m/s以上800m/s以下で回転させ、表面に第1の冷媒液の冷媒膜を形成したディスクに、前記1次粉砕粒子を衝突させて2次粉砕すると共に急冷し2次粉砕粒子を得る工程と、前記ディスクの表面から前記第1の冷媒液と共に前記ディスクの周囲に放出された前記2次粉砕粒子を、前記ディスクの周囲に形成した第2の冷媒液の冷媒膜にて更に冷却する工程とを備えることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の軟磁性合金粉末の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の軟磁性合金粉末を、第1結晶化開始温度(Tx)以上第2結晶化開始温度(Tx)未満の温度範囲で熱処理を施すことで得られ、平均粒径5nm以上50nm以下のナノ結晶が非晶質相中に析出していることを特徴とするナノ結晶軟磁性合金粉末。
【請求項6】
請求項5に記載のナノ結晶軟磁性合金粉末を、結合材と混合し、圧縮成型してなることを特徴とする圧粉磁心。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−55182(P2013−55182A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−191505(P2011−191505)
【出願日】平成23年9月2日(2011.9.2)
【出願人】(000134257)NECトーキン株式会社 (1,832)
【Fターム(参考)】