説明

転がり軸受

【課題】異物混入潤滑下での寿命が長いことに加え、良好な音響特性と低トルク性も有する転がり軸受を得る。
【解決手段】玉3の表層部のSi・Mn窒化物の存在率を、面積比で1.0〜10.0%以下とし、窒素含有率を0.20〜1.5質量%以上とする。内輪の軌道面11および外輪2の軌道面21のの表層部のビッカース硬さ(Hv11)と、玉3の表層部のビッカース硬さ(Hv21)が(1) 式を満たし、内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の芯部のビッカース硬さ(Hv12)と、玉3の芯部のビッカース硬さ(Hv22)が(2) 式を満たすように構成する。
Hv11+50<Hv21<Hv11+250‥‥(1)
Hv12−100<Hv22<Hv12+100‥‥(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、農業機械、建設機械、鉄鋼機械等のトランスミッションやエンジンで用いられる転がり軸受は、潤滑油中に金属の切粉、削り屑、バリ、摩耗粉等の異物が混入した条件下(以下、「異物混入潤滑下」と記す。)で使用されることが多いため、軌道輪や転動体に異物による早期剥離が生じて、大幅に寿命が低下する場合がある。
このような異物混入潤滑下における早期剥離は、軌道輪と転動体との間に異物が噛み込むことで、転がり面(軌道輪の軌道面および転動体の転動面)に形成された圧痕のエッジ部(以下、「圧痕縁」と記す。)に、応力集中が生じることが原因であると言われている。
【0003】
そこで、本出願人は、異物混入潤滑下で転がり面に圧痕が形成された場合であっても、圧痕縁への応力集中を緩和するために、特許文献1において、内外輪のうち少なくとも一つの軌道面をなす表層部と、転動体の転動面をなす表層部の残留オーステナイト量を20体積%以上45体積%以下とし、さらに、転動体の転動面をなす表層部の炭窒化物の含有率を体積比で5%以上15%以下とすることを提案している。
【0004】
ところで、近年、異物混入潤滑下で生じる早期剥離は、上述した圧痕縁への応力集中だけでなく、軌道輪と転動体との転がり面に作用する接線力が原因となっていることが分かってきている。接線力に影響を及ぼす要因としては、転がり面のすべり速度や面圧の他に、転がり面の表面形状や表面粗さ等が挙げられる。すなわち、異物混入潤滑下において早期剥離を生じ難くするためには、転がり面に形成された圧痕縁への応力集中を抑制するとともに、転がり面に作用する接線力を小さくする必要がある。
【0005】
しかし、圧痕縁への応力集中を抑制するために、転動面の残留オーステナイト量を多くすると、表面硬さが低下し、耐摩耗性や耐圧痕性が低下して、転動面に異物による圧痕が形成され易くなる場合がある。その結果、形成される圧痕の大きさや数が増大する程、転動面の形状崩れが起こり易く、表面粗さが大きくなる。すなわち、異物混入潤滑下では転動面の表層部の残留オーステナイト量が多いほど、圧痕が形成され易くなって、転動体と軌道輪との間に作用する接線力が大きくなる。
【0006】
そこで、本出願人は、特許文献2において、転がり面に作用する接線力を小さくして異物混入潤滑下での早期剥離を生じ難くするために、以下のことを提案している。
転動体の転動面の表層部において、Si及びMnを含む窒化物(「Si−Mn系窒化物」)の存在率と窒素含有率を特定することで、優れた応力集中抑制作用と耐圧痕性及び耐摩耗性を付与するとともに、軌道輪の軌道面(転がり接触する相手部材)との間に作用する接線力を小さくする。
【0007】
また、軌道輪の軌道面の表層部(表面から深さ50μmまで)の残留オーステナイト量(γR1)と、転動体の転動面の表層部の残留オーステナイト量(γR2)を、0≦γR1、 0≦γR1≦50、γR1−15≦γR2≦γR1+15を満たすようにしている。
ただし、特許文献2には、転がり軸受の軌道輪の軌道面と転動体の転動面に関し、両者の硬さの関係が、表層部および芯部のいずれについても記載されていない。また、転がり軸受の高機能化に伴い、転がり軸受には、長寿命であることに加えて、良好な音響特性と低トルク性を有することが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平1−55423号公報
【特許文献2】特開2007−154281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この発明の課題は、転がり軸受の軌道輪の軌道面と転動体の転動面に関し、表層部および芯部における両者の硬さの関係を特定することで、異物混入潤滑下での寿命が長いことに加え、良好な音響特性と低トルク性も有する転がり軸受を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、この発明の転がり軸受は、内輪、外輪、および転動体を有する転がり軸受であって、下記の構成(a) 〜(f) を有することを特徴とする。
(a) 内輪および外輪は、炭素の含有率が0.80質量%以上1.20質量%以下で、炭素以外の元素の含有率はJIS G4805で規定されている高炭素クロム軸受鋼と同じである軸受鋼を所定形状に加工した後に、ずぶ焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理、または窒化処理もしくは浸炭窒化処理と焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理が施されて得られ、軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の硬さがビッカース硬さ(Hv)で700以上である。
【0011】
(b) 転動体は、炭素(C)の含有率が0.8質量%以上1.2質量%以下、クロム(Cr)の含有率が0.5質量%以上1.6質量%以下、珪素(Si)の含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下、マンガン(Mn)の含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下、残部鉄および不可避的不純物である鉄鋼製の素材を、所定形状に加工した後、窒化処理または浸炭窒化処理と焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理が施されて得られ、転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の硬さがビッカース硬さ(Hv)で750以上である。
【0012】
(c) 転動体は、転動面の表層部の窒素含有率が0.20質量%以上1.50質量%以下である。
(d) 転動体の転動面に、珪素(Si)の窒化物およびマンガン(Mn)の窒化物からなるSi・Mn系窒化物が、面積比で1.0%以上10%以下の範囲で存在している。
(e) 内輪および外輪のうちの少なくとも内輪の軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv11)、転動体の転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv21)が下記の(1) 式を満たす。
Hv11+50<Hv21<Hv11+250‥‥(1)
(f) 内輪および外輪のうちの少なくとも内輪の軌道面の芯部(表面からの深さが150μm以上の範囲)のビッカース硬さ(Hv12)、転動体の転動面の芯部(表面からの深さが150μm以上の範囲)のビッカース硬さ(Hv22)が下記の(2) 式を満たす。
Hv12−100<Hv22<Hv12+100‥‥(2)
【0013】
この発明の転がり軸受によれば、前記構成(a) 〜(d) に加えて前記構成(e) を有することで、特許文献2に記載された転がり軸受よりも、異物混入潤滑下での転がり寿命を長くすることができる。また、前記構成(f) を有することで、音響特性が良好になり、トルクを低くすることができる。
この発明の転がり軸受は、下記の構成(g) を有することにより、転がり寿命をより長くすることができる。
(g) 内輪および外輪のうちの少なくとも内輪の軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の残留オーステナイト量(γR1:体積%)と、転動体の転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の残留オーステナイト量(γR2:体積%)が下記の(3) 式を満たす。
0<γR1−25<γR2<γR1+5‥‥(3)
【0014】
[構成(b) における、転動体の素材を構成する鉄鋼の組成の限定理由]
Cは、鋼に必要な強度と寿命を付与するために必要な元素である。素材をなす鋼のC含有率が少なすぎると、転動部材に必要な強度を付与できないだけでなく、窒化又は浸炭窒化を行う際に転がり面に必要な硬化層深さを得るための熱処理時間が長くなり、熱処理コストが増大する。よって、素材をなす鋼のC含有率は0.8質量%以上とする。好ましくは0.9質量%以上とする。
C含有率が多過ぎると、製鋼時に巨大な炭化物が生成されて、その後の焼入れ特性や転がり疲れ寿命に悪影響を与えるだけでなく、ヘッダー加工性が低下してコストの上昇を招く。よって、C含有率は1.2質量%以下とする。
【0015】
Crは、基地に固溶して、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗性を向上させる作用を有するとともに、高硬度の微細な炭化物や炭窒化物を形成して、転動部材の硬さや熱処理時の結晶粒粗大化を抑制するため、転がり疲れ寿命を向上させる作用を有する。これらの作用を得るために、素材をなす鋼のCr含有率は0.5質量%以上とする。好ましくは0.8質量%以上とする。
【0016】
Cr含有率が多過ぎると、製鋼時に巨大な炭化物が生成されて、その後の焼入れ特性や転がり疲れ寿命に悪影響を与えたり、ヘッダー加工性及び被削性が低下する場合がある。よって、素材をなす鋼のCr含有率は1.6質量%以下とする。
珪素含有率およびマンガン含有率は、Si−Mn系窒化物を効率よく析出させて構成(d) を得るために、ともに0.3質量%以上2.2質量%以下としている。なお、JIS G4805で規定されているSUJ2の珪素含有率は0.15〜0.35質量%であり、マンガン含有率は0.50質量%以下であるため、SUJ2からなる素材を用いたのでは、浸炭窒化等により表層部に窒素を過剰に導入しても、Si・Mn系窒化物を面積比で1.0%以上存在させることは難しい。
【0017】
Si含有率が2.2質量%を超えると、加工性や被削性が低下するだけでなく、浸炭窒化特性や窒化特性が低下して表層部の窒素含有率が構成(c) を満たさなくなる。Mnはオーステナイトを安定化する作用を有する。Mn含有率が2.2質量%を超えると、熱処理後に表層部の残留オーステナイト量が多くなり過ぎて、硬さ、耐摩耗性、及び耐圧痕性が劣化する。
なお、素材をなす鋼には、上述した元素に加えて、Crと同様の作用を有するMoやV等の炭化物形成促進元素を、素材費の上昇や加工性の低下によるコスト上昇を招かない範囲で(例えば、2.0質量%以下)含有してもよい。また、素材をなす鋼の残部はFeおよび不可避不純物(S、P、Al、Ti、O等)であるが、実質的にFeからなる。
【0018】
これらの元素は、圧痕縁を起点とする表面起点型の剥離に対して特に影響はないとされている、鋼の品質が著しく悪い場合には、これらが起点となって内部起点型の剥離が生じる。このため、不可避不純物の含有率は、JIS G4805に規定された高炭素クロム軸受鋼の清浄度規制を満たす品質レベルとする。
この組成の鋼からなる素材を転動体の所定形状に加工した後に、窒化処理または浸炭窒化処理と焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理を施すが、構成(c) および(d) を満たす転動体を得るために、窒化処理または浸炭窒化処理を、アンモニア流量を通常の方法の3倍以上に増やして行う。
【0019】
[転動体の硬さの好ましい範囲]
転動面の表層部のビッカース硬さ(Hv21)は780以上であることが好ましい。転動面の芯部(Hv22)のビッカース硬さは700以上であることが好ましい。
[構成(c) について]
転がり面(軌道面および転動面)をなす表層部に存在する窒素は、マルテンサイトの固溶強化や残留オーステナイトの安定確保に作用するだけでなく、窒化物や炭窒化物を形成して、耐摩耗性及び耐圧痕性を向上させ、転がり面に作用する接線力を小さくする作用を有する。これらの作用を得るために、転動体の転動面の表層部の窒素含有率を0.20質量%以上としている。好ましくは0.35質量%以上とする。
一方、前記表層部の窒素含有率が多すぎると靱性や静的強度が低下する。転がり軸受の転動体として必要な靱性および強度を得るために、表層部の窒素含有率を1.50質量%以下とする。好ましくは1.00質量%以下とする。
【0020】
[構成(d) について]
表層部に窒素を導入した場合、一部は窒素のまま材料に固溶して存在し、一部は珪素およびマンガンと結合しSi・Mn窒化物となって析出物として存在する。表層部の窒素含有率が同じでも、SiおよびMnの含有率が高い鋼を用いて窒化処理を行うと、Si・Mn窒化物が多く存在するようになる。Si・Mn系窒化物の単位面積当たりの存在率が高いほど、析出強化が高くなるため転動面の耐摩耗性及び耐圧痕性が向上する。
具体的には、転動体の転動面にSi・Mn系窒化物が1.0面積%以上存在すると、耐摩耗性及び耐圧痕性向上効果が実質的に得られる。転動体の転動面のSi・Mn系窒化物含有率は、2.0面積%以上であることが好ましい。
【0021】
一方、Si・Mn系窒化物の含有率が高すぎると靱性や静的強度が低下する。転がり軸受の転動体として必要な靱性および強度を得るために、転動体の転動面のSi・Mn系窒化物含有率を10.0質量%以下とする。好ましくは8.0質量%以下とする。
なお、析出強化の理論上、析出物粒子間の距離が小さい方が強化能が高くなるため、転動体の転動面に存在するSi・Mn系窒化物の面積率が同じでも、存在するSi・Mn系窒化物の粒径が小さい方が高い析出強化作用が得られる。粒径が1.0μmを超えるSi・Mn系窒化物は材料の強化にあまり寄与しない。
【0022】
よって、好ましくは、転動体の転動面に面積比で1.0%以上10%以下の範囲で存在するSi・Mn系窒化物のうち、粒径が0.05μm以上1.0μm以下であるものの個数を面積375μm2 当たり100個以上とする。また、粒径が0.05μm以上のSi・Mn系窒化物のうち、粒径が0.05μm以上0.50μmのSi・Mn系窒化物の比率を20%以上とすることがより好ましい。
【0023】
[構成(e) について]
圧痕起点型剥離に代表される表面起点型剥離は、接触する二つの物体のうち周速の速い駆動側より、周速の遅い従動側で生じやすいことが知られている。玉軸受や自動調心ころ軸受の場合、転動体と軌道輪との間に生じる差動滑りの影響により転動体が駆動側、軌道輪が従動側となる。円錐ころ軸受や円筒ころ軸受の場合も、ころのクラウニングの影響やつばの駆動力の影響によって、転動体が駆動側、軌道輪が従動側となる。そのため、転がり軸受では、種類に関わらず、軌道輪で剥離が生じ易い。
【0024】
また、剥離を生じる部分が接触する相手の表面粗さが良好である(小さい)ほど、表面起点型剥離に至る寿命が長いことが知られている。そのため、転がり軸受では、剥離が生じ易い軌道輪の接触相手である転動体の表面粗さが小さいほど剥離寿命を延長できる。
転動体と軌道輪との間に異物が噛み込んで圧痕が形成される場合、表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の硬さが相対的に硬い方には圧痕が形成され難く、相対的に柔らかい方に圧痕が形成され易い。また、前述のように、転動面に異物による圧痕が形成されと、転動面の形状崩れが起こり易くなって表面粗さが大きくなるため、剥離寿命が短くなる。よって、軌道輪よりも転動体に対する圧痕形成を抑制した方が、効果的に軸受寿命を向上できる。
【0025】
以上のことから、表層部の硬さを、転動体の転動面で軌道輪の軌道面よりも少し硬くすることが好ましい。
そのために、この発明では、軌道輪の軌道面と転動体の転動面に関する表層部での硬さの関係を(1) 式を満たすものとしている。すなわち、転動面の表層部の硬さを軌道面の表層部の硬さよりも、ビッカース硬さで50〜250だけ硬くしている。
【0026】
[構成(f) について]
転がり軸受には、静的な過大荷重によって軌道輪の軌道面および転動体の転動面にブリネル圧痕が生じる。ブリネル圧痕は音響特性の悪化とトルク増大を引き起こす。大きなブリネル圧痕の形成が転動体と軌道輪のどちらか一方だけであっても、音響特性の悪化とトルク増大が生じる。そのため、転動体と軌道輪とで均等にブリネル圧痕が形成されるようにすることが好ましい。
【0027】
ブリネル圧痕の形成度合は、二つの物体の接触によって材料内部に発生する剪断応力が最大となる位置の硬さに応じたものとなる。転がり軸受では、過大荷重が発生した場合、軌道輪の軌道面および転動体の転動面の芯部(表面からの深さが150μm以上の範囲)で剪断応力が最大となる。
この発明では、軌道輪と転動体とで芯部での硬さを近いものとすることで、軌道輪の軌道面と転動体の転動面に均等にブリネル圧痕が形成されるようにする。そのために、軌道輪の軌道面と転動体の転動面に関する芯部での硬さの関係を(2) 式を満たすものとしている。すなわち、転動面と軌道面とで芯部の硬さの差を、ビッカース硬さで±100となるようにしている。
なお、軌道面の中間部(表面からの深さが50μmより深く150μmより浅い範囲)の硬さ(Hv13)と、転動体の転動面の中間部の硬さ(Hv23)との関係は、下記の(3) 式を満たすことが好ましい。
Hv13<Hv23<Hv13+150‥‥(3)
【0028】
[製造方法]
通常の転動体の製造方法では、熱処理後に研削し、次いでボールピーニングやバレルピーニング等の表面硬化工程を行っているが、転動面の硬さを前記構成(e) を満たすようにする(通常品より硬くする)ためには、表面硬化工程の加工時間を長くしたり加工条件を変更する必要がある。
また、表面硬化工程を行った後で研削工程を行い、表面硬化工程で生じた表面付近の圧縮残留応力の低い部分(例えば、表面からの深さが50μm〜70μmまでの部分)を除去することで、高い圧縮残応力を転動体の表面に存在させて転動面を硬くする方法もあり、この方法を採用することが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
この発明の転がり軸受は、異物混入潤滑下での寿命が長いことに加え、良好な音響特性と低トルク性も有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施形態の転がり軸受を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、この発明の実施形態について説明する。
この実施形態の転がり軸受は、図1に示すように、内輪1、外輪2、玉(転動体)3、および鉄鋼製で波形の保持器4で構成されている。内輪1と外輪2は、JIS G4805で規定された高炭素クロム軸受鋼SUJ2からなる素材を、内輪1および外輪2の形状に加工した後、下記の熱処理AまたはBがなされたものである。
【0032】
熱処理A:840〜880℃で1時間、Rxガス雰囲気に保持した後、油冷却する「ずぶ焼入れ」を行った後に、160〜220℃で2時間、不活性ガス雰囲気に保持する「焼戻し」を行う。
熱処理B:840〜860℃で3時間、Rxガス+エンリッチガス+アンモニアガス雰囲気(アンモニア流量0.3m3 /h)に保持した後、油冷却する「浸炭窒化および焼入れ」を行った後に、160〜220℃で2時間、不活性ガス雰囲気に保持する「焼戻し」を行う。
【0033】
玉3は、SUJ3(〔C〕:1.00質量%、〔Si〕:0.55質量%、〔Mn〕:1.10質量%、〔Cr〕:1.15質量%)からなる素材を玉3の形状に加工した後、下記の熱処理Cを施した後、さらにボールピーニングと研削工程を行って得られたものである。玉3の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の窒素含有率〔N〕は0.2〜1.5質量%とされ、表面にSi・Mn系窒化物が1.0〜10.0面積%の範囲で存在する。玉3の表層部のビッカース硬さ(Hv21)は776〜1025の範囲にある。
【0034】
熱処理C:830℃で5〜20時間、Rxガス+エンリッチガス+アンモニアガス雰囲気(アンモニア流量1.0m3 /h)に保持した後、油冷却する「特殊浸炭窒化および焼入れ」を行った後に、180〜270℃で2時間、不活性ガス雰囲気に保持する「焼戻し」を行う。
玉3のボールピーニングは、ドラム式ピーニング機を用い、回転速度60min-1、処理時間60minの条件で行った。ボールピーニング後の玉3の表層部を研削により除去した。
【0035】
内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の硬さは、表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv11)が719〜780(719、752、780)で、芯部(表面からの深さが150μm以上の範囲)のビッカース硬さ(Hv12)が725〜752(725、744、752)である。また、玉3の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv21)が776〜1025、玉3の芯部のビッカース硬さ(Hv22)が638〜849の範囲にある。
さらに、残留オーステナイト量(体積%)は、内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の表層部の残留オーステナイト量(γR1)が10〜32(10、18、32)であり、玉3の表層部の残留オーステナイト量(γR2)が6〜40の範囲にある。
【0036】
そして、この実施形態の転がり軸受は、内輪1と外輪2と玉3の前記各硬さ(Hv11、Hv12、Hv21、Hv22)が下記の(1) 式および(2) 式を満たし、表層部の残留オーステナイト量(γR1、γR2)が下記の(3) 式を満たすように組み合わせて組み立てられている。
Hv11+50<Hv21<Hv11+250‥‥(1)
Hv12−100<Hv22<Hv12+100‥‥(2)
0<γR1−25<γR2<γR1+5‥‥(3)
これにより、この実施形態の転がり軸受は、異物混入潤滑下での寿命が長いことに加え、良好な音響特性と低トルク性も有する。
【実施例】
【0037】
以下、この発明を具体的な実施例を示して説明する。
実施形態で説明した方法により作製した内輪1、外輪2、および玉3を下記の表1に示すNo.1〜20、22の組み合わせとし、同じ保持器4を用いて図1に示す転がり軸受(呼び番号6006の深溝玉軸受)を組み立てた。
また、No.21と23では、実施形態で使用した内輪1、外輪2、および保持器4と、以下の方法で作製した玉3を用いて、図1に示す転がり軸受を組み立てた。No.21と23の玉3は、実施形態の玉3と同じSUJ3からなる素材を玉3の形状に加工した後、前記熱処理Bを行い、次いで研削を行い、さらにボールピーニングを実施形態と同じ方法で行って得た。
【0038】
No.24では、以下の方法で作製した内輪1および外輪2と、実施形態で使用した玉3および保持器4を用いて、図1に示す転がり軸受を組み立てた。内輪1および外輪2は、SCr420(浸炭鋼)からなる素材を内輪1および外輪2の形状に加工した後、下記の熱処理Dを行ったものである。
熱処理D:940℃で4時間、Rxガス+エンリッチガス+アンモニアガス雰囲気に保持する「浸炭窒化」を行った後、830℃で0.5時間、Rxガス雰囲気に保持した後に油冷却する「焼入れ」を行い、次で、160〜220℃で2時間、不活性ガス雰囲気に保持する「焼戻し」を行う。
【0039】
また、内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の表層部の硬さ(Hv11)と芯部の硬さ(Hv12)、玉3の表層部の硬さ(Hv21)と芯部の硬さ(Hv22)を測定した。さらに、内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の表層部の残留オーステナイト量(γR1)と、玉3の表層部の残留オーステナイト量(γR2)を、X線回折法により測定した。
【0040】
また、玉3の表層部の窒素含有率〔N〕を電子線マイクロアナライザーの定量分析により測定した。さらに、玉3の表層部のSi・Mn系窒化物が存在する面積率を、電界放射型走査型電子顕微鏡を用いて加速電圧10kvで転動面を観察し、倍率5000倍で3視野以上の写真を撮影し、写真を2値化してから画像解析装置で測定した。
なお、これらの硬さ、残留オーステナイト量、窒素含有率、Si・Mn系窒化物が存在する面積率は、同じサンプルの各10個について測定し、平均値を算出した。表1には、この平均値を記載した。
【0041】
また、50<Hv21−Hv11<250であれば前記(1) 式を満たし、−100<Hv22−Hv12<100であれば前記(2) 式を満たし、−5<γR1−γR2<25であれば前記(3) 式を満たすため、各サンプルで「Hv21−Hv11」、「Hv22−Hv12」、および「γR1−γR2」を算出した。この算出値も表1に示す。
そして、No.1〜24の転がり軸受について、異物混入潤滑下での転がり寿命を調べる試験を行った。試験条件は、ラジアル荷重:4.0kN、回転速度:3000min -1、異物混入潤滑:潤滑油VG68に異物(硬さ:Hv519、サイズ:74〜147μm)を0.05g混入とした。寿命試験はNo.1〜24の転がり軸受を各12体用意して行い、L10寿命を調べた。得られた各寿命値から、最も寿命が短かったサンプルNo. 21を「1」とした寿命比を算出した。その結果も表1に示す。
【0042】
さらに、以下の方法で音響特性を調べる試験を行った。
先ず、各軸受を回転試験機に取り付け、予圧98Nにて、速度1800min-1で回転させた状態で、アンデロンメータを用いて音響特性を示す量(アンデロン値)の初期値を測定した。アンデロン値の測定範囲はM.B.の周波数範囲とした。
次に、各軸受を回転試験機から外して、各軸受に軸とハウジングを取り付けてアムスラー試験機にセットし、軸の両端をVブロックで支持した状態で押出機構によりハウジングを押すことで、各軸受にブリネル圧痕を形成した。
【0043】
次に、ブリネル圧痕が形成された軸受を、再度回転試験機に取り付けて、初期値測定時と同じ条件でアンデロン値を測定した。この測定値と前記初期値とからアンデロン値の上昇値を算出した。音響特性試験はNo.1〜24の転がり軸受を各3体用意して行い、アンデロン値の上昇値の平均値を算出した。各平均値をNo. 24の値を「1」とした相対値を算出した。
この結果も下記の表1に併せて示す。表1では、この発明の範囲から外れる構成に下線を施した。
【0044】
【表1】

【0045】
No.1〜20の転がり軸受は、内輪1、外輪2、玉3の構成がこの発明の範囲内にあり、内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の表層部のビッカース硬さ(Hv11)と、玉3のの表層部のビッカース硬さ(Hv21)が(1) 式を満し、内輪1の軌道面11および外輪2の軌道面21の芯部のビッカース硬さ(Hv12)と、玉3の芯部のビッカース硬さ(Hv22)が(2) 式を満たす。
【0046】
これに対して、No.21の転がり軸受は、玉3の表層部の窒素含有率とSi・Mn系窒化物の存在率がこの発明の範囲から外れ、硬さの関係が(1) 式および(2) 式のいずれも満たさない。そして、No.1〜20の転がり軸受は、No.21の転がり軸受の2倍以上の寿命となっている。
アンデロン値の上昇値は、No.1〜20の転がり軸受でNo.24の0.21〜0.49倍となり、No. 21〜23の転がり軸受でNo.24の0.50〜0.80倍となっている。すなわち、(2) 式を満たすように構成された転がり軸受は、ブリネル圧痕の形成度合が玉と軌道輪とで均等になり、音響特性の悪化とトルク増大が抑制されている。
【0047】
また、No.16〜20の転がり軸受を比較すると、表層部の残留オーステナイト量に関する(3) 式を満たすNo.17〜19の転がり軸受の転がり寿命は、表層部の残留オーステナイト量に関する(3) 式を満たさないNo.16とNo.20の2倍近くになっている。
以上のことから、この発明の転がり軸受は、軌道輪および転動体の硬さの関係が(1) 式および(2) 式を満たすことで、異物混入潤滑下での寿命が長いことに加え、良好な音響特性と低トルク性を有するものであることと、軌道輪および転動体の表層部の残留オーステナイト量の関係が(3) 式を満たすことで寿命をさらに長くできることが分かる。
なお、この発明は、玉軸受以外の転がり軸受(自動調心ころ軸受、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受等)にも当然に適用できる。
【符号の説明】
【0048】
1 内輪
11 軌道面
2 外輪
21 軌道面
3 玉(転動体)
4 保持器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪、外輪、および転動体を有する転がり軸受であって、
内輪および外輪は、炭素の含有率が0.80質量%以上1.20質量%以下で、炭素以外の元素の含有率はJIS G4805で規定されている高炭素クロム軸受鋼と同じである軸受鋼を所定形状に加工した後に、ずぶ焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理、または窒化処理もしくは浸炭窒化処理と焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理が施されて得られ、軌道面の表層部の硬さがビッカース硬さ(Hv)で700以上であり、
転動体は、炭素(C)の含有率が0.8質量%以上1.2質量%以下、クロム(Cr)の含有率が0.5質量%以上1.6質量%以下、珪素(Si)の含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下、マンガン(Mn)の含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下、残部鉄および不可避的不純物である鉄鋼製の素材を、所定形状に加工した後、窒化処理または浸炭窒化処理と焼き入れおよび焼戻しからなる熱処理が施されて得られ、転動面の表層部の硬さがビッカース硬さ(Hv)で750以上であり、
転動体の転動面の表層部の窒素含有率が0.20質量%以上1.50質量%以下であり、
転動体の転動面に、珪素(Si)の窒化物およびマンガン(Mn)の窒化物からなるSi・Mn系窒化物が、面積比で1.0%以上10%以下の範囲で存在し、
内輪および外輪のうちの少なくとも内輪の軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv11)と、転動体の転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv21)が下記の(1) 式を満し、
内輪および外輪のうちの少なくとも内輪の軌道面の芯部(表面からの深さが150μm以上の範囲)のビッカース硬さ(Hv12)と、転動体の転動面の芯部(表面からの深さが150μm以上の範囲)のビッカース硬さ(Hv22)が下記の(2) 式を満たすことを特徴とする転がり軸受。
Hv11+50<Hv21<Hv11+250‥‥(1)
Hv12−100<Hv22<Hv12+100‥‥(2)
【請求項2】
内輪および外輪のうちの少なくとも内輪の軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の残留オーステナイト量(γR1:体積%)と、転動体の転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の残留オーステナイト量(γR2:体積%)が下記の(3) 式を満たすことを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
0<γR1−25<γR2<γR1+5‥‥(3)

【図1】
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【公開番号】特開2012−237338(P2012−237338A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105352(P2011−105352)
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】