説明

転造ネジ加工用の潤滑油とこれを用いた転造ネジ加工方法

【課題】高回転数でも良好な潤滑性を有すると共に、ネジ山頂部の凹みが小さいネジ山を形成することができる転造ネジ加工用の潤滑油と、これを用いた転造ネジ加工方法を提供する。
【解決手段】潤滑油基油に、添加剤として(A)硫黄系極圧剤を25〜35重量%、(B)有機亜鉛化合物を6〜16重量%、(C)カルシウム系添加剤を2〜12重量%、かつ(D)油性剤を2〜13重量%配合しており、回転数400rpm以上で転造ネジ加工する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転造ネジ加工用として好適に配合された潤滑油と、これを用いた転造ネジ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料を加工する方法としては、転造加工、切削加工、研削加工、鍛造加工、プレス加工、引き抜き加工、および圧延加工などがある。金属材料にネジ山を形成する場合、例えば自動車のオイルフィルタに配されるインサートナットなど、比較的大型の部材であれば、切削加工により形成する場合がある。しかし、切削加工では切削クズが発生してしまい、その除去工程が煩雑となる。これに対し転造加工であれば、切削加工に比べて製造コストが低廉であり、かつ切削カスが生じることもない。そのうえ、転造ネジは切削ネジに比べて強度も高い。したがって、従来では切削加工によりネジ山を形成していた部材でも、転造加工へ移行することが望まれる。
【0003】
ところで、金属材料を加工する際、工具の摩耗や欠損を防ぎ、かつ金属材料の加工精度向上などのために、潤滑油が使用される。したがって、このような潤滑油には主として高い潤滑性が要求される。このことは、転造によりネジ山を形成する場合でも同じである。従来は、金属材料の加工の際に使用される潤滑油として、潤滑性や耐焼付性などに優れている塩素系潤滑油が使用されることが多かった。しかし、塩素系潤滑油を使用すると、加工時あるいは経時的にその中に含まれる塩素系添加剤成分が分解して金属材料や工具が錆びる、焼却処理時にダイオキシンなどの有害物質が発生して環境に悪い、および焼却炉が腐食・損傷して寿命が短くなるなどの問題が指摘されている。したがって、塩素系の添加剤を含有せず、しかも塩素系潤滑油と同等又はそれ以上の潤滑性を有する金属材料加工用潤滑油が望まれている。ここで、転造加工において高い潤滑性等を有する非塩素系の潤滑油として、特許文献1ないし特許文献4が提案されている。
【0004】
【特許文献1】特開昭57−42797号公報
【特許文献2】特開平11−181458号公報
【特許文献3】特開2001−348588号公報
【特許文献4】特開2006−249369号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、転造加工によりネジを製造する場合、転造工具(タップやダイス)を回転させて被加工材料の降伏点を超える圧力を作用させることで被加工材料が塑性変形し、ネジ山及びネジ溝が形成される。例えば雌ネジを製造するには、転造タップを回転させてネジ下穴の内周面を塑性変形させ、図1に示すようなネジ山1を隆起させている。このとき、ネジ山1は褶曲作用によって転造工具の形状に沿って周りの素材が寄り集まるように隆起してくるので、図1に示すごとくネジ山1の頂部2には寄り集まり切らなかった陥没状の凹み3が形成されることが多い。そうすると、頂部2の機械的強度が弱くなり、雄ネジとの締結時に頂部2が欠けるなどの心配がある。そのうえ、締結時に頂部2が欠けた破片がネジの嵌め合い部(雄ネジのフランクと雌ネジのフランク4との間)に噛み込まれると、締付トルクと軸力のバランスが崩れて軸力(締結力)が低下したり、焼付きによる取り外し作業が困難となる問題もある。また、締結時の円滑な摺動や確実な締結力を担保するため、雌ネジと雄ネジのフランク角度は同一に設計されている(JIS B0205に規定する一般用メートル並目ネジでは60°)が、ネジ山頂部2の凹み3が大きいとフランク角度やネジ山の高さ寸法に誤差が生じる危険性もある。このような問題は、凹み3が大きければ大きいほど重大であり、潤滑油の潤滑性と共に転造回転数も大きく影響する。
【0006】
これに対し、特許文献1〜4には転造加工にも好適に使用できる潤滑油が提案されているものの、これらはネジ山を形成する際の転造用として開発されたものではない。上述のように、転造によるネジ山は褶曲作用によって隆起してくる。したがって、特許文献1〜4のように、単に潤滑性が優れるのみでは転造ネジ加工には適さない。単に潤滑性に優れるのみでは反って褶曲作用が生じ難くなり、ネジ山頂部の凹みも大きくなる傾向にあるからである。潤滑油の潤滑性を低下させればネジ山頂部の凹みを小さくし得るであろうが、これではネジ山の表面粗度や形状が不良となるので、製品の品質を悪化させてしまう。
【0007】
また、ネジ山の隆起(高さ)寸法及び凹み寸法は転造時の回転数も影響し得る。転造によりネジ部品を製造する際の生産性を向上したい場合、最も単純には転造工具の回転速度(回転数)を上げることが考えられる。しかし、回転数を上げるに伴い、被加工材料や転造工具はより過酷な加工条件に晒されるので、生産性を向上したくても単純に回転数を上げることはできない。そして、特許文献1〜4では転造の回転数については特に着目しておらず、これにより形成されるネジ山頂部の凹みの大きさについても特に検討していない。したがって、この点においても特許文献1〜4の潤滑油は転造ネジ加工用としては課題が残る。
【0008】
さらに、潤滑油の潤滑性を向上させるためには、一般的にカルシウムスルホネート等の潤滑剤が添加される。しかし、このような潤滑剤を多用すると、材料コストが嵩んでしまう。
【0009】
そこで本発明者らは、環境に優しい非塩素系の組成としながら、高い回転数において転造ネジ加工しても優れた潤滑性を有し、かつ形成されたネジ山のネジ山頂部の凹みも小さくできるような、転造ネジ加工という特殊な加工条件に適した潤滑油を得られないかと鋭意検討の結果、適切な添加剤を適切に配合することで上記課題を解決でき、さらには材料コストが嵩むことも避けられることを知見し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明の目的は、高い転造回転速度でも良好な潤滑性を有すると共に、ネジ山頂部の凹みが小さいネジ山を形成することができる転造ネジ加工用の非塩素系潤滑油と、これを用いた転造ネジ加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、潤滑油基油に、添加剤として(A)硫黄系極圧剤と、(B)有機亜鉛化合物と、(C)カルシウム系添加剤と、(D)油性剤とを配合してなる、非塩素系の転造ネジ加工用潤滑油である。そのうえで、第1の発明では、潤滑油全量基準での各添加剤の配合割合が、添加剤(A)25〜35重量%、添加剤(B)6〜16重量%、添加剤(C)2〜12重量%、添加剤(D)2〜13重量%に調製されている。また、第2の発明では、潤滑油全量基準での各添加剤の配合割合が、添加剤(A)25〜30重量%、添加剤(B)6〜11重量%、添加剤(C)2〜3重量%、添加剤(D)2〜7重量%に調製されている。
【0011】
このように調整された潤滑油は、回転数400rpm以上での転造ネジ加工に供することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、非塩素系の潤滑油を使用するので、環境に優しく工具や焼却炉の耐年数が短くなることも避けられる。そのうえで、転造ネジ加工用として特に適した配合としているので、高い転造回転速度でも良好な潤滑性を有しながらも、ネジ山頂部の凹み、すなわちネジ山頂部の凹みの幅寸法L(図1参照)が小さいネジ山を形成することができる。従来では、一般的に100〜300rpm程度の回転速度により転造されていたが、本発明によれば従来の回転速度よりも高い回転数400rpm以上にて転造ネジ加工しても、ネジ山頂部の凹みの幅寸法Lを0.3mm以下に留めることができる。良好な潤滑性を有していれば、ネジ山の表面粗度等も良好であり製品の品質が向上する。また、第2の発明では、各種添加剤を必要最低限に近い配合量としているので、良好な潤滑性特性を担保しながら材料コストを抑えられる。特に、材料コストが比較的高いカルシウム系添加剤の配合量を最低限に限っているので、材料コスト削減効率が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の潤滑油は、潤滑油基油に、添加剤として(A)硫黄系極圧剤と、(B)有機亜鉛化合物と、(C)カルシウム系添加剤と、(D)油性剤とを適切な配合量で配合している。これにより、高い潤滑性を有しながら、従来の潤滑油とは異なる特性を発現することで、高回転数での転造ネジ加工用に好適な潤滑油となっている。なお、塩素系の添加剤は添加されていない。
【0014】
[潤滑油基油について]
潤滑油基油としては、例えば鉱物油や合成油など、従来から金属材料の加工用として一般的に使用されているものであれば特に限定されることなく、種々のものが使用できる。鉱物油としては、原油を常圧蒸留および減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、水素化精製、硫黄洗浄、白土処理などの処理を1つ以上行って精製したものが挙げられる。合成油としては、ポリα−オレフィン、α−オレフィンコポリマー、ポリブテン、アルキルベンゼン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリオキシアルキレングリコールエーテル、シリコーンオイル等が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0015】
(A)硫黄系極圧剤について
硫黄系極圧剤としては、硫黄原子を有し、極圧効果を発揮しうるものであれば特に限定されることなく、種々のものを同等の効果を発揮し得るものとして使用することができる。硫黄系極圧剤の具体例としては、例えば合成硫黄、硫化油脂、硫化脂肪酸、硫化エステル、硫化オレフィン、ポリサルファイド類、チオカーバメート類、硫化鉱油、などを挙げることができ、これらのうち1種を単体で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。硫化油脂は硫黄と油脂(ラード油,鯨油,植物油,魚油等)を反応させて得られるものであり、硫化ラード、硫化なたね油、硫化ひまし油、硫化大豆油などを挙げることができる。硫化脂肪酸としては硫化オレイン酸などを、硫化エステルの例としては、硫化オレイン酸メチルや硫化米ぬか脂肪酸オクチルなどを挙げることができる。硫化オレフィンは、炭素数2〜15のオレフィン又はその2〜4量体を、硫黄、塩化硫黄等の硫化剤と反応させることによって得られる。ポリサルファイド類としては、ジベンジルポリサルファイド、ジ−tert−ノニルポリサルファイド、ジドデシルポリサルファイド、ジ−tert−ブチルポリサルファイド、ジオクチルポリサルファイド、ジフェニルポリサルファイド、ジシクロヘキシルポリサルファイドなどを挙げることができる。チオカーバメート類としては、ジンクジチオカーバメート、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネートなどを挙げることができる。硫化鉱油は鉱物油に単体硫黄を溶解させたものである。単体硫黄を溶解させる鉱油は特に制限はないが、例えば、上記基油の説明において例示された鉱油系潤滑油基油を使用することができる。
【0016】
添加剤(A)の含有量は、他の添加剤(B)〜(D)の配合量との関係を適切に保ちながら、潤滑油全量基準で25〜35重量%、好ましくは25〜30重量%とする。添加剤(A)の含有量が25重量%未満であると、有効に極圧効果を発揮することができなくなる。一方、添加剤(A)の含有量が35重量%を超えると、被加工物にシミや錆びなどが発生したり、配合量に見合った効果の向上が得られず材料コストの無駄となる。コスト面からは、潤滑油全量基準で25〜26重量%がより好ましい。
【0017】
(B)有機亜鉛化合物について
有機亜鉛化合物の好ましいものとしては、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(以下、ZnDTPという)、及び、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛(以下、ZnDTCという)を挙げることができる。ZnDTPは酸化防止能、腐食防止能、耐荷重性能、摩耗防止能等を有し、いわゆる多機能型添加剤としてエンジン油や工業用潤滑油に広く使用されているが、ZnDTPとZnDTCとは互いに類似する化学構造を有しており、近年ではZnDTCがZnDTPと同等の効果を発揮し得る代替化合物として利用され始めている。ZnDTP、及び、ZnDTCのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。すなわち、ZnDTP及びの構造式では、リン原子に対して酸素原子を介して2つのアルキル基が結合しているが、これらのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。また、ZnDTCの構造式では、窒素原子に対して2つのアルキル基が結合しているが、これらのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。ZnDTP及びZnDTCのアルキル基は、炭素数3以上のアルキル基又はアリール基が好ましい。これら添加剤(B)は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0018】
添加剤(B)の含有量は、他の添加剤(A)、(C)、及び(D)の配合量との関係を適切に保ちながら、潤滑油全量基準で6〜16重量%、好ましくは6〜11重量%とする。添加剤(B)の含有量が6重量%未満であると耐焼付性などを有意に発揮できなくなる。一方、添加剤(B)の含有量が16重量%を超えると、配合量に見合う効果の向上が得られず材料コストの無駄となる。コスト面からは、潤滑油全量基準で6〜7重量%がより好ましい。
【0019】
(C)カルシウム系添加剤について
カルシウム系添加剤としては、カルシウムスルホネート、カルシウムサリシレート、カルシウムフェネート等が挙げられる。これらは、一般的に増稠剤として添加され、潤滑性や防錆性などにも優れており、同等の効果を発揮し得るものとして適宜使用できる。これらは一般的に比較的高価であるが、価格面からカルシウムスルホネート(Caスルホネート)が好ましく、潤滑性の面からより好ましくは塩基価が250mgKOH/g以上の高塩基性カルシウムスルホネートである。カルシウムスルホネートはアルカリ土類金属のスルホン酸塩の一種であり、例えば石油留出成分中の芳香族成分をスルホン化して得られる石油スルホン酸、または、ドデシルベンゼンスルホン酸、ジノニルナフタレンスルホン酸等の合成スルホン酸のCa塩等を挙げることができる。塩基性カルシウムスルホネートは、中性カルシウムスルホネートに対して過剰量の水酸化カルシウムを添加してその後炭酸ガスを吹き込むことによって生成される。カルシウムスルホネートの塩基価(TBN)は、350mgKOH/g以上がより好ましく、さらに好ましくは400mgKOH/g以上である。これら添加剤(C)は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0020】
添加剤(C)の含有量は、他の添加剤(A)、(B)、及び(D)の配合量との関係を適切に保ちながら、潤滑油全量基準で2〜12重量%、好ましくは2〜7重量%とする。添加剤(C)の含有量が2重量%未満であると、耐焼付性など潤滑性を有意に発揮できなくなる。一方、添加剤(C)の含有量が12重量%を超えると、配合量に見合う効果の向上が得られないことから材料コストの無駄となるばかりか、潤滑油の動粘度が無駄に増加してしまうので好ましくない。コスト面からは、潤滑油全量基準で2〜3重量%がより好ましい。
【0021】
(C)油性剤について
油性剤としては、エステル基を有した各種合成エステル化合物や油脂などを使用できる。油脂としては、例えば牛脂、豚脂、アマニ油、サフラワー油、大豆油、ごま油、コーン油、菜種油、綿実油、オリーブ油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油などを挙げることができる。これらの水素化物等も同様に使用できる。油性剤は主に潤滑油を調性するものであり、当該油性剤自体によって潤滑性などの特性が直接大きく向上するものではない。エステル化合物としては、例えばカプロン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデシル酸、ウンデシレン酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、ヘプタデシル酸、ステアリン酸、オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアロール酸、ノナデカン酸、アラキン酸、アラキドン酸、ベヘン酸、セトレイン酸、エルカ酸、ブラシジン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、ヘプタコサン酸、モンタン酸、メリシン酸、ラクセル酸、ナフテン酸、アビエチン酸、アジピン酸、セバシン酸、フタル酸、トリメリット酸、ラノリン脂肪酸、アルケニル琥珀酸、酸化ワックス等のカルボン酸と各種のアルコール類から合成されたエステル化合物を挙げることができる。
【0022】
エステル化合物の合成に採用されるアルコール類としては、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール、n−アミルアルコール、イソアミルアルコール、ヘキシルアルコール、ヘプチルアルコール、オクチルアルコール、カプリルアルコール、ノニルアルコール、デシルアルコール、ウンデシルアルコール、ラウリルアルコール、トリデシルアルコール、ミリスチルアルコール、ペンタデシルアルコール、セチルアルコール、ヘプタデシルアルコール、ステアリルアルコール、イソステアリルアルコール、オレイルアルコール、ノナデシルアルコール、エイコシルアルコール、セリルアルコール、メリシルアルコール、ネオペンチルグルコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、グリセリン、ポリアルキレングリコール等を挙げることができる。
【0023】
添加剤(D)の含有量は、他の添加剤(A)〜(C)の配合量との関係を適切に保ちながら、潤滑油全量基準で2〜13重量%、好ましくは2〜7重量%とする。添加剤(D)の含有量が2重量%未満であると、潤滑油全体の調性機能を担保できず、結果的に潤滑性を有意に発揮できなくなる。一方、添加剤(D)の含有量が13重量%を超えると、配合量に見合う効果の向上が得られないことから材料コストの無駄となる。コスト面からは、潤滑油全量基準で2〜3重量%がより好ましい。
【0024】
また、潤滑油には上記添加剤(A)〜(D)成分に加えて、本発明の効果を阻害しない範囲で、例えば防錆剤、酸化防止剤、防食剤、着色剤、消泡剤、香料等の各種公知の添加剤を、適宜単独若しくは混合配合することができる。但し、その他の添加剤を配合する場合、多数の添加剤を添加した複雑な組成すると、ネジの品質や潤滑油の性状自体は向上できるが、反面ネジ山頂部の凹みが大きくなる危険性を有する。そこで、製品の品質を最低限向上できる程度の組成とすることが好ましく、具体的には添加剤(A)〜(D)の配合比率を阻害しない範囲で、潤滑油全量基準で2重量%以下、好ましくは1.5重量%以下とする。中でも、防錆剤を添加する程度が好ましい。防錆剤を添加してあれば、加工後の製品の錆発生を防止できる。
【0025】
防錆剤を配合する場合、その種類は特に限定されるものでなく、例えばBa,Na,Mg等の各スルホネート及びスルホン酸化合物、酸化ワックスのエステル化合物及びそれらのBa,Naの各塩のような酸化ワックス化合物、ソルビタンモノオレートのような多価アルコールエステル、ラノリン及びラノリンの金属石鹸などを挙げることができる。なかでも、Ba系防錆剤が好ましい。本発明においては、上記防錆剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、このような防錆剤は、油に溶け易くするため、鉱物油や合成油、エステルなどと混合されているのが一般的である。
【0026】
このように、本発明の潤滑油には添加剤(A)〜(D)を必須成分として配合されているが、各添加剤の潤滑油全量基準での配合比率が、少なくとも添加剤(A)25〜35重量%、添加剤(B)6〜16重量%、添加剤(C)2〜12重量%、添加剤(D)2〜13重量%、の関係を満たすように調整されている。これにより、優れた潤滑性を保ちながら、例えば400rpm以上の高回転数での転造ネジ加工でもネジ山頂部の凹みを小さくできる。さらに、各添加剤の潤滑油全量基準での配合比率を、添加剤(A)25〜30重量%、添加剤(B)6〜11重量%、添加剤(C)2〜3重量%、添加剤(D)が2〜7重量%、の関係を満たすように調整されていれば、上記効果を担保しながらコスト削減を図ることができる。
【0027】
[転造ネジ加工について]
転造ネジ加工は、転造工具(タップやダイス)を用いて被加工材料の内周面や外周面を塑性変形させ、褶曲作用によって転造工具の形状に沿って周りの素材が寄り集まるように隆起させる周知の方法により行われる。あらかじめドリル等で開けられた穴の内周面に雌ねじを切る場合はタップが使用され、円柱形の棒部材の外周面に雄ねじを切る場合はダイスが使用される。タップによる雌ネジ加工の場合はタップを回転させ、ダイスによる雄ネジ加工の場合は被加工材料を回転させる。通常は、冷間(常温)で行なわれる。転造工具の形状により、メートルねじ(M)、台形ねじ(TM、TW)、及びテーパネジ(PT、PS)のほか、特殊成形ねじなど、多種多様な製品を製作できる。転造ネジ加工によるネジ山とその頂部の凹みの形成原理は先に説明したとおりである。
【0028】
被加工物たるネジ材料は、例えば冷間圧延鋼板など、基本的には塑性変形可能な金属材料であれば特に限定されないが、鋳鉄や硬度が高く伸び率が低い材料は転造にはあまり適さない。鉄鋼材料を加工する場合は、低炭素鋼とすることが好ましい。炭素鋼には炭素含有量が約0.3mass%以下の低炭素鋼、約0.3〜0.7mass%の中炭素鋼、約0.7mass%以上の高炭素鋼があるが、炭素含有率が上昇するにしたがって硬度が高くなるが脆くなる傾向があるためである。反面、炭素含有率が低いと、伸びや絞りが良好である。したがって、材料を塑性変形させる転造ネジ加工においては、低炭素鋼が好ましい。そのうえで、転造ネジ加工に当たって、その回転数に応じて的確に配合した上記潤滑油を使用することで、ネジ山頂部の凹みを小さくすることができる。
【0029】
一般的に、転造ネジ加工は回転数100〜300rpm程度で行われるが、生産性を向上させるには回転数をより高く設定することが望まれる。しかし、転造ネジ加工では、潤滑油の特性に加えて、回転数もネジ山頂部の凹み形成に大きく影響する。つまり、同じ潤滑油を使用していても、その回転数によってネジ山頂部の凹みの大きさも変わってくる。したがって、生産性を向上させるために高回転数で転造ネジ加工する場合は、潤滑油の潤滑性を単に改良するのみでは足りず、回転数の上昇に伴う特殊な加工条件において良好な特性を発現する潤滑油が必要となる。そこで本発明の潤滑油は、潤滑油基油に適切な添加剤(A)〜(D)を適切な配合比率で配合することで、理由は定かではないが従来の潤滑油とは異なる特性を有するようになり、回転数400rpm以上の転造ネジ加工において好適な潤滑油となっている。
【0030】
ここで、JIS2級では、ネジ山頂部の凹みの幅寸法が0.5mm以下と規定されている。よって、特に品質を考慮しなければ、凹みの幅寸法が0.5mm以下であればネジ製品としては成り立つ。なお、凹みの幅寸法が大きければ、形成されるネジ山の高さ寸法は低くなる傾向にある。したがって、凹みの幅寸法が大きければ、ネジ製品としての精度(品質)も低いことに繋がる。そこで、品質の良いネジ製品とするには、ネジ山頂部の凹みができるだけ小さい方が好ましい。例えば凹みの幅寸法が0.5mmに近ければ、基本的には使用に際して大きな不都合がなくても、時には締結不良が生じることもあった。このことは、一般家庭で使用する場合には大きな問題とはなくても、例えば自動車部品など高い精度が求められる部品として使用する場合には信頼性が低い。これに対し、ネジ山頂部の凹みの幅寸法を例えば0.3mm程度にできれば、締結不良の可能性をより低減できること明らかである。
【0031】
(実施例)
<潤滑性試験>
表1〜表4に示す組成からなる各潤滑油及び比較例の潤滑性(焼付荷重)を四球試験により測定評価した。詳しくは、先ず、配合されている添加剤自体が異なる比較例と、配合されている添加剤の種類は同じであるが、その配合比率が異なる3パターンの潤滑油X−1、潤滑油Y−1、及び潤滑油Z−1を調整し、それぞれの焼付荷重を測定した。その組成(表中の数字は重量%)と試験結果を表1に示す。さらに、潤滑油X−1、潤滑油Y−1、及び潤滑油Z−1をそれぞれ基準としながら、各添加剤の配合比率を種々変更した潤滑油X−2〜X−11、潤滑油Y−2〜Y−11、及び潤滑油Z−2〜Z−11を調製し、同様にそれぞれの焼付荷重を測定した。潤滑油X群の組成(表中の数字は重量%)と試験結果を表2に、潤滑油Y群の組成(表中の数字は重量%)と試験結果を表3に、潤滑油Z群の組成(表中の数字は重量%)と試験結果を表4にそれぞれ示す。なお、詳細は後述するが、結果的には潤滑油Z群が本発明の実施例に相当する。このときの潤滑油X群、潤滑油Y群、及び潤滑油Z群の動粘度は、それぞれ20mm2 /sとした。四球試験は、JIS K2519の規定に基づいて測定した。そのときの測定素材は、上球、下球共にSUJ2とした。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
表1の結果より、添加剤の種類が大きく異なる比較例1及び比較例2は、焼付荷重が低く、潤滑性が良くないことがわかる。これに対しカルシウム系添加剤である高塩基カルシウムスルホネートを含有している比較例3、潤滑油X−1、潤滑油Y−1、及び潤滑油Z−1は、焼付荷重が高く良好な潤滑性を有していることがわかる。比較例3、潤滑油X−1、潤滑油Y−1、及び潤滑油Z−1を詳しく対比すると、これらの中でも全体的に添加剤量の少ない潤滑油X−1の潤滑性は比較的低く、全体的な添加剤量がほぼ同等の比較例3と潤滑油Y−1とは同等の潤滑性を有することがわかる。そして、全体的な添加剤量の多いZ−1は、最も潤滑性が高かった。これにより、優れた潤滑性を担保するには、少なくとも添加剤(A)を25重量%以上、添加剤(B)を6重量%以上、添加剤(C)を2重量%以上、かつ添加剤(D)を2重量%以上とする必要があることがわかった。
【0037】
表2〜4の結果より、潤滑性に最も影響を及ぼす添加剤は、(C)カルシウム系添加剤であることがわかる。これにより、例えば潤滑油Y−3のように、(C)カルシウム系添加剤を増量させることで、潤滑油X群のような潤滑性を担保させることは可能であることがわかるが、その場合はコスト高となってしまう。一方、潤滑油X群及び潤滑油Y群において、添加剤(A)、(B)、(D)をそれぞれ増量させても、潤滑油Z群ほどの潤滑性は得られないことがわかる。同様に、潤滑油Z群において添加剤(A)、(B)、(D)をそれぞれ増量させても潤滑性に大差は無かった。
【0038】
以上の結果から、潤滑油基油に添加剤(A)が25〜35重量%、添加剤(B)が6〜16重量%、添加剤(C)が2〜12重量%、かつ添加剤(D)が2〜13重量%配合されている潤滑油X群が好ましいことがわかった。つまり、潤滑油Z群が本発明の実施例に相当することになる。さらに、各添加剤を増量させても同等の潤滑性を担保できることから、材料コストを考えると、比較的添加剤の配合量の少ない潤滑油潤滑油Z−2、潤滑油Z−4、潤滑油Z−6、潤滑油Z−8、潤滑油Z−10がより好ましく、潤滑油Z−1がさらに好ましいことがわかる。これらを総合的に勘案すると、潤滑油基油に添加剤(A)を25〜30重量%、添加剤(B)を6〜11重量%、添加剤(C)を2〜7重量%、かつ添加剤(D)を2〜7重量%配合することがより好ましく、特に、効率的なコスト削減を図るには、潤滑油基油に添加剤(A)を25〜30重量%、添加剤(B)を6〜11重量%、添加剤(C)を2〜3重量%、かつ添加剤(D)を2〜7重量%配合することがさらに好ましいことが導きだせた。
【0039】
<転造ネジ加工試験>
次に、比較例の中でも潤滑性が最も高かった比較例3と、本発明の実施例に相当する潤滑油Z群の中でも基準組成である潤滑油Z−1とを使用して転造ネジ加工を行い、そのときの回転数の変化に伴う、トルクとネジ山頂部の凹みの幅寸法L(図1参照)の傾向を比較検討した。回転数とネジ山頂部の凹みの幅寸法Lとの関係を図2に、回転数とトルクとの関係を図3に、それぞれ示す。
【0040】
転造ネジ加工の加工条件は次の通りである。
転造加工装置:日立精工製マニシングセンタ VG45型
タップ:オーエスジー社製メートルネジ用タップ(通り穴用) M20×1.5 RH11−P
径;φ65
材質;SKH58相当
ワーク:リインフォースプレート
材質;SPHD
引張り強さ;270N/mm
厚み;2.3mm
幅;125.4mm
トルク測定機:日本キスラー社製 タップ加工用4成分動力計9272
【0041】
図2の結果から、潤滑油Z−1で転造した場合の方が、比較例3で転造した場合よりも、全体的にネジ山頂部の凹みは大きかった。これは、潤滑油Z−1の絶対的な潤滑性が比較例3に比べて高いことに起因する。しかし、比較例3と潤滑油Z−1との双方が、回転数の増加に伴いネジ山頂部の凹みが小さくなる傾向にあり、潤滑油Z−1でも回転数400rpm以上であれば、ネジ山頂部の凹みの幅寸法Lを0.3mm以下にできることがわかった。そのうえで図3の結果を検討すると、比較例3は回転数の上昇にともないトルクも上昇する傾向にあることがわかる。これでは、ネジ山頂部の凹みを小さくできたとしても、表面粗度が不良となるなど、ネジ山自体の精度・品質が悪化するので、高回転での転造ネジ加工用の潤滑油としては課題が残ることがわかった。これに対し潤滑油Z−1は、回転数の増加に伴いトルクも低下する傾向にあり、比較例3とは反対の挙動を示していた。これにより、潤滑油Z−1を含む潤滑油Z群が、高回転での転造ネジ加工用として特に適していることがわかった。
【0042】
次に、潤滑性に最も影響を与える高塩基カルシウムスルホネート、すなわちカルシウム系添加剤(C)が転造ネジ加工に与える影響について確認するため、潤滑油Z−1〜潤滑油Z−3を用いて転造ネジ加工を行い、そのときのトルクとネジ山頂部の凹みの幅寸法Lを測定した。その結果を表5に示す。このときの回転数は400rpmで行い、その加工条件は先の転造ネジ加工試験と同様にして行った。なお、ここでは動粘度20mm/sと動粘度40mm/sの潤滑油Z−1〜潤滑油Z−3を使用した。
【0043】
【表5】

【0044】
高塩基カルシウムスルホネート、すなわちカルシウム系添加剤(C)の配合量が多い方が、潤滑性が高いことは既に先の潤滑性試験により確認されているが、表5の結果をみると、潤滑性に有意な差のある潤滑油Z−1〜潤滑油Z−3でも、転造ネジ加工においてはトルクとネジ山頂部の凹みの大きさはほぼ同等であった。これにより、転造ネジ加工におけるネジ山の品質向上という観点からは、カルシウム系添加剤(C)は重要ではないことがわかった。したがって、添加剤(C)の配合量を必要最低限に抑えることで、優れた潤滑性を有しながらネジ山頂部の凹みの小さいネジ山を形成でき、かつ材料コストも低い潤滑油を得られることがわかった。
【0045】
同時に表5の結果から、少なくとも動粘度が15〜45mm/s程度であれば、上記効果を確保できることがわかった。さらに詳しく見ると、動粘度が高い方が、トルクとネジ山頂部の凹みの双方が小さくなっている。したがって、動粘度は30〜45mm/s程度が好ましいことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ネジ山の断面図である。
【図2】回転数と凹みの幅寸法との関係を示すグラフである。
【図3】回転数とトルクの関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
1 ネジ山
2 ネジ山の頂部
3 ネジ山頂部の凹み
4 フランク
L 凹みの幅寸法

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油基油に、添加剤として(A)硫黄系極圧剤と、(B)有機亜鉛化合物と、(C)カルシウム系添加剤と、(D)油性剤とを配合してなる非塩素系の潤滑油であって、
潤滑油全量基準での各添加剤の配合割合は、
前記添加剤(A)が25〜35重量%、
前記添加剤(B)が6〜16重量%、
前記添加剤(C)が2〜12重量%、
前記添加剤(D)が2〜13重量%、
である転造ネジ加工用の潤滑油。
【請求項2】
潤滑油基油に、添加剤として(A)硫黄系極圧剤と、(B)有機亜鉛化合物と、(C)カルシウム系添加剤と、(D)油性剤とを配合してなる非塩素系の潤滑油であって、
潤滑油全量基準での各添加剤の配合割合が、
前記添加剤(A)が25〜30重量%、
前記添加剤(B)が6〜11重量%、
前記添加剤(C)が2〜3重量%、
前記添加剤(D)が2〜7重量%、
である転造ネジ加工用の潤滑油。
【請求項3】
回転数400rpm以上での転造ネジ加工に供される、請求項1または請求項2に記載の転造ネジ加工用の潤滑油。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の潤滑油を供給しながら、回転数400rpm以上で転造ネジ加工する転造加工方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−144095(P2009−144095A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−324549(P2007−324549)
【出願日】平成19年12月17日(2007.12.17)
【出願人】(000241500)トヨタ紡織株式会社 (2,945)
【出願人】(000211145)中京化成工業株式会社 (15)
【Fターム(参考)】