説明

軸受の異常診断方法、当該方法を採用した潤滑油の供給制御方法

【課題】 潤滑油供給量の多寡に拘らず、回転軸受が傷、痕跡などを発生する前段階において、変形又は亀裂が生じたことによる異常状態を速やかに検出し得るような回転軸受の異常診断方法、及び当該方法に基づく潤滑油の供給方法の構成を提供すること。
【解決手段】 AE信号出力と安全運転を実現するAE信号出力との差の絶対値、及び消費電力(W)と安全運転を実現する消費電力との差の絶対値について、それぞれ各数値範囲による区画を設定し、各区画に対応するランクに基づき、回転状態を示す総合ランクによる数値に基づき、回転が安全状態から危険状態に至るまでの如何なる段階にあるかを表す回転軸受の異常診断方法、及び当該診断方法に基づき、供給している潤滑油が不足しているか、又は過剰な状態にある場合に、それぞれ潤滑油の供給時間を短縮するか、又は拡張することによる潤滑油の供給制御方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械などの回転装置において採用されている回転軸受の異常診断方法、及び当該方法を採用した潤滑油の供給制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転軸受に採用されているベアリングが破損した場合には、当該回転軸受を設置している回転装置全体に多大な損害を被ることにならざるを得ない。
【0003】
このような状態を避けるため、従来から回転軸受の異常を察知するために、諸々の方式が採用されている。
【0004】
尤もシンプルな方式としては、軸受の異常音を聞くことによって回転軸受の異常を察知する方法が存在するが、このような異常音の察知方法では、聴感覚における個人差が存在し、しかも自己の判断に資するようなデータの蓄積の裏付けとなるような記録を残存することが不可能であり、更には適切な寿命の判断を誤るケースが少なからず存在した。
【0005】
回転軸受に温度計を設置することによる温度センサ方式においては、各回転軸受毎に限界温度上昇値を設定したうえで、当該限界温度上昇値を超えた場合にアラームを発生させている。
【0006】
しかしながら、温度センサ方式の場合には、軸受が過負荷などの異常状態になってから温度上昇が行われ、しかもアラームを検知するためにも一定の時間を要し、このためアラームを検知の段階では既に回転軸受が破損しているというアクシデントの発生を免れることができない。
【0007】
回転軸受に振動計を設置することによる振動センサ方式においては、回転軸受の異常振動によって、アラームを発生させている。
【0008】
前記振動センサ方式の場合には、温度センサ方式よりも素早い状況判断を行うことが可能であり、しかも、振動周波数によるスペクトル分析を行った場合には、軸受の異常性を示す傷や圧痕の程度を識別することができる。
【0009】
しかしながら、振動センサ方式の場合には、振動が生じなければ回転軸受の異常を察知することができないため、振動が生ずる前段階において既に発生している軸受の変形、亀裂などの注意すべき状態をアラームとして発生させることができない。
【0010】
近年AE(Acoustic Emission:音響の放出)信号を利用しているAE信号出力方式においては、回転軸受を構成している金属の状態に局所的な変形又は亀裂が生じた場合に、音波を発生することによって傷、圧痕が生ずる前段階にてアラームを発生し得る点において振動方式よりも優れている。
【0011】
但し、AE信号方法の場合には、雑音(ノイズ)の信号が混入し易いことによって、取り扱いが極めて困難であると共に、他方では潤滑油の供給量が多くなった場合には、その程度如何によっては、回転軸受の温度が上昇し、かつ回転軸受の変形又は破壊に発展する場合があるにも拘らず、アラームの前提となる音波が、潤滑油量の増大に従って、当該潤滑油の粘性抵抗によって妨げられ、前記変形又は亀裂の検出が困難になるという欠点を有している。
【0012】
このように、従来技術による回転軸受の異常診断方法は、一長一短を有しており、オールラウンドな方法はこれまで提唱されていない。
【0013】
【特許文献1】特開平9−147264号公報
【特許文献2】特開2002−188411号公報
【特許文献3】特開2004−3891号公報
【特許文献4】特開2004−60457号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、AE信号方法をベースとしたうえで、回転軸受が傷、痕跡などを発生する前段階において、変形又は亀裂が生じたことによる異常状態を速やかに検出すると共に、潤滑油量の多寡を問わず、回転軸受の異常な状態を検出し、かつアラームを発生し得るような回転軸受の異常診断方法、及び当該方法を採用した潤滑油の供給方法の構成を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決するため、本発明の基本構成は、
(1)回転軸受の異常診断方法において、診断の指標として、回転軸受から検出されるAE信号出力(Acoustic Emission信号出力)と、回転軸受の回転に要する消費電力とを選択し、安全運転を実現し得るAE信号出力(以下「安全基準信号出力」と略称する。)及び安全運転を実現し得る消費電力(以下「安全基準消費電力」と略称する。)を基準としたうえで、所定の回転数によって回転操作を行った段階におけるAE信号出力と特定の安全基準信号出力(AE)との差(AE−AE:以下「AE信号出力差」と略称する。)の絶対値(|AW−AWE|)、及び消費電力(W)と特定の安全基準消費電力(W)との差(W−W:以下「消費電力差」と略称する。)の絶対値(|W−W|)について、それぞれ各数値範囲による区画、及び当該区画につき、各数値範囲が小さい側から順次増大するランクを表す数値を設定し(但し、最も小さいランクを表す数値は、AE信号出力の場合及び消費電力の場合、共に同一数値に設定する。)、AE信号出力差の絶対値が対応するランクを表す数値、及び消費電力差の絶対値が対応するランクを表す数値の内の、小さくない方の数値を回転状態における総合ランクとしたうえで、当該総合ランクを表す数値に従って、回転軸受の回転が安全状態から危険状態に至るまでに区画された複数の総合ランクを表す数値に基づく段階に対応する信号を発生することに基づく回転軸受の異常診断方法、
(2)前記(1)記載の回転軸受の異常診断方法を採用したうえで、消費電力差(W−W)が正であり、かつ当該異常診断方法による診断結果として、回転軸受の安全運転が可能となるような区画に該当していない場合に、AE信号出力差の絶対値(|AE−AE|)、及び消費電力差の絶対値(|W−W|)がそれぞれ安全運転が可能となるような区画に該当するような状態に至るまでに、潤滑油の供給時間間隔を拡大し、消費電力差(W−W)が負であり、かつ当該異常診断方法による診断結果として回転軸受が安全運転が可能となるような区画に該当していない場合に、AE信号出力差の絶対値、及び消費電力差の絶対値がそれぞれ安全運転が可能となるような区画に該当するような状態に至るまで、潤滑油の供給時間間隔を縮小することに基づく潤滑油の供給制御方法、
からなる。
【発明の効果】
【0016】
前記(1)、(2)の構成に基づき、本発明においては、潤滑油の供給量の多寡を問わず、回転軸受が傷又は痕跡の発生などによる異常事態に至る前に安全運転の状態を超えた段階、即ち回転軸受の変形又は亀裂の発生の段階において、アラームを発生することが可能とし、異常事態の発生を事前に検出すると共に、当該検出に対応して、潤滑油の供給量を適切な量となるように是正することを可能としている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
最初に本願発明の技術的背景、及び基本原理について説明する。
【0018】
図3(a)は、所定の回転数における回転軸受に対する潤滑油供給量と、当該回転軸受によるAE信号出力との関係を示すグラフであるが、図3(a)に示すように、潤滑油供給量が増大するに従って、潤滑油の粘性抵抗による音波の伝達に対する妨害を原因として、回転軸受の変異状況を示すAE信号出力は小さくなり、逆に潤滑油の供給量が小さくなるに従ってAE信号出力は大きくなるという傾向を示している。
【0019】
尚、AE信号出力は、回転軸受の変形、亀裂の存否などによる状況、更には雑音(ノイズ)の程度によって左右されることから、図3(a)に示すように、潤滑油供給量と1対1の関係にある訳ではない。
【0020】
図3(b)は、潤滑油供給量と消費電力との関係を示すが、図3(b)に示すように、潤滑油供給量が増加するに従って、回転軸受における粘性抵抗が増加するため、消費電力は増加する傾向にある。
【0021】
尚、消費電力の場合にもまた、回転軸受の負荷、更には前記粘性以外の摩擦要因などを原因とすることから、必ずしも潤滑油供給量と正確に1対1の関係にはないが、消費電力の大部分は、回転軸受における回転摩擦に費消されるため、概略潤滑油供給量と1対1の関係にある。
【0022】
図3(c)は、図3(a)、及び図3(b)の双方間の関係に基づき、潤滑油供給量を媒介としたうえでの回転軸受におけるAE信号出力と、消費電力との関係を示しているが、概略消費電力が増大するに従って、AE信号出力の程度は減少する傾向を示している。
【0023】
但し、図3(c)からも明らかなように、適切な量の潤滑油供給量に対応している特定の安全基準AE信号出力AE、及び当該適切な量の潤滑油供給量に対応している特定の安全基準消費電力Wをそれぞれ概略中心位置に設定した場合、AE信号出力が前記AEよりも大きい場合、消費電力が必ず前記Wよりも小さいという訳ではなく、同様にAE信号出力が前記AEよりも小さい場合に消費電力が前記Wよりも大きいという訳ではなく、AE信号出力、及び消費電力が共にそれぞれ前記AE、Wよりも大きいか又は小さいという場合も存在し得る。
【0024】
特定の安全基準AE信号出力(AE)、及び特定の安全基準消費電力(W)は、それぞれ安全基準AE出力信号、及び安全消費電力を実現し得る各量から任意に選択することが可能であるが、比較的正確な選択を行うためには、安全基準AE信号出力の平均値、及び安全基準消費電力の平均値によって特定すると良い。
【0025】
本発明においては、図4に示すように、所定の回転数による回転操作時のAE信号出力(AE)と特定の安全基準AE信号出力(AE)との差(AE−AE:以下「AE信号出力差」と略称する。)の絶対値(|AE−AE|)について、所定の大きさの範囲毎に各区画を設定し、各区画に対するランク(順序)による数値を設定し、前記絶対値が大きい範囲の区画(安全基準AE信号出力(AE)から離れている区画)となるに従って、当該ランクを表す数値を例えば0,1,2,・・・,mのように増加させており、結局ランクを表す数値が大きいほどAE信号出力を基準とする異常の度合は増大することになる。
【0026】
即ち、図4に示すように、AE信号出力については、
αi−1≦|AE−AE|≦α ・・・(a)
となるように、AE信号出力差の絶対値について、各ランクを表す数値iに対応している区画の幅αを設定し、ランクを表す数値iが増大するに連れて適切な潤滑油の量から離れていることを原因として、回転軸受の必要な注意の程度又は危険の程度が段階的に大きくなることを示している(尚、前記iの上限値はnであり、i=0の場合は前記(a)式の左辺は存在せず、正常な安全状態にある区画に該当している。)。
【0027】
同様に、回転操作段階における消費電力(W)と特定の安全基準消費電力(W)との差(W−W:以下「消費電力差」と略称する。)の絶対値(|W−W|)について、所定の大きさの範囲毎に各区画を設定し、各区画毎の順序によるランクの数値を設定し、前記絶対値が大きい範囲の区画(消費電力が安全基準消費電力(W)から離れている区画)となるに従って、当該ランクの数を例えば0,1,2,・・・,nのように増加させており、ランクを表す数値が大きいほど消費電力を基準とする以上の度合は増大することになる。
【0028】
即ち、図4に示すように、
βj−1≦|W−W|≦βj ・・・(b)
となるように、消費電力差の絶対値について、各ランクを表す数値jに対応する区画幅βをそれぞれ設定し、ランクを表す数値jが大きい程消費電力を基準とした必要な注意の程度又は危険の程度が段階的に大きくなることを示している(j=0の場合には、前記(b)式に基づくランクの左辺は存在せず、AE信号出力については、正常な安全状態にある区画に該当している。)。
【0029】
本発明においては、回転操作時におけるAE信号出力及び消費電力を測定し、AE信号出力差、消費電力差の各絶対値を算出したうえで、前記(a)式及び前記(b)式に基づき、対応するランクを表す数値i、jをそれぞれ判別し、当該i、jの内、小さくない方の数値(等しいか又は大きい方の数値)を回転軸受の回転運動状態における総合ランクを表す数値として設定し、当該総合ランクを表す数値に基づいて、回転軸受の異常状態の存否(例えば、i及びjが0であるか否か)、及び異常状態の程度(i及びjの小さくない方の数値の程度)を検出することによって、必要な注意信号又は危険信号の存否、及び当該信号に基づく必要な注意又は危険の程度を明らかにしていることを基本的特徴としている。
【0030】
前記(1)のように、AE信号出力におけるランクを表す数値、及び消費電力におけるランクを表す数値の最小値を同一としているが、その根拠は、総合ランクを表す数値を算出するうえで、双方のランクを表す数値の内の小さくない方の数値を選択するためには、双方のランクを表す数値の最小値が同一でなければ、大小関係を対比することができないことに由来している。
【0031】
回転状態の総合ランクを表す数値として、双方のランクの数値の内、小さくない方の数値を選択するのは、逆に、大きくない方の数値を選択することによって、要注意又は危険な段階にある回転状態を見逃すことがあり得るのに対し、小さくない方の数値を選択した場合には、そのような見逃しを避けることができるからに他ならない。
【0032】
このように、本発明では、AE信号出力における各区画のランクを表す数値だけでなく、消費電力における各区画のランクを表す数値をも併用しているので、AE信号出力において検出困難であった潤滑油の供給量が、適切な供給量よりも多く、かつ回転軸受に異常が生じ易い場合には、消費電力において該当する区画が要注意又は危険状態に該当するランクを表す数値を示すことによって、結局、潤滑油の多寡を問わず、前記要注意状態又は危険状態を確実に検出しかつ診断することが可能となる。
【0033】
AE信号出力差の絶対値の範囲に従って設定された区画の数(前記(a)式のランクを表す数値iの上限値であるm)及び消費電力の区画領域の数(前記(b)式のランクを表す数値jの上限値であるn)は、同数とする場合(m=nの場合)が多いが、必ずしも同数とすることを必要としている訳ではない。
【0034】
例えば、AE信号出力において、検出し得る危険状態でありながら、消費電力において検出し得ない危険な回転状態が存在する場合には、AE信号出力差の絶対値に関する区画の数は、消費電力差の絶対値による区画の数よりも多く設定すること(m>nとすること)も可能である。
【0035】
尚、通常m=n=3程度に設定する場合には、要注意又は危険の程度の峻別性、及び制御の簡便性を両立することができる。
【0036】
AE信号出力差、及び消費電力差による各区画が最も外側に位置する場合、即ち(a)式のランクを表す数値iが絶対値mに該当し、前記(b)式のランクを表す数値jが最大値nに該当する場合としては、回転軸受において、傷又は圧痕が生じた場合を選択することによって、当該ランクを超えた場合には、回転軸受が破壊する確率が高い段階であることを意味しており、当該破壊に至る前に回転軸受を交換することによって、破壊に伴う装置全体の損害を防止することができる。
【0037】
AE信号出力差及び消費電力差による各区画の数、及び各区画の幅、即ち前記各ランクを表す数値の最大値及び区画を区分するうえで基準となる数値は、これまでの回転軸受を使用した経験に基づいて、要注意度又は危険の程度のレベルの相違に基づき、適宜設定し、制御装置に記録させることになる(実際には、コンピュータメモリに記憶させることになる。)。
尚、このような各区画の数、及び各区画の幅は、回転軸受の回転数によっても相違することがあるので、前記(1)の診断方法については、回転数の大きさに即した各区画毎に設定すると良い。
【0038】
前記各区画に対応するランクから、回転状態の総合ランクを算出し、該当する段階による信号を発生するに至るプロセスは、図5のようなフローチャートに示すとおりである(尚、図5においては、AE信号出力差の絶対値に関する区画の数は、消費電力差の絶対値による区画の数よりも多く設定する場合の実施形態、即ちm>nとすることによる実施形態を示している。)。
【0039】
前記(2)の潤滑油の制御方法は、前記(1)の回転軸受の異常診断方法を採用したうえで、消費電力差が正である場合と、消費電力差が負である場合とに対応して、前者の場合には、潤滑油を供給する時間間隔を 拡大 することによって供給量を増大し、当該時間間隔の縮小状態を、AE信号出力差の絶対値、及び消費電力差の絶対値において、安全運転が可能となるような区画(前記(a)式においてi=0となり、前記(b)式においてj=0となるような区画)に該当するに至るまで継続しており、逆に後者の場合には、潤滑油を供給する時間間隔を縮小することによって潤滑油の供給量を減少し、当該時間間隔の拡大状態を、AE信号出力差の絶対値、及び消費電力差の絶対値において、安全区画領域に至るまで(前記(a)式においてi=0となり、前記(b)式においてj=0となるような区画)に該当するに至るまで継続することになる。
【0040】
したがって、前記(2)の潤滑油の供給制御においては、所定の時間を経たうえで、AE信号出力差の絶対値と及び消費電力差の絶対値を算出し、かつ各絶対値の大きさに基づいて、当該絶対値が属する区画を判別し、必要に応じては、当該区画に対応するランクを表す数値を判別し、当該判別に基づいて安全運転が可能であるような区画(前記(a)式のi=0であり、(b)式のj=0であるような区画)に該当するか否かを更に判別することになる。
【0041】
前記(2)の方法において、潤滑油を供給する時間間隔を縮小するか拡大するかの判断基準として、AE信号出力差ではなく、消費電力差を選択したのは、図3(a)と図3(b)との対比からも明らかなように、消費電力の方がAE信号出力よりも潤滑油供給量をより忠実に反映しているからである。
【0042】
前記(2)の縮小状況、又は拡大状況を実現させる具体的な手法としては、
(イ)潤滑油の供給時間を延長した場合、及び潤滑油の供給時間を縮小する場合において、それぞれ特定の時間間隔を設定することを特徴とする手法、
(ロ)潤滑油の供給時間を延長する場合には、1よりも大きな係数(c)を設定したうえで、回転操作段階における潤滑油を供給する時間間隔に乗ずることによって、当該供給時間を調整し、潤滑油の供給時間を縮小する場合には、1よりも小さな係数(c)を選択したうえで、回転操作時の潤滑油の供給時間に乗ずることによって、当該供給時間を調整することを特徴とする手法、
が存在する。
【0043】
前記(イ)の手法は、縮小段階における時間間隔及び拡大段階における時間間隔がそれぞれ特定しており、コンピュータを採用した場合の制御がシンプルである点に特徴を有しており、前記(ロ)による手法は、回転操作時の時間間隔に対応して適宜拡大又は縮小し得る点に特徴を有している。
【0044】
回転操作段階において、潤滑油を供給する時間間隔は、通常コンピュータが発生するパルス数に基づく整数によってデジタル的に特定されており、この点は前記係数(c)を乗ずることに基づく縮小された時間間隔又は拡大された時間間隔の場合も同様である。
【0045】
したがって、調整が行われる前段階の潤滑油を供給する時間間隔に対応するパルス数をPとした場合、縮小又は拡大された時間間隔に対応する時間間隔については、前記パルス数Pに係数cを乗じたことによる数値Pcに基づく整数[Pc](但し、[ ]は整数を表すためのガウス記号を示す。)を算出するようにコンピュータ内部における措置を講ずると良い。
【0046】
前記(ロ)の手法の場合には、前記(1)の診断に基づいて判別される回転状態の総合ランクに対応する段階毎に、それぞれ異なる係数を設定し、各総合ランクに対応して、時間間隔の調整を行うことも可能である。
【0047】
図6は、前記(イ)の手法による前記(2)の潤滑油供給制御方法によるプロセスを示すフローチャートであり、図7は前記(ロ)の手法による前記(2)の潤滑油制御方法のプロセスを示すフローチャートであるが、前記(ロ)の手法において、回転状態の総合ランクに対応する段階毎に異なる係数を設定する場合には、各段階に対応して異なる係数(c)を設定することになる。
【0048】
前記(2)の潤滑油の制御方法においては、前記(1)の診断方法に基づいて、回転軸受の異常状態を速やかかつ適切に検出したうえで、潤滑油の供給状態についても、速やかかつ適切に制御することが可能となる。
【0049】
但し、前記(2)の制御方法にも拘らず、回転状態が安全運転を可能とする区画に該当するように是正されない場合には、既に潤滑油の供給制御によって、回転軸受の異常状態が是正できないことを意味しており、速やかに回転軸受の交換を行うことが必要となる。
【0050】
以下、前記(2)の潤滑油の供給制御方法について、実施例に即して説明する。
【実施例1】
【0051】
実施例1は、図7のフローチャートが示す前記(ロ)の手法を採用したうえで、図1に示すように、回転軸受の回転速度を、大きさに従って所定の範囲毎に区画し、かつ各区画に対応して潤滑油の供給時間間隔を設定したうえで、回転速度の大きな区画となるに従って、当該供給時間間隔を短く設定するように潤滑油を供給していることを特徴としている。
【0052】
即ち、実施例1においては、各速度範囲に対応して適切な潤滑油の供給量を選択したうえで、更に前記(1)の回転軸受の異常診断に基づいて適切な潤滑油の供給を行うことができる。
【0053】
図1に示すように、実施例1においては、図7のフローチャートをプロセスの一部として採用しており、図7に示すように、回転軸受の安全状態が可能となるような区画に該当するか否かの判別は、所定の時間間隔を経たうえで順次行っているが、当該時間間隔は、前記判別が行われている段階における潤滑油の供給時間間隔よりも長い間隔に設定すると良い(短い時間間隔の場合には、潤滑油の供給が行われない限り、同一の判別に終始することになるので。)。
【実施例2】
【0054】
実施例2は、図7のフローチャートが示す前記(ロ)の手法を採用したうえで、図2に示すように、回転軸の所定の単位時間における平均回転速度について、最低回転速度から最高回転速度に至るまでの範囲において、複数個の平均速度領域を設定すると共に、各平均速度領域に対応する速度係数を、低速の平均速度領域から高速の平均速度領域にかけて絶対値が順次大きくなる速度係数を設定し、かつ単位時間において回転軸が静止しているときには、その速度係数を0と設定し、回転軸の回転時間の経過と共に、単位時間毎の平均回転速度に応じた該速度係数を順次積算し、積算値が予め設定した限界値数(L)以上となった段階にて潤滑油を供給していることを特徴としている。
【0055】
即ち、図2の実施例の場合、回転操作時に至るまでの速度変化を積算することによって、適切な潤滑油の吐出量を設定したうえで、更に前記(1)の回転軸受の異常診断に基づいて適切な潤滑油の供給を行うことができる。
【0056】
図2に示すように、実施例2においても、図7のフローチャートをプロセスの一部として採用しており、図7に示すように、回転軸受の安全状態が可能となるような区画に該当するか否かの判別は、所定の時間間隔を経たうえで順次行っているが、当該時間間隔は、前記判別が行われている段階における潤滑油の供給時間間隔よりも長い間隔に設定すると良い(短い時間間隔の場合には、潤滑油の供給が行われない限り、同一の判別に終始することになるので。)。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、工作機械分野による回転軸受だけでなく、その他の回転装置全体における回転軸受の異常診断を実現し、更には当該診断に基づいて適切な潤滑油を設定することを可能としており、結局回転軸受を採用している産業界の全分野に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施例1における潤滑油を供給する時間間隔を設定し、かつ調整するフローチャートである。
【図2】実施例2における潤滑油を供給する時間間隔を設定し、かつ調整するフローチャートである。
【図3】潤滑油、AE信号出力、消費電力間の各関係を示すグラフであって、(a)は潤滑油供給量とAE信号出力との関係を示しており、(b)は潤滑油供給量と消費電力との関係を示しており、(c)は、消費電力とAE信号出力との関係を示している。
【図4】AE信号出力差の絶対値及び消費電力差の絶対値に基づき、各ランクを表す数値が表示されている各区画を示すグラフである。
【図5】前記(1)の方法のプロセスを示すフローチャートである。
【図6】前記(2)の方法の内、前記(イ)の手法を採用しているプロセスを示すフローチャートである。
【図7】前記(2)の方法の内、前記(ロ)の手法を採用しているプロセスを示すフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸受の異常診断方法において、診断の指標として、回転軸受から検出されるAE信号出力(Acoustic Emission信号出力)と、回転軸受の回転に要する消費電力とを選択し、安全運転を実現し得るAE信号出力(以下「安全基準信号出力」と略称する。)及び安全運転を実現し得る消費電力(以下「安全基準消費電力」と略称する。)を基準としたうえで、所定の回転数によって回転操作を行った段階におけるAE信号出力と特定の安全基準信号出力(AE)との差(AE−AE:以下「AE信号出力差」と略称する。)の絶対値(|AW−AWE|)、及び消費電力(W)と特定の安全基準消費電力(W)との差(W−W:以下「消費電力差」と略称する。)の絶対値(|W−W|)について、それぞれ各数値範囲による区画、及び当該区画につき、各数値範囲が小さい側から順次増大するランクを表す数値を設定し(但し、最も小さいランクを表す数値は、AE信号出力の場合及び消費電力の場合、共に同一数値に設定する。)、AE信号出力差の絶対値が対応するランクを表す数値、及び消費電力差の絶対値が対応するランクを表す数値の内の、小さくない方の数値を回転状態における総合ランクとしたうえで、当該総合ランクを表す数値に従って、回転軸受の回転が安全状態から危険状態に至るまでに区画された複数の総合ランクを表す数値に基づく段階に対応する信号を発生することに基づく回転軸受の異常診断方法。
【請求項2】
AE信号出力差の絶対値(|AE−AE|)による各区画に対応するランクを表す数値の上限値(m)と、消費電力差の絶対値(|W−W|)による各区画に対応するランクを表す数値の上限値(n)とが等しいこと(m=n)を特徴とする請求項1記載の回転軸受の異常診断方法。
【請求項3】
AE信号出力差の絶対値(|AE−AE|)による各区画に対応するランクを表す数値の上限値(m)と、消費電力差の絶対値(|W−W|)による各区画に対応するランクを表す数値の上限値(n)との間において、前者の上限値の方が後者の上限値よりも大きいこと(m>n)を特徴とする請求項1記載の回転軸受の異常診断方法。
【請求項4】
ランクを表す数値の上限値に対応するAE信号出力差の絶対値による区画、及び消費電力差の絶対値(|W−W|)による各区画が、何れも回転軸受において傷又は圧痕が発生している段階に該当していることを特徴とする請求項1記載の回転軸受の異常診断方法。
【請求項5】
請求項1記載の回転軸受の異常診断方法を採用したうえで、消費電力差(W−W)が正であり、かつ当該異常診断方法による診断結果として、回転軸受の安全運転が可能となるような区画に該当していない場合に、AE信号出力差の絶対値(|AE−AE|)、及び消費電力差の絶対値(|W−W|)がそれぞれ安全運転が可能となるような区画に該当するような状態に至るまでに、潤滑油の供給時間間隔を拡大し、消費電力差(W−W)が負であり、かつ当該異常診断方法による診断結果として回転軸受が安全運転が可能となるような区画に該当していない場合に、AE信号出力差の絶対値、及び消費電力差の絶対値がそれぞれ安全運転が可能となるような区画に該当するような状態に至るまで、潤滑油の供給時間間隔を縮小することに基づく潤滑油の供給制御方法。
【請求項6】
潤滑油の供給時間を拡大した場合、及び潤滑油の供給時間を縮小する場合において、それぞれ特定の時間間隔を設定することを特徴とする請求項5記載の潤滑油の供給制御方法。
【請求項7】
潤滑油の供給時間を拡大する場合には、1よりも大きな係数(c)を設定したうえで、回転操作段階における潤滑油を供給する時間間隔に乗ずることによって、当該供給時間を調整し、潤滑油の供給時間を縮小する場合には、1よりも小さな係数(c)を選択したうえで、回転操作時の潤滑油の供給時間に乗ずることによって、当該供給時間を調整することを特徴とする請求項5記載の潤滑油の供給制御方法。
【請求項8】
回転状態の総合ランクによる各段階毎に乗ずる係数(c)が相違することを特徴とする請求項7記載の潤滑油の供給制御方法。
【請求項9】
回転軸受の回転速度を、大きさに従って所定の範囲毎に区画し、かつ各区画に対応して潤滑油の供給時間間隔を設定したうえで、回転速度の大きな区画となるに従って、当該供給時間間隔を短く設定するように潤滑油を供給していることを特徴とする請求項5、6、7記載の潤滑油の供給制御方法。
【請求項10】
回転軸の所定の単位時間における平均回転速度について、最低回転速度から最高回転速度に至るまでの範囲において、複数個の平均速度領域を設定すると共に、各平均速度領域に対応する速度係数を、低速の平均速度領域から高速の平均速度領域にかけて絶対値が順次大きくなる速度係数を設定し、かつ単位時間において回転軸が静止しているときには、その速度係数を0と設定し、回転軸の回転時間の経過と共に、単位時間毎の平均回転速度に応じた該速度係数を順次積算し、積算値が予め設定した限界値数(L)以上となった段階にて潤滑油を供給していることを特徴とする請求項5、6、7記載の潤滑油の供給制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−126075(P2006−126075A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−316607(P2004−316607)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000146087)株式会社松浦機械製作所 (40)
【Fターム(参考)】