説明

軸摺接部材

【課題】ゴムにより形成された軸摺接部材の水潤滑の潤滑性を高めることである。
【解決手段】軸受やシール材として構成されて軸部材12に摺接するとともに軸部材12との間が水潤滑される軸摺接部材11の基材13をニトリルゴムにより形成する。軸摺接部材11の基材13の表面に反応液としてメタクリル酸を塗布し、さらに、その表面に電子線を照射して、基材13の表面にグラフト層を形成する。グラフト層を水酸化カリウム水溶液によりイオン交換処理して、基材13の表面に超親水性ゲル層である潤滑層14を形成する。軸摺接部材11と軸部材12との間に水潤滑のために供給される水41を潤滑層14により保持させ、軸摺接部材11と軸部材12との間の水潤滑による潤滑性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばゴム軸受やゴムシール材など、ゴムにより形成されて軸部材に摺接するの軸摺接部材に関し、特に、摺接部と軸部材との間が水潤滑されるものに関する。
【背景技術】
【0002】
輸送用機器や工作機械等には出力軸や駆動ロッドなどの種々の軸部材が設けられており、これらの軸部材には滑り軸受やシール材等の軸摺接部材が摺接している。これらの軸摺接部材は、通常、潤滑油により潤滑されて軸部材との間の摩擦抵抗が低減される。例えば、特許文献1には、スクリューポンプの水中に配置される回転軸の下端部を滑り軸受により回転自在に支持するとともに、給油管と排油管とを介して給油手段により滑り軸受に潤滑油を循環供給するようにした技術が開示されている。
【0003】
しかしながら、潤滑油で軸摺接部材を潤滑する構造では、潤滑用の潤滑油が必要となり、また、潤滑油の外部への漏れ出しを防止するためのメカニカルシールなどの複雑なシール構造を設ける必要があるので、そのコストが高くなるという問題がある。
【0004】
そこで、軸摺接部材をゴムで形成するとともに、その潤滑剤として潤滑油に代えて水を用いるようにした水潤滑の技術が開発されている。
【0005】
例えば、船舶の船底から突出するプロペラシャフトを回転自在に支持する滑り軸受としてゴム軸受を用い、ゴム軸受とプロペラシャフトとの間を海水により水潤滑させるようにしたものが知られている。また、自動車のワイパ装置に設けられるウォッシャポンプでは、羽根車(インペラー)を回転駆動するためにウォッシャタンク内に突出するモータの出力軸の外周にゴム製のシール材を摺接させ、このシール材と出力軸との間をウォッシャタンク内の水(ウォッシャ液)により水潤滑させるようにしたものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−21586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水潤滑するためには軸摺接部材と軸部材との間に水を保持する必要があるので、軸摺接部材を形成するゴムとして水との親和性が高いニトリルゴム(NBR)が多く用いられている。
【0008】
しかしながら、水は粘度が低いため、軸摺接部材と軸部材との摺接部分から容易に排除されるので、軸摺接部材と軸部材との間で水が不足し、水潤滑による潤滑性が十分に得られない場合があった。
【0009】
一方、軸摺接部材をゴムに代えてセラミックやフッ素樹脂により形成することにより、水が不足した状況においても軸摺接部材と軸部材との間の摩擦を低減する方法が考えられる。しかしながら、この方法では、軸摺接部材のコストが高くなるという問題がある。
【0010】
本発明の目的は、ゴムにより形成された軸摺接部材の水潤滑の潤滑性を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の軸摺接部材は、ゴムにより形成されて軸部材に摺接するとともに前記軸部材との間が水潤滑される軸摺接部材であって、前記軸部材と摺接する表面が照射処理により改質されていることを特徴とする。
【0012】
本発明の軸摺接部材は、前記軸部材と摺接する表面に、グラフト重合により、潤滑層が付加されていることを特徴とする。
【0013】
本発明の軸摺接部材は、前記潤滑層は、ビニル基、アクリレート基、メタクリレート基、アリル基のいずれかを持つ化合物の重合体からなり、その成分には、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の軸摺接部材は、前記潤滑層の厚さは、表面から5μm以上であることを特徴とする。
【0015】
本発明の軸摺接部材は、電子線により前記照射処理が行われることを特徴とする。
【0016】
本発明の軸摺接部材は、軸受に構成されていることを特徴とする。
【0017】
本発明の軸摺接部材は、シール材に構成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、軸摺接部材の軸部材と摺接する表面を照射処理により改質したので、軸摺接部材の軸部材と摺接する表面の水の保持性を高めることができる。これにより、軸摺接部材と軸部材との間に十分な水を保持させて、軸摺接部材の水潤滑の潤滑性を高めることができる。
【0019】
本発明によれば、軸摺接部材の表面にグラフト重合により潤滑層を付加するようにしたので、この潤滑層により軸摺接部材の表面に水を保持させることができ、また、この潤滑層により軸部材の荷重を支持させることができる。これにより、軸摺接部材と軸部材との間に水の層を形成することを容易にして、軸摺接部材の水潤滑性をさらに高めることができる。
【0020】
本発明によれば、電子線により軸摺接部材の表面を照射処理するようにしたので、軸摺接部材の表面の改質を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施の形態である軸摺接部材の構造を模式的に示す断面図であり、(a)は軸部材が摺接する前の状態を示す断面図、(b)は軸部材が摺接した状態を示す断面図である。
【図2】(a)〜(c)は電子線の同時照射により軸摺接部材の表面を改質する工程を示す説明図である。
【図3】(a)〜(c)は電子線の前照射により軸摺接部材の表面を改質する工程を示す説明図である。
【図4】図1に示す軸摺接部材を船舶のプロペラシャフトを回転自在に支持するゴム軸受に適用した場合を示す断面図である。
【図5】図1に示す軸摺接部材をウォッシャポンプに設けられたモータの出力軸をシールするシール材に適用した場合を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0023】
図1(a)、(b)に示す軸摺接部材11は、例えば軸受やシール材などに構成され、輸送用機器や工作機械等に設けられた出力軸や駆動ロッド等の軸部材12の外周面に摺接するものである。図1においては、軸摺接部材11を模式的に示している。
【0024】
軸摺接部材11はゴムにより形成された基材13を有している。基材13を形成するゴムとしては水との親和性の高いニトリルゴム(NBR)が用いられている。軸摺接部材11は基材13の表面に潤滑層14が付加された構成となっており、この潤滑層14が付加された表面において軸部材12の外周面に摺接する。
【0025】
潤滑層14は、電子線の照射処理により軸摺接部材11の基材13の表面を改質することにより形成されている。基材13の表面の電子線の照射処理は、いわゆる同時照射または前照射により行われる。
【0026】
以下に、図2(a)〜(c)に基づいて、電子線の同時照射による軸摺接部材11の表面改質の手順について説明する。
【0027】
まず、図2(a)に示すように、軸摺接部材11の基材13の表面に反応液15を塗布し、反応液15を塗布した基材13の表面に電子線16を照射する。電子線16の照射雰囲気は、窒素等の不活性ガス雰囲気または真空状態など酸素濃度を低減させた状態とされる。また、基材13に塗布する反応液15としては、例えばメタクリル酸溶液が用いられる。
【0028】
電子線16が照射されると、図2(a)に示すように、基材13の表面にラジカル活性点17が生成され、このラジカル活性点17に反応液15の分子が接木つまりグラフト重合され、基材13の表面にグラフト層18が形成される。グラフト層18は、ビニル基、アクリレート基、メタクリレート基、アリル基のいずれかを持つ化合物からなり、グラフト層18中には、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)を含んでいる。また、グラフト層18の厚さは、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)の分布層厚さとして、基材13の表面から5μm以上である。グラフト層18の形成後には、水、湯、アルコール等を用いた浸漬、シャワー洗浄により、基材13に残った余分な反応液15が洗い流される。
【0029】
次に、グラフト層18が形成された基材13を水酸化カリウム水溶液中に浸し、イオン交換処理を行う。これにより、基材13の表面が改質されて潤滑層14が形成される。このように、反応液15を塗布した基材13に電子線16を照射してグラフト層18を形成し、さらにグラフト層18をイオン交換処理(アルカリ処理)することにより、基材13の表面を容易に改質して、潤滑層14を形成することができる。
【0030】
図2に示す場合では、電子線16の同時照射により基材13の表面を改質するようにしているが、図3(a)〜(c)に示すように、電子線16の前照射により基材13の表面を改質するようにしてもよい。
【0031】
前照射の場合には、まず、図3(a)に示すように、反応液15を塗布する前に電子線16が基材13の表面に照射され、基材13の表面にラジカル活性点17が生成される。次いで、図3(b)に示すように、ラジカル活性点17が生成された基材13の表面に反応液(メタクリル酸溶液)15が塗布される。これにより、図3(c)に示すように、ラジカル活性点17と反応液15の分子とがグラフト重合して基材13の表面にグラフト層18が形成される。後は、同時照射の場合と同様に、水酸化カリウム水溶液によりグラフト層18がイオン交換処理され、基材13の表面に潤滑層14が形成される。
【0032】
このような構成の軸摺接部材11は、例えば図4に示すように、船舶21のゴム軸受(滑り軸受)として構成される。
【0033】
図4に示す船舶21は、エンジン等の動力源(不図示)により回転駆動される軸部材としてのプロペラシャフト22を有しており、このプロペラシャフト22は船底に設けられた支持部23から船外に突出している。プロペラシャフト22の先端にはスクリュー24が固定されており、動力源が作動するとスクリュー24がプロペラシャフト22とともに回転する。軸摺接部材11は円環状のゴム軸受として構成され、支持部23に配置されている。プロペラシャフト22はゴム軸受として構成された軸摺接部材11の軸心に挿通され、軸摺接部材11の内周面に摺接することにより、軸摺接部材11に回転自在に支持されている。
【0034】
また、軸摺接部材11は、例えば図5に示すように、ウォッシャポンプ31のシール材として構成される。
【0035】
図5に示すウォッシャポンプ31は、自動車のワイパ装置に設けられてウォッシャノズルにウォッシャ液を圧送するものである。ウォッシャポンプ31はポンプハウジング32を有し、このポンプハウジング32の内部にはインペラー(羽根車)33が回転自在に収容されている。ポンプハウジング32はインペラー33の軸心部分に連ねて開口する流入口32aと、インペラー33の外周側に配置された吐出口32bとを備えており、流入口32aから供給されたウォッシャ液が回転するインペラー33により付勢されて吐出口32bから吐出される。インペラー33を回転駆動するためのモータ34がポンプハウジング32に取り付けられ、このモータ34の軸部材としての出力軸34aがポンプハウジング32の内部に突出している。軸摺接部材11は円環状のシール材として構成されており、ポンプハウジング32の出力軸34aが貫通する貫通孔32cに配置されている。軸摺接部材11はモータ34の出力軸34aの外周面に摺接し、貫通孔32cを介してポンプハウジング32からモータ34の側へのウォッシャ液が侵入することを防止する。
【0036】
このような構成の軸摺接部材11は、図1に示すように、軸部材12との間に潤滑剤として水41が供給されることにより、軸部材12との間が水潤滑される。例えば、図4に示す場合では、軸摺接部材11はプロペラシャフト22との間に海水が供給されることによりプロペラシャフト22との間が水潤滑される。また、図5に示す場合では、軸摺接部材11はモータ34の出力軸34aとの間にウォッシャ液が供給されることにより出力軸34aとの間が水潤滑される。
【0037】
なお、符号35は出力軸34aを回転自在に支持する軸受である。
【0038】
軸摺接部材11の基材13の表面に付加された潤滑層14は、電解質ポリマーゲル層つまり超親水性ゲル層となっている。これにより、水潤滑のために軸摺接部材11と軸部材12との間に供給された水41は、その一部が潤滑層14に吸収され、軸摺接部材11と軸部材12との間に保持される。つまり、軸摺接部材11と軸部材12との間は水41を保持した潤滑層14によりハイドロゲル潤滑されることになる。
【0039】
このように、軸摺接部材11の基材13の表面は、電子線の照射処理により、超親水性ゲル層である潤滑層14が付加されるように改質されているので、軸摺接部材11と軸部材12との間を水潤滑するための水41を潤滑層14に保持させて、軸摺接部材11と軸部材12との間の水潤滑による潤滑性を高めることができる。
【0040】
また、軸摺接部材11の基材13の表面に超親水性ゲル層である潤滑層14が設けられるので、図1(b)に示すように、軸摺接部材11に加わる軸部材12の荷重を潤滑層14により支えることができる。これにより、軸部材12の表面が軸摺接部材11の表面に接触することを抑制し、軸摺接部材11と軸部材12との間に常に水41が保持された状態とすることができるので、軸摺接部材11と軸部材12との間の潤滑性をさらに高めることができる。
【0041】
さらに、基材13の表面を電子線の照射により改質して軸摺接部材11の水潤滑性を高めるようにしたので、ゴムの長所である水膜形成性、自己アライメント性、低コストを維持しつつゴムを基材13とした軸摺接部材11の水潤滑性を高めることができる。
【0042】
さらに、潤滑油を用いない水潤滑により軸摺接部材11に十分な潤滑を行なわせることができるので、例えば図4に示す場合では、海水への潤滑油の漏出を防止して環境負荷を低減することができ、また、図5に示す場合では、ウォッシャ液への潤滑油の混入を防止することができる。
【0043】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【0044】
例えば、前記実施の形態においては、軸摺接部材11の基材13を形成するゴムとしてニトリルゴムを用いるようにしているが、これに限らず、例えば熱可塑性エラストマや天然ゴム等の他のゴムにより基材13を形成するようにしてもよい。
【0045】
また、前記実施の形態においては、船舶21のプロペラシャフト22の軸受やウォッシャポンプ31の出力軸34aのシール材に本発明の軸摺接部材11を適用した場合を示したが、これらに限らず、水潤滑することができるものであれば、例えば自動車のサスペンションのロッドに摺接するゴムブーツ等、他の用途に本発明の軸摺接部材11を適応させるようにしてもよい。
【0046】
さらに、前記実施の形態においては、照射処理の際の反応液15としてメタクリル酸溶液を用いるようにしているが、これに限らず、例えばアクリル酸溶液など、グラフト重合により親水性ゲル層となるグラフト層18を形成することができる反応液であれば、他の反応液を用いるようにしてもよい。
【0047】
さらに、グラフト層18をイオン交換処理するための溶液としては、水酸化カリウム水溶液に限らず、ナトリウム等と塩を形成したモノマーであれば、他の溶液を用いてもよい。
【符号の説明】
【0048】
11 軸摺接部材
12 軸部材
13 基材
14 潤滑層
15 反応液
16 電子線
17 ラジカル活性点
18 グラフト層
21 船舶
22 プロペラシャフト(軸部材)
23 支持部
24 スクリュー
31 ウォッシャポンプ
32 ポンプハウジング
32a 流入口
32b 吐出口
32c 貫通孔
33 インペラー
34 モータ
34a 出力軸(軸部材)
35 軸受
41 水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴムにより形成されて軸部材に摺接するとともに前記軸部材との間が水潤滑される軸摺接部材であって、
前記軸部材と摺接する表面が照射処理により改質されていることを特徴とする軸摺接部材。
【請求項2】
請求項1記載の軸摺接部材において、前記軸部材と摺接する表面に、グラフト重合により、潤滑層が付加されていることを特徴とする軸摺接部材。
【請求項3】
請求項2記載の軸摺接部材において、前記潤滑層は、ビニル基、アクリレート基、メタクリレート基、アリル基のいずれかを持つ化合物の重合体からなり、その成分には、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)を含むことを特徴とする軸摺接部材。
【請求項4】
請求項3記載の軸摺接部材において、前記潤滑層の厚さは、表面から5μm以上であることを特徴とする軸摺接部材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の軸摺接部材において、電子線により前記照射処理が行われることを特徴とする軸摺接部材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の軸摺接部材において、軸受に構成されていることを特徴とする軸摺接部材。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の軸摺接部材において、シール材に構成されていることを特徴とする軸摺接部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−24409(P2013−24409A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−163241(P2011−163241)
【出願日】平成23年7月26日(2011.7.26)
【出願人】(000144027)株式会社ミツバ (2,083)
【Fターム(参考)】