説明

電動パワーステアリング装置

【課題】
電動パワーステアリング装置に異常が発生して操舵補助が停止された場合に、ディファレンシャルギアをアクティブ制御することによって、運転者の操舵感に違和感を与えることなく代替操舵補助を行うことのできる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】
電動パワーステアリング装置の異常を検出する異常検出部と、左右の車輪の回転数差を調整するためのディファレンシャルギアとを設け、異常検出部が電動パワーステアリング装置の異常を検出したときに、ディファレンシャルギアが車両状態に基づいて代替操舵補助を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵系に操舵補助力を付与するモータを制御するようになっている電動パワーステアリング装置に関し、特に電動パワーステアリング装置に異常(故障を含む)が検出された場合に、ディファレンシャルギアによって左車輪と右車輪の回転数差を調整することによって代替操舵補助を行うようにした電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のステアリング装置をモータの回転力で補助負荷付勢する電動パワーステアリング装置は、モータの駆動力を減速機を介してギア又はベルト等の伝達機構により、ステアリングシャフト或いはラック軸に補助負荷付勢するようになっている。かかる従来の電動パワーステアリング装置は、操舵補助トルク(操舵補助力)を正確に発生させるため、モータ電流のフィードバック制御を行っている。フィードバック制御は、電流指令値とモータ電流検出値との差が小さくなるようにモータ印加電圧を調整するものであり、モータ印加電圧の調整は、一般的にPWM(パルス幅変調)制御のデュ−ティ比の調整で行っている。
【0003】
電動パワーステアリング装置の一般的な構成を図5に示して説明すると、ハンドル101のコラム軸(ステアリングシャフト)102は減速ギア103、ユニバーサルジョイント104A及び104B、ピニオンラック機構105を経て操向車輪のタイロッド106に連結されている。コラム軸102には、ハンドル101の操舵トルクを検出するトルクセンサ110が設けられており、ハンドル101の操舵力を補助するモータ120が減速ギア103を介してコラム軸102に連結されている。電動パワーステアリング装置を制御するコントロールユニット130には、バッテリ113から電力が供給されると共に、イグニションキー111を経てイグニションキー信号が入力される。コントロールユニット130は、トルクセンサ110で検出された操舵トルクTと車速センサ112で検出された車速Vとに基づいて操舵補助(操舵補助)指令の操舵補助指令値Iの演算を行い、演算された操舵補助指令値Iに基づいてモータ120に供給する電流を制御する。
【0004】
コントロールユニット130は主としてCPU(又はMPUやMCU)で構成されるが、そのCPU内部においてプログラムで実行される一般的な機能を示すと、図6のようになる。
【0005】
図6を参照してコントロールユニット130の機能及び動作を説明すると、トルクセンサ110で検出された操舵トルクTは、操舵系の安定性を高めるために位相補償部131で位相補償され、位相補償された操舵トルクTAが操舵補助指令値演算部132に入力される。又、車速センサ112で検出された車速Vも操舵補助指令値演算部132に入力される。操舵補助指令値演算部132は、入力された操舵トルクTA及び車速Vに基づいて操舵補助マップ(ルックアップテーブル)133を参照して、モータ120に供給する電流の制御目標値である操舵補助指令値Irefを決定する。
【0006】
操舵補助指令値Irefは減算部130Aに入力されると共に、応答速度を高めるためのフィードフォワード系の微分補償部134に入力され、減算部130Aで求められる偏差(Iref−i)は比例演算部135に入力されると共に、フィードバック系の特性を改善するための積分演算部136に入力される。比例演算部135の出力及び積分演算部136の出力はそれぞれ加算部130Bに入力され、微分補償部134の出力も加算部130Bに加算され、加算部130Bでの加算結果である電流指令値Eが、モータ駆動信号としてモータ駆動回路137に入力される。モータ120のモータ電流値はモータ電流検出回路138で検出され、検出されたモータ電流検出値iは減算部130Aに入力されてフィードバックされる。モータ駆動回路137にバッテリ113から電力が供給され、モータ駆動回路137はFET等の駆動素子で成るHブリッジ回路(2相モータの場合)又は3相ブリッジ回路(3相モータの場合)で構成される。
【0007】
このような電動パワーステアリング装置において異常が発生し、電動パワーステアリング装置による操舵補助を停止した場合に、運転者の操舵感に大きな違和感を与えるのを防止するための操舵制御装置が、特許第3564696号公報(特許文献1)に開示されている。特許文献1に記載の装置では、異常状態検出手段によって操舵反力付与手段の異常状態を検出し、異常状態が検出された場合に、左右車輪の制動装置に対して、操舵トルク検出手段によって検出された操舵トルクに基づいた制動力差を付与することによって、ハンドルを操舵意志方向に操舵補助する力を付与するようにしている。
【0008】
また、昨今の車両には、電動パワーステアリング装置に加えて車両の安定した旋回特性、走行性の向上のため、ディファレンシャルギア(差動歯車、差動装置)及びLSD(リミテッド・スリップ・ディファレンシャル)を設けたものがある。これらは、車両が旋回する際に、旋回内輪側の駆動輪をスリップさせずに回転させて、左右の駆動輪がエンジン出力により常に同じ回転速度で駆動されるのを防止する働きがある。
【0009】
特開平8−99652号公報(特許文献2)には、LSDを備えた車両の操舵補助装置が開示されている。この操舵補助装置では、LSDが作動したときの、運転者のステアリング操作が重くなる等の違和感を解消するために、LSDが作動した場合に適宜操舵補助力を制御するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3564696号公報
【特許文献2】特開平8−99652号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
電動パワーステアリング装置において異常が発生し、その異常が検出されると、予期できないステアリング動作の異常を防止するため、状況によっては電動パワーステアリング装置による操舵補助を停止する必要がある。しかし、操舵補助が停止されると、運転者単独の力で直進状態に戻ろうとするステアリングを保持しなければならないため、ステアリングが制御を失っているように感じられる。そのため、運転者の操舵感に大きな違和感を与え、運転者に却って危険を感じさせることがある。
【0012】
これを防止するために特許文献1に記載の電動パワーステアリング装置では、電動パワーステアリング装置に異常が検出された場合に、制動装置によって左右車輪に制動力差を付与するようにしている。しかし、電動パワーステアリング装置において異常が検出された際の代替操舵補助を行う機構がディファレンシャルギアを用いるものではないため、旋回特性や走行性が悪いという問題がある。
【0013】
また、特許文献2には、LSDを備えた電動パワーステアリング装置が開示されているが、このLSDは電動パワーステアリング装置において異常が検出されたときに、代替操舵補助力を付与するために用いられるものではない。そのため、LSDの特性を発揮した操舵補助を行い得るものではない。
【0014】
本発明は上述のような事情によりなされたものであり、本発明の目的は、電動パワーステアリング装置に異常(故障を含む)が発生して操舵補助が停止された場合に、車両状態に基づいてディファレンシャルギアをアクティブ制御することによって代替操舵補助を行い、電動パワーステアリング装置の異常発生時においても、運転者の操舵感に違和感を与えることなく操舵補助を継続することのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、操舵トルク及び車速に基づいて操舵補助指令値を演算し、前記操舵補助指令値に基づいてステアリング機構に操舵補助力を付与するモータを制御するようになっているコントロールユニットを具備した電動パワーステアリング装置に関し、本発明の上記目的は、左右の車輪の回転数差を調整するためのディファレンシャルギアと、前記ディファレンシャルギアを制御するためのディファレンシャルギアコントロールユニットとを具備し、前記コントロールユニットは、前記電動パワーステアリング装置の異常を検出する異常検出部と、前記異常検出部で異常が検出された場合に、前記電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続が可能であるか否かの第1判定を行う操舵補助切替判定部とを具備し、前記第1判定によって前記操舵補助の継続が不可能であると判定された場合に、前記ディファレンシャルギアが車両状態に基づいて代替操舵補助を行うことによって達成される。
【0016】
また、本発明の上記目的は、前記ディファレンシャルギアコントロールユニットは、前記ディファレンシャルギアが正常であるか否かの判定を行うディファレンシャルギア正常判定部を具備し、前記ディファレンシャルギア正常判定部によって前記ディファレンシャルギアが正常であると判定された場合に、前記代替操舵補助を行うことにより、或いは、前記ディファレンシャルギア正常判定部によって前記ディファレンシャルギアが正常でないと判定された場合に、前記代替操舵補助を行わず、前記操舵補助を停止させることにより、或いは、前記操舵補助切替判定部は、前記代替操舵補助が行われた後、所定時間後に前記電動パワーステアリング装置が正常に復帰したか否かの判定を行い、前記判定によって前記電動パワーステアリング装置が正常に復帰したと判定された場合は、前記操舵補助を復帰させることにより、或いは、前記コントロールユニットは車両安全確保条件確定部を具備し、前記操舵補助切替判定部が行う前記判定によって前記電動パワーステアリング装置が正常に復帰していないと判定された場合は、前記車両安全確保条件確定部は車両の安全を確保するための条件の確定を行い、確定ができた場合は前記代替操舵補助を停止し、確定ができなかった場合は前記代替操舵補助を継続することにより、或いは、前記車両状態が、前記車速、前記操舵トルク及び舵角信号であることによって、より効果的に達成される。
【0017】
本発明の電動パワーステアリング装置は、ハンドルから転舵輪までを機械的に非連結にして、前記ハンドルの操舵角に従ってコントロールユニットが転舵用アクチュエータを制御し、その駆動力により前記転舵輪を転舵するステアバイワイヤ形式の電動パワーステアリング装置であることによって、上記目的は達成される。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る電動パワーステアリング装置によれば、異常が発生して操舵補助が停止された場合に、車両状態に基づいてディファレンシャルギアをアクティブ制御することによって代替操舵補助を行うので、電動パワーステアリング装置の異常発生時においても、運転者の操舵感に違和感を与えることなく操舵補助を継続することができる。特に大型車において、操舵補助が停止されると、急激な操舵感の悪化を招く恐れがあるが、ディファレンシャルギアによる代替操舵補助を行うことによってこれを防止することができる。
【0019】
本発明はステアバイワイヤ形式の電動パワーステアリング装置においても、同様の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る電動パワーステアリング装置の構成例を示す図である。
【図2】本発明に係る電動パワーステアリング装置コントロールユニットの構成例を示すブロック図である。
【図3】本発明に係るディファレンシャルギアコントロールユニットの構成例を示すブロック図である。
【図4】本発明の動作例を示すフローチャートである。
【図5】一般的な電動パワーステアリング装置の構成例を示す図である。
【図6】電動パワーステアリング装置のコントロールユニットの構成例を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0021】
10 電動パワーステアリング装置コントロールユニット
11,31 CPU
12 モータ駆動回路
13 モータ相電流検出回路
14 モータ全電流検出回路
16 異常検出部
17 操舵補助切替判定部
18 操舵補助条件設定部
19 車両安全確保条件確定部
30 ディファレンシャルギアコントロールユニット
32 回転数差算出部
33 駆動回路
34 ディファレンシャルギア正常判定部
40 ディファレンシャルギア
41R,41L 伝達容量可変クラッチ
42R,42L 油圧発生装置
52 左車輪回転数センサ
53 右車輪回転数センサ
54 エンジン回転数センサ
55 CANバス
55A,55B CAN処理回路
110 トルクセンサ
112 車速センサ
120 モータ
311 差動制限トルク演算部
312 代替操舵補助必要分演算部
314 制御量設定部
315 左右配分設定部
【発明を実施するための形態】
【0022】
モータ相電流検出回路やモータ全電流検出回路のような電流検出回路に異常が発生した場合、コントロールユニット内のCPUに異常が発生した場合、トルクセンサに異常が発生した場合等、電動パワーステアリング装置に異常が発生した場合、通常は危険を回避するために電動パワーステアリング装置による操舵補助を停止する。これに対し、本発明に係る電動パワーステアリング装置では、このような異常発生時に操舵補助が停止された場合でも、車両状態(操舵トルク、左右車輪回転数、エンジン回転数、車速、舵角)に基づきディファレンシャルギアによって左車輪と右車輪の回転数差を調整することによって代替操舵補助を行うようにしている。このため、電動パワーステアリング装置に異常が発生した場合においても、運転者の操舵感に違和感を与えることなく操舵補助を継続させることができる。
【0023】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0024】
図1は、本発明に係る電動パワーステアリング装置の構成例を図5に対応させて示す図であり、同一部材には同一符号を付して説明を省略する。なお、車両は前方より視た構造となっており、前輪50R、50Lと駆動輪の後輪51R、51Lとが視野的に重なった状態で表示している。
【0025】
電動パワーステアリング装置コントロールユニット10は、操舵トルクTと車速Vとに基づいて操舵補助指令値Iの演算を行い、演算された操舵補助指令値Iに基づいてモータ120に供給する電流を制御すると共に、CAN(Controller
Area Network)バス55でディファレンシャルギアコントロールユニット30に接続されている。
【0026】
本発明に係る車両は駆動輪の左右の車輪51R及び51Lの間にディファレンシャルギア40を備えており、ディファレンシャルギア40を制御するためのディファレンシャルギアコントロールユニット30を具備している。駆動輪は、前輪又は後輪のいずれか一方であり、4輪駆動車の場合は前輪及び後輪の両方の車輪になる。本例では、後輪51R及び51Lが駆動輪になっているとして説明する。そして、左車輪回転数Lrを検出する左車輪回転数センサ52と、右車輪回転数Rrを検出する右車輪回転数センサ53とを具備し、エンジン回転数Rsを検出するエンジン回転数センサ54を具備している。左車輪回転数Lr、右車輪回転数Rr、エンジン回転数Rs及び車速Vはディファレンシャルギアコントロールユニット30に入力され、ディファレンシャルギアコントロールユニット30は電動パワーステアリング装置コントロールユニット10とCANバス55で通信可能に接続されている。なお、車速VはCANから与えられても良い。
【0027】
ディファレンシャルギアコントロールユニット30は、操舵トルクT、左車輪回転数Lr、右車輪回転数Rr、エンジン回転数Rs、車速V及び舵角センサ(図示せず)からの舵角信号Ssの車両状態に基づいてディファレンシャルギア40を制御するためのギア制御電圧Vdを演算し、求めたギア制御電圧Vdをディファレンシャルギア40に入力する。ディファレンシャルギア40は入力されたギア制御電圧Vdに基づいて、左車輪51Lと右車輪51Rの回転数差を調整する。
【0028】
ディファレンシャルギア40は、車両が旋回している際に旋回内輪側の駆動輪をスリップさせずに回転させるために左右の車輪51L、51Rの回転数差を調整すると共に、電動パワーステアリング装置に異常が発生して操舵補助の継続ができないときに、代替操舵補助を行うためにも左右の車輪51L、51Rの回転数差を調整する。ディファレンシャルギアコントロールユニット30は、車両旋回時のスリップ防止と代替操舵補助を行う際にディファレンシャルギア40を制御する。
【0029】
電動パワーステアリング装置コントロールユニット10とディファレンシャルギアコントロールユニット30の間はCANバス55で接続されており、例えば電動パワーステアリング装置に異常が発生し、電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続ができない場合に、ディファレンシャルギア40による代替操舵補助に切り替えるための切り替え信号等がCANバス55を介して送信される。
【0030】
次に、電動パワーステアリング装置コントロールユニット10の構成例を図2に示して説明する。
【0031】
電動パワーステアリング装置コントロールユニット10は、車速Vと操舵トルクTに基づいて操舵補助指令値Iを演算し、補償等を施した電流指令値Eをモータ駆動回路12に入力すると共に、全体の制御を実行するCPU11と、モータ120に流れる各相電流ipを検出するモータ相電流検出回路13と、各相電流の総和itを検出するモータ全電流検出回路14とを具備している。モータ駆動回路12にはバッテリ113から電源リレー111を経て電力が供給され、電源リレー111はCPU11からの切り替え信号SW1によってON/OFFされる。また、モータ駆動回路12からモータ120には、モータリレー15A及び15Bを経てモータ電流が供給され、モータリレー15A及び15BはCPU11からの切り替え信号SW2によってON/OFFされる。更に、CPU11、モータ相電流検出回路13、モータ全電流検出回路14、トルクセンサ110の異常を検出するための異常検出部16と、異常検出部16で異常が検出された場合、異常検出部16から異常部位及び異常の程度を示す異常検出信号ADが出力され、異常検出信号ADに基づいて電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続が可能であるか否かを判定する操舵補助切替判定部17とが設けられている。なお、異常検出部16で検出される異常は、上記のものの他に、車速センサ112、CAN信号、バッテリ113の電圧、モータ駆動回路12、温度センサ、過熱保護手段等の異常を検出するようにしても良い。
【0032】
操舵補助切替判定部17によって電動パワーステアリング装置による操舵補助が不可能であると判定されると、ディファレンシャルギア40による代替操舵補助を行うように、代替操舵補助に切り替えるための切り替え信号SW3がCPU11に入力されると共に、CAN処理回路55A及びCANバス55を介してディファレンシャルギアコントロールユニット30に送信される。
【0033】
また、操舵補助切替判定部17の判定状態は切り替え信号SW3として操舵補助条件設定部18及び車両安全確保条件確定部19に入力されており、操舵補助切替判定部17が電動パワーステアリング装置による操舵補助が不可能ではない、つまり操舵補助継続と判定した場合、操舵補助条件設定部18は異常検出部16で検出された異常に応じた一定の条件を設定し、この一定条件をCPU11に入力して操舵補助の継続を行うようにする。
【0034】
上記一定の条件は、異常検出部16で検出される異常に応じて以下のように操舵補助を行う際に課される条件である。異常検出部16で検出される異常が、車速センサ112の異常やCAN信号の異常のように、軽度な故障である場合は、操舵補助の制限を緩くする。例えば、異常を検出してから操舵補助の制限をするまでの時間を長くとる、或いは操舵補助量を制限する際の操舵補助量の上限値を大きくとる等である。異常検出部16で検出される異常が、トルクセンサ110の異常やバッテリ113の電圧の異常のように、中程度の異常の場合は、操舵補助の制限を中程度にする。例えば、異常を検出してから操舵補助の制限をするまでの時間を中程度にとる、或いは操舵補助量を制限する際の操舵補助量の上限値を中程度にする等である。異常検出部16で検出される異常が、モータ駆動回路12の異常やCPU11の異常のように、高度の異常の場合は、操舵補助の制限を厳しくする。例えば、異常を検出してから操舵補助の制限をするまでの時間を短時間にする、或いは操舵補助量を制限する際の操舵補助量の上限値を小さくする等である。
【0035】
また、異常検出部16で異常が検出された後、代替操舵補助が行われている場合及び一定条件下での操舵補助が行われている場合、所定時間後に異常検出部16に異常が検出されているか否かによって、操舵補助切替判定部17は電動パワーステアリング装置が正常に復帰したかどうかの判定を行う。電動パワーステアリング装置が正常に復帰したと判定された場合は、電動パワーステアリング装置による通常制御が復帰する。一方、電動パワーステアリング装置が正常に復帰していないと判定された場合、車両安全確保条件確定部19によって車両の安全を確保するための条件の確定を行う。車両の安全を確保するための条件には、例えば、車速Vが十分に低速であると判断できる所定値以下の数値となる、或いは操舵トルクTがニュートラルとなる、或いはバッテリ113のバッテリ電圧検出信号が所定の正常範囲内にあると認識される、或いはCAN信号により受信したエンジン信号が停止する等の条件がある。確定ができた場合はCPU11を介して操舵補助及び代替操舵補助を停止する。
【0036】
なお、図2に示される実施形態では、操舵補助条件設定部18及び車両安全条件確定部19をCPU11の外部に設けているが、CPU11内に備える構成にしても良い。
【0037】
次に、ディファレンシャルギアコントロールユニット30の構成例を図3に示して説明するが、本例の車両は上方より視た平面構造となっており、前輪の左右車輪50R、50Lの間に電動パワーステアリング装置が装填され、駆動輪となる後輪の左右車輪51R、51Lの間にディファレンシャルギア40が装填されている。
【0038】
ディファレンシャルギアコントロールユニット30は、代替操舵補助を行うためのCPU31を具備している。CPU31は、少なくとも差動制限トルク演算部311、代替操舵補助必要分演算部312、加算部313、制限量設定部314及び左右配分設定部315の機能を有している。また、ディファレンシャルギアコントロールユニット30内の回転数差算出部32には、左車輪回転数センサ52で検出された左車輪回転数Lrと、右車輪回転数センサ53で検出された右車輪回転数Rrとが入力され、回転数差Rdが算出される。CPU31には、回転数差Rd、車速V、エンジン回転数センサ54で検出されるエンジン回転数Rs、CANバス55及びCAN処理回路55Aを介して送信される操舵トルクT、舵角センサで検出される舵角信号Ssが入力される。
【0039】
CPU31内の差動制限トルク演算部311は、操舵トルクT及び回転数差Rdに基づいて差動制限トルクTdlを演算する。差動制限トルクTdlは、車両の旋回時に旋回内輪側の駆動輪をスリップさせずに回転させるために、左右の車輪51L、51Rの回転数差を調整するために必要なトルクである。代替操舵補助必要分演算部312では、代替操舵補助を行うのに必要な代替操舵補助トルクStを、車速V、操舵トルクT、舵角信号Ssに基づいて演算する。差動制限トルクTdlと代替操舵補助トルクStは加算部313で加算され、制御量設定部314に入力される。制御量設定部314は入力された加算値に基づいて必要な制御トルクCtを演算し、左右配分設定部315は制御トルクCtに基づいて左右の伝達容量可変クラッチ(アクチュエータ)41L及び41Rに印加するギア制御電圧VdL及びVdRを計算し、駆動回路33に駆動信号Dsを入力する。
【0040】
駆動回路33は、駆動信号Dsに基づいて左右の伝達容量可変クラッチ41L及び41Rにギア制御電圧VdL及びVdRを印加する。通常、駆動回路33は、CPU31から送信される駆動信号Dsが微弱であるため、ロジック回路を具備している。伝達容量可変クラッチ41L及び41Rは、油圧発生装置42L及び42Rによって常に一定の圧力が加えられており、その出力CoR及びCoLをディファレンシャルギア40に配分する。
【0041】
なお、ディファレンシャルギア40による代替操舵補助を行う前に、デイファレンシャルギアコントロールユニット30内に設けられたディファレンシャルギア正常判定部34は、ディファレンシャルギア40が正常であるか否かの判定を行う。ディファレンシャルギア40が正常であると判定された場合はディファレンシャルギア40による代替操舵補助を行うようにし、ディファレンシャルギアが正常でないと判定された場合は代替操舵補助を行わず、CANバス55を介して電動パワーステアリング装置コントロールユニット10に操舵補助停止信号を送信し、電動パワーステアリング装置による操舵補助を停止する。
【0042】
このような構成の電動パワーステアリング装置において、異常が発生したときの対処の動作例を図4に示すフローチャートに沿って説明する。
【0043】
電動パワーステアリング装置は、常時異常検出部16によって異常が発生しているか否かについて監視されており(ステップS1)、異常検出部16によって電動パワーステアリング装置に異常が検出されていない場合、電動パワーステアリング装置による通常制御が継続される(ステップS2)。
【0044】
一方、上記ステップS1において異常検出部16によって電動パワーステアリング装置の異常が検出された場合、操舵補助切替判定部17によって電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続ができるか否かの判定を行い(ステップS3)、電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続が可能な場合、操舵補助条件設定部18は異常検出部16で検出された異常に応じて一定の条件を設定し、この一定条件下で電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続を行う(ステップS4)。そして、所定時間後に異常検出部16に異常が検出されているか否かによって、操舵補助切替判定部17は電動パワーステアリング装置が正常に復帰したかどうかの判定を行う(ステップS5)。
【0045】
ステップS5において電動パワーステアリング装置が正常に復帰したと判定された場合、ステップS2に進み電動パワーステアリング装置による通常制御が復帰する。一方、上記ステップS5において電動パワーステアリング装置が正常に復帰していないと判定された場合、車両安全確保条件確定部19は車両の安全を確保するための条件を設定し、車両安全確保条件が確定できたか否かの判定を行う(ステップS6)。そして、車両の安全確保条件が確定したと判定された場合は、電動パワーステアリング装置による操舵補助を停止し(ステップS7)、車両の安全確保条件が確定していないと判定された場合は上記ステップS4に戻り、一定条件下での電動パワーステアリング装置による操舵補助が継続される。
【0046】
上記ステップS3において電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続が不可能であると判定された場合、先ずディファレンシャルギア正常判定部34によってディファレンシャルギア40が正常であるか否かの判定を行い(ステップS8)、ディファレンシャルギア40が正常であると判定された場合、ディファレンシャルギア40による代替操舵補助を実施し(ステップS9)、所定時間後に異常検出部16に異常が検出されているか否かによって、操舵補助切替判定部17によって電動パワーステアリング装置が正常に復帰したかどうかの判定を行い(ステップS10)、電動パワーステアリング装置が正常に復帰したと判定された場合は、ステップS2に進み、電動パワーステアリング装置による通常制御が復帰する。
【0047】
一方、上記ステップS10において電動パワーステアリング装置が正常に復帰していないと判定された場合、車両安全確保条件確定部19によって車両の安全を確保するための条件が確定したかどうかの判定を行い(ステップS11)、車両の安全確保条件が確定したと判定された場合は代替操舵補助を停止し(ステップS12)、車両の安全確保条件が確定していないと判定された場合は上記ステップS9に戻り、ディファレンシャルギア40による代替操舵補助を継続する。
【0048】
上記ステップS8においてディファレンシャルギア正常判定部34によってディファレンシャルギア40が正常でないと判定された場合、電動パワーステアリング装置による操舵補助を停止する(ステップS13)。
【0049】
上記実施形態は、電動パワーステアリング装置に異常が発生した場合にディファレンシャルギアによる代替操舵補助を行うものであるが、ディファレンシャルギアによる代替操舵補助をステアバイワイヤ形式の電動パワーステアリング装置に異常が発生した場合に行うようにしても良い。なお、ステアバイワイヤ形式の電動パワーステアリング装置は、ハンドルから転舵輪までを機械的に連結しないで、ハンドルの操舵角を電気的に検出し、この検出信号に基づきコントロールユニットが転舵輪の転舵角を算出し、ハンドルとは機械的に独立したアクチュエータを駆動制御して、転舵輪を転舵駆動するものである。
【0050】
以上、本発明の実施形態について具体的に説明してきたが、本発明はこれに限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵トルク及び車速に基づいて操舵補助指令値を演算し、前記操舵補助指令値に基づいてステアリング機構に操舵補助力を付与するモータを制御するようになっているコントロールユニットを具備した電動パワーステアリング装置において、
左右の車輪の回転数差を調整するためのディファレンシャルギアと、前記ディファレンシャルギアを制御するためのディファレンシャルギアコントロールユニットとを具備し、
前記コントロールユニットは、
前記電動パワーステアリング装置の異常を検出する異常検出部と、
前記異常検出部で異常が検出された場合に、前記電動パワーステアリング装置による操舵補助の継続が可能であるか否かの第1判定を行う操舵補助切替判定部とを具備し、
前記第1判定によって前記操舵補助の継続が不可能であると判定された場合に、前記ディファレンシャルギアが車両状態に基づいて代替操舵補助を行うことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記ディファレンシャルギアコントロールユニットは、前記ディファレンシャルギアが正常であるか否かの判定を行うディファレンシャルギア正常判定部を具備し、
前記ディファレンシャルギア正常判定部によって前記ディファレンシャルギアが正常であると判定された場合に、前記代替操舵補助を行う請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記ディファレンシャルギア正常判定部によって前記ディファレンシャルギアが正常でないと判定された場合に、前記代替操舵補助を行わず、前記操舵補助を停止させる請求項2に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記操舵補助切替判定部は、前記代替操舵補助が行われた後、所定時間後に前記電動パワーステアリング装置が正常に復帰したか否かの判定を行い、前記判定によって前記電動パワーステアリング装置が正常に復帰したと判定された場合は、前記操舵補助を復帰させる請求項2に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記コントロールユニットは車両安全確保条件確定部を具備し、
前記操舵補助切替判定部が行う前記判定によって前記電動パワーステアリング装置が正常に復帰していないと判定された場合は、前記車両安全確保条件確定部は車両の安全を確保するための条件の確定を行い、確定ができた場合は前記代替操舵補助を停止し、確定ができなかった場合は前記代替操舵補助を継続する請求項4に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
前記車両状態が、前記車速、前記操舵トルク及び舵角信号である請求項1乃至5のいずれかに記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項7】
前記電動パワーステアリング装置は、ハンドルから転舵輪までを機械的に非連結にして、前記ハンドルの操舵角に従ってコントロールユニットが転舵用アクチュエータを制御し、その駆動力により前記転舵輪を転舵するステアバイワイヤ形式の電動パワーステアリング装置であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−6595(P2013−6595A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−168041(P2012−168041)
【出願日】平成24年7月30日(2012.7.30)
【分割の表示】特願2008−9064(P2008−9064)の分割
【原出願日】平成20年1月18日(2008.1.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】