説明

電子放出装置および電子放出方法

【課題】新規な電子放出装置を提供することを目的とする。
【解決手段】電子放出装置は、エミッタ3と、前記エミッタ3との間に電圧が印加される引き出し電極4と、前記エミッタ3の先端にレーザー光を照射するレーザー照射装置を有する。ここで、エミッタ3は、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなることが好ましい。また、エミッタ3の先端直径は1〜400nmの範囲内にあることが好ましい。また、エミッタ3の先端と引き出し電極4の距離は10nm〜5mmの範囲内にあることが好ましい。また、印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にあることが好ましい。また、パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にあることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な電子放出装置に関する。
また、本発明は、前記電子放出装置を用いる新規な電子放出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の超微細加工技術の進歩は著しいものであり、未踏の技術が次々と実現されている。超微細加工とはμm以下の寸法を加工する技術の総称であり、原子サイズの加工の実現及び活用を目標としている(非特許文献1参照)。実際、超微細加工の技術は高精細、巨大表示を可能とするディスプレイの実現やデバイスの高密度化による高機能化・低価格化の実現等に大きく貢献している。中でも集積回路(IC)の高密度化は目覚ましいものであり、加えてICの多品種・少量生産化の傾向も強くなってきている。この傾向によって、IC製造の主流であるフォトリソグラフィ(光露光)が問題視され始めている。この問題は特にMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム)において顕著となっている。
【0003】
MEMSとはフォトリソグラフィによる半導体プロセス技術を利用した小型のデバイスや構造体であり、機械要素部品、センサ、アクチュエータ、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化してある(非特許文献2参照)。MEMSは自動車の加速度センサを始め、各種センサやデジタル・マイクロミラー・デバイス(DMD)、医療分野等にも利用されおり、更なる多分野の応用も期待されている。そのため、前述の多品種・少量生産化も一際目立つものとなっている。
【0004】
IC製造やMEMS作製の主流となっているフォトリソグラフィとは、光を用いたパターン転写技術である。微細なパターンの生成が可能であることに加えて、一括加工であるため機械加工に比べて短時間・低コストで大量生産することも可能であるので、IC製造の主流となっている。
【0005】
しかし、前述の通り多品種なICが求められるようになり、原版製造にかかるコストの増加が大きな負担となっている。そこで、フォトリソグラフィに替わる新たな加工技術が求められるようになった。その一つに電子線リソグラフィがある。
【0006】
電子線リソグラフィとは電子源 (エミッタ)に電圧を印加することによって、電子線を放出させ、放出された電子線によって感光剤を露光させる技術である(非特許文献3参照)。電子線リソグラフィには、原版が不要であるという利点がある。露光に用いる電子線の大きさは約0.2 nmと超微細なのでフォトリソグラフィよりも微細な解像度を得られ、ステージの制御性にも優れている(非特許文献1参照)。
【0007】
しかし、既存の電子線リソグラフィには大きな欠点がある。それは加工時間である(非特許文献3参照)。電子線リソグラフィは電子線が当たった部分のみが感光するため、被加工基板全体を走査する必要がある。そのため、一区画を一度に露光させるフォトリソグラフィに比べて遥かに時間がかかる。
【0008】
この欠点を克服するためにビーム形状や基板のスキャン方式等の改善が行われ実用化されている(非特許文献1参照)。また、新たな方式としてエミッタの並列化が発案されている。これは、複数のエミッタを配置して同時あるいはスイッチングしながら走査・描画を行うものである。また、1本の電子線を複数に分ける手段も考案されている(非特許文献1,3参照)。この方法を用いれば加工時間を大幅に減少させることが可能である。
【0009】
なお、P.Hommelhoffらによって、電子放出装置の研究が報告されている(非特許文献4参照)。彼らはTi:sapphireパルスレーザーをタングステン製エミッタに対して垂直に照射している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】麻蒔立男 超微細加工の基礎第2版 日刊工業新聞社(2001)
【非特許文献2】株式会社セイコーインスツル ウェブサイト http://www.sii.co.jp/
【非特許文献3】横山浩・秋永広幸 電子線リソグラフィ教本 オーム社(2007)
【非特許文献4】P. Hommelhoff, Y. van Sortais, A. Aghajani-Talesh, and M. A. Kasevich, “Field Emission Tip as a Nanometer Source of Free Electron Femtosecond Pulses”, Physical review letters, 96, 077401 (2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、電子線リソグラフィがフォトリソグラフィに比べて遥かに時間がかかる欠点を克服するために、新たな方式としてエミッタの並列化が発案されている。しかし、エミッタの並列化には課題が残されている。エミッタに印加する電圧が非常に高いため、絶縁性の確保や配線の関係上、個々のエミッタへの電圧印加を制御するスイッチングデバイスの小型化が難しくなり、エミッタの配列間隔を狭めることに限度が生じる。その結果高密度なエミッタの配列が困難となる。
【0012】
また上述したように、P.Hommelhoffらによって、電子放出装置の研究が報告されている。彼らはTi:sapphireパルスレーザーをタングステン製エミッタに対して垂直に照射している。フェムト秒パルスレーザーという大型のレーザーをエミッタに照射することにより、エミッタ先端に電場を誘起させることで、印加電圧を下げることに成功している。しかし、P.Hommelhoffらが用いた方式では、ピーク強度が30 GW/cm2と極めて高出力であるフェムト秒パルスレーザーが必要であるという問題点がある。
【0013】
そのため、このような課題を解決する、新規な電子放出装置および電子放出方法の開発が望まれている。
【0014】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、新規な電子放出装置を提供することを目的とする。
また、本発明は、前記電子放出装置を用いる新規な電子放出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決し、本発明の目的を達成するため、本発明の電子放出装置は、エミッタと、前記エミッタとの間に電圧が印加される引き出し電極と、前記エミッタの先端にレーザー光を照射するレーザー照射装置を有することを特徴とする。
【0016】
ここで、限定されるわけではないが、エミッタは、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなることが好ましい。また、限定されるわけではないが、エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にあることが好ましい。また、限定されるわけではないが、エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にあることが好ましい。また、限定されるわけではないが、印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にあることが好ましい。また、限定されるわけではないが、パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にあることが好ましい。
【0017】
本発明の電子放出方法は、減圧下、エミッタと引き出し電極の間に電圧を印加し、レーザー光を前記エミッタの先端に照射することを特徴とする。
【0018】
ここで、限定されるわけではないが、エミッタは、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなることが好ましい。また、限定されるわけではないが、エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にあることが好ましい。また、限定されるわけではないが、エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にあることが好ましい。また、限定されるわけではないが、印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にあることが好ましい。また、限定されるわけではないが、パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にあることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、以下に記載されるような効果を奏する。
【0020】
本発明の電子放出装置は、エミッタと、前記エミッタとの間に電圧が印加される引き出し電極と、前記エミッタの先端にレーザー光を照射するレーザー照射装置を有するので、新規な電子放出装置を提供することができる。
【0021】
本発明の電子放出方法は、減圧下、エミッタと引き出し電極の間に電圧を印加し、レーザー光を前記エミッタの先端に照射するので、新規な電子放出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】電解研磨したタングステン線の電子顕微鏡写真(印加電圧:交流2V)である。
【図2】金スパッタの方向を示す図である。
【図3】図2の方向から金をスパッタ成膜したタングステン線の電子顕微鏡写真である。
【図4】実験装置を示す図である。
【図5】電子線放出の実験結果と近似曲線を示す図であり、(a)I-V特性、(b)F-Nプロットである。
【図6】プラズモン共鳴による電場増強効果を用いた電界放出を示す図である。
【図7】金属エミッタ先端における電子に対するポテンシャル図である。
【図8】プラズモン共鳴を用いた光制御電界放出実験のための実験装置を示す図である。
【図9】偏光方向を表わす角θの定義を示す図である。
【図10】θ=90°(s偏光)の場合の実験値を示す図であり、(a)I-V特性、(b) F-Nプロットである。
【図11】θ=0°(p偏光)の場合の実験値を示す図であり、(a)I-V特性、(b)F-Nプロットである。
【図12】レーザー照射なしの場合の実験値を示す図であり、(a)I-V特性、(b)F-Nプロットである。
【図13】p偏光照射・s偏光照射・レーザーなしの場合のI=V特性の比較を示す図である。
【図14】(a)5pAおよび(b)0.1pAの放出を得るのに必要な印加電圧の比較を示す図である(レーザー出力10mW)。
【図15】印加電圧(a)650Vおよび(b)700Vの場合における入射光出力に対する放出電流の比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、電子放出装置および電子放出方法にかかる発明を実施するための形態について説明する。
【0024】
電子放出装置は、エミッタと、前記エミッタとの間に電圧が印加される引き出し電極と、前記エミッタの先端にレーザー光を照射するレーザー照射装置を有するものである。
電子放出方法は、減圧下、エミッタと引き出し電極の間に電圧を印加し、レーザー光を前記エミッタの先端に照射する方法である。
【0025】
エミッタとしては、先鋭形状の金属単体、または先鋭形状の母材に金属薄膜を形成したものを使用できる。
【0026】
先鋭形状の金属単体としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金などを採用することができる。
【0027】
先鋭形状の母材としては、タングステン、シリコン、酸化シリコン、窒化シリコン、石英ガラス、ニオブ酸リチウム、酸化アルミニウムなどを採用することができる。
【0028】
金属薄膜としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金などを採用することができる。
【0029】
金属薄膜の厚さは10〜400nmの範囲内にあることが好ましい。金属薄膜の厚さがこの範囲内であると、プラズモン共鳴を効率的に励起できるという利点がある。
【0030】
エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にあることが好ましい。エミッタ先端直径が1nm以上であると、先端部に十分な強度を持つプラズモン共鳴を励起できるという利点がある。エミッタ先端直径が400nm以下であると、先端でプラズモン共鳴によって電場を増強できるという利点がある。
【0031】
引き出し電極としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金、シリコン、クロム、ニッケルなどを採用することができる。
【0032】
エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にあることが好ましい。エミッタ先端と引き出し電極の距離が10nm以上であると、引き出し電極への直接トンネリングによる漏れ電流が防止できるという利点がある。エミッタ先端と引き出し電極の距離が5mm以下であると、1kV以下の電圧で電子線放出を行うことができるという利点がある。
【0033】
印加電圧は1mV〜1000Vの範囲内にあることが好ましい。印加電圧が1mV以上であると、エミッタと引き出し電極を10nm程度の距離で配置した時に十分な電界強度が得られるという利点がある。印加電圧が1000V以下であると、安価な電源装置で放出が可能であるという利点がある。
【0034】
真空チャンバー内の真空度は1×10-3Torr以下の範囲内にあることが好ましい。真空度が1×10-3Torr以下であると、電子の平均自由工程が大きくなることにより電子線を放出しやすくなるという利点がある。
【0035】
レーザーの波長は157〜900nmの範囲内にあることが好ましい。レーザーの波長が157nm以上であると、白金の孤立プラズモンを励起できるという利点がある。レーザーの波長が900nm以下であると、金属でもっとも長いプラズモン共鳴波長をもつ金の孤立プラズモンを励起できるという利点がある。
【0036】
レーザーの出力は0.001〜500mWの範囲内にあることが好ましい。レーザーの出力が0.001mW以上であると、十分なプラズモン共鳴を励起できるという利点がある。レーザーの出力が500mW以下であると、レーザー装置がクラス3以下に分類されるという利点がある。
【0037】
パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にあることが好ましい。パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度が1W/cm2以上であると、十分なプラズモン共鳴を励起できるという利点がある。パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度が10GW/cm2以下であると、多光子吸収による電子のエネルギーの変化の影響が小さいまたは無視できるという利点がある。
【0038】
レーザーのスポットサイズは20μm以下の範囲内にあることが好ましい。スポットサイズが20μm以下であると、入射レーザーのエネルギーの多くがプラズモン共鳴励起に寄与するという利点がある。
【0039】
レーザーの偏光方向は0〜90°の範囲内にあることが好ましい。レーザーの偏光方向が0°以上であると、エミッタ根元側からの照射によりプラズモン共鳴を励起できるという利点がある。レーザーの偏光方向が90°以下であると、エミッタ側面からの照射によりエミッタ軸方向にプラズモンを励起できるという利点がある。
【0040】
電子放出装置または電子放出方法の用途としては、電子線リソグラフィ、X線源、テラヘルツ光源、赤外光源などがある。
【0041】
電子放出装置および電子放出方法について、具体的な実験例を説明する。
【0042】
電界放出電子源の作製と評価について説明する。本発明において、非常に重要な要素となるのが電子源(エミッタ)である。電界放出を生じさせるには電極間の電界を大きくする必要がある。そのため、エミッタには先鋭形状の金属が利用される。なぜなら、このような微小突起物の周辺には電場集中が起きるので、平板よりも容易に高電界を生じさせることが出来るためである。針状のエミッタの構造因子はエミッタ先端の曲率半径に依存している。そのため、曲率半径を小さくするほど、並行平板の電極よりも低い印加電圧で引き出し電極間の電界を大きくすることが出来る。
【0043】
更に、トンネル効果はポテンシャル障壁の厚さに依存しており、障壁の最も薄い場所からトンネリングする。電界放出において、障壁の厚さを決めるのは電界であり、高電界であるほど障壁は薄くなる。そのため、エミッタを先鋭化することで電界を高めている場合、電子のトンネリングはエミッタの先端半径領域のみで生じることがわかる。このことから、エミッタの先鋭化は高電界化に加えて電子の放出面積を減少させることにもつながる。放出面積の減少は電子線リソグラフィにおいて描画の解像度向上につながる。そのため、電子源は可能な限り鋭くする必要がある。
【0044】
電子源の作製法について説明する。金属を加工・研磨する方法の一つとして、電解研磨がある[8]。電解研磨は被研磨体を陽極として電解液中で浸漬し電圧を印加する。そして、その際の陽極溶解作用により陽極面を平滑化させる技術であり、この方法には、クリーンな表面に加工可能である、被加工物の変質が生じない、機械加工の難しい形状や大きさの金属も加工可能である、といった特徴がある[9]。そのため、本発明ではエミッタ作製手段として利用した。
【0045】
電解研磨装置では商用交流電源を利用し、印加電圧は東京理工舎製のスライドトランスを用いて調整した。エミッタ母材の材料として直径0.15mmのタングステン線を用意し、電解液には10質量%の水酸化カリウム水溶液を用いた。また、対極としては鉄製ワッシャーを用いた。
【0046】
手順としてはまず、適度な長さに切ったタングステン線をクリップに挟み、溶液界面に固定したワッシャーに通す。つぎにスライドトランスを用いて任意の電圧を印加する。タングステン線から火花が生じ、切断したのを確認したら、素早く電圧の印加を止めて溶液内からタングステン線を引き上げる。最後に研磨したタングステン線を純水に浸して溶液を除去する。図1に、2Vで研磨したタングステン線のSEM画像を示す。
【0047】
プラズモン共鳴用電子源の作製と評価について説明する。プラズモン共鳴を利用するためには、エミッタの共鳴波長と照射光の波長を一致させる必要がある。エミッタの共鳴波長は、エミッタの先端形状や母材・金属薄膜の材質に依存する。本発明では参考文献に加え、共鳴波長が可視光にあるため比較的容易に励起光源が入手可能という点から、金薄膜を成膜した先鋭化タングステン線をエミッタとして使用する[4,5]。
【0048】
上述の方法によって作製した先鋭化タングステン製母材に対して金をスパッタした。スパッタにはサンユー電子社製の装置(SC-701H)を用いた。図2に示す方向からスパッタを行った。スパッタは、母材の先端に向けて一回のみ行った。
【0049】
スパッタしたエミッタのSEM画像を図3に示す。先端直径は200〜300nm程度であった。なお、同様の方法で蒸着したが、先端において蒸着した金が剥離し、タングステンが露出したものについて、この剥離部分から金の膜厚を間接的に測定した。その結果、約50nm程度の金薄膜が付着することが判明した。
【0050】
電界放出の検出実験について説明する。最初に、実験装置について説明する。電界放出の光制御実験を行うにあたって、本発明において使用する実験装置で電界放出が生じることを初めに実証する必要がある。本発明における基礎的実験として、上述した要領で作製した先鋭化タングステン製母材に約50nmの金薄膜をスパッタしたものを用いて電界放出の検出を行った。
【0051】
図4に使用した実験装置を示す。引き出し電極4には表面粗さを考慮して、カバーガラスに金の薄膜をスパッタした対向極板を用意した。
【0052】
Z軸ステージ5によってエミッタ3と対向極板のギャップを調整出来るようにしてある。なお、z軸ステージ5と対向極板の間にガラス板7とフッ素樹脂シート6を挟むことで絶縁性を確保している。電源と放出電流測定には、ADCMT社製微小電流計(8340A)を併用している。この装置は、印加電圧はDC 0VからDC 1000Vまで調整が可能で、検出電流の分解能は10 fAから20 mAまでとなっている。真空チャンバー2は、ベーキングすることによって約2.0×10-6 Torrの真空度まで到達することが出来る。
【0053】
実験方法について説明する。最初に、真空チャンバー内を真空度が約2.0×10-6 Torrになるまで真空引きを行う。つぎに、自動ステージによって、エミッタと対向極板のギャップを小さくする。この際、エミッタが対向極板に接触しないようにCCDで接触しているか否かを確認しながら作業を行う。ギャップは1mmであった。つぎに、印加電圧を任意の範囲において10 V刻みで増加させ、各電圧における電流値を記録していく。なお、電流値は各電圧で15点ずつ取り、それらを平均化したものを検出値として用いる。つぎに、電圧と検出電流を用いてI-V特性を作成する。つぎに、同様にファウラー・ノルドハイムプロット(F-Nプロット)を作成する。
【0054】
実験結果について説明する。電界放出で生じる電流Iは印加電圧Vに対して指数関数的に変動すると考えられる。そのため、以下のように表すことも出来る。
【0055】
【数1】

【0056】
この式より、電界放出の検出実験を行う場合は、検出電流が印加電圧に対して指数関数的に増減するか否かで判断出来ると言える。更に、F-Nプロットで直線になる場合は電界放出によって生じた電流と判断出来るということがわかる。
【0057】
図5に実験から得られたI-V特性とF-Nプロットを示す。図中のI-V特性を見ると電圧の増加に対して電流が指数関数的に増加していることがわかる。また、F-Nプロットを見ると右肩下がりの直線に沿っていることが確認出来る。
【0058】
実験結果における考察について説明する。実験結果において、電流の指数関数的増加とF-Nプロットの線形近似が確認できた。これらのことから、本実験で検出した電流はファウラー・ノルドハイム型のトンネル電流であり、電界放出によって生じたものであると考えられる。
【0059】
プラズモン共鳴を用いた光制御電界放出実験について説明する。ここでは、図6に示すように、レーザー光を用いてプラズモン共鳴を励起して電場増強を発生させ、それによって電界放出を誘起する実験を行う。
【0060】
電界放出には高電界が必要なため、通常は印加電圧を高めたりエミッタと引き出し電極とのギャップを小さくしたりしている。光は電磁波の一種であるため、非常に強い光を照射すると電場の増強が起こり、図7のように印加電圧を高めずにギャップのポテンシャル障壁の厚さを狭くすることが可能となる。このことから、電界放出に必要な印加電圧の閾値を下げることが期待でき、このことはP.Hommelhoffらが確認している[2]。しかし、彼らの研究においては、電場を増強するために使用したレーザーの出力が大きすぎる上にコストも非常に高い、レーザー出力が大きいため電界放出と光電子放出の区別化が難しい、という欠点がある。光電子放出で飛び出した電子は電界放出によるそれに比べて高い準位で出てくるため、電子の持つエネルギーも大きくなる。電子線リソグラフィにおいて、電子線のエネルギーの分布は感光剤における散乱に影響を与えるため、描画解像度の要因ともなっている[1]。そのため、光制御電界放出を電子線リソグラフィに応用するに当たって、上記のように異なるエネルギーを持つ電子が混在するのは望ましくない。
【0061】
一方、プラズモン共鳴には著しく電場を増強するという特徴がある[6,7]。そこで、本発明では容易に入手でき、かつ光電子放出の影響も少ない低出力レーザーにおいても、プラズモン共鳴によって電界放出のアシストが可能であることを確認する。そして、P.Hommelhoffらの研究よりも応用性の高い研究であることを実証する。
【0062】
実験装置について説明する。ここで使用する装置を図8に示す。装置自体は図4と同様の物を使用する。また、エミッタ3の表面には上述した要領で、金を約50nmの厚さでスパッタしてある。励起光には、参考文献等から考慮してYAG(Yttrium Aluminum Garnet)レーザーの第二高調波(532nm)を使用する[6,7]。使用レーザーは連続波で、最大出力が10 mWである(日本レーザー社製SUWTECH LDC-1500)。但し、レーザーの出力はレンズ14手前の平面上において、レーザーパワーメータ(エドモンド社製LaserCheck)を用いて測定しており、以降もこの平面上におけるレーザー出力を実験条件として利用する。レーザーのスポットサイズは、焦点距離25.6mmのレンズ14を通すことによって約17μmまで絞っている。エミッタ先端に対するレーザーの偏光方向は、図9に示すθを用いて定義する。
【0063】
実験方法について説明する。最初に、真空チャンバーが開いている状態において、CCDで確認しながらレーザーの光軸とエミッタ先端を合わせる。光軸を合わせたら真空チャンバーを閉める。つぎに、真空チャンバー内を真空度が約2.0×10-6Torrの状態にする。つぎに、自動ステージによって、エミッタと対向極板のギャップを小さくする。ギャップは1mmであった。つぎに、レーザーの偏光方向θ、及びレーザー出力Pを変化させていき、各条件における放出電流を上述したと同様の手段で記録していく。つぎに、レーザーを照射しない場合の電流値を同様に測定する。つぎに、各条件における電圧と検出電流を用いて、それぞれのI-V特性、F-Nプロットを作成する。
【0064】
実験結果について説明する。まず、実験結果を図10〜11に示す。図10はθ=90°(S偏光)、図11はθ=0°(P偏光)の偏光方向条件で実験を行い、その際に得られた実験結果をI-V特性とF-Nプロットにまとめたものである。また、それぞれの偏光方向においてレーザーの出力条件はP=1mW,5mW,10 mWの三つで実験を行っている。また、図12はレーザーを照射しなかった場合のI-V特性とF-Nプロットである。各図のI-V特性における近似式は上述した式を用いてフィッティングしており、各条件における定数A,Bは表1に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
どの条件のI-V特性においても電流が指数関数的に増加しており、また、F-Nプロットにおいても直線に沿っていることが確認出来る。このことから、全条件での実験において、検出した電流は電界放出によって生じた電流であると言える。
【0067】
つぎに、P=5mW,10mWにおける各偏光方向の近似式とレーザー非照射の近似式の、低い電流値の領域における変動を図13に示す。図13より、同じ印加電圧ではP偏光でレーザーを照射した場合が最も電流値が増加していることがわかる。ついでS偏光、レーザー非照射となっている。P偏光の場合では、S偏光の場合に対して、最大約80%電流値が増加している。
【0068】
更に、P=10mWにおける各偏光方向条件とレーザー非照射のI-V特性における近似式を用いて、5pA, 0.1pAの電流を検出するのに必要な印加電圧をそれぞれ求めた。その結果を図14に示す。図14より、どちらの電流値においてもP偏光でレーザーを入射する条件が最も印加電圧が低く、レーザー非照射の場合に比べて最大約14%減少している。S偏光の条件においても、必要な印加電圧はレーザー非照射の場合に比べて最大約7%減少したことが確認できた。このように、離れた領域においても任意の電流値に要する印加電圧の減少が等しく確認できた。従って、この実験結果におけるどの放出電流領域においても、レーザーを照射することによって印加電圧の減少が生じると考えられる。
【0069】
最後に、印加電圧が650V,700Vの際の放出電流−レーザー出力特性を図15に示す。図より、P偏光、S偏光共にレーザー出力に対する電流増加は1mW当たりで飽和していることがわかる。この値は多光子吸収や熱電子放出に必要な値に比べて著しく小さい[3]。
【0070】
以上の結果から、この実験で得られた電流に関して以下の点が言える。
(1)レーザーを照射することによって、電界放出電流の値が増加する。
(2)レーザーの偏光方向に依存性がある。
(3)値の違いはあるが、レーザーの照射によって印加電圧の閾値が減少する。
(4)レーザーの出力に対して電流の増加が1mW程度で飽和する。
【0071】
実験結果について考察する。最初に、実験値のレーザー出力に対する依存性について説明する。実験結果より、レーザーの出力に対する実験値の増加が1mW以降は無くなることがわかった。しかし、レーザーの照射によって、電流が増加していることからレーザーからエミッタに対して何らかの影響があったことが想像出来る。
【0072】
もし、この影響が光電子放出によるものならば、P.Hommelhoffらの研究成果より、レーザーの出力に対して線形に電流値が増加することが考えられる[2]。しかし、図15に示すようにレーザー出力に対する電流の線形性は見受けられていない。
【0073】
また、もしレーザーの出力がエミッタに当たった際に熱として変換され、その熱によって電子が放出したとするならば、この現象は熱電子放出のSchottky効果によるものと考えることが出来る[3]。しかし、熱電子放出もレーザーの出力即ちエネルギーに対して依存性がある。従って、図15より熱電子放出も要因とは考えられない。
以上のことから、光電子放出でも熱電子放出でも無く、電界放出のみによって電流値が増加したと言える。
【0074】
実験値とレーザーの偏光方向との依存性について説明する。実験値とレーザーの偏光方向には依存性があることがわかった。そのため、本実験ではプラズモン共鳴、あるいは光電子放出によってエミッタが励起され、それによって電流が増加したことが推定される[2,10]。しかし、光電子放出が要因では無いことは上述したように確認している。
以上のことから、本実験における検出電流の増加はプラズモン共鳴による電場増強によるものであると考えられる。
【0075】
先行研究との比較結果を説明する。本実験において確認した閾値の減少度は先行研究[2]に対して大きく下回っていた。しかし、先行研究に比べて以下の利点が挙げられる。
(1)P.Hommelhoffらが用いたフェムト秒パルスレーザーのピーク強度が30GW/cm2であるの対して、本発明で使用したYAG連続波レーザーの第二高調波の強度は4.4KW/cm2と極めて低出力であり、このことも利点として挙げられる。なお、本発明で使用したYAG連続波レーザーの第二高調波の強度は、つぎのように算出した。すなわち、レーザー出力10mWで、ビームスポットを直径17μmの円形とし、円状の断面内で強度が一様に分布していると仮定して算出した。
(2)光電子放出や熱電子放出といった電界放出以外の要因を排除して考察することができた。そのため、本実験における閾値の減少は純粋にプラズモン共鳴によるものである。
【0076】
以上のことから、本実験の結論をまとめると以下の点が挙げられる。
(1)本実験で得られた電流増加現象は、プラズモン共鳴による電場増強アシストを受けた電界放出によって生じたものである。
(2)プラズモン共鳴を電界放出のアシストに利用することによって、印加電圧の閾値を最大14 %減少させることが可能である。
【0077】
なお、本発明は上述の発明を実施するための形態に限らず本発明の要旨を逸脱することなくその他種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【0078】
[参考文献]
[1]横山浩・秋永広幸 電子線リソグラフィ教本 オーム社 (2007)
[2]P. Hommelhoff, Y. van Sortais, A. Aghajani-Talesh, and M. A. Kasevich, “Field Emission Tip as a Nanometer Source of Free Electron Femtosecond Pulses”, Physical review letters, 96, 077401 (2006).
[3]宮入圭一・橋本佳男 やさしい電子物性 森北出版株式会社 (2006)
[4]伊達宗行・福山秀敏・山田耕作・安藤恒也 大学院物理物性1 講談社サイエンティフィク (1996)
[5]電気学会 プラズマ工学 オーム社 (1997)
[6]岡本隆之 光学,33,152 (2004)
[7]Y. C. Martin, H. F. Hamann, and H. Kumar Wickramasinghe, “Strength of the electric field in apertureless near-field optical microscopy”, J. Appl. Phys, 89, 10, 15 (2001)
[8]株式会社中野科学 ウェブサイト http://www.nakano-acl.co.jp/index.html
[9]株式会社ケーエムエム ウェブサイト http://www.denkai-kenma.com/company.html
[10]S. Tsujino, P. Beaud, E. Krik, T. Vogel, H. Sehr, J. Gobrecht, and A. Wrulich, “Ultrafast electron emission from metallic nanotip arrays induced by near infrared femtosecond laser pulses”, Appl. Phys. Lett. 92, 193501 (2008).
【符号の説明】
【0079】
1‥‥CCDカメラ、2‥‥真空チャンバー、3‥‥エミッタ、4‥‥引き出し電極、5‥‥Z軸ステージ、6‥‥フッ素樹脂シート、7‥‥ガラス板、8‥‥コネクタ、9‥‥電流電圧変換、10‥‥ディスプレイ、12‥‥プランズモン共鳴、13‥‥レーザー、14‥‥レンズ、15‥‥電子線、16‥‥バビネ−ソレイユ補償子、17‥‥偏光子、18‥‥偏光方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッタと、
前記エミッタとの間に電圧が印加される引き出し電極と、
前記エミッタの先端にレーザー光を照射するレーザー照射装置を有する
電子放出装置。
【請求項2】
エミッタは、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなる
請求項1記載の電子放出装置。
【請求項3】
エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にある
請求項1記載の電子放出装置。
【請求項4】
エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にある
請求項1記載の電子放出装置。
【請求項5】
印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にある
請求項1記載の電子放出装置。
【請求項6】
パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にある
請求項1記載の電子放出装置。
【請求項7】
エミッタは、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなり、
エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にあり、
エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にあり、
印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にあり、
パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にある
請求項1記載の電子放出装置。
【請求項8】
減圧下、
エミッタと引き出し電極の間に電圧を印加し、
レーザー光を前記エミッタの先端に照射する
電子放出方法。
【請求項9】
エミッタは、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなる
請求項8記載の電子放出方法。
【請求項10】
エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にある
請求項8記載の電子放出方法。
【請求項11】
エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にある
請求項8記載の電子放出方法。
【請求項12】
印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にある
請求項8記載の電子放出方法。
【請求項13】
パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にある
請求項8記載の電子放出方法。
【請求項14】
エミッタは、金、銀、銅、アルミニウムまたは白金からなり、
エミッタ先端直径は1〜400nmの範囲内にあり、
エミッタ先端と引き出し電極の距離は10nm〜5mmの範囲内にあり、
印加される電圧は1mV〜1000Vの範囲内にあり、
パルスレーザーの強度尖頭値、または連続波レーザーの強度は1W/cm2〜10GW/cm2の範囲内にある
請求項8記載の電子放出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−257898(P2010−257898A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109717(P2009−109717)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】