説明

電気化学素子および電気化学素子を用いた相補型回路

【課題】従来の電気化学素子とは逆極性でオンオフ動作を行うイオン移動型電気化学素子を提供する。この素子を従来型の電気化学素子とを組合せれば、低消費電力の相補型回路を構成できる。
【解決手段】イオン拡散材料として使用する酸化タンタルを挟んで一方にゲート電極を配置し、もう一方に絶縁物材料によって隔てられたソース電極とドレイン電極を配置する。このとき、ソース・ドレイン電極間の電気的接続を実現するゲート電圧(オン電圧)がオフ状態を実現するゲート電圧(オフ電圧)よりも低い電気化学素子が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲート電圧を用いてソース・ドレイン電極間の電気的導通を制御することでオンオフ動作する電気化学素子とそれを利用した相補型回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ゲート電圧によってイオンの移動を制御してオンオフ動作する3端子素子と言えば、ゲート電圧に正の電圧を印加した場合にオン状態となる素子が知られている。この種の電気化学素子は、例えば、特許文献1に詳しく述べられている。このような素子では、正のゲート電圧を印加することによって金属陽イオン(カチオン)をソース・ドレイン電極側に移動させることで、ソース・ドレイン電極間の電気的接続をはかっていた。また、別の例として非特許文献1を挙げることができる。この例でも、正のゲート電圧を印加することによりゲート電極から銅イオンをソース・ドレイン電極側に供給することでオン状態を実現している。これら従来例では、いずれもオン状態を実現するゲート電圧の領域(オン側電圧領域)がオフ状態を実現するゲート電圧の領域(オフ側電圧領域)よりも高い側、つまり正電圧側となっている。
【0003】
なお、オン状態とオフ状態との間の切替にヒステリシス性がある場合には、オンからオフへ切り替わる電圧とその逆に切り替わる電圧は異なるから、これら2つの電圧領域は一部重複する。しかし、従来の電気化学素子では、ゲート電圧を十分高くすることで必ずオン状態が実現され、逆に十分低いゲート電圧により必ずオフ状態が実現されるから、これら2つの電圧領域は一部重なっていても全体としてみるとオン側電圧領域がオフ側電圧領域よりも正電圧側になっている。両電圧領域が逆の関係にある電気化学素子を作製することができれば、このような素子についても同様のことが言える。以下でオン電圧領域とオフ電圧領域の高低を比較する場合には、ここで説明した意味での比較を行うものとする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上に説明したようなイオンの移動を利用した従来の3端子素子では、正のゲート電圧を印加することでオン状態を実現していた。一方、現在幅広く用いられている半導体電界効果型トランジスタ(MOSFET)では、電子の移動を制御することで正のゲート電圧を印加した際にオン状態となるn型MOSFETと、正孔の移動を制御することで負のゲート電圧を印加した際にオン状態となるp型MOSFETとがある。そして、これらを組み合わせた相補型回路(CMOS)によって低消費電力で動作するロジック演算回路が構成されている。すなわち、現在のコンピューターは相補型動作(同一のゲート電圧を印加すると、一方の素子がオン状態となり、もう一方の素子がオフ状態となる)をするCMOSによって構成されている。
【0005】
イオンの移動を制御して動作する電気化学素子はMOSFETよりも微細化が可能であり、かつ、低消費電力で動作するなどの特徴があり、ポストシリコンデバイスとして期待されている。しかしながら、上に述べたp型MOSFETに相当する動作モードを有する素子がないために相補型動作が実現できず、従って、従来はメモリなどの限られた用途にしか使うことができないという問題があった。本発明の課題は、相補型動作を実現するために必要な逆極性の素子、すなわちオン状態をもたらすゲート電圧領域がオフ状態をもたらすゲート電圧領域よりも低い側、すなわち負側にあるイオン移動制御型電気化学素子、及びそれを用いた相補型回路を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面によれば、以下の(a)から(c)を設け、ゲート電圧がイオン拡散材料中のイオン拡散をゲート電圧によって制御する、ソース電極とドレイン電極との間が電気的に接続されている状態をもたらすゲート電圧の領域が電気的に接続されていない状態をもたらすゲート電圧の領域に対して負側である電気化学素子が与えられる。
(a)拡散性を有する陰イオンの濃度上昇または拡散性を有する陽イオンの濃度低下で電気伝導性が増大するイオン拡散材料。
(b)前記イオン拡散材料の第1の面に設けられたゲート電極。
(c)前記イオン拡散材料の第2の面に設けられ、絶縁物によって離間されたソース電極及びドレイン電極。
ここにおいて、前記イオン拡散材料が酸化物であり、前記ゲート電圧により酸素イオンの移動を制御してよい。
また、前記酸化物が、シリコン酸化物、チタン酸化物、タンタル酸化物、タングステン酸化物、ニッケル酸化物、窒素酸化物、ランタン酸化物及びコバルト酸化物からなる群から選択された物質または前記群から選択された複数の物質の混合物であってよい。
また、前記イオン拡散材料が高分子固体電解質であってよい。
また、前記高分子固体電解質が、ポリエチレンオキシド、ポリメトキシエトキシエトキシドホスファゼン、メチルシロキサン-エチレンオキシド共重合体及びポリメタクリル酸オリゴエチレンオキシドからなる群から選択された物質または前記群から選択された複数の物質の混合物であってよい。
また、前記イオン拡散材料がカチオン伝導体であってよい。
また、前記カチオン伝導体が、リチウム化合物、銀化合物、銅化合物、コバルト化合物及びランタン化合物からなる群から選択された物質または前記群から選択された複数の物質の混合物であってよい。
また、前記イオン拡散材料が硫化銅またはセレン化銅であってよい。
本発明の他の側面によれば、以下の(a)及び(b)を設けた相補型回路が与えられる。
(a)請求項1から8の何れかに記載の電気化学素子である第1の電気化学素子。
(b)ゲート電極、ソース電極及びドレイン電極を有する第2の電気化学素子。前記第2の電気化学素子の前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の電気的接続が、前記第2の電気化学素子の前記ゲート電極の電圧が第1の電圧領域にあるときオン状態となり、前記第1の電圧領域よりも負電圧側の第2の電圧領域にあるときオフ状態となる。
(c)前記第1の電気化学素子の前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の第1の電気接続経路と前記第2の電気化学素子の前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の第2の電気接続経路とを直列接続する手段。
(d)前記第1の電気化学素子の前記ゲート電極と前記第2の電気化学素子の前記ゲート電極とに入力信号を並列に与える手段。
【発明の効果】
【0007】
本発明を用いれば、低消費電力で動作するイオン移動型の電気化学素子を用いた相補型回路の構築が可能となる。このようにして構築された相補的回路は、個々の電気化学素子自体、半導体トランジスタよりも低消費電力であることから、従来の半導体トランジスタによる相補型回路よりも低消費電力となる。これにより、電気化学素子を用いた実用的なロジック回路の構築が可能となる。また、本発明の電気化学素子は必要に応じて不揮発性の動作を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の電気化学素子の構造を例示する模式図。
【図2】本発明の第1の実施例の電気化学素子の模式図とその動作を示す図。
【図3】本発明の第2の実施例の電気化学素子の構造を示す模式図。
【図4】本発明の第2の実施例の電気化学素子の動作を示す図。
【図5】本発明の第3の実施例の電気化学素子におけるイオン拡散材料として使用される酸化タンタルの膜厚と動作電圧領域との関係を示す図。
【図6】揮発性動作をする本発明の第4の実施例の電気化学素子の動作を示す図。
【図7】本発明の電気化学素子を使用して構成した本発明の第5の実施例である相補型回路の動作を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の一実施例では、イオン拡散材料を挟んで一方にゲート電極を配置し、もう一方には絶縁物材料を介して互いに絶縁されたソース電極とドレイン電極を配置することでイオン移動制御型の3端子構造電気化学素子を形成する。図1にその模式図を例示する。なお、図1に示す例では、イオン拡散材料として酸化タンタル(Ta)を、ゲート電極、ドレイン電極およびソース電極材料として白金(Pt)を用いている。また、ソース電極とドレイン電極との間を絶縁する材料として酸化シリコン(SiO)を用いている。
【0010】
ゲート電極に負の電圧を印加すると、酸化タンタル中の酸素イオンがソース・ドレイン電極に向かって拡散する(図1(a))。この結果、ソース・ドレイン電極近傍では酸素イオンの濃度が上昇する(図1(b))。従って、ゲート電圧がある一定の値に達することでソース・ドレイン電極近傍における酸化タンタルの伝導度が十分上昇して、ソース・ドレイン電極間が電気的に接続される(図1(c))。MOSFETでは、電子やホールが電流の担い手となっているが、電気化学素子ではカチオンや酸素イオンの存在によって、それらが存在する領域の電子伝導性が高まる。カチオン(金属)があれば、その金属を通して電流が流れるのが、酸素イオンの増加によっても電子伝導度が上昇する。本願発明者の研究の結果、酸素イオン濃度を増加させていくと不連続に伝導状態に転移することが見出された。本発明の一実施例においてはこの新たに見出された性質を利用して、非常に急峻なスイッチング特性を有する電気化学素子が与えられる。
【0011】
この不連続性、つまり急峻なスイッチング特性が現れるのは、酸素イオン濃度が一定以上に達して初めて伝導状態が実現するからだと考えられる。より詳細に説明すれば、以下の通りである。酸素イオンが酸化タンタルのユニットセル当り所定個数増加すると当該ユニットセルの伝導度が増す。ソース・ドレイン電極間の各ユニットセルで所定個数ずつ酸素イオンが増えれば、伝導状態にあるユニットセルが繋がって伝導経路が確立される。逆に、一カ所でも酸素イオンの増加が所定個数に達していないユニットセルがあれば、ソース・ドレイン電極間は、そのユニットセルによって絶縁される。
【0012】
別の可能性として、酸素イオンが集合体を形成することで、その領域の伝導性が上がることも考えられる。集合体を形成するには、一定以上の酸素イオンの濃度が必要なので、やはり、絶縁状態と伝導状態の転移は一瞬でおこる。
また、本発明の素子のスイッチング特性は強いヒステリシスが観測される。その原因は、本素子における伝導状態−非伝導状態の発現・切替の機構が上述の何れであるとしても、荷電粒子である酸素イオンを逆向きに移動させるためには、逆向きの電界を印加する必要があるためと考えられる。
【0013】
なお、ソース電極とドレイン電極との間を絶縁する絶縁物(実施例では酸化シリコン)の膜厚(ソース電極とドレイン電極の間隙)を薄くすることで、ソース・ドレイン電極間における酸素イオンの濃度上昇を効率的にはかることができる。より詳細に説明すれば、酸素イオン濃度の増大率は、ソース電極、ドレイン電極からの距離に依存する。両電極から遠い領域の酸素イオン濃度を増大させる(伝導状態にする)ためには、より大きな負電圧を印加する必要がある。両電極間を絶縁するためのシリコン酸化膜厚が10nmとすれば、夫々の電極はそこから5nmの位置(つまり、ソース電極とドレイン電極との中間点)までの酸素イオン濃度を一定値以上に制御する必要がある。膜厚が20nmだと、制御すべき位置は10nmにまで増える。この領域は3次元的に拡がるので、オンオフ動作時には不必要な部分まで伝導状態になってしまい、最悪、ゲートが短絡してしまう危険性もある。シリコン酸化膜を薄くすれば、制御すべき酸素イオン量が少なくなるという効果があるが、それにも増して、ゲート電圧として高い(絶対値の大きい)電圧を用いずに、本当に必要な領域のみ導電性を上げることが出来るという点に着目すべきである。
【0014】
なお、酸化タンタルでは、酸素イオン濃度が減少することでも伝導度が増すことが知られている。このため、酸素イオン濃度が減少したゲート電極近傍の伝導度も上昇する。しかしながら、酸素イオン濃度が低いゲート電極近傍から酸素イオン濃度が高いソース・ドレイン電極近傍へ濃度が連続的に変化していくので、その途中には絶縁性を示す酸素濃度領域が必ず存在する。従って、ゲート電極とソース・ドレイン電極間の絶縁性は常に保たれることになる。
次に、正のゲート電圧を印加すると、ソース・ドレイン電極近傍に集中していた酸素イオンがゲート電極側に再拡散し(図1(d))、ソース・ドレイン電極間の高伝導度領域が消失する。これにより、ソース・ドレイン電極間は電気的に非接続状態となる(図1(e))。
【0015】
このようにして、本発明では、イオン拡散材料中における酸素イオンの拡散をゲート電圧によって制御することで、ソース・ドレイン電極間の電気的接続/非接続を制御する。
【0016】
なお、イオン拡散材料として上に例示したもの以外にも、広い範囲の材料を使用することができる。使用可能なイオン拡散材料の例を挙げれば、酸化物系材料(シリコン酸化物、チタン酸化物、タンタル酸化物、タングステン酸化物、ニッケル酸化物、窒素酸化物、ランタン酸化物、コバルト酸化物、あるいはこれらの混合物等)、高分子固体電解質(ポリエチレンオキシド、ポリメトキシエトキシエトキシドホスファゼン、メチルシロキサン-エチレンオキシド共重合体、ポリメタクリル酸オリゴエチレンオキシド、あるいはこれらの混合物)、カチオン伝導体(リチウム化合物、銀化合物、銅化合物、コバルト化合物、ランタン化合物、あるいはこれらの混合物)、硫化銅、セレン化銅などがある。
【0017】
更に、このような本発明の電気化学素子に、本発明の電気化学素子と逆極性でオンオフ動作する従来型の電気化学素子を組み合わせることにより、CMOS回路等と同様な相補型動作を行う回路が構成される。
【実施例】
【0018】
[実施例1]
図2により、図1に示したイオン移動制御型の電気化学素子の動作結果の一例を説明する。図2に示した動作結果は、ゲート電極として50nm膜厚の白金薄膜を、イオン拡散材料として30nm膜厚の酸化タンタルを、ソース電極およびドレイン電極として50nm膜厚の白金薄膜を、ソース電極とドレイン電極を絶縁する材料として15nm膜厚の酸化シリコン薄膜(膜厚は、ソース電極とドレイン電極間隔方向。つまり、この膜厚が両電極の間隔となる。図3に基いて説明する本素子の製造方法を参照)を用いて作製した電気化学素子について測定したものである。ソース電極に0V、ドレイン電極に5mVを印加した上で、ゲート電極に−10Vを印加した。なお、ソース電極とドレイン電極に印加する電圧は同電位でもよいし、さらに大きな電位差を設けてもよい。本実施例においては、ゲート電圧印加に伴うソース・ドレイン電極間の抵抗の変化を実時間計測するために、わずかな電位差(5mV)を与えている。図2(a)には、ソース電流ISの時間変化を示した。一定時間経過後に、電流値が100μAに達していることがわかる。同じタイミングで、ドレイン電流値ID(図2(b))が−100μAに達している。一方、ゲート電流IG(図2(c))は上記ソース電流とドレイン電流の増加に合わせて0.1μA程度に増加した。用いた電圧値から算出される各電極間の抵抗は、ソース電極とドレイン電極間の抵抗が50Ω、ゲート電極とソース・ドレイン電極間の抵抗が約100MΩであり、実質的にソース・ドレイン電極間のみが電気的に接続されていることがわかった。
【0019】
図2(d)に、図2(a)〜(c)における電流変化に対応する素子動作の模式図を示す。白金で構成されたゲート電極に−10Vの電圧を印加することで、酸化タンタル中の酸素イオンがソース・ドレイン電極側に拡散することにより、ソース・ドレイン電極近傍にある酸化タンタル中の酸素イオン濃度が上昇する。酸素イオン濃度がある一定の値を超えることで、ソース・ドレイン電極間に高伝導領域が形成される。
次に、ゲート電極に24Vを印加すると、一定時間経過後に、ソース電流値(図2(e))とドレイン電流値(図2(f))とが同時にnA以下の電流値に下がっていることがわかる。これに合わせて、ゲート電流(図2(g))も0.1μAからnA以下の値に下がった。この間の素子動作模式図を図2(h)に示す。すなわち、この段階ではソース電極とドレイン電極との電気的接続経路である高伝導度領域を形成していた酸素イオンの一部がゲート電極側に拡散することによって、高伝導度領域が消失し、ソース電極とドレイン電極間の電気的接続が切断されている。
【0020】
以上述べたように、本発明を用いれば、ゲート電極に印加する電圧の極性を変えることで、ソース・ドレイン電極間の電気的接続と非接続とを実現することができる。ここで、接続状態を与えるゲート電圧の領域は非接続状態を与えるゲート電圧の領域に比べて低い(負側)である。更に、図2(a)、(b)、(e)、(f)から明らかなように、電気的接続と非接続の切替えは、過渡的な状態を経ることなく一瞬にして起こる。これは、高伝導を実現する酸素イオン濃度に臨界値(閾値)があることを示す、本発明に特徴的な現象であり、濃度に依存して連続的に伝導度が変化する従来の素子とは動作が異なるものである。
【0021】
[実施例2]
次に、本発明の電気化学素子構造作製方法の一実施例を説明する。図3に、本実施例で作成される素子構造の例を示す。図3(a)は、ゲート電極、イオン伝導体、ソース電極、ドレイン電極等を含む断面図、図3(b)は、イオン伝導体とソース電極、ドレイン電極、絶縁膜との界面部分の断面図(図3(a)に示すA−A断面図)である。本実施例では、絶縁性基板(SiO)上に、ソース電極となるPt/Ti層とドレイン電極となるPt/Ti層との間に絶縁膜(SiO)を挟んだ積層構造を形成する。さらにその上部には、イオン伝導層との絶縁性を確保するために絶縁膜層(SiO)を形成する。この上部の絶縁膜層は、ドレイン電極となるPt/Ti層のうちのソース電極とドレイン電極との間の導通に関与しない箇所(つまり図3(a)で言えばドレイン電極となる上側のPt/Ti層の上面側)がイオン伝導体層と接触した場合の漏れ電流を防止するためのものである。この積層構造に対して、側壁にイオン伝導体層として酸化タンタル(Ta)層を、さらにその側壁にゲート電極として白金(Pt)の薄膜層を形成する。これらはスパッタ法や電子ビーム蒸着法などの一般的な薄膜形成手法とフォトリソグラフィーや電子線描画法などの一般的なパターン形成手法にて形成することができる。
【0022】
図4に、本実施例で作製した素子構造を用いた場合の素子動作結果を示す。ゲート電圧を0Vから−10Vまで走査すると、ソース・ドレイン電極間電流(図4(a))がゲート電圧約−7Vで1mAに増大した。その後、ゲート電圧を正側に走査していくと、ゲート電圧約24Vでソース・ドレイン間電流がnA程度の値に戻った。すなわち、−7V程度のゲート電圧値でスイッチオン、24V程度のゲート電圧値でスイッチオフ動作をしていることが分かる。同時に測定したゲート電流値(図4(b))もスイッチ動作に合わせて変化しているが、その変化量は小さく、ゲート電極は実質的にソース・ドレイン電極から絶縁された状態(抵抗値にしてGΩ程度)を保っていることが分かる。
【0023】
[実施例3]
図5(a)に、電極材料として白金を、イオン拡散材料として酸化タンタルを用いた場合の、ソース電極とドレイン電極との電気的接続状態をオフ状態からオン状態に反転させるために必要であったゲート電圧値(以下、ターンオン電圧と称する)を示す。酸化タンタルの膜厚に依存して、ターンオン電圧が変化していることがわかる。すなわち、酸化タンタルの膜厚が30nmでは、平均して6Vのターンオン電圧が必要であるが、酸化タンタルの膜厚が20nm、10nmと薄くなるにつれて、ターンオン電圧もその平均値が4V→2Vと低くなっている。これらのターンオン電圧を酸化タンタルの膜厚で割った値、すなわち、電界強度表示にしてみると、いずれの膜厚でも平均して、0.2V/nmの電界強度が必要なことがわかる。すなわち、ソース電極、ドレイン電極と酸化タンタルの界面において高伝導領域を形成するに必要な酸素イオン濃度を実現する臨界電界強度は、0.2V/nmとなる。なお、本臨界電界強度は、電極材料として白金を、イオン拡散材料として酸化タンタルを用いた場合の例であり、用いる電極材料やイオン拡散材料によって臨界電界値は異なる。例えば、イオン拡散材料として酸化タンタルを用いた場合であっても、酸化タンタルを構成する酸素とタンタルの組成比(化学量論比)が異なれば、臨界電界強度の値も異なる。なお、上記値(0.2V/nm)は、酸素とタンタルの組成比(原子数比)が概ね5:2の場合の値である。
【0024】
図5(b)には、形成された高伝導領域の消滅(スイッチオフ動作)に必要なゲート電圧値(以下、ターンオフ電圧と称する)を、酸化タンタルの膜厚の関数として示す。図5(a)に示すターンオン電圧と同様、ターンオフ電圧も酸化タンタルの膜厚に依存して変化しており、その臨界電界値は0.7V/nm程度である。
【0025】
[実施例4]
本実施例はイオン拡散材料にカチオン伝導体、具体的には硫化銅を使用した電気化学素子の例である。カチオン伝導体を使用した場合には、カチオンの濃度低下により伝導度が上昇する。図6に、イオン拡散材料として硫化銅(膜厚50nm)を、ゲート、ソース、ドレインの各電極材料として白金を用いた場合の動作結果を示す。本実施例で用いた硫化銅はCuSであるが、CuSでも同様の動作が起こることが期待できる。また、銅イオンの移動によって原子数比が変化するので、極端な場合には、ソース・ドレイン電極近傍ではCuSとCuS間の相転移が起こる可能性もある。また、素子構造は、実施例2において説明した構造と基本的に同じである。
【0026】
この材料を使用した場合、電気伝導変化は、Cuイオンが移動することで起こる。この材料では、S2−は移動しない。Cuが減ることで相対的にS2−の濃度が上昇して伝導度が上がる。硫化銅は、p型半導体とも呼ばれており、p型シリコンでいうところのホールの役目をCuが果たしている。
【0027】
ゲート電圧を0Vから−3Vまで走査すると、ソース・ドレイン電極間電流(図6(a))は、ゲート電圧値−2.5V付近から増大し、最終的には1mAになった。その後、ゲート電圧を0Vに向かって走査したところ、−1V付近でソース・ドレイン電極間電流が減少し初期値に戻った。なお、この測定においては、ソース電極とドレイン電極の間に、5mVの電圧を印加していた。一方、図6(b)に示す通り、ゲート電流はnA程度の小さい値を保っていた。
【0028】
図6に示す実施例では、ゲート電圧がゼロに戻る前に、ターンオフしていることから、本実施例におけるスイッチング動作は、従来の半導体トランジスタと同じ揮発性動作である(つまり、自己保持性がない)ことが分かる。このように、用いる材料の選択によって揮発性動作(本実施例)と不揮発性動作(実施例1〜3)を実現できる。本実施例の素子が自己保持性を持っていない理由は、硫化銅中の銅イオンの移動度が高いため、電界強度が小さくなっただけで銅イオンの移動が起こる、すなわち、逆向きの電界を印加する必要無く、負のゲート電圧領域のみでオンオフ動作が起こるからである。これが酸化タンタルを用いた時とは大きく異なる点である。
本実施例では陰イオンとして酸素イオンの代わりに硫黄イオンが使用可能であることを示したが、他にはセレン(Se)(セレン化銅など)を使用することができる。
【0029】
[実施例5]
オン状態を実現するゲート電圧値の領域(オン電圧領域)がオフ状態を実現するゲート電圧値の領域(オフ電圧領域)よりも低い側(負電圧側)にある第一の電気化学素子(もちろんスイッチング特性にヒステリシス性があるため両電圧領域は一部重なるが、既に説明したように、それでも全体として見てどちらが高いかを判定することができる)と、オン電圧領域がオフ電圧領域よりも高い側(正電圧側)にある第二の電気化学素子とで構成されている相補型動作回路の実施例を、図7を用いて説明する。図7では、ソース、ドレイン、ゲートの各電極が白金で構成され、イオン拡散材料が酸化タンタルである第一の電気化学素子と、ソースとドレイン電極が白金で、ゲート電極が銅で、イオン拡散材料が酸化タンタルで構成された第二の電気化学素子をそれぞれひとつずつ用いることで、入力反転回路が構成されている。なお、第二の電気化学素子では、第一の電気化学素子とは異なり、イオン拡散材料中を拡散するのは銅イオンである。第二の電気化学素子それ自体は公知であり、当該電気化学素子それ自体は本発明の範囲外であるため、これ以上の説明は省略する。もし必要であれば、例えば非特許文献2を参照されたい。
【0030】
図7(a)に模式的に示すように、本実施例の相補型動作回路では、固定電位として、VHighとVLow(VHigh>VLow)がそれぞれ第一の電気化学素子のソース、第二の電気化学素子のドレインに供給されている。また、第一の電気化学素子のゲート電極と第二の電気化学素子のゲート電極は配線接続されており、同一の入力電圧(VIN)が印加される。一方、出力側では、第一の電気化学素子のドレインと第二の電気化学素子のソースが配線接続されており、各電気化学素子の状態に依存した電圧VOUTが出力されるようになっている。
【0031】
図7(b)を用いて、入力としてVLowと同じか、それよりも小さな電圧が印加された場合の出力状態を、各電気化学素子の動作状態も含めて説明する。まず、第一の電気化学素子に着目すると、ソース電極への印加電圧(VHigh)はゲート電圧(≦VLow)よりも高いので、イオン拡散材料中の酸素イオンがソース電極に向かって拡散し、ソース電極近傍に電子伝導度の高い領域を形成する。このとき、ソース電極と接近して設置されたドレイン電極の近傍でも酸素イオン濃度が上昇して、最終的には、ソース電極とドレイン電極を接続するように電子伝導度の高い領域が形成される。一方、第二の電気化学素子に着目すると、ソース電極は、第一の電気化学素子のドレイン電極と電気的に接続されており、第一の電気化学素子のドレイン電極は第一の電気化学素子のソース電極と酸素イオンによって形成された電子伝導度の高い領域によって電気的に接続されているから、結果として、第一の電気化学素子のソース電極への印加電圧(VHigh)が印加される。すなわち、第二の電気化学素子のドレイン電極に印加される電圧(VHigh)は、ゲート電圧(≦VLow)よりも高いから、銅イオンはゲート電極側に拡散してしまい、ソース・ドレイン電極間には電子伝導性の高い領域を形成しない。第二の電気化学素子のドレイン電極には固定電位(VLow)が印加されているが、第二の電気化学素子のドレイン電極とソース電極は、電気的に絶縁されている。以上の結果から、出力電圧はVHighとなる。
【0032】
次に、入力電圧としてVHighと同じか、それよりも高い電圧が印加された場合の出力状態を、図7(c)を用いて、各電気化学素子の動作状態も含めて説明する。まず、第一の電気化学素子に着目すると、ソース電極への印加電圧(VHigh)はゲート電圧(≧VHigh)よりも同じか低いので、イオン拡散材料中の酸素イオンはイオン拡散材料中に均一に分布しようとして拡散するか、ゲート電極側に向かって拡散する。すなわち、第一の電気化学素子のソース電極やドレイン電極近傍において、酸素イオンの濃度上昇による電子伝導度の高い領域が形成されることはない。すなわち、第一の電気化学素子のソース電極とドレイン電極とは,電気的に絶縁された状態にある。一方、第二の電気化学素子に着目すると、ドレイン電極には、固定電位(VLow)が印加されている。すなわち、ドレイン電極の電位(VLow)はゲート電極の電位(≧VHigh)よりも低いから、銅イオンはドレイン電極に向かって拡散する。このとき、ドレイン電極とソース電極は近接して設置されているので、銅イオンの濃度はソース電極近傍でも上昇し、ソース電極とドレイン電極を結合する形で、銅イオンが銅原子として析出する。つまりは、第二の電気化学素子のソース電極とドレイン電極が電気的に接続される。以上の結果から、出力電圧はVLowとなる。
【0033】
本実施例による回路を用いれば、入力電圧が小さい(≦VLow)時には出力が高く(VHigh)なり、入力電圧が大きい(≧VHigh)時には出力が低く(VLow)なることがわかる。すなわち、入出力反転回路を構成することができる。
なお、本実施例における説明では、簡単のために、各電極間の相対的な電圧を参照しながら個々の現象を説明したが、それらは相互に関連しながら同時に起こる現象であることに注意する必要がある。また、この入出力反転回路の出力を切り替えるために実際に必要とされる入力電圧は使用される素子のターンオン/ターンオフ電圧の影響を受けることに注意する必要がある。

【産業上の利用可能性】
【0034】
以上説明したように、本発明によれば従来とは逆極性でオンオフ動作する電気化学素子が与えられるため、従来の素子と組み合わせることにより、実用性の高い論理回路を構成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0035】
【特許文献1】特許第4156880号
【非特許文献】
【0036】
【非特許文献1】「固体電解質を用いた3端子型ナノメートル金属スイッチ」川浦久雄、阪本利司、伴野直樹、帰山隼一、水野正之、寺部一弥、長谷川剛、青野正和 電気学会論文誌C、128(6), 890-895 (2008)
【非特許文献2】Volatile/Nonvolatile Dual-Functional Atom Transistor, Applied Physics Express、第4巻、論文番号(頁):0152041-3、(2010年)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(c)を設け、ゲート電圧がイオン拡散材料中のイオン拡散をゲート電圧によって制御する、ソース電極とドレイン電極との間が電気的に接続されている状態をもたらすゲート電圧の領域が電気的に接続されていない状態をもたらすゲート電圧の領域に対して負側である電気化学素子。
(a)拡散性を有する陰イオンの濃度上昇または拡散性を有する陽イオンの濃度低下で電気伝導性が増大するイオン拡散材料。
(b)前記イオン拡散材料の第1の面に設けられたゲート電極。
(c)前記イオン拡散材料の第2の面に設けられ、絶縁物によって離間されたソース電極及びドレイン電極。
【請求項2】
前記イオン拡散材料が酸化物であり、前記ゲート電圧により酸素イオンの移動を制御する、請求項1に記載の電気化学素子。
【請求項3】
前記酸化物が、シリコン酸化物、チタン酸化物、タンタル酸化物、タングステン酸化物、ニッケル酸化物、窒素酸化物、ランタン酸化物及びコバルト酸化物からなる群から選択された物質または前記群から選択された複数の物質の混合物である、請求項2に記載の電気化学素子。
【請求項4】
前記イオン拡散材料が高分子固体電解質である、請求項1に記載の電気化学素子。
【請求項5】
前記高分子固体電解質が、ポリエチレンオキシド、ポリメトキシエトキシエトキシドホスファゼン、メチルシロキサン-エチレンオキシド共重合体及びポリメタクリル酸オリゴエチレンオキシドからなる群から選択された物質または前記群から選択された複数の物質の混合物である、請求項4に記載の電気化学素子。
【請求項6】
前記イオン拡散材料がカチオン伝導体である、請求項1に記載の電気化学素子。
【請求項7】
前記カチオン伝導体が、リチウム化合物、銀化合物、銅化合物、コバルト化合物及びランタン化合物からなる群から選択された物質または前記群から選択された複数の物質の混合物である、請求項6に記載の電気化学素子。
【請求項8】
前記イオン拡散材料が硫化銅またはセレン化銅である、請求項1に記載の電気化学素子。
【請求項9】
以下の(a)及び(b)を設けた相補型回路。
(a)請求項1から8の何れかに記載の電気化学素子である第1の電気化学素子。
(b)ゲート電極、ソース電極及びドレイン電極を有する第2の電気化学素子。前記第2の電気化学素子の前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の電気的接続が、前記第2の電気化学素子の前記ゲート電極の電圧が第1の電圧領域にあるときオン状態となり、前記第1の電圧領域よりも負電圧側の第2の電圧領域にあるときオフ状態となる。
(c)前記第1の電気化学素子の前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の第1の電気接続経路と前記第2の電気化学素子の前記ソース電極と前記ドレイン電極との間の第2の電気接続経路とを直列接続する手段。
(d)前記第1の電気化学素子の前記ゲート電極と前記第2の電気化学素子の前記ゲート電極とに入力信号を並列に与える手段。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2013−26389(P2013−26389A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158981(P2011−158981)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】