説明

電気駆動車両

【課題】車輪半径の変化に影響されることなく、駆動輪のスリップを精度良く検出する電気駆動車両の提供。
【解決手段】車輪を駆動あるいは制動するための電動機1,4と、電動機を制御する電動機制御器33を備えた電気駆動車両において、車両の従動輪及び駆動輪の回転速度を検出する速度検出器9,10,11,12を備え、従動輪及び駆動輪の回転速度検出値から駆動輪のスリップ率を演算して駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定器18を備え、スリップ判定器18は予め設定した従動輪及び前記駆動輪の車輪半径を用いて従動輪及び駆動輪の車輪速度を検出する手段を備え、車輪速度を検出する手段は駆動輪がスリップしていない状態で従動輪の車輪速度検出値と駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、従動輪の車輪速度検出値あるいは駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電動機によって駆動輪が駆動されることで走行する電気駆動車両の制御装置及び制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
凍結路,圧雪路等の滑りやすい路面を走行中の車両において、運転者がアクセルを踏み込んで車両を加速させようとすると、駆動輪の回転速度が急増し、駆動輪が空転する現象が発生する場合がある。また、逆に運転者がブレーキを踏み込んで車両を減速させようとすると、駆動輪の回転速度が急減し、駆動輪がロックする現象が発生する場合がある。以下ではまとめてこれらの現象をスリップと称する。このようなスリップが発生すると、車両の挙動は不安定になり、またステアリング操作も効かず安定走行が困難になる。そこで、このようなスリップの発生を抑制することが重要であり、そのためにはできるだけ精度良くスリップの発生を検出する必要がある。
【0003】
従来の車両におけるスリップの発生を検出する方式について説明する。スリップの発生を検出する方式としては、駆動輪と従動輪のそれぞれの車輪速度を検出してそれらから駆動輪のスリップ率を演算し、そのスリップ率が規定値を超えることで検出する方式や、駆動輪と従動輪のそれぞれの車輪速度を検出してそれらの速度差を演算し、その速度差が規定値を超えることで検出する方式が挙げられる。一例として、特許文献1にこのような検出方法を採用した車両が記載されている。また、駆動輪の車輪速度を検出してその変化率を演算し、その変化率が規定値を超えることで検出する方式や、駆動輪の左右速度差が規定値を超えることで検出する方式が挙げられる。一例として、特許文献2にそのような検出方式を行う車両が記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2002−27610号公報
【特許文献2】米国特許6148269号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、駆動輪や従動輪の車輪速度を検出するためには、それら車輪の回転速度及び半径が必要となる。これは、車輪速度はその車輪の回転速度と半径の積に比例するためである。ここで、車輪の回転速度は例えばロータリーエンコーダのようなセンサを用いることで容易に検出可能である。しかし、車輪の半径はタイヤの磨耗や気温等の外的環境の変化によって変化するので、実際の車輪速度と検出する車輪速度の間にはずれが発生する。例えば、タイヤが磨耗して車輪の半径が仮に元の大きさの95%になっていたとすると、検出する車輪速度も実際の車輪速度の95%となり、5%の検出誤差が発生する。従って、このような誤差を含んだ車輪速度の検出値を用いてスリップの発生を判定すると、誤った判定を起こす可能性が高い。
【0006】
一般に、加速中にスリップを検出した場合には駆動輪の駆動力を緩めるように制御し、減速中にスリップを検出した場合には駆動輪の制動力を緩めるように制御される。従って、誤った判定を起こすと、スリップが実際は発生していないにも関わらず、不必要に駆動力あるいは制動力を緩めて車両の乗り心地や加減速性能を悪化させたり、逆にスリップが実際は発生しているにも関わらず、駆動力あるいは制動力を緩めずに車両の挙動をますます不安定化させ、安定走行を困難にしてしまう可能性が考えられる。
【0007】
以上のように、車輪速度を検出してスリップの発生を判定する場合には、車輪の半径の変化が判定の精度に大きく影響を与える。
【0008】
本発明は、車輪の半径が変化する影響を受けることなく、常に精度良くスリップの発生を判定することを実現した電気駆動車両を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明では車輪を駆動あるいは制動するための電動機と、前記電動機を制御する電動機制御器を備えた電気駆動車両において、前記車両の従動輪及び駆動輪の回転速度を検出する速度検出器と、前記従動輪及び前記駆動輪の回転速度検出値から前記駆動輪のスリップ率を演算して前記駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定器と、該スリップ判定器は予め設定した前記従動輪及び前記駆動輪の車輪半径を用いて前記従動輪及び前記駆動輪の車輪速度を検出する手段を備え、該車輪速度検出手段は前記駆動輪がスリップしていない状態で前記従動輪の車輪速度検出値と前記駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、前記従動輪の車輪速度検出値あるいは前記駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整することを特徴とするものである。
【0010】
更に、本発明の電気駆動車両では、前記ゲインは前記従動輪と前記駆動輪の車輪速度検出値の比を入力とする一次遅れフィルタの出力であることを特徴とするものである。
【0011】
更に、本発明の電気駆動車両では、前記スリップ判定器が前記駆動輪がスリップしていると判定した場合には前記電動機の出力するトルクを低減することを特徴とするものである。
【0012】
また、上記目的を達成するために、本発明では車輪を駆動あるいは制動するための左側電動機及び右側電動機と、前記左側電動機及び前記右側電動機を制御する電動機制御器を備えた電気駆動車両において、前記車両の左側従動輪及び左側駆動輪及び右側従動輪及び右側駆動輪の回転速度を検出する速度検出器と、前記左側従動輪及び前記左側駆動輪の回転速度検出値から前記左側駆動輪のスリップ率を演算して前記左側駆動輪がスリップしているか否かを判定し、前記右側従動輪及び前記右側駆動輪の回転速度検出値から前記右側駆動輪のスリップ率を演算して前記右側駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定器と、該スリップ判定器は予め設定した前記左側従動輪及び前記左側駆動輪の車輪半径を用いて前記左側従動輪及び前記左側駆動輪の車輪速度を検出する第1の車輪速度検出手段、及び、予め設定した前記右側従動輪及び前記右側駆動輪の車輪半径を用いて前記右側従動輪及び前記右側駆動輪の車輪速度を検出する第2の車輪速度検出手段とを備え、前記第1の車輪速度検出手段は前記左側駆動輪がスリップしていない状態で前記左側従動輪の車輪速度検出値と前記左側駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、前記左側従動輪の車輪速度検出値あるいは前記左側駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整し、前記第2の車輪速度検出手段は前記右側駆動輪がスリップしていない状態で前記右側従動輪の車輪速度検出値と前記右側駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、前記右側従動輪の車輪速度検出値あるいは前記右側駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整することを特徴とするものである。
【0013】
更に、本発明の電気駆動車両では、前記第1の車輪速度検出手段のゲインは前記左側従動輪と前記左側駆動輪の車輪速度検出値の比を入力とする一次遅れフィルタの出力であり、前記第2の車輪速度検出手段のゲインは前記右側従動輪と前記右側駆動輪の車輪速度検出値の比を入力とする一次遅れフィルタの出力であることを特徴とするものである。
【0014】
更に、本発明の電気駆動車両では、前記スリップ判定器が前記左側駆動輪あるいは前記右側駆動輪がスリップしていると判定した場合には前記左側電動機及び、又は前記右側電動機の出力するトルクを低減することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の電気駆動車両によれば、車輪半径の変化に影響されることなく、駆動輪のスリップを精度良く検出することができる。従って、タイヤ磨耗や気温等の外的環境の変化によって車輪半径が変化しても、スリップを抑制することが可能であり、車両の安定走行を実現する電気駆動車両を提供することが実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に掛かる一実施例を図面を用いて説明する。図1は本発明の一実施例の全体構成を示す。
【0017】
図1において、電動機1がギア2を介して車輪3を駆動し、電動機4がギア5を介して車輪6を駆動することで車両が前進あるいは後進する。電動機1及び電動機4は電動機制御器33によって制御され、電力変換器13は電動機1と電動機4を駆動する。電流検出器14は電力変換器13と電動機1の間に接続されており、それらの間に流れる電流を検出する。電流検出器15は電力変換器13と電動機4の間に接続されており、それらの間に流れる電流を検出する。速度検出器9は電動機1に接続されており、電動機1の回転速度を検出する。速度検出器10は電動機4に接続されており、電動機4の回転速度を検出する。速度検出器11は車輪7の軸に接続されており、車輪7の回転速度を検出する。速度検出器12は車輪8の軸に接続されており、車輪8の回転速度を検出する。
【0018】
アクセル開度検出器19は運転者のアクセル操作に応じたアクセルペダルの開度を検出し、ブレーキ開度検出器20は運転者のブレーキ操作に応じたブレーキペダルの開度を検出し、ステアリング角度検出器21は運転者のステアリング操作に応じたステアリングの角度を検出する。
【0019】
トルク指令演算器17はアクセル開度検出器19の出力するアクセル開度検出値及びブレーキ開度検出器20の出力するブレーキ開度検出値及びステアリング角度検出器21の出力するステアリング角度検出値を入力として、電動機1へのトルク指令及び電動機4へのトルク指令を出力する。
【0020】
トルク制御器16はトルク指令演算器17の出力する電動機1へのトルク指令及び電流検出器14の出力する電流検出値及び速度検出器9の出力する回転速度検出値から電動機1の出力するトルクが電動機1へのトルク指令に従うように、PWM制御により電力変換器13へのゲートパルス信号を出力する。また、トルク制御器16はトルク指令演算器17の出力する電動機4へのトルク指令及び電流検出器15の出力する電流検出値及び速度検出器10の出力する回転速度検出値から電動機4の出力するトルクが電動機4へのトルク指令に従うように、PWM制御により電力変換器13へのゲートパルス信号を出力する。電力変換器13はこれらのゲートパルス信号を受け、IGBT等のスイッチング素子が高速にスイッチングを行うことで、高応答なトルク制御を実現する。
【0021】
スリップ判定器18は速度検出器9,速度検出器10,速度検出器11,速度検出器12の出力する回転速度検出値を入力として、駆動輪である車輪3あるいは車輪6にスリップが発生しているかどうかを判定する。仮に、スリップが発生していると判定した場合には、トルク指令演算器17へ電動機1及び、又は電動機4の出力するトルクが低減するようにトルク低減指令を出力する。
【0022】
次に、スリップ判定器18の構成について説明する。
【0023】
図2にスリップ判定器18の構成図を示す。スリップ判定器18は車両の左右に備わった駆動輪である車輪3と車輪6のスリップ率をそれぞれ演算してスリップが発生しているかどうかを判定する。
【0024】
ゲイン22は速度検出器9の出力する電動機1の回転速度検出値を入力として、ギア2のギア比Grの逆数で与えられるゲインを掛けることで車輪3の回転速度検出値を出力する。ゲイン23はゲイン22の出力する車輪3の回転速度検出値を入力として、予め設定した車輪3の半径Rrを掛けることで、車輪3の車輪速度検出値を出力する。ゲイン24は速度検出器11の出力する車輪7の回転速度検出値を入力として、予め設定した車輪7の半径Rfを掛けることで、車輪7の車輪速度検出値を出力する。
【0025】
除算器25はゲイン24の出力する車輪7の車輪速度検出値をゲイン23の出力する車輪3の車輪速度検出値で割ることで、車輪7と車輪3の車輪速度比を出力する。
【0026】
一次遅れフィルタ26は除算器25の出力する車輪7と車輪3の車輪速度比を入力として、その変動成分を除去して直流成分を出力する。なお、一次遅れフィルタ以外のフィルタを用いても良い。
【0027】
乗算器27は一次遅れフィルタ26の出力する車輪7と車輪3の車輪速度比の直流成分とゲイン23の出力する車輪3の車輪速度検出値を掛けることで、車輪3の補正した車輪速度検出値を出力する。
【0028】
スリップ率演算器28は乗算器27の出力する車輪3の補正した車輪速度検出値とゲイン24の出力する車輪7の車輪速度検出値を入力として車輪3のスリップ率を演算する。ここで、車輪7は従動輪であることから、車輪7の車輪速度検出値は車輪7が備わっている側の実際の車両速度を表していると考えられる。例えば、図1の場合であれば車輪7の車輪速度検出値は車両左側の実際の速度を表すと考えられる。
【0029】
同様に、速度検出器10の出力する電動機4の回転速度検出値と、速度検出器12の出力する車輪8の回転速度検出値を入力として、車輪6のスリップ率を演算する。ここで、車輪8は従動輪であることから車輪8の車輪速度検出値は車輪8が備わっている側の実際の車両速度を表していると考えられる。例えば、図1の場合であれば車輪8の車輪速度検出値は車両右側の実際の速度を表すと考えられる。
【0030】
判定器29はスリップ率演算器28の出力する車輪3および車輪6のスリップ率を入力として、それらのいずれかが規定範囲を越えた場合にはスリップが発生したと判断して、トルク低減指令を出力する。
【0031】
以上の構成により、車両の左右に備えられた駆動輪である車輪3及び車輪6のスリップ率をそれぞれ演算することが可能となり、車輪3あるいは車輪6にスリップが発生した場合には、電動機1及び、又は電動機4の出力するトルクを低減することによりスリップを抑制することができる。
【0032】
次に、スリップ率演算器28の構成について説明する。
【0033】
図3にスリップ率演算器の構成図を示す。減算器30は駆動輪の車輪速度検出値と従動輪の車輪速度検出値を入力とし、それらの差を出力する。最大値選択器31は駆動輪の車輪速度検出値と従動輪の車輪速度検出値を入力とし、値の大きい方を出力する。除算器32は減算器30の出力を最大値選択器31の出力で割ることでスリップ率を出力する。
【0034】
次に、スリップ率と車輪−路面間の摩擦係数の関係について説明する。
【0035】
図4にスリップ率と車輪−路面間の摩擦係数の関係を示す。ここで、摩擦係数が負の領域は車輪−路面間に発生する力が車両の進行方向と逆向きであることを表す。一般に、スリップ率の大きさが小さい領域は、スリップ率の大きさが増加するにつれて車輪−路面間の摩擦係数の大きさも増加するため、車輪−路面間に作用する力も増加し、スリップが発生しない。図4において、スリップが発生しないのはスリップ率λがλ1<λ<λ2を満たす領域である。
【0036】
一方、スリップ率の大きさがある領域を超えると、スリップ率の大きさが増加するにつれて車輪−路面間の摩擦係数の大きさが逆に減少するため、車輪−路面間に作用する力も減少し、スリップが発生する。図4において、スリップが発生するのはスリップ率λがλ>λ2あるいはλ<λ1を満たす領域である。
【0037】
従って、スリップ率を計算することで、スリップが発生したか否かを判定することができる。
【0038】
次に、スリップ判定器18の動作について説明する。
【0039】
図5は図2において予め設定した車輪半径Rf及びRrが実際の車輪半径と一致する場合の動作を表す。
【0040】
スリップが発生していない場合には、駆動輪と従動輪の実際の車輪速度はほぼ等しい。また、車輪半径が設定値と等しいので、車輪速度検出値は正しく検出される。従って、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は定常的にほぼ1となり、その車輪速度比251を入力とする一次遅れフィルタの出力261も定常的にほぼ1となる。従って、一次遅れフィルタの出力261と駆動輪の車輪速度検出値231を掛けて得られる駆動輪の補正した車輪速度検出値271はほぼ駆動輪の車輪速度検出値231と等しく、スリップ率の演算に用いられる従動輪の車輪速度検出値241と駆動輪の補正した車輪速度検出値271はほぼ等しくなる。この時、図3に示すスリップ率演算の構成より、演算したスリップ率281はほぼ零となる。従って、図5(d)に示すように、スリップが発生していない場合には演算したスリップ率281はほぼ零となる。
【0041】
ここで、例えばアクセル操作で加速中にぬかるみ等にはまることで車輪−路面間の摩擦係数が低下し、図5(a)に示すように駆動輪の回転速度221が増加する場合を考える。駆動輪の回転速度221が増加すると、図5(b)に示すように駆動輪の車輪速度検出値231が増加するので、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は1よりも小さくなる。例えば、駆動輪の車輪速度検出値231が2倍に増加した場合を考えると、車輪速度比251はほぼ1からほぼ0.5に変化する。しかし、その車輪速度比251を入力とする一次遅れフィルタの出力261は一次遅れフィルタの時定数を十分大きく設定しておけばその出力は急変せずほぼ1を維持する。従って、一次遅れフィルタの出力261と駆動輪の車輪速度検出値231を掛けて得られる駆動輪の補正した車輪速度検出値271は図5(c)に示すようにほぼ2倍に増加する。この時、図3に示すスリップ率演算の構成より、演算したスリップ率281は増加するので、図5(d)に示すようにスリップ率281がλ2より大きくなると駆動輪がスリップしていることを検出することができる。なお、車輪−路面間の摩擦係数が元に戻り、駆動輪の回転速度221が元に戻ると、スリップ率281も元に戻り、駆動輪のスリップが解消したことを検出することができる。
【0042】
次に、例えばブレーキ操作で減速中にぬかるみ等にはまることで車輪−路面間の摩擦係数が低下し、図5(a)に示すように駆動輪の回転速度221が減少する場合を考える。駆動輪の回転速度221が減少すると、図5(b)に示すように駆動輪の車輪速度検出値231が減少するので、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は1よりも大きくなる。例えば、駆動輪の車輪速度検出値231が0.5倍に減少した場合を考えると、車輪速度比251はほぼ1からほぼ2に変化する。しかし、その車輪速度比251を入力とする一次遅れフィルタの出力261は一次遅れフィルタの時定数を十分大きく設定しておけばその出力は急変せずほぼ1を維持する。従って、一次遅れフィルタの出力261と駆動輪の車輪速度検出値231を掛けて得られる駆動輪の補正した車輪速度検出値271は図5(c)に示すようにほぼ0.5倍に減少する。この時、図3に示すスリップ率演算の構成より、演算したスリップ率281は減少するので、図5(d)に示すようにスリップ率281がλ1より小さくなると駆動輪がスリップしていることを検出することができる。なお、車輪−路面間の摩擦係数が元に戻り、駆動輪の回転速度221が元に戻ると、スリップ率281も元に戻り、駆動輪のスリップが解消したことを検出することができる。
【0043】
図6は図2において予め設定した車輪半径RfあるいはRrあるいはRfとRrの両方が実際の車輪半径と異なる場合の動作を表す。
【0044】
スリップが発生していない場合には、駆動輪と従動輪の実際の車輪速度はほぼ等しい。しかし、車輪半径が設定値と等しくないので、車輪速度検出値は正しく検出されない。従って、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は車輪半径のずれによって様々な値になり得る。例えば、駆動輪のタイヤが磨耗して従動輪に対して車輪半径が約95%になっていたとすると、1/0.95≒1.05より、駆動輪の実際の回転速度221は従動輪の実際の回転速度111の約1.05倍となる。予め設定した車輪半径RfとRrが仮に同じ値であったとすると、駆動輪の車輪速度検出値231は従動輪の車輪速度検出値241の約1.05倍として検出される。従って、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は1/1.05≒0.95より、ほぼ0.95となり、その車輪速度比251を入力とする一次遅れフィルタの出力261も定常的にほぼ0.95となる。従って、一次遅れフィルタの出力261と駆動輪の車輪速度検出値231を掛けて得られる駆動輪の補正した車輪速度検出値271は駆動輪の車輪速度検出値231のほぼ0.95倍となる。しかし、駆動輪の車輪速度検出値231は従動輪の車輪速度検出値241の約1.05倍として検出されることから、0.95×1.05≒1より、スリップ率の演算に用いられる従動輪の車輪速度検出値241と駆動輪の補正した車輪速度検出値271はほぼ等しくなる。この時、図3に示すスリップ率演算の構成より、演算したスリップ率281はほぼ零となる。従って、図6(d)に示すように、スリップが発生していない場合には演算したスリップ率281はほぼ零となる。
【0045】
ここで、例えばアクセル操作で加速中にぬかるみ等にはまることで車輪−路面間の摩擦係数が低下し、図6(a)に示すように駆動輪の回転速度221が増加する場合を考える。駆動輪の回転速度221が増加すると、図6(b)に示すように駆動輪の車輪速度検出値231が増加するので、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は0.95よりも小さくなる。例えば、駆動輪の車輪速度検出値231が2倍に増加した場合を考えると、車輪速度比251はほぼ0.95からほぼ0.475に変化する。しかし、その車輪速度比251を入力とする一次遅れフィルタの出力261は一次遅れフィルタの時定数を十分大きく設定しておけばその出力は急変せずほぼ0.95を維持する。従って、一次遅れフィルタの出力261と駆動輪の車輪速度検出値231を掛けて得られる駆動輪の補正した車輪速度検出値271は図6(c)に示すようにほぼ2倍に増加する。この時、図3に示すスリップ率演算の構成より、演算したスリップ率281は増加するので、図6(d)に示すようにスリップ率281がλ2より大きくなると駆動輪がスリップしていることを検出することができる。なお、車輪−路面間の摩擦係数が元に戻り、駆動輪の回転速度221も元に戻ると、スリップ率281も元に戻り、駆動輪のスリップが解消したことを検出することができる。
【0046】
次に、例えばブレーキ操作で減速中にぬかるみ等にはまることで車輪−路面間の摩擦係数が低下し、図6(a)に示すように駆動輪の回転速度221が減少する場合を考える。駆動輪の回転速度221が減少すると、図6(b)に示すように駆動輪の車輪速度検出値231が減少するので、図2に示すように従動輪の車輪速度検出値241を駆動輪の車輪速度検出値231で割ることで演算する車輪速度比251は0.95よりも大きくなる。例えば、駆動輪の車輪速度検出値231が0.5倍に減少した場合を考えると、車輪速度比251はほぼ0.95からほぼ1.9に変化する。しかし、その車輪速度比251を入力とする一次遅れフィルタの出力261は一次遅れフィルタの時定数を十分大きく設定しておけばその出力は急変せずほぼ0.95を維持する。従って、一次遅れフィルタの出力261と駆動輪の車輪速度検出値231を掛けて得られる駆動輪の補正した車輪速度検出値271は図6(c)に示すようにほぼ0.5倍に減少する。この時、図3に示すスリップ率演算の構成より、演算したスリップ率281は減少するので、図6(d)に示すようにスリップ率281がλ1より小さくなると駆動輪がスリップしていることを検出することができる。なお、車輪−路面間の摩擦係数が元に戻り、駆動輪の回転速度221も元に戻ると、スリップ率281も元に戻り、駆動輪のスリップが解消したことを検出することができる。
【0047】
以上の実施例で示したスリップ判定器の構成とすることで、予め設定した駆動輪及び従動輪の車輪半径と実際の車輪半径が一致していてもしていなくても、スリップが発生していない場合はスリップ率はほぼ零であり、スリップが発生する場合はスリップ率が大きくあるいは小さくなることが分かる。従って、スリップ率を演算することで、スリップが発生したか否かを判定することができる。
【0048】
なお、簡単の為に予め設定した車輪半径RfとRrが同じ値である場合について述べたが、駆動輪と従動輪の実際の車輪半径が元々異なり、予め設定した車輪半径RfとRrが異なる値である場合についても同様である。
【0049】
また、図2においては、駆動輪の車輪速度を補正してスリップ率演算に用いているが、図7に示すように従動輪の車輪速度を補正する構成としても良い。
【0050】
以上より、車輪半径の変化に影響されることなく、駆動輪のスリップを精度良く検出することができる。駆動輪のスリップを検出すると、スリップ判定器18がトルク低減指令を出力することで、電動機1及び、又は電動機4の出力するトルクが低減し、駆動輪のスリップは抑制される。従って、駆動輪のスリップを精度良く検出することで、車両の安定走行を実現することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、車輪半径の変化に影響されることなく、駆動輪のスリップを精度良く検出することができる。従って、タイヤ磨耗や気温等の外的環境の変化によって車輪半径が変化しても、スリップを抑制することが可能であり、駆動輪を電動機により動かすいろいろな種類の車両に対して、本発明の技術を適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明を適用した電気駆動車両の制御装置の構成図。
【図2】スリップ判定器の構成図。
【図3】スリップ率演算器の構成図。
【図4】スリップ率と車輪−路面間の摩擦係数の関係図。
【図5】実際の車輪半径と一致する場合のスリップ判定器の動作図。
【図6】実際の車輪半径と異なる場合のスリップ判定器の動作図。
【図7】スリップ判定器の別の構成図。
【符号の説明】
【0053】
1 電動機
2,5 ギア
3 車輪
4 電動機
6,7,8 車輪
9,10,11,12 速度検出器
13 電力変換器
14,15 電流検出器
16 トルク制御器
17 トルク指令演算器
18 スリップ判定器
19 アクセル開度検出器
20 ブレーキ開度検出器
21 ステアリング角度検出器
22,23,24 ゲイン
25,32 除算器
26 一次遅れフィルタ
27 乗算器
28 スリップ率演算器
29 判定器
30 減算器
31 最大値選択器
33 電動機制御器
111 従動輪の回転速度
221 駆動輪の回転速度
231 駆動輪の車輪速度検出値
241 従動輪の車輪速度検出値
251 車輪速度比
261 一次遅れフィルタの出力
271 駆動輪の補正した車輪速度検出値
281 スリップ率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を駆動あるいは制動するための電動機と、前記電動機を制御する電動機制御器を備えた電気駆動車両において、
前記車両の従動輪及び駆動輪の回転速度を検出する速度検出器と、
前記従動輪及び前記駆動輪の回転速度検出値から前記駆動輪のスリップ率を演算して前記駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定器と、
該スリップ判定器は予め設定した前記従動輪及び前記駆動輪の車輪半径を用いて前記従動輪及び前記駆動輪の車輪速度を検出する手段を備え、
該車輪速度検出手段は前記駆動輪がスリップしていない状態で前記従動輪の車輪速度検出値と前記駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、前記従動輪の車輪速度検出値あるいは前記駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項2】
請求項1において、
前記ゲインは前記従動輪と前記駆動輪の車輪速度検出値の比を入力とする一次遅れフィルタの出力であることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項3】
請求項1において、
前記スリップ判定器が前記駆動輪がスリップしていると判定した場合には前記電動機の出力するトルクを低減することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項4】
車輪を駆動あるいは制動するための左側電動機及び右側電動機と、前記左側電動機及び前記右側電動機を制御する電動機制御器を備えた電気駆動車両において、
前記車両の左側従動輪及び左側駆動輪及び右側従動輪及び右側駆動輪の回転速度を検出する速度検出器と、
前記左側従動輪及び前記左側駆動輪の回転速度検出値から前記左側駆動輪のスリップ率を演算して前記左側駆動輪がスリップしているか否かを判定し、前記右側従動輪及び前記右側駆動輪の回転速度検出値から前記右側駆動輪のスリップ率を演算して前記右側駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定器と、
該スリップ判定器は予め設定した前記左側従動輪及び前記左側駆動輪の車輪半径を用いて前記左側従動輪及び前記左側駆動輪の車輪速度を検出する第1の車輪速度検出手段、及び、予め設定した前記右側従動輪及び前記右側駆動輪の車輪半径を用いて前記右側従動輪及び前記右側駆動輪の車輪速度を検出する第2の車輪速度検出手段とを備え、
前記第1の車輪速度検出手段は前記左側駆動輪がスリップしていない状態で前記左側従動輪の車輪速度検出値と前記左側駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、前記左側従動輪の車輪速度検出値あるいは前記左側駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整し、
前記第2の車輪速度検出手段は前記右側駆動輪がスリップしていない状態で前記右側従動輪の車輪速度検出値と前記右側駆動輪の車輪速度検出値が近づくように、前記右側従動輪の車輪速度検出値あるいは前記右側駆動輪の車輪速度検出値を演算するゲインを調整することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項5】
請求項4において、
前記第1の車輪速度検出手段のゲインは前記左側従動輪と前記左側駆動輪の車輪速度検出値の比を入力とする一次遅れフィルタの出力であり、
前記第2の車輪速度検出手段のゲインは前記右側従動輪と前記右側駆動輪の車輪速度検出値の比を入力とする一次遅れフィルタの出力であることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項6】
請求項4において、
前記スリップ判定器が前記左側駆動輪あるいは前記右側駆動輪がスリップしていると判定した場合には前記左側電動機及び、又は前記右側電動機の出力するトルクを低減することを特
徴とする電気駆動車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−77505(P2009−77505A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−243213(P2007−243213)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】