説明

電着塗膜形成方法および複層塗膜形成方法

【課題】化成処理を施していない鋼材、特にエッジ部および/またはバリ部を有する鋼材、の塗装に好適な、電着塗膜形成方法および複層塗膜形成方法を提供すること。
【解決手段】化成処理を施していない鋼材に、カチオン電着塗料組成物を電着塗装して電着塗膜を形成し、得られた電着塗膜を加熱硬化させて硬化電着塗膜を得る工程、を包含する、電着塗膜形成方法であって、
この電着塗膜形成工程で用いられるカチオン電着塗料組成物は、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成され、該成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)が1:99〜50:50である、錯塩、複塩または混合化合物、
を含む、カチオン電着塗料組成物である、
電着塗膜形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化成処理を施していない鋼材、特にエッジ部および/またはバリ部を有する鋼材、の塗装に好適な、電着塗膜形成方法および複層塗膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カチオン電着塗装は、カチオン電着塗料組成物中に被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することにより行われる塗装方法である。この方法は、複雑な形状を有する被塗物であっても細部にまで塗装を施すことができ、自動的かつ連続的に塗装することができるので、特に自動車車体等の大型で複雑な形状を有する被塗物の下塗り塗装方法として広く実用化されている。
【0003】
このようなカチオン電着塗料組成物には、一般に防錆顔料が含まれており、これにより得られる塗膜の防錆性が向上されている。非常に優れた防錆性を有する防錆顔料として、例えば鉛化合物およびクロム化合物が挙げられる。しかしながらこれらの重金属系防錆顔料は、非常に強い毒性を有しており、環境に対して多大な負荷を与える。そのため、環境保護の観点から、このような鉛化合物またはクロム化合物などの重金属系防錆顔料を含まず、かつ防錆性に優れた、カチオン電着塗料組成物の開発が求められている。
【0004】
ところで、カチオン電着塗装の前において、被塗物に、リン酸亜鉛化成処理などの化成処理を施すことが多い。この化成処理を施すことによって、防錆性および付着性を向上させることができる。しかしながらこのリン酸亜鉛化成処理剤はリンを含んでおり、さらに化成被膜の性能を向上させるためにニッケル、マンガン等の重金属をも含むものが多い。そのため環境へ悪影響を与えるおそれがある。さらにこのリン酸亜鉛化成処理剤を用いて処理する場合は、リン酸亜鉛、リン酸鉄由来のスラッジが多量に発生することとなり、生成したスラッジの廃棄に関する産業廃棄物処理問題がある。そのため、化成処理を施していない鋼材に電着塗装する場合であっても、防錆性および付着性に優れた電着塗膜を形成することができる、電着塗装方法の開発が求められている。
【0005】
特開平6−57168号公報(特許文献1)には、防錆顔料として、亜りん酸亜鉛カルシウム10〜90重量%と、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸カルシウム、りん酸亜鉛、りん酸カルシウム、りん酸アルミニウム、メタほう酸バリウム及び酸化亜鉛からなる群の中から選ばれた1種以上の化合物10〜90重量%とからなる亜りん酸亜鉛カルシウム系顔料、およびこの顔料を含む塗料が記載されている(請求項1および2)。しかしながらこの特許文献1は、カチオン電着塗料組成物に関しては全く触れていない。
【0006】
特開平6−340831号公報(特許文献2)には、鋼材及びアルミニウム材が混用される被塗物に、アルカリ土類金属、亜鉛なる金属のケイ酸塩、ホウ酸塩、クロム酸塩、モリブデン酸塩及びタングステン酸塩並びにタングステン酸から選ばれる少なくとも1種以上の化合物を含有するカチオン電着塗料を塗装することを特徴とするカチオン電着塗装方法が記載されている(請求項1)。そしてこの電着塗装方法によって、耐糸錆性を向上させることができると記載されている。これに対して本願発明は、特定の金属を特定の元素重量比率で含む錯塩、複塩または混合化合物を用いるものであり、特許文献2に記載される発明とは異なるものである。
【0007】
特開平8−53637号公報(特許文献3)には、アルミニウム塩、カルシウム塩および亜鉛塩より選ばれた少なくとも1種のリンモリブデン酸塩0.1〜20重量%、および水溶性セリウム(III)塩0.01〜2.0重量%を含む電着塗料組成物が記載されている(請求項1)。そしてこの電着塗料組成物は、鉛系防錆顔料を含まなくても防錆性に優れると記載されている。これに対して本願発明は、(a)モリブデン酸、および(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、という特定の金属を、特定の元素重量比率で含む、錯塩、複塩または混合化合物を用いるものであり、特許文献3に記載される発明とは異なるものである。
【0008】
特開平8−245911号公報(特許文献4)には、モリブデン酸亜鉛を0.1〜1.0重量%含むアニオン型電着塗料を用いてアニオン電着塗装する際の黒ジミ防止方法が記載されている(請求項1)。この特許文献4に記載される電着塗料はアニオン型であり、本発明の電着塗料組成物とはその電荷が逆である。そのため、本願発明と特許文献4に記載される発明とは異なるものである。
【0009】
特開平8−259852号公報(特許文献5)には、不飽和脂肪酸変性エポキシ樹脂、アミノシラン化合物、リン酸アルミニウム化合物およびモリブデン酸亜鉛化合物を含有することを特徴とする常温乾燥型防錆塗料組成物が記載されている(請求項1)。この塗料組成物は電着塗料組成物ではなく、本願発明とは異なるものである。
【0010】
特開2002−294493号公報(特許文献6)には、モリブデン酸イオンをカチオン電着塗料浴中に添加することを特徴とする、電着塗料循環回路構成金属の腐蝕防止方法が記載されている(請求項1)。この方法は電着塗料循環回路の腐蝕防止方法であり、被塗物の防錆性向上を目的とする本発明とは異なるものである。
【0011】
特開2006−169471号公報(特許文献7)には、ビニルフェノール構造を含むエポキシ樹脂(A)、ブロック化ポリイソシアネート化合物(B)、ジルコニウム、チタン、コバルト、バナジウム、タングステン、モリブデンから選ばれる金属のイオン、該金属のオキシ金属イオン及び該金属のフルオロ金属イオンよりなる群から選ばれる少なくとも1種の防錆成分(C)を含有する電着塗料が記載されている(請求項1)。そしてこの方法は、防食性、仕上がり性および塗料安定性に優れていると記載されている。これに対して本願発明は、(a)モリブデン酸、および(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、という特定の金属を、特定の元素重量比率で含む、錯塩、複塩または混合化合物を用いるものであり、特許文献7に記載される発明とは異なるものである。
【0012】
特開2000−290542号公報(特許文献8)には、珪酸ビスマス(A)、珪モリブデン酸ビスマス(B)、水酸化ビスマス(C)、およびジルコニウム化合物(D)からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を含有するカチオン電着塗料組成物が記載されている(請求項1)。そしてこの電着塗料組成物は、鉛化合物を含まなくても防食性に優れていると記載されている。これに対して本願発明は、(a)モリブデン酸、および(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、という特定の金属を、特定の元素重量比率で含む、錯塩、複塩または混合化合物を用いるものであり、特許文献8に記載される発明とは異なるものである。
【0013】
上記先行技術文献から明らかであるように、カチオン電着塗料組成物を用いる塗装において防錆性を向上させるための種々の試みがなされている。これに対して、電着塗装前に化成処理を施していない鋼材を被塗物として塗装する場合であって、かつ、複雑な形状を有する被塗物の塗装を考慮した、エッジ部および/またはバリ部を有する被塗物を良好に塗装する方法、およびエッジ部および/またはバリ部を有する被塗物を塗装する場合における防錆性を向上させる方法については、これまでほとんど検討がなされていない。
【0014】
【特許文献1】特開平6−57168号公報
【特許文献2】特開平6−340831号公報
【特許文献3】特開平8−53637号公報
【特許文献4】特開平8−245911号公報
【特許文献5】特開平8−259852号公報
【特許文献6】特開2002−294493号公報
【特許文献7】特開2006−169471号公報
【特許文献8】特開2000−290542号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記従来の問題を解決するものであり、その目的とするところは、化成処理を施していない鋼材、特にエッジ部および/またはバリ部を有する鋼材、の塗装に好適な、電着塗膜形成方法および複層塗膜形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、
化成処理を施していない鋼材に、カチオン電着塗料組成物を電着塗装して電着塗膜を形成し、得られた電着塗膜を加熱硬化させて硬化電着塗膜を得る工程、を包含する、電着塗膜形成方法であって、
この電着塗膜形成工程で用いられるカチオン電着塗料組成物は、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成され、この成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)が1:99〜50:50である、錯塩、複塩または混合化合物、
を含む、カチオン電着塗料組成物である、
電着塗膜形成方法、を提供するものであり、これにより上記目的が達成される。
【0017】
本発明はまた、上記電着塗膜形成方法により得られた硬化電着塗膜の上に、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程、
得られた未硬化の上塗りベース塗膜の上に、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、
この未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる加熱工程、
を包含する、複層塗膜形成方法、も提供する。
【0018】
本発明はまた、上記電着塗膜形成方法により得られた硬化電着塗膜の上に中塗り塗料組成物を塗布して、未硬化の中塗り塗膜を得る工程、
得られた未硬化の中塗り塗膜の上に、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程、
得られた未硬化の上塗りベース塗膜の上に、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、
この未硬化の中塗り塗膜、未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる加熱工程、
を包含する、複層塗膜形成方法、も提供する。
【0019】
本発明はさらに、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成され、この成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)が1:99〜50:50である、錯塩、複塩または混合化合物、
を含むカチオン電着塗料組成物中に、化成処理を施していない鋼材を浸漬し、電圧を印加することにより、被塗物の表面上に電着塗膜を形成する工程、
を包含する、塗膜形成において防錆性を向上させる方法、も提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法により形成される塗膜は、化成処理を施していない鋼材に形成される場合であっても、防錆性に優れているという特徴を有する。本発明の方法によって、被塗物に予め化成処理を施すことなく直接電着塗装を行う場合であっても、通常の塗装方法において被塗物に化成処理被膜を施した後に電着塗装して得られる電着塗膜と同等またはそれ以上の防錆性を得ることができる。本発明の方法を用いることによって、化成処理に関する維持管理に必要とされるコストおよび労力を削減することができる。
【0021】
本発明の方法により得られる電着塗膜は防錆性に優れるため、いわゆる中塗りレス塗装であるツーコート・ワンベーク塗装、およびスリーコート・ワンベーク塗装(スリーウェット塗装)などの塗装工程および焼付け硬化工程が少ない塗装方法により複層塗膜を形成した場合であっても、防錆性および耐食性などの塗膜性能が良好な塗膜を得ることができる。本方法によって、揮発性有機分含有量(VOC)低減、省エネルギーおよびコストダウンの要請に対応した焼付け硬化が少ない塗装方法により、防錆性および耐食性などに優れた複層塗膜を形成することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
鋼材
本発明の方法によって塗膜が形成される鋼材として、通電可能な種々の鋼材を用いることができる。使用できる鋼材として例えば、冷延鋼板、熱延鋼板、ステンレス、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、亜鉛−アルミニウム合金系めっき鋼板、亜鉛−鉄合金系めっき鋼板、亜鉛−マグネシウム合金系めっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウム合金系めっき鋼板、アルミニウム系めっき鋼板、アルミニウム−シリコン合金系めっき鋼板、錫系めっき鋼板などから構成される鋼材が挙げられる。
【0023】
本発明の方法においては、化成処理剤を施していない鋼材を用いて塗膜形成を行う。一般的な電着塗料組成物を用いる電着塗装においては、電着塗装される前の鋼材に化成処理が施される。鋼材にこの化成処理を施すことによって、形成される塗膜の防錆性を向上させ、さらに鋼材と塗膜との密着性を向上させている。電着塗装前の化成処理はこのような利点を有する一方、特にリン酸亜鉛化成処理剤を用いる場合はスラッジ発生などの問題もある。また鋼材に化成処理を施す場合は、化成処理の工程が加わり塗装工程が煩雑となり、さらに、化成処理設備を設けるコストおよび維持管理コストが発生してしまう。
【0024】
これに対して本発明の方法は、化成処理を施していない鋼材を用いて塗膜を形成する場合であっても、防錆性に優れた塗膜を形成できるという特徴を有している。本発明によって、鋼材に化成処理剤を施すことなく電着塗装する場合であっても、防錆性に優れた塗膜を形成することが可能となる。そして本発明の方法を用いることによって、化成処理に関する維持管理に必要とされるコストおよび労力を削減することが可能となる。
【0025】
なお本発明の方法において、電着塗膜形成の前に、必要に応じて、鋼材に付着した防錆油、加工油などの異物を、アルカリ脱脂液および/または水洗水などを用いて除去してもよい。
【0026】
本発明の方法によって塗膜が形成される鋼材は、エッジ部および/またはバリ部を有しいてもよい。本明細書における「エッジ部」とは、被塗物である基材の角部を意味する。また「バリ部」とは、鋼材の切断加工時において端面部に発生する鋭角部分を意味する。これらのエッジ部およびバリ部はいずれも、塗膜形成が非常に困難な部分であり、また塗膜を形成できたとしても薄い塗膜となる傾向が高い部分である。そのためこのようなエッジ部および/またはバリ部を有する鋼材を塗装する場合は、得られた塗装物において錆および腐食が生じることが多い。本発明の方法においては、このようなエッジ部および/またはバリ部を有する鋼材を用いる場合であっても、防錆性に優れた塗膜を形成することができる。本発明の方法は、例えば、エッジ部、バリ部等の複雑な形状を有し、かつ高い防錆性が求められる自動車車体およびその部品などの塗装に適している。そして、自動車車体などの塗装以外の塗装、例えば家電製品、サッシなどの建材などにおける塗装にも適している。
【0027】
カチオン電着塗料組成物
本発明において用いられるカチオン電着塗料組成物は、水性溶媒、水性溶媒中に分散するか又は溶解した、カチオン性エポキシ樹脂及びブロックイソシアネート硬化剤を含むバインダー樹脂、中和酸、有機溶媒、顔料を含む。そして本発明で用いられるカチオン電着塗料組成物は、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成される、錯塩、複塩または混合化合物を含むことを特徴とする。
【0028】
モリブデン系防錆成分(錯塩、複塩または混合化合物)
本発明で用いられるカチオン電着塗料組成物は、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成される、錯塩、複塩または混合化合物を含む。
本明細書において「錯塩」とは、2種またはそれ以上の塩が結合した化合物であって、錯体構造を有するものをいう。
また「複塩」とは、2種またはそれ以上の塩が結合した化合物であって、この2種またはそれ以上の塩化合物を構成する陽イオンおよび陰イオンそれぞれが、塩化合物を構成するそのままの状態で存在するものをいう。
また「混合化合物」とは、2種またはそれ以上の塩を含む化合物であって、含まれる金属の元素重量比率は一定であるが、その正確な結合状態を特定することが困難である状態のものをいう。なお本明細書において、この「錯塩、複塩または混合化合物」をまとめて「モリブデン系防錆成分」ということもある。
【0029】
上記のモリブデン系防錆成分(錯塩、複塩または混合化合物)は、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成されており、そしてこの成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)は1:99〜50:50である。上記モリブデン系防錆成分において成分(a)の金属元素重量比率が50を超える場合、および上記モリブデン系防錆成分において成分(b)の金属元素重量比率が99を超える場合は、十分な防錆効果が得られない。上記成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)は5:95〜40:60であるのがより好ましい。
【0030】
モリブデン系防錆成分に含まれる(a)モリブデン酸は、モリブデンおよび酸素から構成される陰イオンである。モリブデン酸として、例えばオルトモリブデン酸およびパラモリブデン酸が含まれる。このモリブデン酸は、鋼材中の鉄と反応し、これにより安定なモリブデン酸化鉄化合物を形成すると考えられる。そして生成したモリブデン酸化鉄化合物が鋼材上に付着することによって、防錆性が向上することとなると考えられる。
【0031】
モリブデン系防錆成分に含まれる成分(b)の1つである亜鉛は、鉄に対して犠牲防食作用を有する金属成分である。電着塗料組成物中に含まれる亜鉛が鋼材上に析出することによって、亜鉛の犠牲防食作用が発揮され、これにより鋼材の防錆性が向上することとなると考えられる。
【0032】
モリブデン系防錆成分に含まれる成分(b)であるセリウムおよびイットリウムは、鋼材の腐食電位を高くするという作用を有する金属成分である。電着塗料組成物中に含まれるセリウムまたはイットリウムが鋼材上に析出することによって、鋼材の腐食電位が高くなり、これにより鋼材が酸化されにくくなり防錆性が向上すると考えられる。
【0033】
モリブデン系防錆成分に含まれる成分(b)の1つであるビスマスは、硬化触媒機能を有する金属成分である。そしてビスマスが硬化電着塗膜中に含まれることによって、塗膜暴露環境中において発生し金属の腐食を促進する塩素イオンが、塗膜によって遮断されるという効果がある。そしてこれによって塩素イオンが鋼材まで到達し難くなり、鋼材の防錆性が向上すると考えられる。
【0034】
モリブデン系防錆成分に含まれる成分(b)の1つであるジルコニウムは、鋼材上に形成される塗膜と鋼材との密着性を向上させる作用を有する金属成分である。得られる塗膜の密着性が向上するため、防錆性が向上すると考えられる。
【0035】
上記モリブデン系防錆成分の好ましい例として、例えば、モリブデン酸亜鉛(例えば、キクチカラー株式会社製、LF防錆M−70L、金属元素重量比率Mo:Zn=6:94、およびキクチカラー株式会社製、LF防錆M−70LB、金属元素重量比率Mo:Zn=36:64)、モリブデン酸亜鉛(金属元素重量比率Mo:Zn=18:82)、モリブデン酸セリウム(金属元素重量比率Mo:Ce=8:92)、モリブデン酸ジルコニウム(金属元素重量比率Mo:Zr=10:90)、モリブデン酸ビスマス(金属元素重量比率Mo:Bi=4:96)、モリブデン酸イットリウム(金属元素重量比率Mo:Y=12:88)などが挙げられる。
【0036】
上記、(a)モリブデン酸、および(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、から構成される錯塩、複塩または混合化合物(モリブデン系防錆成分)は、カチオン電着塗料組成物の固形分に対して0.1〜20重量%であるのが好ましく、1〜10重量%であるのがより好ましい。モリブデン系防錆成分の重量%が20重量%を超える場合は、塗料安定性が低下し塗膜形成が困難となるおそれがある。またモリブデン系防錆成分の重量%が0.1重量%に満たない場合は、所望の防錆効果が得られないおそれがある。
【0037】
上記モリブデン系防錆成分を、カチオン電着塗料組成物中に含める方法は特に限定されない。上記モリブデン系防錆成分を、カチオン電着塗料組成物中に含める具体的な方法として、例えば下記方法などが挙げられる。
・後述する顔料分散ペーストの調製において、顔料およびモリブデン系防錆成分を併せて用いて顔料分散ペーストを調製する方法。この場合において、モリブデン系防錆成分は顔料と同様に用いられる。
・上記モリブデン系防錆成分を顔料の代わりに用いて、後述する顔料分散ペーストの調製と同様に調製し、モリブデン系防錆成分分散ペーストを調製する方法。この場合においては、得られたモリブデン系防錆成分分散ペーストを、顔料分散ペーストと同様に用いることによって、電着塗料組成物を調製する。
・上記モリブデン系防錆成分を含む溶液を調製し、この溶液を、あらかじめ調製したカチオン電着塗料組成物に添加する方法。
【0038】
上記、(a)モリブデン酸、および(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、から構成される錯塩、複塩または混合化合物(モリブデン系防錆成分)を含む電着塗料組成物を用いることによって、化成処理を施していない鋼材に対して塗膜を形成する場合であっても、非常に優れた防錆性を有する塗膜を形成することが可能となる。そして上記モリブデン系防錆成分を用いる利点として、上記成分(a)を含む化合物および成分(b)を含む化合物を、それぞれ単独で用いる場合と比較して、アノードおよびカソードの両環境下における防錆性をより向上させることができることが挙げられる。
【0039】
顔料
本発明の方法に用いられるカチオン電着塗料組成物は、上記モリブデン系防錆成分以外の顔料である、電着塗料組成物において通常用いられる顔料を含んでもよい。使用できる顔料の例としては、通常使用される無機顔料、例えば、チタンホワイト、カーボンブラック及びベンガラのような着色顔料;カオリン、タルク、ケイ酸アルミニウム、炭酸カルシウム、マイカおよびクレーのような体質顔料;リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウム、亜リン酸亜鉛、シアン化亜鉛、酸化亜鉛、トリポリリン酸アルミニウム、及びリンモリブデン酸アルミニウム、リンモリブデン酸アルミニウム亜鉛のような防錆顔料等、が挙げられる。なおここに記載するリン酸亜鉛、酸化亜鉛およびリンモリブデン酸アルミニウム亜鉛などの顔料は、上記成分(a)および(b)から構成される成分に該当しないため、上記モリブデン系防錆成分には含まれない。電着塗料組成物中にこれらの顔料が含まれる場合の顔料の量は、カチオン電着塗料組成物の固形分に対して1〜30重量%であるのが好ましい。
【0040】
顔料を電着塗料の成分として用いる場合、一般に顔料を予め高濃度で水性溶媒に分散させてペースト状(顔料分散ペースト)にする。顔料は粉体状であるため、電着塗料組成物で用いる低濃度均一状態に一工程で分散させるのは困難だからである。一般にこのようなペーストを顔料分散ペーストという。
【0041】
顔料分散ペーストは、顔料を顔料分散樹脂と共に水性溶媒中に分散させて調製する。顔料分散樹脂としては、一般に、カチオン性又はノニオン性の低分子量界面活性剤や4級アンモニウム基及び/又は3級スルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂等のようなカチオン性重合体を用いる。水性溶媒としてはイオン交換水や少量のアルコール類を含む水等を用いる。一般に、顔料分散樹脂は、顔料100質量部に対して固形分比20〜100質量部の量で用いる。顔料分散樹脂と顔料とを混合した後、その混合物中の顔料の粒径が所定の均一な粒径となるまで、ボールミルやサンドグラインドミル等の通常の分散装置を用いて分散させて、顔料分散ペーストを得ることができる。
【0042】
カチオン性エポキシ樹脂
カチオン性エポキシ樹脂には、アミンで変性されたエポキシ樹脂が含まれる。カチオン性エポキシ樹脂は、典型的には、ビスフェノール型エポキシ樹脂のエポキシ環の全部をカチオン性基を導入し得る活性水素化合物で開環するか、または一部のエポキシ環を他の活性水素化合物で開環し、残りのエポキシ環をカチオン性基を導入し得る活性水素化合物で開環して製造される。
【0043】
ビスフェノール型エポキシ樹脂の典型例はビスフェノールA型またはビスフェノールF型エポキシ樹脂である。前者の市販品としてはエピコート828(油化シェルエポキシ社製、エポキシ当量180〜190)、エピコート1001(同、エポキシ当量450〜500)、エピコート1010(同、エポキシ当量3000〜4000)などがあり、後者の市販品としてはエピコート807(同、エポキシ当量170)などがある。
【0044】
これらのエポキシ樹脂は、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、および単官能性のアルキルフェノールのような適当な樹脂で変性しても良い。また、エポキシ樹脂はエポキシ基とジオール又はジカルボン酸との反応を利用して鎖延長することができる。
【0045】
これらのエポキシ樹脂は、開環後0.3〜4.0meq/gのアミン当量となるように、より好ましくはそのうちの5〜50%が1級アミノ基が占めるように活性水素化合物で開環するのが望ましい。
【0046】
カチオン性基を導入し得る活性水素化合物としては1級アミン、2級アミン、3級アミンの酸塩、スルフィド及び酸混合物がある。活性水素化合物としてアミンを用いる場合、エポキシ樹脂と2級アミンとを反応させると、3級アミノ基を有するアミン変性エポキシ樹脂が得られる。また、エポキシ樹脂と1級アミンとを反応させると、2級アミノ基を有するアミン変性エポキシ樹脂が得られる。さらに、1級アミノ基および2級アミノ基を有する化合物を用いることにより、1級アミノ基を有するアミン変性エポキシ樹脂を調製することができる。ここで、1級アミノ基および2級アミノ基を有する化合物を用いて、1級アミノ基を有するアミン変性エポキシ樹脂を調製する場合は、エポキシ樹脂と反応させる前に、化合物の1級アミノ基をケトンでブロック化してケチミンにしておいて、これをエポキシ樹脂に導入した後に脱ブロック化することによって調製することができる。
【0047】
1級アミン、2級アミンおよびケチミンの具体例としては、例えば、ブチルアミン、オクチルアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、メチルブチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン、トリエチルアミン塩酸塩、N,N−ジメチルエタノールアミン酢酸塩、ジエチルジスルフィド・酢酸混合物などがある。さらに、アミノエチルエタノールアミンのケチミン、ジエチレントリアミンのジケチミンなどの、ブロックされた1級アミンを有する2級アミン、がある。これらのアミン類等は2種以上を併用して用いてもよい。
【0048】
ブロックイソシアネート硬化剤
ブロックイソシアネート硬化剤の調製にはポリイソシアネートが使用される。このポリイソシアネートとは、1分子中にイソシアネート基を2個以上有する化合物をいう。ポリイソシアネートとしては、例えば、脂肪族系、脂環式系、芳香族系および芳香族−脂肪族系等のうちのいずれであってもよい。
【0049】
ポリイソシアネートの具体例には、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、p−フェニレンジイソシアネート、及びナフタレンジイソシアネート等のような芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4−トリメチルヘキサンジイソシアネート、及びリジンジイソシアネート等のような炭素数3〜12の脂肪族ジイソシアネート;1,4−シクロヘキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロヘキサンジイソシアネート、イソプロピリデンジシクロヘキシル−4,4’−ジイソシアネート、及び1,3−ジイソシアナトメチルシクロヘキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5−もしくは2,6−ビス(イソシアナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン(ノルボルナンジイソシアネートとも称される。)等のような炭素数5〜18の脂環式ジイソシアネート;キシリレンジイソシアネート(XDI)、及びテトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)等のような芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート;これらのジイソシアネートの変性物(ウレタン化物、カーボジイミド、ウレトジオン、ウレトンイミン、ビューレット及び/又はイソシアヌレート変性物);等があげられる。これらは、単独で、または2種以上併用することができる。
【0050】
ポリイソシアネートをエチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチロールプロパン、ヘキサントリオールなどの多価アルコールとNCO/OH比2以上で反応させて得られる付加体ないしプレポリマーもブロックイソシアネート硬化剤に使用してよい。
【0051】
ブロック剤は、ポリイソシアネート基に付加し、常温では安定であるが解離温度以上に加熱すると遊離のイソシアネート基を再生し得るものである。
【0052】
他の成分
上記カチオン電着塗料組成物は、上記成分の他に、上記ブロックイソシアネート硬化剤のブロック剤解離を促進する触媒などを含んでもよい。このような触媒として、例えば、ジブチル錫ラウレート、ジブチル錫オキシド、ジオクチル錫オキシドなどの有機錫化合物、N−メチルモルホリンなどのアミン類、ストロンチウム、コバルト、銅などの金属塩などが挙げられる。触媒の濃度は、カチオン電着塗料組成物中のカチオン性エポキシ樹脂とブロックイソシアネート硬化剤合計の100固形分質量部に対し0.1〜6質量部であるのが好ましい。
【0053】
カチオン電着塗料組成物の調製
本発明で用いられるカチオン電着塗料組成物は、前述のモリブデン系防錆成分、そして上に述べたカチオン性エポキシ樹脂、ブロックイソシアネート硬化剤、及び顔料分散ペーストを水性溶媒中に分散することによって調製される。ここで、モリブデン系防錆成分を、他の顔料とともに用いて顔料分散ペーストを調製し、これを用いてカチオン電着塗料組成物を調製するのが好ましい。また、通常、水性溶媒にはカチオン性エポキシ樹脂を中和して、バインダー樹脂エマルションの分散性を向上させるために中和酸を含有させる。中和酸は塩酸、硝酸、リン酸、ギ酸、酢酸、乳酸のような無機酸または有機酸である。
【0054】
使用される中和酸の量は、カチオン性エポキシ樹脂及びブロックイソシアネート硬化剤を含むバインダー樹脂固形分100gに対して、10〜25mg当量の範囲であるのが好ましい。上記下限は15mg当量であるのがより好ましく、上記上限は20mg当量であるのがより好ましい。中和酸の量が10mg当量未満であると水への親和性が十分でなく水への分散が困難となるおそれがある。一方、中和酸の量が25mg当量を超える場合は、析出に要する電気量が増加し、塗料固形分の析出性が低下し、つきまわり性が劣る状態となるおそれがある。
【0055】
ブロックイソシアネート硬化剤の量は、硬化時にカチオン性エポキシ樹脂中の1級、2級アミノ基、水酸基、等の活性水素含有官能基と反応して良好な硬化塗膜を与えるのに十分な量が必要とされる。好ましいブロックイソシアネート硬化剤の量は、カチオン性エポキシ樹脂とブロックイソシアネート硬化剤との固形分重量比(カチオン性エポキシ樹脂/硬化剤)で表して90/10〜50/50、より好ましくは80/20〜65/35の範囲である。カチオン性エポキシ樹脂とブロックイソシアネート硬化剤との固形分量比の調整により、造膜時の塗膜(析出膜)の流動性および硬化速度が改良され、塗膜の平滑性が向上する。
【0056】
カチオン電着塗料組成物に通常含まれる有機溶媒としては、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノヘキシルエーテル、エチレングリコールモノエチルヘキシルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノフェニルエーテル等が挙げられる。
【0057】
カチオン電着塗料組成物は、上記のほかに、可塑剤、界面活性剤、酸化防止剤、及び紫外線吸収剤などの常用の塗料用添加剤を含むことができる。アミノ基含有アクリル樹脂、アミノ基含有ポリエステル樹脂等を含んでもよい。
【0058】
電着塗装工程
電着塗装は、被塗物を陰極として陽極との間に、通常、50〜450Vの電圧を印加して行う。印加電圧が50V未満であると電着が不充分となるおそれがあり、450Vを超えると、塗膜が破壊され異常外観となるおそれがある。電着塗装時、塗料組成物の浴液温度は、通常10〜45℃に調節される。
【0059】
電着塗装工程は、カチオン電着塗料組成物に被塗物を浸漬する過程、及び、上記被塗物を陰極として陽極との間に電圧を印加し、被膜を析出させる過程、から構成される。また、電圧を印加する時間は、電着条件によって異なるが、一般には、2〜4分とすることができる。
【0060】
電着塗膜の膜厚は、好ましくは5〜40μm、より好ましくは10〜25μmとする。膜厚が5μm未満であると、防錆性が不充分となるおそれがある。一方40μmを超えると、塗料の浪費につながる。
【0061】
上述のようにして得られる電着塗膜を、電着過程の終了後、そのまま又は水洗した後、120〜260℃、好ましくは140〜220℃で、10〜30分間焼付けることによって、焼き付け硬化された電着塗膜が形成される。
【0062】
上記より形成される硬化電着塗膜は、化成処理を施していない鋼材に形成される場合であっても、防錆性に優れているという特徴を有する。このため、本発明における電着塗膜形成は、中塗りレス塗装、スリーコート・ワンベーク塗装などの、塗装工程が低減されており塗装コストにおいて利点がある複層塗膜形成塗装の下塗りとして、特に適している。
【0063】
複層塗膜形成方法
本発明の複層塗膜形成方法の一例として、加熱硬化された硬化電着塗膜上に、中塗り塗料組成物を塗布し、次いで上塗りベース塗料組成物、上塗りクリヤー塗料組成物を順次塗布し、その後未硬化の中塗り塗膜、未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる方法が挙げられる。この方法は一般にスリーコート・ワンベーク塗装(スリーウェット塗装)といわれる。
本発明の複層塗膜形成方法の他の例として、電着塗装後に中塗り塗料を塗布することなく上塗り塗装を行う方法、例えば加熱硬化された硬化電着塗膜上に、上塗りベース塗料組成物および上塗りクリヤー塗料組成物を順次塗布し、未硬化の上塗りベース塗膜および上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる、中塗りレス塗装方法である(ツーコート・ワンベーク塗装(2C1B))が挙げられる。
【0064】
スリーコート・ワンベーク塗装(スリーウェット塗装)による複層塗膜の形成方法
複層塗膜を得る塗装方法の1つである、省エネルギーなどの点において有用なスリーウェット塗装による塗膜形成方法は、具体的には下記工程を包含する方法である:硬化電着塗膜の上に中塗り塗料組成物を塗布して未硬化の中塗り塗膜を形成する工程;得られた未硬化の中塗り塗膜の上に、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程;得られた未硬化の上塗りベース塗膜の上に、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、および;これらの未硬化の中塗り塗膜、未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる加熱工程。
【0065】
中塗り塗料組成物
このようなスリーウェット塗装による複層塗膜形成方法において、中塗り塗料組成物としては、水性塗料組成物であってもよく、また溶剤型塗料組成物であってもよい。中塗り塗料組成物の成分としては、中塗り樹脂成分、顔料、そして水性溶媒および/または有機溶媒が挙げられる。中塗り樹脂成分は、中塗り塗料樹脂および中塗り硬化剤から構成される。
【0066】
中塗り塗料組成物が水性である場合は、顔料および顔料分散剤を予め分散して得られる顔料分散ペーストを配合しているものであることが好ましい。顔料分散剤としては、市販されているものを使用することができる。市販品としては、例えば、Disperbyk 190、Disperbyk 182、Disperbyk 184(いずれもビックケミー社製)、EFKAPOLYMER4550(EFKA社製)、ソルスパース27000、ソルスパース41000、ソルスパース53095(いずれもアビシア社製)等を挙げることができる。この顔料分散剤の数平均分子量は、1000〜10万であることが好ましい。1000未満であると十分な分散安定性が得られないおそれがあり、10万を超えると粘度が高すぎて取り扱いが困難となるおそれがある。より好ましくは、2000〜5万であり、更に好ましくは、4000〜5万である。
【0067】
上記顔料分散剤は、顔料とともに公知の方法に従って混合分散して、顔料分散ペーストを得る。上記顔料分散ペースト中の上記顔料分散剤の配合割合は、顔料分散ペーストの固形分に対して、1〜20重量%であることが好ましい。1重量%未満であると、顔料を安定に分散することができず、20重量%を超えると、塗膜の物性に劣る場合がある。好ましくは、5〜15重量%である。
【0068】
中塗り塗料組成物に用いられる顔料としては、通常の中塗り塗料組成物に使用される顔料であれば特に限定されないが、耐候性を向上させ、かつ隠蔽性を確保する点から、着色顔料であることが好ましい。特に二酸化チタンは白色の着色隠蔽性に優れ、しかも安価であることから、より好ましい。
【0069】
二酸化チタン以外の顔料としては、例えば、アゾキレート系顔料、不溶性アゾ系顔料、縮合アゾ系顔料、フタロシアニン系顔料、インジゴ顔料、ペリノン系顔料、ペリレン系顔料、ジオキサン系顔料、キナクリドン系顔料、イソインドリノン系顔料、金属錯体顔料等の有機系着色顔料;黄色酸化鉄、ベンガラ、カーボンブラック等の無機着色顔料等が挙げられる。上記顔料として、更に、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、クレー、タルク等の体質顔料を使用してもよい。
【0070】
顔料としてカーボンブラックと二酸化チタンを主要顔料とした標準的なグレー系中塗り塗料を用いることもできるし、上塗り塗料組成物と明度又は色相等を合わせたセットグレーや各種の着色顔料を組み合わせたいわゆるカラー中塗り塗料を用いることもできる。
【0071】
顔料は、中塗り塗料組成物中において、顔料及び樹脂固形分の合計重量に対する顔料の重量の比(PWC)が、10〜60重量%であることが好ましい。10重量%未満では、顔料不足のために隠蔽性が低下するおそれがある。60重量%を超えると、顔料過多により硬化時の粘性増大を招き、フロー性が低下して塗膜外観が低下することがある。
【0072】
水性中塗り塗料組成物は、上記顔料分散ペーストと、中塗り塗料樹脂および中塗り硬化剤とを混合して調製することができる。上記水性中塗り塗料中の顔料分散剤の含有量は、固形分基準で0.5〜10重量%であることが好ましい。0.5重量%未満であると、顔料分散剤の配合量が少ないために顔料の分散安定性に劣る場合がある。10重量%を超えると、塗膜物性に劣る場合がある。好ましくは、1〜5重量%である。
【0073】
中塗り塗料樹脂としては特に限定されず、例えば、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂などが挙げられる。また中塗り硬化剤としては、例えばメラミン樹脂、アミノ樹脂、ブロックイソシアネート硬化剤などが挙げられる。顔料分散性や作業性の点から、アクリル樹脂及び/又はポリエステル樹脂と、メラミン樹脂および/またはブロックイソシアネート樹脂を組み合わせたものが好ましい。中塗り塗料樹脂および中塗り硬化剤はそれぞれ、1種のみ使用することもでき、また塗膜性能のバランス化を計るために、2種又はそれ以上の種類を使用することもできる。
【0074】
中塗り塗料組成物が水性中塗り塗料組成物である場合は、中塗り塗料樹脂は水溶性のものを使用するか、又は、分散樹脂、界面活性剤等の分散剤を適用して乳化分散することによって、水性中塗り塗料中に安定に存在せしめることができる。上記水性中塗り塗料は、更に、紫外線吸収剤、酸化防止剤、消泡剤、表面調整剤、ワキ防止剤等の添加剤成分を添加することができる。
【0075】
中塗り塗料組成物が溶剤中塗り塗料組成物である場合、上記の中塗り塗料樹脂、中塗り硬化剤および顔料を、有機溶媒中で撹拌することによって、調製することができる。上記成分の好ましい量は上記と同様である。溶剤中塗り塗料組成物の調製に用いることができる有機溶媒として、例えば、トルエン、キシレンなどの芳香族系溶媒;メチルエチルケトン、アセトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどのケトン系溶媒;ジエチルエーテル、イソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、アニソール、フェネトールなどのエーテル系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸イソプロピル、エチレングリコールジアセテートなどのエステル系溶媒;ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドンなどのアミド系溶媒;メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのセロソルブ系溶媒;メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール系溶媒;ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルムなどのハロゲン系溶媒;などが挙げられる。これらの溶媒は単独で用いてもよく、また混合して用いてもよい。また、さらに上記成分の他に必要に応じて、顔料分散剤、表面調整剤、粘性制御剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤等、当業者によってよく知られている各種添加剤を含むことができる。
【0076】
上塗りベース塗料組成物
上塗りベース塗料組成物は、上塗りベース樹脂成分、顔料および溶媒を含む。この上塗りベース塗料組成物は、水分散系または有機溶媒分散系を含む、水性型または溶剤型のものである。
【0077】
上塗りベース塗料組成物が水性上塗りベース塗料組成物である場合、顔料分散剤を用いて予め顔料を分散させた顔料分散ペーストを用いて調製することができる。この顔料分散剤として、上記水性中塗り塗料組成物において例示したものを用いることができる。
【0078】
上塗りベース塗料組成物に含まれる顔料としては、上記の着色顔料、体質顔料を用いることができるほか、光輝性顔料を配合してメタリックベース塗料として用いることもできる。さらに、光輝性顔料を配合せずにレッド、ブルーあるいはブラック等の着色顔料及び/又は体質顔料を配合してソリッド型の上塗りベース塗料組成物として用いることもできる。
【0079】
上記光輝性顔料としては特に限定されず、例えば、金属又は合金等の無着色若しくは着色された金属性光輝材及びその混合物、干渉マイカ粉、着色マイカ粉、ホワイトマイカ粉、グラファイト又は無色有色偏平顔料等を挙げることができる。分散性に優れ、透明感の高い塗膜を形成することができるため、金属又は合金等の無着色若しくは着色された金属性光輝材及びその混合物が好ましい。その金属の具体例としては、アルミニウム、酸化アルミニウム、銅、亜鉛、鉄、ニッケル、スズ等を挙げることができる。
【0080】
上記光輝性顔料の形状は特に限定されず、更に、着色されていてもよいが、例えば平均粒径(D50)が2〜50μmであり、厚さが0.1〜5μmである鱗片状のものが好ましい。平均粒径10〜35μmの範囲のものが光輝感に優れ、より好ましい。
【0081】
上記顔料は、1種又は2種以上を使用することができ、着色顔料及び体質顔料、並びに、必要に応じ、偏平顔料及び光輝性顔料のなかから、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。光輝性顔料を用いる場合は、着色顔料を主要成分としたカラーベース塗料組成物を用いて塗膜を形成し、その上に光輝性顔料を主要成分とした光輝ベース塗料組成物を用いて塗膜を形成することも可能である。このような方法によって上塗りベース塗膜を形成することも可能であり、そして本発明においては、このような上塗りベース塗膜形成の態様も含んでいる。
【0082】
水性上塗りベース塗料組成物における、顔料分散ペースト中の顔料分散剤の配合割合は、顔料分散ペーストの固形分に対して、3〜50重量%であることが好ましい。3重量%未満であると、顔料を安定に分散することができず、50重量%を超えると、得られる塗膜の物性が低下するおそれがある。
【0083】
水性上塗りベース塗料組成物は、上記顔料分散ペーストと、上塗りベース樹脂成分である上塗りベース樹脂及び上塗りベース硬化剤とを混合して調製することができる。上記光輝性顔料及びその他の全ての顔料を含めた上塗りベース塗料組成物中の顔料濃度(PWC)は、一般的には0.1〜50重量%であり、好ましくは0.5〜40重量%であり、より好ましくは1〜30重量%である。50重量%を超えると塗膜外観が低下するおそれがある。
【0084】
上記水性上塗りベース塗料組成物中の顔料分散剤の含有量は、固形分基準で1〜20重量%であることが好ましい。1重量%未満であると、顔料分散剤の配合量が少ないために顔料の分散安定性に劣る場合がある。20重量%を超えると、得られる塗膜の物性が低下するおそれがある。
【0085】
上塗りベース樹脂成分である上塗りベース樹脂および上塗りベース硬化剤、そしてその他の添加剤は特に限定されるものではなく、例えば中塗り塗料組成物で用いることができるものを挙げることができる。顔料分散性や作業性の点において、上塗りベース樹脂および上塗りベース硬化剤の組み合わせとして、アクリル樹脂及び/又はポリエステル樹脂とメラミン樹脂との組み合わせが好ましい。
【0086】
水性上塗りベース塗料組成物は、水性中塗り塗料組成物と同様に調製することができる。また、溶剤上塗りベース塗料組成物についてもまた、上記溶剤中塗り塗料組成物と同様に調製することができる。
【0087】
上塗りクリヤー塗料組成物
上塗りクリヤー塗料組成物は、上塗りクリヤー樹脂成分、各種添加剤および溶媒を含有する。上塗りクリヤー塗料組成物に含まれる上塗りクリヤー樹脂成分は、上塗りクリヤー塗料樹脂と必要に応じて上塗りクリヤー塗料硬化剤とから構成される。上記上塗りクリヤー塗料組成物に含まれる上塗りクリヤー樹脂成分(上塗りクリヤー塗料樹脂、上塗りクリヤー塗料硬化剤)、各種添加剤および有機溶媒としては、上記中塗り塗料組成物に関して記載したものがいずれも使用できる。
【0088】
上塗りクリヤー樹脂成分である上塗りクリヤー塗料樹脂および上塗りクリヤー塗料硬化剤の好ましい組み合わせとして、アクリル樹脂とメラミン樹脂との組み合わせが挙げられる。この場合アクリル樹脂としては、酸価10〜200、水酸基価30〜200、および数平均分子量2000〜50000のものが好ましい。
【0089】
上塗りクリヤー塗料組成物は、上記の上塗りベース塗料組成物を塗装後、未硬化の状態で塗装するため、粘性制御剤を添加剤として含有することが好ましい。粘度制御剤を加えることによって、塗膜の層間のなじみや反転、またはタレなどを防止することができる。粘性制御剤の添加量は、上塗りクリヤー塗料組成物の樹脂固形分100重量部に対して0.01〜10重量部であるのが好ましく、0.02〜8重量部であるのがより好ましく、0.03〜6重量部であるのがとりわけ好ましい。10重量部を超えると、塗膜外観が低下するおそれがあり、また0.01重量部未満であると、粘性制御効果が得られず、タレ等の不具合を起こす原因となるおそれがある。
【0090】
上塗りクリヤー塗料組成物は、溶剤型、水性型(水溶性、水分散性、エマルジョン)、非水分散型、粉体型のいずれであってもよい。上塗りクリヤー塗料組成物は、上記成分に加えて、必要に応じて硬化触媒、表面調整剤などを含んでもよい。上塗りクリヤー塗料組成物は、透明性を損なわない程度に上述した着色顔料や光輝材を配合することができ、更に、硬化促進剤、レベリング剤、紫外線吸収剤、光安定剤等の添加剤を使用することができる。
【0091】
上塗りクリヤー塗料組成物は、水性中塗り塗料組成物または溶剤中塗り塗料組成物と同様に調製することができる。また上塗りクリヤー塗料組成物は、例えば特開2002−224613号公報記載の公知の方法によって調製することもできる。また粉体上塗りクリヤー塗料組成物として、例えば、水酸基を有するアクリル樹脂やポリエステル樹脂と、この高分子化合物と反応可能な化合物、例えば、アミノ樹脂、ポリイソシアネート、ブロックイソシアネート等とを組み合わせたもの、エポキシ基を有するアクリル樹脂と多価カルボン酸、多価カルボン酸無水物等とを組み合わせたもの等であって、実質的に水や有機溶媒を含有しないものを調製することができる。
【0092】
複層塗膜形成工程
スリーウェット塗装による複層塗膜形成方法においては、上記方法により得られた硬化電着塗膜の上に未硬化の中塗り塗膜を形成する。中塗り塗膜を形成する方法として、スプレー法、ロールコーター法などを用いて中塗り塗料組成物を塗装する方法が挙げられる。塗装方法として具体的には、「リアクトガン」といわれるエアー静電スプレーを用いたり、「マイクロ・マイクロ(μμ)ベル」、「マイクロ(μ)ベル」、「メタベル」などといわれる回転霧化式の静電塗装機を用いたりして塗装するのが好ましい。この中で、回転霧化式の静電塗装機を用いて塗装するのが、特に好ましい。
【0093】
中塗り塗膜の好ましい乾燥膜厚は、一般に10〜80μmであり、より好ましくは10〜50μmである。但し、スリーウェット塗装においては、中塗り塗膜の乾燥膜厚は10〜40μmであるのが好ましく、15〜30μmであるのがより好ましい。スリーウェット塗装において、中塗り塗膜の乾燥膜厚が40μmを超える場合は、タレ、ワキなどが発生するおそれがあり、これにより得られる複層塗膜の外観が劣ることとなるおそれがある。また乾燥膜厚が10μmより薄い場合は、得られる複層塗膜の塗膜外観、色相、チッピング性などの性能が劣ることとなるおそれがある。
【0094】
次いで、得られた未硬化の中塗り塗膜上に、上塗りベース塗料組成物を塗装して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する。上塗りベース塗料組成物の塗装方法は特に限定されないが、上記中塗り塗料組成物の塗装方法として例示した方法を挙げることができる。上塗りベース塗料組成物を自動車車体等に対して塗装する場合の具体的な塗装方法として、エアー静電スプレーによる多ステージ塗装、好ましくは2ステージ塗装を行なうことによって、意匠性を高めることができる。または、エアー静電スプレーと上記の回転式霧化式の静電塗装機とを組合せた塗装方法により、塗装してもよい。
【0095】
この上塗りベース塗膜を形成することにより、意匠性が付与され、そして前工程で形成された中塗り塗膜との密着性確保および次工程で塗り重ねられる上塗りクリヤー塗膜との密着性が確保される。上塗りベース塗膜の乾燥膜厚は、1コートにつき5〜50μmが好ましく、10〜30μmがより好ましい。上塗りベース塗膜の形成後は、加熱硬化させることなく次工程の上塗りクリヤー塗膜の形成工程に移る。上塗りクリヤー塗膜を形成する前に、加熱硬化(焼付け)処理で用いられる温度より低い温度でプレヒートを行なってもよい。
【0096】
上塗りクリヤー塗膜は、上塗りベース塗膜上に、上塗りクリヤー塗料組成物を塗装することによって得られる。この上塗りクリヤー塗料組成物は、ウェットオンウェット方式で、未硬化の上塗りベース塗膜上に塗装される。
【0097】
上記上塗りクリヤー塗膜を形成する方法は特に限定されないが、スプレー法、ロールコーター法等が好ましい。上記上塗りクリヤー塗膜の乾燥膜厚は、1コートにつき20〜50μmが好ましく、25〜40μmがより好ましい。上塗りクリヤー塗膜を形成することにより、上塗りベース塗膜が保護され、および得られる複層塗膜に深み感を付与することができる。
【0098】
本発明の1態様であるスリーウェット塗装においては、上塗りクリヤー塗膜を形成した後に、未硬化の中塗り塗膜、未硬化の上塗りベース塗膜および上塗りクリヤー塗膜の3層の塗膜を、120〜160℃、より好ましくは140〜150℃で、25〜35分間加熱して硬化させて、複層塗膜を得ることができる。この方法では、中塗り塗料組成物、上塗りベース塗料組成物および上塗りクリヤー塗料組成物は、この順番に、それぞれウェットオンウェットで塗装される。つまり未硬化の塗膜が順次形成される。本発明において「未硬化」とは、完全に硬化していない状態をいい、プレヒートが行なわれた塗膜の状態も含むものである。「プレヒート」は、加熱硬化(焼付け)処理で用いられる温度より低い温度である室温〜100℃で、1〜10分間放置または加熱することにより、行なうことができる。中塗り塗膜および上塗りベース塗膜を形成した後にこのようなプレヒートを行なうことによって、より良好な仕上り外観を有する塗膜を得ることができる。
【0099】
本発明におけるスリーウェット塗装においては、環境保全および塗装衛生面などの観点から、水性中塗り塗料組成物、水性上塗りベース塗料組成物および溶剤上塗りクリヤー塗料組成物を用いるのが最も好ましい。
【0100】
ツーコート・ワンベーク塗装による複層塗膜の形成方法
複層塗膜を得る塗装方法の他の方法である、中塗りレス塗装であるツーコート・ワンベーク塗装(2C1B)による塗膜形成方法は、具体的には下記工程を包含する方法である:硬化電着塗膜の上に、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程;得られた未硬化の上塗りベース塗膜の上にクリヤー塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、および;これらの未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる加熱工程。この塗装方法は、焼付け硬化工程が少ない上にさらに塗装工程も少ない方法である。この中塗りレス塗装はさらに、揮発性有機分含有量(VOC)低減の効果にも優れているという利点がある。
【0101】
このようなツーコート・ワンベーク塗装(2C1B)による複層塗膜形成方法において、上塗りベース塗料組成物として、上記水性上塗りベース塗料組成物または溶剤上塗りベース塗料組成物を用いることができ、上塗りクリヤー塗料組成物として上記の上塗りクリヤー塗料組成物を用いることができる。
【0102】
ツーコート・ワンベーク塗装(2C1B)における複層塗膜形成工程は、中塗り塗膜形成を行うことなく上塗りベース塗料組成物および上塗りクリヤー塗料組成物を塗布することを除いては、スリーウェット塗装における複層塗膜形成工程と同様に行うことができる。
【実施例】
【0103】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。実施例中、「部」および「%」は、ことわりのない限り、重量基準による。
【0104】
製造例1 カチオン電着塗料組成物の調製
製造例1−1 アミン変性エポキシ樹脂の調製
攪拌機、冷却管、窒素導入管、温度計および滴下漏斗を装備したフラスコに、2,4−/2,6−トリレンジイソシアネート(重量比=8/2)92部、メチルイソブチルケトン(以下、MIBKと略す)95部およびジブチル錫ジラウレート0.5部を仕込んだ。反応混合物を攪拌下、メタノール21部を滴下した。反応は、室温から始め、発熱により60℃まで昇温した。その後、30分間反応を継続した後、エチレングリコールモノ−2−エチルヘキシルエーテル50部を滴下漏斗より滴下した。更に、反応混合物に、ビスフェノールA−プロピレンオキシド5モル付加体53部を添加した。反応は主に、60〜65℃の範囲で行い、IRスペクトルの測定において、イソシアネート基に基づく吸収が消失するまで継続した。
【0105】
次に、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから既知の方法で合成したエポキシ当量188のエポキシ樹脂365部を反応混合物に加えて、125℃まで昇温した。その後、ベンジルジメチルアミン1.0部を添加し、エポキシ当量410になるまで130℃で反応させた。
【0106】
続いて、ビスフェノールA61部およびオクチル酸33部を加えて120℃で反応させたところ、エポキシ当量は1190となった。その後、反応混合物を冷却し、ジエタノールアミン11部、N−エチルエタノールアミン24部およびアミノエチルエタノールアミンのケチミン化物の79重量%MIBK溶液25部を加え、110℃で2時間反応させた。その後、MIBKで不揮発分80%となるまで希釈し、アミン変性エポキシ樹脂(樹脂固形分80%)を得た。
【0107】
製造例1−2 ブロックイソシアネート硬化剤の調製
ジフェニルメタンジイソシアナート1250部およびMIBK266.4部を反応容器に仕込み、これを80℃まで加熱した後、ジブチル錫ジラウレート2.5部を加えた。ここに、ε−カプロラクタム226部をブチルセロソルブ944部に溶解させたものを80℃で2時間かけて滴下した。さらに100℃で4時間加熱した後、IRスペクトルの測定において、イソシアネート基に基づく吸収が消失したことを確認し、放冷後、MIBK336.1部を加えてガラス転移温度が0℃のブロックイソシアネート硬化剤を得た。
【0108】
製造例1−3 顔料分散樹脂の調製
まず、攪拌装置、冷却管、窒素導入管および温度計を装備した反応容器に、イソホロンジイソシアネート(以下、IPDIと略す)222.0部を入れ、MIBK39.1部で希釈した後、ここヘジブチル錫ジラウレート0.2部を加えた。その後、これを50℃に昇温した後、2−エチルヘキサノール131.5部を攪拌下、乾燥窒素雰囲気中で2時間かけて滴下した。適宜、冷却することにより、反応温度を50℃に維持した。その結果、2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(樹脂固形分90.0%)が得られた。
【0109】
次いで、適当な反応容器に、ジメチルエタノールアミン87.2部、75%乳酸水溶液117.6部およびエチレングリコールモノブチルエーテル39.2部を順に加え、65℃で約半時間攪拌して、4級化剤を調製した。
【0110】
次に、エポン(EPON)829(シェル・ケミカル・カンパニー社製ビスフェノールA型エポキシ樹脂、エポキシ当量193〜203)710.0部とビスフェノールA289.6部とを適当な反応容器に仕込み、窒素雰囲気下、150〜160℃に加熱したところ、初期発熱反応が生じた。反応混合物を150〜160℃で約1時間反応させ、次いで、120℃に冷却した後、先に調製した2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(MIBK溶液)498.8部を加えた。
【0111】
反応混合物を110〜120℃に約1時間保ち、次いで、エチレングリコールモノブチルエーテル463.4部を加え、混合物を85〜95℃に冷却し、均一化した後、先に調製した4級化剤196.7部を添加した。酸価が1となるまで反応混合物を85〜95℃に保持した後、脱イオン水964部を加えて、エポキシ−ビスフェノールA樹脂において4級化を終了させ、4級アンモニウム塩部分を有する顔料分散用樹脂を得た(樹脂固形分50%)。
【0112】
製造例1−4 顔料分散ペーストおよびカチオン電着塗料組成物(1)の調製
サンドグラインドミルに、製造例1−3で得た顔料分散用樹脂を84部、モリブデン系防錆成分であるモリブデン酸亜鉛(金属元素重量比率Mo:Zn=36:64)20部、酸化チタン(デュポン株式会社製、タイビュアR900)39部、カーボンブラック(キャボットスペシャルティ・ケミカルズ社製、ブラックパールズ280)1部、焼成カオリン40部、ジブチル錫オキサイド 4.2部およびイオン交換水100.0部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料分散ペーストを得た(固形分50%)。
【0113】
製造例1−1で得られたアミン変性エポキシ樹脂と製造例1−2で得られたブロックイソシアネート硬化剤とを固形分比で80/20で均一になるよう混合した。これに樹脂固形分100g当たり酸のミリグラム当量(MEQ(A))が30になるよう氷酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のエマルションを得た。
【0114】
このエマルション291部および上記顔料分散ペースト107部と、イオン交換水394部とを混合して、固形分20重量%のカチオン電着塗料組成物(1)を得た。このカチオン電着塗料組成物(1)の固形分中に含まれるモリブデン系防錆成分の量は4.6重量%であった。
【0115】
製造例1−5 顔料分散ペーストおよびカチオン電着塗料組成物(2)の調製
サンドグラインドミルに、製造例1−3で得た顔料分散用樹脂を84部、モリブデン系防錆成分であるモリブデン酸亜鉛(金属元素重量比率Mo:Zn=6:94)20部、その他の成分として製造例1−4と同種の顔料類を同比率で混合し、さらにイオン交換水100.0部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料分散ペーストを得た(固形分50%)。
【0116】
製造例1−1で得られたアミン変性エポキシ樹脂と製造例1−2で得られたブロックイソシアネート硬化剤とを固形分比で80/20で均一になるよう混合した。これに樹脂固形分100g当たり酸のミリグラム当量(MEQ(A))が30になるよう氷酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のエマルションを得た。
【0117】
このエマルション291部および上記顔料分散ペースト107部と、イオン交換水394部とを混合して、固形分20重量%のカチオン電着塗料組成物(2)を得た。このカチオン電着塗料組成物(2)の固形分中に含まれるモリブデン系防錆成分の量は4.6重量%であった。
【0118】
製造例1−6 顔料分散ペーストおよびカチオン電着塗料組成物(3)の調製
サンドグラインドミルに、製造例1−3で得た顔料分散用樹脂を84部、モリブデン系防錆成分であるモリブデン酸ビスマス(金属元素重量比率Mo:Bi=10:90)20部、その他の成分として製造例1−4と同種の顔料類を同比率で混合し、さらにイオン交換水100.0部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料分散ペーストを得た(固形分50%)。
【0119】
製造例1−1で得られたアミン変性エポキシ樹脂と製造例1−2で得られたブロックイソシアネート硬化剤とを固形分比で80/20で均一になるよう混合した。これに樹脂固形分100g当たり酸のミリグラム当量(MEQ(A))が30になるよう氷酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のエマルションを得た。
【0120】
このエマルション291部および上記顔料分散ペースト107部と、イオン交換水394部とを混合して、固形分20重量%のカチオン電着塗料組成物(3)を得た。このカチオン電着塗料組成物(3)の固形分中に含まれるモリブデン系防錆成分の量は4.6重量%であった。
【0121】
比較製造例1−1 顔料分散ペーストおよびカチオン電着塗料組成物(4)の調製
サンドグラインドミルに製造例1−3で得た顔料分散用樹脂を84部、モリブデン酸カルシウム(金属元素重量比率Mo:Ca=16:84)20部、その他の成分として製造例1−4と同種の顔料類を同比率で混合し、さらにイオン交換水100.0部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料分散ペーストを得た(固形分50%)。
【0122】
製造例1−1で得られたアミン変性エポキシ樹脂と製造例1−2で得られたブロックイソシアネート硬化剤とを固形分比で80/20で均一になるよう混合した。これに樹脂固形分100g当たり酸のミリグラム当量(MEQ(A))が30になるよう氷酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のエマルションを得た。
【0123】
このエマルション291部および上記顔料分散ペースト107部と、イオン交換水394部とを混合して、固形分20重量%のカチオン電着塗料組成物(4)を得た。
【0124】
比較製造例1−2 顔料分散ペーストおよびカチオン電着塗料組成物(5)の調製
サンドグラインドミルに製造例1−3で得た顔料分散用樹脂を84部、モリブデン酸亜鉛(金属元素重量比率Mo:Zn=60:40)20部、その他の成分として製造例1−4と同種の顔料類を同比率で混合し、さらにイオン交換水100.0部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料分散ペーストを得た(固形分50%)。
【0125】
製造例1−1で得られたアミン変性エポキシ樹脂と製造例1−2で得られたブロックイソシアネート硬化剤とを固形分比で80/20で均一になるよう混合した。これに樹脂固形分100g当たり酸のミリグラム当量(MEQ(A))が30になるよう氷酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のエマルションを得た。
【0126】
このエマルション291部および上記顔料分散ペースト107部と、イオン交換水394部とを混合して、固形分20重量%のカチオン電着塗料組成物(5)を得た。
【0127】
比較製造例1−3 顔料分散ペーストおよびカチオン電着塗料組成物(6)の調製
サンドグラインドミルに製造例1−3で得た顔料分散用樹脂を84部、酸化チタン(デュポン株式会社製、タイビュアR900)39部、カーボンブラック(キャボットスペシャルティ・ケミカルズ社製、ブラックパールズ280)1部、焼成カオリン60部、ジブチル錫オキサイド 4.2部およびイオン交換水100.0部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料分散ペーストを得た(固形分50%)。
【0128】
製造例1−1で得られたアミン変性エポキシ樹脂と製造例1−2で得られたブロックイソシアネート硬化剤とを固形分比で80/20で均一になるよう混合した。これに樹脂固形分100g当たり酸のミリグラム当量(MEQ(A))が30になるよう氷酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のエマルションを得た。
【0129】
このエマルション291部および上記顔料分散ペースト107部と、イオン交換水394部とを混合して、固形分20重量%のカチオン電着塗料組成物(6)を得た。
【0130】
製造例2 水性中塗り塗料組成物の調製
製造例2−1 水溶性ポリエステル樹脂の調製
反応容器にイソフタル酸200.0部、無水フタル酸179.0部、アジピン酸176.0部、トリメチロールプロパン150.0部、ネオペンチルグリコール295.0部、ジブチルスズオキサイド2部を仕込み、窒素気流中で加熱し原料を融解させた後も混合撹拌しながら170℃まで徐々に昇温した。その後更に、3時間かけて220℃まで昇温しながら、脱水エステル交換させた。酸価が10となったところで150℃まで冷却した。更に、ヘキサヒドロフタル酸114.0部を加えて1時間反応させて反応を終了した。更に、100℃まで冷却した後、ブチルセロソルブ112.0部を加えてポリエステル樹脂を得た。得られたポリエステル樹脂は、固形分酸価50、水酸基価65、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィ)によって得られた重量平均分子量が10000であった。このポリエステル樹脂を60℃に冷却し、ジメチルエタノールアミン80.0部及びイオン交換水を加えて、不揮発分が50%のポリエステル樹脂を得た。
【0131】
製造例2−2 ポリエステル樹脂エマルションの製造
イオン交換水94部にニューコール1120(日本乳化剤社製)33.4部及びエチレングリコールモノn−ヘキシルセロソルブ6部を分散させた。上記ポリエステル樹脂を111.1部撹拌しながら、先ほどの分散液中にドロップすることで、不揮発分47.5%のノニオン性分散剤で被覆されたポリエステル樹脂エマルションを得た。
【0132】
製造例2−3 着色顔料ペーストの製造
市販の顔料分散剤Disperbyk 190(ビックケミー社製;固形分40重量%)9.4部、イオン交換水36.8部、ルチル型二酸化チタン74.8部、カーボンブラック0.03部及び酸化鉄エロー0.07部を予備混合を行った後、ペイントコンディショナー中でガラスビーズ媒体を加え、室温で粒度5μm以下となるまで混合分散し、着色顔料ペーストを得た。顔料ペーストの製造において、粒度5μm以下となるまでの所要時間は、15分間であった。
【0133】
製造例2−4 水性中塗り塗料組成物の調製
製造例2−3で得た着色ペーストを121.2部、製造例1で得た水溶性ポリエステル樹脂28.8部、製造例2−2で得たポリエステル樹脂エマルション190.2部、サイメル235(三井サイテック社製)33.8部、イオン交換水21.1部加え、混合撹拌して、水性中塗り塗料組成物を得た。
【0134】
製造例3 溶剤中塗り塗料組成物の調製
製造例3−1 ポリエステル樹脂溶液の調製
温度計、撹拌機、温度制御装置、還流冷却器、窒素導入管および分留器を備えた反応容器に、ヘキサヒドロ無水フタル酸258部、イソフタル酸184部、トリメチロールプロパン213部、ネオペンチルグリコール180部、ヒドロキシピバリン酸ネオペンチルグリコールエステル72部およびカージュラE−10(シェル化学社製バーサティック酸グリシジルエステル)94部を仕込み、180℃に加熱した。上記原料が融解し撹拌が可能となった後、ジブチルスズオキサイド0.2部投入して撹拌を開始し、反応容器を180℃から220℃まで3時間かけて、一定の昇温速度を保ちながら昇温し、生成する縮合水は系外へ留去した。220℃に達したところで撹拌したまま1時間保温し、還流溶剤としてキシレン17部を徐々に添加し、さらに反応を進行させた。樹脂酸価が10になったところで、150℃に冷却し、プラクセルM(ダイセル化学工業社製ε−カプロラクトン)を182部滴下し、撹拌したまま1時間保持した後、100℃まで冷却した。さらに、キシレン264部を加え、GPC測定による数平均分子量1400、固形分79重量%、水酸基価210、酸価8のポリエステル樹脂溶液を得た。
【0135】
製造例3−2 非水分散樹脂液の製造
(a)分散安定樹脂の製造
温度計、撹拌機、温度制御装置、還流冷却器および窒素導入管を備えた反応容器に、酢酸ブチル90部を仕込み、メタクリル酸メチル38.9部、メタクリル酸ステアリル38.8部、アクリル酸2−ヒドロキシエチル22.3部およびアゾビスイソブチロニトリル5.0部からなる、計算で求められた溶解性パラメータが9.5であるモノマー混合液のうち20部を加え、撹拌しながら加熱し、80℃まで温度を上昇させた。還流させながら上記モノマー混合液の残り85.0部を3時間かけて滴下し、次いで、アゾビスイソブチロニトリル0.5部および酢酸ブチル10部からなる溶液を30分間かけて滴下した。反応溶液をさらに80℃に保持したまま2時間撹拌還流させた後、反応を終了させ、GPC測定による数平均分子量5600、固形分50重量%の分散安定樹脂溶液を得た。
【0136】
(b)非水分散樹脂液の製造
温度計、撹拌機、温度制御装置、還流冷却器および窒素導入管を備えた反応容器に、酢酸ブチル35部および得られた分散安定樹脂60部を仕込み、100℃に昇温した。さらに、これにスチレン7.0部、メタクリル酸1.8部、メタクリル酸メチル12.0部、アクリル酸エチル8.5部、アクリル酸2−ヒドロキシエチル40.7部およびアゾビスイソブチロニトリル1.4部からなる計算で求められた溶解性パラメータが11.8であるモノマー混合液を3時間かけて滴下し、次いで、アゾビスイソブチロニトリル0.1部と酢酸ブチル1部からなる溶液を30分間かけて滴下した。反応溶液を撹拌したままさらに1時間保持した後、酢酸ブチルで希釈し、平均粒子径0.18μm、固形分40重量%、25℃における粘度300cps、ガラス転移温度23℃、水酸基価162の非水分散樹脂液を得た。
【0137】
製造例3−3 着色顔料ペーストの調製
製造例3−1で得られたポリエステル樹脂溶液328部に対して、ルチル型二酸化チタン981.7部、カーボンブラック0.39部、酸化鉄エロー0.92部、酢酸ブチル159部およびキシレン82部を順に加え、プレミックスを行った後、1552部のガラスビーズを投入し、サンドグラインドミルで3時間分散し、グラインドゲージにて粒度が5μm以下となった時点で分散を終了し、キシレン81.8部を添加した後、約10分間撹拌し、濾過によってガラスビーズを除去して顔料ペーストを得た。
【0138】
製造例3−4 溶剤中塗り塗料組成物の調製
製造例3−3で得た着色ペーストを83.1部、製造例3−1で得たポリエステル樹脂溶液21.0部、製造例3−2で得た非水分散樹脂液87.5部、サイメル254(三井サイテック社製)37.5部、ポリテトラメチレングリコールエーテル(PTMG1000、三菱化学社製)5.2部加え、混合撹拌して、中塗り塗料組成物を得た。
【0139】
実施例1 硬化電着塗膜の形成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を、日本ペイント社製サーフクリーナー53を用いて脱脂した。得られた鋼板に、化成処理を施すことなく、製造例1−4より得られたカチオン電着塗料組成物(1)を、乾燥塗膜が15μmとなるように電着塗装し、160℃で30分間焼き付け、硬化電着塗膜を得た。
さらに、以下の通り作成した、バリ部を有する試験片、カット部を有する試験片についても、上記と同様に電着塗装し硬化電着塗膜を得た。
【0140】
バリ部を有する試験片の作成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)に、直径35mmの孔を2個打ち抜き、バリ部を有する試験片を作成した。バリ取りなどの後作業をすることなく、そのまま上記と同様に塗装を行った。
【0141】
カット部を有する試験片の作成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を作成し、これをカット部を有する試験片として用いた。
【0142】
実施例2 硬化電着塗膜の形成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を、日本ペイント社製サーフクリーナー53を用いて脱脂した。得られた鋼板に、化成処理を施すことなく、製造例1−5より得られたカチオン電着塗料組成物(2)を、乾燥塗膜が15μmとなるように電着塗装し、160℃で30分間焼き付け、硬化電着塗膜を得た。
【0143】
実施例3 硬化電着塗膜の形成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を、日本ペイント社製サーフクリーナー53を用いて脱脂した。得られた鋼板に、化成処理を施すことなく、製造例1−6より得られたカチオン電着塗料組成物(3)を、乾燥塗膜が15μmとなるように電着塗装し、160℃で30分間焼き付け、硬化電着塗膜を得た。
【0144】
比較例1 硬化電着塗膜の形成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を、日本ペイント社製サーフクリーナー53を用いて脱脂した。得られた鋼板に、化成処理を施すことなく、比較製造例1−1より得られたカチオン電着塗料組成物(4)を、乾燥塗膜が15μmとなるように電着塗装し、160℃で30分間焼き付け、硬化電着塗膜を得た。
【0145】
比較例2 硬化電着塗膜の形成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を、日本ペイント社製サーフクリーナー53を用いて脱脂した。得られた鋼板に、化成処理を施すことなく、比較製造例1−2より得られたカチオン電着塗料組成物(5)を、乾燥塗膜が15μmとなるように電着塗装し、160℃で30分間焼き付け、硬化電着塗膜を得た。
【0146】
比較例3 硬化電着塗膜の形成
冷延鋼板(JIS G 3141:SPCC−SD、150×70×0.8mm)を、日本ペイント社製サーフクリーナー53を用いて脱脂した。得られた鋼板に、化成処理を施すことなく、比較製造例1−3より得られたカチオン電着塗料組成物(6)を、乾燥塗膜が15μmとなるように電着塗装し、160℃で30分間焼き付け、硬化電着塗膜を得た。
【0147】
実施例4 スリーウェット塗装による複層塗膜の形成
実施例2によって形成された硬化電着塗膜上に、製造例2により調製された水性中塗り塗料組成物をエアスプレー塗装にて20μm塗装し、80℃で5分プレヒートを行った後、アクアレックス2000パールマイカベース(日本ペイント社製水性アクリルメラミン系パールマイカベース塗料組成物)をエアスプレー塗装にて13μm塗装し、80℃で3分プレヒートを行った。更に、その塗板にマックフローO−1800W−2クリヤー(日本ペイント社製酸エポキシ硬化型クリヤー塗料組成物)をエアスプレー塗装にて35μm塗装した後、140℃で30分焼付けを行い、複層塗膜を有する試験片を得た。なお、水性中塗り塗料組成物、水性上塗りベース塗料組成物(アクアレックスAR−2000ベース)、上塗りクリヤー塗料組成物(マックフローO−1800W−2クリヤー)は、下記条件で希釈し、塗装した。
シンナー:イオン交換水、40秒/No.4フォードカップ/20℃(水性中塗り塗料組成物)
シンナー:イオン交換水、45秒/No.4フォードカップ/20℃(水性上塗りベース塗料組成物)
シンナー:EEP(エトキシエチルプロピオネート)/S−150(エクソン社製芳香族系炭化水素溶剤)=1/1、30秒/No.4フォードカップ/20℃(上塗りクリヤー塗料組成物)
【0148】
実施例5 スリーウェット塗装(3WET)による複層塗膜の形成
実施例2によって形成された硬化電着塗膜の代わりに、実施例1によって形成された硬化電着塗膜を用いたこと以外は、実施例4と同様に塗膜形成を行い、複層塗膜を有する試験片を得た。
【0149】
実施例6 ツーコート・ワンベーク塗装(2C1B、中塗りレス塗装)による複層塗膜の形成
実施例2によって形成された硬化電着塗膜上に、アクアレックス2000パールマイカベース(日本ペイント社製水性パールマイカベース塗料組成物)をエアスプレー塗装にて13μm塗装し、80℃で3分プレヒートを行った。更に、その塗板にマックフローO−1800W−2クリヤー(日本ペイント社製酸エポキシ硬化型クリヤー塗料組成物)をエアスプレー塗装にて35μm塗装した後、140℃で30分焼付けを行い、複層塗膜を有する試験片を得た。なお、水性上塗りベース塗料組成物(アクアレックスAR−2000ベース)、上塗りクリヤー塗料組成物(マックフローO−1800W−2クリヤー)は、下記条件で希釈し、塗装した。
シンナー:イオン交換水、45秒/No.4フォードカップ/20℃(水性上塗りベース塗料組成物)
シンナー:EEP(エトキシエチルプロピオネート)/S−150(エクソン社製芳香族系炭化水素溶剤)=1/1、30秒/No.4フォードカップ/20℃(上塗りクリヤー塗料組成物)
【0150】
比較例4 スリーウェット塗装による複層塗膜の形成
実施例2によって形成された硬化電着塗膜の代わりに、比較例1によって形成された硬化電着塗膜を用いたこと以外は、実施例4と同様に塗膜形成を行い、複層塗膜を有する試験片を得た。
【0151】
比較例5 ツーコート・ワンベーク塗装(中塗りレス塗装)による複層塗膜の形成
実施例2によって形成された硬化電着塗膜の代わりに、比較例1によって形成された硬化電着塗膜を用いたこと以外は、実施例6と同様に塗膜形成を行い、複層塗膜を有する試験片を得た。
【0152】
上記実施例および比較例の方法により形成した塗膜について、以下の評価試験を行った。
【0153】
クロスカット部塩水噴霧試験(SST)
上記実施例および比較例によって形成された硬化電着塗膜および複層塗膜に対して、基材に達するようにナイフでクロスカット傷を入れ、塩水噴霧試験(JIS Z 2371)を480時間行った。その後、クロスカット部からの錆およびフクレの発生について下記基準により評価を行った。評価結果を表1、2に示す。
○:発生した錆またはフクレの最大幅が、クロスカット部より1mm未満
△:発生した錆またはフクレの最大幅が、クロスカット部より1mm以上3mm未満
×:発生した錆またはフクレの最大幅が、クロスカット部より3mm以上
【0154】
バリ部塩水噴霧試験(SST)
バリ部を有する試験片に形成された、上記実施例および比較例の硬化電着塗膜および複層塗膜について、塩水噴霧試験(JIS Z 2371)を480時間行った。その後、バリ部からの錆およびフクレの発生について下記基準により評価を行った。評価結果を表1、2に示す。
○:発生した錆またはフクレの最大幅が、バリ部より1mm未満
△:発生した錆またはフクレの最大幅が、バリ部より1mm以上3mm未満
×:発生した錆またはフクレの最大幅が、バリ部より3mm以上
【0155】
【表1】

【0156】
【表2】

【0157】
上記実験結果に示されるように、本発明の塗膜形成方法は、化成処理を施していない鋼材に塗膜を形成する場合であっても、防錆性に優れた硬化電着塗膜および積層塗膜を形成することができることが確認された。本発明の方法はさらに、一般に防錆性に優れた塗膜を形成することが困難であるエッジ部および/またはバリ部を有する鋼材を用いる場合であっても、防錆性に優れた塗膜を形成することができることも確認された。
【産業上の利用可能性】
【0158】
本発明の方法により形成される塗膜は、化成処理を施していない鋼材に形成される場合であっても、防錆性に優れているという特徴を有する。本発明の方法を用いることによって、化成処理に関する維持管理に必要とされるコストおよび労力を削減することができる。さらに、本発明の方法により得られる電着塗膜は防錆性に優れるため、いわゆる中塗りレス塗装であるツーコート・ワンベーク塗装、スリーコート・ワンベーク塗装などの塗装工程および焼付け硬化工程が少ない塗装方法により複層塗膜を形成した場合であっても、防錆性および耐食性などの塗膜性能が良好な塗膜を得ることができる。本方法によって、揮発性有機分含有量(VOC)低減、省エネルギーおよびコストダウンの要請に対応した焼付け硬化が少ない塗装方法であっても、防錆性および耐食性などに優れた複層塗膜を形成することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化成処理を施していない鋼材に、カチオン電着塗料組成物を電着塗装して電着塗膜を形成し、得られた電着塗膜を加熱硬化させて硬化電着塗膜を得る工程、を包含する、電着塗膜形成方法であって、
該電着塗膜形成工程で用いられるカチオン電着塗料組成物は、
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成され、該成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)が1:99〜50:50である、錯塩、複塩または混合化合物、
を含む、カチオン電着塗料組成物である、
電着塗膜形成方法。
【請求項2】
請求項1記載の電着塗膜形成方法により得られた硬化電着塗膜の上に、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程、
得られた未硬化の上塗りベース塗膜の上に、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、
該未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる加熱工程、
を包含する、複層塗膜形成方法。
【請求項3】
請求項1記載の電着塗膜形成方法により得られた硬化電着塗膜の上に中塗り塗料組成物を塗布して、未硬化の中塗り塗膜を得る工程、
得られた未硬化の中塗り塗膜の上に、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程、
得られた未硬化の上塗りベース塗膜の上に、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、
該未硬化の中塗り塗膜、未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱硬化させる加熱工程、
を包含する、複層塗膜形成方法。
【請求項4】
(a)モリブデン酸、および
(b)亜鉛、セリウム、ビスマス、ジルコニウムおよびイットリウムからなる群から選択される金属または金属酸化物、
から構成され、該成分(a)および(b)の金属元素重量比率(a):(b)が1:99〜50:50である、錯塩、複塩または混合化合物、
を含むカチオン電着塗料組成物中に、化成処理を施していない鋼材を浸漬し、電圧を印加することにより、被塗物の表面上に電着塗膜を形成する工程、
を包含する、塗膜形成において防錆性を向上させる方法。

【公開番号】特開2009−114468(P2009−114468A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285081(P2007−285081)
【出願日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】