説明

駆動力配分装置

【課題】振動などの影響を受けることなく、電磁石の空隙の透磁率を一定に維持することを可能とし、更には引きずりトルクを大幅に低減することを可能とし、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを防止することを可能とした駆動力配分装置を提供する。
【解決手段】駆動力配分装置1は、ケース2内に回転可能に支持されたケース状の入力回転部材20及び入力回転部材20内に相対回転可能に支持された出力回転部材4間のトルク伝達を行うクラッチ機構と、入力回転部材20の入力側に形成された壁部23aの外側に設けられ、通電により入力回転部材20の壁部23aとの間で作用する磁気吸引力によりクラッチ機構に向けて移動する電磁石70と、ケース2及び電磁石70間に介在され、電磁石70を入力回転部材20の壁部23aに向けて付勢するバネ部材31とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁式摩擦クラッチを備えた駆動力配分装置に係わり、特に、クラッチ機構を断続操作する電磁石の空隙の安定化とクラッチ伝達トルク特性の向上とを図った駆動力配分装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば電磁式摩擦クラッチを備えた四輪駆動車における各種の駆動力配分装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1に記載された従来の駆動力配分装置は、入力回転部材と出力回転部材との間のトルク伝達を行うメインクラッチの締結を、電磁石の通電により締結するパイロットクラッチにより調整している。そのパイロットクラッチは、フロントハウジング内に設けられており、パイロットクラッチの一側には、アーマチャが配置されている。パイロットクラッチの他側には、リヤハウジングが配置されており、そのリヤハウジング内には、ヨーク内に嵌着された電磁石が配置されている。
【0003】
この従来の駆動力配分装置によれば、電磁石への通電により、ヨーク、リヤハウジング、アーマチャ、パイロットクラッチ、リヤハウジング及びヨーク間を循環する磁気回路が形成され、電磁石によりアーマチャを吸引してパイロットクラッチを押付けることでパイロットクラッチが締結される。その締結によりスラスト力を発生するカム機構により、メインクラッチに対する押付け力に変換し、その押付け力をメインクラッチへ伝達することで、入力回転部材から出力回転部材へ駆動力が伝達される。
【0004】
パイロットクラッチに対する押付け力は、電磁石のコイルにより励起された磁束がパイロットクラッチを貫通してアーマチャを吸引することで発生する。そのため、パイロットクラッチは、磁気を通し易いという特性とクラッチプレートの摩擦特性との両方を兼ね備えた構成を必要とする。これにより、パイロットクラッチは鉄製であり、その鉄製のクラッチプレートの摺動面には、摩擦係合による摩耗を抑制する表面処理が施されている。磁気回路の一部を構成するリヤハウジングのパイロットクラッチの中間部と対応する部位には、非磁性体が埋設されている。
【0005】
パイロットクラッチの表面処理としては、クラッチプレートの摺動面に同心円上に設けられた多数の微細な幅の溝部、あるいは多数の格子状の溝部を形成するとともに、その摺動面の組成を窒化処理又は焼き入れ焼き戻し処理により変化させたり、クラッチプレートの摺動面にダイヤモンド状炭素薄膜を施したりしている。この表面処理により、クラッチプレートの摺動面を強化して摩耗を減らすようにしている。
【0006】
この種の駆動力配分装置の他の一例としては、例えばオイルで潤滑されたとき最適に機能する摩擦クラッチ紙をパイロットクラッチのクラッチプレート摺動面に設けた駆動力配分装置がある(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
この特許文献2に記載された従来の駆動力配分装置は、入力回転部材を回転可能に支持するハウジング内に電磁石を固定している。パイロットクラッチは、入力回転部材の内面に設けられており、入力回転部材を介して電磁石が対向して配置されている。パイロットクラッチの入力回転部材と反対側には、電磁石のプランジャに連結されたアーマチュア(作用プレート)が対向して配置されている。
【特許文献1】特開2003−28218号公報
【特許文献2】特開2005−61629号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、オイルで潤滑されたときクラッチプレート同士が対向する2面間に介在するオイルの粘性抵抗により引きずりトルクが発生する。大きな引きずりトルクが発生する原因の一つとしては、クラッチプレート摺動面(摩擦面)が広いことにある。すなわち、オイル粘性による引きずりトルクは、クラッチプレート同士が対向する2面の面積に比例する。
【0009】
上記特許文献1に記載された従来の駆動力配分装置は、パイロットクラッチが磁気回路の一部を構成しているため、パイロットクラッチの磁気通路断面積を、磁気を通し易くする所定の広さに設定する必要がある。そのため、クラッチプレートの摺動面に加えて、クラッチプレートの摺動面としては必要としない磁気通路断面を形成しなければならず、パイロットクラッチを大きく形成せざるを得なかった。その結果、引きずりトルクを減少させるのには限界があり、引きずりトルクを小さくすることが困難になるという問題点があった。特に低温時の大きな引きずりトルクを前提としてデファレンシャルやドライブシャフトの強度を大きく設計しなければならず、駆動力配分装置が大型化することと相まって、車体の重量が増加し、製作コストが高騰するという問題点があった。また、低温時にはタイトコーナーブレーキング現象の発生を回避することができないので、車両操縦性の悪化を招くという問題点もあった。
【0010】
また、この従来の駆動力配分装置は、パイロットクラッチが鉄同士の摩擦のためスティック・スリップによる振動、騒音が発生しやすい。その対策としては、クラッチプレート摺動面に種々の油溝を設けたり、耐摩耗牲を持たせたりするために窒化処理又は焼き入れ焼き戻し処理やダイヤモンド状炭素薄膜を施しているが、加工コストが高くなるという問題点があった。また、これらの処理を施したとしても、油溝の摩耗などによりパイロットクラッチの摩耗特性(μ−V特性)が使用中に悪化して、車両の振動・騒音が発生するという問題点もあった。また、この従来の駆動力配分装置は、磁気回路の一部を構成するリヤハウジングに埋設された非磁性体を挟んで、フロントハウジング側のアーマチュアとリヤハウジング側の電磁石とを配置し、アーマチュア及び非磁性体間にパイロットクラッチを配置した構造とされており、この非磁性体との接合構造の製作コストが高騰するという問題点もあった。
【0011】
一方、上記特許文献2に記載された従来の駆動力配分装置にあっては、電磁石のヨークとアーマチュア(プランジャ)の空隙が、特に軸方向の荷重に対して変形が大きいボールベアリングを介して維持されている。そのため、この従来の駆動力配分装置は、電磁式カップリングとハウジングとの位置関係に影響され、電磁石のヨークとアーマチュア(プランジャ)の空隙が不安定となり、製品ごとにクラッチ伝達トルク特性のバラツキが発生するという問題点があった。
【0012】
従って、本発明は、上記従来の課題を解消すべくなされたものであり、その具体的な目的は、振動などの影響を受けることなく、電磁石の空隙の透磁率を一定に維持することを可能とし、更には引きずりトルクを大幅に低減することを可能とし、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを防止することを可能とした駆動力配分装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
[1]本発明は、第1の内部空間を有するケースと、前記ケースの前記第1の内部空間に回転可能に支持され、第2の内部空間を有するケース状の入力回転部材と、前記入力回転部材の前記第2の内部空間に相対回転可能に支持された出力回転部材と、前記入力回転部材及び前記出力回転部材間の前記第2の内部空間にあって、前記入力回転部材及び前記出力回転部材間のトルク伝達を行うメインクラッチと、前記メインクラッチの伝達トルクを調整するパイロットクラッチと、前記パイロットクラッチの伝達トルクを前記メインクラッチに対する押付け力に変換するカム機構と、前記入力回転部材の入力側に形成された壁部の外側に設けられ、通電により前記入力回転部材の壁部との間で作用する磁気吸引力により前記パイロットクラッチに向けて移動する電磁石と、前記ケース及び前記電磁石間に介在され、前記電磁石を前記入力回転部材の壁部に向けて付勢するバネ部材とを備えたことを特徴とする駆動力配分装置にある。
[2]上記[1]記載の発明にあって、前記パイロットクラッチは、互いに摩擦係合する複数のクラッチプレートを有し、前記複数のクラッチプレートのうち一方のクラッチプレートの摺動面に紙製のフェーシングを設けたことを特徴としている。
[3]上記[1]記載の発明にあって、前記入力回転部材の前記壁部の内部に移動可能に配され、前記パイロットクラッチを押付ける押圧部材を有し、前記押圧部材は、前記電磁石の移動に応じて前記パイロットクラッチの操作力を調整することを特徴としている。
[4]上記[3]記載の発明にあって、前記電磁石及び前記押圧部材間にスラストニードルベアリングとプレート部材が介在されていることを特徴としている。
[5]上記[1]記載の発明にあって、前記電磁石は、前記ケースの内周面に支持されていることを特徴としている。
[6]上記[1]記載の発明にあって、前記電磁石は、前記入力回転部材に対して相対回転可能及び軸線方向移動可能に支持され、かつ、前記ケースに対しては回転不能に支持されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、振動などの影響を受けることなく、電磁石及びカップリングケース間に一定の空隙を形成することが可能となり、クラッチ応答牲の悪化を防止することができる。電磁石に作用する磁気吸引力をパイロットクラッチに対して直接加えることが可能となり、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づいて具体的に説明する。
【0016】
四輪駆動車の基本構成は、エンジン、トランスミッション、フロントデフ、トランスファ、左右一対の前輪車軸、一対の前輪、プロペラシャフト、駆動力配分装置、リヤデフ、左右一対の後輪車軸、一対の後輪により主に構成されている。駆動力配分装置及びリヤデフは、リヤデフケース内に収容支持されるとともに、リヤデフケースを介して車体に支持されている。
【0017】
上記のように構成された四輪駆動車では、エンジンからの駆動力は、トランスミッションを介してフロントデフに伝達され、左右一対の前輪車軸を介して一対の前輪に伝達される。一方、トランスファに伝達された駆動力は、プロペラシャフトを介して駆動力配分装置に伝達される。その駆動力配分装置がトルク伝達可能に連結されると、エンジンの駆動力は、駆動力配分装置のドライブピニオンシャフトを介してリヤデフに伝達され、左右一対の後輪車軸を介して一対の後輪に伝達される。
【0018】
図1は、本発明の代表的な実施の形態である駆動力配分装置の内部構造を概略的に示す断面図であり、図2は、カップリングケースの前端部側の要部断面拡大図である。
【0019】
(駆動力配分装置の構成)
図1において、符号1は、四輪駆動車のプロペラシャフトとリヤデファレンシャルとの間に配置された駆動力配分装置の全体構成を概略的に示している。この第1の実施の形態に係る典型的な駆動力伝達装置1は、入力回転部材である回転軸部21を有するカップリングケース20を備えている。このカップリングケース20は、回転軸線方向(車体前後方向)に延びる一対のケースを組み合わせたリヤデフケース2,2により覆われており、リヤデフケース2の内周面及びカップリングケース20の外周面間により所要の第1の内部空間3が形成されている。リヤデフケース2の内部には、リヤデファレンシャルを回転駆動する出力回転部材であるドライブピニオンシャフト4がカップリングケース20の回転軸部21と同一軸線上に配置されている。
【0020】
カップリングケース20の回転軸部21は、図1に示すように、エンジンからの駆動力が伝えられるプロペラシャフト側のフランジ5の円筒部内にナット6により締付固定されている。そのフランジ5には、プロペラシャフトと一体に取り付けられたフランジが連結固定されるようになっている。
【0021】
(リヤデフケースの構成)
ドライブピニオンシャフト4の前端部には、図1に示すように、円筒状のハブ27の内周面がスプライン連結されており、ベアリング15を介してカップリングケース20に相対回転可能に支持されている。ドライブピニオンシャフト4の後端部は、一対のテーパローラベアリング7,7を介してリヤデフケース2の内周面に回転可能に支承されており、スペーサ及びナットにより一体化されている。ドライブピニオンシャフト4の後端部先端には、リヤデファレンシャルのギヤ機構と噛合されるギヤ8が一体に形成されている。
【0022】
リヤデフケース2の後端部には、図1に示すように、カップリングケース20の軸受部となる円筒壁部9がカップリング側に向けて延在されている。リヤデフケース2の前端部に形成された開口とプロペラシャフト側のフランジ5の外周面との間には、オイルシール10が配されている。リヤデフケース2の円筒壁部9の内周面とドライブピニオンシャフト4との間には、オイルシール11が配されている。それらのオイルシール10,11により、リヤデフケース2の第1の内部空間3とリヤデファレンシャル側の第3の内部空間18とを区画しており、その内部空間3を密封している。プロペラシャフト側のフランジ5には、ダストカバー12が固定されており、リヤデフケース2の内部空間3にダストなどが浸入するのを防止している。
【0023】
(カップリングケースの構成)
このカップリングケース20は、図1に示すように、回転軸部21よりも大径の円筒部22と、円筒部22よりも大径の第1のハウジング23と、第1のハウジング23の後端開口部を液密に内嵌固定する円環状の第2のハウジング24とからなる多段形状を有している。第2ハウジング24の後端面には、円筒状の開口筒部25が形成されている。回転軸部21は、ベアリング13を介してリヤデフケース2内に回転可能に支承されるとともに、第2ハウジング24の開口筒部25が、シール付きベアリング14を介してリヤデフケース2の円筒壁部9の内周面に回転可能に支承されている。
【0024】
図示例によれば、この駆動力配分装置1では、リヤデフケース2の円筒壁部9の内周面及びドライブピニオンシャフト4間に介在されたオイルシール11により、カップリングケース20の第2の内部空間26とリヤデファレンシャル側の第3の内部空間18とが区画されている。そのオイルシール11とシール付きベアリング14とにより環状の設置空間を形成することで、駆動力配分装置1の回転によりリヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油を溜めるオイル溜り部80が構成されている。
【0025】
カップリングケース20の円筒部22の外周面とリヤデフケース2の内周面との間には、電磁石70を配置する環状の配置空間28が形成されている。第1ハウジング23の入力側には、電磁石70に面する段差面を形成する環状の段差壁部23aが設けられている。その段差壁部23aには、環状凹部23bが形成されている。その環状凹部23bの底面には、カップリングケース20の回転軸線を中心とする同一円周上に所定の位相差をもって複数の貫通孔23c,…,23cが軸方向に貫通して形成されている。その貫通孔23cのそれぞれには、パイロットクラッチ50の押付け力を調整する押圧部材53が軸方向移動可能に収納されている。
【0026】
(クラッチ機構の構成)
この駆動力配分装置1は、図1に示すように、カップリングケース20及びドライブピニオンシャフト4間のトルク伝達を制御するクラッチ機構をカップリングケース20内に回転軸部21と同一軸線上に配している。このクラッチ機構は、電磁石70に通電することで、カップリングケース20の段差壁部23aとの間で電磁石70に作用する磁気吸引力を、電磁石70がパイロットクラッチ50に向けて移動する操作力としたことに特徴を有している。このクラッチ機構の基本構成は、メインクラッチ40と、メインクラッチ40の伝達トルクを調整する電磁式のパイロットクラッチ50と、パイロットクラッチ50の伝達トルクをメインクラッチ40に対する押付け力に変換するカム機構60とにより主に構成されている。この駆動力配分装置1は更に、クラッチ機構を断続操作する電磁石70と、電磁石70に作用する磁気吸引力によりパイロットクラッチ50を押付ける押圧部材53とを備えている。
【0027】
(メインクラッチの構成)
メインクラッチ40は、図1に示すように、カップリングケース20の第1ハウジング23の内周面にスプライン連結された複数の円環状のアウタクラッチプレート41と、ハブ27の外周面にスプライン連結された複数の円環状のインナクラッチプレート42とを有している。メインクラッチ40と第2ハウジング24との間には、クラッチの隙間を規制する円環状のスペーサ43が配されている。インナクラッチプレート42の摩擦係合面を除く部位には、カップリングケース20の回転軸線を中心とする同一円周上に所定の位相差をもって複数の円形状の油孔44,…,44が形成されている。メインクラッチ40は、パイロットクラッチ50の締結によりメインクラッチ40側に移動するカム機構60のプレッシャリング61を介して締結される。メインクラッチ40が締結されると、第1ハウジング23及びハブ27が接続されるので、カップリングケース20からドライブピニオンシャフト4へ駆動力が伝達される。
【0028】
(パイロットクラッチの構成)
パイロットクラッチ50は、図1に示すように、2枚の円環状のアウタクラッチプレート51,51と1枚の円環状のインナクラッチプレート52とを有している。アウタクラッチプレート51は、第1ハウジング23の内周面にスプライン連結されている。一方のインナクラッチプレート52は、カム機構60のカムリング62にスプライン連結されている。インナクラッチプレート52の摩擦係合面を除く部位には、カップリングケース20の回転軸線を中心とする同一円周上に所定の位相差をもって複数の円形状の油孔54,…,54が形成されている。パイロットクラッチ50のクラッチプレート51,52の一方のクラッチプレート摺動面に紙フェーシングを使用することが好適である。パイロットクラッチ50の引きずりトルクを大幅に低減しており、高価な油溝加工や表面処理を施さなくても、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性及び耐久性を維持している。なお、メインクラッチ40のアウタクラッチプレート41及びインナクラッチプレート42のいずれか一方の摺動面に紙製のフェーシングを取り付けてもよい。
【0029】
電磁石70に通電すると、電磁石70がパイロットクラッチ50側に吸引移動される。その押圧力により押圧部材53がパイロットクラッチ50側に移動され、その押圧力によりパイロットクラッチ50が締結される。このとき、カムリング62とプレッシャリング61との間に回転トルクが生じることでカム機構60にスラスト力を発生させる。なお、図示例によると、パイロットクラッチ50のインナクラッチプレート52の枚数を1枚に設定しているが、これに限定されるものではない。この第1の実施の形態では、例えばインナクラッチプレート52を2枚もしくは3枚以上の枚数に設定してもよいことは勿論である。
【0030】
(カム機構の構成)
カム機構60は、図1に示すように、プレッシャリング61と、カムリング62と、プレッシャリング61及びカムリング62間に配されたカムボール63とにより構成されている。カム機構60は、カップリングケース20の第1ハウジング23の段差壁部23aの内周面にスラスト軸受64により受け止められ、ハブ27の外周面に配されている。プレッシャリング61には、メインクラッチ40のアウタクラッチプレート41の油孔44と対応して円形状の油路65が貫通して形成されている。その油路65は、メインクラッチ40のインナクラッチプレート42の油孔44に面する位置に配されている。
【0031】
カム機構60は、図1に示すように、メインクラッチ40の締結力を無段階に制御する。電磁石70の通電によりパイロットクラッチ50が締結されると、パイロットクラッチ50に連結されたカムリング62及びプレッシャリング61間に回転トルクが生じる。カムボール63がカムリング62及びプレッシャリング61を互いに離反する方向に押圧するスラスト力によって、プレッシャリング61がメインクラッチ40側へ移動し、メインクラッチ40が締結する。
【0032】
(電磁石の構成)
電磁石70は、図1に示すように、ヨーク71とコイル72とにより円環状に形成されている。ヨーク71は、メインクラッチ40側に開放された断面コ字状をなす円環状の凹部73を有している。その凹部73内には、同心状に保持された円環状のコイル72が液密にシールされている。そのコイル72と面する部位には、ステンレス材等からなる円環状の非磁性部材74が埋設されている。非磁性部材74は、電磁石70の磁束の短絡を防止している。電磁石70は、カップリングケース20の円筒部22の外周面とリヤデフケース2の内周面間に形成された環状の配置空間28において、カップリングケース20の段差壁部23aとの間に所定の空隙Gをもってリヤデフケース2の内周面に回転不能にかつ軸方向移動可能に支承されている。
【0033】
電磁石70には、リヤデフケース2にグロメット75を介して外部へ引き出されたリード線76が連結されている。このリード線76を介して電磁石70に通電すると、パイロットクラッチ50に磁気を通過させることなく、ヨーク71及びカップリングケース20の段差壁部23a間を循環する磁路Lが形成され、電磁石70がカップリングケース20の段差壁部23aに吸引される荷重(電磁石70に作用する磁気吸引力)をパイロットクラッチ50に対して直接付加するようになっている。電磁石70への通電電力を調整することでパイロットクラッチ50への押付け力を調整することができる。電磁石70とカップリングケース20の段差壁部23aとが近接して配されており、磁束漏れを低減させ、磁力を効率的に使用することが可能となる。
【0034】
この実施の形態では、電磁石70をリヤデフケース2の内周面に支持する構成を例示しているが、これに限定されるものではない。この構成に代えて、例えば電磁石70をカップリングケース20の円筒部22に支持することができる。電磁石70は、カップリングケース20の円筒部22の外周面にベアリングを介して相対回転可能に支持するとともに、軸方向移動可能に支持することで、リヤデフケース2の内周面に対しては回転不能に支持する構成とすることができる。
【0035】
(押圧部材の構成)
カップリングケース20の段差壁部23aに形成された環状凹部23bの貫通孔23c内には、図1に示すように、押圧部材53が軸方向移動可能に配されている。その押圧部材53は、一端に円形フランジをもつ円形のブロック体により構成されている。この段差壁部23aの環状凹部23bには、電磁石70の非磁性部材74に面するスラストニードルベアリング55と、押圧部材53に面するリングプレート56とが並設されている。電磁石70に作用する磁気吸引力は、非磁性部材74、スラストニードルベアリング55、リングプレート56及び押圧部材53へと伝えられ、パイロットクラッチ50への押付け力となる。
【0036】
以上のように構成されたクラッチ機構は、カップリングケース20との間で電磁石70に作用する磁気吸引力をパイロットクラッチ50に対する操作力としているので、パイロットクラッチ50を磁路Lの一部として構成する必要がない。パイロットクラッチ50のクラッチプレート摺動面に加えて、クラッチプレート摺動面としては必要としない磁気通路断面を形成することがなくなるので、パイロットクラッチ50をコンパクトに構成することが可能となり、小さな電流で大きなトルクを制御することができるようになる。
【0037】
(電磁石の位置規制手段)
図2は、カップリングケースの前端部側の要部断面拡大図である。同図において、カップリングケース支持用のベアリング13の外輪端面13a及びカップリングケース20の段差壁部23a間には、電磁石70が支持されている。この電磁石70のヨーク71は、ベアリング13の外輪端面13aに当接すると当接部を有している。その当接部には、ベアリング13の外輪端面13aの幅よりも狭い円環状の凸部71bが円環状の凹部71aを介してベアリング13の外輪端面13aの全周にわたって形成されている。ベアリング13の外輪端面13aにヨーク71を当接させることで、電磁石70の後退位置を規制して空隙Gの透磁率を一定に維持することができる。
【0038】
電磁石70のコイル72に通電すると、電磁石70のヨーク71及びカップリングケース20の段差壁部23a間を循環する磁路Lが形成されるが、ヨーク71及びベアリング13は磁性体からなるため、磁路Lからヨーク71及びベアリング13を介して磁束が漏れてしまうこととなる。この実施の形態にあっては、ヨーク71及びベアリング13の当接面を小さくすることで、磁束の漏洩を防止している。電磁石70に作用する磁気吸引力が安定化するので、パイロットクラッチ50の締結・締結解除の制御が容易になり、駆動力配分装置1の駆動力伝達機能を向上させることができる。なお、電磁石70のヨーク71のベアリング13の外輪端面13aに当接する当接部に、ベアリング13の外輪端面13aの幅よりも狭い円環状の凹凸部を形成してもよい。
【0039】
電磁石70とリヤデフケース2との間には、リヤデフケース2内に昇圧した内圧を大気に開放させるブリーザ室30が設けられている。電磁石70は、ブリーザ室30を覆う隔壁を構成しており、ブリーザ室30とリヤデフケース2の内部空間3とを区画している。電磁石70のヨーク71とブリーザ室30の周面を形成するリヤデフケース2の端面との間には、ベアリング13の外輪を介してバネ部材である円環状の皿バネ31が介装されている。この皿バネ31の弾性力により、電磁石70がカップリングケース20の段差壁部23aに向けて付勢されている。この皿バネ31により、ブリーザ室30が液密にシールされている。
【0040】
皿バネ31を電磁石70に向けて付勢しているので、電磁石70に振動などが加えられても、電磁石70及びカップリングケース20間に一定の空隙Gを形成することが可能となり、クラッチ応答牲の悪化を防止することができる。電磁石70への印加電流が低電流である場合でも、カップリングケース20の回転軸線方向のがたつきを防止することができるようになり、空隙Gのバラツキによるカップリングケース20に対する吸引不良を防止することができる。なお、図示例にあっては、電磁石70のヨーク71が、皿バネ31を介してベアリング13の外輪端面13aに当接しているが、図示例に限定されるものではなく、例えばコイルばねを介して、電磁石70のヨーク71がベアリング13の外輪端面13aに当接される構成であってもよい。
【0041】
(オイル循環路の構成)
このクラッチ機構を備えた駆動力配分装置1は、互いに摩擦係合又は離間する複数のクラッチプレートの滑りを伴う状態で使用される。そのため、クラッチプレート間の摩擦熱による過熱、クラッチプレートの磨耗やオイル切れなどが発生するので、カップリングケース20の内部にクラッチプレートの潤滑・冷却を行なう潤滑油を供給している。
【0042】
図示例によれば、リヤデフケース2の円筒壁部9の内周面及びドライブピニオンシャフト4間に介在されたオイルシール11により、カップリングケース20の第2の内部空間26とリヤデファレンシャル側の第3の内部空間18とが区画されている。そのオイルシール11とシール付きベアリング14とによりカップリングケース20のメインクラッチ締結側に環状の設置空間を形成することで、駆動力配分装置1の回転によりリヤデフケース2の内部空間3から撥ね上げられた潤滑油を溜めるオイル溜り部80が構成されている。撥ね上げられた潤滑油は、図示しないオイルガータに収集される。収集された潤滑油は、オイルガータの下流側に向けて流れ、オイル溜り部80に一時溜められる。
【0043】
オイル溜り部80に溜められた潤滑油は、カップリングケース20の回転により発生する遠心力で、カップリングケース20の内部空間26を攪拌する。その攪拌された潤滑油は、カップリングケース20の回転による遠心力を受けてカップリングケース20の排出孔29に捕捉されてリヤデフケース2の内部空間3へ排出される。その潤滑油は、クラッチ機構の潤滑・冷却に再度利用される。これにより、少ない潤滑油の流量でクラッチ機構を効果的に潤滑・冷却することが可能になる。
【0044】
(実施の形態の効果)
上記実施の形態である駆動力配分装置1によると、次の様々な効果が得られる。
(1)皿バネ31を電磁石70に付勢しているため、電磁石70に振動などが加えられても、電磁石70及びカップリングケース20間に一定の空隙Gを形成することが可能となり、安定したクラッチ応答牲を得ることが可能となる。
(2)電磁石70への印加電流が低電流である場合でも、カップリングケース20の回転軸線方向のがたつきや振動による異音の発生を防止することができるようになり、空隙Gのバラツキによるカップリングケース20に対する吸引不良を防止することができる。
(3)鉄製のパイロットクラッチ50に油溝加工が不要となり、高価な表面処理を必要としないため、加工コストを低減することができるとともに、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することができる。
(4)オイルの粘性による低温時の引きずりトルクを大幅に小さくすることができるようになり、デファレンシャルやドライブシャフトの強度増大を避けることで小型軽量化を達成することができるとともに、安価に製作することができる。
(5)カップリングケース支持用のベアリング13の外輪端面13aに電磁石70を当接させているため、電磁石70の後退位置を規制することができるようになり、電磁石70及びカップリングケース20間の空隙Gが安定化し、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを少なくすることができる。
(6)電磁石70及びベアリング13の当接面を小さくすることで、磁路Lからの磁束の漏洩を大幅に低減することができるので、小さな電流で大きなトルクを発生することができる。
(7)小さな電流で大きなトルクを制御することができるので、コントローラのコストも安価となる。
(8)カップリングケース20に磁気を遮断するための非磁性体接合構造を設ける必要がなくなり、製作コストを低減することができる。
(9)電磁石70のカップリングケース20に吸引される荷重をパイロットクラッチ50に対して直接付与する構成としたため、パイロットクラッチ50に紙製のフェーシングを使用することができるようになり、クラッチプレート51,52の摺動面の面積を小さくすることが可能となる。それにより、オイルの粘性による引きずりトルクを大幅に低減することが可能となり、燃費を向上させることができる。
(10)カップリングケース20内に配されるアーマチャを排除して、カップリングケース20との間で電磁石70に作用する磁気吸引力を電磁石70がパイロットクラッチ50に向けて移動する操作力としているので、パイロットクラッチ機構の設置構造を簡略化するとともに、カップリングケース20内の設置スペースを有効に利用することができるようになる。
(11)パイロットクラッチ機構をコンパクトに構成することができるので、装置全体の軽量小型化と車載性とを向上させることが可能となる。
【0045】
以上の説明からも明らかなように、本発明の駆動力配分装置は、前後輪間の駆動力配分に適用することで、前輪のみ、あるいは後輪のみを駆動する2WDモード、車両状態に応じて前後輪間の駆動力を自動制御するオートモード、最大駆動力に保持するロックモードを備えた構成とすることができる。本発明は、上記実施の形態及び変形例に限定されるものではなく、各請求項に記載した範囲内で様々に設計変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、例えば農業機械、建設土木機械、運搬機械等の作業用車両、バギー車及び自動車などの各種の車両における駆動力配分装置に効果的に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の代表的な実施の形態である駆動力配分装置の内部構造を概略的に示す断面図である。
【図2】カップリングケースの前端部側の要部断面拡大図である。
【符号の説明】
【0048】
1 駆動力配分装置
2 リヤデフケース
3 第1の内部空間
4 ドライブピニオンシャフト
5 フランジ
6 ナット
7 テーパローラベアリング
8 ギヤ
9 円筒壁部
10,11 オイルシール
12 ダストカバー
13,15 ベアリング
13a 外輪端面
14 シール付きベアリング
18 第3の内部空間
20 カップリングケース
21 回転軸部
22 円筒部
23 第1のハウジング
23a 段差壁部
23b 環状凹部
23c 貫通孔
24 第2のハウジング
25 開口筒部
26 第2の内部空間
27 ハブ
28 配置空間
29 排出孔
30 ブリーザ室
31 皿バネ
40 メインクラッチ
41 アウタクラッチプレート
42 インナクラッチプレート
43 スペーサ
44,54 油孔
50 パイロットクラッチ
51 アウタクラッチプレート
52 インナクラッチプレート
53 押圧部材
55 スラストニードルベアリング
56 リングプレート
60 カム機構
61 プレッシャリング
62 カムリング
63 カムボール
64 スラスト軸受
65 油路
70 電磁石
71 ヨーク
71a,73 凹部
71b 凸部
72 コイル
74 非磁性部材
75 グロメット
76 リード線
80 オイル溜り部
G 空隙
L 磁路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の内部空間を有するケースと、
前記ケースの前記第1の内部空間に回転可能に支持され、第2の内部空間を有するケース状の入力回転部材と、
前記入力回転部材の前記第2の内部空間に相対回転可能に支持された出力回転部材と、
前記入力回転部材及び前記出力回転部材間の前記第2の内部空間にあって、前記入力回転部材及び前記出力回転部材間のトルク伝達を行うメインクラッチと、
前記メインクラッチの伝達トルクを調整するパイロットクラッチと、
前記パイロットクラッチの伝達トルクを前記メインクラッチに対する押付け力に変換するカム機構と、
前記入力回転部材の入力側に形成された壁部の外側に設けられ、通電により前記入力回転部材の壁部との間で作用する磁気吸引力により前記パイロットクラッチに向けて移動する電磁石と、
前記ケース及び前記電磁石間に介在され、前記電磁石を前記入力回転部材の壁部に向けて付勢するバネ部材とを備えたことを特徴とする駆動力配分装置。
【請求項2】
前記パイロットクラッチは、互いに摩擦係合する複数のクラッチプレートを有し、
前記複数のクラッチプレートのうち一方のクラッチプレートの摺動面に紙製のフェーシングを設けたことを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項3】
前記入力回転部材の前記壁部の内部に移動可能に配され、前記パイロットクラッチを押付ける押圧部材を有し、
前記押圧部材は、前記電磁石の移動に応じて前記パイロットクラッチの操作力を調整することを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項4】
前記電磁石及び前記押圧部材間にスラストニードルベアリングとプレート部材が介在されていることを特徴とする請求項3記載の駆動力配分装置。
【請求項5】
前記電磁石は、前記ケースの内周面に支持されていることを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。
【請求項6】
前記電磁石は、前記入力回転部材に対して相対回転可能及び軸線方向移動可能に支持され、かつ、前記ケースに対しては回転不能に支持されていることを特徴とする請求項1記載の駆動力配分装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−243578(P2009−243578A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90375(P2008−90375)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000154347)株式会社ユニバンス (132)
【Fターム(参考)】