説明

高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置と検出方法

【課題】 1MeVを超える高エネルギーX線のエネルギー弁別ができ、かつ高エネルギーX線がパルスで発生しても、パイルアップが生じにくい高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置と検出方法を提供する。
【解決手段】 被検査物6に向けて1MeVを超える高エネルギーX線1aを照射するX線発生装置11と、被検査物を透過して入射する入射X線1をコンプトン散乱させる散乱体12と、コンプトン散乱された散乱X線2の入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限する遮蔽体13と、遮蔽体で制限された散乱X線のエネルギースペクトルを検出する散乱X線検出器14と、散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギースペクトルを演算する入射X線解析器16とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1MeVを超える高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置と検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
税関や空港における手荷物検査等において、X線を被検査物に照射し、透過したX線の強度分布を画像化して内部の危険物(銃器等)を検出するX線検査装置が従来から広く用いられている。
また、被検査物を透過したX線をエネルギー弁別して、被検査物内の材質や状態を観察する技術も知られている(例えば非特許文献1)。
さらに、本発明と関連する技術が、非特許文献2、3及び特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】富田康弘、他、「エネルギー弁別型フォトンカウンティング放射線ラインセンサ(X線カラースキャナ)、放射線 Vol.32,No.1(2006)
【非特許文献2】Shin Watanabe et al.,“Development of semiconductor imaging detectors for a Si/CdTe Compton camera”, Nuclear Instruments and Methods in Phusics Research A 579 (2007) 871−877
【非特許文献3】中村 尚司、「放射線物理と加速器安全の工学」、地人書簡、P38−39
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−208057号公報、「ガンマ線検出器及びガンマ線撮像装置」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した非特許文献1では、X線を電気信号に変換するX線検出器として、テルル化カドミウム(CdTe)放射線素子を用いている。CdTeは、X線、γ線に対し高い吸収特性を示し、X線、γ線を直接電荷に変換するため、非常に優れた光電変換特性を示す。
そのため、1MeV未満の比較的低エネルギーのX線に対しては、X線のエネルギースペクトルの計測において、従来のX線検出器(シンチレータや半導体検出器など)からの出力信号を波高弁別することで、X線のエネルギーを弁別することが可能であった。
【0006】
一方、コンテナ用X線検査装置では、エネルギーが1Mev〜9MeVのX線を用いてコンテナの透過像を取得し、この透過像から危険物の有無を検査している。
しかし、エネルギーが1MeVを超えるX線(以下、「高エネルギーX線」と呼ぶ)では,エネルギー弁別の基礎となるX線の全吸収の過程が起こりにくくなり、従来のX線検出器を用いてもエネルギー弁別できない問題点があった。
【0007】
また,線型加速器等により発生する高エネルギーX線はパルスで発生するため,瞬間的にビーム強度が高くなり,検出器内の1回の計測に複数のX線が入射する現象(「パイルアップ」と呼ばれる)を起こすため、高エネルギーXのエネルギー弁別ができない問題点があった。
【0008】
本発明は、上述した問題点を解決するために創案されたものである。すなわち、本発明の目的は、1MeVを超える高エネルギーX線のエネルギー弁別ができ、かつ高エネルギーX線がパルスで発生しても、パイルアップが生じにくい高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置と検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、被検査物に向けて1MeVを超える高エネルギーX線を照射するX線発生装置と、
前記被検査物を透過して入射する入射X線をコンプトン散乱させる散乱体と、
コンプトン散乱された散乱X線の前記入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限する遮蔽体と、
前記遮蔽体で制限された散乱X線のエネルギースペクトルを検出する散乱X線検出器と、
前記散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギースペクトルを演算する入射X線解析器と、を備えたことを特徴とする高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置が提供される。
【0010】
本発明の実施形態によれば、前記入射X線に対し前記散乱体の背面に設置され散乱体を透過した入射X線を検出する透過X線検出器を備える。
【0011】
また本発明の実施形態によれば、前記散乱体は、直線状に延びる細長い板状散乱体であり、
前記散乱X線検出器は、前記散乱体の片側又は両側に位置し散乱体に沿って直列に配列された複数の検出素子と、各検出素子の出力を増幅する複数の増幅器とを有し、
前記遮蔽体は、前記複数の検出素子の間を遮蔽する複数の遮蔽板からなる。
【0012】
前記複数の検出素子は、前記散乱体に沿って入射X線の入射方向に積層されている、ことが好ましい。
【0013】
前記散乱体は、入射X線の入射方向に沿って、各検出素子の位置に対応するように分割されている、ことが好ましい。
【0014】
前記散乱X線検出器と遮蔽体は、前記入射X線に対し、一体的に揺動可能であり、前記散乱角を変更できるように構成されている、ことが好ましい。
【0015】
また本発明の実施形態によれば、前記散乱体は、円板状散乱体であり、
前記散乱X線検出器は、前記散乱体の外周に沿って周方向に間隔を隔てて配列された複数の検出素子と、各検出素子の出力を増幅する複数の増幅器とを有し、
前記遮蔽体は、前記複数の検出素子の間を遮蔽するように放射状に配列された複数の遮蔽板からなる。
【0016】
前記入射X線解析器は、対向する検出素子で同時に検出した散乱X線を検出信号としてはカウントしない、ことが好ましい。
【0017】
また本発明によれば、被検査物に向けて1MeVを超える高エネルギーX線を照射し、
前記被検査物を透過して入射する入射X線を散乱体によりコンプトン散乱させ、
コンプトン散乱された散乱X線の前記入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限し、
制限された散乱X線のエネルギースペクトルを検出し、
検出された前記散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギースペクトルを演算する、ことを特徴とする高エネルギーX線のエネルギー弁別検査方法が提供される。
【発明の効果】
【0018】
上記本発明の装置と方法によれば、散乱体を用いて所定の方向から入射する入射X線をコンプトン散乱させるので、散乱X線は入射X線よりも相対的に低いエネルギー(例えば90°の方向には高々511keV)となるため、比較的低エネルギー(<1MeV)のX線の検出に用いられている従来のX線検出器(シンチレータや半導体検出器など)を用いて散乱X線のエネルギーを弁別することができる。
【0019】
また、遮蔽体によりコンプトン散乱された散乱X線の前記入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限し、散乱X線検出器により前記遮蔽体で制限された散乱X線のエネルギースペクトルを検出するので、特定の散乱角のもとでは、散乱X線解析器によりコンプトン散乱の式を用いて、散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギーを一意に決めることができる。
従って、散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギースペクトルを求めることができる。
【0020】
また、遮蔽体によりコンプトン散乱された散乱X線の前記入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限するので、散乱X線の入射頻度を小さくできるため、パルスX線等,瞬間的に強度の高くなるX線に対しても、パイルアップを起こすことなくエネルギー弁別できる。
【0021】
また、散乱体が直線状に延びる細長い板状散乱体であり、散乱X線検出器が、散乱体の片側又は両側に位置し散乱体に沿って直列に配列された複数の検出素子を有する構成により、高エネルギーX線用の1次元アレイセンサを構成することができ、これを用いて高エネルギーX線により大型の被検査物(例えばコンテナ)の材質識別型撮像ができる。
【0022】
また、散乱体が円板状散乱体であり、散乱X線検出器が、散乱体の外周に沿って周方向に間隔を隔てて配列された複数の検出素子を有する構成により、S/N比の高い高エネルギーX線用のセンサを構成することができ、これを用いて高エネルギーX線により被検査物の特定位置を、高いS/N比で材質識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】X線のエネルギー付与スペクトルの一例を示す図である。
【図2】従来のコンプトンカメラの原理図である。
【図3】本発明による高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置の全体構成図である。
【図4】入射X線と散乱X線の強度比を示す図である。
【図5】散乱角度による散乱X線のエネルギー変化を示す図である。
【図6】電子対生成とコンプトン散乱との断面積比を示す図である。
【図7】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第1実施形態を示す図である。
【図8】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第2実施形態を示す側面図である。
【図9】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第3実施形態を示す側面図である。
【図10】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第4実施形態を示す側面図である。
【図11】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第5実施形態を示す側面図である。
【図12】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第6実施形態を示す側面図である。
【図13】本発明によるエネルギー弁別検査装置の第7実施形態を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の好ましい実施形態を図面を参照して説明する。なお各図において、共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明は省略する。
【0025】
図1は、CdTe内でのX線のエネルギー付与スペクトルの一例を示す図である。
この図において、横軸はX線のエネルギー、縦軸はカウント数、図中の曲線は、1MeVのX線に対する光電吸収ピークとコンプトン散乱を示している。
従来のX線検出器に用いられている検出素子(この例では、テルル化カドミウム:CdTe)は、光電吸収ピークを検出し、入射X線のエネルギーを検出している。しかし、図1から光電吸収の他にコンプトン散乱が頻発していることがわかる。このコンプトン散乱光は、検出素子においてその一部が吸収され、大部分は外部に散乱する。
【0026】
一方、比較的低エネルギー(<1MeV)のX線に対しては、X線のエネルギースペクトルの計測において、X線のエネルギーの実質的に全てが吸収されるので、従来のX線検出器からの出力信号を波高弁別することで、X線のエネルギーを弁別することが可能であった。
【0027】
しかし、エネルギーが1MeVを超えるX線(高エネルギーX線)では、エネルギー弁別の基礎となるX線の全吸収の過程が起こりにくくなり、従来のX線検出器を用いてもエネルギー弁別できない。
例えば、3MeVの高エネルギーX線では、光電吸収ピークは1MeV(図1)に比べて2桁小さく、9MeVの高エネルギーX線では、光電吸収ピークは確認できないほど小さくなる。
従って、1MeVを超える高エネルギーX線に対しては、比較的低エネルギー(<1MeV)のX線と同じ手段では、エネルギー弁別できないことがわかる。
【0028】
一方、1MeVを超える高エネルギーX線は、通常、加速器で生成されるため、ビーム構造はパルス的であり、瞬間的に強い強度で発生する。
検出器に入射するX線のフルエンス率は、パルス幅,検出面積にも依存するが、例えば従来の検査装置の使用条件では、1011[photon/s]のオーダであるのに対し、従来のエネルギー弁別検出器の応答速度は、10−6secのオーダであり、1回の検出時に、10のオーダのX線パルスが入射するパイルアップが発生し、エネルギー弁別できないことがわかる。
【0029】
図2は、非特許文献2に開示された従来のコンプトンカメラの原理図である。
この図において、1は入射X線、2は散乱X線、3は散乱体、4は吸収体、5はシールドである。入射X線1のエネルギーをEin、散乱体3による吸収エネルギーをE1、吸収体4による吸収エネルギーをE2、入射X線1に対する散乱X線2の散乱角度をθとすると、数1の式(1)と式(2)が成り立つ。ここで、mは電子のエネルギーである。
従って、入射X線が高エネルギーX線であっても、E1、E2、θから、入射X線のエネルギーEinを求めることができる。
【0030】
【数1】

【0031】
しかし、この手段は、高エネルギーX線に対応できるが、従来のエネルギー弁別検出器を用いるため、応答速度が遅く(10−6secのオーダ)、X線パルスには対応できない。
さらにこの手段では、高エネルギーX線およびそれによる2次電子を検出器内ですべて吸収する必要があるため、吸収体を含めた検出器全体のサイズが大きくなる。その結果、検査装置に組み込む場合にはその空間分解能が悪くなる恐れがある。
【0032】
図3は、本発明による高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置の全体構成図である。
この図において、本発明のエネルギー弁別検査装置10は、X線発生装置11、散乱体12、遮蔽体13、散乱X線検出器14、入射X線解析器16及び透過X線検出器18を備える。なお、1は入射X線、2は散乱X線、6は被検査物である。
【0033】
X線発生装置11は、被検査物6に向けて1MeVを超える高エネルギーX線1aを照射する。被検査物6は、例えば大型コンテナである。高エネルギーX線1aは、好ましくは1Mev〜9MeVのX線である。この高エネルギーX線1aは、線型加速器等により発生するパルスX線であってもよい。
【0034】
散乱体12は、所定の方向(この例では上方)から被検査物6を透過して入射する入射X線1をコンプトン散乱させる。散乱体12は、好ましくは、水素、炭素、アルミニウム、シリコン、又はこれらを主成分とする化合物である。
【0035】
遮蔽体13は、鉛、鉄などの重金属からなり、コンプトン散乱された散乱X線2の入射X線1に対する散乱角θを所定の範囲に制限する。所定の範囲は、後述の例では立体角が2π×0.01であり、パイルアップを抑制し、エネルギー弁別することができるように散乱体の厚さ、散乱方向、立体角を調整するのがよい。
【0036】
散乱X線検出器14は、入射X線1に対し特定の方向θにコンプトン散乱された散乱X線2のエネルギースペクトルを検出する。
散乱X線検出器14は、検出素子14a(CdTe,CdZnTe,Ge,Si,シンチレータなど)、及び検出回路(前置増幅器14b、主増幅器14c、及びマルチチャンネルアナライザ14d)からなり、散乱X線2のエネルギースペクトルを検出できるように構成されている。なお、15は電源である。
【0037】
入射X線解析器16は、例えばコンピュータであり、散乱X線2のエネルギースペクトルから入射X線1のエネルギースペクトルを演算する。また、この入射X線解析器16は、X線発生装置11及び散乱X線検出器14を制御するようになっている。
【0038】
透過X線検出器18は、入射X線1に対し散乱体12の背面に設置され、散乱体12を透過した入射X線を検出する。この透過X線検出器18により、高エネルギーX線1aによる被検査物6の透過像を撮影することができる。
【0039】
図3の構成において、コンプトン散乱による散乱X線2のエネルギーhνは、散乱角度θにより数2の式(3)により一意に決まることが、非特許文献3に開示されている。ここで、hνは入射X線1のエネルギー、mは電子のエネルギーである。
【0040】
【数2】

【0041】
従って、式(3)により、散乱X線2のエネルギースペクトルから入射X線1のエネルギースペクトルを演算することができる。
また、式(3)において、電子のエネルギー(m)は、約0.5MeVであり、本願の対象とする入射X線1のエネルギー(hν)は、例えば1〜9MeVであることから、散乱角度θが90度の場合、散乱X線2のエネルギーhνは、約0.33〜0.47 MeVであり、散乱X線検出器14として従来のX線検出器を用いて散乱X線2のエネルギーを弁別できることがわかる。
【0042】
さらに入射X線解析器16により、コンプトン散乱の断面積から入射X線1のエネルギースペクトルを補正する。すなわち散乱体での自己吸収、およびコンプトン散乱の断面積を考慮してスペクトルの形を補正する。
【0043】
図3の構成において、コンプトン散乱による微分断面積(dσ/dΩ)は、Klein−仁科の式として、数3の式(4)と式(5)で与えられることが、非特許文献3に開示されている。ここで、rは電子の古典半径(2.81794×10−15[m])である。
【0044】
【数3】

【0045】
また、補正前後のエネルギースペクトルを各々f1、f2とすると、数4の式(6)が成り立つ。
【0046】
【数4】

【0047】
従って、式(4)〜(6)から、入射X線1のエネルギースペクトルを補正することができる。
【0048】
図4は、入射X線と散乱X線の強度比を示す図である。この図において、横軸は入射X線のエネルギー、縦軸は散乱比率であり、図中の曲線は、散乱体が厚さ1mmのSiであり、散乱方向が90°、立体角が2π×0.01の場合を示している。
この例において、入射X線1のエネルギー(hν)が1〜9MeVである場合、散乱比率は約1〜4.5×10−5であり、散乱X線2は入射X線1に比べて約5桁頻度が落ちることがわかる。
従って、上述した例において、高エネルギーX線のフルエンス率が、1011[photon/s]のオーダであり、エネルギー弁別検出器の応答速度が、10−6secのオーダであっても、1回の検出時に、入射するX線パルスは1桁(=1011×10−6×10−5)となり、パイルアップを抑制し、エネルギー弁別が可能となることがわかる。
すなわち、上述の例において、散乱体の厚さ、散乱方向、立体角を適宜調整することにより、パイルアップを抑制し、エネルギー弁別することができる。
【0049】
図5は、散乱角度による散乱X線のエネルギー変化を示す図である。この図において、横軸は入射X線のエネルギー、縦軸は散乱X線のエネルギー、図中の各線は、散乱角度θが、上から60,75,90,120度の場合を示している。
この図から、散乱角度θが60〜120度の範囲において、入射X線1のエネルギー1〜9MeVに対して、散乱X線2のエネルギーは、約0.25〜0.9MeVであり、散乱X線検出器14として従来のX線検出器を用いて散乱X線2のエネルギーを弁別できることがわかる。
一方、散乱角度が小さい場合、散乱X線2のエネルギーの最大値は大きくなるが、入射X線1のエネルギーに換算する際の精度は向上することがわかる。従って、この観点から散乱角度θは、60〜90度の範囲であることが好ましい。
【0050】
図6は、電子対生成とコンプトン散乱との断面積比を示す図である。この図において、横軸はX線エネルギー、縦軸は電子対生成とコンプトン散乱の比率(電子対生成/コンプトン散乱)である。
電子対生成は、コンプトン散乱を検出する際のノイズとして作用するので、図6における比率が小さいほど、S/N比が改善される。すなわち、この図から、原子番号が小さい方が、コンプトン散乱を起こす比率が高く、S/N比の改善が期待できることがわかる。
従って、上述したように散乱体12は、水素、炭素、アルミニウム、シリコン、又はこれらを主成分とする化合物であるのがよい。
【0051】
図7は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第1実施形態を示す図である。この図において、(A)は側面図、(B)は平面図である。
この図において、散乱体12は、直線状に延びる細長い板状散乱体である。例えば板状散乱体の幅は1〜2mm、長さは2〜3mであり、大型コンテナの幅又は高さをカバーできる長さに設定するのがよい。
散乱X線検出器14は、散乱体12の片側又は両側に位置し散乱体12に沿って直列に配列された複数の検出素子14aと、各検出素子14aの出力を増幅する複数の増幅器(図示せず)とを有する。また遮蔽体13は、複数の検出素子14aの間を遮蔽する複数の遮蔽板13aからなる。なおこの例において散乱角度θは90度である。
この例のように、複数の検出素子14aの間に遮蔽体13(遮蔽板13a)を設置することで、特定の散乱角度の散乱X線のみを散乱X線検出器14で検出することができる。また、散乱体12の両側に検出素子14aを設置することで散乱X線検出器14の感度を上げることができる。
【0052】
図8は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第2実施形態を示す側面図である。
この図において、検出素子14aは、散乱体12に沿って入射X線1の入射方向に複数(この例では3層)に積層されている。この場合、層間にも遮蔽板13aを設置する。
この例のように、検出素子14aを多層に積層することにより、入射X線1の進行方向に散乱体12を厚くでき、入射X線1の検出効率を上げることができる。
【0053】
図9は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第3実施形態を示す側面図である。
この図において、散乱体12は、入射X線1の入射方向に沿って、各検出素子14aに対応するように複数(この例では4つ)に分割されている。
この例のように、散乱体12を多層にし、遮蔽板13aと同じ高さからは散乱X線2が発生しないようにすることにより、余計な領域での反応が減り、ノイズとなる散乱線を減らし、入射X線1の検出効率を上げることができる。
【0054】
図10は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第4実施形態を示す側面図である。
この図において、散乱X線検出器14と遮蔽体13は、入射X線1に対し、一体的に揺動可能であり、散乱角を変更できるように構成されている。
この例のように、散乱X線検出器14と遮蔽体13の入射X線1に対する角度を可変にすることにより、図5に示したように散乱X線2のエネルギーが変わるので、入射X線1のエネルギーと検出分解能を考慮した最適な条件設定が可能となる。
【0055】
図11は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第5実施形態を示す側面図である。
この例では、散乱体12に沿って入射X線1の入射方向に積層されている複数(この例では3層)の検出素子14aが、散乱体12の同一位置に向けて、入射X線1に対し異なる散乱角で設置されている。
この例のように、積層方向に入射X線1に対する角度を変えて検出素子14aを配置することにより、同じ散乱体12の厚さから多くのイベントを検出することができ、検出信号のS/N比を向上させることができる。
【0056】
図12は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第6実施形態を示す側面図である。この図において、(A)は平面図、(B)は入射X線のエネルギースペクトルである。
散乱体12において、電子対消滅が発生すると図12(B)に示すように、電子対消滅に起因するX線(エネルギー511keV)が、入射X線の外乱として検出される。
上述した入射X線解析器16は、対向する検出素子14aで同時に検出したX線(エネルギー511keV)を検出信号としてはカウントしない。
なお、波高弁別後の入射X線のエネルギースペクトル(図12(B))において、511keVのイベントを検出信号としてはカウントしないようにしてもよい。
この方法により、電子対消滅による外乱の影響を低減することができる。
【0057】
図13は、本発明によるエネルギー弁別検査装置の第7実施形態を示す平面図である。
この例において、散乱体12は、円板状散乱体である。
また散乱X線検出器14は、散乱体12の外周に沿って周方向に間隔を隔てて配列された複数の検出素子14aと、各検出素子14aの出力を増幅する複数の増幅器(図示せず)とを有する。さらに遮蔽体13は、複数の検出素子14aの間を遮蔽するように放射状に配列された複数の遮蔽板13aからなる。
この例のように、散乱体12を取り囲むように、検出素子14aと遮蔽板13aを配置することにより、スキャン方向は2軸必要になるが、検出効率を上げることができる。
【0058】
上述した本発明によるエネルギー弁別検査装置を用い、本発明の検査方法は、以下の5つのステップ(工程)からなる。
(A)X線発生装置11により、被検査物6に向けて1MeVを超える高エネルギーX線1aを照射する。
(B)散乱体12により、被検査物6を透過して入射する入射X線1を散乱体12によりコンプトン散乱させる。
(C)遮蔽体13により、コンプトン散乱された散乱X線2の入射X線1に対する散乱角θを所定の範囲に制限する。
(D)散乱X線検出器14により、制限された散乱X線2のエネルギースペクトルを検出する。
(E)入射X線解析器16により、検出された散乱X線2のエネルギースペクトルから入射X線1のエネルギースペクトルを演算する。
【0059】
上述したように本発明では、被検査物6を透過して入射する入射X線1を散乱体12でコンプトン散乱させ,例えば90度の散乱方向に設置した散乱X線検出器14で散乱X線2のエネルギースペクトルを計測する。さらに散乱X線2のエネルギースペクトルから入射X線1のエネルギースペクトルを演算する。
また、遮蔽体13の向きを変えることで,散乱X線2のエネルギー範囲を変えることができ,対象とするエネルギー領域に最適な角度を選ぶことができる。さらに,散乱体12と散乱X線検出器14を2次元面内でスキャンさせることで、被検査物6の2次元マッピングを行うことができる。
【0060】
上述した本発明の装置と方法によれば、散乱体12を用いて所定の方向から入射する入射X線1をコンプトン散乱させるので、散乱X線2は入射X線1よりも相対的に低いエネルギー(例えば90°の方向には高々511keV)となるため、比較的低エネルギー(<1MeV)のX線の検出に用いられている従来のX線検出器(シンチレータや半導体検出器など)を用いて散乱X線のエネルギーを弁別することができる。
【0061】
また、散乱X線検出器14を用いて入射X線1に対し特定の方向(散乱角θ)にコンプトン散乱された散乱X線2のエネルギーを検出するので、特定の散乱角θのもとでは、散乱X線解析器16によりコンプトン散乱の式(3)を用いて、散乱X線2のエネルギースペクトルから入射X線1のエネルギーを一意に決めることができる。
従って、散乱X線2のエネルギースペクトルから入射X線1のエネルギースペクトルを求めることができる。
【0062】
また、遮蔽体13によりコンプトン散乱された散乱X線2の入射X線1に対する散乱角を所定の範囲に制限するので、散乱X線2の入射頻度を小さくできるため、パルスX線等,瞬間的に強度の高くなるX線に対しても、パイルアップを起こすことなくエネルギー弁別できる。
【0063】
また、散乱体12が直線状に延びる細長い板状散乱体であり、散乱X線検出器14が、散乱体12の片側又は両側に位置し散乱体に沿って直列に配列された複数の検出素子14aを有する構成により、高エネルギーX線用の1次元アレイセンサを構成することができ、これを用いて高エネルギーX線により大型の被検査物(例えばコンテナ)の材質識別型撮像ができる。
【0064】
また、散乱体12が円板状散乱体であり、散乱X線検出器14が、散乱体の外周に沿って周方向に間隔を隔てて配列された複数の検出素子14aを有する構成により、S/N比の高い高エネルギーX線用のセンサを構成することができ、これを用いて高エネルギーX線により被検査物の特定位置を、高いS/N比で材質識別することができる。
【0065】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々に変更することができることは勿論である。
【符号の説明】
【0066】
1a 高エネルギーX線、1 入射X線、
2 散乱X線、3 散乱体、
4 吸収体、5 シールド、6 被検査物、
10 エネルギー弁別検査装置、11 X線発生装置、
12 散乱体、13 遮蔽体、遮蔽板13a、
14 散乱X線検出器、14a 検出素子、
14b 前置増幅器、14c 主増幅器、
14d マルチチャンネルアナライザ、
15 電源、16 入射X線解析器、
18 透過X線検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検査物に向けて1MeVを超える高エネルギーX線を照射するX線発生装置と、
前記被検査物を透過して入射する入射X線をコンプトン散乱させる散乱体と、
コンプトン散乱された散乱X線の前記入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限する遮蔽体と、
前記遮蔽体で制限された散乱X線のエネルギースペクトルを検出する散乱X線検出器と、
前記散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギースペクトルを演算する入射X線解析器と、を備えたことを特徴とする高エネルギーX線のエネルギー弁別検査装置。
【請求項2】
前記入射X線に対し前記散乱体の背面に設置され散乱体を透過した入射X線を検出する透過X線検出器を備える、ことを特徴とする請求項1に記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項3】
前記散乱体は、直線状に延びる細長い板状散乱体であり、
前記散乱X線検出器は、前記散乱体の片側又は両側に位置し散乱体に沿って直列に配列された複数の検出素子と、各検出素子の出力を増幅する複数の増幅器とを有し、
前記遮蔽体は、前記複数の検出素子の間を遮蔽する複数の遮蔽板からなる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項4】
前記複数の検出素子は、前記散乱体に沿って入射X線の入射方向に積層されている、ことを特徴とする請求項3に記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項5】
前記散乱体は、入射X線の入射方向に沿って、各検出素子の位置に対応するように分割されている、ことを特徴とする請求項4に記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項6】
前記散乱X線検出器と遮蔽体は、前記入射X線に対し、一体的に揺動可能であり、前記散乱角を変更できるように構成されている、ことを特徴とする請求項3乃至5のいずれか1つに記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項7】
前記散乱体は、円板状散乱体であり、
前記散乱X線検出器は、前記散乱体の外周に沿って周方向に間隔を隔てて配列された複数の検出素子と、各検出素子の出力を増幅する複数の増幅器とを有し、
前記遮蔽体は、前記複数の検出素子の間を遮蔽するように放射状に配列された複数の遮蔽板からなる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項8】
前記入射X線解析器は、対向する検出素子で同時に検出した散乱X線を検出信号としてはカウントしない、ことを特徴とする請求項1に記載のエネルギー弁別検査装置。
【請求項9】
被検査物に向けて1MeVを超える高エネルギーX線を照射し、
前記被検査物を透過して入射する入射X線を散乱体によりコンプトン散乱させ、
コンプトン散乱された散乱X線の前記入射X線に対する散乱角を所定の範囲に制限し、
制限された散乱X線のエネルギースペクトルを検出し、
検出された前記散乱X線のエネルギースペクトルから入射X線のエネルギースペクトルを演算する、ことを特徴とする高エネルギーX線のエネルギー弁別検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−99697(P2011−99697A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−252942(P2009−252942)
【出願日】平成21年11月4日(2009.11.4)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】