高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法およびレーザ溶接装置、それにより得られる成形素材ならびに加工方法および成形品
【課題】高強度鋼板を対象として、予め施した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させ得る成形素材の溶接方法およびレーザ溶接装置と、それにより得られる成形素材、ならびにこの成形素材を用いる加工方法および成形品を提供する。
【解決手段】高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接し、溶接部を再加熱する溶接方法であって、1回目の溶接部7の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部7と略平行に、しかも2回目の溶接部10の方が1回目の溶接部7よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法である。再加熱または2回目の溶接を、レーザを用いまたはレーザ溶接により行い、さらに間隔を1.5〜2mmとするのが望ましい。この方法は本発明のレーザ溶接装置により好適に実施できる。
【解決手段】高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接し、溶接部を再加熱する溶接方法であって、1回目の溶接部7の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部7と略平行に、しかも2回目の溶接部10の方が1回目の溶接部7よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法である。再加熱または2回目の溶接を、レーザを用いまたはレーザ溶接により行い、さらに間隔を1.5〜2mmとするのが望ましい。この方法は本発明のレーザ溶接装置により好適に実施できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接後に成形加工を行う高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法およびレーザ溶接装置と、この方法、装置により得られる成形素材、ならびにその成形素材を用いて成形を行う加工方法および成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法においては、溶接部にも大きなひずみが付与されるが、溶接部の過度の硬化は部材としての成形性を阻害する要因となっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、複数枚の金属板を接合した後プレス等の塑性加工に供される所謂テーラードブランク材のプレス成型方法が記載されている。テーラードブランク材では、溶接部分の材質劣化などによるプレス成型時における成型不良が問題となっており、同特許文献では、板厚及び強度の一方又は双方が異なる金属板を突き合わせ溶接した板材(本発明でいう成形素材)のハットプレス成型時における溶接位置近傍の亀裂発生を防止できる成型方法が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、複数枚の金属板を重ね合わせ、端部全周を互いに溶接してなる成形素材を、上下一対の金型間に侠持し、成形素材の重ね合わせ面の間に媒体を圧入して成形する液圧成形装置が記載されている。重ね溶接接合部に、重ね合わせた板の膨らみによる剥離応力も付与されるので、この液圧成形(板ハイドロフォーム)は、複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法において、成形性の阻害が問題となる典型的な例であると言える。
【0005】
一方、溶接部の延性を改善する手法としては、溶接部周辺に予熱や後熱を加えて、溶接時の急冷に伴う硬化を低減する手法が一般的である。例えば、特許文献3には、非消耗式電極による溶接アークを熱源として用い、溶接部の延性を改善する方法が提案されている。この熱処理方法によれば、母材の比較的狭い範囲を対象に、熱処理用の別の装置や作業空間等を必要とせずに処理を行えるとしている。
【0006】
しかし、このような手法では、加熱範囲が広く、母材特性を害し、成形時に問題となることに加え、成形後の部材特性の低下を招くなどの問題がある。さらに、これらの溶接部周辺に予熱や後熱を加える手法は、主として溶接後の接合強度を改善するために提案された手法であり、溶接部の成形性については考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−218501号公報
【特許文献2】特開2006−150382号公報
【特許文献3】特開平5−9561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前述の問題、すなわち、複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法においては、溶接部の過度の硬化により溶接部自体の成形性が不足するという問題を解決するためになされたものであり、特に硬化の著しい高強度鋼板を対象として、溶接後の成形加工における成形限界を向上させた成形素材を得ることができる溶接方法およびこの方法の実施に適したレーザ溶接装置、この方法、装置により溶接した成形素材、この成形素材を用いる加工方法、およびこの加工方法により作製した成形品を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
高強度鋼板の溶接部は非常に硬いので、予め溶接を施した成形素材を加工する場合、溶接部の溶接金属またはボンド部で破断する危険性が大きかった。溶接部での破断を防止するには、溶接後の成形加工における成形限界を向上させることが必要であり、成形限界の向上は成形素材の溶接部のじん性を向上させることによって可能である。
【0010】
しかし、一般に金属材料においては、高強度の材料ほど延性に欠け、逆に延性に富む材料ほど強度が低いという傾向があり、強度と延性のどちらを高めれば成形限界が向上するのかは、一概には言えない。
【0011】
本発明者らは、高強度鋼板を用いた板ハイドロフォームにおける溶接部での破断(破壊)について検討を重ねた結果、成形途中で溶接部が破壊してしまう場合、破壊が生じる瞬間に溶接部に生じる最大主応力は、応力履歴によらず、鋼種や溶接条件によって決まる一定の値になるという実験結果を得た。
【0012】
このような破壊と最大主応力の関係は、破壊が脆性的であるときに見られると言われている。さらに、前記の板ハイドロフォームにおいて、成形途中に破壊した溶接部の破面を電子顕微鏡で調査したところ、一般的に脆性破壊の破面によく見られるへき開破面が観察された。
【0013】
これらの検討結果から、板ハイドロフォームにおいて溶接部が破壊する場合、破壊は脆性的に起きているということが判明し、高強度鋼板を用いた溶接品(成形素材)の成形加工においては、溶接部を軟化し、延性を改善することにより成形限界を向上させ得るという結論に至った。
【0014】
溶接部を軟化するためには、前述のとおり、溶接時に溶接部周辺を予熱もしくは後熱する手法が考えられるが、高強度鋼板を用いた成形素材を予熱もしくは後熱する場合は、成形素材の広い範囲を加熱すると、母材の特性が損なわれる。
【0015】
そこで、本発明者らは、成形素材の溶接部のみを局部的に再加熱する手法、および、溶接部の近傍を再度溶接し、その熱を利用して先行の溶接部を再加熱する手法を新たに考案した。前者の手法については、再加熱の熱源として、例えば低出力のレーザを用いれば局所的な再加熱が可能である。一方、後者については、例えばレーザ溶接法を適用すれば、溶接による熱影響の範囲が狭いので、母材に与える再加熱の影響を最小限にすることができる。
【0016】
本発明の要旨は、下記(1)に記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法、これらの方法により溶接した(2)の成形素材、この成形素材を用いる(3)の高強度鋼板の加工方法、およびこの加工方法により作製した(4)の高強度鋼板の成形品、ならびに(5)のレーザ溶接装置にある。
【0017】
(1)高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接し、溶接部を再加熱する溶接方法であって、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【0018】
ここでいう「高強度鋼板」とは、特定鋼種の鋼板に限定されることなく、高張力鋼、強じん鋼など、強度が高く、溶接による硬化が著しい鋼板をいう。なお、「再加熱する」としているのは、溶接により既に一度加熱されているからで、単に「加熱する」ともいう。
【0019】
前記の「1回目の溶接部と略平行に」の「略」とは、「概略」、「ほぼ」、「概ね」という意味であり、「略平行」とは、ここでは「平行」である場合を含めて、概ね平行であることを意味する。
【0020】
前記(1)に記載の成形素材の溶接方法において、再加熱を、レーザを用いて行うこととすれば、局所的な再加熱が可能であり、望ましい。
【0021】
前記(1)に記載の成形素材の溶接方法において、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔を1.5〜2mmとする実施形態を採るのが望ましい。
【0022】
前記(1)に記載の成形素材の溶接方法において、再加熱を受けた後の、または2回目の溶接が施された後の、1回目の溶接部(前記(1)または(2)に記載の方法においては、再加熱前の溶接により形成される溶接部を指す)の溶接金属のビッカース硬さが、再加熱前の、または2回目の溶接が施される前の、1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さ、または、下記(i)式により算出される1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さよりも10%以上低ければ、1回目の溶接部のじん性が大幅に改善される。
【0023】
Hv=1680×(C+Mn/22+14B)+180 ・・・(i)
但し、Hv:ビッカース硬さの推定値
C、MnおよびBは、それぞれ鋼板に含まれる炭素、マンガンおよびボロ
ンの含有率(質量%)を表す。
【0024】
前記の「ビッカース硬さ」についは、再加熱後のまたは2回目の溶接後の溶接金属(1回目の溶接による溶接金属をいう)中で最もビッカース硬さが低い部分のビッカース硬さと、再加熱前のまたは2回目の溶接前の当該溶接金属中で最もビッカース硬さが高い部分のビッカース硬さとを比較して、すなわち、それぞれ当該部分での測定により得られるビッカース硬さの最低値と最高値を比較して、10%以上減少しているか否かを判断すればよい。
【0025】
または、再加熱前のもしくは2回目の溶接が施される前の溶接部のビッカース硬さの推定値と比較して判断してもよい。すなわち、鋼板の溶接部のビッカース硬さは、前記(i)式により予測可能なことが一般に知られているので、再加熱後のもしくは2回目の溶接後の溶接金属中で最もビッカース硬さが低い部分のビッカース硬さが、(i)式により算出したビッカース硬さに比べて10%以上減少していれば、1回目の溶接部のじん性が改善されていると判断できる。
【0026】
(2)前記(1)に記載の成形素材の溶接方法により溶接部を処理したことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材。
【0027】
(3)高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を用い、溶接後に成形を行う加工方法であって、前記(2)に記載の成形素材を用いることを特徴とする高強度鋼板の加工方法。
【0028】
(4)高強度鋼板を用いた成形素材を加工した成形品であって、前記(3)に記載の加工方法により作製したことを特徴とする高強度鋼板の成形品。
【0029】
(5)前記(1)に記載の成形素材の溶接方法における溶接部の再加熱に適する装置構成であり、レーザを発振するレーザ発振手段と、レーザ発振手段からのレーザを被加工材に照射する出射ユニットを被加工材に対して相対的に移動可能とする機構とを備えたレーザ溶接装置であって、1つの出射ユニットに複数のレーザ加工ヘッドが配置され、レーザ加工ヘッドは個々に任意の曲線状にレーザを照射することが可能であることを特徴とするレーザ溶接装置。
【発明の効果】
【0030】
本発明の成形素材の溶接方法によれば、高強度鋼板を対象として、溶接により硬化した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させることができる。この方法は、オンラインでの連続処理が可能であり、生産効率を下げることなく処理を行える。
【0031】
本発明の成形素材は、本発明の溶接方法により溶接して得られた成形素材で、従来の成形素材に比べ成形限界が向上している。
【0032】
この成形素材を用いる本発明の加工方法によれば、従来の成形素材を用いる加工方法では成形中に溶接部が破壊していた場合でも、破壊させずに成形加工することが可能である。
【0033】
また、本発明の高強度鋼板の成形品はこの加工方法により作製した成形品で、従来の成形素材を用いた成形品よりも溶接部のじん性が増大しており、構造部材としての性能が向上する。
【0034】
前記本発明の成形素材の溶接方法は、本発明のレーザ溶接装置を使用して好適に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、従来の溶接方法を適用して得られ接合ブランクの外観を示す図である。
【図2】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部の全長を再加熱した場合である。
【図3】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部の一部を再加熱した場合ある。
【図4】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部全長の近傍を再度溶接した場合である。
【図5】図4に例示した接合ブランクにおいて、2回目の溶接により再加熱された1回目の溶接部を破線で示した図である。
【図6】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部の一部の近傍を再度溶接した場合である。
【図7】標準的な溶接部の断面を模式的に示す図である。
【図8】再加熱を施した溶接部の断面を模式的に示す図である。
【図9】1回目の溶接部の近傍を再度溶接した部分の断面を模式的に示す図である。
【図10】実施例で、ハイドロフォーム試験に使用した金型形状Aの外観を模式的に示す斜視図である。
【0036】
【図11】実施例で、ハイドロフォーム試験に使用した金型形状Bの外観を模式的に示す斜視図である。
【図12】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件XL0(比較例)で接合した場合である。
【図13】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件XL1(本発明)で接合した場合である。
【図14】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件YL0(比較例)で接合した場合である。
【図15】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件YL3(本発明)で接合した場合である。
【図16】板ハイドロフォームの成形中における溶接部付近の状態を模式的に示す部分断面図である。
【図17】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部の軟化率を示す図である。
【図18】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクについてのAの金型を用いた板ハイドロフォーム試験の結果で、溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。
【図19】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクについてのBの金型を用いた板ハイドロフォーム試験の結果で、溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。
【図20】引張強さの異なる平板ブランクを溶接した接合ブランクについてのハイドロフォーム試験の結果で、溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。
【0037】
【図21】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL0で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図22】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL1で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図23】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件YL0で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図24】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件YL1で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図25】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL0で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Bの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図26】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL1で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Bの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図27】板ハイドロフォームにおいて、溶接部に生じる応力を模式的に示す図である。
【図28】2枚の弧状ブランクを重ね合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用し、全周をレーザ溶接して得られた接合ブランクの外観を例示する図である。
【図29】弧状ブランクと環状ブランクを突き合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用して全周をレーザ溶接して得られた接合ブランクの外観を例示する図である。
【0038】
【図30】プレス成形試験時における接合ブランクの状態を模式的に示す図である。
【図31】プレス成形時における接合ブランクの溶接部と金型の空洞との位置関係、ならびに、伸びフランジ部および縮みフランジ部の位置を模式的に示す。
【図32】レーザ溶接装置の本体取付け部に2個のレーザ加工ヘッドが併設された状態を示す図である。
【図33】従来のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図である。
【図34】本発明のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図である。
【図35】本発明のレーザ溶接装置による作業の他の例を示す図である。
【図36】本発明のレーザ溶接装置による作業のさらに他の例を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法の一つは、高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接する方法であり、他の一つは、高強度鋼板を複数枚突き合わせた成形素材を溶接する方法であって、溶接して成形素材を得るに際し、高強度鋼板を対象とすること、および、鋼板を重ね合わせまたは突き合わせ溶接した後に溶接部を再加熱する。
【0040】
図1は、2枚の金属板を重ね合わせ、溶接して得られた成形素材の外観を示す図であり、従来の溶接方法を適用して得られる成形素材を例示している。金属板(以下、「平板ブランク」ともいう)の厚さは1.6mmで、板端から15mm内側の全周(図中に溶接線1で表示)を貫通のレーザ溶接で接合した成形素材(以下、「接合ブランク」ともいう)である。同図中の符号w、l、tはそれぞれ長さ、幅、厚さを表す。この接合ブランクは板ハイドロフォームに用いられる成形素材で、媒体を注入するための注水口2が設けられている。
【0041】
図7は、標準的な溶接部の断面を模式的に示す図で、重ね合わせられた2枚の母材6a、6bが溶接部7(ここでは、特に「溶接金属」を指す)で接合されている状態を表している。母材6a、6bと溶接部7の間には高温度に加熱された熱影響部(HAZ)8が形成されている。
【0042】
複数枚の鋼板を重ね合わせ、溶接して成形素材を得るに際し、図7に示した溶接幅bが広いほど溶接部は破断しにくくなるが、一度の溶接で溶接幅を大きくするには溶接での入熱を大きくする必要があり、入熱が大き過ぎるとHAZ軟化等の不良現象が生じる原因となる。一般的な高張力鋼板における溶接幅は、レーザ溶接を施す場合は1mm程度、シーム溶接を施す場合は5mm程度とするのが適切である。
【0043】
本発明の成形素材の溶接方法において、高強度鋼板を対象とするのは、高強度鋼板の溶接部は非常に硬く、成形素材を加工する際に、溶接部で破断する危険性が特に大きいからである。
【0044】
また、鋼板を重ね合わせ、溶接した後、溶接部を再加熱するのは、それによって溶接部の延性が改善され、成形限界歪の向上が期待できるからである。
【0045】
図2は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図であり、本発明の溶接方法を適用して得られた成形素材を例示している。平板ブランクの厚さは1.6mmで、板端から15mm内側の全周を貫通のレーザ溶接により接合し、さらに、その溶接線全長を低出力のレーザで再加熱した接合ブランクである。同図中に、再加熱された溶接部を溶接線3(破線で表示)で示している。
【0046】
図8は、再加熱を施した溶接部の断面を模式的に示す図で、図7に示した溶接部7のみが再加熱され、再加熱部9が形成された状態を表している。図8に示すように、溶接部のみを局部的に再加熱することにより、溶接による接合幅(つまり、ビード幅)を損なわずに、溶接部の延性を改善し、成形限界歪を増大させることができる。
【0047】
再加熱処理は必ずしも溶接部の全長に施さなくてもよい。複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法においては、様々な要因により、溶接部に種々の応力が生じるため、破断する位置は金型形状により異なる。そこで、成形加工を施す際に、溶接部に大きな力が働く箇所(破断位置)を予測し、その範囲の溶接部のみを再加熱すれば溶接部全体としての成形限界の向上が期待できる。
【0048】
また、再加熱の方法や条件によっても効果が異なるので、溶接部に生じる力の種類(すなわち、力の大きさ・方向や、せん断、引張り、圧縮など力の性質の違い等)を推定し、それに合った方法で再加熱することが重要である。
【0049】
その意味で、破断位置の予測は非常に重要であるが、前述の溶接部に生じる最大主応力を計算することによりその位置を予測できる。なお、溶接部に生じる最大主応力は、例えば有限要素法による解析ソフト等を使用して導出することができる。
【0050】
図3は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図であり、本発明の溶接方法を適用して溶接部(溶接線1で表示)の一部を低出力のレーザで再加熱した接合ブランクを例示している。同図中に、再加熱した部分を溶接線3(破線)で、再加熱していない部分を溶接線1(実線)で示している。
【0051】
また、溶接部の幅方向と板厚方向についても必ずしも全域を再加熱する必要はなく、溶接部のうちの一部のみを軟化させるだけでも、溶接部全体としてのじん性を改善することができる。
【0052】
図16は、板ハイドロフォームの成形中における溶接部付近の状態を模式的に示す部分断面図である。重ね合わせられた2枚の母材11a、11bが溶接部12で接合され、媒体が注入されて内圧がかかっている状態を表しているが、応力が集中する箇所(図16の領域P)のみを軟化しても、成形限界を向上させることができる。
【0053】
本発明の成形素材の溶接方法において、再加熱を、レーザを用いて行うこととすれば、熱影響幅が小さく、また、レーザ出力、ビーム集光条件、加熱の速度、局所加熱、加熱位置、位置合わせなどの制御が容易であるため、適切な箇所に、適切な長さの熱処理(再加熱)を施すことが可能である。
【0054】
本発明の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法は、前記(1)に記載したように、高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接する方法であって、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする溶接方法である。
【0055】
1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施すのは、2回目の溶接に伴う熱を利用して再加熱することにより、1回目の溶接部のじん性を向上させることができるからである。
【0056】
図4は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図で、溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法を適用して得られた成形素材を例示している。平板ブランクの厚さは1.6mmで、板端から15mm内側の全周を貫通のレーザ溶接またはシーム溶接(いずれも1回目の溶接)により接合し、さらに、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施して得られた接合ブランクである。同図中に、1回目の溶接部(先行の溶接部)を溶接線1で、2回目の溶接部(後行の溶接部)を溶接線4で示している。
【0057】
図5は、前記図4に示した接合ブランクの外観を示す図で、1回目の溶接部が2回目の溶接により再加熱されたことを表すため、再加熱された1回目の溶接部を溶接線5として破線で示している。
【0058】
図9は、1回目の溶接部の近傍を再度溶接した部分の断面を模式的に示す図である。1回目の溶接部7の近傍に2回目の溶接を行うことにより、2回目の溶接部10が形成される。
【0059】
2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に行うのは、2回目の溶接による熱を利用して1回目の溶接部を、処理対象範囲の全長にわたってほぼ均等に再加熱し、それにより1回目の溶接部の成形限界を向上させ得るからである。
【0060】
2回目の溶接を1回目の溶接部と平行に行えば効果のバラツキが僅少で望ましいが、実際の処理で2回目の溶接を厳密に平行に行うことは必ずしも容易でない場合もあり、また概ね平行であれば十分な場合もある。したがって、2回目の溶接は、溶接後の処理が行われる状況に応じて、1回目の溶接部に概ね平行に、言い換えると、1回目の溶接部に沿って、それに近い距離を保ちつつ行えばよい。
【0061】
2回目の溶接を施す範囲は必ずしも1回目の溶接部の全長を対象にしなくてもよい。成形加工時に1回目の溶接部に大きな力が働く箇所を予測し、その範囲を加熱できるように2回目の溶接を施せばよい。
【0062】
図6は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図で、1回目の溶接部の一部を対象として、その近傍を、それに略平行に2回目の溶接を施した接合ブランクを例示している。同図中に、2回目の溶接部を溶接線4で示し、それにより加熱された部分を溶接線5(破線)で、再加熱されていない部分を溶接線1(実線)で示している。
【0063】
また、2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも、成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すのは、2回目の溶接部は硬化したままなので、2回目の溶接部が1回目の溶接部よりも変形を受ける箇所に近いと、2回目の溶接部が1回目の溶接部よりも先に破壊してしまうからである。この場合は、次に述べる、2回の溶接で溶接部の総断面積が増加することによるせん断力に対する強さの向上という利点も損なわれてしまう。
【0064】
溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法では、溶接部の断面積に着目すると、1回目と2回目の溶接部を合わせた総断面積は1回だけ溶接する場合の溶接部の断面積よりも大きく、2回溶接する方が、前記の図9に示すy方向のせん断力に対する強さが大幅に向上する。
【0065】
したがって、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施す本発明の溶接方法では、総溶接部が大きくなることによる破断防止作用も働く。ただし、2回目の溶接を施してもそれが1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所に近いと、前述のように、2回目の溶接部が先に破壊してしまうので、その利点は損なわれる。
【0066】
2回目の溶接は、レーザ溶接するのが望ましい。前述のように熱影響幅が小さく、制御が容易であるため、目標とする箇所に、適切な熱処理を施すことが可能である。
【0067】
本発明の成形素材の溶接方法において、一般的な高張力鋼板を対象としてレーザ溶接を施す場合、1回目および2回目の接合幅は、それぞれ1mm程度とするのが適切である。
【0068】
本発明の成形素材の溶接方法において、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔を1.5〜2mmとすると、特に大きなじん性改善効果が得られる。なお、ここでいう「間隔」とは、1回目および2回目の溶接部のそれぞれの中心間の距離をいう。
【0069】
溶接部同士の間隔が広すぎると、1回目の溶接部が十分に加熱されない。また、逆に溶接部同士の間隔が狭すぎると、1回目の溶接部は再びオーステナイト化と急冷を繰り返すこととなり、再度硬化してしまう。
【0070】
次に、複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法において、成形性の阻害が問題となりやすい板ハイドロフォームで、溶接部に生じる応力について説明する。
【0071】
板ハイドロフォーム中の溶接金属には、「接合面剥離応力、」「接合面せん断応力」および「溶接方向引張り(または圧縮)応力」の3種の応力が生じる。
【0072】
図27は、板ハイドロフォームにおいて、溶接部に生じる応力を模式的に示す図であり、(a)は成形素材の重ね合わせ面の間に水を圧入して成形を開始した状態を示す断面図であり、(b)は(a)の溶接部付近の状態を拡大して示す部分断面図である。
【0073】
図27(a)に示すように、板ハイドロフォーム中の溶接部12は上金型13と下金型14間に挟持されているが、部分的な板厚変化により溶接部12と上金型13、下金型14との間に隙間が生じる。さらに、母材11a、11bの間に圧入された水は溶接部のすぐ内側まで達するため、水の圧力により、溶接金属には板を引き剥がす方向の力(接合面剥離応力)が生じる。
【0074】
上下の金型13、14の線長(図27(a)には、上金型13側の線長(但し、全長の1/2)を両端に矢印を付した線分で表示)が異なる場合、線長が長い上金型13側の母材11aが溶接部を金型キャビティ(空洞)側に引き込むのに対して、線長が短い下金型14側の母材11bは、溶接部が金型キャビティ側に引き込まれるのを妨げる。これにより溶接金属には、板(母材)面内で溶接線と垂直な方向に働くせん断力(接合面せん断応力)が生じる。
【0075】
溶接部が金型キャビティ側に引き込まれる場合、製品の形状によっては、溶接線は長手方向に引張り変形や圧縮変形を受ける(いわゆる伸びフランジ変形や縮みフランジ変形)。これにより溶接金属には、溶接線長手方向に働く引張り力や圧縮力(溶接方向引張り応力または圧縮応力)が生じる。
【0076】
プレス加工でも、伸びフランジ部もしくは縮みフランジ部において、溶接部長手方向に引張り力や圧縮力が生じる。
【0077】
複数枚重ね合わせた溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法、または前記(1)に記載の溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法において、再加熱を受けた後の、または2回目の溶接が施された後の1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さが、再加熱前の、または2回目の溶接が施される前の1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さ、または、前記の(i)式により算出される1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さよりも10%以上減少していれば、溶接部のじん性の改善が著しく、板ハイドロフォームにおける破断内圧も大幅に向上する。また、溶接部の破断形態が脆性破壊から延性破壊へと変化する。
【0078】
以上、本発明の成形素材の溶接方法を溶接部の耐剥離性が必要とされる板ハイドロフォームを例にとって説明したが、それ以外にも、高強度鋼板を用いた成形素材の溶接部にじん性が求められる場合には、本発明の溶接方法の適用が有効である。
【0079】
本発明の成形素材の溶接方法によれば、複数の金属板を予め溶接して成形加工に供する成形素材とする際に、高強度鋼板を対象として、溶接により硬化した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させることができ、従来の成形素材を用いる加工方法では成形中に溶接部が破壊していた場合でも、溶接部を破断、破壊させずに成形加工を施すことが可能な成形素材を得ることが可能となる。
【0080】
溶接による硬化の激しい高強度鋼板ほど、延性改善による効果が得られやすく、引張強さが400MPa以上の高強度鋼板において、本発明の溶接方法は特に有効である。しかも、本発明の方法はオンラインでの実施が可能であり、この方法の適用により生産効率が低下することはない。
【0081】
本発明の高強度鋼板を用いた成形素材は、前述の本発明の成形素材の溶接方法によって溶接部を処理した成形素材である。この成形素材は、溶接後、再加熱等の処理を施していない従来の成形素材に比べて溶接部の成形限界が向上している。
【0082】
本発明の高強度鋼板の加工方法は、高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を用い、溶接後に成形を行う加工方法であって、前記本発明の成形素材を用いる加工方法である。従来の成形素材に比べて溶接部の成形限界が向上している成形素材を用いるので、成形中に溶接部を破壊させずに成形加工することが可能である。
【0083】
本発明の高強度鋼板の成形品は、この本発明の加工方法により作製した成形品で、従来の成形素材を用いた成形品よりも溶接部のじん性が増大しており、構造部材としての性能が向上する。
【0084】
さらに、本発明のレーザ溶接装置は、本発明の溶接方法における溶接部の再加熱に適しており、レーザを発振するレーザ発振手段と、レーザ発振手段からのレーザを被加工材に照射する出射ユニットを被加工材に対して相対的に移動可能とする機構とを備えたレーザ溶接装置であって、1つの出射ユニットに複数のレーザ加工ヘッドが配置され、レーザ加工ヘッドは個々に任意の曲線状にレーザを照射することが可能な溶接装置である。
【0085】
図33は、従来のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図であり、1つの出射ユニットにレーザ加工ヘッドが1つのみ配置されている。溶接される板18は、図示しないテーブル上に設置され、板18と相対的にx、yおよびzの各方向に移動可能な出射ユニットに取り付けられたレーザ加工ヘッド16から照射されたレーザ17により溶接される。
【0086】
この従来のレーザ溶接装置で本発明の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法を実施するためには、一度溶接したラインを、再度出射ユニットを移動させて再加熱するか、または、1回目の溶接ラインに沿って再度出射ユニットを移動させて2回目の溶接を施す必要がある。このため、通常の溶接方法の約2倍の作業時間を要し、生産性の低下やコスト上昇を招く。
【0087】
生産速度を向上させるために溶接速度を上げるには、レーザ出力を増す必要があり、設備費の増加やランニングコストの悪化が避けられない。また、一旦全長を溶接した後、同じ曲線上にレーザを出射し、または、1回目の溶接線に沿って2回目の溶接を実施しようとしても、1回目の溶接線は、溶接ひずみによって装置に入力した元の曲線とは異なっており、溶接ひずみをなくすための適切な熱処理が難しく、ばらつきも生じる。
【0088】
このような問題は、例えば、1つの出射ユニットに2個のレーザ加工ヘッドを配置して、2個のレーザ加工ヘッドから発振されたそれぞれのレーザが同じ溶接線上を走るようにすることによって解決することが可能である。
【0089】
図32は、レーザ溶接装置の出射ユニットの本体取付け部15に2個のレーザ加工ヘッド16M、16Nが併設された状態を示す図である。
【0090】
図34は、本発明のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図である。このレーザ溶接装置は、1つの出射ユニットに複数(この例では、2個)のレーザ加工ヘッド16M、16Nが配置され、レーザ加工ヘッド16M、16Nは個々に任意の曲線状にレーザ17を照射できるように構成されている。
【0091】
この本発明のレーザ溶接装置を使用すれば、最初のレーザ加工ヘッド16Mによる溶接に続けて、直ぐにレーザ加工ヘッド16Nによる再加熱することができるので、溶接時間を増大させることなく、また、溶接ひずみによる溶接ラインの誤差を生じさせることもない。
【0092】
図35は、本発明のレーザ溶接装置による作業の他の例を示す図である。前記の図33、図34に示した例および次の図36に示す例では板を2枚重ね合わせて溶接する場合であるが、この図35は突き合わせ溶接する場合を例示している。この場合も、図34の場合と同じく、2個のレーザ加工ヘッド16M、16Nが配置されており、最初のレーザ加工ヘッド16Mによる溶接に続けて、直ぐにレーザ加工ヘッド16Nによる再加熱が行われる。したがって、溶接時間を増大、溶接ひずみによる溶接ラインの誤差が生じることはない。
【0093】
図36は、本発明のレーザ溶接装置による作業のさらに他の例を示す図である。これは、1回目の溶接に続けて、1回目の溶接ラインに沿って直ぐに2回目の溶接を行う例である。前記の「沿って」とは、1回目の溶接部と平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように、という意味である。この場合も、2回目の溶接が直ぐに行われるので、溶接ひずみによる溶接ラインの誤差が生じることはなく、溶接時間が増大することもない。
【0094】
なお、前述のような曲線溶接を行うためには、出射ユニットと被加工材の相対移動機構のみでは、2個のレーザ加工ヘッドから発振されたそれぞれのレーザが同じ曲線上を走ることができないため、出射ユニットと本体の間に回転機構を備えることが必要である。
【実施例】
【0095】
(実施例1)
1枚のみに予め注水孔をあけた2枚1組の平板ブランク(いずれも厚さ1.6mm)を重ね合わせ、板端から15mm内側の全周をレーザ溶接またはシーム溶接により貫通溶接した後、表1に示す種々の条件で溶接部を処理(溶接部のみを再加熱、または溶接部の近傍を再度溶接)した接合ブランク(前記図1〜図6に例示した接合ブランク)を用意した。
【0096】
平板ブランクの引張強さは、270MPa、390MPa、440MPa、590MPaまたは780MPaである。また、図1〜図6において、w=450mm、l=200mm、t=3.2mmである。
【0097】
2枚の平板ブランクの接合の手順、溶接条件および溶接後の処理条件を表1に示す。
【0098】
【表1】
【0099】
これらの接合ブランクを、上下に分割された上金型と下金型の間に侠持し、2枚の板の間に成形水を圧入するハイドロフォーム試験を行い、溶接部の処理条件および平板ブランクの材質(引張強さ)の違いによる溶接部の軟化率、溶接部の破断内圧、および破断形態の変化を調査した。なお、ハイドロフォーム試験においては、通常の板ハイドロフォームとは異なり、溶接部が破壊するように金型設計と成形条件の設定を行った。
【0100】
図10および図11は、ハイドロフォーム試験に使用した金型の外観を模式的に示す斜視図であり、いずれも金型の内部を示すために金型の4分の1を切除している。
【0101】
図10に示した金型形状Aの上金型と下金型は、いずれも平板(100mm×300mm)の周辺部分を除く部分に絞りを設けた形状をなし、互いに逆向きであるが、絞り深さは共に30mm、絞り深さ30mmの部分(レベル)における平坦部の寸法は40mm×240mmである。一方、図11に示した金型形状Bは、上金型、下金型とも金型形状Aと同形であるが、下金型内部に中子を入れて絞り深さを0としている。
【0102】
図12〜図15に、引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す。前記図7〜図9に示した溶接部の断面図との対比から、図12〜図15における顕微鏡写真には、溶接部が示されていることがわかる。
【0103】
図12は接合条件XL0(比較例)で接合した場合、また、図13は接合条件XL1(本発明)で、図14は接合条件YL0(比較例)で、図15は接合条件YL3(本発明)でそれぞれ接合した場合を示している。これらの図において、溶接部の左側が板中央側(内圧付与側)であり、右側が板端側である。
【0104】
なお、図12、図14に示した各比較例において、溶接部のビッカース硬さの測定値が、一般的に知られている溶接部の硬度予測式(前記(i)式)により算出した値と良く一致することが確認できた。
【0105】
図12と図13を比較すると、ビッカース硬さ分布から、レーザ溶接後に溶接部のみを再加熱することによって、レーザ溶接のみの場合に比べて溶接部全体が軟化していることがわかる。なお、図13の上板溶接部のほぼ全体にわたる円形状の黒色部分は、再加熱された部分である。
【0106】
また、図14に示すように、1回目の溶接部と2回目の溶接部の間隔が広すぎると(この場合は、5mm)、1回目の溶接部を軟化させる効果はないが、図15に示すように、前記間隔が適正である場合は(1.5mm)、1回目の溶接部の一部が軟化していることが認められる。
【0107】
図17は、引張強さ780MPaの平板ブランクを用いた実験の結果であり、接合条件によるビッカース硬さの低下割合を軟化率で示している。
【0108】
具体的な実験結果は、接合条件XL0(比較例)における領域P(図16参照)のビッカース硬さに対する、接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4(いずれも本発明)における領域Pのビッカース硬さの低下割合と、接合条件YL0(比較例)における領域Pのビッカース硬さに対する、接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5(いずれも本発明)における領域Pのビッカース硬さの低下割合、および、接合条件XS0、YS0(いずれも比較例)における領域Pのビッカース硬さに対する接合条件XS1、YS1(いずれも本発明)における領域Pのビッカース硬さの低下割合を、軟化率として示している。
【0109】
図17から明らかなように、レーザ溶接後に溶接部のみを再加熱した場合は(接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4)、再加熱時のレーザ出力の増大とともに軟化率が高くなった(表1の「出力」の欄参照)。
【0110】
また、1回目のレーザ溶接部の近傍を再度レーザ溶接した場合は(接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5)、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔dを狭くするとともに軟化率が高くなったが、1.3mmまで狭めると(接合条件YL4)、軟化はするものの、その度合は低下した(同「出力」欄参照)。引張強さ780MPaの平板ブランクを用いた場合は、前記間隔dが1.5mm(接合条件YL3)のとき、軟化率が最も高かった。
【0111】
図18および図19は、引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験の結果であり、接合条件XL0(比較例)における溶接部の破断内圧に対する、接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4における破断内圧の向上率と、接合条件YL0(比較例)における溶接部の破断内圧に対する、接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5における破断内圧の向上率、および、接合条件XS0、YS0(いずれも比較例)における溶接部の破断内圧に対する接合条件XS1、YS1における破断内圧の向上率を示している。図18は金型形状Aの金型を用いた場合、図19は金型形状Bの金型を用いた場合である。
【0112】
接合条件X0、Y0、およびXS0とYS0(いずれも比較例)の溶接部はいずれも非常に硬く脆いため、金型形状A、Bのどちらの金型を用いても、板境界面上の溶接部が脆性的に破断した。
【0113】
図21〜図26は、引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。前記図7〜図9に示した溶接部の断面図との対比から、図21〜図26における顕微鏡写真には溶接部が明瞭に示されていることがわかる。この図21(Aの金型を使用、接合条件XL0)、図23(Aの金型を使用、接合条件YL0)および図25(Bの金型を使用、接合条件XL0)に示すように、これら比較例の溶接部では、溶接部が脆性破断している。
【0114】
一方、接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4(いずれも本発明)における溶接部の破断内圧は、図18および図19に示すように、A、Bいずれの金型を用いても向上しており、特に接合条件XL2、XL3およびXL4の場合、顕著であった。
【0115】
破断形態も変化し、図22(Aの金型を使用、接合条件XL1)に示したように、ビード部と母材との境界で生じている。また、図26(Bの金型を使用、接合条件XL1)に示した例では、ビード部で破断形態が脆性的な破断から延性的な破断に変化している。
【0116】
接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5(いずれも本発明)における溶接部の破断内圧も向上しており、図18および図19に示すように、特に接合条件YL2、YL3またはYL5で、Aの金型を用いた場合、溶接部の破断内圧の向上率が大きかった。また、図24(Aの金型を使用、接合条件YL1)に示したように、破断も、ビード部と母材との境界を起点に発生しており、その形態に変化が認められた。
【0117】
シーム溶接後に溶接部のみを再加熱した接合条件XS1(本発明)における溶接部の破断内圧も、用いた金型の形状に関係なく、大幅に向上した。また、1回目のシーム溶接部の近傍を再度シーム溶接した場合は(接合条件YS1、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔1.5mm)、Aの金型を用いた場合に、溶接部の破断内圧の向上率が大きかった。
【0118】
このような板ハイドロフォーム試験における溶接部の破断内圧の向上は、溶接部の成形限界の向上によるものである。
【0119】
図20は、引張強さの異なる平板ブランクを接合条件XL2により溶接した接合ブランクについて、ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)を行った場合の溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。それぞれの引張強さの平板ブランクを接合条件XL0により溶接し、同様の試験を行って求めた破断内圧と比較して求めた向上率である。
【0120】
図20から明らかなように、いずれの引張強さの平板ブランクを用いた場合でも破断内圧が向上したが、特に引張強さが400MPa以上の平板ブランクを使用した場合の破断内圧の向上率が大きかった。これら高強度の平板ブランクでは、溶接後の成形加工における成形限界の向上が顕著であったことによるものである。
【0121】
(実施例2)
平板素材を略弧状に切り出した弧状ブランク2枚(いずれも厚さ1.6mm)を、図28に示すように重ね合わせ、その弧状ブランク19a、19bの全周をレーザ溶接により貫通溶接した後、表2(条件ZP0、ZP1)に示す条件で溶接部を処理(溶接部のみを再加熱)した接合ブランクを用意した。なお、溶接部21を太い実線で示している。
【0122】
また、平板素材を略弧状に切り出した弧状ブランクと、この弧状ブランクの周に沿うよう環状に切り抜いた環状ブランクを、図29に示すように突き合わせ(すなわち、環状ブランク20の内側に弧状ブランク19を嵌め込み)、全周をレーザ溶接により突合せ溶接した後に、表2(条件ZF0、ZF1)に示す条件で溶接部を処理(溶接部のみを再加熱)した接合ブランクを用意した。
【0123】
【表2】
【0124】
これらの接合ブランクについてプレス成形試験を行い、溶接後の再加熱の有無による成形限界の違いを調査した。
【0125】
図30は、プレス成形試験時における接合ブランクの状態を模式的に示す図である。図30に示すように、金型25上に載置した接合ブランク22のフランジ面をしわ押さえ23で押さえ、しわ押さえ力を付与した状態で、パンチ24により金型25の空洞内に接合ブランク22の中央部を押し込む。図31に、プレス成形時における接合ブランク22の溶接部21と金型の空洞26との位置関係、ならびに、伸びフランジ部および縮みフランジ部の位置を模式的に示す。
【0126】
調査結果を表2に併せて示す。比較例(接合条件ZP0、ZF0)の溶接部はいずれも非常に硬く脆いため、伸びフランジ部あるいは縮みフランジ部で、溶接部が脆性的に破断した。一方、接合条件ZP1、ZF1の本発明例の溶接部は、溶接部のみの再加熱により延性が向上しており、成形限界も向上した。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明の成形素材の溶接方法は、高強度鋼板を対象として、溶接部を再加熱し、または1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施すことを特徴とする方法で、この方法によれば、溶接により硬化した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させた成形素材を得ることができる。この方法は、本発明のレーザ溶接装置を使用して好適に実施することができる。
【0128】
本発明の成形素材は、本発明の溶接方法により溶接して得られた成形素材で、従来の成形素材に比べ成形限界が向上している。この成形素材を用いる本発明の加工方法によれば、従来の成形素材を用いる加工方法では成形中に溶接部が破壊していた場合でも、破壊させずに成形加工することが可能である。また、本発明の高強度鋼板の成形品はこの加工方法により作製した成形品で、従来の成形素材を用いた成形品よりも溶接部のじん性が増大しており、構造部材としての性能が向上する。
【0129】
したがって、本発明の成形素材の溶接方法およびレーザ溶接装置、この方法、装置により溶接した成形素材、この成形素材を用いる本発明の高強度鋼板の加工方法、この加工方法により作製した成形品は、特に高強度鋼板の成形加工を伴う各種の製造、加工分野において、有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0130】
1:溶接線、 2:注水口、
3:再加熱された溶接部を表す溶接線
4:2回目の溶接線、 5:再加熱された1回目の溶接部を表す溶接線
6a、6b:母材、 7:溶接部、 8:熱影響部(HAZ)
9:再加熱部、 10:2回目の溶接部
11a、11b:母材、 12:溶接部
13:上金型、 14:下金型
15:レーザ溶接装置の本体取付け部
16:レーザ加工ヘッド、16M:レーザ加工ヘッドM、16N:レーザ加工ヘッドN
17:レーザ、 18:板、 19,19a、19b:弧状ブランク
20:環状ブランク、 21:溶接部、 22:接合ブランク
23:しわ押さえ、 24:パンチ
25:金型、 26:金型の空洞
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接後に成形加工を行う高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法およびレーザ溶接装置と、この方法、装置により得られる成形素材、ならびにその成形素材を用いて成形を行う加工方法および成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法においては、溶接部にも大きなひずみが付与されるが、溶接部の過度の硬化は部材としての成形性を阻害する要因となっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、複数枚の金属板を接合した後プレス等の塑性加工に供される所謂テーラードブランク材のプレス成型方法が記載されている。テーラードブランク材では、溶接部分の材質劣化などによるプレス成型時における成型不良が問題となっており、同特許文献では、板厚及び強度の一方又は双方が異なる金属板を突き合わせ溶接した板材(本発明でいう成形素材)のハットプレス成型時における溶接位置近傍の亀裂発生を防止できる成型方法が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、複数枚の金属板を重ね合わせ、端部全周を互いに溶接してなる成形素材を、上下一対の金型間に侠持し、成形素材の重ね合わせ面の間に媒体を圧入して成形する液圧成形装置が記載されている。重ね溶接接合部に、重ね合わせた板の膨らみによる剥離応力も付与されるので、この液圧成形(板ハイドロフォーム)は、複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法において、成形性の阻害が問題となる典型的な例であると言える。
【0005】
一方、溶接部の延性を改善する手法としては、溶接部周辺に予熱や後熱を加えて、溶接時の急冷に伴う硬化を低減する手法が一般的である。例えば、特許文献3には、非消耗式電極による溶接アークを熱源として用い、溶接部の延性を改善する方法が提案されている。この熱処理方法によれば、母材の比較的狭い範囲を対象に、熱処理用の別の装置や作業空間等を必要とせずに処理を行えるとしている。
【0006】
しかし、このような手法では、加熱範囲が広く、母材特性を害し、成形時に問題となることに加え、成形後の部材特性の低下を招くなどの問題がある。さらに、これらの溶接部周辺に予熱や後熱を加える手法は、主として溶接後の接合強度を改善するために提案された手法であり、溶接部の成形性については考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−218501号公報
【特許文献2】特開2006−150382号公報
【特許文献3】特開平5−9561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前述の問題、すなわち、複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法においては、溶接部の過度の硬化により溶接部自体の成形性が不足するという問題を解決するためになされたものであり、特に硬化の著しい高強度鋼板を対象として、溶接後の成形加工における成形限界を向上させた成形素材を得ることができる溶接方法およびこの方法の実施に適したレーザ溶接装置、この方法、装置により溶接した成形素材、この成形素材を用いる加工方法、およびこの加工方法により作製した成形品を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
高強度鋼板の溶接部は非常に硬いので、予め溶接を施した成形素材を加工する場合、溶接部の溶接金属またはボンド部で破断する危険性が大きかった。溶接部での破断を防止するには、溶接後の成形加工における成形限界を向上させることが必要であり、成形限界の向上は成形素材の溶接部のじん性を向上させることによって可能である。
【0010】
しかし、一般に金属材料においては、高強度の材料ほど延性に欠け、逆に延性に富む材料ほど強度が低いという傾向があり、強度と延性のどちらを高めれば成形限界が向上するのかは、一概には言えない。
【0011】
本発明者らは、高強度鋼板を用いた板ハイドロフォームにおける溶接部での破断(破壊)について検討を重ねた結果、成形途中で溶接部が破壊してしまう場合、破壊が生じる瞬間に溶接部に生じる最大主応力は、応力履歴によらず、鋼種や溶接条件によって決まる一定の値になるという実験結果を得た。
【0012】
このような破壊と最大主応力の関係は、破壊が脆性的であるときに見られると言われている。さらに、前記の板ハイドロフォームにおいて、成形途中に破壊した溶接部の破面を電子顕微鏡で調査したところ、一般的に脆性破壊の破面によく見られるへき開破面が観察された。
【0013】
これらの検討結果から、板ハイドロフォームにおいて溶接部が破壊する場合、破壊は脆性的に起きているということが判明し、高強度鋼板を用いた溶接品(成形素材)の成形加工においては、溶接部を軟化し、延性を改善することにより成形限界を向上させ得るという結論に至った。
【0014】
溶接部を軟化するためには、前述のとおり、溶接時に溶接部周辺を予熱もしくは後熱する手法が考えられるが、高強度鋼板を用いた成形素材を予熱もしくは後熱する場合は、成形素材の広い範囲を加熱すると、母材の特性が損なわれる。
【0015】
そこで、本発明者らは、成形素材の溶接部のみを局部的に再加熱する手法、および、溶接部の近傍を再度溶接し、その熱を利用して先行の溶接部を再加熱する手法を新たに考案した。前者の手法については、再加熱の熱源として、例えば低出力のレーザを用いれば局所的な再加熱が可能である。一方、後者については、例えばレーザ溶接法を適用すれば、溶接による熱影響の範囲が狭いので、母材に与える再加熱の影響を最小限にすることができる。
【0016】
本発明の要旨は、下記(1)に記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法、これらの方法により溶接した(2)の成形素材、この成形素材を用いる(3)の高強度鋼板の加工方法、およびこの加工方法により作製した(4)の高強度鋼板の成形品、ならびに(5)のレーザ溶接装置にある。
【0017】
(1)高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接し、溶接部を再加熱する溶接方法であって、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【0018】
ここでいう「高強度鋼板」とは、特定鋼種の鋼板に限定されることなく、高張力鋼、強じん鋼など、強度が高く、溶接による硬化が著しい鋼板をいう。なお、「再加熱する」としているのは、溶接により既に一度加熱されているからで、単に「加熱する」ともいう。
【0019】
前記の「1回目の溶接部と略平行に」の「略」とは、「概略」、「ほぼ」、「概ね」という意味であり、「略平行」とは、ここでは「平行」である場合を含めて、概ね平行であることを意味する。
【0020】
前記(1)に記載の成形素材の溶接方法において、再加熱を、レーザを用いて行うこととすれば、局所的な再加熱が可能であり、望ましい。
【0021】
前記(1)に記載の成形素材の溶接方法において、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔を1.5〜2mmとする実施形態を採るのが望ましい。
【0022】
前記(1)に記載の成形素材の溶接方法において、再加熱を受けた後の、または2回目の溶接が施された後の、1回目の溶接部(前記(1)または(2)に記載の方法においては、再加熱前の溶接により形成される溶接部を指す)の溶接金属のビッカース硬さが、再加熱前の、または2回目の溶接が施される前の、1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さ、または、下記(i)式により算出される1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さよりも10%以上低ければ、1回目の溶接部のじん性が大幅に改善される。
【0023】
Hv=1680×(C+Mn/22+14B)+180 ・・・(i)
但し、Hv:ビッカース硬さの推定値
C、MnおよびBは、それぞれ鋼板に含まれる炭素、マンガンおよびボロ
ンの含有率(質量%)を表す。
【0024】
前記の「ビッカース硬さ」についは、再加熱後のまたは2回目の溶接後の溶接金属(1回目の溶接による溶接金属をいう)中で最もビッカース硬さが低い部分のビッカース硬さと、再加熱前のまたは2回目の溶接前の当該溶接金属中で最もビッカース硬さが高い部分のビッカース硬さとを比較して、すなわち、それぞれ当該部分での測定により得られるビッカース硬さの最低値と最高値を比較して、10%以上減少しているか否かを判断すればよい。
【0025】
または、再加熱前のもしくは2回目の溶接が施される前の溶接部のビッカース硬さの推定値と比較して判断してもよい。すなわち、鋼板の溶接部のビッカース硬さは、前記(i)式により予測可能なことが一般に知られているので、再加熱後のもしくは2回目の溶接後の溶接金属中で最もビッカース硬さが低い部分のビッカース硬さが、(i)式により算出したビッカース硬さに比べて10%以上減少していれば、1回目の溶接部のじん性が改善されていると判断できる。
【0026】
(2)前記(1)に記載の成形素材の溶接方法により溶接部を処理したことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材。
【0027】
(3)高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を用い、溶接後に成形を行う加工方法であって、前記(2)に記載の成形素材を用いることを特徴とする高強度鋼板の加工方法。
【0028】
(4)高強度鋼板を用いた成形素材を加工した成形品であって、前記(3)に記載の加工方法により作製したことを特徴とする高強度鋼板の成形品。
【0029】
(5)前記(1)に記載の成形素材の溶接方法における溶接部の再加熱に適する装置構成であり、レーザを発振するレーザ発振手段と、レーザ発振手段からのレーザを被加工材に照射する出射ユニットを被加工材に対して相対的に移動可能とする機構とを備えたレーザ溶接装置であって、1つの出射ユニットに複数のレーザ加工ヘッドが配置され、レーザ加工ヘッドは個々に任意の曲線状にレーザを照射することが可能であることを特徴とするレーザ溶接装置。
【発明の効果】
【0030】
本発明の成形素材の溶接方法によれば、高強度鋼板を対象として、溶接により硬化した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させることができる。この方法は、オンラインでの連続処理が可能であり、生産効率を下げることなく処理を行える。
【0031】
本発明の成形素材は、本発明の溶接方法により溶接して得られた成形素材で、従来の成形素材に比べ成形限界が向上している。
【0032】
この成形素材を用いる本発明の加工方法によれば、従来の成形素材を用いる加工方法では成形中に溶接部が破壊していた場合でも、破壊させずに成形加工することが可能である。
【0033】
また、本発明の高強度鋼板の成形品はこの加工方法により作製した成形品で、従来の成形素材を用いた成形品よりも溶接部のじん性が増大しており、構造部材としての性能が向上する。
【0034】
前記本発明の成形素材の溶接方法は、本発明のレーザ溶接装置を使用して好適に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、従来の溶接方法を適用して得られ接合ブランクの外観を示す図である。
【図2】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部の全長を再加熱した場合である。
【図3】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部の一部を再加熱した場合ある。
【図4】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部全長の近傍を再度溶接した場合である。
【図5】図4に例示した接合ブランクにおいて、2回目の溶接により再加熱された1回目の溶接部を破線で示した図である。
【図6】2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法を適用して得られた接合ブランクの外観を例示する図で、溶接部の一部の近傍を再度溶接した場合である。
【図7】標準的な溶接部の断面を模式的に示す図である。
【図8】再加熱を施した溶接部の断面を模式的に示す図である。
【図9】1回目の溶接部の近傍を再度溶接した部分の断面を模式的に示す図である。
【図10】実施例で、ハイドロフォーム試験に使用した金型形状Aの外観を模式的に示す斜視図である。
【0036】
【図11】実施例で、ハイドロフォーム試験に使用した金型形状Bの外観を模式的に示す斜視図である。
【図12】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件XL0(比較例)で接合した場合である。
【図13】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件XL1(本発明)で接合した場合である。
【図14】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件YL0(比較例)で接合した場合である。
【図15】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す図で、接合条件YL3(本発明)で接合した場合である。
【図16】板ハイドロフォームの成形中における溶接部付近の状態を模式的に示す部分断面図である。
【図17】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部の軟化率を示す図である。
【図18】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクについてのAの金型を用いた板ハイドロフォーム試験の結果で、溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。
【図19】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクについてのBの金型を用いた板ハイドロフォーム試験の結果で、溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。
【図20】引張強さの異なる平板ブランクを溶接した接合ブランクについてのハイドロフォーム試験の結果で、溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。
【0037】
【図21】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL0で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図22】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL1で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図23】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件YL0で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図24】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件YL1で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図25】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL0で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Bの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図26】引張強さ780MPaの平板ブランクを接合条件XL1で接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験(Bの金型を使用)における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。
【図27】板ハイドロフォームにおいて、溶接部に生じる応力を模式的に示す図である。
【図28】2枚の弧状ブランクを重ね合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用し、全周をレーザ溶接して得られた接合ブランクの外観を例示する図である。
【図29】弧状ブランクと環状ブランクを突き合わせ、溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法を適用して全周をレーザ溶接して得られた接合ブランクの外観を例示する図である。
【0038】
【図30】プレス成形試験時における接合ブランクの状態を模式的に示す図である。
【図31】プレス成形時における接合ブランクの溶接部と金型の空洞との位置関係、ならびに、伸びフランジ部および縮みフランジ部の位置を模式的に示す。
【図32】レーザ溶接装置の本体取付け部に2個のレーザ加工ヘッドが併設された状態を示す図である。
【図33】従来のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図である。
【図34】本発明のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図である。
【図35】本発明のレーザ溶接装置による作業の他の例を示す図である。
【図36】本発明のレーザ溶接装置による作業のさらに他の例を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法の一つは、高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接する方法であり、他の一つは、高強度鋼板を複数枚突き合わせた成形素材を溶接する方法であって、溶接して成形素材を得るに際し、高強度鋼板を対象とすること、および、鋼板を重ね合わせまたは突き合わせ溶接した後に溶接部を再加熱する。
【0040】
図1は、2枚の金属板を重ね合わせ、溶接して得られた成形素材の外観を示す図であり、従来の溶接方法を適用して得られる成形素材を例示している。金属板(以下、「平板ブランク」ともいう)の厚さは1.6mmで、板端から15mm内側の全周(図中に溶接線1で表示)を貫通のレーザ溶接で接合した成形素材(以下、「接合ブランク」ともいう)である。同図中の符号w、l、tはそれぞれ長さ、幅、厚さを表す。この接合ブランクは板ハイドロフォームに用いられる成形素材で、媒体を注入するための注水口2が設けられている。
【0041】
図7は、標準的な溶接部の断面を模式的に示す図で、重ね合わせられた2枚の母材6a、6bが溶接部7(ここでは、特に「溶接金属」を指す)で接合されている状態を表している。母材6a、6bと溶接部7の間には高温度に加熱された熱影響部(HAZ)8が形成されている。
【0042】
複数枚の鋼板を重ね合わせ、溶接して成形素材を得るに際し、図7に示した溶接幅bが広いほど溶接部は破断しにくくなるが、一度の溶接で溶接幅を大きくするには溶接での入熱を大きくする必要があり、入熱が大き過ぎるとHAZ軟化等の不良現象が生じる原因となる。一般的な高張力鋼板における溶接幅は、レーザ溶接を施す場合は1mm程度、シーム溶接を施す場合は5mm程度とするのが適切である。
【0043】
本発明の成形素材の溶接方法において、高強度鋼板を対象とするのは、高強度鋼板の溶接部は非常に硬く、成形素材を加工する際に、溶接部で破断する危険性が特に大きいからである。
【0044】
また、鋼板を重ね合わせ、溶接した後、溶接部を再加熱するのは、それによって溶接部の延性が改善され、成形限界歪の向上が期待できるからである。
【0045】
図2は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図であり、本発明の溶接方法を適用して得られた成形素材を例示している。平板ブランクの厚さは1.6mmで、板端から15mm内側の全周を貫通のレーザ溶接により接合し、さらに、その溶接線全長を低出力のレーザで再加熱した接合ブランクである。同図中に、再加熱された溶接部を溶接線3(破線で表示)で示している。
【0046】
図8は、再加熱を施した溶接部の断面を模式的に示す図で、図7に示した溶接部7のみが再加熱され、再加熱部9が形成された状態を表している。図8に示すように、溶接部のみを局部的に再加熱することにより、溶接による接合幅(つまり、ビード幅)を損なわずに、溶接部の延性を改善し、成形限界歪を増大させることができる。
【0047】
再加熱処理は必ずしも溶接部の全長に施さなくてもよい。複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法においては、様々な要因により、溶接部に種々の応力が生じるため、破断する位置は金型形状により異なる。そこで、成形加工を施す際に、溶接部に大きな力が働く箇所(破断位置)を予測し、その範囲の溶接部のみを再加熱すれば溶接部全体としての成形限界の向上が期待できる。
【0048】
また、再加熱の方法や条件によっても効果が異なるので、溶接部に生じる力の種類(すなわち、力の大きさ・方向や、せん断、引張り、圧縮など力の性質の違い等)を推定し、それに合った方法で再加熱することが重要である。
【0049】
その意味で、破断位置の予測は非常に重要であるが、前述の溶接部に生じる最大主応力を計算することによりその位置を予測できる。なお、溶接部に生じる最大主応力は、例えば有限要素法による解析ソフト等を使用して導出することができる。
【0050】
図3は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図であり、本発明の溶接方法を適用して溶接部(溶接線1で表示)の一部を低出力のレーザで再加熱した接合ブランクを例示している。同図中に、再加熱した部分を溶接線3(破線)で、再加熱していない部分を溶接線1(実線)で示している。
【0051】
また、溶接部の幅方向と板厚方向についても必ずしも全域を再加熱する必要はなく、溶接部のうちの一部のみを軟化させるだけでも、溶接部全体としてのじん性を改善することができる。
【0052】
図16は、板ハイドロフォームの成形中における溶接部付近の状態を模式的に示す部分断面図である。重ね合わせられた2枚の母材11a、11bが溶接部12で接合され、媒体が注入されて内圧がかかっている状態を表しているが、応力が集中する箇所(図16の領域P)のみを軟化しても、成形限界を向上させることができる。
【0053】
本発明の成形素材の溶接方法において、再加熱を、レーザを用いて行うこととすれば、熱影響幅が小さく、また、レーザ出力、ビーム集光条件、加熱の速度、局所加熱、加熱位置、位置合わせなどの制御が容易であるため、適切な箇所に、適切な長さの熱処理(再加熱)を施すことが可能である。
【0054】
本発明の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法は、前記(1)に記載したように、高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接する方法であって、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする溶接方法である。
【0055】
1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施すのは、2回目の溶接に伴う熱を利用して再加熱することにより、1回目の溶接部のじん性を向上させることができるからである。
【0056】
図4は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図で、溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法を適用して得られた成形素材を例示している。平板ブランクの厚さは1.6mmで、板端から15mm内側の全周を貫通のレーザ溶接またはシーム溶接(いずれも1回目の溶接)により接合し、さらに、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施して得られた接合ブランクである。同図中に、1回目の溶接部(先行の溶接部)を溶接線1で、2回目の溶接部(後行の溶接部)を溶接線4で示している。
【0057】
図5は、前記図4に示した接合ブランクの外観を示す図で、1回目の溶接部が2回目の溶接により再加熱されたことを表すため、再加熱された1回目の溶接部を溶接線5として破線で示している。
【0058】
図9は、1回目の溶接部の近傍を再度溶接した部分の断面を模式的に示す図である。1回目の溶接部7の近傍に2回目の溶接を行うことにより、2回目の溶接部10が形成される。
【0059】
2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に行うのは、2回目の溶接による熱を利用して1回目の溶接部を、処理対象範囲の全長にわたってほぼ均等に再加熱し、それにより1回目の溶接部の成形限界を向上させ得るからである。
【0060】
2回目の溶接を1回目の溶接部と平行に行えば効果のバラツキが僅少で望ましいが、実際の処理で2回目の溶接を厳密に平行に行うことは必ずしも容易でない場合もあり、また概ね平行であれば十分な場合もある。したがって、2回目の溶接は、溶接後の処理が行われる状況に応じて、1回目の溶接部に概ね平行に、言い換えると、1回目の溶接部に沿って、それに近い距離を保ちつつ行えばよい。
【0061】
2回目の溶接を施す範囲は必ずしも1回目の溶接部の全長を対象にしなくてもよい。成形加工時に1回目の溶接部に大きな力が働く箇所を予測し、その範囲を加熱できるように2回目の溶接を施せばよい。
【0062】
図6は、2枚の平板ブランクを重ね合わせ、溶接して得られた接合ブランクの外観を示す図で、1回目の溶接部の一部を対象として、その近傍を、それに略平行に2回目の溶接を施した接合ブランクを例示している。同図中に、2回目の溶接部を溶接線4で示し、それにより加熱された部分を溶接線5(破線)で、再加熱されていない部分を溶接線1(実線)で示している。
【0063】
また、2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも、成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すのは、2回目の溶接部は硬化したままなので、2回目の溶接部が1回目の溶接部よりも変形を受ける箇所に近いと、2回目の溶接部が1回目の溶接部よりも先に破壊してしまうからである。この場合は、次に述べる、2回の溶接で溶接部の総断面積が増加することによるせん断力に対する強さの向上という利点も損なわれてしまう。
【0064】
溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法では、溶接部の断面積に着目すると、1回目と2回目の溶接部を合わせた総断面積は1回だけ溶接する場合の溶接部の断面積よりも大きく、2回溶接する方が、前記の図9に示すy方向のせん断力に対する強さが大幅に向上する。
【0065】
したがって、1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施す本発明の溶接方法では、総溶接部が大きくなることによる破断防止作用も働く。ただし、2回目の溶接を施してもそれが1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所に近いと、前述のように、2回目の溶接部が先に破壊してしまうので、その利点は損なわれる。
【0066】
2回目の溶接は、レーザ溶接するのが望ましい。前述のように熱影響幅が小さく、制御が容易であるため、目標とする箇所に、適切な熱処理を施すことが可能である。
【0067】
本発明の成形素材の溶接方法において、一般的な高張力鋼板を対象としてレーザ溶接を施す場合、1回目および2回目の接合幅は、それぞれ1mm程度とするのが適切である。
【0068】
本発明の成形素材の溶接方法において、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔を1.5〜2mmとすると、特に大きなじん性改善効果が得られる。なお、ここでいう「間隔」とは、1回目および2回目の溶接部のそれぞれの中心間の距離をいう。
【0069】
溶接部同士の間隔が広すぎると、1回目の溶接部が十分に加熱されない。また、逆に溶接部同士の間隔が狭すぎると、1回目の溶接部は再びオーステナイト化と急冷を繰り返すこととなり、再度硬化してしまう。
【0070】
次に、複数の金属板を予め溶接した後に成形加工を施す加工法において、成形性の阻害が問題となりやすい板ハイドロフォームで、溶接部に生じる応力について説明する。
【0071】
板ハイドロフォーム中の溶接金属には、「接合面剥離応力、」「接合面せん断応力」および「溶接方向引張り(または圧縮)応力」の3種の応力が生じる。
【0072】
図27は、板ハイドロフォームにおいて、溶接部に生じる応力を模式的に示す図であり、(a)は成形素材の重ね合わせ面の間に水を圧入して成形を開始した状態を示す断面図であり、(b)は(a)の溶接部付近の状態を拡大して示す部分断面図である。
【0073】
図27(a)に示すように、板ハイドロフォーム中の溶接部12は上金型13と下金型14間に挟持されているが、部分的な板厚変化により溶接部12と上金型13、下金型14との間に隙間が生じる。さらに、母材11a、11bの間に圧入された水は溶接部のすぐ内側まで達するため、水の圧力により、溶接金属には板を引き剥がす方向の力(接合面剥離応力)が生じる。
【0074】
上下の金型13、14の線長(図27(a)には、上金型13側の線長(但し、全長の1/2)を両端に矢印を付した線分で表示)が異なる場合、線長が長い上金型13側の母材11aが溶接部を金型キャビティ(空洞)側に引き込むのに対して、線長が短い下金型14側の母材11bは、溶接部が金型キャビティ側に引き込まれるのを妨げる。これにより溶接金属には、板(母材)面内で溶接線と垂直な方向に働くせん断力(接合面せん断応力)が生じる。
【0075】
溶接部が金型キャビティ側に引き込まれる場合、製品の形状によっては、溶接線は長手方向に引張り変形や圧縮変形を受ける(いわゆる伸びフランジ変形や縮みフランジ変形)。これにより溶接金属には、溶接線長手方向に働く引張り力や圧縮力(溶接方向引張り応力または圧縮応力)が生じる。
【0076】
プレス加工でも、伸びフランジ部もしくは縮みフランジ部において、溶接部長手方向に引張り力や圧縮力が生じる。
【0077】
複数枚重ね合わせた溶接部のみを再加熱する本発明の溶接方法、または前記(1)に記載の溶接部の近傍を再度溶接する本発明の溶接方法において、再加熱を受けた後の、または2回目の溶接が施された後の1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さが、再加熱前の、または2回目の溶接が施される前の1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さ、または、前記の(i)式により算出される1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さよりも10%以上減少していれば、溶接部のじん性の改善が著しく、板ハイドロフォームにおける破断内圧も大幅に向上する。また、溶接部の破断形態が脆性破壊から延性破壊へと変化する。
【0078】
以上、本発明の成形素材の溶接方法を溶接部の耐剥離性が必要とされる板ハイドロフォームを例にとって説明したが、それ以外にも、高強度鋼板を用いた成形素材の溶接部にじん性が求められる場合には、本発明の溶接方法の適用が有効である。
【0079】
本発明の成形素材の溶接方法によれば、複数の金属板を予め溶接して成形加工に供する成形素材とする際に、高強度鋼板を対象として、溶接により硬化した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させることができ、従来の成形素材を用いる加工方法では成形中に溶接部が破壊していた場合でも、溶接部を破断、破壊させずに成形加工を施すことが可能な成形素材を得ることが可能となる。
【0080】
溶接による硬化の激しい高強度鋼板ほど、延性改善による効果が得られやすく、引張強さが400MPa以上の高強度鋼板において、本発明の溶接方法は特に有効である。しかも、本発明の方法はオンラインでの実施が可能であり、この方法の適用により生産効率が低下することはない。
【0081】
本発明の高強度鋼板を用いた成形素材は、前述の本発明の成形素材の溶接方法によって溶接部を処理した成形素材である。この成形素材は、溶接後、再加熱等の処理を施していない従来の成形素材に比べて溶接部の成形限界が向上している。
【0082】
本発明の高強度鋼板の加工方法は、高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を用い、溶接後に成形を行う加工方法であって、前記本発明の成形素材を用いる加工方法である。従来の成形素材に比べて溶接部の成形限界が向上している成形素材を用いるので、成形中に溶接部を破壊させずに成形加工することが可能である。
【0083】
本発明の高強度鋼板の成形品は、この本発明の加工方法により作製した成形品で、従来の成形素材を用いた成形品よりも溶接部のじん性が増大しており、構造部材としての性能が向上する。
【0084】
さらに、本発明のレーザ溶接装置は、本発明の溶接方法における溶接部の再加熱に適しており、レーザを発振するレーザ発振手段と、レーザ発振手段からのレーザを被加工材に照射する出射ユニットを被加工材に対して相対的に移動可能とする機構とを備えたレーザ溶接装置であって、1つの出射ユニットに複数のレーザ加工ヘッドが配置され、レーザ加工ヘッドは個々に任意の曲線状にレーザを照射することが可能な溶接装置である。
【0085】
図33は、従来のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図であり、1つの出射ユニットにレーザ加工ヘッドが1つのみ配置されている。溶接される板18は、図示しないテーブル上に設置され、板18と相対的にx、yおよびzの各方向に移動可能な出射ユニットに取り付けられたレーザ加工ヘッド16から照射されたレーザ17により溶接される。
【0086】
この従来のレーザ溶接装置で本発明の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法を実施するためには、一度溶接したラインを、再度出射ユニットを移動させて再加熱するか、または、1回目の溶接ラインに沿って再度出射ユニットを移動させて2回目の溶接を施す必要がある。このため、通常の溶接方法の約2倍の作業時間を要し、生産性の低下やコスト上昇を招く。
【0087】
生産速度を向上させるために溶接速度を上げるには、レーザ出力を増す必要があり、設備費の増加やランニングコストの悪化が避けられない。また、一旦全長を溶接した後、同じ曲線上にレーザを出射し、または、1回目の溶接線に沿って2回目の溶接を実施しようとしても、1回目の溶接線は、溶接ひずみによって装置に入力した元の曲線とは異なっており、溶接ひずみをなくすための適切な熱処理が難しく、ばらつきも生じる。
【0088】
このような問題は、例えば、1つの出射ユニットに2個のレーザ加工ヘッドを配置して、2個のレーザ加工ヘッドから発振されたそれぞれのレーザが同じ溶接線上を走るようにすることによって解決することが可能である。
【0089】
図32は、レーザ溶接装置の出射ユニットの本体取付け部15に2個のレーザ加工ヘッド16M、16Nが併設された状態を示す図である。
【0090】
図34は、本発明のレーザ溶接装置による作業の一例を示す図である。このレーザ溶接装置は、1つの出射ユニットに複数(この例では、2個)のレーザ加工ヘッド16M、16Nが配置され、レーザ加工ヘッド16M、16Nは個々に任意の曲線状にレーザ17を照射できるように構成されている。
【0091】
この本発明のレーザ溶接装置を使用すれば、最初のレーザ加工ヘッド16Mによる溶接に続けて、直ぐにレーザ加工ヘッド16Nによる再加熱することができるので、溶接時間を増大させることなく、また、溶接ひずみによる溶接ラインの誤差を生じさせることもない。
【0092】
図35は、本発明のレーザ溶接装置による作業の他の例を示す図である。前記の図33、図34に示した例および次の図36に示す例では板を2枚重ね合わせて溶接する場合であるが、この図35は突き合わせ溶接する場合を例示している。この場合も、図34の場合と同じく、2個のレーザ加工ヘッド16M、16Nが配置されており、最初のレーザ加工ヘッド16Mによる溶接に続けて、直ぐにレーザ加工ヘッド16Nによる再加熱が行われる。したがって、溶接時間を増大、溶接ひずみによる溶接ラインの誤差が生じることはない。
【0093】
図36は、本発明のレーザ溶接装置による作業のさらに他の例を示す図である。これは、1回目の溶接に続けて、1回目の溶接ラインに沿って直ぐに2回目の溶接を行う例である。前記の「沿って」とは、1回目の溶接部と平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように、という意味である。この場合も、2回目の溶接が直ぐに行われるので、溶接ひずみによる溶接ラインの誤差が生じることはなく、溶接時間が増大することもない。
【0094】
なお、前述のような曲線溶接を行うためには、出射ユニットと被加工材の相対移動機構のみでは、2個のレーザ加工ヘッドから発振されたそれぞれのレーザが同じ曲線上を走ることができないため、出射ユニットと本体の間に回転機構を備えることが必要である。
【実施例】
【0095】
(実施例1)
1枚のみに予め注水孔をあけた2枚1組の平板ブランク(いずれも厚さ1.6mm)を重ね合わせ、板端から15mm内側の全周をレーザ溶接またはシーム溶接により貫通溶接した後、表1に示す種々の条件で溶接部を処理(溶接部のみを再加熱、または溶接部の近傍を再度溶接)した接合ブランク(前記図1〜図6に例示した接合ブランク)を用意した。
【0096】
平板ブランクの引張強さは、270MPa、390MPa、440MPa、590MPaまたは780MPaである。また、図1〜図6において、w=450mm、l=200mm、t=3.2mmである。
【0097】
2枚の平板ブランクの接合の手順、溶接条件および溶接後の処理条件を表1に示す。
【0098】
【表1】
【0099】
これらの接合ブランクを、上下に分割された上金型と下金型の間に侠持し、2枚の板の間に成形水を圧入するハイドロフォーム試験を行い、溶接部の処理条件および平板ブランクの材質(引張強さ)の違いによる溶接部の軟化率、溶接部の破断内圧、および破断形態の変化を調査した。なお、ハイドロフォーム試験においては、通常の板ハイドロフォームとは異なり、溶接部が破壊するように金型設計と成形条件の設定を行った。
【0100】
図10および図11は、ハイドロフォーム試験に使用した金型の外観を模式的に示す斜視図であり、いずれも金型の内部を示すために金型の4分の1を切除している。
【0101】
図10に示した金型形状Aの上金型と下金型は、いずれも平板(100mm×300mm)の周辺部分を除く部分に絞りを設けた形状をなし、互いに逆向きであるが、絞り深さは共に30mm、絞り深さ30mmの部分(レベル)における平坦部の寸法は40mm×240mmである。一方、図11に示した金型形状Bは、上金型、下金型とも金型形状Aと同形であるが、下金型内部に中子を入れて絞り深さを0としている。
【0102】
図12〜図15に、引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの溶接部断面の顕微鏡写真と、その断面のビッカース硬さ分布を示す。前記図7〜図9に示した溶接部の断面図との対比から、図12〜図15における顕微鏡写真には、溶接部が示されていることがわかる。
【0103】
図12は接合条件XL0(比較例)で接合した場合、また、図13は接合条件XL1(本発明)で、図14は接合条件YL0(比較例)で、図15は接合条件YL3(本発明)でそれぞれ接合した場合を示している。これらの図において、溶接部の左側が板中央側(内圧付与側)であり、右側が板端側である。
【0104】
なお、図12、図14に示した各比較例において、溶接部のビッカース硬さの測定値が、一般的に知られている溶接部の硬度予測式(前記(i)式)により算出した値と良く一致することが確認できた。
【0105】
図12と図13を比較すると、ビッカース硬さ分布から、レーザ溶接後に溶接部のみを再加熱することによって、レーザ溶接のみの場合に比べて溶接部全体が軟化していることがわかる。なお、図13の上板溶接部のほぼ全体にわたる円形状の黒色部分は、再加熱された部分である。
【0106】
また、図14に示すように、1回目の溶接部と2回目の溶接部の間隔が広すぎると(この場合は、5mm)、1回目の溶接部を軟化させる効果はないが、図15に示すように、前記間隔が適正である場合は(1.5mm)、1回目の溶接部の一部が軟化していることが認められる。
【0107】
図17は、引張強さ780MPaの平板ブランクを用いた実験の結果であり、接合条件によるビッカース硬さの低下割合を軟化率で示している。
【0108】
具体的な実験結果は、接合条件XL0(比較例)における領域P(図16参照)のビッカース硬さに対する、接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4(いずれも本発明)における領域Pのビッカース硬さの低下割合と、接合条件YL0(比較例)における領域Pのビッカース硬さに対する、接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5(いずれも本発明)における領域Pのビッカース硬さの低下割合、および、接合条件XS0、YS0(いずれも比較例)における領域Pのビッカース硬さに対する接合条件XS1、YS1(いずれも本発明)における領域Pのビッカース硬さの低下割合を、軟化率として示している。
【0109】
図17から明らかなように、レーザ溶接後に溶接部のみを再加熱した場合は(接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4)、再加熱時のレーザ出力の増大とともに軟化率が高くなった(表1の「出力」の欄参照)。
【0110】
また、1回目のレーザ溶接部の近傍を再度レーザ溶接した場合は(接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5)、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔dを狭くするとともに軟化率が高くなったが、1.3mmまで狭めると(接合条件YL4)、軟化はするものの、その度合は低下した(同「出力」欄参照)。引張強さ780MPaの平板ブランクを用いた場合は、前記間隔dが1.5mm(接合条件YL3)のとき、軟化率が最も高かった。
【0111】
図18および図19は、引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験の結果であり、接合条件XL0(比較例)における溶接部の破断内圧に対する、接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4における破断内圧の向上率と、接合条件YL0(比較例)における溶接部の破断内圧に対する、接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5における破断内圧の向上率、および、接合条件XS0、YS0(いずれも比較例)における溶接部の破断内圧に対する接合条件XS1、YS1における破断内圧の向上率を示している。図18は金型形状Aの金型を用いた場合、図19は金型形状Bの金型を用いた場合である。
【0112】
接合条件X0、Y0、およびXS0とYS0(いずれも比較例)の溶接部はいずれも非常に硬く脆いため、金型形状A、Bのどちらの金型を用いても、板境界面上の溶接部が脆性的に破断した。
【0113】
図21〜図26は、引張強さ780MPaの平板ブランクを接合した接合ブランクの板ハイドロフォーム試験における溶接部の破断後の断面を例示する顕微鏡写真である。前記図7〜図9に示した溶接部の断面図との対比から、図21〜図26における顕微鏡写真には溶接部が明瞭に示されていることがわかる。この図21(Aの金型を使用、接合条件XL0)、図23(Aの金型を使用、接合条件YL0)および図25(Bの金型を使用、接合条件XL0)に示すように、これら比較例の溶接部では、溶接部が脆性破断している。
【0114】
一方、接合条件XL1、XL2、XL3またはXL4(いずれも本発明)における溶接部の破断内圧は、図18および図19に示すように、A、Bいずれの金型を用いても向上しており、特に接合条件XL2、XL3およびXL4の場合、顕著であった。
【0115】
破断形態も変化し、図22(Aの金型を使用、接合条件XL1)に示したように、ビード部と母材との境界で生じている。また、図26(Bの金型を使用、接合条件XL1)に示した例では、ビード部で破断形態が脆性的な破断から延性的な破断に変化している。
【0116】
接合条件YL1、YL2、YL3、YL4またはYL5(いずれも本発明)における溶接部の破断内圧も向上しており、図18および図19に示すように、特に接合条件YL2、YL3またはYL5で、Aの金型を用いた場合、溶接部の破断内圧の向上率が大きかった。また、図24(Aの金型を使用、接合条件YL1)に示したように、破断も、ビード部と母材との境界を起点に発生しており、その形態に変化が認められた。
【0117】
シーム溶接後に溶接部のみを再加熱した接合条件XS1(本発明)における溶接部の破断内圧も、用いた金型の形状に関係なく、大幅に向上した。また、1回目のシーム溶接部の近傍を再度シーム溶接した場合は(接合条件YS1、1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔1.5mm)、Aの金型を用いた場合に、溶接部の破断内圧の向上率が大きかった。
【0118】
このような板ハイドロフォーム試験における溶接部の破断内圧の向上は、溶接部の成形限界の向上によるものである。
【0119】
図20は、引張強さの異なる平板ブランクを接合条件XL2により溶接した接合ブランクについて、ハイドロフォーム試験(Aの金型を使用)を行った場合の溶接部の破断内圧の向上率を示す図である。それぞれの引張強さの平板ブランクを接合条件XL0により溶接し、同様の試験を行って求めた破断内圧と比較して求めた向上率である。
【0120】
図20から明らかなように、いずれの引張強さの平板ブランクを用いた場合でも破断内圧が向上したが、特に引張強さが400MPa以上の平板ブランクを使用した場合の破断内圧の向上率が大きかった。これら高強度の平板ブランクでは、溶接後の成形加工における成形限界の向上が顕著であったことによるものである。
【0121】
(実施例2)
平板素材を略弧状に切り出した弧状ブランク2枚(いずれも厚さ1.6mm)を、図28に示すように重ね合わせ、その弧状ブランク19a、19bの全周をレーザ溶接により貫通溶接した後、表2(条件ZP0、ZP1)に示す条件で溶接部を処理(溶接部のみを再加熱)した接合ブランクを用意した。なお、溶接部21を太い実線で示している。
【0122】
また、平板素材を略弧状に切り出した弧状ブランクと、この弧状ブランクの周に沿うよう環状に切り抜いた環状ブランクを、図29に示すように突き合わせ(すなわち、環状ブランク20の内側に弧状ブランク19を嵌め込み)、全周をレーザ溶接により突合せ溶接した後に、表2(条件ZF0、ZF1)に示す条件で溶接部を処理(溶接部のみを再加熱)した接合ブランクを用意した。
【0123】
【表2】
【0124】
これらの接合ブランクについてプレス成形試験を行い、溶接後の再加熱の有無による成形限界の違いを調査した。
【0125】
図30は、プレス成形試験時における接合ブランクの状態を模式的に示す図である。図30に示すように、金型25上に載置した接合ブランク22のフランジ面をしわ押さえ23で押さえ、しわ押さえ力を付与した状態で、パンチ24により金型25の空洞内に接合ブランク22の中央部を押し込む。図31に、プレス成形時における接合ブランク22の溶接部21と金型の空洞26との位置関係、ならびに、伸びフランジ部および縮みフランジ部の位置を模式的に示す。
【0126】
調査結果を表2に併せて示す。比較例(接合条件ZP0、ZF0)の溶接部はいずれも非常に硬く脆いため、伸びフランジ部あるいは縮みフランジ部で、溶接部が脆性的に破断した。一方、接合条件ZP1、ZF1の本発明例の溶接部は、溶接部のみの再加熱により延性が向上しており、成形限界も向上した。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明の成形素材の溶接方法は、高強度鋼板を対象として、溶接部を再加熱し、または1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を施すことを特徴とする方法で、この方法によれば、溶接により硬化した溶接部の延性を改善し、成形限界を向上させた成形素材を得ることができる。この方法は、本発明のレーザ溶接装置を使用して好適に実施することができる。
【0128】
本発明の成形素材は、本発明の溶接方法により溶接して得られた成形素材で、従来の成形素材に比べ成形限界が向上している。この成形素材を用いる本発明の加工方法によれば、従来の成形素材を用いる加工方法では成形中に溶接部が破壊していた場合でも、破壊させずに成形加工することが可能である。また、本発明の高強度鋼板の成形品はこの加工方法により作製した成形品で、従来の成形素材を用いた成形品よりも溶接部のじん性が増大しており、構造部材としての性能が向上する。
【0129】
したがって、本発明の成形素材の溶接方法およびレーザ溶接装置、この方法、装置により溶接した成形素材、この成形素材を用いる本発明の高強度鋼板の加工方法、この加工方法により作製した成形品は、特に高強度鋼板の成形加工を伴う各種の製造、加工分野において、有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0130】
1:溶接線、 2:注水口、
3:再加熱された溶接部を表す溶接線
4:2回目の溶接線、 5:再加熱された1回目の溶接部を表す溶接線
6a、6b:母材、 7:溶接部、 8:熱影響部(HAZ)
9:再加熱部、 10:2回目の溶接部
11a、11b:母材、 12:溶接部
13:上金型、 14:下金型
15:レーザ溶接装置の本体取付け部
16:レーザ加工ヘッド、16M:レーザ加工ヘッドM、16N:レーザ加工ヘッドN
17:レーザ、 18:板、 19,19a、19b:弧状ブランク
20:環状ブランク、 21:溶接部、 22:接合ブランク
23:しわ押さえ、 24:パンチ
25:金型、 26:金型の空洞
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接し、溶接部を再加熱する溶接方法であって、
1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【請求項2】
前記再加熱を、レーザを用いて行うことを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【請求項3】
1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔を1.5〜2mmとすることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【請求項4】
再加熱を受けた後の、または2回目の溶接が施された後の、1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さが、再加熱前の、または2回目の溶接が施される前の、1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さ、または、下記(i)式により算出される1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さよりも10%以上低いことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
Hv=1680×(C+Mn/22+14B)+180 ・・・(i)
但し、Hv:ビッカース硬さの推定値
C、MnおよびBは、それぞれ鋼板に含まれる炭素、マンガンおよびボロ
ンの含有率(質量%)を表す。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により溶接部を処理したことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材。
【請求項6】
高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を用い、溶接後に成形を行う加工方法であって、請求項5に記載の成形素材を用いることを特徴とする高強度鋼板の加工方法。
【請求項7】
高強度鋼板を用いた成形素材を加工した成形品であって、請求項6に記載の加工方法により作製したことを特徴とする高強度鋼板の成形品。
【請求項8】
請求項1に記載の溶接方法における溶接部の再加熱に適する装置構成であり、
レーザを発振するレーザ発振手段と、レーザ発振手段からのレーザを被加工材に照射する出射ユニットを被加工材に対して相対的に移動可能とする機構とを備えたレーザ溶接装置であって、1つの出射ユニットに複数のレーザ加工ヘッドが配置され、レーザ加工ヘッドは個々に任意の曲線状にレーザを照射することが可能であることを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項1】
高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を溶接し、溶接部を再加熱する溶接方法であって、
1回目の溶接部の近傍に2回目の溶接を、1回目の溶接部と略平行に、しかも2回目の溶接部の方が1回目の溶接部よりも成形の際に変形を受ける箇所から遠くなるように施すことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【請求項2】
前記再加熱を、レーザを用いて行うことを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【請求項3】
1回目の溶接部と2回目の溶接部との間隔を1.5〜2mmとすることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
【請求項4】
再加熱を受けた後の、または2回目の溶接が施された後の、1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さが、再加熱前の、または2回目の溶接が施される前の、1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さ、または、下記(i)式により算出される1回目の溶接部の溶接金属のビッカース硬さよりも10%以上低いことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高強度鋼板を用いた成形素材の溶接方法。
Hv=1680×(C+Mn/22+14B)+180 ・・・(i)
但し、Hv:ビッカース硬さの推定値
C、MnおよびBは、それぞれ鋼板に含まれる炭素、マンガンおよびボロ
ンの含有率(質量%)を表す。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により溶接部を処理したことを特徴とする高強度鋼板を用いた成形素材。
【請求項6】
高強度鋼板を複数枚重ね合わせた成形素材を用い、溶接後に成形を行う加工方法であって、請求項5に記載の成形素材を用いることを特徴とする高強度鋼板の加工方法。
【請求項7】
高強度鋼板を用いた成形素材を加工した成形品であって、請求項6に記載の加工方法により作製したことを特徴とする高強度鋼板の成形品。
【請求項8】
請求項1に記載の溶接方法における溶接部の再加熱に適する装置構成であり、
レーザを発振するレーザ発振手段と、レーザ発振手段からのレーザを被加工材に照射する出射ユニットを被加工材に対して相対的に移動可能とする機構とを備えたレーザ溶接装置であって、1つの出射ユニットに複数のレーザ加工ヘッドが配置され、レーザ加工ヘッドは個々に任意の曲線状にレーザを照射することが可能であることを特徴とするレーザ溶接装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【公開番号】特開2012−148345(P2012−148345A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−66556(P2012−66556)
【出願日】平成24年3月23日(2012.3.23)
【分割の表示】特願2007−164471(P2007−164471)の分割
【原出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年3月23日(2012.3.23)
【分割の表示】特願2007−164471(P2007−164471)の分割
【原出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
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