説明

高炭素鋼線材および高炭素鋼線材の製造方法

【課題】製造時の球状化処理時間の短縮化が図れるうえに、十分に硬さを低減することができる高炭素鋼線材および高炭素鋼線材の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】質量%で、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.70%、Mn:1.15%以下(0%を含まない)、Cr:0.90〜1.60%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Al:0.100%以下、Ti:0.015%以下、N:0.025%以下、O:0.0025%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、フェライト結晶粒径が20.0μm以下であって、且つ、炭化物中のCr濃度が、質量%で6.0%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や各種産業機械等で軸受の材料として用いられている高炭素鋼線材およびその高炭素鋼線材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種産業機械等に用いられる機械部品の素材として、従来から炭素鋼や合金鋼が汎用されている。その中でも特に軸受の材料として「JIS G 4805(2008)」で規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材(SUJ材)が使用されていることが多い。この軸受は、これら素材を熱間圧延して鋼線材とした後に球状化焼鈍し、切断後、所定の形状に冷間鍛造して、焼入れ焼戻し処理し、最後に仕上げ加工を施すことで一般的には製造されている。
【0003】
この製造工程では、特に球状化焼鈍に非常に長い時間を要しており、コスト、環境負荷の観点から、この球状化処理時間の短縮化が求められている。また、冷間鍛造時の金型寿命の向上、省電力化という観点から、球状化処理後の素材硬さを低下させることも併せて求められている。このような現況で、球状化処理時間の短縮化という観点から幾つかの提案がなされている。
【0004】
特許文献1により、熱間圧延後の冷却の際に800〜500℃の温度範囲で磁場を印加すると共に、その温度範囲における冷却速度を10℃/s以下とし、初析セメンタイトの析出を抑制し、パーライト中のラメラ間隔を短くすることで、次工程の球状化焼鈍に要する時間を短縮できる方法が提案されている。しかしながら、この提案を実施するためには磁場を印加するための特殊な設備を必要とするため、結果的に生産コストの上昇を招き、球状化処理時間の短縮化によるコストの低減効果が相殺されてしまう。
【0005】
また、特許文献2により、所定の成分組成を有する高炭素クロム軸受鋼を、抽出から仕上げ圧延に至る間、全断面内の温度がA1点〜Acm点の間にあるように制御して圧延することで球状化組織を得ることで、次の球状化焼鈍を省略または短縮できる方法が提案されている。しかしながら、この提案を実施するためにはラピッド方式の圧延装置という特殊な設備を必要とするため、この提案でも先の提案と同様に、生産コストの上昇を招き、球状化処理時間の短縮化によるコストの低減効果が相殺されてしまう。
【0006】
更には、特許文献3により、所定の成分組成を有する被圧延材を、Ae1点〜Aem点の温度域に加熱した後、680℃〜(Aem点−30°)の比較的低温で圧延する2以上の圧延工程と、それら圧延工程の間に1以上の中間冷却工程を備える全連続式熱間圧延方法により圧延し、更に、圧延後に、400℃までの温度域を冷却速度が5℃/s以下の条件で最終冷却する方法が提案されている。この提案を実施することで球状化焼鈍を簡略化することはできるものの、球状化処理後の素材の硬さの低減が十分でないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−298641号公報
【特許文献2】特開平11−286724号公報
【特許文献3】特開2009−275263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、製造時の球状化処理時間の短縮化が図れるうえに、十分に硬さを低減することができる高炭素鋼線材およびその高炭素鋼線材の製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の高炭素鋼線材は、質量%で、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.70%、Mn:1.15%以下(0%を含まない)、Cr:0.90〜1.60%、P:0.050%以下(0%を含まない)、S:0.050%以下(0%を含まない)、Al:0.100%以下(0%を含まない)、Ti:0.015%以下(0%を含まない)、N:0.025%以下(0%を含まない)、O:0.0025%以下(0%を含まない)を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、フェライト結晶粒径が20.0μm以下であって、且つ、炭化物中のCr濃度が、質量%で6.0%以上である。
【0010】
更に、質量%で、Cu:0.25%以下(0%を含まない)、Ni:0.25%以下(0%を含まない)、Mo:0.25%以下(0%を含まない)の1種以上を含有することが好ましい。
【0011】
更に、質量%で、Nb:0.5%以下(0%を含まない)、V:0.5%以下(0%を含まない)、B:0.005%以下(0%を含まない)の1種以上を含有することが好ましい。
【0012】
更に、質量%で、Ca:0.05%以下(0%を含まない)、REM:0.05%以下(0%を含まない)、Mg:0.02%以下(0%を含まない)、Li:0.02%以下(0%を含まない)、Zr:0.2%以下(0%を含まない)の1種以上を含有することが好ましい。
【0013】
更に、質量%で、Pb:0.5%以下(0%を含まない)、Bi:0.5%以下(0%を含まない)、Te:0.1%以下(0%を含まない)の1種以上を含有することが好ましい。
【0014】
更に、質量%で、As:0.02%以下(0%を含まない)を含有することが好ましい。
【0015】
本発明の高炭素鋼線材の製造方法は、加熱から仕上げ圧延までの鋼材温度を750〜870℃とした上で、仕上げ圧延温度を850℃以下とすると共に、仕上げ圧延後の740℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とした上で、740℃から500℃までの平均冷却速度を5℃/s以下とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高炭素鋼線材および高炭素鋼線材の製造方法によると、コスト、環境負荷という観点から、製造時の球状化処理時間の短縮化が図れるうえに、併せて冷間鍛造時の金型寿命の向上を図れ、製造時の省電力化という観点から、硬さを十分に低減させることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
前述したように、自動車や各種産業機械等に用いられる機械部品の素材としては、従来から炭素鋼や合金鋼が汎用されている。その中でも特に軸受の材料としては「JIS G 4805」で規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材(SUJ材)が使用されることが多い。このSUJ材等の軸受鋼を用いて軸受を製造するにあたっては、通常、軸受鋼を熱間圧延して圧延線材とした後に、球状化焼鈍し、切断後、所定の形状に冷間鍛造して、焼入れ焼戻し処理し、最後に仕上げ加工を施すことで製造されている。
【0018】
一般的な軸受鋼の熱間圧延では、素材をオーステナイト単相域まで加熱して、オーステナイト状態で圧延され、圧延後は比較的緩やかに冷却(徐冷)することで、冷却後の圧延線材の金属組織はパーライトになる。球状化焼鈍は、鋼中の炭化物(セメンタイト)を球状化し、粗大化することで軟質化する処理である。この球状化焼鈍前の組織がパーライトである場合は、パーライト中の微細なラメラセメンタイトが分断、粗大球状化するのに長い時間を要することになる。
【0019】
このような実情があり、前記したように、オーステナイト+セメンタイト二相域に加熱した上で圧延することで、圧延ままで球状炭化物(セメンタイト)を存在させ、炭化物の球状化、粗大化を促進させようとする技術開発が従来から行われてきた。更には、加熱、圧延、冷却温度を適宜調整することで、圧延ままでパーライト組織の生成を抑制し、擬似球状の組織を得ることで、球状化処理を省略または短縮しようという技術が開発されてきた。
【0020】
しかしながら、これら従来から開発されてきた技術では、セメンタイトが球状化した組織は得ることができるものの、反面、硬さが高くなる傾向があり、また、球状化処理時間の短縮化も十分に図ることはできなかった。
【0021】
(フェライト結晶粒径)
本発明者らは、製造時における球状化処理時間の短縮化が図れるうえに、硬さが十分に低下した高炭素鋼線材を得ることができる方法を見出すために、鋭意検討を行った。その結果、球状化処理の加熱時に、母相組織がフェライトからオーステナイトへ逆変態すると炭化物の球状化が容易に進行することから、逆変態を促進すれば、球状化時間の短縮化を図れることができることを見出した。
【0022】
母相組織の、フェライトからオーステナイトへの逆変態を促進するためには、逆変態前のフェライト結晶粒径(フェライトの平均結晶粒径)を20.0μm以下とすれば良い。結晶粒微細化によって、逆変態時の核生成サイトである結晶粒界面積が増大するほど、逆変態が促進される。逆変態前のフェライト結晶粒径は、好ましくは15.0μm以下、より好ましくは10.0μm以下、更に好ましくは7.5μm以下とすれば良い。一方、逆変態前のフェライト結晶粒径は、小さければ小さい方が良く本発明では下限値を特に規定しないが、実際の下限値は1.0μm程度であると考えられる。
【0023】
(炭化物中のCr濃度)
一方、球状化処理の加熱温度を高くすると拡散速度が速くなり、また、逆変態が進行するため、炭化物(セメンタイト)の球状化、粗大化が促進される。しかしながら、加熱温度を高くし過ぎると炭化物の溶解量が増え、冷却時にパーライトが生成しやすくなり、硬さが増加する。徐冷すればパーライト生成を抑制できるが、時間短縮が図れなくなる。
【0024】
本発明者らは、これら相矛盾する問題に対処するためにも鋭意検討を行った。その結果、炭化物を溶解しにくくすることで、球状化組織を維持しつつ、球状化処理時間の短縮化を図れることができる方法を見出した。
【0025】
炭化物の溶解は、炭化物の組成の影響を大きく受け、特に軸受鋼の場合は炭化物中のCr濃度の影響を大きく受けることが分かった。Crが炭化物に濃化するほど加熱時に溶けにくくなり、パーライトの生成抑制により低硬さを維持しつつ、球状化時間を短縮することが可能になる。また、セメンタイトのCr濃度上昇によって、フェライトのCr固溶強化が低下し、低硬さを安定した状態で得ることができる。このような作用を発揮させるためには、炭化物中のCr濃度を6.0質量%以上とする必要がある。好ましくは6.5質量%以上、より好ましくは7.0質量%以上とすれば良い。本発明では上限値を特に規定しないが、実際の上限値は10.0質量%程度であると考えられる。
【0026】
(成分組成)
本発明の高炭素鋼線材は、「JIS G 4805(2008)」で規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材(SUJ材2〜5)を全て含む成分範囲とする。具体的には、質量%で、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.70%、Mn:1.15%以下(0%を含まない)、Cr:0.90〜1.60%を含有するものとする。尚、単位は全て%と記載するが、他の明細書中の記載を含め、特に断りのない限り全て質量%のことを示す。
【0027】
尚、上記SUJ材のうち、SUJ2材は、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.50%以下、Cr:1.30〜1.60%を含有し、SUJ3材は、C:0.95〜1.10%、Si:0.40〜0.70%、Mn:0.90〜1.15%、Cr:0.90〜1.20%を含有し、SUJ4材は、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.50%以下、Cr:1.30〜1.60%を含有し、SUJ5材は、C:0.95〜1.10%、Si:0.40〜0.70%、Mn:0.90〜1.15%、Cr:0.90〜1.20%を含有する。
【0028】
・C:0.95〜1.10%
Cは、焼入れ硬さを増大させ、室温および高温における強度を維持して耐摩耗性を付与するために必須の元素である。従って、0.95%以上含有させる必要がある。しかしながら、Cの含有量が多くなりすぎると巨大炭化物が生成しやすくなり、転動疲労特性によって悪影響を及ぼすようになるので、Cの含有量は1.10%以下に抑えなければならない。Cの含有量の好ましい下限は0.98%、好ましい上限は1.05%である。
【0029】
・Cr:0.90〜1.60%
Crは、Cと結びついて微細な炭化物を形成し、耐摩耗性を付与すると共に、焼入れ性の向上に寄与する元素である。また、Crが炭化物に濃化することで加熱時に溶けにくくなり、球状化促進に寄与する。このような作用を発揮させるためには、Crを0.90%以上含有させる必要がある。しかし、Crの含有量が過剰になると、粗大な炭化物が生成し、転動疲労寿命が低下する。従って、Crの含有量は1.60%以下とする。Crの含有量の好ましい下限は1.00%、好ましい上限は1.55%である。
【0030】
・Si:0.15〜0.70%
Siは、マトリックスの固溶強化および焼入れ性を向上させるために有用な元素である。このような作用を発揮させるためには、Siを0.15%以上含有させる必要がある。Siの含有量の好ましい下限は0.20%、より好ましい下限は0.25%である。一方で、Siの含有量が多くなり過ぎると、加工性や被削性が著しく低下するので、Si含有量は0.70%以下とする。Siの含有量の好ましい上限は0.65%、より好ましい上限は0.60%である。
【0031】
・Mn:1.15%以下(0%を含まない)
Mnは、マトリックスの固溶強化および焼入れ性を向上させるために有用な元素であるが、Mnの含有量が多くなり過ぎると、加工性や被削性が著しく低下する。従って、Mn含有量は1.15%以下とする。Mnの含有量の好ましい上限は1.10%、より好ましい上限は1.05%である。下限については特に定めていないが、固溶強化や焼入れ性向上の作用を得るには、0.10%以上含有させる必要がある。Mnの含有量のより好ましい下限は0.15%、更に好ましい下限は0.20%である。
【0032】
そのほか、軸受鋼では本発明が課題とする球状化特性の改善の他に、転動疲労特性や被削性などの観点から様々な元素の含有量が制限されるのが通常である。本発明では、以下に示す各種元素に関して夫々の役割から次のように規定する。各種元素の含有量が下記範囲内であれば、本発明の効果を妨げることがない。
【0033】
・P:0.050%以下(0%を含まない)、S:0.050%以下(0%を含まない)
Pは、偏析部での靭性、加工性を劣化させ、Sは、介在物を形成して転動疲労特性を劣化させるため、いずれも0.050%以下とする。また、「JIS G 4805(2008)」には、P、Sの上限が規定されており、いずれも0.025%以下とするのが好ましい。より好ましい上限は0.020%、更に好ましくい上限は0.015%である。
【0034】
・Al:0.100%以下(0%を含まない)
Alは、窒化物を形成し、組織を微細化させ、転動疲労特性を向上させる作用を有する。一方、過剰に含有させると脱炭を促進し、転動疲労特性等に不具合を生じる。従って、本発明では、Alの含有量の上限を0.100%とする。好ましい上限は0.050%、より好ましい上限は0.030%、更に好ましい上限は0.010%である。
【0035】
・Ti:0.015%以下(0%を含まない)
Tiは、Alと同様に窒化物を形成するが、窒化物が比較的粗大であるため組織微細化への寄与は小さい上、転動疲労特性を劣化させる場合がある。よって、本発明では、Tiの含有量の上限を0.015%とする。好ましい上限は0.010%、より好ましい上限は0.005%、更に好ましい上限は0.002%である。
【0036】
・N:0.025%以下(0%を含まない)
Nは、固溶強化に有効な元素であって、前記したように転動疲労特性の向上にも寄与する。但し、その含有量が過剰になると、歪時効による加工性の劣化などの不具合を招くため、積極的に含有させる場合でも0.025%以下とする。好ましい上限は0.020%、より好ましい上限は0.010%、更に好ましい上限は0.0050%である。
【0037】
・O:0.0025%以下(0%を含まない)
転動疲労では酸化物を主とする介在物を起点として破壊することが知られており、Oは、極力低減することが好ましい。本発明では、Oの含有量の上限を0.0025%とする。好ましい上限は0.0020%、より好ましい上限は0.0015%、更に好ましい上限は0.0010%である。
【0038】
残部は鉄および不可避不純物である。鋼材中に含まれる必須成分は以上の通りであるが、必要に応じて以下に示す元素を所定の範囲内で含有しても良い。
【0039】
・Cu:0.25%以下(0%を含まない)、Ni:0.25%以下(0%を含まない)、Mo:0.25%以下(0%を含まない)
Cu、Ni、Moは、いずれも焼入れ性を向上させる作用を有し、前記したように転動疲労特性の向上にも寄与する。但し、それらの含有量が過剰になると、加工性の劣化などの不具合を招くため、Cu:0.25%以下、Ni:0.25%以下、Mo:0.25%以下とする。いずれも、好ましい上限は0.20%、より好ましい上限は0.15%、更に好ましい上限は0.10%である。尚、MoはSUJ4材およびSUJ5材の必須含有元素であって、いずれも0.10〜0.25%含有される。
【0040】
・Nb:0.5%以下(0%を含まない)、V:0.5%以下(0%を含まない)、B:0.005%以下(0%を含まない)
Nb、V、Bは、いずれも焼入れ性を向上させる作用を有し、前記したように転動疲労特性の向上にも寄与するため、必要に応じて含有される。但し、それらの含有量が過剰になると、特性劣化を招くため、Nb:0.5%以下、V:0.5%以下、B:0.005%以下とする。NbおよびVの含有量の好ましい上限は0.25%、より好ましい上限は0.10%、更に好ましい上限は0.05%である。また、Bの含有量の好ましい上限は0.004%、より好ましい上限は0.003%、更に好ましい上限は0.002%である。
【0041】
・Ca:0.05%以下(0%を含まない)、REM:0.05%以下(0%を含まない)、Mg:0.02%以下(0%を含まない)、Li:0.02%以下(0%を含まない)、Zr:0.2%以下(0%を含まない)
Ca、REM(Ce、Y、La、Nd)、Mg、Li、Zrは、いずれも酸化物や硫化物の介在物を微細化する作用を有し、転動疲労特性の向上に寄与するため、必要に応じて含有される。但し、それらの含有量が過剰になると、特性劣化を招くため、Ca:0.05%以下、REM:0.05%以下、Mg:0.02%以下、Li:0.02%以下、Zr:0.2%以下とする。CaおよびREMの含有量の好ましい上限は0.02%、より好ましい上限は0.01%、更に好ましい上限は0.005%である。また、MgおよびLiの含有量の好ましい上限は0.01%、より好ましい上限は0.005%、更に好ましい上限は0.001%である。また、Zrの含有量の好ましい上限は0.1%、より好ましい上限は0.05%、更に好ましい上限は0.01%である。
【0042】
・Pb:0.5%以下(0%を含まない)、Bi:0.5%以下(0%を含まない)、Te:0.1%以下(0%を含まない)
Pb、Bi、Teは、いずれも被削性を向上する作用を有し、必要に応じて含有される。但し、それらの含有量が過剰になると、熱間加工特性の劣化、疵の発生などの不具合を招くため、Pb:0.5%以下、Bi:0.5%以下、Te:0.1%以下とする。PbおよびBiの含有量の好ましい上限は0.2%、より好ましい上限は0.1%、更に好ましい上限は0.05%である。また、Teの含有量の好ましい上限は0.05%、より好ましい上限は0.02%、更に好ましい上限は0.01%である。
【0043】
・As:0.02%以下(0%を含まない)
Asは、鋼材の脆化を招く有害元素であり、極力低減するのが好ましい。但し、必要以上の低減はコスト増を招くため工業上好ましくない。従って、As:0.02%以下とする。好ましい含有量の上限は0.01%、より好ましい上限は0.005%、更に好ましい上限は0.002%である。
【0044】
(製造条件)
上記したように、軸受は、軸受鋼を熱間圧延して圧延線材とした後に、球状化焼鈍し、切断後、所定の形状に冷間鍛造し、焼入れ焼戻し処理し、最後に仕上げ加工を施すことで製造することができる。
【0045】
フェライト結晶粒径を本発明で規定する20μm以下とするには、熱間圧延工程における仕上げ圧延温度、および仕上げ圧延後の冷却速度を制御することが必要である。従来は素材を軟質化するという観点から仕上げ圧延後の冷却は、徐冷により行うことが一般的であった。しかしながら、仕上げ圧延後に徐冷を施すと、徐冷中にオーステナイトの粗大化が進行し、結果的に変態後のフェライトも粗大化する傾向がある。
【0046】
本発明者らが鋭意検討を行った結果、フェライトの粗大化は圧延ままでは硬さを低下させるが、それが必ずしも球状化処理後の硬さ低下につながらないことを知見した。本発明者らは更に検討を行った結果、仕上げ圧延温度を850℃以下、仕上げ圧延後、740℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とすることで、オーステナイトの粗大化を抑制することができ、フェライト結晶粒径を20.0μm以下とできることを知見した。
【0047】
一方、炭化物(セメンタイト)中のCr濃度は、加熱温度、圧延温度の影響が大きいといえる。炭化物中のCr濃度を高くするには、高温かつセメンタイトが残存することが要件になる。高温であるほど拡散促進されCr濃化が進むが、一方で高温になりすぎるとセメンタイトは溶解し、Cr濃化したセメンタイトの体積分率が減少する。冷却時に析出するセメンタイトはCr濃度が高くないため、冷却時のセメンタイト分率が増加すると、Cr濃度が高い炭化物の割合が少なくなる。特に冷却時に析出するセメンタイト中のCr濃度は、低温で析出するほど低下する。これらの知見をもとに、本発明者らが検討を行った結果、加熱〜仕上げ圧延までの温度を750〜870℃の温度域として、740℃から500℃までの平均冷却速度を5℃/s以下とすることで、炭化物中のCr濃度を6.0質量%以上とできることを確認した。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0049】
本発明の実施例では、まず、表1に示す各成分組成の鋼を用いて連続鋳造により鋳片を製造し、その鋳片を分解圧延して155mm角の鋼片とした。この鋼片を用いて、表2および表3に示す各製造条件で圧延線材を得た。この圧延線材を用いて以下に示す各種測定、試験を実施した。尚、表1に示す各成分組成において、残部は鉄および不可避的不純物である。
【0050】
【表1】

【0051】
(フェライト結晶粒径)
フェライト結晶粒径は、圧延線材の長手方向に対して垂直な断面について、鏡面研磨後、ナイタールでエッチングを行い、光学顕微鏡にて組織観察を行い、合計10断面のD/4位置(D:直径)について、組織サイズに合わせて400〜1000倍の写真を撮影し、合計30視野の結果を平均化した。フェライト結晶粒径は比較法によって粒度番号Nを求め、下記の式から粒径Dα(単位:μm)に換算した。
Dα=[0.254/2(N−1)/2 ]×1000
【0052】
尚、本発明の高炭素鋼線材においては、フェライト・パーライトの混合組織やパーライト主体の組織となる場合があるが、パーライトについては、フェライトの結晶粒径に相当するパーライトノジュール(ブロック)サイズを測定した。フェライト・パーライトの粒度測定については、「JIS G 0551」に、パーライト部分を除いたフェライト部分のみの粒度測定法が記載されている。一方、パーライトノジュール(ブロック)の測定については、「高橋、南雲、浅野、日本金属学会誌、42号、1978年、708ページ」に記載されているように、エッチング後のコントラストによって結晶単位を判断した。また、混合組織の場合は、フェライト粒径、パーライトノジュールサイズをまとめて測定した。
【0053】
(炭化物中のCr濃度)
炭化物中のCr濃度は、電解抽出した残渣中のCr濃度を測定することで求めた。まず、圧延材線材を長さ20mmに切断した後、外表面からD/4(D:直径)までの部分を研削除去して、電解用サンプルとした。次に、加工層を除去するために、10%AA系電解液(%は質量比)を用いた定電流電解法にて予備電解を行った。この後、本電解として10%AA系電解液を用いた定電流電解法による電解を行い、吸引ろ過法により電解液をろ過して残渣を採取した。ろ過にはポアサイズ0.1μmのポリカーボネート製のメッシュを用いた。得られた残渣を分析用の処理を施した後、ICP発行分析法にて、Cr濃度を測定した。
【0054】
(球状化焼鈍条件)
(H1)通常条件:均熱785℃×6時間→ 徐冷(冷却速度:10℃/h)
(H2)短縮条件:均熱785℃×6時間→ 徐冷(冷却速度:30℃/h)
【0055】
(ビッカース硬さ)
球状化焼鈍後の各圧延線材を用いてビッカース硬さを測定した。圧延線材の長手方向に対して垂直な断面について、鏡面研磨後、荷重を1kgとして、圧延線材のD/4位置(D:直径)計4点のビッカース硬さ(Hv)を測定した。4点の平均値を、球状化焼鈍後の各圧延線材のビッカース硬さとする。
【0056】
試験結果を表2および表3に示す。本試験では、球状化焼鈍を短縮条件で実施した場合でも、ビッカース硬さが190Hv以下であるのものを合格とする。
【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
No.8,9,11〜14,17〜19,21,22,24〜40は、本発明の要件を満足する発明例であり、球状化焼鈍を短縮条件で実施した場合でも、通常条件と同様にビッカース硬さが190Hv以下となった。この結果から、No.8,9,11〜14,17〜19,21,22,24〜40は、製造時の球状化処理時間の短縮化が図れると共に、球状化処理後の硬さが十分に低下した高炭素鋼線材であるといえる。
【0060】
これに対し、本発明の要件を満足しないNo.1〜7,10,15,16,20,23では、球状化焼鈍を短縮条件で実施した場合(No.2〜4は通常条件でも)、ビッカース硬さが190Hvを超えてしまっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.70%、Mn:1.15%以下(0%を含まない)、Cr:0.90〜1.60%、P:0.050%以下(0%を含まない)、S:0.050%以下(0%を含まない)、Al:0.100%以下(0%を含まない)、Ti:0.015%以下(0%を含まない)、N:0.025%以下(0%を含まない)、O:0.0025%以下(0%を含まない)を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
フェライト結晶粒径が20.0μm以下であって、
且つ、炭化物中のCr濃度が、質量%で6.0%以上であることを特徴とする高炭素鋼線材。
【請求項2】
更に、質量%で、Cu:0.25%以下(0%を含まない)、Ni:0.25%以下(0%を含まない)、Mo:0.25%以下(0%を含まない)の1種以上を含有する請求項1記載の高炭素鋼線材。
【請求項3】
更に、質量%で、Nb:0.5%以下(0%を含まない)、V:0.5%以下(0%を含まない)、B:0.005%以下(0%を含まない)の1種以上を含有する請求項1または2記載の高炭素鋼線材。
【請求項4】
更に、質量%で、Ca:0.05%以下(0%を含まない)、REM:0.05%以下(0%を含まない)、Mg:0.02%以下(0%を含まない)、Li:0.02%以下(0%を含まない)、Zr:0.2%以下(0%を含まない)の1種以上を含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の高炭素鋼線材。
【請求項5】
更に、質量%で、Pb:0.5%以下(0%を含まない)、Bi:0.5%以下(0%を含まない)、Te:0.1%以下(0%を含まない)の1種以上を含有する請求項1乃至4のいずれかに記載の高炭素鋼線材。
【請求項6】
更に、質量%で、As:0.02%以下(0%を含まない)を含有する請求項1乃至5のいずれかに記載の高炭素鋼線材。
【請求項7】
加熱から仕上げ圧延までの鋼材温度を750〜870℃とした上で、仕上げ圧延温度を850℃以下とすると共に、仕上げ圧延後の740℃までの平均冷却速度を10℃/s以上とした上で、740℃から500℃までの平均冷却速度を5℃/s以下とすることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の高炭素鋼線材の製造方法。

【公開番号】特開2012−233254(P2012−233254A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−92063(P2012−92063)
【出願日】平成24年4月13日(2012.4.13)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】