説明

魚介エキスの精製方法

【課題】魚介類由来の不快臭が長期間にわたって低減され、経口摂取時や皮膚への塗布時等に不快臭を感じることなく使用することが可能な魚介エキスの精製方法を提供すること。
【解決手段】魚介類由来の臭気成分を水との共沸により除去する工程、及び、油性成分と消臭物質を添加する臭気のマスキング工程、を有する魚介エキスの精製方法、及び、該精製方法を利用して調製される、魚介類由来の臭気成分が消臭物質と固体脂によってマスキングされた、魚介エキス含有S/O型マイクロカプセル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚介エキスの精製方法に関する。さらに詳しくは、魚介エキス中に含まれる魚介類由来の臭気の低減を目的とした魚介エキスの精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、魚介類に多く含まれる、高度不飽和脂肪酸や、イミダゾールジペプチド類等が、高い生理活性効果を持つ機能性素材として関心が持たれている。
【0003】
例えば、ドコサヘキサエン酸(以下、DHAという)、エイコサペンタエン酸(以下、EPAという)等のオメガ3系の高度不飽和脂肪酸は、血液の浄化作用を促進する機能が知られており、心筋梗塞や動脈硬化症などの治療や予防に効果があることが明らかにされている。特にDHAにおいては上述の生理活性効果の他にも、学習能力、記憶力向上などの作用が立証されてきており、機能性食品、医薬品、化粧品等の素材として注目を集めている。
【0004】
また、イミダゾールジペプチド類としては、β−アラニンとL−ヒスチジンまたはその誘導体が結合したジペプチドであるアンセリンやカルノシン等が知られており、中でもアンセリンは、カツオ、マグロ、サケ、サメ等の魚類の筋肉中に多く含まれる物質である。これらアンセリン等のイミダゾールジペプチド類は、生理的なpH範囲において高い緩衝能を有しており、乳酸蓄積等による筋肉pHの低下を抑制することで運動能力の維持、抗疲労効果が確認されているほか、尿酸値抑制作用、活性酸素消去作用、血圧効果作用、抗炎症作用等の機能を有するといわれている。
【0005】
一方で、これら魚介類由来の機能性素材を魚介類から抽出して製造する場合、原料の魚介類に由来する高度不飽和脂肪酸の酸化物や低級アミン等の、特有の不快臭(魚臭)を有する不純物が製品中に残存することが多く、その利用が限定される問題があった。特に経口摂取する際の不快臭や、胃内消化中に発生する魚臭を帯びたゲップによる不快感が障害となり、利用範囲が限定される問題があった。
【0006】
従来、これら特有の不快臭を除去、またはマスキングする手段として、フレーバーを用いたマスキングや水蒸気蒸留による精製等の方法が見出されている。フレーバーを用いたマスキングの例としては、高度不飽和脂肪酸を含有する脂質を含む経口製品中に脂溶性ジンジャーフレーバーを存在させる方法(特許文献1)、ヨーグルトフレーバー、ミルクフレーバーおよび醗酵乳フレーバーなどの乳系フレーバーによる方法(特許文献2)、食酢に添加する際のオレンジ、レモン、スダチ、レモンライムおよびカボスなどの柑橘類の果汁、ならびに、アップル−F、レモンライム−F、オレンジオイルおよびレモンオイルなどの果汁の処理物による方法(特許文献3)等が提案されている。また、魚臭に対するマスキング効果の高いフレーバー化合物に関する研究もなされており、アルコール系およびアルデヒド系モノテルペン類のフレーバー化合物が非常に高いマスキング力を発揮するといった報告もある(非特許文献1)。しかしながら、フレーバーを用いたこれらの方法では、不快臭の原因物質が除去または低減されたわけではないため、フレーバー添加当初はマスキング効果が高くとも、経時的にマスキング効果が低下し、再びもとの不快臭を帯びた状態に戻ってしまう問題があった。
【0007】
一方で、魚介類由来の不快臭原因物質を直接低減する方法として、魚類の眼窩油を水蒸気蒸留により脱臭した後に魚肉と混合する方法が知られている(特許文献4)。しかしながら、水蒸気蒸留だけでは魚類抽出液から不快臭の原因物質を完全に除去することは困難であり、抽出液中にはある程度の魚臭が残存することになる。従って、この方法は、鮮魚や水産加工品等へ添加して缶詰やレトルト製品とする場合には適しているものの、魚類由来とは異なる組成の食品に添加することや、化粧品やサプリメント等の機能性食品には応用できず、また応用できたとしても、得られる最終製品中に残存する魚臭が目立つこととなり、経口摂取等の使用時に障害となる問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−189717号公報
【特許文献2】特開平6−68号公報
【特許文献3】特開平6−70746号公報
【特許文献4】特許第3229378号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】笠原賀代子著、「テルペン化合物の煮干し臭抑制効果」、ノートルダム清心女子大学紀要 生活経営学・児童学・食品・栄養学編 Vol.26 No.1、2002年、ノートルダム清心女子大学発行、120頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の通り、従来の魚介エキス中に残存する不快臭のマスキング方法や脱臭方法では、経時的にマスキング効果の低下や、除去しきれなかった不快臭の原因物質により、経口摂取時の障害や、適用範囲に制限が生じる等の問題があった。
【0011】
本発明の課題は、食品、機能性食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等の原料となる魚介エキスにおいて、魚介類由来の不快臭を長期間にわたって低減し、経口摂取時や皮膚への塗布時等に不快臭を感じることなく使用することが可能な魚介エキスの精製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、魚介エキスの精製工程において、魚介類由来の臭気成分の共沸除去に加えて、消臭物質を油性成分とともに添加することで、魚介類由来の不快臭が長期間にわたって低減され、経口摂取時や皮膚への塗布時等に不快臭を感じることなく使用することが可能な魚介エキスの精製方法を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち本発明は、魚介類由来の臭気成分を水との共沸により除去する工程と、油性成分と消臭物質を添加する臭気のマスキング工程を有する魚介エキスの精製方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の精製方法によって得られる精製魚介エキスは、不快臭の原因となる臭気成分の大半が共沸により除去され、さらに油性成分添加により残存魚臭の拡散防止とフレーバーによるマスキングが施されており、従来の魚介エキスのマスキングや脱臭方法では困難であった、長期間にわたるマスキング効果の持続が可能となり、経口摂取時にも不快臭を感じることなく使用することができる。従って、本発明の精製方法によって得られる精製魚介エキスは、食品、機能性食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等の幅広い分野、用途に適用することができる。
【0015】
更に本発明においては、胃では分解されない油性成分によって魚介エキス由来の魚臭の揮発が抑制されるため、胃内消化時のゲップによる不快感を低減する効果にも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例1における、共沸処理前後の臭気成分含量をGC−MSにて測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0018】
本発明は、
(1)魚介類由来の臭気成分を水との共沸により除去する工程(共沸工程)、及び、
(2)油性成分と消臭物質を添加する臭気のマスキング工程(マスキング工程)
という2つの工程を有する魚介エキスの精製方法である。
【0019】
本発明の精製方法の対象となる魚介エキスは、魚介類より熱水抽出、溶剤抽出、超臨界抽出等の方法により抽出して得られる抽出物やその精製物、加工物である。上記魚介エキスの原料となる魚介類の種類には特に制限は無く、目的とする抽出成分や機能性素材に応じて、適宜選択することができる。例えば、DHA、EPA等の高度不飽和脂肪酸を含む抽出物を得るためには、原料となる魚介類としては、カツオ、マグロ、ブリ、ハマチ、サケ、マス、タラ等を使用することが好ましく、特にカツオ、マグロを使用することが好ましい。また、アンセリン、カルノシン等を含む抽出物を得るためには、原料となる魚介類としては、カツオ、マグロ、サケ、サメ等の使用が好ましく、特にカツオ、マグロ、サケを使用することが好ましい。N−アセチルグルコサミン、グルコサミン、キチン、キトサン等を含む抽出物を得るためには、カニ、エビ等の甲殻類を原料とするのが好ましい。
【0020】
本発明の魚介エキス中には、人体に対して有益な生理活性作用を示す様々な機能性素材が含まれているのが好ましい。本発明の精製方法の対象となる魚介エキスに含まれる機能性素材としては、特に限定されないが、高度不飽和脂肪酸、イミダゾールジペプチド類、スクアレン、コラーゲン、プロタミン、コンドロイチン、アスタキサンチン、N−アセチルグルコサミン、グルコサミン、キチン、キトサン等を挙げることができる。
【0021】
上記高度不飽和脂肪酸としては、炭素数が18個以上で、かつ不飽和結合を3個以上有する脂肪酸であれば特に限定されないが、例えば、DHA、EPA、α−リノレン酸、アラキドン酸等が挙げられる。
【0022】
上記イミダゾールジペプチド類としては、イミダゾール骨格を有するジペプチドであれば特に限定されないが、ヒスチジンまたはその誘導体と他のアミノ酸が結合した、いわゆるヒスチジン含有ジペプチド(HCDP)と呼ばれているものが好ましく使用できる。そのようなイミダゾールジペプチド類として、具体的には、アンセリン(β−アラニル−1−メチルヒスチジン)、カルノシン(β−アラニルヒスチジン)、バレニン(β−アラニル−3−メチルヒスチジン)、ホモアンセリン(N−(4−アミノブチリル)−L−ヒスチジン)、N−アセチル−L−カルノシンなどやそれらの塩などの誘導体が挙げられる。イミダゾールジペプチド類の塩としては、塩酸、乳酸、酢酸、硫酸、クエン酸、アスコルビン酸、リンゴ酸、コハク酸、アジピン酸、グルコン酸、酒石酸等の塩が挙げられる。そのなかでも、アンセリン、カルノシン、バレニンやそれらの塩が好ましく用いられる。
【0023】
上記プロタミンは、サケ、マス、ニシン、サバ等の精子核中にデオキシリボ核酸と結合したヌクレオプロタミンとして存在する比較的分子量の小さい高アルギニン含量の強塩基性蛋白質である。本発明においては、遊離状態のプロタミン、あるいはプロタミン硫酸塩、プロタミン塩酸塩などいずれの形でも用いることができる。
【0024】
上記コンドロイチンとしては、コンドロイチン、コンドロイチン−4−硫酸(コンドロイチン硫酸A)、デルマタン硫酸(コンドロイチン硫酸B)、コンドロイチン−6−硫酸(コンドロイチン硫酸C)、コンドロイチン硫酸D、コンドロイチン−4、6−硫酸(コンドロイチン硫酸E)を挙げることができ、これらのナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、塩酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩等の無機塩、乳酸塩、酢酸塩、トリエタノールアミン塩等の有機塩や、アルキル、アルケニルもしくはアリールエステル、リン酸エステル、硫酸エステル、グルコース、ガラクトース、マルトース、ラクトース等の還元糖との縮合物といった誘導体も用いることができる。
【0025】
本発明の精製方法では、水との共沸を利用して魚介類由来の臭気成分を除去する、共沸工程を実施する。本発明の精製方法において実施される共沸工程の方法は、例えば、水蒸気蒸留の他、水分存在下に魚介エキスを煮沸、噴霧乾燥、薄膜濃縮する等、共沸現象を利用して魚介類由来の揮発性の臭気成分を除去できる方法であれば特に限定されない。また、共沸工程を行う前に、公知の方法により、原料となる魚介類エキスに対して、脱ガム、脱塩、脱酸、イオン交換等の精製処理を施すこともできる。
【0026】
本発明の精製方法においては、共沸工程として、水存在下に魚介エキスを煮沸するのが工程上容易で好ましい。その場合、原料となる魚介エキスに水を添加して煮沸処理を行ってもよいし、また、原料となる魚介エキスが、元々水分を含有する場合や水溶液である場合には、水を添加することなしに単に該魚介エキスを煮沸処理してもよい。その場合、臭気成分の除去と同時に、水分が除去されることで魚介エキスの有効成分が濃縮され、得られた濃縮魚介エキスを利用することで製品中の有効成分の高含量化も図ることが出来る。また、煮沸時にエタノールなどの親水性溶媒を補助溶媒として添加することもできる。上記煮沸を行う場合においては、水や必要に応じて添加した親水性溶媒が魚介類由来の臭気成分とともに十分に蒸発して留去できる条件であれば特に制限は無く、通常、40〜120℃、より好ましくは60〜100℃の温度条件で行うことができ、必要に応じて減圧下として操作を行うこともできる。
【0027】
本発明の精製方法においては、上記共沸工程に併せて、消臭物質を油性成分と共に添加することで、臭気成分のマスキングを行うことを特徴とする。本発明の精製方法において、マスキング工程と共沸工程はどちらを先に実施しても差し支えないが、添加する消臭成分の効果を最大限発揮させる目的においては、共沸工程のあとに消臭成分の添加を実施するのが好ましく、あるいは共沸工程のあとにマスキング工程を実施するのが好ましい。
【0028】
本発明の精製方法において、マスキングのために消臭成分と併用される油性成分としては、常温で固体状、液状のいずれの油性成分でも使用できるが、後述するマイクロカプセル化を行う場合には、常温で固体状のものが好ましく利用できる。前記油性成分の好ましいその主成分としては、例えば動植物からの天然油脂、合成油脂や加工油脂等の油脂が利用でき、より好ましくは、食品、化粧品又は医薬用に許容されるものである。
【0029】
本発明の精製方法において使用できる油性成分としては、油脂類、ワックス、脂肪酸等を挙げることができる。
【0030】
上記油脂類としては、植物油脂としては、例えば、ヤシ油、パーム油、パーム核油、アマニ油、つばき油、玄米胚芽油、菜種油、米油、落花生油、オリーブ油、コーン油、小麦胚芽油、大豆油、エゴマ油、綿実油、ヒマワリ種子油、カポック油、月見草油、シア脂、サル脂、カカオ脂、マンゴー脂、イリッペ脂、ゴマ油、サフラワー油、オリーブ油等を挙げることができ、動物油脂としては、例えば、魚油、牛脂、乳脂、豚脂等を挙げることができ、これらを分別、水素添加、エステル交換等により加工した加工油脂も挙げることができる。言うまでもなく、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)、長鎖脂肪酸トリグリセリド、脂肪酸の部分グリセリド等も使用できる。これら油脂類としては、入手しやすく、かつ製造時の取り扱いが容易に行えるという観点から、トリステアリン、トリパルミチン等の飽和長鎖脂肪酸トリグリセリドや、カカオ脂、シア脂などの天然固体油脂、パーム油などの液体油脂やその分別油脂の使用が好ましい。
【0031】
上記ワックスとしては、例えば、ミツロウ、モクロウ、キャンデリラロウ、米ぬかロウ、カルナバロウ、雪ロウ、セラックロウ、ホホバロウ等の食用ワックス類が挙げられる。
【0032】
上記脂肪酸としては、例えば、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、ベヘニン酸およびこれらのエステル類を挙げることができる。
【0033】
上記油性成分としては、上述した様な油性成分を2種以上混合して使用することもできる。また、上記油性成分中にはさらに必要に応じて、親油性の乳化剤を添加してもよい。油性成分に親油性の乳化剤を添加する場合、油性成分中の油脂の含有量は5〜99.99重量%、親油性の乳化剤の含有量は0.01〜95重量%となるのが好ましい。
【0034】
本発明の精製方法においては、魚介エキスに油性成分を共存させることにより、残存する魚介類由来の臭気成分の揮発を抑制し、長期間にわたって臭気成分をマスキングすることが可能である。この観点から、油性成分の添加量は、共沸処理後の魚介エキスの重量あたりに換算して、0.1〜100倍量であることが好ましく、0.5〜50倍量であることがより好ましく、1〜20倍量であることが最も好ましい。
【0035】
本発明の精製方法のマスキング工程で添加される消臭物質としては、一般に消臭成分として利用されているものであればいずれも使用することができるが、例えば、テルペン類を使用することが好ましく、なかでもモノテルペン炭化水素類やモノテルペンアルコール類、モノテルペン系アルデヒド類等の使用が好ましい。
【0036】
上記モノテルペン炭化水素類としては、例えば、ピネン、サビネン、リモネン オシメン、ミルセン、シメン、テルピネン、フェランドレン、テルピノレン、パラシメン、ヒマカレン、トリサイクレン、カラレン等を挙げることができる。
【0037】
上記モノテルペンアルコール類としては、例えば、シトロネロール、リナロール、ゲラニオール、テルピネオール、ボルネオール、メントール、ネロリドール、イソプレゴール等を挙げることができる。
【0038】
上記モノテルペン系アルデヒド類としては、例えば、シトラール、シトロネラール等を挙げることができる。
【0039】
また、本発明においては、消臭物質として、ジンジャー、レモン、オレンジ、ライム、シソ、コリアンダー、セージ、クローブ等の植物から、溶剤抽出法、水蒸気蒸留法、超臨界抽出法等、種々の抽出法によって得られた植物精油やこれら植物精油を含有する油脂も使用することができる。なお、これら植物精油の成分中には上記テルペン類が一成分として含まれる場合がある。
【0040】
上記消臭物質は、不快臭の程度に応じた適宜量を添加することができるが、通常、その添加量としては、共沸処理後の魚介エキス重量あたりに換算して、0.001〜1重量%の範囲であることが好ましく、0.01〜0.5重量%のの範囲であることがより好ましい。
【0041】
なお、油性成分と消臭成分とは、魚介エキスにそれぞれ個別に添加してもよいし、油性成分と消臭成分を混合後、混合物として魚介エキスに添加してもよい。油性成分と消臭成分とを個別に添加する場合のタイミングは特に限定されず、同時でもよく、どちらかを先に添加してもかまわない。例えば、魚介エキスに油性成分を添加した後に共沸工程を行い、その後消臭成分を添加するという風に、マスキング工程を分けて実施することも出来る。
【0042】
本発明においては、魚介エキスに油性成分を共存させることで残存する魚介類由来の臭気成分の揮発を抑制した上で、更に消臭物質を添加することで、非常に高い臭気成分のマスキング効果を得ることができる。
【0043】
更に本発明においては、魚介エキスが親水性(または油脂に溶解しないもの)でかつ固体状の場合、マスキング工程で添加する油性成分として固体脂を利用し、固体脂中に魚介エキスを分散させた固体粒子とすることで、魚介エキスの臭気成分のマスキングだけでなく、魚介エキスを内包するマイクロカプセルを得ることもできる。すなわち、魚介類由来の臭気成分が消臭物質と固体脂によってマスキングされた、魚介エキス含有S/O型マイクロカプセルも、本発明の別の好ましい態様である。ここでいうS/O型マイクロカプセルとは、固体油相中に親水性の固体物質である魚介エキスが多分散した固体粒子を意味するものであり、液体油相中に固体物質が分散したS/Oサスペンションや、水相中に該S/Oサスペンションが懸濁したS/O/Wエマルションとは異なる。その場合にマイクロカプセルに内包する魚介エキスとしては、アンセリン、カルノシン等のイミダゾールジペプチド類やコラーゲン、プロタミン、N−アセチルグルコサミン、グルコサミン、キチン、キトサン等の水溶性成分であればいずれの成分も適用することができる。
【0044】
上記本発明のS/O型マイクロカプセルを得る方法としては特に限定されず公知の方法を利用することができるが、例えば、固体脂と魚介エキスの混合物を、固体脂の融点以上の温度で、乳化分散してW/Oエマルションとした後に、固体脂の融点以上かつ沸点未満の温度で上記W/Oエマルション中の水分を除去してS/Oサスペンションとし、上記S/Oサスペンションを気相中又は水相中に液滴分散させた状態で固体脂の融点未満まで冷却することで固体脂を固化させて、S/O型の固形粒子とする方法が、好ましい例としてあげられる。ここで、上記本発明の精製方法を用いて精製された魚介エキスを使用してマイクロカプセルを作成してもよいが、精製前の魚介エキスを使用し、S/Oサスペンションを得る工程においてW/Oエマルション中の水分を除去すると同時に魚介類由来の臭気成分を水との共沸を利用して除去し、固体脂に任意の工程(例えば、最初のW/Oエマルションを調製する工程、S/Oサスペンションとする工程、あるいはその前後)で消臭成分を添加混合する方法も、本発明の魚介エキスの精製工程とS/O型マイクロカプセル化の工程を兼ねることもでき、好ましい。上記S/Oサスペンションを気相中に液滴分散させた状態で固体脂の融点未満まで冷却する方法としては、噴霧冷却法が、水相中に液滴分散させた状態で固体脂の融点未満まで冷却する方法としては、S/Oサスペンションを別途調製した水相(好ましくは、界面活性剤、増粘剤、親水性有機溶媒などを含有する水相)中に添加しS/O/Wエマルションとしたのち、得られたS/O/Wエマルションを固体脂の融点未満まで冷却する方法がそれぞれ挙げられる。
【0045】
このようにして得られる本発明のS/O型マイクロカプセルは、系外への魚介臭の拡散を固体脂により抑制し、更に消臭物質によりマスキングされているため、例えば経口摂取の際に魚介類由来の不快臭を気にすることなく口にすることができる。また、使用する固体脂として、リパーゼによって分解されうる成分を使用することによって、耐胃酸、腸溶性を有するS/O型マイクロカプセルとすることもできる。このようなマイクロカプセルは胃内では崩壊せず、腸内到達後に消化されるため、胃内消化時に魚介臭を帯びたゲップにより不快臭を感じる等の障害なしに利用することができる。
【実施例】
【0046】
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
カツオから熱水抽出した後、脱塩、イオン交換、濃縮して得た魚介エキス水溶液(焼津水産化学工業製、アンセリン含量3.5重量%)1000gを75℃、圧力130kPaの減圧条件で120分間煮沸処理して、臭気成分を水との共沸で除去し、120gの魚介エキス濃縮液を得た。
【0048】
共沸処理による魚介エキス中の脱臭レベルを定量化するため、GC−MS(Agilent Technologies社製、G2579A)を用い、共沸処理前、および共沸処理後の魚介エキス中における臭気成分含量の測定を行った。
【0049】
(GC−MS分析条件)
カラム:HP−INNOWax(Agilent Technologies社製)60m(長さ)、0.25mm(内径)、オーブン条件:40℃で2分間保持、3℃/分で100℃まで昇温させ、次に5℃/分で240℃まで昇温させ、240℃で30分保持した。
【0050】
図1に共沸処理による魚介エキス中の臭気成分含量(アンセリン重量当りの臭気成分含量)のGC−MSによる測定結果を示す。
【0051】
GC−MSによる測定の結果、魚介エキスを共沸処理することにより、トリメチルアミン、ヘキサナール、ノナナール等の魚介類由来の臭気成分を大幅に除去できることがわかった。
【0052】
次に共沸処理後の魚介エキス濃縮液50g(アンセリン含量28重量%)を、MCT(理研ビタミン製、アクターM−2)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPRー100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で60分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gにシトロネラール(和光純薬製)100mgを添加、混合し、S/Oサスペンション形態の魚介エキス(アンセリン含量12重量%)を得た。得られた魚介エキスは、2ヶ月以上の常温保存を経ても魚介臭が全くせず、不快臭を感じることなく経口摂取が可能であった。
【実施例2】
【0053】
カツオから熱水抽出した後、脱塩、濃縮して得た魚介エキス(焼津水産化学工業製、DHA含量3.5重量%)500gに水500gを添加、混合した後、75℃、圧力130kPaの減圧条件で120分間煮沸し、臭気成分を共沸除去し、120gの脱臭魚介エキスを得た。
【0054】
次に共沸処理後の魚介エキス濃縮液50g(DHA含量28重量%)をMCT(理研ビタミン製、アクターM−2)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPR−100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で60分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gに、ジンジャーフレーバー(理研香料製、FA−7741)100mgを添加、混合し、S/Oサスペンション形態の魚介エキス(DHA含量12重量%)を得た。得られた魚介エキスは、2ヶ月以上の常温保存を経ても魚介臭が全くせず、不快臭を感じることなく経口摂取が可能であった。
【実施例3】
【0055】
実施例1と同じ方法・条件により共沸処理した魚介エキス濃縮液80g(アンセリン含量28重量%)を、あらかじめ70℃に加熱して、溶融させておいた硬化ナタネ油(融点65℃)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPR−100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で90分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gにシトロネラール(和光純薬製)100mgを添加、混合した後、あらかじめ70℃に加熱しておいたアラビアガム(0.5重量%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムJ−0381V、HLB12)(0.05重量%)含有水溶液300mLに添加し、ディスクタービン翼を用いて撹拌して、S/O/Wエマルションに調製した。その後、該S/O/Wエマルションを、あらかじめ10℃に冷却しておいたアラビアガム(0.5重量部%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(0.05重量%)含有水溶液300mLに一度に添加して急冷させて油性成分を固化させた後、吸引濾過、真空乾燥して水分を除去し、S/O型マイクロカプセルを得た。得られたマイクロカプセルの平均粒子径は285μmであり、マイクロカプセル中のアンセリン含量は17.5重量%であった。
【実施例4】
【0056】
実施例1と同じ方法・条件により共沸処理した魚介エキス濃縮液80g(アンセリン含量28重量%)を、あらかじめ70℃に加熱して、溶融させておいた硬化ナタネ油(融点65℃)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPR−100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で90分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gにリナロール(和光純薬製)100mgを添加、混合した後、あらかじめ70℃に加熱しておいたアラビアガム(0.5重量%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムJ−0381V、HLB12)(0.05重量%)含有水溶液300mLに添加し、ディスクタービン翼を用いて撹拌して、S/O/Wエマルションに調製した。その後、該S/O/Wエマルションを、あらかじめ10℃に冷却しておいたアラビアガム(0.5重量部%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(0.05重量%)含有水溶液300mLに一度に添加して急冷させて油性成分を固化させた後、吸引濾過、真空乾燥して水分を除去し、S/O型マイクロカプセルを得た。得られたマイクロカプセルの平均粒子径は250μmであり、マイクロカプセル中のアンセリン含量は19.1重量%であった。
【実施例5】
【0057】
実施例1と同じ方法・条件により共沸処理した魚介エキス濃縮液80g(アンセリン含量28重量%)を、あらかじめ70℃に加熱して、溶融させておいた硬化ナタネ油(融点65℃)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPR−100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で90分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gにジンジャーフレーバー(理研香料製、FA−7741)100mgを添加、混合した後、あらかじめ70℃に加熱しておいたアラビアガム(0.5重量%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムJ−0381V、HLB12)(0.05重量%)含有水溶液300mLに添加し、ディスクタービン翼を用いて撹拌して、S/O/Wエマルションに調製した。その後、該S/O/Wエマルションを、あらかじめ10℃に冷却しておいたアラビアガム(0.5重量部%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(0.05重量%)含有水溶液300mLに一度に添加して急冷させて油性成分を固化させた後、吸引濾過、真空乾燥して水分を除去し、S/O型マイクロカプセルを得た。得られたマイクロカプセルの平均粒子径は241μmであり、マイクロカプセル中のアンセリン含量は18.5重量%であった。
【実施例6】
【0058】
実施例1と同じ方法・条件により共沸処理した魚介エキス濃縮液80g(アンセリン含量28重量%)を、あらかじめ70℃に加熱して、溶融させておいた硬化ナタネ油(融点65℃)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPR−100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で90分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gにレモンオイル(理研香料製、FA−6589)100mgを添加、混合した後、あらかじめ70℃に加熱しておいたアラビアガム(0.5重量%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムJ−0381V、HLB12)(0.05重量%)含有水溶液300mLに添加し、ディスクタービン翼を用いて撹拌して、S/O/Wエマルションに調製した。その後、該S/O/Wエマルションを、あらかじめ10℃に冷却しておいたアラビアガム(0.5重量部%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(0.05重量%)含有水溶液300mLに一度に添加して急冷させて油性成分を固化させた後、吸引濾過、真空乾燥して水分を除去し、S/O型マイクロカプセルを得た。得られたマイクロカプセルの平均粒子径は288μmであり、マイクロカプセル中のアンセリン含量は18.0重量%であった。
【0059】
(比較例1)
実施例1と同じ方法・条件により共沸処理した魚介エキス濃縮液80g(アンセリン含量28重量%)を、あらかじめ70℃に加熱して、溶融させておいた硬化ナタネ油(融点65℃)100gおよびテトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムPR−100、HLB0.3)5.0gからなる油性成分中に添加した後、ホモジナイザーで乳化分散した。つづいて、調製した乳化物を、温度75℃、圧力13kPaの減圧条件で90分間撹拌して水分の除去を行い、油性成分中に魚介エキスが安定分散したS/Oサスペンション130gを得た。更に該S/Oサスペンション50gを、あらかじめ70℃に加熱しておいたアラビアガム(0.5重量%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(理研ビタミン製、ポエムJ−0381V、HLB12)(0.05重量%)含有水溶液300mLに添加し、ディスクタービン翼を用いて撹拌して、S/O/Wエマルションに調製した。その後、該S/O/Wエマルションを、あらかじめ10℃に冷却しておいたアラビアガム(0.5重量部%)、デカグリセリンモノオレイン酸エステル(0.05重量%)含有水溶液300mLに一度に添加して急冷させ急冷させて油性成分を固化させた後、吸引濾過、真空乾燥して水分を除去し、S/O型マイクロカプセルを得た。得られたマイクロカプセルの平均粒子径は290μmであり、マイクロカプセル中のアンセリン含量は17.9重量%であった。
【0060】
(比較例2)
常法により、カツオから熱水抽出した後、脱塩、イオン交換、濃縮して得た魚介エキス水溶液(焼津水産化学工業製、アンセリン含量3.5重量%)1000gにデキストリン200gを混合した後に噴霧乾燥を行い、粉末状の魚介エキス260g(アンセリン含量13重量%)を得た。
【0061】
(試験例1)
実施例3〜6、比較例1で得られたマイクロカプセル、および比較例2で得られた粉末を用い、魚臭に対するマスキング効果の官能試験を実施した。官能試験はパネラー10名(A〜J)によって行い、以下の表1に示したように5段階で評価した。試験結果を表2に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
表2に示す結果より、共沸処理と、油性成分及び消臭物質の添加を実施した系が魚臭のマスキング効果が高いことがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚介類由来の臭気成分を水との共沸により除去する工程、及び、油性成分と消臭物質を添加する臭気のマスキング工程、を有する魚介エキスの精製方法。
【請求項2】
魚介エキスが、高度不飽和脂肪酸、イミダゾールジペプチド、コラーゲン、スクアレン、プロタミンコンドロイチン、アスタキサンチン、N−アセチルグルコサミン、グルコサミン、キチン及びキトサンからなる群より選択される少なくとも1種類の機能性素材を含有するものである、請求項1に記載の精製方法。
【請求項3】
添加する油性成分が、油脂を5〜99.99重量%、親油性の乳化剤を0.01〜95重量%含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の精製方法。
【請求項4】
添加する消臭物質として、テルペン類を使用することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の精製方法。
【請求項5】
添加する消臭物質として、ジンジャー、レモン、オレンジ、ライム、シソ、コリアンダー、セージ及びクローブからなる群より選択される少なくとの1種の植物等より抽出した植物精油を使用することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の精製方法。
【請求項6】
魚介類由来の臭気成分が消臭物質と固体脂によってマスキングされた、魚介エキス含有S/O型マイクロカプセル。
【請求項7】
魚介類由来の臭気成分を水との共沸により除去する工程、及び、油性成分と消臭物質を添加する臭気のマスキング工程、を有する請求項6記載のS/O型マイクロカプセルの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−4640(P2011−4640A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150222(P2009−150222)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】