説明

1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法

【課題】簡便且つ選択的に1,2−ジオールのモノアリル化体を製造する方法を提供する。
【解決手段】1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法は、パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体、有機スズ化合物及び塩基の存在下、式(1)で表される1,2−ジオールをカルボン酸アリルエステルと反応させて式(2)で表される化合物。式中、R1、R2は、同一又は異なって、水素原子又は有機基を示す。R1、R2は互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共に環を形成していてもよい。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,2−ジオールのモノアリル化体を簡便且つ選択的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機合成において、分子中の特定の官能基のみを選択的に活性化して反応させることは分子を自由に合成する上で大変重要である。例えば、糖類、イノシトール、グリセリン等のポリオールは脂質やタンパク質などと並び生命科学において重要な役割を担う化合物群である。しかし、これらの化合物は識別が困難な多数の水酸基を有するため、特定の水酸基のみを選択的に修飾することが困難である。なかでも、メソ−1,2−ジオールやC2対称−1,2−ジオールには反応性の等しい2つの水酸基があり、その一方の水酸基のみを選択的に修飾することは非常に困難であることが知られている。
【0003】
1,2−ジオールの水酸基のうち一方を選択的に修飾する方法としては、特許文献1に亜臨界又は超臨界条件下、金属酸化物触媒の存在下でアルコールとアルカンジオールとを反応させてアルカンジオールモノアルキルエーテルを製造する方法が記載されている。しかし、過酷な反応条件を要するため、作業性に劣る点が問題であった。
【0004】
また、特許文献2には、ポリオールをモノアリル化する方法として、保護基を使用して修飾を施す水酸基以外の水酸基を保護した状態でハロゲン化アリルを反応させてモノアリル化する方法が記載されている。しかしながら、保護基で保護し、反応後はその保護基を外すという作業は高度な技術を必要とし、その上、アリル化剤として使用するハロゲン化アリルは毒性が強いためその取り扱いが難しいことが問題であった。
【0005】
さらにまた、1,2−ジオールをモノアリル化する方法としても、非特許文献1にハロゲン化アリルを使用する方法が記載されているに過ぎない。しかし、この方法は、ハロゲン化アリルが毒性が強い点で不利である。すなわち、保護基の着脱の手間を要することなく簡便に、その上、毒性の強い有機ハロゲン化物を使用することなく、1,2−ジオールから選択的に、且つ、高収率でモノアリル化体を得る方法が見いだされていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−196783号公報
【特許文献2】特開2006−520812号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tetrahedron Letters vol.50, p1466−1468(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、簡便且つ選択的に1,2−ジオールのモノアリル化体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、1,2−ジオールとカルボン酸アリルエステルとを、パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体、有機スズ化合物、及び塩基の存在下で反応させると、水酸基を保護基で保護せずとも一方の水酸基のみに修飾反応が進行し、モノアリル化体を選択的に、且つ、高い収率で製造することができることを見いだした。本発明はこれらの知見に基づいて完成させたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体、有機スズ化合物及び塩基の存在下、下記式(1)
【化1】

(式中、R1、R2は、同一又は異なって、水素原子又は有機基を示す。R1、R2は互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共に環を形成していてもよい)
で表される1,2−ジオールをカルボン酸アリルエステルと反応させて下記式(2)
【化2】

(式中、R1、R2は上記に同じ)
で表される化合物を得る1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法によると、パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体がカルボン酸アリルエステルに配位してπ−アリルパラジウムを形成し、これがアリル化剤として作用するため一方の水酸基のみをアリル化することが可能となり、モノアリル化反応が選択的に促進されて高収率でモノアリル化体(モノアリルエーテル体)を得ることができる。また、1,2−ジオールの2つの水酸基のうちアリル化しない一方の水酸基を保護基で保護した状態で反応させ、反応後に脱保護するという煩雑な工程を省くことができるため、簡便な工程でモノアリル化体を合成することができる。さらに、室温、常圧下の穏和な条件下で反応が進行し、アリル化剤として有害な有機ハロゲン化物を使用する必要がないため作業性に優れている。従って、本発明に係る1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法は有機合成において非常に汎用性が高く、特に、メソ−1,2−ジオールやC2対称−1,2−ジオールのモノアリル化法として有用であり、生体機能分子の合成に大きく寄与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法は、パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体、有機スズ化合物及び塩基の存在下、上記式(1)で表される1,2−ジオールをカルボン酸アリルエステルと反応させて上記式(2)で表される化合物を得ることを特徴とする。
【0013】
[1,2−ジオール]
本発明の1,2−ジオールは、上記式(1)で表される。式中、R1、R2は、同一又は異なって、水素原子又は有機基を示す。R1、R2は互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共に環を形成していてもよい。
【0014】
1、R2における有機基としては、本反応を阻害しないような有機基(例えば、本方法における反応条件下で非反応性の有機基)であればよく、例えば、炭化水素基及び/又は複素環式基を含有する基が挙げられる。
【0015】
前記炭化水素基及び複素環式基には、置換基を有する炭化水素基及び複素環式基も含まれる。前記炭化水素基には、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基及びこれらの基が結合した基が含まれる。
【0016】
脂肪族炭化水素基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル、デシル、ドデシル基などの炭素数1〜20(好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜3)程度のアルキル基;ビニル、アリル、1−ブテニル基などの炭素数2〜20(好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)程度のアルケニル基;エチニル、プロピニル基などの炭素数2〜20(好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)程度のアルキニル基などが挙げられる。
【0017】
脂環式炭化水素基としては、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロオクチル基などの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜8員)程度のシクロアルキル基;シクロペンテニル、シクロへキセニル基などの3〜20員(好ましくは3〜15員、さらに好ましくは5〜8員)程度のシクロアルケニル基;パーヒドロナフタレン−1−イル基、ノルボルニル、アダマンチル、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカン−3−イル基などの橋かけ環式炭化水素基などが挙げられる。芳香族炭化水素基としては、フェニル、ナフチル基などの炭素数6〜14(好ましくは6〜10)程度の芳香族炭化水素基が挙げられる。
【0018】
脂肪族炭化水素基と脂環式炭化水素基とが結合した基には、シクロペンチルメチル、シクロヘキシルメチル、2−シクロヘキシルエチル基などのシクロアルキル−アルキル基(例えば、C3-20シクロアルキル−C1-4アルキル基など)などが含まれる。また、脂肪族炭化水素基と芳香族炭化水素基とが結合した基には、アラルキル基(例えば、C7-18アラルキル基など)、アルキル置換アリール基(例えば、1〜4個程度のC1-4アルキル基が置換したフェニル基又はナフチル基など)などが含まれる。
【0019】
好ましい炭化水素基には、C1-10アルキル基、C2-10アルケニル基、C2-10アルキニル基、C3-15シクロアルキル基、C6-10芳香族炭化水素基、C3-15シクロアルキル−C1-4アルキル基、C7-14アラルキル基等が含まれる。
【0020】
上記炭化水素基は、種々の置換基、例えば、ハロゲン原子、オキソ基、ヒドロキシル基、置換オキシ基(例えば、アルコキシ基、アリールオキシ基、アラルキルオキシ基、アシルオキシ基など)、カルボキシル基、置換オキシカルボニル基(アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基など)、置換又は無置換カルバモイル基、シアノ基、ニトロ基、置換又は無置換アミノ基、スルホ基、複素環式基などを有していてもよい。前記ヒドロキシル基やカルボキシル基は有機合成の分野で慣用の保護基で保護されていてもよい。また、脂環式炭化水素基や芳香族炭化水素基の環には芳香族性又は非芳香属性の複素環が縮合していてもよい。
【0021】
前記R1、R2における複素環式基を構成する複素環には、芳香族性複素環及び非芳香族性複素環が含まれる。このような複素環としては、例えば、ヘテロ原子として酸素原子を含む複素環(例えば、オキシラン環などの3員環、オキセタン環などの4員環、フラン、テトラヒドロフラン、オキサゾール、γ−ブチロラクトン環などの5員環、4−オキソ−4H−ピラン、テトラヒドロピラン、モルホリン環などの6員環、ベンゾフラン、4−オキソ−4H−クロメン、クロマン環などの縮合環、3−オキサトリシクロ[4.3.1.14,8]ウンデカン−2−オン環、3−オキサトリシクロ[4.2.1.04,8]ノナン−2−オン環などの橋かけ環)、ヘテロ原子としてイオウ原子を含む複素環(例えば、チオフェン、チアゾール、チアジアゾール環などの5員環、4−オキソ−4H−チオピラン環などの6員環、ベンゾチオフェン環などの縮合環など)、ヘテロ原子として窒素原子を含む複素環(例えば、ピロール、ピロリジン、ピラゾール、イミダゾール、トリアゾール環などの5員環、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、ピペリジン、ピペラジン環などの6員環、インドール、インドリン、キノリン、アクリジン、ナフチリジン、キナゾリン、プリン環などの縮合環など)などが挙げられる。上記複素環式基には、前記炭化水素基が有していてもよい置換基のほか、アルキル基(例えば、メチル、エチル基などのC1-4アルキル基など)、シクロアルキル基、アリール基(例えば、フェニル、ナフチル基など)などの置換基を有していてもよい。また、複素環を構成する窒素原子は保護基で保護されていてもよい。
【0022】
前記R1とR2としては、1又は2以上の炭化水素基及び/又は複素環式基と、1又は2以上の連結基とで構成されていてもよい。連結基としては、例えば、エーテル結合(−O−)、チオエーテル結合(−S−)、エステル結合(−COO−)、アミド結合(−CONH−)、カルボニル基(−CO−)、これらが2以上結合した基などが挙げられる。
【0023】
1とR2としては、同一又は異なって、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、アリル基等の脂肪族炭化水素基、フェニル基、ナフチル基等の芳香族炭化水素基、4−メチルフェニル基、ベンジル基等の脂肪族炭化水素基と芳香族炭化水素基とが結合した基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基等のアルコキシカルボニル基が好ましい。また、特に、本発明は、他の方法では選択的なモノアリル化が困難なR1とR2が同一の基を示す場合[特に、式(1)で表される化合物がメソ体である場合]に有用である。
【0024】
1、R2は互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共に環を形成していてもよく、例えば、芳香族性又は非芳香族性の環を形成してもよい。好ましい芳香族性又は非芳香族性環は5〜12員環、特に6〜10員環程度である。このような環には、例えば、非芳香族性脂環式環(シクロヘキサン環などの、置換基を有していてもよく、またベンゼン環等の芳香族性環が縮合していてもよいシクロアルカン環、シクロヘキセン環などの、置換基を有していてもよく、またベンゼン環等の芳香族性環が縮合していてもよいシクロアルケン環など)、非芳香族性橋かけ環(5−ノルボルネン環などの置換基を有していてもよい橋かけ式炭化水素環など)、ベンゼン環、ナフタレン環などの置換基を有していてもよい芳香族性環(縮合環を含む)等が挙げられる。また、環は複素環であってもよく、複素環としては上記R1、R2における複素環式基を構成する複素環の例と同様の例を挙げることができる。環は、アルキル基、ハロアルキル基、ヒドロキシル基、アルコキシ基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、アシル基、ニトロ基、シアノ基、アミノ基、ハロゲン原子などの置換基を有していてもよい。
【0025】
1、R2が互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共に環を形成している場合、該環としては、なかでも、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、シクロヘプタン環、シクロオクタン環、テトラヒドロナフタレン環等のシクロアルカン環;シクロヘキセン等のシクロアルケン環;ピロリジン等のヘテロ原子として窒素原子を含む非芳香族性複素環;フラン環等のヘテロ原子として酸素原子を含む非芳香族性複素環等が好ましく、特に、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、シクロヘプタン環、シクロオクタン環、テトラヒドロナフタレン環等のシクロアルカン環;シクロヘキセン環等のシクロアルケン環、フラン環、ピロリジン環等の非芳香族性複素環が、反応が進みやすい点で好ましい。
【0026】
式(1)で表される1,2−ジオールの具体的な例としては、2,3−ブタンジオール、3,4−ヘキサンジオール、5,6−デカンジオール、1,2−ジフェニル−1,2−エタンジオール、1,2−ビス(4−メチルフェニル)−1,2−エタンジオール、1,2−ビス(メトキシカルボニル)−1,2−エタンジオール、1,2−シクロブタンジオール、1,2−シクロペンタンジオール、1,2−シクロヘキサンジオール、シクロヘキセン−4,5−ジオール、1,2−シクロオクタンジオール、2,3−ジヒドロキシ−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン、N−ベンゾイル−3,4−ジヒドロキシピロリジン等を挙げることができる。
【0027】
本発明における式(1)で表される1,2−ジオールとしては、なかでも、メソ−2,3−ブタンジオール、メソ−1,2−シクロペンタンジオール、メソ−1,2−シクロヘキサンジオール、メソ−1,2−シクロオクタンジオール、メソ−シクロヘキセン−4,5−ジオール、メソ−1,2−ジフェニル−1,2−エタンジオール等の分子内に対称面を有するメソ体や、dl−1,2−ビス(4−メチルフェニル)−1,2−エタンジオールのようなC2対称−1,2−ジオールが好ましい。
【0028】
[カルボン酸アリルエステル]
本発明のカルボン酸アリルエステルは、下記式(3)
【化3】

で表される。式中、R3は水素原子又は炭化水素基を示す。R3における炭化水素基としては前記R1、R2における炭化水素基と同様の例を挙げることができる。本発明においては、なかでも、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル、デシル、ドデシル基などの炭素数1〜20(好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜3)程度のアルキル基、又はフェニル基が好ましい。また、アルキル基は、ハロゲン原子(フッ素原子等)、アルコキシ基等の置換基を有していてもよい。
【0029】
本発明におけるカルボン酸アリルエステルとしては、なかでも、酢酸アリル、プロピオン酸アリル、酪酸アリル等が、入手容易性、取扱性、反応性などの点で好ましい。
【0030】
カルボン酸アリルエステルの使用量は、原料として用いる1,2−ジオール1モルに対して、例えば1〜5モル、好ましくは1.5〜3.5モル程度である。
【0031】
[パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体]
パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体はパラジウム化合物と第3級ホスフィンとを反応させることにより生成される。
【0032】
パラジウム化合物としては、例えば、ヘキサクロロパラジウム酸ナトリウム四水和物、ヘキサクロロパラジウム酸カリウム等の4価のパラジウム化合物;塩化パラジウム、臭化パラジウム、酢酸パラジウム、パラジウムアセチルアセトナート、ジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウム、ジクロロビス(アセトニトリル)パラジウム、ジクロロテトラアンミンパラジウム、ジクロロ(シクロオクター1,5ージエン)パラジウム、パラジウムトリフルオロアセテート、ビストリフェニルホスフィンパラジウムジクロリド錯体等の2価のパラジウム化合物;トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウムクロロホルム錯体、テトラキストリフェニルホスフィンパラジウム錯体等の0価のパラジウム化合物等が挙げられる。
【0033】
第3級ホスフィンとしては、例えば、トリフェニルホスフィン、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、ジフェニルメチルホスフィン、フェニルジメチルホスフィン、トリ(p−トリル)ホスフィン、トリ(p−アニシル)ホスフィン、トリス(2−メチルフェニル)ホスフィン、トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン、トリス(4−フルオロフェニル)ホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)ベンゼン、BINAP(2,2’−ビス(ジフェニルホスフィノ)−1,1’−ビナフチル)等が挙げられる。本発明においては、なかでも、トリフェニルホスフィン、トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン等の配位能が高い第3級ホスフィン(トリアリールホスフィン等)が好ましい。
【0034】
本発明においては、基質としてR1、R2がメチル基、エチル基、プロピル基等の脂肪族炭化水素基、又はR1、R2が互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共にシクロヘキサン、シクロオクタン等のシクロアルカン環を形成する1,2−ジオールを使用する場合は、電子供与性が高い第3級ホスフィン(例えば、トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン等)が好ましい。それにより、下記に示す中間体A(π−アリルパラジウム)の中間体Cに対する反応性をより高めることができる。一方、基質としてR1、R2が電子求引性基(例えば、フェニル基、ナフチル基等の芳香族炭化水素基;メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基等のアルコキシカルボニル基など)である1,2−ジオールを使用する場合は、電子供与性が低い第3級ホスフィン(例えば、トリフェニルホスフィン等)が好ましい。
【0035】
パラジウム化合物と第3級ホスフィンの組み合わせとしては、例えば、酢酸パラジウムとトリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン、酢酸パラジウムとトリフェニルホスフィン、酢酸パラジウムと、BINAP(2,2’−ビス(ジフェニルホスフィノ)−1,1’−ビナフチル)等を挙げることができる。
【0036】
パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体は、上記パラジウム化合物と第3級ホスフィンとを系内で反応させることにより生成することができ、そのままアリル化剤として使用することができる。また、予め上記パラジウム化合物と第3級ホスフィンとを反応させて調製した錯体(例えば、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム等)を使用してもよい。
【0037】
パラジウム化合物の使用量としては、例えば、原料として用いる1,2−ジオール1モルに対して、0.01〜1モル、好ましくは0.03〜0.5モル程度である。パラジウム化合物の使用量が少なすぎると、モノアリル化体の収率が低下する傾向がある。一方、パラジウム化合物の使用量が多すぎると経済的に不利となる。
【0038】
第3級ホスフィンの使用量としては、例えば、原料として用いる1,2−ジオール1モルに対して、0.01〜1モル、好ましくは0.03〜0.5モル程度である。第3級ホスフィンの使用量が少なすぎると、パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体が十分量生成されず、反応選択性及び目的化合物の収率が低下する傾向がある。一方、第3級ホスフィンの使用量が多すぎると経済的に不利となる。
【0039】
予めパラジウム化合物と第3級ホスフィンとを反応させて得られた錯体を使用する場合、その使用量としては、例えば、原料として用いる1,2−ジオール1モルに対して、0.01〜1モル、好ましくは0.03〜0.5モル程度である。前記錯体の使用量が少なすぎると、反応選択性及び目的化合物の収率が低下する傾向がある。一方、前記錯体の使用量が多すぎると経済的に不利となる。
【0040】
[有機スズ化合物]
本発明の1,2−ジオールのモノアリル化反応には、触媒として有機スズ化合物を使用する。有機スズ化合物としては、4価のスズ原子に少なくとも一つの有機基が結合している化合物を挙げることができる。
【0041】
本発明においては、なかでも、下記式(4)、(5)で表される有機スズ化合物が好ましい。式中、R4〜R7は有機基を示し、Xはハロゲン原子を示す。
【化4】

【0042】
4〜R7における有機基としては、上記R1、R2における有機基と同様の例を挙げることができる。有機スズ化合物の具体例としては、ジメチルスズジクロライド、ジフェニルスズジクロライド等の塩化スズ(IV);ジメチルスズオキサイド、ジブチルスズオキサイド、ジヘキシルスズオキサイド、ジオクチルスズオキサイド等の酸化スズ(IV)等が挙げられる。
【0043】
本発明においては、なかでも、嵩が低く1,2−ジオールの水酸基への配位能が優れる点でジメチルスズジクロライド、ジブチルスズオキサイドが好ましく、特に、溶媒への溶解度が高く触媒活性に優れるジメチルスズジクロライドが好ましい。
【0044】
有機スズの使用量としては、例えば、原料として用いる1,2−ジオール1モルに対して、0.01〜1モル、好ましくは0.03〜0.5モル程度である。有機スズの使用量が少なすぎると、モノアリル化反応を促進することが困難となり、目的化合物の収率が低下する傾向がある。一方、有機スズの使用量が多すぎると経済的に不利となる。
【0045】
[塩基]
塩基としては、特に限定されないが、例えば、トリエチルアミン、トリ−n−プロピルアミン、トリ−n−ブチルアミン、トリ−s−ブチルアミン、トリ−t−ブチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、ジメチルシクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルエチルアミン、トリベンジルアミン、N−メチルピペリジン、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン、テトラメチルエチレンジアミン、1,4−ジメチルピペラジン、N−メチルピロリジン、N−メチルモルホリン、1−メチル−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]−5−ノネン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]−7−ウンデセン、ピリジン、2,4−ジメチルピリジン、2,4,6−トリメチルピリジン、4−ジメチルアミノピリジン、2,6−ジ−t−ブチルピリジン等の有機塩基(アミン、含窒素芳香族複素環化合物);ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムt−ブトキシド等のアルカリ金属アルコキシド;炭酸水素ナトリウム、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム等のアルカリ金属炭酸塩;リン酸カリウム等のアルカリ金属リン酸塩;水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、及び水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物等を挙げることができる。
【0046】
本発明においては、アルカリ金属の炭酸塩(例えば、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム等、特に炭酸セシウム)が入手が容易であり、その上、これら炭酸塩は反応溶媒に対して溶解度が低く、且つ適度な塩基性を有しているため、モノアリル化反応の促進作用に優れる点で好ましい。
【0047】
塩基の使用量としては、例えば、原料として用いる1,2−ジオール1モルに対して、0.5〜5モル、好ましくは0.8〜3モル、さらに好ましくは1〜2モル程度である。
【0048】
[溶媒]
本発明の反応は溶媒中で実施することが好ましい。反応溶媒としては、反応に関与しないものが好ましく、例えば、DMF(N,N−ジメチルホルムアミド)、NMP(N−メチルピロリドン)、DMSO(ジメチルスルホキシド)、THF(テトラヒドロフラン)、アセトニトリル、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、酢酸、酢酸エチル等の高極性溶媒;ジクロロメタン、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエタン、ジイソプロピルエーテル等の中極性溶媒;トルエン、n−ヘキサン、ヘプタン、クロロホルム、クロロベンゼン等の低極性溶媒等が挙げられる。
【0049】
本発明においては、なかでもジクロロメタン、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエタン、ジイソプロピルエーテル等の中極性溶媒(特に、ジクロロメタン)が基質の溶解性に優れ、反応収率を向上させることができる点で好ましい。
【0050】
本発明の1,2−ジオールのモノアリル化反応は、以下に示されるメカニズムで触媒サイクルが進行すると考えられる。なお、Lnは配位子を示す。また、有機スズ化合物としてR45SnX2で表される有機スズ化合物を使用した場合を記載したが、R67SnOを使用した場合も同様である。
【0051】
【化5】

【0052】
すなわち、
1.(a)は配位交換された後、0価のパラジウム錯体(b)となる。
2.0価のパラジウム錯体(b)はカルボン酸アリルエステルに配位して(c)となり、その後、中間体A(π−アリルパラジウム)を形成する。
3.1,2−ジオール(d)と有機スズ化合物(R45SnX2)とが相互に作用して、中間体Bを形成する。
4.中間体Bは塩基によって脱プロトン化されて中間体Cとなる。
5.中間体Cは中間体Aを求核攻撃し、0価のパラジウム錯体(b)と有機スズ化合物(R45SnX2)とが脱離することにより、1,2−ジオールのモノアリル化体(e)が形成される。
【0053】
本発明においては、中間体A(π−アリルパラジウム)がアリル化剤として作用することにより、1,2−ジオールの一方の水酸基のみをアリル化することができ、モノアリル化体を選択的に合成することができる。
【0054】
本発明の1,2−ジオールのモノアリル化反応において、その反応温度としては、通常0℃から使用する溶媒の沸点まで可能であるが、0℃〜50℃程度、なかでも10℃〜30℃程度が好ましい。また、反応は常圧下で行うことができる。反応時間としては、基質の反応性にもよるが、通常1〜50時間程度である。反応終了後は、溶媒の減圧留去、蒸留、再結晶、クロマトグラフィー等により、目的とするモノアリル化体を単離することができる。
【0055】
本発明に係る1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法は、カルボン酸アリルエステルとパラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体から形成されたπ−アリルパラジウムがアリル化剤として作用するため、高い反応選択性を有し、優れた収率で1,2−ジオールのモノアリル化体を得ることができる。また、保護基による保護−脱保護の手間を省くことができ、アリル化剤として毒性の強い有機ハロゲン化物を使用する必要がないので作業性に優れている。そして、得られたモノアリル化体はアリル基に容易に修飾を施すことができるため非常に利用価値が高い。本発明に係る1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法は、有機合成上、汎用性が高い手法、特にメソ−1,2−ジオールの汎用性の高いモノアリル化法となり得、生体機能分子の合成に大いに寄与するものである。
【実施例】
【0056】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0057】
調製例1(メソ−1,2−シクロオクタンジオールの合成)
水/アセトン混合溶媒(水:アセトン=5:1)60mL中に、50%N−メチルモルホリン−N−オキシド75mmol及びシクロオクタン50mmolを加えて窒素置換し、そこへ4重量%OsO40.5mmolを加えて18時間撹拌した。ここに、水10mLにNa2230.25g及びシリカゲル2.5gを懸濁させたものを加え、10分間撹拌した後、アセトンを減圧留去し、残渣に濃塩酸を加えpH2に調節した。その後、反応液を酢酸エチルで6回抽出し、シリカゲルによって濾過した後、溶媒を減圧留去し、メソ−1,2−シクロオクタンジオールを得た。
【0058】
実施例1
調製例1で得られたメソ−1,2−シクロオクタンジオール0.5mmol(74.1mg)、Cs2CO3 0.75mmol(244.4mg)、Pd(OAc)20.05mmol(11.2mg)、PPh30.05mmol(13.1mg)、Me2SnCl20.05mmol(11.0mg)を加え、無水CH2Cl22mLに溶解させた後、酢酸アリル1.5mmol(161.8μL)を加えて室温で22時間撹拌した。その後、反応液に水を加え、酢酸エチルで3回抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥させて濾過した後、溶媒を減圧留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(商品名「silica gel 60(70−230mesh)」、MERCK社製、展開溶媒;n−ヘキサン:酢酸エチル=10:1)で精製し、メソ−1,2−シクロオクタンジオール モノアリルエーテルを得た(69mg、収率:83%)。
【0059】
実施例2〜33、比較例1〜3
実施例2〜33及び比較例1〜3についても下記表(及び下記)に記載のように条件を変更した以外は実施例1と同様に反応を行った。他の反応条件は、以下の通りである。
カルボン酸アリルエステル:酢酸アリル、1,2−ジオールに対して3.0eq(但し、実施例19〜21、26〜29、31〜33では1,2−ジオールに対して2.0eq)
1,2−ジオールの使用量:0.5mmol
Pd化合物の使用量:1,2−ジオールに対して0.1eq
第3級ホスフィンの使用量:1,2−ジオールに対して0.1eq
有機スズ化合物の使用量:1,2−ジオールに対して0.1eq
塩基の使用量:1,2−ジオールに対して1.5eq
溶媒の使用量:2mL
反応温度:室温
反応時間:22時間
【0060】
原料として用いた1,2−ジオールは、実施例22〜24、33ではラセミ体を、それ以外ではメソ体を用いた。
【0061】
実施例1、25、26、27、28、29、30及び33で得られた生成物(モノアリル化体)の1H−NMRスペクトル(300MHz)の測定結果を以下に示す。
【0062】
実施例1(メソ−1,2−シクロオクタンジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 1.28-2.02(m, 12H), 2.57(s, 1H), 3.48-3.60(m, 1H), 3.84-4.16(m, 3H), 5.10-5.32(m, 2H), 5.82-6.00(m, 1H)
【0063】
実施例25(メソ−1,2−シクロヘプタンジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 1.20-1.92(m, 12H), 2.54(d, J=2.4Hz, 1H), 3.40-3.52(m, 1H), 3.82-4.18(m, 3H), 5.10-5.36(m, 2H), 5.82-6.02(m, 1H)
【0064】
実施例26(メソ−1,2−シクロヘキサンジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 1.40-1.70(m, 5H), 1.70-1.86(m, 2H), 2.27(s, 1H), 3.40-3.48(m, 1H), 3.82(s, 1H), 3.94-4.16(m, 3H), 5.12-5.34(m, 2H), 5.86-6.02(m, 1H)
【0065】
実施例27(メソ−1,2−シクロペンタンジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 1.38-1.92(m, 7H), 3.70-3.80(m, 1H), 3.98-4.16(m, 3H), 5.18-5.32(m, 2H), 5.86-6.04(m, 1H)
【0066】
実施例28(メソ−3,4−ブタンジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 1.00-1.18(m, 6H), 3.38-3.46(m, 1H), 3.82-4.16(m, 4H), 5.12-5.34(m, 2H), 5.86-6.00(m, 1H)
【0067】
実施例29(メソ−シクロヘキセン−4,5−ジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 1.08-1.18(m, 6H), 2.20(s, 1H), 3.18-3.48(m, 1H), 3.82-3.92(m, 1H), 3.92-4.04(m, 1H), 4.04-4.14(m, 1H), 5.14-5.32(m, 2H), 5.84-6.00(m, 1H)
【0068】
実施例30(メソ−2,3−ジヒドロキシ−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 2.88-3.14(m, 5H), 3.76-3.86(m, 1H), 4.06-4.28(m, 3H), 5.14-5.34(m, 2H), 5.86-6.00(m, 1H), 7.00-7.18(m, 4H)
実施例33(ラセミ−1,2−ビス(4−メチルフェニル)−1,2−エタンジオール モノアリルエーテル)
1H-NMR(CDCl3) δ 2.27(d, J=3.6Hz, 6H), 3.53(s, 1H), 3.74-3.88(m, 1H), 3.92-4.02(m, 1H), 4.25(d, J=4.1Hz, 1H), 4.65(d, J=4.2Hz, 1H), 5.12-5.30(m, 2H), 5.84-5.98(m, 1H), 5.84-7.08(m, 8H)
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラジウム化合物に第3級ホスフィンが配位した錯体、有機スズ化合物及び塩基の存在下、下記式(1)
【化1】

(式中、R1、R2は、同一又は異なって、水素原子又は有機基を示す。R1、R2は互いに結合して隣接する2つの炭素原子と共に環を形成していてもよい)
で表される1,2−ジオールをカルボン酸アリルエステルと反応させて下記式(2)
【化2】

(式中、R1、R2は上記に同じ)
で表される化合物を得る1,2−ジオールのモノアリル化体の製造方法。

【公開番号】特開2011−12026(P2011−12026A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−158317(P2009−158317)
【出願日】平成21年7月3日(2009.7.3)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】