説明

Al合金反射膜、反射膜積層体、及び、自動車用灯具、照明具、ならびに、Al合金スパッタリングターゲット

【課題】スパッタリング法により成膜された場合に純Al膜よりも高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性、耐酸性および耐湿性を有し、これにより、保護被膜なしでも反射率低下が起り難いAl合金反射膜、このようなAl合金反射膜を有する反射膜積層体、及び、自動車用灯具、照明具、ならびに、このようなAl合金反射膜を形成することができるAl合金スパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】(1) Sc、Y、La、Gd、Tb、Luの1種以上の元素を合計で0.4〜2.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の粗さが4nm以下であることを特徴とするAl合金反射膜、(2) この反射膜を有している自動車用灯具、照明具、 (3) この反射膜を形成するためのAl合金スパッタリングターゲット等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Al合金反射膜、反射膜積層体、及び、自動車用灯具、照明具、ならびに、Al合金スパッタリングターゲットに関する技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
純Al膜は、自動車用灯具、照明具などの反射膜として使用され、その反射率は88%から90%であり、他の金属材料と比べて高反射率であるという特徴を有する。
【0003】
しかしながら、純Al膜は成膜方法や条件によって、膜表面の粗さが大きくなり、反射率が低下する場合がある。特に、ナノメーター単位の膜厚制御が比較的容易にできるために薄膜を成膜する分野で主流となっているスパッタリング法により純Al膜を成膜すると、純Alスパッタリングターゲットから飛び出してくるAl原子のエネルギーが高いために、基板上に吸着したAl原子は容易に表面拡散する。このため、成膜初期過程であるAlの核発生の数が少なくなり、Alの核が成長してAlの結晶粒になるときに粗大化するため、結晶粒同士が連なって連続膜になるときに純Al膜の表面が粗くなる。反射率は、膜表面の粗さが大きくなると低下するため、成膜条件にもよるが、スパッタリング法により成膜された純Al膜の反射率は85%程度となることが多い。
【0004】
また、純Alは、両性金属であるために酸ならびにアルカリに対する耐食性が低い。特に自動車用灯具用途ではアルカリに対する耐久性が要求される。純Al膜自体は耐アルカリ性不充分のため、本用途ではそのまま反射膜として使用することができず、純Al膜の表面に耐アルカリ性を有する塗料等の被膜を形成して耐アルカリ性を向上させて使用される。
【0005】
しかしながら、この塗料等の保護被膜には透明なものが用いられるが、純Al膜の反射率を低下させることがある。また、保護被膜にピンホール等の欠陥が存在すると、この欠陥部分から純Al膜の腐食が起こり、徐々に反射率の低下を招いてしまう問題がある。このピンホールの問題は、保護被膜を厚くすることで改善することができるが、更なる反射率の低下、生産性の低下およびコストアップを招いてしまうため、あまり有効な手段ではない。
【0006】
レーザー光反射膜用途においては、耐食性に優れ、高反射率を備えた、周期律表のIIIa族、IVa 族、Va族、VIa 族、VIIa族、VIII族の遷移金属元素を添加したAl合金薄膜がある(特開平7−301705号公報参照)。このAl合金は、酸性から中性領域では化学的に安定な不働態を形成するため優れた耐食性を示すとされている。しかしながら、不働態皮膜が溶けることによって腐食が進行するアルカリ性領域での耐食性については全く考慮されていない。そのため、耐アルカリ性が求められる自動車用灯具用途で上記遷移金属元素を添加したAl合金薄膜が使用できるかどうかは不明である。また、Al合金薄膜上に保護被膜を形成したとしても、保護被膜に欠陥等があった場合、この欠陥部分からAlの腐食が起こり、反射率が低下する恐れがある。
【0007】
AlにMgを添加し(Mg:0.1〜15mass%)、耐食性を向上させたAl合金反射膜が提案されている(特開2007−72427号公報参照)。Mgは表面に透明な酸化皮膜を形成するため、アルカリに対する耐食性も向上するが、前記のMg添加量では十分な耐アルカリ性向上効果は得られない。また、Mgは高温多湿環境に暴露すると、徐々に酸化が進行し、Al合金反射膜が透明になってしまう。そのため、高温多湿環境下において、保護被膜に欠陥等があった場合、欠陥部分からAlの腐食や酸化が起こり、反射率が低下する恐れがある。
【0008】
特開2007−72427号公報記載の合金系に、希土類元素を添加することで高温多湿に対する耐環境性を向上させたAl合金反射膜(Mg:0.1〜15mass%+希土類元素:0.1〜5mass%)が提案されている(特開2007−70721号公報参照)。このAl合金反射膜は、希土類元素の添加で熱湿環境下における耐食性は改善されるが、アルカリに対する耐食性向上の観点で合金設計を行なっていないため、耐アルカリ性が殆ど改善されておらず、アルカリ環境下において、保護皮膜に欠陥等があった場合、欠陥部分からAlの腐食や、添加した希土類元素の濃化によるAl膜の変色が起こり、反射率が低下する恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−301705号公報
【特許文献2】特開2007−72427号公報
【特許文献3】特開2007−70721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような事情を鑑みてなされたものであり、その目的は、スパッタリング法により成膜された場合に純Al膜よりも高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性(アルカリに対する耐食性)、耐酸性(酸に対する耐食性)および耐湿性(高温多湿環境での耐性)を有することで保護被膜なしでも長期間反射率低下が起こり難く、仮に保護被膜を形成した場合には、保護被膜に欠陥がある場合でも反射率低下が起り難いAl合金反射膜、このようなAl合金反射膜を有する反射膜積層体、及び、自動車用灯具、照明具、ならびに、このようなAl合金反射膜を形成することができるAl合金スパッタリングターゲットを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。本発明によれば、上記目的を達成することができる。
【0012】
このようにして完成され上記目的を達成することができた本発明は、Al合金反射膜、反射膜積層体、及び、自動車用灯具、照明具、ならびに、Al合金スパッタリングターゲットに係わり、請求項1記載のAl合金反射膜(第1発明に係るAl合金反射膜)、請求項2記載のAl合金反射膜を備えた自動車用灯具、照明具(第2発明に係る自動車用灯具、照明具)、請求項3記載の反射膜積層体(第3発明に係る反射膜積層体)、請求項4記載の反射膜積層体を備えた自動車用灯具、照明具(第4発明に係る自動車用灯具、照明具)、請求項5〜6記載のAl合金スパッタリングターゲット(第5〜第6発明に係るAl合金スパッタリングターゲット)であり、それは次のような構成としたものである。
【0013】
即ち、請求項1記載のAl合金反射膜は、Sc、Y、La、Gd、Tb、Luの1種以上の元素を合計で0.4〜2.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の平均粗さRaが4nm以下であることを特徴とするAl合金反射膜である〔第1発明〕。
【0014】
請求項2記載の自動車用灯具、照明具は、反射膜として請求項1記載のAl合金反射膜を有していることを特徴とする自動車用灯具、照明具である〔第2発明〕。
【0015】
請求項3記載の反射膜積層体は、請求項1記載のAl合金反射膜の上にプラズマ重合膜が形成された反射膜積層体である〔第3発明〕。
【0016】
請求項4記載の自動車用灯具、照明具は、反射膜積層体として請求項3に記載の反射膜積層体を有していることを特徴とする自動車用灯具、照明具である〔第4発明〕。
【0017】
請求項5記載のAl合金スパッタリングターゲットは、請求項1記載のAl合金反射膜を形成するためのAl合金スパッタリングターゲットであって、Sc、Y、La、Gd、Tb、Luの1種以上の元素を合計で0.4〜4.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなることを特徴とするAl合金スパッタリングターゲットである〔第5発明〕。また、請求項6記載のAl合金スパッタリングターゲットは、スプレイフォーミング法により製造された請求項5記載のAl合金スパッタリングターゲットである〔第6発明〕。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るAl合金反射膜は、スパッタリング法により成膜された場合に純Al膜よりも高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性(アルカリに対する耐食性)、耐酸性(酸に対する耐食性)および耐湿性(高温多湿環境での耐性)を有する。そのため、保護被膜を形成せずに反射膜として用いる場合に、スパッタリング法で成膜された純Al膜よりも高い反射率が長期間維持されることが期待される。特にアルカリに対する耐久性が要求される自動車用灯具用途での反射膜として好適に用いることができて有用である。
【0019】
本発明に係るAl合金スパッタリングターゲットによれば、このような本発明に係るAl合金反射膜を形成することができる。
【0020】
また、自動車用灯具用途の中でも曝される環境がより厳しい部位で使用される場合は、Al合金反射膜上に保護被膜としてプラズマ重合膜を形成して使用されることが想定されるが、Al合金反射膜自体の耐久性が高いため、このプラズマ重合膜に多少の欠陥がある場合でも反射率低下が起り難い。よって、本発明に係る反射膜積層体は、このようなAl合金反射膜を有しているので、高い反射率を有すると共に、反射率低下が起り難くて有用である。また、前記のようにプラズマ重合膜が完全無欠なものでなくても良いため、プラズマ重合膜形成に要する時間や手間の削減による生産性の向上、およびコスト削減が期待される。
【0021】
本発明に係る自動車用灯具、照明具は、このような本発明に係るAl合金反射膜または反射膜積層体を有しているので、高い反射率を有すると共に、反射率低下が起り難くて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】純Al膜をスパッタリング法で成膜する際の核および結晶粒成長の概要をモデル的に示す図である。
【図2】Sc〜Lu等の希土類元素を含有するAl合金膜をスパッタリング法で成膜する際の核および結晶粒成長の概要をモデル的に示す図である。
【図3】希土類元素含有率と表面平均粗さの関係を示す図である。
【図4】希土類元素含有率と初期可視光反射率の関係を示す図である。
【図5】反射膜積層体の作製(特にプラズマ重合膜の形成)の際に用いたプラズマCVD装置の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係るAl合金反射膜は、前述の如く、Sc、Y、La、Gd、Tb、Luの1種以上の元素を合計で0.4〜2.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の平均粗さRaが4nm以下であることを特徴とするものである〔第1発明〕。本発明に係るAl合金反射膜は、このような成分組成に特定したことにより、スパッタリング法により成膜された場合でも反射率低下が抑制されて純Al膜よりも高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性(アルカリに対する耐食性)、耐酸性(酸に対する耐食性)および耐湿性(高温多湿環境での耐性)を有している。そのため、保護被膜を形成せずに反射膜として用いる場合に、スパッタリング法で成膜された純Al膜よりも高い反射率が長期間維持される。この詳細を、以下説明する。
【0024】
本発明に係るAl合金反射膜は、Alの耐アルカリ性向上の観点からAlと合金化する希土類元素を選択することにより、耐湿性試験や耐アルカリ性試験、耐酸性試験での膜の反射率低下や膜の変色を抑えることが出来る。また、この希土類元素の含有率を0.4〜2.5at%とすることで、スパッタリング法で成膜された純Al膜よりも高い反射率を呈するAl合金膜を成膜することを可能にする。
【0025】
Alに希土類元素を含有させると、充分に優れた耐湿性が確保でき、また、酸性環境下では、浸漬電位が純Alのときよりも卑な電位となるため、Alが溶解しにくくなり、耐酸性が向上し、充分優れた耐酸性が確保できる。また、アルカリ性環境下では、希土類元素が浸漬電位を卑にすると共に、溶解中に水酸化物としてAl−希土類元素合金(以下、Al−REM合金ともいう)の表面に析出して濃縮し、これが保護膜となって溶解速度が小さくなる。しかしながら、希土類元素の中でも、Eu、Sm、Ybはアルカリに浸漬されるとイオンとなって溶液中に溶解し、Al−REM合金の表面に析出しないので、溶解速度を低減する効果が少ない。このため、溶解速度を低減するのに有効な希土類元素は、Sc,Y,La,Ce,Nd,Pr,Gd,Dy,Tb,Ho,Er,Tm,Luである。更に、これらの元素の中でも、Sc,Y,La,Gd,Tb,Lu(以下、Sc〜Luともいう)が好ましい。このSc〜Luは、Al−REM合金の表面に水酸化物として析出しても着色しにくい元素であるため、アルカリ水溶液に浸漬後も変色が少ない。一方、このSc〜Lu以外のCe等の希土類元素の水酸化物は黄色や褐色等の色をしているので、Al−REM合金の表面に析出して濃縮したときに変色を引き起こす。このような変色は反射膜の外観を損なうため、好ましくない。
【0026】
膜の耐アルカリ性、耐アルカリ性試験後の外観、また成膜に用いるスパッタリングターゲットの製造コストを考慮すると、Alと合金化する元素はY,La,Gd,Tb,Luが好ましく、より好ましくはLa,Gdである。
【0027】
Alをスパッタリング法で成膜する場合、Alは核発生密度が小さいために、表面が粗い膜となり、Al本来の反射率が得られない(図1)。しかしながら、Sc〜Lu等の希土類元素を添加すると、これらの希土類元素は基板上で表面拡散しにくいために基板上でAlの核発生点となり、Alの核発生密度が増加する。このため、核が結晶粒に成長するときに、少し成長すると隣接する結晶粒にぶつかるため、基板面に沿う方向に結晶粒成長できずに微細結晶となり、この結晶粒が膜厚方向に成長するために表面の粗さが小さくなると考えられる(図2)。ひいては、反射率が向上する。即ち、スパッタリング法で成膜する場合でも、反射率低下が抑制されて高い反射率が得られる。しかし、添加した希土類元素が基板上で拡散するためのエネルギーが十分にある場合は、Alの核発生密度が低下し、反射率を損なう懸念がある。具体的には、成膜時のパワーを上げること、基板とターゲット距離を狭めることがスパッタ粒子のエネルギー増加に繋がり表面の粗さを増加させ、反射率が低下する。したがって、成膜条件は使用する装置に応じて適宜変更する必要がある。
【0028】
しかしながら、Sc〜Lu等の希土類元素の含有率を増やしていくと、Al合金膜の反射率そのものが低下するため、これらの希土類元素を添加しすぎると反射率が低下する。本来のAlの反射率88%〜90%を得るためには、Sc〜Lu等の希土類元素の含有率を0.4〜2.5at%とするのが好ましい。0.4at%よりも少ないと、結晶が微細化せず、反射率が向上しないからである。より好ましくは、0.5at%以上である。一方、2.5at%よりも多いと、反射率が88%より低くなってしまうため、Alと合金化させる希土類元素の含有率は2.5at%未満とするのが好ましく、より好ましくは、1at%以下である。
【0029】
上記事項に基づき、本発明に係るAl合金反射膜は、Sc〜Lu(Sc,Y,La,Gd,Tb,Lu)を合計で0.4〜2.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるものとした〔第1発明〕。上記事項からわかるように、本発明に係るAl合金反射膜は、スパッタリング法により成膜された場合でも反射率低下が抑制されて高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性(アルカリに対する耐食性)、耐酸性(酸に対する耐食性)および耐湿性(高温多湿環境での耐性)を有して保護被膜に欠陥がある場合でも反射率低下が起り難い。従って、反射膜として好適に用いることができて有用である。
【0030】
本発明に係るAl合金反射膜は、前述のように、スパッタリング法で成膜する場合でも表面の粗さが小さくなる。具体的には、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の平均粗さRaが4nm以下のものとなる〔第1発明〕。
【0031】
本発明に係るAl合金反射膜の上にプラズマ重合膜を形成して反射膜積層体として用いると耐アルカリ性が向上し、高い反射率がより長期間維持されるため望ましい〔第3発明〕。このとき、プラズマ重合膜の厚さは10〜1000nmとすることが望ましい。プラズマ重合膜の厚さが10nm未満の場合は、膜が連続膜とならない恐れがあり、プラズマ重合膜を積層する意味がなくなる。一方、プラズマ重合膜の厚さが1000nmを超えるとプラズマ重合膜によって反射率の低下が起こるため好ましくない。プラズマ重合膜としては、有機シリコンを原料として形成されたものが好ましい。この有機シリコンとしては、例えば、ヘキサメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシラザン、トリエトキシシラン等がある。
【0032】
本発明に係る自動車用灯具、照明具は、前述のように、反射膜として本発明に係るAl合金反射膜を有していることを特徴とするものであり〔第2発明〕、また、反射膜積層体として本発明の第3発明に係る反射膜積層体(本発明に係るAl合金反射膜を有する)を有していることを特徴とするものである〔第4発明〕。従って、これらは、その構成要素のAl合金反射膜がスパッタリング法により成膜された場合でも反射率低下が抑制されて高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性(アルカリに対する耐食性)、耐酸性(酸に対する耐食性)および耐湿性(高温多湿環境での耐性)を有して保護被膜に欠陥がある場合でも反射率低下が起り難く、このため有用である。
【0033】
本発明に係るAl合金スパッタリングターゲットは、前述のように、Sc,Y,La,Gd,Tb,Luの1種以上の元素を合計で0.4〜4.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなることを特徴とするものである〔第5発明〕。本発明に係るAl合金スパッタリングターゲットによれば、前述のような本発明に係るAl合金反射膜を形成することができる。なお、目的組成のAl合金膜を形成する場合は、収率を考慮してAl合金膜とは異なる組成のAl合金スパッタリングターゲットを準備する必要がある。上記のように、スパッタリングターゲット組成と膜組成が異なる理由として、確かなメカニズムは不明であるが、一旦膜中に取り込まれた希土類元素が新たに飛んできたスパッタ粒子によって再スパッタされると考えられる。検討したGd、Y、Laでは収率がY>Gd>Laの順であり、これは原子半径の序列(Y>Gd>La)と相関が見られる。原子半径が大きいと、面積が大きいため再スパッタされる確率が高くなっていると考えられる。ここで、収率は、収率=〔(Al−REM合金膜中のREM濃度)/(Al−REM合金スパッタリングターゲット中のREM濃度)〕×100(%)である(以下、同様)。
【0034】
前記Al合金スパッタリングターゲットの製造方法としては、特には限定されず、種々の方法を適用することができるが、スプレイフォーミング法を適用することが望ましい。スプレイフォーミング法により製造されたAl合金スパッタリングターゲットは、成分組織の均一性に優れており、ひいては成分組織の均一なAl合金反射膜を形成することができるからである〔第6発明〕。
【実施例】
【0035】
本発明の実施例および比較例を以下説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0036】
(実施例1、比較例1)
DCマグネトロンスパッタリング装置を用いて、表1に示す組成のAl合金膜をガラス基板(コーニング#1737)上にそれぞれ成膜した。この成膜の方法の詳細を以下説明する。
【0037】
Al合金膜形成用のスパッタリングターゲットとして、直径100mm、厚さ5mmの純Alスパッタリングターゲット上に所望金属元素(添加したい金属元素)のチップを貼り付けたスパッタリングターゲットをスパッタリング装置のチャンバー内の電極に取り付けた後、チャンバー内の圧力が1.3×10-3Pa以下になるように排気した。なお、純Al膜を成膜する際は、スパッタリングターゲットして純Alスパッタリングターゲットのみを使用した。
【0038】
次に、Arガスをチャンバー内に導入し、チャンバー内の圧力が2.6×10-1Paとなるように調整した。その後、直流(DC)電源にてスパッタリングターゲットに260Wのパワーを印加してスパッタリングを行い、基板の一面に所望組成のAl合金膜の成膜を行い、試験体を得た。
【0039】
このとき、純Alスパッタリングターゲット上に貼り付けるチップの金属元素種と枚数を変えることにより、Al合金膜の組成を変え、成膜時間を調整して膜厚を150nmとした。
【0040】
このような成膜で得られたAl合金膜試験体に対して、下記の方法にて組成分析、反射率測定、粗さ測定を行い、耐湿性試験および耐アルカリ性試験−1にて耐久性評価を行った。
【0041】
<組成分析>
Al合金膜の組成は、ICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法によって調べた。即ち、Al合金膜を溶解できる酸を用いて試験体を溶解し、得られた溶解液中のAlと添加元素の量をICP発光分析法により測定し、それを100%に規格化してAl合金膜の組成とした(単位はat%とした)。
【0042】
<可視光反射率測定>
ガラス基板に成膜した試験体に対して、波長が250nm〜800nmの範囲の反射率を測定し、JIS 3106に従って可視光反射率を算出した。
【0043】
<粗さ測定>
ガラス基板に成膜した試験体を用いて粗さ測定を行なった。粗さは、原子間力顕微鏡を用いて試験体表面の粗さ形状を観察し、その平均粗さRaとして算出した。
【0044】
<耐湿性試験>
ガラス基板上の成膜した試験体を55℃・95RH%に保持した炉内に240時間保持した後、炉内から取り出した。その後、蛍光灯下における室内照度320ルックスの環境にて反射膜積層体の反射膜を蛍光灯側に向けるようにかざし、光の透過の有無を目視にて観察する光透過試験を行なった。耐湿性試験後に光の透過が認められなかったものを「○」、光の透過が認められたものを「×」とし、「○」を合格と判断した。
【0045】
<耐アルカリ性試験−1>
ガラス基板上の成膜した試験体を1wt%KOH水溶液中に10分間浸漬させ、その後、水洗し、乾燥させた後、蛍光灯下における室内照度320ルックスの環境にて反射膜積層体の反射膜を蛍光灯側に向けるようにかざし、光の透過の有無を目視にて観察した。また、前記条件下で、膜の変色の有無を目視にて観察した。耐アルカリ性試験−1後に光の透過が認められなかったものを「○」、一部で光の透過が認められたものを「△」、ほぼ全面が透明化したものを「×」とした。また、膜の変色が認められなかったものを「○」、変色が認められたものを「×」とした。光の透過および膜の変色のいずれもが「○」を合格と判断した。
【0046】
上記測定及び耐アルカリ試験−1の結果を表1に示す。即ち、各試験体の膜組成、希土類元素含有率、初期可視光反射率、平均粗さ、各反射膜積層体の反射膜の耐湿性試験、耐アルカリ性試験結果を、表1に示す。また、希土類元素含有率と原子間力顕微鏡で測定した平均粗さの関係を図3に示す。更に、希土類元素含有率と初期可視光反射率の関係を図4に示す。なお、図3および4において×印は本発明の第1発明の要件を満たさないものについてのデータであり、○印は本発明の第1発明の要件を満たすものについてのデータである。
【0047】
図3および4からわかるように、本発明の第1発明の要件を満たさないものは、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の平均粗さが4nm超となり、初期可視光反射率が88%未満に低下してしまうのに対して、本発明の第1発明の要件を満たすものは、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の平均粗さが4nm以下であり、初期可視光反射率が88以上を示す。
【0048】
表1からわかるように、比較例1−1は純Al膜であり、スパッタリング成膜した膜は、表面が粗くなるため、反射率は理論反射率の88%よりも小さくなる。また、耐アルカリ性試験−1後に膜のほぼ全面が溶解して膜の透明化が認められた。
【0049】
また、比較例1−2のように、希土類組成がSc〜Lu(Sc,Y,La,Gd,Tb,Lu)の1種であっても、その添加量が0.4at%未満だと、Al結晶粒微細化効果が得られないため、表面が粗くなり、反射率が88%未満を示す。また、耐アルカリ性も不十分であり、耐アルカリ性試験−1後に膜の一部で光の透過が認められた。
【0050】
比較例1−3は希土類組成がSc〜Luの1種であっても、その添加量が2.5at%よりも多いため、Al合金膜の反射率が88%未満を示す。
【0051】
比較例1−4は希土類量が請求項範囲内であるが、平均粗さが4nm超であり、初期反射率が88%未満を示す。これはパワーを500W、基板―ターゲット距離を45mmとしたため、スパッタ粒子のエネルギーが増加し核発生密度が低下したと考えられる。
【0052】
比較例1−5は、本発明の第1発明の要件を満たしておらず、合金元素として、耐アルカリ性試験でAl膜を変色させる希土類元素を選択しているため、耐アルカリ性試験−1後に光の透過は認められなかったものの、膜のほぼ全面に変色が認められた。
【0053】
比較例1−6は、合金元素としてMgを添加したものであり、耐湿性試験で膜の透明化が起こって耐湿性試験後に光の透過が認められ、また、耐アルカリ性試験−1後に膜のほぼ全面が溶解して膜の透明化が認められた。
【0054】
比較例1−7は、本発明の第1発明の要件を満たしておらず、合金元素として、耐アルカリ性に効果のない希土類元素を選択しているため、耐アルカリ性試験−1に膜のほぼ全面が溶解して膜の透明化が認められた。
【0055】
本発明の実施例である実施例1−1〜10は、Al合金膜が本発明の第1発明の要件を満たしており、高い耐久性を有し、耐湿性試験および耐アルカリ性試験−1によっても膜の透明化や変色が認められなかった。
【0056】
(実施例2、比較例2)
実施例1と同様の各種Al合金膜を形成した試験体を作製し、これらを用いて反射膜積層体を作製した。この作製の方法の詳細を以下説明する。前記成膜で得られた試験体を図3に示すようなプラズマCVD 装置のチャンバー内に設置し、チャンバー内を1.3×10−3Pa以下となるように真空に引いた。その後、前記装置中のバブラーとチャンバー間のニードルバルブを開いてバブラー内の有機シリコンの蒸気をチャンバー内に導入し、ニードルバルブの開閉度を調整することにより、チャンバー内圧力を1.3Paとした。その後、チャンバー内の上部電極にRFを印加し、200 Wのパワーでプラズマを発生させ、試験体上に厚さ40nmのプラズマ重合膜を形成して反射膜積層体を得た。なお、上記有機シリコンとしては、ヘキサメチルジシロキサンを用いた。
【0057】
このようにして得られた反射膜積層体に対して、耐アルカリ性試験−2、耐酸性試験を行なった。これらの試験は、下記方法で行なった。
【0058】
<耐アルカリ性試験−2>
反射膜積層体を1wt%KOH水溶液中に60分間浸漬させ、その後、水洗し、乾燥させた後、蛍光灯下における室内照度320ルックスの環境にて反射膜積層体の反射膜を蛍光灯側に向けるようにかざし、光の透過の有無を目視にて観察した。また、前記条件下で、膜の変色の有無を目視にて観察した。耐アルカリ性試験−2後に光の透過が認められなかったものを「○」、光の透過が認められたものを「×」とした。また、膜の変色が認められなかったものを「○」、変色が認められたものを「×」とした。光の透過および膜の変色のいずれもが「○」を合格と判断した。
【0059】
<耐酸性試験>
反射膜積層体を1wt%H2SO4 水溶液中に30分間浸積し、その後、水洗、乾燥させた後、蛍光灯下における室内照度320ルックスの環境にて反射膜積層体の反射膜を蛍光灯側に向けるようにかざし、光の透過の有無を目視にて観察した。また、前記条件下で、膜の変色の有無を目視にて観察した。耐酸性試験後に光の透過が認められなかったもの「○」、光の透過が認められたものを「×」とし、「○」を合格と判断した。
【0060】
上記耐アルカリ試験−2および耐酸性試験の結果を表2に示す。比較例2−1、6、7は、Al合金膜が本発明の第1発明の要件を満たしておらず、その上にプラズマ重合膜の保護被膜を形成した場合でも耐アルカリ試験−2後に光の透過が認められた。これは、保護被膜にピンホールが存在し、その部分を基点としてAl合金膜の腐食が発生したためと考えられる。
【0061】
比較例2−5は、Al合金膜が本発明の第1発明の要件を満たしておらず、合金元素として、耐アルカリ性試験でAl膜を変色させる希土類元素を選択しているため、耐アルカリ性試験−2後に光の透過は認められなかったものの、膜表面の一部分の変色が認められた。
【0062】
本発明の実施例である実施例2−1〜10は、Al合金膜自体が高い耐久性を有し、また、その上に保護被膜を形成することで非常に厳しい耐アルカリ性試験−2後でも光の透過および膜の変色は認められなかった。また、耐酸性試験後の光の透過も認められなかった。従って、保護被膜にピンホールがあった場合でも、膜の劣化や反射率の低下を抑制することができるため、反射膜として好適に使用することが出来る。
【0063】
(実施例3、比較例3)
Al合金膜形成用のスパッタリングターゲットの実施例を以下説明する。
【0064】
スプレイフォーミング法によって各種組成のAl−Y合金、Al―La合金およびAl―Gd合金スパッタリングターゲット(直径100mm、厚さ5mm)を作製し、実施例1および2と同装置および同方法にてガラス基板上に150nmの厚さのAl合金膜を形成し、試験体を得た。このようにして得られたAl合金膜試験体に対して、前記組成分析を行って膜の合金組成を測定し、また前記可視光反射率測定方法によってAl合金膜試験体の可視光反射率を求めた。
【0065】
用いたAl合金ターゲット組成、Al合金膜組成測定結果および可視光反射率測定結果を表3に示す。
【0066】
比較例3−1および2は、Al合金スパッタリングターゲットの組成が本発明の規定範囲よりも高い値であるため、Al合金膜中の希土類元素の濃度が高く、初期の可視光反射率が88%よりも小さくなる。
【0067】
一方、本発明の実施例である実施例3―1〜3−5は、Al合金スパッタリングターゲットの組成が本発明の規定範囲内であるので、これを用いて成膜したAl合金膜の組成も本発明の規定範囲内であるため、Al合金膜の可視光反射率が88%以上の高い値となっている。従って、Al合金スパッタリングターゲットの組成を本発明の規定範囲内に調整することによって、88%以上の高い可視光反射率を有するAl合金膜を形成することができる。
【0068】
【表1】

【0069】
【表2】

【0070】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係るAl合金反射膜は、スパッタリング法により成膜された場合でも反射率低下が抑制されて高い反射率を有すると共に、優れた耐アルカリ性(アルカリに対する耐食性)、耐酸性(酸に対する耐食性)および耐湿性(高温多湿環境での耐性)を有して保護被膜に欠陥がある場合でも反射率低下が起り難いので、反射膜として好適に用いることができ、その際、耐久性向上が図れて有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sc、Y、La、Gd、Tb、Luの1種以上の元素を合計で0.4〜2.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、原子間力顕微鏡で測定した膜表面の平均粗さRaが4nm以下であることを特徴とするAl合金反射膜。
【請求項2】
反射膜として請求項1記載のAl合金反射膜を有していることを特徴とする自動車用灯具、照明具。
【請求項3】
請求項1記載のAl合金反射膜の上にプラズマ重合膜が形成された反射膜積層体。
【請求項4】
反射膜積層体として請求項3に記載の反射膜積層体を有していることを特徴とする自動車用灯具、照明具。
【請求項5】
請求項1記載のAl合金反射膜を形成するためのAl合金スパッタリングターゲットであって、Sc、Y、La、Gd、Tb、Luの1種以上の元素を合計で0.4〜4.5at%含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなることを特徴とするAl合金スパッタリングターゲット。
【請求項6】
スプレイフォーミング法により製造された請求項5記載のAl合金スパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−21275(P2011−21275A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−134874(P2010−134874)
【出願日】平成22年6月14日(2010.6.14)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】