説明

CVD装置及び超電導薄膜の成膜方法

【課題】 成長領域に供給された原料ガスが予熱領域へ侵入するのを防ぎ、均質で安定した組成の超電導薄膜を成膜可能なCVD装置、及びその成膜方法を提供する。
【解決手段】 2枚の遮蔽板によってテープ状基材の走行方向に3分割された反応室と、これら2枚の遮蔽板で挟まれた成長領域に原料ガスを噴出する原料ガス噴出部と、反応室内のガスを排気するガス排気部と、テープ状基材を加熱するサセプタと、遮蔽板とサセプタの間に形成されたテープ状基材が走行するための開口部を備え、反応室内でサセプタ直上を走行するテープ状基材の表面に原料ガスを供給し化学反応させることにより、このテープ状基材の表面に超電導薄膜を成膜するCVD装置において、サセプタに略直角に遮蔽ガスを噴出する遮蔽ガス噴出部を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導薄膜をテープ状基材の表面に形成するCVD装置及びCVD装置を用いた超電導薄膜の成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高温超電導体の一種として、イットリウム(Y)に代表される希土類(RE)元素の酸化物によるRE系超電導体(REBCO)が知られている。このREBCO薄膜の形成には、例えば、基材の表面に原料ガスを供給し化学反応させることにより超電導薄膜を形成させる化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition:CVD)が利用されている。
【0003】
超電導線材の製造工程においては、CVD装置の反応室内で長尺のテープ状基材を一定速度(1〜100m/h)で走行させながら、このテープ状基材の表面に原料ガスを供給し化学反応させることにより超電導薄膜を形成する。例えば、化学式YBaCu7−yで示されるY系超電導体(YBCO)の薄膜を形成する場合には、Y、Ba、Cuそれぞれのβジケトン金属錯体をテトラヒドロフラン(THF)などに溶解させ、これらの溶液を所定量ずつ混合して気化した原料ガスを基材の表面に吹き付けて超電導薄膜を成長させる。
【0004】
このCVD法による超電導薄膜の形成は、温度に非常に敏感である。従って、超電導薄膜を成長させる間は、反応室内での基材表面温度を好ましい値(以下、成膜温度)に安定に保ち、また、その前後では、基材表面温度を徐々に上昇、下降させる必要がある。例えば、YBCO薄膜を成膜する場合の成膜温度は700〜800℃である。
【0005】
図6は、従来のCVD装置の反応室の構成を示した断面図である。
図6に示すように、反応室10は、その内部をテープ状基材50の走行方向に3分割する遮蔽板12、走行するテープ状基材50を加熱するサセプタ13、反応室10に超電導薄膜の原料ガスを噴出する原料ガス噴出部11、サセプタ13の両脇に設けられた図示略の排気口などを備えている。
このように、以前より、反応室10内に2枚の遮蔽板12を設け、テープ状基材50の表面に超電導層の成膜を行う中央の成長領域A2と、その前後で予熱及び除冷を行う基材導入領域A1及び基材導出領域A3(これらの2領域を併せて予熱領域と呼ぶ)とに分割し、それぞれの領域でテープ状基材50の表面温度を制御することが行われている(例えば、特許文献1)。また、この予熱領域A1、A3に不活性ガスを供給することで、予熱領域A1、A3における不要な成膜を抑える技術が提案されている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−073151号公報
【特許文献2】特開平5−44043号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のCVD装置の構成では、テープ状基材が通過するために設けられた隙間などから原料ガスが予熱領域へ入り込む可能性が高い。そして、予熱領域へ侵入した原料ガスにより基材の表面に不純物が形成されると、この不純物が成長領域での超電導薄膜の形成にまで悪影響を及ぼして、超電導性能の低下につながるという問題がある。
【0008】
本発明は、成長領域に供給された原料ガスが予熱領域へ侵入するのを防ぐことにより、均質で安定した組成の超電導薄膜を成膜可能なCVD装置及びこれを用いた超電導薄膜の成膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、上記目的を達成するためになされたもので、
2枚の遮蔽板によってテープ状基材の走行方向に3分割された反応室と、前記2枚の遮蔽板で挟まれた成長領域に原料ガスを噴出する原料ガス噴出部と、前記反応室内のガスを排気するガス排気部と、テープ状基材を加熱するサセプタと、前記遮蔽板と前記サセプタとの間に形成された前記テープ状基材が通過するための開口部とを備え、前記反応室内で前記サセプタの直上を走行するテープ状基材の表面に原料ガスを供給し化学反応させることにより、このテープ状基材の表面に超電導薄膜を成膜するCVD装置において、
前記サセプタに略直角に遮蔽ガスを噴出し、前記開口部を介してガスが流出入するのを遮断する遮蔽ガス噴出部を備えたことを特徴としている。ここで、略直角とは、サセプタに対し垂直、或いは、遮蔽板の面内で僅かに傾いた角度であることを示し、遮蔽ガスによって開口部を遮断することができる角度である。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のCVD装置において、前記遮蔽板は、その下端面が前記テープ状基材の走行面に対して所定間隔だけ離間して設けられ、
前記遮蔽ガス供給部のガス噴出口は、前記遮蔽板の下端面に設けられていることを特徴としている。
【0011】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のCVD装置において、前記ガス排気部の排気口は、前記成長領域における前記テープ状基材の走行路の両側に設けられていることを特徴としている。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載のCVD装置において、前記排気口は、前記走行路と平行に、前記成長領域と略同一の長さで設けられていることを特徴としている。ここで、略同一とは、両遮蔽板の間隔と同一、或いは、僅かに短いことを示す。
【0013】
請求項5に記載の発明は、請求項1から4のいずれか一項に記載のCVD装置において、前記遮蔽ガス噴出部は、前記原料ガスを前記反応室へ送るキャリアガスと同一の不活性ガスを噴出することを特徴としている。
【0014】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載のCVD装置において、前記遮蔽ガス噴出部は、前記不活性ガスとしてアルゴンガスを噴出することを特徴としている。
【0015】
請求項7に記載の発明は、請求項1から6のいずれか一項に記載のCVD装置を用いた超電導薄膜の成膜方法において、前記原料ガス噴出部による原料ガスの噴出量、前記遮蔽ガス噴出部による遮蔽ガスの噴出量、及び前記ガス排気部の排気量を制御することにより、前記成長領域の両端からそれぞれ5mm内側に入った位置における前記超電導薄膜の成長速度を、前記成長領域の両端10mmを除く成長領域内での成長速度の平均の1/10以下とすることを特徴とする超電導薄膜の成膜方法である。
【0016】
以下、本発明を完成するに至った経緯について説明する。
本発明者等が図6に示した従来のCVD装置を用いてテープ状基材50にYBCO薄膜を成膜したところ、成長領域A2においてテープ状基材50の表面温度が適切に制御されていたにもかかわらず、成膜されたYBCO薄膜で所望の特性が得られなかった。そこで、従来のCVD装置を用いた場合に、YBCO薄膜がどの領域で成膜されるかを調査した。
【0017】
[実験1]
実験1では、反応室10内にテープ状基材50を静止させた状態で配置し、この表面に、成長領域A2の中央部での厚さが1μmとなるまでYBCO薄膜を成長させた。そして、YBCO薄膜(成長層)の成膜状態を目視で確認した。その結果、黒色の成長層は、成長領域A2内だけではなく、予熱領域A1、A3(遮蔽板12の外面(予熱領域A1又はA3側の面)から15mmの領域)でも形成されることが明らかになった。
【0018】
また、形成された成長層におけるY、Ba、およびCuの組成を分析した結果、予熱領域A1又はA3で形成された成長層の組成は、超電導体となりうるYBCOの組成から大きくずれていることが判明した。具体的には、BaとYの組成比Ba/Y、及び、CuとYの組成比Cu/Yの値がいずれも得られるべき値よりも低下しており、特に、組成比Cu/Yが顕著に低下していた。
つまり、従来のCVD装置では、予熱領域A1、A3で不純物の層(遷移層)が形成されているという結果が得られた。
【0019】
これより、本発明者等は、この遷移層が成長領域A2でのYBCO薄膜の形成にまで悪影響を及ぼすため、超電導特性(Ic特性)が劣化するのではないかと推測した。また、従来のCVD装置においては、成長領域A2と予熱領域A1、A3の境界にテープ状基材50が通過するための開口部が設けられているため、原料ガスは主にこの開口部を通って予熱領域A1、A3へ流出していると考えた。
かかる知見に基づいて実験を重ね、成長領域A2と予熱領域A1、A3の境界(遮蔽板12の位置)において、テープ状基材50が通過するための開口部を塞ぐように遮蔽ガス(不活性ガス)を噴出することにより、原料ガスの予熱領域A1、A3への流出を防止することを案出した。
【0020】
[実験2]
実験2では、成長領域A2と予熱領域A1、A3の境界においてサセプタ13(テープ状基材50)に向けて遮蔽ガスを噴出しながら、実験1と同様にしてYBCO薄膜を成長させた。そして、YBCO薄膜(成長層)の成膜状態を目視で確認した。その結果、黒色の成長層は、成長領域A2内だけではなく、予熱領域A1、A3(遮蔽板12の外面から1mmの領域)でもわずかに形成されていた。
つまり、反応領域A2と予熱領域A1、A3の境界に遮蔽ガスを噴出することで、原料ガスが予熱領域A1、A3に流出するのを効果的に抑制できる(遷移層の生成が低減される)が、さらに改良の余地があることが確認された。
【0021】
本発明者等は、従来のCVD装置では、サセプタ13に沿って広範にわたる排気口が設けられているため、噴出した遮蔽ガスが予熱領域A1、A3側に流れて排気される可能性があり、この遮蔽ガスの流れに伴い、原料ガスが予熱領域A1、A3にわずかに流出するために、予熱領域A1、A3で遷移層が形成されるのではないかと推測した。
かかる知見に基づいて実験を重ね、噴出した遮蔽ガスが成長領域A2の側から排気される構造とする、具体的には排気口を成長領域A2に対応する位置に成長領域A2と略同一の長さで設けることにより、原料ガスの予熱領域A1、A3への流出を防止することを案出した。
【0022】
[実験3]
実験3では、排気口の両端が成長領域A2の両端から5mm内側となるように排気口の一部(主に予熱領域A1、A3に対応する部分)を蓋材で塞ぎ、実験2と同様にしてYBCO薄膜を成長させた。そして、YBCO薄膜(成長層)の成膜状態を目視で観察したところ、黒色の成長層は成長領域A2内でだけ形成されており、遮蔽板12の内面(成長領域A2側の面)から1mmの領域にすら形成されていなかった。
【0023】
本発明は、上述した実験1〜3で示すように本発明者等が鋭意検討を重ね、さらにテープ状基材50を走行させながらYBCO薄膜を成膜したときの有効性を確認して完成されたものであり、均質で安定した組成の超電導薄膜を成膜するにあたり極めて有用な技術である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、基材導入部及び基材導出部への原料ガスの侵入を防ぐことによって不純物の形成を抑えることができるので、基材の表面に均質で安定した組成のY系超電導薄膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施形態に係るCVD装置の概略構成を示す図である。
【図2】反応室の構造を具体的に示す斜視図である。
【図3】反応室の内部構造を示す平面図である。
【図4】反応室の断面構造を模式的に示す図である。
【図5】反応室内で期待される超電導薄膜の成長率を示す説明図である。
【図6】従来のCVD装置の反応室の構造を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態のCVD装置の概略構成を示す図である。
本実施形態のCVD装置1は、テープ状基材50を巻き取り走行させる基材搬送部40と、超電導薄膜の原料を供給する原料溶液供給部30と、原料溶液を気化させて反応室10へ供給する気化器20と、テープ状基材50の表面に超電導薄膜を形成する反応室10と、不活性ガスを反応室10へ供給する遮蔽ガス供給部60などを備えている。
【0027】
原料溶液供給部30は、テープ状基材50の表面に形成される薄膜の原料溶液(例えば、YBCOの原料であるY、Ba、Cuのジケトンによるそれぞれの金属錯体を適宜な分量のテトラヒドロフラン(THF)に溶解させた溶液)を各々所定の分量ずつ混合して気化器20へと供給する。
気化器20は、原料溶液供給部30から供給された原料溶液をキャリアガスとしてのArとともに噴霧させたのちに加熱して気化させる。その後、気化した原料ガスをOと混合して、反応室10へと供給する。
反応室10は、内部を走行するテープ状基材50の表面に気化器20から供給された原料ガスを吹き付けて、テープ状基材の表面に成膜を行う。反応室10の内部の構成に関しては、後に詳述する。
基材搬送部40は、テープ状基材50を往復搬送可能に構成されており、反応室10内においてテープ状基材50を所定速度で搬送する。
遮蔽ガス供給部60は、反応室10に遮蔽ガスとしての不活性ガスを供給する。反応室10において、この不活性ガスが後述する遮蔽ガスの吹き出し口12aから噴出され、超電導薄膜を成膜する成長領域と隣接する領域との境界にガスカーテンが形成される。遮蔽ガスとしての不活性ガスの種類は、特に制限されるものではないが、本実施形態ではArを用いる。
テープ状基材50は、幅10mm程度のテープ形状を有し、例えば、金属基板上に超電導体の結晶粒を二軸配向して成膜させるための中間層が設けられたものが用いられる。
【0028】
図2は反応室10の構造を具体的に示す斜視図、図3は反応室10内部の平面図、図4は反応室10の基材走行方向に沿った断面構造を模式的に示す図である。なお、図示を省略するが、反応室10は横長の直方体形状を有しているものとする。また、図2では、反応室10の上壁(以下、反応室上壁)16が左側半分のみ描かれており、右側半分は省略されている。
【0029】
図2〜4に示すように、反応室10の底壁(以下、反応室底壁)17には、テープ状基材50の走行方向に延びるサセプタ13が設けられている。サセプタ13は、走行するテープ状基材50を加熱する熱伝導プレートであり、テープ状基材50の表面を反応室内で適切な温度に保つように図示略のヒータにより所定の温度に加熱される。
サセプタ13の寸法は適宜設計されるが、ここではサセプタ13の長さを450mm、幅を65mmとする。サセプタ13の幅方向の略中央10mmの領域をテープ状基材50が走行することとなる。
【0030】
反応室上壁16には、サセプタ13とほぼ同一幅で矩形状の2枚の遮蔽板12、12が垂直に取り付けられている。遮蔽板12、12は、その下端面がサセプタ13の上面(テープ状基材50の走行面)に対して所定間隔だけ離間して設けられており、この間隙をテープ状基材50が通行可能となっている。
遮蔽板12の寸法及び取付態様は適宜設計されるが、ここでは遮蔽板12の幅を63mm、厚さを4.5mmとする。また、遮蔽板12、12の間隔(内面間の距離)を200mmとし、サセプタ13の上面と遮蔽板12の下端面との離間距離を5mmとする。
【0031】
サセプタ13の上部は、2枚の遮蔽板12、12によって、テープ状基材50が反応室10へ進入する基材導入領域A1と、テープ状基材50の表面に超電導薄膜を成長させる成長領域A2と、テープ状基材50が反応室10から外部へ送りだされる基材導出領域A3に分割される。遮蔽板12、12が200mm間隔で設けられているので、成長領域A2の長さが200mmとなり、基材導入領域A1及び基材導出領域A3の長さがそれぞれ約120mmとなる。
反応室上壁16の成長領域A2に対応する部分(長さ200mm)には、テープ状基材50と略同一幅の開口部16aが設けられており、気化器20から供給された原料ガスは、この開口部16aを介して成長領域A2のみに噴出されるようになっている(図4の原料ガス噴出部11)。
【0032】
本実施形態では、遮蔽板12、12は、遮蔽ガス供給部60から供給されて遮蔽ガス通気孔14を通過した遮蔽ガスを上端から導入して下端からテープ状基材50へと吹き出す中空の構造となっている。具体的には、図2に示すように、遮蔽ガス通気孔14から導入された遮蔽ガスがサセプタ13の横幅に広がって噴出されるように、遮蔽板12の下端面に遮蔽ガスの出口(吹き出し口)12aが形成されている。ここでは、遮蔽ガスの吹き出し口12aは遮蔽板12の下端面より一回り小さく、横60mm×縦2mmとする。
つまり、図3に示すように、遮蔽ガスの吹き出し口12aは、横幅に対して縦幅(テープ状基材50の走行方向の厚み)が比較的薄く設定されている。そして、この矩形に設定された吹き出し口12aから、遮蔽板12の真下の領域に遮蔽ガスをカーテン状に吹きつけることが可能となっている。
【0033】
また、反応室底壁17の成長領域A2の両脇に位置する部分には、サセプタ13(テープ状基材50の走行路)に平行して2条の排気口15、15が設けられている。これらの排気口15、15は、何れも図示略の排気ポンプに接続されており、反応室10の内部の原料ガス、キャリアガス、及び、遮蔽ガスを所定の速度で排気する。
この排気口15は、遮蔽ガスができる限り成長領域A2の内側に大きく入り込まずにテープ状基材50の走行路の両脇に向かって流れ、排気口15の両端部から排出される配置及び形状とするのが望ましい。従って、本実施形態では、排気口15の長さを190mm(成長領域A2より両端で5mmずつ合計10mm短い)とし、成長領域A2の長さより僅かに短く設定している。或いは、成長領域A2の長さと同一であっても良い。また、排気口15の幅を40mmとし、その中心線102は、サセプタ13の中心線101から100mm離れた位置とする。
【0034】
本実施形態では、超電導薄膜の成膜時に、遮蔽板12の下端に形成された吹き出し口12aから遮蔽ガスをカーテン状に噴出し、原料ガスが成長領域A2から基材導入領域A1又は基材導出領域A3に流出しないようにしている。
遮蔽板12下端面の吹き出し口12aから吹き出した遮蔽ガスは、テープ状基材50の上から遮蔽板12の下部をテープ状基材50の走行方向とほぼ垂直に排気口15へと向かい、排出される。この遮蔽ガスの流れによって、原料ガスが成長領域A2の両端部及び予熱領域A1、A3へ侵入することを防ぐことができる。また、キャリアガスと遮蔽ガスに同一種のArを利用することによって、異なる気体の間での相互作用などを考慮する必要がなくなり、簡便な構成とすることができる。
【0035】
ここで、遮蔽板12下端面の吹き出し口12aから吹き出した遮蔽ガスの流れは、主に原料ガス及びキャリアガスの供給量と、遮蔽ガスの供給量と、排気口15からの排気量とのバランスによって決定される。
原料ガス及びキャリアガスの供給量と比較して遮蔽ガスの供給量及び排気量が多い場合には、遮蔽ガスが成長領域A2内に大きく侵入できる状況となり、テープ状基材50の走行方向への対流が生じたり、テープ状基材50の表面への原料ガスの到達が妨げられたりする。その結果、成長領域A2における超電導薄膜の成長が妨げられることになる。
一方、遮蔽ガスの供給量が原料ガス及びキャリアガスの供給量や排気量に比べて非常に少ない場合は、遮蔽ガスによる遮断効果が十分に得られなくなる。そして、原料ガスが拡散効果等によって予熱領域A1、A3へ僅かに入り込み不純物が形成される虞がある。
従って、原料ガス及びキャリアガスの供給量、遮蔽ガスの供給量、及び排気量のバランスは、適切に設定されなければならない。また、遮蔽ガスの吹き出し速度や、遮蔽ガスの吹き出し口からテープ状基材50までの距離といったパラメータも適切に設定する必要がある。
【0036】
これらのパラメータが適切に設定されていれば、遮蔽板12に沿って成長領域A2と予熱領域A1、A3との境界に薄い遮蔽ガスの層が形成され、予熱領域A1、A3及び成長領域A2の端部における超電導薄膜の成長率が十分に低下すると考えられる。
そこで、実際に超電導薄膜の成長率を測定し、その結果に基づいて各種パラメータを適切に制御することが可能となる。例えば、図5に示すように、超電導薄膜の成長速度が、成長領域A2内で大きく、予熱領域A1、A3内ではほぼゼロとなるようにし、成長領域A2の両端からそれぞれ5mm内側に入った位置における成長速度G、Gが、成長領域A2の両端10mmを除く成長領域A2内での成長速度の平均値GAVの1/10以下となるようにすれば、適切な制御ができているといえる。
【0037】
[第1実施例]
第1実施例では、図2〜4に示した反応室10を備えたCVD装置を用いてYBCO薄膜の成膜を行った。具体的には、幅10mmのテープ状基材50を用い、成長領域A2におけるサセプタ温度をおよそ920℃とした。原料ガスとキャリアガス(Ar)、遮蔽ガス(Ar)は、それぞれ1.0slm(standard litre per minute,0℃1気圧での流量)、0.5slmの割合で供給され、また、成長領域A2内の気圧を1.3kPaに保つように排気口15から排気を行った。そして、上記した条件下で、テープ状基材50を移動速度10m/hで反応室10内を2.5回往復させることにより、テープ状基材50の表面に膜厚0.8μmのYBCO薄膜を形成した。
【0038】
[第2実施例]
第2実施例では、反応室10における排気口15の長さを従来のCVD装置と同様にほぼサセプタ13の長さと等しい400mmとし、成長領域A2の両脇だけではなく、予熱領域A1、A3の両脇にも設けられている構成とした。CVD装置のその他の構成は、第1実施例と同様である。このCVD装置を用いて、第1実施例と同一の成膜過程により0.8μmのYBCO薄膜を形成した。
【0039】
[第1比較例]
一方、第1比較例では、第2実施例と同様のCVD装置を用い、遮蔽ガスの噴出を行わずに0.8μmのYBCO薄膜を形成した。
[第2比較例]
また、第2比較例では、第2実施例と同様のCVD装置を用い、0.4slmのArと0.1slmのOとを混合した遮蔽ガスを噴出させて、0.8μmのYBCO薄膜を形成した。
【0040】
形成されたこれらのYBCO薄膜の臨界電流値Icを77K、0Tの条件下で測定したところ、第1、第2比較例では臨界電流値Icが0となり、すなわち、全く超電導性を示さなかった。これに対し、第1実施例における臨界電流値Icは135Aであった。従って、この第1実施例の実施形態により超電導特性は大きく改善されることが確認された。また、この第1実施例では、テープ状基材50を走行させながらの成膜で、上述の実験3において静止状態のテープ状基材50上に形成された超電導薄膜の臨界電流値Ic(155A)とほぼ同等の結果が得られることも示された。
一方、第2実施例における臨界電流値Icは18Aであった。従って、遮蔽ガスを供給するだけでも原料ガスの予熱領域A1、A3への流出を防ぎ、超電導特性を改善する効果を得られることが確認された。また、遮蔽ガスとしては不活性ガスを用いる必要があることも同時に示された。
【0041】
以上のように、2枚の遮蔽板12、12によってテープ状基材の走行方向にサセプタ13の上部を3分割し、これら2枚の遮蔽板12、12に挟まれた成長領域A2に原料ガスを噴出する原料ガス噴出部11と、反応室10内のガスを排気する排気口15とを備え、反応室内を走行するテープ状基材50の表面に原料ガスを供給して化学反応させることによりこのテープ状基材50の表面に超電導薄膜を成膜するCVD装置において、成長領域A2の両端部で遮蔽ガス吹き出し口12aから遮蔽ガスとしてのArガスを遮蔽板12の開口部を塞ぐように噴出し、成長領域A2と予熱領域A1、A3との間でのガスの流出入を遮断する構成とすることにより、成長領域A2の両端部及び予熱領域A1、A3におけるテープ状基材50の表面への原料ガスの供給を防ぎ、不純物の成長を十分に抑えることができるので、安定した組成の超電導薄膜を製造することができる。
【0042】
また、排気口15は、成長領域A2におけるテープ状基材50の走行路の両側に設けられ、特に、この走行路と平行、且つ、成長領域A2の長さと略同一の長さとすることにより、原料ガスの予熱領域A1、A3への流出が防止できるので、より安定した組成の超電導薄膜を製造することができる。
【0043】
更に、遮蔽ガス噴出部としての遮蔽ガス吹き出し口12aから噴出する不活性ガスとしての遮蔽ガスをキャリアガスと同一種、特に、Arとすることにより、ガス分子間の相互作用を考慮したり、個別の供給部を設けたりすることなく経済的に超電導薄膜の質を向上させることができる。
【0044】
なお、本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、様々な変更が可能である。例えば、テープ状基材の移動速度を変更する場合には、それに応じてヒータ設定温度や予熱領域のサイズ等を変更すればよい。一般に、ヒータ設定温度が同じであってもテープ状基材の移動速度が速くなると、成膜領域における基材表面温度も低くなるためである。
また、例えば、上記の成長領域を複数接続するような構成として、同時に複数個所で超電導薄膜を成長させることとしてもよい。
また、本実施形態のCVD装置を用いてY系以外のREBCO薄膜を形成する場合には、必要な組成に応じた錯体を原料として利用すればよい。
【0045】
また、キャリアガスと遮蔽ガスの種類は、両ガス同士及び原料ガスとの化学反応が避けられる限りにおいてArに限られず、例えば、Nや他の希ガスを用いることも可能である。またそれぞれ別の種類のガスを用いることも可能である。
【0046】
また、遮蔽板12は、テープ状基材50にほぼ垂直な面内に設けられることが望ましいが、原料ガスが成長領域A2内のテープ状基材50に均一に供給され、且つ、供給された遮蔽ガスが均等に排気口15へ流れる構成であれば、傾いた配置(例えば、遮蔽板の上端が数度傾いた形状など)としてもよい。
また、遮蔽ガスは、必ずしも遮蔽板12の内部を中空として供給されなくてもよい。例えば、薄い遮蔽板12と平行に遮蔽ガスの供給管を別に設けることも可能である。また、吹き出し口12aが遮蔽板直近で開口部よりも上方にあり、遮蔽ガスが遮蔽板12に沿って流れるようにしても良い。
また、遮蔽板12は、テープ状基材50の通過部分のみトンネル状に開口し、その下端から遮蔽ガスを吹き出すとともに、テープ状基材50の走行路の両脇部分では、下端をサセプタ13及び反応室底壁17と接続して通気を行わない構造としても良い。
【0047】
その他、今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であり、CVD装置の形状、各部の配置やサイズなど、その細部は、特許請求の範囲で示した発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0048】
1 CVD装置
10 反応室
11 原料ガス噴出部
12 遮蔽板
12a 遮蔽ガス吹き出し口
13 サセプタ
14 遮蔽ガス通気孔
15 排気口
15a 排気口の蓋
16 反応室上壁
16a 開口部
17 反応室底壁
20 気化器
30 原料溶液供給部
40 基材搬送部
50 テープ状基材
60 遮蔽ガス供給部
A1 基材導入領域
A2 成長領域
A3 基材導出領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2枚の遮蔽板によってテープ状基材の走行方向に3分割された反応室と、前記2枚の遮蔽板で挟まれた成長領域に原料ガスを噴出する原料ガス噴出部と、前記反応室内のガスを排気するガス排気部と、テープ状基材を加熱するサセプタと、前記遮蔽板と前記サセプタとの間に形成された前記テープ状基材が通過するための開口部とを備え、前記反応室内で前記サセプタの直上を走行するテープ状基材の表面に原料ガスを供給し化学反応させることにより、このテープ状基材の表面に超電導薄膜を成膜するCVD装置において、
前記サセプタに略直角に遮蔽ガスを噴出し、前記開口部を介してガスが流出入するのを遮断する遮蔽ガス噴出部を備えたことを特徴とするCVD装置。
【請求項2】
前記遮蔽板は、その下端面が前記テープ状基材の走行面に対して所定間隔だけ離間して設けられ、
前記遮蔽ガス供給部のガス噴出口は、前記遮蔽板の下端面に設けられていることを特徴とする請求項1記載のCVD装置。
【請求項3】
前記ガス排気部の排気口は、前記成長領域における前記テープ状基材の走行路の両側に設けられていることを特徴とする請求項1又は2に記載のCVD装置。
【請求項4】
前記排気口は、前記走行路と平行に、前記成長領域と略同一の長さで設けられていることを特徴とする請求項3に記載のCVD装置。
【請求項5】
前記遮蔽ガス噴出部は、前記原料ガスを前記反応室へ送るキャリアガスと同一の不活性ガスを噴出することを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載のCVD装置。
【請求項6】
前記遮蔽ガス噴出部は、前記不活性ガスとしてアルゴンガスを噴出することを特徴とする請求項5に記載のCVD装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載のCVD装置を用いた超電導薄膜の成膜方法において、
前記原料ガス噴出部による原料ガスの噴出量、前記遮蔽ガス噴出部による遮蔽ガスの噴出量、及び前記ガス排気部の排気量を制御することにより、前記成長領域の両端からそれぞれ5mm内側に入った位置における前記超電導薄膜の成長速度を、前記成長領域の両端10mmを除く成長領域内での成長速度の平均の1/10以下とすることを特徴とする超電導薄膜の成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−117045(P2011−117045A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276132(P2009−276132)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】