説明

III族窒化物半導体発光素子

【課題】光度が高く、また演色性も高いIII族窒化物半導体白色系発光素子を、蛍光体の微妙な組成調整なども不要として簡単な構造で簡易に形成することができるようにする。
【解決手段】本発明は、基板1と、その基板の表面上に設けたIII族窒化物半導体材料からなる障壁層5a及び井戸層5bを備えた多重量子井戸構造の発光層5とを具備したIII族窒化物半導体発光素子において、井戸層5bの各々は、層厚が同一であり、バンド端発光とは別に、波長を相違する複数の光(多波長光)を同時に出射する、マグネシウムを添加したn形の窒化ガリウム・インジウム(組成式:GaXIn1-XN)からなる、ことを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板と、その基板の表面上に設けたガリウムを含むIII族窒化物半導体材料からなる障壁層及び井戸層を備えた多重量子井戸構造の発光層とを具備したIII族窒化物半導体発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、窒化ガリウム・インジウム(GaInN)等のIII族窒化物半導体材料は、白色又は青色等の短波長の発光ダイオード(英略称:LED)やレーザーダイオード(英略称:LD)の発光層を構成するために利用されている(例えば、特許文献1参照)。また、窒化アルミニウム・ガリウム(AlGaN)は、近紫外LED又は紫外LEDの発光層を構成するための材料として用いられている(例えば特許文献2参照)。
【0003】
従来の白色LEDの一種は、光の3原色(赤(R)、緑(G)及び青(B))の各色光を各々出射する、チップ(chip)状又はランプ状の赤色LED、緑色LED及び青色LEDを、それらの発光強度の相対的比率に相応した個数をもって、同一の基体上に集積して配列させ、総体として、混色により白色光を発するようにしたものである(例えば特許文献3乃至9参照)。言わば、配列型(モジュール)白色LEDである。
【0004】
また、従来の白色LEDの別の一種は、一基板上に別個に形成された、赤色光又は緑色光又は青色光をそれぞれ出射する、例えばIII族窒化物半導体からなる発光層を利用して構成されている(例えば特許文献10及び11参照)。個々の発光層から出射される光の3原色(赤(R)、緑(G)及び青(B))に相応する発光を混色させることにより、白色を呈することとした、言わば、RGB型白色LEDである。
【0005】
また、従来の白色LEDの他の一種は、補色の関係にある色の光を出射する発光層を、単一の基板上に各々設けて構成した白色LEDである。例えば、青色光を出射するIII族窒化物半導体発光層と、黄色光を出射する発光層とを、同一基板上に各々形成し、その各々の発光層から出射される異なる2波長の2色(例えば、青色及び黄色)の光を混色させることによる白色LEDである(例えば特許文献12参照)。補色関係にある2色(2波長)の光を混色させれば、白色と視認されることを利用した、言わば、補色型白色LEDである。
【0006】
また、上記の3種の型のLEDとは別に、III族窒化物半導体発光層から出射される光を利用して、その発光層から出射される光とは異なる波長の蛍光を発する蛍光体を励起させ、発光の波長を変換させるLEDである(例えば特許文献13参照)。例えば、III族窒化物半導体発光層から出射される青色光又は紫外光を利用して蛍光体を励起し、白色光を発するLEDとした、言わば、蛍光型白色LEDである(例えば特許文献14乃至16参照)。青色光又は紫外光により励起されて白色を呈する蛍光体として、イットリウム・アルミニウム・ガーネット(Y3Al512)などが用いられている(例えば特許文献17乃至19参照)。
【特許文献1】特公昭55−3834号公報
【特許文献2】特開2001−60719号公報
【特許文献3】特開平06−314824号公報
【特許文献4】特開平07−7223号公報
【特許文献5】特開平07−15044号公報
【特許文献6】特開平07−235624号公報
【特許文献7】特開平07−288341号公報
【特許文献8】特開平07−283438号公報
【特許文献9】特開平07−335942号公報
【特許文献10】特開平06−53549号公報
【特許文献11】特開平07−183576号公報
【特許文献12】特開2001−257379号公報
【特許文献13】特開平07−99345号公報
【特許文献14】特許第2900928号公報
【特許文献15】特許第3724490号公報
【特許文献16】特許第3724498号公報
【特許文献17】特許第2927279号公報
【特許文献18】特許第3503139号公報
【特許文献19】特許第3700502号公報
【0007】
しかしながら、上記の配列型白色LEDにあっては、例えば、赤色又は緑色又は青色LEDのチップ又はランプを集積して配列するに必要な据え付け平面積に比較して、それらの各色を出射する発光層の平面積は格段に小さい(上記の特許文献3,5乃至9参照)。すなわち、ランプを敷設するために必要とされる平面積に対して、発光をもたらす発光層が占有する平面積が極小であるため、高い光度(ルーメン/面積)の発光素子を得るには不利である。
【0008】
例えば、一辺を0.3mmとする略正方形のLEDチップを、樹脂で囲繞して、垂直断面を砲弾型とし、水平断面を円形とする一般的な形状のランプとなした場合、そのランプの外径(直径)は、一般的には、3mmから5mmである(上記の特許文献3の段落[0007]参照)。従って、外径を5mmとするランプの場合を例にすれば、そのランプの平面積(約20mm2)に比較して、発光層がチップの平面全体に存在しているとしても、その平面積は0.09mm2と格段に小さい。従って、より高光度の発光素子を得るに決して優位とはならない。
【0009】
また、上記のRGB型白色LEDにあっては、赤色(R)又は緑色(B)又は青色(B)を各々出射できる発光層を、個別に設ける必要がある。複数の発光層を設ける必要があることに加えて、発光層に担体(carrier;電子及び正孔)を閉じ込めて、また、それらの放射再結合によりもたらされる発光を閉じ込めるために、発光層に付帯してクラッド(clad)層等を上記の各発光層につき設けることも必要となる。従って、単一の基板上に複数の発光層と、更に望ましくは、各々の発光層にヘテロ(異種)接合させてクラッド層等を設ける必要があるなど、RGB型白色LEDを形成するための工程は煩雑であり、また冗長である。その場合、異なる色の光を出射する発光層毎にp形及びn形用の電極を設ける必要があり、対応する電気伝導型のクラッド層等に電極を設けるために発光層が削り取られることとなり、各発光の光度も悪化することになる。
【0010】
また、上記の補色型白色LEDにあっては、補色関係にある色の光を出射させるために、やはり2またはそれ以上の複数の発光層が必要とされる。更に、高い強度の発光を得るためには、上記のRGB型白色LEDの場合と同様に、各発光層について、クラッド層を接合させ、単一(single)ヘテロ(英略称:SH)又は二重(double)ヘテロ(英略称:DH)接合構造の発光部を形成する必要がある。従って、補色型白色LEDの形成には、RGB型白色LEDの場合と同じく、煩雑で冗長な工程を要する。
【0011】
また、補色の関係にある色、例えば、青色と黄色とを個別に発光するLEDを近接させて配置して、白色LEDを構成する場合においても(「ワイドギャップ半導体光・電子デバイス」(2006年3月31日、森北出版(株)発行、第1版第1刷)、173〜174頁参照)、LEDを配置するのに必要な平面積に比較して、青色又は黄色の光を出射する発光層の合計の平面積が小さいため、高い光度の発光素子を得るのに必ずしも優位とは成り得ない。
【0012】
加えて、補色型白色LEDにあっては、白色光を得るために混色させる補色の関係にある2色の光の波長に依存して、帰結される白色光の色調が微妙に変化してしまう問題がある。すなわち、補色型白色LEDにあって、混色させるのは、通常高々、2波長の光であるため、いずれにしても、高く一定した演色性をもたらす白色LEDを安定して得るには技術上の困難さを伴うものとなっている。
【0013】
また、上記の蛍光型白色LEDにあってもやはり、蛍光体を励起して色調の一定した白色光を安定して得るには、励起光となる発光層からの発光の波長を再現良く一定にしなければならない技術上の困難さが付随する。また、発光層からの発光の波長のばらつきに応じて、蛍光体として用いる希土類(rare−earth)元素を添加したY3Al512などの組成を人為的に細々と調整する必要がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、簡単な構造で簡易に形成することができ、光度を高めることができ、また演色性も高く一定に安定させることができ、さらに蛍光体の微妙な組成調整も不要となるIII族窒化物半導体発光素子を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するための本発明は、(a)基板と、その基板の表面上に設けたIII族窒化物半導体材料からなる障壁層及び井戸層を備えた多重量子井戸構造の発光層とを具備したIII族窒化物半導体発光素子において、上記井戸層の各々は、層厚が同一であり、バンド端発光とは別に、波長を相違する複数の光(多波長光)を同時に出射する、マグネシウムを添加したn形の窒化ガリウム・インジウム(組成式:GaXIn1-XN)からなる、ことを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子である。
また、上記目的を達成するために、(1)第1の発明は、基板と、その基板の表面上に設けたガリウムを含むIII族窒化物半導体材料からなる障壁層及び井戸層を備えた多重量子井戸構造の発光層とを具備したIII族窒化物半導体発光素子において、上記多重量子井戸構造をなす井戸層の各々は、障壁層と同一の伝導形を呈するIII族窒化物半導体層からなり、アクセプター不純物が添加され、互いに層厚を異にしている、ことを特徴としている。
【0016】
(2)第2の発明は、上記した(1)項に記載の発明の構成において、上記多重量子井戸構造をなす井戸層の各々が、基板の表面側より発光層からの発光を取り出す方向に向けて、層厚が順に薄くなっているものである。
【0017】
(3)第3の発明は、上記した(1)項または(2)項に記載の発明の構成において、上記多重量子井戸構造をなす井戸層の各々は、アクセプター不純物の原子濃度が互いに異なっているものである。
【0018】
(4)第4の発明は、上記した(1)項乃至(3)項の何れかに1項に記載の発明の構成において、上記基板は珪素単結晶からなり、上記多重量子井戸構造をなす井戸層の各々は、アクセプター不純物としてマグネシウムが故意に添加されているものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、発光層が障壁層と井戸層の多重量子井戸構造となるので、簡単な構造で簡易に白色系発光素子を形成することができ、敷設面積も発光層の平面積と略同一となるので光度も高めることができる。また、数的に単一ながら、多波長の発光をもたらせる多重量子井戸構造の発光層を用いることとしたので、その唯一の発光層についてのみp形及びn形用の電極を設ければよく、従来のRGB型白色LEDの場合に比較して、発光層を削り取らなければならない領域を大幅に低減でき、発光効率を改善することができる。
【0020】
特に、井戸層を、層厚を相違する複数の井戸層から構成することとしたので、多色発光を呈する各井戸層がもたらす複数の発光の波長を重畳することができ、白色発光の演色性を高く一定に安定させることができ、また、蛍光材料を利用しなくても白色光を得ることができるので、蛍光体の微妙な組成調整も不要となる。
【0021】
また、井戸層の各々にアクセプター不純物を故意に添加したので、単独でも、波長を相違する多色の発光をもたらす井戸層を構成することができ、数的に単一でありながら多色発光を呈する多重量子井戸構造の発光層をもたらせるので、白色発光の演色性を高く一定に安定させることができ、また、蛍光材料を利用しなくても白色光を得ることができるので、蛍光体の微妙な組成調整も不要となる。
【0022】
さらに、井戸層を、障壁層と同一の伝導形を呈する層から構成することとしたので、障壁層との間でのpn接合の形成を回避でき、従って、導通性に優れる多重量子井戸構造の発光層を構成できる。
【0023】
本発明によれば、基板の表面側より発光層からの発光を取り出す方向に向けて、より層厚の薄いIII族窒化物半導体層からなる井戸層を配置して多重量子井戸構造の発光層を構成することとしたので、多重量子井戸構造を成す各井戸層から出射される発光を効率的に視野方向に取り出すことができる。
【0024】
短波長の発光は、長波長の発光を行う井戸層に吸収されてしまうが、本発明の構成下では、基板の表面側に井戸層幅が広く形成された、量子準位が低く長波長の発光成分を含む多波長の発光をもたらす井戸層を配置し、発光の取り出し方向に、井戸層幅が狭く形成された、量子準位が高くより短波長の発光成分を含む多波長の発光をもたらす井戸層を配置して多重量子井戸構造の発光層を構成することとした。すなわち、短波長の発光を、より長波長の発光を行う井戸層を通過させない構成とした。このため、本発明の構成下では、基板表面側に配置された井戸層から出射される発光が、発光の取り出し方向に配置された井戸層に吸収されることなく、外部視野方向に発光を取り出すことができ、各井戸層から出射される発光を効率的に視野方向に取り出すことができる。また演色性を優れたものとすることができ、且つ高輝度の白色LEDを実現することができる。
【0025】
本発明によれば、添加されたアクセプター不純物の原子濃度を互いに相違する、波長を相違する複数の発光を呈する井戸層を複数用いて多重量子井戸構造の発光層を構成することとしたので、数的に単一ながら多波長の発光を呈する発光層が得られ、例えば、補色関係にある二つの異なる波長の光を混色させて白色光とする、所謂、上記の補色型白色LEDに比較して、より演色性に優れる白色LEDを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0027】
図1は本発明のIII族窒化物半導体発光素子の断面構造を概略的に示す模式図である。本発明のIII族窒化物半導体発光素子は、図1に示すように、基板1と、その基板1の表面上に設けたガリウムを含むIII族窒化物半導体材料からなる障壁層5a及び井戸層5bを備えた多重量子井戸構造からなる発光層5とを具備した白色発光素子であり、多重量子井戸構造をなす井戸層5bの各々は、障壁層5aと同一の伝導形を呈するIII族窒化物半導体層からなり、アクセプター不純物が添加され、互いに層厚を異にして構成されている。
【0028】
基板1としては、極性又は無極性の結晶面を表面とするサファイア(α−Al23単結晶)や酸化亜鉛(ZnO)等の絶縁性又は導電性酸化物結晶、6H又は4H又は3C型炭化珪素(SiC)等の炭化物結晶、シリコン(Si)の半導体結晶からなる基板を例示できる。特に、n形又はp形の伝導性を呈し、表面を{111}結晶面とするシリコン単結晶は、その表面上に本発明に係る多重量子井戸構造を形成するための基板として好適に使用できる。
【0029】
基板1の表面上に形成する多重量子井戸構造をなす井戸層5bは、本発明では、単独で波長を相違する複数の波長の発光を同時に出射できる材料から構成する。LEDからの発光の演色性を勘案すれば、井戸層5bから出射される多数(多波長)の発光は、広い波長範囲に分散していることが望ましい。広い波長範囲にわたり、多波長の発光を得るには、多重量子井戸構造にあって、井戸層5bを禁止帯幅エネルギーの大きな半導体材料から形成するのが望ましく、このようなバンドギャップエネルギーの大きな半導体材料として、ガリウム(Ga)を含むIII族窒化物半導体材料を挙げられる。例えば、窒化ガリウム(GaN)又はそれと窒化インジウム(InN)の混晶であるGaXIn1-XN(0<x<1)等のワイドバンドギャップ半導体材料から好ましく構成できる。
【0030】
井戸層5bと共に多重量子井戸構造をなす障壁層5aは、井戸層5bよりも禁止帯幅エネルギーが大きな、例えばIII族窒化物半導体材料から構成する。例えば、Ga0.85In0.15N混晶からなる井戸層5bについて、障壁層5aをGaNから形成する。多重量子井戸構造をなす障壁層5aと井戸層5bとは同一の伝導形を呈する層から構成する。例えば、n形の井戸層5bと、同じくn形の障壁層5aとで、全体としてn形の多重量子井戸構造を形成する。これにより、井戸層5bと障壁層5aとの間でのpn接合が形成されるのを回避でき、従って、導通性に優れる多重量子井戸構造の発光層5を構成できる。
【0031】
井戸層5bと障壁層5aとを同一の伝導型の層とするために井戸層5bに不純物を添加することは必須ではない。例えば、不純物を故意に添加しない、所謂、アンドープ(undope)の状態で、または井戸層5bを形成するための成長環境から意図せず、過失による不純物の汚染に因り、キャリア濃度が5×1017cm-3以上で5×1019cm-3以下の範囲にあれば、本発明に係る井戸層5bとして利用できる。
【0032】
本発明では多重量子井戸構造をなす井戸層5bを、特に、アクセプター不純物を添加したGaを含むIII族窒化物半導体層から構成する。例えば、障壁層5aと同一のn形の伝導形を保持しつつも、アクセプター不純物が添加されたn形のGa0.75In0.25N混晶から井戸層5bを構成する。障壁層5aと同一の伝導形を有し、且つ、アクセプター不純物を含む井戸層5bは、単独でありながら、混色により、白色光を得るに好都合となる波長を相違する多波長の発光をもたらせる。
【0033】
アクセプター不純物として亜鉛(Zn)を添加してGaInNからなる発光層5を形成する技術が開示されている(特公昭55−3834号参照)。しかしながら、Znのみをアクセプター不純物として添加した井戸層5bは、抵抗が大きく、充分に導電性のある井戸層5bを安定して形成するに至らない。一方で、本発明に係る井戸層5bの形成には、III族窒化物半導体についてアクセプターとなり得る第II族不純物の中でも、マグネシウム(Mg)を好適に使用できる。
【0034】
本発明に係る多重量子井戸構造の発光層5は、例えば、有機金属気相堆積(MOCVD又はMOVPEなどと略称される)法、分子線エピタキシャル(MBE)法、ハイドライド(hydride)法、ハライド(halyde)法などの気相成長法により形成できる。特に、MBE法は、上記の他の気相成長法と比較すれば、より低温で障壁層5aや井戸層5bを形成できる。このため、例えば、本発明に係る井戸層5bを形成するために用いたMgの障壁層5aへの熱拡散を抑制するのに優位な成長手段となる。
【0035】
アクセプター不純物としてMgを含む井戸層5bにあって、その層厚は1nm以上で20nm以下とするのが好適である。1nm未満の極端に薄い井戸層5bは、層(膜)の2次元的な連続性に欠けるため、結果として、発光素子への動作電流の通流、特に水平(横)方向への電流拡散に係る電気抵抗が増大する、或いは発光領域が減少することとなり不都合である。一方、20nmを超える厚膜を井戸層5bとして使用しても、エネルギーレベルを相違する多くの量子準位を充分に形成するに至らず、従って、様々な量子準位間の遷移に基く、波長を互いに異にする発光が多く得られない不都合がある。
【0036】
また、MBE法は、一般に水素を含まない真空環境下でIII族窒化物半導体層を成長できるため、例えば、電気的に活性化した(アクセプター化した)Mgを多量に含む低抵抗のp形GaXIn1-XN(0≦X≦1)層等を簡易に形成できる利点がある。例えば、窒素(N2)プラズマを窒素源として用いるMBE法によれば、層内のMg原子の濃度が1.5×1019cm-3であるところ、キャリア濃度を8.0×1018cm-3とする低抵抗のp形GaN層を形成できる。従って、Mgの電気的活性化率(便宜上、キャリア濃度をMgの原子濃度を除した値(百分率値)で表わす。)は、アズグロン(as−grown)状態で53%である。本例の如く、MBE法によれば、MOCVD法で成長させたMgドープGaN層の如く、同層から脱水素処理を必要とせずに、電気的活性率を50%以上とするp形GaXIn1-XN(0≦X≦1)層等を容易に形成できる利点がある。
【0037】
Mgなどのアクセプター不純物を含む一井戸層5bと、井戸層5bと同一の伝導形を呈する一障壁層5aとの接合構造からなる一対(one pair)の構造単位をもって多重量子井戸構造を構成するにあって、その多重量子井戸構造を構成する構造単位の対数は、3対以上で40対以下とするのが好適である。本発明に係る井戸層5bは一層であっても、多波長の発光を放射できるが、より演色性に優れる発光を得るには、対の数を4以上とするのが望ましい。例えば、MBE法で成長させたMgドープn形Ga0.85In0.15N混晶からなる井戸層5bと、同じくMBE法で成長させたGaN障壁層5aとを30対(一つの障壁層5aと一つの井戸層5bとの接合体を一対とする)組み合わせて構成した多重量子井戸構造発光層5のフォトルミネッセンス(英略称:PL)スペクトルの一例を図2に示す。この多重量子井戸構造をなす井戸層5bの層厚は4nmであり、障壁層5aの厚さは10nmである。
【0038】
図2に例示したフォトルミネッセンススペクトルに示すように、本発明に係るアクセプター不純物を含む井戸層5bを備えた多重量子井戸構造の発光層5からは、400nm(4000オングストローム)以上500nm(5000オングストローム)以下の波長の範囲に波長を相違する3本の発光が出射される(図2に記号λ2〜λ4で表わす。)。バンド(band)端発光に対応する発光(図2に記号λBで表わす)とは別に、そのバンド端の発光の波長(本例では、365nm)以上で650nm以下の波長範囲において、波長を相違する合計6本の発光(図2に記号λ1〜λ6で表わす。)が出射され得る。
【0039】
また、バンド端発光(λB)とは相違する波長の複数の発光(λ1〜λ6)にあって、隣接する発光(例えば、λ1とλ2、λ3とλ4など)の波長の差違は、短波長側での発光間、例えばλ1とλ2の発光間では17.5nmであるが、発光の波長が長波長となるに伴い、発光間の波長の差異は徐々に大となる傾向があり、λ5とλ6との発光間では55.5nmとなっているのが特徴である。この多波長の発光ピークの出現の態様は、例えば、MOCVD法により形成されたSiとMgを共にドーピングした発光層5からの主たる発光スペクトルの「肩」部に生ずる、通称、ショルダー(肩)ピークとは、発光間の波長の間隔においても明らかに出現の態様を異にするものである。井戸層の層厚が一定であっても多波長の発光となるのは、アクセプターの添加に因って、放射再結合をもたらす種々の準位が形成されるためと推察される。
【0040】
単独でありながら多波長の発光を同時に発光できる、本発明に係る井戸層5bを用いて多重量子井戸構造の発光層5を構成するに際し、基板1の表面側より発光層5からの発光を外部へ取り出す方向に向けて、より層厚の薄いアクセプター不純物を含む井戸層5bを配置すると、外部への発光の取り出し効率に優れる白色LEDを得るに好都合となる。層厚が薄い井戸層5bからは、短波長の発光成分を多く含む多波長発光がもたらされる。他方、層厚が厚い井戸層5bからは、長波長の発光成分を多く含む多波長発光がもたらされる。短波長の発光は、長波長の発光を帰結する井戸層5bに吸収されてしまう。このため、基板1の表面側より発光層5からの発光を外部へ取り出す方向に向けて、より層厚の薄い井戸層5bを配置すると、基板1の表面側に位置する井戸層5bからの発光が吸収されるのを抑止でき、外部視野方向に向けて透過させるのに好適となるからである。
【0041】
全て層厚を異にする井戸層5bを用いて多重量子井戸構造を作製した場合は、層厚に相応して各井戸層5bからは互いに波長を相違する発光が出射され、それらの発光を重畳して外部へ取り出せるため、演色性に優れる白色LEDを提供できる。例えば、赤色又は緑色又は青色の何れかの帯域の光を主にもたらすのに好適な層厚の多波長発光を呈する井戸層5bを配置しても演色性に優れる白色LEDを構成できる。視感度の低い帯域の光を出射する同一の層厚の井戸層5bを複数、配置し、その上方の発光の外部取り出し方向に層厚を順次、薄くした井戸層5bを配置して、発光層5をなす多重量子井戸構造を構成する例を挙げられる。
【0042】
赤色又は緑色又は青色の何れかの帯域の発光を主成分としてもたらす各井戸層5bは、例えば、GaXIn1-XN(0<x<1)混晶からなる井戸層5bにあって、インジウムの組成(1−X)を相違させて形成することができる。しかし、MBE法やMOCVD等の成長方法により、In組成を相違する井戸層5bを形成するには、成長温度やGaとInとの原料供給比率を変化させる必要がある。このため、同一の成長温度及び原料供給比率の条件下で、成長時間を単純に調整して井戸層5bの層厚を制御する技術手段と比較すれば煩雑な操作を余儀なくされる。
【0043】
また、アクセプター不純物の原子濃度を互いに相違する各井戸層5bから出射される光の波長は、アクセプター不純物の原子濃度に対応して異なったものとなる。これにより、井戸層5bの層厚が一定である場合でも、井戸層5bの内部に含まれるアクセプター不純物の原子濃度を変化させることで、多波長の光を出現させる波長範囲を制御するのにより好都合となる。例えば、Mgドープn形Ga0.75In0.25N井戸層5bの場合で、その井戸層5bの内部のMg原子の濃度を1×1019原子/cm3、8×1018原子/cm3、及び2×1018原子/cm3と相違する井戸層5bを用いて多重(3重)の量子井戸構造発光層5を形成したときは、波長400nm以上で600nm以下の範囲に多波長発光を出現させることができる。
【0044】
以上述べたように、本発明では、発光層5が障壁層5aと井戸層5bの多重量子井戸構造となるので、多波長を呈する発光層を、簡単な構造で簡易に形成することができ、敷設面積も発光層5の平面積と略同一となるので光度も高めることができる。また、発光層5が単一であるので、その発光層5のみに対応してp形及びn形の電極を設ければよく、RGB型白色LEDや補色型白色LEDの場合に比較して、発光層5を削り取る領域を大幅に低減でき、発光効率を改善することができる。
【0045】
また、井戸層5bを、層厚を相違する複数の井戸層5b,5b,…から構成することとしたので、各井戸層5bがもたらす複数の発光の波長を互いに異にする多色発光とすることができ、白色発光の演色性を高く一定に安定させられ、蛍光材料を利用しなくても白色光を得ることができるので、蛍光体の微妙な組成調整も不要となる。
【0046】
また、井戸層5bの各々にアクセプター不純物を故意に添加したので、数的に単一でありながら、波長を相違する多色の発光をもたらす発光層5を構成することができ、その多色発光特性により、白色発光の演色性を高く一定に安定させることができ、また、蛍光材料を利用しなくても白色光を得ることができるので、蛍光体の微妙な組成調整も不要となる。
【0047】
さらに、井戸層5bを、障壁層5aと同一の伝導形を呈する層から構成することとしたので、障壁層5aとの間でのpn接合の形成を回避でき、従って、導通性に優れる多重量子井戸構造の発光層5を構成できる。
【0048】
また、基板1の表面側より発光層5からの発光を取り出す方向に向けて、より層厚の薄いIII族窒化物半導体層からなる井戸層5b,5b,…を配置して多重量子井戸構造の発光層5を構成することとしたので、多重量子井戸構造を成す各井戸層5b,5b,…から出射される発光を効率的に視野方向に取り出すことができる。
【0049】
すなわち、短波長の光が、長波長の光を発する井戸層に吸収されてしまうのを回避するために、基板1の表面側に井戸層幅を広くして形成した、量子準位が低く長波長の発光成分を含む多波長の発光をもたらす井戸層5bを配置し、発光の取り出し方向に、井戸層幅を狭くして形成した、量子準位が高くより短波長の発光成分を含む多波長の発光をもたらす井戸層5bを配置して多重量子井戸構造の発光層5を構成することとした。この構成下では、短波長の発光は、より長波長の発光を行う井戸層5bを通過しない。このため、基板表面側に配置された井戸層5bから出射される発光が、発光の取り出し方向に配置された井戸層5bに吸収されることなく、外部視野方向に発光を取り出すことができ、各井戸層5bから出射される発光を効率的に視野方向に取り出すことができる。また演色性を優れたものとすることができ、且つ高輝度の白色LEDを実現することができる。
【0050】
また、本発明によれば、添加されたアクセプター不純物の原子濃度を互いに相違する、単独でも波長を相違する複数の発光を呈する井戸層5bを複数用いて多重量子井戸構造の発光層5を構成することとしたので、各井戸層5bからの発光が重畳した多波長の発光を呈する発光層5が得られ、例えば、補色関係にある二つの異なる波長の発光を混色させて白色光とする、所謂、補色型白色LEDに比較して、より演色性に優れる白色LEDを提供できる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明のIII族窒化物半導体発光素子の実施例を図面を参照して説明する。
【0052】
(第1実施例) 図3は、第1実施例の多重量子井戸構造の発光層を備えたIII族窒化物半導体発光素子の構造を示す断面模式図である。また、図4は、その多重量子井戸構造の発光層から放射されるフォトルミネッセンススペクトルである。
【0053】
III族窒化物半導体発光素子10を作製するための構造体を形成するにあたっては、基板101として、{111}珪素単結晶(シリコン)を用いた。
【0054】
基板101の表面は、無機酸を使用して洗浄後、分子線エピタキシャル(MBE)成長装置の成長室に搬送し、その成長室の内部を超高真空に排気した。その後、成長室の真空度を維持しながら、基板101の温度を780℃に昇温して、基板101の表面101aが(7×7)構造の再構成を呈する迄、継続して加熱した。
【0055】
(7×7)構造の再構成を呈する様に清浄化された基板101の表面101a上には、プラズマ化させた窒素を窒素源とするMBE成長法(窒素プラズマMBE法)により、アンドープの窒化アルミニウム(AlN)層102(層厚=60nm)を形成した。AlN層102上には、窒素プラズマMBE法により、アンドープ窒化アルミニウム・ガリウム混晶(AlXGa1-XN)層103(層厚=300nm)を堆積した。混晶層103をなすAlXGa1-XN層のアルミニウム(Al)組成比(X)は、下層のAlN層102との接合面から、混晶層103の表面に向けて、0.25から0(零)へと連続的に変化させた。
【0056】
AlXGa1-XN層103上には、窒素プラズマMBE法により、珪素(Si)ドープn形GaN層104(層厚=1200nm)を堆積した。キャリア濃度は8×1018cm-3であった。
【0057】
n形GaN層104上には、窒素プラズマMBE法により、基板101の温度を540℃として、多重量子井戸構造の障壁層とするn形GaN層105a(層厚=10nm)を堆積した。次に、窒素プラズマMBE法により、540℃で、このn形GaN障壁層105aに接合させて、マグネシウム(Mg)を含むn形窒化ガリウム・インジウム混晶(Ga0.99In0.01N)からなる井戸層(層厚=2nm)105bを設けた。このn形障壁層105aとn形井戸層105bとからなる一対の構造単位を4対(4ペア(pair))、積層させて、全体としてn形の伝導を呈する多重量子井戸構造の発光層105を形成した。井戸層に含まれるMgの原子濃度は、一般的な2次イオン質量分析法によれば、4×1017原子/cm3であった。
【0058】
水素を実質的に含まない10-6パスカル(Pa)程度の高真空環境下で成長させた上記の障壁層105a及び井戸層105bからなる多重量子井戸構造の発光層105から得られる室温でのフォトルミネッセンススペクトルを図4に示す。数的に単一の発光層であっても、波長を相違する多数の発光が出射されていることを明示するために表1に発光ピーク波長とその波長における強度とを纏める。
【表1】

【0059】
数的に単一の発光層であっても、バンド(band)端の発光波長(波長=366.5nm)より長波長であり、波長550nmのより短波長の範囲に、合計7つの発光が出射されている。隣接する発光ピーク間の波長の差異は、6nm以上で90nm以下であった。発光の波長が長波長である程、隣接する発光ピーク間の間隔(波長差)は広がる傾向を示した。また、井戸層の層厚が一定で、アクセプターの原子濃度が一定であっても多波長の発光がもたらされるのは、水素を全くと云って良い程、含まない高真空環境下で井戸層を形成したため、電気的に活性なMgを井戸層内に多量に存在させることができ、この電気的に活性なMgにより。多くの放射再結合に寄与できる準位が多く形成できたためと推察された。
【0060】
多重量子井戸構造の発光層105の最終端(最表層)をなすGa0.80In0.20N井戸層105b上には、窒素プラズマMBE法により、Mgドープp形GaN層106(層厚=100nm)を設けて、構造体の形成を終了した。p形GaN層106の内部のMgの原子濃度は1×1019cm-3であり、同層106のキャリア濃度は8×1018cm-3であった。すなわち、電気的活性化率は80%であった。
【0061】
n形オーミック電極を形成する領域を、一般的なドライエッチング法により除去し、n形オーミック電極107を形成した。また、p形GaN層106の表面にはp形オーミック電極108を形成し、一辺の長さを350μmとする正方形状の発光素子(LED)10を作製した。
【0062】
発光素子(LED)10の順方向電流を20mAとした際の順方向電圧(Vf)は3.5Vであった。また、順方向に50mAの電流を通流した際には、チップ(chip)状態のLED10の発光層の全面から目視で緑色を帯びた白色の発光が出射された。50mAの順方向電流を通流した際の発光の演色性を色度図上の座標値で表わすと、x座標値で0.26、y座標値で0.38であり、従って、z座標値で0.36であった。
【0063】
(第2実施例) 図5は、第2実施例のIII族窒化物半導体発光素子(LED)の多重量子井戸構造の発光層の構成を模式的に示す断面図である。
【0064】
上記の第1実施例に記載したSi基板上に設けたAlN層、AlGaN混晶層及びn形GaN層(図5では符号を「204」とする)からなる積層構造体上に、窒素プラズマMBE法により、図5に示す多重量子井戸構造の発光層205を以下に記載の如く形成した。
【0065】
多重量子井戸構造の発光層205を形成するにあって、n形GaN層204には、先ず、窒素プラズマMBE法により、層厚を16nmとするn形GaN障壁層205aを設けた。次に、この障壁層205aに接合させて、多重量子井戸構造をなすn形井戸層205bとしてMgドープGa0.80In0.20N井戸層を設けた。このn形障壁層205aとn形井戸層205bとからなる一対の構造単位を10対(10ペア)、積層させて、全体としてn形の伝導を呈する多重量子井戸構造の発光層305を形成した。
【0066】
10対の構造単位を積層して形成した多重量子井戸構造をなす10の井戸層205bの層厚は、n形GaN層204側から多重量子井戸構造の表面に向けて積層方向に減少させた。なお、本実施例では積層方向と発光素子(LED)の発光の取り出し方向とは同一方向である。井戸層205bの層厚は、多重量子井戸構造の最下の井戸層で12nmとし、その次の井戸層の層厚は11nmとし、またその次の井戸層の層厚は10nmとし、すなわち、多重量子井戸構造の最表層側に向けて1nmずつ減少させ、最表層の井戸層の層厚は3nmとした(図5参照)。各井戸層205bの層厚は変化させたものの、各井戸層205b内には、原子濃度にして6×1017原子/cm3と略一定となる様にMgをドーピングした。
【0067】
多重量子井戸構造の発光層205の最表層をなすMgドープGa0.80In0.20N井戸層205b(層厚=3nm)上には、窒素プラズマMBE法により、層厚を10nmとするMgドープp形Al0.03Ga0.97N層を堆積して、発光素子(LED)用途の積層構造体の形成を終了した。
【0068】
上記の多重量子井戸構造の発光層205を含む積層構造体から得られる室温でのフォトルミネッセンススペクトルを図6に示す。図6に示すのは、上記の層厚を相違する各井戸層205bからの多波長発光成分が重畳した結果としてのスペクトルである。波長400nmより800nmの広い波長範囲に亘り、合計10の発光が放射された。隣接する発光間の波長の差異は17.5nmから78.0nmであり、その波長の間隔は、発光波長が長波長となる程、広がっていた。また、ヘリウム−カドミウム(He−Cd)レーザー光(波長=325nm)を励起光として照射した際に視認される積層構造体からの発光色は白色であった。
【0069】
第1実施例に記載をしたのと同様に、n形オーミック電極を形成する領域を、一般的なドライエッチング法により除去し、n形オーミック電極を形成した。また、上記のp形Al0.03Ga0.97N層の表面にはp形オーミック電極を形成し、発光素子(LED)を作製した。
【0070】
発光素子(LED)の順方向電流を20mAとした際の順方向電圧(Vf)は3.4Vであった。また、順方向に20mAの電流を通流した際には、チップ(chip)状態のLEDから目視で白色の発光が出射された。
【0071】
(第3実施例) 図7は、第3実施例の多重量子井戸構造の発光層を備えたIII族窒化物半導体発光素子の構造を示す断面模式図である。図8は、第3実施例の多重量子井戸構造の発光層を備えたIII族窒化物半導体発光素子(LED)用途の積層構造体についてのフォトルミネッセンススペクトルである。
【0072】
上記の第1及び第2実施例に記載したSi基板上に設けたAlN層及びAlGaN混晶層(図7では符号を「303」とする)からなる積層構造体上に、窒素プラズマMBE法により、多重量子井戸構造の発光層を以下に記載の如く形成した。
【0073】
多重量子井戸構造の発光層を形成するにあって、第1及び第2実施例に記載したAlGaN混晶層303には、先ず、窒素プラズマMBE法により、層厚を10nmとするn形GaN障壁層305aを設けた。次に、この障壁層305aに接合させて、層厚を3nmとするMgドープn形Ga0.75In0.25N井戸層305bを設けた。このn形障壁層305aとn形井戸層305bとからなる一対の構造単位を5対(5ペア)、積層させて、全体としてn形の電気伝導を呈する多重量子井戸構造の発光層305を形成した。
【0074】
5対の構造単位を積層して形成した多重量子井戸構造をなす5つの井戸層305b,305b,…の内部のMgの原子濃度は、AlGaN混晶層303側から積層方向(発光の取り出し方向と同一方向)に向けて減少させた。井戸層305bの内部のMgの原子濃度は、多重量子井戸構造の最下の井戸層で1×1019原子/cm3とし、それより上方の井戸層については、8×1018原子/cm3、6×1018原子/cm3、4×1018原子/cm3、及び2×1018原子/cm3と順次、Mgの原子濃度を減少させた。これより、層厚を一定としつつも、Mgの原子濃度を相違する5つの井戸層305bを備えた多重量子井戸構造の発光層305を形成した。
【0075】
多重量子井戸構造の発光層305の最表層をなすMgドープGaN井戸層(Mg原子濃度=2×1018原子/cm3)上には、窒素プラズマMBE法により、層厚を10nmとするMgドープp形GaN層306を堆積して、発光素子(LED)用途の積層構造体の形成を終了した。
【0076】
上記の多重量子井戸構造の発光層305を含む積層構造体から得られる室温でのフォトルミネッセンススペクトルを図8に示す。図8に示すのは、上記の層厚一定でMg原子濃度を相違する各井戸層305bからの多波長発光成分が重畳してなるスペクトルである。波長400nmより600nmの波長範囲において、発光ピーク波長を402.5nm、429.0nm、458.0nm、493.0nm、538.0nm、及び593.0nmとする計6の発光が確認された。波長400nmより600nmの波長範囲に出現した上記の発光にあって、隣接する発光間の波長の差異は26.5nmから55.0nmであり、その波長の間隔は、発光波長が長波長となる程、広がっていた。また、ヘリウム−カドミウム(He−Cd)レーザー光(波長=325nm)を励起光として照射した際に視認される積層構造体からの発光色は青白色であった。
【0077】
図9は図7の積層構造体を用いて作製した発光素子(LED)の平面断面図である。上記の積層構造体の、n形オーミック電極307を形成する領域307aに在るp形GaN層306及び多重量子井戸構造の発光層305を一般的なドライエッチング法により除去し、発光層305の下方のn形AlGaN混晶層303の表面を露出させた。然る後、その領域307aに露出させたn形AlGaN混晶層303の表面上に、図9に示す如く、n形オーミック電極307を形成した。上記のp形GaN層306の表面には、一般的なフォトリソグラフ技術を利用してパターニングした平面格子状のp形オーミック電極308を形成した。格子状に配置した幅4μmのp形オーミック電極308は、p形GaN層306にオーミック接触をなす白金(Pt)系金属から構成した。また、p形GaN層306の表面上の一端には、この格子状p形オーミック電極308に電気的に導通させて結線(ボンデング)用の台座(パッド)電極309を設けて、発光素子(LED)30を作製した。
【0078】
発光素子(LED)の順方向電流を20mAとした際の順方向電圧(Vf)は3.4Vであった。また、順方向に20mAの電流を通流した際には、一辺の長さを350μmとする正方形状のLEDチップ(chip)から目視で白色の発光が出射された。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明のIII族窒化物半導体発光素子の断面構造を概略的に示す模式図である。
【図2】本発明に係る多重量子井戸構造発光層からの多波長発光スペクトル例である。
【図3】第1実施例に係るLEDの断面模式図である。
【図4】第1実施例に記載の積層構造体からの多波長発光のスペクトルである。
【図5】第2実施例に記載の多重量子井戸構造発光層の断面模式図である。
【図6】第2実施例に記載の積層構造体からの多波長発光のスペクトルである。
【図7】第3実施例に記載の多重量子井戸構造発光層の断面模式図である。
【図8】第3実施例に記載の積層構造体からの多波長発光のスペクトルである。
【図9】第3実施例に係るLEDの平面模式図である。
【符号の説明】
【0080】
1 基板
5 多重量子井戸構造の発光層
5a 障壁層
5b 井戸層
10 III族窒化物半導体発光素子
101 基板
101a 基板の表面
102 窒化アルミニウム層
103 窒化アルミニウム・ガリウム混晶層
104 n形GaN層
105 発光層
105a 障壁層
105b 井戸層
106 p形GaN層
107 n形オーミック電極
108 p形オーミック電極
204 n形GaN層
205 発光層
205a 障壁層
205b 井戸層
303 窒化アルミニウム・ガリウム混晶層
305 発光層
305a 障壁層
305b 井戸層
306 p形GaN層
307 n形オーミック電極
307a n形オーミック電極を形成する領域
308 p形オーミック電極
309 台座電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、その基板の表面上に設けたIII族窒化物半導体材料からなる障壁層及び井戸層を備えた多重量子井戸構造の発光層とを具備したIII族窒化物半導体発光素子において、
上記井戸層の各々は、
層厚が同一であり、
バンド端発光とは別に、波長を相違する複数の光(多波長光)を同時に出射する、マグネシウムを添加したn形の窒化ガリウム・インジウム(組成式:GaXIn1-XN)からなる、
ことを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項2】
上記発光層は、障壁層と井戸層との対の数が3以上40以下である、請求項1に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項3】
上記井戸層の各々は、マグネシウムの原子濃度が互いに相違している、請求項1または2に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項4】
上記井戸層の各々は、基板の表面側より発光層からの発光を取り出す方向に向けて、マグネシウムの原子濃度が低くなっている、請求項3に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項5】
上記井戸層は、400nm以上600nm以下の波長の範囲で複数の光を出射する、請求項3または4に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項6】
上記井戸層は、400nm以上500nm以下の波長の範囲で複数の光を出射する、請求項5に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項7】
上記井戸層は、500nm以上600nm以下の波長の範囲で複数の光を出射する、請求項5に記載のIII族窒化物半導体発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−88562(P2009−88562A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332446(P2008−332446)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【分割の表示】特願2007−251167(P2007−251167)の分割
【原出願日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】