説明

LNG気化器用伝熱管およびその製造方法

【課題】 冷却負荷が大きいため表面に酸化皮膜が形成されにくいパネル下部側や下部ヘッダーに配置しても、Al合金母材表面の腐食損傷防止効果に優れた伝熱管、その製造方法とこの伝熱管を用いたLNG気化器を提供することである。
【解決手段】 複数の伝熱管3aをカーテン状に配列したパネル3と、パネル3の下部と上部にそれぞれ連結した下部ヘッダー2と上部ヘッダー4からなるAl合金製のパネルユニットUを備え、パネルユニットUの上部からパネル3の表面に沿って流下させた海水と伝熱管3a内を流通するLNGとの熱交換により、LNGを気化させるLNG用気化器で、伝熱管3aの、少なくともパネル3の下部側の外表面と下部ヘッダー2の外表面に、ブラスト粗面処理を行なった後、Mgを1〜80質量%の範囲で含有し、膜厚が100〜1000μmの、犠牲防食効果を有するAl−Mg合金溶射皮膜を形成したのである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、防食効果に優れたLNG(液化天然ガス)気化器用伝熱管およびその製造方法と、この伝熱管を用いたLNG気化器に関する。
【背景技術】
【0002】
液化天然ガス(以下LNGと記す)は、通常、低温高圧の液状で移送あるいは貯蔵され、使用される前に気化される。この気化には、大量のLNGを気化させることができるオープンラックベーパライザ(以下ORVと記す)と称される気化器が用いられる。図1は、このORVの一例を示したもので、ORVは、海水との熱交換によってLNGを加熱して気化させる熱交換器の一種である(例えば、特許文献1参照)。海水は、海水ヘッダー6から散水ノズル7を経てトラフ8に溜められ、トラフ8の側縁部から溢流、伝熱管3aをカーテン状に配列して形成されたパネル3の外面を濡らしながら垂下する。一方、LNGは、LNGマニホールド1に導入されてパネル3の下部に連結されたLNGが流通する下部ヘッダー2に送られ、海水との熱交換によって加熱されてパネル3の各伝熱管3a内で気化して上昇し、気化した天然ガス(NG)は、上部ヘッダー4、4からNGマニホールド5へ導出される。
【0003】
前記パネル3を形成する伝熱管3aの材質として、熱伝導性が良好であること、およびパネル3として要求される複雑な形状に加工しやすいことなどの観点から、通常アルミニウム合金が使用されている。アルミニウム合金は、海水に浸漬された状態では腐食しやすく、一旦腐食し始めると、腐食部分が集中的に侵食され、孔があく孔食を受けやすい欠点がある。このため、海水に浸漬されるなどの用途に用いられるアルミニウム合金については、防食処理が盛んに研究され、現在、犠牲防食作用を利用した防食処理が主流となっている。前記特許文献1では、前記LNG気化器で、パネル3の外面を濡らしながら垂下した海水が溜まった海水ポンド中に浸漬したLNGが流通する下部ヘッダー2に、パネル3(伝熱管3a)の材質であるアルミニウム合金よりも腐食されやすい亜鉛(Zn)などの金属、すなわちイオン化傾向の大きい金属または合金バルク(図示省略)を電気的に接続して犠牲陽極とし、この犠牲陽極が電気化学的に溶解して消耗することにより、対極となる下部ヘッダー2およびパネル3の表面を防食する防食処理法が開示されている。しかし、LNG気化器では、パネル3を構成する伝熱管3aの表面にトラフ8の側縁部から溢流した海水が直接当たるため、前記犠牲陽極を設けていても、いわゆるエロージョン・コロージョンによる腐食の発生は避けがたい。このため、海水が直接接触しないように、また、被覆合金が局部的に剥がれた場合でも、その防食作用によって伝熱管表面の腐食が防止されるように、伝熱管3aの表面に、その材質のアルミニウム合金よりもイオン化傾向の大きい合金(以下被覆合金と記す)を被覆することが望ましい。従来、このような犠牲防食作用を有する合金としてAl−Zn合金がよく知られ、Al−2%Zn合金、またはAl−15%Zn合金などがよく使用されている。この被覆合金を溶射して伝熱管表面に皮膜を形成することにより、腐食が有効に防止される。
【0004】
前記伝熱管表面に形成する皮膜の防食性にさらに向上させるために、例えば、特許文献2では、アルミニウムまたはアルミニウム合金の伝熱管(押出管材)の表面に、第1層として、電気化学的に犠牲層として働くZnを被覆し、熱交換器製造時のろう付けによるZnの蒸発を防止するために、第1層の上に、AlまたはAl−Ca、Al−Zn−Ca系等のAl合金を溶射して耐食性を改善したアルミニウム製熱交換器用管材が開示されている。また、特許文献3では、伝熱管表面に、Al−Zn合金層を形成し、さらにその表面にIn,Sn、HgおよびCdから選ばれる1種または2種以上の元素を含むAl−Zn合金層を形成して高い耐食性を有するようにしたAl合金製伝熱管が開示されている。一方、特許文献4では、Al合金母材管の表面に、Al−Zn合金材をクラッドして厚膜の犠牲陽極被膜を形成したORV型気化器用のフィンチューブ(フィン型伝熱管)が開示されている。
【特許文献1】特開平9−178391号公報
【特許文献2】特開平1−114698号公報
【特許文献3】特公平7−1157号公報
【特許文献4】特開平5−164496号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ORVのパネル3の下部および下部ヘッダー2は、LNG(液体状態の天然ガス)が流通するため、氷点下まで冷却されている。このようなORVの低温領域で溢流垂下する海水に接触する状態では、伝熱管母材のアルミニウム合金表面に酸化皮膜が形成されにくくなり、伝熱管母材の電極電位が、特許文献1〜4に記載されたAl−Zn合金皮膜の電極電位よりも低くなり、Al−Zn合金皮膜の犠牲防食作用が発揮されなくなり、伝熱管母材が保護されない虞がある。例えば、海水温度が高い場合、またはパネル3のLNG流通による冷却負荷が大きい場合などの環境条件によっては、Al−Zn合金皮膜の高い電位にアルミ合金伝熱管母材が引っ張られて、伝熱管母材がガルバニック腐食される虞がある。
【0006】
この発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであり、その課題は、冷却負荷が大きいため、表面に酸化皮膜が形成されにくいパネル下部側や下部ヘッダーに配置しても、Al合金母材表面の腐食損傷を防止する効果に優れたLNG気化器用伝熱管およびその製造方法と、この伝熱管を用いたLNG気化器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の課題を解決するために、この発明では以下の構成を採用したのである。
【0008】
即ち、請求項1に係るLNG気化器用伝熱管は、内部にLNGが流通し、外表面に海水が供給され、この海水と前記LNGとが熱交換してLNGを気化させる、外表面に防食皮膜が形成されたAl合金からなるLNG気化器用伝熱管であって、前記防食皮膜が、前記Al合金のMg組成よりも多い量のMgを含有するAl合金皮膜であることを特徴とする。
【0009】
前述のように、伝熱管のアルミニウム合金母材表面に酸化皮膜が形成されにくい環境条件下では、これらの母材合金よりもZnの自然電極電位が高くなるため、Al−Zn溶射皮膜の方が伝熱管または下部ヘッダーの母材合金よりも電位が高くなり、犠牲防食効果が得られなくなる。このため、伝熱管母材のアルミニウム合金表面に酸化皮膜が形成されにくい環境条件下でも、犠牲防食作用を発揮させるためには、熱力学的にAlよりも電位が低い金属の、例えば溶射加工による皮膜を形成する必要がある。このような金属としては、Mgが最適であり、Mgを含有する合金皮膜で、伝熱管や下部ヘッダーの材質として用いられるAl合金母材よりも「卑」な皮膜であれば、犠牲防食皮膜として良好に適用できる。なお、熱力学的にAlよりも電位が低い金属としては、Mgの他に、Hf(ハフニウム)、Ti(チタン)、Be(ベリリウム)がある。この中、Ti、Beの酸化皮膜はAlの酸化皮膜よりも強固であり、これらの金属が熱力学的にAlよりも「卑」な金属であっても、LNG気化器が運転される環境を考えると、実質的にAlよりも「貴」な金属となる。また、HfやTiを含有する金属は伸線性が著しくわるく、皮膜形成手段であるフレーム溶射に用いる溶射材に加工することも困難である。したがって、Hf、Tiを犠牲防食用皮膜に適用することはできない。一方、Beには毒性があるため、皮膜形成作業時の危険性やORV運転時の海洋汚染の問題があり、また、非常に高価な材料であるため、犠牲防食用皮膜としては不適である。
【0010】
請求項2に係るLNG気化器用伝熱管は、前記Al合金皮膜の膜厚が100〜1000μmの範囲にあることを特徴とする。
【0011】
上記Al合金皮膜を、前述のように、ORVに適用する場合には、耐膨れ剥離性を向上させるために、膜厚を適切に制御することが重要である。膜厚が100μmを下回ると、溶射皮膜自体の腐食代が不足するため、伝熱管または下部ヘッダーのアルミ合金母材が容易に海水に露出するようになる。最小膜厚として100μm以上、好ましくは150μm以上、200μm以上がさらに好ましい。また、早期の腐食を防止するためには、溶射皮膜は厚い方がよいが、膜厚が1000mmを超えると、溶射による成膜時の残留応力により剥離が助長されるため、膜厚は1000μm以下、好ましくは800μm以下、さらに好ましくは600μm以下にすることが好ましい。
【0012】
請求項3に係るLNG気化器用伝熱管は、前記Al合金皮膜のMg含有量が、1〜80質量%の範囲にあることを特徴とする。
【0013】
前記Al合金皮膜のMg含有量が1%を下回ると、犠牲防食効果が不十分となる。このため、犠牲防食効果をより発現させるためには、Mg含有量は1.5質量%以上がより好ましく、2質量%以上がさらに好ましく、犠牲防食効果がより有効となる。一方、Mg含有量の増加に伴い、Al−Mg合金皮膜の犠牲防食作用は高まるが、温度などの環境条件によっては皮膜の消耗速度が大きくなり過ぎる。このため、Mg含有量は80質量%以下が好ましく、50質量%以下がより好ましく、20質量%以下がさらに好ましい。すなわち、Mg組成が2〜20質量%の場合、皮膜の密着性、犠牲防食効果と皮膜耐久性とがいずれも好適に満足される。
【0014】
請求項4に係るLNG気化器用伝熱管は、前記Al合金皮膜が溶射加工により形成され、この皮膜と前記伝熱管または前記下部ヘッダーとの界面の中心線平均粗さ(Ra75)が10〜100μmの範囲にあることを特徴とする。
【0015】
前記溶射皮膜と前記伝熱管または前記下部ヘッダー、すなわちAl合金母材との界面の凹凸を大きくすることにより、溶射皮膜の内部欠陥と溶射皮膜表面との間に形成される酸素濃淡電池による界面の優先溶解が前記欠陥周囲に拡大する速度が抑制され、溶射皮膜の耐膨れ剥離性が向上する。この方法は、Al−Zn合金などの他の溶射皮膜に比べて密着性が確保しにくいAl−Mg合金溶射皮膜の密着性改善に有効な方法である。この密着性改善について詳細に検討した結果、低温域で流動海水が接触する環境下でのAl合金母材への溶射皮膜の耐剥離性は、溶射皮膜とAl合金母材の界面の中心線平均粗さRaが10μm以上の場合に向上し、優れた密着特性が得られることが判明した。密着性改善の観点から、前記界面の中心線平均粗さRa75は、12μmがより好ましく、14μmがさらに好ましい。一方、溶射皮膜とAl合金母材の界面の凹凸が大きすぎると、界面で溶射皮膜が充填されない空隙が形成されやすくなり、この空隙に海水が侵入し、界面の優先腐食が助長される。このため、界面の凹凸は、中心線平均粗さRa75が100μm以下が好ましく、80μm以下がより好ましく、60μm以下がさらに好ましい。
【0016】
請求項5に係るLNG気化器用伝熱管は、前記界面の粗さが、#16以上のブラスト粒子を含有するブラスト剤を前記溶射皮膜が形成される前記伝熱管の外表面に吹き付けて形成されたことを特徴とする。
【0017】
このように、#16以上の細粒のブラスト粒子を含有するブラスト剤を用いてブラスト粗面処理を行なうことにより、前記界面の粗さ(凹凸)を、10〜100μmの範囲に調整することが可能である。
【0018】
請求項6に係るLNG気化器用伝熱管は、前記Al合金皮膜の、前記伝熱管の中心を通る断面での最表面から深さ100μmまでの領域に存在する気孔の面積率が15%以下であることを特徴とする。
【0019】
このように、Al合金皮膜の表層部の気孔面積率を15%以下に、望ましくは10%以下に抑制すれば、膨れ剥離面積率が顕著に低下するため、良好な犠牲防食効果が得られる。
【0020】
請求項7に係るLNG気化器は、前記溶射皮膜が形成された伝熱管を複数カーテン状に配列したパネルと、このパネルの上部および下部にそれぞれ連結された気化ガス排出用の上部ヘッダーおよびLNG供給用の、下部ヘッダーとからなるパネルユニットを備え、前記パネルユニットの上部からパネルの表面に沿って流下させた海水と前記伝熱管内を下部ヘッダー側から上部ヘッダー側へ流通するLNGとの熱交換により、LNGを気化させるようにしたLNG気化器である。
【0021】
請求項8に係るLNG気化器は、前記伝熱管の溶射皮膜が、少なくともパネル下部および下部ヘッダーの外表面に形成されたLNG気化器である。
【0022】
前述のように、この種のLNG気化器では、下部ヘッダーおよびパネル下部ではLNGが液体状態であるため、氷点下まで冷却されており、このような低温領域で溢流垂下する海水に接触する状態では、伝熱管母材のアルミニウム合金表面に酸化皮膜が形成されにくくなる。このため、少なくともこの低温域のパネル下部および下部ヘッダーに前述の溶射皮膜を被覆しておくと、良好な防食効果が得られる。
【0023】
請求項9に係るLNG気化器用伝熱管の製造方法は、内部にLNGが流通し、外表面に海水が供給され、この海水と前記LNGとが熱交換してLNGを気化させる、外表面に防食皮膜が形成されたLNG気化器用伝熱管の製造方法であって、前記防食皮膜を、Mgを含有するAl合金の溶射加工により皮膜を形成した後に、この溶射皮膜の表面に機械加工処理を施すことを特徴とする。
【0024】
このように、溶射皮膜の表面に、グラインダー研削やショットピーニングなどの機械加工を施せば、溶射皮膜に存在する気孔欠陥が減少するため、使用中の膨れや剥離などの損傷が抑制され、良好な犠牲防食効果が発揮される。
【0025】
請求項10に係るLNG気化器用伝熱管の製造方法は、前記機械加工の前処理または/および後処理として、前記溶射皮膜に封孔処理を行なうことを特徴とする。
【0026】
このように、機械加工に加えて封孔処理を行なえば、溶射皮膜に存在する気孔がさらに減少するため、膨れや剥離などの損傷が一層抑制される。
【発明の効果】
【0027】
この発明では、LNG気化器の、低温領域で海水に接触する、Al合金からなる合金伝熱管の少なくともパネル下部側の外表面および下部ヘッダーの外表面に、熱力学的にAlよりも電位が低い金属であるMgを、前記Al合金よりも多く含有するAl合金皮膜を形成したので、伝熱管や下部ヘッダーのアルミニウム合金表面に酸化皮膜が形成されにくい環境条件下でも、前記Mgを含有する合金皮膜は伝熱管や下部ヘッダーのAl合金母材よりも電極電位が低いため、良好な犠牲防食効果が得られる。また、適正な粒子径のブラスト剤を用いてブラスト処理を行うことにより、界面の凹凸を所要の中心線平均粗さ(Ra75)の範囲に収めたので、溢流垂下する海水と接触する環境下での前記Al合金皮膜の耐剥離性が、実用上支障のないレベルにまで向上した。さらに、前記合金皮膜を形成した後に、機械加工や封孔剤含浸処理を施すことが耐剥離性の向上に顕著な効果が得られ、これらにより、伝熱管の腐食損傷が回避されてLNG気化器の操業効率および耐用年数が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、この発明の実施形態を添付の図1に基づいて説明する。
【0029】
図1は、実施形態の伝熱管が組み込まれたLNG気化器を示したもので、複数の伝熱管3aをカーテン状に配列したパネル3と、このパネル3の上部および下部にそれぞれ連結されたLNG供給用の下部ヘッダー2および気化ガス(NG)排出用の上部ヘッダー4とからなるAl合金(例えば、A3203などのAl−Mn系合金、A5083などのAl−Mg系合金、A6063などのAl−Mg−Si系合金)製の複数のパネルユニットUが並列に配置されている。前記下部ヘッダー2および上部ヘッダー4は、それぞれ下部のLNGマニホールド1および上部のNGマニホールド5に接続されている。各パネルユニットUのパネル3間の上方には、LNGを気化させる熱源としての海水を流下させるトラフ8がそれぞれ配置されている。LNGは、下部のLNGマニホールド1から下部ヘッダー2に送られ、パネル3の各伝熱管3a内を上昇する過程で前記海水と熱交換して気化し、上部ヘッダー4から上部のNGマニホールド5を経て、ガスライン(図示省略)に供給される。
【0030】
前記伝熱管3aと下部ヘッダー2のそれぞれの外表面には、Mg組成が1〜80質量%、好ましくは3〜30質量%のAl合金皮膜、すなわちAl−Mg合金皮膜が、溶射加工により、100〜1000μm、好ましくは200〜600μmの範囲の膜厚に形成されている。この溶射加工によるAl−Mg合金皮膜の伝熱管3aおよび下部ヘッダー2、すなわちAl合金母材への密着性を向上させるために、溶射加工による皮膜形成の前処理として、粒径#16以上の細粒のブラスト剤を用いて、前記Al合金母材の外表面に、中心線平均粗さRa75が10〜100μm、好ましくは14〜60μmの範囲に、ブラスト粗面処理が施され、溶射皮膜とAl合金母材の界面の凹凸が調整される。そして、溶射膜形成後、Al−Mg合金皮膜への浸透性に優れた、例えば、高分子エポキシ樹脂を溶射膜表面に少なくとも1回塗布する封孔処理を施すことが望ましい。なお、伝熱管3aへのAl−Mg合金皮膜の被覆は、必ずしも、伝熱管3aの全表面に施す必要はなく、少なくともパネル3の下部1m程度までの被覆でよい。
【0031】
前記伝熱管および下部ヘッダーのAl合金母材と溶射皮膜との界面の凹凸、即ちRa75が、少なくとも10〜100μmの範囲にあることは、局所的に実現しても意味がなく、溶射膜被覆面全体で実現する必要がある。このため、本実施形態では、予め、溶射皮膜を被覆するAl合金母材の対象表面域から、無作為に10箇所以上測定点選んで、JIS B 0031・JIS B 0061の付属書で定義されている測定方法により、中心線平均粗さRa75を測定する。そして、全測定値の相加平均が前記Ra75の範囲にあることを確認してから、溶射皮膜の成膜を行なう。このAl合金母材と溶射皮膜との界面の凹凸は、溶射皮膜を成膜した後に測定することも可能である。この場合には、同一ブラスト処理、同一溶射皮膜形成処理のロットから任意に抽出した前記Al合金母材の、溶射皮膜の被覆面から無作為に10点以上の測定箇所を選んで、溶射膜被覆面の断面をSEM観察し、画像処理を行なうことにより、Ra75を算出することができる。この場合も、全測定値の相加平均が前記Ra75の範囲にあることが必要である。なお、前記界面の凹凸は、ブラスト処理の代わりに機械加工により付与することも可能である。
【実施例1】
【0032】
LNG気化器(ORV)のパネル3と下部ヘッダー2(図1参照)付近の環境を模擬するため、まず、直径16mm、厚さ4mmの純アルミニウムの円板を準備し、この円板の中心を通る直線を境界として、一方の領域表面に、表1に示す各種組成の溶射皮膜を300μmの厚さで成膜し、溶射後は特に何の処理も施さずに、供試材とした。そして、この供試材の、溶射加工を施していない他方の領域裏面に、ペルチェ素子を密着させることにより、前記供試材の円板裏面を氷点下20℃まで冷却した、溶射皮膜が成膜された一方の領域表面を前記氷点下20℃の温度状態で、30℃の市販の人工海水(富田製薬製「マリンアートハイ」)に20時間曝した後、腐食により形成された前記円板素地のくぼみ量、および溶射皮膜のくぼみ量を表面粗さ計で測定した。測定結果を表1に示す。表1から、従来のAl−Zn系溶射皮膜(NO.15、NO>16)の場合は、溶射皮膜のくぼみ量は1〜2μmと少なく、一方円板素地のくぼみ量は12μm程度と多く、前記海水暴露環境では溶射皮膜の犠牲防食効果があまり発揮されていないことがわかる。これに対し、Al−Mg系溶射皮膜の場合は、Al−Zn系溶射皮膜の場合に比べて溶射皮膜のくぼみ量は多く、円板素地のくぼみ量は少なくなっており、Mg含有量が1%以上では、溶射皮膜のくぼみ量が5μm以上と多くなって、溶射皮膜の犠牲防食効果が発現されており、それに伴って、円板素地のくぼみ量が8μm以下と少なくなっている。とくに、前記純アルミ円板素地のくぼみ量を少なくする観点からは、Mg組成は、1質量%以上、より好ましくは3質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上とするのが有効である。なお、Mg組成が5質量%以上では、前記円板素地のくぼみ量はあまり変化しないが、Al−Mg溶射皮膜のくぼみ量が大きくなり、Mg組成が80質量%を超えて90質量%になると、溶射皮膜の消耗が著しくなるため、Mg組成は、80質量%以下とするのが好ましい。溶射皮膜の過度の消耗を防止するという観点からは、Mg組成は、より好ましくは50質量%以下、さらに好ましくは30質量%以下とするのが有効である。なお、表1で、G1、G2、G3は、犠牲防食効果の評価レベルを表しており、G1<G2<G3の順に犠牲防食効果が大きくなる。
【0033】
【表1】

【実施例2】
【0034】
厚さ5mmの200mm四方のアルミ合金(A5083)板の片面に機械加工によって種々の粗さの表面凹凸を付与して、アルミ母材とした。この機械加工直後に、表面粗さ計を用いて各アルミ母材の中心線平均粗さRa75を測定した。試験条件ごとに、機械加工時の目標表面粗さが同じである各アルミ母材を10枚(N数=10)準備し、この10枚のRa75の平均値を各アルミ母材と溶射皮膜の界面の凹凸(Ra75)として、表2に記載した。アルミ母材との良好な接着性を確保するため、機械加工後直ちに、Al−5質量%Mg線材を用いたフレーム溶射により、厚さ300μmまでのAl−5質量%Mgの皮膜を、アルミ母材の機械加工を施した表面に成膜した。また、一部のアルミ母材の機械加工を施した表面には、Al−90%質量Mg線材を用いたフレーム溶射により、厚さ300μmのAl−90%Mg皮膜を成膜した。溶射後はとくに何の処理も施さずに供試材とした。試験条件ごとの、溶射皮膜組成と膜厚を表2に記載した。
【0035】
【表2】

【0036】
表2に記載したNO.1〜21の溶射皮膜を成膜した各アルミ母材10枚をそれぞれ試験片として、膨れ剥離試験を実施した。まず、前記試験片をそれぞれ、20℃、pH8.2、流速3m/sの人工海水に3ヶ月間浸漬し、浸漬後の溶射皮膜の表面に発生した膨れ剥離の面積率を測定し、10枚の試験片の平均値を、NO.1〜21の溶射皮膜を成膜した各アルミの膨れ剥離の面積率として表2に記載した。表2で、溶射皮膜とアルミ母材の界面の凹凸(Ra75)と膨れ剥離面積率との関係に着目すると、界面の凹凸(Ra75)が約10μm以上(NO.2、NO.3試験片)になると、膨れ剥離面積率は20%程度に急激に低下し、流動海水環境中での耐剥離性が向上することがわかる。また、この膨れ剥離面積率は、界面の凹凸(Ra75)が約12μm以上(NO.4、NO.5試験片)になると半減し、さらに約14μm以上(NO.6試験片)になると、2〜3%程度と著しく減少する。従って、前記界面の凹凸(Ra75)は、10μm以上、好ましくは12μm以上、さらに好ましくは14μm以上とするのが有効である。
【0037】
表2に記載したNO.1〜21の溶射皮膜を成膜した各アルミ母材10枚をそれぞれ試験片として、膨れ剥離試験を実施した。まず、前記試験片をそれぞれ、20℃、pH8.2、流速3m/sの人工海水(富田製薬製「マリンアートハイ」)に3ヶ月間浸漬し、浸漬後の溶射皮膜の表面に発生した膨れ剥離の面積率を画像解析により測定・算出し、10枚の試験片の平均値を、NO.1〜21の溶射皮膜を成膜した各アルミの膨れ剥離の面積率として表2に記載した。表2で、溶射皮膜とアルミ母材の界面の凹凸(Ra75)と膨れ剥離面積率との関係に着目すると、界面の凹凸(Ra75)が約10μm以上(NO.2、NO.3試験片)になると、膨れ剥離面積率は20%程度に急激に低下し、流動海水環境中での耐剥離性が向上することがわかる。また、この膨れ剥離面積率は、界面の凹凸(Ra75)が約12μm以上(NO.4、NO.5試験片)になると半減し、さらに約14μm以上(NO.6試験片)になると、2〜3%程度と著しく減少する。従って、流動海水環境中で前記溶射皮膜の耐剥離性が向上させるためには、前記界面の凹凸(Ra75)は、10μm以上、好ましくは12μm以上、さらに好ましくは14μm以上とするのが有効である。
【0038】
一方、前記界面の凹凸(Ra75)が約60μm付近(NO.11試験片)から膨れ剥離面積率は再び上昇し始め、100μmを超えたNO.16の試験片では、膨れ剥離面積率は、NO.1試験片の10μmを下回る場合と同程度にまで急激に上昇する。このように、界面の凹凸(Ra75)が大きくなり過ぎると、溶射皮膜とアルミ母材の間に皮膜が充填されない空隙が形成されやすくなり、この空隙に海水が浸入して界面の優先腐食を助長するため、剥離面積率が上昇し、溶射皮膜の耐剥離性が低下する。従って、界面の凹凸(Ra75)は、100μm以下、好ましくは80μm以下、さらに好ましくは60μm以下とするのが有効である。
【0039】
なお、Mg組成が本発明を外れて90質量%と多い場合(試験片NO.20、21)には、界面の凹凸(Ra75)が本発明の範囲(10〜100μm)に入っていても、膨れ剥離面積率が著しく大きくなる。また、Mg組成および界面の凹凸(Ra75)が本発明の範囲内でも、溶射皮膜の膜厚が本発明の範囲外の50μmと薄い場合にも、膨れ剥離面積率が大きくなる。これは、Mg組成が90質量%と多くなると、溶射皮膜の消耗が激しくなり、より早期にアルミ母材と合金皮膜界面に海水が浸透する状態になるため、この母材ー皮膜界面にアルミの錆が多く発生する。このため、合金皮膜の膨れや剥離が生じやすくなり、膨れ剥離面積が著しく大きくなる。溶射皮膜が50μmと薄い場合にも、より早期にアルミ母材と合金皮膜界面に海水が浸透する状態になるため、同様に合金皮膜の膨れや剥離が生じやすくなり、膨れ剥離面積が大きくなる。
【実施例3】
【0040】
厚さ5mmの200mm四方のアルミ合金(A5083)板をアルミ母材として、その片面にAl−5質量%Mg合金を溶射してAl−5質量%Mg合金皮膜を被覆し、表3に示すように、溶射皮膜を被覆した後の処理が異なるNo.1からNo.7の供試材を、それぞれ11枚ずつ作製した。
【0041】
【表3】

【0042】
表3に示した溶射後の処理終了後の膜厚が300μmとなるように、No.1〜No.7の各供試材の溶射皮膜を成膜した。すなわち、目標溶射皮膜厚は、溶射後の機械加工を行わないNo.1、No.2の供試材で300μm、溶射後にグラインダー研削(10秒間研削)検索を行なうNo.3の供試材で470μm、ショットピーニング処理(処理時間60秒)を行なうNo.4〜No.7の供試材で400μmとした。溶射後の機械加工および処理を行わないNo.1、No.2の供試材の皮膜厚、および溶射後の機械加工および各処理を施したNo.3〜No.7の供試材の皮膜厚は、11枚(N=11)の同一処理材間でもバラツキがあったが、No.1〜No.7の全供試材の皮膜厚は、250〜350μmの範囲に収まった。
【0043】
それぞれ11枚ずつ用意したNo.1〜No.7の供試材から各1枚を、溶射皮膜の最表面から深さ100μmまでの領域での気孔面積率の計測用試験片として供した。各計測用試験片200mm×200mmの全領域から、まんべんなく10部位を選定し、この部位から計測用サンプルを切り出し、実施例1および実施例2の場合と同様に、溶射皮膜の断面をSEM観察し、溶射皮膜の最表面から深さ100μmまでの領域に観察される気孔面積率を画像解析により求めた。このようにして求めたNo.1〜No.7の各供試材の10部位の気孔面積率の平均値を、溶射皮膜の最表面から深さ100μmまでの領域での気孔面積率として表3に記載した。
【0044】
No.1〜No.7の供試材の残りの各10枚を、それぞれ試験片として膨れ剥離試験を実施した。まず、前記試験片をそれぞれ、20℃、pH8.2、流速3m/sの人工海水に3ヶ月間浸漬した。この浸漬暴露試験後の各試験片を、溶射皮膜側が内側になるように曲げ加工をして溶射皮膜に圧縮応力を付与したときに発生する溶射皮膜の膨れ剥離発生状況をSEM観察し、溶射皮膜の表面に発生した膨れ剥離の面積率を画像解析により測定・算出し、No.1〜No.7の各供試材の10枚の膨れ剥離面積率の平均値を、膨れ剥離面積率として表3に記載した。
【0045】
表3から、溶射皮膜の気孔面積率は、溶射後の機械加工およびその後の処理を施さないNo.1供試材、溶射後の機械加工は施さず、封孔剤含浸処理のみのNo.2供試材では、17〜18%程度と大きく、それに対応して膨れ剥離面積も大きい。溶射後、グラインダー研削またはショットピーニングの機械加工のみを施したNo.3、No.4供試材では6〜10%程度に低下し、膨れ剥離面積率も2〜4%と大きく低下する。溶射後、封孔剤含浸処理とショットピーニングの機械加工を組み合わせた処理を施したNo.5〜No.7供試材では、気孔面積率は1.6%程度と著しく低下し、それに対応して膨れ剥離面積率も1%以下と著しく低減する。このように、溶射後に封孔含浸処理と機械加工を組み合わせた複合処理を施すことが、気孔面積率および膨れ剥離面積率の低減に極めて有効であることを把握した。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】LNG気化器の斜視図である。
【符号の説明】
【0047】
1・・・LNGマニホールド
2・・・下部ヘッダー
3・・・パネル
3a・・・伝熱管
4・・・上部ヘッダー
5・・・NGマニホールド
6・・・海水ヘッダー
7・・・散水ノズル
8・・・トラフ
U・・・パネルユニット



【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部にLNGが流通し、外表面に海水が供給され、この海水と前記LNGとが熱交換してLNGを気化させる、外表面に防食皮膜が形成されたAl合金からなるLNG気化器用伝熱管であって、前記防食皮膜が、前記Al合金のMg組成よりも多い量のMgを含有するAl合金皮膜であることを特徴とするLNG気化器用伝熱管。
【請求項2】
前記Al合金皮膜の膜厚が100〜1000μmの範囲にあることを特徴とする請求項1に記載のLNG気化器用伝熱管。
【請求項3】
前記Al合金皮膜のMg含有量が、1〜80質量%の範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載のLNG気化器用伝熱管。
【請求項4】
前記Al合金皮膜が溶射加工により形成され、この皮膜と前記伝熱管との界面の中心線平均粗さ(Ra75)が10〜100μmの範囲にあることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のLNG気化器用伝熱管。
【請求項5】
前記界面の粗さが、#16以上のブラスト粒子を含有するブラスト剤を前記溶射皮膜が形成される前記伝熱管の外表面に吹き付けて形成されたことを特徴とする請求項4に記載のLNG気化器用伝熱管。
【請求項6】
前記Al合金皮膜の、前記伝熱管の中心を通る断面での最表面から深さ100μmまでの領域に存在する気孔の面積率が15%以下であることを特徴とする請求項4または5に記載のLNG気化器用伝熱管。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の溶射皮膜が形成された伝熱管を複数カーテン状に配列したパネルと、このパネルの上部および下部にそれぞれ連結された気化ガス排出用の上部ヘッダーおよびLNG供給用の下部ヘッダーとからなるパネルユニットを備え、前記パネルユニットの上部からパネルの表面に沿って流下させた海水と前記伝熱管内を下部ヘッダー側から上部ヘッダー側へ流通するLNGとの熱交換により、LNGを気化させるようにしたLNG気化器。
【請求項8】
前記伝熱管の溶射皮膜が、少なくともパネル下部および下部ヘッダーの外表面に形成された請求項7に記載のLNG気化器。
【請求項9】
内部にLNGが流通し、外表面に海水が供給され、この海水と前記LNGとが熱交換してLNGを気化させる、外表面に防食皮膜が形成されたLNG気化器用伝熱管の製造方法であって、前記防食皮膜を、Mgを含有するAl合金の溶射加工により皮膜を形成した後に、この溶射皮膜の表面に機械加工処理を施すことを特徴とするLNG気化器用伝熱管の製造方法。
【請求項10】
前記機械加工の前処理または/および後処理として、前記溶射皮膜に封孔処理を行なうことを特徴とする請求項9に記載のLNG気化器用伝熱管の製造方法。







【図1】
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【公開番号】特開2007−78237(P2007−78237A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−265666(P2005−265666)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】