説明

がん細胞の細胞分裂期におけるカスパーゼの活性化と、カスパーゼ阻害物質の抗がん剤などへの利用

【課題】がん細胞におけるカスパーゼの生理的役割、およびカスパーゼ阻害剤の抗がん剤としての利用可能性について検討し、その知見に基づきカスパーゼを標的とした新たな抗がん剤等を提供すること。
【解決手段】カスパーゼが、がん細胞の細胞分裂期に活性化されることを今回新たに見出した。カスパーゼ阻害剤を投与することによって、がん細胞において細胞分裂の進行が遅延し、分裂期における正常な染色体分離が阻害された。さらに、カスパーゼ阻害剤を投与することによって、肝がん由来細胞、子宮頚がん由来細胞などに対して増殖抑制効果が認められた。本発明の抗がん剤は、このようにがん細胞の増殖抑制効果が認められたカスパーゼ阻害剤を有効成分とするものであり、肝がん、子宮頚部がんといった固形がん等に対する抗がん剤として使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カスパーゼ阻害剤の抗がん剤などへの利用に関し、より詳細には、カスパーゼ阻害剤の新たな効能としてがん細胞の増殖抑制効果を見出し、これを抗がん剤、あるいは、抗がん効果のある機能性食品、サプリメントなどとして利用するものである。
【背景技術】
【0002】
アポトーシスは、生体にとって不要となった細胞を排除する主要機構である。アポトーシスの制御不良、すなわち、過度のアポトーシス、またはアポトーシスの不履行はいずれも、急性炎症、自己免疫疾患、虚血性疾患、並びに神経変性疾患といったような多数の疾患に関与している(後記の非特許文献1・2)。
【0003】
アポトーシスを実行する主要分子として、カスパーゼ(caspase)が同定されている。カスパーゼは、活性中心にシステイン残基を持つシステインプロテアーゼであり、アスパラギン酸のC末端側を切断する活性を持つ。カスパーゼは、不活性なプロ酵素(proform)として合成され、三つの領域から構成されている。N末端側から、プロドメイン、大サブユニット、小サブユニットと呼ばれ、各ドメインの間で蛋白分解によるプロセッシングが起こり、大小サブユニットがヘテロダイマーを作りさらに4量体となって活性型酵素(active form)となる(後記の非特許文献1・3)。
【0004】
カスパーゼは、これまでに哺乳動物から14種類同定されており、アポトーシス実行に関与するものと炎症反応に関与するものに大別されている。さらにアポトーシスに関与するものは、上流で機能するイニシエーターカスパーゼと下流で機能するエフェクターカスパーゼに分類される。イニシエーターカスパーゼは、長いプロドメインを持っており、この領域でアダプター分子と結合することにより活性化し、カスパーゼ2、8、9、10が含まれる。エフェクターカスパーゼは、短いプロドメインをもっており、イニシエーターカスパーゼによってアスパラギン酸のC末端側で切断され、大小サブユニットに分かれ活性化する。エフェクターカスパーゼにはカスパーゼ3、6、7が含まれる。活性化したエフェクターカスパーゼが種々の基質を切断することによりアポトーシスの実行を行う(後記の非特許文献1・3・4)。
【0005】
近年、カスパーゼの活性を抑制することによりアポトーシスの異常で引き起こされる疾患の治療ができるのではないかと考えられ、種々のカスパーゼ阻害剤が開発、同定されている。カスパーゼの酵素活性を阻害する物質としては天然に存在する阻害蛋白質と人工的に化学合成されたペプチド性阻害剤がある。天然に存在する阻害蛋白質としてはIAPファミリー蛋白質(例えば、cIAP1, cIAP2, XIAP, survivin等)、バキュロウイルス由来のp35蛋白質、牛痘ウイルス由来のcrmA蛋白質があり、ペプチド性阻害剤はカスパーゼがアスパラギン酸のC末端側を切断するという性質を利用して、そのペプチドの中にアスパラギン酸を含んだ阻害剤であり、可逆的、或いは不可逆的にカスパーゼに結合してその活性を阻害する。例えば、後述のペプチド性阻害剤「Z-Asp-CH2-DCB」については、後記の特許文献1−4に記載されている。
【0006】
これまでにアポトーシスの増加と関連のある、様々な哺乳動物の疾患状態を処置するためのカスパーゼ阻害剤の有用性が示されている。例えば、動物モデルを用いた前臨床試験において、カスパーゼ阻害剤により肝臓、心筋、腎臓、腸、及び、脳の虚血−再潅流で引き起こされる損傷によるアポトーシスが抑制され、これら臓器の機能が保持される(後記の非特許文献5−9)。また、カスパーゼ阻害剤は動物モデルを用いた前臨床試験において、外傷性脳障害、筋委縮性側索硬化症、パーキンソン病などによる神経細胞のアポトーシスを抑制する(後記の非特許文献10−12)。
【0007】
以上のように、カスパーゼをアポトーシス実行の主要因子と考え、その活性を負に制御することによってアポトーシスの異常で引き起こされる種々の疾患の治療に向けた研究、開発が行われているが、近年になりカスパーゼの新たな機能が報告されつつある。例えば、細胞増殖、細胞運動、細胞周期制御、細胞分化などであるが、その詳細な機構は不明なままである(下記の非特許文献13−17)。これらカスパーゼの新たな機能とその作用点を明らかにすることによって、カスパーゼ阻害剤の疾患治療に向けた新しい使用方法が見出される可能性がある。
【0008】
ところで最近になり、ある種のがん細胞(前立腺がん、乳がん、大腸がんなど)でアポトーシスと関連しないカスパーゼの活性上昇が報告されている(下記の非特許文献18)。これらのがん細胞では同時にカスパーゼの阻害蛋白質であるIAPファミリー蛋白質の発現上昇も観察されており、カスパーゼ活性上昇により高まったアポトーシスに陥る危険性をカスパーゼ阻害蛋白質の発現を上げることで回避していると考えられている(下記の非特許文献19−25)。また、これら阻害蛋白質の機能を阻害することによってがん細胞特異的にアポトーシスを誘導してがん治療を行おうという試みもなされている(下記の非特許文献26−28)。
【0009】
【特許文献1】米国特許第5985838号公報
【特許文献2】米国特許第6576614号公報
【特許文献3】特開平7−025865号公報
【特許文献4】特開平7−069894号公報
【非特許文献1】Thornberry et al., Science, 281, 1312-1316 (1998)
【非特許文献2】Nicholson et al., Nature, 407, 810-816 (2000)
【非特許文献3】Earnshaw et al., Annu. Rev. Biochem., 68, 383-424 (1999)
【非特許文献4】Fischer et al., Cell Death Differ., 10, 76-100 (2003)
【非特許文献5】Cursio et al., FASEB J., 13, 253-261 (1999)
【非特許文献6】Mocanu et al., Br. J. Pharmacol., 130, 197-200 (2000)
【非特許文献7】Farber et al., J. Vasc. Surg., 30, 752-760 (1999)
【非特許文献8】Daemen et al., J. Clin. Invest., 104, 541-549 (1999)
【非特許文献9】Endres et al., J. Cereb. Blood Flow Metab., 18, 238-247 (1998)
【非特許文献10】Yakovlev et al., J. Neurosci., 17, 7415-7424 (1997)
【非特許文献11】Li et al., Science, 288, 335-339 (2000)
【非特許文献12】Schierle et al., Nature Med., 5, 97-100 (1999)
【非特許文献13】Los et al., Trends Immunol. 22, 31-34 (2001)
【非特許文献14】Algeciras-Schimnich et al., Curr. Opin. Cell Biol. 14, 721-726 (2002)
【非特許文献15】Schwerk et al., Biochem. Pharmacol. 66, 1453-1458 (2003)
【非特許文献16】Newton et al., Genes Dev. 17, 819-825 (2003)
【非特許文献17】Woo et al., Nature Immunol. 4, 1016-1022 (2003)
【非特許文献18】Yang et al., Cancer Res., 63, 6815-6824 (2003)
【非特許文献19】Satoh et al., Cancer, 92, 271-278 (2001)
【非特許文献20】Ambrosini et al., Nat. Med. 3, 917-921 (1997)
【非特許文献21】Serela et al., Ann. Surg. Oncol., 8, 305-310 (2001)
【非特許文献22】Tanaka et al., Clin. Cancer Res., 6, 127-134 (2000)
【非特許文献23】Ferreira et al., Ann. Oncol., 12, 799-805 (2001)
【非特許文献24】Li et al., Endocrinology, 142, 370-380 (2001)
【非特許文献25】Sasaki et al., Cancer Res., 60, 5659-5666 (2000)
【非特許文献26】Liston et al., Nat. Cell Biol., 3, 128-133 (2001)
【非特許文献27】Mesri et al., J. Clin. Investig., 108, 981-990 (2001)
【非特許文献28】Schimmer et al., Cancer Cell, 5, 25-35 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、がん細胞においてアポトーシスと関連しないカスパーゼの活性上昇が報告されている。しかしながら、がん細胞特異的なカスパーゼの活性上昇の理由は不明であり、もし、がん細胞特異的なカスパーゼの機能を明らかにできれば、カスパーゼの活性を阻害することによる新たながん治療法を提示できる可能性がある。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みなされたものであって、その目的は、がん細胞におけるカスパーゼの生理的役割、およびカスパーゼ阻害剤の抗がん剤としての利用可能性について検討し、その知見に基づきカスパーゼを標的とした新たな抗がん剤等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の課題に鑑み鋭意研究を進めた結果、(1)がん細胞の細胞分裂期特異的にカスパーゼの活性型が検出されること、(2)カスパーゼ阻害剤を投与することによって、がん細胞において細胞分裂の遅延を来し、また、分裂期における正常な染色体分離が阻害されること、さらに、(3)カスパーゼ阻害剤を投与することによって、実際に肝がん、子宮頚がん、急性T細胞性白血病由来の各がん細胞に対して増殖抑制効果が認められたこと、等を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
即ち、本発明は、医療および産業上有用な発明として、以下の発明を包含するものである。
A) カスパーゼ阻害物質を有効成分とする抗がん剤。カスパーゼ阻害物質には、(1)基質類似の構造体等を有し、カスパーゼの活性部位に結合することによって、カスパーゼの活性を阻害する物質、(2)活性部位以外の部位と相互作用し、カスパーゼの活性を阻害する物質、(3)カスパーゼの活性化を抑制・阻害することによってカスパーゼを阻害する物質、(4)カスパーゼの発現を抑制・阻害することによってカスパーゼを阻害する物質など、カスパーゼを直接的または間接的に阻害する物質が広く含まれる。
B) がん細胞の細胞分裂期において活性化されるカスパーゼの阻害物質を有効成分とする抗がん剤。
C) カスパーゼ1、3、4、7、8、9のいずれか1つ又は複数の阻害物質を有効成分とする抗がん剤。
D) 肝がん、子宮頚部がんなどの固形がんに適用される、上記A)〜C)のいずれかに記載の抗がん剤。
E) カスパーゼ阻害物質が、ペプチド性化合物、非ペプチド性化合物、または、生物由来のタンパク質である、上記A)〜C)のいずれかに記載の抗がん剤。
F) カスパーゼ阻害物質が、下記(1)〜(8)のいずれかの化合物である、上記E)記載の抗がん剤。
(1)Z-Asp-CH2-DCB
(2)Boc-Asp(OMe)-FMK
(3)Boc-Asp(OBzl)-CMK
(4)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-YVAD-CHO
(5)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-DEVD-CHO
(6)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEVD-CHO
(7)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-IETD-CHO
(8)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEHD-CHO
G) カスパーゼ阻害物質を含有することによって、抗がん作用を有する食用組成物。
H) カスパーゼタンパク質の発現を特異的に抑制するRNAをがん細胞に導入することによって、がん細胞の増殖を抑制する方法。
上記RNA(RNAi)は、siRNA(short interference RNA:「short interfering RNA」「small interfering RNA」等とも呼ばれる。)であってもよいし、RNAi発現ベクター(「siRNA発現ベクター」等とも呼ばれる。)であってもよい。siRNAおよびRNAi発現ベクターは、抑制対象となるカスパーゼの遺伝子配列をもとに公知の方法にしたがって設計することができる(たとえばAmbion TechNotes 9(1): 3-5 (2002)、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99(8): 5515-5520 (2002)、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99(9) : 6047-6052 (2002)、Nature Biotechnology 20 : 505-508 (2002)など参照)。また、RNAi発現ベクターは、(1)1本のRNAで適当な長さのヘアピン構造をもつdsRNAを対象細胞内で発現させるように設計されたもの、(2)センス鎖、アンチセンス鎖それぞれを対象細胞内で発現させ、会合させるように設計されたもの、のいずれであってもよい。
がん細胞へのRNAの導入は、常法にしたがって行うことができるが(たとえばNature 411:494-498 (2001)、Science 296:550-553 (2002)など参照)、本発明以降に新たに開発された方法を使用するものであってもよい。
I) カスパーゼタンパク質の発現を特異的に抑制するRNA、または当該RNAを標的がん細胞で発現するよう構築されたRNAi発現ベクターからなる抗がん剤。
「RNAi発現ベクター」は、ウイルスベクター、プラスミド、ファージ、又はコスミドなどを使用することができ、標的がん細胞内で機能するプロモーター(たとえばU6又はH1プロモーター等のRNAポリメラーゼIII系のプロモーター、あるいはRNAポリメラーゼII系のプロモーターなど)を発現させるsiRNAの配列の上流に組み入れたものを使用すればよい。
なお、ここで「カスパーゼタンパク質の発現を特異的に抑制する」とは、標的がん細胞におけるカスパーゼタンパク質の発現量を実質的に低下させるものであればよく、カスパーゼタンパク質の発現を完全に抑制するものでなくてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、カスパーゼ阻害剤を抗がん剤、または抗がん効果のある機能性食品等として利用するものである。従来、カスパーゼ阻害剤の医薬利用は、アポトーシスの抑制・予防という観点から研究開発が進められてきた(例えばアポトーシスの異常によって引き起こされる神経変性疾患の治療など)。本発明は、がん細胞の細胞分裂期にカスパーゼが活性化してその制御に関与することを見出し、さらに、この知見に基づいてカスパーゼ阻害剤によるがん細胞の増殖抑制という新たな用途を提供するものである。
【0015】
このように本発明によれば、アポトーシスの実行に重要な役割を果たすと考えられているカスパーゼを阻害することにより、がん細胞の増殖を抑制することができる。多くのがん細胞で非アポトーシス状態であるにもかかわらず、カスパーゼの活性が上昇しており、カスパーゼ阻害剤はがん細胞特異的に作用する可能性が高い。これまでのがん治療に用いられてきた化学療法、放射線療法などは、細胞にアポトーシスを誘導することが目的であり、がん細胞以外の正常細胞にも多大な影響があり、その副作用が大きな問題となっている。がん細胞特異的に活性化するカスパーゼを標的とする本発明の抗がん剤の使用によって、副作用の極めて低い、これまでにない新しいタイプのがん治療方法の確立が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい態様について説明する。なお、本明細書および図面において、アミノ酸等の化合物を略号で表記する場合、その表記はIUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclature による略号あるいは当該分野における慣用略号に基づくものである。
【0017】
[1]本発明の抗がん剤
本発明の抗がん剤は、上述のとおり、カスパーゼ阻害物質すなわちカスパーゼ阻害剤を有効成分とするものである。後述の実施例に示すように、いくつかのカスパーゼ阻害剤を投与することによって、実際に肝がん由来HepG2細胞、および子宮頚がん由来HeLa細胞の増殖を抑制・阻害することができた(図7・8)。
【0018】
従来、カスパーゼはアポトーシス実行時に活性化し、アポトーシスを正に制御することから、その阻害剤はアポトーシスを抑制するために使用されてきた。これに対して本発明者は、カスパーゼの多様な生理的役割を解明する過程で今回新たに、HepG2細胞、HeLa細胞といったがん細胞において、カスパーゼが細胞分裂期特異的に活性化することを見出した(図1−3)。また、カスパーゼ阻害剤の投与によって、がん細胞において細胞周期の進行が遅延し、分裂期における正常な染色体分離が阻害された(図4−6)。なお、詳細は後述する。
【0019】
本発明は、上記新たな知見に基づき、実際に肝がん、子宮頚がん由来の各がん細胞に対するカスパーゼ阻害剤の増殖抑制効果を確認し、カスパーゼ阻害剤の抗がん剤としての新規使用方法を提供するものである。
【0020】
カスパーゼ阻害剤は、急性T細胞性白血病由来Jurkat細胞の増殖も抑制した(図7)ため、本発明の抗がん剤は、白血病などのがん治療に対しても使用できる。また、がん細胞における非アポトーシス状態でのカスパーゼの活性化は、前立腺がん、乳がん、大腸がんなどにおいて報告されているため、これらがん細胞に対してもカスパーゼ阻害剤によって増殖を抑制できる可能性がある。さらに、がん細胞における非アポトーシス状態でのカスパーゼの活性化が広く認められるならば、すべてのがんに対して増殖抑制によるカスパーゼ阻害剤の抗がん剤としての使用が可能となる。
【0021】
換言すれば、本発明の抗がん剤は、細胞分裂期においてカスパーゼの活性化が認められるがん細胞に対して適応可能であり、具体的には、肝がん等の消化器系がん、子宮頚部がん等の扁平上皮がん、といった各種固形がんへの使用を例示することができる。
【0022】
カスパーゼ阻害剤により阻害対象となるカスパーゼの種類は特に制限されるものではないが、カスパーゼ1、3、4、7、8、9の各阻害剤について実際に増殖抑制効果が認められたので(図8)、カスパーゼ1、3、4、7、8、9のいずれか1つ又は複数を阻害するカスパーゼ阻害剤の使用が好ましい。とりわけ、増殖抑制効果の高かったカスパーゼ1、3、4、7の各阻害剤の使用が好ましく、肝がん、子宮頚がん等で分裂期における活性化が確認されたカスパーゼ3、7に対する阻害剤の使用が特に好ましい。また、複数種類のカスパーゼを阻害する汎用性のカスパーゼ阻害剤を使用してもよいし、カスパーゼ3等の活性化を上流で制御するカスパーゼの阻害剤を使用してもよい。
【0023】
カスパーゼ阻害剤すなわちカスパーゼ阻害物質は、ペプチド性化合物、非ペプチド性化合物、あるいは、生物由来のタンパク質のいずれであってもよい。ペプチド性化合物としては、例えば人工的に化学合成された下記(1)〜(8)のペプチド性化合物を挙げることができる。
(1)Z-Asp-CH2-DCB(分子量454.26)
(2)Boc-Asp(OMe)-FMK(分子量263.3)
(3)Boc-Asp(OBzl)-CMK(分子量355.8)
(4)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-YVAD-CHO(分子量1990.5)
(5)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-DEVD-CHO(分子量2000.4)
(6)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEVD-CHO(分子量1998.5)
(7)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-IETD-CHO(分子量2000.5)
(8)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEHD-CHO(分子量2036.5)
【0024】
上記(1)〜(3)の化合物はいずれも細胞膜透過性であり、複数種類のカスパーゼを阻害する汎用性のカスパーゼ阻害剤である。(1)のZ-Asp-CH2-DCBは、正式名ベンジルオキシカルボニル−L―アスパルト―1―イル―[(2,6―ジクロロベンゾイル)オキシ]メタン(Benzyloxycarbonyl-L-Aspart-1-yl-[(2,6-Dichlorobenzoyl)oxy]methane)である。(2)のBoc-Asp(OMe)-FMKは、正式名N―(tert―ブトキシカルボニル)アスパルチル(O―メチル)―フルオロメチルケトン(N-(tert-butoxycarbonyl)aspartyl(O-methyl)-fluoromethylketone)である。(3)のBoc-Asp(OBzl)-CMKは、正式名N―(tert―ブトキシカルボニル)アスパルチル(O―ベンジル)―クロロメチルケトン(N-(tert-butoxycarbonyl)aspartyl(O-benzyl)-chloromethylketone)である。Z-Asp-CH2-DCB、Boc-Asp(OMe)-FMK、Boc-Asp(OBzl)-CMKはいずれもHepG2細胞、HeLa細胞、Jurkat細胞の増殖を濃度依存的に抑制した(図7)。増殖抑制効果の程度は、Boc-Asp(OBzl)-CMK、Z-Asp-CH2-DCB、Boc-Asp(OMe)-FMKの順に良好であった。
【0025】
上記(4)は、カスパーゼ1阻害剤であり、カスパーゼ1の阻害に関与するYVAD(すなわちチロシン−バリン−アラニン−アスパラギン酸)の4アミノ酸のN末端側には細胞膜透過性を高めるために、下記アミノ酸配列からなるカポジ繊維芽細胞成長因子(Kaposi fibroblast growth factor)の疎水性領域が付与されている。
アミノ酸配列:AAVALLPAVLLALLAP(すなわちアラニン−アラニン−バリン−アラニン−ロイシン−ロイシン−プロリン−アラニン−バリン−ロイシン−ロイシン−アラニン−ロイシン−ロイシン−アラニン−プロリン)
【0026】
上記(5)は、カスパーゼ3および7阻害剤であり、カスパーゼ3および7の阻害に関与するDEVD(すなわちアスパラギン酸−グルタミン酸−バリン−アスパラギン酸)の4アミノ酸のN末端側に、細胞膜透過性を高めるために、上記カポジ繊維芽細胞増殖因子の疎水性領域が付与されている。
【0027】
上記(6)は、カスパーゼ4阻害剤であり、カスパーゼ4の阻害に関与するLEVD(すなわちロイシン−グルタミン酸−バリン−アスパラギン酸)の4アミノ酸のN末端側に、細胞膜透過性を高めるために、上記カポジ繊維芽細胞増殖因子の疎水性領域が付与されている。
【0028】
上記(7)は、カスパーゼ8阻害剤であり、カスパーゼ8の阻害に関与するIETD(すなわちイソロイシン−グルタミン酸−スレオニン−アスパラギン酸)の4アミノ酸のN末端側に、細胞膜透過性を高めるために、上記カポジ繊維芽細胞増殖因子の疎水性領域が付与されている。
【0029】
上記(8)は、カスパーゼ9阻害剤であり、カスパーゼ9の阻害に関与するLEHD(すなわちロイシン−グルタミン酸−ヒスチジン−アスパラギン酸)の4アミノ酸のN末端側に、細胞膜透過性を高めるために、上記カポジ繊維芽細胞増殖因子の疎水性領域が付与されている。
【0030】
上記(4)〜(8)の化合物は、これら合計20のアミノ酸からなるオリゴペプチドのN末端側にアセチル基(Ac)を、C末端側にアセトアルデヒド基(CHO)をそれぞれ有する。これら各カスパーゼに特異的な阻害剤は、抑制効果に差は見られるものの、いずれもHepG2細胞に対して増殖抑制活性を示した(図8)。
【0031】
上記(1)〜(8)の化合物は、既存の各種ペプチド合成法など公知の化学合成法を使用して容易に製造可能である。また、ペプチド性化合物としてはこれらのものに限られず、カスパーゼの活性を抑制・阻害することができる他のペプチド性化合物を本発明の抗がん剤に使用してもよい。
【0032】
例えば、ペプチド性化合物のカスパーゼ阻害剤として、(1)VX-740 - Vertex Pharmaceuticals (Leung-Toung et al., Curr. Med. Chem. 9, 979-1002 (2002))、(2)HMR-3480 - Aventis Pharma AG (Randle et al., Expert Opin. Investig. Drugs 10, 1207-1209 (2001))、を挙げることができる。
非ペプチド性化合物のカスパーゼ阻害剤としては、(1)アニリノキナゾリン(anilinoquinazolines (AQZs))-AstraZeneca Pharmaceuticals (Scott et al., J. Pharmacol. Exp. Ther. 304, 433-440 (2003))、(2)M826 - Merck Frosst (Han et al., J. Biol. Chem. 277, 30128-30136 (2002))、(3)M867 - Merck Frosst (Methot et al., J.Exp. Med. 199, 199-207 (2004))、(4)ニコチニルアスパチルケトンズ(Nicotinyl aspartyl ketones)- Merck Frosst (Isabel et al., Bioorg. Med. Chem. Lett. 13, 2137-2140 (2003))、などを例示することができる。
また、その他の非ペプチド性化合物のカスパーゼ阻害剤として、(1)IDN-6556 - Idun Pharmaceuticals (Hoglen et al., J.Pharmacol. Exp. Ther. 309, 634-640 (2004))、(2)MF-286 and MF-867 - Merck Frosst (Los et al., Drug Discov. Today 8, 67-77 (2003))、(3)IDN-5370 - Idun Pharmaceuticals (Deckwerth et al., Drug Dev. Res. 52, 579-586 (2001))、(4)IDN-1965 - Idun Pharmaceuticals (Hoglen et al., J. Pharmacol. Exp. Ther. 297, 811-818 (2001))、(5)VX-799 - Vertex Pharmaceuticals (Los et al., Drug Discov. Today 8, 67-77 (2003))、などを挙げることができる。このほかに、M-920 and M-791 - Merck Frosst (Hotchkiss et al., Nat. Immunol. 1, 496-501 (2000))などもカスパーゼ阻害剤として挙げることができる。
【0033】
生物由来のタンパク質としては、天然に存在するカスパーゼの活性阻害蛋白質であるIAPファミリー蛋白質(例えば、cIAP1, cIAP2, XIAP, survivin等)、バキュロウイルス由来のp35蛋白質、牛痘ウイルス由来のcrmA蛋白質などを例示することができる。これらのタンパク質をがん細胞特異的に発現させることにより、がん細胞の増殖を抑制することが可能である。タンパク質をがん細胞に発現させる方法としては、例えば当該タンパク質をコードする遺伝子発現ベクターの使用が挙げられる。この方法の場合、遺伝子発現ベクターの塩基配列について、常法に従って1個または数個の塩基を置換、欠失、挿入、及び/又は付加させ、人為的に改変蛋白を発現させるようにしてもよい。
さらに他のカスパーゼ阻害剤として、前述のように、カスパーゼタンパク質の発現を特異的に抑制するRNA、および当該RNAを標的がん細胞で発現するよう構築されたRNAi発現ベクターを挙げることができる。実際にRNAi法を用いて、がん細胞内の複数のカスパーゼタンパク質量を減少させたところ、がん細胞の増殖が抑制される結果が得られた。したがって、カスパーゼタンパク質の発現を抑制するsiRNAをがん治療に利用することができる。がん細胞へのsiRNAの導入方法として、標的がん細胞に効率よく選択的にsiRNAを導入するため、ベクターや核酸を生体の特定部位や特定細胞に運搬するよう提案された公知の担体やドラッグデリバリーシステムを使用することができる。
上記siRNAおよびRNAi発現ベクターは、前述のように、カスパーゼの遺伝子配列をもとに設計することができる。例えば、ヒト由来カスパーゼ3のcDNA配列とアミノ酸配列については、DDBJ/EMBL/GenBank databasesのアクセッション番号「NM_004346」および「NM_032991」等に開示され、これらの配列情報をもとにターゲット配列を決定し、カスパーゼタンパク質の発現を抑制し得るsiRNAおよびRNAi発現ベクターの設計と調製が可能である。
【0034】
以上のように、本発明の抗がん剤は、カスパーゼ阻害剤すなわちカスパーゼ阻害物質を有効成分とするものであるが、公知のカスパーゼ阻害剤のみならず、将来見出されたカスパーゼ阻害剤を使用するものであってもよい。カスパーゼ阻害剤には、(1)基質類似の構造体等を有し、カスパーゼの活性部位に結合することによって、カスパーゼの活性を阻害する物質、(2)活性部位以外の部位と相互作用し、カスパーゼの活性を阻害する物質、(3)カスパーゼの活性化を抑制・阻害することによってカスパーゼを阻害する物質、(4)カスパーゼの発現を抑制・阻害することによってカスパーゼを阻害する物質など、カスパーゼを直接的または間接的に阻害する物質が広く含まれる。例えば、カスパーゼの活性化によって細胞にアポトーシスを誘導する実験系において、当該アポトーシスを抑制する物質もカスパーゼを直接的または間接的に阻害する物質といえ、本発明のカスパーゼ阻害剤として利用し得る。
【0035】
カスパーゼの酵素活性を阻害する物質を用いる場合、阻害の程度は特に制限されるものではないが、in vivoまたはin vitroにて行われる通常の酵素活性アッセイにおいて、50%阻害濃度が数ピコモル(pM)〜数十マイクロモル(μM)程度の高い阻害活性を有するものが好ましく、in vivoにおいて数マイクロモル(μM)以下、in vitroにおいて数百ナノモル(nM)以下であることがさらに好ましい。
【0036】
[2]本発明の抗がん剤等の使用例
以上はカスパーゼ阻害剤を抗がん剤(制癌剤)として使用する場合であったが、本発明はこれに限定されるものではなく、カスパーゼ阻害剤を機能性食品、サプリメントなどの食品(食用組成物)の原材料に使用し、抗がん作用、がん予防効果をもった食品開発に利用することも可能である。あるいは、化粧品の原材料に使用し、抗がん作用、がん予防効果をもった化粧品の開発に利用することも可能である。
【0037】
以下、カスパーゼ阻害剤を抗がん剤として使用する場合の一例について説明する。カスパーゼ阻害剤は、これをそのまま、あるいは慣用の医薬製剤担体とともに医薬用組成物となし、ヒト(または動物)に投与することができる。医薬用組成物の剤形としては特に制限されるものではなく必要に応じて適宜選択すればよいが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤、塗布剤等の非経口剤が挙げられる。
【0038】
錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤は、例えば、デンプン、乳糖、白糖、トレハロース、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を用いて常法に従って製造される。これらの製剤中のカスパーゼ阻害剤の配合量は特に限定されるものではなく適宜設定できる。この種の製剤には、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を適宜に使用することができる。
【0039】
非経口剤の場合、患者の年齢、体重、疾患の程度などに応じて用量を調節し、例えば、静注、点滴静注、皮下注射、腹腔内注射、筋肉注射、腫瘍内注射などによって全身又は局所に投与する。この非経口剤は常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水等を用いることができる。さらに必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。また、この非経口剤は安定性の点から、バイアル等に充填後冷凍し、通常の凍結乾燥処理により水分を除き、使用直前に凍結乾燥物から液剤を再調製することもできる。さらに必要に応じて、等張化剤、安定剤、防腐剤、無痛化剤を加えてもよい。これら製剤中のカスパーゼ阻害剤の配合量は特に限定されるものではなく任意に設定できる。その他の非経口剤の例として、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、これらも常法に従って製造される。
【0040】
なお、公知のDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)を利用し、例えば、カスパーゼ阻害剤または阻害剤として作用する蛋白をコードする遺伝子発現ベクターをリポソームなどの運搬体に封入して体内投与してもよい。このとき標的部位(がん細胞)を特異的に認識する運搬体などを利用すれば、標的部位にカスパーゼ阻害剤を効率よく運ぶことができ効果的である。
【0041】
また前述したように、カスパーゼ阻害剤を、サプリメント、機能性食品などの食品(食用組成物)に利用することができる。すなわち、各種飲料や各種加工食品の原材料としてカスパーゼ阻害剤を飲食品に添加したり、必要に応じてデキストリン、乳糖、澱粉等の賦形剤や香料、色素等とともにペレット、錠剤、顆粒等に加工したり、またゼラチン等で被覆してカプセルに成形加工して健康食品や保健食品等として利用できる。
【実施例】
【0042】
以下図面を参照しつつ、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
〔実施例1:がん細胞の細胞分裂期におけるカスパーゼの活性化〕
まず、がん細胞の非アポトーシス状態におけるカスパーゼ3の活性化を調べるために、以下の実験を行った。
【0043】
肝がん細胞由来HepG2細胞を、カバーグラスを底に入れた6well dishに1well当り2×105細胞播き、24時間培養した。3.7%ホルムアルデヒドを含んだリン酸緩衝液で10分間固定後、リン酸緩衝液で2回洗浄し、0.5%トリトンX−100を含んだリン酸緩衝液で10分間処理した後、リン酸緩衝液で2回洗浄した。
【0044】
このように処理した細胞を、一次抗体として抗活性型カスパーゼ3抗体と抗チューブリン抗体を加えたリン酸緩衝液(含1%ウシ血清アルブミン)中で、一晩、4℃でインキュベーションした。リン酸緩衝液で2回洗浄後、TXRD或いはFITCで標識された二次抗体を含んだリン酸緩衝液中で10分間インキュベーションした後、リン酸緩衝液で2回洗浄した。10μMのヘキスト33342(Calbiochem社)で核を染色後、蛍光顕微鏡(製品名Laborlux、Leitz社)で検鏡した。
【0045】
図1(a)は、一次抗体として活性型カスパーゼ3の大サブユニット(p17)のC末端を認識する抗体を使用した結果、同図(b)は、活性型カスパーゼ3の小サブユニット(p12)のN末端を認識する抗体を使用した結果、である。図中、間期を除く細胞は、チューブリンの重合と染色体の凝縮が見られ、細胞分裂期にあると考えられる。カスパーゼ3が細胞分裂期の前期、前中期、中期、後期、終期で活性化していることが分かる。
【0046】
さらに、細胞分裂期特異的なカスパーゼの活性化を確認するために、肝がん由来HepG2細胞と子宮頸がん由来HeLa細胞を使用して、以下の実験を行った。
【0047】
まず、HepG2細胞(1×106/6cmデイッシュ)をノコダゾール(0.8μg/ml)存在下で培養し、経時的に細胞を回収し、ウエスタンブロッテイングを行い、活性化による切断の結果生ずるカスパーゼ3(およびカスパーゼ8・9)の活性化断片の検出を行った。ノコダゾール処理により分裂期の細胞が蓄積されることはフローサイトメトリーにより確認した。
【0048】
図2(a)に示すように、細胞数(cell number)は、時間経過と共に分裂期の細胞(=DNA量(DNA content)が4Nの細胞)が増え、ノコダゾール(Nocodazole)処理18時間後には、80%以上の細胞が分裂期に存在した。同図(b)に示すように、カスパーゼ3の活性型(active form)断片はノコダゾール処理12時間後に検出され、時間経過と共に増加した。また、同様の時間経過でカスパーゼ8、カスパーゼ9の活性型(active form)断片も検出され、さらにカスパーゼ3の基質であるポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)、ラミンB1(LaminB1)、プロテインキナーゼCδ(PKCδ)の切断(cleavage fragment)も検出された。なお、図中レーンAは、コントロールとして抗Fas抗体でアポトーシスを誘導した細胞である。
【0049】
これらの結果から、肝がん由来HepG2細胞の細胞分裂期においてカスパーゼ3(および8・9)が活性化されることが確認された。
【0050】
次に、子宮頸がん由来HeLa細胞における細胞分裂期特異的なカスパーゼの活性化について検討した。HeLa細胞(4×105/6cmデイッシュ)を24時間培養後、2.5mMチミジン存在下で18時間培養した。リン酸緩衝液で3回洗浄後、新たな培地を加え10時間培養し、再び2.5mMチミジン存在下で14時間培養した。リン酸緩衝液で3回洗浄後、チミジンを除去した新たな培地中で培養し、経時的に細胞を回収し、ウエスタンブロッテイングによって活性化により切断されたカスパーゼ3・8・9の断片を検出した。各回収時の細胞周期の進行はフローサイトメトリーによって確認した。
【0051】
チミジン処理を2回行うことにより細胞をほぼ100%G1期とS期の境界に停止させることができる。図3(a)に示すように、チミジンを培養液から除去すると(release)、細胞は再び細胞周期を周りはじめ、チミジン除去後、約8−12時間で細胞はG2/M期にあり、約14時間で再びG1期に入る。
【0052】
図3(b)に示すように、カスパーゼ3、カスパーゼ8およびカスパーゼ9の活性化(active form)断片は、チミジン除去後10−14時間で検出された。また、カスパーゼ3の基質であるポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)、ラミンB1(LaminB1)、プロテインキナーゼCδ(PKCδ)の切断(cleavage fragment)も、同様の時間で検出された。なお、図中レーンNは、通常(Normal)の条件で培養を行ったHeLa細胞の結果であり、レーンAは、抗Fas抗体でアポトーシスを誘導した細胞の結果である。
【0053】
以上の結果から、子宮頸がん由来HeLa細胞においても細胞分裂期特異的なカスパーゼの活性化が確認された。
【0054】
〔実施例2:カスパーゼ阻害剤による細胞分裂期進行遅延〕
以上のように、がん細胞の細胞分裂期特異的にカスパーゼの活性化が確認されたが、次に、その役割・機能について検討を行った。
【0055】
実施例1と同様に、チミジンを用いてHeLa細胞の細胞周期をG1期とS期の境界に停止させた。その後、新たな培地を加え、細胞周期の進行を再開させ、7時間後に細胞膜透過性汎用カスパーゼ阻害剤であるZ-Asp-CH2-DCB(培養液中の最終濃度200μM)をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して添加し、細胞周期の進行をフローサイトメトリーで調べた。
【0056】
その結果を図4に示す。コントロールの培地には、上記阻害剤を加えた場合と同様に0.5%DMSOを添加した。阻害剤を加えた細胞およびコントロールの細胞は、いずれも8時間後においてはG2/M期にあった。
【0057】
その後、コントロール細胞では10時間後にほとんどの細胞はM期にあり、一部の細胞はG1期へと進行し、14時間後にはほとんどの細胞がG1期に移行した。これに対して、カスパーゼ阻害剤を加えた細胞ではコントロール細胞に比べて約2時間の細胞周期遅延が観察された。この結果から、カスパーゼ阻害剤がHeLa細胞の細胞分裂期に活性化したカスパーゼの活性を阻害することにより、がん細胞の細胞周期の進行を遅延させることが示された。
【0058】
〔実施例3:カスパーゼ阻害剤による細胞分裂期での正常な染色体分離阻止〕
さらに、カスパーゼ阻害剤の細胞分裂期に対する影響を調べるために、HepG2細胞およびHaLa細胞を上記カスパーゼ阻害剤存在下で培養し、核の形態変化を調べた。HepG2細胞またはHeLa細胞を、カバーグラスを底に入れた6well dishに1well当り2×105細胞播いた。翌日、Z-Asp-CH2-DCB(終濃度200μM)あるいはコントロールとしてのDMSOを加え、1日ごとに10μMヘキスト33342で核を染色し、全細胞核当りの凝縮した核の割合を調べた。その結果、カスパーゼ阻害剤によってアポトーシスが抑制されており、断片化した核を有する細胞は観察されないが、細胞分裂前期から中期に相当する細胞核が観察された。また図5に示すように、HepG2細胞、HeLa細胞ともにカスパーゼ阻害剤処理により、アポトーシスによる核変性とは異なる凝縮した核(nuclear condensation)を持った細胞の割合の増加が観察された。
【0059】
次に、カスパーゼ阻害剤の細胞周期における作用点を明らかにするために、共焦点レーザー顕微鏡を用いて経時的に核の形態変化を解析した。染色体を可視化するためにヒストンH2BをGFPと融合させ高発現させたHeLa細胞(HeLa-GFP-H2B)を使用した。このHeLa-GFP-H2B細胞(2×105細胞/3.5 cm glass bottom dish)を播き、翌日、Z-Asp-CH2-DCB(終濃度300μM)あるいはコントロールとしてのDMSOを加え、2日後共焦点レーザー顕微鏡を用いて、1分間隔で1時間から2時間核の形態変化を観察した。
【0060】
図6に、コントロールとカスパーゼ阻害剤を処理した細胞の典型的な核の形態を示す。DMSOを加えたコントロール細胞では正常に細胞分裂が進行し、約90分から120分で染色体の凝縮から分離まで進行した(図6のaおよびb)。
【0061】
これに対して、カスパーゼ阻害剤を終濃度300μMとなるよう培養液に添加した細胞では、細胞分裂期の進行に明らかな異常がみられ、染色体が3分裂する細胞(図6のcおよびd)、120分間で染色体の凝縮が完了しない細胞(図6のeおよびf)、中期にとどまったまま染色体分裂が進行しない細胞(図6のg)などが観察された。これらの結果は、カスパーゼ阻害剤が細胞分裂期の染色体の凝縮、及び分裂を阻害していることを示すものである。
【0062】
〔実施例4:カスパーゼ阻害剤によるがん細胞増殖抑制〕
以上より、カスパーゼががん細胞の細胞分裂期で活性化し、カスパーゼ阻害剤ががん細胞の細胞分裂、特に染色体の分離を阻害することが明らかとなった。幾つかのがん細胞ではカスパーゼ3の活性が非アポトーシス状態であるにもかかわらず上昇し、がん細胞特異的に何らかの機能を果たしていることが示唆されているため、カスパーゼ阻害剤はがん細胞特異的な細胞増殖抑制剤として機能する可能性が考えられた。そこで、この可能性を調べるために、以下の実験を行った。
【0063】
細胞増殖の検定にはWST−1試薬(ロシュ社製)を用いた。肝がん由来HepG2細胞、子宮頚がん由来HeLa細胞、または、急性T細胞性白血病由来Jurkat細胞を96well dishに1well当り4×103細胞ずつ播き、24時間培養した。各カスパーゼ阻害剤を各濃度で加えた後、1日毎にWST−1試薬を加え、450nmと690nmの吸光度(Absorbance)を測定することによってミトコンドリアに局在する脱水素酵素活性を測定し、細胞増殖の指標とした。
【0064】
カスパーゼ阻害剤としては、下記(1)〜(8)の化合物を使用した。
(1)Z-Asp-CH2-DCB
(2)Boc-Asp(OMe)-FMK
(3)Boc-Asp(OBzl)-CMK
(4)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-YVAD-CHO(カスパーゼ1阻害剤)
(5)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-DEVD-CHO(カスパーゼ3および7阻害剤)
(6)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEVD-CHO(カスパーゼ4阻害剤)
(7)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-IETD-CHO(カスパーゼ8阻害剤)
(8)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEHD-CHO(カスパーゼ9阻害剤)
【0065】
上記(1)〜(3)は、細胞膜透過型の汎用性阻害剤である。上記(4)〜(8)の各カスパーゼ特異的阻害剤のN末端側には、細胞膜透過性を高めるためにカポジ繊維芽細胞成長因子の疎水性領域が付与されている。(1)はペプチド研究所社製、(2)〜(8)はCalbiochem社製の阻害剤である。すべての阻害剤はDMSOに溶解し、その一部を培養液に加えたため、コントロールは阻害剤を加えた場合と同濃度のDMSOを加えた。
【0066】
上記実験結果が、図7および図8に示される。各グラフに示される阻害剤濃度は、培養液中の最終濃度である。細胞膜透過型の汎用性阻害剤であるZ-Asp-CH2-DCB、Boc-Asp(OMe)-FMK、およびBoc-Asp(OBzl)-CMKは、いずれもHepG2細胞、HeLa細胞、Jurkat細胞の増殖を濃度依存的に抑制した(図7)。また、各カスパーゼ特異的阻害剤は、抑制効果に差は見られるものの、HepG2細胞に対していずれも細胞増殖抑制活性を示した(図8)。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上のように、本発明の抗がん剤は、がん細胞の増殖抑制効果が認められたカスパーゼ阻害剤を有効成分とするものであり、肝がん、子宮頚部がんといった固形がん等に対する抗がん剤として利用可能である。
また、本発明は、抗がん作用、がんの予防効果をもった機能性食品、サプリメント等としても利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】免疫蛍光染色法によって細胞分裂期特異的なカスパーゼ3の活性化を示す図である。(a)は、カスパーゼ3の大サブユニット(p17)を認識する抗体を使用した結果、(b)は、カスパーゼ3の小サブユニット(p12)を認識する抗体を使用した結果である。
【図2】肝がん由来HepG2細胞をノコダゾール処理し、細胞分裂期におけるカスパーゼの活性化を検討した結果を示す図である。(a)は、フローサイトメトリーによる細胞周期の解析結果、(b)は、ウエスタンブロッテイングによるカスパーゼの活性化とカスパーゼによる基質切断の有無を調べた結果を示す。
【図3】子宮頚がん由来HeLa細胞をチミジン処理し、細胞分裂期におけるカスパーゼの活性化を検討した結果を示す図である。(a)は、フローサイトメトリーによる細胞周期の解析結果、(b)は、ウエスタンブロッテイングによるカスパーゼの活性化とカスパーゼによる基質切断の有無を調べた結果を示す。
【図4】カスパーゼ阻害剤による細胞周期進行の遅延を示すグラフである。
【図5】カスパーゼ阻害剤による凝縮した核を持つ細胞数の増加を示すグラフである。
【図6】カスパーゼ阻害剤による細胞分裂期の染色体分離の進行阻害を示す図である。
【図7】汎用性カスパーゼ阻害剤によるがん細胞の増殖抑制効果を示すグラフである。
【図8】HepG2細胞に対する各カスパーゼ特異的阻害剤の増殖抑制効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カスパーゼ阻害物質を有効成分とする抗がん剤。
【請求項2】
がん細胞の細胞分裂期において活性化されるカスパーゼの阻害物質を有効成分とする抗がん剤。
【請求項3】
カスパーゼ1、3、4、7、8、9のいずれか1つ又は複数の阻害物質を有効成分とする抗がん剤。
【請求項4】
肝がん、子宮頚部がんなどの固形がんに適用される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗がん剤。
【請求項5】
カスパーゼ阻害物質が、ペプチド性化合物、非ペプチド性化合物、または、生物由来のタンパク質である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗がん剤。
【請求項6】
カスパーゼ阻害物質が、下記(1)〜(8)のいずれかの化合物である、請求項5記載の抗がん剤。
(1)Z-Asp-CH2-DCB
(2)Boc-Asp(OMe)-FMK
(3)Boc-Asp(OBzl)-CMK
(4)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-YVAD-CHO
(5)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-DEVD-CHO
(6)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEVD-CHO
(7)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-IETD-CHO
(8)Ac-AAVALLPAVLLALLAP-LEHD-CHO
【請求項7】
カスパーゼ阻害物質を含有することによって、抗がん作用を有する食用組成物。
【請求項8】
カスパーゼタンパク質の発現を特異的に抑制するRNAをがん細胞に導入することによって、がん細胞の増殖を抑制する方法。
【請求項9】
カスパーゼタンパク質の発現を特異的に抑制するRNA、または当該RNAを標的がん細胞で発現するよう構築されたRNAi発現ベクターからなる抗がん剤。


【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−169242(P2006−169242A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−337526(P2005−337526)
【出願日】平成17年11月22日(2005.11.22)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】