説明

アルミニウム合金線

【課題】高靭性及び高導電率であるアルミニウム合金、アルミニウム合金線、アルミニウム合金撚り線、被覆電線、及びワイヤーハーネス、並びにアルミニウム合金線の製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金線は、質量%で、Mgを0.2%以上1.0%以下、Siを0.1%以上1.0%以下、Cuを0.1%以上0.5%以下含有し、残部がAl及び不純物からなり、0.8≦質量比Mg/Si≦2.7を満たす。このAl合金線は、導電率が58%IACS以上であり、かつ伸びが10%以上である。このAl合金線は、鋳造→圧延→伸線→軟化処理という工程を経て製造される。軟化処理を施すことで、伸びや耐衝撃性といった靭性に優れるため、ワイヤーハーネスを組み付ける際に端子部近傍で電線が破断することを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電線の導体に用いられるアルミニウム合金線及びアルミニウム合金撚り線、この合金撚り線を導体とする被覆電線、この被覆電線を具えるワイヤーハーネス、及び上記合金線の製造方法、並びにアルミニウム合金に関するものである。特に、自動車といった搬送機器に利用されるワイヤーハーネスの電線用導体に適した特性(強度、靭性、導電率)をバランスよく具えるアルミニウム合金線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車や飛行機などの搬送機器、ロボットなどの産業機器の配線構造には、端子を有する複数の電線を束ねたワイヤーハーネスと呼ばれる形態が利用されている。従来、ワイヤーハーネスの電線用導体の構成材料は、導電性に優れた銅や銅合金といった銅系材料が主流である。
【0003】
昨今、自動車の高性能化や高機能化が急速に進められてきており、車載される各種電気機器、制御機器などの増加に伴い、これらの機器に使用される電線も増加傾向にある。一方、近年、環境保全のため、自動車や飛行機などの燃費の向上が望まれている。軽量化すると、燃費を向上できる。そこで、電線の軽量化のために、比重が銅の約1/3であるアルミニウムを導体に用いることが検討されている。例えば、自動車のバッテリーケーブルといった10mm2以上の電線用導体に純アルミニウムが用いられた例がある。しかし、純アルミニウムは、銅系材料よりも強度が低く、耐疲労特性に劣るため、例えば、導体断面積が1.5mm2以下といった一般的な電線用導体に適用することが難しい。これに対し、特許文献1は、純アルミニウムよりも強度が高いアルミニウム合金からなる自動車ワイヤーハーネス用電線を開示している。
【0004】
【特許文献1】特開2004-134212号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のアルミニウム合金電線は、自動車といった搬送機器に配備されるワイヤーハーネスに求められる特性を十分に有していない。
【0006】
電線用導体には、導電率が高いことが望まれる。しかし、特許文献1に記載されるアルミニウム合金電線は、導電率が十分に高いとはいえない。
【0007】
また、特許文献1に記載されるような高強度のアルミニウム合金電線は、靭性が不十分である。従来、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体を構成するアルミニウム合金は、強度の向上を主目的として検討されており、靭性(耐衝撃性や伸びなど)について十分検討されていない。本発明者らが検討したところ、特許文献1に記載されるような高強度のアルミニウム合金電線を用いたワイヤーハーネスを機器などに組み付ける際、導体において端子部との境界近傍で導体が破断することがあるとの知見を得た。即ち、従来、線材自体の特性を検討しているものの、端子部を含むワイヤーハーネスとした場合の特性を検討しておらず、組み付けの際に求められる靭性を十分に有したワイヤーハーネスの開発がなされていない。
【0008】
端子部の装着は、所望の導通状態を維持できるように行われる。しかし、従来のアルミニウム合金電線は、装着時の応力が応力緩和されることで(経時的に低下していくことで)、端子部との固着力が低下し、端子部が電線から抜け落ちることがあるとの知見を得た。即ち、従来のアルミニウム合金電線は、装着された端子部が緩む恐れがある。従って、電線と端子部との固着力が高いワイヤーハーネスの開発が望まれる。
【0009】
そこで、本発明の目的の一つは、高強度、高靭性で導電率が高く、ワイヤーハーネスの電線用導体に好適なアルミニウム合金線、及びアルミニウム合金撚り線、並びにワイヤーハーネスに好適な被覆電線を提供することにある。また、本発明の他の目的は、高強度、高靭性で導電率が高い電線を具えるワイヤーハーネスを提供することにある。更に、本発明の他の目的は、上記本発明アルミニウム合金線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
導電率が高く、ワイヤーハーネスに望まれる特性、特に耐衝撃性や端子部との固着力を十分に具えた電線用導体に適したアルミニウム合金線を検討した結果、本発明者らは、伸線後(直後でなくてもよい)に軟化処理を施した軟材を利用することが好ましい、との知見を得た。軟化処理を行うと、線材の伸びを向上できるだけでなく、伸線などの塑性加工に伴う歪を除去して、導電率も向上することができる。かつ、本発明者らは、軟化処理を行うことに加えて、特定の組成のアルミニウム合金とすることで、耐衝撃性や端子部との固着力を向上できる上に、強度にも優れるアルミニウム合金線が得られる、との知見を得た。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0011】
本発明アルミニウム合金線の製造方法は、以下の工程を具える。
1. 質量%で、Mgを0.2%以上1.0%以下、Siを0.1%以上1.0%以下、Cuを0.1%以上0.5%以下含有し、かつ、Mg及びSiの質量比Mg/Siが0.8≦Mg/Si≦2.7を満たし、残部がAlからなるアルミニウム合金の溶湯を鋳造して鋳造材を形成する工程。
2. 上記鋳造材に圧延を施して圧延材を形成する工程。
3. 上記圧延材に伸線加工を施して伸線材を形成する工程。
4. 上記伸線材に軟化処理を施して軟材を形成する工程。
そして、本発明製造方法は、軟化処理後の線材の伸びが10%以上となるように伸線材に軟化処理を施す。得られたアルミニウム合金線は、導体に利用される。
【0012】
上記製造方法により、本発明アルミニウム合金線が得られる。本発明アルミニウム合金線は、導体に利用されるものであり、質量%で、Mgを0.2%以上1.0%以下、Siを0.1%以上1.0%以下、Cuを0.1%以上0.5%以下含有し、残部がAl及び不純物からなる。上記Mg及びSiの質量比Mg/Siは、0.8≦Mg/Si≦2.7を満たす。そして、このアルミニウム合金線(以下、Al合金線と呼ぶ)は、導電率が58%IACS以上、伸びが10%以上である。
【0013】
本発明Al合金線は、軟化処理が施された軟材であるため、導電率及び靭性の双方に優れる上に、端子部との接続強度も高い。また、本発明Al合金線は、特定の組成であるため、強度も高い。従って、本発明Al合金線は、ワイヤーハーネスに望まれる導電率や耐衝撃性、強度、端子部との接続性を十分に具え、ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用できる。以下、本発明をより詳細に説明する。なお、元素の含有量は、質量%を示す。
【0014】
[Al合金線]
《組成》
本発明Al合金線を構成する本発明Al合金は、Mgを0.2〜1.0%、Siを0.1〜1.0%、Cuを0.1〜0.5%含有するAl-Mg-Si-Cu系合金である。Mgを0.2%以上、Siを0.1%以上、及びCuを0.1%含有することで、強度に優れるAl合金線が得られる上に、耐応力緩和性に優れる、即ち、端子部を装着した際の応力が応力緩和により低下して端子部と電線との固着力が緩まることを低減することができる。Mg,Si,Cuの含有量が高いほどAl合金の強度が高まるが、導電率や靭性が低下する上に、伸線加工時などで断線が生じ易くなるため、Mg:1.0%以下、Si:1.0%以下、Cu:0.5%以下とする。具体的には、Mgは、導電率の低下が大きいものの、強度の向上効果が高い元素である。特に、Mgと同時にSiを特定の範囲で含有することで、時効硬化による強度の向上を効果的に図ることができる。Cuは、導電率の低下が少なく、強度を向上することができる。より好ましい含有量は、Mg:0.3%以上0.9%以下、Si:0.1%以上0.8%以下、Cu:0.1%以上0.4%以下である。かつ、Mg及びSiの質量比Mg/Siが0.8≦Mg/Si≦2.7を満たす。Mg/Siが0.8未満では、十分な強度向上の効果が得られず、2.7超では、導電率の低下が大きくなる。より好ましくは、0.9≦Mg/Si≦2.6である。
【0015】
更に、上記Al合金は、Ti及びBの少なくとも一方を含有することが好ましい。TiやBは、鋳造時のAl合金の結晶組織を微細にする効果がある。結晶組織が微細であると、強度を向上することができる。B単独の含有でもよいが、Ti単独、特に双方を含有すると、結晶組織の微細化効果が更に向上する。この微細化効果を十分に得るには、質量割合で、Tiを100ppm以上500ppm以下、Bを10ppm以上50ppm以下含有することが好ましい。Ti:500ppm超、B:50ppm超では、上記微細化効果が飽和したり、導電率の低下を招く。
【0016】
《特性》
本発明Al合金線は、特定の組成の本発明Al合金から構成されると共に軟材であるため、導電性及び靭性に優れ、導電率:58%IACS以上、伸び:10%以上である。添加元素の種類や量、軟化条件にもよるが、本発明Al合金線は、導電率:59%IACS以上、伸び:20%以上を満たすこともできる。
【0017】
また、本発明Al合金線は、引張強さが120MPa以上200MPa以下であることが好ましい。本発明者らは、単に高強度なだけで、靭性に劣る電線用導体ではワイヤーハーネスに適さないとの知見を得た。一般に、強度の向上は靭性の低下を招く。引張強さが上記範囲を満たすことで、靭性と強度とを両立することができる。
【0018】
添加元素(種類や含有量)、製造条件(軟化条件など)を適宜調整することで、導電率、伸び、引張強さが上記特定の範囲を満たすAl合金線が得られる。添加元素を少なくしたり、軟化処理時の加熱温度を高くすると、導電率及び靭性が高くなる傾向にあり、添加元素を多くしたり、軟化処理時の加熱温度を低くすると、強度が高くなる傾向にある。
【0019】
《形状》
本発明Al合金線は、伸線加工時の加工度(断面減少率)を適宜調整することで、種々の線径(直径)を有することができる。例えば、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に利用する場合、線径は0.2mm以上1.5mm以下が好ましい。
【0020】
また、本発明Al合金線は、伸線加工時のダイス形状によって種々の断面形状を有することができる。断面円形状が代表的であり、その他、楕円形状、矩形や六角形などの多角形状などの断面形状が挙げられる。形状は特に問わない。
【0021】
[Al合金撚り線]
上記本発明Al合金線は、複数の線材を撚り合わせた撚り線とすることができる。細径の線材であっても撚り合わせることで、強度の高い線材(撚り線)とすることができる。撚り合わせ本数は、特に問わない。例えば、7,11,19,37本が挙げられる。また、本発明Al合金撚り線は、撚り合わせた後、圧縮成形した圧縮線材とすると、撚り合わせた状態よりも線径を小さくすることができる。
【0022】
[被覆電線]
上記本発明Al合金線や本発明Al合金撚り線、圧縮線材は、電線用導体に好適に利用することができる。用途に応じて、このまま導体として使用することもできるし、この導体の外周に絶縁材料により形成した絶縁被覆層を具える被覆電線として使用することもできる。絶縁材料は、適宜選択することができる。例えば、ポリ塩化ビニル(PVC)やノンハロゲン樹脂、難燃性に優れる材料などが挙げられる。絶縁被覆層の厚さは、所望の絶縁強度を考慮して適宜選択することができ、特に限定されない。
【0023】
[ワイヤーハーネス]
上記被覆電線は、ワイヤーハーネスに好適に利用することができる。このとき、被覆電線の端部には、機器などの接続対象に接続できるように端子部が装着される。このワイヤーハーネスは、複数の被覆電線に対して一つの端子部を共有するような電線群を含んでいてもよい。また、このワイヤーハーネスに具える複数の被覆電線は、結束具などにより一纏まりに束ねることで、ハンドリング性に優れる。このワイヤーハーネスは、軽量化が望まれている種々の分野、特に、燃費の向上のために更なる軽量化が望まれている自動車に好適に利用することができる。
【0024】
[製造方法]
《鋳造工程》
本発明製造方法は、まず、上記特定の組成のAl合金からなる鋳造材を形成する。鋳造は、可動鋳型又は枠状の固定鋳型を用いる連続鋳造、箱状の固定鋳型を用いる金型鋳造(以下、ビュレット鋳造と呼ぶ)のいずれも利用することができる。連続鋳造は、溶湯を急冷凝固できるため、微細な結晶組織を有する鋳造材が得られる。このような鋳造材を素材にすると、微細な結晶組織を有するAl合金線を製造し易く、結晶の微細化による強度の向上を図ることができる。冷却速度は、適宜選択することができるが、固液共存温度域である600〜700℃において20℃/sec以上が好ましい。例えば、水冷銅鋳型や強制水冷機構などを有する連続鋳造機を用いると、上述のような冷却速度による急冷凝固を実現できる。
【0025】
TiやBを添加する場合、溶湯を鋳型に注湯する直前に添加すると、Tiなどの局所的な沈降を抑制して、Tiなどが均等に混合された鋳造材を製造することができて好ましい。
【0026】
《圧延工程》
次に、上記鋳造材に(熱間)圧延を施し、圧延材を形成する。特に、上記特定の組成のAl合金からなるビュレット鋳造材を用いた場合、鋳造後圧延前に溶体化処理及び時効処理を行うと、Mg2Siといった析出物を析出して、析出強化(時効硬化)により強度を向上することができて好ましい。時効処理は、加熱温度を100℃以上として行うことが好ましい。上記時効処理は、圧延後伸線加工前の圧延材や伸線加工途中の線材(伸線材)に施してもよい。また、撚り合わせた撚り線に時効処理を施してもよい。鋳造材、圧延材、伸線材の少なくとも一つに時効処理を施すことで、上述のように析出強化による強度向上の効果が得られる。
【0027】
上記鋳造工程と圧延工程とは、連続的に行うと、鋳造材に蓄積される熱を利用して熱間圧延を容易に行えて、エネルギー効率がよい上に、バッチ式の鋳造方法と比較して、鋳造材の生産性に優れる。
【0028】
《伸線工程》
次に、上記圧延材又は連続鋳造圧延材に(冷間)伸線加工を施し、伸線材を形成する。伸線加工度は、所望の線径に応じて適宜選択することができる。得られた伸線材は、所望の本数を用意して撚り合わせ、撚り線とすることもできる。
【0029】
《軟化処理(最終熱処理)工程》
次に、上記伸線材又は撚り線に軟化処理を施す。軟化処理は、軟化処理後の線材(単線材又は撚り線)の伸びが10%以上となるような条件により行う。伸線後及び撚り合わせ後の双方に軟化処理を施して、最終的な撚り線の伸びが10%以上となるようにしてもよい。この軟化処理は、結晶組織の微細化、及び加工硬化によって高めた線材の強度を極端に低下させることなく軟化して、線材の靭性を高めるために行う。
【0030】
軟化処理は、連続処理又はバッチ処理が利用できる。軟化処理中の雰囲気は、処理中の熱により線材の表面に酸化膜が生成されることを抑制するために、非酸化性雰囲気が好ましい。例えば、真空雰囲気(減圧雰囲気)、窒素(N2)やアルゴン(Ar)などの不活性ガス雰囲気、水素含有ガス(例えば、水素(H2)のみ、N2,Ar,ヘリウム(He)といった不活性ガスと水素(H2)との混合ガスなど)や炭酸ガス含有ガス(例えば、一酸化炭素(CO)と二酸化炭素(CO2)との混合ガスなど)といった還元性ガス雰囲気が挙げられる。
【0031】
<バッチ処理>
バッチ処理は、加熱用容器(雰囲気炉、例えば、箱型炉)内に加熱対象を封入した状態で加熱する処理方法であり、一度の処理量が限られるものの、加熱対象全体の加熱状態を管理し易い処理方法である。バッチ処理では、加熱温度を250℃以上とすることで、線材の伸びを10%以上にすることができる。好ましい条件は、加熱温度:300℃以上400℃以下、保持時間:0.5時間以上6時間以下である。加熱温度が250℃未満では靭性及び導電率が向上し難く、加熱温度が400℃超、又は保持時間が6時間超では、強度が低下する。
【0032】
<連続処理>
連続処理は、加熱用容器内に加熱対象を連続的に供給して、加熱対象を連続的に加熱する処理方法であり、1.連続的に加熱できるため作業性に優れる、2.線材の長手方向に均一的に加熱できるため線材の長手方向における特性のばらつきを抑制できる、といった利点がある。特に、電線用導体に利用されるような長尺な線材に軟化処理を施す場合、連続処理が好適に利用できる。連続処理は、加熱対象に直接通電して加熱する直接通電方式(通電連続軟化処理)、高周波数の電磁誘導を利用して加熱対象に間接的に通電して加熱する間接通電方式(高周波誘導加熱連続軟化処理)、加熱雰囲気とした加熱用容器(パイプ軟化炉)内に加熱対象を導入して熱伝導により加熱する炉式が挙げられる。連続処理により伸びが10%以上である線材を得るには、例えば、以下のようにする。所望の特性(ここでは、伸び)に関与し得る制御パラメータを適宜変化させて軟化処理を行い、そのときの特性(伸び)を測定し、パラメータ値と測定データとの相関データを予め作成する。この相関データに基づいて、所望の特性(伸び)が得られるようにパラメータを調整する。通電方式の制御パラメータは、容器内への供給速度(線速)、加熱対象の大きさ(線径)、電流値などが挙げられる。炉式の制御パラメータは、容器内への供給速度(線速)、加熱対象の大きさ(線径)、炉の大きさ(パイプ軟化炉の直径)などが挙げられる。伸線機における伸線材の排出側に軟化装置を配置させる場合、線速を数百m/min以上、例えば、400m/min以上とすることで、伸びが10%以上の線材が得られる。
【0033】
《その他の工程》
本発明製造方法は、更に、複数の上記伸線材又は軟材を撚り合わせて撚り線を形成する工程と、上記撚り線を圧縮成形して所定の線径の圧縮線材を形成する工程とを具えることで、圧縮線材を製造することができる。このとき、軟化処理は、撚り合わせ前後の双方で行ってもよいし、撚り合わせ前の伸線材に施さず、圧縮線材にのみ施してもよい。撚り合わせ前に所定の伸びを有する軟材を作製し、この軟材により圧縮線材を形成する場合、圧縮後に軟化処理を施さなくてもよい。得られた圧縮線材に上述の絶縁被覆層を形成することで、被覆電線を製造することができる。得られた被覆電線の端部に端子部を装着し、複数の端子部付きの被覆電線を束ねることで、ワイヤーハーネスを製造することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明Al合金線、本発明Al合金撚り線、本発明被覆電線、及び本発明Al合金は、高強度かつ高靭性であり、導電率も高い。また、本発明ワイヤーハーネスは、強度、靭性、導電率をバランスよく具え、かつ軽量である。本発明製造方法は、上記本発明Al合金線を生産性よく製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
Al合金線を作製し、更にこのAl合金線を用いて被覆電線を作製し、Al合金線、及び被覆電線の種々の特性を調べた。被覆電線は、鋳造→圧延→伸線→撚り線→圧縮→軟化→絶縁被覆層の形成という手順で作製する。
【0036】
[Al合金線の特性]
まず、Al合金線を作製する。ベースとして純アルミニウム(99.7質量%以上Al)を用意して溶解し、得られた溶湯(溶融アルミニウム)に表1に示す添加元素を表1に示す含有量となるように投入して、Al合金溶湯を作製する。成分調整を行ったAl合金溶湯は、適宜、水素ガス除去処理や、異物除去処理を行うことが望ましい。
【0037】
ベルト-ホイール式の連続鋳造圧延機を用いて、用意したAl合金溶湯に鋳造及び熱間圧延を連続的に施し、φ9.5mmのワイヤーロッド(連続鋳造圧延材)を作製する。又は、所定の固定鋳型に上記Al合金溶湯を注湯して冷却してビュレット鋳造材を作製し、溶体化処理及び時効処理(180℃×16時間)を施した後、熱間圧延を行って、φ9.5mmのワイヤーロッド(圧延材)を作製する。Ti、又はTi及びBを含有する試料は、表1に示す含有量となるように、鋳造直前のAl合金溶湯にTi粒又はTiB2ワイヤを供給する。なお、試料No.1-5は、鋳造材に時効処理を施さず、熱間圧延を行った。
【0038】
上記ワイヤーロッドに冷間伸線加工を施して、線径φ0.3mm又はφ1mmの伸線材を作製する。得られた伸線材に、表1に示す雰囲気及び加熱温度により、軟化処理(箱型炉を用いたバッチ処理)を施して軟材(Al合金線)を作製する。軟化処理の保持時間はいずれも3時間である。比較として、伸線後に軟化処理を施していない未処理材(試料No.1-102)も用意した。
【0039】
【表1】

【0040】
得られた線径φ0.3mmの軟材及び未処理材について、引張強さ(MPa)、伸び(%)、導電率(%IACS)を測定した。その結果を表2に示す。また、得られた線径φ1mmの軟材及び未処理材について、端子部の耐脱落性を調べた。その結果を表2に示す。
【0041】
引張強さ(MPa)及び伸び(%、破断伸び)は、JIS Z 2241(金属材料引張試験方法、1998)に準拠して、汎用の引張試験機を用いて測定した。導電率(%IACS)は、ブリッジ法により測定した。
【0042】
端子部の耐脱落性は、圧縮試験により荷重残率(%)を求め、荷重残率により評価した。図2は、圧縮試験の試験方法を説明する説明図である。凸部11を有する支持台10に、試料Sの両端が凸部11から突出するように試料Sを配置する(図2(1))。この状態で押圧治具12を試料Sに押し付けて、試料Sを圧縮する(図2(2))。試料Sにおいて凸部11と押圧治具12とに挟まれた箇所の線径が50%になるまで押圧治具12により試料Sに荷重を加える。線径が50%になったら、そのときの荷重を加えた状態を所定の時間(14〜16時間)保持し、この保持期間における試料Sに加わる荷重を測定する。そして、(所定時間経過後に試料Sに加わる荷重/線径が50%になったときの試料Sに加わる荷重)×100を荷重残率(%)とする。荷重残率が高いほど、この線材は、線材が受けた応力が応力緩和し難く、この線材と押圧治具12とが圧接された状態を維持し易いと言える。そのため、押圧治具を端子部に置き換えると、荷重残率が高いほど、端子部が線材から抜け落ち難いと言える。
【0043】
【表2】

【0044】
表1に示すように、特定の組成のAl-Mg-Si-Cu系合金からなり、軟化処理を施した試料No.1-1〜1-6は、導電率が58%IACS以上であり、かつ伸びが10%以上である上に、引張強さが120MPa以上である。即ち、試料No.1-1〜1-6は、高導電率、高靭性であるだけでなく、高強度である。その上、試料No.1-1〜1-6は、荷重残率が90%以上であり、端子部の耐脱落性にも優れる。また、同じ組成の試料No.1-4と試料No.1-5とを比較すると、時効処理を施した試料No.1-4の方が高強度である。
【0045】
これに対し、軟化処理を施していない試料No.1-102は、高強度であるものの、伸びが非常に低く、靭性に劣る上に、導電率が低い。また、軟化処理を施しても、特定の組成でない試料、具体的には添加元素が多いNo.1-100は、高強度であるものの、伸び及び導電率が低く、添加元素が少ない試料No.1-101は、伸び及び導電率が高いものの、強度が低い。
【0046】
[軟化処理条件と特性]
軟化処理の条件を変えた試料を作製し、得られた試料について導電率(%)及び引張強さ(MPa)を調べた。その結果を図1に示す。ここでは、試料No.1-4の組成を有する線径φ0.3mmの伸線材に軟化処理を施した。軟化処理は、加熱温度(軟化温度)を200〜400℃の範囲で適宜選択して伸線材に施した(保持時間:3時間)。
【0047】
図1に示すように加熱温度を250℃以上として軟化処理を施すことで、導電率が58%IACS以上で、引張強さが120MPa以上の軟材が得られることが分かる。200℃では、引張強さが高過ぎて伸びが小さくなり、靭性に劣ると考えられる。
【0048】
[被覆電線の特性]
上述のように特定の組成のAl-Mg-Si-Cu系合金からなり、軟化処理を施したAl合金線は、ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用できると期待される。そこで、被覆電線を作製して、その機械的特性を調べた。
【0049】
上述のようにして作製した線径φ0.3mmの伸線材(組成:表1参照)を複数本撚り合わせて、撚り線を作製する。ここでは、内側3本、外側8本の合計11本の伸線材を撚り合わせた後、断面外形が円形状となるように圧縮加工を施し、0.75mm2の圧縮線材を作製する。得られた圧縮線材に、表1に示す雰囲気及び加熱温度により、軟化処理(箱型炉を用いたバッチ処理)を施す。得られた軟材の外周に、絶縁材料(ここでは、ハロゲンフリー絶縁材料)により、絶縁被覆層(厚さ0.2mm)を形成して、被覆電線を作製する。比較として、伸線材を撚り合わせて圧縮した圧縮線材に軟化処理を施していない未処理材(試料No.2-102)も用意した。また、比較として、試料No.1-101の組成を有する線径φ0.3mmの伸線材を16本撚り合わせた後、同様に圧縮成形して1.25mm2の圧縮線材を作製し、この圧縮線材に同様にして軟化処理、絶縁被覆層の形成を行って被覆電線を作製した(試料No.2-103)。
【0050】
得られた被覆電線について、耐衝撃性(J/m)、端子固着力(N)、耐久試験後の端子固着力(N)を調べた。その結果を表3に示す。
【0051】
耐衝撃性(J/m又は(N・m)/m)は、以下のように評価した。図3は、耐衝撃性試験の試験方法を説明する説明図である。試料S(評点間距離L:1m)の先端に錘wを取り付け(図3(1))、この錘wを1m上方に持ち上げた後、自由落下させる(図3(2))。そして、試料Sが断線しない最大の錘wの重量(kg)を測定し、この重量に重力加速度(9.8m/s2)と落下距離1mとをかけた積値を落下距離で割った値を耐衝撃性(J/m又は(N・m)/m)として評価する。
【0052】
端子固着力(N)は、以下のように評価した。図4は、端子固着力試験の試験方法を説明する説明図である。撚り線1の外周に絶縁被覆層2を具える試料Sの両端の被覆層2を剥いで、撚り線1を露出させる。一端側の撚り線1に端子部3を取り付け、この端子部3を端子チャック20で挟持する。他端側の撚り線1を線材チャック21で挟持する。汎用の引張試験機を用いて、チャック20,21で両端を挟持した試料Sの破断時の最大荷重(N)を測定し、この最大荷重(N)を端子固着力(N)として評価する。
【0053】
耐久試験後の端子固着力(N)は、チャック20,21で両端を挟持した試料Sを高温環境(120℃×120Hr)に置いた後、上述のように引張試験機を用いて、破断時の最大荷重(N)を測定し、この最大荷重(N)を評価する。
【0054】
【表3】

【0055】
表3に示すように、特定の組成のAl-Mg-Si-Cu系合金からなり、軟化処理を施した撚り線を用いた試料No.2-1〜2-6の被覆電線は、耐衝撃性に優れ、端子部との接続強度も高いことが分かる。また、試料No.2-1〜2-6は、高温環境に曝されても、端子部との接続強度の低下度合いが少なく、耐熱性にも優れることが分かる。更に、試料No.2-1〜2-6は、断面積が大きな試料No.2-103と同等程度、或いは同等以上の耐衝撃性、及び端子固着力を有することが分かる。
【0056】
上述のように特定の組成のAl-Mg-Si-Cu系合金からなり、軟化処理を施したAl合金線を用いた被覆電線は、高導電率、高靭性、高強度であり、端子部との接続強度、及び耐衝撃性にも優れる。従って、この被覆電線は、ワイヤーハーネス、特に自動車用ワイヤーハーネスに好適に利用できると期待される。
【0057】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、Mg,Si,Cuの含有量を特定の範囲で変化させてもよい。また、軟化処理を連続処理により行ってもよい。更に、撚り線の本数を変更してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明ワイヤーハーネスは、軽量で、かつ高強度、高靭性、高導電率が望まれる用途、例えば、自動車の配線に好適に利用することができる。このワイヤーハーネスの電線、或いは電線用導体に、本発明被覆電線、或いは本発明アルミニウム合金線、本発明アルミニウム撚り線を好適に利用することができる。また、本発明アルミニウム合金線の製造方法は、上記本発明アルミニウム合金線の製造に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】軟化処理時の温度と、導電率及び引張強さとの関係を示すグラフである。
【図2】圧縮試験の試験方法を示す説明図である。
【図3】耐衝撃性試験の試験方法を説明する説明図である。
【図4】端子固着力試験の試験方法を説明する説明図である。
【符号の説明】
【0060】
1 撚り線 2 絶縁被覆層 3 端子部
S 試料 w 錘 10 支持台 11 凸部 12 押圧治具
20 端子チャック 21 線材チャック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体に利用されるアルミニウム合金線であって、
質量%で、Mgを0.2%以上1.0%以下、Siを0.1%以上1.0%以下、Cuを0.1%以上0.5%以下含有し、残部がAl及び不純物からなり、
前記Mg及びSiの質量比Mg/Siが0.8≦Mg/Si≦2.7を満たし、
導電率が58%IACS以上であり、
伸びが10%以上であることを特徴とするアルミニウム合金線。
【請求項2】
更に、Ti及びBの少なくとも一方を含有し、
質量割合で、Tiの含有量は、100ppm以上500ppm以下、Bの含有量は、10ppm以上50ppm以下であることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金線。
【請求項3】
引張強さが120MPa以上200MPa以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム合金線。
【請求項4】
線径が0.2mm以上1.5mm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の複数のアルミニウム合金線を撚り合わせてなることを特徴とするアルミニウム合金撚り線。
【請求項6】
請求項5に記載のアルミニウム合金撚り線、又は、この撚り線を圧縮成形した圧縮線材を導体とし、その外周に絶縁被覆層を具えることを特徴とする被覆電線。
【請求項7】
請求項6に記載の被覆電線と、この電線の端部に装着された端子部とを具えることを特徴とするワイヤーハーネス。
【請求項8】
自動車に用いられることを特徴とする請求項7に記載のワイヤーハーネス。
【請求項9】
導体に利用されるアルミニウム合金線の製造方法であって、
質量%で、Mgを0.2%以上1.0%以下、Siを0.1%以上1.0%以下、Cuを0.1%以上0.5%以下含有し、かつ、Mg及びSiの質量比Mg/Siが0.8≦Mg/Si≦2.7を満たし、残部がAlからなるアルミニウム合金の溶湯を鋳造して鋳造材を形成する工程と、
前記鋳造材に圧延を施して圧延材を形成する工程と、
前記圧延材に伸線加工を施して伸線材を形成する工程と、
前記伸線材に軟化処理を施して軟材を形成する工程とを具え、
前記軟化処理は、この軟化処理後の線材の伸びが10%以上となるように前記伸線材に施すことを特徴とするアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項10】
前記軟化処理は、通電による連続軟化処理、又は高周波誘導加熱による連続軟化処理であり、非酸化性雰囲気で行うことを特徴とする請求項9に記載のアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項11】
前記軟化処理は、雰囲気炉を用いたバッチ処理であり、非酸化性雰囲気で、雰囲気温度を250℃以上として行うことを特徴とする請求項9に記載のアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項12】
前記鋳造工程及び圧延工程は、連続的に行って、連続鋳造圧延材を形成することを特徴とする請求項9〜11のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項13】
前記鋳造後圧延前の鋳造材、圧延後伸線加工前の圧延材、及び伸線途中の線材の少なくとも一つに、加熱温度100℃以上で時効処理を施すことを特徴とする請求項9〜12のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項14】
複数の前記伸線材又は軟材を撚り合わせて撚り線を形成する工程と、
前記撚り線を圧縮成形して所定の線径の圧縮線材を形成する工程とを具え、
前記圧縮線材に軟化処理を施すことを特徴とする請求項9〜13のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項15】
質量%で、Mgを0.2%以上1.0%以下、Siを0.1%以上1.0%以下、Cuを0.1%以上0.5%以下含有し、残部がAl及び不純物からなり、
前記Mg及びSiの質量比Mg/Siが0.8≦Mg/Si≦2.7を満たし、
導電率が58%IACS以上であり、
伸びが10%以上であることを特徴とするアルミニウム合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−43303(P2010−43303A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−206727(P2008−206727)
【出願日】平成20年8月11日(2008.8.11)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(395011665)株式会社オートネットワーク技術研究所 (2,668)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】